【創作】高句麗王の休息
☆お久しぶりでございます。
これは、先日書き終えた某サークルの創作の続きです。
この高句麗王タムトクを、私自身があきらめるために、あと少しここに書き続けることにしました。
ですので、これはひどく自分勝手なお話なのです。
ごめんなさい。
どうぞ、ご興味のある方、おつきあいくださいませ。
場面は、タムトクといっしょに高句麗に向かった倭の姫タシラカが、側室として城外に屋敷を与えられたところからです。
当時、タムトクには正室スヨンがいて、彼女との間に嫡子チャヌスが生まれたばかりでした。
一方、タシラカもタムトクとの間にワタルという8歳になる男の子がいるのです。
お家騒動の種まではらんじゃって、この先どうなるのかという感じのところから、お話は始まります。
★上の写真は、kkkf様からお借りした画像です。気持ちよさそうに寝ていらっしゃいますね。まさか、戦国時代みたいなものだから、これほどの安らかなお顔じゃなかったと思いますけどね・・・。
★少し手直ししました。
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凱旋に酔いしれる沿道の人々、
歓呼の声、花びらの撒かれた街路・・・、
石畳の上を歩いたその足で、
お城に住まう正妃スヨン様とお子のお顔だけごらんになって、
あなたは、その日、まっすぐにこちらに来られたのでした。
『タシラカ、帰ったぞ!』
いつもよりも大きな声!
『はい、お帰りなさいませ。
ご無事で・・・。』
私は、つい涙声になってしまったのです。
あなたは、私のほほを指でちょんとつつくと、
にっこりと白い歯を見せて、いたずらっぽくおっしゃいましたね。
『穢れたままなのだ!
腹も減っておるのだ!』
まあ、外遊びから帰ったワタルみたいに・・・。
はいはい・・、
私は涙をふいて、クスリと笑ったのでした。
本当は、真っ先にお聞きしなければならないことがありました。
今日はお城でずっとお過ごしになるのだとばかり思っていましたわ。
スヨン様も、お帰りをお待ちだったのでは?
チャヌス様もかわいくおなりになったでしょうに・・。
でも、とても、そのようなことは口にできませんでした。
王としての務めを果たされた以外は、何をさておいてもここへ無事に帰ってきてくださったことがただうれしくて・・・。
私は自分勝手な女です、
タムトク様を独り占めしたいのです。
ごめんなさい、スヨン様、
ごめんなさい、タムトク様、
タシラカは冷たい女になってしまいました。
心のうちをおし隠して、私はにこにこと笑っていいましたね。
『すでに、昼餉の用意は整っておりますわ。
でも、今、湯を沸かしておりますゆえ、
お食事はお体をさっぱりされてからということにされては?』
『いや、水がよい。』
『でも、お風邪をひきますわ。』
『よいのだ。』
『タムトク様、王たる方が井戸端で水を浴びるなど・・・』
私はそんなふうに言いかけたけど、あなたはずんずん歩いていかれて、
井戸端で、白い長衣をさらっと脱がれましたね。
うしろに控えていた侍女たちが、剥き出しのあなたのお体にびっくりして、いっせいに小さな叫び声をあげました。
あわてて侍女たちに下がっているよう指示しましたが、
あなたはちょっと照れくさそうな顔をされて、おっしゃいましたね。
『どうも、戦陣から帰ったばかりで、勝手が違うな。』
白い歯を見せて、はははは・・・、と笑われましたね。
タムトク様ったら!
私は軽くにらみましたけど、そのすぐあとに、戦陣から帰るとはどんなことなのか、私ははっきりと思い知らされたのでした。
引き連れてきた若いご家来を先に帰して、私があなたのお背中を流してさしあげたあのとき、そこに、まだ生々しいいくつかの矢傷を見つけて、私ははっとしたのです。
その上、あなたのお体全体に、まとわりつくような血の匂いも・・・。
『タムトク様・・』
それきり私はただ黙々と手を動かしていました。
そんな私に、向こうを向いたまま、
『・・・だいじない。』
あなたはぽつりとそうおっしゃいましたね。
薄く笑って・・・・。
私は涙がこぼれそうでした。
どちらに正義があっても、それは人と人とが殺しあうものなのだと、
そのむごたらしさ、残酷さを、そのきれいな目でご覧になって、
温かい手を血で汚して、
そうして、お帰りになったのだと・・・。
だからこそ、冷たい水で清めたかったのだと・・・。
王であれ、私はひとりの戦士にはちがいない、いつだったか、そのようにおっしゃったことがありましたね。
そのとおり、私の愛するお方は、他の方々以上にすぐれて勇猛な戦士でございました。
側室とはいえ、そんなお方の妻なれば、私は、その栄誉も罪も、ともに背負うものです。
いつぞや、倭で、あなたが私の罪をいっしょに背負ってやるとそうおっしゃったときのように・・・。
いつしか手を止めたまま、私はまだ濡れているお背中にほほを寄せていました。
あなたは後ろに手を回して、私を抱きとめてくださって・・・、
『私が恐ろしいか?』
私は腕の中で、首を横に振りました。
『・・・恐ろしくとも、私はともに、あなたと行きます。』
そうか・・、あなたはふっと笑われて、
『そなたは、私の妻だ。』
はい、と私はうなずきました。
そうですわ、タムトク様、あの時、私は正真正銘の、高句麗王タムトクの妻となったのだと思います。
そして、今、あなたは、無遠慮に私の膝の上に頭を乗せて、つかの間の夢をごらんになっています。
秀でた眉、伏せたまぶたの下にはほのかに陰を作って、
くっきりと通った鼻梁、薄紅色の唇、その片端を心持ち上にあげて・・・。
やさしげなお顔だち、
なのに、あなたは勇猛果敢な高句麗王・・・。
久しぶりのセンピとの戦は、激しいものになったとか。
『捕らえた捕虜を、タムトク様自ら尋問されたんですって・・。』
目をきらきらとさせて、捕虜の尋問のむごたらしい様子を語ったアカネ殿・・・。
『協定を反古にしたのは向こうだ、そうタムトク様はお怒りになって、今回は容赦しないって感じだったみたいですよ・・・。ま、仕方がないですね。悪いのはあっちなんだから。』
・・・タムトク様、何があっても、私は、あなたとともに行きます。
私はそう心の中でつぶやいてみたけど、今のあなたはそんな猛々しさはどこかに置き忘れたかのように、静かな安らぎの中にいらっしゃる・・・・。
かすかに聞こえる静かな寝息、いかにも心地よさそうなお顔で、
ようやく取り戻した静けさを身体の隅々まで楽しんでいるかのように。
やがて、ちょっと寝返りを打とうとしたその拍子に、水を浴びたつややかな黒い前髪がひとひらはらりと額におちて・・・、
私は何気なく、手を伸ばしました。
あなたは、薄目を開けて、私をそっと見て、それから、ふっと笑みをもらすと、今度はごろんと盛大にお体を反転させて、それからまた夢の中に入り込んでいってしまいましたね。
まあ!タムトク様・・・、
どんな夢をごらんになっているの?
置いてきぼりにされて、ちょっとねたましいような、
それでいて、あなたのやさしい寝顔をもっと見つめてたいような、不思議な気持ち。
あと一時もすれば、戦勝の儀式のために、お城からお迎えがやってくるでしょう。
そう、勇猛果敢な高句麗王に戻るまでのほんのわずかな時間が、
私に残されたタムトク様とのやすらぎのとき・・。
その間は、タムトク様、
あなたは私だけのもの、
そう思ってしまっても、いいですね?
【タムトクの恋・番外編】海の向こうに帰る人~その4の1
☆これは、サークルにアップしていたお話の続きです。
この場をお借りして、書かせていただきます。
なお、【高句麗王の恋】とは別のバージョンの続きですヨン。
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「あんたの言う通りだ。こんなところでぐずぐずしていても始まらねえ・・・。
とっとと、けじめをつけに行くとするぜ!」
そんな捨て台詞をタムトクに残し、それからタシラカには「あばよ」と言う言葉を投げかけて、
あくる日の朝早く、キビノナカツヒコはヤマトへと発っていった。
吉備の兵の大半が出発して、朝からざわついていた屋敷の中は、少し静かになったように思われた。
が、それもほんの一時のことだった。
タムトクがすぐに行動を開始したからだった。
それは、彼女の決意をひっくり返す可能性のある要素は、すべて取り除いておこうとでもするかのようなすばやいものだった。
「そなたの一族は、今どうしているのだ?」
いかにもさりげない口調で言う。
「身内と呼べる者は、このあたりには誰もおりません。
・・・・もうご存知でしょう?
祖父がヤマトに対する反乱に加担して敗れて以来、
私の親族はこのあたりに住むことを許されなくなりました。
私が吉備で育てられたのは、乳母がナカツヒコ様の親族だったためです。」
答えるうちに、顔がこわばるのがわかった。
タムトクは、やわらかくタシラカの手を握って言った。
「タシラカ・・・、そんなことを言うつもりではなかったのだ。」
「わかっていますわ、ここの領地と屋敷のことでしょう?」
そう、確かに彼の言うとおりだった。
彼といっしょに高句麗に行くと決めたからには、後を引き継ぐ者をきちんと決める必要があった。
数十年前、手白香の祖父が加担した、ヤマト大王家に対する反乱(注)のために、王族の身でありながら一族は朝廷を追われ、領地の大半を奪われたのだった。
その一部である北の国がタシラカの所領となったのは、彼女が身重の身体で高句麗から帰ってきたときのことだった。
そのために奔走してくれたのが、朝廷で大将軍の地位にあったナカツヒコだったのである。
タシラカの考えはすでに決まっていた。
「ここは、隣国の吉備にまかせるのが一番よいと思います。
ナカツヒコ様は私がここを領有するように取り計らってくれた人ですし、
ナカツヒコ様の人柄は、ここの領民もよくわかっていますし、
それに、ナカツヒコ様の親族には私の乳母もいますし・・・・。」
「そう何度もナカツヒコ、ナカツヒコと言うな。
・・・よい、ヤツがヤマトから首尾よい返事を持って帰ったら、その話をしよう。」
「それから、ここの屋敷の者たちのことですが・・・、私といっしょに行きたいと言っている者もいます。できれば、そのような者たちは・・・・」
最後まで聞かずに、タムトクは言った。
「よい、船が沈まぬ限り連れて行くことにしよう。そなたも心強いだろう。」
満足そうな笑み・・・。
ひとつ片付いたぞ、彼は、そんなふうに思っているらしかった。
だが、タシラカは、自分の中に小さなしこりがあるのを感じていた。
そうなのだ、どうしてももう一度彼に確かめたいことがあるのだ・・・。
明け方、まどろみの中で愛し合ったあとで、彼はささやいたのだった。
『タシラカ・・・、そなたを正妃にはできない・・・。』
厚い胸の下から響いてくるやわらかな低い声だった。
タシラカは、目を上げる勇気がなかった。
彼がどんな顔をしていても、自分は悲しいのに決まっているのだ。
『はい』
そう、短く答える・・・。
背中にまわした彼の大きなてのひら・・・。
そのいとおしむような手のあたたかさ・・・。
『・・・時には、むこうへ行かねばならない。』
はい・・、そう言おうとして、タシラカはその言葉を飲み込んだ。
『・・・それでも、私は、すべてそなたのものだ。』
はい・・・、信じています、タムトクさま・・・。
口に出す事もできないまま、タシラカは彼の胸に唇をあてた・・・。
彼が正妃を迎えたということが問題なのではない。
かつて、彼は彼女に誠実であろうとしたのに、ともに生きることから逃げ出したのだから。
今さら彼を責める資格など、何もない。
だが、何か、うっとりした時の流れのなかで、『そのこと』をいとも簡単にかわされたような気がしたのだ・・・。
「領地や屋敷の話は、そなたから屋敷の者たちに説明すべきだ。
早いほうがよい。
すぐにでも、主だった者たちを集めよ。・・・タシラカ、よいな?」
どこかぼんやりしているタシラカに、彼はてきぱきと指示をすると、
乗馬の練習をしているワタルの様子を見てくるなどと言いながら、外に出て行こうとした。
その広い背中に、タシラカは声をかけた。
「あの・・・、タムトク様・・・」
彼は足を止めた。
くるりとふり返る。
なんでもない顔で、ひとこと言った。
「なんだ?」
やっぱり・・、タシラカは確信した。
タムトク様、あなた・・・。
「お話があります。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
彼はちょっとの間黙っていた。
タシラカも・・・・。
沈黙の中でのやりとり。
やがて、彼は思い切ったようすで切り出した。
「スヨンのことだな?」
まっすぐに彼女の目を見つめる。
「もう、話した。あれがすべてだ。
だが、そなたの気が済むまで話してもよいぞ。」
すっとしたまなざし。
何の疑念も感じさせない瞳の色。
タシラカは何と答えていいかわからなかった。
激しい言葉を思い切りぶつけてしまいそうで、自分がこわかった。
彼は、領地の話でもするかのように、さらりと話しだした。
「今朝も話したとおりだ、
そなたを正妃にはできない、正妃はスヨンだ。
が、私にとっては、女人は、そなたただひとりだ。」
うん、と生真面目な顔でうなずく。
それから、急に恥ずかしくなったのか、彼は口元に照れたような笑みを浮かべた。
「おかしいと思うのなら、笑ってもいいぞ。
・・・・そんなことは信じられないと思うのなら、それでもいい。私の正直な気持ちだ。」
タムトク様、そんなステキなお顔をされてもだめですわ・・・。
タシラカの目にうっすらと涙が浮かぶ。
無理やり怒った顔を作ると、そっけない口調で言ってみる。
「・・・ほかの方にも、同じようなことをおっしゃったんでしょう?」
「タシラカ!」
せつない目!
「私が、そんなことをすると思うか?」
まいったな・・・というふうに首を振る。
「・・・ごめんなさい。ちょっと言ってみたかっただけなの・・・・・。」
思わず涙がこぼれる・・・・。
彼の腕がすっと伸びて、あっと思うまもなく、タシラカは抱き寄せられていた。
彼の匂い・・・、タシラカの好きな匂い・・・。
「タシラカ・・・・、彼女・・・スヨンには、最初に正妃の話が持ち上がったときに、ちゃんと伝えたのだ、私の心は別の女人にあると。」
ええっ!
広い腕と胸の作る空間で、タシラカは身じろぎする。
「スヨンは、驚いたようだった。
そなたかと聞かれたので、そうだと答えた。
そして、彼女は私の申し出を受け入れてくれた。」
「そんな・・・!」
思わず顔をあげると、彼を見つめる。
「いけないか?
彼女は彼女なりに、傾きかかったハン家のことを考えたのだと思う。
そして、結論を出したのだ。」
ひどいことを・・・と、タシラカは思った。
理屈抜きで悲しかった。
彼女とは、高句麗の城内ですれちがった時に、二言三言言葉を交わしただけだった。
まだ若い、気負いの感じられるような姫だったという印象しか残っていない。
だが、彼女は、今かつてのタシラカと同じような境遇にいるということになる。
ヤマトの大王の妃にと望まれ、これを断ったタシラカに対して、
スヨンは、愛しているのは他の女などといわれながらも、これを受け入れたというのだ。
「ひどいわ!スヨン様がお気の毒です!」
彼はちょっと戸惑ったように言った。
「タシラカ、私は・・・、
私は、そなたがつらいだろうと思ったのに・・・・・。」
「それとこれとは、別です!」
タシラカは強い口調で言った。
彼は小さなため息をついた。
「そなた、スヨンにはやさしくて、私には手厳しいのだな?
そうだ、私は、ひどいことを言った。
だが、言い訳かもしれないが、スヨンはそなたとは違う、
王の妃となるべく育てられてきた娘だ。
彼女は、そなたとは違う論理で生きている。」
「あの方が傷ついていないとでもおっしゃるんですか?
そんなことを言われても、それでもタムトク様の正妃になりたいと・・・・?」
「タシラカ、みながみな、そなたと同じではない。
だが・・・・、そうか、なるほどな、そなたはそう考えるのか。
・・・・そなたの言うとおり、私はひどい男かもしれない。
だが、王である以前に、私は私だ。
王として『形』を優先させねばならないのなら、
せめてそこにかかわる人間には筋を通しておきたかったのだ、
そなたに対しても、スヨンに対しても。」
彼は叱られた子供のような顔になった。
まあ、なんてさびしそうな・・・、
まっすぐな・・・・。
やっぱり、この方を放ってはおけないとタシラカは思った。
「タムトク様・・・、許してさしあげますわ。
・・・・ごめんなさい、あなたを困らせたりして。
私のためにせいいっぱいやってくださっているのに・・・・。
元々は、私が悪いんですもの、だから、私には何も言う資格がないのに・・・。
それに・・、それに・・・・・・、一番ひどいのは、私かもしれないわ。
心の奥の奥のほうでは、あなたが私を愛してくださってるとわかって、
私、すごくうれしいんですもの・・・・。」
「タシラカ・・・、何度でも言う、愛してるよ。」
「私も・・・・・。」
「ひどい男でも愛していると言ってくれるのだな?
よかった♪
そなた、やさしいのだな?それに、他の妃にヤキモチも妬かない・・・。
私も、これからは余計な気遣いはしないことにする。
で、これからは、妃の二、三人、許してもらえそうだな?」
「それは・・・、だめです・・・、タムトク様、だめですわ!」
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