2010/03/29 20:18
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

創作mirage-儚い夢-15.ジェラシー

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「 ジニョン! 」

僕が彼女を追いかけようとしたその瞬間、ソフィアが僕の腕を掴んだ。
何かを訴えかけるような彼女の強いまなざしを僕は振り切るように視線を逸らして、
その手を外すと玄関の扉を急いで押した。

しかし、廊下に出てエレベーターの扉に手を掛けた時にはもう遅かった。
ジニョンの悲しい目が閉まり行く扉の細い隙間に見えた。
彼女もまた言葉なく僕に何かを訴えていた。

「 ジニョン!行くな! 」 

僕は降り始めたエレベーターを追うように非常階段の扉を乱暴に開けると
全速力で階段を駆け下りた。

僕が7階から降りきって、エントランスを走って外へ出ると、ジニョンは既に
10M程先を急ぎ足で歩いていた。


「 ジニョン!待って!・・・待て!ソ・ジニョン!

振り向いた彼女の瞳には涙が溢れ、顔は悲しみに歪んでいた。
彼女は僕の姿を確認するなり歩く速度を速めて進んだ。

「来ないで!近づかないで!
 私・・・最初に言ったでしょ?あなたの邪魔をしない・・
 恋人の・・邪魔はしないって・・・」

「ジニョン・・・」

「わかってたわ!・・・わかってるはずだった・・・
 恋人がいる・・・あなたは最初からそう言ってた・・・

 それでもあなたが好きで・・・どうしようもなく好きで・・・
 そんなこと、もうどうでもいいことのような気になってた・・・

 でも・・フランク・・・どうしたんだろう・・・私・・今・・・凄くドキドキしてる・・・
 胸がね・・・潰れそうに・・すごく痛い・・・

 わかってたことなのに・・・私はそれを承知であなたに・・・
 そうよ・・わかってたわ・・だから、大丈夫なはず・・・」

彼女は両の掌を自分の胸に宛がって、まるで自分自身に言い聞かせるかのように言った。

「ジニョン!」

「早く!戻って!あの人が・・・誤解する!」

「誤解?誤解か?・・・誤解じゃないだろ?」

僕は彼女の腕を掴んで無理やり僕に振り向かせた。

「だって!」

「誤解じゃない!」 僕はそう言って、力強く彼女を腕の中に抱き取った。

「だっ・・・て・・・」

「信じられない?」

「信じられない・・・だって、あの人・・あんなに綺麗で・・・
 あなたと・・・凄く・・似合ってる・・・
 私なんて・・・あなたが子ども扱いするの当然よ」

「子供扱いなんかしてない。」

「してる。」

「してない!」

突然僕は彼女の頬を両手で挟んでその唇を自分に運ぶと硬く閉じられたそれを
舌で無理やり押し分け、彼女の舌を自分の中に乱暴に吸い込んだ。

彼女の涙がふたりの合わせた唇を伝って僕に流れ込み、その苦さが彼女の悲しみまでも
僕に残さず伝えていた。

   子ども扱いなんか・・・してない・・・

   こんなにも・・・

   こんなにも・・・

彼女への熱い想いが激しく僕の胸を突き上げていた。
僕はやっと彼女から唇を離すと、狂おしいほどの想いで彼女を見つめた。

「愛してる・・・」

「・・・・・・」

「君は?」

「・・・・・・」

「君も・・・そうなんだろ?」

「・・・・・・」

「何とか言え・・・ジニョン・・・何とか言って・・・」

「・・・・・・」

彼女は無言のまま涙混じりの瞳を僕から逸らして伏せた。

「信じないの?」

「わからない・・・」

「わからない?・・・何故?」

「わからない・・・」

彼女は僕から視線を逸らしたまま「わからない」とだけ繰り返していた。
その言葉がまるで僕を責めているように思えてならなかった。

僕はそれ以上彼女を問い詰めることが出来なかった。

「僕を責めてるんだね・・・」

彼女は首を横に振った。

   わかってる・・・

   ごめん・・・君を抱きしめていながら・・・

   僕はまだ・・・彼女を離していない・・・それは事実だ・・・

ソフィアと僕は互いに恋人であると確かめ合ったわけじゃない。
しかし、僕の彼女への想いは間違いなく恋人へのそれだった。
互いを認め・・・尊敬もし・・・求め合った・・・いや、僕が一方的に彼女に寄りかかり
彼女はただ僕を黙って受け止めてきた。きっとそんな関係だ。

僕にとって、ソフィアという女が他の女とは違う存在で、彼女が僕にとって
なくてはならない人であったことも否定はしない。

   その僕が・・・君と出逢って・・・

   いつの間にか心を君に奪われていった・・・

   いつの間にか・・・誰の入る余地も無いほど・・・君に・・・

   沈んでいった・・・もう・・・浮き上がれないほど・・・

「・・・信じて欲しい・・・僕を・・・信じて・・・」

「・・・・・・」

彼女はただ黙って僕の手を自分からゆっくりと外すと、僕の前から立ち去った。

僕はそれ以上彼女を追いかけられなかった。


   今はまだ・・・追いかけられなかった・・・

 



私はどうしても彼の腕の温もりの中にいることができなかった。

現実に目の前に現れたあの人に・・・

    私・・・震えてしまった・・・

    あの人から目を背けてしまった・・・

    あの人が・・・あなたの・・・

    あまりに美しくて・・・自信に溢れていた・・・

    あの人の目があなたを愛していると私に叫んでた

    ねぇ、フランク・・・

    あの目を・・あの人の目を・・あなたの目が見つめていたのね・・・

    あの人の唇に・・・あなたの唇が優しく触れていたのね・・・

    あの人の髪を・・・あなたの指が愛しく撫でたのね・・・


        嫌・・・ 「嫌!」

私は自分が想像した二人の絡み合う姿を、掻き消すかのように頭を大きく振った。


    どうしようフランク・・・本当に・・・胸が痛いよ・・・

    どうしよう・・・私・・・壊れてしまいそう・・フランク・・どうしよう・・・

    助けて・・・お願い・・・


        「 フランク! 」


    

       

部屋に戻るとソフィアが窓辺に佇んだまま、視線を遠くに送っていた。

「生徒さんは・・・帰ったの?」 彼女は僕を見ないままそう言った。

「・・・彼女は・・・」

「フランク・・・私、やっぱりここに来ることに決めたわ・・・」
彼女は僕の言葉を遮って、突然そう切り出した。

「ソフィア・・・話があるんだ」

「卒業まで・・・待たなくてもいいでしょ?」
彼女は僕の話を、まるで聞こえない振りを通そうとしているようだった。

「聞いて・・・」

「学校へはここから通えないこともないし・・・」

「ソフィア。」

突然彼女は僕に向かって"何も言うな”と掌を見せた。

「彼女のことなら気にしてないわ・・・今までだって・・・
 私がそんなこと訊ねたこと一度でもあった?」

「聞いて・・ソフィア・・彼女を・・・」

「止めて!・・何も・・・話す必要はないわ・・・
 あなたらしくないわ。わざわざ私に了解を取るみたいな言い方はしないで・・・        
 今までと何ら変わりないことよ・・・そうでしょ?」

「今までとは違う」

「今までと違う?何が?何が・・・どう違うの?」

「彼女を・・愛してる。」 

ふたりの間に少しだけ沈黙が流れた。       

「・・・・愛してる?」 彼女がやっとその沈黙を破って震える声で言った。

「彼女を・・・傷つけたくない」

「傷つけたくない?・・・あなたが?・・・」

「・・・・・・」

「あなたが・・・誰を・・・傷つけたくないの?」
彼女は“何を言っているの”と言わんばかりに、僕に確かめるような言い方をした。

「大切なんだ・・・彼女が・・・」

「・・・・・・」

「初めてなんだ・・・こんな想い・・・」

「・・・・・・」

「あなたにずっと話したかったんだ・・・知って欲しかったんだ・・
 いや・・・あなたは・・・もう・・知ってたよね・・・僕の気持ち・・・」

ソフィアは僕を見つめながら黙って僕の言葉を聞いていた。
その瞳にはみるみるうちに涙が溢れ彼女は嗚咽を堪えるように口を手で覆うと
声を殺して泣いた。

今までに見たこともない彼女のそんな様子に僕はただ呆然と息を呑んでいた。

「そんな泣き方を・・・するなソフィア・・・あなたらしくない」

「・・・・・私・・・らしくない?」 彼女は込み上げる涙を堪えるように声を絞り出した。

「・・・・・・」

「どういう意味?」

「・・・・・・」

「私らしい泣き方って?・・・どんな泣き方なの?フランク・・・」

「・・・・・・」

「言いなさい!
 私らしい泣き方ってどんな泣き方?」

「ソフィア・・・」

ソフィアが珍しく大声をあげて涙を拭いもせずに僕を睨みつけていた。

「・・・・・・・僕を・・・愛してたの?・・そんなに・・・」 

「・・・・愛してた?」 彼女はそう言って更に僕を睨んだ。

「あなたは今までそんなこと一度も・・・」

「だから?・・」

「僕の告白をいつもはぐらかしていたのはあなただ。」

「・・・・・・」
「どうして?」
「どうして?」

彼女は僕を睨みつけることで、浮かべた涙を飲み込むきっかけを探していたようだった。

「何故・・・言わなかった?」

「・・・・・・」
「どうして!もっと早くそう言わなかった!」

「言わせなかったのは!・・・あなたよ!」

「・・・・・・」

「あなたが・・・言わせなかったのよ、フランク・・・」

「・・・・・・」

「女はね、フランク・・・心の無い言葉には敏感なの・・・」

「・・・・・・」

「でも・・・それでも・・・嬉しくて・・・あなたの・・・
 心の無い“愛してる”にも胸が震えてしまう・・・そんな自分が情けなくて・・・
 背中を向けるしか・・・なかった・・・」

「本当に愛してなかったと思ってたの?」

「愛してたの?本当に?自分の胸に聞いてみて・・・」

「・・・・・・・」

「ねぇ、フランク・・あなたに“愛してる”・・そう答えていたら・・
 私達は違う結果になった?」

「・・・・・・」

「あの子は・・・そうしたの?・・素直に愛してるって・・返したの?・・」

「・・・・・・」

「私もそうしていたら・・・あなたは本当に愛してくれた?・・・」

僕はソフィアの言葉を聞きながら、彼女に対して、彼女の愛に、自分が如何に
甘えていただけなのかを痛感していた。

「・・・僕はどうしたらいい?」

「・・・私に聞くの?・・・」

「・・・・・・」
「あなたの心が何処かに向かってること・・・とっくにわかってた・・・
 そうよ、この数日、あなたが私を探していること知っていて避けてたわ・・・
 事実を認めたくなくて・・あなたを避けてた・・・

 あなたを追う女にはなりたくはない・・そう思ってた・・・
 いつもあなたの一番の理解者で・・あなたの寂しさを包み込める
 そんな女でありたかった・・・でも・・・そんなの嘘よ・・・嘘・・・

 嘘つきなのは・・・私も同じだった・・・

 本当は・・・いつもあなたのそばにいたかった・・・
 本当はいつも・・・あなたを抱いていたかった・・・

 あなたにくちづけされたまま・・・眠っていたかった・・・
 あなたと・・・静かに朝を迎えたかった・・・

 でも・・あなたはそんな女を必要とはしなかったわ・・・
 そうだったでしょ?」

ソフィアは時折大きくため息をついて心を落ち着けているようだった。

「だから・・・いつも嘘をついた・・・
 物分りのいい女の振りをしてた・・・
        
 あなたを避けている間、今日まで・・・ずっと考えてたの・・・
 私はあなたを・・・あなたの手を離せるんだろうか・・・
 でも・・・少しも答えを見つけれなかった・・・・

 こうしていつまであなたに会わないでいられるか・・
 試してみよう・・そう思ったの・・・でも・・・もう限界・・・

 だから来たのよ・・・あなたの心が何処にあっても・・・
 あなたが私にどんな顔を向けるとしても・・・

 ただ・・・・・逢いたかった・・・あなたにただ逢いたかった・・・
 だからここに・・・来たの・・・」

「ソフィア・・・」 

   僕は・・・      
       
「あの子には・・・あなたの心は重すぎる・・・
 それはあなたが一番よくわかってるはずよ・・・」

「・・・・・・」

「それでも?」
   
   ソフィア・・・

「彼女を・・・愛してる・・・」


   そんな目で見ないで・・・ソフィア・・・


       あなたを置いて・・・


           ・・・行かれなくなる・・・


 





2010/03/26 00:53
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創作mirage-儚い夢-14.離したくない

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ジニョン・・・君に・・・
諸手を挙げ降参するしか・・・僕には残されてないようだ・・・

   ああ、君の言う通りだよ・・・

   とっくに君が欲しかった・・・

   とっくに・・・君を抱きたかった・・・
       
   こうして・・・この胸に君を閉じ込めて・・・

   君を・・・愛したかった・・・

   それが僕の本心だ・・・

僕は熱く彼女を見つめ、その手を取りいざなって、彼女をベッドに腰掛けさせた。
そして彼女の前にひざまずき、その白い頬を彼女を見つめたままそっと撫でた。

彼女は自分の頬に触れた僕の手をこの世で一番大切なものを抱くかのように
両手で包みこんでそのまま自分の唇に運び、僕の掌に熱いくちづけをくれた。
それから・・・

僕の手首にそっとくちづけて・・・
僕の頬に小さくくちづけて・・・

彼女は不器用なまでに震えながらゆっくりと・・・
まるで自分の心をひとつひとつ確かめてでもいるかのように、僕へのくちづけを繰り返した。

僕は・・・彼女のなすがままをしばらく黙って見つめていた。

彼女の唇がやがて、僕の唇に到達する頃には彼女の瞳はもう涙でいっぱいだった。

「怖い?・・・」
僕がそう問うと、彼女は涙を性急に飲み込んで大きくかぶりを横に振った。

「・・・あなたに・・・私を・・・」
彼女は言葉にならないほどの情熱を僕の唇に伝えていた。

   わかってる・・・わかってるよ・・・。

   何も言わなくていい・・・

僕は言葉とは裏腹に震える彼女を、愛しさを込めて強く抱きしめた。

その瞬間、彼女の口からまるで今まで息をしていなかったかのような、
切ないため息が宙に向かって漏れた。

そして・・・僕は、彼女の背伸びした幼いくちづけを僕からの熱いくちづけに変えた。

僕の激しいまでのくちづけに、時に息苦しさを訴えるように彼女が僕を押し返し、
そのつど僕は執拗に彼女の手を払いのけた。

少しずつ彼女の体が後ずさりしてベッドの上をすべりゆき、ベッドサイドに接した壁で
彼女が行き止まってしまうまで、僕は彼女の唇から自分の唇を離さなかった。

僕は押さえていた何かを瞬時に解放したかのように、彼女を激しく求めていた。
彼女がまた僕を押し返しても、今度はその手を掴んで壁に貼り付け離さなかった。


   ああ・・・あの日もそうだった・・・

   君に初めて出逢った日・・・

   僕の感情が激しく君を求め、迷うことなく君をむさぼった・・・

   あの時から・・・もう既に・・・決まっていた・・・

   始まっていた・・・

   そうなんだね・・・だから

   君はそれを僕に必死に伝えていたんだ

      あなたはもう私を愛してしまったと・・・

      私たちはもう・・・戻れないのと・・・


   ごめんよ・・・

   僕が素直じゃなかっただけ・・・


   今こうして・・・君に向かう僕の想いを・・・

   君が切なく妖しく受け入れる・・・この日の君を・・・

   僕はずっと待ち望んでいたはずなのに・・・


彼女の濡れた唇の端から、息苦しさとけだるさが入り混じった溜息が漏れて
脱力した彼女の体が僕の唇をすり抜け白いベッドへと崩れ落ちる。

僕の唇が彼女を追い、彼女の耳に・・首筋に・・華奢な肩に・・・
休むことなく・・・余すところなく彼女をついばみ、優しく撫でるように彼女を這った。

そして彼女を包んだベールをひとつひとつ剥ぎ取りながら、彼女の生まれたままの肢体を
碧い月明かりに露出させていった。

彼女は目を薄く閉じたまま、僕の誘導にただ身を任せ、僕の愛を刹那に受け入れていく。

僕の唇が未知の彼女へと向かい、彼女の吐息を少女から女のそれへと変えていった。

「大丈夫・・・力を・・・抜いて・・・」
僕は彼女の耳元に甘くささやき、彼女の心の準備を待った。

彼女のまだ青いつぼみが僕のくちづけに潤い開く・・・その瞬間に・・・
彼女の白い肌が美しい薄紅色に彩を変えた。

そして僕の心には・・・
今までに味わったことのない感動が・・・衝撃が・・・
速く波打つ鼓動の中に生まれていた・・・

≪ああ・・・・愛してる・・・≫ 僕は心の中で叫んでいた

愛してる・・・とは・・・こういうことなのか・・・

それは僕にとって・・・生まれて初めての感情だった・・・
信じられないほどの鮮烈な感情だった・・・

君とひとつになる喜びが・・・
体の芯から頭の先まで突き抜けるような電流となって走った

 

月明かりだけの部屋で、僕は脱力したまま天窓の遥か奥に輝く星を見つめていた。
少しして横を見ると、彼女が僕から顔を背けたまま向こうを向いていた。
僕は体を横にして、その背中をそっと抱いた。

僕はいつまでたっても、いつものように煙草に手を伸ばすことができなかった。

濡れた彼女の体から唇を離せなかった。
彼女との余韻に僕の心がまだ彼女に寄り添ったままだった。

僕は僕の鼻先にあった彼女の濡れた髪の中で深呼吸をした。
それは彼女の甘い香りをひとつ残さず僕の中にしまいこみたかったからだ

「愛してる・・・」
彼女の耳たぶを甘く唇で噛んで、低くささやいた。

「・・・・・・」 彼女は何も言わなかった。

「君は?・・・」 ≪僕としたことが、女に愛の言葉を求めているなんて・・・≫

「・・・・・・」 彼女の答えが無かった。

「どうして黙ってる?・・・もう僕を嫌いになった?」≪ああ、そんなことを聞くなんて・・≫

彼女は黙ったまま頭を振った。

「それじゃあ、どっちなのかわからない・・・
 今のは横に振ったの?縦に振ったの?」 僕は正直苛立っていた。

「・・・・・・」

「ジニョン?」

僕が彼女の乱れた髪を後ろに掻き揚げて覗くと、彼女は静かに泣いていた。僕は彼女の涙に驚いて息を飲んだ。

「・・・・何故・・・泣くの?そんなに嫌だった?」 僕は彼女の涙にひどく動揺した。

彼女はまた大きく頭を振った。

「違う・・違うの・・・・・幸せ・・だから・・・」

そしてやっと外に出せたかのような声を振り絞って僕に答えた。

僕は彼女の頬に掌を当てて優しく自分に向けると、その言葉をくれた彼女の唇に
そっとくちづけながらささやいた。

「僕もだ」

彼女はまるで子猫のように、頭を僕の胸に擦り付けた。

「このまま・・・こうしていよう・・・朝まで・・・」

彼女は返事の代わりに体をゆっくり翻して、僕の胸に顔をうずめた。
僕はまるで宝物のように優しく彼女を抱いた。

    離したくない・・・

    他の誰にも・・・渡したくはない・・・

僕達は静かに更けゆく夜の帳に包まれて、穏やかな眠りの中に互いを確認しあっていた。


・・・そして・・・

心地良い鳥のさえずりの中、目覚めた朝に・・・
自分の腕の中に確かに存在する彼女の感触を実感しながらも、僕はなかなか
目を開けることができなかった。

もしかしたら、昨日のことはすべて夢の中のことで、今、このときもその続きでしかない。
目を開けると一瞬にして、夢から覚めるような恐怖心が僕を躊躇わせていた。

やっと勇気を振り絞ってまぶたを動かすと、彼女が笑ったような寝顔を僕の首に添わせていた。

   夢じゃなかった・・・

   僕の・・・ジニョン・・・

僕は自分でも可笑しいほどに、ほっと胸を撫で下ろして、彼女を思いきり抱きしめた。


        ≪幸せだと自然に笑顔になれるのよ・・・≫

   そうだね・・・ 君の言う通りだ・・・

   僕は今 きっと・・・君の髪に・・・

   この上ない笑顔を埋めている・・・

 

僕の力任せの抱擁に彼女は目を覚ましたらしく、僕の腕の中で彼女が小さくうごめいた。

「ごめん・・・起こしてしまった?」

彼女が声もなくうなづきながら僕の視界から、恥ずかしそうな笑顔を逸らした。
僕は彼女のその気持ちを汲んで、僕の胸に彼女の顔を埋めてあげた。

「今日は何をしようか・・・」

「お仕事は?」 目を輝かせた彼女が僕の首の下から僕を見上げた。

「今日はお休み」 僕は彼女の額に口づけてそう言った。

「本当に?」

「ああ」

「じゃあ、ずっとフランクといられる?」

「ああ・・・ずっと・・・君といる・・・」

「お昼も?」

「何処に行こうか」

「何処でもいいわ!」

「また?何処でもいい・・か・・・」

「だって・・・本当なんだもの・・・本当に何処でもいいの・・・
 あなたと手を繋いで歩ければ・・・それだけで幸せ・・・あなたは?」

「僕?・・・・うーん・・・」

君が目を輝かせて僕の答えを今か今かと待っている。
君の期待する僕の答えをわざとじらして、僕は楽しんだ。

「ねぇ・・・考えないと答えは出ないの?」 痺れを切らせた君が少し口を尖らせた。

「人間には思考が大事だからね」

「人間・・考えすぎてもどうかと思うわ・・・
 感情の赴くままに生きることも大切よ」

「理性がなければ、人間じゃない、ともいう」

「フランク!屁理屈多い!だから、どうなの?
 私といて、幸せなの?そうじゃないの?」 突然君が起き上がって大声を出した。

「・・・幸せ・・・です」

そして君は・・・僕の答えに満足げに微笑んだ。

「ジニョン・・・」

「ん?」

「小さくて可愛い・・・」

そう言いながら僕は起き上がった勢いではだけた彼女の白い胸に、視線を流した。

「きゃあッ!エッチ!向こう向いて!」

「エッチ・・って・・・今更・・・」


   ジニョン・・・

   君をからかう楽しみは・・・やはり止められそうにないよ

   君との戯れが僕に幸せの実感を与えてくれる

   まるで今君が僕に投げたその柔らかいクッションのように・・・

   君の微笑が僕を幸福の波間に沈めていく

   君はいったい・・・何処から来たのだろう・・・

   もしかして・・・君は・・・

   僕に幸せを与えるために神が遣わした・・・

             ・・・天使?

   僕はこうして腕の中にしっかり捕まえて・・・

   この天使を・・・天に帰さなくても・・・


            ・・・・いいかい?


 


その日を境に僕は、彼女との時間を作るために生活のサイクルを全て変えた。
彼女がやってくる時間までに仕事の全てを済ませるようにした。

そう・・・彼女が僕の元にやってくる頃には

   僕は本当の僕になっていたかった・・・

   本当の僕?・・・

   本当の僕・・・

   フランク・シンが本当の僕じゃないなら・・・

   本当の僕は・・・誰なんだ・・・

   

「フランク・・・コーヒー切れたみたい・・・買ってこようか?」 

「ああ・・頼むよ・・・そこにあるお金持ってって」

ジニョンは満面の笑顔を僕に向けて、飛び跳ねるように部屋を出て行った。

「転ぶなよ!」 僕の声が彼女を追いかけ

「は~い」 彼女の明るい声が直ぐに帰って来る。まるで幸せのこだまのようだった。
その瞬間にもまた僕は自分の頬が緩んだのを実感して苦笑いした。

彼女との幸せを誰にも邪魔されたくない、本気でそう考えた。      

レオとの緊迫した仕事上のやり取りも彼女には一片たりとも見せたくなくかった。
今まで味わったこともないこの安らぎのときをいつまでも抱きしめていたかった。

「ボス・・・5時以降連絡をするなとはどういうことだ」 しかしレオは不満を露にした。

「連絡をするなとは言ってない・・・
 メールにしてくれ、そう言っただけだ」

「同じことだ。・・時には即決しなければならないことだって
 出てくるぞ・・・そんな悠長なことで・・」

「忠告はいい。・・・僕は僕のやり方で動くだけだ。
 余計なことを言うな。」

自分の方に非があると、わかっていた。

「・・・・・・」

「その代わり、決して後悔はさせない」

「・・・・・・わかった・・・
 それより、進めていた案件・・全て片がついたぞ」

「そうか・・・それで?」

「20の儲けといったとこだな」

「いつものようにお前の取り分を除いて、残り全て投資に回してくれ
 買い付け先は今送信するリストから・・・選択は任せる」

「了解・・・それじゃ・・」

レオはこの時きっと、言いたいことの半分も言わなかっただろう。

今の僕にとって、何が重要で何がそうでないのか・・・
一秒の油断が大きな損失をもたらす世界に身を置きながら、僕は今・・・
確かにぬるま湯に浸かった精神状態だった。

そんな状態を自分自身が一番杞憂していた。

しかし、例えそれが破滅へ向かう道だとしても、何にも代えられないものを僕は
この胸に抱いてしまった。

   だから・・何だ・・・

   何だと言うんだ・・・レオ・・・

僕は自分の胸にかかったもやを紛らすかのように、煙草の苦い煙を深く吸い込んだ。


その瞬間、玄関で物音がした。     

「戻ったの?・・・丁度コーヒーが飲みたくなったところだ
 早速淹れてくれる?」

「コーヒー?私が淹れてもいいの?」

聞き慣れたその声に驚いて、僕は振り向いた。

「ソフィア・・・・」
ソフィアとの距離が実際よりも遠く感じたまま、僕も彼女も長く沈黙していた。
その沈黙を破ったのはジニョンの声だった。

「フランク!ただいま・・・同じコーヒーなかなか見つからなくて・・
 遠くまで行っちゃっ・・・た・・・あ・・・あの・・・」

ジニョンはソフィアと対面して、彼女が僕の“恋人”であることを即座に感じ取ったのか、
とっさに弁解の言葉を口にしていた。

「あの・・私・・・フランク・・先生に・・家庭教師をしていただいてます
 ソ・ジニョンと申します・・・」

「ジニョン・・・何言ってる?・・君は・・」 僕はジニョンのその言葉に唖然とした。
「家庭教師?・・・フランク・・・あなたを家庭教師にできるなんて
 ラッキーな生徒さんね・・・」 きっとそう思っていないソフィアの声が僕の言葉を遮った。

「いや・・・生徒じゃない」
「あの!先生。・・・私、そろそろ・・帰ります・・・」

そう言って今度はジニョンが僕の言葉を遮ると、買って来たコーヒーをキッチンに置き、
振り向きもせずに慌しくドアから出て行った。

 

       ・・・ 「 ジニョン! 」 ・・・



                        


2010/03/23 11:25
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

創作mirage-儚い夢-13.でも・・・

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・・・冗談は止めて!・・・

ジニョンの叫ぶような声が僕の背中に冷たく突き刺さっていた。
彼女が今どんなに悲しい想いで、どれほど悲痛な顔をしているのか手に取るように
僕にはわかる。
それなのに僕は自分の意思で彼女を振り返らなかった。
僕を追う彼女の声をあの男の元に置き去りにしてしまった。

   何故だ!

行き場の無い嫉妬心に駆られていた僕は激しくいらだち、傍らにそびえ立つ樹木に
力一杯拳をぶつけていた。

   どうして、あんなことを・・・

   心にも無いことを・・・言ってしまったんだ


時折後ろを振り返りながら僕は歩いていた。

   何を・・・期待している?・・・

結局彼女は僕を追っては来なかった。追ってくるはずなど無かった。

   君をまた傷つけたのは・・・また・・


   この僕なんだから・・・




 

私はフランクによって気絶しかかっていたジョルジュに肩を貸して、ひとまず近くの
公園へと向かった。彼をそこのベンチに腰掛けさせると、バックからハンカチを取り出した。

「オッパ、待っててね・・・これ、濡らしてくる」

彼のそばを離れようとした時、彼が私の手を力強く掴んだ。

「行くな・・・」
ジョルジュが子供のような目で私を見上げながら止めた。
      
「でも・・その傷・・早く冷やさないと・・・」

「いいから・・・座って・・・」 ジョルジュは私の手を引いて、自分の隣に腰掛けさせた。

私はハンカチを濡らすことを諦めて、彼に従いそこに座った。
「オッパ・・・」

「・・・・・・ざま・・・ないな・・・」 
彼は私が隣に落ち着くと、少しホッとしたように口元に笑みを浮かべ、ポツリポツリと呟いた。

「無理するからよ・・・喧嘩弱いくせに・・・」 
私はいつもと同じに憎まれ口を言う時のように、唇を尖らせてそう言った。

「フッ・・・小さい頃から、いつもそうだったな・・・
 大人たちには“僕がジニョンを守る”そう宣言しておきながら・・・
 実際に守られてたのは俺の方だった・・・幼稚園の頃も・・・小学校の頃も・・・
 お前が俺の前に立ちはだかって、喧嘩をけし掛けてきた奴らに睨み利かせてた・・・」 

彼はふたりがまだ同じ方向を向いていた時のことを懐かしむように宙を仰ぎながら言った。

「そうだった?」

「ああ・・・そうだった。」

「オッパ・・・お坊ちゃんだったから・・・」

「お坊ちゃん・・か・・・よく言われてた・・・気弱で・・・非力な・・・お坊ちゃん・・・
 お前を守れない自分が歯がゆくて・・・強くなりたくて・・・」

「・・・・・・」

「・・・それで・・・家を出たんだ・・・」 

「知ってる・・・だから・・・」 私がそう言うと、ジョルジュは驚いたように私を見つめていた。

「だから・・・追って来たの」 

ジョルジュは変わらず驚いた顔で、沈黙したままだった。

「おじ様に頼まれたの・・・あいつを守ってやって欲しいって・・・」

「おやじが?」

「オッパ・・・跡取りだもの・・・心配してるのよ・・・おじ様
 口では勘当だと言ってても・・・大事な息子なんだから・・・
 私がそばにいれば、道を外すことはないだろうって・・・うちの父と共同戦線張ってた・・・」

「俺はお前の親父に“ジニョンを守るんだぞ”って・・・結局・・・
 お前の方が俺より親父たちに信用あるってわけか」
ジョルジュは呆れ返ったようにそう言いながら、また宙を仰いだ。

「ねぇ、オッパ・・・いつから”俺”って言うようになったの?
 ずっと言おうと思ってたけど・・ちっとも似合わないわ」

ジョルジュは情けないような顔を私に向けて笑った。
「お前を守れる強い男になろうと決めた時から・・・」
ジョルジュはそう言った後、それは冗談だと言わんばかりに大きな声で笑った。

「オッパ・・いいえ・・ジョルジュ・・・私ね・・・小さい頃・・・
 あなたが私の王子様だと思ってた・・・」

「思ってた?・・・・」

「 ジョルジュ・・・運命って言葉信じる?」

「ああ、信じてる・・・俺の運命はお前と生きることだ」

「ジョルジュ・・・・」 私は困ったように彼の顔をみつめた。

「違うのか」 彼は私のその表情の意味をひとつ残らず悟ったかのように、寂しげに呟いた。

「・・・・・私も・・・そう思ってた・・・でも・・・」

「でも・・・何だ・・・」

「でも・・・あの人に出逢って・・・あの人を知って・・・
 最初はね・・・どうしてこんなに気になるんだろうって・・・
 ただ逢いたくて・・・逢いたくて・・・たまらなくて・・・
 一生懸命探したの・・・あの人を・・・
 そして・・・やっと見つけて・・・そしたらね・・・あの人を見つけたとたん
 胸が締め付けらるように苦しくなって・・・・」

「止めろ・・・そんな話・・・」

「感じたの・・・私は・・きっと・・・この人の為に・・・この世に存在してる・・・
 無意識にそう感じたの・・・だから・・・」

「止めろ!
 止めて・・くれ・・・あいつと会ったのはたった二月前だぞ・・・」
興奮したジョルジュから怒りがほとばしり、私の肩に置かれた手の指がそこに食い込んだ。

   痛かった・・・

   だけど・・・ジョルジュ・・・

   ごめんなさい・・・私はもう・・・

   ごめんなさい・・・ジョルジュ・・・


「私ね・・自分でも信じられないの
 ・・・あの人に・・・あんなこと・・・自分のしていることが
 まるで私じゃないみたいで・・・
 でもそれは私なの。・・・彼に向かった私が本当の私・・・
 そうなのよ・・・ジョルジュ・・あなたは誤解してる・・・
 彼が私に何かしたんじゃない・・・私の方なの・・・
 私が・・・彼を勝手に・・・愛して・・・」
       
「違う!」

「ジョルジュ・・」

「違う・・そんなこと!・・・お前の錯覚でしかない・・・
 目を覚ませ・・・ジニョン・・
 さっき、あいつが言ったこと・・お前も聞いただろ?
 ひどい言葉だった・・冷淡な声だった・・・
 あいつは・・あの男はあんな奴だぞ・・・」

「あれは・・彼の本心じゃないわ」

「そんなの・・どうしてわかる!」

「 わかるの!・・・わかるの・・・」
私はジョルジュから目を逸らすことなく自分の想いを告げた。 
  
「お前は!・・・お前は・・・俺の嫁さんになる・・・
 十八年前から決まってることだ・・・」

「それは・・・私達が小さい頃、親たちが決めたことだわ」

「俺はずっと本気だった・・・お前は違ったのか」 

私はジョルジュの真剣な問いかけに、彼の望む答えを返せない自分を十分に悟っていた。

「・・・・・・ジョルジュ・・もう大丈夫よね・・・私・・行かないと・・・」

「行く?・・・何処へ・・・」

「・・・・・・・」

「何処へ!」

「きっと・・・あの人が待ってる・・・」

「待ってる?・・・待ってるもんか!」

「きっと・・・泣いてる・・・だから・・・直ぐに行かないと・・・」

「泣いてる?・・・あいつの言葉・・忘れたのか!」

「ごめんなさい」

「ジニョン!待て!行くな!・・・行かせない!
 俺は・・・俺だって・・・ 」

私は少し足元がおぼつかなくなっていたジョルジュを気にしながらも、彼を振り切るように
その場を走り去った。

「ジニョン!今にわかる!お前は・・・ お前は・・・俺と生きるんだ!
 あいつなんかに渡さない!どんなことをしても・・決して渡さない!」  
   
          ねぇ・・おばさん・・・
          ジニョン・・・可愛いね・・・

                  可愛いでしょ?

          ジニョン・・僕のお嫁さんにしていい?

                  いいわよ・・ジョルジュ・・・その代わり
                  ジニョンを守ってくれる?

          守るよ!きっと守る・・・

                  約束ね・・・

          うん!やくそく!


       お前の母さんと・・・  約束したんだ・・・

   俺だって・・・


       「俺だって・・・」

   泣いてるんだぞ・・・ジニョン・・・

俺は遠ざかるジニョンの後姿をいつまでも追いながら、例え力づくでも止められなかった
自分の弱さが無性に腹立たしかった。


               
ジョルジュの想いは痛いほどわかっていた・・・

   いつかジョルジュのお嫁さんになる・・・

いつの頃からか、私自身も・・・そう信じていたような気がする・・・

   でも・・・どうしようもないの・・・

   彼が・・・フランクが・・・私の心を掴んで離さない

   私が・・・私の心が彼から離れてくれない・・・

   私は自分に正直に生きたい・・・ジョルジュ・・・

   それが例え・・・

   幼い頃から慕ったあなたを裏切ることになったとしても・・・




あれからずっと飲み歩いていた。しかしほんの少しも酔うことができなかった。
夜もかなり更けて、結局僕はアパートに戻った。

部屋のドアにジニョンがもたれて立っていた。
たった今まで、彼女のことを考えながらここに辿り着いていた僕は、その彼女が
不意に目の前に現れてかなりうろたえた。

それでも思わず駆け寄ろうとした自分をやっと制止して彼女に冷たく言い放った。

「何しに来た。」

彼女は僕の言葉を予測していたかのように黙したまま少し呆れたような笑みを浮かべていた。

「僕は人のものに手を出すほど女に飢えてない」

  ああ、何てことだ・・・
  そう言った僕の言葉が呆れるほどにうそ臭い

「帰れ。」 それでも僕は虚勢を張った。

「あなたが待ってるから・・・来たの」 初めて口を開いたジニョンは僕を睨み付けていた。

「ハッ・・・待ってる?ご覧の通り、僕はさっきまで酒飲んで遊んでた・・・
 君を待ってるわけ・・」 ≪無いだろ?≫

「あなたが待ってるから!・・来たの」 彼女はお構い無に、強い口調を僕の言葉に重ねた。

「言ったはずだ・・・他の男と、女を争う気はない。」

「ジョルジュは兄みたいな人・・・そう言ったでしょ!」

「その割には必死に守ってた。」≪そのせいなのか?僕の苛立ちは・・≫

そう言って僕は彼女を睨み付けたものの、彼女の僕を睨んだ目に逆に圧倒されて、
慌てて彼女から目を逸らせた。

     ≪だからあんなにもあいつを打ちのめしてしまった?≫

「あれは、あなたが彼をひどく殴るから!」     

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

「やつのところに帰れ」
「本当に?帰ってもいいの?」

「うぬぼれ屋のジニョンさん・・・僕はね・・・
 あまりに君が僕に熱をあげるから・・・ちょっとからかっただけだ
 そんなこともわからないの?本当に子供なんだね・・君は・・・」
僕は彼女に負けるまい、と虚勢を張り続けていた。

「本当に?」

「・・・・・・・」

「フランク・・・嘘をつかないで」
「嘘なもんか」

その瞬間、彼女が突然僕の胸に飛び込んで僕の体を必死に抱きしめた。
僕は自分の両の手に心と逆の指令を出してそのまま宙に浮かせていた。

「離せ」
「離れない」

「離せ!」
「嫌!」

僕は彼女の肩に手を掛け、その華奢な肩を勢いよく自分から剥がすように離した。
そして急いで部屋に入ると即座に内側からロックを掛けた。

「 フランク!逃げるの?!フランク! 」 彼女の声が僕を追いかけてきた。

   ≪逃げる?・・・バカなことを言うな≫

「 フランク!開けて!開けないと! 」 彼女の甲高い声がフロアに響き渡っていた。
僕は仕方なく、ゆっくりとロックを外してドアを開けた。

「うるさい。・・近所迷惑だ・・・開けないと・・何する気?」

「開けないと・・・・・・考えてなかった・・・」

「・・・・・。」

彼女は呆れ顔の僕を強く睨むと、僕にわざとぶつかるようにして部屋に入ってきた。
そして振り向きざま僕に向かって怒鳴った。

「いい加減にして!」
「それはこっちの台詞だ。」

「もっと素直になって!」
「十分素直だと思うよ」

「ひねくれもの!」
「ひね・・な・・」≪何を言ってるんだ!≫

「私のこと好きなくせに」
「好きじゃない。」

「愛してるくせに」
「愛してない。」

「本当は私のこと欲しいくせに」
「・・・・・・」

「抱きたいくせに・・やせ我慢してる」≪好き勝手なことを言うな。≫
「君ね・・いい加減に」

「私は好き。」
「・・・・・・」

「私は愛してる。」
「・・・・・・」

「私は・・・抱きたい。」
「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・どうやって?」

「えっ?」

「抱いてみな。・・・どうやって抱くの?」

「えっ?・・・・・・・」

彼女は僕の前で顔を真っ赤に染めながら、突然僕の胸に自分の体を投げた。
そして両の手を僕の背中に回し力一杯僕を抱きしめた。


「それから?」

「・・・・・・」

「それから・・・どうする?」

彼女はしばらく身動きもせず僕の胸に顔をうずめて、ただ静かに僕の鼓動を聞いていた。

    そうなんだ・・・

    僕の心臓は既に・・・君への愛しさで苦しく高鳴っていた

もうとっくにその高鳴りが彼女に僕の本心を伝えているだろう。

僕はそれまで宙に浮かせていた両の手を今度は自分の心に素直に従わせて
彼女をそっと包み込んだ。

「できもしないことを口にするな」 そう言いながら僕は彼女の髪にゆっくりと唇を落とした。

「・・・・・・だって・・・本当にそうしたいもの
 私の体も・・・あなたが欲しいと言ってる」

「・・・・・・・」

「あなたが好き・・・あなたを愛してる・・・私の心が・・・体が・・・そう言ってる・・・
 あなたも・・・そうでしょ?私・・・一度もあなたからそう言ってもらってない
 あなたの心を・・・言葉で教えて・・・」


    何故だろう・・・

「君って・・・」

「・・・・・・・」

    心が勝手に君に寄りかかる・・・


「うるさくて・・・勝手で・・・」

「・・・・・・・」


    心が勝手に君を見つめている・・・


「我侭で・・・図々しくて・・・」 
「それで?」

彼女が僕の鼓動を解放してやっと顔を上げた。


「信じられないくらい・・・子供・・・・」
「それだけ?」   

僕は彼女との視線を絡めると彼女の頬に触れた。 

「君といると調子狂ってばかりだ」

そして僕の唇は吸い寄せられるように彼女の唇へと向かう。


「それはあなたが正直じゃないからよ」


    ああ・・・君の言う通りだ・・・


「疲れるんだ・・・」 

「・・・・嫌なの?」 


    僕は・・・正直じゃない・・・

   
「鬱陶しい・・・」 

「・・・・そんなに?」


    本当は・・・


「わずらわしい・・・」

「・・・・本当に?」


    とっくに・・・君を・・・


「ああ・・・耐えられない・・・でも・・・・」

僕は震える彼女の唇の振動を自分の唇で感じていた。
そしてそのまま彼女の唇の上でささやいた。

「でも?・・・」

「でも・・・・・」


    たまらなく・・・君を・・・


「・・ちゃんと言って・・・」


「でも・・・・・

 

      ・・・愛してる・・・」




 







2010/03/22 17:49
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

創作mirage-儚い夢-12.君より大切なもの

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「結局・・・こんなとこ?」 僕は不平を込めて言った。

「だって・・・もったいないもの・・・」

彼女に促がされて入った店はアパート近くのハンバーガーショップだった。

「もったいないってこと無いだろ?・・・初めてのデートなのに」

「えっ?・・やっぱり・・デートなのね!」 彼女の目が嬉々と輝いたのを僕は無視して
ぶつくさ言いながら、カウンターの向こうの店員にバーガーとコーヒーをふたつずつ注文した。
「ポテトも」 彼女が隣で言うと、「ひとつ・・後は?」定員と彼女を交互に見て僕が言った。 
「後はいい」 彼女は満足、というように満面に微笑んだ。

「こんなんじゃ、サンドウィッチと変わりやしない」
僕は注文したバーガーを窓際のふたり掛けの席のテーブルに置きながら
まだぶつぶつ文句を言っていた。

「でもいいわ・・・ここで十分」

彼女は本当に満足そうに頷いて、ハンバーガーを口いっぱいに頬張った。
僕はそんな彼女の食べっぷりを呆れたように見つめていた。

「フランク・・・そんな無愛想な顔しないで、もっと笑って?」

「必要も無いのに笑えない」

「笑うのって、必要があるからじゃないわ・・・
 心が幸せって感じたら、自然に顔に現れるのよ
 今、私といて、幸せじゃないの?」

「・・・・・」 “幸せじゃないの?”・・・彼女にそう聞かれて、僕は答えを詰まらせた。

「ねぇ・・幸せじゃないの?」 彼女はもう一度聞いた。

「・・・・・」 しかし僕には“幸せ”という意味が定義できなかった。

「ん?」 それでも彼女は首をかしげて僕の答えを待っていた。

「・・・・・・・そんなこと・・わからない・・・」 僕はやっと口を開いた。

「わからない・・って・・・また私のまね?・・・
 ね・・笑ってみて・・笑えるはずよ・・ほら・・・リラックスして・・・自然に・・・
 いい?・・あなたは今・・・幸せな気持ちのはずよ・・・」

「まるで催眠術だな」
そう言いながら僕は今、自分がきっとこの上ない幸せそうな笑顔を彼女に向けただろうと
自分でも感じていた。

「ほら!やっぱり!あなたは凄く素敵な笑顔の持ち主だった!」

彼女は自分が今まで信じてきたことが目の前で実現したと言わんばかりに
満面に笑顔をたたえて感嘆して言った。


   君の笑顔って・・・誰かに似てる・・・

   誰だっけ・・・


彼女のほころぶ笑顔を前に僕は更に表情を崩してしまっていた。
僕の頑なな心は彼女の幼いまでに純粋な心にいとも簡単に屈していた。


   なんてことだ・・・


僕はそんな自分を心の中で少しばかり嘲笑していた。

僕は今まで女の子とこんなデートをしたことがない。
たとえ安いハンバーガーショップであろうとも二人でいるということだけを楽しいと感じる

こんなささやかなことが・・・しあわせ・・・なのか?

   幸せ・・・

その言葉を心に描いたのも・・・きっと・・・初めてのことだった。

僕は今彼女を前に、彼女だけを見つめている自分が、それを幸せだと微笑む自分が
何故だか無性に愛おしかった。


「今度はもっと、いいところで食事しよう」 僕は彼女に得意そうに言った。

「いいところって?」 彼女は首を傾げて聞いた。

「んー・・綺麗なドレスを着て・・・ちゃんとフォークとナイフを使って・・・
 高級なレストランで・・・美味しいもの食べる」

「これだって十分美味しいけど」 それはきっと彼女の本心だった。

「そうじゃなくて・・・君に色んなことをしてあげたい・・・
 仕事が成功したら、何でも買ってあげる
 洋服も・・靴も・・アクセサリーも・・NYで一番高いものを君に贈るよ」

僕はまるでその全てを空想に描き、夢を見ているように話していた。

   君の喜ぶ顔を・・・もっともっと見たい・・・

心からそう思った。

僕は彼女に対して、彼女がくれる笑顔へのお返しをと僕なりの言葉で現していた。

「高いもの?・・・そんなの・・・いらない・・・」 

それなのに彼女は不満げな表情を僕に隠さなかった。

「何故?」

「私はあなたがそばにいてくれればそれでいいもの・・・

     ≪そうかも知れないけど・・・≫

 あなたと初めて出逢った時から・・・私の心があなたを求めたの・・・
 そのあなたが今、少しであっても私を見てくれてる・・・それだけでいい

     ≪どうして?≫

 だって・・・そんなことって・・・そんな幸せなことって、あると思う?

     ≪お金があればもっと幸せが買える≫

 それ以上の高級なもの、私にはないもの・・・」

そう言った彼女の瞳はまぶしいほどに輝いていた。
しかし僕は彼女のひと言ひと言に対して心の中で反論していた。

「・・・・・・」

僕の表情を伺っていた彼女の瞳の輝きが僕の心を、まるで読んだかのように次第に
小さくなっていった。そして・・・

「フランクにはまだ・・・
 私より大切なものがあるのね・・・きっと」 
そう言った彼女が切なげに微笑んだ。

「・・・・・・」 僕は即座に “そんなことない” と答えられなかった。

今の僕の胸にはまだ多くの野望が渦巻いていて、彼女の気持ちには、素直に
応えられなかったのかもしれない。

「いいの・・・仕方ないもの・・・」

   そんな悲しそうな顔しないで・・・でも・・・

   僕の・・・本当の気持ちは・・・どうなんだろう・・・

   何よりも君が大切だと・・・言えるだろうか・・・

少しばかりの気まずさが彼女に合わせた視線を避けさせた。
彼女との会話に詰まって口に運んだハンバーガーもなかなか喉を通ってくれなかった。
 
それでも、彼女は直ぐにふたりの間の空気を変えてくれた。

「ね、これから何して遊ぶ?」 

「遊ぶ・・の?」




それからというもの僕たちは、昼となく、夜となく、時折デートを重ねるようになった。
普通の恋人たちがするように・・・食事をしたり、映画を見たり・・・公園を散歩したり。
ちょっと大人な雰囲気をと、彼女にせがまれてカクテルバーに立ち寄ることもあった。

「ねぇフランク、あれ頼んで?」

「また?飽きちゃったよ」

「お願い・・」

僕は彼女に仕方ない、という顔をしながらウエイターに声をかけた。
「ブルーマルガリータをひとつ」

彼女の要望で目の前に現れたそのグラスを、彼女は憧れの眼差しで見つめた。
「本当に綺麗・・・神秘的ね・・・」

以前僕がそれを頼んで以来、彼女は必ずといっていいほど、それをせがんだ。
僕はそのグラスを嬉しそうに見つめる彼女を、身を屈めてグラス越しに覗くと、
彼女と目を合わせ、微笑んだ。

「フランク・・・」
「ん?」

「しあわせ?」

「・・・ん・・・」

ふたりで過ごす時間は時を忘れるほどだった。



ある日僕達は互いに指を絡めて歩いていた。
そこは美しい噴水の上がる公園で、夜深くなると摩天楼が森の奥に小さく見えた。
その時
僕は、絡めた彼女の手を自分のポケットに押し入れて、彼女との距離を縮めた。
そして僕にぴったりと寄り添う彼女の香りに酔いしれていた。

「今日はもう遅いから、このまま送っていくよ」

「うん!あ~楽しかった~・・・」 彼女は愛くるしい笑顔を僕に投げた。
僕はそんな彼女がたまらなく愛しくて、彼女の肩を引き寄せると柔らかい黒髪に
大事なものにそうするようにキスを落とした。

「フランク・・・私のこと好き?」

「・・・どうかな・・・」 僕は宙を仰いで彼女の質問をはぐらかした。

「素直じゃないのね・・・フランク・・・」

「君が素直すぎるんだ」

「でもあなたの目は正直よ」

「目?」

「好きだと言ってる」

「誰を」

「私を」

「気のせいだ」 僕はまた宙を仰いだ。

「ねぇ、フランク・・・もっと素直になれないの?」 彼女が呆れたように僕を横から見上げた。
「言ってみて!」

「何を!」

「君が好きだって」

「言えない」

「どうして?」

「どうしても!」

僕達はまるで子供の掛け合いのような会話を繰り返しながら、街路樹の歩道を歩いていた。

   君といると・・・まるで・・・

   遠い記憶の幼い日々に戻ったような・・・

   不思議な気持ちになる・・・

   心が真っ白で・・・汚れていない・・・

   そんな気持ちになる・・・

   こんな日が・・・こんな幸せな日が・・・ずっと・・・ずっと・・・

   続けばいい・・・

僕は心の奥深くで、決して叶うことのない願いをただ無心に祈る子供のように、
神の御前で手を合わせていた。

ふと僕は幼い日の自分に思いを巡らせた。幼い頃教会で祈りを捧げていた記憶が
微かに残っている。

   信じることは大切なことだと・・・

   あれは誰に教わっただろう・・・
   母だったのか・・・牧師だったのか・・・

今の僕には記憶の隅にすらない。記憶にあるのは・・・

いつの日も・・・
僕の祈りが叶えられることはなかった・・・
そのことだけだ・・・
そして今度も・・・

   また・・・


彼女の寮の近くまで来た時だった。ひとりの男が僕を突き刺すような鋭い眼光を放っていた。
あの時のジョルジュという男だった。
彼はあの時よりも怒りを増した形相でこの僕を睨みつけていた。

そして、そのままの勢いで僕たちに近づいたかと思うと、その怒りを拳に変えて
僕を目掛けて突進してきた。

僕の顔を見上げながら、腕にしがみつくように歩いていた彼女が、その瞬間やっと、
彼の存在に気がついた。

僕はとっさに彼女をそばから離そうとバランスを崩してしまい、彼の拳をまともに
顔に受けてしまった。

       
「オッパ!何するの!」  

「やっぱり・・お前か!・・・いったい・・こいつに何をした!」

「何言ってるの?ジョルジュ!」

「お前は黙ってろ!」

彼はジニョンに対して怒鳴りながら、睨みつけた目は僕から外さなかった。
その目は僕に対する怒りに血走り、握った拳はわなわなと震えていた。
ジニョンはそんな彼を必死になってなだめようと、彼にすがっていた。

その時僕は至って冷静だった。
二人の様子を冷めた目で眺めながら、切れた口の端を指で拭った。

再度向かってきた彼に今度は僕が容赦をしなかった。
彼は顔と腹に僕のパンチを数発浴びると崩れるように地面に倒れこんだ。

『ジョルジュ!ジョルジュ!』

彼は気絶しかけていたようだった。

『フランク!ひどいわ!・・・ひどいわ・・こんな・・』

   また・・・ハングル・・・

「そっちが先に殴りかかった・・・」

『そうだけど!・・・彼・・こんなこと慣れてないの!
 ジョルジュ!しっかりして!』 

ジニョンが泣きながら彼を揺さぶって、彼はやっと正気を戻した。

『ジョルジュ・・・大丈夫?』 

「・・・・こいつに・・・近・・づくな・・・
 ジニョンは俺のもの・・だ・・・お前なんかに・・・
 渡さない!絶対に・・・渡さない!」 

彼の意思はきっと、殴りかかろうと僕に向かっていただろう。
幾度となく立ち上がろうと懸命に歯を食いしばっていた・・・しかし・・・
僕の拳をまともに受けていた彼はジニョンの腕に支えられるしかなかった。
彼女は彼を抱きしめるように彼の動きを必死に止めていた。

   ≪そいつに・・・触れるな・・・ジニョン・・・≫

その光景を目の当たりにした瞬間、僕の周りが無音になった。
頭に血が激流のごとく上っていくのが自分でもわかった。

彼女の腕が彼を抱く姿に、僕の心は尋常を失っていた。

   この怒りは・・・何だ?

   嫉妬?・・・彼に対して?・・・

   これが・・嫉妬という感情なのか?・・・

   そんなばかな・・・

   そんな陳腐な戯言・・・僕に・・・存在するもんか・・・

それでも僕は努めて冷静に上から彼を見下して言った。

「君のものなんだ・・・それは悪かったね・・・
 僕はたかが女を争うつもりなんて、さらさらない・・・
 そんなに大切なら・・・鍵をかけてしまっておくことだ」

「フランク・・・」

僕のその言葉に彼女が驚きと悲しみの入り混じったような複雑な顔を僕に向けた。

「フランク・・・冗談・・言わないで・・・」

僕は彼女の瞳から逃れるように冷たく背中を向けた。


「フランク!待って!冗談は止めて!今の・・・どういう意味よ!」


「そういう意味だ!」 

 

   僕には幸せなんて・・・ない・・・

 

       ・・・そういう意味だ・・・








2010/03/20 16:15
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

創作mirage-儚い夢-11.いつの日にか

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「ねぇ・・フランク・・・」

「ん?」

「どうしても駄目?」

「駄目」

「だって・・これ・・・難しいもの・・・ちょっとだけ・・・お休みしない?」

「試験で間違えた問題は理解するまで徹底的にやる!
 そうすると二度と同じ間違いをすることはないし、
 次へのステップの基盤が完成するんだ・・いいから・・やって!」

「え~フランクって、大学の教授より厳しいじゃない。
 せっかく、一週間ぶりに逢えたんだし・・・ねっ!フランクだって、
 私のこと待ってたでしょ?」 そう言って彼女が下から僕の顔を覗きこんだ。


「待ってない。」 
僕は彼女の視線を無視してもくもくと、彼女が試験で間違えてしまったという問題を解いていた。

「うそ・・じゃあ、さっきはどうしてあんなことを?」 更に僕に顔を近づけて彼女は攻め込んだ。

「あれは・・・ちょっと・・その・・間違えた」 

つまらない言い訳をした僕の顔にはきっと、真実味などなかっただろう。

「間違えた?誰と?・・・あぁ・・恋人と?・・・
 ふ~ん・・・そうなんだ・・・ふ~ん・・・・・・」

「ジニョン・・・いいから、ほら・・これだけでもやって・・・」

僕がそう言うと、突然彼女が僕の顔をまじまじと見つめながら、意味有りげににっこりと微笑んだ。

「何!」

「もう一回・・・」 彼女が人差し指を立てて、微笑み言った。

「・・・何を?」

「ジニョン・・って」 

僕が今、彼女のことをそう呼んだことを、僕自身も気づいていた。

「もう一回・・」

「・・・早くやって!」 僕はそれをごまかすように彼女の頭に掌を押し付けた。

「照れちゃって・・・あなたの方が子供みたい・・・」

彼女はブツブツ言いながら、仕方なく難解な問題にしぶしぶと戻った。


問題集を広げるといっぱいになるほどの狭いテーブルで、僕のほぼ真下にある彼女の黒髪が
僕の鼻先を甘くくすぐると、彼女の視線が届かないところで僕の目が彼女を抱きしめていた。

今までの僕ならば・・・女と意気投合してこうしてふたりだけで過ごしていたならば・・・
間違いなく、何の躊躇もなくただ抱き寄せていただろう。
男と女が、肌を寄せ合う理由など、それ以外に何があるという?

その僕が・・・彼女を相手に数式を解いている。

   笑える・・・大いに笑えた・・・

そして自然に彼女の名を口にしていた僕自身の心の変化をも、僕は不思議と
心穏やかに受け入れていた。

ジニョン・・・
彼女が吹き込んだ爽やかな風が僕の心に安らぎを与えるかのように・・・

「出来た!・・・フランク、これでいい?」

「どれ?・・・・・・・ああ、正解だ・・どう?自分の身についた実感あるでしょ?」

彼女は満面に笑みを浮かべて「うん」と頷いた。そのあまりの可愛さに僕は何故か
下を向いて笑った。

「何が可笑しいの?」 彼女は少し不満そうに言った。

「えっ?・・いや・・可愛いなと思って・・」 僕はつい正直にそう言ってしまった。

「可愛いと、笑うの?」 彼女は今度は不思議そうに僕の顔を下から覗いた。

「笑っちゃ駄目?」

「普通は可愛いと思ったら、キスするんじゃない?」 
彼女はそう言いながら、頬を赤くした。
きっとそれは彼女にとっては精一杯の背伸びした台詞だったからだろう。

「して欲しいの?」 僕はからかうようにそう言った。

「・・・して・・欲しい・・わけじゃ・・・ないわ」≪本当に?≫

「そう」 僕はその言葉通りに、彼女に触れなかった。

「・・・・・」

彼女が少しばかり不満そうな顔をして無言で僕を見ていた。
僕はその視線にわざと気づかない振りをして席を立った。       


さっき、彼女が久しぶりに訪ねて来た時、僕は不覚にも無意識の内に
彼女を抱きしめていた。

   わかっている・・・


その行動に一番驚いていたのは・・・


   他ならぬ・・・この僕だ・・・

 

「・・・そろそろ帰った方がいいんじゃない?・・・」

「えっ?・・・」

彼女の不満顔がMAXになって僕に無言で、何かしらを訴えた。

「何?」

「あ・・門限の時間まで・・・もう少しあるわ・・もう少し・・星見てちゃ駄目?」

   知っているだろ?

   今日は星は出てない


「駄目?」

「好きにして。」

「一緒に・・」 彼女は熱いまなざしを僕に向けた。

   そんな目で誘うな


「駄目だ」 僕は懸命に冷たさを装った。

「どうして?」

「どうしても。」

「・・・・・・」 彼女が寂しそうに顔を伏せてベランダに出て行った。
僕はそんな彼女を構わないと決めて、問題集から仕事の書類へと注意を移した。

そうしていなければならない何かが、僕の心を乱していたからだと、その時の僕は
気づかない振りをしていたのかもしれない。


彼女はベランダからなかなか戻って来なかった。

僕はしばらくして仕事の手を休めると、新しいコーヒーをふたり分用意し、
椅子の背に掛かっていた自分のカーディガンを腕に抱えて、両手にコーヒーカップを持った。

そして彼女がもう長いこと佇んでいるベランダに出るとまず、カーディガンを受け取るように
彼女に目で合図した。

「風邪引く」

僕が声を掛けると、彼女はプイと横を向いた≪何を怒ってるんだ?≫

「ほら・・これ着て。」

彼女は仕方ないという顔で僕の腕からカーディガンを受け取り、無言でその袖を通すと、
僕の差し出すコーヒーを受け取った。

「何してたの?」 僕は手摺りに腕を乗せて、コーヒーカップを口元に運びながら言った。

「考えてた」

「何を?」

「フランクが・・・・」

彼女はベランダの手すりに置いた自分の手に自分の顎を乗せて少し口を尖らせた。

「僕が・・何?」

「フランクが・・・どうして私とセックスしないのかなって」

「プッ・・・・」 僕は思わずコーヒーを噴出してしまった。

「私って・・そんなに魅力ないのかなって・・・
 私の体は・・・フランクにとって男としての欲求が沸かない体なのかなって・・・」

「子供の癖に・・・言うことが大胆だね」

そう言ったあと僕はひと口分のコーヒーがのどを通過するのを待った。

「また・・子供扱い・・・それって、凄く不愉快!」
彼女は不満たっぷりの顔をして、僕にではなく、外の景色に向かってぶつけた。

「大人の女はね・・いちいちそんなこと口にしないもんだ
 君はね・・・粋がってるだけ」

「そ・・そんなこと・・ないわ」

「そう?じゃあ、試してみる?」


「えっ?」

僕はコーヒーカップをテーブルの上に置くと無言で彼女にじり寄った。

「フランク・・・そんな怖い顔しなくても・・・」

彼女は自分の緊張をごまかすかのように笑っていたが、僕はそれには応えなかった。

「・・・・・・」

僕はふいに彼女の胸のふくらみをその服の上から鷲づかみにした。
彼女はその瞬間、持っていたコーヒーカップを落とし、その割れる音が彼女の幼い顔を
驚愕にひきつらせていた。

僕は容赦なく壁に彼女の体を押し付け、その首筋に唇を這わせた。
そして瞬時にもう片方の手で彼女の短いスカートの裾をたくし上げると、その手を下から
彼女の中心へと侵入させた。

彼女の体が一瞬にして硬直し唇が戦慄くように震えていた。

それでも彼女が無意識に僕の体を押しのけようとした手を僕は力づくで外して、
壁にそのまま押し付けた。

「止めて・・・」 彼女の顔が青ざめるのを確認していながら、僕は止めなかった。
彼女のブラウスを大きく開いて強く押し当てた唇を首筋から鎖骨へと移動し始めた。

「止めて!」 今度は彼女が凄い力で勢い良く僕を跳ね除けた。

「こんなんじゃないわ・・・」
「君がそうしてと言った。」

「違う・・・こんなんじゃない」
「同じことだ」

「違う・・・」
「何が違う?・・」

二人の間に緊迫した沈黙が流れ、僕は彼女を、彼女は僕を睨みつけていた。

彼女が先に目を逸らした。
僕も彼女の体から手を離してベランダの鉄筋の柵に両肘を付くと広がる夜景に視線を離した。


しばらく冷たいふたりの沈黙が続いた後、僕は背中に彼女の柔らかい頬の感触を感じた。

「ごめんなさい・・・私って・・・変なの・・・
 フランクにそうして欲しい・・・本当にそう思ってるのに・・・」

「・・・・・・」

「・・・フランク・・・怒ってる?・・・」
       
僕はゆっくりと彼女の方に振り返ると彼女の頬に掌を当て、微かな笑みを彼女に向けた。

「君はね・・・きっとまだ・・・心と体の成長が一致してないんだ」

「・・・・・・」

「怯えた目をした女を抱くなんてごめんだ」

彼女のきらきらと輝く潤んだ瞳が、きっと僕に強がりを言わせていた。

結局のところこの僕が彼女の怯えたまなざしから逃避している。その方がきっと正しい答えだ。
それを見透かされているようで一瞬彼女から視線を逸らし・・・そしてゆっくりと戻した。

「どうして・・そんなに急ぐ?」

「だって・・・」

「そんなことをしないと不安なのか?」

「だ・・って・・・」

「急がなくていい・・・いつか・・・」

「いつか?・・・」

「僕はいつか・・・君と・・・」 ≪きっと・・・≫  

「本当に?」

「ああ・・・何故だかわからないけど・・・」 

本当にわからなかった。そうなるのかさえ、真実はわかってはいない。

「・・・・・・・」

「そんな・・・気がする」

僕は彼女の唇に自分の唇をゆっくりと近づけるとそっとささやいた。
        
「君がいつの日か・・・僕を好きだという気持ちと同じくらいに
 君の体が僕を求めたら・・・その時は・・・」

「その時は?・・・」

「抱いてやる。」

「・・・・・・えらそうー」 彼女は真っ赤になった後、やっと笑って僕を見上げた。

「それに・・・」

「それに?」

「いや・・・何でもない・・・」 僕はまた体を翻して柵に手をかけた。

「また、言いかけるの?・・・やな感じ」

彼女は少し元気を取り戻して僕に憎たらしい顔をして見せた。

僕はそんな彼女から視線を逸らしながら、他のことを考えていた。


それに・・・




「ソフィアを見なかった?」

「いいえ・・今日はまだ見てないわ」

「ここんとこ、休んでるみたいだよ」

「そう・・・」

ソフィアと話がしたかった。

話をしなければならない・・・そう思った・・・

   何を?

それはソフィアが・・・
彼女の方がもう気がついていることだと思っていた

僕はこの二日・・・ソフィアを探し歩いた
しかし・・・彼女には一度も会えなかった。
彼女は学校にも現れず、アパートにも戻っていなかった。
 
電話すら繋がらなかった・・・

   そう言えば・・・

僕が彼女をこんな風に探したことが今まであっただろうか・・・

ふとそんなことを思った。

   なかったような気がした・・・それは・・・

   いつも・・・気がつけば彼女が・・・

   僕のそばにいたからだ・・・

 

 

 

ジニョンと出逢ってふた月・・・
彼女が僕のところに現れるようになってひと月が経過していた。
彼女は殆ど毎日のように僕の部屋に訪れていた。

そこには・・・くったくない笑顔を惜しみなく僕に向けてくれる彼女と、いつの間にか
彼女との時間をこよなく楽しむ僕がいた・・・

彼女の訪れを待ちわびる僕がいた・・・

   そして・・・今日もまた・・・

   そろそろ・・・彼女がやってくる・・・

僕はベッドに寝ころびながら、目を閉じた。

   今頃きっと・・・エントランスに入り・・・

   エレベーターに乗り込んで・・・

   僕の元へと急いでいる

彼女の気配が近づくにつれて、僕の心臓の音が間隔を短く刻み始める。 

そして僕は・・・彼女が・・・玄関に近づく足音を待った

   来た・・・

僕は即座にベッドから起き上がると上着を手に取って玄関に向かい、
彼女が呼び鈴を鳴らす前に乱暴にドアを開けた。

「キャァ!・・あーびっくりした!フラ・・ンク・・・?」

彼女は不意に開いたドアに驚いて胸を押さえていた。

「入らないで。」 僕はそう言いながら、急いでドアの鍵を閉めた。

「え~!どうして?」

「出掛ける」

「え~!何処へ~」

「何処でもいいだろ」

彼女が僕を追いかけて文句を言った。

「何処でもって・・何処に行くの~・・せっかく来たのに・・・」

「いつもサンドウィッチじゃ、飽きるでしょ?」

「えっ?」

僕は不思議がる彼女の手を無造作に掴むと、さっき彼女が降りたばかりのエレベーターに
急いで乗り込んだ。

「フランク・・・」

僕は彼女の視線から避けたまま、無愛想な顔を作っていた。

「ねぇ、フランク・・・出掛けるって・・もしかして・・私も一緒に?」

彼女がニコニコしながら繋いだ手を上に上げて見せた。

「これって、もしかしてデート?」

「そんなんじゃない・・ただの食事」

「え~!だって・・・ふたりで出掛けるんでしょ?デートよ~そうよ・・・
 デート・・ね、フランク」

「うるさい」

彼女は嬉々として、いつの間にか僕の腕に手を回し、僕にぶら下がるように寄り添った。

僕はその手を払わなかった。

 

「何をご馳走してくれるの?フランク・・」

   こんな何でもないことが・・・

 

「何を食べたいの?」

   君のその・・・くったくない微笑が・・・

 

「サンドウィッチ以外なら、何でも・・」

   こんなにも愛しい・・・

 

「何処で食べたい?」

   こんな想い・・・

 

「あなたと一緒なら、何処ででも・・」

   本当に・・・初めてだ・・・

 

“あなたとなら何処ででも”・・・君は照れもしないでそう言って微笑んだ。

   僕も・・・きっと・・・

   ・・・きっと、同じ想いだ・・・ 

 

 


 

      






 

 


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