2010/12/05 00:44
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-17.揺れたワイン

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         collage & music by tomtommama

 

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「ハン・テジュン・・総支配人・・・私をみくびるな・・・」 
フランクにはテジュンが飽くまでも白を切り通そうとしていることが
愉快でならなかった。

「何がお望みでしょうか」 
一方テジュンはフランクの威嚇に対して、決して怯むまいと覚悟した。

「レオ」

フランクの指示により弁護士としてのレオが要求を淡々と述べ始めた。
書類が紛失したことにより、自分達が受ける被害額。
その為にホテル側が支払うべき補償額。
そのすべてが、テジュン達には途方もない額だった。

「それは、行き過ぎたお話ではありませんか?
 今は従業員のミスについて・・」
テジュンはその内容に驚いて咄嗟に口を挟み反論した。

「続けろ」 フランクはそれを冷たく無視してレオに命じた。

レオは続けた。
「我々は米国市民として、アメリカでの訴訟を起こすことを考えています
 その場合、一時的にホテルの資産を差し押さえることも出来ます・・
 それも今直ぐに・・・」

「そんなことをおっしゃるなら、あなた方はこのホテルを・・」
フランク側の余りに理不尽な言い様に、社長が思わず声を荒げた。

「社長!」 テジュンがとっさに、社長の言葉を食い止めた。

「ふっ・・それが正解ですね・・総支配人・・・
 こういう時には、多くを語らない方が懸命と言えます、社長」
フランクは皮肉を込めてドンスクに冷たい眼差しを向けた。

ドンスクはフランクのその冷徹な表情に恐れをなして黙り込んだ。

「このホテルの経営が今、その日一日の実質売り上げに
 頼っているということをどの程度認識されていますか?
 総支配人・・・」

フランクは戦々恐々としているドンスクとテジュンを尻目に更に続けた。

「何ならたった今私が
 このホテルのパワーラインを止めてみましょうか?」

「・・・・・」

「決して大げさに言っているわけではありませんよ
 そのボタンを押すことなど、私には雑作もないことです」

そう言ったフランクの目が冗談ではないことを如実に伝えていた。

「このホテルがどうなるか・・大いに見ものだ」
そして彼はそう言いながら、部屋の全体を見渡してみせた。

「・・・・・」 テジュンもドンスクも言葉を詰まらせた。

「いいですか・・・
 あなた方はご自分達がそういう瀬戸際にあるということを
 もっと肝に銘じておくべきだ
 たかが従業員のミス?・・だとしたら、あの男は・・
 とんでもなく恐ろしいミスを犯したものです
 そのたかがミスによって簡単に足元をすくわれることもある・・
 特に・・相手が・・私のような男の場合。」

そう言ったフランクの目はテジュンを奈落に落とすほどの鋭さだった。
「・・・・・」

「韓国で一番優秀な弁護士を準備なさった方がいい・・
 そうですね・・7.8人は必要でしょう・・・
 結果は・・・同じですが。」
 
フランクは彼らに対してこれ以上ないほどの冷徹な声で言い放つと
フッと口元に笑みを浮かべて立ち上がり、彼らに背を向けた。

テジュンはフランクの言葉にひと言も反論ができなかった。


「・・ソ支配人」 
フランクは後ろを向いたまま、テジュンに冷たい視線だけを戻して、
その名を口にした。

「・・・・?」

「彼女をひとりでここへ寄こしてください
 それで、今日のあの男の私への非礼を許しましょう
 少なくとも・・ソウルホテルの今日の命は救われる」

「何を・・」 
テジュンはフランクに飛び掛らんばかりの強い視線を放ち拳を握った。

「できませんか?」 

「当然だ。」 テジュンのその言葉は総支配人としてではなかった。
それでも彼はホテル総支配人として、必死に怒りを堪え、
握った拳をテーブルの下でゆっくりと開いた。

「そうですか・・・」 フランクは片方の口角だけを上げて小さく笑ったが
その目は決して笑ってはいなかった。

そして彼はテジュンらをその場に残し別室へと消えた。

 

 

 

テジュン達が部屋を出て行った後、レオがフランクの部屋のドアを開けた。
フランクはベッドに寝転がり、厳しい顔つきのまま天井を見上げていた。

「ボス・・帰ったぞ・・また後で詫びに来るそうだ・・・
 しかし・・少し行き過ぎじゃないか?
 確かにホテル側はミスをしたが・・・」

「・・・レオ・・忠告は止めろ・・・ひとりにしてくれ」 
フランクは体を翻しレオに背中を向けた。

≪わかってるさ≫
フランクにはわかっていた。

あんな風に彼らを追い詰めたのはきっと自分自身がジニョンに対して
どうすることもできない歯がゆさへの子供じみた腹いせでしかないことを。
ハン・テジュンに対して、これ程に苛立つ源も理解していた。
それでもどうしようもなかった。

だからこそどうしようもなかった・・・。

 

 

副総支配人の暴走により、社長とテジュンがフランクの部屋に
謝罪に出向いていたことを、ヨンジェに聞かされた。

フランクとの一件以来、スタッフのジニョンに対する風当たりが強く、
あちらこちらでスタッフ達がこそこそを噂話をする姿が目に付いて、
ジニョンはいい加減疲れ果てていた。

「それで、どうだったって?」 
他の人間には聞けなかったが、気になってその情報をヨンジェに
探らせていた。

「ああ、母さん、かなり疲れていた」 ヨンジェは落胆したようにそう言った。
彼は反抗してはいたがもともと母思いの子供だった。
 
「そう・・体調もお悪いのに・・・」

「あいつ、許せない。」 ヨンジェはフランクのことをそう言った。
ジニョンはその言葉を聞いて、まるで自分が言われたように心を痛めた。

「何を言われたの?」

「いや・・何でもないよ、ヌナ・・」 
ヨンジェが何か隠したようにジニョンから視線を逸らした。

「何なの?」 ジニョンは“言いなさい”という目で彼を強く見た。

 

 

「それでどうするの?」 スンジョンが心配げにジニョンを見た。

今回の一件があって、予想外にジニョンを庇ってくれたのは
いつも喧嘩ばかりしていたイ・スンジョンだった。

周りの人間がジニョンが昔の恋人と共謀して、ソウルホテルを
乗っ取ろうと企んだ、と実しやかに陰口を叩いていた時、彼女は
「普段のジニョンを見ていれば、
 彼女がそんな人間じゃないこと位わかるはず」
と心の底から言ってくれた。

「行くわ」 ジニョンは彼女に相談したわけではなかった。
彼女に話した時には既に心を決めていた。

「駄目よ・・私も一緒に行くわ」

「ひとりで来いって」

「あなたの恋人って・・怖い人なの?」

ジニョンはスンジョンの余りに神妙そうな顔つきが可笑しくて、
思わず笑ってしまったが、その表情は寂しげだった。

「いいえ大丈夫・・・彼は・・・きっとわかってくれる」

≪大丈夫・・・?・・・何が大丈夫なんだろう・・・
 わかってくれる・・・本当に?≫

ただジニョンは信じたかった。
彼を・・・そして何よりそんな彼を愛した自分を・・・。

≪フランクがこんなことをするわけがない≫

 


 

「お呼びでしょうか、お客様。」 ジニョンはひとりで現われた。

「総支配人がここへ?」 フランクは彼女の目を見られなかった。

「いいえ、彼は知りません」
≪そうだろうとも・・もしそうだとしたら、ただではおかない≫

「僕は“お客様”に逆戻り?ソ支配人。」 彼は寂しげに言った。

「あなたがそれをお望みのようですから。」
ジニョンは終始無表情を通した。

「・・・・座って?」 
フランクがそう促がすと、ジニョンは無言で椅子に腰を下ろした。

「ホテルは大丈夫だ・・心配はいらない」 フランクは溜息混じりに言った。
≪息の根を止めることなどするわけがない・・・≫

「そうですか・・・それはありがたいです
 ありがたくて涙が出そう」 ジニョンは嫌味を込めてそう言った。

「そんな風に言わないでジニョン・・今はホテルのこととは関係なく
 ふたりの話をしたい」

「ふたりの話?言ったはずよ・・私には何も無いわ・・・」

「僕にはある・・・わかってるよね・・・僕が・・・
 君を愛してること・・・」

「愛してる?・・あなたには簡単な言葉なのね」

「僕達は互いの気持ちを確認しあったはずだ」

たった数時間前まで、ふたりは互いへの想いに酔いしれていた。
お互いを取り戻したことへの安堵に胸を震わせていた。

「止めて!思い出したくもない!」

「思い出したくない?」

「私を騙して・・さぞかし面白かったでしょうね
 そして嘘がばれると、今度はホテルに腹いせ?!」

「興奮しないで・・・ジニョン・・・
 ワインを・・・飲むといい・・・
 そうしたら気持ちが少しは落ち着く」

ジニョンはフランクの言う通りに、彼が差し出したグラスを手に取った。
そして表情のひとつも変えず、一気にその中身を飲み干した。

あれほどに客の部屋で、個人的な時間は過ごせない、と言っていた彼女が、
ひとつひとつの彼の要求を素直に聞いていた。

「ワイン・・飲みました・・・お客様。
 でも・・・気分は少しもよくなりませんが。」 

「ふっ・・この分だと・・・
 僕の要求は何でも聞いてくれそうだね」 フランクは俯いて言った。

「ええ、何なりと・・お客様。
 それで、お客様がホテルへのお怒りを静めて下さるなら・・
 その為にここへ参りました。」
ジニョンはひと言ひと言を語気を強めて言った。
次第にフランクの胸にジニョンへの言い知れぬ怒りが沸いてきた。

「そう。・・それならお願いしよう。
 その堅苦しい制服を脱いで、ベッドに横になりなさい」
フランクはベッドを指差して、ジニョンを睨みつけた。

「・・・・!」 
ジニョンは信じられない、という顔をしてフランクを睨み返した。

「何でも・・・言うことを聞くんだろ?」 
フランクは彼女から視線を逸らさなかった。

そしてジニョンは乱暴に席を立ち上がったかと思うと、ベッドへと向かい、
躊躇なく自分の制服のリボンに手を掛けた。

その瞬間フランクはテーブルを拳で強く叩いて、立ち上がった。

「止めろ!」 
そして彼女が解きかけた制服のリボンからその手を乱暴に払いのけた。

ふたりはしばらく互いを睨みつけたまま動かなかった。

「どうして?・・」 ジニョンは問うように言った。

「どうして!・・」 フランクは怒りに任せて言った。

「どうして・・・私の愛するホテルを奪いに?」

「どうして、ホテルなんかのために自分を?・・」

「あなたにはわからないわ!」

「ああ、わからない!ホテルの為なら、自分をも捨てるのか!
 今この場所が・・例え相手が!僕でなくても!」

「そうかもしれない!」

フランクは思わずジニョンに手を挙げようとして、留まった。
ジニョンの目がその言葉が真実ではないことを訴えていた。

「・・・・君の為に来たと言ったはずだ・・
 今はそれだけを信じてとも言った。どうして信じられない?」

「私の為?・・なら・・ここからすぐに出て行って。」

「・・・・・本当に・・?」

「・・・・・」

「本当に?・・・そうして欲しい?」

「フランク・・・どうして!私をこんなに苦しめるの?
 10年前・・勝手に消えて・・
 こうして今また突然現れて・・私の生活を壊そうとしている」 
ジニョンは目に涙をいっぱい溜めていた。

「本当にそうなの?僕は君の生活を壊してるだけ?
 君も僕を愛してる・・・そうなんだろ?」

「・・・・・もう駄目よ・・あなたとは・・」 

「どうしてそんなにこだわるの?
 ホテルのことと僕達のことは関係ないだろ?
 ホテルが僕達のものになれば
 君はソウルホテルの総支配人にも、社長にもなれるのに」

「僕達のもの?・・・私達のホテルよ・・
 フランク・・・あなたにはわからないのね・・・
 私達にとって、ホテルそのものが大切なんじゃないの
 ここで働く人達が大切なの・・・仲間が大切なの
 テジュンssiはいつもそれを考えている」

「ハン・テジュンの名前を口にするな」 

「あなたとテジュンssiの違いは・・・」

「口にするなと言ったはずだ!」

フランクは苛立ち紛れに激しく怒鳴ると、ジニョンをベッドに押し倒し、
彼女の手首を掴んで自由を奪うとその唇を強く塞いだ。

しかしジニョンは堅く唇を結び、彼の侵入を激しく拒んだ。

フランクはそれでも執拗に彼女を求めた。
力でねじ伏せるのは簡単だった。しかしフランクにはできなかった。
余りに頑なな彼女の唇を割ることなどできなかった。

彼は彼女の唇から離れると、彼女の上からその顔を見下ろした。
彼女は彼をずっと睨み付けたままだった。
そしてその睨んだ目はそのままに、その目にまた涙を滲ませた。
彼は彼女の耳に向かって流れ落ちそうになったその涙を指で拭いながら
小さな声で呟くように言った。

「やっと・・・君を取り戻したと思ったのに・・・
 君は今・・・誰の為に泣いてるの?」

「フランク・・・お願い・・・」 
ジニョンは請うような目で彼を見つめていた。

「君の願いは・・・聞けない」 

フランクは彼女のその眼差しから逃れるように目を逸らすと
彼女の体から離れてベッドを下り、彼女に背を向けた。


ジニョンはベッドの上で起き上がり、フランクの背中を見つめた。
「お願い・・・」

「仕事がある・・・帰ってくれ」
フランクの背中が、更にジニョンの願いを撥ね付けた。

ジニョンは落胆してベッドから降りたものの、制服の乱れを直しながら
次第に闘志を燃やして、彼の背中に言った。
「・・・負けないわ」

「負けない?・・何に?」 フランクは鋭い眼差しで振り返った。

「あなたに。」 ジニョンもまた睨み付ける様に彼を見据えていた。

「僕に?・・・」 フランクはフッと笑った。

「何が可笑しいの?」

「僕を相手に勝てるとでも?
 僕はこうと決めたらどんなことにも決して諦めないこと・・
 君も知ってるでしょ?
 僕が!こうすると決めたら、必ずそうすること!
 君が一番よく知ってるはずだ」

「・・・それでも負けない!」

「ハン・テジュンに伝えろ・・首を洗って待っていろと」
フランクはジニョンに向かって言葉を投げつけると、彼女にまた背中を向けた。

ジニョンはその背中に怒りの眼差しを突き刺して、そのままきびすを返した。


≪僕にはわからない・・・か・・・
 君のそのひとことがどれほど僕を打ちのめすか

 君こそ、わかっていないよ、ジニョン・・・

 でも・・・結果は変わらない・・・


      ・・・僕がこうすると決めた以上・・・≫・・・








 



2010/12/02 23:01
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passion-16.君がいないと

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結局その日ジニョンを見つけることさえできなかったフランクは
眠れないまま息苦しい夜を過ごした。
そしてなすすべもなかった彼は、翌朝ホテル従業員通用口の前で
彼女を待つという手段を取った。


出勤して来る従業員達がそこに馴染まない人物を横目に、
次から次へと通って行った。
しかしフランクにとって、彼女に逢えない辛さに比べれば
自分に向けられる冷たい視線など取るに足らないものだった。


そして一時間ほどしてやっと、彼の目の前にジニョンが現れた。
彼女はフランクを見つけると一瞬立ち止まり、一度引き返そうとしたが
意を決したように大きく深呼吸をすると、彼を睨み付けながら
再度入り口へと足を進めた。


フランクは彼女の進行方向を妨げるように立ちはだかった。


「どいてください」 ジニョンは彼の目を見なかった。

「どかない」 フランクは絶対に逃がすまいと彼女を見据えた。

「どいて!」 彼を見上げたジニョンの目は怒りに震えていた。

そしてジニョンはフランクの腕に乱暴に当たって前に突き進んだ。

 

「話を聞いてくれ・・ジニョン」 彼は彼女を追いかけ、その腕を掴んだ。

「離して!話すことなんか、何も無いわ」 彼女は彼の腕を振り払った。

「僕はある!」 それでも彼は諦めなかった。

「私は!無いの!」 ジニョンが本気で怒ると、それを修復するのが
容易でないことはフランクは十分知っていた。

まして、この10年間のふたりの間のひずみの深さを思えば、
何としても早い内に誤解を解かなければとフランクは思っていた。

「少しでいい・・話を・・」
「離して!」 しかし、ジニョンの怒りは彼を頑なに拒絶して、
ふたりはその場でこぜりあった。

「聞け!ソ・ジニョン!」
気持ちが高ぶった彼は彼女の肩を掴み勢い良く振り向かせると
彼女をそのまま乱暴に壁に押し付けた。


「ここは関係者以外立ち入り禁止です、お客様」
そばで様子を伺っていた従業員が慌ててフランクを止めようとしたが
彼はあろうことかその従業員をドアの向こうに突き飛ばし、
防災用の扉の両側を閉め、挙句の果てにセンサーを引きちぎると
そのドアをロックしてしまった。


狭い空間に閉じ込められて、彼とふたりだけになってしまったジニョンは
驚愕の目を彼に向けた。
「なんてことを・・・」

ジニョンを見るフランクの目は常軌を逸していた。

「どうしてこんなことをするの?!」 ジニョンもまた怒りに震えていた。

「君が話を聞かないからだ!」

「そうさせたのはあなたでしょ!」

「確かに僕はホテルの引合いでここに来た
 しかし、その理由をどうして聞こうとしない!」
そう怒鳴りながらジニョンの肩を掴んだ。

「聞かなくてもわかってるわ!」
「わかってない!」 フランクの指が彼女の肩に更に食い込むと
ジニョンはその痛さに思わず顔をしかめた。

「あなた・・昔とちっとも変わってない!
 自分の思い通りにいかないと直ぐにそうやって癇癪を起こすのよ!
 そうやっていつも、自分の思い通りにしようと・・」

「ああ!そうだ!
 君が思い通りになってくれないと腹が立つ!
 君が僕のそばにいないと腹が立つ!
 君が!僕を・・・愛してくれないと・・
 ・・・腹が立つ・・君が・・君が・・・」

ドンヒョクの怒号が次第に消え入りそうに小さくなった時
彼の頭はジニョンの肩に落ちていた。
そして彼は彼女の肩の上で泣いているようだった。

「君がいないと・・・僕は駄目なんだ・・・
 君がいないと心が・・・簡単に壊れてしまう・・・
 お願いジニョン・・・僕だけを見ていて・・・
 僕の声だけを聞いて・・」

「・・・何を・・・言ってるの?
 何を言ってるの?あなたって・・・あなたって・・・
 どうしてそんなに勝手なの?
 勝手に消えて・・勝手に現れて・・
 どうしていつも・・・私の心を・・振り回すの・・・」

フランクは彼女の肩からゆっくりと顔を上げると、彼女の目を切なげに見つめた。

「君だけでいいんだ・・・僕は・・・
 君だけがそばにいてくれたら・・・他には何もいらない」

「嘘言わないで」

「嘘じゃない」

「・・・・・」

「僕を愛してる?愛してるだろ?」

「もうお終いよ・・」

「愛してるだろ?」

「・・・・・」

潤んだ彼の目を無言で睨みつけながらジニョンはいつの間にか
溢れる涙に逆らうことができない自分を嘆いた。


フランクは彼女の頬を両手で包み込むとその目を見つめ・・・
自分の親指でその涙をそっと拭った。

「愛してる・・・ジニョン・・・」

まるで心を搾り出すように囁いた彼は、その心が誘導するままに
彼女に熱くくちづけた。

10年の年月を超えて、互いの変わらぬ愛を確認しあってから
まだほんの少しの時間しか経ってはいない

この唇を・・この吐息を・・もう忘れられない・・・
そう信じたはずだった

彼女は拭い去れない怒りの中に彼への思慕を忍ばせて・・・
静かに目を閉じ、彼のくちづけを悲しい涙で受け止めた。

 

ふたりの一部始終を、ガラスの向こうで従業員達は衝撃の眼差しで目撃していた。

壊れた鍵が保安課によって解除され、ジニョンはフランクの腕の中から
現実の世界へと引き戻された。

ジニョンはその時、彼の元を離れたくない想いに揺さぶられていた。
彼の余りに寂しそうな目に、このまま彼を抱きしめていたい衝動に駆られた。

でもそれは許されないことだと知っていた。

彼がホテルの敵とわかった以上、彼の元に残るわけにはいかなかった。

≪信じて・・・僕を信じて・・・≫ 何度も繰り返していた彼の声が
彼女の胸に響いていた。

≪信じたい・・・でも・・・でも何を・・・何を信じたらいいの?
 フランク・・・≫

その場に取り残されてしまったフランクは、項垂れ失意の底にいた。
自分のしたことの何もかもが、結果的に何の解決にも繋がらないことが
冷静さを取り戻すにつれ、歯がゆくて、情けなかった。

フランクはジニョンを追わずにいられない自分の心に鞭打つように、
バックヤードへと消え行く彼女の背中から目を逸らし、その場を立ち去った。

 

 

ジニョンとの関係を修復できないまま、フランクは複雑な思いを胸に
部屋に戻った。
ドアを開けると、部屋の中から男達の声が物々しく聞こえた。
中へ入ると、レオとホテルの従業員が口論しているところだった。


「何事だ」

「ボス!この男がホテルを出て行けと言うんだ
 それで勝手に荷物を片づけ始めて・・」

その男は副総支配人のオ・ヒョンマンだった。

「部屋を?」

「当然のことだ・・
 お前達はこのホテルを乗っ取る目的でここに来てるんだろ?
 そんな奴を泊めておく義理が何処にある」

「これはこれは・・・
 由緒あるホテルの従業員とは思えぬお言葉ですね」
フランクはヒョンマンの暴言に対して冷笑しながら更に言葉を繋げた。

「ところでそれは・・・ソウルホテルとしての考えですか?
 ハン・テジュン総支配人も同じお考えだと?」

「当たり前だ!いいから、さっさと出て行け!
 チェックアウトの必要は無い・・
 この場でKEYも渡してもらおう」 そう言いながら、ヒョンマンは
フランクの手に見えたカードKEYに手を掛けようとした。

その瞬間、フランクはヒョンマンの腕を後ろ手に捻った。

「私に触るな!」 
そしてそのまま、彼と一緒に来ていた男を睨んで言った。

「総支配人をここに呼べ」

「しかし・・」 男は震えながらヒョンマンに答えを求めるような目で訴えた。

しかし、フランクに力ずくで押さえられた彼の答えはなかった。

フランクは続けた。
「直ぐに来いと伝えろ・・そうしないとホテルを閉めることになる・・・
 シン・ドンヒョクがそう言っていると・・・」

フランクの睨んだ目に射られたように怯えたその男は部屋から
走って出て行った。

 

 


20分ほどしてテジュンが社長を伴ってサファイアの部屋に到着すると、
ヒョンマンは憤然と押し黙って椅子に座っていた。

「随分時間が掛かりましたね・・お待ちしておりました
 総支配人、ハン・テジュンssi・・社長もご一緒でしたか・・
 さあ、どうぞお掛け下さい」 フランクは丁寧に彼らを迎え入れた。

「お話は伺いました・・・従業員が大変ご無礼なことを・・・
 深くお詫び申し上げます」

社長がまずそう言ってフランクに頭を下げ、テジュンもそれに習った。

ここへ来る前にテジュンと社長は事の次第を聞いて、フランクに対し
ただ陳謝するしかないことを互いに確認し合っていた。

 

「詫びを入れて欲しくてお呼びたてしたのではありませんよ
 社長・・・そして、ハン総支配人・・・
 おふたりに少し伺いたいことがあるんです・・・
 今ここにいらっしゃる副総支配人と名乗る男が
 私の荷物に手を掛け、ホテルを出て行けと・・・
 そしてこのKEYを私から無理やり奪おうとしました。
 この人は、それはホテルの考えであるとおっしゃったのですが・・・」 

そう言って、フランクは持っていたカードKEYを二本の指に挟み翳した。

「いいえ・・ホテル側はそのようなことは考えておりません
 お客様にはどうぞそのままご宿泊いただきたいと・・」

「それは不可解ですね・・副総支配人・
 ハン総支配人はああおっしゃっていますが・・」

フランクは面白いがっているようにヒョンマンに言った。

 

すると透かさずヒョンマンはテジュンに向かって怒鳴った。
「出て行ってもらって何故悪い!こんな奴らに・・」

「だ・・そうです」
フランクはにやりと片方だけの口角を上げて、テジュンを見た。

「ヒョンマン・・いい加減にしないか・・
 君はいいから、今直ぐここを失礼しなさい」
テジュンはヒョンマンに対して激高を抑えながら言った。

ヒョンマンはそんなテジュンが不愉快でならなかった。

「お前にそんなことを言われる筋合いは・・」 
彼はテジュンに向かって拳を握っていた。

「いい加減になさい、副総支配人!
 とにかく、あなたはここを失礼なさい・・」
ヒョンマンの暴挙に呆れ果てていた社長が厳しくそう言い放つと
ヒョンマンは握った拳をそのままに、その部屋にいたすべての人間を
睨みつけ、渋々と部屋を出て行った。


「本当に申し訳ございませんでした
 何と申し上げてよろしいか、言葉もございません・・・」 

社長とテジュンは改めてドンヒョクに頭を下げた。

「謝って欲しくてここへお呼びしたのでは無いと
 申し上げたはずです」

「・・・・」「・・・・」

「たった今、現実にあの男は・・いいえ
 あなた方は・・私の権利をないがしろにしました
 そのことは・・・おわかりですか?」

「それは・・・従業員のミスは認めます。
 どうぞお許し下さい・・今後一切このようなことは・・」

「ああ・・おわかりではないようですね・・・
 なんなら私の弁護士から説明させましょうか?
 ご存知かと思いますが、私は既にこの部屋の宿泊料を
 三か月分先払いしています・・
 となると、ここは私の個人的な空間となるはず・・違いますか?」

「その通りです」

「その個人の空間である部屋を追い出そうと
 ホテルマンともあろう人間が勝手に個人の私物に手を掛けたこと・・
 ホテルマンにあるまじき暴言を吐いたこと・・・」

「それは・・・」

「黙ってお聞きなさい・・それだけではありません」
フランクは彼らを鋭く睨みつけた。

「・・・・」

「先程彼はこう言いました・・・
 私のことを、ホテルを乗っ取ろうとしている奴だと・・・
 あなたも昨日、似たようなことをおっしゃいましたね、総支配人・・・
 さて・・それは何処から得た情報ですか?」
フランクは静かにそう言って冷たく微笑んでみせた。

「・・・・」 

「実は・・・この部屋からひとつの書類が紛失しています
 その書類にどんなことが書かれていたのか・・・
 もちろん、我々しか知りません」

「何をおっしゃりたいのでしょう」

テジュンはすべてを正直に話すつもりなど無かった。
その代わりにフランクの目を見据えて、彼の真意を問うた。

 

フランクは一瞬、テジュンに対して言葉の語気とは裏腹の
友好的な笑顔を作ったように見えた
しかしその直後それは、背筋が凍るほどの冷たい眼差しに変わった。

「ハン・テジュン・・総支配人・・・

    私を・・・

       ・・・みくびるな・・・」・・・




















 



2010/12/01 23:28
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passion-15.儚い夢

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ジニョンは、ひとり屋上で座り込んでいた。

余りの情けなさに嫌気が差す自分をやっとのことで冷静に見つめ
ほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。

「ここにいたのか」 
テジュンが後ろから声を掛けたが、ジニョンは彼に振り向かなかった。

「笑いに来たの?」ジニョンは涙を隠すようにぶっきらぼうに答えた。

「俺を馬鹿にするな」 テジュンは彼女の隣に腰掛けると、
彼女と同じように漢江に視線を向けた。

「いつから知ってたの?」

「何を?」 テジュンはしらばっくれて言った。

「・・・・・」 
ジニョンが無言で彼を睨むと、テジュンは首をすくめて笑ってみせた。

「話そうとした時に呼ばれたんだ」
ジニョンは社長室に呼ばれる前のテジュンの様子を振り返って、頷いた。
「そう」

「お前が悪いんじゃない」

「悪いなんて思ってないわ」

「そうか」

「そうよ、悪いなんて思ってない・・ただ・・・滑稽に思ってるだけ・・
 ・・・・ずっとずっと逢いたかったの・・・
 忘れようとしても忘れられなくて・・・凄く恋しかったの・・・
 やっと逢えて・・・彼もまだ私のことを愛してる・・そう思って
 胸が凄く震えたの・・・
 心が弾んだの・・・それなのに・・・
 彼はただこのホテルを奪うために来ていた・・・」
ジニョンはそう言って深く溜息をついた。

「俺にそんな話・・・聞かせるのか」 
テジュンは空を仰ぎそう言うと、空に向かって溜息を吐いた。

「誰に聞かせればいいの?」 
ジニョンはテジュンを見て泣きそうに笑った。

「忘れろ・・」 テジュンはジニョンを見ないまま、そう言った。

「何を?・・何を忘れるの?
 彼が私の恋人だった事実?
 私が彼に騙されて、また胸を震わせたこと?」

「全部だ」

「出来ないわ」

「何が出来ない」

「・・・・彼を・・・忘れること・・・」
ジニョンはテジュンがやっと聞き取れるくらいに小さく呟いた。

テジュンは小さく笑いながら、それが耳に届かなかったと自分に言って聞かせた。

 



フランクはフロントに向かっていた。

≪このままではいられない・・・ジニョンを離したままでは・・・≫
その想いに突き動かされて、懸命にジニョンを探した。

「ソ支配人を呼んで下さい」
既に従業員の間にも、シン・ドンヒョクの素性は伝わっているようだった。
フロントにいたベルボーイが、彼の難題を懸命に回避しようとした。
フランクが彼に少々手荒く、ジニョンの行方を訊ねていたその時、
テジュンが現れた。

「お客様、どうかお静かに。・・・他のお客様のご迷惑になります」
テジュンはそう言って、フランクをたしなめた。

「総支配人なら・・私の要望を叶えて下さいますか?
 ソ・ジニョンさんに逢わせて下さい」

「それはできません。・・・お客様、少しお話を・・よろしいですか?
 どうぞこちらへ」 テジュンはフランクを別室へと促がした。

フランクを無人の会議室へと案内したテジュンは、彼の目の前で
総支配人としての証のバッジを外して胸ポケットに仕舞った。
フランクはその様子を無言で見つめていた。

「ホテル従業員とお客様ではなく、お話申し上げても構いませんか」

「・・どうぞ」 フランクはテジュンの目を見据えていた。

「もう、お止め下さい・・・シン・ドンヒョクssi」
テジュンは前置きも無く、率直にそう言った。

「何のことでしょう」

「ホテルが欲しいのでしたら・・・
 私が相手になります」

「私が・・・
 このホテルを欲しがっていると?」

「違いますか?」

「どうしてそう思うのですか?」 フランクは不適な笑みをテジュンに向けた。

テジュンはその笑みが意味することを、とっさに理解したが、
もう後には引けなかった。

「あなたの目的はわかっています・・」

「私の目的・・・ですか」 フランクは静かに彼の言葉を繰り返した後
顔を上げてテジュンとの視線を合わせた。
「なるほど・・それで?」

「女を巻き込まず、正々堂々と戦っていただきたい」

「女?」 フランクはテジュンに向かって、矢のような視線を放った。
「・・・・」 テジュンは一瞬だけ彼のその鋭い視線にたじろいだ。

「よろしい・・今あなたがおっしゃったように
 私が・・このホテルを欲しがっているとしましょう
 それをあなた方が知った理由も今は問いません・・しかし。
 私は自分が仕掛けた仕事は必ず成功させる・・
 始めたゲームは必ず勝ちます
 そのことも・・・ご存知かな?」

「あなたにとっては単なるゲームでも私にとっては、
 1200人の生活が掛かった現実です
 あなたにとっては弄ぶような女でも!
 私にとっては・・」

「弄ぶ?」

「違いますか!
 まさかジニョンの為に来たとは、言わないでしょう?
 あなたは彼女の純粋な心を利用したんです」

「利用した・・」 フランクは冷たい笑みを浮かべながら
テジュンの言葉をまた単調に繰り返した。

「・・・・」 テジュンは心を落ち着かせるように小さく深呼吸した。

「ハン・テジュンssi・・あなたとは・・・
 一度話をしなければならないと思っていました
 彼女・・ジニョンのことを・・・」

「・・・・」

「はっきり申し上げる・・・彼女は・・・ソ・ジニョンは・・・
 誰が何と言おうと・・・
 ・・・私のものだ」 フランクは自分の目をテジュンの視線から
一分も外さないままそう断言した。

「彼女もそう思っていると?」

「彼女がどう思おうと関係ない。」 
≪そんなはずはなかった≫ しかしハン・テジュンを前にフランクは
その態度とは裏腹に胸の内は冷静さを失っていた。

「横暴だ」

「横暴?・・・結構。」 フランクはニヤリと片方の口角を上げ言葉を繋げた。
「しかしはっきりと申し上げる。あなたは私の相手ではない・・・それが現実だ。
 それでも私に立ち向かうと?」

「必要があればいくらでも」

「いくらでも?」

「ええ・・いくらでも!」

「そうですか・・・なら・・容赦はしない。・・いいですか?」

「望むところです」

「ふっ・・では、覚悟を。」

フランクは最後まで冷淡な言葉と冷たい視線をテジュンに投げつけて
部屋のドアを後ろ手に閉め、出て行った。


フランクは腹立たしかった。
ハン・テジュンに?いいや・・・自分自身に・・・。

ジニョンのことを庇うように話すテジュンに嫉妬した自分が情けなかった。
≪ソ・ジニョンは私のものだ≫
テジュンに対して強気に言った直後にフランクの胸に後悔が走っていた。

≪何が・・・自分のものなんだ・・・
  あれほどに拒絶されたものを・・・≫

フランクはやっと取り戻したと信じていた彼女を、
自分からむしり取られてしまったような衝撃を受けていた。

何処を探しても見つからないジニョンに対しても苛立った。

  このまま何もかも放り投げたかった

しかしフランクは、今のままの精神状態で仕事に向かうことはできなかった。




約束していたキム会長との会食に止む無く向かう途中も
頭の中はジニョンのことでいっぱいだった。

こんなにも自分の心を支配する彼女が恨めしかった。

「ご気分でも悪いんですか?」 
先に会食の席についていたユンヒがフランクの様子を気にして言った。

「あ・・いや・・何でもありません・・
 それより会長は遅いですね」 

「来ないと思います・・」

「それは?」

「そういうことです」

「そういうことって?」

「あなたと私をふたりだけにするということ」

「・・・はっ・・」 フランクは会長の思惑を知って呆れたように宙を仰いだ。

韓国に入国した直後、キム会長が自分の娘ユンヒを彼に引き合わせ、
その後数回の会食時には必ず彼女を伴っていた。
会長の思惑は読めたが、フランクは特に気に留めなかった。
そして先日会長がとうとう、彼に娘との結婚を匂わせる発言をした。
その時、フランクは笑ってその話を濁していた。

それがいけなかったのだと、フランクは思った。
フランクは席を立とうと、ナプキンを膝から掴んでテーブルに置いた。

「困ります」 ユンヒの手がフランクのその手に掛けられた。

「どうして」

「あなたとお食事をしないと父が怒ります」

「君は父親の言うなりですか?」

「・・・・」

「もっと自分を持ちなさい・・・僕は仕事以外で
 あなた方親子に係るつもりなどない」

「今日は優しくないんですね」 ユンヒは小さく笑った。

「僕は・・・心を偽れないだけです」

「私が偽っていると?」

「違いますか?」

「・・・・」

「あなたは決して父親のお人形ではない
 あなた自身が埋もれさせてしまっている強さを
 もっと信じるべきだ」

「あなたのそばでなら・・・
 人形にならずにすむかも・・そう申し上げたら?」

「それは・・・無理だ」 フランクは口元だけで笑った。

「何故?」

「まず第一に・・あなたはそれを望んではいない
 第二に・・僕も望んではいない・・・」

「・・・どうしてそんなことがわかるんです?」

「似たもの同士だから・・・」 フランクはまた口元だけで小さく笑った。

「似たもの同士・・・私とあなたが・・ですか?」

ユンヒは不思議そうにドンヒョクを見ていた。
フランクはその後を続けず、ただ静かに笑った。

「とにかく・・今日はこれで失礼します
 申し訳ないが、今は食事に興じている気分ではありませんので」 
フランクはユンヒをその場に残し、改めて席を立った。





フランクは再度ジニョンの部屋に向かったが、彼女は帰っていなかった。
何度も電話を掛けても繋がることすらなかった。

「ジニョンさんを待ってるんですか?」
突然若い女が、ドンヒョクに声を掛けてきた。
「ええ」

「オンニは帰って来ませんよ」

「君は?」

「ジニョンオンニと一緒に暮らしているジェニーと言います」

「ああ」≪調理場で働いているという・・≫

「オンニ・・今日凄く嫌なことがあって、具合が悪くなってるの」
その言葉の裏にフランクに対する悪意を漲らせていた。

「・・・・」 フランクは俯き加減に黙って聞いていた。

「でも!大丈夫です・・オンニにはテジュンさんという恋人がいますから
 彼がきっとオンニのこと助けてくれる・・
 だから私は心配していないの・・
 ですからあなたも・・どうぞご心配なく!」

ジェニーは、フランクに向かって一気にまくし立てると
体全体を怒りに変えたように彼を睨みつけて立ち去った。





フランクは途方にくれていた。
彼女が今、自分に裏切られた想いできっとまた泣いているのかと思うと
胸が締め付けられた。


≪ジニョン・・・泣くな・・・
  どうか、泣かないでおくれ・・・≫


  嫌よ・・・フランク・・・

 

    置いていかないで

    私を置いていかないで・・・

    置いて・・いかないで・・・・

    嫌よ・・・嫌・・・フランク・・・


    ・・・フランク!-

 

フランクはいつもの夢でまた夜中に飛び起きた。
ジニョンと再び心を通わせ始めてからは、しばらく遠のいていた暗い夢。

その夢はいつもフランクを奈落の底に突き落とすかのように
彼の心と体を痛めつけた。

体中が震え汗びっしょりで、喉がからからに渇いていた。

何度も何度も繰り返し蘇るあの時のジニョンの声が・・・

追いかけてくるあの悲しい涙が・・・
この10年の年月、彼をいつも責め立てた

そして今もまた・・・

彼はぐったりとした足取りでベッドから降りると

冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出し
心の渇きを癒すように一気に飲み干した。

 
   ≪あの時・・・
   彼女を守りきれなかった自戒・・・それが
   あなたが心を閉ざしてしまった理由・・・
   あなたはそれを取り戻さなければならない≫

 

   ソフィアの言った言葉が今でも胸に響いている


   そして今・・・
   あの時守りきれなかった彼女が・・・

   ジニョンが・・・また・・
   この空の下のどこかで涙に暮れている


   彼女を守りに来たはずなのに・・・
 
   僕はいったい何をやっているんだろう・・・


   彼女を求めることしかできないはずなのに・・・

   僕にはそれしかないはずなのに・・・


   この手が・・・
   彼女からまた遠ざかってしまった・・・


フランクは離してしまったジニョンの手を思いながら
自分の掌をただ呆然と見つめ、涙を流し、その手で顔を覆った。

フランクはこの10年間、
ジニョンの存在を心の奥深くに封じ込めることでやっと
自分という存在を守り、仕事に生きることができていた。

しかし今、フランクは本当の自分を取り戻しつつあった。
本当の自分・・・
そこには必ずジニョンが存在しなければならなかった。


   それなのに・・・傍らに彼女はいない・・・


   僕はいつまでこうしていればいい?・・・

   君がいないと・・・

   僕はこんなにも無力だよ、ジニョン・・・

   
   教えてくれ・・・

   僕は・・・

   暗闇に震えながら・・・いつまで・・・
 

   あの夢の中で・・・

 

      ・・・もがいていればいい?・・・



   














 


2010/11/30 23:19
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passion-14.流木の行方

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フランクとジニョンの心はわだかまりを超えて、またひとつになった。

逢う度に、互いを愛しく想う心に震え、10年前に培った互いの愛を
確認しあうように、抱きあい、更に深い愛に燃えた。

「ジニョン・・・」 互いの吐息を幾度も重ねた後に、フランクはポツリと
彼女の名を溜息と一緒に吐いた。

「ん?」 ジニョンはその時夢うつつだった。

「僕がどんなことをしても・・・信じてくれる?」
フランクはベッドの中で彼女を抱きしめたまま、彼女の背中に言った。
彼女は彼の声が夢の中にあるように思えた。

「どんな・・罪なことをするの?」 
彼女は彼の息を背中に感じながら答えていた。

「・・・・君のためなら・・・そして君さえ、
 信じてくれれば・・・
 僕はどんな罪もいとわない」

「・・・・私の為の・・・罪なの?」

「ああ・・」

「何だか・・・怖いわ・・・」

「怖がらないで・・・ジニョン・・・」

「あなたさえいれば・・・怖くない?」

「ああ・・怖くない・・・だから・・・
 ちゃんと僕のそばにいるんだよ」

「ええ・・・あなたのそばに・・・」

「約束だよ・・・」

「ええ・・やく・・そ・・く・・」 
ジニョンはフランクの声を子守唄のように聞きながら、また夢の中へと泳いでいった。




いよいよだった・・・
フランクの計画が大詰めを迎え、エリックとの取引を終結させる時が来た。

しかしそんな折、ホテル側に“シン・ドンヒョク”の正体が発覚することとなった。

その日レオは、フランクに命令された書類を夜通し作成して朝を迎えた。

レオはとにかく慌てていた。

「レオ!遅れるぞ!」 
車の前で時計を睨みながらフランクは声を張り上げた。

そしてレオは大きなミスを犯してしまった。

ふたりが部屋を離れたその後に清掃に訪れたルームキーパーによって、
彼らの部屋に残されていた「ソウルホテル買収」の極秘資料が持ち出されたのである。

そしてその書類は彼女達の手からハン・テジュン総支配人の元へと渡った。

しかしテジュンがその事実を知った時、まず彼の脳裏を過ぎったのは、
ホテルの危機への懸念ではなく、ただ、ジニョンのことだった。

このことをジニョンが知れば≪あいつが傷ついてしまう≫
テジュンは真っ先にそれだけを思った。

テジュンはこの事実が上層部に知れ渡る前にジニョンと話をしなければ、
と彼女を探してホテル内を急ぎ走り回った。


その時、ジニョンは当のシン・ドンヒョクと共にいた。
会議室の前で、和やかに談笑しているふたりの姿を見たテジュンは、
言いようのない怒りを胸にしまいこんで、冷静を装い彼女を目で呼んだ。

フランクはその時のテジュンの表情が気になったが、それは彼の自分達に対する
個人的な感情なのだろうと思っていた。

フランクはジニョンが自分の元を離れる際に、テジュンに見せ付けるかのように
彼女の耳元に囁いた。 「また後で・・・」

ジニョンは少しだけ頬を緩ませたが、直ぐに支配人の顔に戻り、彼に深く頭を下げて、
こちらを伺っていたハン・テジュンの元へ向かった。

フランクは彼女の背中を追いながら、ハン・テジュンと共に非常口へと
消えてしまった彼女に心を残して溜息をついた。






「テジュンssi・・・何?」

「いい気なもんだな・・」

「嫌な言い方ね・・それって、私?それとも・・」
ジニョンはフランクとのことを幾度となくテジュンに話していた。
もともと、テジュンと婚約した覚えはジニョンにはなかったが、彼に対しては、
はっきりとした意思表示をしておかなければと思っていたからだった。


「あいつとは何処で知り合った?」 
テジュンの言葉はジニョンへの返事ではなく、その表情はとても堅いものだった。

「どうしたの?テジュンssi・・・」

「いいから!言え!」
突然テジュンが、階段の踊り場でジニョンの肩を掴むと、彼女の目を睨みつけ、
怒鳴りつけた。

「テジュン・・ssi・・いったい・・何があったの?
 あなたらしくないじゃない・・」
ジニョンは驚いて、言葉が上手く繋げなかった。

「・・・・すまん・・頼む・・教えてくれ・・彼は何の仕事をしている?」
テジュンは少し気持ちを落ち着けようと、一度短く深呼吸をしてそう言った。

「M&A・・・だけど・・」

「それから、お前はその・・彼とはいつから。」

「え?・・」 
ジニョンはテジュンの強い眼差しに押されていた。

「ジニョンssi!」 
そこへスンジョンが階段の下から現れ、声を掛けた。

ジニョンはテジュンの様子を気にしながらも、彼女に視線を移した。

「社長がお呼びよ・・あら、総支配人もいらしたんですか?
 総支配人もいらしてくださいということですが」

スンジョンの言葉に、テジュンは嫌な予感がした。


案の定、社長室に入ると、そこには副総支配人オ・ヒョンマンが
ドンスク社長の隣で不適な笑みを浮かべていた。
そのテーブルの上には、テジュンが先刻情報を棚上げしていた
例の資料が置かれていた。

テジュンは思わず目を閉じた。

ジニョンは自分が呼ばれた理由と、この緊迫した状況が理解できず、
怪訝な顔でドンスクとヒョンマンの顔を交互に見ていた。

「お座りなさい」 ドンスクが言った。
その声にはいつもの彼女の優しさは微塵もなかった。

テジュンはそこに座ったが、ジニョンは座らなかった。

「あの・・何か御用でしょうか」 ジニョンは不満げに言った。
彼女はこんな風に呼び出されたことに対する憤りを隠さなかった。

「御用?・・とぼけるな!ソ支配人!」 
ヒョンマンが突然怒鳴り声を上げた。

ジニョンはその声に一瞬体をびくつかせたが、彼女の目に浮かんだ非難めいた感情は
ヒョンマンにではなくドンスクに向けられた。

「シン・ドンヒョクssiという方をご存知?ソ支配人」
ドンスクはジニョンのその目を無視するかのように、冷静にそう言った。

「あ・・は・・はい・・サファイアのお客様です・・」
突然フランクのことを尋ねられてジニョンは言葉を詰まらせたが、聞かれたことの
事実を答えた。

「お客様が呆れるね」 ヒョンマンが透かさず言った。

ジニョンは、最近ホテル内で広がったフランクとの噂のことを
言われているのだと思い、口を開いた。

「あの・・彼・・シン・ドンヒョクssiとのことは、
 ホテルの支配人として、好ましくないこともあったと、
 反省しています・・でも・・」

「でも?何かしら・・」 社長の目は変わらず刺々しかった。

「彼とは・・その・・」 
ジニョンは一瞬だけその目にたじろいだ。

「彼・・ね」 ヒョンマンが呆れたように茶々を入れたが
「静かに」 という社長のひと言で、彼は渋々引いた。

「その・・シン・ドンヒョクssiとあなたはどういうご関係?」
ドンスクは重ねてジニョンに訊ねた。

「恋人です」
ジニョンは今度こそ、と背筋を伸ばし、即座に迷うことなく答えた。

「恋人?呆れたね!、このホテルの支配人は客と直ぐに
 恋人関係になるのか!」
そう言葉を投げたヒョンマンを隣でドンスクが睨んだ。
「続けて?」

「でも・・納得いきません・・
 個人的な付き合いを、会社で究明されるなんて・・」

「そうね・・・それでも教えて頂戴」 
ドンスクの目は頑強だった。
彼女のこんな様子はジニョンにとって初めて見る姿だった。
ジニョンは不本意ながらもそれに答えるしかなった。

「・・・彼とは・・10年前恋人だったんです」

「10年前?」

「はい・・それで10年ぶりに再会して・・その・・」

「縁りを戻したの?」

「はい・・でも、そのことと仕事は別です・・
 彼と私はその・・・純粋に愛し合っています・・非難されることは何も・・」
ジニョンのその言葉に、社長は驚いたように目を見開き、テジュンを見た。
彼はその視線の先で静かに目を閉じていた。

「社長、これではっきりわかりましたね・・
 彼女が奴をここへ引き込んだんです
 それから、総支配人にはその証拠となる
 この資料を隠した罪がある」

「・・・・何の・・ことですか?」 
ジニョンには目の前で彼らが交わしている話が何ひとつ理解できずにいた。

「ソ支配人・・彼が何のお仕事をしているか、ご存知?」
ドンスクは溜息をついたように言った。

「はい、M&Aです・・企業ハンターだと」

「それも・・・ホテル専門・・・
 そう言ったら、どういうことかわかる?」

「いいえ・・わかりません」

「シン・ドンヒョクssiはハンガン流通が雇い入れた
 M&Aの専門家・・・それでも?」

「ハンガン流通?・・・キム会長の?
 そんなはずはありません・・・
 彼は、私にはそんなこと何も・・・」

「知らなかったと言うの?」

「はい・・でも・・彼はそんな人では・・・
 彼が・・私をだますわけありません・・」

「さぞかし好条件でも出されたか?ソ支配人・・
 買収が成功した暁にはこのホテルの総支配人か?・・
 莫大な金が入るのか?それとも
 男に狂って、奴の言いなりになっただけか?」 
ヒョンマンが悪意を込めた声を張り上げた。

「副総支配人!」 
テジュンが彼に対して嗜めるように声を荒げた。

「大した女だよな・・どっちに転がっても、
 いい条件が待ってる・・そういうことか・・・
 新しい男に庇ってもらって・・いい気なもんだ
 おっと・・どっちが新しい男だ?」
ヒョンマンは、テジュンとジニョンを交互に見て蔑むように言った。


ジニョンの顔は蒼白だった。
言葉が出なかった。それでも少し置いてやっと、口を開くことができた。

「何かの・・まちがいです・・絶対に・・・間違いです・・・
 彼が・・フランクが・・私を・・だますわけ・・
 ホテルを・・彼は・・10年前も・・
 このホテルを助けてくれたんです・・
 私がこのホテルをどんなに愛してるか・・
 知ってるんです・・・だから・・・そんなはずは・・」

「10年前?」 
社長はそう言って、10年前の出来事を脳裏に浮かべていた。「あの時の話?」
ドンスクは10年前に、ホテルが危機に陥った時、ある男にホテルを救われたことを
前社長である夫から聞かされていた。

「確認してきます・・私が・・直接・・彼に・・」 



ジニョンはサファイアへの道を上りながら、自分の膝ががくがくと震えていることに
気が付かないように歯を食いしばって歩いた。

≪違う・・・絶対に違う・・・違う!≫


   - 僕の半身を・・・迎えに来ました -


彼のあの言葉に決して嘘はなかった・・・

≪そうでしょ?フランク≫


   - 愛してる -

何度も何度も、彼はそう囁いた

≪あれは・・・本心よね・・・フランク・・・≫


ジニョンはサファイアヴィラに到着すると、一度大きく深呼吸をして
目の前のドアを睨みつけた。
そして、一度だけ呼び鈴を鳴らすと、部屋の住人に断りもなくドアを開け
中へと押し入った。

部屋へ入るとフランクは仕事の電話中のようだった。
しかし、彼はジニョンの様子を不審に思って、その電話の主に断りを入れると
受話器を置いた。

「ジニョン・・今日はもう家に帰ったんじゃなかったのかい?」

「本当のこと?」 彼女の眼差しからは一時間程前までの柔らかさが消えていた。

「えっ?」

「あなたが・・・キム会長の手先だというのは・・
 本当のこと?」

「・・・・」

「嘘よね・・お願い・・嘘だと言って。」

「誰に・・聞いたの?」 
フランクは、先刻のテジュンの表情を思い浮かべ、納得したように目を閉じた。

「・・・!本当・・なの?本当なのね・・」

「ジニョン・・ちゃんと話をしよう・・・・ここに座って?」
フランクは立ち上がって、彼女に近づいた。

「触らないで!」 
そう叫ぶと同時にジニョンの手がフランクの手を激しく払っていた。

「ジニョン」

「・・・そうだったのね・・最初からそうだったのね・・
 その為に・・・ここへ来たのね
 嘘だったのね・・何もかも・・・」
「そうじゃない」

見る見るうちに、ジニョンの目からぽろぽろと零れ落ちる涙に
ドンヒョクは激しく動揺した。

「私を利用して・・情報を集めてたの?」
「違う」

「私だったら上手く操れると思ったの?」
「違う!」

「何が違うの?・・・・そうよね・・10年も経って・・
 急にやって来るなんて・・
 馬鹿みたい・・普通は可笑しいと思うわよね・・
 でも私ったら・・・あなたに逢えて・・嬉しくて・・
 すごく・・すごく・・心が震えて・・・」
ジニョンは止め処なく涙を流しながら自嘲を繰り返した。

「逢いたかったんだ・・僕も・・
 君に逢いたかったんだ・・・それが嘘じゃないこと
 わかるだろ?・・ねぇ、わかるだろ?」

「目的があったのね・・そんな目的が・・」
「君の為に来たんだ」

「うそつき!・・信じてたのに・・
 今度こそ・・信じたのに・・・
 本当に愛されていると・・・信じたのに・・」

「嘘じゃない・・愛してる・・」 
フランクはジニョンを突然抱きしめた。

「離して!」 ジニョンはフランクの腕の中で激しく抵抗した。
「嫌だ!離さない!離さない・・」

「離して!・・あなたなんか・・あなたなんか・・」
フランクは必死にもがく彼女を離すまいと抱きしめたその腕に力を込めた。
「信じてと言ったでしょ?・・・僕のそばにいてと・・」

「離して!触らないで!私に触らないで!」
ジニョンは興奮し、半狂乱だった。

「聞いて、ジニョン・・僕がここへ来たのは・・」
しかしジニョンは結局彼の胸を強く突き飛ばすようにして、彼から逃れた。 

「もう止めて!」

取り付く島のないジニョンに、フランクはそれ以上の言葉を繋げなかった。

「こんなもの!お金で言うことを聞く女にあげるのね!」 
ネックレスがフランクの頬を掠め、床に落ちた。
「・・・・・」

「あなたは知ってると思ってた・・
 私がどんなにこのホテルを愛してるのか」

「知ってる・・だから・・」

「許さない!絶対に許さない!
 忘れないで!私は決して・・
 あなたなんかの思い通りにはならない」 そう言い捨てて、
ジニョンは泣きながら部屋を飛び出して行った。

部屋にひとり残されたフランクは呆然とその場に立ち尽くしていた。

やっと取り戻したはずの幸せが、もろく崩れ去る音を目の前に見て頭が真っ白になり、
倒れそうなほどの自分を、懸命に支えた。

   ≪ジニョン・・・違う・・・違うんだ・・・

    僕は・・・本当に君のために

    君だけのために・・・ここへ来た・・・

    それは嘘じゃない・・・


        ・・・嘘じゃない・・・≫・・・












 


2010/11/21 08:36
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-13.こいびと

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フランクが韓国に渡って来た真の理由をレオにまで隠したことが、
レオの心に疑心暗鬼を生じさせることとなっていたのは事実だった。
レオは、フランクがソウルホテル買収工作に二の足を踏んでいると
誤解していた。

レオが、フランクの指示を無視して取引を独自に進めようとしたのは
彼なりにフランクのことを思ってのことだったのだ。

しかしフランクとしてもレオに本心を隠したのは理由があった。
フランクが画策していることは、ハンガン流通に対しての契約違反を
免れはしないだろう。
その時、レオが事実を知らなければ、自分に加担した容疑も薄くなる。
彼は事のすべては、「フランク・シンの独断であった」という証拠だけを
残しておきたかったのだ。
フランクはただレオを守りたかっただけだった。

 

今ソウルホテルには、キム会長のソウルホテルの持ち株と彼の莫大な資金が
必要不可欠である。
そしてホテルの経営権をそのままホテル側が握る契約を結ぶ為には何より
ホテル自体の揺るがない経営力が必要だった。
しかし、今のソウルホテルにはそれがない。

ホテルの負債は既に30億を超えていた。

それほどに緊迫した経営状態の中、フランクはたったひとりで
ソウルホテル自体の存続を企てなければならなかった。

しかしキム会長はホテル運営への興味は薄いように思われた。
今のままだと彼はホテルを手に入れたら最後、直ぐにも何処かへの売却を企て、
利益優先を図るだろう。

それは、長年続いたソウルホテルの名前すらも失う結果を生む。
彼にはどうしても「ソウルホテル」を存続させてもらわなければならない。

キム会長が事を急ぐ余り、直々に銀行へ手を回し、ホテルの資金面を
立ち行かなくさせたり、ホテルに対して数々の圧力を仕掛けていることも
フランクを苛立たせた。

とにかく今はそれをも、食い止めなければならない。


フランクはレオやエリック達の意見を頭の端で聞きながら
今後の策を思案していた。

「とにかく、まだサインはしない。後一週間、待ってくれ」


会議の席上、フランクの考えは変わらなかった。
レオは渋い顔を見せ、エリックは首をかしげた。
しかし、フランクはそのどちらも見なかった。

 

フランク達の会議の終了時間が近づいた頃、ジニョンは会議室の手配が
遅れたことの詫びを再度伝えようと会議室へと向かった。

しかし会議は既に終了していて、フランクの姿もそこになかった。

ジニョンは仕方なく、持ち場へと戻って行った。

 

結局その日フランクはホテルの何処にも現れなかった。
ジニョンはそのことに酷くがっかりしている自分が可笑しかった。

気がつくと、仕事の合間に彼を探している自分がいた。

つい先日まで、自分に逢おうと画策するフランクがホテルのそこここに現れ、
体面上、少なからず迷惑にも思っていた。

ジニョンは自分の心の変化に驚きながらも、フランクを思う度、
幸せな気分になっていることに心がくすぐられる思いだった。

 

とうとうその日終日、フランクに逢うことはできなかった。
就業時間が終わっても彼からの連絡さえなかった。

≪後で連絡する≫

≪あの会議の前に彼はそう言って私に微笑んでいた。
  それなのに・・・≫

退社時間になって、ジニョンは急いで私服に着替えた。
もしかしたら従業員通用口で≪彼が待っているかもしれない≫
そう思ったからだった。

でも彼はいなかった。

ジニョンは一度は駅へと向かったものの、突然引き返し
サファイアヴィラに走って向かった。しかし・・・
フランクの部屋の前には車もなく、明かりさえも灯っていなかった。

肩を落としたジニョンは、今度こそ諦めて帰宅の路に着いた。


足取りも重くアパートに辿り着いたジニョンは、何かする気力さえ
失せてしまい、早々にベッドに入った。
そして彼女はベッドの上で寝付かれないまま、彼からの電話を待った。

寝返り打っては、ベッドサイドに置いた携帯電話を指ではじき
長い溜息をついた。

しかしそれは一度も音を立てることはなかった。

≪フランク・・・

 昨日のあなたは・・・本物だった?・・・≫

 

 

翌日、ジニョンの仕事はOFFだった。

≪じゃあ、デートができるね≫
昨日フランクはあんなに目を輝かせて喜んでいた。
それなのに・・・

≪どうしちゃったの?・・・フランク≫

ジニョンの頭の中は悔しいほどにフランクでいっぱいだった。

今まで抑えていたはずのフランクへの感情が溢れんばかりに押寄せ、
胸を締め付けた。

彼女は壁に掛かった時計の針にぼんやりと視線を向けていた
そしてさっき見た時と余り変わっていない針の形に溜息を漏らし、
今しがたベッドで寝転んでいたはずの自分が、気がつくと
いつの間にか鏡の前の椅子に腰掛けている。
そんな自分にまた溜息をついた。

何時間経ってもジニョンは少しも落ち着かなくて、気晴らしにと外へ出た。
近くの本屋で雑誌を捲ってみたり、商店街の街路樹をのんびりと歩いてみたり・・・ 
しかしブティックのウインドウを眺めても、見えるのはそのガラスに映る
覇気のない自分の顔だけだった。

結局少しも心を晴らすことができなくて、ジニョンはアパートへと引き返した。

俯き加減に歩いていたジニョンが自宅近くまで来て顔を上げた時、
アパートの前で止めた車にもたれかかり、携帯電話を片手に
そのアパートを見上げているフランクの姿が見えた。

ジニョンは一瞬心を躍らせたが、直ぐに彼に対して腹が立ってきた。

フランクは向こうから近づいて来る彼女に気がついて満面の笑顔を向けたが
ジニョンはそれを無視して、わざと彼の直ぐ横を通り過ぎた。

「ジニョン!」 フランクは慌てて彼女の腕を掴んで呼び止めた。

「今、丁度君に電話・・」 フランクが言いかけると、ジニョンは彼を睨んだ。

フランクは彼女の様子に少しだけたじろいで、言葉をよどませた。
「ど・・何処に行ってたの?・・・待ってたんだ」


「それはこっちが聞きたい!」

「えっ?」

「何処へ行ってたの!」

「僕?・・ああ・・アメリカ」

「アメリカ?」

「ああ、急用ができて・・つい一時間ほど前に空港に着いたとこなんだ。
 君に逢いたくて、ここに飛んで来た・・今日は仕事休みだっただろ?」

「呆れた。」 ジニョンは本当に呆れたように言った。

「ん?」

「それならそうと連絡してくれたっていいでしょ?」

「ごめん・・忙しくて・・」

「忙しくて?・・」

「ああ・・連絡できる状態になったのが
 こっちの夜中だったんだ・・君はもう寝てると思って」

≪寝れなかったなんて、絶対に言ってやらない!≫

「一分もなかった?連絡する時間・・」

「えっ?」 
フランクは怒ったジニョンの顔を覗き込みながら、顔を緩ませた。

「な・・何よ・・」 ジニョンは思わず顎を引いた。

「怒ってたの?ジニョン・・僕がいなかったから?・・
 僕が君に連絡しなかったから?」

「何、嬉しそうな顔して・・るの・・よ・・」
フランクに突然抱きしめられたジニョンは、不意をつかれて動転した。
「ちょっ・・フラ・・ンク・・何する・・の」

「・・・・・」

「フランク!・・離して・・」

「・・・・・」

「フランク?・・」

ずっと無言のまま、彼女を抱きしめて離さないフランクに、いつしかジニョンは
さっきまで抱えていた怒りを忘れ、顔を少しだけ緩ませながらちょっとだけ
頬を彼の肩に落とした。

「・・・・嬉しいよ・・ジニョン・・・」

「わかったから・・フランク・・・もう離して・・
 ここは・・その・・家の前だし・・人に見られると恥ずかしい・・」

「あ・・そうだね、じゃ行こう・・」 フランクは“そうだ”と言わんばかりに、
彼女の両の腕を掴んで、一旦顔を見合わせると

ジニョンが言葉を挟む間もなく彼女を助手席に押し込み、
自分は急いで運転席に回ると素早くエンジンを掛け、車を走らせた。

「・・何処へ?」

「デート。・・約束したでしょ?」

「だって、私、こんな格好・・」ジニョンはTシャツにジーパン姿の自分と、
ビシッと高級スーツに身を包んだフランクとを見比べて、顔をしかめた。

「いいじゃない。」 フランクはにこやかに言った。

「良くない!着替えてくる」

「時間がもったいない」

「デリカシーがないのね、あなたって」

「僕は君がどんな服を着ていようと構わないけど」

「ふん!」 
ジニョンはフランクが一向に自分の言うことを聞いてくれそうに無くて
助手席で腕組をして口を尖らせた。


「そんなに怒らないで・・」 フランクは優しく言った。

「だって!・・・・・」

口を尖らせていたジニョンが、次第に頬を緩ませ、俯いた。
いつの間にか、運転席のフランクの右手が、ジニョンの左の手を
しっかりと握っていたからだった。

「もう怒らないで・・・」 彼は更に優しく言った。

ジニョンは尖らせた口を元に戻せないまま、黙ってコクリと頷いた。

「何処に行きたい?」

ジニョンは結局、フランクとのアンバランスな格好を我慢するしかなかった。
しかしそれでも、幸せな気分になるのは、やはり
≪フランクのそばにいるからだろう≫と素直に思えた。


少しおしゃれなcaféでお茶を飲み、他愛の無いおしゃべりをして・・・

こうして手を繋ぎ公園を歩いて、恋人らしい時間を共に過ごし心を通わせていると、
10年前ふたりで過ごしたNYでの月日が互いの胸に去来した。

突然フランクが公園の中央に造られた噴水を眺めながら
ジニョンの方を向いて意味有りげに微笑んだ。

  ≪昼間の・・・太陽の光に反射してる噴水って・・・・
   まぶしいくらいに・・・綺麗なんだな・・・≫

  ≪フフッ≫

  ≪何が可笑しい?≫

  ≪いいえ・・・フランクが言うと・・・もの凄く綺麗に感じて・・・
   不思議だなあ、と思って・・・でも・・・≫

  ≪でも?・・・≫

  ≪綺麗に見えるのはきっと・・・私といて幸せだからよ≫

そして彼は前振りも無くポツリと言った。「そうだな・・・」
フランクの脳裏には10年前のふたりの会話が浮かんでいて、
胸を熱くしていたのだった。

「えっ?」 何の返事だったのかわからなかったジニョンは首をかしげた。

「ん?いや・・何でもない」 フランクが含み笑いをして歩き出した。

「嫌な感じ!・・」

「悔しかったら思い出してごらん?そしたら・・
 僕の言った意味がわかる」 フランクは楽しそうにそう言った。

「えー!意地悪ね・・あなたって、いつもそうなのよ!
 だから・・」

フランクの隣で彼と手を繋いだままのジニョンが文句を続ける。
彼はそんな彼女を笑顔で見つめ、その頬に不意をつくように
キスの音を立てた。

「何よ~!」 彼女もまた笑顔を返しながら、彼の背中を叩いた。



ジニョンの「フランク」と呼ぶ声が柔らかく耳に届く幸せを噛み締めながら
フランクは彼女の肩を抱いて、何度も何度も彼女の髪に唇を落とした。

そしてふたりの幸せな時間は瞬く間に過ぎていった。

「そろそろ、帰らないと・・・明日早番なの・・」

「そう・・だね・・」 

 

アパートに着くと、ふたりは互いに無言でしばらく正面を見据えていた。
別れ難い互いの気持ちが言葉を失わせて車のエンジン音だけが
耳に響いていた。

ジニョンは自分を納得させたように、一度頷いてドアに手を掛けた。
いつもなら、直ぐに運転席から車を降りて助手席のドアに回るフランクが
フロントガラスを見つめたまま車を降りようとしなかった。

結局ジニョンは自分で助手席のドアを開けて車を降りた。
そして外から車の中のフランクに振り返った。
フランクもやっと笑みを作って、彼女に手を差し伸べた。

「それじゃ、おやすみ」 ジニョンは差し出された彼の手を握った。
「ええ・・おやすみなさい」
「・・・・・」 「・・・・・」

「フランク・・・あの・・・手・・」
フランクは別れの挨拶をしながらも、彼女を見つめたままその手を
離さなかった。

「何?」

「だから・・手・・離してくれないと、行けないわ・・」

「ああ・・そうだね・・・」
口ではそう言いながら、彼はそれでも彼女の手を離そうとしなかった。

「フランク・・・」

「離れたくないんだって・・僕の手」

「ふふ・・駄目よ」 
ジニョンはフランクの言葉を冗談に捉えて、思わず噴出しそうになった。

「僕の手に言って・・僕は離してもいいんだけど」
彼の表情は真剣だった。

「フランク・・・」

「ごめん・・・君を離したくないのは、
 僕の手だけじゃなさそうだ・・・」

「えっ?」

「・・・ここも・・」
そう言って、フランクは彼女の手を握っていないもう片方の手で
自分の胸を押さえた。

ジニョンは彼のその仕草に優しく微笑むと、小さく溜息をついて、
彼の手を握ったまま助手席に戻った。

「もう少しだけ・・・」
そして彼女はフロントガラスの方を見て、そう言った。

フランクもまた前方に視線を移して微笑んだ。
「ああ・・・もう少しだけ・・・」

ふたりは時間というものがこの世に存在しなければいいと思った。

そうすれば離れ離れだった10年の永い時の重さも消えてしまうだろう。

しかし時間という空気がこの世に存在する以上
愛し合う者達は耐えなければならない
そして互いへの想いを胸に溢れさせ、この刹那にさえ押さえ切れず
狂おしいほどに求め合い、見つめ合うしかない

  こうしていつまでも感じていたい・・・

  触れていたい・・・

ふたりは互いの心の中で同じようにそう思い、互いの指を絡めていた。

「ジニョン・・・」 フランクはジニョンの方に視線を移した。

「なに?」 ジニョンもまた彼の方を向いた。

「愛してる」

「・・・・・」

「君は?」

「・・・んーどうかな~」 ジニョンがふざけたようにそう言ったので
フランクもわざと彼女を睨んだ。

「昔・・あなたによくこう言われたわ」

「そうだった?」

「あの頃は私子供だったから、結構本気で傷ついてた」

「そうなの?ごめん・・」

「あ・・それって本気で謝ってないわ」

「本気だよ」

「だったら言って。」

「何を?」

「噴水が綺麗に見えたのは、私といて幸せだからって・・」

「・・・・・・」
ふたりは互いの顔を見合わせて、声を上げて笑った。

そして互いに呼吸を整えるようにひとつだけ深呼吸をして
ふたりは改めて向き合った。

「ジニョン・・僕は君といて幸せです・・
 君がそばにいてくれるから・・何もかもが・・・美しく見える
 あー噴水も。」 

「ふふ」

「これでいい?」

「ちょっとふざけてる」

「君がそう言えって・・」
フランクがジニョンを笑いながら小さく睨んでいると、
たった今まで笑っていた彼女が真剣な表情に変えていた。

「私も・・愛してます・・あなたを」 彼女は頬を真っ赤に染め告白した。
そんな彼女にフランクは胸を熱くして、目を閉じ俯き微笑んだ。

そしてフランクは少し考え込むようにして俯いたまま、口を開いた。
「本当に・・・ごめんね・・・君を・・・」

「もういいわ・・・何も言わなくて・・・本当は・・・
 わかってたはずなの・・・あなたが私の前から消えた理由も・・・
 わかっていたのに・・・」

「その方が君は幸せなんだ、と自分に言い聞かせてた・・でも・・・
 結局、僕は自分のことしか考えてなかったんだね・・・」

「そうね。」 ジニョンはフランクの言葉に追い討ちを掛けるように言いながら
それでもその瞳は優しく輝いていた。

フランクはまたいつものように、胸に手を当て、ジニョンの言葉が
そこに刺さったというジェスチャーをして見せた。

「ふふ・・」 ジニョンは愛らしく笑った。

「やっぱり・・・」 
フランクは彼女のくったくない笑顔を見つめながら、言い掛けて黙った。

「えっ?」

そして彼は突然車をジニョンのアパートからUターンさせると
そのままアクセルを踏んだ。

「何処へ行くの?」

彼は前方に視線を向けたまま微笑み、小さく呟くようにさっきの言葉を続けた。


   「やっぱり・・・


       ・・・一緒にいたい・・・」・・・















 

 


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