2011/02/06 14:43
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-44.許し

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「明日は空けておいて」

「明日?・・でも仕事が・・・昨日も休んだし・・
 そんなにはお休み取れないわ・・引継ぎも急がないといけないし・・」

ジニョンの言葉に、フランクがニヤリとして見せた時、「また?」
と彼女が彼を睨んだ。

「その・・また・・」

「もう!フランク!どうして勝手に・・
 テジュンssiもテジュンssiよ・・いつも理事の言いなりなんて」

屋上に設置したテーブルで、遅いディナーをふたりで味わいながら、
幸せを噛み締めていたはずのジニョンが突然声を荒げた。

それでも彼女は、彼が微かに眉を下げ物憂な顔で彼女を見下ろし、
「時間がないんだ」と擦れ声で言うと、直ぐに降参してしまった。

「また・・そんな目で見たって・・・もう・・・
 しょうがないんだから・・・」 
彼女は自分が昔から彼のその目と声に弱いことを十分承知していて、
それが時に憎らしくもあったことを思い出した。「・・・それで?」

「ん?」

「何処に行くの?」

「あー・・内緒?」

ジニョンはどこかで聞いた台詞に、呆れたような笑みを浮かべながら
口を尖らせて見せた。

 


翌朝約束通り、フランクがジニョンを迎えにアパートに行くと、
案の定彼女はまだエントランスに下りていなかった。

そして約束の7時を10分を過ぎても現れない彼女を、
フランクは結局部屋まで迎えに行かなければならなかった。

「遅刻魔。」
眠たげな目をこすりながら、やっと玄関に現れたジニョンに向かって
フランクは呆れたように言った。
「いいから早く着替えて。直ぐに出るよ」

「だって・・昨日遅かったから・・
 結局二時を回っていたのよ、アパートに戻ったの」
フランクに急かされて、ジニョンは着替えようと部屋に戻りながら
大声を上げた。

「だから僕の所に泊まれば良かったんだよ」

「そんなこと・・・着替えだってないじゃない」

「そんなの直ぐに用意したさ」

ジニョンの着替えが終わるまでの数分間、ふたりは玄関と寝室で
互いに向かって声を張り上げていた。

「あなたが悪いんですからね
 あ~あ、お化粧もさせてくれないなんて・・」
ジニョンは更に悪態を吐きながら玄関に現れると、靴に足先を入れた。

「僕が悪いの?」 フランクが、一瞬ふらついた彼女を抱き止めて言った。
「そうよ・・あの後、片付けも大変だったし・・」 
ジニョンは彼の胸に体重を預けたまま、彼を見上げた。

「そう?僕は楽しかったな・・ふたりで洗い物なんかして・・
 新婚みたいだったじゃない?・・僕達・・」 
そう言いながらフランクが満面の笑みで彼女を見下ろした時、
ジニョンは自分の胸が一瞬にして、ときめいたことに驚いた。

「だいたい、あんな所にあんなもの作るから。」
しかしそれを認めることは癪に障るとばかりに、彼女はまた悪態をついた。

「喜んでたくせに」 彼はまたも輝くような笑顔で彼女を包み込んだ。
「チィ・・」

「そんなことより、早くして・・時間がないんだよ」 
フランクは急かすようにそう言って、彼女を自分の腕の中から解放した。
その直後、彼女の手を取り玄関を出ると、彼女から鍵を取り上げ
自分で部屋に鍵を掛けた。

「時間がないって?」 
そして彼女はそのまま、彼に引きずられるようにして階段を下りた。



「早く乗って。」 車までやって来るとフランクはそう言って、
ジニョンを助手席に押し込むように乗せた。

「もう!乱暴にしないで」
ジニョンの相変わらずの悪態に笑いながら、フランクは運転席へと急いだ。
「約束してるんだ」

「約束?誰と?・・何処へ行くの?」
「サムチョク」

「サムチョク?」
「ああ」

「私の?」
「ん・・」

「・・・そうなの?でも今日家には誰もいないわよ・・
 父は出張だって言ってたし・・母もとっくに仕事だし・・」
「だから・・お約束した」

「いつの間に?」
「昨日。・・父上には出張の時間を少し延ばしていただいた
 母上も午前中は在宅してくださるそうだ」

「ふ~ん・・」 ジニョンはわざと気のないような返事をしたが、
内心では、この上ない幸福感に満たされていた。
そして頬が緩むのを抑えられず、わざとフランクから顔を逸らせた。

もう10年も前のことになる
ジニョンの父がふたりの時間を引き裂いた事実は拭うことはできない。
ジニョンは一時、その父をどうしようもなく恨んだことがある。
しかし10年の時は、ジニョンが父の想いを理解するには十分だった。
父もまた、娘の真実の姿を、変わることの無かった想いを
長い時を掛けて知ってくれただろう。
そしてその父が、娘が唯一愛する男の真の姿をも既に
認めてくれていることをジニョンは知っていた。


ジニョンの実家のあるサムチョクは静かな街だった。
高台に位置した彼女の家の前に立ち、フランクは一度深呼吸をした。

「緊張してるの?」 ジニョンがフランクを横目に見て面白がって言った。

「少しね」 フランクは素直にそう答えた。

「へ~・・あなたでも緊張することあるのね」

「あるさ」 フランクはそう言って、ジニョンの手をぎゅっと握った。



「いらっしゃい」 ジニョンの家の門をふたりでくぐり、玄関のドアを開けると
そこにはジニョンの母セヨンが待ち構えていたようにふたりを出迎えた。

フランクはセヨンとは初対面だったが、不思議とそうは思えなかった。
彼女の笑顔がジニョンのくったくないそれと良く似ていたからだろう
そう思った。

その瞬間セヨンがフランクに近づいたかと思うと、彼を突然抱きしめ、
その頬にキスをした。

「オンマ!」 ジニョンが母のその行為に驚いて、慌てたように
彼女をフランクから引き剥がした。

「あら、いいじゃない。けちね」 セヨンは悪びれることなく言った。

「けちって・・」

「ハグして何が悪いのよ」

「彼は私の婚約者なのよ!」

「だから?」

「だからって・・!」

「歓迎の意味よ」

「だってキ・・やり過ぎよ!」
ふたりはフランクの目の前で突然、大声で言い争いを始めた。

「あの・・」
フランクは互いに食いつかんばかりのふたりを前にして
言葉を失っていた。

「よしなさい、ふたりとも・・」
その重厚な声が奥から届くと、ふたりの争いはピタリと止まった。
「お客様が驚いているじゃないか」 そして声の主が目の前に現れた。

「だって、パパ・・」
「だって、あなた、ジニョンが・・」

「おっほー・・」
父の一喝にふたりの女は互いに睨み合いながらも、口を閉じた。


「どうぞこちらへ・・理事・・」 

「あ・・はい・・お邪魔します」
フランクはホッとして、ジニョンの父ヨンスに案内されるまま
リビングへと進んだ。

「あれたちのレクリエーションでしてな・・気にせんでください」
ヨンスが後ろを振り向かないままフランクに言った。

「レクリエーション・・ですか?」


ジニョンはセヨンとのさっきまでの言い争いなど忘れたかのように
父と連れ立って我が家のリビングへと進むフランクの背中を
嬉そうに目で追った。
その時、そのジニョンの肩をセヨンが優しく抱き寄せた。
セヨンもまた、この10年の月日を娘を気遣い、陰ながら見守ってきた。
その娘がやっと、愛する人を連れて我が家の門をくぐったのだ。
セヨンはそれだけで、天にも昇る気持ちだった。
フランクの顔を見た瞬間、思わず彼を抱きしめてしまうほどに。



父とフランクはソファーに腰掛けたものの、しばらく互いに口を開かなかった。

ジニョンがそこへお茶を運び、フランクの隣に腰掛けようとした時
「席を外しなさい」と父は娘に言った。

ジニョンが困惑した顔をフランクに向けると、フランクは黙って彼女に頷いた。
ジニョンは父とフランクに従った。

「理事・・・」

「今日は私の理事という立場はお忘れ願えませんか」

「それは難しい話です」 ヨンスはきっぱりとそう言った。

「そうですか・・・」 フランクは少し寂しげに俯いた。

「お話がお有りだとか・・」

「はい・・今日はお忙しいところを、お時間を割いていただいて
 ありがとうございます」

「いいえ・・」

「今週末にアメリカに戻ることになりました」

「はい・・伺っております」

「その前に、あなたにお願いがあって参りました」
フランクが切り出すと、ヨンスは沈黙したまま、彼の続きの言葉を待った。
「・・・・・あなたは10年前、私にこうおっしゃった・・・
 娘には楽に生きられる人生を歩んで欲しいと」

「ええ、・・申し上げました・・
 正直、今でもその思いは変わっておりません」

「・・・・私はあの時、あなたのその言葉に打ちのめされてしまった
 私は決して彼女に楽な人生を与えられない・・そう思ったからです」

「だから・・娘の前から去ってくださった」

「はい」

「では・・今なら・・娘はあなたの傍で楽に暮らせますかな」

「いいえ・・・それは難しいと思います」

「・・・・・・」

「私と生きる以上、彼女に楽な人生は無いかもしれない
 もしかしたらこの先、
 彼女には耐えるだけの人生しか待っていないかもしれない 
 それでも私は・・私でしかありませんから・・
 それを変えることはできません」

当初ヨンスはフランクの言葉を伏目がちに黙って聞いていたが、
フランクが力強い視線をヨンスに向けていたので、いつしかヨンスも
フランクと視線を合わせるしかなかった。

「しかし・・これだけは誓えます
 どんなことがあろうと、彼女は必ず私が守り抜きます」

フランクがそう言うと、ヨンスは思わず俯いて、心の中で呟き笑った。
≪そんなことは当にわかっているよ≫

「正直申し上げて・・彼女が私と生きて、幸せかどうかはわかりません
 それは彼女にしか答えられないことですから・・・
 ただひとつだけはっきりと言えることは・・・
 彼女と共に生きることができる私は・・・間違いなく幸せになる
 そのことだけです」
フランクが断言するようにそう言うと、ヨンスは黙って彼の目を見た。

「私は幸せよ!」 突然ジニョンがふたりの間に割り込んだ。
「パパ・・私は彼と生きられれば幸せ。それだけで幸せ・・
 いいえ、フランクじゃないと駄目なの」

「席を外していなさいと、言わなかったか?」 父は娘を諌めて言った。

「だって・・・」
フランクがジニョンの肩に手を置いて、彼女をその眼差しだけで宥めた。
彼女はフランクの顔を不安げに見上げたものの、彼の言うことを聞いて
また部屋を出て行った。


「娘というものは・・・持つものじゃない・・・親の気持ちなど、
 何ひとつわかろうとしない」 ヨンスは溜息混じりにそう言った。

「・・・・・・」

「ご覧の通りだ・・きっと私が何を言おうが・・」
「あなたの、お許しが欲しいんです。」 フランクはヨンスの言葉を遮って言った。

「私は・・10年前、あなたに言った言葉を後悔はしておりません
 結果として、娘に恨まれ・・あなたたちふたりの・・
 10年の人生を奪った事実があったとしても・・」 ヨンスはそう言った。

しかし事実は違っていた。彼はこの10年、後悔の念に囚われていた。
それでも彼はそう言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。
それは父としての意地であったのか、自分を信じたかっただけなのか。
それは彼自身にもわからなかった。
その時、フランクが父の心を慮るように口を開いた。

「私にとって・・彼女にとって・・この10年が無駄だったとは思いません
 あの頃の私は・・あなたが恐れていたような生き方しかできなかった
 いえ、今もそれは余り変わっていないかもしれない・・
 でも・・この10年間でわかったことがあります
 彼女がいなかった時間・・私は自分の命さえ惜しいとは思わなかった
 そういう生き方しかできませんでした
 しかし今、私は命が惜しい・・・それはきっと彼女がいるからです
 彼女と共に生きたいと心の底から願っているからです

 彼女は・・私に生きる力を与えてくれます
 彼女は・・私に愛することの意味を教えてくれます
 彼女は・・私にとって何ものにも代えられないものです
 彼女は・・私の・・すべてです
 彼女を・・愛しています・・深く愛しています
 
 約束します・・いつも彼女を抱きしめていると・・・
 彼女が転ばないように・・泣かないように・・
 いつも抱きしめて・・・守って生きます
 だからどうか・・許して下さい・・あなたのお許しを下さい
 ・・・ジニョンを・・僕に・・下さい・・・」

フランクは胸に込み上げるものと懸命に闘いながら、
今生涯で唯一無二に欲しいと願うものを得るために、
想いの全てを吐き出した。

「フー・・」 ヨンスは大きく息を吐いた。
「・・・・・・」 フランクは固唾を呑んで、ヨンスを睨み付けるように見た。

「・・・私より・・・・過保護になりそうですな・・・」

「・・・過保護・・ですか?」

「たまにはほったらかした方がいい」

「それはできそうにありません」

「あなたが苦労なさる」

「彼女を苦労とは思いません」

「女を甘やかし過ぎてはいかん」

「甘やかすのが好きなんです」

「あなたも強情なお人だ」

「あなたほどでは・・ありません」

「娘は小さい時から、私が甘やかして育ててしまったんです
 あれの強情は私に似ている」

「承知しています」

「先ほどおっしゃいましたな・・
 あの子と共に生きられるあなた自身が幸せであると・・」

「はい」

「ご存知でしたかな?この10年・・あの子が・・どれほど
 あなたの身を案じていたか・・あなたの幸せを祈っていたか・・」

「・・・・・・」

「結果論として・・あなたが幸せであれば・・・
 あの子も幸せだということになる」 ヨンスはしみじみとそう言った。

「・・・・・・」

「だとすると・・異論など唱えようもない」

「・・・・・・」

「何処へでも連れてお行きなさい」

「えっ?・・」

「アメリカへ連れて行く・・そう言いにいらしたんでしょう?」

「あ・・はい」

「どうぞ、あの子の望み通りに。」

「・・・ありがとう・・ございます」

「理事・・」

「ドンヒョクと。」

「・・・ドンヒョク・・・」

「はい」

「娘を頼みます」

「はい。」

 

フランクは、ジニョンの父母にふたりの結婚を認められたことで
清々しい達成感を味わっていた。
サムチョクへ向かって車を走らせていた時の不安な気持ちと
今ソウルへ帰る時の自分の心の軽さと言ったら、その違いが
余りに歴然としていて、自分でも可笑しかった。

「ありがとう」 フランクは隣に座るジニョンにそう言った。

「えっ?」
「いや・・何となく・・」

「何となく?」
「ん・・何となく・・そう言いたかった」

「・・・・・・ありがとう」
「ん?」

「私も・・何となく・・そう言いたかったの」
「はは・・」

ジニョンはしばらく、運転しているフランクの横顔を黙って見つめていた。
「何?」 その視線を感じて、フランクがジニョンを見た。

「ううん・・ただ見ていたいの・・あなたを・・」
「ずるいな・・僕もそうしたい」
「だめよ」 ジニョンはフロントガラスを指差して笑った。

ふたりは時に見つめあい、時に笑いあい、短く交わす言葉の端々に
この上ない幸せを感じていた。

「ねぇ・・」
「えっ?」

「車・・・

     ・・・止めてもいい?」・・・













 




2011/02/04 22:58
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passion-43.すべてを君に

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ジニョンは屋上に上がるエレベーターの中で考えていた。

テジュンに“行け”と言われるまま向かってはみたものの・・・
≪こんな時間に・・屋上?≫

怪訝な思いを抱きながらも、エレベーターが屋上に着きドアが開くと、
外へと繋がるドアの隙間から一筋の灯りが薄く漏れているのが見え、
首をかしげた。

ジニョンは少しだけ息を呑むと、そうっとそのドアを押し開けた。
ドアが少しずつ開かれるにつれ、彼女の体が白い光に覆われていき
ドアが全開した瞬間には、彼女は余りの眩しさに手の甲で
目を覆わなければならなかった。

呼吸をひとつ置いた後、目を凝らして辺りに視線を送ると、
正面からライトが自分を照らしているようだった。
それからまた数秒経ってやっとその光にも目が慣れてくると、
光の向こうに何かが見えてきた。

見渡すと、彼女がいつも自分の憩いの場としているその一角に
食器やグラスが美しくコーディネートされた円形のテーブルがひとつ
スポットライトの中に浮かんでいた。

そして、そのテーブルの横には神妙な面持ちのフランクが立っていた。
ジニョンは彼の姿を認めると、一度ホッと息を吐いた。

「・・・ドンヒョクssi・・これって・・何のまね?」

ジニョンはフランクに向かって、困惑気味に笑みを浮かべて言った。

フランクもまた薄く笑みを浮かべながら、ジニョンが近づくのを待った。

そして彼女が彼の目の前に立つと、彼はおもむろにポケットに手を入れ、
ひとつの小さな箱を取り出した。

フランクはその箱の蓋をそっと開けると、やっと口を開いた。

「今回のことで・・・・
 僕の財産の殆どは・・ソウルホテルの債権に変わってしまった
 それは理由があって、直ぐに売ることはできない
 だから今僕に残されたものは本当に僅かなものだけ・・・

 でも・・そんなことはどうでもいいことなんだ 
 僕は君がいれば・・・
 君さえいれば・・例えマイナスからのスタートであったとしても。
 何度でも、いくらでも・・這い上がる自信がある

 だから・・・君はただ、僕を信じてくれればいい
 僕のそばにいて、僕を抱いていてくれれば・・それでいい。
 わかっているよね・・・
 僕が・・君の他に何も・・何もいらないこと。」

フランクはジニョンを真直ぐに見つめて、切々と想いを伝えた。
ジニョンはただ無言で、彼の言葉を噛み締めるように聞き、
そして彼の問い掛けにゆっくりと頷いた。

「・・・ソ・ジニョンssi・・・あなたを・・・心から愛しています・・・
 僕と・・・結婚して下さい」

そう言ってフランクは、箱の中から小さなリングを取り出した。
ジニョンはフランクの誠意溢れたプロポーズに胸を熱くした。
そして彼女は感動に極まった胸を、開放するかのように深呼吸をすると
彼に向かって笑みを添え、ゆっくりと左の手を差し出した。

フランクは、差し出された彼女の手に安堵の笑みを返すと、
その手を優しく受け取り、白い指先に輝くリングをくぐらせた。
そしてそのままその手をグイと自分に引き寄せ、彼女を強く抱きとめた。

「愛してる・・・どうしようもないほど・・愛してる。」 
フランクは彼女を抱きしめた力と同じだけの力を込めて、
自分の想いを搾り出すようにそう言った。

「・・・私も・・私も・・私も・・・」 ジニョンの想いは言葉にならなかった。
だから、その激しい想いを彼に伝えようと、力の限り彼にしがみついた。

たったひとつのテーブルの横にふたりのシルエットがひとつになって
長い時間揺れていた。



「アジシ・・・いつまでこうしてるの?」

ジェニーは自分が作った料理を乗せたワゴンの取っ手を掴んだまま
屋上に続くドアの前でなりを潜めていた。

「もう少し待て」 その横で、テジュンもまた声を潜めて言った。

「だって、せっかくの料理が冷めちゃう」

「しょうがないだろう!」

テジュンは少し後悔していた。
昨日、シン・ドンヒョクから、屋上にテーブルをセッティングして欲しいと頼まれた。
料理はさほど必要ないので、ちょっとしたオードブルとワインがあればいいと。
しかし、それだけでは味気ないだろうと考え、ジェニーと相談して
ふたりで軽いディナーを用意し、後で彼らを驚かそうと企んだ。
≪それがどうだ?これじゃあ、出て行けないじゃないか≫

「アジシ・・・」

「うるさい!」

ジェニーはテジュンに一喝されて、口を尖らせた。
その時、外から声がした。「誰?」 シン・ドンヒョクが物音に気づいたのだ。
テジュンは大きな溜息を吐くと観念したように、ドアを開けた。



ドアの向こうで何やら物音がしたのを、フランクは聞いた。
ここにはもう誰も上がって来ないはずだったが、ドアを開けて出てきたのは
テジュンと妹ジェニーだった。

「オッパ・・お邪魔してごめんなさい」

たった今までフランクと抱き合っていたジニョンが少し照れたように俯き
乱れた髪を指先で直した。

「料理をお運びしました」

「料理?・・あ・・こんな遅い時間に従業員の手を煩わせては・・」

「ご心配には及びません・・きっと理事はそうお考えだろうと・・・
 他の従業員は残しておりませんのでご安心を・・
 ジェニーと私であなた方へ心ばかりの品です」

そう言って微笑んだテジュンの誠意にフランクは感謝の眼差しを送った。

「お客様。」 ジェニーが突然声を上げた。「どうぞ、お席へ・・・」

フランクとジニョンはジェニーに促がされるまま、並んで席に付いた。

ジェニーとテジュンが運んできた器をテーブルに並べ終わると
ふたりはフランクとジニョンの目の前で料理を被っていたクロッシュを
少し大げさな動作で上げて見せた。
そしてジェニーは言った。「ようこそお客様・・星空レストランへ」

「星空?・・星出てないぞ」 隣でテジュンが空を仰ぎながら横槍を入れた。

「いいの。・・・オッパ、貸切のレストランよ」 ジェニーはフランクにウインクしてみせた。
フランクは呆れたように顔を背けたが、その顔には綻ぶような笑みが浮かんでいた。

用意した料理のお披露目が終わると、テジュンとジェニーは
「どうぞごゆっくり・・お客様」と声を揃えて、屋上から素早く去って行った。
彼らが自分達に気を利かせたように、慌てて去って行く姿を見送ると、
ふたりはお互いに顔を見合わせて笑った。



「美味しそう・・」 ジニョンは並べられた料理を見渡して、溜息混じりに言った。

「ああ、そうだね」

「急にお腹すいてきちゃった」

「それじゃ、遠慮なく戴こうか」

「ええ」

テジュンとジェニーの気持ちが嬉しかった。
自分達の結婚が、皆に祝福されているようで、料理を味わいながら
フランクは自分の体中に幸せが深く染入るのを実感していた。


「でも・・こんなところに・・・こんなものを作るなんて・・」
しばらくしてジニョンは改めて、周囲を見渡しながら言った。

「決めていたんだ」

「えっ?」

「君にプロポーズする時は、レストランをひとつ借り切るって・・」

「レストラン?」

「ああ、実はこの前ジェニーにそんなことを話してた・・
 だから彼女、さっき、あんなことを・・」

「あなたがジェニーにそんなことを?・・」

「最近、ジェニーとよく話をするんだ・・
 長く一緒にいられなかった分を少しでも埋めたい、彼女そう言ってた・・
 “オッパのことを沢山教えて”って・・」
フランクはジェニーとの会話を思い出して、小さく笑った。

自分がジェニーに話していた過去のことの殆どが、ジニョンと過ごした
数ヶ月だけだったような気がしたからだった。
「彼女に話していたこと・・君とのことが殆どだったな・・考えてみたら・・
 話すことが何もなかった・・」

「・・・・・・」 ジニョンはその笑顔が少し切なかった。

「その時、質問されたんだ・・“オンニにプロポーズする時は
 どんなサプライズを考える?”って・・
 あー・・韓国では男性が女性に告白する時は、
 サプライズを考えるのが常らしいよ」

「聞いたことがあるわ」

「ジェニーには情報をくれる人たちが沢山いるからね
 あの子も大分韓国文化に精通してきたみたいだ」

「ああ・・」 ジニョンは厨房のイ主任達を思い描いて笑みを浮かべた。

「本当はね、いつの日か君にプロポーズする時・・その場所は
 君と初めて行ったあのレストランだと思ってた。」

「ニューヨークの?」

「ああ、でも気が変わったんだ」

「えっ?・・・」

「今はどうしてもこのソウルで僕の気持ちを伝えたかった」
フランクはそう言って、ジニョンを熱く見つめた。

「・・・・・・」 ジニョンは彼のその眼差しに、胸が圧迫されるほどに
感動していた。

「ここでも本当はレストランのひとつも借り切りたかったんだけどね
 ほら、東海の家の改装の手配したら本当に何も無くなって・・
 だからハン社長に理事の特権を使わせてもらったというわけ。」

「ふふ、だったら、無理しなくてもよかったのに・・・
 これだって、高かったでしょ?」
ジニョンは既に自分の指に納まったリングを見つめながらそう言った。

「いや、それは・・・最近買ったものじゃない」
「えっ?」

「10年前に・・買ってあった」
「10年前?」

「ああ、だから余り高い物じゃないよ。その頃もそんなにお金なかったから・・」
「・・・・・・」

「ショック?安物で・・」
「ええ。ショック。」

「あーでも困ったな・・直ぐには新しいのは買えそうもない」
「10年間も眠らせていたなんて・・」

「えっ?・・」
「もっと早く私の指に納まるべきだったのに・・・可哀想に・・・」
ジニョンはそう言いながら、薬指に光るリングをそっと撫でた。

「はは・・確かに・・・早く君のところに行きたいって
 夜毎泣いていたような気がする」

「あなたのせいね」 ジニョンはそう言ってフランクを睨んだ。
「そうだな」

「許せないわ」
「どうしたら、許してくれる?」

「そうね・・・どうしよう」

ふたりは見つめ合ったまま、互いの胸の内の熱いものを心で感じた。
ふたりにはそれ以上の言葉はいらなかった。
ジニョンはフランクから視線を優しげに外すと、10年の時を経て
やっと自分の指に納まったリングをいつまでも愛しそうに眺めていた。

フランクはそんなジニョンを愛しく抱きしめるように見つめた。
そして心の中で呟いた。

   いいよ・・どんな罰でも受けるよ、ジニョン・・・

   今この時が・・・・
   神がたったひとつの僕の望みを叶えてくれたことに違いないから

   神が君を・・・僕に残してくれたに違いないから・・・



「・・おいで」 フランクが手招きをして、自分の膝の上を指差した。
ジニョンが“座るの?”という表情をすると、彼は黙って頷いた。

ジニョンが頬を赤らめながらもフランクに従って、彼の膝の上に座ると、
彼は彼女の背中を自分の胸に埋めるように後ろからしっかりと抱きしめた。

「覚えているかい?・・
 10年前、あの家で、こうしてふたりで星空を見上げたこと・・」

「ええ・・覚えているわ・・」

「本当はジェニーが言うように“星空レストラン”だったら
 よかったんだけど」

「オモ・・今夜だって、私には見えるわ、綺麗な星空が・・・」

「嘘つき・・」

「ふふ・・心で見てるのよ」

「はは、なるほど・・うん、とても綺麗だ」 そう言いながら、
フランクは彼女を真似て、暗い夜空を見上げて見せた。

「ね。」 ジニョンは“見えたでしょ?”と瞳を輝かせた。

「あの日・・」

「えっ?」

「あの日こうして星空を見上げながら・・・僕は君に、
 自分の生い立ちを話した・・・」

「ええ、そうね」

「自分のことを人に話すのはね、本当に初めてのことだったんだ」

「・・・・・・」

「10歳の時に親に捨てられたこと・・
 アメリカに渡って、養父母との関係が上手く行かなかったこと・・
 自分が誰にも愛されずに育ったと・・だから・・
 人間なんて・・これっぽっちも信じていない・・って」

「ええ・・」

「僕は人間が嫌いだ・・・
 人を信じたことなんて一度もない・・・

 人を愛したこともない・・・
 愛を・・・信じたこともない・・・、そう言った」

「そうだったわ」

「その時、君が僕になんて言ったか、覚えているかい?」

「う~ん・・・何て言ったかしら・・」

「あなたが・・そんな悲しい心のままに生きるのは嫌・・
 そう言ったんだ」

「・・・・・・」

「あの頃僕は18歳の君に・・愛するということの潔さと・・
 愛されるということの心地良さを教えてもらっていた」

「・・・・・それじゃあ私は、あなたの先生ね」

「そうだね・・先生だ」

「じゃあ、少しは尊敬してね」

「尊敬してるよ」

「嘘ばっかり」

「本当さ・・」

「ふふ・・ねぇ、覚えてる?」

「ん?・・」

「その後、私があなたに何をしたか・・」

「その後?」 

ジニョンはおもむろにフランクの膝の上から下りて、彼に向き合った。
そして彼の前にひざまずくと、彼の手を取り、その甲に唇を付けた。
そして、顔を上げ、彼の目を優しく見つめた。

「私は・・あの時・・あなたを慰めたかった・・・
 あなたの心を撫でてあげたかった・・
 でも・・18歳の私は・・上手く言葉が見つけられなくて・・
 あなたに・・・何をしてあげればいいのか・・わからなくて・・・
 こうして、あなたの手にくちづけたの・・・」

「・・・・・・」

「10年経った今でも・・・私・・あまり成長していなくて・・
 まだ上手く気持ちを伝えられないけど・・・
 ・・・愛しています・・・ドンヒョクssi・・・心から・・
 愛しています・・・だから、もう・・・泣かないで・・・
 決して・・心で泣かないで・・・」

「・・・・・・」

「私がずっと・・・抱いていてあげるから・・・」
ジニョンは瞳に涙を一杯溜めて、フランクに熱い心を届けた。

「・・・・ああ・・・そうして・・・」 彼女のその想いに胸を詰まらせたフランクは
そう答えるのがやっとだった。


     私がずっと・・・あなたを・・・



          ・・・抱いていてあげる・・・
























 






2011/02/03 23:18
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passion-42.改革の終点

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フランクがいつものようにジョギングを終えて、ラストスパートを掛けると
視線の先にジニョンの笑顔が見えた。
彼女はハウスキーパー達の朝礼を済ませ、解散したばかりだったが
フランクの姿を見つけると、室内に戻る仲間達から離れ、彼を待った。
彼が大きく手を振る姿を見て、ジニョンも思わず手を振ってしまったが、
その瞬間後ろを振り返ると、案の定まだ仲間達がその場にいて
彼女をからかうように笑っていた。


「今日も早いのね」

「ああ・・これが僕のスタイルだからね」

「スタイル?」

「ん・・」

「たまにはサボりたくならない?」

「んーあるよ」

「へぇ~どんな時?」

「・・・君が朝まで僕の腕の中にいる時」

「・・・・・・」

「離れたくなくて・・ベッドから出たくなくなる」 
フランクはジニョンの耳元でそう囁いた。

「もう!」 ジニョンは赤面して、彼の腕を思い切り叩いた。

「はは・・本当だからしょうがない」

「んっん・・だったら・・止めるわ。」 
ジニョンは咳払いと共に姿勢を凛と正して言った。

「えっ?」

「あなたの長年培ったスタイルを崩したら悪いもの」

「何を止めるって?」

「その・・・あ・・」

「ねぇ、何を止めるの?」 フランクは面白がるように食い下がった。
ジニョンは頬を真っ赤にしたまま、プイとフランクから顔を背けた。





その朝の八時
フランクはホテル地下一階にある大ホールの壇上にいた。
そして面前には500人余りの従業員と全支配人が顔を揃えていた。
テジュンはフランクの望み通り、全従業員を二分し、招集をかけた。

「あ~あ、今日私本当は非番だったのよ。」 
スンジョンがジニョンに向かって、まるであなたのせいよ、
と言わんばかりに愚痴をこぼした。

「先輩・・私のせいではありませんから。」

「でも知ってるんでしょ?彼に聞かなかった?
 ねぇ、どうして集められてるの?私達」

「知りません。」

「また~」

「本当です。彼・・仕事のことはあまり話さないから。」

「ふ~ん・・」 スンジョンは壇上に立つフランクに視線を向けた。

この日勤務日ではない者にも緊急連絡網を回し突如出勤させたことで
スンジョンのみならず、彼らは自分達が集められた理由を模索し、
場内はざわめいていた。


「ソウルホテル従業員の皆様。」
フランクの響く低音の第一声で、一瞬の内に会場は静まり返った。

「先刻、全ての手続きが完了し、このソウルホテルは事実上、
 私、シン・ドンヒョクの手中にあります
 よって、このホテルを生かすも殺すも・・私の胸先三寸・・」

フランクは鋭い眼差しで従業員と対峙すると、左の口角を小さく上げた。
すると、今まで静まり返っていた会場がまたざわつき始めた。

「お静かに。」 フランクが再度渇を入れると会場は再び静寂と化した。

「先日、レイモンド・パーキン氏が・・今後一切リストラなどしない・・
 そう約束したと聞きましたが・・・私の考えは彼とは違います。
 よって、この場で彼の発言は撤回させていただきます。
 必要と有れば、それもまた選択のひとつとなる、そう思っていただきたい。
 そしてその決定を下すのは飽くまでも私、シン・ドンヒョクです。

 しかしながら、私達は決して悪戯にあなた方の生活を
 脅かそうとしているわけではありません。 

 あなた方がホテルに対して、今後望む限りの雇用を欲するならば
 それに見合った労働を我々に提供していただければそれでいい。
 単純明快なことです・・・ご理解頂けますか?」

フランクの問い掛けに、彼らは一様に固唾を呑んでいるだけだった。
フランクは続けた。
「さて・・改めて、ソウルホテル従業員、皆様を前にして申し上げる。

 私はこれから一年を目処に、このソウルホテルを
 世界トップクラスのホテルに押し上げる。」

更にざわついた会場で、フランクは平然とそれが静まるのを待った。

「ある人が私に自信満々にこう言いました
 “ソウルホテルは最高のおもてなしをします”と・・

 事実私は受けたもてなしをある意味満喫できたと言える。
 それは認めましょう。」 フランクはそう言いながら、
一度だけジニョンと視線を合わし、また正面を見据えた。

「しかし、世界トップレベルのホテルとは決して生半可なものではない。
 多くの事業家達がそれを目指し、脱落していく様を、
 私は間近に、数多く見て来ました・・・・」

その事業家達を奈落に貶めた張本人が他ならぬ自分であったことも
少なからずあると、その時フランクの胸に過ぎった。

「何事も、上るのは容易くはないが、堕ちるのは簡単なものです
 気を緩めていると、ライバルは簡単に足元をすくうでしょう。
 
 さて・・今このソウルホテルがその奈落に落とされたままであることを
 ここにいらっしゃる方のどれくらいが認識していらっしゃるでしょうか。
 経営陣は今必死になって底から這い出そうとしているが・・
 現実はまだ山の裾野にも辿り着いてはいない。」

フランクはそこまで言うと、会場を端から端までゆっくりと見渡した。
人々は、フランクの視線が自分の所に届くのを避けるように
次第に目を伏せていった。

「ホテルは万人が求めるものを提供しなければならない。
 ならば人はホテルに何を求めているか。

 人が例外なく求めるもの。
 それは心地良い眠りである。
 では・・心地良い眠りに結びつくものとは何か・・

 丁寧かつ卒の無い言葉使い・・口に合った料理・・
 心安らぐ音楽・・言葉の通じる安堵感・・
 それは言ってみれば当然のもてなしでしかない。

 それ以上の何か・・・それを見つけた所だけがトップに成り得る。
 その心を持った者たちだけが・・・トップとしての喜びを得られる。

 あなた方が、他人へのサービスを成合として生きる以上
 いつどんな時でも謙虚な姿勢を忘れてはならない。
 そして自分を磨くことを怠ってはいけない。

 高級ホテルに相応しい立ち振る舞い、言動はもちろんのこと
 何よりも・・世界一のホテルだという自信と謙虚、あなた方は
 相反したその心を常に持ち続けなければならない。

 そしてそれは決して簡単なことではないのです。果して・・・今
 あなた方に・・それができているだろうか」

フランクの表情は眼光鋭く、その言葉はその場にいた人間を
まるで威嚇するかのような厳しさが込められていた。


「ところで・・・社長。」 フランクはテジュンの方に視線を向けた。

「私に人事の権限は今もありませんか?」

「ご提案いただければ・・」

「ではハン社長、私は総支配人をオ・ヒョンマンssiに
 副総支配人をイ・ヨンジェssiにと考えております」

フランクの言葉に会場内がまたもざわめいた。
オ・ヒョンマンは、ハン・テジュンと敵対していたばかりか
人格的にも決して従業員からの尊敬を得られていた人物ではない。

ヒョンマン自身も、ハン・テジュンが社長に昇格した以上、
自分のソウルホテルでの立場は既に終わったと自覚し、諦めていた。

ヨンジェにしてみれば、まだホテルの仕事に携わったばかりで
責任者としての実力すら未知数と言えた。

「はい・・異論はございません」
しかし、テジュンはフランクの唐突とも言える進言に承諾を即答した。

そしてフランクは視線をヒョンマンとヨンジェに移した。
「では・・そういうことです」

ヒョンマンは怪訝な視線をフランクに向け、ヨンジェは目を見開いて
その視線をフランクから隣にいたジョルジュに向けた。
ジョルジュはヨンジェに向かって優しい笑みを浮かべ頷いた。

「最後に・・」 フランクはまたも会場を端から端までゆっくりと見渡した。
するとフランクはさっきまでと違う空気を感じた。
彼らの視線がフランクのそれと真っ向から対峙していたのだ。

「あなた方、ひとりひとりが・・・ソウルホテルである。
 いつもそれを・・・肝に銘じなさい。」

それでも会場はフランクの言葉に最後まで静まり返ったままだった。

「以上です。」 フランクはすかさずそう締めた。

そして、悠然と壇上を下り、ひとりその場を立ち去った。

ジニョンは会場を後にするフランクの背に、清々しい笑みを送っていた。

 

最近、皆が少し有頂天になっているのではないかとジニョンは思っていた。
ソウルホテルがフランクたちの手によって守られ、従業員は皆、
働く場所を約束されていた。

そのため、多くの従業員が、まるでぬるま湯に浸かっているが如く
緊張感も無く仕事に就いているように思えた。
ホテルの現状はまだマイナスから脱したわけでもないのに、
確かに緊迫感が失せていた。

こんな時、石を投げてくれたのはやはりフランクだった。

今この場所で、彼が投げた石の意味を理解しているひとりとしてジニョンは

   彼が・・・


   フランクが誇らしくてならなかった・・・



 

フランクが立ち去った後の会場はまだ静まり返っていた。

そこにいた多くの人間が、たった今フランクに厳命されたことを
心に反芻しているだろう。ジニョンはそう思った。

しばらくして、従業員達は三々五々会場を後にする中、オ・ヒョンマンが
何か自分に言いたそうにしていることに気づいたテジュンは
その場に留まっていた。

「どういうことでしょうか」 ヒョンマンがテジュンに向かって口を開いた。
「理事のお言葉は解せません」

「解せないとは?」 

「それにあなたも理事と同じ考えだとは到底思えない」

「どうしてですか?・・・ああ、あなたが総支配人になると、また倉庫の・・・」

「ん!ん・・それは・・」 ヒョンマンは罰の悪そうな顔で口ごもった。

「わかってます・・ははは・・言ってみただけですよ」 テジュンは
ヒョンマンに対してわだかまりなど存在しないと言いたげに笑って見せた。

「あなたもまたこのホテルを愛している人間に変わりは無い

 違いますか?それを理事もわかってらっしゃる
 そして、あなたの潔い決断力は私に欠けているものでもあると・・

 今のソウルホテルにあなたのそれは必要不可欠である
 理事はそう判断したのだと、私は思っています
 だから・・承諾しました。異論がお有ですか?」

テジュンは真直ぐにヒョンマンの目を見て言った。

ヒョンマンは彼のその言葉に言葉を詰まらせて、ただ首を振った。

 


夜十時、予定通りフランクは再びホールへと向かい、壇上に立つと
自分の思いを従業員全員に行き渡らせるよう、熱心に話した。

従業員達は朝の話を既に聞き及んでいたせいか、混乱も無く
ただ黙って真剣な面持ちで彼の話に聞き入った。

「では以上です」 そうしてフランクは壇上を下りた。
彼が5段ほどの段を下りる間も、会場の静けさに変化は無かった。

彼は冷徹極まりない経営者よろしく、たった今、従業員達を前に
無慈悲を露にした。

ソウルホテルは自分のものであると。生かすも殺すも自分次第なのだと。
だから、自分の言う通りに働け、そうでないと首を切る、そう言ったのだ。

フランクは壇を下りながら、俯きがちに小さく溜息を吐くと、
左の口角を薄く上げた。
そして彼が壇上を下り切った時、会場の一角から数人の拍手が起こった。

それは料理長ノ・ジュヨンであり、オ・ヒョンマンであり、テジュンであった。
彼らの悠然とした拍手の音は徐々に伝染するように広がり、
直ぐに満場の音と化した。

そして入口付近では、朝フランクの話を聞いた従業員達が仕事の合間を縫って集り、
彼に尊敬の眼差しと温かい拍手を贈っていた。

 

フランクは今まで、ひとつの企業の経営に関して、自分が先頭に立ち、
熱く関わったことなど一度としてない。

言わば、依頼を受けた企業を買うか売るか、そのどっちかのために、
自分自身の利益に重きを置いた働きをするだけのことだった。

それがどういうわけか今、このソウルホテルという韓国の一ホテルを、
如何に世界に名だたるホテルへと成長させるか。
その為には何が必要であるのか。それを熱く論じていた。

≪ふっ・・らしくもないことを・・・実に笑える≫

フランクは心の中で自嘲しながらも、胸の奥に生まれた熱い感情に
心地良くさえある自分がいることを知っていた。

一匹狼を良しとしていたはずの自分が、この会場での彼らとの
一体感に震えていたことも、目尻に薄く熱いものが滲んだことも
≪生涯ジニョンには言うまい≫そう思った。

 

しかしジニョンにはわかっていた。

拍手を浴びながら出口へと向かう彼が自分の視線を避けている理由が何なのか。

だからその時は、彼を追わなかった。
本当は走って行って、思い切り抱きつき、人目もはばからず
キスしたい気持ちを、胸に手を当て懸命に堪え、
拍手が鳴り止まぬ会場を後にする彼の背中を万感の思いで見送った。

ジニョンがふと人の気配に気がつくと、テジュンが背後に立っていた。
彼女は今にも泣き出しそうな自分を見られたくなくて顔を背けたが
どうも彼は自分に話がしたそうだった。「何?・・テジュンssi」
「仕事・・上がってくれ」

「えっ?私、今日夜勤よ」
「それは俺が代わる」

「どうして?」
「どうしても」

「あのね・・」
「上で・・・待ってる人がいる」
テジュンはそう言いながら、天井を指差した。

「上って?・・屋上?・・待ってる人って?・・・・」
テジュンの勿体つけたような口ぶりから、待っている人が誰なのか
ジニョンにもやっと理解が出来た。

「・・・早く行ってやれ」 テジュンはまるでジニョンを追いやるように急かした。

「テジュンssi・・」

「ん?」

「どうしてそんなに優しくしてくれるの?私は・・」
ジニョンはフランクとの愛を確認し合ってからというもの、
そして、彼と一緒にアメリカへ帰ることを決意してからも、
テジュンに対して、誠意を示していただろうか、と思った。

「言うな。」 テジュンはすかさずジニョンの言葉を止めた。

「でも・・」

「何か言ったところで、お前の気持ちが変わるのか」

「・・・・・・」 ジニョンの沈黙にテジュンは情けない表情で笑った。

「だったら・・何も言うな。
 お前はただ、お前の幸せを考えればいい 」

「・・・テジュンssi・・・」

「行けよ・・」 テジュンは顎でジニョンの進むべき方向を指し示した。

「・・・ん・・・」

ジニョンはテジュンに言われるまま、自分の幸せに向かった。
彼女を見送っていたテジュンは、その姿が見えなくなるのを確認すると、

大きな溜息をひとつ吐いた。「本当に行きやがった・・・」


   少しは・・・


    ・・・躊躇ってみせろよ・・・

 





















 

 


2011/02/03 11:14
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助手席でジニョンは静かに眠っていた

フランクは東海からの帰り道、休憩のために車を路肩に止めると
煙草を一本手に取った。


“君がいてくれさえすれば、僕はきっといつか・・
 父のことも受容できる・・そんな気がする”


外に出て、車のボンネットに背をもたれ、煙草の煙を燻らせながら
さっき自分がジニョンに対して言った言葉を思い返していた。

   情けないな・・・

そして溜息混じりに唇を歪めた。

彼女の力が無くては、過去さえも取り戻せない自分の弱さを
恥じることも無く彼女にさらけ出していた。

   君を守ろうと、生きてきたはずだった
   
   それがいつしか僕は、君に保護を求めている

   笑える・・・本当に笑える・・・

フランクは助手席で眠るジニョンの方へ向かい、車の窓枠に頬杖を付くと
しばらくの間、彼女の寝顔を見つめていた。

穏やかな時間が赤い夕暮れの中で静かに流れていた。

彼は、彼女を起こさないようにそうっと、その髪を撫でた。

   でも・・・君だけは・・・笑わないで・・・




東海から戻ったジニョンは予定通りドンスクの病室を訪れた。
病室にはジョルジュとヨンジェの姿も無く、ドンスクはというと
穏やかな笑みを浮かべながら静かに眠っていた。

ジニョンは彼女を起こさないよう静かにそのベッドまで近づくと
傍らの椅子に腰掛け、しばらく彼女の寝顔を見つめていた。

二日前から始めた治療が彼女の体にかなりの負担をかけていると
聞いてはいたが、ドンスクの顔色は透けるように白く、こけた頬が
その過酷さを物語り、痛々しかった。

避けて通れないことだとわかってはいても、身近な人間にとって
それは本当に辛いものだった。
≪駄目よ、ジニョン・・・駄目・・・≫
ジニョンはさっきまでの強い決心が既に揺らいでいる自分を
情けなく思い、唇を噛んだ。
≪私はもう・・決めたのよ・・≫

「ジニョン?」

ジニョンがその声に驚いてドンスクを見た時、彼女はまだ目を閉じていた。

「お母さん?」 ドンスクは寝言で、ジニョンを呼んでいただけだった。
すると、ジニョンの声に反応したドンスクが閉じていたまぶたを上げ
ジニョンの方へその瞳だけを動かした。
そして今度こそ彼女に気がついて優しく顔を輝やかせた。
「・・ジニョン、来てたの?」

「はい」 ジニョンはそう言って、ドンスクの手を握った。

「今何時?」

「8時です・・・起こしてしまいましたね?ごめんなさい」

「・・・夢を見ていたのよ・・・
 そこにあなたがいたわ・・・
 あなたがね・・私に向かって何か叫んでたの
 でも・・よく聞こえなくて・・・
 そのうちね・・・あなたが諦めたように、私から離れていくの
 呼んだのよ・・・あなたを・・・
 何度も何度も・・ジニョン・・ジニョンって・・・
 でもあなたはずっとずっと遠くへ行ってしまって・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・何か言いたいことがあるのね」
沈黙していたジニョンに向かって、ドンスクは静かに尋ねた。

「えっ?」

「隠しても駄目よ・・あなたは小さい頃からそうなの・・
 何かあると、感情を直ぐに顔に出すのよ・・昔から・・・
 そう、そんな風にね・・」 ドンスクはそう言って笑いながら
ジニョンの頬に指を触れた。

「セヨンよりも私の方が早かったのよ
 あなたの・・それを見抜くのは・・」

「そうでしたね・・うちのオンマは鈍感ですから」

「あら、私はそんなこと言ってないわよ」
ドンスクがおどけたようにそう言うと、ジニョンは微笑みながら
「オモッ!」と唇を尖らせて見せた。

「セヨンが今日来てくれたわ」

「そうですか」

「セヨンも医療チームに入ってくれるんですって・・」
医者であるジニョンの母セヨンは古くからドンスクの主治医でもあり
今回のドンスクの治療のために多大に尽力していた。

「ええ、そう言ってました」

「ふー・・」 
「お疲れですか?帰りましょうか・・私・・」
息を大きく吐いたドンスクを案じて、ジニョンは言った。

「いいえ・・お願いよ・・もう少しいて頂戴・・」
「・・・ええ、・・お疲れでなければ・・」

「・・・主人が向こうへ逝ってしまってからも、
 私は沢山の友人達に助けられてる・・・これもみな、
 主人のお陰だと、最近つくづく思うの・・・
 彼が遺してくれた財産なのだと・・・」
ドンスクは白い天井を見つめながら、しみじみとそう言った。

「みんな、お母さんのこと、大好きですから」

「ふふ、ありがとう・・・
 私の周りには本当に頼りになる人ばかりだわ
 テジュンssi・・ヨンスssi・・セヨン・・
 そしてふたりの息子達・・・ひとりはまだひよこだけどね・・
 だから・・・
 だから・・・あなたは・・・何処へ行ってもいいわ、ジニョン」

「えっ?」

「行きなさい・・・彼と一緒に・・・それが言いたかったんでしょ?」

「お母・・さん・・・」

「ジョルジュがうるさくて仕方ないの・・・
 ジニョンの幸せを考えろって・・・
 母さんが足かせになってるんだって・・・」

「そんなことは・・・」

「ああ、情けないわ。」 ドンスクが突然語気を強めて言ったので
ジニョンはそれに驚いて一瞬目を大きく見開いた。

「・・ジョルジュのことよ・・」

「・・・・・・?」

「小さな頃から、私が全部お膳立てしてあげていたのに
 好きな子ひとり、繋ぎ止めておけなかったなんて」

ドンスクは本気とも冗談とも付かない言い方で不平を言った。

「お母さんたら・・」

「ふふ・・わかってたの・・・ごめんなさいね
 あなたは10年前、ジョルジュじゃなく
 他の人を愛した・・・それがあの方ね・・・
 そのことも知ってたわ
 でもまたあなたは私達の元に戻って来てくれた
 もしかしたらこのまま・・・そう思っていたの
 でも今度はジョルジュがあなたから逃げ出してしまった
 いいえ、あの子はあなたの幸せのために身を引いたのね

 でも、ジニョン・・・10年よ・・・
 長かったわ・・・
 私が望んでいたのはジョルジュの幸せだけじゃない
 あなたの幸せも・・・同じように望んでいた
 それが・・・あなたとジョルジュであってくれれば・・・
 それは私の幸せでもあった・・・

 だから、ちょっとだけ我侭を言ってみたの
 ジョルジュに諭されるまでもない・・・
 あなたが・・・彼を・・シン・ドンニョクssiを
 深く愛していることは・・・私だってわかっていた
 いいえ、あの子より私の方がわかっていたわ
 だって、あなたが生まれた瞬間から見ていたのよ・・・
 あなたを・・見てきたのよ・・私・・・」

時々息を深くつきながら涙混じりにゆっくりと話すドンスクを前にして、
ジニョンはいつの間にか、こみ上げる嗚咽を堪えきれずに
ドンスクの手の甲を自分の頬に宛がって、ただ・・ただ泣いていた。

  


その頃フランクは部屋にテジュンを呼んでいた
「お呼び立てして、申し訳ありません」

「いいえ・・ご用件は・・」

「今週末に帰国します」

「ああ、そうでしたね」

「それで、ハン社長、お願いがあります」

「お願い・・・ですか?」

「ええ・・ソウルホテル従業員全員に、
 私の話を聞いていただく機会を作って欲しいのですが」

「それは・・今やこのホテルの筆頭理事はあなたです
 実質上の経営者でもある・・
 そのようなことは、私に頼むまでもないことではありませんか?」
テジュンのその言い方には、事実を素直に認めた男の潔さが見えた。

「ふっ・・・では、明朝8時と夜10時の二回
 ホテル業務に支障がないよう、全従業員を二分していただき
 しかる場所に召集して下さい」

「かしこまりました。」 フランクの依頼をテジュンは即座に承諾した。

「理由はお聞きにならないんですか?」

「あなたが・・必要のないことをなさいますか?」
テジュンはそう言って、フランクに信頼の眼差しを向けた。

「・・・・・・」 フランクは彼のその眼差しを受けて、安堵したように
薄く笑みを浮かべた。
「それから・・・もうひとつ・・」

「はい。」

「・・・ジニョンを・・」

「・・・・・・」

「ジニョンをアメリカに連れて帰ります」 フランクはテジュンの目を真直ぐに見た。

「・・・・・・」 
「いいですか?」 
フランクは、一瞬言葉を詰まらせたテジュンに向かって確認するように言った。

「ああ・・・ホテルとしては・・逸材を失うことに・・」 
テジュンは急いで自分の答えを探し、真摯に答えようと努めた。

「男としてです」 
「・・・・・私に断る必要がお有ですか?」
フランクの率直な言い方に、テジュンはソウルホテル社長の立場から
長い間、ジニョンを愛し続けた男の顔をさらけ出すように、フランクを見据えた。

「・・・いいえ、ありません。」

「ふっ・・・そうです・・・最初から彼女の心はあなたにあった」
テジュンはさっきまでの堅い口調とは違って、少し気を緩め話し始めた。
「とっくに私も気づいていました・・・だからあなたに・・・
 少しばかり敵意を剥き出しにしていたのかもしれない
 しかし・・無駄に足掻くのはもう止めにしました」

「・・・・・・」

「言ってみれば、ジョルジュの方がずっと大人だった
 ・・・・奴に頭を下げられました
 ジニョンを諦めてくれ、と・・・
 あいつの方がどれ程長く彼女を思っていたかしれないのに」

「・・・・・・」

「ジニョンの幸せがあなたの元にしか無いと知った以上
 私がおふたりの邪魔をする理由は何もありません・・私とて・・・
 彼女の幸せを願っているひとりですから・・・」

「ありがとうございます・・・」

「それで・・何か他にもご用命がお有ですね?
 どうぞ、何なりと・・・・
 あなた方のために私は何をしたらよろしいのでしょう」






テジュンが部屋を出て行くと、フランクはデスクの椅子に深く腰掛け
天井を見上げた。

そしてソウルに来てからのこの二ヶ月のことに思いを巡らせていた。

自分が如何に変わってしまったか
それを一番よくわかっているのは他でもない自分自身だった。

最初は無論、ジニョンを求めてこの地に降り立っただけだった。

そして、彼女との愛を取り戻そうとする内に、いつしか
多くのものを抱え込んでしまっている自分に驚いていた。

自分の財産の殆どを要して、ひとつのホテルを救おうとすることなど
二ヶ月前の自分に想像できただろうか。

いったい・・何が自分をそうさせたんだろう。

それはジニョンの存在が大きいことには間違いはない。
しかしそれ以外の何かが自分の心の根底にある魂を動かした。

自分の意思とは関係なく、生まれ故郷であるソウルを離れた21年前から
誰一人信じるまいと、生きてきた。
それが自分の運命なのだと、全てを諦めて生きてきた。

   愛など本当に邪魔でしかなかったんだ。

   それが・・・今ではどうだ?

   あれほどに恨んだ父を受け入れようとさえしている

   ≪そう・・ジニョンの保護の元で・・≫

フランクはそう思って、思わず頬を緩めた

愛されることを知らずに育った自分が、ジニョンを愛することによって
彼女の周りに存在するもの全てをいつの間にか受け入れている事実に
困惑と安らぎが入り混ざった不思議な感覚を味わっている。

   それが何故か心地良いらしい・・・

フランクは椅子の背もたれに体を預けながら目を閉じ口元を綻ばせた。


   これもまた・・・愛なんだろうか・・・




その時目の前のリンクが鳴った。ジニョンだった。
「どうしたの?」 彼女が電話の向こうで泣いているようだった。

『ううん・・何でもないの・・・』

「泣いているでしょ?」 ≪強がるのは悪い癖だ、ジニョン・・≫

『ううん』

「ドンスク社長にお会いしたのかい?」 ≪きっと辛かっただろ?≫

『ええ』

「その涙は・・・どっち?」 ≪隠しても無駄だよ≫

『えっ?・・・ああ・・ん~・・うれし涙』

「やっぱり泣いてるんだ」 

『チィ・・』

「たまには素直になりなさい」

『・・ふふ・・はい。・・今とても嬉しくて、泣いています』

「はは・・じゃあ、もうひとつ素直になって、言ってごらん?」

『何を?』

「僕に・・逢いたいって」

『三時間前まで逢ってたわ』

「んー三時間十分も経ってる」

『ふふ・・そうね・・うんと長い時間が経ったわね』

「そうだろ?」

『私に逢いたいの?』

「う~ん、逢いたい・・かもしれない。」

『正直になった方がいいわ』

「はい、逢いたいです」

『しょうがないわね・・じゃあ、行ってあげようかな』

「お願いします」



   僕はいつしか、君に守られて生きている

   君に寄りかかって生きている・・・

   僕という人間が、自分自身を取り戻すために・・・

   そう・・・

     僕のすべてを・・・


        ・・・受け入れるために・・・





        














     





















2011/02/01 12:28
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

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フランクはとても長いこと、目を閉じたまま母の墓石の前を動かなかった。
しばらくしてやっと彼が顔を上げ、後ろで神妙な面持ちで
見守っていたジニョンを振り返り、「おまたせ」と微笑んだ。

ジニョンはその時の彼の顔がとても清々しく、輝いているように見えて、
自分の心までもが、晴れやかになるようだった。


フランクは立ち上がると、おもむろに墓石横の腰掛石に座って、
丘から見下ろせる広い海原と、対岸の稜線に穏やかな視線を向けた。

「私の特等席なんだけど・・そこ」 
ジニョンが彼に向かって形ばかりに口を尖らせ言った。

フランクは微笑んで彼女に手を差し出した。「そう?・・なら・・おいで」 
そして自分の膝の上を指で示して言った。「君の特等席に」

ジニョンは彼のその仕草に「クスッ・・」と笑いながら、彼に従って
その愛しくてならない唯一無二の特等席に腰を下ろした。

フランクは自分の胸の中にすっぽりと納まった彼女を背後から
しっかりと抱きしめ、彼女の頬に自分の頬をピタリと付けるようにして
彼女の右肩に、ちょこんと自分の顎を乗せた。

「どんなことをお話してたの?お母様と・・」
ジニョンは自分に優しく巻きついたフランクの腕を抱きしめて聞いた。

「んー・・・この人が、僕のジニョンですって・・」
フランクは彼女の肩に乗せた顎で、その肩をつんつんと突いて答えた。

「へーそうしたら?何だって?お母様」

「知ってるわって・・言ってた」

「ふふ・・」

「あなたよりもずっと沢山お話してたからって・・」

「ええ、お話してたわ・・・あなたの悪口ばかりだったけど」

「はは・・そうなの?・・・」

「ええ、いっぱいね・・」

「何て言ってた?母さん・・ショックだっただろうな、
 愛する息子の悪口聞かされて」

「ふふ・・ええ、困ったようにおっしゃってたわ
 しょうがないわね、って・・・
 でも我慢してちょうだいって・・」

「それで?君は我慢してくれてたの?」

「お母様のお願いだもの・・・」

「良かった・・・」

ふたりは共に同じ景色を望みながら、心までも同じであることが
確信できる喜びを噛み締めるように、しばらく言葉を交わさなかった。


「・・・・・帰ったら・・」しばらくしてジニョンが口を開いた。

「帰ったら?」

「そう・・真直ぐに・・・病院へ行ってくるわ」

「病院?」

「ドンスク社長に・・私の本当の気持ちを伝えてくる」

「・・・本当の気持ち?」

「シン・ドンヒョクが・・・私が愛しているただひとりの人ですって・・・
 彼と一緒に・・・アメリカに行きたいって」
ジニョンは大きく深呼吸をするように、青空を仰ぎ見ながら力強く言った。

「・・・・・・」
フランクはジニョンの突然の言葉に、一瞬返す言葉を見つけられなかった。

「いいでしょ?」彼女はフランクを振り返り、確認するように言った。

「いいの?」

「私・・嫌なの・・もうあなたと離れていたくない
 もうほんの少しの時間も・・・
 あなたと離れていたくないの・・・」ジニョンの声が涙に濡れていた。

「・・・・うそつきだね。」 フランクはジニョンの告白に意地悪く返すと、
彼女の体を抱いている自分の腕に強く力を入れた。

「オモ!痛い・・何よ~」 ジニョンは急いで涙を拭いながら、抗った。

「昨日、レイと・・逃げたくせに」 彼は彼女を決して離さなかった。

「あ~ふふ・・・根に持ってるのね」
彼女は幸せな気分で、彼の胸に背中をグイと押し付けた。

「ああ、根に持ってる」
そして彼は更に、目一杯の力で彼女を自分の胸の中に沈めた。




「そろそろ、戻りましょうか」 
ジニョンはフランクの頭に自分の頭をコツンと当てるようにして、そう言った。

「ああ・・」 フランクは素直にそう答えた。

「ジェニーがきっと泣きそうになっているはずよ」

「ん・・」

「ねぇ・・」
「わかってる」 フランクはジニョンの言葉の先を遮った。

「そう・・・」 ジニョンはその意味を察して、その先を胸に飲み込んだ。

そしてふたりは、もう一度母の墓石に手を合わせ、次を約束して
丘を降りた。≪また来るよ・・母さん・・・≫

すると潮の香りを乗せた風が、フランクの頬を優しく撫でて、
空へと舞い上がった。
まるで、母が応えてくれたかのように・・・。




ふたりが家に近づくと、ジェニーが本当に泣きそうな顔で門の前にいた。
ジニョンは急いで彼女の元に駆け寄ると、彼女をしっかりと抱きしめた。
「ジェニー・・ごめんなさい・・心配してたのね」
ジェニーはジニョンにそう言われて、思わず堪えきれずに泣いてしまった。

フランクは妹のその姿を見て、自分の大人気なさを省みていた。

ジェニーがジニョンの胸から顔を上げて、フランクの方に視線を向けると、
その悲しげな表情が彼に訴えているものを、彼はヒシと感じた。

そしてわかってるよ、と言うように頷くと、唐突に言った。
「でも・・このままというわけにはいかない・・色んな箇所を修繕しないと
 悪いけどそれは・・・誰に何と言われようと・・」 
フランクは一歩も引かないと言わんばかりに早口に進めた。

その瞬間、ジェニーの顔がぱっと明るくなって、フランクの言葉を遮った。
「オッパ!・・・うん。そうなの・・台所もね、ガスレンジ欲しい
 水道も家の中にある方がいいな
 仕切りを取って、ゆったりした部屋にしましょ?
 お風呂場とキッチンを少し広くして・・そうだわ
 お父さんの部屋にはベッドもあった方がいい・・
 足が悪いんですもの・・ね。・・それからね・・・」

ジェニーは止めることができない涙をそのままに、次々と注文を並べた。
きっと彼女も前々から、あの古い家には不満を抱えていたのだろう。
フランクはそんな妹が可笑しくて・・愛しくてならなかった。

  ああ、そうしよう・・・ドンヒ・・・

  この外観を損なわないように・・・

  そこここに残る僕達を繋ぐ思い出を無くさないように・・・

  心を配りながら・・・

  そして何より君が快適に過ごせるように・・・

  突然、大きくなって現れた僕の・・・妹。

  昔・・君の涙を見る度、僕も一緒になって泣いていたけど

  やはり今でも・・・堪えるよ・・・

  君を悲しませることなど・・・

  何ひとつしたくはなかったのに・・・

  君を幸せにすることが・・・・僕の願いだったのに・・・

  ごめんよ・・・ドンヒ・・・

  辛い思いをさせてしまったんだね・・・ごめん・・・

  本当に・・・ごめん

フランクはジェニーに近づくと彼女をそっと抱きしめて、
その背中をぽんぽんと叩いた。
そして昔彼女が泣き出すとそうして宥めたように、
優しく優しく撫でた。



門をくぐって家に戻ると、父ジャンヒョクもまた落ち着かない様子を露に
中庭を行ったり来たりしていた。そしてジャンヒョクが
フランク達の姿を見つけて、ホッとしたように息を吐いたのが見えた。

「お墓参りに行ってたんですって・・」 ジェニーが言った。

「そうか・・・そうか・・・母さん、喜んだだろう」

フランクは父のその言葉に無言のまま頷いた。

「あ・・お父様、お待たせして申し訳ありませんでした」
ジニョンが代わりに父に言葉をかけた。

「いや・・さあ、上がってください・・
 ドンヒが料理を沢山用意してくれているんだよ」

「ええ・・お腹ぺこぺこです」
そう言いながら、ジニョンはフランクの手を引いた。



四人はひとりひとりに用意されたお膳を前にしてジャンヒョクとジェニー
フランクとジニョンが並ぶようにして向かい合い座った。
ジェニーの料理は事の他美味しくて、父も嬉しそうに箸を進めていた。

部屋の中はジニョンとジェニーのおしゃべりと笑い声しか響かなかったが
フランクも無愛想ながらも、長い時間その場に留まってくれた。

≪しかし大人四人がお膳を囲み座るにはここは狭過ぎる≫
フランクは正直、父との距離が余りに近過ぎることが息苦しかった。
彼が父と・・妹と・・・共に過ごしたのは21年も昔のことだ。
今はまだ彼らがこんなにも自分の近くにいる現実に戸惑っていた。

年月の空白はあまりに冷酷で、突然大きくなって現われた息子達を前に
父は自分の罪を悔いるしか、身の置き場さえ探せないでいた。

こうして同じ時を過ごしていると、フランクは次第に父の老いを
間近に感じるようで、言いようの無い感傷に陥っていくようだった。
しかし彼にはまだ時が必要だった。
まだ、家族であろうと努力しなければならない現実があった。
彼の胸の奥深くで、懐かしいと言い難い複雑な感情が蠢き、
まるで心が引き裂かれていくような痛みさえ感じていた。

そんな父と息子を繋いでいたのは、生き別れた実感のない無垢な娘と
息子を深く愛しているだろうひとりの女だけだった。


結局、父と息子が言葉を交わすことは皆無に等しかった。
しかし少なからず、心は通ったはずだと、ジニョンは思った。
何故なら、ジャンヒョクが昔話をしている時に、フランクが下を向き
隠れるように口元を緩めたのを、ジニョンは見逃さなかったのだ。



ほんの二時間ほどを過ごした頃、フランクは仕事があるので、と言った
≪うそばっかり≫ジニョンはそう思ったけれど、口には出さず
「残念ですが・・・」 とフランクに同調してジャンヒョクに詫びた。
ジャンヒョクは少し寂しげな目に笑顔を作って首を横に振った。

「今度は泊まって行ってね」
ジェニーがフランクの袖を引いて甘えるように言った。

「・・・ああ・・そうするよ・・・あーリフォームが終わった後ね」

「ふふ、そうね・・・オッパ達が泊まれる部屋と私の部屋作ってね」

「わかった・・・直ぐに手配するよ」

「ありがとう・・オッパ・・・本当に・・・ありがとう」

ジェニーからお礼を言われている間、正直フランクは心苦しかった。
たった今も、少しでも早くここを立ち去りたいと考えている自分を
後ろめたく思った。




「今度行った時はもう少しお話してね。」
帰りの車の中で、ジニョンがフランクに少し不満げに言った。

「誰と?」

「お父様と。」

「何を?・・」 

「何を・・って・・・色々とよ」

「色々って?」

「だから、体の具合はどうですか?とか
 何か困っていることはありませんか?とか」

「うそ臭い」

「うそ・・オモ!私はね!」 ジニョンはフンと腕を組んで怒って見せた。

「わかってる・・」

フランクは一旦脇道に車を止め、落ち着くようにと一度息を吐いた。
「わかってるよ・・・そうしようと思ってるさ・・
 ジェニーの為にも、そうしようって・・・でも・・
 まだどうしても駄目なんだ・・・・どうしても・・・
 ここが受け入れることを拒む・・・」 そう言いながら、自分の胸を押さえた。

「・・ドンヒョクssi・・」 ジニョンからさっきまでの不満の色が瞬時に消えた。

「ごめん・・・」 フランクはジニョンに向かって顔を歪めて言った。
ジニョンは言葉を失い、首を横に振るのが精一杯だった。

「そうさ・・・ジェニーに比べて、自分が子供だということもわかってる
 結局僕が心を閉ざしていることが・・・全ての根源だ
 空気を暗くしていることも・・・それもわかってる・・・
 君に気を遣わせてしまってることも、申し訳ないと思ってる・・でも・・・」

フランクは苛立ち紛れにハンドルを叩いたかと思うと、言葉を詰まらせた。
ジニョンはそんな彼を見つめていると、哀れに思えて仕方なかった。
冷酷なハンターと恐れられるこの男が、まるで幼子のように
どうしていいかわからない複雑な思いと葛藤しているのだと思うと、
どうしようもなく切なく、胸が苦しくなった。
彼女は少し躊躇いながら彼の頭に手を伸ばし、労わるように撫でた。

「・・・・大丈夫・・・大丈夫よ・・・
 まだ始まったばかりだもの・・・あなた達親子は始まったばかり
 そうよね・・・ごめんなさい・・・急ぐことなんてないのに・・・
 親子だもの・・いつかは必ず分かり合えるのに・・・
 私が急がせてしまったのね・・・ごめんなさい・・・
 ごめんなさい・・・」

ジニョンはフランクの髪を撫でながら涙を流し、何度も謝った。
フランクはそんなジニョンに甘えるように頭を彼女の胸にそっと添えた。
彼女はただ黙って、彼の頭を優しく抱きしめた。

フランクの余りに痛々しい姿に、彼のこの21年は決して簡単に
癒されるものじゃないのだとジニョンは思い知らされていた。
「これからいっぱい幸せになろう?ふたりで・・みんなで・・・
 あなたにはその権利があるのよ・・・」

「権利?」

「ええ・・権利・・・幸せになる権利」

「僕は幸せになれる?」

「私と出逢ったじゃない・・・」

「幸せ・・・・幸せって何なんだろう・・・
 人はどういうことを幸せだと言うんだろう
 ずっと・・わからなかった・・・それは
 僕にとって、余りに無縁なものだったから・・・

 確かに・・・仕事は成功したかもしれない・・・
 人が幸せだと思う条件の多くを手にしてきたかもしれない
 でもだからと言って・・・それが幸せと言えるのか?
 
 僕は・・・言えなかった・・・
 ・・・君がいなかったから・・・
 そこに・・・君がいなかったから・・・それが全てだった・・・
  ・・・僕は駄目な人間だ・・・君がいなけりゃ・・・
 君がいなけりゃ・・・前にも進めやしない・・・」

「ドンヒョクssi・・・」

「君がいてくれさえすれば、僕はきっといつか・・
 父のことも受容できる・・そんな気がする」

「それって、まるで交換条件みたい」

「うん・・交換条件。」 フランクはにっこりと笑って見せた

「しょうがないわね」 ジニョンは上目に彼を優しく睨んだ

「だらしないだろ?」

「ふふ・・」

そしてフランクはさっきまでの笑顔を真顔に変えて言った。
「だから・・・僕のそばから離れないで」
この数日彼は彼女に、この言葉を言いたくても言えないでいた。
 
「ええ、離れないわ・・・
 そうよ・・あなたのそばには私がいなければ駄目
 私のそばにも・・・あなたがいなければ駄目よ・・・」
ジニョンもまた、そうだった。

ふたりは互いに向かってやっと、本心を吐き出すことができた。
フランクもジニョンも、その安堵感に包まれて幸せだった。


「・・・あなたから絶対に離れないわ・・・」

「ん・・」

「私にとっての幸せも・・・あなたなのよ」

「ん・・」

「だから・・・あなたも離さないでね・・・
 私を離さないでね・・・」

「ん・・」


  もう・・・絶対に・・・


       ・・・離さないでね・・・




























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