2011/07/25 09:33
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-18.ルカの秘密

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「フランクを返してください。」 ルカはジニョンを嘲るように繰り返し言った。 

「何故?」 ジニョンはルカを真っ直ぐに見て聞いた。

「フランクはあなたのものじゃない。」

「・・・・・・」

「・・・・彼のそばにはいつも女が群がってた。
 彼はそんな女たちをいつも軽くあしらってた。あなただって・・」

「そうなの?」 しかしジニョンは彼女に対して平然として答えた。
ジニョンの落ち着き払った態度に、ルカは苛立ちを隠せず、彼女を険しく睨んでいた。
ジニョンはそんなルカに向かって小さく笑った。
それがまたルカの気持ちを逆撫でた。

「あなた達は10年間も別れていたんでしょ。
 まさか、その間にフランクが誰も愛さなかったって、信じてるわけ?
 あなた以外に誰も抱かなかったと?」
ルカは口調を荒げてジニョンを攻撃した。

「知ってるのね・・・私達のこと・・・」 ジニョンは驚いてルカを見た。

「ええ。何でも。」 ルカは胸を張って答えた。

「そう・・・・そうね、確かにこの10年間のあの人を私は知らない。
 どんな生活を送っていたのか・・どんな人と出会っていたのか・・・
 何ひとつ知らない・・・」 
ベッドに腰掛けていたジニョンは少し寂しげに言葉を続けた。
「ねぇ、ルカ・・・心から・・愛する人の生きて来た何もかもを知らないって・・
 どういう気持ちだと思う?・・・」

「・・・・・・」

「胸がね・・破裂するように苦しいのよ・・とっても・・・
 10年・・とっても長い年月だわ・・私はその10年の一分も一秒も・・
 彼のことを知らない・・・」

「・・・・・・」

「その世界を想像するだけで・・すごく苦しくなる。悲しくなる。
 それでもどうしても想像してしまうの・・・
 この時彼はどんな風に生きていたんだろう・・
 あの時彼はどんな景色に埋もれていたんだろう・・
 私以外の誰を見ていたんだろうって・・
 その度にね・・・どうしようもなく胸が締め付けられるの・・」

「・・・・・・」

「でもこれだけは信じられる・・・
 私が苦しいのは・・彼に愛したひとがいるとか、いないとか・・・
 そういうことじゃない・・・」

「・・・・・・」 ルカはジニョンの言葉を真剣な顔で聞いていた。

「そうじゃないの・・・あるのは・・
 あの人が過ごした時間に自分が存在できなかった・・その後悔・・・
 そのことが悲して・・悔して・・寂しくて・・ただ・・それだけなの・・」 

ジニョンはそう言いながら、先刻見かけた美しい女性に対して
わずかながらでもドンヒョクに腹を立ててしまったことを後悔していた。

≪そうよ・・そんなはずは無いんだから・・・少なくとも今はもう≫

「フランクにはあなたの知らない恋人がいた。彼が今でも。
 その人を愛してる。そんなことは考えないの?」 ルカはまた声を荒げた。

「それは・・・ない。・・ないわ」 ジニョンはきっぱりと答えた。

「はっ・・呆れた。」 ルカはジニョンから顔を背けた。

「・・・・・・」

「すごい自信。」 ルカがジニョンを嘲るように言った。

「自信?・・そうじゃない。自信なんて・・・これっぽっちもない・・ただ・・・」

「ただ?」

「ただ・・信じてるだけ。私達の繋がりを信じてるだけ・・・。」 
ジニョンはそう言って微笑んだ。
その笑顔が本当に自信と愛に満ち溢れているようで、まぶしかった。
それが余計ルカの胸を掻き毟った。

「そんなことない。・・・彼は・・彼は・・・」 
ルカの険しい瞳に次第に涙が滲むのが見え、ジニョンは驚いた。

「・・・ル・・カ?・・・」

「そんなことない。・・あなたのものじゃない。
 彼は・・・フランクは・・・あなたのものなんかじゃない!」

「きゃあっ・・」その時、ルカの怒りは頂点に達していた。
突然ルカはベッドに座っていたジニョンの両肩を掴みベッドへと押し倒した。

「あなたのものじゃない!・・彼女のものなんだ!」

「!・・・彼女?」 とても強い力だった。「ル・・カ・・・痛い。」





「ミンア・・・話してくれ」 レイモンドが急かすようにミンアの肩を掴んだ。
「はい。でも車の中で・・・。とにかくエマの所へ急ぎましょう。」

「ああ、わかった」 レイモンドは立ち上がり、ジョアンも出口へと向かった。

ミンアは自分の机の引き出しから、予備の携帯電話を取り出し、
先程の二枚の写真と一緒にバックの中に入れた。
そして、レイモンド、ジョアンの後に続いて事務所を後にした。





エマがドンヒョクの部屋を出て、自分の部屋へ帰ろうとした時、目の前に
トマゾが立っていた。

「トマゾ・・・」

「エマ様・・如何なさいましたか?」

「あ・・いえ、何でもないわ。あなたこそどうしてここへ?」

「あなたの部屋を訪ねたらいらっしゃらなかったものですから」

「何か用だったの?」

「いえ・・あなたのご様子が・・心配だったものですから。」

「私は大丈夫よ」

「もう遅いですから、お休みになった方が」
そう言いながら、トマゾはエマをエレベーターホールにいざなった。

「ええ、そうするわ。明日のMr.パーキンとの商談に備えないと」

「ご無理なさいませんよう」

「それじゃあ、お休み・・あ・・トマゾ・・フランクの・・その・・
 奥様のこと・・何か知ってる?」
エマは正直、彼の妻の存在を口にすることさえ辛かった。

「いいえ、何も存じ上げません。
 フランク様はご自分の私生活を表にお出しになりませんから」

「そうね・・・」

「あの方はそれほど、奥様のことに関心が無いように思われます
 あの方にとっては奥様より大事なものがあるのでしょう、きっと。」

「・・・そうかしら・・・」 エマは俯き呟いた。

「エマ様・・・」 

エマは呼び止めるトマゾに振り返った。

「・・・フランク様は必ず、あなたの元へ戻って来ます」
トマゾはそう言って、エマに向かって笑みを浮かべた。

「えっ?・・・」

「あなたを愛する者の力を信じるのです。」

「私を・・・愛する者?・・・」

「はい。」 トマゾは確信に満ちた表情で答えた。

エマはエレベーターの扉の奥に消えた。

それを確認すると、トマゾはポケットの中から、携帯電話を出し
ひとつのボタンを押した。





部屋の中ではドンヒョクがジニョンの携帯電話のGPS機能を駆使し、
追っていた。この世で何よりも大事なものの行方を。

その行方はドンヒョクにとって、今進めなければならないどれほど重要な案件よりも
5年もの年月を掛けてやっと追い詰めた、決して許せぬ相手のことよりも、
ましてこの世の終わりよりも、遥かに重大であることに違いなかったからだ。

この瞬間、彼の苛立ちは頂点に達していた。
電源が切られていて役立たずの機能と、連絡をよこさない部下達の所業と
拭えない不安に、心が押し潰されそうだった。

ドンヒョクは振り上げた拳を激しく机に叩きつけた。
何をやってるんだ!」





「5年前のことです。覚えておいでですか?
 このイタリアにボスが常駐していた頃・・・悲しい事件がありました。」
車に乗り込むと、一呼吸を待たずしてミンアが口を開いた。

「ヴァチカンの?」 レイモンドが直ぐに察して答えた。

「ええ。あの時ボスは、ヴァチカン市国の或るカーディナルの依頼で、
 ジュリアーノ会長の裏の顔を探っていました。
 結果的には・・・失敗に終ってしまいましたが・・・」

「確か、あの時にフランクに力を貸していた人物が亡くなったと・・」

「ええ・・滞在先のホテルで・・ご家族と共に火災が原因でした。」

「あの後、フランクがかなり精神的にまいっていたのを覚えてる」

「はい。私も・・・辛かったです。
 私にとってもボスの下での、初めての仕事でしたから。・・・
 その頃は既にボスは・・・フランク・シンという人は、
 このイタリアでも力を認められていて・・
 そのボスを信用してカーディナルは仕事を依頼してきたんです
 順調でした。
 もう少しでジュリアーノの首を押さえられるところまで来てました。
 それが・・・5年前のある日・・・
 調べ上げた資料データも・・証拠も・・何もかもが事務所から無くなっていました
 そして最悪なことに・・・ボスの協力者とその妻・・二人の子供が亡くなりました。
 ボスは彼らがジュリアーノの手に掛かったと確信していました
 しかし・・証拠も無くて・・・
 事件として扱われることさえありませんでした。
 ・・・何もかも・・・闇に消えたんです。
 資料も証拠も証人も・・・何もかもです」

「・・・・・・」

「ボスはご自分を責めていました。ここから消えた証拠のために
 あの家族が犠牲になったと・・・
 その時の、ボスの悲観にくれるお姿は哀れでなりませんでした。
 そのボスの姿を見て、エマが・・・突然泣き崩れたんです。
 そして自分がやったことだと告白しました。」

「エマの裏切りがあったのか・・・そのことは聞かされていなかった。
 結果だけしか、私の耳には入らなかった。
 彼は私には多くを語らなかったから・・・あの頃はまだ
 マフィアとしてのパーキン家そのものを彼は警戒していたんだ」

「はい・・きっと・・・。
 ボスは驚きを隠しませんでした。呆然としていらっしゃいました。
 それでもボスは・・・エマに問いただすことをしませんでした。
 ただ、呆然として・・「出て行け」と・・・それだけ・・・
 エマはボスの前から姿を消しました。」

「しかし・・何故・・・」

「エマはS.Jで一年以上前からボスと共にこのイタリアで働いていました。
 この地でのボスの地位を固めることに大きな役割を担っていた人です。
 私にとっても良き先輩でした。
 賢明な方で・・ボスのパートナーとしてふさわしいと思っていました。
 その頃ボスとエマが親密だったことはご存知ですよね・・・」

「ああ・・しかし・・フランクには・・」

「ええ、わかっています。
 それでもエマはボスを心から愛していました。」

「なら・・何故裏切った?」

「愛していたから・・・」

「愛していたから?」

「よくはわかりません。
 おふたりに何があったのかも存知ません。
 その頃はまだ私はジニョンssiの存在は聞かされていませんでしたし・・・
 結果として・・彼女はボスにひどい裏切りをしてしまった。
 それだけが残ったんです」

「・・・・・・」

「でも・・・彼女がボスを裏切るとしたら・・・“愛していたから”・・
 それしかないと思いました」

「それで?・・・あの写真との繋がりは?」

「・・・・エマと写っていたあの子達・・・私も何度か会ったことがあります
 ボスの仕事を通じてです。・・・つまり・・・」

「つまり?」

「あの子達は・・・さっき話したボスの協力者の子供達です」

「協力者の?・・・彼らは亡くなったんじゃ・・」

「ええ。家族全員・・・亡くなりました。」

「5年前に?」 ジョアンが初めて口を挟んだ。
「だって・・あの写真には2008年って・・・書き違えたのかな」

「いいえ・・・日付に間違いは無いと思うわ・・・だって・・・
 写真の中のあの子達・・・成長しているもの」
ミンアは自分の中でも整理できない事実を、口にすることで
納得しようとした。

「ということは?」
「亡くなっていなかったということだ」 
レイモンドがジョアンに答え、自分自身にも答えた。
 
「ええ・・・そういうことになります」 そしてミンアも疑念を抱えつつ頷いた。

「しかし・・どういうことなんだ?」 
それでも釈然としないレイモンドが独り言のように呟いた。

「わかりません・・・あの時確かに、4人の遺体が発見されたと
 イタリア国家警察で発表されたんですから」

「・・・考えられるとしたら・・警察の発表が偽りだったということだ。」

「そんなこと、できるんですか?」

「・・・ミンア・・・そんな裏工作・・嫌と言うほど見てきた」 
レイモンドは自嘲するかのように小さく笑って、そう言った。





「夜分遅くに大変申し訳ございません」 ドンヒョクの元に1本の電話が入った。
ローマのホテル総支配人、ベルナンドからのものだった。

「どうした?何か・・」≪あったのか?≫という前に、ドンヒョクの耳に
思いがけない言葉が入ってきた。
「奥様が30分ほど前にこちらへいらっしゃ・・」
「ジニョンが?」 ベルナンドが言い終わらない内にドンヒョクが声を上げた。
彼は思わず立ち上がっていた。

「やはり、ご存知ありませんでしたか?
 ご連絡するべきかどうか少し悩んだのですが・・・
 あの階に他の誰かをお連れするのは珍しいのではないかと」

「誰と一緒だったんだ?」

「お名前は伺えませんでしたが、お友達だとおっしゃってました
 お若い・・・女性です。」

「女性?」 フランクは頭を巡らせていた。

「はい。ジニョン様が“彼女”とおっしゃいましたので・・・しかし・・」

「しかし?」






「ジョアン・・さっき、この写真を見たとき、ルカに似てると言ったでしょ?」
説明している途中で、ミンアがジョアンに写真を示しながらそう言った。

「あ・・はい」

「この子?」 ミンアは小さい方の子を指して言った。

「いいえ・・」

「だってルカって、女の子なんでしょ?・・こっちの子は男の子よ」

「似てるというか・・・面影があるんです。何となく・・髪型も色も違うけど・・」
ジョアンは写真を持ちながら、首を捻った。

「ちょっと、待って?・・そうよ。思い出したわ・・」 
ミンアがジョアンの言葉を遮った。「ボスが凄く可愛がっていた子・・・
 名前はルーフィー・・将来医者になることを夢見てた・・
 それでボスがあだ名を付けたわ
 ルカ・・・そうルカと呼んでた。その頃、ボスだけがそう呼んでたの」

「ルカは女の子ですよ・・・男の子じゃ・・」 ジョアンはまさかというように言った。

「・・・彼はとってもキュートな・・男の子だったわ。
 成長しているとしたら、今17歳。」 ミンアが答えた。





「しかし、私には・・・」 総支配人ベルナンドが続けた。
「私には男の子に見えました」

「男の子?」 ドンヒョクが言った。

「はい。ティーンエイジャーかと・・・」 

「ティーンエイジャー?・・・・まさか・・・


         ・・・ルカ?・・・」・・・









カーディナル
=枢機卿


 







2011/07/12 19:33
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-17.写真に隠された謎

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「いつか・・必ず。
 あいつをこの世界から抹殺してやる。そう決めた。
 ずっと・・この機会を狙っていたんだ。
 邪魔をするなら、僕の目の前から・・・消えろ。」

エマはドンヒョクの怒りに震わせた言葉を、彼の目を真っ直ぐに
見つめながら聞いた。
そして、その怒りに立ち向かうかのようにゆっくりと口を開いた。

「・・・・愛しているの。」 

「・・・・・・」 予測していなかったエマの告白にドンヒョクは一瞬言葉を失った。

「あなたを愛してる。」 彼女は決して彼から目を逸らさなかった。

「・・・・邪魔をするなら消えろ。・・そう言ったんだ。」 
ドンヒョクは気を取り直して彼女の不意打ちの告白に反撃した。
しかしエマは話し続けた。
彼に再会してからずっと胸にしまっていたことを。

「あの時のことを許してとは言わないわ。ただ・・聞いて欲しい」
「・・・・・・」

「あなたが一度も聞いてくれなかった・・・あの日のこと・・
 私があなたを裏切った理由。」
「・・・・・・」

「わかってるわ・・あなたはあの瞬間から・・私に心を閉ざしてしまった」
「・・・・・・」

「でもあれは仕方なかったことなの。そうしないわけにはいかなかった・・・」

「そうしないわけにいかなかった?」 
それまで無言だったドンヒョクがやっと口を開き、彼女の言葉を繰り返した。
その言葉には長年拭えなかった激しい怒りが見えた。

「ええ。あなたを守るために。」 

「僕のために?」 

「ええ。」

「僕のために・・・・あの家族を犠牲にしたというのか。」

「ええ。」 エマは敢えて力強く答えた。

「何故・・・」 その瞬間、ドンヒョクの怒りの眼差しに悲しい光が差した。

「何故?・・・私が・・あなたのためなら何だってできるから。
 ・・・いつだって。あなたを守るためなら・・・何でもできるから。
 あの時も・・・あの後も・・たった今も・・・・
 この5年間・・その為に、その為だけに私は・・
 ここで・・会長のそばで生きていたんですもの。」
エマは自分が言いたかったことは、正にこのことだと言わんばかりに、
彼に向かって胸を張った。

「・・・・・・」 
ドンヒョクは自分の思いを伝えるエマの必死な様子に言葉を詰まらせた。

「あなたを守れるのはこの私しかいないのよ。」





その頃ジニョンはローマ行きの列車に乗っていた。

20分程前だった。
≪ジニョンssi・・・起きて下さい≫
ジニョンがその声に気がついて目を開けると、目の前にルカの顔があった。

≪どうしたの?・・・ルカ・・・≫

≪私と一緒にここを出て欲しいんです≫

≪・・・・どういうこと?≫

≪何も言わず、私の言う通りにして下さい。そうしないと・・・≫

≪そうしないと?≫

≪手荒なことをしたくありません≫ 
ルカはそう言ってジニョンの目の前に小型の銃を突き付けた。
ジニョンは目を大きく見開き彼女を凝視した。
そして、彼女のその行動が決して冗談ではないことを知った。

ジョアンに気づかれぬようにホテルの部屋を出る時、ルカは
ジニョンから携帯を取り上げ、ベッドの上に置いた。
その携帯にはGPS機能が付いていることを認識していたからだった。

ルカはホテルを出るとタクシーを拾い、「ミラノ中央駅」と言った。
ジニョンは隣に座るルカの顔を覗いた。
その目は遠くを見ているようで、自分が連れ出して来たにも係わらず
ジニョンに対して神経が行き届いているふうには見られなかった。
「何処へ?」 ジニョンは彼女の横顔にそれだけを聞いた。

「ローマへ」

「目的は?」

「今は言えません。」 短い言葉だけでジニョンに答えるルカは
ジニョンの腕だけをしっかりと掴んで正面を見据えていた。

ルカの行動は常軌を逸していたが、ジニョンには不思議なことに
彼女に対して緊迫した恐怖心は生まれていなかった。

それよりも彼女のことが気掛かりだった。
≪いったい何があなたにこんなことをさせているの?≫
ルカの横顔を見つめながら、ジニョンは胸の内で呟いた。





「あなたを守れるのはこの私しかいない。」 エマはドンヒョクを睨み、
そう言った。

ドンヒョクも彼女を睨み返していたが、彼は直ぐに視線を逸らし、
机に向かった。
今、彼には何よりも先に解決しなければならないことがあったからだ。
「出て行ってくれないか。」
言葉だけをエマに投げるとドンヒョクはパソコン前に座り、手早くKeyを叩いた。
そして現れたログイン画面にPWを打ち込んだ。

「今聞いて。」 しかしエマは彼の机に叩きつけるように両手を付いた。
この時彼女は、彼の注意が何処にあるのか、誰に向かっているのか
本能でわかっていたのかもしれない。

一方ドンヒョクは、自分が計り知れない癇癪を起こしかけていると自覚していた。
「いいから。・・・出て行け。」 彼はありったけの自制の力をもって静かに言った。

エマは彼の静かな口調に、逆に切羽詰ったものを察した。
「何かあったのね」

ドンヒョクは答えなかった。

「奥様のこと?」
エマがそう言うと、ドンヒョクは彼女を下から睨み上げて、冷たく威嚇した。
結局エマは黙ってその場を退き、彼の部屋から出て行かねばならなかった。

「どうして?・・・」 エマはたった今出て来た扉に背中を押し付け呟いた。

いつもそうだった。
どんな言葉を持ってしても、彼に対し揺るがない愛を曝け出し、
その想いを惜しげなく捧げようとも・・・
その瞬間に、彼の心が決して自分に無いことを思い知る。
「どうして・・・私じゃいけなかったの?・・フランク・・・」




ジニョンとルカを乗せた列車は、夜遅くにローマテルミノ駅に着いた。
ルカはタクシーを拾い、目的の場所を運転手に告げた。
その時、ジニョンは驚いた。ルカの口から出たホテルの名は
先日ジニョンも一緒に滞在したフランクのホテルだったからだ。

「どうして?・・・」
ジニョンがそう言うと、ルカは一度目を閉じて口元だけで笑った。

「あなたのホテルだからです」 

「・・・・・・」




レイモンド、ミンア、ジョアンの三人は車でフィレンツェに向かった。
街に着いた時には夜もかなり更けていた。
階段の明かりだけが灯る古いオフィスビルには、まるで中世の亡霊が
何世紀にも渡り宿り続けているようで、身震いがする。

三人は誰しも無言で事務所まで駆け上がった。
事務所の鍵をジョアンが開け、壁のスイッチに手を伸ばし明かりを点けた。
そして、ルカが置いていった荷物をレイモンド達に示した。「これです」

レイモンドは大きなスーツケースを受け取り、ミンアはボストンバックを手にした。
スーツケースには鍵がかかっていたが、レイモンドは迷うことなく
それを壊し、ケースを開けた。

開けた瞬間、レイモンドは妙だと思った。
中にはジーパンとTシャツが数枚ずつ無造作に入れられただけで、
生活の匂いも無く、決して就職する為に詰められた荷物とは言い難かったからだ。

ミンアが開けたボストンも同じだった。
彼女が諦めかけた時、何気なく手を差し込んだボストンの底板の下から
二枚の写真が出てきた。
「ボス?」 一枚はドンヒョクの写真だった。

「どうしてルカがボスの写真を?」 ジョアンが不思議そうに言った。
「これって、結構前の写真ですよね」 彼は続けて言った。
「ええ、きっと5~6年前。
 私がボスの仕事をするようになって直ぐの頃だわ」 ミンアが答えた。

そしてもう一枚は・・・
「・・・これは・・・エマ?・・・それと・・・」
その写真には、エマと十歳前後と思われるふたりの子供が写っていた。

「!・・・この子達は・・確か・・・」 ミンアが驚いた顔をした。
「どうした?」 レイモンドが直ぐに気がついて、彼女の顔を覗いた。

「あれ?」 すると今度はジョアンが不思議そうな顔をした。

「どうした」 レイモンドはふたりの顔を交互に見ていた。

「この子・・・何だかルカに似てる・・・でもこの子は・・・
 あ・・日付が書いてあります・・・2008.12.24・・・3年前か・・・」
ジョアンが写真の裏の日付を読み上げている間、ミンアは無言で
その写真を見つめていた。そして・・・
「3年前?・・・そんな馬鹿な・・・」 ミンアが呟いた。

「ミンア・・・知ってるのか?この子達を」

「・・・・・・」

レイモンドはミンアが何かを知っているのだと理解した。
しかし、それは彼女の表情から、簡単なことではないようだった。
彼はミンアの顔を見つめたまま、彼女の口が開くのを待っていた。




タクシーがホテルに到着すると、ルカはジニョンに部屋のKeyを
フロントで受け取らせるべく、指示を出した。

ジニョンはフロントへと向かった。

「おかえりなさいませ、ジニョン様・・・」 
ジニョンがフロントの受付嬢に声を掛けようとした瞬間、脇から
ひとりの男が進み出て、ジニョンに向かって声を掛けた。
一週間程前フランクに紹介されたばかりのホテル総支配人だった。
もしもこういう状況下でなければ、ジニョンはホテリアーとしての彼の誠意に
感動を覚えたことだろう。
それほど、今の自分は疲れ切っていて、決して先日滞在していた時の
顔付きとは思えないと、ガラスに映った自分の顔を見てそう思ったからだ。

「遅くにごめんなさい。あ・・ベルナンド・・さん?だったかしら・・・」

「はい、さようでございます」

「お友達とお出掛けしていて遅くなってしまったの
 今夜はここに泊めてくださる?」 
ジニョンは自分でも上出来と思えるほど、落ち着いてそう言った。

「もちろんでございます。いつでもおふたりがお泊りできるように
 お部屋は整っております。
 ご友人の方には別室をご用意いたしましょうか」
ベルナンドは、誠意を笑顔に乗せてルカに視線を向けるとそう言った。
ルカも満面の笑顔で彼に会釈した。

「ありがとう・・・でもいいの・・・彼女も一緒で・・・ 
 私の部屋のkeyをお願いします」 
ジニョンはドンヒョクが用意してくれた自分の部屋のkeyだけを受け取った。

「かしこまりました。・・・ご案内は・・・」 

「結構よ・・・大丈夫。」 ジニョンはそう言って微笑んだ。
ジニョンがフロントマネージャーと話している間、ルカはジニョンに
ピタリと付いていた。 


ふたりは直ぐに最上階へ上がり、ジニョンはルカを部屋に招き入れた。
「どうぞ・・・」

「素敵な部屋ですね・・・・ミセス.シン」 
ルカが部屋に入るなり、ベッドに腰掛ながら、ジニョンに向かって言った。
当然このホテルに向かったルカがそれを知らないわけは無かった。
「・・・・いつ・・知ったの?」 ジニョンがルカに聞いた。

「直ぐに。・・・だってジニョンssi・・
 フランクのこと“愛してる”って・・いつも顔に書いてありましたよ」
ルカは笑顔を作ってそう言った。

「それより・・・どうしてここが私達のホテルだと知ってたの?」 
ジニョンは一番の疑問を投げかけた。ドンヒョクから、このホテルが
自分達の所有であることは、殆ど知られていない、と聞かされていたからだ。

「・・・明日の朝にはここを出ます。」
ルカはジニョンの質問には答えずそう言った。

「・・・・・・」

「きっと直ぐにここも知れるでしょうから、長居はできません
 ・・・・とにかく、今夜だけは休みましょう
 ジニョンssiもお疲れでしょう?途中で起こしてしまいましたから」

「何をするつもりなの?ルカ。お願い、話して。
 どんな理由があってこんなことを?」
ジニョンは知りたかった。≪いったいこの子は何者なの?≫

「・・・・・理由ですか?」

「ええ、聞かせて」

「気になって眠れませんか?」

「ええ。眠れないわ。」

「そうですよね。」 ルカは笑ったが、目は笑っていなかった。
「・・・・実は・・・あなたにお願いがあるんです。」

「お願い?」

「ええ。簡単なことです、とても。」

「・・・・・・」

「フランクと・・・」

「・・・・・・」

「別れて欲しいだけです」 ルカは真顔でそう言った。

「えっ?」

「フッ・・そんなに驚かないで?ジニョンssi」

「どういうこと?」

「返して欲しいんです」
ジニョンは更に驚いて、一瞬言葉を失った。

「・・・・・返す・・って?」

「ええ。」

「どういう意味?」

「さっき・・・このホテルをどうして知ってるかって・・・・
 おっしゃったでしょ?」

「・・・・・・」

「ここで・・・過ごしたことがあるからです・・・彼とふたりで・・・」

「・・・・・・」
 
「あ、いいえ、ここじゃない・・・もっと広い部屋だったな・・・
 あーそうだ、ラファエロの大きな絵が掛かってた」
ルカは部屋を見回しながらそう言った。ジニョンはメインスイートの
部屋のことを言っているのだと、直ぐにわかった。

「とっても素敵な部屋ですよね、あの部屋。」

「いつ?」 ジニョンは聞いた。

「5年前です」

「5年前って・・・あなたまだ・・17?」

「ティーンエイジャーでも熱烈な恋愛できますよ、そうでしょ?」 
ルカはそう言って、意味有りげに笑った。

「・・・・・・」

「ジニョンssi・・知らないんですか?
 フランクって・・・女が放っておかないんです・・・」
ルカの言葉を聞きながら、彼女のような子の台詞には似合わないと、
ジニョンは漠然と思っていた。

「アメリカにも恋人はいたようだし・・Ms.グレイス?
 彼女も・・・そうでしょ?この国にもいったい何人の女がいたのか・・・
 ねぇ、ジニョンssi・・・彼があなたのこと・・ずっと愛してたなんて
 まさか・・思ってませんよね」 ルカはまたもニヤリと笑った。

「・・・・・・」 ジニョンは言葉に詰まった。
ジニョンは今日数時間前に、「フランクの5年前の恋人」だという女を見かけた。
大人の知的な美しい女性だった。

そしてまた、彼との関係を仄めかす若い女が目の前に現れ、笑っている。


「フランクを・・・


     ・・・返してください」・・・
 







GPS=米国による衛星測位システム、欧州の衛星測位システムはガリレオといい
現在はまだ利用されていない。今回は創作の便宜上GPSを利用していますが
EUはアメリカのGPSを利用するのを拒否し、独自に衛星測位システムを計画しているとか^^


















 




 


2011/07/05 22:08
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ラビリンス-16.戻った理由

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「ジョアンを呼べ。5分でホテルに来い、そう伝えろ。」
ドンヒョクの去り際の言葉をミンアは理解に苦しんだ。
≪5分?ボス・・何を言ってるのかしら≫

それでもボスの言いつけを守らねばと、レイモンドの後を追って部屋に戻った。
レイモンドは部屋の隙間に施した自分にしかわからない仕掛けが寸分も
動いていないことを確認すると、やっと部屋に入った。

「何をなさったんです?」 ミンアがドアを振り返りながら聞いた。
「気にするな」 レイモンドは一人掛けのソファーに優雅に腰掛けながら、
小さく笑って答えた。

ミンアが備え付けの電話の受話器を上げた。
「携帯は?」 レイモンドがそれを見て言った。

「会長に」

レイモンドはミンアを一瞥して、自分の携帯を彼女に向かって投げた。
「用心が足らないな。」

ミンアは苦笑して頷きながら、レイモンドの携帯でジョアンの番号を押した。
「・・・ジョアン?」

「ミンアさん?何で今まで連絡くれなかったんですか?
 待ってたんですよ!話したいことが山ほど・・・
 あれ?この受信・・ミンアさんの携帯からじゃ・・・」≪ない≫

「そんなことどうでもいいわ。ボスからの伝言よ。まず聞いて。」
ミンアはボスの伝言の意味を確かめるのが先、とジョアンの疑問をさて置いた。

「ボスからの?」

「“5分でホテルに来い。”・・これってどういう意・・」
「!・・・・・」 
その瞬間、ジョアンは慌てふためいてミンアからの電話を切ってしまった。
「味・・・・・ちょっ・・!ジョアン!」 

「どうした?」 ミンアの叫び声に驚いてレイモンドが訊ねた。
「切れました・・・」 ミンアは電話機を持ったまま、呆然と立ち尽くした。
レイモンドが立ち上がり、ミンアから電話を受け取ると、その瞬間に着信が鳴った。

Pronto. ?」 
レイモンドが出ると、電話の向こうから困惑したような声が聞こえた。
「あ・・あの・・・どなた・・ですか?」 ジョアンだった。
レイモンドはジョアンの質問には答えず、そのままそれをミンアに渡した。

Hello 。」
「あ・・ミンアさん・・・ごめんなさい。つい弾みで・・切ってしまいました」
≪動揺してしまって・・・≫

「・・・どういうことなの?」 ミンアは問い詰めるように言った。

「ボスは知ってるんですね。」 ジョアンは観念したように言った。
≪さっきボスに見られたと思ったのは気のせいじゃなかったんだ≫

「知ってるって・・何を?」

「僕が・・・ミラノにいること・・」
「ミラノにいるの?・・あなた。・・フィレンツェにいるんじゃ・・・あ・・
 もしかしてジニョンssiも?だから・・ボスが?・・・」 

「・・・・は・・い。」

「・・・・・・」 ミンアはすべてを納得できたものの、頭を抱えた。

「ボス・・・待ってるんですよね、僕を。」 ジョアンが恐る恐る聞いた。
「ええ。おそらく。」 ミンアは確信して言った。

「行かなきゃ・・いけませんよね」 
ジョアンは恐ろしいものに立ち向かう心の準備を始めなければと、覚悟した。
ええ。死にたくなかったら。」 
ミンアは大いに呆れて、嘲るしかなかった。

「・・・・・・」
「ジニョンssiは私達が連れに行くわ」

「私達?・・・そう言えば、この電話・・さっきのお声はもしかして・・」

「ええ。あなた達がこそこそ動いたせいで救いの神がいらしたの。
 遠くアメリカから。」 ミンアはわざわざ力説するように言った。

「Mr.レイモンド?・・・では・・ジニョンssiに伝えて来ます。
 その足で直ちにボスのところへ。もう1分は経過しましたね」

「2分経ってる。」 ミンアは言った。




ジョアンはドンヒョクの元を訪ねる前に、ジニョンに事の次第を伝えるため
急いで部屋を出ると、隣の部屋の扉をノックした。
ディナーを済ませた後、つい30分ほど前に部屋の前で別れたばかりだった。

昼間ドンヒョクの姿を目撃したジニョンが少しばかり元気をなくし、
「早く休みたい」という彼女に合わせて、ディナーも軽く済ませた。
部屋に戻った時は、ルカはまだ留守のようだった。

しかし、何度チャイムを鳴らしても、気忙しくノックしても、中からの応答が無かった。
ジニョンの携帯に掛けてみると、部屋の中からその着信音が聞こえていた。
それなのに彼女が出る気配は一向に無かった。
ジョアンはその瞬間に顔面蒼白になり、焦る気持ちを抑えられなかった。

ジョアンは慌てて自分の部屋に戻ると、フロントに合鍵を求めた。
直ぐにやって来たホテルマンがスペアキィで鍵を解除し、共に部屋に入った。
しかし、ジニョンばかりか、ルカの姿も無く、彼らの荷物も残っていなかった。
ただ自分が掛け続けていたジニョンの携帯だけが、ベッドの上で震えていた。



ジョアンはまずミンアに連絡を取るべく、レイモンドの携帯に電話を入れた。
「Mr.レイモンド?・・ジニョンssiが!」

「ジニョンがどうした!」 レイモンドはジョアンの只ならぬ声に身を硬くした。

「いなくなったんです」
「いなくなった?どういうことだ!」

「30分前に別れたばかりなんです・・
 ジニョンssiが僕に黙って勝手に動くはず・・ありません。
 約束してくれましたから・・
 油断してしたのがいけなかったんです。僕が悪いんです。
 でもいったい・・何が・・」
ジョアンは興奮からか早口で、知らぬ間に声が震えていた。

「落ち着け!ジョアン。・・とにかくフランクのところへ・・・
 いや駄目だ。ここへ来い。」

「は・・はい。」



≪いいか。このホテルに入る時は慌てた様子を見せるんじゃないぞ≫
ジョアンはレイモンドの言葉に忠実に、胸の内に逆らって冷静を装い
ホテルのフロントを通過した。
ジョアンはレイモンドの指示通りに動いた。
まずエレベーターを20階で降り、レイモンドの部屋がある18階に
階段で降りた。
そしてレイモンドの部屋をノックする前に彼の携帯を一度鳴らし
その合図と共に開けられた部屋へ滑るように入った。

「事情を。手短に。」 レイモンドはジョアンの到着を待ち兼ねたように
彼の腕を強く引き、肩を押すように椅子に座らせると、すぐさま詰問した。
ミンアもまた、彼の横に陣取った。

ジョアンはできうる限り冷静になろうと努め、話しを始めた。
「ルカという・・ルカ・レリーニという若い女の子が一緒なんです。たぶん。
 ふたりの荷物がありませんでしたから。」 
ジョアンはそう言った後、落ち着きを取り戻そうと一度深呼吸をした。

「ルカ・レニーニ?誰なの?その子」 
ミンアがそう言うと、ジョアンは驚いた顔をした。

「!やはり・・ご存じないんですか?22歳の女の子です。
 ミンアさんに雇われて来たのだと、事務所の前で待ってたんです
 四日前のことです。僕達は・・・ジニョンssiと僕はその日、
 ボスとミンアさんを追ってミラノへ出発する算段をしていて・・
 ジニョンssiが・・・いいえ僕がルカも連れてミラノへ向かうと決めました。
 その内ミンアさんと連絡が取れれば・・・
 彼女のこともわかるだろうと・・安易に考えてました。」
 
「ルカ・レリーニなんて!名前も聞いたこともないわ。
 ジョアン!私が。この国で、しかも若い女の子を雇うなんて。
 考えるわけが無いとは思わなかったの!」
ミンアは興奮してジョアンに言葉をぶつけた。

ジョアンはその言葉が身に染みていた。実際、治安も悪く
危険な仕事が多い中、ミンアがそういうことを考えないことは
わかっていたはずだったからだ。ジョアンは自分の甘さを悔いた。
「申し訳ありません。
 最初は警戒したんです。でも・・いい子そうだったし
 彼女・・ミラノに詳しくて・・案内を買って出てくれて
 その・・助かったというか・・・それが・・・」
「それが?」

「何だか妙だと思うことが・・・」
「妙って?」
ミンアが余りにジョアンを追い詰めるように、話を急がせるので
レイモンドはミンアの腕にそっと触れて、それを無言で制した。
「あ・・ごめんなさい、続けて。」

「はっきりとはわからないんです。何が・・と言われても・・・
 ただ、ボスのことを話す彼女の言葉に何か含みを感じて。
 だからと言って・・さほど彼女に危険を感じたわけではありませんでした」

「手がかりは何もないのか」

「はい・・部屋にはジニョンssiの携帯電話以外、何も残っていませんでした。
 でも・・フィレンツェに・・事務所にルカの大きな荷物が残ってます
 そこに何か・・手がかりがあるかもしれません」

「行こう。」 ジョアンの話を聞いてレイモンドは即断した。
「今からですか?・・ボスにはどうしたら」 ジョアンは汗を拭いた。

「君はフランクの前で、ジニョンがいなくなったことを
 隠し通せる自信があるか?」
レイモンドがそう言うと、ジョアンは首を小刻みに横に振った。

「だったら・・逃げろ。」 レイモンドが言った。
「えっ?」 ミンアも驚いた顔でレイモンドを見ていた。

「私と。」 レイモンドは真顔で続けた。
「決めろ。私に付いて来るか。フランクに殺されるか。」

「・・・・・・」 ミンアとジョアンは共に言葉を失い息を呑んでいた。
そしてジョアンは沈黙の後にごくりと音を立てて唾を飲み込んだ。
それが彼の返事だった。

ミンアは無言のまま席を立って、手早く身支度を始めた。
「君はここへ残れ。」 レイモンドがミンアに言った。

「何故ですか?」 ミンアは攻撃的に言った。

「まだ何も予測が付かないんだ。何が起きるかわからない。      
 ルカという子が何者かもわかってない。しかし・・
 このイタリアでジニョンが前触れも無くいなくなるということは
 フランクの仕事と関係があるとしか思えない。
 ということはその向こうに・・ジュリアーノという黒い男がいる。」

「・・・・・Mr.レイモンド。」 ミンアは語調を強めてレイモンドを睨み上げた。
「何だ。」

「だからって・・私にここでじっと待っていろ、と?」
「そうだ。」 レイモンドは当然だと言わんばかりに彼女を睨み返した。

「ジニョンssiはボスの大切な方です。
 その方をお預かりした以上、お守りするのが私達の役目です。」 
ミンアもまた彼に負けじと顎を上げた。

「お預かりしたのは僕です。」 ジョアンがふたりの間でおろおろして言った。
「あなたは私の部下よ。」≪だから自分の責任でもある≫
ミンアの強い眼差しがそう言った。

「それでも駄目だ。連れては行かない。」 レイモンドは頑として言った。

「・・・・無駄なことは止めましょう。急いで。」 
ミンアは荷物を手に取るとレイモンドより先にドアを開けた。
彼は大げさに溜息を吐いて、ミンアの後に続いた。
ジョアンも急いでふたりの後を追った。

「ミンア。・・そっちは駄目だ」 レイモンドはジョアンが来た時と同じように、
エレベーター前に待機しているはずの男に気づかれぬよう階段を使った。




ドンヒョクは苛立っていた。
10分経ってもジョアンが現れることは無く、ミンアからの連絡も無かった。
ジョアンの携帯に電話をしても繋がらず、ジニョンの携帯も圏外だった。

その時、部屋のチャイムが鳴り、ジョアンかと思って急いでドアに向かった。
覗き穴の向こうにはエマがいた。

「何か用か?」 ドンヒョクはドアを開けると迷惑そうに言った。

「どうしてMr.パーキンがイタリアに?」 エマは部屋に入るなり彼に訊ねた。

「こっちが知りたい。」
ドンヒョクはそう言いながら、持っていた書類で机を叩いた。

「フランク?・・・いったい何があったの?」 
数時間前からドンヒョクは苛立っていた。エマはそれが気になって仕方なかった。

「何でもない。」 何でもないわけは無かった。

「Mr.レイモンドはあなたがここに戻った理由のために
 いらしてるんじゃない?」 

「戻った理由?」

「あなたが会長の仕事のためだけにイタリアに来たとは思ってないわ」

「そうなのか?」 
ドンヒョクは≪それは初耳だ≫と言わんばかりに鼻で笑った。

「お願い。危険なことは止めて、フランク」 
エマはドンヒョクの前に立ち、彼の目を強く見つめてそう言った。
「会長がどれほど恐ろしい人間かわかっているでしょ?
 彼に歯向かうことなんて考えないで。」

「何のことを言ってるのか理解できない。」

「お願い。もうあのことは忘れて。」

「あのこと?」

「そう、あのこと。あなたがここに戻った本当の理由。」

「・・・・・・」

「もう終ったことなのよ」 
エマが懇願するようにそう言うと、ドンヒョクの表情が次第に険しくなった。

「終ったこと?」 ドンヒョクはエマを激しく睨み上げた。
その目が今までのエマの言葉の意味が正しかったことを肯定していた。

「ええ。終ったの。」 エマは覚悟を決めたかのように言い切った。

「・・・終ってはいない。」 ドンヒョクが答えた。

「だとしても、終わりにして。」

「できない。」 彼はきっぱりと言った。

「・・・・・・私のせい・・・」 エマは呟くようにその言葉を吐いた。

「・・・・・・」

「私のせいだと・・・恨まれても仕方ないわ・・でも・・」

「・・・・・・。」 無言のドンヒョクの目が次第に怒りの色を帯びていた。

「・・・・・・」

「君のせい?・・そうだろうな・・・」 ドンヒョクはエマを更に強く睨み上げた。
 
「・・・・・・」 

「しかしもっと憎むべき奴がいる。・・・いつか・・
 そいつをこの世界から抹殺してやる。そう決めていた。
 5年待ったんだ。
 ずっと・・この機会を狙っていた。
 邪魔をする奴は誰であろうと容赦はしない。それが君でもだ。
 ・・・わかったら今すぐ・・・僕の目の前から・・・


           ・・・消えろ。」・・・
















Pronto. イタリア語で「もしもし」発音プロント





 




2011/06/27 08:49
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-15.目撃

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「ジニョンssi・・少し出掛けてきます」 ジョアンが言った。

「何処へ?私も一緒に・・」 

「いえ、ジニョンssiはここで待っていてください。
 一時間くらいで帰ってきます。そしたら食事に出ましょう。
 ですから。お願いです。僕が戻るまで
 何処へもお出掛けにならないよう。」 ジョアンは硬く念を押して言った。

今朝からルカがひとりで外出していた。
ジニョンとルカをふたりだけで残すことに、不安を抱き始めていたジョアンは
ひとりで出掛けるには今がチャンスだと思った。

「直ぐに戻ります」 そう言ってジョアンはホテルを出た。


ジョアンはホテルを出ると、帽子をかぶり、サングラスをかけ、
薄手のスカーフを口元まで巻いた。
そして、2ブロック先のフランク達のホテルに向かって急いだ。

ルカのことが気になっていたのは、思えば最初からだった。
彼女を同行させるのではなかったと、後悔しても始まらないことはわかっている。
元はと言えば、ジニョンにペースを乱されたことがジョアンの判断を鈍らせていた。
「言い訳だ、そんなこと。すべて僕のせい」 ジョアンは小さく呟いた。
≪とにかく今日こそはミンアと連絡を取らなければならない≫

しかしできるなら、ドンヒョクとは遭遇しないことが望ましかった。
胸に十字を切りながら、ジョアンはそのホテルを見上げた。


ジョアンがミンアの部屋番号を訊ねようと、フロントに向かったその時だった。
ひとつの影が彼の視線の端を横切るのが見えた。
一度は見間違いかと行き過ぎようとしたが、その影は確かに自分を追っていた。

ジョアンは今度はしっかりと振り返って、その影を追い、焦点を合わせた。
その瞬間、彼は心臓が止まるほどに驚いた。

「何をしてるんですか!」 
彼はその影に足早に近づき、できる限りの小声で怒鳴った。

そこには自分と同じように目深に帽子を被り、サングラスを掛け、
その上マスクまでした怪し過ぎるジニョンの姿があった。

「だって・・気になるの・・私も・・ミンアさんのこと」≪いいえ・・ルカのこと・・≫
ジョアンは困ったように溜息を吐き、キョロキョロと周りを見た。
「だからって。・・ボスに知れたら、僕が困るんです」
ジョアンはさっき怒鳴った時よりは少しだけ柔らかい口調でそう言った。


その時、ジョアンの不安が現実となって目の前に現れた。
彼の視線の奥にエレベーターを降りるドンヒョクの姿が垣間見えたのだった。
彼は咄嗟にジニョンの腕を掴み、彼女を抱き寄せ柱の影に隠れた。
「キャッ・・」「シィッ・・静かに。」

ジョアンはジニョンの背中を柱に付けて、彼女の肩越しに上目遣いでボスを追った。
すると、ドンヒョクの横に付いていた女が、ミンアでないことに気づき、
彼は小さく声を漏らした。「アッ・・」

ドンヒョクとその女が、ジョアンとジニョンが隠れた柱の数メートル横を通り、
エントランスへと向かった。

その時、ドンヒョクがチラリとこちらに視線を投げたような気がして、
ジョアンは思わず顔を伏せ、ジニョンを抱く腕に力を入れた。

しかしドンヒョクがそのまま通り過ぎたので、気のせいだったのだと
ジョアンは安堵したように小さく溜息を吐いた。

「ジョ・・ア・・ン・・苦しいわ」 ジニョンが彼の腕の中で蠢いた。
「あ・・ごめんなさい」 
ジョアンの腕の中からやっと解放されたジニョンがその視線を何気なく
エントランスに向けた。

「・・・・ドンヒョクssi?」 ジニョンが小さく呟いた。

「ジニョンssi?」
ジョアンは咄嗟に、ジニョンの気を自分に向けるよう名前を呼んだ。
「ん?」
「気のせいです。」 


気のせいではなかった。

ドンヒョクは女の人をエスコートして車に乗り込み、そのまま去って行った。
その女性の横顔がとても美しくて、ジニョンは一瞬見とれてしまっていたのだ。
彼女はその場に立ち尽くすように固まった。

ジョアンはそんな彼女の様子を見て、悔やむように唇を強く結んだ。
そして咄嗟に彼女の気を紛らそうと、そばにあったcafeを指差した。
「ジニョンssi・・ほら、見てください
 このチーズケーキ美味しそうじゃないですか?」






「あいつ・・・」 ドンヒョクが車の中で吐き捨てるように呟いた。

「えっ?」 エマがその声に反応して彼の横顔を覗いた。

「何でもない。」 ドンヒョクはそう答えると、車窓から外を眺め、
苛立たしげに車窓のガラスを指で叩いていた。 

エマはドンヒョクの落ち着かない様子を怪訝そうに眺めていた。

「ホテルは何処だ?」 
ホテルを出る前に伝えたはずだと思ったが、エマはそれには触れなかった。

「グランドホテルよ」

「そうだったな」 ドンヒョクは気を静めようと口角を上げ小さく笑った。

「今はジュリアーノの持ち物。・・・一年前はあなたのものだったわね
 彼・・最近あなたの持ち物を集中的に標的にしていたわ」

「そんなことは・・どうでもいい」 ドンヒョクは更に静かに言った。
しかしエマは彼のその声に、苛立ちが消えていないことを感じ取った。





ジニョンは大好物のチーズケーキとカプチーノを注文した。
ジョアンは少しホッと胸を撫で下ろしたが、ジニョンはさっきのことを
忘れてくれたわけではなかった。

「・・・・・私が彼を見間違うわけないわ。」 
ジニョンはジョアンを見ないまま、カップを手にして言った。

「そうですか?」 ジョアンは白を切ろうと決めていた。

「!・・・・横にいた女性は?。」
今度はケーキを頬張りながら、ジニョンはジョアンに向かって、
詰問口調で言った。

「ミンアさんじゃないですか?」 ジョアンは往生際悪く答えた。

すると突然、
ジニョンはテーブル越しに手を伸ばし、ジョアンの掛けたサングラスを乱暴に取った。
そして彼の目に自分の目を近づけ、凝視した。「ごまかす気?」

「ごまかす?」
ジョアンは思わず首から上を後ろに引いた。

「あれはフランクだった。隣にいたのはミンアさんじゃない。
 さて・・誰でしょう。」 ジニョンは自分の指を一本ずつ三本折ってそう言った。

「あー・・・きっと弁護士です」 ジョアンは更にとぼけて見せた。

「ふーん・・弁護士ね。知ってる人?」
「いいえ。」≪嘘じゃない。会ったことも、話したことも無いんだから≫

「ならどうして弁護士だと?」
「・・・・・ミンアさんの代わりだと思って・・」 

「何故彼女は彼といないの?」 ジニョンは矢継ぎ早にジョアンに質問したが、
ジョアンもここで負けるわけにはいかなかった。

「知りません!ミンアがいなくて、僕だって頭がこんがらがってるんですから!」
あの後フロントで、ミンア・グレイスが宿泊していないと彼は知った。

「・・・・・・・・ごめんなさい・・・」 ジニョンがうな垂れて神妙に言った。

「あ・・すみません、そんなつもりじゃ・・あの・・あの人は・・
 昔うちに・・.SJにいらした人で・・僕達の・・先輩です」
≪ああ・・この人には絶対に嘘はつけない≫
ジョアンは目の前でしょげ返るジニョンに対して、正直になるしかなかった。


あれは一年前のことだった。
ジョアンが初めてイタリアに来て、自分が使うデスクを整理していた。
その引き出しの奥に一枚の写真があって、彼の注意を引いた。
そこには肩を寄せ合ったボスと彼女が写っていた。

『綺麗な人だな・・ミンアさん・・この人は?』

『ああ、私達の先輩よ。』

『ボスと親しそうですね』

『恋人同士だったから』

ジョアンはその日のことを脳裏に浮かべていた。
その時目の前のジニョンがゆっくりと顔を上げるのが見えた。

「知ってたんじゃない。」 ジニョンは目の淵に力を入れていた。
「先輩か・・・綺麗な人ね。」 
ジニョンの声のトーンは冷めていた。ジョアンはしてやられたと思った。

「そうですか?ジニョンssiの方が綺麗ですけど」
ジニョンは横目でジョアンを見た。「彼女・・フランクの恋人だったとか?」
ジョアンは思わずコーヒーを噴出してしまった。
彼女にどこまで話すべきか頭をめぐらせていた彼は不意を付かれてしまった。

「ふ~ん・・そうなのね。あなたって、分かり易い。」 ジニョンは笑った。
「あ・・ご・・5年も前のことですよ。あの・・今はボスは・・その・・
 ジニョンssi一筋ですから。」
「何慌ててるの?・・わかってるわよ・・そんなこと」

ジニョンがケーキを三つ平らげるのを待って、ジョアンが清算をしていると
ジニョンは彼を置いて、先にcafeを出て行った。

ジョアンは慌てて彼女を追いかけた。
ジニョンはさっき、「気にしてないわ」とにっこり笑って言った。
しかしその後、彼女は何も話さなくなった。

「あの・・ジニョンssi?」
「何。」 振り向いた彼女の顔は、平静とは程遠いものだった。
「いえ・・何でもありません」
ジニョンは前に向き直って、ぎこちなく進んだ。

≪やっぱり・・話すんじゃなかった≫ジョアンは自分の頭を拳で叩いた。



ジニョンはジョアンの前でつい無口になる自分が情けなかった。
≪・・・わかっているわよ。
 過去のことよ。でもどうして?どうして5年も前の恋人と?
 今。一緒に仲良く連れ立っていなきゃいけないの?
 しかも私にはそんな人と一緒にいるなんて言わなかった。
 私には話す必要がないってこと?それって有り?
 私はあなたの何?ドンヒョクssi≫

ジニョンはジョアンの前を早足に歩きながら、沸々と沸いてくる苛立ちを
ジョアンに気づかれまいと懸命だった。





エマの話通り、会議室にミンアが先に現れた。
ドンヒョクは席を立ち、来客の出迎えに備えたが、彼女の後から入って来た
あまりに見慣れた男の姿にほんの一瞬驚きを見せた。

「Mr.フランク・・ご紹介致します。こちらはアメリカからお越しくださった
 Mr.パーキンです・・・Mr.パーキン・・こちらはビアンコ会長の代理人
 Mr.フランク・シンです」
ミンアは双方共に初対面であることを強く意識して、卒なく紹介した。
ジュリアーノ会長の側近トマゾが同席していたからだった。

「初めまして・・フランク・シンです」
「お目にかかれて良かった・・レイモンド・パーキンです」

≪流石ね、おふたりとも揺るがないポーカーフェイス≫
ミンアは心の中で感心しながら、ホッと胸を撫で下ろした。

エマもまた、その聞き覚えの或る名前に胸中で驚いてはいたが
ドンヒョクのそ知らぬ態度に合わせて、挨拶をした。

会議室では、1時間に渡り、レイモンドから提示された書類を元に、
今後の商談について、話し合いが持たれた。

「それでは・・明日から三日間の内に必要な書類を作成
 ジュリアーノ会長に検分を願った上で、最終案を提示させて頂きます
 その後取引終結、その運びで宜しいでしょうか。Mr.パーキン。」
ドンヒョクがそう言って締めた。

「アメリカからの追加資料も必要でしょう。三日後。
 異論はありません。」 レイモンドは答えた。

ミンアはわかっていた。
ふたりのこの会話が何を意味しているのか。
三日後、すべての計画を完結させる。ボスはレイモンドにそう言って、
レイモンドはそれを了解したと答えたのだ。
ミンアは自分しか知らないその男達の暗黙の会話に心を震わせた。

「トマゾ・・会長に報告して欲しいことがあるの」 エマはそう言って
トマゾを部屋から外へ誘い出した。

部屋に残されたドンヒョクとレイモンドが向かい合ったまま互いを見ていた。
そして、彼らの視線が交じり合った先にミンアが小さく座っていた。

「なるほど。」 不意にドンヒョクはレイモンドを睨んで、鼻で笑った。

「・・・・・・」 レイモンドは彼に向かって顎を上げただけで、何も答えなかった。

「そういうことか。」 
ドンヒョクは口角を片方だけ上げ、そう言うと苛立ったように席を立った。

そしてミンアを一瞥し、冷たく言い放った。


「ジョアンを呼べ。5分でホテルに来い、


        ・・・そう伝えろ。」・・・






 













 





2011/06/13 08:53
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-13.偽りの商談

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レイモンドは早速動き出した。
まず彼はソウルのジョルジュに電話を掛けた。

「・・・レイ・・一大事ですか?」
ジョルジュは眠い目をこすりながら、ベッドサイドに手を伸ばした。
そして定位置に置いた腕時計に辿り着くと、迷惑そうに片目を開けた。
「・・・まだ夢の中だと言ってください」

「残念ながら夢じゃない。明日の訪韓は延期だ」

「ええ・・明日の・・・!・・なんですって?」
瞬間的に夢から覚めたジョルジュが、ブランケットを跳ね除け、起き上がった。

「後は頼む。お前を代理人に立てる書類は作成済みだ。
 必要な内容もすべてメールしておいた。じゃ・・」

「じゃ・・って・・ちょっ・・レ・・レイ!」
レイモンドはジョルジュの寝花を襲い、小言を言われる前に電話を切った。
そして彼は子供が悪事を企むようにほくそ笑み、呟いた。「これでOK。」


ソウルホテルに関することはすべてジョルジュに引継いだ。
アメリカの仕事はモーガンとソニーにすべてを委ねる予定だ。
それが済んだら・・・
とにかく自らのイタリア行のために、取引案件を捻り出さなければならない。


イタリアの有力者ビアンコ・ジュリアーノに取引を突然持ちかけることは
容易なことではなかったが、モーガンの伝で潜り込むことに成功した。
無論、ジュリアーノ側が喉から手が出るほどの宝をぶら下げて。

「若、ご一緒に。」 
案の定、イタリア行きを心配したソニーが留守番を拒絶しようとしたが、
レイモンドはそれを許さなかった。

「ひとりの方がいい。奴らを刺激したくない」
彼は敵の前で、決して賢く無い、柔な実業家であらなければならないと考えた。

しかし大事なことは、イタリアで動くに当たり、フランク・シンとの関係が
親密であることを彼らに知られるわけにはいかないことだった。
皮肉なことに長年アメリカのマフィア界で名を馳せていたパーキン家の知名度と
フランク・シンという男が一匹狼を信念としており、レイモンドを含め
他の企業に席を置くことが皆無だったことは好材料だった。

ともあれ、レイモンドはジニョンと話した翌日の夜にはイタリアへ渡り、
その翌朝にはジュリアーノ会長との会談に成功した。



「あなたがアーノルド・パーキン氏のご子息でしたか」
その男は、実に好意的に彼に握手を求めた。

≪ビアンコ・ジュリアーノ・・・何とも胡散臭い男だ≫
「父をご存知で?」
レイモンドは胸の内とは裏腹に、彼と同じように好意を示した。

「無論です。父上とお目に掛かったのは20年程前にもなりますかな。
 仕事を通じて懇意にさせていただきました。」

「仕事を通じて・・・」≪はっ・・どんな仕事なのやら≫

「しかし、こんなりっぱなご子息がいらっしゃったのに
 事業の一切を整理なさるとは、驚きました」
ジュリアーノはそう言いながら、レイモンドに着席を勧めた。

レイモンドは彼が何を言わんとしているかは承知していた。
マフィア界で、その世界から足を洗うことが如何に蔑まれているか。さぞかし、
パーキン一族の愚行はこの世界で大きな笑いものとなっているのだろう。

「この度は、突然の申し出にご快諾いただき、感謝します」
しかしレイモンドは、ジュリアーノの胸の内を読んだ上で、堂々と胸を張った。

「古き友人からのたっての推薦がありましてな。しかし・・・
 申し上げておきますが、商売に伝が通用するのはここまでです
 交渉ごとはすべて私の代理人が引き受けておりますので、
 悪く思わんでください。」

ジュリアーノが高価な人参をぶら下げたレイモンドを歓迎しないはずはなかったが
彼はそのことをおくびにも出さなかった。

「はい、承知しております。
 それで、その代理人にはいつお目にかかれますでしょう」

「今夜にでも引き合わせましょう」

「よろしくお願いします。」

「最初にご忠告申し上げておきますが、私の代理人は手ごわいですぞ。」 
ジュリアーノは殊の外にこやかな笑顔を作って言った。

「お手柔らかに、とお伝えください」 レイモンドもまた笑顔を返した。

「ところで、こちらへはおひとりで?」

「ええ。実は今回、旅先から直接こちらへ伺ったもので
 部下の入国が遅れております。できれば会長の方で
 どなたかこの地をご案内願える方をご紹介いただけると助かります」

「ええ、それはお安い御用です。」 
ジュリアーノは奥で待機していた男に手を挙げ合図を送った。
「この者は英語も堪能ですので、何かと役に・・」

「あー・・申し訳ないが・・・」 レイモンドは彼の言葉を遮った。
「せっかくのイタリアですので観光も兼ねてみたいかと思っております。
 失礼だが・・時を共に過ごすのはやはり無粋な輩より、
 麗しい女性に限ります。」
レイモンドは敢えて男の下心を顔に表してそう言った。

「はは・・それは確かに。しかし弱りましたな・・・私のところは 
 主に男所帯でして・・・無論、観光案内のお供はお好みの女性を・・」
ジュリアーノの言葉の途中で、レイモンドは彼の後ろに控えていた
ひとりの女に視線を向けた。

「ああ、彼女は残念ながら・・・」 
ジュリアーノがレイモンドの視線の先に気がつき、言いかけたが
レイモンドはそれを無視して立ち上がり、その女に近づいたかと思うと、
突然彼女の顎をくいと持ち上げ言った。
「彼女をお借りしたい。」

「あの・・レ・・」
シィー・・
その女性が言いかけた時、レイモンドは歯と歯の間から微かに音を出して、
彼女の言葉を制した。

「それは困りましたな・・」
ジュリアーノが言葉を濁すと、レイモンドは冷たい眼差しで彼を横目に睨んだ。
「まあ、いいでしょう。二日だけでしたら。・・・Ms.グレイス・・
 パーキン氏に失礼の無いように。」 ジュリアーノはそう言った。

正直、彼はフランクを思いのままに操るためにもミンア・グレイスは
まだ手元に置いておきたかった。
本当に手元に置きたいものが手に入るまでは。

しかし彼は、表向き自分が優勢に立ったとはいえ、レイモンドの機嫌を
損ねてしまうことは得策ではないと考えた。
「彼もお供させます。それから車を一台手配致しましょう」 
ジュリアーノはそう言って先ほど紹介した男を示した。

「恐れ入ります。」 レイモンドは淡白に礼を言った。




エマが交渉を固めた企業に向け、作成した契約書を持って
ドンヒョクを訪ねて来た。
「今・・トマゾから連絡が・・会長からの伝言だそうよ。」 
エマはデスクチェアーに座ったドンヒョクに書類を差し出して言った。

「ん・・」 ドンヒョクはそれを受け取り、早速目を通しながら聞いていた。

「アメリカの或る企業の代表と会って欲しいそうよ。」 エマはそう言いながら
備え付けのコーヒーメーカーから、コーヒーをカップに二つ注いだ。

「別件で?まだこっちが片付いてないぞ」 

「ええ。そう言ったわ。でもごり押しされた。」 
エマはドンヒョクにカップのひとつを渡し、話を続けた。
「昨日突然入って来た商談らしいわ。
 でも会長側にとって、かなりいい条件の案件らしいの。
 会長は美味しい飴だと喜んでるようよ。
 でもできるだけもったいつけて、更にいい条件で取引するように。
 それが彼の伝言よ」

ドンヒョクはそれを聞いて顔を上げ、鼻で笑った。
ジュリアーノの仕事を片付ける度に、悪に加担しているような気分になる、
ドンヒョクは胸の中でそう思った。
「お好きにどうぞ。それでいつ?」

「今夜」

「随分急だな。ミンアとのミーティングは外せないぞ」

「そのミンアが彼の付き添いで案内してくるそうよ」

「ミンアが?」






レイモンドはミンアと共に、ジュリアーノが用意したホテルへと向かった。
見張り役と思われる男と同行している間、ふたりは口を利かなかった。

ホテルに到着し、男がチェックインの手続きを済ませて言った。
「Mr.パーキン・・・最上階のスィートをご用意致しました。
 我々は別室にて待機させていただきます
 一時間後、代理人が到着次第、ご連絡をさせていただきますので
 しばらくお部屋でお寛ぎください・・」
男はそう言って、レイモンドにカードキィを手渡した。

「いや、・・彼女は随時私と行動を共にしてもらう。
 部屋は一緒で構わない。しかし悪いが・・・」 レイモンドはそう言いながら、
フロントにカードキィを戻し、部屋を変えるよう指示した。

「お気に召しませんでしたか?」 男が言った。

「狭い部屋が好みなものでね」 そう言ってレイモンドは片方の口角を上げた。
「さて・・一時間。・・ふたりで過ごすには充分な時間だな」 そしてレイモンドは
ミンアの手の甲にキスを落として言った。

「Mr.パーキン、困ります。彼女はそのような・・」 男が言った。

「私は困らない。」 そう言ってレイモンドがミンアを見つめた。

「ご一緒に参ります」 ミンアは答えて言った。
「・・・とうことだ。」 レイモンドは男に対して顎を上げ口元で笑った。

レイモンドはミンアの腰に手を回し、彼女の体を必要以上に引き寄せて、
ベルボーイが彼らの前を歩き案内する後に続いた。

レイモンドはエレベーターに乗り込んだ後も、ミンアに回した手を離さず
時に彼女の髪にキスを落としたり、その頬に指を這わせたりしていた。
ミンアは困惑しながらも彼の成すがままに寄り添った。

部屋に入り、ベルボーイが丁寧な説明を始めたが、レイモンドは
高額なチップを彼に差し出し睨みを利かせると、手の甲をドアに向って振った。
ベルボーイは彼に頭を下げると、できうる限り俊足にドアから出ていった。

ドアが閉じられると同時にレイモンドはミンアから腕を離すと、
椅子にどかっと腰掛ながら言った。

「ここはいったいどこまで奴の目が光ってる?
 ・・ベルボーイすら堅気じゃないぞ。」

ミンアは≪そうなのか≫と笑いを堪えた。

「それより、どういうことなんだ?Ms.グレイス」
「Mr.レイモンド・・・驚きました」 ミンアもホッとしながら同時に言った。

「驚いたのはこっちだ。どうして君があんな場所に?
 フランクと一緒じゃなかったのか」

「ボスはジュリアーノ勢の弁護士を同伴しています。
 私はいわゆる人質なんでしょう。会長が考えそうなことです」

「そんなことを言ってるんじゃない。フランクはどうしてこんなことを許してる?」

「私がそうしたいと申しました。」 

「君が?」

「はい。その方が・・」
「君は馬鹿か。」 
レイモンドは思わず立ち上がり、呆れ顔でミンアの言葉を遮った。

「ば・・!・・どういう意味でしょう」

「馬鹿だから馬鹿と言ったまでだ。」

「!・・・・・・」 

「君も。
 あいつらが今までやって来たことを知らないわけじゃあるまい?
 しかも。これからフランクがやろうとしていることも!
 もしもフランクが何らかのミスを犯したら、奴らが君をどうするか
 予測できないわけじゃないだろ!」 レイモンドは珍しく怒りを露にした。

「ボスはミスなど犯しません。」 ミンアは胸を張って返した。

「フランクとて完璧じゃない。」 レイモンドは更にミンアを睨みつけた。

「それでも。ミスはしません。」 ミンアもまたレイモンドを睨んだ。

「ハッ!・・あいつの周りにいる女はどうしてこうなんだ?
 どいつもこいつも・・恐れを知らない、馬鹿ばかりだ」

「ミスター!先ほどから馬鹿・・馬鹿・・と失言ではありませんか?・・・・
 そんな風にあなたに言われる筋合いは・・・あ・・・」
ミンアが突然、何かを察したように目を見開いた。
「あの・・・どいつもこいつもって?・・
 いったい誰のことをおっしゃってるんです?・・


       ・・・まさか・・」・・・






 













 


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