2011/03/23 23:07
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-2.もっと・・・

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「本当は君をここには連れて来たくなかった・・・
 それがどういう意味なのか、君はまだわかってはいない・・・
 しかし連れて来た以上、僕は君を守らなければならない。
 そのためには・・・奴らに決して弱みを見せない。つまり・・」

「つまり?」
「僕は君を・・・愛していない。」

ドンヒョクはジニョンへの愛が迸るほどの眼差しで彼女を見つめながら
冷たい声を装い言った。

「愛していない・・・」 ジニョンは無表情に彼の言葉をただ繰り返した。
「ああ。」 ドンヒョクは彼女の瞳から視線を逸らさなかった。

「・・・愛してるくせに。」 
ジニョンもまた彼から視線を逸らすことなく、そう言った。

「いいや。」 
ジニョンの瞳の中の自分にも、彼は言い聞かせるように言った。

「死ぬほど愛してるわ・・私を。」 ジニョンはきっぱりと言った。

「いいや。」 
ふたりは少しの間、睨みあったまま、互いの瞳の中の心を見つめた。

次第に・・・
互いの唇が、まるで吸い寄せられるようにわずかずつ近づいていった。
そして・・・
ドンヒョクはまずジニョンの唇を緩く、甘く、愛しさを込めて噛んだ。

「もっと・・・私を・・・噛んで・・」 
ジニョンが彼の耳たぶを唇で噛みながら吐息混じりに囁いた。
彼女は自分の口から出てしまった言葉に恥じらい、思わず俯いた。
ドンヒョクは薄く笑みを浮かべながら、彼女の俯いたままの顔を
自分の唇で押し上げると、彼女の唇を追い詰め、奪い、激しく飲み込んだ。
その瞬間ジニョンはドンヒョクの溢れる愛を、彼の荒々しい呼吸で聞いた。

 

 

「来ないだと?」

「はい。二・三日はローマで寛がれるとか」

「この私を無視するとは。・・・生意気な若造が!」 
ジュリアーノはデスクを拳で叩き怒りを露にした。

「申し訳ございません。
 我々が用意したホテルも拒否されてしまいました」 

「それで?。」

「あの方からご連絡下さるそうです」

「それでおめおめと引き下がって来たのか。」

「申し訳ございません」

「相変わらず忌々しい男だ。」 ジュリアーノは憎憎しげに言った。
「しかし今に思い知ることになるだろうさ。何の為に引きずり出されたのか。
 必ず私の前に跪かせてやる。息の根が止まる前に。
 せいぜい今の内、浮かれているがいい。」

「・・・・・・。」

「お前も・・わかっているな。」

「はい。承知しております。既に駒は進めておりますので、ご安心を。」

 

 

「あなたの胸に、こうして頬ずりするのが好きなの・・・」 
ジニョンが実際に彼の胸に頬ずりをしながらそう言った。
ドンヒョクは、こんな時少しだけ大胆になる彼女を愛でるのが好きだった。
彼は、自分の胸にしな垂れかかった彼女の髪を、無言のまま
大きな手で包み込むように、しなやかに、優しく撫でた。

彼女はその心地良さに沈みながら、いつの間にか眠りに落ちていった。
夢うつつに、ソウルを発ちアメリカに着いた日のことを思い起こしながら。

あの日ふたりの家に戻り、10年前そこで過ごした時を懐かしく振り返った。
そしてベッド上方に開けられた天窓を見つけた時、レイの仕業を笑った。
ドンヒョクも一緒になって笑ってくれた。

『こんな風に、この家であなたと笑い合えるなんて・・・
 あなたの腕に抱かれて、星空を仰げるなんて・・・
 ねぇ・・ドンヒョクssi』 

そう言いながら横を向くと、そこに彼はいなかった。

見上げるとその部屋には天窓も開いておらず、次第に薄暗くなっていた。
ドク・・ドク・・と異様な音が頭の中を駆け巡った。
それは激しく波打つ自分の鼓動の音だと直ぐにわかった。
辺りを見回すと、傍らでレイが悲しげにジニョンを見つめていた。
ジニョンは部屋中を走り回り、ドンヒョクの姿を探した。
しかしどのドアを開けても、そこは暗い闇でしかなかった。

≪ドンヒョクssi?・・ドンヒョク?・・フランク?・・どこにいるの?

 置いていかないで・・フランク!・・≫

≪フランク!≫ 
ジニョンが悪夢に魘されて目覚めると、隣には本当に彼の姿がなかった。

ジニョンは慌ててベッドを降り、寝室のドアを乱暴に開けた。
すると、目の前に彼が見え、彼女はその場に立ち尽くした。

彼はたった今シャワー室から出たばかりのようで、濡れた髪を
タオルで拭きながらこちらに向かっていた。

ジニョンはその時、目を大きく見開いたまま、呼吸するのを忘れていた。

ドンヒョクは目の前に顔面蒼白のジニョンを見つけると、
驚いて思わず立ち止まった。
「どうした?まだ早いよ」 彼は彼女に向かって微笑んで見せた。

「・・・・」

「ん?」 
ジニョンが急に自分に駆け寄り抱きついて来たことに、
ドンヒョクは更に驚いて、首を横に傾げ彼女の顔を覗いた。
「どうしたの?」

「いなくなったかと思った。」 
ジニョンは彼にしがみついたまま、不安な思いに体を震わせ、
瞳を揺らし、消え入りそうな声でそう言った。
そして逃すまいとするように、彼を抱きしめた腕に渾身の力を込めた。

「ねぇ」 
「え?」 ドンヒョクの呼びかけにジニョンが顔を上げると、
そこには悪戯な色を浮かべた彼の眼差しがあった。

「抱いて欲しいの?・・もう一回?」 

「・・・オモ!、そんなこと・・」

「あーそれならそうと、ちゃんと言ってくれれば・・
 いいよ・・何回でも」 
ドンヒョクはそう言ってジニョンをひょいと抱き上げた。

「そんなこと言ってない!」 ジニョンは彼の突然の行動に狼狽して、
彼の腕の中で手足をばたつかせた。

「いいからいいから・・遠慮しないで」 

「ドンヒョクssi・・・フランク!」

ジニョンはドンヒョクにベッドに放り投げられ、そのスプリングに合わせて
二度・三度と体を緩く弾ませた。
そして間を置かず、その上からドンヒョクの体を受け止める形で
思い切り彼に抱きすくめられてしまった。
「きゃあっ・・く・・くるしい!」

「言ってご覧?・・抱いてって。」 ドンヒョクは自分の体で彼女の体を、
両手で彼女の両手首をベッドに押し付けて言った。

「そ・・そんなこと・・思ってないわ・・くる・・しいったら、フランク!・・」

「これでも?」 ドンヒョクは更に強くジニョンを押しつぶし、
彼女の首筋に唇を押し当てた。

「フ・・フランク~」

「参った?」

「参った。」 ジニョンは急に可笑しくなって、こみ上げる笑いと、
彼の体重の重みに耐えるのに苦労した。

「よし。」 そう言って、ドンヒョクはやっとジニョンから体の重みを
除いてあげると彼女を熱く見つめた。
そして、彼女の顔を隠した乱れ髪を、指で梳くように戻し、
続けて言った。
「僕は・・・どんなことがあっても。・・・わかるね。」 真剣な眼差しだった。

「・・・ええ」

「もうあんな目をするんじゃないよ」 こよなく優しい声だった。

「ええ」

「いい子だ・・」 
ドンヒョクはジニョンの髪を梳きながら、彼女の額を顕わにして
その額に唇を押し当てた。
そして彼は彼女の横にごろりと仰向けになり、二人で天井を見上げた。

「今日一日はゆっくり観光しよう」

「いいの?」

「ああ・・式を挙げただけで、新婚旅行もできなかったからね
 このローマが新婚旅行ということで我慢して?」

「あなたといればどこでも新婚旅行だわ」
ジニョンがそう言うと、ドンヒョクは微笑みながらジニョンの額を、
軽く指で弾いた。

「今日は何して遊ぶ?」 
ジニョンは彼の胸の上で両方の頬に杖を宛がって言った。

久しぶりに聞くジニョンの「何して遊ぶ?」にドンヒョクは応えるように
「ローマの休日ごっこ。」 と悪戯っぽく答えた。

「ローマの休日ごっこ?・・ふふ楽しそう」 

「本当は二・三日ゆっくりするつもりだったけど、
 そうもいかないようなんだ」

「そうなの?」

「ああ、さっきスタッフに連絡したら、“休暇返上”を宣告された。」

「へぇ~・・こーんなに怖いフランク・シンにそんな命令する
 スタッフがいるのね」 ジニョンはドンヒョクの目尻を上に上げて言った。

「ああ、いるよ。彼女のスケジュールには従わざる得ない」

「彼女?・・女性なの?」

「優秀な秘書だ。・・明日紹介する」

「ふ~ん・・・それじゃあ明日は・・」

「フィレンツェ。まずは事務所に寄って・・それで君を・・」

「私のことなら心配要らないわ、ひとりでも・・」

「駄目。」

「えっ?」

「僕が仕事の時は、僕の部下が君に付き添う」

「え~、嫌だわ、知らない人と一緒なんて・・・」

「それが嫌なら今すぐソウルへ帰りなさい。」
ドンヒョクはジニョンの頬を両手でぎゅっと潰しながら、言った。
ジニョンは潰された頬のまま、ぷーと唇を尖らして見せた。

「かわいい。」
ドンヒョクはにっこり笑って、その尖った唇に自分の唇を強く押し当てた。

 

 

「彼・・・来たのね」 女が言った。

「はい。昨日ローマに到着なさいました。」 男が答えた。

「そう・・・それでいつ?」

「明日の夜には。お会いできるでしょう。」

「そう・・・明日・・・」

「もう少しのご辛抱です。」 

「ええ」

「長かったですね。」 男は女を労わるように言った。

「・・・・・・」 女は静かに受話器を置いて目を閉じ、呟いた。
「ええ。・・・死ぬほどに・・・」

 

 

「さあ、これを着て」
ジニョンはドンヒョクから差し出された服を、素直に身につけ始めた。

「これって・・・」
「ん?」

「ライダースーツみたい」
「みたいじゃなくて、そのもの」

「バイク?」
「ん」

「ドンヒョクssiって、バイク乗るの?」
「ああ、こっちでは車より楽なんだ」

「へぇ~」
「それに・・・見張りを巻きやすい」

「見張り?」
「ああ、僕はいつも見張られてるから」

「えっ?」

複雑なことや厄介なことでも、ドンヒョクが余りにさらりと言ってのけるので
ジニョンはそれがそんなに大変なことのようには思えなくなることが
可笑しくてならなかった。

「冗談だよ・・風を切って走るのが好きなんだ」

「私も」 ジニョンも嬉々と答えた。

「バイク?」 本当?というようにドンヒョクは言った。

「自転車」 

「はは」

「あら、同じよ~」

「同じ?」 
ドンヒョクはジニョンの肩を抱いて、彼女の顔を覗き込むように言った。
ジニョンは声を出さず「んっ」という顔を見せた。

 

ジニョンはドンヒョクに手を引かれたまま、エレベーターを降りたが、
彼はフロントロビーには向かわなかった。

「何処に行くの?もっとロビーやホテルの中を見学したいわ」
昨日眺めたあの感動はきっと何度見ても味わえると、
ジニョンは思っていた。

「そんなのいつでもできるよ」

「だって、明日からはフィレンツェに行くって・・」

「また来ればいいさ」

「だって、ここ高いわよ、きっと。
 そんなに何度も来るのはもったいないわ」

「そう?」

「もう!あなたって本当に金銭感覚ないんだから。
 これからは私の言うこともちゃんと聞いてねって言ったでしょ?
 正しい金銭感覚を身につけないと」

「正しい金銭感覚?」

「そう。」

「ははは・・ご教授いただきましょう」

ジニョンがドンヒョクに向かって説教めいたことを講じている内に、
ふたりはいつの間にかバックヤードに入っていた。

「ドンヒョクssi?こんなところ、入っても大丈夫なの?
 ここ、バックヤードじゃない?」

よく見慣れた風景がそこにあった。
様々な制服のスタッフが行き交う靴の音、時間に追われた怒号が飛び交い、
食事を運ぶ台車の音や厨房の忙しないざわめきが充満する
戦場のような場所だ。

ところが彼は慣れたように悠然と、バックヤードの通路を歩いた。
注意を受けるどころか、すれ違う人が例外なく、ふたりに向かって
丁寧に頭を下げていることに、ジニョンは首を傾げた。

「・・・・ドンヒョクssi?」

長い通路を抜けると従業員通用口があり、ドンヒョクはそのドアを開けた。
出口を出ると直ぐ目の前のシャッターの前に彼は立った。
そして彼がそれを開けると、中には一台の大きな二輪車があった。

「使ってもいいの?勝手に・・」
ドンヒョクはジニョンの問いかけに対して、無言で微笑むだけで、
ハンドルに掛けられたヘルメットのひとつを手にして彼女にそれをかぶせた。
そしてもうひとつを自分がかぶり、颯爽とそれに跨った。
「乗って。」

「あ・・あのドンヒョクssi・・このホテル・・」
「早く」

「あ・・はい」
ジニョンは急かされるまま、彼の後ろのシートに跨った。

「掴まって。」
「は・・い・・・それより、ねぇ、このホテルって・・」

ドンヒョクはエンジンを掛けた。
そして、バイクは爆音と共に、その場から猛スピードで滑り出した。
「きゃあー!」 ジニョンは余りの勢いに圧倒されて、思わず悲鳴を上げた。

バイクはスペイン広場のさほど広く無い裏通りをひた走り、通りを抜けた。

「どうー?! 同じー?!」 ドンヒョクが声を張って言った。

「えー?」 ジニョンは聞き返した。

「自転車の風とー」

「ふふ・・違ったー!」

「そうだろ~!」

「気持ちいいー!」

「・・・・・・君のだよ」 

風を切って走るバイクのエンジン音が邪魔をして、ジニョンには
ドンヒョクの声がよく聞こえなかった。

「えっー?」

「君の!」

「何がー?」 ジニョンは更に声を張り上げた。
その後に、ドンヒョクの声が風に乗って、ジニョンの耳に小さく届いた。

 

    ・・・「君のホテル」・・・














2011/03/22 23:15
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ラビリンス-1.愛さない

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東日本・関東大地震で被災された皆様に
        心よりお見舞い申し上げます

            






                         1. 愛さない
 




「お待ち申しておりました、Mr.フランク」

ドンヒョクとジニョンがイタリアローマ、フィウミチーノ空港に到着すると、
今回のクライアントであるビアンコ・ジュリアーノの部下と名乗る数名の男達が、
到着ロビーで二人を待ち構えていた。
ジニョンは出迎えがあると聞かされていなかったが、ドンヒョクは
すべてを承知していたようだった。

男達はドンヒョクに向かって深々と恭しく頭を下げた。
しかし、ドンヒョクは、彼らに向かって無言で頷いただけだった。
前方では既に二人がこの地に持ち込んだ荷物が、彼らによって
台車に乗せられ二人の先を進んでいた。

「奥様でらっしゃいますね、お荷物を・・」
そう言って、一人の男がジニョンの手荷物に手を差し伸べた。
「あ・・いえ、これは大丈夫です・・」 
しかし男はジニョンの遠慮を無視して、彼女の荷物を取り上げた。
ジニョンは苦笑いを浮かべながら、ドンヒョクの方を見たが、
その時彼は、もう一人の男に自分の手荷物を、まるでそれが
当然であるかのように手渡していたところだった。

「何?」 
ジニョンの視線に気がついたドンヒョクがジニョンに振り返って聞いた。

「あ・・いえ、何でもないわ」
ジニョンのもの言いたげな様子にドンヒョクは怪訝な表情を浮かべたが、
彼女は彼から視線を逸らし、案内の男に促されるまま歩き出した。
ドンヒョクは首を傾げながら彼女の背中に苦笑いを向け、その後に続いた。


ジニョンがドンヒョクを背中で意識しながら、出口に向かって歩いていると、
出迎えの男達の中でも格上らしい男とドンヒョクとの会話が聞こえて来た。

「フランク様、本日はローマのホテルにご滞在と伺っております
 明日の朝は、我々と共にミラノへ・・
 会長がお待ちでございますので・・」

「いや・・二・三日はローマに滞在する」
男の言葉を遮って、ドンヒョクはそう言った。

「しかし・・予定が」

「・・予定?」 フランクはぎろりと男を睨みつけた。

「あ・・いえ」 
男は彼の威嚇とも取れる眼光に押されたかのように視線を落とした。

「自分のスケジュールは自分で決める。
 私に合わせられなければそれで結構。そう会長に伝えろ。」

そう言ったドンヒョクの声があまりに冷たく、耳にしたジニョンの胸さえ
締め付けるようだった。

「・・・かしこまりました」 男はそう答えた。




広い空港ロビーを抜け表に出ると、そこには縦幅が異常な程長い
黒塗りの車が横付けされており、その扉の前で待機していた男が、
一行を見つけると直ぐにその扉を開け、深く頭を下げた。

ドンヒョクは瞬きだけで男に応えると、開かれたドアから車に乗り込んだ。

「まるで・・国賓級・・・」 ジニョンは小声で呟いた。

ジニョンは驚いた。
いつものドンヒョクなら、必ずジニョンを優先してエスコートに徹しているからだ。
しかも見知らぬ地で、見知らぬ男達に囲まれているこの状況で、
ひとり外に取り残されたことに、時間が経つにつれ腹が立ってきた。
先に車に乗り込んだドンヒョクはこちらを見ようともしていない。
すると、隣にいた男がジニョンを反対側のドアへと、エスコートした。

ジニョンはドンヒョクの横に腰掛けると、すかさず彼を睨みつけた。
「何か?」 ドンヒョクが前方を向いたまま冷静に聞いた。
「・・・いいえ、何も。」

「そう。」 
ドンヒョクは前を向いたままふたりの会話を繋げなかった。

二人を乗せた車は音も無く動き出し、空港を後にした。
ジニョンはドンヒョクの沈黙を気に留めながらも、車窓を流れ行く
外の景色を目で追っていた。
初めて訪れたローマの情緒ある風景が愁いを帯びて見えた。

「何か言いたいことがあるのか?」 ふいにドンヒョクが口を開いた。
ドンヒョクのその言い方にはいつもの彼の優しさが感じられなかった。

≪ええ!言いたことは沢山!≫「・・ここでは・・言えないわ」
ジニョンはそう言いながら、運転席の方へちらりと視線を送った。

「あぁ~」 ドンヒョクは“わかった”と言うように相槌を打ち、
座席横のひとつのボタンを押して、運転席と自分達の座席を遮断した。
「完全に防音されてる、言いたいことがあったらどうぞ」

「向こうには何も聞こえないの?」 
ジニョンは運転席の方を指差しながら小声で言った。
「試しに、・・・してみる?」
「してみる?って・・・」

ドンヒョクはジニョンの言葉を遮るように、突然彼女にくちづけすると、
わざと彼女の胸を服の上から鷲掴みにしてみせた。
そしてその手を彼女の体に這わせ降りたかと思うと、瞬時に
スカートの裾から手を忍ばせた。
彼の突然の素早い行動に、一瞬あっけにとられていたジニョンが、
慌てて彼の手を払い除けた。
「フランク!何するの!」 ジニョンは声を張り上げて言った。

「何って・・言わないとわからない?」 ドンヒョクは彼女の耳元でそう囁いた。
その言い方はいつもの、少しだけ意地悪な、それでいて優しい
ドンヒョクのそれだった。

その時だった。「如何なさいましたか?」 運転席の方からの声だった。
「大丈夫だ・・気にするな。」
ドンヒョクは低い声でその声に向かって応えた。

「・・・だましたのね。」 
ジニョンが小声で言いながらドンヒョクを睨むと、彼はお腹を抱える仕草で
声を殺して笑っていた。

「君の声が大き過ぎたんだよ。防音装置の効き目が無いほどにね」
ドンヒョクは相変わらずジニョンの耳元で小さく囁いた。
「・・・・・・」

「僕達に危険が及ばない限り、彼らには目も耳も無い。
 だから、ここは防音されているのも同じ。」
今度は普通の声で、運転席にも聞こえるように彼はそう言った。

「それって・・」

「ん?」

「何だか横暴」
「横暴?」

「ええ、あなたって・・こんな人だったの?」
「こんな人って?」

「何だか・・・」
「何だか・・何?」

「上手く言えないけど・・人を軽んじてる。」
「人を?」

「これがあなたにとって普通のこと?」

ドンヒョクはジニョンが先ほどから自分に対して、何を言いたいのか、
よくわかっていた。

「彼らに対する僕の言動を言ってるのかな?
 だとしたら・・Yes。」

「・・・・・・」
「不満?」

「好きじゃないわ」
「なら、慣れることだ。」

ドンヒョクはそう言って目を閉じ、その後はホテルに到着するまで、
ジニョンと一言も口を利かなかった。
ジニョンはそんなドンヒョクをただ睨みつけていた。
「私は・・慣れないわ。」
彼女のその呟きにも、彼は応えなかった。




ホテルはローマの中心地、スペイン広場近くにあった。
有名な映画にも頻繁に登場しているというそのホテルの概観、
内装共に申し分の無いものだった。
エントランスを入った瞬間に、まるで宮殿にでも足を踏み入れたような
錯覚を思わせる贅沢なロビーが広がり、ジニョンは目を見張った。

「すごい」 その言葉しか出なかった。
彼女が興奮さながらに、ロビー・フロントを見渡している間に、
ドンヒョクはフロントに向かい、チェックインを済ませていた。

「んっん・・」 ドンヒョクの咳払いにジニョンはやっと我に返った。
「口をポカンと開けるな。」 ドンヒョクが笑いを堪えて言った。

「オモ!・・そんなはず・・」 
そう言いながら、ジニョンは開いた口を手で押さえた。
ドンヒョクは苦笑しながら、ジニョンに手招きした。

「あの人達は?」

「帰したよ・・“奥様が君達を気に入らないようだから”って」

「・・そんなことを?私、そんなこと一言も。」 

「いいから、おいで」
ジニョンの興奮した様子を少なからず面白がっているようなドンヒョクが、
彼女の肩を抱いてエレベーターホールへと向かった。

「ま・・エレベーターも素敵」
怒っていたはずのジニョンが、またきょろきょろと周りを見回した。
「あ・・ドンヒョクssi、私がいつあの人達を追い返すようなことを言ったの?」

「いいじゃない、やっと二人きりになれたんだから」
エレベーターに乗り込むとそう言って、ドンヒョクはジニョンの頬に
急いでキスをした。
すると、その瞬間だけジニョンの顔が緩んで、また直ぐに“まだ怒ってる”と
言わんばかりに頬を膨らませた。

「忙しい人だね、君は」 
ドンヒョクはジニョンのまるで百面相に対して笑って言った。 

「あのね。」
「ほら・・着いたよ」
「!・・・・あら・・この廊下の絨毯、歩き心地がいいわ」

エレベーターから出ると、廊下に敷き詰められた重厚な絨毯が
弾力があるにも係わらずヒールを取られることもなく、歩き易かったことに、
ジニョンはひどく感動して、足踏みを繰り返した。

「流石デラックスさで売っているホテルだけあるわね。
 建物の造りもだけど、ひとつひとつの調度品も見事だわ」
廊下の要所要所に飾られた調度品を眺めて歩きながら彼女は感嘆した。

「豪華さだけじゃないよ、ここは、サービスも群を抜いている」
そう言ったドンヒョクに、ジニョンはフンとあごを上げて見せた。
「そう?・・ソウルホテルなら、客室までお客様を丁寧にご案内するわよ」

「必要ないと言ったからだ」 ドンヒョクは弁明するように言った。

「そう。」 しかしジニョンは、納得できない、と思っていた。




部屋に入った後もジニョンはあっけに取られた様子で辺りを見回した。
広いリビングスペースは壁面に最新式と思われる特大のスクリーンと
反対側に掛けられたラファエロの特大の絵画が特徴的だった。
家具はすべてアンティーク調で揃えられ、新旧のコントラストを
鈍いクリーム色の壁面が調和させ、落ち着きをもたらしていた。
マスターベッドルームはキングサイズのベッドが贅沢を主張していた。
他にもツインベッドルームが二つと大理石造りのジャグジィバス
サウナルームにトレーニングルーム、ゴールドをあしらったレストルーム
そしてすべての調度品が間違いなく最高級品に違いなかった。
ジニョンはそのすべての部屋を嬉々としながら見て回った。
豪華過ぎるきらいはあるが、色調や家具のイメージはジニョンの好みだった。

「ねぇ、ドンヒョクssi、この部屋・・高そう・・いくらなの?」

「さあ、いくらだろう」

「きっと1000ユウロは下らないわね」

≪その10倍はするだろうね≫
とドンヒョクは心の中で思ったが口に出さなかった。
「イタリアに入ったら、一番最初にここに君を連れて来たかったんだ」

「ドンヒョクssiが選んでたの?
 てっきり、あの人たちが用意していたのかと」

「君と過ごす場所は必ず僕が決める、今も。これからも・・・。
 誰かが用意したところには泊まらない。それがここでの鉄則だ。」
 
「え?」

「この地に仕事で入ったら・・油断はしない。決して」
ドンヒョクは真剣な表情をジニョンに向けてそう言った。

「僕のここでの地位・・国賓級?と言ったね、さっき」

「あ・・ええ」

「それ以上の扱いを受けてるよ、表面上は。」

「表面上?」

「ああ・・しかしそれを覆されるのも簡単だ。
 僕は10年の月日を掛けて、この国のビジネス業界での地位を確立した。
 今、僕に舞い込む仕事はソウルホテルの総資産以上の利益を生む。
 そう言えば、数字が読めるかい?」

「総資産?・・知らないわ」
「・・・・・・・・・ははは」
ドンヒョクはジニョンのその言葉に、しばし絶句した後、急に笑い出した。
「笑い過ぎ。」

「ごめん・・・君それでよくソウルホテルの支配人やっていたね」

「だって」

「いや・・君らしい」

「馬鹿にしてる?」

「そうじゃないよ、馬鹿になんかしてない
 君にとって、ホテルは“如何にお客様に気持ちよく過ごしていただけるか”
 それがすべてなんだ」

「・・・・・・」

「君は根っからのホテリアー」 
ドンヒョクはそう言いながら、ジニョンを優しく見つめた。

「褒められてる?」

ドンヒョクは無言で“うんうん”と頷いて見せた。

「ジニョン?」 ドンヒョクはベッドに腰掛けながら彼女を呼んだ。

「え?」

「おいで」 ドンヒョクはジニョンの手を取って、自分の横に腰掛けさせると
彼女の両手を自分の手でそっと包み込んで、彼女を見つめた。

「いいかい?本当は君をまだ・・このイタリアには連れて来たくなかった・・・
 せめて今回の仕事が片付くまでは・・・
 そのことは言ったね」

「ええ」

「それがどういう意味なのか、君はまだわかってはいない」

「・・・・・・」

「しかし連れて来た以上、僕は君を守らなければならない。
 そのためには・・」

「ドンヒョクssi?」

「そのためには・・・彼らに決して弱みを見せない。つまり・・」

「つまり?」

「僕は君を・・・」

「・・・・・」


・・・「愛していない。」・・・




















2011/02/11 21:17
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-エピローグ“・・・もう一回”

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collage & music by tomtommama 

story by kurumi

 


『どういうことだ?ボス』
フランクからの電話を受けたレオが思わず大声を上げた。

「・・そういうことだ」 フランクはこともなげに答えた。

『イタリアへ行かないって?・・お前・・
 今回の仕事はお前が受けた案件だぞ』

「事情が変わった」

『そんな勝手なこと・・』

「お前が代わりに進めてくれ」

『お前はどうするつもりなんだ』

「アメリカへ帰る・・それじゃ」

『アメリカって・・お・・おい!フランク!・・』 
フランクはレオの言葉を最後まで聞かずに電話を切った。


「フランク・・」 ジニョンが傍らで心配そうにフランクを見上げていた。

「ジョルジュに連絡できた?」

「えっ?・・ええ、“後は任せておけ”って・・
 ・・ねぇ、フランク・・」

「搭乗手続きまで一時間位ある・・お茶でも・・あ、その前にこれ・・
 何とかしないと・・」 そう言いながらフランクはジニョンの制服を摘んだ。
そして彼はジニョンが何か言いたそうにしているのを敢えて避けるように
さっさと彼女の前を歩き始めた。

「私!イタリアへ行くわ」 
ジニョンは彼の背中に向かって追いかけるように言った。

「・・・」 彼が立ち止まって、ゆっくりと振り返ると、彼女の強い眼差しが
彼を捉えていた。

「あなたが行かないと、レオssi困るでしょ?・・沢山の人が困るはずよ」

「君が気にすることは何もない。さっきその話は済んだはずだろ?
 今回の仕事はマフィアがらみで、半年は掛かりっきりになる
 君をそんな環境に置きたくないって・・そう言ったはずだ。」
フランクはうんざりとした表情で言った。

「ねぇ、フランク・・私はこれからフランク・シンと生きるのよ
 どんな覚悟もあるわ。」 そう言ったジニョンは凛として美しかった。

「僕にその覚悟が無い。」 
しかしフランクはジニョンの強い意志を断ち切るように答えた。 

「・・・」

「いいから、君は黙って僕の言うことを聞いて。」
「嫌よ」

「・・・。」

「あなたの言うことは聞かない。」 彼女の眼差しが更に強くなっていた。

「どういうこと?」 フランクは彼女に一歩近づいて言った。

「私は私なの。あなたが私を守りたいように、私も。
 私もあなたを守って生きる」 フランクが近づいて来たせいで、
ジニョンは顎を少し上に上げなければならなかった。

「だからって・・」

「イタリアへ行きましょう。一度引き受けた仕事は全うするべき、
 それがあなたのポリシィだったはずだわ」

「時と場合による。」

「いいえ、それが・・・フランク・シン、あなたよ。」
「僕はシン・ドンヒョクだ」

「あなたの真髄はフランク・シン。」

ジニョンは一歩も引かなかった。ふたりはしばし、無言で睨み合っていた。

「・・・・・・・・ふー・・わかったよ」
ジニョンの強い意志にフランクは、“負けた”とばかりに溜息を吐いた。
「君の言う通りにしよう・・・でも」
「でも?・・・」
「イタリアへ発つ便はさっき・・・」 フランクは指を上に示して見せた。
「あ・・」
「だから、一度アメリカに帰ろう・・・そして改めてイタリアへ
 それでいいかい?」

「・・・いいわ、仕方ないもの」
フランクはジニョンを見つめながら彼女に近づくと、少し呆れた顔をして
彼女の髪を撫でた。「困った子だね、君は・・・」

「・・・?」
彼が不意にその後ろ髪を掴んでグイと下に引き、彼女の顔を自分に向けさせた。
「言っておくけど・・僕はこれでも業界では名の知れた男だ。 
 色んな意味で恐れられてもいる。」 
フランクは厳しい眼光でジニョンを刺した。

「知ってる。」 それでもジニョンは怯まなかった。

「ふっ・・その僕を操ってるのが君だとわかったら、
 僕の威厳は地に落ちる。」

「操るって・・人聞き悪いわ」

「本当のことだろ?」 フランクは掴んでいた彼女の髪から力を抜くと、
その頭を自分の胸に強く押し付けた。
ジニョンは彼の大きな手が動くままに、身を任せ彼にもたれかかった。
「我侭言って・・ごめんなさい」

「我侭ってわかってるんだ」

「ちぃ・・」

「こんなことになるなら、請けるんじゃなかったよ、今回の案件」
フランクはそう言って、天を仰いで見せた。

「もう遅いわ」

「とにかく、決して無茶はしないこと。君が考えているほど
 甘い世界じゃないんだ。それだけは約束して。いいね。」

「ええ、約束するわ。」

「君は必ず僕が守るから・・・」

「ええ」

「それから、ソウルホテルのことも心配しないでいい・・・
 僕が細かく目を配るし・・・助けてくれる人も沢山いる」

「心配してないわ」

「そう?・・・本当は心配だろ?本当のことを言ってごらん?」
そう言って、フランクは自分の胸から彼女の顔を少し離すと
その目を覗きこんだ。「・・・そりゃあ・・」

「だろ?でも僕はここを出たら一年間は入国はできない。」

「ええ、わかってる・・そんなこと最初からわかって・・」

「でも君はできるんだ」

「えっ?」

「君は韓国へ行けるってこと」

「でも・・私は・・」

「ねぇ、さっき二度と離さない、って言ったこと・・撤回するよ」

「えっ?」

「はは、そんな情けない顔するな・・・でも・・・長くは駄目だよ
 そうだな、一ヶ月に三日だけ・・」

「・・・」

「理事代行として・・・」

「えっ?」

「理事代行として・・・それなら、従業員じゃなくても
 一連の業務に関わることも不可能じゃない」

「そんな・・重要な立場にはなれないわ」

「理事夫人なら、その立場にならざる得ないこともあるよ
 社交的な立場で・・」

「・・・」

「さっきそれを考えてたんだ。その手があるって」

「・・・」 
ジニョンが少し困惑した表情を見せる中、フランクの表情は柔らかかった。
「アメリカに帰ったら直ぐに教会へ行こう
 イタリアに発つ前に・・・結婚式を挙げるんだ」

「結婚式?」

「ああ・・しかし身内を呼んでいる時間も無い
 君のご両親には申し訳ないけど・・
 おふたりには少し後で君の花嫁姿をお見せしよう・・・」

「・・・フランク・・・」

「ふたりだけで誓いを・・・」

「ふたりだけ・・の・・結婚式・・・」

「嫌?」 

「いいえ、嫌じゃない。」 ジニョンは晴れやかな表情で姿勢を正した。

「だったら、交渉成立。」 
フランクはそう言いながら、ジニョンの額に唇をあてた。



一時間後、ふたりはアメリカ行きの便に揃って搭乗した。
ジニョンは空港内のショップで制服から、フランクが選んだ服に着替えていた。

座席に着いて、シートベルトを締め、飛行機が離陸準備に入ると
ジニョンが突然唇を尖らせて悪態をついた。

「あなたのせいよ」
「ん?」

「あなたのせいで、心の準備も無く飛行機に乗っちゃったわ」
「頼んでないよ」 
フランクがわざとそう言うと、案の定ジニョンはキッと彼を睨んだ。
「あ・・ごめん、僕がすべて悪いです。だから、機嫌を直して」

「大事なもの・・何も持って来れなかったし」 
フランクの取り繕いをよそに、ジニョンのトーンは更に下がっていった。

「荷物は準備してたんだろ?ジェニーにそのまま送ってもらうといい」

「みんなにお別れも言えなかった・・・
 社長・・エントランスで見送ってくださるっておっしゃったのに・・・」

「向こうに着いたら、お詫びの電話を入れよう」

「・・・・・・」

「・・・どうした?いざ飛行機に乗ったら怖気づいた?
 後悔してるの?・・」

「まさか・・後悔なんてしてない。ただ、ちょっと感傷に浸ってるだけよ
 飛行機が飛び立つ時って、そうなるものなの!知らないの?」
そう言いながら、ジニョンは目尻に滲んだ涙を急いで拭った。

フランクはジニョンの強がりに笑みを向けながら、彼女の背後に腕を回し
その頭に掌を添えると、そのまま自分の肩へと誘導し、言った。
「泣いていいよ」

「・・・・・」

「ねぇ、ジニョン・・これからもきっと泣きたくなる時はあると思う・・・
 でも約束して・・泣く時は必ず、僕の傍で・・・
 僕がこうして涙を拭えるように・・・わかった?」
そう言いながら、フランクはもう片方の掌で彼女の涙を優しく拭った。

ジニョンは黙って頷きながら、静かに目を閉じた。



夕暮れ迫る茜雲の中、飛行機が飛び立ち、ふたりはソウルを後にした。

フランクにとって、生まれ故郷にして、21年ぶりに訪れた懐かしい地。
たった二ヶ月の間に起きた出来事が走馬灯のように脳裏を巡った。

≪長年恨みに思っていた父との再会があった・・・
 少なからずそれは和解の道を辿っているだろう

 幼い時に別れた妹にも自分が兄であることを
 認めてもらえたような気がする・・・

 仕事以上の絆を結んでしまったソウルホテルの存在も大きい

 それはすべて、今僕の肩に眠る女により、もたらされた
 シン・ドンヒョクとしての世界

 そして僕は、フランク・シンとして生きるもうひとつの世界も、
 これから先・・この女を軸とするだろう

 間違いなく、僕は彼女によって育成され、
 彼女によって生かされている

 僕は認めなければならない
 僕のすべては彼女のものなのだと

 僕のすべてが・・・彼女のもの・・・それって・・・

 それって、凄く素敵なことじゃないか?≫

フランクは穏やかに口元を緩め、心地良さに揺れながら目を閉じた。
柔らかい眠りに誘われていた時、突然ジニョンの頭が彼の肩から離れ、
現実に引き戻された。
フランクは不満げに薄目を開けた。「・・・どうした?」

「ねぇ・・どうして三日なの?」

「ん?」

「さっき、一ヶ月に三日ならって・・」

「・・・?」 ジニョンが韓国に一時帰国する話をしているとわかるのに
数秒を要した。「・・・ああ、あの話?」

「三日じゃ何もできないわ・・
 移動時間を差し引くとほんの一日ちょっとじゃない?」

「だから?」

「せめて一週間はないと、十分なことはできないわ」

「駄目。」

「でも」

「忘れたの?君・・僕と離れたくないって、さっき泣いてた」

「あなたほどじゃないけど・・」
「!・・・・・・」

「それにね、ほら・・役に立たなきゃ、行く意味がないじゃない?」

「じゃあ、四日」

「六日」

「五日」

「・・・・・五日?・・しょうがないわね、手を打つわ」 
ジニョンは“仕方ない”というように、表情を曇らせて見せながら
承諾した。

「最初から五日が目的だったね」 フランクは横目で彼女を睨むと
その表情を探った。

「・・あなたのまねをしただけ・・たまにはいいでしょ?」

「あ、言っておくけど、その期間は必ずレイモンドが同行する」

「レイ?」

「ああ、第一にレイも必ずその時期に韓国に入る予定がある。
 第二に僕の妻となれば、狙う奴がいないとも限らない。 
 最後に第三、おっちょこちょいの君をひとりで遠出させるには心もとない。」

「うー!」

「唸るな、事実を言ってる」

ジニョンはプイと顔を横に向けたが、フランクの右手で直ぐ元に戻された。
「とにかく。今後、僕の手の届かない場所に行く時は
 必ず僕の信頼する人間と共に動くこと。」

「パパが言ってたわ、フランクは過保護過ぎるって」

「余計なお世話だと“パパ”に言っておいて・・・もう、寝てもいい?」 
フランクは心の中で愉快に笑っていた。

「いいわよ・・私の肩にもたれて?」 そう言いながら、ジニョンは
さっきフランクが自分にしたように彼の頭を自分の肩に誘導した。
フランクは心もとない彼女の肩に一度は頭を落としたものの
結局目が冴えてしまって頭を上げた。

ジニョンが“どうしたの?”というように、首を傾げた。
するとフランクがジニョンの耳元で囁いた。「キスしたくなった

「・・・駄目よ、こんな所で」 ジニョンはきょろきょろと周りを見渡し、
困ったような顔をした。

「君が起こしたんだ」 そう言いながら彼は彼女に顔を近づけていった。

「だって・・」 ジニョンは少しだけ頭を後ろに後退させたが、
結局フランクに飛行機の窓に追い詰められてしまった。

「ちょっとだけ」 フランクのまるで子供のおねだりみたいな言い方に
ジニョンはクスリと笑うと、照れたように目を閉じた。

ジニョンのシャイな承諾にフランクはニヤリと口角を上げると
彼は彼女の頬を両手に挟み、その唇に自分の唇をそっと押し当てた。

静かなくちづけだった。
優しくそしてなまめかしく、時に溜息混じりに愛しさを込めた
長い長いくちづけだった。
ジニョンは徐々に陶酔し、いつしか自分の腕を彼の首に回していた
頭の中が白くなり、ここが何処なのかさえわからないほどだった
甘く酔いしれる中、彼女は自分の頬が赤く火照っていくのを感じていた。

しばらくして、唇を付けたままフランクは彼女に優しく囁いた。
ジニョン・・・

ん?・・・

これ以上は・・・

ん・・・・

求めちゃ・・駄目だよ

「・・!フランク!私はそんな・・」 
ジニョンは突然正気に戻ったように彼から顔を離した。

「シー・・・」 フランクは唇に人差し指を当てて笑った。
そして次にはお腹を抱えるようにして、声を殺し笑っていた。

「ごめん
・・・」 笑いを堪えてフランクは謝ると、彼女の耳元にまた囁いた。

「これ以上続けると・・僕がもたないんだ」

ジニョンは彼の言葉に今度は頭まで真っ赤になったようだった。
フランクはそんなジニョンが愛しくてならなかった。

孤独だった氷のような世界が嘘のように暖かな風に溶けていく

今、目の前に・・そしてこれからも永遠に・・ジニョンがいる

いいや、それはきっと遥か遠い時間からに違いない

ふたりがこの世に生れ落ちる前からずっと

彼女の魂はずっと彼の元にいたのだから

彼の魂は必ず彼女の胸で生きていたのだから

   ≪男と女は・・・

    神様に生を受ける前はひとつの体だったの

    神はそれをわざと引き裂いて

    この世に遣わすという意地悪をなさった

    引き裂かれたそのふたつの体は

    ひとつの体に戻ろうと

    もうひとつの体を懸命に探すの・・・
   
    そしていつの日にか・・・

    彼らは自分の意志と関係なく

    惹き合い・・・出逢って・・・

    必ず・・・愛し合うのよ・・・≫


昔ソフィアがそう教えてくれた・・・

それが半身というものなのだと 

昔はそんな話を聞いても、気にも留めなかった

この世に信じられるものなどひとつも無いと思っていた

この世に僕の幸せなど存在しないと思っていた

でもジニョン・・・今は信じられる

君さえいれば・・・


「ジニョン・・・」

「ん?」

フランクはジニョンの唇の上ではじくようにくちづけると、
彼女の瞳の中で幸せそうに微笑んだ。


  そのすべてが叶うことを・・・


     ・・・「愛してる」・・・











      叫びたいほど・・・愛してる・・・












       「フランク・・・」 


       「ん?・・・」


       「・・・・もう一回」


       そう言ってジニョンが頬を染め目を閉じた



            ・・・えっ?・・・




 

              passion epilogue  the end  2010.2













2011/02/08 21:16
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passion(終)命の糸

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話してくれてありがとう
 ホテルに何かあったんじゃないかって・・そればかり考えてた・・』

「君のことが心配で仕方ないんだ、みんな・・」

『あなたも?心配してた?私が心変わりするんじゃないかって?』
「いいや」
『うそ・・』
「ほんとだよ」

『あなたが守ってくれたホテルですもの・・私達のホテル・・あなたと私の・・』
「私達のホテル・・・」 フランクは感慨深げにジニョンの言葉を繰り返した。

『ええ、そうよ、だから・・残された二日間、私、精一杯のことをする』
「ああ・・」

『・・・愛してる』 突然ジニョンが言った。
「・・・・・・」

『・・・どうして・・黙ってるの?』 
フランクの沈黙に、ジニョンは少し照れたように返した。

「たまにはいいかなって・・」
『何が?』
「たまには・・君の・・“愛してる”で一日が終わっても・・」
『え?・・・』

「いつも僕しか言ってない」
『そうだったかしら』
「そうだった。」
『・・・・いいわ・・んっ・・ん・・愛してる。これでいい?』
「最後が余計」

『贅沢ね・・わかったわ・・ドンヒョクssi、よく聞いて。』
「心して聞かせて頂きます」
『ふふ、じゃあ、聞いたら同時に電話を切るのよ』
「ああ」

『ドンヒョクssi・・・愛してる・・愛してるわ』
約束通り、ジニョンのその言葉を最後に、ふたりは静かに電話を切った。

 

翌日の朝、ジニョンが出勤すると、彼女の姿を見つけたジョルジュが、
一目散に走って来るのが見えた。そして彼女に辿り着いた彼は、
息を弾ませながらもどかしそうに顔を歪めた。ジニョンはその時、
彼が告げようとしているそのことが、誰もがずっと待ち侘びていたことに
違いないと確信していた。「ほんとに?」 ジニョンは彼より先にそう言った。

「ああ、本当だ」 ジョルジュもまた、それだけを先に言った。
そのことが可笑しくて、彼は笑いを堪えながら続けた。「決まったんだ退院」

ドンスクの病状がすこぶる好調で、一時的に退院の許可が出たのだった。
ジニョンは閊えていた何かが、すっと胸から降りる感覚に幸せを感じた。

「・・・良かった」 そして彼女はひと言そう呟いただけで沈黙してしまった。
こみ上げる熱いものが胸を詰まらせ、その後の言葉を失わせた。
ジェルジュには、ジニョンのその思いが痛いほどにわかっていた。
だから直ぐには言葉を掛けず、労わるように彼女の背中を優しく撫でた。

「フランクにも知らせようと思ってるんだけど・・」
「ええ、そうね・・でも彼は、今日一日出掛けているの
 検察だとか、ソウルでの最後の仕上げがあるからって・・・
 今日は随分と遅くなる、そう言ってたわ・・」
ジニョンは昨夜、フランクが言っていたことを、そのまま彼に伝えた。

「そうか・・じゃあ、電話でもしておくかな」
「ええ、そうしてあげて?彼も凄く心配していたから・・きっと喜ぶわ」
「ああ、そうするよ・・ところで・・いよいよだな」
「えっ?」
「渡米・・明後日だよな・・何時だっけ」
「ええ、10時よ」
「・・フランクが・・話したんだって?」
「ん?」
「国際会議のこと」
「ああ・・ええ・・」
「でも、心配するな。手前味噌だが我が弟はああ見えて優秀だぞ」
「ええ。心配はしてない。その代わり!これからヨンジェの特訓なの。
 今日と明日は徹夜を覚悟してもらうわ」
ジニョンはそう言って、自分の腕に力瘤を作る仕草をした。

「そりゃあ、いい。一ヵ月後にはレイも助っ人を連れてやってくるんだ」
「ええ、聞いたわ。」
ジニョンの笑顔が、全てを吹っ切ったようでジョルジュは嬉しかった。

「やっと・・・なんだな」
「何が?」
「やっと・・お前は幸せになれる」
「今までだって幸せだったわ」
「いいや。お前の幸せはあの人だ。」 ジョルジュが断言するように言った。

「そうなの?」 ジョルジュの至って真面目な言い方があまりに可笑しくて、
ジニョンは疑わしげに笑ってみせた。ジョルジュは“そうだろ?”と首を傾けた。
「・・・そうね。」 ジニョンはまぶたをゆっくり閉じて彼の言葉を素直に認めた。

この十年の永い苦しみは、決してふたりだけに課せられたものではなかった。
その重みを共に背負ってくれた人達がいた。陰から支えてくれた人達がいた。

両親の想い、レイモンドの想い、私達を愛してくれたみんなの想い
そして・・・目の前にいるジョルジュの瞳の中にもそれはあった。

≪私達ふたりがふたたび寄り添えたのは、あなた達のお陰
  あなた達の惜しみない慈悲と祈りがもたらしてくれたもの・・・≫

「ありがとう」 ジニョンはジョルジュに向かって心を込めて言った。
「ん?」 ジョルジュは聞こえない振りをしていただけだった。
「ううん・・何でもない」 ジニョンにもそれはわかっていた。
「あーサファイアに母さんの部屋を用意してるんだ。二時間もしたら
 連れて行けると思う。お前も後で顔を見せてやってくれよ」
ジョルジュはジニョンの頬にそっと指を触れながら、そう言った。
その時彼は心の中で彼女に、今度こそ、“さよなら”を告げた。「もちろんよ」
ジニョンの笑顔は、全ての迷いから解き放たれたように美しかった。

 

その頃フランクはキム会長を訪ねていた。

「今更、何の用かね」 キム会長は憮然として口を結んだ。
「お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい」
「君が私に・・何の頼みがあるというんだ?」
「ソウルホテルをお願いしたいんです」
「・・・・」
「私はしばらくソウルへの入国はできません」
「当然の報いだろう」
「これから韓国でソウルホテルを存続させていく上で、
 あなたと敵対しているのは得策ではないと考えています」
「・・・それで?」
「理事への復活を・・・。ソウルホテルは・・あなたにとっても・・
 ただのホテルではないでしょう?」
「何をバカなことを・・」
「いいえ、わかっています・・・あなたにとっても大事なもの・・・
 それを共に守りたい。」
「・・・・・・」



ジニョンがランチタイムにサファイアのドンスクの部屋に立寄ってみると
ドンスクの穏やかな笑顔が見えた。「ジニョン・・来てくれたのね」
傍らには部屋の準備を自らやっていたテジュンがいた。「またサボりか?」
ジニョンはテジュンに向かって口を尖らせた後、ソファーに寛ぐドンスクの
首に腕を回した。「おめでとうございます」
「ふふ・・まだ、おめでとうは早いわ」 そう言ってドンスクもジニョンの腕を抱いた。
「でも、やっぱり嬉しいです」

「実を言うとね、あなたを安心して行かせたくて、
 ジョルジュとテジュンssiが無理やり私を退院させたの」
「えっ?」 
「う・・そ・・」
「止めて下さい社長、こいつが本気にしますよ」 「・・・・・」
「テジュンssi、社長はあなたよ・・ジニョン、冗談よ・・治療は本当に順調。
 大事な娘の門出をホテルで見送りたくて、急がせたのは事実だけど」
「社長・・お母さんたら・・・」

「ふふ、明後日はホテルのエントランスで見送らせてね」
「・・・はい。」 ジニョンはドンスクの温かい気持ちを笑顔で受け取った。




ジョルジュは先刻からフランクと連絡を取ろうと彼に電話を掛けていたが、
一向に連絡が取れないまま時間ばかりが過ぎていた。
彼がレオとの連絡に切り替えた時には既に正午を回っていた。

『ジョルジュ・・どうしました?』 「フランクと連絡を取りたいんですが」
『ああ、フランクなら今頃空港に向かっているはず・・』
「空港?」 『あっ・・』 ジョルジュの驚きの声に受話器の向こうでレオが思わず
“しまった”というような声を上げた。

「空港って?・・帰国は明後日じゃ・・」
『あ・・ええ、実は次の仕事でイタリアに・・私もこちらの処理が片付き次第、
 後を追います』 「イタリア?・・ジニョンはそのことを?」
『あ・・・いや、・・このことはどうかまだジニョンさんには
 伝えないでいただきたい』  「どういうことです?」
『向こうに着き次第、自分から説明すると、フランクが言っていました』
「では、明後日ジニョンもイタリアへ?」
『いや・・向こうには彼女を連れて行くわけにはいきません
 今回も少々込み入った仕事でして・・半年は行きっぱなしです
 彼女には仕事が終わるまで、ソウルに残るよう・・そうフランクが・・』

「何を・・どういうことなんです?いったい!彼は何を考えてるんだ!
 直ぐに連絡を・・フランクと話がしたい!」ジョルジュは声を張り上げた。
『彼は・・今日は電話には出ないと思います』 
「冗談言うな!教えて下さい!彼は何時の便で・・」





「ジニョン!」

ジョルジュが朝とは打って変わって、血相を変え部屋に入って来るのを
ジニョンは仕事の打ち合わせ中だったヨンジェの肩越しに見ていた。

彼は近づくなり彼女の腕を強い力で掴むと、理由も言わず、
部屋から彼女を連れ出した。「何よ!ジョルジュ・・いったい何なの?」

「いいから!黙ってついて来い。時間が無いんだ」
「チョッと、痛い・・時間って?」 彼は通用口に用意していた車の助手席に
彼女を無理やり押し込むと運転席へと急ぎ、直ちに車を発進させた。

ジニョンはジョルジュに掴まれていた腕を擦りながら、彼を睨み付けていた。
そのジョルジュが運転しながら、ジニョンに何かを投げて寄こした。「何?」
それはパスポートだった。「ジェニーに持って来てもらった」 「だから・・何?」
ジョルジュは一度大きく深呼吸して、ゆっくりと事の次第を話し始めた。

ジョルジュの突然の強行の理由を聞かされたジニョンはしばし無言だった。
フロントガラスを睨み付けたまま、微動だにしない彼女を時折気にしながらも、
ジョルジュは彼女への言葉をみつけられないまま、ハンドルを握っていた。



その時既にフランクは空港にいた。
掲示板にイタリア行の便の案内が表示される中、人々で混雑するロビーを
人待ち顔で見渡していた。
本当ならば二日後には、ジニョンの手を取り、ここに立つはずだった。
今、自らが決意しておきながら、傍らに彼女がいない事実を
落胆している自分が情けなかった。
「明日は覚悟が必要だな」 フランクはそう呟いて、フッと笑った。
イタリアに着いたら直ぐに、ジニョンに連絡して詫びなければならない。

≪君は激しく怒るんだろうね・・僕を酷くなじるだろう
 君の怒った顔が目に浮かぶようだよ、ジニョン・・
 でも僕は間違っていない・・・この選択は正しいはずだ・・
 ホテルのため・・そして君のためにも・・・ソウルホテルは君の・・・
 いいや僕にとっても大切なもの・・・僕達のホテルのため・・・これは・・
 もう少しだけ僕達に与えられた試練だと・・そう思わないか?ジニョン・・・≫

 


ジニョンは小刻みに震える指を唇で噛んで、膨れ上がる不安に耐えていた。
空港に近づくにつれ、窓から飛行機が遠い空へと飛び立つのが見えた。
その時、十年前レイモンドの車でフランクを追ったあの日のことが蘇った。
「許さないわ・・フランク。」 彼女のその呟きは隣にいたジョルジュにも聞こえた。

「着いたぞ」 
ジョルジュの声よりも先に、ジニョンは車のドアを開け、外へと飛び出した。


ジニョンは懸命に走った。
混雑するロビーにひしめく人々を掻き分けて、必死に彼の元へと走った。

「今度こそは」 ジニョンはその言葉を何度も呟いていた。

「今度こそは・・絶対に駄目・・・絶対に駄目よ・・フランク」

≪今度こそは離れるわけにはいかない≫

≪彼をひとりで行かせるわけにはいかない≫

≪自分を置いて行くなんて、絶対許さない≫

ジニョンの頭にはこの時、ホテルのこともドンスクのこともなかった。
彼女にはこの世にたったひとつ・・フランクのことだけだった。まるで・・・
彼に初めて出逢ったあの日のように・・・心がすべて・・フランクで一杯だった。
「フランク!・・フランク!・・フランク!ー」

しかし走っても走っても、そこにフランクの姿は見えなかった。
時は・・・無情だった。
「フランク・・フラ・・ンク・・フラン・・ク・・・」 
彼女のか細くなる声と共に次第に周りの雑音が消えていった。見上げると・・
電光掲示板が、イタリアへ向かう便の「離陸完了」を告げた。
ジニョンは目の前が真っ白になっていく中、ただ呆然と立ち尽した。
終には掲示板さえ霞んで見えなくなった。
肩から力が抜けて、さっきまで必死に走っていたはずの膝が
小刻みに震えたかと思うと、それが急にガクンと下に落ちる感覚を覚えた。

気がつくと、ジニョンは空港ロビーの冷たい床に力なく座り込んでいた。
自分の周りから何もかも消え去って、自分だけが暗い闇に取り残された。
声を上げて泣くこともできなかった。
ただ自分の心臓の音だけが、頭の中を駆け巡るように響いていた。

どれくらい時間が経ったのだろう。
しばらくしてジニョンは、背後の気配に思わず息を呑んだ。

そしてゆっくりと後ろを振り返るとそこに、いるはずのないフランクがいた。
幻覚なのだと思った。

そのフランクがひざまずいて、力なく延ばした彼の指が彼女に触れた時
その頬がピクリと反応して、幻覚ではないことを知った。

目の前の彼は堪えきれないほどの彼女への想いに言葉を失い、
ただ切ない眼差しを向けるだけだった。

「何してるの?」 しばらくしてジニョンが吐き捨てるように言った。
「こんな所で何を?・・・」
ジニョンはフランクを冷たく睨み付けながら、激しくなじろうと試みたが
その声は次第に震え、涙が溢れるのを止められなかった。

そして次の瞬間、まるで彼女の理性が壊れてしまったかのように、
何度も何度も彼の胸を、顔を、激しく叩いた。

「許せない!」 
「ごめん」

「置いていこうとしたのね!私を」 
「ごめん・・」

「許せない!・・許せない!」 

「ごめん・・・」 フランクはジニョンにされるがまま、その制裁を受けた。

「もう離さないって・・約束したでしょ?離れないって・・
 約束したでしょ!嘘だったの!
 何よりも!どんなことよりも!私にはあなたが必要なんだって・・
 あなたにだって・・私が必要だったんじゃなかったの?
 そうじゃなかったの!」

「・・・・・」
「どうして?どうして!こんなこと・・・こんなこと・・」

「君のためだと・・いいや・・」 フランクは言い掛けて、頭を横に振った。
「どうかしてた・・僕はどうかしてた・・綺麗ごとを並べて・・
 君のためだなんて言いながら・・結局、その勇気もなかった・・・
 行けなかった・・・君と離れてしまう・・それが現実になると思ったら・・
 ・・・胸が苦しくなって・・潰れるように苦しくて・・
 飛行機に乗った瞬間・・心臓が止まりそうなほどだった・・・」
そう言って、彼は泣きそうに笑って見せた。「その時、君の声が聞こえたんだ」

ジニョンはフランクを睨んだまま、それでも彼の袖を握り締め離さなかった。

「・・怒らないで」
「許さない」
 
「・・許して」
「許さない。」

「お願い・・・」
「・・・・・他のことは何も考えないでって言ったでしょ?・・・
 もう嫌よ・・・あなたと離れるのはもう嫌・・
 あなたと離れて暮らすなんて・・もう考えられない
 そうなってしまったら・・・
 そんなことになったら、今度こそ私は壊れてしまう・・
 十年前・・起きたことがまた起きてしまったら・・
 もう二度と・・立ち上がれない・・耐えられない
 どうしてそんなことが・・・わからないの?」

「ジニョン・・・」

「・・このまま私を・・連れて行って・・何処へでも行く
 あなたと一緒に・・何処へでも・・」
ジニョンは止め処なく流れる涙を拭うこともせず、フランクを掴んだまま
震えるその手を離さなかった。

フランクはジニョンを見つめながら、彼女に強く掴まれた袖から、
その指をそっと離すと、彼女のひどく泣き濡れた頬を掌で拭い、
少し乱れた髪を指で優しく梳いた。
そして次の瞬間、激情にまかせて彼女を強く抱き寄せた。
そうして彼は彼女の肩に顔を伏せると、声を上げて泣いた。

ジニョンは彼がこんな風に泣くのを初めて聞いた。
いつもは静かに、心で泣く癖がある彼の・・・その泣き声を聞いた。
そして彼がその泣き声のまま、声を搾り出すように言った。

「もう・・・絶対に・・・離さない。どんなことがあっても。」
「・・・・・」

「決して・・離さない。」
「本当ね」
「ああ」

「もう・・・絶対に、置いて行かないわね」
「ああ」
「だったら・・・」

「・・・・・」
「だったら・・・許してもいい。」 それでも彼女は彼を睨み続けていた。

「・・・・もう睨まないで」
「・・・元に戻るのに時間が掛かるわ」 
彼は小さく笑って、更に彼女を強く抱きしめた。

ジニョンは目を閉じたまま彼の抱擁に身を任せながら思っていた。
このまま、自分の存在が彼に埋もれてしまえばいいと・・・
そうしたら本当に≪彼以外のすべてを捨ててもいい≫そう思った
この温もりに抱かれたままいられたら・・・そうしたらきっと、
≪私は・・私になれる・・ずっと私でいられる≫

ジニョンの顔が柔らかく微笑むのを、フランクは腕の中で感じた。
「フランク・・・」 安心しきった彼女が溜息混じりにやっと、
その名を口にすることができた時、彼は思っていた。

もう離せるはずがなかったんだ
君を僕の中に閉じ込めてしまうことができたら・・何度そう思っただろう

十年前、僕は泣き叫ぶ君の声を聞きながら・・・
心が砕け散らんばかりに君を求め、足掻き、そして自分を失くした
あの日本当は・・・君を行かせたくなかった・・・

いや違う・・・

僕達の運命の糸はとうに手繰り寄せられていたはず
最初から決まっていたはずだった

そう、初めて君に出逢ったあの時から・・・
僕達の糸はとうに結ばれていた

今ならわかるよ、ジニョン・・・

あの時・・・
ビルの角を曲がってしまった僕は・・・

本当は引き返して・・・
こうして・・君を抱きしめたかった・・・

あの時からずっと・・・


    君を・・・


    ・・・離したくなかった・・・
 

 





                passion-果てしなき愛- 完

 


2011/02/08 00:49
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passion-45.ふたりの帰る場所へ

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story by kurumi





 

サムチョクから帰ってからというもの
フランクはNYに発つ前に、新生ソウルホテルの業務拡充に、
ジニョンは、自分が担っていた業務の引継ぎに追われた。

ジニョンの仕事の大半はヨンジェが引き継ぐことになっていたが
それはまだ彼には荷が重過ぎるとの判断から、しばらくの間、
テジュンとジョルジュが彼のフォローをすることになった。

「大体、可笑しいんだよ!」 突然ヨンジェが不服そうに声を荒げた。

「何が?」 ヨンジェをフォローする為、ジョルジュは久しぶりに
ソウルホテルの実務に付いていた。

「俺が副総支配人なんてさ、理事はどうかしてるんだ。
 そうだよ、ヒョンがやればいいだろ?
 ・・・長男なんだからさ・・」 ヨンジェはそう言って口を尖らせた。

「おい・・理事のお考えに不服を申し立てるつもりか?」

「そういうわけじゃないけど・・」

「それに、僕の気持ちはわかってくれたんじゃないのか?
 こうしてお前と一緒に仕事するのも、僕がアメリカに帰るまで・・」

「帰るって・・はぁ・・」ヨンジェは大きく溜息を吐いた。
「アメリカがヒョンの帰る場所ってわけ?このホテルを捨てるのかよ」

「そういうわけじゃ・・」 ヨンジェの言葉に悲しみと怒りを認めて、
ジェルジュは思わず項垂れた。「ごめん・・」

「・・・ヒョンが・・謝ることないけどさ。」 ヨンジェはジェルジュのその様子に、
申し訳なさそうに、ポツリと言った。

「ヨンジェ・・悪いけど、僕はレイモンドの傍で仕事がしたい
 まだまだ・・彼の元で、多くを学びたい
 決してこのホテルを捨てるわけじゃないし、お前達を・・・」

「わかってるよ・・」 ヨンジェはジョルジュの言葉を止めた。
「わかってる、って・・ヒョンの気持ち・・」

ジョルジュはずっと昔から思っていた。
このホテルはヨンジェのために残さなければならないものだと。
そしてその思いは今、更に強くなっていた。
自分に人生をくれた亡き養父と病と闘う養母のためにも。

いつかこのホテルにまた試練が訪れた時、今度こそは自分の手で守りたい。
そう思っていた。
しかし、フランクやレイモンドの傍にいると、自分の未熟さを思い知らされて
歯がゆいばかりだった。
 
「母さんの病状が落ち着いたら、一日も早く帰りたいんだ」

「・・・わかったって・・言ったろ?」 ヨンジェは突き放すようにそう言った。
しかし本当は、ただ、寂しいだけなのだと言いたかった。
兄さんが傍にいてくれないのが寂しいだけなのだと・・・。

ジェルジュにはヨンジェのその想いはちゃんと伝わっていた。
男同士の兄弟が、口に出さなくとも分かり合えることはあると、
ジェルジュは懸命に仕事を覚えようと努力する弟の後姿を目で追いながら、
例え血が繋がっていなくとも、築かれた深い絆は揺ぎ無いものとなったと、
胸を熱くした。



翌日ジニョンがオフィスに入ると、テジュンとオ総支配人が深刻な顔で、
何やら相談しているところに遭遇した。
そのふたりが、ジニョンの顔を見た瞬間に会話を中断したような気がして、
怪訝に思い不愉快そうな表情をテジュンの方に向けた。
しかしテジュンは、とぼけたように彼女に向かって手を上げた。
「お・・ジニョン、おはよう」 

「おはよう。」ジニョンはそれに対して、表情だけで≪何?≫と聞いた。
そして、彼の隣にいたヒョンマンに儀礼的な挨拶をした。
「おはようございます・・オ総支配人」

「おはようございます・・いやぁ、ソ支配人・・いいですな」

「えっ?」

「実に・・幸せそうな顔をしている。」
オ・ヒョンマンが取り繕うような笑顔を向けてそう言った。

「何かあったの?」 
ジニョンは痺れを切らして、声を潜めてテジュンに急かすように聞いた。

「何かって?」 テジュンは首をかしげて言った。

「何かって、何かよ・・」

「何も無いけど」

「ほんと?」

「ああ」

「・・・なら、いいけど・・」

「それより、ヨンジェへの引き継ぎ、進んでるか?
 どうもあいつは、自覚が足りないからな」

「そう?随分頑張ってるわよ、あの子・・」

ジニョンはテジュンに話を逸らされたような気がして、不服だったが、
ジニョンにとって今の最大任務は、ヨンジェの教育に他なかった。

ヨンジェにホテル幹部としての自覚と経営陣のひとりとして
自立させること。
それが一刻の猶予も無い課題だった。

「早くマシにしないとな、少なくともひと月以内に・・」 テジュンは呟いた。
「えっ?」
「いや・・何でもない・・」




ジニョンがヨンジェを探して、ホテル中を回っていると、
ビジネスセンターにいるジョルジュとヨンジェを見つけて、
ジニョンは小走りに近づき、唐突にドアを開けた。

突然入って来たジニョンを見たふたりは一様に驚いた顔をして
言葉を詰まらせた。

≪また?≫「何?」 ジニョンはふたりの顔を交互に見て聞いた。

「何って?」 ジョルジュとヨンジェは首を傾げて、同時に言った。

「・・・・・・」
瞬間、ジニョンの顔がみるみる不機嫌になっていくのがわかった。
またも自分の顔を見て、話を中断されたように感じたからだった。

「何だよ」 ジョルジュがジニョンのその態度を問い質すように言った。

「何でもないわ」 ジニョンはふたりにぷいと顔を背け、踵を返し、
そのままセンターを出て行った。




「おかしいのよ」
「何が?」

ジニョンが突然、部屋に現れたかと思うと、さっきから、不機嫌を露に
腕組をしたままデスクの周りを歩き回っていたが、フランクは
机に向かったまま、ジニョンに顔を上げなかった。
それでもジニョンは続けた。

「だってね、みんなそうなの・・・
 テジュンssiやジョルジュたちだけじゃないの
 スンジョン先輩なんてね、
 私と顔を合わせないようにしているとしか思えない。
 ヨンジェやヒョンチョルだってそう・・まるで皆が私を避けてるの・・

 第一、人の顔を見て口を閉ざすなんて、失礼じゃない?
 何かきっと私に隠してる
 それとも・・私がホテルを辞めることに本当は腹を立ててるの?
 口ではおめでとう、なんて言いながら、実は
 “あいつは悪い女だ”なんて思ってるとか・・
 ねぇ・・ドンヒョクssi・・・」

ジニョンは自分の気持ちをフランクに聞いてもらいたかったが
彼を見ると、デスクの上に積まれた書類の山と戦っているらしく
ジニョンの話など、とても聞いてくれているようではなかった。

フランクのその様子に、ジニョンはわざとらしく大きく溜息を吐いた。
しかし、その溜息すら、彼には届いてないようだった。

ジニョンの声が止まったことに、気がついたフランクがやっと顔を上げ
ジニョンを見ると、彼女はデスクの前で自分に向かって腕組したままま
まさに仁王立ちしていた。

「な・・何?・・」 フランクの背中が思わず後ずさるように、背もたれを押した。

「何でもない。」 ジニョンはその表情のままそう言った。
「何でも無くはないでしょ」

「聞いてなかったくせに」
「聞いてたよ・・あー君の顔を見てみんなが・・逃げる?」

「そんなこと言ってない。」
「だったら、何?」

「だから・・私の・・」

「ねぇ、ジニョン・・君はあと三日もするとここを出る身だよ・・
 こんなところで油売ってる余裕ないんじゃない?」

「油なんて売ってないわ」

「やることは山ほどあるだろ?」

「そうだけど・・・」

「ジニョン?・・」

「何よ・・」

「ここに想いを残さないで」 

「えっ?」

「ホテルに君の心を置いていかないで・・そう言ってるんだ」

「・・・・・・」

「心残りが無いように・・」

「残さないわ」

「そうかな?」

「どういう意味よ」

「そういう意味」
「・・・・・・」 ≪わかってるわ・・・≫

「もういい?」
「えっ?」

「用が済んだら、席をはずしてくれない?
 本当に時間がないんだ、これ・・」
フランクはそう言いながら、目の前に積まれた書類を指差した。

「あ・・あぁ、そうね・・忙しいのよね」
ジニョンは少しばかり不服そうな面持ちで、ドアに向かった。
そしてドアノブを掴むと、ジニョンはフランクに振り返った。「フランク!」

「ん?」 
しかし彼は既に仕事に掛かっていて、ジニョンの方を向いてはいなかった。
彼女はそんな彼が無性に憎らしくなって歯を剥いた。

「今夜!電話しないで。」

「えっ?」 その声にフランクが顔を上げた。

「い・そ・が・し・い・の。」 ジニョンは語彙を強調しながら言うと、
プイと顔を逸らして部屋を出て行った。

その場に取り残されたフランクは、しばし呆然として
ジニョンが出て行ったドアを見つめていた。

そしてポツリと呟いた。「僕が何かした?」



ジニョンは自分でもわからなかった。

≪どうしてこんなに苛立っているの?

  みんなが私に隠し事したりしているなんて
  疑う必要なんてないはずじゃない?
  フランクの言う通りよ
  私には今、そんなことで時間を費やしている暇はない・・・
  わかっているわ・・・でも・・・≫


ジニョンはカサブランカの二階に来ていた。
気持ちを切り替えて仕事に集中するために、少し自分の気持ちを
整理したかった。

アメリカに発つ日まであと三日。
時が進むにつれ、ジニョンは確かに少し焦って来ていた。
自分で決心しておきながら、こんな気持ちのまま、フランクと共に
ここを去ってもいいのだろうか。
自分の選択は正しかったのだろうか。

その不安な思いが繰り返し心を掻き乱し、そのことが余計に、
皆が自分を避けているような錯覚を、誘っているのかもしれない。

≪ここに心を置いていかないで≫
さっきフランクから言われた言葉が、余計に心を乱した。

   私は・・・心をここに残している?

   だからこんなにも落ち着かないの?

   

フランクはさっきジニョンが出て行った後、気になって彼女を追った。
彼女が走って行った方角から推測して、カサブランカに寄ってみると
案の定彼女はここにいた。

彼女は彼に気が付いていなかった。

フランクは、二階の手摺りにもたれ想いにふけったように佇むジニョンに
声を掛けることが出来なかった。

   ジニョン・・・

彼は彼女のその様子をただ黙って見上げていた。




その夜、ジニョンはアパートに戻って、アメリカ行きの荷物の整理をしていた。
フランクから、ソウルからは何も持って行かなくてもいいように
向こうでレイモンドとソフィアが準備してくれている、と聞いてはいたが
やはり、持って行きたい大切なものもある。
ジニョンは、身の回りの品と一緒に、ソウルでの仲間達との記念写真を
数枚トランクに詰めようと手に取った。

  その中の一枚には、今は亡き先代の社長・・そしてドンスク社長・・
  スンジョン先輩・・テジュンssi・・ヨンジェ・・ジョルジュ・・
  みんなが映っていた・・
  
    ・・みんな、笑ってる・・・

  それは5年ほど前に、撮った写真だった

  フランクと別れて、苦悩の中に生きていた自分に
  ソウルホテルという生きる場所をくれた
  そして支えてくれた・・・人たち

彼らとの思い出が、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えていった。

共に笑って・・泣いて・・喧嘩して・・
そうして一緒にソウルホテルという家を築いてきた家族・・

ジニョンはその写真の中のひとりひとりに、別れを告げるように
それぞれを指で撫でた。

その時電話が鳴って、ジニョンは急いで掌を頬に這わせ涙を拭った。
フランクからだった。

「電話・・しないでって言ったでしょ?」

『本気じゃなかったくせに』 

「忙しいの!」
『そう。・・じゃ・・』 
フランクは思わせぶりに素っ気無く答えて、ジニョンを慌てさせた。

「あっ・・」
『何?』

「少し・・くらいなら・・」
『少しくらいなら?』

「話しても・・いいわ」 ジニョンは勿体つけるように言って、顎を上げた。

『そりゃあ、ありがたい』 フランクはわざと単調な口調で冷たく返したものの、
心の中ではジニョンの反応を面白がっていた。

「・・・・・・」

『また泣いてたのかい?』

「泣いてなんか・・」

『君はどうして、嘘つきになったんだろうね』

「・・・きっとあなたのせい。」

『その理由は?』

「我慢を覚えたの。」

『なるほど・・納得。』

「ふふ・・・・今ね、準備してたの」

『準備?』

「ええ、アメリカに持っていくものの・・準備」

『何も要らないって・・言わなかった?』

「そうだけど・・どうしても持って行きたいものって、あるわ」

『そう・・・それで・・終わったかい?準備』

「ええ・・大体ね」

『なら、良かった』

「うん・・・」

『あー君が気になってることだけど・・・』

「えっ?」

『今日一日・・ずっと気にしていたこと・・
 皆が私から逃げるって・・』

「そんなこと言ってないって言ったでしょ」

『はは・・・そうだったね』

「それがどうかしたの?」

『ん・・知らせると、君が気を揉むんじゃないかって・・
 テジュンssiが緘口令を敷いたんだ』

「・・何のこと?」

『聞きたい?』

「いつから意地悪になったの?」

『昔から』

「チィ・・」

『大事な国際会議がこの先半年の間に五つ計画されている
 殆ど毎月のペースでね・・・しかも
 その内のひとつは、六カ国協議・・』

「!・・・あなたも知ってたの?」

『僕が取ってきた』

「・・・それってソウルホテルにとっては大きなチャンスよね」

『ああ、そう思ってる。』

「それじゃ、ビップ担当はヨンジェじゃ・・」

『わかってるよ・・僕は承知の通りこの場にいるわけにはいかない
 だからそれなりに考えてる・・レイモンドにも来てもらう予定だ・・』

「・・・・・・」

『どうしたい?』

「どうしたいって?」 ジニョンの声が上ずっているのがわかったが
フランクはそれを指摘することなく続けた。
『この一連の仕事に顔を出してしまったら・・』
「わかってるわ・・」 ジニョンはすかさず彼の言葉を遮った。
「言わなくてもわかってる。そんなところに顔を出した人間が、
 無責任なことできる訳ないじゃない・・
 私だって、そんなバカじゃないわ」

『そう』

「・・・・それで・・・みんなが・・
 気を回し過ぎよ。テジュンssiも、ジョルジュも・・」
ジニョンは納得したように頷きながら言った。

『それだけ、君が頼りだったわけだ・・ソウルホテルは・・』

「私は・・・もう決めたの。」

『じゃあ、いいんだね。
 出発は予定通り、明々後日の朝。』

「ええ。もちろんよ」

『良かった・・・ところで・・向こうへ行ったら、
 君は最初に何処へ行きたい?レオはね、可笑しいんだ・・
 帰ったら直ぐにどういうわけか、韓国料理・・』
「家に帰りたい」 ジニョンはフランクの言葉を遮って小さく呟いた。

『家?』

「ええ・・・私達の家へ」≪そうよ、それが私の一番の望み≫ 

『ああ、そうだね・・そうしよう』≪そうだよ・・それが僕の唯一の願い≫


      帰りたい・・・私達の家に・・・



        そうだね・・・帰ろう・・・


           ・・・僕達の家に・・・



       













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