2006/12/11 20:56
テーマ:【創作】高句麗王の恋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

海翔ける~高句麗王の恋 初めて

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 初めて触れた唇はやわらかく、そして熱かった。
その瞬間、タシラカの感性は、タムトクという人間を形作っているものを感じ取っていた。

コノ方ハ、特別ナ人。
信ジルコトノデキル人・・・。


今はもう、百済王の言葉も、敵国の王という彼の立場も、正妃のことも、
何もなかった。

私ハ、コノ方ヲ愛シテイル。
コノ方モ、タブン・・・。


タシラカの中にある固く凝り固まったものが、溶け出していく。

私、お待ちしていたんです・・・

おずおずと、タシラカはその思いを伝えた。
が、タムトクは、激しく熱い思いをストレートに返してきた。

そなたを抱きたかったのだ。
私のそばにいよ・・・。


タムトクさま、
ちょっと待って・・


タシラカの心の声を聞きつけたかのように、彼は唇を離すと、
ふっと笑った。
それから、大きな手のひらで、
やわらかい布で素肌をやさしく包み込むように、
タシラカの髪をなでる。

「タシラカ、こわがらなくともよい。
ほら、こんなに愛している。
私はそなたを傷つけはしない。」

耳元でささやく声・・・
魔法のようなその声音!

つられるように、タシラカはうなずく。
それを待ちわびていたかのように、
彼は首すじに顔をうずめた。


タムトクさま?

点々と首すじをなぞっていく彼の熱い唇・・。

タムトクさま・・・?

ああ・・、タムトクさま!


それは不思議な感覚だった。
今まで知らなかったタシラカの内なる部分に、
強く甘い世界を、次々によびさましていくかのような・・。


気がついたときは
タシラカは鍛え上げられた身体に抱きとめられていた。

すべては、あるがままの姿で・・。
すべては、あるがままの通りに。


タシラカの胸のあたりに顔をうずめる彼・・。
閉じたまぶたはちょっとかげりを帯び、
口元にはかすかな笑みを浮かべ、
うっとりと動かないでいるその横顔。

「タムトクさま・・・?
眠っていらっしゃるの?」

タシラカは笑みを浮かべる。
胸のあたりにある少しクセのある長い髪、
それを、タシラカはそっとつまんで、細い指にからめる。

その瞬間、
なに?というふうに、彼は顔を上げる。
だが、すぐに自分の望んだもののほうに顔を伏せて・・・、
そして・・・、
今度は、動かないということはなかった。

まあ、まるで赤子のような・・・。

だが、そんな手白香の微笑みは、すぐに消えてなくなる。
それは、さらに鋭い甘さとなって、彼女の指の先まで貫いていった・・・・。


やがて、彼女は彼の胸におさまった。
すべては、
この世の始まりのときに、
神のさだめたものの、
あるがままの通りに、
あるべき姿、あるべきかたちのままに・・・。


「タシラカ、今、はっきりとわかった。
やはりそなたは、私のタシラカだ。
私の・・・・・」


涙に濡れたタシラカのまぶたに、ひとつ口づけを落とすと、
彼はゆっくりと眠りに落ちていった。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 サトが長老屋敷に到着したのは、昼近くになってからのことだった。

北の砦が破られたらしい・・・・、緊急の、そして極秘の知らせがもたらされたのは、もうとっぷりと日が暮れた後のことだった。
すぐに、城内では、王を中心に側近や武官たち数名での、極秘の協議が始められたのだった。

北の砦が破られれば、騎馬なら王都まで数日で到達できる。
まして、侵入したのが獰猛なセンピということなら、すぐに王が出陣する必要があるかもしれなかった。

砦に、それから、今は半島の西の砦近くの近海に停泊中の数隻の軍船に、また、王直属の『かげの者たち』とやらにも、つぎつぎに急使が派遣された。
センピと同じように東の海にある倭の動向にも、気を配らねばならなかったからだ。

夜通しの協議が終わり、とりあえず打てる手はうち、砦からの使者が帰るのを待つということで、ひとまず解散ということになったのは、明け方近くのことだった。


 夜通しの忍耐と緊張を強いられて、サトはくたくたに疲れていた。
だが、もうひとつ気がかりな事があったから、王から目を離してはいけないと思っていたのだった。
なのに、サトはついうとうととしてしまった。
そして、気がついたときには、日は高くのぼり、王はどこかへ出かけた後だったというわけなのだ。


「タムトク様がここにおいでだということは、わかってます。
隠し立てすると、国益にかかわります!」

サトは押し殺した声で言った。

ジョフンは、ふんと鼻先で笑った。

「国益だなんてねえ、サト、あんた、大げさなんだよ。
子供の頃から、どうもあんたは杓子定規なところがあったよねえ・・。
ま、それがあんたのいいところでもあるんだけどね。
・・にしても、真面目なあんたが、今朝王子と一緒じゃなかったって言うのは、
いったいどうしたわけ?」

ジョフンの問いに、思わず、サトはいやな顔をしてしまった。

「それは・・、ちょっとうたたねしてしまいまして・・、
い、いや、ちょっと目を話したすきに、いつのまにかお出かけになったあとで・・・。」

サトがそう言うと、ジョフンはおもしろそうな顔をした。
思わず、顔が赤くなる。

「俺だって、なにも好きこのんで、あの方の行動に目をひからせてるわけじゃないんです!
そんなこと、もうわかっておられると思っていたのに・・・。
なのに、王は・・・。」

ちょっと目がうるうるしてしまう。
ジョフンは、あはは・・と笑った。

「まあ、まあ、そんな顔しないのよ!
それがあんたの仕事なんだからさ。
王子だって、あんたのことはちゃんとわかってるんだよ。
ちっちゃい時からいつもいっしょだったじゃないか。
あんたがいっつもちゃんと見ていてくれるってわかってるからこそ、だよ。

だから、一番たいせつなことは、ちゃんとあんたの意見を容れるだろう?
あんたのことを、それだけ信頼してるってことだよ。」

それから、真顔になって続けた。

「お察しどおり、王子は今ここに来ているよ。
タシラカ様のところだよ。

・・すこ~し、お疲れかしらね?
昨日は寝てないんだろう?
だからってわけじゃないけどさ、
いくら側近のあんたでも、ジャマをさせるわけには行かないね。
このジョフン、お城の仕事とは、もうなあんにも関係ないけど、
タムトク様の乳母だってことは変わりないんだからね。
あの方のためなら、私は何でもするよ。」

「しかしながら・・、しかしながら・・・、かの姫は問題です。
それに、ご婚儀のこともあります。
何が王のためかは、一目瞭然ではないですか!」

サトはあせって言ったが、ジョフンの表情は変わらなかった。

「あんたね、すこし固い頭をやわらかくしたほうがいいよ。
ハン家から正妃を迎えるなんていうのも、この際だから、もう少し考え直したほうがいいと、私は思うよ。
いくらなんでも、7歳の姫じゃ、お世継ぎをすぐに作るってわけにもいかないじゃないの!
たとえば、あの姫なら、すぐにでも・・・。」

何をいってるんだ!とサトは思った。
わかってるくせに、そういう過激なことを無責任に・・・、と。

「敵国の姫では妃にはできません!
ここは正統なハン家の姫でないと・・・」

「だから、もう少し頭をつかいなさいって、言ってるんじゃないの!
たとえば、どうしても正妃はハンの家からって、あんたが思うのなら、

ハン・スジムにいってやりなさいよ、
もっとタムトク様にふさわしい姫は、おまえんとこにはいないのかってね。
直系じゃなくったって、いいじゃない。
それに、ハン家じゃなくったってさ、他の貴族の娘だっていいんじゃないの?
せっかく、タムトク様が正妃を娶ってもいいっていう気になったんだからさ。


・・・今までだって、タムトク様のお目にとまりたいっていう貴族の娘は大勢いたんだよ。

ただ、王子がその気にならなかっただけでさ・・・。
倭の娘はだめだっていうのなら、

タムトク様を納得できるような高句麗の娘をつれてきなさいっていうのよ!」


サトはなおも反論しようとした。
が、ジョフンの言う事も一理あるかもしれなかった。
あとでよく考えてみなければ、そう思い直すと、口調を改めて言った。

「わかりました、
・・それはそれとして、タムトク様にお取次ぎを願いたい。
いや、それがだめなら、せめて、ご伝言を・・。
昼には城にお戻り願いたいと。
それならいいでしょう?」


2006/12/07 22:58
テーマ:【創作】高句麗王の恋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

海翔ける~高句麗王の恋 耐えること

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☆「ひっぱりますねえ・・。」なんて言われちゃったので、何とかここまで書いてみました。

でも、Rまでには至らなかったので、期待はずれかも・・・・。

ブログにはRは入れないほうが・・、というご意見もあるので、どうしようかと思案中です。

でも、いずれ避けて通れない道なんですけどね。

次回は、そのあたりも入れてみようかな。

 

~~~~~~~~~~~

 

ジョフンの言葉は、しばらくの間タシラカをしあわせな気持ちにさせた。

高句麗王タムトクとは、百済王によれば、『残虐で野蛮で女好きな・・』とのことだったのに、この国に来てから耳にした話では、若いながら、北方の雄、高句麗の名を不動のものにした英雄だということだった。

そして、彼の乳母であるジョフンは、女であれ男であれ、まっすぐな方なのだといったのだ。

ジョフンの言う通りかもしれないと、タシラカは思った。

彼女がその日草原で見たタムトクとは、無邪気に雲雀の姿を追う少年の心を持ち、
今夜訪ねて行ってもよいかなどと唐突に言って、彼女を戸惑わせた人であり、
それから、ふいにタシラカの頬にくちづけして、驚かせた人だった。


 だが、彼がどんなに心魅かれる人であっても、彼女がどんな思いを抱いたとしても、彼は敵国の王であり、タシラカは人質の身なのだ。
それは、何も変わらないままなのだと、彼女は当たり前のことをかなしい気持ちで受け止めた。


それに、タムトクはもうすぐ正妃を迎えるとのことだった。
妃となるはずの姫をさしおいて、なぜ彼は自分などに声をかけたのだろう?
彼の言葉のどこに、ジョフンの言う真実があるというのか・・・?

本当は、彼にとってタシラカは、ほんのいっときの気まぐれな相手でしかないのかもしれなかった。
となれば、彼がやってきたとき、タシラカはどうすればいいのだろう?


 その一方で、彼が訪ねてきたら長老屋敷の人々はどう思うだろうと、タシラカは思った。
誰にも何も知らせていなかったから、その時がきたら皆さぞびっくりするだろう。
だいたい、自分たちの屋敷にいる人質の娘のところに王が毎朝通ってくるのさえ、
ジョフン以外の屋敷の人々は、首をかしげている様子さえあったのだ。
もしかしたら、タシラカのことを、彼らの敬愛する王をたぶらかしたふとどきな娘などと考えるかもしれない・・・。

また、タシラカといっしょに人質として引き渡された侍女たちは、百済や倭に対する裏切り者だと思うに違いなかった。
特に、ハルナなどは、あからさまにタシラカにきびしい視線を浴びせているのだ。

どちらにしても、彼が今夜やってきたら、彼女は孤立することになるのかもしれなかった。
それでもいいわと彼女は小さな笑みを浮かべた。
頬には、まだ、あのふわりとしたくちづけの感触が残っているような気がしていたのだ。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 タシラカは落ち着かない気持ちのまま、夜を迎えた。
だが、その夜遅い時刻になっても、タムトクは姿を見せなかった。

何ごとか城であったのかと思ったが、何の知らせもない。
タムトクの重臣であり、長老家の長でもあるジュンギも、いつものように夕刻には城からもどっていたのだ。
屋敷の中は変わったことは何もなく、すべていつものままだった。
ジョフンさえ、昼間、つんとして彼女の前から立ち去ったのに、
けろりとして、言ったのだ。

『早くおやすみになったほうがいいですよ。
明日は朝からまた、タムトク様がいらっしゃるでしょうからねえ。』

仕方なしに、タシラカは侍女たちといっしょに、早々に床についたのだった。

 
 寝静まった屋敷の中で、目をさえざえとさせたまま、タシラカは馬の駆けてくる音がしないかと耳をすませていた。

だが、何の物音もしないまま時は経っていく。

今となっては、物静かなたたずまいも、やさしい笑みも、『そなたといっしょにいたい』などという言葉の熱さも、どこか遠い世界のことのように思えてくるのだった。

そして、残ったのはただひとつの思いだけだった。

やっぱり、彼は高句麗の王。
そして、私は人質・・・。

不安な目をした人質の娘に同情して、
ほんのいっときいい夢をみせてやったとか・・?
それとも、ほんの余興程度に、からかってみただけとか・・・?
そういうことなの、タムトク様?

もしかしたら、明日の朝、彼はいつものように馬で駆けてきて、
何事もなかったかのように、
血のついたままの山鳥か何かをどさりと彼女の前に投げ出したりするのだろうか?
ならば、そのときは、私も何食わぬ顔で朝の挨拶などをしなければならない。
にこやかに?
そう、この上なくにこやかに。
いかにも夜中お待ちしていましたのに、などという顔で出迎えてはいけない。
そう、間違っても、赤い目のままうらみ言を言ったりしてはいけないし、
涙をみせたりしてはいけない・・・。

彼は敵国の王なのだから。
私は人質の身なのだから。
何を、どうされても仕方がないけど、
でも、私は、倭の王族に連なる身、
心を強く持って・・、
泣かないで・・、
そう、高句麗の王などには負けないで・・・。

タシラカはそう心に決めた。

それでも、たとえようもなく、タシラカはさびしかった。

タシラカの思いだけが空回りして、部屋の隅にひっそりと息づいたまま、
夜は更けていった。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 どれくらい時間が経ったか・・・、
うとうととまどろんだタシラカは、短い夢をみた。


明るい朝の日差しの中、いつものようにやってきたタムトクにタシラカは言う。

『昨夜は、お見えにならなかったんですね。』

タムトクは無邪気に笑った。

『ハハハ・・・、
私を待っていたのか?
許せ、ほんの戯言のつもりだったのだ。
まさか、そなたが本気にするとは思わなかった。
まもなく、私は妃を迎えることになるが、
そなたがその気ならば、一度くらい相手をしてやってもよいぞ。』

あら、本気になんかするはずはないじゃないですか、
タシラカはそう言おうとした。
でも、涙があふれて・・・、
心がずきずきと痛んで・・・。


タムトク様!
思わず、そう叫んでいた。


そして目が覚めた。
頬が涙でぬれていた。
胸が痛かった・・・。


あたりはまだ薄暗かったが、薄く朝の光が差し込もうとしていた。
やはり彼は来なかったのね、そう心の中でつぶやく。
私は、こんなところで何をやっているのだろう、
ちょっとからかわれた言葉を真に受けて、ひとりでどきどきしたりして、
ばかみたいだと・・。
もう、やめよう、
誰も信じるのは・・・。
誰も愛するのは・・・。
誰も・・・。


そのとき、屋敷の外で、馬のいななきが聞こえた。


 おもわず、タシラカは立ち上がっていた。
引き戸を開け、部屋の外に出る。
薄暗い回廊には誰もいなかった。
静けさに包まれたままの回廊を、小走りに走る。
表門に通じる扉のある方へ・・。

途中、見覚えのある侍女が、続いてジョフンが・・、
突然現れたタシラカを見て、驚いたような顔で何か言ったようだったが、
彼女は何も答えなかった。

タムトク様・・!

ほどなく、外に通じる扉を開けた。

冷たい外気が頬に触れる。


タシラカの視線の先に、見覚えのある姿が、馬からひらりと跳び下りるのが見えた。
胸の奥につんと痛みを感じる。
私は、こんなにもこの方が好きなのだ・・・、
この方を待っていたのだ、
タシラカはぼんやりとそんなことを思いながら、
開け放った扉の前に立ちすくんでいた。

 

「こ、これはタムトク様、今日はまたお早いことで・・・。」

屋敷の門を守る長老家の家臣のひとりが、びっくりしたような声を上げる。

「早いのではない、遅すぎたのだ。」

そんなことを言う大きな声・・・。

そして、後ろに従者らしい若者を一人従えて、彼は足早にこちらに向かって歩いてきた。
すぐに、扉の前にたたずんでいる彼女を見つける。
足を止めて、うれしそうな笑みを浮かべる。

「・・・待っていたのか?
すまない、急用ができてどうしても来る事ができなかった。」


。。。。。。。。。。。。。。。。


 彼女は何も答えないまま、扉の前に立っていた。

「タシラカ、怒っているのだな?」

タムトクの言葉をきっかけに、彼女はくるりと後ろを向くと、
屋敷の中に入っていってしまった。

泣いていたような・・・?

すぐに、彼女の後を追う。


 屋敷の中に入ると、そこで待ち構えていたジョフンが、がしっと彼の腕をつかんだ。

「ちょっと!どうなってるのよ?」

「なんでもない!」

短く答え、その手を振りほどくと、小走りに駆けてゆく彼女の後ろ姿を追った。


 彼女が駆け込んだ部屋の引き戸の前まで来ると、声をかけた。

「入るぞ。」
 
中からは返事はなかったが、かまわず手をかけると、すっと戸は開いた。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


彼女は向こうを向いたままでいる。

「どうしようもなかったのだ、タシラカ。
事情があって、連絡もできなかった。許せ。」

向こうを向いたまま、意外なほど明るい声で、彼女は言った。

「もう、お見えにならないと思っていました!」

「タシラカ・・・」

「タムトク様は、・・・からかわれたのかと思いました。」

「そのようなことを・・・・」

ふっと笑いかけて、今度は真剣な顔になる。

「そなた、本当に、そんなことを思っていたのか?
私がそなたをからかって、それで・・・?」

タムトクはたまらない気持ちになった。
彼女の小さくふるえる肩に手を置くと、後ろから抱き寄せていた。
こめかみのところに唇を寄せて言う。

「私がそんなことをすると思うか?」

彼女はいやいやをするように、首を横に振る。

「私は・・・、タムトク様のことをよく存じません。
お会いしたのも数えるほどですもの。
でも、この方は信じられると、そう思えたから、だから、私は昨日・・・。
なのに、タムトク様は・・・。」

涙がすーっと頬をつたう。

「タシラカ・・・」

「・・いいえ、ほんとは私、
タムトク様はおいでにならないと・・そう思っていました。
お待ちしてなんか、・・いませんわ。
さっさと・・寝てしまいましたもの・・・。」

「わかった。もう、よい。私が悪かった。」

タムトクは、彼女をくるりと自分の方に向けた。

「もう、よい、よくわかったゆえ・・。」

濡れた瞳をじっと見つめながら、タムトクは彼女の唇に、自分のそれを重ねていった。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「ね、ジョフン様、静かになったけど、どうしちゃったんでしょうね?」

いぶかしげに、倭の姫の部屋の方をながめながら、ジョフンの侍女は声をひそめて言った。

「え?そんなことは決まってるじゃないの・・。」

「ってことは、つまり、・・ってことですか?
タムトク様のお相手は、人質の姫君ってことですか?」

「そういうことになるかねえ・・・。」

ジョフンは苦笑しながら言った。

「いいんでしょうかねえ、タムトク様ともあろう方が寵愛されるのが、倭の姫君だなんて・・。」

「いいんじゃないの、べつに・・。
あの王子が選んだのなら、間違いないわよ。
ハン家の娘より、よっぽどいいよ。」

「そ、そうでしょうかねえ・・・。
まあ、あちらはねえ、ハン家の腹黒いスジムが後ろについているわけですからねえ・・。」

うんうん、とうなずいて、ジョフンは続けた。

「まあ、それはそれとしてもさ、ハン家直系の娘は一人しか残っていないからってさ、
まだ7歳の子供をタムトク様の正妃にっていうのはねえ、最初から無理があるんじゃないかと、私は思っていたんだよ。」

「で、でも、形だけだって聞きましたけど・・・。
だって、ハン家から正妃を出すのが慣例だからって、タムトク様も同意されたんでしょう?」

「そうなんだけどさ・・、最初から私は気に入らなかったんだよ。
だから、王子にちゃんとそう言ったのにさ、
王子ったら、『ジョフン、それが政治だ』なあんて、こ~んな難しい顔して言っちゃってたけどさ。
いくら高句麗の王様だからって、そんなにガマンすることないのにさ・・・。」

 


2006/12/06 00:27
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海翔ける~高句麗王の恋 訪れ

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 朝からひとり、思い悩んでいた。

すべて夢の中で起こったことのように思われた。

『・・・・今夜、訪ねて行ってもよいか・・』

向けられた彼の澄んだ瞳は、こわいくらい真剣で、
草原を渡る風はタシラカをどこか遠くへ連れて行ってしまうようで、
空の青さはまぶしいほどで・・・、
だから、
タシラカは思わずうなずいてしまったのだった。

彼は驚いたように目を見張り、
なにか言いたそうに小さく口を開きかけたが、
たったひとことつぶやくように言っただけだった。

『タシラカ・・・』

それから、彼女の前髪に長い指でそっと触れて、
彼女の頬に唇でやさしく触れた。

タシラカは、身動きもできなかった、
ただ、それを受け止めるだけで・・・。


あのとき、
時間が止まってしまったのだとタシラカは思った。

そっと頬に手をあてると、そこはまだ、
草原での出来事をあざやかにおぼえているかのようだった。
ふわりと触れた感触はやさしくて、
出会ったときの彼そのもので・・、
魂そのものを抱きとめられたような・・・。

『タムトク様・・・』

そっとその名を呼ぶと、今にも涙があふれてきそうで・・・。

あんなふうに澄んだ瞳で見つめられたら、
あんなふうに無邪気に話しかけられたら、
あんなふうに熱い思いをぶつけられたら、
あんなふうにふわりとくちづけされたら・・・・、
誰だってうなずいてしまう。
抗うことなんてできないわ。
そう、誰だって・・・。


でも・・・、とタシラカは首を横に振る。
どうかしていたのよ。
あの方は敵国の王、
夫となるはずだった百済王子を死に追いやった人・・・。

残虐で野蛮で女好きな・・・
百済王の言葉がよみがえる。
鋭い痛みが胸をさす。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「ちょっといいかしら?」

引き戸を開けて顔をのぞかせたのは、ジョフンだった。
返事も待たずに、タシラカにあてがわれた部屋に入ってくる。

「ずっと姫様が部屋にこもったままだからさ、
侍女たちが心配してね、私に見てこいって・・・、
まったく、人使いが荒いんだから。
仮にも人質っていう身分なんだからさ・・・。」

言葉は荒いが、にこにこしながら言う。

侍女たちとは、タシラカといっしょに人質になった、
百済の侍女たち二人と、倭からいっしょにやってきたハルナのことだ。
草原から戻ってきたタシラカの様子が気になって、ジョフンに相談したらしい。

「ご迷惑をかけて、申し訳ありません。」

タシラカが頭を下げる。
ジョフンは手をひらひらと振った。

「いいえ、いいんですよ、そんなこと、姫様が申し訳ないだなんてさ。
・・・で、草原はどうだったんです?
ずいぶん長い、・・その、散歩だったみたいだけど・・・?」

一瞬詰まったが、言葉を選びながら答える。

「いいお天気でした、風が強くて、・・・雲雀の鳴き声が聴こえて・・・」

ジョフンは、へえ、そうなの、などとうなずいてから、にっこりと笑って続けた。

「で、あのさ、タムトク様は、どうだったの?
なにかお話したんでしょう?」

タシラカも、小さく笑みを浮かべて言った。

「子供の頃のお話など、お聞きしました。」

ジョフンは、あはは・・・、と笑うと言った。

「ああ、そうなのよね~♪
あそこらは、王子にとって遊び場だったものね。
トンボやら蝶やら捕まえては羽をむしったり、ウサギを追い掛け回したりしてさ・・・。まあ、子供の悪さは一通りはやったわね。
ほら、いつもくっついているサトっていうしかつめらしい顔した家来がいるでしょう?
あいつといつもつるんでてさ・・・。」

ジョフンは遠い目になってしゃべっていたが、ふたたびタシラカに視線を戻すと言った。

「そんな話をしたってことは、よっぽど姫様のことを気に入ったってことですよ。」

またまた、にっと笑う。
それから、いかにも何気なさそうな様子で続けた。

「それで、あれかしら、
姫様にお城に来るようにとか、
え~と、まあ・・・、そんなようなことをおっしゃったのかしら?」

タシラカはどきっとした。
とっさに何と答えていいのか、わからなかった。

「いえ、べつに・・」

「あら、そうお?
私の見込み違いだったかしらね。
ほんとに、なあんにも言わなかったの?」

ジョフンは、何もかもお見通しよと言わんばかりの顔をしている。
タシラカはうつむいた。
そんなことはいいませんでした、と否定して済まそうかと思った。
だが、タシラカは確かめたいことがあった。

「あの方、タムトク様は、そんな方なんですか?
すぐに女人をお城にお呼びになるような・・・?」

あら、とジョフンはひとこと言った。
ちょっと気を悪くしたようだった。

「それは、タムトク様が女人にすぐにお声をかけるような
軽い男だってことかしら?
まあ、ずいぶんな言いようじゃないの!
それじゃあ、王子がかわいそうってもんだわ!
姫様のためによかれと思って、あれこれとやってくださっているのにさ。
了見違いもはなはだしいよ!」

ジョフンは一瞬押し黙ったが、再び続けた。

「姫様、あなたはどう思っているか知らないけど、
あなたは仮にも人質っていう身分なんですよ。
ご自分が育ったこの長老家にあなたを預けたのだって、
病気にかかった時に王家の薬師をつかわしてくださったのだって、
どれもこれも、異例中の異例!
みいんなびっくりしてますよ!」


「そんなタムトク様の気持ちを思えばこそ、
私だってせいいっぱいお世話しようと思ってるんですからねえ。
そんなことを言われちゃったら、
私の立場だってないわよねえ。」

あわてて、すみません、とタシラカは謝った。
だが、ジョフンの勢いは止まらない。

「だいたいね、相手はどなただと思っているの?
高句麗王タムトク様ですよ!
あの方がそんな方だとお思いなんですか?
やだねえ・・・、いくらここに来てからまだ日が浅いって言ってもさ・・。
いくら深窓の姫君だからって、それじゃ、人を見る目がなさすぎますよ!」

興奮してきたらしく、口から泡をとばすような勢いになってきた。

「王子は、そんな方じゃないんですよ。
三年前に出陣中にお妃様を病で亡くされたときだって、
おそばについていてやれなかったっておっしゃって、ずいぶん悔やまれてね、
それからは、周りの者がお勧めしてもメスネコ一匹だって近づけなかったっていう方なんですよ。」


「まあ、このところ、やっと新しいお妃を迎えることに同意されて、
私もほっとしていたんだ。
それがまた、実は王子はあんまり乗り気じゃなかったんだみたいだ、
なんて話もちらほらと小耳にはさんだりもしてさ・・・。
ま、それはお相手が、あのハン・スジムの娘だから、
私もあんまり気乗りがしないでいたから、どうでもいいんだけどさ・・・。
あ、あら、そんな話をしたかったんじゃないわよ、
ともかくね、私が言いたいのは、タムトク様ってのは、
女に限らず男にも、誰に対してもまっすぐな方なんだってことです!
そんなこと、この国じゃ、みいんな知ってることだけどさ、
この私が言うことだから、間違いないわよ。
先の王妃様、つまりお母上様亡き後、あの方をちっちゃな頃からお世話したのは、誰あろう、このジョフンさんなんだからね。
そこらへんはきっちりとお育てしたつもりですよ!」

はあ、とタシラカが頭を下げる。

「ともかく、そこんところ、よ~くお考えを。よござんすね!」

ジョフンは立ち上がると、つんと頭を上げて部屋から出て行ってしまった。


2006/11/27 22:05
テーマ:【創作】高句麗王の恋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

海翔ける~高句麗王の恋 草原


 月見の宴の翌日から、朝駆けの後長老家の屋敷を訪ねていくのが、
タムトクの日課になった。
初日に、途中でしとめた血のついたままの山鳥を持っていって彼女に悲鳴をあげられてからは、
彼の手土産は、名前も知らないような野に咲く花だったり、谷川で拾ったきれいな小石だったりした。

だが、そんなものを手にうれしそうな顔で長老屋敷へ馬を走らせる高句麗王の姿に、
サトら側近の者たちは困惑していた。

 王が女人に熱を上げるのは初めてのことではない。

だが、即位と同時に迎えた正妃を病で亡くしてから三年、そんなことも皆無だった。
だから、寵愛する女人ができたことは、正直言って喜ぶべき事なのかもしれなかった。
なんといっても、王はまだ若いのだ、いつまでも亡くなった正妃に義理立てして、女人を遠ざけているようであっては困る。
だが、時期と相手が問題なのだと誰もが思った。
半年後には、大豪族の娘を新しい正妃として娶ることになっている。
この時期に、いかになんでもそれはまずかろう。
それに、熱を上げている相手は敵国の人質の姫だ。
それがどんな影響を及ぼすことになるか、高句麗王を取り巻く家来たちは気がかりだったのだ。


 5日ほど経ったある朝のこと、いつものように馬を駆けさせながら、サトは思い切って王に声をかけた。

「今日も、お立ち寄りになるのですか?」

横に並んで走る王の表情は明るい。

「むろんだ。」

「あえて申し上げますが・・・」

「何も言わなくてよい!」

きっぱりと言う。
そして、ハハハハ・・・という笑い声。

サトばかりでなく、伴走する側近二人が顔を見合わせる。

「そのほうらの言いたい事はわかっている。だから、何も言うな。」

少し作戦を変えることにした。

「いえ、ですから、それほどお気に召したならば、
おそばに置かれたらよろしいかと・・・。
こうして、毎日訪ねていくのは・・・・」

サトの言葉に、高句麗王は手綱を引いた。
黒毛の愛馬が歩みを止める。

「毎朝訪ねていくのが楽しいのだ。
・・・それがまずいとでも、そなたは言うのか?」

すっとした切れ長の目でじっと見つめる。

そんなにムキにならなくても、とサトは思った。
たかが、女のことではないか・・・。

「いえ、ただ、長老の家の者たちも驚いていましたゆえ・・、
王子の頃ならいざ知らず、王のご身分でありながら、などと。」

「ジョフンは喜んでいたぞ。」

「はい、確かに・・・。
ですが、毎朝立ち寄られる王のために、
屋敷内の者たちは、朝餉の用意などにも気を配らねばならず・・・、」

もごもごと続けるサトに、タムトクはふっと笑って言った。

「遠まわしな言い方はやめよ。いつものそなたらしくないな。
・ ・・長老家の者たちが迷惑だからなどというのではない、
ただ、人目につくのがまずいのだ、
ハン家との婚儀のことも考えよ・・・、
つまりそういうことだな?」 

いや、実はもうひとつあるが、だいたいはそういうことなのだと、サトは心の中でつぶやいた。
わかっているなら、それを実行してほしいぜ、と。

しかし、王は照れくさそうな笑みを浮かべた。

「・・・サト、わかっていても、どうしようもないこともあるのだ。
かの姫を、力ずくでそばに召すというようなことはしたくない。」

それから急いでつけ加える。

「・・どうやら、私は、かの姫の心がほしいらしい。
たかが、女のことだ、許せ。」

それから、ハハハ・・と大きく笑って言った。

「今日は、かの姫と二人でそこらの草原を歩くとしよう♪
屋敷内にいるから長老家の者たちに迷惑がかかるのだ。
朝餉は城に帰ってからとるゆえ、支度はいらぬと伝えよ。
・・・ああ、人目につくのはやむをえないな。
そのほうら、迷惑ならついてこなくてよいぞ。」


しかしながら、しかしながら・・・、
かの姫は、王に対してよからぬことをたくらんでいるのでは・・・、
サトはそう言いたかったが、この場ではそれは口にできなかった。

せめて、警備をしっかりとするしかないか、
サトはそう心に決めたのだった。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ざわざわと風のわたる一面の草原。
朝の光を浴びて、草の背が光る。
柔らかな春のひざしの中で、
タムトクは、タシラカの手を引く。

横に付き従うのは、黒毛の愛馬。
春のゆったりした空気の中で、
ちょっと眠そうにゆっくりと歩を進めている。

こわくない、
タムトクが彼女に声をかける。
なのに、彼女は・・、
恐る恐る手を差し伸べて、そうっと愛馬の鼻のあたりをなでる。
いかにも緊張した顔で・・・。
今度いっしょに乗ろう、そんな彼の言葉にも曖昧に笑うだけだ。


さらに、数メートル離れたところには、
サトら側近たち3人の姿がある。
後に先にと大きな円を描くように取り囲む。


やがて、ざわざわとした風の音が一瞬止んで、
何か別のいきものの鳴き声がした。
雲雀だ!
どこか空の高いところにいるらしい。
タムトクは遠い空を見上げた。
だが、その青さに溶け込んでいるのか、姿は見えない。

顔を上向けたまま、言う。

「・・・を見た事はあるか?」

「ええ・・」

「私もだ。
今日は、見えないな。」

「・・見えませんわね。」

気がつけば、彼女も同じように並んで空を見上げている。
その無邪気な顔!
妙にきらきらしていて、いそいで言葉を探す。

「寒くはないか?」

「いいえ、いい気持ちだわ。」

白い歯がこぼれる。
タムトクも笑みを返す。

「このあたりは、私の縄張りだったのだ。
まだほんの子供の頃のことだが、
雲雀を追いかけたり、蝶を追いかけたり、トンボを取ったり、
後ろにいる、あのサトもいっしょだった・・・。」

タムトクの指し示す方をふり返りながら、彼女がうなずく。

「私が育った所には、こんな草原はありませんでしたわ。
山がすぐそこまで迫っていて・・。
でも、小さな川が流れていて、そこでオタマジャクシをとったり・・・。
乳母の親戚の男の子が、ずかずかと泥の中に入っていって、取ってくれました。
泥がはねて、その子の顔が真っ黒になったりして・・・」

タシラカはくすくす笑う。
タムトクはまぶしそうに目を細めて言った。

「私なら、オタマジャクシだけではないな、
姫のためなら、ドジョウでも、フナでも・・・・。
だから、いつまでもこの国にいよ。」


まあ・・、それきり、彼女は黙ってしまう。
その見開いた大きな瞳を、タムトクは見つめ返す。

そのまま、二人とも、ただ草原の中にたたずんでいた。


やがて、お決まりのように、風がまた吹き始める。
ざわざわと草原を渡る音。
タシラカの長い黒髪が後ろになびく。

「歩こう。」

うなずいた彼女の手を取り、先にたってずんずん歩く。
吹きすぎる風の音・・・。

後ろをふり返らずに、タムトクは大きな声で言う。

「そなたといっしょにいたい。」

彼女の声が後ろから追いかけてくる。

「どうしてですの?
私はあんなことをしたのに・・?」

風の中で聞く彼女の声・・。
まるで、夢の中の出来事のようで・・・。

「私にもよくわからない。ただ、そなたには嫌われたくない。」

そなたには嫌われたくない・・・、
その言葉が風の中で空に舞う。
まるで、夢の中の出来事のように・・・。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 サトは二人の側近たちと少し離れたところに立っていた。
一応、王の警護をしているわけだが、
二人の楽しそうなやりとりは、ちらほらと耳に入ってくるのだった。

サトよりも少し年下のほうが、近寄ってくると小声で言った。

「いい感じですね~♪」

「ああ・・」

サトは短く答える。

と、もう一人、サトと全く同じ年ごろの男が話に加わる。

「これは、タムトク様、本気だな?」

「そのようだな。」

またもや、ぶっきらぼうに返事をする。

「へえ・・、じゃ、じゃあ、ハン家の姫はどうなるんです?」

「ばかだな。あっちは正妃になるんだ。
こっちの姫はよくても側室だな。
タムトク様だっておわかりだ。
比較にもならないよ。
な、サト、そういうことだよな?」

「へえ、そういうことですか。タムトク様、いいな、うらやましいな。」

「静かにしろ!タムトク様はともかく、俺たちは仕事だ。」

浮かれる年下の同僚を、サトたしなめる口調で言った。
なぜか、自分でも不機嫌になっているのがわかった。

「それにしても、いい感じだよな。」

同僚の言葉が、青空に吸い込まれていく。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


風のわたる草原を、どこまでも二人で歩いていきたかった。
が、タムトクはそろそろ、城に帰らなければならなかった。

「今日は楽しかった。」

われながら、気の利かない言葉だとすぐに後悔する。
言いたいことの半分も言えないものだと・・・。

だが、タシラカは微笑みながら、答えた。

「ええ、また連れてきてくださいね。
今度はお花の咲いているところがいいわ。」

ああ・・、とうなずきながら、タムトクはじっと考えていた。
サトにはあんなことを言ったのに・・・、とタムトクは思った。

今度は、明日ではなく、花の咲いているところでもなく・・・、
その言葉を胸の中でくりかえす。

ほんのわずかな沈黙に、
彼女が、ん?というように、小首をかしげる。
風の中でたたずむタシラカ・・・。
タムトクは彼女の手を取った。

「姫、・・いや、タシラカ、今夜、訪ねていってもよいか?」


風のざわめきが大きくなった。

 


2006/11/14 22:41
テーマ:【創作】高句麗王の恋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

海翔ける~高句麗王の恋 ②月見の宴(その2)

Photo

 倭の手白香(タシラカ)は、じっと相手の顔を見つめたまま、百済王から聞かされた言葉を胸の中で思い出していた。

『高句麗は山国じゃ、文化のかけらもない野蛮な所じゃよ。・・・・
高句麗王タムトクとはの、それはもう乱暴で残虐で女好きで・・・・、まだ若いからの、
まあ、見かけは少しばかり様子がいいもんじゃから、女などすぐにころりとだまされるがの・・・。
いやいや、それがどうしてどうして、これがなかなかの食わせものでの・・・、
そなたも知っての通り、わが息子もヤツの手にかかり、あえない最期を遂げたのじゃ・・・。
いや、まこと、不憫じゃった。
・・・妃になるべく倭から渡ってきたそなたの顔も見ずに逝ってしもうた・・・。まこと口惜しかったじゃろう。
それを思えば、そなたをヤツに引き渡したくはない・・・。
じゃが、国を守るためには、心を鬼にして決断せねばならぬこともあるのじゃ。』

『・・・なに、そなたほどの美貌じゃ、ヤツとて悪いようにはすまいて・・・。
先ほどから言うておるように、ヤツは無類の女好きじゃ、
おとなしくしておれば、命までとろうとはすまい・・・・。
うまくいけば、そば近くに侍る女の一人とするやもしれぬ・・・。
そうなれば、そなたにとっては亡き夫であるわが息子のカタキを討つこともできるというものじゃ・・・・。』

 
 カタキを討つ・・、百済王に言われるまでそんなことは考えてもみなかった。
だが、相手はごく当然のようにさらりと言った。
回りの侍女たちの話によれば、戦死した親族のあだ討ちは百済王家の美徳のひとつだとか・・・。

『姫様、こう申してはなんですが、
百済王は、その・・どちらかといえば武張ったことのお嫌いな、そのう・・・、
おやさしい、・・・そうそう、おやさしい方です・・・、
すでに高齢であらせられ、アテにはなりませぬ。
・・・となれば、亡き王子の恨みを晴らすのは、妻となられるはずだった姫様こそふさわしいかと・・・・・。』

 戦死した、顔も知らない夫のあだ討ちをする、しかも相手は百戦錬磨の高句麗王・・・、
それは理不尽な話のように思えた。
が、それならそれでいいと彼女は思った。
一通りの武術はこころえているつもりだった。
たとえそれが自分の身をまもるための若い女の手習いでしかなくても、
たとえ返り討ちにされて命を落とすことがあっても、
私にはもう何も残されていないのだから・・。
どちらにしても、二度と故国になど帰ることなどないだろうと心に決めてきたのだから。

だが・・・・。

 最初に百済王都で出会ったときから、高句麗王タムトクはいやな感じでは決してなかった。
むしろ百済王から聞いていた印象とはだいぶ違うと思った。
端正な容貌といい、物静かなたたずまいといい・・・・。
それに・・・、

『安心してよい、どんないきさつがあろうと、ここに来たからには、そなたの命は私があずかる。
そなたは私が守る。』

切れ長のすっとした目で見つめられ、そんな言葉さえかけられた。
なにかふわりと抱きとめられたようで、思わず涙ぐみそうになってしまった。

だが、人質の身であることに変わりはない。
窓も何もないみすぼらしい馬車に三人の侍女たちといっしょに押し込められ、
高句麗王都に連行される間、手白香は苦痛と心細さと屈辱に耐えなければならなかった。
やさしそうな顔をしていても、所詮は勝利に驕った敵王、
力のままに思い通りに支配しようとするのだと・・・。

高句麗王都に着いてから、風邪をこじらせてくずれるように病床についたのも、
そんなことがあったからかもしれない。
高熱と体中に走る痛みの中で、手白香は百済王の言葉を心の中でくりかえしていた。
高句麗王タムトクとは残虐で野蛮で女好きで、
そして、手白香を生かすも殺すも自在の男なのだと・・。

そう、たとえ、心魅かれるような男であっても・・・。


 そんな彼女が身を寄せていた長老一族の屋敷に、『女好きで野蛮な』高句麗王は、
王室付きの薬師(くすし)を派遣してきた。
それは、彼女の固くなった心の一部をちょっとばかり揺り動かしたが、
そんなうわべのやさしさなどに惑わされまいと、彼女は思ったのだった。

 そして、月見の宴に来るように声をかけられ、
王があんなことをおっしゃるなんてめずらしいのよ、などとジョフンに言いくるめられて、
城にやってくる途中、彼女は考えたのだった。
もう、このあたりで終止符を打とうと・・・・。

顔も見た事のない夫のカタキとしてでも、彼女を意のままにしようとする男としてでも、
もう何でもよいのだ。
あれこれと思い悩むのは、もうやめよう・・・。

そして、彼女は決行し・・・、すぐにそれは失敗に終わった。
かえってほっとした思いだった。
高句麗王の激しい怒りと刃が今にもその身にふりかかってくる、
そう思って覚悟を決めたのだった。

なのに・・・。
 
手白香は戸惑っていた。

「・・命令ではない。・・・そなたと話がしたい。
もう少しここにいてくれないか?」

手白香は耳を疑った。
慣れない高句麗の言葉を聞き間違えたのかと思った。
だが、王の目の中にあるのはせつない光だ。

「私を意のままになさろうとするのでは・・・?」

思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
その瞬間、彼は意外な表情になった。

「意のままにしてもよいと・・・?」
苦い笑みを浮かべる。

「そうだな・・・。そのようにそなたに思われても仕方がない。
私の本音は、そうかもしれない。」

やっぱり!
どきりとして身構えると、彼はなだめるように言った。

「そんな顔をしないでくれ。
なんて言ったらいいのか、私もよくわからない。
ただ、そなたと話がしたいのだ、
そなたの顔を見ていたいのだ、
・・・そなたといっしょにいたいのだ。」

最後のほうは真剣な顔になる。

「私は・・・、私は虜囚の身です。
王がそのように言われるなら、私は・・・」

「虜囚の身だなどと・・、
そのようにそなたのことを考えたことはない!
そなたが私の顔なぞ見たくもないというのなら、このままジョフンのところに留まればよい。
戦死した夫のカタキを討ちたいというのなら、それもよい、いつでも相手になる・・・、もっとも私はまだ死ぬわけにはいかないから、おとなしく討たれるつもりはないが・・・。」

長い腕がすっと伸びて、彼女の肩に置かれる。

「百済で最初に会ったときのそなたが好きだ。
凛として、まっすぐ私に目を向けていたではないか。
ふわりと笑ってくれたではないか。
姫、そなたには、虜囚の身だなどと恥じて、私の前にいてほしくない。」

「タム・・トクさま・・」

私も・・・。
あの時あなたにお会いして、やさしく包んでくださったような、そんな気がして・・・。
そう言おうとしたが、うまく言葉にならなかった。
涙があふれてきそうで、手白香はただうなずくだけだった。

タムトクはすっと手を伸ばすと、彼女の前髪にそっと触れる。
それから頬に手のひらをあてた。

と、そのとき、部屋のほうから侍女の呼ぶ声が聞こえた。

「タシラカ様、・・・どちらですか?・・・ジョフン様がお帰りですよ・・・」

はっとしたように、二人ともそちらをふり返った。

「帰るのか・・・?そうだな、今夜はうるさい目も光っているようだ。」

彼は口元に笑みを浮かべた。

「今夜は楽しかった。・・・少しでも話ができてよかった。」

ええ、つられるように、彼女は笑みを浮かべる。

「それで、姫、いや、タシラカと呼んでいいか?
明日の朝早く、迎えに行ってもよいか?
いっしょに朝駆けに行きたい!」

朝駆け?と手白香は目を見開く。
それは馬で、ということでしょう、タムトク様・・・。
くすくす笑いながら、手白香は言った。

「私、馬に乗れません。お供はできませんわ、タムトク様。」

思わず名前を言ってしまって、はっとなる。
私ったら、さっきはこの方に刃を向けたばかりなのに・・・。
そう思うとひどく恥ずかしくなる。
そして、もうこの方のことが何もかもわかったような気がしていると・・。

そんな手白香を、彼はまぶしそうにみつめて言った。

「では、朝駆けの帰りに、長老屋敷のそなたのところに立ち寄ってもよいか?」

「ええ・・、でも、ジョフン様は・・・?なんとおっしゃるでしょうか?」

「ああ、ジョフンなら心配ない。私はあの屋敷で育てられたようなものだ。
・・・では、姫、約束だ。明日の朝、そなたのところに行く、必ずだ。」

 

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☆画像加工は sakabou 様です。


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