2012/01/31 15:35
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-23.怒りの矛先

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「部屋を用意してくれないか」
ホテルに戻るなり、ドンヒョクは総支配人ベルナンドにそう言った。

「部屋を・・でございますか?」

「ああ、これから人が訪ねて来る。彼らを待たせておいてくれ」

「かしこまりました」 ベルナンドはそう答えると、
宿泊用の中でも最高級の部屋のカードを手に取った。

「私も直ぐに降りてくる」
ドンヒョクはそう言い残して、ひとまず自分の部屋へと
エレベーターへ向かった。



ドンヒョクは部屋に戻るなり、急いで電話を取った。

「フランクだ。」
ドンヒョクがそう名乗ると、電話の向こうでため息が漏れたように聞こえた。

「何故ルカがローマにいる?」 動揺しているらしい電話の相手に
ドンヒョクの冷めた声が容赦無く突き刺した。





「レイモンド様でいらっしゃいますね。お待ち申し上げておりました。
 ご案内致します」
レイモンド、ミンア、ジョアンそしてエマの4人がホテルに到着すると、
ベルナンドは自ら、既に用意してあった部屋へ彼らを連れ立った。

「フランクは?」 
レイモンドはエレベーターの入り口に立つベルナンドに聞いた。

「フランク様は直ぐに参ります」 


ベルナンドの言う通り、レイモンド達が部屋に通されて
5分も経たない内に、ドンヒョクは現れた。

レイモンド以外の三人が、ドンヒョクの姿を見るなり、
座っていた椅子から立ち上がり、表情を硬くした。
そんな彼らにドンヒョクは一瞥もくれずレイモンドに言った。
「悪いが、これから直ぐに出掛ける。」

「・・・何処へ?」
レイモンドが訊ねたが、ドンヒョクは口を開こうとしなかった。
「はー・・フランク・・・いい加減にしろ。」 
レイモンドは溜め息混じりに言った。

同じ位の丈の長身の男ふたりが、しっかりと目線を合わせ
睨みあっていた。

「彼らがどれほどジニョンを心配してると思う?
 ジョアンも。ミンアも。・・エマもだ。
 ここに来るまで、どんな想いをしていたと思うんだ?」
レイモンドはそばに立ち尽くしている三人を見渡しながら
そう言った。

「ジニョンのことは僕が解決する。」 
ドンヒョクが不満げな表情を隠さず、それでもやっと口を開いた。

「はっ、自分だけの問題か?
 悪いがフランク、ジニョンはお前だけのものじゃない。」
レイモンドは少し背伸びするように胸を反らし、わざと
ドンヒョクを見下すような格好で言った。
「ジニョンは私にとっても大切な女だ。忘れるな。」

ドンヒョクは自覚していた。
八つ当たりにも似た態度を彼らに向けていることも。
口を開けば言わなくてもいいことを言ってしまいそうだったのだ。
今のドンヒョクはそうやって自分自身をコントロールするのが
やっとだった。

「それで?・・何処に行く。」 
レイモンドの言葉は“答えろ”と言わんばかりだった。

「・・ヴェネチア。」 ドンヒョクはレイモンドを睨みつけたまま答えた。

「ヴェネチア?」 
傍らでふたりのやり取りに固唾を呑んでいたエマが言葉を挟んだ。
ドンヒョクは視線を僅かに彼女へと向けたが、何も答えなかった。

その代わりにドンヒョクはレイモンドに向かって言った。
「ルカは家に戻るはずだ。」 

しかしそれに対して応じたのはまたもエマだった。

「家?それでルカを追って?ヴェネチアへ?・・・」 
彼女の顔は、驚きに溢れていた。
「フランク、まさか・・・あなた・・・知っていたの?」
ドンヒョクはそれでも彼女の問いかけに答えようとはしなかった。
彼女は更に言った。
「その場所もわかってるのね・・・」

「どういうことなんです?エマ・・その場所って?」 
ミンアが言葉を挟んだが、エマはドンヒョクだけを凝視していた。

「いつから?いつから、彼らがそこにいることを?」

しかしドンヒョクは、飽くまでもエマの問い掛けを無視して、
ドアへと急いだ。

「おい!“その場所”くらいは教えろ。フランク。」
レイモンドがドンヒョクの背中に向かって、急いで言葉を投げた。

「エマが知ってる。」
ドンヒョクはドアを閉めると同時にそう言い残し部屋を出た。

残されたエマは呆然と立ち尽くしていた。
そんな彼女の様子に、他の三人は困惑を隠せなかったが、
彼女が平静さを取り戻すのを待つ余裕など無いとばかりに、
レイモンドは急き立てた。
「エマ、時間が無い。案内してくれ」 

「えっ?・・あ・・はい、お連れします。」 エマはやっと我に返った。




ジニョンとルカはテルミニ駅で、既にヴェネチア行の列車に乗車していた。
発車を待つ列車の中で、ジニョンは窓の外をぼんやりと眺めていた。

「後悔してますか?」 ルカが言った。

「えっ?」 ジニョンはルカの声に反応して彼を振り返った。

「まだ間に合います。今なら・・」
ルカはそう言いながら、乗車口の方角を指した。

「何を言ってるの?」

「僕はひとりでも大丈夫ですから。」

「ルカ」

「ジニョンssi・・あなたはフランクのいるミラノへ向かった方が・・・」

「怒るわよ。」

ルカはジニョンの睨んだ眼差しに小さく笑って、目を伏せた。

「私が邪魔?」

「いいえ・・いいえ・・・。ジニョンssi、僕・・・本当は怖いです。
 あなたに何か起きないかと思うと・・・怖いです。」

「ルカ・・・少し休みなさい」
ジニョンはルカの頭を引き寄せて、自分の肩に乗せた。
「ずっと寝てないでしょ?」

「あなただって・・・」

「私も寝るわ・・・一緒に。・・・今は何も考えるのは止めましょ?
 何も考えないで・・・さあ・・・」

列車がゆっくりと動き出した頃には、ジニョンの方が先に
ルカの頭を枕に眠り落ちていた。
ルカはジニョンが眠り易いように、自分の肩に彼女の頭を乗せ直し
脱いでいた自分のジャケットを彼女に掛けた。

 



「車と列車、どっちが速い?」 レイモンドがミンアに聞いた。

「列車は・・・・・・30分ほど前に出たばかりですね・・・
 この後は・・二時間近く待たなければなりません
 車の方が・・・たぶんボスもそうなさるかと」
ミンアは携帯電話で列車の時刻表にアクセスして言った。

「じゃあ、そうしよう。ジョアン、運転は私が代わろう。」
レイモンドは今しがた、長い距離を一人で運転して来たジョアンを
労い、そう言った。

「いえ・・それよりMr.レイモンド、できれば僕はボスの車に。」

「ああ、そうだな、そうしろ。間に合うか?」

「はい。ボスの車を留めてある場所はわかりますから、
 先回りできます。」

「わかった。じゃあ、そうしてくれ。」

「はい。」 ジョアンは全速力で非常口へと向かった。



「運転は私が。」 駐車場へと向かいながらミンアが言った。
レイモンドは無言で彼女の頭にゴツンと拳を下ろした。
痛いと言わんばかりの顔をしたミンアがレイモンドを無言で睨んだ。

「無意味なことを言うな。」

「無意味?」

「私がそれを許すと思うのか?」

「許すとか許さないとかの問題じゃ・・」

「そんな問題だ。」

「・・・・わかりません。あなたのおっしゃってること。」

「わからないならそれでいい。」

「あの。昨日からあなたは一秒もお休みになっていません。
 ご存知無いでしょうが、ここからヴェネチアまで5時間近く掛かります。
 その間、少しでもお休みください、と申し上げているんです。」

「そのまま、その言葉、君に返そう。」

「私は。フランク・シンの部下です。彼の奥様をお守りするためなら
 眠らないことなんて・・」

「今時ナンセンスな理由だな。」

「ナ・・とにかく!あなたは私どものお客様ですから、
 私はフランク・シンの一部下として、万全な接待を・・」

「うるさい。騒ぐな。」 
レイモンドは珍しく興奮気味のミンアに向かいながらも
努めて静かな口調でそう言った。

ふたりの言い合いが終わらない内に、一行は駐車場に到着し
後ろを黙って付いて来ていたエマは、彼らの会話がまるで
耳に入っていないかのように、無言で後部座席に乗り込んだ。

「後ろに乗れ。」 
運転席に先回りしようとしたミンアの肩を掴んで、レイモンドは言った。

「いいえ。」 ミンアはドアに掛けた腕に力を込めた。
レイモンドはその腕をドアから無理やり外すと、彼女の腕を掴んで
助手席側へと引きずり、ドアを開けた拍子に彼女を中へと押し込んだ。

「なっ・・何を・・」
レイモンドは、ミンアの言葉が最後まで終わらない内に
乱暴にドアを閉めた。
そして、運転席側に戻ると、即座に座席に乗り込み、
エンジンを掛けた。

「あの。あなたにとって大事な方のためなのは、
 よくわかるのですが。」
ミンアは正面を見据えたまま、そう言った。

「・・・何のことだ」 レイモンドは首を傾げながら聞いた。

「・・・・・・さっき、おっしゃってました。」
「何を?」

「ボスに・・・ジニョンは私にとっても大切な女だと。」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらくふたりは無言で向き合っていた。

「・・・なるほど。」 
レイモンドは正面に直り、ギアを入れながらそう言って笑った。

「何ですか?なるほどって・・」
ミンアは不敵な笑みを浮かべたレイモンドを不満げに睨んだ。

「そういうことか。」

「そういうことって?」

「やきもち。」

「や・・やきもち?誰が?誰に?」

「君が・・・ジニョンに。」

「私が?ジニョンssiに?・・・何故?」

「時間がある」 
少し焦った様子のミンアに対して、レイモンドが冷静な声で言った。

「えっ?」

「五時間掛かるんだろ?」

「えっ?」

「その間、考えてろ。」

レイモンドは公道に入ると同時にアクセルをふかせた。





「ボス。」

「話しかけるな。」

「すみません・・・・・・」

ジョアンは10分程前のに合流したドンヒョクの車の運転席から
後部座席をバックミラーで伺っていた。
しかし、目を伏せたままのドンヒョクの一喝で、黙るしかなかった。

ジョアンはドンヒョクに渡された住所をナビに入力すると
ハンドルをしっかりと握り、目的地へと向かった。




「フランクと連絡が取れないとはどういうことだ。」
ジュリアーノが部下に向かって眉間に皺を寄せた。

「それが・・」

「Mr.パーキンとグレイス女史ばかりか、エマの姿も見えないとは
 いったい、どうなってる。」

「わかりませ・・」
「今日はフランクの女をここに連れて来る手はずに
 なっていたんじゃないのか!」

「あ・・はい。」

「ただいま、行方を・・」

「行方?誰の行方だ。」

「その・・フランクの女の・・」

「そっちもわからないのか!」
ジュリアーノは部下の歯切れの悪い物言いに、苛立ちを隠せなかった。
「トマゾは何処だ!トマゾを呼べ!」

「それが・・その・・ローマで行方がわからなくなってしまいまして
 連絡がつきません。きっとフランクの女を追っているかと・・」

「フランク・シンが我々の動きを察したのかもしれません。
 彼がローマへ向かったのを確認しています。」

「とにかく、フランクより先に女を捕らえるんだ。」

「それよりもボス。」

「何だ。」

「その・・フランクの女と一緒の少年ですが・・」

「少年?」

「はい、女をトマゾに引き渡すはずの男でした。
 その男が実は・・・」




「ジニョンssi・・起きてください。着きましたよ。」

「ん・・ん・・・もう着いたの?」

「ええ」

「私・・ずっと?」

「ええ」

「ルカ・・眠った?」

「ええ、眠りました」

「そう、良かった。」

「さあ、行きましょう」
ルカはジニョンの手を取り、サンタ・ルチア駅へと降り立ち
駅正面に位置した水上タクシーの乗り場へと向かった。

その時だった。

ふたりの目の前にひとりの男が立ちはだかった。





        ・・・「待っていたよ、ルカ」・・・


           













 








































2011/12/29 12:06
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ラビリンス-22.僕の天使

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助けてくれた船頭は、オープンカフェに食材を運ぶ業者の男だった。
再び彼のボートに乗り込んだジニョンとルカは、念のために
船内にあったホロシートを借りて身を隠した。

そして、20分程して戻った城下のオープンカフェでは
既に数名の店員達が開店準備に追われていた。

「おじさん!困るじゃないか!食材待ってたんだぞ!」
店員のひとりがボートに向かってがなり声を上げた。

慌しくボートが岸に横付けされる中、ジニョンとルカは、
店員達に紛れるようにして陸に降り立った。

そしてふたりは、船頭に済まなさそうに頭を下げた。
船頭はふたりに“早く行け”というように手の甲を振った。

その頃、橋の上は既に観光客で賑わいを見せ始めていたが
ふたりにとってはその方が都合が良かった。

それでもあの男達の待ち伏せを警戒しながら階段を上がり、
留めてあったバイクへと向かった。
何者かによって倒されたと思われるバイクを素早く立ち上げて、
ルカはエンジンを掛けて、壊れていないか確認した。
「大丈夫のようですね」

「ルカ・・早くここを出ましょう」 
ジニョンは直ぐにもバイクに乗ろうと構えた。

「はい・・・あ、でもちょっと待ってください・・」
ルカは一度掛けたエンジンを切ると、ジニョンの手を掴んだ。

「えっ?・・な・・何?」

「・・こっちへ」
彼はジニョンの困惑を無視して彼女の手を引き、橋を渡った。

「何処に行くの?ルカ」

「ジニョンssiに見せたいものが・・・」
そう言いながらルカは観光客が行き交う橋を、城の方へと向かった。

ジニョンも困惑しながらも彼の歩調に合わせ、小走りに歩いた。

「あの城、別名天使の城というんです・・・
 橋の両側に、天使の像が並んでるでしょ?」
歩きながらルカは前方の城を指差して言った。

「ええ、そうね」

「フランクが好きだった城なんです」

「そうなの?」

城に近い端の袂まで来た時、ルカは欄干に聳え立つ
ひとつの像の前でやっと立ち止まり、言った。

「この像・・」

ルカが目の前の像を見上げたので、ジニョンも倣って
それを見上げた。

「フランクがよく見上げていた天使。」

それは十字架を抱いた、美しい天使の像だった。

「僕は・・・勘違いしていました。」

「・・・勘違いって?」

「エマのことだと思っていたんです。つい最近まで」
ルカはその像を見上げながら続けて言った。

「え?」

「“僕の天使”」

「・・・・・・」

「いいえ、そうじゃないんです・・・僕がそう思いたかっただけ・・
 フランクの大事な人がエマであって欲しかっただけなんです
 きっと・・・きっとそうだったんだ。」
ルカの言葉は次第に確信したように聞こえた。

「実際・・・そうじゃないこともわかっていました
 消してしまっていたんです・・自分の記憶の中の事実を・・
 僕自身で・・・消してしまっていたんです」
ルカは遠い自分の記憶を辿るように続けた。

ジニョンはルカが言わんとしていることがまだ理解できないまま
彼の言葉を黙って聞いていた。

「・・・僕はあの時・・はっきりと聞いていたんですから。」

「えっ?」

「一度だけ・・・
 僕がフランクにあのホテルに連れて行ってもらった時のことでした」

「本当にあそこに行ったことがあったのね」

「ええ・・・その時、フランクはこう言いました。

 “ここは僕の天使の部屋だと。

 この世にひとりしかいない僕の天使だけが・・・
 入ることが許される部屋。

  今日君の11歳の誕生日に・・・特別に招待したんだ”と」

「天・・使?」

「ええ・・・フランクはあの時、確かに言いました。

 “ここは僕の天使の部屋・・・

 僕の・・・
ジニョンの部屋だ”と」

ルカはそう言って、ジニョンを優しい笑顔で見つめた。

 

 

 

ドンヒョクに少し遅れてローマに向かっていた4人は、
車中殆ど無言だった。
しかし、何も語らずとも、それぞれが思いを巡らせジニョンを案じていた。

それはエマとて同じことだった。
フランクのホテルに近づいたその時だった。

「ジニョンさん・・・どんな方?」 エマは静かにミンアに聞いた。

「・・・可愛い方です、とても・・・」

「・・・僕の天使」 エマがそう呟いた。

「えっ?」

「何年か前に、ルーフィーが・・いえ、ルカがそう言ったの。
 あの子・・フランクが言ったその言葉を私のことだと思って・・
 私を喜ばせたくて・・こう言ったわ
 “フランクはエマの為に天使の部屋を作ってるんだよ
 ≪僕の天使の部屋≫フランクがそう言ってた”って・・・」

「天使・・・」

「可笑しいでしょ?私のことじゃないって、直ぐにわかったわ・・
 でも・・ルカには言えなかった
 いいえ・・・私自身がきっと否定してたのね・・・
 その事実を・・信じたくなかったから・・・」
エマは自嘲しながら車窓から外を眺めると、隠すように
一筋の涙を流した。
ミンアはエマの手を包み込むように、自分の手をその上に置いた。

レイモンドはそんなふたりの様子をバックミラーから垣間見ていた。





「ルカ・・・これからどうするつもり?」

「トマゾを呼び出します」

「それで?・・私達は何処へ行くの?」

「ひとまず、ヴェネチアへ・・・そこなら安全ですから
 それで、トマゾにひとりで来てもらえるよう話します」

「そんなことして・・大丈夫?」

「トマゾがジュリアーノの部下だから?」

「・・ええ」

「僕はトマゾを信じたいんです。
 彼が僕を騙すなんて、信じられない。
 彼が・・
 僕の父の敵だなんて・・今でも信じられないんです
 だって・・彼もエマと同じで
 僕達をとても可愛がってくれてました
 
 エマだって・・・
 そりゃあ、フランクのことを考えれば、あなたのこと
 快く思ってないかもしれないけど・・・
 彼女だって僕を騙すとは思えない」

「信じてるのね」

「・・・・・信じたい」

「なら・・信じるべきよ」

「ジニョンssi・・・」

「信じたいものは信じるべき」

「あなたを・・捕まえようとしている人間でも?」

「私は捕まらないわ。」

「・・・・・・」

「あなたが守ってくれるもの」

「だって、僕は・・・」

「いっぱしの大人の男でしょ?」

「・・・・ジニョンssi・・・」

「それにあなたは・・・ドンヒョクssiが・・いいえフランクが
 大切に思っていた子・・
 だから・・フランクにあなたを会わせてあげたい」

「そうかな・・・」

「ん?・・」 ルカの寂しげな顔を見て、ジニョンは小首を傾げた。

「フランクにとって僕はもう・・僕たちはもう・・・
 どうでもいい人間じゃないかな・・・
 もう忘れられている・・と思う・・・」
ルカはうなだれたようにそう言った。

「いいえ。あなたの話を聞いて、私思ったわ。
 フランクもあなた達をとても大切に思っていた。
 それはきっと今も変わらないって。」

「・・・本当に?」 ルカの目が一瞬子供のように輝いた。

「ええ。フランクを・・・見くびらないで、ルカ」

そう言ったジニョンをルカは目をまるくして見つめた。

「な~に?私の顔に何か付いてる?」

「いいえ。本当だなと思って。」

「何が?」

「フランクの言ったこと」

「何て言ったの?フランク」

「僕の天使は・・・すごく強くて・・」

「強くて?」

「怖いって」

「えっ?嘘・・」

「嘘」

「ルカ」 ジニョンはルカを横目で優しく睨んだ。


  ルカ・・・僕の天使はね・・・

  すごく強くて・・・すごく優しくて・・・

  いつも・・・どんなときも・・・

  僕を守ってくれるんだ



       へ~守護神みたいだね



  守護神?

  ああ、そうだな・・・守護神だ


フランクはあの時、そう言って遠い空の彼方を見上げていた

今ならわかります

きっとあの時、このローマの地から遥か遠い空の下の
あなたを思っていたんですね、ジニョンssi

「必ず、守ります」
ルカが突然そう言って、ジニョンの手をしっかりと掴んだ。

「えっ?」

「必ず。僕が、あなたをフランクのところへ」

「ええ」

「行きましょう」

「ええ。」

ルカは掴んだジニョンの手を引いて、渡って来た橋を走って戻った。


     あなたは・・・フランクの天使

     フランクの守護神

     そしてきっと・・・僕の守護神だ


           ・・・きっと・・・







 











2011/12/28 22:55
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ラビリンス-21.悲しい告白

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ルカの告白は続いた。

「・・・数ヶ月前のことでした。エマが妹の誕生日に来てくれて・・
 いつものように一緒に過ごしていたんです。

 僕達が嬉しくて上機嫌だったのは言うまでもなかったけど・・
 この日エマもいつもと違って妙にハイテンションで・・
 ちょっと不思議に思ってたんです。

 僕達とふざけあってたかと思うと・・・
 突然、彼女が急に黙りこくって・・・
 顔を覗くと、彼女の目が潤んでて・・・
 僕は驚いて・・“どうしたのか”って聞いたんです。

 僕・・・そんなエマを見たことがなくて・・・
 とても心配になって・・・
 肩をそっと抱いて、頭を撫でてあげて・・・

 そしたら急に・・
 彼女が声を上げて泣き出して・・・
 どうしたらいいか・・わからなくなりました

 そんな風に泣くなんて・・無かったですから・・。

 そうしたら・・しばらくしてエマが呟いたんです。

 “フランクが・・韓国へ行ったわ”って・・

 ・・その言葉の意味が僕にはわかりませんでした。
 でもただ泣くだけの彼女に・・何も聞けなかった。
 ・・彼女もそれ以上何も言いませんでした。」

「・・・・・・」

「でも一週間ほど前・・トマゾが僕のところへやって来て・・」

「トマゾ?」

「ええ。彼はエマを僕達のところに連れて来てくれた人です。
 彼がこう言いました。
 フランクはエマを裏切って結婚してしまったと。
 エマのために、フランクの前からその女を引き離すんだと。
 ごめんなさい・・あなたのことです。」
ルカはジニョンにすまなさそうに言った。

「ええ・・続けて?」

「エマのためになるなら、僕は何でもすると言いました。」

「それで私のところへ?」

「はい。フランクとMs.グレイスはミラノへ行っていて、
 事務所にはいないと聞いていました。
 でも直ぐにあなたに会えるなんて思わなかった。
 ジョアンさんといるあなたが、フランクの奥さんだなんて・・
 想像できなくて・・・フランクの相手ならその・・もっと・・」

「・・・・言いにくそうね・・・フランクの相手なら、もっと?・・・
 とにかく・・私がフランクの妻には見えなかった
 そうでしょ?」 ジニョンは笑いながら、ルカの言葉を代弁した。

「・・・・・ごめんなさい・・・でもそれは最初だけです。
 その内に・・・“ああ、この人がそうだ”と思えましたから。」
ルカは慌てて打ち消すようにそう言った。

「そう?」

「ええ・・前にも言ったでしょ?あなたがいつも・・
 “フランクを愛してる”って顔してるって・・あれ、本当です」

「ふふ、それは・・何だか少し・・悔しい気分。」
ジニョンはわざと口を尖らせて見せた。

「ははは、仕方ないです、本当ですから・・・それに・・・」

「ん?」

「それに・・・とても温かかった」 
ルカは静かな口調でそう言いながら、ジニョンを優しく見つめた。

「温かい?」

「ええ、あなたを見ていると幸せな顔をしたフランクが見えたんです」

「そうなの?」 ジニョンも優しい眼差しでルカを見つめた。

「約束では・・・直ぐにあなたを連れ出して、
 ミラノでトマゾに引き渡す予定でした。でも・・・」

「でも?」

「・・・・できなかった。」

「何故?」

「わかりません・・ただ・・あなたを見ていると・・・
 トマゾに渡すべきじゃない、そう思ったんです・・・だから・・
 ミラノのホテルを抜け出したんです。あなたを連れて・・・」

「じゃあ、私を助けるために?」

ルカは首を縦に振った。

「そのトマゾという人は・・・
 その人は私をどういう風にしようとしてると思ったの?」

「・・・・エマのためとしか・・わかりません。ただ・・」

「ただ?」

「この二日でわかったことがあります。」

「わかったことって?」

「調べたんです。」
ミラノに来て、時折ルカがひとりで出掛けていたことが
ジニョンの脳裏を過ぎった。

「調べた?・・何を?」

「知らなかったんです。今まで誰も・・教えてくれなかった・・・」

「・・・・・・?」

「ジュリアーノが僕の両親の仇だということ」

「・・・仇?」

「さっき、5年前に僕の両親が亡くなったこと話ましたよね」

「ええ」

「両親は・・泊まっていたホテルの火災で亡くなったんです」

「・・・・・・」

「僕が11で・・妹は6歳でした。」

「・・・・・・」

「僕らは、何が起こったのか理解できなかった。」

ルカはゆっくりと丁寧にジニョンに自分の辛い過去を語り始めた。
ジニョンはまだ決して大人とは言い難い彼の口から語られる
悲しい出来事を、身を切られるような思いで聞いていた。

「僕たちは両親が死んでしまったことさえ、しばらくの間
 教えてもらえませんでした。
 その事実を知ったのは事件から二週間程経った頃です。
 結局僕たちは両親の死に顔すら見れなかったんです。
 ・・・子供心に、理不尽だと思いました。
 悔しくて・・悲しくて・・
 周りの大人たちに食って掛かって、困らせたんです。

 その頃は何もわかってなかったから・・・

 でも・・やっとわかりました・・・
 あの時僕たち兄妹が逃げるように
 ミラノを離れなければならなかった理由」

「理由?」

「ええ、あの火災で僕達兄妹も死んだことになっていたから。
 その事実を知ったのも二日前です。このミラノに来てから。」

「そうなの?」

「僕たちはずっとヴェネチアを出ることを許されませんでした。
 大人になるまでは出てはいけない、と。

 つい最近までそのことに疑問も抱かなかったんです。
 生活に不自由はなかったし・・学校へも通わせてもらって・・
 親がいないことも忘れさせてくれるほど、
 みんなに親切にしてもらってた・・

 僕がお金のことが心配で大学を諦めようとしていたら
 シュベールさんが・・
 あ、彼は僕たちを世話してくれたカーディナルです
 父が残していた資産があるからと、言いました
 それで大学進学も、医者になる望みも叶うと。
 半年後にはアメリカへ留学をして、望みを叶えなさい、
 彼にそう言われました。
 その代わり、それまでは決してここを出てはならないと。」

「そう・・」

「でもヴェネチアを離れてはならない理由が他にもあったんです。」

「・・・・・・」

「僕らが生きていることをジュリアーノに知られないため。
 すべてはジュリアーノの追っ手から僕らを守るためだったんだと・・・」

「追っ手?・・・」

「5年前、フランクと父は、その男のことを・・・
 ジュリアーノ・ビアンコという男のことを探っていました。
 父はジュリアーノを失脚させるための、証人だったそうです。
 父の存在はジュリアーノにとって脅威だったと。
 だからそのために・・・」

「そのために?」

「殺されたんです・・父も・・母も・・」

「そんな・・」

「間違いありません。」
 
「フランクは今、そのジュリアーノという人の仕事をしているわ」

「ええ。そして・・・もうひとつわかったことがあります。」

「もうひとつ?」

トマゾとエマが、ジュリアーノの部下だということ。
 あなたを連れて行く先が、そのジュリアーノのところだということ。」

「・・・・・・」

「僕は・・・何もかも知らなかった。」 
そう言ってルカは両手の拳を握った。

「さっき部屋にいた時、電話があったのはトマゾでした・・
 彼はフランクのホテルの場所を知っていました。」

「だから逃げたの?」

「ええ。」 ルカは辛そうに考え込んでいた。

「・・・これから・・どうするつもり?」

「・・・・どうしていいか・・わからないんです
 僕はエマがとても大事です
 エマのためなら・・どんなことでもできる・・・
 そう思っていました・・いえ、そう思っています」

「・・・・・・」
ジニョンは苦しそうなルカの心情を察し、口元だけで笑顔を作った。

「・・・・・・ねぇ、ルカ・・・」
「ジニョンssi・・あそこに見えるエンジェル・・・」
「えっ?」
ジニョンが口を開くと、ルカが突然橋の欄干を指差した。

「あれは・・・あなた・・」
「えっ?」
ジニョンはルカが指差す方角を見上げようとした。
しかしその先を確認する間もなく、突然ルカが表情を強張らせ、
「シィ・・」とジニョンに向かって指を立た。
そして乱暴に彼女の腕を引くと、そのまま自分の腕に彼女を抱き、
橋の下に隠れるように身を潜めた。

「どうしたの?ル・・」 
その瞬間、ルカは彼女の口を自分の掌で塞いだ。
「うっ・・」 ジニョンは思わず彼の腕中で身を捩って抵抗した。

「いたか!」
「いいや、城にはいなかった!」
その時、頭上から複数の男の声が聞こえた。

そのせいでルカが声を潜めていることに気づいたジニョンは
ルカに“承知した”と目で合図した。
ルカは頷き、ゆっくりとジニョンの口から掌を外した。

「まだこの辺りにいるはずだ!探せ!」
「はい!」
男達は少なくとも4~5人いるような様子だった。

「ルカ」
ジニョンはルカの視線を川面に誘導した。




「逃がしたのか」
橋の上で待っていた男が、駆け寄って来た男達に向かって
苛立ちを見せた。

「はい。我々が川辺に下りた時は一足違いに、ボートで。」

「追わなかったのか?」

「はい・・いえ・・・その・・すごいスピードでして・・」

「!・・・相手はたかが女と子供だぞ。」

「申し訳ありません。」

男は目の前で小さくなる輩から視線を外すとため息を吐いた。





「ありがとうございました」

ジニョンはボートを降りながら、その主に向かって礼を言った。
あの時偶然、川岸に碇泊しようとしていたボートが視界に入り
ジニョンはとっさにルカをそれに誘導した。
そして、物々しい輩に追われているらしいふたりを察した船主は
迷うことなく一度泊めたボートのKEYを回したのだった。

「いや・・気をつけなされ」

「ジニョンssi・・・ここからフランクに連絡してください」
ボートから降りると直ぐにルカが真剣な顔で言った。

「・・・・・・」

「あなたを迎えに来るように。」

「あなたは?」

「僕は・・・トマゾに会います」

「だめよ・・ひとりじゃ駄目。」

「これ以上あなたを危険に晒すわけにはいきません。
 でも僕はトマゾの本心を知りたい。
 エマの本心を知りたい。」

「・・・・私も・・・知りたいわ。」

「いいえ、あなたはフランクのそばにいなきゃ駄目だ。」

「あなたが。・・・
 私をフランクの元に連れて行ってくれるでしょ?」

「・・・ジニョンssi・・・」

「そうでしょ?」

ルカはジニョンの真剣な眼差しに降参したように手を上げた。
「・・・・・わかりました。・・ジニョンssi、一旦あそこへ戻りましょう。」

「あそこ?」

「サンタンジェロ城」

「えっ?だって・・あそこには・・」

「奴らは僕達が直ぐに戻るとは思わないはずです」




その頃、ドンヒョクはサンタンジェロ城に続く橋の袂で、
見慣れたバイクを見つけ、その周辺にジニョンとルカがいると
懸命に探していた。

しかし、ふたりの姿は何処にも無かった。
しばらくの間、バイクのそばで待ったが、それも無駄だった。

「いったい・・・何処へ・・・」

その時、ドンヒョクの電話が鳴って、彼は慌てて応答した。
「ジニョン?」

電話の主はレイモンドだった。

「まだ見つからないのか」 レイモンドが言った。

「ああ」

「もうすぐローマに着く」

「・・・・・・」

「とにかく会おう、エマを連れて来た」

「・・・・・・」

「フランク。」

「会いたくない。」

「策を練ろう・・今は・・溜飲を下げろ。
 ジニョンのことは・・エマは知らなかったことだ。
 ジョアンにもどうすることもできなかった。
 そうだろ?
 ジニョンは今・・彼女の意思でルカと行動を共にしている。
 違うか?」
レイモンドはドンヒョクを諭すように言った。

「・・・・・・」

「フランク!」

「・・・・ホテルへ。」 ドンヒョクは声の調子を下げて答えた。

「わかった。」


わかっていた。
確かにそうだった。今、ジニョンは自分の意思でルカと一緒にいる。

 ― なら、連絡することもできるはず。 ―


「どうして、連絡しない!」

ドンヒョクは胸を掻き毟られるほどの怒りと不安に震え
傍らのバイクを苛立ち紛れに押し倒した。


   ・・・何故だ!ジニョン・・・

























 


2011/12/11 22:14
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-20.フランクの心

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《ラビリンスをお読みくださっている皆様へ》

上映会の日までには書き上げようと思っていた作品が、その期間MVで頭がいっぱいになってしまい
こんなにも遅くなってしまいました。皆様ももうストーリーもお忘れになったことでしょう(笑)
できれば最初から再読していただき、この回に入っていただきたいところですが
そんな時間の無い方のために、少しだけあらすじを^^
------------------------------------------
【ここまでのお話】
 ドンヒョクは10年の時を経て、やっとジニョンと結ばれた。
結婚式の1週間後、予ねてより依頼を受けていた仕事のためにふたりはイタリアの地を訪れた。
イタリア・フィレンチェにはドンヒョクの事務所があり、そこで働くミンアとジョアンの手により
或る人物から依頼された案件は既に進行していた。
 フィレンチェに着いた早々ジニョンは、仕事を理由にドンヒョクから置き去りにされてしまった。
それに憤慨したジニョンがジョアンを嗾けてドンヒョクの後を追い掛けようとするが
そこにルカという謎の女性が現れ、ジニョンとジョアンと行動を共にすることになる。
ジニョンはジョアンと共に、ドンヒョクに知れぬよう背後で彼の行動を伺う内に、
彼の傍らに寄り添う美しい女性エマを見かけた。
その女性が5年前ドンヒョクの恋人であったことを知ったジニョンは、複雑な感情を抱く。
 また、ドンヒョクを操ろうと企むジュリアーノというイタリアマフィアのボスは、
その最終手段として、ドンヒョクの弱みであるジニョンを手中にしようと企てていた。
そんな中、ルカがジニョンを連れ、ジョアンの前から姿を消した。慌てたジョアンは、
ジニョンを案じて急遽イタリアを訪れていたレイモンドとミンアと共にジニョンの後を追うが、
既にその事実を知ったドンヒョクに怒りを買うこととなる。
 一方ルカに連れ出されたジニョンは、その行動に何か訳があるのだと感じていた。
(後は19話をお読みください^^;)
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ジニョンはルカが運転するバイクに跨り、その腰に腕を巻きつけていた。
少し走ると、ルカの肩越しにビルの隙間から白む空が垣間見え、
夜明けの訪れを告げていた。

ジニョンは数日前、ドンヒョクと同じ道を走った時のことを思い出した。
時間帯が違うだけで、同じ街並みがこんなにも違って見えるものなのかと
彼女は、今自分が置かれている緊迫した事態を案ずることよりも、
その背景の神秘に心を囚われていた。

しばらくしてルカは川沿いでバイクを止め、ヘルメットを取った。
いつも後頭部の高い位置で結ばれていた長い髪は解かれ、
ヘルメットからさらりと赤い髪が零れ落ちた。

ジニョンもヘルメットを取ると、互いに無言のままバイクを降りた。

ジニョンは自分を無視して歩き出したルカの後を、小走りに追った。

橋の麓には川沿いに通じる細く急な石段があり、ルカがそれを
一気に駆け下りると、ジニョンも急いでその後に続いた。
その間中ルカはジニョンを決して振り返らなかったが、
彼女が自分の後を追っていることは背中で承知していた。

階段を下りると、川の辺に無造作に放置された白い椅子が
目に留まった。
見渡すとこの辺り一帯がオープンカフェの店先になっていて、
その椅子はきっと、店仕舞の際、片付け忘れられたものだろうと
推測できた。

ルカはその椅子のひとつの腰掛部分の埃を、自分の袖で
丁寧に拭き取ると、ジニョンに向かってそれを差し出した。
ジニョンは少しだけ微笑んで、彼に従いその椅子に腰を下ろした。
ルカもまた、もうひとつの椅子に、今度は埃もそのままに
腰を掛けた。

「・・・・どうして・・あんなことを?」 ルカが最初に口を開いた。

「どうして・・・こんなことを?」 ジニョンはそれに答えず、逆に問うた。

ルカはジニョンの物言いに思わず笑ってしまった。
「そうですね・・・僕から・・答えるべきですね」

≪僕・・・≫
ジニョンは“彼”のその言葉を肯定するように笑顔を返した。

「あなたを連れて来るように言われたんです」 
ルカは川面に視線を移して言った。

「私を?・・誰に?」 ジニョンはルカの綺麗な横顔を見ていた。

「・・・・・・」 ルカはその誰かの名を答えなかった。

「・・・・・・」 それでもジニョンはルカの口が開くのを辛抱強く待った。

ルカはしばらく沈黙を続けた後、一度目を閉じ、決心したかのように
一息吐いてやっと口を開いた。
「結局は・・僕が決めたことです。僕がそうしたかったから。
 決して誰かに命令されたわけじゃなかった。
 あなたが消えてくれればいい・・本当にそう思ってましたから」

「消える?」

「ええ、フランクの前から・・・」 ルカはジニョンの方に顔を向けた。

「誰のために?」

『フランクは・・彼女のものなんだ。』 
先刻、ルカの口を衝いて出たその言葉と、その時の
彼の切なげな表情が、ジニョンの脳裏に蘇った。

彼が自分自身の為ではなく、他の誰かの為にドンヒョクを
取り戻そうとしていたことは間違いなかった。

「・・・・・・」 ルカはジニョンの顔をじっと見つめていた。
「・・・でもあなたって凄い人だな」 そして彼は話を逸らした。

「えっ?」

「あなたには驚かされてばかりです」

「驚くって?」

「僕が男だって・・さっきわかったでしょ?それなのに・・・
 あなたをさらって・・あなたに怖い思いをさせた僕を・・
 あなたはこうして逃がした。何故です?」

「・・・・あなたを・・怖いと思わなかったから・・・
 それじゃ答えにはならない?」

「・・・・・・僕はこう見えて、いっぱしの大人の男ですよ。」

「そうなの?」

「・・・17は・・大人でしょ?」 
その時ルカは少し不満げに、そして何気なく自分の年齢を告白した。

「17歳なのね・・・確かに、大人ね」

「・・・馬鹿にしたでしょ」 ルカはジニョンの顔を下から覗いて言った。

「アニョ・・」 ジニョンはとぼけて空を仰いだ。

ルカは声を立てて笑った。
「でも、もっと世の中の怖さを知った方がいいです、ジニョンssi」

「オモッ・・お説教?これでも私、いっぱしの大人の女よ」

ジニョンのその言葉にルカはあどけない表情を向け、笑った。
「ほんとに?」

「ふふ・・でも、フランクにもよく言われるわ。
 “君ほど怖いもの知らずはいない。世の中は君が思っているほど
  生易しくはないんだ”って・・・」

「フランクはいつだって正しいです。」 ルカは断言したように言った。

「でも・・・あなたは怖くなかった。」

「僕がまだ・・子供だから?」

「大人の男なんでしょ?いっぱしの。」 ジニョンは首を傾げて言った。

「ははは・・」 
ルカはまたも声を立てて笑った。よく考えてみると、ルカと知り合って、
彼がこんな風に笑うのを見たことは無かったかもしれないと、
ジニョンは思った。
そして彼のその笑い方が、少しドンヒョクに似ていると感じて、
心が和んだことも事実だった。


ルカはなかなか本筋に入ろうとはしなかった。
それでも、ジニョンは決して彼を急かさなかった。
ジニョンの中で湧き出る謎を、彼がひとつずつ解決してくれるのを、
その隣で黙って待っていた。

「ヴァチカン・・ご存知ですか?」 ルカがまた口を開いた。

「訊ねてみたい所よ・・・まだだけど・・・」 ジニョンは答えた。

「この橋を渡って、川沿いを行くと直ぐです」

「そう・・・」 ジニョンはルカの視線を追って答えた。

「僕の両親はそこで死んだんです。5年前。」

「・・・・・・」
ルカの唐突な言葉に、ジニョンは相槌さえ忘れていた。

「・・・・・・エマは・・・フランクをずっと愛していました」 
今度は、亡くなった両親の話ではなく、“エマ”という名を
ルカは口にした。

「エマ・・・・・」≪きっとあの人のことね≫
フランクのそばにいたあの女性のことだとジニョンは確信していた。
だから初めて聞くその名前の主のことは、敢えて聞き返さなかった。

≪そういえばあの時、ジョアンに彼女の名前すら聞かなかった。
 それは私が、あの女性の話を聞きたくなかった・・から?≫

「・・・・あなたも・・フランクをよく知ってるのね」 
結局ジニョンは、“エマ”の話題を避けてそう言った。

「ええ・・・・・あの人・・子供が余り好きじゃないんです。
 特に僕のような生意気な子供は」 そう言ってルカが笑った。

「そんなこと無いと思うけど」

「彼いつも・・僕達にはすっごく無愛想で・・・
 怖いくらいだったんです。」

「きっとこ~んな顔してたのね」 
ジニョンは自分の両目を吊り上げて見せた。

「ええ、まさしく。」
ルカはそう言いながら、ジニョンの顔を見てケタケタと笑った。
「僕は彼のこと、直ぐ好きになりましたけど。
 とにかく僕、わざと彼にまとわり付いていたんです。
 うるさがられて邪険にされても、僕はめげなかった。
 彼に近づきたくて、彼のようになりたくて・・・
 彼の話し方や笑い方や・・歩き方まで後ろでまねたりして、
 本気で怒られたことがあります」

「何だか想像ついちゃう。
 きっとあなたのこと、可愛かったと思うわ彼。」 
ジニョンが言うと、ルカは「そうかな」と嬉しそうに微笑んだ。

「僕の父とフランクはとても懇意にしていて・・・
 僕達は会う機会が多かったんです。
 どんな時も彼は僕を子ども扱いしませんでした。
 為になるからと難し過ぎる本を宛がったり・・・
 チェスの相手をしてくれても、決して容赦してくれなかった・・・
 僕はいつも泣きながら彼に向かってました」
ルカは話しながら、懐かしげに宙を仰いだ。
「それから僕は色んな話を彼にしました。
 好きな女の子のことや、学校で起きたくだらないことまで。
 そんな時も彼は自分の仕事をしていたり、本を読んでいたり・・
 決して僕の話を聞いている風じゃなかった。
 僕はいつも彼の横で勝手におしゃべりしてたんです
 でも、話の途中で口を挟む彼の言葉はちゃんと的を射ていて・・
 聞かない振りをして聞いている、それが憎たらしい程に得意な人でした。
 でもそんな彼が・・フランクが僕は・・・大好きだったんです」
フランクの話は尽きないとばかりに、ルカは目を輝かせ、饒舌だった。

「そう・・・」 
ジニョンはそんなルカを愛しげに見つめていた。




ドンヒョクはその頃ローマのホテルに到着していた。
そこで起きた詳細を、総支配人ベルナンドから聞きながら、
何か手掛かりがないかと、ジニョンの部屋へ足を踏み入れた。

「一緒にいたのはこの子だったか?」
ドンヒョクはベルナンドに、ポケットから一枚の写真を出して言った。

「あ・・いえ、もう少し・・それにこの子・・」
「これは5年前の写真だ。今、彼はもう直ぐ17になる」
ドンヒョクはベルナンドの釈然としない思いを解決させるべく、
そう付け足した。

「ああ、それでしたら・・はい、この子だと思います。
 それにこの子、以前ここへおいでになっていませんか?」

「僕がここを買った頃、一度だけ連れて来たことがある」

「ああ、やはり・・あの時の・・・可愛い坊ちゃんですね。
 ですから何となく見覚えが・・・」

「ああ・・」

「それがどうして今回、フランク様に内緒でこのようなことを・・」

「・・・・ヴェネチアを出すなと、あれほど。」 
ドンヒョクはベルナンドの問い掛けには答えず、
溜息交じりの苛立ちを覗かせて、独り言を呟いた。

「警察へ届けた方がよろしいでしょうか」
ベルナンドは只ならぬドンヒョクの表情に思わずそう言った。

「あ・・いや・・それはいい。」 ドンヒョクは我に返った様子で答えた。





「両親にさえ話さなかった将来の夢を・・
 フランクにだけ話したことがあります」

「将来の夢?」

「ええ、僕は彼に言ったんです。・・医者になりたいと。
 そしたら彼が“それじゃあ、君はイエスのルカだ”って。
 それ以来、彼だけが僕を“ルカ”って・・」

「そうなの・・・」

「楽しかった・・本当に楽しかった・・あの日が来るまでは・・・」

「あの日?」

「・・・・・・」

「・・・あ・・」 
ルカのさっきの言葉が蘇って、ジニョンは言葉を詰まらせた。
≪僕の両親はそこで死んだんです、5年前≫


「僕と妹はその日、ミラノの知り合いの家にいて助かったんです。」

その言葉だけで、彼の両親の死の原因が慮られ
ジニョンは言葉を呑んでしまった。「・・・・・・」

「その後僕達兄妹は、知り合いのカーディナルの世話で
 ヴェネチアの教会で暮らすことになりました。

 学校にも行かせてもらって・・食べるものにも不自由は無かった。
 周囲の人達はとても優しくしてくれたし・・・でも・・・
 本当は寂しかった。父にも母にも会えなくて・・・
 大好きだったフランクにも会えなくなってしまった・・・

 妹は、何故父や母がいないのかということすらわかってなかった・・・
 だから僕はあの子のそばで、泣くことができませんでした。
 本当は僕だって・・・泣きたかったのに・・・」
ルカはそう言いながら、寂しげに笑った。

ジニョンは握り締めた彼のこぶしをそっと包みこむように触れた。

「そんな頃でした。エマが僕達の前に現れたんです。」

「・・・・・・」 
≪エマ・・・そうね・・・彼女のことは・・避けては通れないわね≫
ジニョンは彼の手を離し、姿勢を正した。

「僕達はエマのことを知っていました。フランクの・・・
 恋人でしたから・・・」 
そう言いながらルカはすまなそうにジニョンを見た。

「いいのよ・・気にしないで・・・」 

「・・・それ以来、彼女はたびたび僕達を訪ねてくれました。
 いつも沢山のプレゼントを持って・・・妹はとても喜びました・・
 あ・・僕もだけど・・・・
 僕達はいつも彼女がやってくる日を指折り数えてました。
 僕達が決して寂しくないように・・・
 エマはいつも僕達に寄り添ってくれました。」




「どうしてルカのことをボスに報告しなかったんですか?」
ミンアはずっと疑問に思っていたことをエマに訊ねた。

「・・・・・・」 エマはなかなか口を開かなかった。

「身勝手だと思わなかったんですか?ボスがどれほど・・」

「・・・何を言われても・・反論はしないわ。」
エマはそう言いながら車窓から外を見た。

「答える義務があるわ。」 ミンアは詰問するように身を乗り出した。

「彼らが・・・ルカ兄妹がフランクとの唯一の繋がりだった。」
レイモンドがエマの心を代弁するかのように、静かに呟いた。

「・・・・・・」 
レイモンドの言葉にエマは、ただ黙って彼を睨みつけると
瞳の端から一筋の涙を落とした。





「“何故僕達にこんなに親切にしてくれるの?”
 ある時、僕はエマに聞いたことがありました。
 そしたら彼女・・こう言ったんです。

 “フランクがきっとこうしたかっただろうから・・”って

 僕達兄妹の誕生日がくると・・・
 “フランクが喜ぶわ”
 “フランクもあなた達の成長をきっと見たかったわね”って・・」

「・・・・・・」≪彼女は本当にフランクを愛していたのね≫




「彼は・・・フランクは・・・心だけを持って去って行ったわ・・・」 
エマがやっと口を開いた。「私の・・・心だけ・・・」

「勝手なこと言わないで。元はといえばあなたが・・」 
ミンアはエマを責めるように言った。

「ええ、そうね。わかってる、わかってるわ・・・でも・・・
 ・・あの子達に会うと・・そのことを忘れることができた
 彼への裏切りを忘れることができた

 あの子達に会う度に
 フランクの心を・・彼の代わりに届けている・・・
 そんな錯覚を覚えた

 あの子達を懸命に守ることで・・・
 フランクの愛も取り戻せるような気がしていたのかも・・・」

「・・・・・・」

「だから・・終って欲しくなかった・・・」

「・・・・・・」

「だから・・・伝えなかったの・・・」

エマは溢れる涙に耐えながら、言葉を繋げた。
ミンアはそれ以上彼女を責めることができなかった。





ルカが今、何をしようとしているのか、ドンヒョクは思いを
巡らせていた。

「ルカ・・ジニョンに何を?」

≪エマのためなら・・・そうなのか?、ルカ・・≫

ドンヒョクは湧き上がる苛立ちと反比例するように、ゆっくりと車のギアを入れた。

「ルカ・・・どうか・・・

   私にお前を・・・


          ・・・憎ませるな」・・・







 








イエスのルカ=キリスト教「新約聖書」に収められている四つの正典「福音書」の記者のひとり。
  医者であったと推測される。ルカは十二使徒(イエスの直接の薫陶を受けた弟子)ではない。



 


2011/08/11 12:31
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-19.過去を追いかけて

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「ティーンエイジャー?・・・・まさか・・・ルカ?・・・」 ドンヒョクは呟いた。

「如何なさいましたか?フランク様」

「いや・・ああ、何でもない。ベルナンド、頼みがある。
 妻の様子を見て来てくれないか。今すぐ・・何気なくだ。
 私は直ぐにそちらへ向かう。私が到着するまで
 何とか引き止めておいて欲しい」

「かしこまりました」

ドンヒョクは電話機を閉じ、身支度を整えながら、思いを巡らせた。
≪その子がもしも・・ルカだとしたら・・・何故?ジニョンと?≫


総支配人ベルナンドはドンヒョクとの通話を終えると直ぐに、
調理室に連絡を取り、果物の盛り合わせを大至急用意するよう命じた。
ジニョンの部屋を訪ねる為の大義名分を用意するためだった。




「痛いわ・・ルカ・・・あなた・・・」 ジニョンが間近にあったルカの目を見て
不思議そうに言った。「あなた・・・もしかして・・・」

その時だった。
電話の着信を知らせる音がルカの体から聞こえた。
ルカは上体を起こし、ジニョンの体から離れると、自分のポケットから
携帯電話を取り出した。

ジニョンもまた体をベッドから起こし、ルカの様子を伺っていた。
ルカは数秒程、短い会話をして電話を閉じ、ジニョンに振り向き言った。

「ジニョンssi・・直ぐにここを出ます」

「えっ?」

「早く支度を」

「ね、ルカ・・いったい何なの?」

「早く!」 ルカは声を荒げてジニョンの手首を強く掴んだ。
ルカはジニョンの手を掴んだまま部屋を出ると、エレベーターへと向かった。

ルカが下のボタンを押した時、もう片方のエレベーターがもう直ぐ
この階へ到着しようとしているところだった。

ルカは咄嗟に階段を駆け下り階下へ降りると、エレベーターのボタンを押した。
そしてその扉が開いたと同時に中へ駆け込み、数字の1を手早く押した。
ジニョンはルカの慌てた様子を間近に見て、その胸の内を思い図っていた。

「フランクのせいなの?」 ジニョンがルカにそう言った。
「・・・・・・」 ルカは答えなかった。

「あなたがこんなことをしているのは・・・フランクのせい?」
ジニョンは重ねて聞いた。

「黙れ。」 ルカはジニョンから目を逸らしたまま、彼女を制した。





レイモンド一行がミラノに戻ったのは、夜中の二時を過ぎていた。
三人は静寂漂うホテルのロビーを横切り、エレベーターへ向かった。
彼らに気づいた警備員が、不審そうに声を掛けて来たが、
ミンアが上階に滞在中のフランク・シンの部下である証明をし、
至急会う必要があるのだと了解を求め、難を逃れた。

「ボスへ連絡が行きますね」 エレベータの扉が閉じるとジョアンが言った。

「それは構わない。どうせ後で彼にも会わなければならないだろう」
レイモンドがそう言った。

「そうね。でもまずはエマに会わないと」 ミンアが言った。



ミンアはエマの部屋の呼び鈴を鳴らした。5回鳴らした後、やっと応答があった。
「エマ・・ミンアです。夜分に申し訳ありません」 ミンアは声を潜め言った。

「ミンア?・・どうしたの?」 エマの声は当然驚いていた。
「緊急にお話があります」 ミンアの声は緊迫していた。

「ちょっと待って。」 エマは答え、直ぐにドアの鍵を開けた。

「入っても宜しいですか?・・・同行者がいますが」
そう言ったミンアの後ろに、レイモンドと若い男がミンアと同じく
真剣に自分を見ていたので、彼女は「どうぞ」とだけ言った。

エマは就寝していた様子は無く、PCの画面が開いていた。
「お休みじゃなかったんですか?」 ミンアが言った。

「ええ、明日の準備を・・」 
そう言いながらレイモンドの顔を見たが、事実はそうではなかった。
フランクのことが気になって仕方なかく、眠れなかったのだった。

「率直に伺います」 レイモンドが言ったので、エマは頷いた。
「ジニョンは何処です。」

「えっ?・・・ジニョン?・・・ジニョンって・・フランクの?」
エマは戸惑ったようにそう答えた。

「ええ。フランクの妻のソ・ジニョンです」 レイモンドは強調して言った。

「どうして・・私が?・・彼女の行方を?」

「ルカ」 ミンアが口を挟んだ時、エマが驚いてミンアの方に視線を移した。
「ルカは、いいえルーフィーとアレッシア兄妹は・・・生きていたんですね」
ミンアは事実を突きつけるように言った。

「何を言ってるの?あの子達は両親と一緒に。」 

「とぼけないで、エマ。・・ルカがジニョンssiを連れ回してるの。」

「ルーフィーが?・・何故?」

ミンアは自分のバックから写真を出した。
エマは差し出された写真を見て驚いた。「これを・・どこで?」

「ルカが持ってたものよ」

「・・・・・・」





ルカとジニョンがエレベーターで一階に下りると、ロビーが騒がしかった。
きっと自分達が部屋にいないことが、上で確認されて知らされたのだと
ルカは悟った。

その時だった。
「ルカ・・こっちへ」 ジニョンが言った。
ジニョンはルカをバックヤードへ誘導し、裏口へと向かった。
今度はルカの手をジニョンが引いていた。

「何処へ?」 ルカは慌てていた。

「いいから、付いて来て。」 ジニョンはそう言った。

裏口を抜け少し歩いた所で、ジニョンはシャッターの前に立った。
そして、バックからカードkeyを取り出しそのシャッターを開けた。

そこはガレージだった。
ルカはジニョンの行動をただ見守っていたが、その中のバイクを見つけて
彼女の顔と交互にそれを見て驚いていた。

「keyは・・ここよ。」 
ジニョンは先日ドンヒョクに教えられたバイクのkeyの隠し場所をルカに示した。

「どうして?」 ルカは驚いた表情をそのままにジニョンに言った。

「いいから、急ぎなさい。直ぐにここも気づかれる。運転は?」 
ジニョンが言うとルカは頷いた。「だったら、お願い。私自信ないから」

そしてふたりは急いでバイクに乗り、ガレージから滑り出た。




その頃、既にローマに向かって車を走らせていたドンヒョクは、
ベルナンドからの連絡で、ジニョンがホテルから消えたことを知った。

「バイクで?・・・ジニョンのやつ・・・」
そう呟きながら、ドンヒョクはほんの少しだけ安堵していた。
何故ならジニョン自身がその手段を選んだということは、彼女には少なからず
余裕があると、理解できたからだ。

「しかし・・・」 ドンヒョクは考えあぐねた。「何処へ?」




「フランクを呼んで来い。」 レイモンドがジョアンに言った。

「はい。」 ジョアンは急いで一階上のドンヒョクの部屋を目指した。

「教えて・・・エマ・・・いったいどういうことなの?
 いったい何が起こってるの?」 ミンアがエマに問いただすように聞いた。

「何が起こってるか?・・・私だってわからない・・・でも・・
 ルーフィーが関係しているのだとしたら・・・」
エマは頭の中で考えを巡らせ、数時間前にトマゾが言った言葉を
思い出していた。

『あなたを愛する者達を信じて』≪トマゾ?・・・まさか・・≫
「ちょっと待って?」 エマはそう言って携帯電話を出した。

「何処へ?」 レイモンドがその電話に手を添えて用心深く聞いた。
「トマゾへ・・昼間にお会いしましたでしょ?・・彼ならもしかしたら
 この経緯を知っているかと」

「彼はジュリアーノの側近ですよね」 

「ええ。でも・・彼は大丈夫です」
そう言ったエマの真剣な眼差しにレイモンドは電話に翳した手を退けた。
しかしその電話は繋がらないようだった。

「可笑しいわ」

「どうしたんです?それにどうして彼に?」 ミンアが疑念を持って聞いた。

「彼はルーフィーのことを知ってるの」

「ということは・・ジュリアーノも?」 今度はレイモンドが聞いた。

「いいえ・・・会長は知らないはずよ。トマゾは彼らの情報を掴んだ時
 私だけに教えてくれたはずだから」
そう言いながらエマはがっくりと椅子に腰を落とし、深呼吸を繰り返して、
気持ちを落ち着けていた。

「どういうことなの?・・話がちっとも繋がらない。エマ・・」
ミンアはそう言いながら彼女の横に座った。

「・・・あの日・・」 そしてエマは遠い日の真相に触れ始めた。
「私はジュリアーノから、フランクの命と引き換えに
 全ての証拠を渡すように要求されたわ」

「5年前のことね」

「ええ・・私は・・迷わなかった。
 他の事は何も考えなかった。
 フランクを助けてくれるなら・・何でもする。そう言ったわ。
 そして・・・私はそれを実行したの

 まさか・・あんなことになるなんて・・本当に思わなかった。
 アレグリーニ一家があんなことになるなんて・・・
 彼が・・・全ての鍵を握っていたことは確かだったけど・・・
 まさか本当に・・そんなことが起きるなんて・・・」

エマは懺悔すべき悲しい出来事を思い出して震えていた。

「エマ・・・」

「ミンア・・・私は愚かだったかもしれない・・・でも後悔はしてなかった。
 そうするしかないと信じていたから・・・。
 彼が・・フランクがあんなにもショックを受けて、苦しむ姿を見るまでは。」

「・・・・・・」 ミンアは微かに震えるエマの肩を抱いた。

「覚えてるでしょ?あの時の彼の・・・慟哭を・・・
 その時私は初めて、自分のしたことの恐ろしさを思い知ったの・・・
 彼は何も聞かなかった・・・それは彼が私を見放したということよ・・・
 そのことが罵られるよりも辛かった・・・でも・・・ 
 私はそれでも・・最後まで彼を守らなければと思ってた。
 ジュリアーノの・・執拗な追っ手から。

 それができるのは私しかいない、そう思ってた・・・
 だからジュリアーノの元へ行ったの。
 皮肉なことに私がフランクを裏切ったことが、彼の心証を買っていて
 私は更に月日を掛けて、彼のブレーンに潜り込むことができた。
 ジュリアーノのそばにいれば、彼がフランクを狙うことも防げるかもしれない
 そう思ったからよ・・・
 そして・・あの事件から半年が経った頃、トマゾが教えてくれたの」

「何を?」

「子供達が生きていたことを」

「・・・・・・」

「驚いたわ。警察は間違いなく、一家全員が亡くなったと発表していたし
 ジュリアーノもそう思っていたはず。
 私は直ぐに会いに行ったわ。
 そして・・あの子達を見つけた・・・・
 あの子達の無邪気に遊ぶ姿に・・涙が出たわ。
 “ああ、生きていてくれた”・・・でも逆に彼らへの罪悪感が沸いてきた。
 だから・・彼らには本当のことを言えなかった・・・
 私があなた達のご両親を・・・彼らの顔を見る度に胸が潰れる思いだった。
 
 あの子達の住む教会に行く度に懺悔してた。
 そしてこの子達を見守っていく・・そう誓ったの・・・
 だから頼んだの。トマゾに・・決してジュリアーノに知らせないでと。
 そして私は、隠れて彼らの元を訊ねてた。
 誕生日やクリスマス、復活祭・・
 彼らと頻繁に時間を過ごすようになった」

「トマゾはどうして、ボスに話さずあなたに?」 
レイモンドがわずかに信用し難いと思い、聞いた。

「・・・・彼は・・・私を大切に思ってくれています。だから・・
 誰にも話さないと誓ってくれました。
 もしもジュリアーノに知れたら、彼は自分への復讐を防ぐためにきっと、
 ルーフィー達を・・・そう思ったんです。
 ジュリアーノは用意周到な恐ろしい男ですから」

その時、ジョアンが戻って来た、「ボスは部屋にいないようです」

「いない・・よう?」 レイモンドが怪訝な顔をした。

「ええ。
 先程の警備員が仲間を連れて、ボスの部屋の前で騒いでいました。
 きっと僕らのせいでしょう」 ジョアンは肩を上に上げて言った。

「二時間ほど前にはいたわ」 エマが言った。

「何処へ?」 ミンアが言うと、「もしかしたら・・・」 とエマが口を挟んだ。
「さっき会った時、彼が妙に落ち着いていなかったの・・
 もしかして、奥様のことと関係が?」

「そうだろうな。
 ジョアンが彼の命令を無視して会いに行かず、私達もしばし彼を避けた。
 無論、ジニョンとも連絡は取れなかったとなれば、
 奴がじっとしているわけは無い。
 私達もここまでに時間が掛かり過ぎた。」

レイモンドはそう言って唇を噛んだ。「ジョアン・・フランクに連絡しろ」 
レイモンドは彼に命じた。

「はい。」

「ローマへ行きましょう」 エマが言った。

「ローマへ?」

「心当たりがあるわ。その前に、このホテルの騒ぎを収めてこないと」
エマはそう言って、フロントに電話を入れた。





『ジョアン?・・どこのジョアンだ?』 ジョアンが電話をした相手は冷たく答えた。

「あ・・あの・・申し訳ございません。」 ジョアンは滴るほどに汗をかいた。

『謝る必要は無い。お前を買いかぶった私のミスだ。』
「・・・・・・」 
ジョアンが電話を持ったまま言葉を失うほどに、その声は凍りついていた。

「代われ。」 隣にいたレイモンドがジョアンから携帯を奪い取った。
「ジョアンを責めるな。私が指示した。」 その電話の向こうにそう言った。

『何も話したくない。』 その向こうの凍りついた男はそう答えた。

「話さなくていい。ただ、何処に向かっているかだけ教えろ。」 
レイモンドもまた冷たく言った。

『・・・・ローマ。』 その言葉だけを残して、電話は切れた。

「フランクもローマだ」 レイモンドは運転席のジョアンに言った。

「はい。」

ジョアンが車をエントランスに回すと、ミンアが支度を整えたエマを連れて
車止めで待っていた。

ミンアは後部座席にエマを乗せ、後に続いた。

「ローマの何処へ?」 レイモンドがエマに振り向いて聞いた。

「ヴァチカンへ」

レイモンドはジョアンを見た。

  
         ・・・「急げ」・・・



















 





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