2010/12/21 15:57
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-22.熱いくちづけ

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フランクは自分が、ジニョンとテジュンの前からまるで逃げるように
立ち去ってしまったようで、情けなく思っていた。

自分の部屋の前に車を戻した後、部屋には戻らず、今来た途に歩いて引き返した。
ユンヒの部屋へとゆっくりと坂を下りながら、幾度もため息を吐く自分を
フランクは寂しく笑った。

彼が寝室に入ると、彼女はまだ静かに眠っていた。
彼はユンヒとの約束通り、そばにいるつもりで彼女が眠るベッドの横に
小さな椅子を運び、座った。

しかしフランクはユンヒを気遣いながらも、つい今しがたジニョンと
激しく言い争ったことが頭を離れず、心穏やかでいられなかった。
彼女の態度に思わず大人気なく感情をぶつけた自分にも、ほとほとうんざりだった。

≪どうして僕は彼女にあんなにも腹を立ててしまうんだろう
 どうしてああいう言い方しかできないんだ?
 いつもそうだった・・・
 最初からそうだった・・・出逢ったあの日からずっと・・・
 彼女の一途さに、彼女の奔放さに、
 彼女の全てに腹を立てて・・・僕はいつも怒っていた・・・
 本当はいつも・・どこでも・・・愛しくてたまらなかったのに・・・≫
 
フランクは仕事の時や、他の人間に対する時と違って、
ジニョンへの感情が上手くコントロールできなくなる自分が
情けなくて仕方なかった。




夜が明けて、出窓から差し込む日差しに誘われるように、
フランクは閉じていたまぶたをゆっくりと開いた。
そしてベッドに視線を移すと、ユンヒがこちらを黙って見つめていた。

「起きてたの?」 

「ええ・・・」

「いつから?」

「少し前から」

「いつの間にか寝てしまったんだな・・・
 起こしてくれれば良かったのに」

「見ていたかったから・・」

「何を?」

「美しいものを・・・」 ユンヒはフランクをしっかり見つめて言った。

「それは光栄だな・・」 フランクはふっと小さく笑った。

「昨日は・・・ごめんなさい」

「また謝るの?」

「それしか・・あなたに言える言葉がありません・・恥ずかしくて・・」

「気持ちは落ち着いた?」

「・・・どうして」 ユンヒは頷きながら、そう聞いた。

「ん?」

「どうして、
 こんなに優しくして下さるんですか?」

「どうしてって?」

「あなたって・・・凄く怖いかと思うと優しくて・・
 優しかったかと思うと・・」

「そんなに怖いの?・・僕は・・」 フランクはそう言って眉を下げた。

「・・・・もう怖くありませんけど」

「そう?」

「でも・・あなたが朝までいて下さっているとは思わなかった・・・
 さっき目が覚めて、どんなに驚いたかわかります?」
ユンヒは少しおどけたように笑って言った。

「・・・そばにいると、約束したから・・君と・・」
フランクはユンヒを温かい眼差しで包み込んで、そう言った。

「・・・・・」

「ふっ・・昨日君にオッパと呼ばれて、少しだけ、
 お兄さんというものに戻ってみたくなったのかも・・・」

彼は遠くを見つめるようにしてそう言った。

「お兄さんに・・戻る?」

「ああ、僕にはね・・君と同じ年位の妹がいるんだ」

「そうですか・・・妹さんは今どちらに?」

ユンヒがそう訊ねると、フランクは一瞬寂しそうな顔をした。

「あ・・何か、いけないこと聞きましたか?」

「あ、いや・・・何処にいるのか、わからないんだ・・・
 生きているのか・・死んでいるのか・・・それさえわからない
 君を見てるとね・・・いつも思ってしまう・・・
 元気にしてるだろうかって・・
 君のように傷ついてないだろうか
 寂しい思いをしていないだろうか・・・そう思ってた
 そうだな・・君と出会ってから・・・
 余計にそんなことを思うようになった気がする」

「あ・・ごめんなさい・・」
少し俯き加減に、ゆっくりと妹のことを語るフランクが余りに寂しげで
ユンヒは適当な言葉を探せないまま、また彼に謝っていた。

「はは・・また、ごめんなさいか・・」

「ふふ・・・」




その時、部屋の玄関から呼び鈴が鳴り、鍵が開けられる音と共に
ジニョンの声が聞こえた。
「失礼致します、ホテル支配人です・・入っても宜しいでしょうか」

「どうぞ・・」 ユンヒが答えた。

ジニョンはメインルームのドアをゆっくり開けて、ワゴンを引きながら現れた。

「お客様・・・お邪魔致します」

部屋に入ったジニョンは、その部屋から開かれた寝室のドアの向こうに
こちらを振り向いたフランクを見つけて一瞬驚いた顔をした。

フランクは表情を変えることなく、ジニョンからゆっくりと顔を背けた。

「あ・・あの・・・朝食をお持ち致しました。」

「ああ、ありがとうございます」 
ユンヒはベッドの上で座ったまま答えた。

「でも・・あの・・おひとり分だけしか・・その・・
 お客様の分も直ぐにお持ち致しますので
 しばらくお待ち願えますでしょうか」
ジニョンはフランクに向かってそう言いながら、テーブルの上に
料理を並べ始めた。

「あ、いや・・僕は結構です・・心配には及びません」
フランクはジニョンの顔を見ないままそう答えた。

「そうですか・・・あの・・
 お食事はこちらのテーブルに並べさせて頂きましたので
 ごゆっくりお召し上がり下さい・・
 後でまた食器を下げに参ります
 では、これで失礼致します・・
 何かございましたら何なりとフロントの方へ・・
 のちほど、総支配人がご挨拶に参りますので」
ジニョンは今度は少し気持ちを落ち着けて、支配人然と頭を下げた。

「ありがとうございます・・
 ご心配お掛けして申し訳ございませんでした」
ユンヒはジニョンに向かってそう言いながら、フランクとジニョンの
互いを意識したように無視する様子がとても気になっていた。


フランクはというと、ジニョンが部屋を出て行く姿に背を向けたままだったが
心は間違いなく彼女に研ぎ澄まされていた。

そして彼女が閉めたドアの音に、目を閉じ一度俯いた彼が、
次の瞬間、おもむろに席を立ちドアの方へと急いで向かった。


フランクが部屋から外へ出ると、ジニョンはまだその場所にいた。
互いに言葉を探せず、しばらくは睨み合うように見詰めていた。

ジニョンの方が先に彼の強い眼差しに耐えられなくなって、
逃げるように彼の元を離れた。
フランクは彼女のその態度にどうしようもない苛立ちを覚えながらも、
心の赴くまま逃げる彼女を追いかけた。


建物の中に逃げ込んだジニョンが行き止まりまで追い込まれ
結局逃げた相手のフランクと対峙する結果となった。

「驚いてないわ。」 
ジニョンは行き止まりに背を向けてフランクに向き直ると
突然そう言った。

「・・・・・・」 フランクは無言で彼女に近づいていた。

「あなたが彼女のお世話をしていること昨日聞いてたし・・」

「だから?」

「だから・・・さっきは驚いたわけじゃない・・
 ただ・・朝もいるとは思わなかったけど・・」 
ジニョンの最後の言葉は殆ど聞き取れないほどに小さくなった。

「昨日・・」

「昨日のことごめんなさい!行けなかったこと・・」 彼女は彼の言葉を
強い口調で遮ったが彼はそのことにお構い無しに続けた。

「どうして待っててくれなかった?」

「だから・・最初から行かなかったって・・」

「僕が必ず行くこと・・わかってたでしょ?」

「だから・・」

「わかってたでしょ!」 フランクはジニョンに対して一歩も引かなかった。

「何よ!あなたっていつだって・・横暴!」

「君が正直じゃないからだ」

「正直って?」

「行ったでしょ?」 フランクはジニョンを射るような目で見た。
「約束通りに・・・君は来てくれたんでしょ?あの教会に」

「・・・・・」
「言ってごらん?正直に。」

フランクの諭すように問う眼差しに圧されて、ジニョンは観念した様に口を開いた。

「ええ!行ったわよ!だから何なの!あなたは来なかったくせに!
 私より、彼女の方を・・」

「だから・・嘘を言ったの?」

「・・・・・」

「彼女とのこと・・誤解はしてないだろ?」

「誤解?」

「ああ・・彼女は・・」
「彼女・・・ユンヒさん・・キム会長のお嬢様だそうね」

「調べたの?」

「ええ、昨日の事件の後、テジュンssiが・・・」

「そう・・」

「彼女もこのホテルを調べてるの?
 彼女・・すごい子ね・・
 ホテルの御曹司のヨンジェに近づいて
 父親が買収しようとしているホテルに泊まって・・
 あなたと一緒に内部調査?
 彼女がヨンジェで・・あなたが私・・そういうこと?」


    ・・・だめ・・・


「彼女をそんな風に言うな・・・」

「庇うの?・・それとも同じムジナだから?」


    ・・・こんなこと・・・言ってはだめ・・・


「あの子は、父親の仕事とは関係ない
 ただ傷ついているだけだ」

「そう・・・随分と彼女がわかるのね」


    ・・・こんなこと言いたいんじゃない・・・



「何が言いたいの?」

「何も?」

「そんなことより、僕が何故、ホテルを買収しようとしているか
 その理由は聞かないの?」

「その買収で数千ドル、いえ数億ドル?
 とにかく莫大な利益が入るのよね。」


    ・・・違うわ・・・


「本当にそう思ってるの?」
「じゃあ、何だって言うの!」

    ・・・そうじゃなかった・・・本当は・・・

    あなたを信じる何かが欲しくて・・・

    あなたに逢いに行ったのに・・・


「僕が!何の意味も無く、このソウルに来たと・・
 ただこんなホテルの為だけに来たと・・
 本気で思ってるのか!」
フランクの声が荒々しくなって、ジニョンは一瞬びくりと縮み上がったが、
決して怯むまいと胸を張った。

「ええ!あなたは有能な狩人だもの・・
 狙った獲物は逃がさないんでしょ?
 ホテルも!・・・ユンヒssi・・も?」

ふたりは互いの言いようのない怒りをコントロールできないまま
睨み合うしかなかった。


「もういい」フランクは吐き捨てるように言った。

「何がいいのよ・・はっきり言ったらいいじゃない!」


    ・・・私って・・・本当に素直じゃない・・・


「もういい!」
彼は大声で彼女を怒鳴りつけながら彼女ににじり寄った。

そして彼女を突然壁に押し付けると、彼女の髪を両手で鷲掴みにして
その頭を壁にグイと乱暴に押し付けた。
その勢いで彼女の顎が上がり、フランクとの視線が無理やり交わった。

「いいか・・・良く聞け・・・
 ホテルは・・必ず僕のものにする
 誰が何と言おうと・・・君がどんなに僕を非難しようとだ
 どんな手を使っても・・・
 僕は必ず・・自分の思うように肩をつける」

そして彼はそのまま彼女の唇を自分の唇で強く塞いだ。
深く重なった彼の唇が、彼女の心までも奪い取るかのように
彼女の呼吸を執拗に混乱させた。
彼女は彼の有無を言わせぬ行動にたじろぎ、彼の胸を押し返しながらも
その激しく熱いくちづけに脱力していく自分を感じていた。
次第に彼に酔っていく自分を確認していた。


そして彼の唇は彼女が彼に落ちたことを見計らったかのように
その瞬間にあっけなく離された。
その時彼女は“離れたくない”と叫ぶ自分の声を心の中に聞いた。

フランクは彼女の髪に押し入れた長い指をそのままに
彼女の鼻先でその目を睨み付けたまま言った。
「いいか・・必ず・・必ずだ。
 君はそこで・・・待っていればいい。
 僕が行くまで・・・待っていればいい。」

そう残してフランクはきびすを返し、彼女の前から冷たく立ち去った。


ひとりそこに残されたジニョンはしばし呆然と立ち尽くしていた。
激しいまでの彼のくちづけに、小刻みに呼吸を繰り返して、
その息苦しさから自分を救い出そうと懸命だった。

ジニョンは彼の手によって乱された髪の先で辛うじて止まっていた
リボンを乱暴に引き抜き、黒髪を肩に落とした。



      「何よ!


          ・・・何よ・・・」・・・


























2010/12/20 09:49
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passion-21.すれ違い

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フランクはジニョンに今度こそ全てを告白しようと決めていた。
そしてふたりで、問題に立ち向かうことはできないのか・・・
模索してみようと・・・。

彼は腕時計に視線を向けながら、もう片方の手に上着を取った。
その上着の中の携帯電話が鳴ったのはその時だった。

「ハロー・・」 その電話は仕事用の携帯電話だった。

『助けて・・』

「だれ?」

『フランクssi・・助けて!』
押し殺したように発せられたその声は酷く緊迫していた。

「ユンヒssi?」 フランクは聞き覚えのある声の主を確認しようと
呼び掛けてみたがその直後にプツリと切れてしまった。

フランクは電話の向こうで何かが起きていることを確信して
部屋を出ると、ユンヒが泊まっていると聞いたパールヴィラへと急いだ。


その部屋はサファイアヴィラを少し下ったところにあった。

フランクがそこに駆けつけると、坂の下からも同じように走って
こちらに向かってくるふたつの影が見えてフランクは足を止めた。

「この部屋の担当は?」
「ソ支配人です」
そう交わしていたのはハン・テジュンとベルボーイのヒョンチョルだった。

テジュンもまた、前方のフランクを見て足を止めた。
「お客様・・どちらへ?」

「知り合いがここに・・電話が・・」 フランクは声を落として
そこまで言うとテジュンに向かって唇に人差し指を立てた。

テジュンもまた彼の意図を察して頷くと、黙ってキーカードを
ドアに差し込んだ。

フランクとテジュン、その後からヒョンチョルが部屋の中に入ると
男に組み敷かれ足をバタつかせている女が見えた。
その女はユンヒではなかった。

男は突然の侵入者に驚いて、暴言を吐きながら飛び掛って来た。
フランクが軽く男を交わすとその後に続いていたテジュンが
男の腕をねじ上げた。

ソファーの上で震えていた女が、フランクに「ユンヒが・・」と
もうひとつのドアを指差した。
中からは騒音にも似た激しい音楽が漏れていた。
内側からロックされたそのドアをフランクが躊躇無く蹴破って中へ入ると、
ベッドの上で男にのしかかられ激しく抵抗しているユンヒの乱れた姿が
視界に入ってきた。
フランクは彼女から男をはがし取るように掴みかかると、
男を数発の拳だけで瞬時に伸してしまった。

ユンヒは酷く興奮していて、最初フランクの腕をも撥ね付けたが
自分に触れている手がフランクのものだと気がつくと安堵したように
彼の首に腕を巻きつけ、泣きじゃくった。

ユンヒは服を無残にも剥ぎ取られ、白い肌が露になっていた。
フランクは一旦彼女を自分から離し、自分の上着を脱ぐと、
彼女の素肌をその上着で包み込みしっかりと抱きしめた。
そうして彼女の震えを優しく沈めていった。

テジュンはもうひとりの男をヒョンチョルに任せ、寝室に入ると、
まず騒々しい曲を止めた。
そしてユンヒの安否と、加えて、フランクによって床に伸された男が、
辛うじて息の根は有りそうだとわかり、ホッと胸を撫で下ろした。

そこへヨンジェが部屋に入って来て、中の様子に愕然とした。
ヨンジェは急を知らせる為フロントに掛かって来たチョ・ウンジョからの
電話の内容をたった今伝え聞き、慌てて駆けつけて来たのだった。
その男達はヨンジェの遊び仲間だった。

そしてヨンジェとウンジョも古くからの友人同士だった。
最近ウンジョからユンヒを紹介され、それからというもの彼は
とかく彼女に夢中だった。

ヨンジェは、ユンヒを大切に思っていた。
今までのような自分の粗暴を改め、簡単には心を開いてはくれない
彼女に対して、誠意を持って接しているつもりだった。
まさか自分の仲間が彼の名前を使って彼女達を信用させ、
このホテルにやってくるとは・・・
想像できなかった自分をヨンジェは悔やんだ。

ヨンジェは自分の目の前で既に伸された男達を無理やり立たせると
怒りに任せて彼らに拳を振るった。
そして、寝室で震えるユンヒに合わせる顔も、掛ける言葉も無く、
男達を部屋から連れ出した。


「お客様・・・警察に訴えられますか
 そうなさることをお薦めします・・私の方から警察に・・」 
テジュンはフランクの腕の中でまだ微かに震えているユンヒに
向かってそう言った。

フランクは少し驚いたようにテジュンの顔を見た。
こんな事件がホテルの中で起きたことなど、隠したがるのが
ホテル側の人間の本音だろうと思ったからだった。

「いいえ!いいえ!・・・誰にも言わないで・・
 お願い・・誰にも・・言わないで・・・」 
ユンヒはフランクとテジュンを交互に見て、請うように言った。


「ここは僕が・・・彼女は、知り合いのお嬢さんなんです
 幸いなことに、大事には至っていない・・・
 訴えるかどうかは・・・もう少し考えさせましょう」
フランクはテジュンに向かってそう言った。

「わかりました・・・では・・・宜しくお願いします
 何かございましたら、お部屋担当のソ支配人に、
 お申し付け下さい」
テジュンがそう言うと、フランクは目を閉じて、溜息をつくように頷いた。


テジュンはフランクに一礼すると、ウンジョを伴ってヒョンチョルと共に
ユンヒの部屋を出た。


本館へと向かいながらテジュンは無線のスイッチを入れた。
「ソ支配人を呼んでくれ」 

『ソ支配人は只今外出中です。』

「外出?今彼女は仕事中だろ?・・」


『大事な用がおありだとかで、イ支配人がその間、
 任務を交代しておいでです』


「・・・・」≪何やってるんだ!≫

 

 


「少しは・・・落ち着いた?」 フランクはユンヒに優しく声を掛けた。

「ええ・・・」 ユンヒは消え入りそうな声で小さく答えた。

「どうして、あんなやつらを部屋に?」

「ごめんなさい」

「こういうことが想像できない子供じゃないでしょ?」

「ごめんなさい」

「ふっ・・・謝ってばかりだね」

「ごめんなさい・・・」 ユンヒはフランクの背中に回した腕に力を込めると、
彼の胸に顔を押し当てるように埋めて更に謝った。

ユンヒはフランクに対して恥ずかしくて仕方なかった。
日頃のイライラが募り、友人達と酒を飲んで遊んでいたものの
「ヨンジェがユンヒの誕生日を祝いたいと言っている」
という男達の話を鵜呑みにして、部屋に彼らを招き入れてしまった。

自分のうかつさが招いた羞恥をフランクに知られてしまったことが
無性に情けなかった。

それでも、温かく心地良い彼の腕を離したくなかった。

「少し休むといい」

「・・・・・」 フランクはユンヒをベッドに静かに横たわらせると、
自分の上着の代わりにブランケットを彼女に優しく掛けた。

「オッパ・・・」 ユンヒはすがるように彼を見上げて、そう呼んだ。
「ん?」
不思議な感情だった。愛しい感情だった。
きっとフランクはユンヒのその瞳の中に遠い日に置き去りにして来た
妹ドンヒを見ていたのかもしれない。

「そばにいてくれる?・・オッパ・・・」
「ああ、大丈夫・・・オッパは君のそばにいるよ・・・
 だから心配しないで・・・ゆっくりお休み・・・」

フランクは彼女にそう言って、その髪を優しく撫でた。

フランクはテジュンがホテルの勤務医に用意させ届けてくれた
沈静剤を彼女に飲ませた。
そしてしばらくしてフランクは深い眠りについたユンヒを確認すると
その部屋の鍵を持ってそこを出た。

≪とにかく、行かなければ≫
そう思って、車を走らせ、ジニョンとの約束の教会へと急いだ。


約束の時間は一時間も過ぎていた。

それでもフランクは教会へと続く階段を駆け上がり、静寂の中に
重い扉の音を響かせた。

そこにジニョンはいなかった。

フランクは静かに礼拝堂の前方へと進み、前にジニョンと共に座った
席に腰を下ろすと祭壇に視線を向けて手を組んだ。

≪ジニョン・・・≫

彼女がここへ来たのか、来なかったのか・・・
それすらもわからない
ただわかっているのは、今ここに自分ひとりだけだということ。

彼女の携帯電話も通じなかった。
フランクは目を閉じ深く息を吸って、開いた目をマリアの像に向け
その息を吐いた。

彼はしばらくそこに座ったまま、何も考えず時の経過を静かに見つめていた。

今この時に、静寂の中にある礼拝堂に聞こえてくるのは
彼自身の冷えた心が吐き出す虚しい白い息の音だけだった。




「マルガリータを・・それからメモを一枚・・」 

フランクは教会を出てホテルに戻ると、カサブランカに立ち寄り
ジニョンにメッセージを残そうとした。
しかし、言い表せぬ躊躇いが書きかけたその文字を彼の掌に消した。
ついさっきも、打ち込んだメールを送信せず、電話を閉じた。

ジニョンに逢いたかった。
彼女の声を聞きたかった。
しかし今、彼女の本音を聞く勇気がなかった。

フランクはカクテルを二杯だけ、一気に胃に流し込むことで、
ジニョンへの思慕から逃れられるように、少しだけ自分に抑制をかけた。




フランクがユンヒが眠るパールヴィラに向かって車を走らせていると
目の前に人影がふたつ見えた。
並んで歩くその影はジニョンとハン・テジュンのものだった。

その光景は、フランクが自分に仕掛けた抑制のタガを外してしまった。

フランクは彼らの前で車を停めると、おもむろにドアを開け降り立った。


つい先程、ジニョンはテジュンからユンヒの部屋で起きた事件の事を
聞いたばかりだった。
こういうケースの対応は女性の方がいいからと、テジュンに促がされ
テジュンと共にユンヒの部屋に向かっているところだった。

同じ女性として、ユンヒのことを思い、自分にできることがあればと
テジュンに同意もした。しかし、
車から降り立ったフランクが苛立ちを隠していない様子を見て、
ジニョンは逆に彼に対して腹立たしくなった。

フランクはジニョンを睨み付けていた。
ジニョンもまた彼を睨み返した。

ふたりの互いしか目に入っていない様子にテジュンもまた
呆れたように目を逸らした。


「どちらへ?」 
フランクがジニョンにではなく、本当は目に入っていなかっただろう
テジュンに向かって口を開いた。

「パールヴィラへ向かうところです・・・
 ユンヒssiのお部屋の担当の・・」 
テジュンがそう言い掛けるとフランクは彼の言葉を直ぐに遮った。
「彼女のことはしばらく私が引き受けると
 申し上げたはずですが」

「いや・・しかし・・我々ホテル側としましても
 このまま放っておくわけには参りません」

「ふっ・・また、警察沙汰にしようと?」

「それは・・お客様の・・ユンヒssiのお考え次第です」

「ハン総支配人・・・あなたはホテルマンとして実に失格だ。」
フランクは突然、テジュンに対して攻撃的な言い方をした。

「・・・・・」

「あのようなことがホテルの中で起きた場合、ホテルマンとして
 普通は穏便に事を運ぶことをまず考えるべきです
 ホテルという立場上、風評がいかに痛手となるか
 よもや、お忘れではないでしょう?」

テジュンは以前、自分が巻き込まれてしまった事件のことを
彼が言っているのだとわかっていた。
その為に、自分自身がソウルホテルにも、そして他のホテルさえも
居られなくなった事実は≪忘れられるものではない≫

「お言葉ですが・・私はホテルの対面よりも人の気持ちを
 重んじたい・・・
 この場合、彼女がしたいようにして差し上げるべきだと
 私は考えています」

「なるほど・・・よくわかりました
 ソウルホテルが再三に渡り、経営難に陥る理由の根本も
 そこにあることが。」

「どういう意味でしょう」 テジュンは顎を上げてフランクを睨んだ。

「全てが甘いんです・・あなた方の考え方全てが。」

「意味がよくわかりませんが」

「わからない・・・ですか・・・
 わからない人間はいつまで経ってもわからないものです。」
フランクはテジュンからジニョンに視線を移して嫌味を込め言った。

「それから・・・
 ユンヒのことは私が引き受けています
 それは彼女の意向でもあります・・・あなたがおっしゃる
 “彼女のしたいように・・・”それが
 この私がそばにいることだそうですから」

そう言いながら、フランクはまたジニョンを見た。
そして彼は彼女から鋭い視線を外さないまま、テジュンに言った。

「少し彼女と話をさせていただけませんか」

ジニョンは“どうぞ”と言わんばかりに身構えて、顎を上げた。

「お願いします」 
フランクはテジュンに向かい、席を外してくれ、という意味で言った。

「ええ」 テジュンは頷いて、彼らから少し離れた。



「今・・教会に行って来た・・・」 
フランクはジニョンに向かって静かに言った。

「そうですか」

「・・・僕が必ず行くこと・・わかっていたよね」

「ごめんなさい。・・・私は、行かなかったの。」 
ジニョンはそう言って、プイと横を向いた。

「そう。」 フランクは鋭い視線を崩さなかった。

「でも良かった・・お陰でお客様を救って下さったそうで・・・
 感謝いたします」 ジニョンもまた険しい表情のままだった。

「最後に一度だけだとお願いしたことも、
 聞き遂げてはくれなかったわけだ」 フランクは少し嫌味に笑った。

ジニョンは彼のその態度に怒りを覚えて声を荒げた。
「もし!仮に・・私が行ってたとしても。
 あなたは来てなかったんでしょ?」 

「それには理由があったこと・・聞いたでしょ?
 それを聞いたから、今君はここにいるんじゃないの?」

「でも!来なかった」 今のジニョンにはその理由など関係なかった。

「君も行かなかったんでしょ?僕を責めるのは
 お門違いだ。」 フランクもまた、彼女の態度に苛立ちを募らせた。

「・・・・・」 「・・・・」
ふたりは互いに歩み寄れないわだかまりを持て余しているかのようだった。

「聞かせてくれ・・・行かなかったことが・・・
 君の僕への答え?」

「・・・・・」

「はっきり言いなさい!」 
フランクの怒号にジニョンは一瞬ビクッと体を震わせた。

「ええ!そうよ」
しかし次の瞬間、毅然として答えていた。

「・・・・・」「・・・・・」
ふたりはまたも睨み合ったまま沈黙を数えた。

「そう・・・わかった。」

「な・・何よ・・そんなに睨んだって・・
 怖くないんですからね!」

「わかったと言ったんだ。君が怒る理由はないだろ?
 それじゃ、おやすみ・・・ジニョンssi」

フランクはジニョンを睨み付けたまま、きびすを返し、車に乗り込んだ。

走り去る彼の車を睨み付けながら、ジニョンは突然ぽろぽろと涙を流した。

テジュンは彼女の様子に大きく溜息をついた。

「泣くな!・・そんなお前を見たくない」 彼は乱暴にそう言った。

「じゃあ、見ないで!」 ジニョンは制服の袖で涙を拭った。

「何の話か知らんが・・お前・・行っただろ?・・」

「何のことよ!」

「さっき・・お前仕事中なのにいなかった・・
 探してたんだぞ」

「帰って来たんだから、文句ないでしょ!」

「お前!」

「もう帰ってもいいでしょ!
 お客様は彼が見てくれるって・・そう言ってるんだから!」
ジニョンは靴音をカツカツと立てながら、テジュンに背を向け
歩き出した。

≪最後に一度だけ・・・私だって・・
 勇気を振り絞って行ったのに・・
 来なかったのはあなたじゃない!

 私が待ってる間
 あなたはあの子のそばにいたのよ
 ホテルの人間に任せず・・あなたがそれを選択したのよ!≫


   あなたが怒る理由・・・


         ・・・何処にあるの!・・・
















 



 



 


2010/12/19 22:07
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passion-20.信じるということ

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ヨンスが部屋を出て行ってから、フランクはゆっくりと目を閉じた

10年前のあの日、ジニョンの父ソ・ヨンスの口から出た言葉は
今でもはっきりと心に残っている

≪君のような男のそばで・・・
  這い上がって生きることを強いられた男のそばで・・・
  これから先も果たしてジニョンは
  安穏と暮らしていけるのだろうか・・・・≫

ヨンスのその言葉がフランクにジニョンとの別れを決意させたことは
事実だった
そして今も彼の環境は何ひとつ変わってはいない

≪いや、10年前よりも尚、平穏とは無縁の世界に生きている
  それなら何故僕は、こうしてここにいるのか

  それは・・・ジニョン・・・
  君がいるからという以外に何の意味もないだろう
  僕はもう二度と・・・
  自分の心に嘘はつくまい・・そう決めたんだ
  誰が何と言おうとも・・・誰が深く悲しもうとも・・・

  そうすることが・・・
  僕自身の心のままに君を求めることが・・・
  君の幸せでもあると信じたい・・・
  いや・・信じているんだ
  それを否定するものなど・・・この世には存在しないはず・・・
  そうじゃなかったのか?・・ジニョン・・・≫





「ジニョン、これから従業員のみんなにカサブランカを
 見学させる予定なんだ・・お前も一緒に」

「今から?」 
ジニョンは正直そんな気分にはなれなかったが、
今はテジュンの言う通りにしようと思い、頷いた。

 

テジュンが10名程の従業員を引き連れカサブランカを説明しながら
階段を上から下りていると、ジニョンの視界にカウンターで寛ぐ
フランクの姿が入ってきた。
彼もまた、ジニョンに気がついたようだった。

ジニョンは慌てて彼から視線を逸らし、思わず二階に駆け戻った。
≪バカ・・どうして逃げたりするのよ・・≫

ジニョンが柱に寄りかかって、動揺してしまった鼓動を落ち着かせようと
手で胸を抑えた時、突然背後から誰かにもう片方の手を掴まれ驚いた。

フランクだった。

螺旋階段を彼女を追って上って来た彼が彼女の手を掴んだまま
心を絞るような目で彼女を見上げていた。

≪お願い・・・そんな目で・・見ないで・・・≫

「どうして逃げる?」

「来ないで・・・」 

「どうして?」

「あなたとは・・・もう逢えない・・」 

「それは君の本心?」 
階段の段差のせいで丁度フランクの目線がジニョンを
見上げるような位置にあって、彼女が彼を避けようと視線を落としても、
彼の真直ぐな眼差しから逃れるのは難しかった。

「・・・・・・」

「信じられない?・・・どうしても・・・」

「何を信じろと言うの?」

「僕が・・・君を愛してるということ・・・
 それが始まりで・・・それがすべてだということ
 それだけのことだ・・・」

フランクは真直ぐにジニョンの目を見て、彼女を説くように言った。

「わからないわ」

「わからない?・・・君の昔からの口癖だね
 僕がそれを聞く度、いつもイラついていたこと・・
 知ってたかい?」

「・・・・・・」 ジニョンは無言で悲しそうにフランクを睨んだ。

「どうしてわかろうとしない?」 フランクは苛立ちを隠せなかった。

「勝手なこと言わないで!」 ジニョンもまた同じだった。
しかし、その苛立ちとはまったく別の感情が彼女の胸を締め付けた。 

ジニョンは自分の胸が本当に潰れるのかと思った。
苦しくてたまらなかった。きっとホテルへの思いとフランクへの想いが、
自分の中で懸命に戦っているのだと覚悟した。

「仲間達が・・・苦しんでるの・・・
 あなたのせいよ・・・」

「僕のせい・・・」 
フランクはジニョンの言葉をなぞってゆっくりと言った。

「わかるでしょ?・・私は・・あなたを・・・
 許すわけにはいかない・・・」
「・・・・・」
「・・お願い・・・リストラなんて・・」

「それは・・聞けない。」 
フランクの声には断固とした強い決意が見えた。

「どうしても?」 ジニョンは請うように彼を見上げた。

「一ヶ月待って・・・一ヶ月経って・・・
 そしたら、どうして僕がそうするのか、
 理解できるはずだ」

「理解?・・・いいえ、きっと理解なんてできない・・
 前にも言ったはずよ・・私達にとって・・
 大切なのは仲間・・
 ここで一緒に働いている仲間なの・・」

「僕よりも?」

「・・・・・もう行かないと・・・
 下で待ってるわ・・みんなが・・・」

「答えろ・・僕よりも大事なのか?」 フランクはジニョンの腕を強く掴んだ。

「あなただって・・」

「あなただって?・・・何?」

「あなただって・・私より仕事・・」
「僕には君より大事なものはこの世に何ひとつない!」 
フランクはジニョンの言葉を遮って断言するように言った。
ふたりは睨み合ったまま互いを見つめていた。

それはジニョンにもとうにわかっていた。
心はとうに彼を信じていた。
それでも・・・

「・・・・・」

「もう一度」 
逃げようとするジニョンの腕をフランクは更に強く掴んだ。

「・・・・」

「もう一度だけ・・話を聞いて・・」

「・・・・」

「僕の懺悔を聞くと、約束したでしょ?
 あの教会で・・今日の12時に・・」

「行けないわ」

「待ってる・・・」

「無理よ」

「待ってる。」 フランクはジニョンの二の腕を掴んだまま彼女の視線を
自分の正面に合わせるように彼女を揺らした。

ジニョンは彼の目の前で溢れる涙をどうしようもなかった。
彼は無言で、彼女の頬を伝う涙を指で拭った。

フランクのそばを離れた後、ジニョンは結局下で待つ
テジュン達の元には戻れなかった。
彼らの前に立つ勇気が持てなかった。
今自分がどんな顔をしているのか・・・不安でならなかった。
それはフランクによって窮地に立たされた彼らに対してより
フランクに対する自分の想いが遥かに大きいことに、
彼女の本能が答えていたからだった。

 


スンジョンが、ひとりだけでオフィスに戻って来たジニョンを
見つけて、
怪訝そうな目を向けた。

「総支配人達と一緒じゃなかったの?」

「ええ・・気分が乗らなくて・・」

「何かあったの?」 
スンジョンは疑うようにジニョンの顔を下から覗いた。

「いいえ・・何も・・」

「はっ・・あなたって正直ね、何か遭ったって顔・・
 隠せてないわよ」

「・・・・」

「話してみたら?・・気分が乗ったら、だけど・・」

「・・・・」


スンジョンの目を見れば、その言葉が決して面白がっているのでは
ないことがわかる。
ジニョンは彼女の目を見つめて、小さく笑った。

そしてスンジョンにフランクとのNYでの出逢いから別れ、
ソウルでの再会のいきさつを話して聞かせた。

ジニョンは初めてだった。こんな風にフランクのことを人に
話そうと思ったことなど今まで一度もなかったのだ。

先日の一件で、イ・スンジョンはジニョンを悪く言う人間から、
彼女を庇ってくれた。
以来、スンジョンは、ジニョンにとって信頼に値する人間になっていた。


「情熱的な恋だったのね・・・」 
スンジョンは溜息混じりに羨ましそうに言った。


「それで一度は消えてしまった彼が
 10年ぶりにあなたの前に現れて・・・
 そしてまたふたりは愛し合った・・・そういうことね」 
スンジョンは今度は両手を組むと夢見心地な目で天を仰いだ。

「そう思ってました」

「違ったの?」

「だって!彼は・・ホテルを・・
 私達のホテルを買収しようと・・」

「彼があなたを騙したと思ってるの?」

「いいえ、そんなはずはないと思ってる・・
 ・・・そう思いたい・・」
ジニョンはスンジョンにすがりつくような目を向けた。

「それじゃ、彼を信じるのね?」

「わからないの・・自分でもわからない・・でも・・・」

「でも?」

「逢いたい・・・」

「・・・・困ったわね」

「ええ・・とても」

「でも彼って酷い人よね
 あなたの前から勝手に消えたのにまたのこのこと現れて
 あなたの気持ちを弄んだんだわ」

「違う!彼が消えたのは・・・父が・・・私の父が・・・
 彼にそうするように・・・そう言ったから・・」

「でも今はあなたを騙してるんでしょ?
 好きでもないあなたを仕事に利用したんでしょ?」

「そんなことない!彼・・私のことは本気だって言ってる・・
 愛してるって・・
 騙してないって。信じてくれって・・」 
ジニョンはスンジョンに食って掛かるように言った。

スンジョンはフーと技とらしく溜息を宙に吐くと「馬鹿みたい」 
と少し投げやりに言ってジニョンを驚かせた。
「だったら。」 そして今度はジニョンの目をしっかりと見た。

「・・・・・」 ジニョンは無言のまま彼女の言葉を待っていた。

「だったら・・いいじゃない。」
そう言ってスンジョンはジニョンに微笑んだ。

「先輩・・・」
「信じてるんでしょ?彼を」 
ジニョン自身の心の中の答えがスンジョンの言葉を借りて発せられたことに、
ジニョンは胸の奥で安堵に似たものを噛み締めていた。

「それでこれから・・・どうするの?」

「さっき、カサブランカで偶然彼と逢って・・・
 今日の12時に逢いたいって・・」

「行くの?」

「わからない」

「行くべきだわ」

「先輩・・・」

「行かないときっと後悔する」

「行っても後悔するわ、きっと・・」

「そうなの?だったら余計ね
 行っても行かなくても後悔するなら、やはり行くべきよ」

「・・・・・」 スンジョンはいつものジニョンらしからぬ迷いに、
大きなため息をひとつついた。

「ソ・ジニョン!しっかりしなさい!あなたはきっと、10年前も今も・・
 彼への気持ちはこれっぽっちも変わってないのよ
 そして彼の気持ちも同じだと、心の底では信じてる
 そうなんでしょ?
 確かに彼は私達の大事なホテルを潰そうとしてる人よ
 そうなると私としてもきっと・・すごく・・困ったことになるわ・・
 でももし彼が言うようにあなたへの想いと
 仕事のことが別だとしたら・・
 あなたのことを本当に愛していて・・
 迎えに来たというのも真実だとしたら・・・とにかく
 彼の話をもう一度聞いてみてもいいんじゃない?
 そして、あなた自身の本当の気持ちを見つけるべきよ
 あなたが・・・どうしたいのか・・・」

「私が・・・どうしたいのか・・・」 
ジニョンはスンジョンの顔を見つめて、彼女の言葉をただ繰り返した。

「そう!彼がどうしたいのかじゃなく・・・
 あなたがどうしたいのかよ」

「それで・・もし、私がホテルじゃなく彼を選んだら?」

「選んだら?」

「そうしたら・・・私は悪い女・・ですか?・・・」

「ふー・・・そうね・・・もしそうなったら・・・
 私達は困ったことになるのかな・・・
 私達はあなたに裏切られたってことになる?
 ・・・そうかもしれない」

スンジョンは黒目だけを上に向けて、口を尖らせて見せた後
ジニョンの目を見て、にっこり微笑んだ。
「・・・・」

「でも、いいわ・・そんなこと深く考えない」

「・・・・」

「それに・・・」

「・・・・それに?」

「何だか、かっこいいじゃない?
 私もなってみたいもの」

「えっ?」


「悪い女・・・。
 あ・・ごめん・・・でも誤解しないで。
 決して面白がってるわけじゃないの・・・」

「そうですか?」 ジニョンは疑いの眼差しを彼女に向けた。

「ちょっと!私は至って真面目よ!
 いいじゃない・・なったって・・悪い女。
 ソ・ジニョン!愛は・・・何ものにも代え難いものよ」

「先輩・・・」 

「何よ!」

「・・・・スンジョン先輩って・・・
 どうして、恋愛もしたことないのに、
 そんな立派なことが言えるの?」
ジニョンはスンジョンに対して少しふざけたように言いながら、
彼女の言葉によって救われた自分を素直に認めていた。

不思議なほどに心の重荷が軽くなっている自分に驚いて、胸を詰まらせた。

「余計なお世話だわ」 スンジョンはプイとそっぽを向いた。

 



ジニョンは時計を見た。針は11時50分を指していた。

≪行っても行かなくても後悔するなら、やはり行くべきよ≫

スンジョンの言葉がジニョンの胸の高鳴りに後押しをするように
何度も語りかけた。

ジニョンが勢い良く席を立った音は、目の前の席のスンジョンを驚かせた。

「行くの?」 スンジョンは小声で言った。

ジニョンは唇を強く結んで大きく頭を縦に振った。
スンジョンはそんな彼女を見て微笑むと、突然背伸びをして見せた。

「あ~あ・・私そろそろ退社時間なんだけど、今やってるこれね・・
 あと一時間位掛かりそう・・」
そして周りに居たスタッフに聞こえよがしにそう言うと、
ジニョンにわざとらしい渋い顔で書類を翳して見せた。

「ありがとう・・先輩・・」
ジニョンはまだ勤務中にも係らずオフィスを飛び出していた。

スンジョンは出て行く彼女の後姿を溜息混じりに見送りながら呟いた。
「私だって・・・そんな恋がしてみたいわ」

 


フランクは今度こそジニョンに全てを告白しようと決めていた。
彼は腕時計を見て、少し早めに教会へ向かおうと、上着を手に取った。

彼の携帯電話が鳴ったのはその時だった。

「ハロー・・」 

「助けて・・・」 その声は酷く怯えていた。



     ・・・「だれ?」・・・

 





 

 









 

 



 


2010/12/11 12:23
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-19.父の罪

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会議を終えてサファイアの部屋に戻ったフランクは椅子に腰をかけ
しばらく瞑想するかのように目を閉じていた。
レオはそんな彼に敢えて声を掛け、その瞑想の邪魔をした。

「ボス・・・ジニョンさんのことだが」

「ん?」 フランクは迷惑そうに眉を顰めて、レオを目の端に入れた。

「そろそろ、お前の本音を聞かせてくれないか」 
レオはフランクから視線を逸らして言った。

「本音?」

「お前はここをどうしようとしてる?」

「ふっ・・今更、何を・・・」

「俺達はハンガン流通の依頼を受けて、ソウルホテルの買収に来てる」
レオは今度は真直ぐにフランクを見て、早口にそう言った。

「確認するまでも無い」 
フランクはわかりきったことだと言わんばかりに、素っ気無く答えた。

「お前とジニョンさんの関係と、この仕事は別問題と
 俺は解釈してるが・・」

「ああ」

「信じていいんだな。」 レオは念を押した。

「だから。エリックの書類に判を押した」

「もしもこの取引でハンガン流通を裏切ることがあったら
 お前も俺も、この世界じゃ生きていけないぞ」

「しつこい。」 フランクはレオの顔を下からギロリと睨み付けた。

「なら、いい・・」

しかしフランクはその瞬間、レオから視線を逸らしてしまった。
そしてその時レオはフランクの悪い癖を見逃さなかった。
フランクはレオに対して、いつも高圧的な態度を取るが、少しでも
後ろめたいことがある時の彼の目は少し寂しげに翳る。

それでもレオは何も言わなかった。

≪お前がその気ならそれでもいいさ・・・俺は俺の考えで、事を進める
 例えお前とたもとを分かとうとも。・・それでいいんだな、フランク≫





ソ・ヨンスもまたホテルの一室で椅子に腰掛け目を閉じていた。
そして彼は、たった今会議室で10年ぶりに会った若者に思いを巡らせ溜息を吐いた。


≪ジニョン・・・どうかわかってくれないか≫

≪何をわかれと言うの!パパ!
 パパは私の気持ちを無視したのよ・・・≫

≪そうじゃない・・私はお前のことを思って≫

≪パパにはわかって欲しかった・・
 彼のこと・・わかってくれると思ってた・・
 そう信じてたのに・・・≫

忘れかけていたはずの罪が、ヨンスの胸を締め付け、額に薄く汗を滲ませた。
昔、ジニョンに幾度と無く攻められ、泣かれたことが、今でも胸をえぐるように
思い出されてならなかった。

「しばらくはホテル住まいだな」 ヨンスは小さく呟いた。




会議があった翌日のホテルのバックヤードは朝早くから騒々しかった。
リストラの噂が館内に巡り、多くのスタッフが仕事どころではなくなっていたのだった。

総支配人に向かって、辛らつな暴言を吐く者さえいた。

「リストラはしない。」 テジュンは彼らに力強くそう言った。

「本当なんですか?新しい理事が決定事項だと
 言ったそうじゃないですか!」

「リストラなどしなくても済むように、利益を上げて、
 このホテルを活性化していけばいいわけです。
 それには皆さんの大きな協力が必要です。
 今までのように、いや、今まで以上にどうか、
 力を貸して下さい、お願いです」
テジュンは従業員に向かって深く頭を下げた。

「総支配人達幹部の方は安心かもしれないですが、
 首を切られるのは私達下っ端の人間でしょう?
 しかし、私達にも生活があるんです・・
 子供もいる・・親もいる・・もしも、そんなことになったら、
 一体どうすればいいんですか?」
テジュンの誠意を理解しながらも、目に見えぬ不安に駆られた
納得できない幾つもの目がテジュンを責めた。

 

 



その頃サファイアヴィラのフランクの部屋にはひとりの男の姿があった。

「お呼びでしょうか」 
オ・ヒョンマン・・・ソウルホテル副総支配人だった。


「お掛け下さい」 
フランクはヒョンマンに向かって無表情に言った。

ヒョンマンは先刻この場所で起こした自分の不祥事を考えて、何か苦言を
吐かれるのかと身構えてフランクの前に座った。

「あなたにお聞きしたいことがあります・・副総支配人。」 
フランクは冷たい微笑を浮かべて静かに言った。

「先日のことなら・・・」 ヒョンマンは怪訝そうに彼を見た。

「ハン・テジュン総支配人をどう思われますか?」
「どうとは?」

「彼は先刻私が命じたリストラ要員のリストを提出できると
 思われますか?」
「何故私にそんなことを聞くんです?」

「私が・・・彼にはできないと思っているからです」
「・・・・・」

「そして・・・あなたに尋ねるのは・・・
 あなたにならできると思うからです・・それも・・完璧に。」
フランクはそう言ってヒョンマンに向かって不適な笑みを浮かべた。

「・・・・・」
「出来ますか?」 フランクの言葉と目がヒョンマンを威圧した。

「ホテルを裏切れとおっしゃるんですか?」
「結果的にはホテルの為です」

「ホテルの・・為・・・」
「そしてあなたには総支配人の地位を・・」 そう言ってフランクは
目に何の感情も浮かべぬまま片方の口角だけを上げた。

「ハンには、社長初め、ソ弁護士・・強い味方が存在する・・・」 
ヒョンマンはいつもそのことが自分を苛立たせるのだと思っていた。

フランクは彼のその言葉を聞いて“ふっ・・”と笑みを浮かべた。
「前社長の意思を頑なに守ろうとする者は、このホテルから
 排除します・・ひとり残らず。」

「・・・・・そんなこと、無理に決まっている」
「無理・・・・そんな言葉は私は知らない」 フランクの目が
冷たく光るのを見て、ヒョンマンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「ソ・ジニョンも前社長の・・」 彼は意味有りげにフランクを見た。

「彼女のことは・・」 
フランクはヒョンマンを睨み付け彼の言葉を遮ると、恐ろしい程に冷静な声で
ヒョンマンとの間にガラスの壁を打ち立てた。

「ソ・ジニョンのことは・・・
 あなたなどに考えていただかなくて結構。」

 

 



騒ぎを何んとか鎮めて、落ち着きを取り戻したオフィスでは、テジュン初め、
幾人かの支配人達が大きく溜息をついて一様に肩を落としていた。

ジニョンは彼らのその様子に、酷く胸が痛んだ。
何も言えない自分が情けなかった。

「あんなこと言って大丈夫なのか?総支配人」 
料理長がポツリと言った。

「何をです?」 テジュンは少しぶっきらぼうに言った。

「リストラはしない、そうおっしゃったわ、皆んなに・・」 
今度はスンジョンが口を開いた。

「しないさ。」 
テジュンは自分にも言い聞かせるように答えた。

「でも・・」 
そう言い掛けて、スンジョンはジニョンを見て、口をつぐんだ。

「ごめんなさい」 ジニョンは項垂れ謝っていた。

「何でお前が謝るんだ!」 テジュンは怒ったように言った。

「私、もう一度彼に話を・・」

「二度と余計なことをするなと言っただろ!」 
テジュンは思わずジニョンに向かって激高してしまった。 

「テジュン!お前らしくないぞ!」 料理長が彼を嗜めた。

「すみません・・・どうかしてました・・・悪かった・・・」 
テジュンは料理長に詫びた後、ジニョンの肩に手を置いた。

ジニョンは無言で大きく頭を横に振った。
彼女にはテジュンの辛い気持ちが手に取るようにわかっていた。
≪従業員の気持ちをいつも慮る人だもの≫

ジニョンもまた苦しいはずだと、テジュンは思った。





翌日の午後、ソ・ヨンスが“話がしたい”とフランクの部屋を訪ねて来た。

「ご無沙汰しておりました」 
フランクは起立して、彼に丁寧に頭を下げた。

「ソウルホテルへの復讐かな?それとも・・・
 私への復讐か・・・」 ヨンスは椅子に腰掛けながら言った。

「何のことでしょう」

「10年前、君はジニョンの為にこのホテルを命がけで救ってくれた
 しかし私は、そんな君を・・・ジニョンから引き離した
 当然恨みに思っただろう」 ヨンスは視線を落とした。

「決めたのは私です」

「それで・・・その復讐の行方はいかに?・・・」

「復讐など、くだらない感情の産物でしかありません」
ヨンスは“当然だろう”というように笑みを浮かべた。
≪この男はそんな男ではない≫それはよくわかっていた。

「・・・・今でもジニョンを?」 

「ここであなたにお答えした方がいいのでしょうか」

「君がここにいることが答え・・そうなのかな」

「随分婉曲な言い回しですね。」

「あいつを愛してる男がもうひとりいるぞ」

「・・・・それは知らなかった」 フランクはフッと笑って見せた。

「しかし、ジニョンにとっては君の生き方より
 その男の生き方の方が親としては心穏やかだ」

「・・・・あなたがおっしゃる・・・楽に生きられる・・・ですか?
 しかし残念なことに、私は・・私のやり方でしか、生きられません」

「そうか・・・そうだな・・・」

ふたりの男は少しの間、互いの視線から視線を逸らさないまま沈黙していた。

そして、ソ・ヨンスはまた静かに口を開いた。
「私はもちろん、立場的にホテル側に沿う」

「当然でしょう」

「そしてジニョンの父として・・・奴の味方をするが?・・」

「ふっ・・・」 
フランクはヨンスのその言葉に何故か敵意を感じず、笑ってしまった。

「取るに足らないということかな?」

「私も立場的にあなたを追い込むことになります」

「無論だろう」

「そして私は目的の為なら、誰であろうと容赦はしません」

「当然だ。」


「ご理解頂けて良かった」

「誤解してもらっては困る。理解はできない。」

「残念です」

「しかし・・見違えるようだ」

「・・・・・」

「10年前の君と・・・」

「そうでしょうか」

「自信に溢れている」

「お褒め頂いたのでしょうか」

ヨンスはただ黙って微笑んだ。


ヨンスはわかっていた。娘ジニョンが何年経っても忘れられない男は、
彼ただひとりなのだということを。


 10年前私はジニョンの気持ちを無視して、あの子を彼から引き離した。

 韓国に戻ってからの三年は私にとって地獄だった。

    ≪パパにはわかって欲しかった・・
     彼のこと・・わかってくれると思ってた・・
     そう信じてたのに・・・≫

 私はただ・・・娘ジニョンの安息を願った
 神からの預かりものであった娘の生涯の幸せを願った

 そうして彼から娘を奪い取った

 しかしそれはきっと、神に逆らったことだったのかもしれない

 ジニョンはそれ以来、私との溝を深め、ただひたすらに
 勉強に打ち込んでいた。
 私からの独立を望み、大学の資金すら私に出させてくれなかった。

     ≪フランクは必ず私を迎えに来るの≫

 あの子はそう繰り返した。

     ≪ジニョンには彼だけなんです≫

 ジニョンと生きてくれると信じたジョルジュは
 そう言い残して去って行った。
   
 “親のエゴ”フランクに言われたあのひと言が深く身に沁みた
 しかし、風の噂で“フランク・シン”の近況を耳にするにつけ、
 私は決して間違ってなかった、と自分を信じていた
 あの男の、人を人とも思わない冷酷な商法を聞く度に
 私は自分のしたことを肯定し、胸を撫で下ろしたものだ

 ジニョンがソウルホテルに入社して、人との係りを学んで行くにつれ
 あの子の私への感情も穏やかさを取り戻していった


 しかしあの子の心深くに潜む暗闇は拭い去ることはできなかった
 時折夢に魘され、あの子の口から聞こえてくるその名前に耳を塞いだ
 そして・・・
 いつも周囲に笑顔を忘れないあの子が、時折ふっと見せる
 物憂げな寂しい横顔に気づかない振りをして来て
 もう何年になるだろう・・・

 そのことを考える度、この男のことを思い出していた
 良かれと思ってやったことが、結局娘を不幸にしているのではないか
 そう思うとやるせなかった


 ドンスク社長からジニョンとテジュンのことを聞かされた時
 それでも父として、ハン・テジュンをジニョンが愛したのなら
 喜ばしいことだと思った。

 ふたりの門出を喜ぼうと帰って来た時、そこに彼がいた

  ・・・フランク・シン・・・

 ヨンスはその時悟った。彼はまたソウルホテルを救いに来たのだと。

他でもない、ジニョンひとりの為に・・・。

≪しかしあのやり方では、ジニョンの心は離れていく一方だぞ


 それでもいいのか?フランク・・・
 それでも君は、このホテルを・・・


  ジニョンのホテルを・・・


      ・・・守ろうとするのか≫・・・

 


2010/12/10 23:21
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-18.孤独な改革

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ジニョンがフランクの部屋を出て、ぼんやり歩いていると
坂の下から血相を変えて走って来るテジュンが見えた。

「ジニョン!」 彼はジニョンを見つけて、怒りを露にした。

「どうしたの?」 
ジニョンは彼が慌てている理由をわかっていながら、そう聞いた。

「どうしてこんなことをするんだ!」 
テジュンの体は怒りに任せて、フランクの部屋の方へと向かっていた。

ジニョンは慌てて彼のその腕を掴んで止めた。
「何にもなかったわ・・・大丈夫・・・
 ホテルも・・・取り敢えずは大丈夫・・・多分・・・」

「お前!」 テジュンは思わずジニョンに手を挙げようとしたが
彼女の潤んだ眼差しを前にその腕は直ぐに下ろされた。

ジニョンはテジュンのその行動に思わず笑ってしまった。
「何だ!何が可笑しい!」

「さっき・・あなたと同じようなことした人がいた」

「殴られたのか」 テジュンの目がまた怒りを描いた。

「同じように・・と言ったでしょ?彼は紳士なのよ・・
 女に手を上げたりしない」

「はっ!紳士が呆れたね」

「そんな風に言わないで・・・」 ≪まただ・・・
 彼を悪く言われる度に・・・こんなにも胸が痛い・・・≫

「・・・・・信じてるのか・・あいつを・・・」
≪愛してるのか・・・≫本当はそう聞きたかった。

「わからない・・・」 ジニョンは俯いてそうポツリと言った。

「わからない?」

「でも・・・」

「でも・・何だ!」 

「ううん・・何でもないわ」
≪でも・・・直ぐに逢いたくなるの・・・逢いたくて・・・苦しくなる≫
ジニョンは心の中だけで呟いて、唇に指を当てた。

≪あなたの唇の温もりがこの唇にまだ甘い疼きを残している
 いつもそうだった・・・いつもそう・・・その度に私は・・・
 あなたが・・・決して忘れられない・・・
 決して失えない存在だと思い知るのよ・・・フランク・・・≫

ジニョンは俯いたまま、胸の内の動揺を隠すように唇を噛んだ。

「・・・・・・」 
テジュンは彼女の沈黙の中に、彼女の心の内を聞いたような気がして、胸を痛めた。

「首を洗って待ってろって・・あなたに」 
ジニョンはテジュンとの間の空気を変えようと、フランクからの伝言を
わざと面白がっているように言った。

「望むところだ!」 
テジュンも彼女のその気持ちに気がついて、彼女に調子を合わせて言った。

「手強いわよ・・彼」

「なんてことない。」

「ホントに?」

「ああ・・俺には守らなきゃならないものがある」≪ホテルと・・・そしてお前・・・≫

「私も・・・」
「えっ?」 
テジュンは思わず自分の心の声に返事をされたと一瞬勘違いした。

「私達のホテルですもの・・・守らないと・・・」

「あ・・ああ、そうだな・・」

 




フランクはたった今ここで交わしたジニョンとのひと言ひと言を思い返し目を閉じた。

「どうして・・・」
≪こんなことに?・・・ジニョン・・・僕はただ、君だけのために・・・
 そのことを伝えたかっただけなのに・・・≫

考えれば考えるほど、想えば想うほど・・・心が沈んでいった・・・
フランクはジニョンへの哀れなほどの想いを持て余し、彼女の口から聞かされる
ハン・テジュンの存在がこれ程までに自分を押さえられなくする事実が
腹立たしかった。

実際のところ、ソウルホテルを潰そうなど、露ほども思ってはいなかった。
しかし、少し間違えば、潰してしまいかねない橋を渡っていることも事実だ。

しかしここへ来た以上、ここまで来てしまった以上、やらなければならない。

 ≪僕が!こうすると決めたら、必ずそうすること・・
 君が一番よく知ってるはずだ≫

フランクは自分がジニョンに言ったその言葉を脳裏に反芻し、それを自分自身に
言い聞かせることで、自分の決意を固めていた。
  
  こうすると決めたなら・・・僕は必ず、そうする・・・

  今までもそうして来た

  これからも・・・それは変わらない




 

「シン・ドンヒョク?」 

社長室でソ・ヨンスがドンスク社長とテジュンを前に驚いた顔をした。
ジニョンの父であり、ソウルホテルの顧問弁護士でもあるソ・ヨンスは
長期出張の為、イタリアに出向いていた。
帰国後直ぐにホテルに向かったのだが、その時ホテルは混乱状態にあった。

「ええ・・」

「フランク・シンのことか?」

「はい、韓国ではシン・ドンヒョクと・・」 テジュンが答えた。

「彼が何故ここへ?」

「ご存知なんですか?ヨンスssi・・彼を・・」 
ドンスクは怪訝な目でヨンスを見た。

「ああ・・知ってる・・・」 しかし彼はその後を繋げなかった。

「ジニョンssiが・・彼が10年前このホテルを救ってくれたと・・・
 そう言っていましたが・・・それは本当なんでしょうか」 

ドンスクは10年前、ホテルが突如経営危機を迎えてしまい、人手に渡りそうになった時、
ある男が債券を取り戻した上、その全てをホテル側に適正な価格で譲り渡してくれた
という事実を当時社長だった夫から聞き及んでいた。

「ああ・・本当だ」 ヨンスは苦渋を眉間に浮かべながら言った。

「彼はその時、ジニョンssiの恋人だったというのも事実ですか?」

「・・・・ああ・・事実だ」 ヨンスは思わず目を伏せていた。

「そうすると、彼はその時、彼女の為にホテルを救ったことに?・・
 でも今度は・・買収しようと企てている・・それはどういうことなの?・・・」
ドンスクは、考え込むように俯きながら、呟いていた。

「それで?」 ヨンスはそんなドンスクの様子を視線の端に置きながら
テジュンの方に現状を訊ねた。


テジュンは先日の事の次第を説明し、シン・ドンヒョクの要求内容を
ヨンスにこと細かく説明した。

「しかし、その後は当初言っていた訴えなどは起こしませんでした」

「起こさなかった?・・どうして・・」

「それは・・その・・ジニョンが・・」 テジュンにしてみれば、この結果が
彼女とシン・ドンヒョクとの関係を明白にしているようで面白くはなかったが
今となってはその事実にも目をつぶるわけにはいかなかった。

「ジニョンが?」

「彼女が彼と話した後は、何も・・・」

「なるほど・・・そうか・・・」 
ヨンスは一度目を伏せて小さく溜息をついた後、言葉を繋げた。
「しかし・・・それは良かった・・
 アメリカで告訴に持っていかれたら、厄介だっただろう」

「ええ、確かに・・・私の不徳の致すところです・・・
 しかし・・・」 テジュンもまた一度深く溜息をついて続けた。

「先程、ホテルへの資金融資の件で、顧問理事を介入させると
 銀行側から言って来ました。その理事の名前が、シン・ドンヒョクと・・・
 これから我々はホテルの経営指針までも、
 彼の意見を聞かなければならなくなりました。
 しかし彼がハンガン流通側の人間であることは明白です
 いったい・・どうしたらいいでしょう・・・
 早速明日、幹部クラスが彼から召集を掛けられました・・・」

ヨンスは腕を組み一度目を閉じると、しばらくしてゆっくり口を開いた。

「彼の出方を見てみよう」


 

「パパ!」 ヨンスが社長室を出た時、ジニョンが明るい笑顔で
彼を迎え、飛びついて来た。

「ジニョン・・おいおい、ここは仕事場だぞ」

「そうでした・・ソ弁護士、お帰りなさい」

「ただいま・・元気だったか?」
そう言いながら、ヨンスはジニョンの肩に手を掛けた。

「ええ・・まあまあ・・」

「まあまあ・・か・・・」

「空港から直接ここへ寄ったんですって?
 ママにはまだ会ってないの?」

「ああ・・会ってない・・お前に先に会いたくて」

「まあ・・パパ・・後でママにそう言っておくわ」

「おいおい、止めておくれ・・ママがひがむ」

「ふふ・・」

≪ジニョン・・・そんなに無理をして、笑顔を作ることはないよ≫
ヨンスは心の中でそう思いながら、ジニョンの他愛の無い会話に合わせ、
彼女の髪を優しく撫でた。

「えっ?何?」
ジニョンは何も言っていないヨンスに向かって、首をかしげた。
「ん?・・何も?・・」 ヨンスもまたジニョンのまねをして見せた。

「そう・・」 しかしジニョンはわかっていた。「フランクが・・・来てるの」
ジニョンはヨンスの視線から逃れるように正面を向いてそう言った。

「そうらしいね」 
ヨンスもまた、同じように正面に向き直って真顔で答えた。

「彼・・・ハンガン流通の人間なの」 ジニョンは申し訳なさそうに俯いた。

「ああ」

「私・・・」

「・・・彼と戦わなきゃならん」 ヨンスはジニョンの言葉を遮った。

「・・・そう・・ね」 ジニョンは少し項垂れ、溜息混じりに答えた。

「それじゃ・・私は明日の会議の準備がある・・ 
 今日はホテルに泊まるよ」

ヨンスはジニョンにそう言って、エレベーターホールへと向かった。

「ジニョン・・・」 エレベーターのドアが開いて、ヨンスは乗り込むと同時に
彼女に振り返り呼び掛けた。

「何?パパ・・」 

「・・・・お前の言う通りだったな」 
ヨンスは薄く笑みを浮かべながら、静かにそう言った。と同時にドアが閉まり、
彼はエレベータの中に消えてしまった。

ジニョンはエレベーターの扉の向こうに消えたヨンスをしばらく黙って見送っていた。


  -お前の言った通りだったな・・・-

≪パパ?≫

 


 

翌日、新顧問理事により、ホテル関係者、銀行関係者が召集され
ソウルホテル会議室にて一堂に会した。
ホテル側の人間が既に着席していた中、フランクは少し遅れて現れた。

「顧問理事、シン・ドンヒョクです・・・こちらは弁護士のレオナルド・パク・・・
 では早速ですが、只今より、このソウルホテルの経営は
 多くの資金を融資している銀行側の指導下に置かれました
 私、シン・ドンヒョクはそのコンサルティングを一手に引き受ける
 こととなりましたので、よろしく。
 さて、早速ですが、皆様に決定事項を申し上げます。
 総支配人はどちらですか?」
フランクは白々しく、ハン・テジュンの挙手を待った。

「お名前は・・・」
「ハンです・・・ハン・テジュン・・」
「では、ハン総支配人・・
 明日から一週間以内に100名のリストラ候補の名簿を私に提出してください
 直ちに検討の上、候補者は一ヵ月以内に正式解雇・・」

フランクがそこまで言った瞬間、社長とテジュンが椅子の音を激しく立てて
立ち上がった。

「理事!従業員のリストラ問題はあなたに口を挟む権限はないはず・・」

ドンスクがそう言うと、フランクはまた先日のような冷徹な笑みを浮かべて
彼女を震え上がらせた。
「もちろん、リストラの決定は、あなたがなさるんです・・社長。」

「私は承服いたしかねます」 
ドンスクは怒りに震えながらそれだけを言うのが精一杯だった。
「承服・・して頂きますよ・・社長。」 フランクは淡々と言った。
そして彼女はフランクの鋭い眼差しに圧倒されたかのように席に崩れ落ちた。

だがテジュンはまだ席についていなかった。
「勝手なことはさせない。」 テジュンはフランクを睨み付け言った。

「着席を。・・ハン総支配人・・・」 フランクは飽くまでも冷静だった。

「総支配人。」 ソ・ヨンスがテジュンを目で落ち着くように言った。
テジュンはヨンスに従って、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

フランクはさっきから、ソ・ヨンスの存在と彼の視線に気がついていた。

「ソウルホテル顧問弁護士ソ・ヨンスです
 顧問理事にお伺いする。」 ヨンスが発声した。

「どうぞ」 フランクは抑揚なく答えた。

「リストラを早期決定事項とした根拠はいかに」

「現在、ソウルホテルは全従業員が正社員として働いています。
 中には、業者に委託した方が有効的な仕事もあるにも
 係らずです。実に非合理的だ。
 経費コストの最大の穴は、人員です。
 取り敢えず今回は100名と申し上げたが、
 三ヵ月後には更に100名をリストラ対象として名前を挙げる
 また、支配人職もその能力を鑑みた上で、減給はもちろん
 無能な人間は役職を落とすか、或いは・・・
 辞めて頂いても結構。」

そう言いながらフランクは、この場に出席していた支配人達の顔を
端から端へと見渡した。支配人達は彼のその言葉に驚愕しざわついた。

「なるほど・・・しかし
 前社長は従業員を家族と思って生きた人間です
 ひとりひとりをそしてその家族をも大切にする。
 それは前社長の信念でもあり、
 ソウルホテルは今までその形を崩さずやって来ている・・・
 現社長の考えも変わらないと伺っているが。」
そう言ってヨンスは、社長を見た。ドンスクは黙って頷いた。

「家族・・・ですか・・・」 フランクはそう呟いて、唇の端を小さく上に上げた。

「私も前社長の意向を尊重したいと考えております」 ヨンスが言った。

「ふっ・・偽善だ。」 フランクはヨンスに対して嘲るように言い捨てた。

「偽善?」

「いいですか?今のままでは、1200人全員が総倒れとなりますよ
 いつまで家族なんて甘いことを言っていられるか・・・
 200を切って、1000を救う・・
 非常に道理に適っていると思いますが。」

「1200人全てを救う道を考えて頂けませんか?
 それが・・・あなたのお仕事では?」 
ヨンスはそう言ってフランクに小さく笑みを向けた。
フランクはその笑みに答えるように、冷ややかに笑って見せた。

「ソ・ヨンス弁護士・・・貴重なご意見をありがとうございます
 しかし。」 フランクは今度はヨンスに鋭い視線を向けた。
彼の肩越しに不安げに自分を見つめるジニョンの顔が見えた。
その時フランクの胸に一瞬の迷いが走ったが、彼は一度だけ自分の頭を
左右に振ってそれを振り払った。
そして、改めてヨンスと視線と合わせると、笑顔を添えて毅然と答えた。

「決定事項と申し上げました。」 
「・・・・・」 
ヨンスはフランクの眼光に圧倒されたかのように黙って目を閉じた。

「それから・・・総支配人」 フランクはテジュンに視線を移して言った。
テジュンは返事もせず彼を睨んでいたがフランクはそれにはお構いなく続けた。

「今後の経営方針を明日までに提出して下さい。
 このホテルには問題点が山済みです。人事問題は氷山の一角に過ぎない。
 それをあなたが何処まで把握なさっているのか知りたい。」

「・・・・・」

「聞こえましたか?」 フランクは更に冷たく言った。

「おっしゃるほど悪い状況とは思えませんが。」 
テジュンは不満を顔に露にしながら答えた。

「それならどうして私がここに?・・・ふっ・・
 幹部がそのようでは、改善もままならないですね・・・
 ほとほと手を焼きそうだ・・・。」 フランクは嫌味な笑みを彼に向けた。

そして直ぐに厳しい表情に変えて言った。
「とにかく!明日までです・・いいですか?
 今日はこれで終了です。ご苦労様でした。」
フランクは目の前の誰の視線をも無視して立ち上がった。

 



「シン・ドンヒョクssi!」 
会議室を出たフランクを追って、テジュンが彼を呼んだ。

「この場合、役職で呼んでいただきましょう」 
そう言いながら、フランクは振り返った。

「・・・理事・・・ゲームなら私だけを相手にしていただきたい。」

「ゲームには、振るコマも必要ですよ・・ハン総支配人」

ハン・テジュンの肩越しに、不安な様相のジニョンの姿が見えた。

フランクとジニョンの視線が一瞬絡み合って、互いの意思で逸らされた。
フランクは一回だけ胸の中で溜息を付くと、吹っ切るように顔を上げ、
テジュンに向かって不適な笑みを浮かべながら言った。

「では、期限は明日です・・・ハン総支配人」

そしてフランクは彼らの前から立ち去った。


   容赦はしないと・・・


    ・・・言ったはずだ・・・ハン・テジュン・・・











 


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