【タムトクの恋・番外編】海の向こうに帰る人~その4の1
☆これは、サークルにアップしていたお話の続きです。
この場をお借りして、書かせていただきます。
なお、【高句麗王の恋】とは別のバージョンの続きですヨン。
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「あんたの言う通りだ。こんなところでぐずぐずしていても始まらねえ・・・。
とっとと、けじめをつけに行くとするぜ!」
そんな捨て台詞をタムトクに残し、それからタシラカには「あばよ」と言う言葉を投げかけて、
あくる日の朝早く、キビノナカツヒコはヤマトへと発っていった。
吉備の兵の大半が出発して、朝からざわついていた屋敷の中は、少し静かになったように思われた。
が、それもほんの一時のことだった。
タムトクがすぐに行動を開始したからだった。
それは、彼女の決意をひっくり返す可能性のある要素は、すべて取り除いておこうとでもするかのようなすばやいものだった。
「そなたの一族は、今どうしているのだ?」
いかにもさりげない口調で言う。
「身内と呼べる者は、このあたりには誰もおりません。
・・・・もうご存知でしょう?
祖父がヤマトに対する反乱に加担して敗れて以来、
私の親族はこのあたりに住むことを許されなくなりました。
私が吉備で育てられたのは、乳母がナカツヒコ様の親族だったためです。」
答えるうちに、顔がこわばるのがわかった。
タムトクは、やわらかくタシラカの手を握って言った。
「タシラカ・・・、そんなことを言うつもりではなかったのだ。」
「わかっていますわ、ここの領地と屋敷のことでしょう?」
そう、確かに彼の言うとおりだった。
彼といっしょに高句麗に行くと決めたからには、後を引き継ぐ者をきちんと決める必要があった。
数十年前、手白香の祖父が加担した、ヤマト大王家に対する反乱(注)のために、王族の身でありながら一族は朝廷を追われ、領地の大半を奪われたのだった。
その一部である北の国がタシラカの所領となったのは、彼女が身重の身体で高句麗から帰ってきたときのことだった。
そのために奔走してくれたのが、朝廷で大将軍の地位にあったナカツヒコだったのである。
タシラカの考えはすでに決まっていた。
「ここは、隣国の吉備にまかせるのが一番よいと思います。
ナカツヒコ様は私がここを領有するように取り計らってくれた人ですし、
ナカツヒコ様の人柄は、ここの領民もよくわかっていますし、
それに、ナカツヒコ様の親族には私の乳母もいますし・・・・。」
「そう何度もナカツヒコ、ナカツヒコと言うな。
・・・よい、ヤツがヤマトから首尾よい返事を持って帰ったら、その話をしよう。」
「それから、ここの屋敷の者たちのことですが・・・、私といっしょに行きたいと言っている者もいます。できれば、そのような者たちは・・・・」
最後まで聞かずに、タムトクは言った。
「よい、船が沈まぬ限り連れて行くことにしよう。そなたも心強いだろう。」
満足そうな笑み・・・。
ひとつ片付いたぞ、彼は、そんなふうに思っているらしかった。
だが、タシラカは、自分の中に小さなしこりがあるのを感じていた。
そうなのだ、どうしてももう一度彼に確かめたいことがあるのだ・・・。
明け方、まどろみの中で愛し合ったあとで、彼はささやいたのだった。
『タシラカ・・・、そなたを正妃にはできない・・・。』
厚い胸の下から響いてくるやわらかな低い声だった。
タシラカは、目を上げる勇気がなかった。
彼がどんな顔をしていても、自分は悲しいのに決まっているのだ。
『はい』
そう、短く答える・・・。
背中にまわした彼の大きなてのひら・・・。
そのいとおしむような手のあたたかさ・・・。
『・・・時には、むこうへ行かねばならない。』
はい・・、そう言おうとして、タシラカはその言葉を飲み込んだ。
『・・・それでも、私は、すべてそなたのものだ。』
はい・・・、信じています、タムトクさま・・・。
口に出す事もできないまま、タシラカは彼の胸に唇をあてた・・・。
彼が正妃を迎えたということが問題なのではない。
かつて、彼は彼女に誠実であろうとしたのに、ともに生きることから逃げ出したのだから。
今さら彼を責める資格など、何もない。
だが、何か、うっとりした時の流れのなかで、『そのこと』をいとも簡単にかわされたような気がしたのだ・・・。
「領地や屋敷の話は、そなたから屋敷の者たちに説明すべきだ。
早いほうがよい。
すぐにでも、主だった者たちを集めよ。・・・タシラカ、よいな?」
どこかぼんやりしているタシラカに、彼はてきぱきと指示をすると、
乗馬の練習をしているワタルの様子を見てくるなどと言いながら、外に出て行こうとした。
その広い背中に、タシラカは声をかけた。
「あの・・・、タムトク様・・・」
彼は足を止めた。
くるりとふり返る。
なんでもない顔で、ひとこと言った。
「なんだ?」
やっぱり・・、タシラカは確信した。
タムトク様、あなた・・・。
「お話があります。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
彼はちょっとの間黙っていた。
タシラカも・・・・。
沈黙の中でのやりとり。
やがて、彼は思い切ったようすで切り出した。
「スヨンのことだな?」
まっすぐに彼女の目を見つめる。
「もう、話した。あれがすべてだ。
だが、そなたの気が済むまで話してもよいぞ。」
すっとしたまなざし。
何の疑念も感じさせない瞳の色。
タシラカは何と答えていいかわからなかった。
激しい言葉を思い切りぶつけてしまいそうで、自分がこわかった。
彼は、領地の話でもするかのように、さらりと話しだした。
「今朝も話したとおりだ、
そなたを正妃にはできない、正妃はスヨンだ。
が、私にとっては、女人は、そなたただひとりだ。」
うん、と生真面目な顔でうなずく。
それから、急に恥ずかしくなったのか、彼は口元に照れたような笑みを浮かべた。
「おかしいと思うのなら、笑ってもいいぞ。
・・・・そんなことは信じられないと思うのなら、それでもいい。私の正直な気持ちだ。」
タムトク様、そんなステキなお顔をされてもだめですわ・・・。
タシラカの目にうっすらと涙が浮かぶ。
無理やり怒った顔を作ると、そっけない口調で言ってみる。
「・・・ほかの方にも、同じようなことをおっしゃったんでしょう?」
「タシラカ!」
せつない目!
「私が、そんなことをすると思うか?」
まいったな・・・というふうに首を振る。
「・・・ごめんなさい。ちょっと言ってみたかっただけなの・・・・・。」
思わず涙がこぼれる・・・・。
彼の腕がすっと伸びて、あっと思うまもなく、タシラカは抱き寄せられていた。
彼の匂い・・・、タシラカの好きな匂い・・・。
「タシラカ・・・・、彼女・・・スヨンには、最初に正妃の話が持ち上がったときに、ちゃんと伝えたのだ、私の心は別の女人にあると。」
ええっ!
広い腕と胸の作る空間で、タシラカは身じろぎする。
「スヨンは、驚いたようだった。
そなたかと聞かれたので、そうだと答えた。
そして、彼女は私の申し出を受け入れてくれた。」
「そんな・・・!」
思わず顔をあげると、彼を見つめる。
「いけないか?
彼女は彼女なりに、傾きかかったハン家のことを考えたのだと思う。
そして、結論を出したのだ。」
ひどいことを・・・と、タシラカは思った。
理屈抜きで悲しかった。
彼女とは、高句麗の城内ですれちがった時に、二言三言言葉を交わしただけだった。
まだ若い、気負いの感じられるような姫だったという印象しか残っていない。
だが、彼女は、今かつてのタシラカと同じような境遇にいるということになる。
ヤマトの大王の妃にと望まれ、これを断ったタシラカに対して、
スヨンは、愛しているのは他の女などといわれながらも、これを受け入れたというのだ。
「ひどいわ!スヨン様がお気の毒です!」
彼はちょっと戸惑ったように言った。
「タシラカ、私は・・・、
私は、そなたがつらいだろうと思ったのに・・・・・。」
「それとこれとは、別です!」
タシラカは強い口調で言った。
彼は小さなため息をついた。
「そなた、スヨンにはやさしくて、私には手厳しいのだな?
そうだ、私は、ひどいことを言った。
だが、言い訳かもしれないが、スヨンはそなたとは違う、
王の妃となるべく育てられてきた娘だ。
彼女は、そなたとは違う論理で生きている。」
「あの方が傷ついていないとでもおっしゃるんですか?
そんなことを言われても、それでもタムトク様の正妃になりたいと・・・・?」
「タシラカ、みながみな、そなたと同じではない。
だが・・・・、そうか、なるほどな、そなたはそう考えるのか。
・・・・そなたの言うとおり、私はひどい男かもしれない。
だが、王である以前に、私は私だ。
王として『形』を優先させねばならないのなら、
せめてそこにかかわる人間には筋を通しておきたかったのだ、
そなたに対しても、スヨンに対しても。」
彼は叱られた子供のような顔になった。
まあ、なんてさびしそうな・・・、
まっすぐな・・・・。
やっぱり、この方を放ってはおけないとタシラカは思った。
「タムトク様・・・、許してさしあげますわ。
・・・・ごめんなさい、あなたを困らせたりして。
私のためにせいいっぱいやってくださっているのに・・・・。
元々は、私が悪いんですもの、だから、私には何も言う資格がないのに・・・。
それに・・、それに・・・・・・、一番ひどいのは、私かもしれないわ。
心の奥の奥のほうでは、あなたが私を愛してくださってるとわかって、
私、すごくうれしいんですもの・・・・。」
「タシラカ・・・、何度でも言う、愛してるよ。」
「私も・・・・・。」
「ひどい男でも愛していると言ってくれるのだな?
よかった♪
そなた、やさしいのだな?それに、他の妃にヤキモチも妬かない・・・。
私も、これからは余計な気遣いはしないことにする。
で、これからは、妃の二、三人、許してもらえそうだな?」
「それは・・・、だめです・・・、タムトク様、だめですわ!」
焦がれる心の奥底で
チェジュ島でのイベントに参加されると言う、
私は行けないけど・・・・。
写真展での斬新なお姿、なかなか魅力的、
私は落ち着かない気持ちだったけど・・・。
クラシックのCD、
同じ曲を同じ気持ちで耳にしているのだと思えば、それもいいわ・・・。
ミニョンさんのフィギュア、
ドラマの中の彼そのままで・・・、それもいいかも・・・・。
どれも、作品を待つ間の通過点として見るならば、確実に彼の足跡をたどることができるから・・・・。
ふわふわしたテレビ画面から流れる情報だけでは、いかにも頼りないから・・。
でも、それでも・・・、
じりじりと焦がれる心の底の底にあるのは、やはりひとつの思い。
作品が見たい!
タムトクに会いたい!
ただの名もない一人の王子が草原の中を走っていく姿が見たい!
スジニの手をとり玉座へといざなう姿が見たい!
愛馬の手綱を操りながら、馬上でりりしく行進する姿が見たい!
幾千もの兵たちの先頭に立って、突き進む姿が見たい!
草原の王はだれをも恐れさせる軍神の姿かたちをして、
硬い鎧に実をかためながらも、
やさしげな風貌の持ち主。
あたたかく深い懐で、
敵味方、すべての男たちをひきつけ
女たちの歓声を集める・・・。
そんな姿を、私は見たい!
ごめん、
私はどうしてもそう思ってしまいます!
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