2010/10/10 14:25
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

mirage-儚い夢-48.覚めぬ夢

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   ジニョン!・・・ジニョン?・・・ジニョ・・


   フランク・・フランク・・・・フランク・・・ 



      夢を見ていた・・・

      暗い闇に包まれた中に聞こえていたのは

      ジニョンの名を必死に叫ぶ自分の声と

      遠くから届く彼女の僕の名前を呼ぶ声だけだった

      彼女の声に向かって走るのに・・

      僕はいつまで経っても彼女に辿り着くことができなくて

      常軌を逸したように焦り狂っていた・・・

      
      どんなに走っても・・・どんなに大声で叫んでも・・・    

      彼女の姿が何処にも見えない・・・

      
      僕は暗闇の中で狂ったように

      ただただ・・・彼女の名を叫び続けていた


「ジニョン!」

「フランク・・・しっかりして・・・」

僕の額に触れていた細い指をジニョンだと思い、掴んだ瞬間に目が覚めた。
その手の主がソフィアだとわかった時、今自分のいる場所が何処かが理解できた。

「・・ジニョンは?・・・どこ?・・彼女は・・」

「ジニョンさんは大丈夫よ・・・安心なさい・・」

「本当に?・・何処にいるの?・・逢わせて・・」

「今は無理よ・・・あなたはまだ動けないわ
 でも彼女は大丈夫・・怪我も軽いし・・ただ・・」

「ただ?」

「今・・彼女には彼女のお父様が付き添ってらっしゃるの・・
 わかるわね・・・だから・・もう少し待ちなさい・・・」

    ジニョンのお父さんが・・・

「・・どうしても・・逢いたい・・・」

「・・・・・情け無い顔しないの・・・」

「・・・ジニョンが僕を呼んでるんだ・・・きっと待ってる・・・僕を・・・」

「今は・・・無理よ。」 ソフィアは少し強い口調でそう言った。

「・・・・・」

「私が様子を見てくるから・・・我慢して」
そして彼女は、まるで子供に言い聞かせるように、彼の頭をなでた。

「怪我は何でもないんだね・・・」

「ええ」

「良かった・・・」 それだけでもフランクはホッとしたようだった。

「そうね・・・」

「怖い思いをさせてしまったんだ」

「・・・・・・」

「泣いてなかった?」

「大丈夫よ・・・あの子・・気丈だから・・」

「・・・・・・」

ソフィアとの会話の中でフランクは夢の中と違い、次第に安堵していく自分を感じていた。

「今は・・あなたは自分の体のことだけを考えて・・・早く元気になるのよ
 仕事の方はレオさんが進めてくださってるし
 私もあなたの復帰までレオさんに協力させていただく」

「ごめん・・・」

「それから・・・ソウルホテルの一件も解決したわ・・・」

「そう・・良かった」

「さあ・・・だから・・・安心して・・目を閉じて・・・
 今度は・・・彼女と逢う夢を見ていなさい・・・」

レイモンドの言う通り、ソウルホテルは危機を脱することができた。
    
安心したフランクは、ソフィアに促がされてゆっくりと目を閉じた。
そしてまた深い眠りについた。

それでもフランクは目覚める度に、ジニョンの名を口にして会いたがった。
その都度ソフィアは彼に、辛抱するよう言って聞かせた。

次第に彼も落ち着きを取り戻し、今の状況を理解したらしく、翌日からは
ジニョンの名を口にしなかった。

その代わり・・・

「今日は何日?」 目覚めると彼はまずそう尋ねた。

「30日・・・」 さっきも同じことを聞いた・・・


      ・・・今日は何日?・・・今何時?・・・


      時は・・・

      思うように過ぎてくれないわね・・・フランク・・・


フランクの行き場の無い不安が、ソフィアの胸を痛めた。

   

「フランク・・・・・・・ちょっと待ってて・・・」

そう言ってソフィアは立ち上がると、壁に掛かっていた鏡を手にしてベッドサイドに戻った。
そしてそれをフランクの顔に近づけると角度を変えて向きを調節していた。

「・・・・これでいいわね・・フランク・・少し上を見てご覧なさい・・・
 向かいの建物を見て?・・・赤い薔薇が見える窓があるでしょ?どう?見える?」

「うん・・」

「さっきね・・あなたが眠っている間に彼女のお見舞いに行って来たの・・・
 あの部屋にいるのよ・・・彼女・・とても元気だったわ
 でも・・今はまだここに来れないの・・わかってあげて・・・」

「・・・・・・」

フランクは鏡に映ったその窓をしみじみと見つめていた。

「何か言ってた?」

「ええ・・あなたに早く逢いたいって・・・」

「そう・・・」

「心配してたわ・・あなたのこと・・・」

「そう・・・」

ソフィアは嘘をついていた。
 
いつまでこうして、ジニョンが元気でいると嘘をつかなければならないのか
ソフィアはフランクを見る度に胸が潰れるようだった。




「目を覚ましてから・・もう三日も経つというのに・・
 どうしたと言うんだ・・ジニョン・・・パパだよ・・ジニョン・・答えておくれ・・・」
 
「・・・・」    

「おじさん・・おじさんも少し休んだ方がいい・・今日は俺がここにいますから」   

彼女は確かに大きな怪我を負っていたわけではない。
しかし聞くところに拠ると病院に搬送されてから丸一日目を覚まさず
そして目覚めた後もまるで夢の中を泳いでいるような目をしているという。
自分の父親や身近な人の姿も視界に入っていないかのように、目を開けていても、
誰とも話しすらしないのだと・・・。

医者の見解は極度のショックに因る一過性の症状だろうと・・・
彼女の父親と一緒に付き添っているイ・ジョルジュが教えてくれた。

ジョルジュはフランクとジニョンの良き理解者のようだった。

そしてソフィアは、一昨日病室に訪れたレイモンド・パーキンという男からも、
詳しい事の次第を聞かされた。

ジニョンの父親にはまだふたりのことを話していないとのことだった。
ソフィアはフランクが彼女の父親に自分を認めてもらうべく、この仕事に
力を入れていたことを知っていた。

今のこの状況はフランクの心証を害するだろうと判断したジョルジュとレイモンドが
ジニョンと隣り合わせだったフランクの病室を、ジニョンの父が到着する前に別棟へと
移動したこともソフィアも納得の上のことだった。


「ジョルジュ・・・いったい何があったんだ・・この子に・・いったい何が・・・」 
ジニョンの父が嘆いた面持ちでジョルジュにそう聞いたが、ジョルジュは口を噤んだ。 

「・・・・」    

「お前も本当のことを話してくれないのか・・・」

ジョルジュは悩んでいた。ジニョンの身に起きた様々なことが、余りに多すぎて
彼女の父親に全てを打ち明けることを今まで躊躇していた。
しかしもうこれ以上隠しておくことはできないと彼は覚悟した。

考えた末にやっとジョルジュはフランク・シンの存在をジニョンの父に語り始めた。
彼とジニョンの出会いと、ふたりの関係と、ここまでの経緯を彼の知る限りのことを
話して聞かせた。

そして、ソウルホテルを救ったのも実は彼であったことも・・・。


ヨンスはジョルジュの言葉を静かに聞いていた。

「それで・・・彼は?」

「この病院の、別棟にいます・・・
 かなりの怪我を負いました・・ジニョンを守るため・・そう聞いています・・・・」 

「そうか・・・」

「おじさん・・あのふたりは本当に愛し合っているんです」

ジョルジュのこの言葉は本心からだった。
今でも彼のジニョンを愛する気持ちに変わりは無い。しかしジニョンの気持ちは
とっくに自分に無いことを認めないわけにはいかなかった。

「・・・・・・」

「ジニョンの気持ちを・・汲んでやってください」
ジョルジュはヨンスに心からそう言った。

「・・・・ジョルジュ・・・お前はいいのか」

「・・・俺は・・・ジニョンの兄貴ですから・・・」

ここ数ヶ月の娘の変化に気がつかなかったわけではない。
ヨンスはジョルジュの話を聞きながら、ひとつひとつ納得していく自分の心を
冷静に受け止めることもできた。

その時からヨンスは丸一日考え込んでいた・・・そして・・・

 
「彼に・・・会えるか?」

「えっ?」

「フランク・シンという男に・・会えるか・・・」

「あ・・・今は・・まだ・・怪我を」

「話もできないのか」

「いいえ・・そんなことは・・・確認してきます。少し待っててください」

 





ソフィアは今まで幾度となくジニョンの病室を訪ねたが、家族以外は面会謝絶ということで
一度も会わせてもらうことができなかった。

      ごめんなさい・・・フランク・・・
      あの薔薇は・・・
      彼女の部屋の窓辺に置いてもらえるよう
      お願いして来たの・・・
      あなたにはまだ・・・彼女のことは・・・伝えられない・・・


ソフィアはフランクが眠りに就いたことを確認するとジニョンの病室を再度訪ねた。
病室のドアをノックしようとした時、ジニョンの父親らしい声が聞こえてきた。


   《フランク・シンという男に・・会えるか・・・》

その声に深い決意が感じられてソフィアは不安にかられた。

  



「お願いします・・・少しでいいんです。彼女に会わせていただけませんか?」

「ソフィアさんでしたかな?・・・確か昨日もいらしてくださった・・・
 ジニョンの大学のお友達の・・・」

「あ・・はい・・」

「どうぞ・・会ってやって下さい・・きっと刺激になるかもしれません・・
 今丁度起きています・・・
 私も久しぶりに外の空気を吸って来ましょう」

ソフィアが病室に入るとジニョンはベッドの上で座っていた。

ソフィアがベッドの傍らにいたジョルジュを黙って見つめると、彼は彼女の胸の内を
察したかのように何も言わず部屋を出て行った。


「ジニョンさん・・・」

しかし、ソフィアの声にジニョンは何の反応も示さず、無言で目の前の白い壁を見つめていた。

「ジニョンさん・・ジニョン?・・・目を覚ましなさい・・・
 聞こえる?ジニョン・・・私よ・・ソフィアよ・・・」

「・・・・・・」

ジニョンの表情はソフィアの言葉に反応する様子すらなかった。
しかしソフィアはジニョンの手を取り、彼女の耳元で話し続けた。

「早く・・目を覚ましなさい・・・ジニョン・・
 このままだと・・・・・あなたたちは・・・・・・
 お願いよ・・・ジニョン・・・
 フランクの声が聞こえないの?彼の声が届かないの?
 夢の中でずっとあなたを呼んでるのよ」

「・・・・・・」

すると、無表情のままのジニョンの目から一筋の涙が流れた。

「ジニョン?・・・聞こえているの?・・・
 フランクの声が・・聞こえているの?・・聞こえてるのね・・・」

ソフィアはジニョンの頭を撫でながら、涙が込み上げてきて仕方なかった。

「安心なさい、ジニョン・・・フランクともうすぐ・・・逢えるわ・・・
 だから待ってるのよ・・・待ってるのよ、ジニョン・・・」

そしてソフィアはジニョンの頭を抱きしめて優しく語り始めた。

「ジニョン?私が前に話したこと・・・覚えてる?

 男と女は・・・
 神様に生を受ける前はひとつの体だったというお話・・・

 神はそれをわざと引き裂いて・・・この世に遣わしたの

 引き裂かれたそのふたつの体は何とかひとつの体に戻りたくて
 もうひとつの体を無意識に・・・懸命に探すの・・・
 そして・・・惹き合い・・・愛し合う・・・
 それが・・・半身というものなのよ・・・

    
 ジニョン・・・あなた達は・・・半身同士よね・・・
 そうでしょ?あなたが・・・あなたのフランクへの愛が・・・
 私に・・・そう認めさせたでしょ?

 だから・・どんなことがあっても・・・

 もしも神様がまた・・・ちょっとだけ悪戯をしても・・・・
 決して負けてはだめよ・・・

 わかったわね・・・
 何があっても・・・信じていられるわね・・・

 フランクを・・・待てるわね・・・ジニョン・・・」

ソフィアが彼女を抱いている間、ジニョンが正気を取り戻すことはなかった。
それでもジニョンがソフィアの肩に自分の頭を乗せるようにもたれかかった姿は、
まるで彼女の言葉に応えているように見えた。


    男と女は・・・


    神様に生を受ける前はひとつの体だったの

    神はそれをわざと引き裂いて


    この世に遣わすという意地悪をなさった


    引き裂かれたそのふたつの体は


    何んとかひとつの体に戻ろうと


    もうひとつの体を懸命に探すの・・・

    
    そしていつの日にか・・・


    彼らは自分の意志と関係なく


    惹き合い・・・出逢って・・・



            必ず・・・



          ・・・愛し合うのよ・・・
     





 

 

 

 

 








 

   
        



2010/10/08 23:31
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

mirageside-Reymond-22

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「若!・・ライアンが直接動き出しました」

ライアンの元に進入させた配下の者から、私とソニーそれぞれに連絡が入っていた。

「一時間もすればそっちへ到着する」

「しかし・・」
電話口のソニーの声は、現場でなければわからないだろう緊迫を伝えた。

「・・・わかった・・動け。」

そして私はソニーに彼らふたりの運命を託した。

 

私が現場に到着するとほぼ同時に、上空からヘリコプターが降り立った。
そして機内から数人の男達が降りたかと思うと、その内の二人が私の車へと向かって来た。
身構えた私に向かっていたのは私と手を組んでいたFBI捜査官ユイ・コールドと
モーガンだった。

「どういうことだ」 私はモーガンに向かって怪訝に問うた。

「若・・」

「どうして・・」

「話は後で・・まずはライアンを食い止めましょう」

私は疑問をさておき、モーガンの言葉に従いフランクたちの元へと急いだ。

私が入り口に出向いた時には既に、先に到着していたモーガンの手のものと
FBI捜査官らがライアンの配下たちを取り押さえていた。

その時だった。私達が建物の中に入った瞬間、奥の方から一発の銃声が轟いた。
私は胸騒ぎを押さえながらその音の発信源に向かって必死に走っていた。

そして、やっと彼らの元に辿り着いた時、そこにはフランクとジニョンを狙い
銃を構えていたライアンが見えた。

私は迷わず胸ポケットから銃を取り出し、ライアンのその手に狙いを定めた。


「無傷で返す!
 そういう約束じゃなかったか!ライアン!」

私に右手を打ち抜かれたライアンが、私を睨みつけながらFBIに捕らえられた。
その傍らにいたフランクとジニョンが横たわり身動きしていなかった。
私は急いでふたりに駆け寄ると堅くジニョンを抱きしめていたフランクを彼女から
やっとの思いで離すことができた。

「止めて!」

ジニョンはうな垂れたまま私の腕に抱えられたフランクを、まるで奪い取るかのように
彼を抱きしめ離さなかった。

「ジニョン!離しなさい・・救急車に乗せるんだ!」
「いや・・いや・・連れて行かないで・・ランク・・フランク・・・私の・・フランク・・」

「怪我をしてるんだ!離しなさい!」

ジニョンは尋常ではない出来事を目の当たりにして、間違いなく錯乱していた。


「ジニョン!しっかりしろ!」
   
     君を・・・こんな目に遭わせてしまった私を・・・

     許してくれ・・・ジニョン・・・

     フランクは・・君の・・フランクは・・・

     もう大丈夫だ・・だから・・・大丈夫だから・・

     しっかりしろ・・・ジニョン・・・

     お願いだ・・・・しっかりしてくれ、ジニョン・・・


そしてジニョンもまた、私の腕の中でフランクを抱いたまま、気を失ってしまった。
私はジニョンの髪に祈るようにくちづけた。


     どうか・・・これ以上傷つかないでくれ・・・

     ジニョン・・・私の・・・・・・


彼女の脈を取った救急隊員が、私に向かって“大丈夫”だと頷いて見せた。
私は脱力していく自分を辛うじて持ち堪えていた。

「ソニーは・・」

「大丈夫です・・打たれていますが・・命に別状はありません」

もうひとつの気掛かりをモーガンのその言葉に救われて、私は再度胸を撫で下ろした。

「若・・・決して銃を持たない・・あなたの信念はどうされました?」

モーガンが笑みを浮かべながら、私が今しがた、とっさに使った銃の出先を問うた。
私はそんな信念など、人に話したことなど一度も無かった。

「知っていたのか」 それでもモーガンは知っていた。

「ええ・・とっくに・・いつも胸ポケットに入れている振りをなさっていたことも・・・」

「フッ・・・・あれは・・母さんのだ・・・」

「?・・・母さん・・・ですか・・・」 
モーガンは、今現在レイモンドが母と呼べる人を想像して、ただ頷いた。

「ああ・・」

「しかし・・それは私がお預かりしましょう
 あなたがそういうものを持っていてはいけません」

そう言ってモーガンは手を差し出し、私の手から銃を受け取った。

「それより・・モーガン・・どうして・・ここへ?」
予測していなかった彼の出現を、レイモンドはやっと問うた。

「ボスが・・いえ・・
 あなたのお父上が私に命令を下されました」

「父が?」

「はい。これが・・最後の命令だと・・・
 レイモンドの思うように・・・レイモンドの指示に従えと・・・
 ・・ですから・・ずっと、我々はあなたの動きを追っておりました」

「それで・・どうしてFBIに?・・・」

「あなたが望まれていたことですから。・・・そうではなかったですかな?」

「・・・そうだったな・・・」

「・・・・」

「モーガン・・・・」

「はい」

「どうか・・許してくれ・・
 あれほど・・大義名分を掲げながら・・

 お前達の意に反して・・・お前達を窮地に追い込むことなどに
 何の迷いも無かった私が・・・

 最後は・・・
 たったひとつのものを救うことしか考えていなかった・・・
 結局私は・・・それだけの男・・・
     
 もしかしたら・・・
 全てをライアンに奪われていたかもしれない・・」


事実そうなっていたかも知れない。
もしかしたら、その愛しいものさえ、失っていたかも知れない。

「いいえ大丈夫です・・・あなたはそんなことはなさらない。
 たとえ・・一時的にそのようなことが起きたとしても・・・
 必ず・・あなた自身の信念に立ち返る・・・あなたは・・そんなお方だ・・・

 私は・・父上と同様に・・罪を償いましょう・・」

モーガンは潔い表情をまっすぐにレイモンドに向けた。

「モーガン・・・」

「そしていつしか許されるなら・・また・・あなたの元で・・・」

「ああ・・必ず・・・私は・・・
 お前達が生きていける場所を必ず・・・築いてみせる」

「はい」

モーガンの表情は清々しかった。
レイモンドの意に沿うということが、どのような結果をもたらすか、その全てを覚悟した
そんな顔だった。


  父さん・・・


  最後は・・・あなたが下したんですね


  28年前・・・

  本当はあなたがそうしたかったことを・・・

  結局あなたが決断を下された


  父さん・・・笑ってください・・・僕は・・・

  たったひとりの愛しいもののために・・・

  危うく信念すら曲げようとしていた・・・

 
  あなたの決断がなかったら・・・

  あなたの勇気がなかったら・・・


  しかし、私は愛しいものを一に考える

  そんな男でありたかった

  それだけなんです


  父さん・・・礼を言います

  そして・・・力を貸してくださった


  あなたの思い・・・決して・・・


 

      ・・・無駄にはしません・・・
     

    



























 


2010/10/05 10:39
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

mirage-儚い夢-47.誰よりも・・・

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フランクがドアの反対側に位置した窓の外に視線をやると、そこに映っていた
人影の慌しい動きに気がついた。
この部屋に入った時からそこには見張りらしき男がふたりいたことは知っていた。
そのふたつの影が次々に見えなくなったかと思うと、ひとつの影の主がその窓を
音もなく静かに開けた・・・ソニーだった。

ソニーはフランク達が囚われている室内への侵入に成功すると、まずフランクに近づき、
彼の手に小型の刃物をひとつ握らせた。
そして自分はジニョンを縛り付けていた綱にナイフの刃を入れた。

「急いで。・・ここを出ます」

タイムリミットは外で伸された輩を他の仲間が見つけるほんの数分間、
ソニーが早口でそう伝えた。

レイモンドを待つんじゃなかったんですか

ライアンにきな臭い動きがあると・・情報が・・
 できるだけ早くここを出た方がいいと判断しました
   若は今こちらに向かっています、直に到着するはずです

フランクもソニーも敵に感づかれないように気遣いながら手を早めた。

 

「ジニョンという女は何処だ!」

しばらくしてドアの向こうから、新たに入って来た男の声がした。

急いで。ライアンです・・彼に捕まると厄介だ

ふたりを縛り付けた綱がやっと解かれて、ソニーはまずフランクに向かって
先に窓の外へ出るよう合図した。

フランクは音を立てぬよう、少し高めに設えられた窓枠によじ登り、部屋の反対側へと
注意深く脱出した。
そしてソニーが持ち上げたジニョンの小脇に両手を差し入れると、彼女をしっかり抱きとめて
自分の腕の中に受け取った。

その瞬間、反対側のドアが開けられ、奴らの叫び声が部屋に轟いた。

「おい!・・何してる!
 逃げるぞ!・・捕まえろ!」

「逃げろ!フランク・・これを!」

その時ソニーはまだ部屋の中だった。
彼は自分の拳銃をフランクに手渡し、素手で奴らと格闘していた。

「ソニー!」

「いいから!急げ!」


フランクは仕方なくソニーを部屋に残したまま、ジニョンの手を取り急いでその場を離れた。

その瞬間部屋の中から、騒々しい物音に混じって銃声が聞こえた。
フランクは懸命にその場を走り抜けながら、思わず目を閉じた。

その時ジニョンが怯えたようにフランクの手を握り返していた。

「あの人は・・・大丈夫・・・ジニョン・・・大丈夫だ・・・」
フランクは自分自身に言い聞かせるように、そう呟いた。

 
広い建物の中をフランクはジニョンの手を引き、懸命に走った。
今は逃げるしか、手立ては無い。

最初入って来た入り口を出ようとそこへ向かったが、丁度そこに辿り着いた時、
かなりの手合いがなだれ込んで来ていた。
そしてきっとあの場所からの無線の指示に従っているらしい男達がそこを塞いでいたため
フランクは他の出口を探して逆を走るしかなかった。

しかし、出口を探せないまま、その内に追っ手が視界に入って来てしまった。

フランクはとっさにひとつのドアを開けた。その部屋は体育館のような大きさの倉庫だった。
フランクはその中に逃げ込むと、急いでドアを閉め、そのドアに背中を押し付けた。
そして、ジニョンの肩に手を掛け彼女を自分に振り向かせると、彼女の目を見て
言い聞かせるように話した。

「ジニョン・・いいかい?よくお聞き?」

「・・・・・」

「僕があいつらをここで引き止める。その隙に向こうの窓から出ろ。
 ここを出て何処かの物陰にしばらく隠れてるんだ。」

「嫌よ・・フランクと一緒でなきゃ・・」

「いいから!言うことを聞け!・・・このままだとふたりとも捕まってしまう
 ひとりだけなら・・何とかなる
 君はここを出て、レイモンドを待つんだ」

「レイを?」

「ああ・・ソニーが言ってた・・彼は今ここへ向かってる。もう直ぐ着くはずだ。
 彼ならきっと君を守ってくれる・・いいね!」

「でも・・」 

「ジニョン・・これを・・」
フランクはジニョンの手にソニーから渡された拳銃を握らせた。

「フランク・・」

「もしも・・危なくなったら・・使え。使い方は・・」
フランクはそう言いながら、彼女の手に拳銃を握らせ、発射の方法だけを教えた。

 

    とにかく今は・・・
    ジニョンをここから逃がさなければならない

レイモンドの声がフランクの脳裏に蘇ってきた。

  
    《ジニョンだけは奴らの手に渡すな!

     事が起こってからでは取り返しはつかない

     奴らはお前を見くびってる

     ジニョンに何かあったからといって・・いや・・

     そのジニョンに手を掛けたら最後

     お前という男が決して言いなりになることはない

     却って己の命までも危ぶまれるということに
       奴らは気がついていないんだ

     だから決して・・ジニョンを渡すな》


レイモンドの言葉の意味を、フランクはやっと今理解した。
    
ドアの外が騒々しくなってきた。
フランクは奴らが騒ぎ立てているドアを背中で力の限り押し返したまま
ジニョンを突き放した。

「時間がない!急げ!」

ジニョンの表情は不安で張り詰め、目に涙を一杯溜めていた。
それでもフランクの言うことを聞いて、反対側の窓辺に向かった。

フランクはジニョンが出口に近づくを待ったように力尽きて、ドアが奴らによって蹴破られた。


「逃げろ!」

フランクの叫び声が広い空間にこだました。

ジニョンはフランクが気になって何度も何度も振り返った。
もう少しで出口に辿り着こうとしていた時、フランクが激しく攻撃されているのが
ジニョンの目に入った。

その時だった。

「止めて!」

銃声が広い空間に鳴り響いた。
ジニョンの手に握られた拳銃の銃口から白い煙が緩く吹いた。

そしてジニョンは自分の行為に怯えたようにそのものを地面に投げつけると
フランクの元へ駆け戻って来た。

「ジニョン!来るな!」

しかし、ジニョンは迷わなかった。
彼女はフランクの体を庇うように被い彼らの前に立ちはだかった。


その時、男達の群れを分けるようにして、ひとりの男が前に出た。

「流石・・レイモンドが惚れただけのことはある
 勇気のある・・お嬢さんだ・・
 しかしお嬢さん・・心配要らないよ・・
 彼は我々にとって大事な人間だからね
 これ以上・・傷つけたりはしない・・

 しかし・・あんたは違う・・・
 あんたはどうも・・レイモンドにとって大切な人らしい・・・奴にね・・
 あんたを無傷で返すと約束したんだ・・
 しかし・・俺は考えた・・
 それじゃあ、あまりに面白くないとね・・・

 あいつも馬鹿だよな・・
 俺がどれほど自分のことを嫌っているか
 知らないらしい・・・」

男はそう言って薄笑いを浮かべながらジニョンに近づいた。

ソニーが言っていた・・ライアン・・・その男だった。

「触るな・・・」

「止めて・・」

「彼女に・・触るな!」

既に手傷を負っていたフランクは力を振り絞ってジニョンを男から奪い取った。
そして走れるだけ走るとフランクは突然倒れるようにして彼女の上に覆いかぶさった。

「ジニョン・・」

フランクは腕の中に彼女を抱いたまま意識が遠のいていくのを感じていた。
彼はジニョンの耳元で途切れ途切れに囁いた。

「ごめん・・もう駄目みたいだ・・
 このまま・・動くな・・ジニョン・・動くな・・
 僕は・・君を離さない・・・決して・・離さない・・
 もう直ぐ助けが来る・・彼が来る・・きっと来る・・
 だから・・・僕の・・腕の中で・・・動く・・な・・・」

そう言ってフランクはジニョンの上で気を失いかけていた。

「女を始末しろ!」

ライアンの指示で男達がフランクの体をジニョンから離そうとしたが
フランクの体はジニョンを包み込んだまま堅く閉ざし、彼らの手に負えなかった。

「無理です!こいつ・・離れません」


   触るな・・・ジニョンに・・・触・・るな・・・

   ジニョン・・・僕の・・・命・・・

   誰よりも・・・誰よりも・・・

   愛しい・・・僕の・・・いの・・ち・・・・・・・

   

 そこにサイレンの音がが鳴り響き、次第にここへと近づいて来ていた。

ライアンはとっさに、自分の懐から拳銃を取り出すと迷わず、フランクとジニョンに
銃口を向けた。

その瞬間、ライアンの拳銃がその手からはじかれ飛んだ。


「無傷で返す・・そう約束しなかったか!
 ライアン!」

男達が慌てた様子でその場を散り始めていたが、次々にFBIの手によって
取り押さえられていた。

フランクは薄らぎ行く意識の中で、おぼろげに見えた人影がレイモンドであることを確認すると、
ホッとしたようにジニョンを腕の中に抱いたまま薄く微笑んでうな垂れた。

「フランク・・フランク・・いやよ・・
 私をひとりにしないで・・フランク・・いやーフランクー

ジニョンは自分の上で意識を無くしてしまったフランクを力の限り揺すりながら、
大声で泣き叫んでいた。

ジニョンにはそこに響き渡るサイレンの音も、男達の慌てふためく騒動も
彼らが四方八方で警察の手に拘束されている様子さえも何も目に入らず、
何も耳にも届かなかった。
その時、その瞬間、彼女の中に存在したのは愛するフランクただひとりだった。

「フランク!しっかりしろ!」

レイモンドが慌ててふたりに駆け寄り、声を掛けた。
そしてやっとの思いで、ジニョンを力の限り抱きしめたまま意識を失っていたフランクを
彼女から離した。

「止めて!」

ジニョンはレイモンドの腕に抱えられたフランクを、まるで奪い取るかのように
彼を抱きしめ離さなかった。

「ジニョン!離しなさい・・救急車に乗せるんだ!」
 

いや!・・いや・・連れて行かないで・・
  フランク・・フランク・・・私の・・フランク・・」

「怪我をしてるんだ!離しなさい!」

その時ジニョンは錯乱していた。
ジニョンにはそこにいるのがレイモンドだということすらもわかっていなかった。

彼女の頭の中には自分達を攻撃していた男達から、フランクを守ることしかなかった。

そして・・・
ジニョンもまたフランクを抱きしめたまま
フッと、精神が遠のくようにレイモンドの腕の中で気を失ってしまった。



「ジニョン!しっかりしろ!」



       ・・・ジニョン!・・・ 

 

 
 


2010/10/04 08:47
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

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「レイ・・」 
義母は不安げに私の顔を覗いていた。

私と判り合えた矢先に、自分の息子であるライアンが、私を・・そしてフランクを
追い詰めている。
たった今、フランクとソニーが部屋から走り去っていく姿を、彼女がどんな思いで見送ったか。
しかし今は私とてフランクと同じだった。
義母の思いにまで心を掛ける余裕など微塵も無かった。

「今は何も聞かないで下さい。あなたはここで待っていて欲しい。
 心配するなとは言いません。ただ、私を信じてくれるなら、ここにいてください。」

私がそう言うと、義母は黙って頷いた。


私はホテルの非常出口を使って階下へ降りると誰にも尾行されないように
他の車を使って裏口から外へ出た。


ジニョンを助ける前に、あの書類を奴らに奪われるわけにはいかない。


「Mr.レオナルド・パク?レイモンド・パーキンです
   フランクから連絡が入りましたか?・・」

「はい・・」

「では私が告げる場所まで・・その書類を」

「承知しました」

 




「ライアンを出せ」

私はレオナルド・パクと連絡を取った後でライアンに電話を掛けた。

「何のようだ・・・」
ライアンは少しだけ気を持たせるように私を待たせて、やっと電話に出てきた。

「取引をしないか」

「取引?」

「ああ・・今から私は例の書類を手に入れる」

「例の書類?何のことだ?」

「とぼけるな・・・私はお前に組織を譲る。
 あの書類もだ・・
 しかし・・この首謀者がお前でないとしたら」

「俺でないとしたら?」

「お前に渡す必要も無いだろう・・・予定通りFBIに渡す」

「FBI?お前・・それがどういうことか・・」

「ああ・・わかってるさ・・」

「お前・・最初からそのつもりで?組織を潰す気でいたのか?」

「そうだと言ったら?」

「そんなことが許されるとでも思ってるのか!」

「私が許した。」

「ふざけるな!・・あの女はどうなってもいいんだな」

「ふっ・・やはりお前の仕業か」≪馬鹿な奴≫

「・・・・」

「だったら・・話は早い・・本当言うと、そんなことはどうでもいいんだ
 組織がはびころうが・・潰れようが・・私にはもう関係ない」

「どういうことだ」

「この前・・お前が言っただろ?この私がたかが女に手を焼いている、と・・
 組織よりもそのたかが女の方が大事になった・・・
 だから・・・このNYとももうさよならだ。

 いいか・・
 しかし本当に、彼女と引き換えでなければこの取引は成立しない。
 お前の子分達にようく言い聞かせておけ
 彼女にほんのわずかでも危害を加えることがあったら・・
 組織も・・何もかも・・全滅だと・・」

「・・そんなことができるわけ・・」

「できないとでも?・・」

「・・・・」

「取引・・成立だな。」

「わかった・・書類と引き換えにあの女を無傷でお前に返えすと約束しよう      
 親父が組織の参謀にと望んだフランクはこっちがいただく」

「好きにしろ。」


ライアンにとって、私という存在は邪魔でしかない。
きっと彼は私を亡き者にしようと考えているだろう。

書類を持ってアジトへ出向いたとたん、彼の手の者に刃を向けられる
それは覚悟の上だった。

しかし、たった今彼と交わした取引が形の上だけでも成立した以上
ジニョンの安否は保障される可能性が高くなった。
少なくとも私がその場に到着するまでは・・・


ソニーにはフランクとジニョンに危害が及ばない限り、私が到着するまで待てと伝えた。

何としてもあのふたりだけは助け出さなければならない。

ソニーも同じ思いを抱いているはず。
旧友ソ・ヨンスの愛娘であるジニョンを救い出すこと、きっとそれだけを考えているだろう。


それだけに・・・
フランクと共に行かせるべきではなかったかもしれない。

ソニーという男は私に忠誠を誓いながらも、決して私の言いなりになる男ではない。


私は一刻でも早く彼らの元へ辿り着こうと
思い切りアクセルを吹かせた・・・

どうか・・・神よ・・・

もう二度と・・・


私の大切なものたちを・・・


   ・・・奪いたもうな・・・










 

 


2010/10/03 21:53
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

mirage-儚い夢-46.永遠の微笑み

Photo



 














 

 フランクはレイモンドに促がされてソニーの後に続き、部屋を出ようとした。

「フランク・・」


その時、パーキン夫人が申し訳なさそうな顔つきでフランクに声を掛けた。

「どうか・・・許して下さい・・・」


この数分の時間の中で、夫人はきっと多くのことを把握しただろう。
そして、自分の血を分けた息子ライアンがたった今まで自分が頼りとしていたフランクと
その大事なひとを陥れようとしているらしいことも・・・。

しかし今のフランクには彼女のその思いを慮れる余裕など無かった。
結局彼女を振り向くこともせず沈黙のまま彼は急ぎ部屋を後にした。

 

 


「あそこです・・・」

「・・・・」

ソニーに連れて来られた場所はもう長い間使われなくなって久しいと思われる
何かの工場のような建物だった。
ソニーはそこから少し離れた所で車を止めフランクを見た。


「さあ・・行って下さい・・・ここから二つ目の建物です」

「・・・・」

「私はしばらく外で様子を伺います・・・
 そしてあなた方の様子が伺える場所を探します

 いいですか?あなたは私が必ず・・お守りします
 もちろん・・ジニョンさんもです
 できれば若の到着を待ってあなた方を逃がす手段を講じたい・・
 その方が危険が少ないかと。・・・若もその考えです
 それまで決してご無理をなさらないように・・・」

「本当に・・・」

「はい?」

「本当にレイモンドはここへ?
 本当のところ、僕達がどうなろうが・・彼には関係ないんじゃないか?
 彼は今なら・・あの書類を手に入れて・・・そのままFBIへ向かうことができる
 やっとここまで漕ぎ着けたんだ
 自分の思惑通りに・・・事を進められるチャンスだ」

「信じられませんか?若を・・・だとしたら・・たった今あなたが・・
 レオナルド・パクに伝えれば済むことだ。
 まだ間に合いますよ・・
 レイモンド・パーキンに決して書類を渡すなと・・・」

ソニーは正面を見据えたまま、静かにそう言った。

「・・・・」

「しかし・・・例え、あなたがそうなさったとしても若は必ずあれを手に入れる。
 どんな手を使っても・・そう・・
 例えレオナルド・パクに危害を加えてでも・・・」

「・・・・」

「あなたが逆のお立場でもそうなさいませんか?」

「・・・・」

「今ジニョンさんの命が掛かっているとしたら・・・」

 ソニーはそう言いながら、フランクに向かって温かな視線を向けた。
そして彼はフランクに部屋の場所を教えると車を先に降りそこから離れた。


フランクはひとりで指定された場所へ向かい、入り口の前で一度目を閉じ深呼吸をすると
覚悟を決めてそこに足を踏み入れた。


   《中へ入ったら・・右手に階段があります・・
    そこを上がってください》

   《よくご存知なんですね・・中の様子》

   《フッ・・・人に知られたくない時に使うには・・・ 
    絶好の場所ですから・・》

   《あなたや・・レイモンドも・・こんなことを?》

   《・・・・・必要があれば・・・》

フランクはソニーに指示されたように上階へと続く階段を上った。
指定された部屋までは二つの階段を上る必要があった。
静かな屋内にフランクが階段を上る足音だけが高く響いていた。
上階で待つ奴らはきっと、今近づいている足音が彼のものだと察しているだろう。
しかし彼は敢えて足音を忍ばせることをしなかった。

 

部屋に入っていくと、そこには数人の男達が待ち構えていた。

 

「ジニョンは何処だ」

フランクは待ち受けていた男達の顔を確認するより先にそれを問うた。

「お待ちしていました・・・Mr.フランク」

「ジニョンは何処だと言ってる」

「あちらの部屋で寛いでいただいています・・ご安心を・・・」

「ふざけるな・・直ぐにジニョンを」

 

男達はこの部屋に六人いた。中央に腰掛けた兄貴分らしい男・・・
その両脇には二人の男が構えて立っていた。

「それはできません・・大事なものが届くまでは・・・」

「僕だけがここに残ればいい話じゃないのか?頼む。ジニョンは帰してくれ」

「それも無理な話です・・・わかりませんか?
 彼女がいなければ・・レイモンド様が書類を持ってくる保証が無い」

「レイモンドは必ず持ってくる。」 

   レイモンドは必ず来る・・・

   僕は自分の口からその言葉が発せられた後で
   自分自身もまた彼を信じていることに気がついた


「さあ・・それはどうでしょうか・・・とにかく・・彼女は書類と引き換えです」

「だったら・・僕をジニョンのそばに」

「・・・まあ・・いいでしょう・・・」

話をしていた男が周りの男達に目で合図をすると、男達はフランクの手を後ろ手に縛った。
そして一枚のドアで仕切られたもうひとつの部屋へフランクの肩を押しながら連れ立った。

ドアが開いた瞬間、椅子に縛り付けられ目隠しをされたジニョンの姿が目に入った。


「ジニョン!」

「フランク?」

「ジニョン・・大丈夫か?」

「あぁ・・フランク・・やっぱりフランクだったのね
 でも・・駄目よ・・フランク・・直ぐに逃げて・・


目隠しで多分何も見えていないジニョンがフランクに向かって小声でそう言った。


   僕は思わず苦笑してしまった

 

フランクの両脇にはふたりの男がそれぞれに彼の腕を掴んでいた。

「フッ・・ジニョン・・・逃げられそうもないよ・・・」


「・・・そうなの?」


おい! これじゃあ、逃げようにも逃げられないだろ!?
 この仏頂面の奴ら・・部屋から出せよ!」


フランクはドアの向こうの兄貴分らしい男に向かって大声を張り上げた。
フランクの両脇にいた男達は部屋の向こうにいる男の指示で、彼をジニョンと同じように
椅子に括り付けた。

そうして・・・


   奴らは僕を睨み返しながらしぶしぶ部屋を出て行った


「ジニョン・・・」

「フランク・・・」


「・・良かった・・君が無事で・・・」

「私は大丈夫・・・そう言ったでしょ?」


「奴らに酷いことはされなかったかい?」

「酷いこと?・・こうして縛られてるけど・・十分・・酷いことだわ!」

ジニョンは口を尖らせて見せた。

 

「フッ・・君って・・・」

   この非常時にきっと強がって見せているだろう君に救われる思いがした

   でも・・・

「・・怖かっただろ?・・」

「・・・怖かったわ・・さっきまで・・・でも・・あなたの声が聞こえたとたん
 何だか・・不思議に勇気が沸いてきた」

「ごめんよ・・こんな思いをさせて」


「あなたのせいじゃないわ・・・」

「いや・・僕のせいだ・・」

「ごめんなさい・・・フランク・・・あなたがひとりで出歩いちゃ駄目だって・・
 あんなに言ってたのに・・
 ジョルジュにも・・レイにも・・言われてたのに・・
 ごめんなさい・・ごめんなさい・・ 」

「ごめん・・理由を言えなくて・・」     

「でも・・レイが・・・あの人たちのボスなの?」

「いいや・・違うよ」

「違うの?」

「うん・・違う」


   厳密に言えば・・・
   あの男達のボスはレイモンドに他ならない

   しかし今のジニョンにそう言いたくはなかった

   きっと捕まっている間
   奴らの会話の中にレイモンドの名前が出ていることを
   ジニョンがどれほど心配していたか・・・

   僕の言葉に少しばかり胸を撫で下ろす彼女が伺えた

   大丈夫・・・ジニョン・・・
   レイモンドは君が思っているような男に・・・違いないよ・・・

 

「逢いたかった・・」

「僕も・・・」

「嘘・・」

「嘘?どうして?」

「ちっとも連絡くれなかった」

「ごめん」

「フランク・・・」

「ん?・・」

「あなたの・・顔が見たい」

「ちょっと待ってて・・」

 フランクは少し離れた場所に置かれた椅子を少しずつ体で動かしながら
ジニョンの近くへと移動させた。

 「ジニョン・・ここまでが限界だ・・少し左に顔を倒してみて?」

 「うん・・こう?」

フランクはジニョンの目隠しに何んとか口を近づけ銜えると、彼女の頭から抜くように
それを引っ張った。

辛うじて目隠しが取れたジニョンがフランクを見て、顔をほころばせた。
フランクもまた、彼女の瞳に逢えて胸が熱くなるのを感じていた。
ふたりはしばらく声も出さず、見つめ合ったまま苦笑いを浮かべていた。

「髪の毛・・ボサボサじゃない?・・ふふ・・手・・これじゃあ、直せない・・」

フランクにずっと見つめられていたジニョンが我に帰って照れたように俯いた。

「綺麗だよ・・とても・・」

「また~フランク・・嘘つき・・」

「本当だよ・・だから・・お願い・・僕から目を逸らさないで」

自分達が置かれた普通ではない境遇に対しては諦めざる得ないことに、
互いに溜息をつきながらそれでも、今ここにふたりでいることに安堵を覚えていた。

「どうなるの?私たち・・」

「大丈夫・・君だけはきっと助けるから」

「君だけは?・・・駄目よ、フランク・・助かるのはあなたと一緒でなきゃ」

ジニョンは少し怒ったように目に力を入れて強い口調で言った。


「・・・そうだね・・」

「絶対よ」

ジニョンは今度はまるで哀願するようにフランクを見ていた。

 

「うん・・」

「フランク・・・」

「ん?」

「私に届く?」

「?・・・」

「キスして」

ジニョンはフランクに向かって、いつものくったくない笑顔を見せた。

 


  ジニョン・・・君って人は・・・

 

ジニョンの笑顔を守りたいと言った、レイモンドの顔が浮かんだ

 

 

       《あの子の笑顔は・・・
        何としても守らなきゃならない》


   そう思っているのは僕も同じだ

   いいや・・・あなた以上にそう思ってる・・・

       
       《その笑顔の先には君が必ずいなければならない・・
       それを忘れるなよ・・》

     
   忘れるものか・・・

 

  
   ジニョン・・・どうか・・・

 

   その笑顔のままで・・・

 

   僕に勇気を与えて

 


フランクはさっき彼女の目隠しを取った時のように体を伸ばし、やっと届いた
ジニョンのまぶたに祈りを込めてそっとくちづけた。

 


   君のこの笑顔が・・・

     
   必ず僕の前に・・・

 

      ・・・永遠でありますように・・・



 

 

 


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