【創作】契丹の王子②
☆進行が遅くてごめんなさい。もう少し続けさせてください。
今回は、サークルでアップした『タムトクの母』を読んでいただくと、わかりやすいと思います。
よろしくお願いします。
~~~~~~~~~~~~~~~
その人は、朽葉色の麻の上衣に身をつつみ、白髪混じりの髪をひとつにまとめ、いかにもこざっぱりとした身なりをしていました。
苦労してきたのか、やつれてはいましたけど、若いころはさぞきれいな人だったのだろうと思えるような顔立ちでした。
高句麗の城内では下働きの仕事を手伝っているということでしたが、目立たないようにしているのか、私には見覚えがありませんでした。
その人が悲しい瞳で語るタムトク様と契丹族の話を、私は黙って聞いていました。
返す言葉がみつからず、ただ胸の中が右に左に揺れ動くのを、私はどうすることもできませんでした。
タムトク様とは三日前の朝にお別れしたきりでした。
その前の夜、お城から屋敷にお帰りになったのをいつものようにお迎えしたのに、私は風邪気味なのか身体が熱っぽくて、夕餉をごいっしょしたものの、早々に寝所に下がらせていただくことにしたんです。
いいえ、いっしょにやすむことなどもいたしませんでしたわ、
風邪をうつしてしまっては申し訳ないと思いましたもの・・。
今夜はお許しをなどと申し上げますと、なんともいえない顔をなさいました。
でもすぐに、うなずいて、
『私のことはよい、今夜はゆっくり休め。
明日にでも、城の薬師を差し向けるゆえ。』
などと、おっしゃいました。
私は、ゆっくり休めば治りますと申し上げたのですが、ワタルまでが、ちゃんと診てもらったほうがいいよ、などと心配そうに言いますし、タムトク様はああいう方ですから、遠慮することはないと、もう全然取り合ってくださいませんでした。
え?薬師ですか?結局その翌日は診ていただきませんでしたわ。スヨン様とチャヌス様のことで、お城の薬師は大忙しでしたもの。
でもね、それはそれとして、あとになって考えてみれば、あの時、タムトク様はその契丹の王子のことをお話になりたかったのかもしれません。
その前の日に、その事件が起こったというのですから。
そのとき、ちょっと注意していれば、いつもと様子が違うことに気がついたかもしれないのです。
でも、そのとき私は自分のことだけでせいいっぱいで、それだけの余裕がありませんでした。
情けないことに、全然気がつかなかったのです。
妻として失格ですわね・・・。
でも、タムトク様も、私の体調がよくないからって、そんな重要なことをひとこともおっしゃらないなんて、ずいぶんだと思いませんか?
城に毎日のように出かけているワタルだって、お側付きのご家来たちだって、ちゃんと知っていたはずですし、それに、屋敷の侍女たちだって・・・。
ひどいと思いませんか?
仮にも、私はあの方の妻ですのに・・。
タムトク様は私に心配させまいと思われたのかもしれませんが、全然頼りにされていないような気がして、私はちょっとさびしい気もちになったのです。
でも、それはほんの些細なことでした。
そんなことよりも、タムトク様の命が狙われたということに、私は打ちのめされていました。
もっとも安全であるはずのご自分のお城の中にいながらそんなことになるなんて・・、そう思ったら、もうたまらない気持ちになりました。
だから、契丹の女官だったというその人の言うことはいかにも筋違いで、理不尽なものに思えました。
それは、そうですよね?
それに、もうひとつ重要なことがありました。
それは、よほどのことがない限り、タムトク様が主体となっている政にはいっさい関与しないと、私自身が決めていたこと・・。
これは、私が倭人だからということでなく、側室という立場にいるからというのでもありません。
私は、タムトク様の妻、ただそれだけの存在だと、それだけでいようと・・・。
だから、私はちょっと腹立たしい思いで、その人の筋違いとしか思えない話をさえぎって言いました。
「私は、タムトク様の政に意見を述べる立場にはありません。」
その人は、あっけにとられた顔をしました。
「そんな!」
私はなだめるように言いました。
「王は公正な思慮深い方です。
ゆるぎない意志の力で、適切な判断をなさいます。
私は、あの方を信じています。」
「でも、でも・・・、
お方様は、タムトク様と契丹の因縁をご存知でしょうか?!
タムトク様がどんなにうちの先代の王様を憎んでいたか、
私はよく知っているんですよ!
だって、私はあのとき、
契丹のお城に・・、あの中庭にいましたもの!」
契丹のお城?中庭?
私はその言葉を心の中で反芻していました。
ぞわりとするものを感じながら・・・。
そんな私に気がついたのか、その人はとどめを刺すように続けます。
「私は、今でも夢にみます。
あのお方は、恐ろしい方です。
忘れられません。
高句麗王タムトク様とは、
あんなことを平気でする方なんだって、今でも、私は・・・」
その言葉は、私の中のある部分を激しくえぐりとろうとするかのようでした。
でも、私は、その悲しい瞳の中を見つめました。
それは、違います!
あなたは間違っているわ・・と。
私は、ぞわりとするその不気味なものを振り払うかのように、その人に言い放ちました。
「私は・・、
私は、そのときどんなことがあったのかわかりません。
でも、タムトク様がどんな方なのか、
私はよく知っているつもりです。
それに、どちらにしても、
そういったことは、王がご家来の方々と協議して裁可されることです。
私など、口をさしはさむべき問題ではありません。」
もうこれ以上そんな話など聞く必要はないと、私はその場を立ち去ろうとしました。
「お待ちください!」
その人は悲鳴のような声を上げました。
でも、私はふり返らず、そのまま歩き出しました。
もしかしたら、その人の言っていることが正しくて、私の描いているのは絵空事なのかもしれないと思いました。でも、それでも私はかまわなかったのです。
私は、タムトク様の中の真実をしっかりこの目で見て、愛したのですから、その人の見た不幸な夢のことなど知らなくていい、そう思いました。
「・・・私の言い方が悪かったのなら、謝ります!
どうか、助けてください!
お願いです!」
助けてください、と何度も繰り返すその人を残して、侍女たちを連れて私はかまわず歩き続けました。
やがて、騒ぎを聞きつけたのか、どこからか、応援の警護兵たちがばらばらと集まってきます。
突然、切れ切れに聞こえてくる声が、打って変わったようなものになりました。
「なによ!
あんたなら、わかってくれると思ったのにさ・・。」
「あんただって、昔人質だったこともあったじゃないのさ!
よくもそんなことができるわね!」
向こうに連れて行かれようとしているからなのか、だんだん遠くなっていくその声を、私はまっすぐ前を向いたまま歩きながら、背中で聞いていました。
「自分さえよければいいっていうの?!
きれいな顔して、よくもそんなことができるわね!」
「高句麗の王様は、女なら助けて、男は殺すって言うのかい!」
そんな方ではないわ!
そう言い返しそうになって、私は唇をかみ締めました。
「今はお妃でございって顔してるけどさ、
あんたも人質だった女でしょう!
何とか、言いなさいよ!」
私は足を止めました。
ふり返ると、少し離れたところに、その人が警護兵二人に向こうに引きずられるように連れて行かれるのが見えました。
私はその小さな姿に向かって叫びました。
「私は何も言う立場にないわ。
でも、タムトク様は、私にとってこの上なく大切な方です。
危害を加えようとする者を、私は決して許しません。」
[1] |