2010/11/07 19:08
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-果てしない愛-1.忘れえぬひと

Photo


  

         collage & music by tomtommama

 

              story by kurumi






      



「何年ぶりだ?・・ボス・・・」

「21年・・・」いや・・10年・・・

仰ぎ見た大空は目が眩むほどに白かった

まるでたった今まで僕が見続けていた

暗く長く・・そして儚い夢から突然誰かに引き出され

目覚めでもしたかのように・・・

白く・・・

・・・眩しかった・・・


 

フランクは韓国に降り立つとまず、今回の案件のクライアントである
キム・ボンマンとの面会を果たすべく、ハンガン流通本社に向かった。
空港で出迎えていた彼の部下の案内でソウル近郊へと向かう。
その車窓から眺めた21年ぶりの祖国には僅かの感傷もなかった。

30分ほどして車は瀟洒な建物の地下に滑り込み止まった。
と同時に助手席に座っていた男が素早く車から降り立ち
後部座席のドアの前で腰を45度に折りドアを無言で引くと
フランクとレオをエレベーターホールへと丁重に案内した。
男は成金じみた金色の装飾を施された四角い箱へと彼らを誘導し
24階建ての最上階のボタンを押した。

目的の階で降りるとフランクとレオはひとつの応接室へと案内された。
そして待たされること10分その男は意気揚々と現れた。

「やあ、お待たせしました。私がキム・ボンマンです・・・」
手を差し出しながら、声高に挨拶をするキム会長の視線は、
フランクに近づくまでには彼の髪の先から足の先までを
観察し終えているようだった。「雑誌よりもかなりお若い」


「フランク・シンです・・こちらは弁護士のレオナルド・パク」
フランクは起立と同時に上着の前ボタンを左手で留めながら、
彼の慇懃無礼な握手を少しばかり苦い顔で受け入れていた。
キム会長はフランクが紹介したレオを見下すように一瞥をくれただけで
彼らに着席を促がした。フランクは彼のその態度に腹立たしさを覚えた。

「早速ですが、仕事場は私の執務室の隣にご用意しました。
 宿泊先はWホテル、ロイヤルスウィートルームを・・」
「宿泊先はソウルホテルに予約済みです・・仕事もそこで」
フランクはキム会長の言葉を遮るように少し早口でそう言った
「いや・・しかし」
「私達の関係は当分内密に願います。特にソウルホテルの人間には
 くれぐれも気づかれないように・・」
「手始めに内部偵察から・・ということですかな?」
「敵の懐に入るのが我々のやり方です。そして射程距離に入った
 ところで弾を込め・・ダダダダ・・・いや・・冗談ですが・・」

キム会長は、テンション高く銃を構えるまねをして見せたレオを
冷ややかに見て、フランクに疑義をただすような目を向けた。

「我々は・・・たかがホテルひとつの為に韓国に渡ったのではありません」
フランクはキム会長に突き刺すような鋭い眼差しを返すと、
彼の腹の内を探るかのように言った。
「と言いますと?」
キム会長もまた、フランクの言葉の真意を彼の瞳の中に探していた。

フランクはその答えの代わりにレオから受け取ったファイルを
広いテーブルの上で彼に向かって滑らせると、不適な笑みを浮かべた。




胡散臭い匂いを漂わせたキム会長との対面を優勢に終えたフランクは、
夕刻になってやっと、ソウルホテルに向かうことができた。

キム会長が用意したジャガーのハンドルをレオではなく自分が握ったのは
きっと一秒でも早く目的地に辿り着きたかったからだったろう。
それは・・・


ソウルホテル本館の正面玄関にフランクの車が到着すると、
ドアマンが素早くそして滑らかにドアを開けふたりを迎え入れた。
案内されてフロントに向かい、チェックインを済ませた頃には
先に送っておいた荷物がカートに乗せられ、ベルボーイが
彼らを待ち受けていた。

「只今、お部屋にご案内申し上げます。」

レオが手続きをしている間、フランクは少し落ち着きの無い様子で
ロビーの左右を見渡していた。

「どうした?ボス・・」
「いや・・何でもない」
フランクは確かに何かを探していた。
しかし彼の表情はまだいつもの冷静さを保っていた。それは・・・
彼の視線の先に彼の心を乱す何かが現れていなかった・・・
その証拠に他ならない。



ジャガーの運転席にベルボーイが乗り込み、フランクとレオは
後部座席に座った。
ホテル本館の玄関から、特別ゲートをくぐり緩い坂を上ると、
コンドミニアム風の連なった建物が見えた。
サファイアヴィラと名付けられたその建物の一角で車は停車し、
彼らがこれから3ヶ月を過ごすだろう部屋へと案内された。

「お部屋はいかがでしょうか」
ベルボーイが部屋の感想を彼らに尋ねると
「盗聴防止装置は?・・ここは防弾ガラスじゃないな・・」
レオがまるで彼を脅すように返した。

「レオ・・止めておけ・・」
フランクは部屋に入ると直ぐに、ホテル案内のファイルを開き
メモ用紙に何やらペンを走らせながら言った。

「ソ・ジニョンさんをご存知かな・・ここで支配人をしていると・・」

「ソ支配人ですか?・・はい、あの方は寝る時以外ホテルにいる方です」
「このメモを彼女に・・・」フランクは後ろ手に走り書きのメモを折って指し出し
仲介したレオがそのメモにチップを添えてベルボーイに渡した。


「彼女か?・・・」
ベルボーイが立ち去った後でレオは溜息混じりに言った。
「ん」

「もう終わったことじゃないのか、フランク・・これは忠告だぞ。
 我々は今、ソウルホテルの引受でここへ来ている・・・
 それを忘れるな」

「・・・・余計な忠告は仕事の時だけでいい」
フランクはレオを睨みつけると、椅子に掛けていた上着を
乱暴に手に取り部屋を出て行った。


さっき車で一気に上って来た坂を本館へと歩いて下りながら、
フランクは薄暗い景色をゆっくりと見渡していた。
小さな森を思わせる木々の葉が風に揺れ、その音が静けさを破る。
漢江を挟んだ向こう側に街の灯りが煌々と燃えていた。
「ここが・・・君の夢か・・・」 彼はポツリと呟いてフッと笑った。

≪ホテリアーになって、ソウルホテルで働くこと・・・≫
それが彼女の幼い頃からの夢・・昔ジョルジュからそう聞いた
彼女がその夢を果たしたことを知ったのは5年前だった。

≪彼女がソウルで大学を卒業した年のことだ≫

フランクはジニョンと別れた後も彼女の近況を逐一把握していた。

≪彼女にもしものことがあったら、直ぐに対処できるように・・・
  そう思ったからだろう?≫
レイモンドが言った言葉が脳裏を過ぎった。



フランクは彼女を待っていた。

【スターダストで待っている フランク】彼はあのメモにそう書いた。
≪フランク・・・≫その文字を彼女はどんな思いで追うだろう。

今、フランクの胸の内は恐ろしく波打っていた。

≪彼女が現れたら・・・何を言えばいい?
 あの日、彼女を置き去りに逃げたはずの自分が何故ここにいる?
 もう既に終わったこと・・・そう言いながら、どうしてここに来た?≫

フランクは胸の内の恐怖を追い払うかのように、自問を重ねていた。
しかし彼はとっくにわかっていた。自分自身がこの10年間何故
まるで彼女の後ろを歩くかのように、その消息を調べていたのか。

≪彼女にもしものことがあったら、直ぐに対処できるように?・・
 いいや・・レイ・・・そうじゃない・・・
 そんな綺麗ごとじゃなかった・・・

 彼女の後を追ったのは・・・
 ただ・・・この僕が・・・彼女を感じていたかったからだ
 彼女の気配の中に身を投じていたいだけだった・・・
 彼女から逃げたくせに・・・
 僕自身が息をするためにすら彼女が必要だった
 そうだ、そんなこと・・・とっくにわかっていた≫



彼女は現れなかった。

≪僕だと分かって避けているのかもしれない≫
フランクは心に聞こえたその答えに簡単に納得していた。

スターダストを後にして、さっき下りて来た坂を今度はまたゆっくりと上る。
フランクは自分の胸の鼓動が速いのは決して飲み過ぎた
ブルーマルガリータのせいじゃないとわかっていた。
≪いったい・・・何を期待している?
  彼女が僕との再会を望んでいるなど・・・≫
彼は今頃になって、韓国に渡って来た事実を後悔していた。


その時だった。視線の先に動く黒い影が見えた。
彼女だった。
≪ジニョン・・・≫
彼女はフランクの部屋の前を何やらブツブツ呟きながら
何度も何度も往来を繰り返していた。


「久しぶりね、フランク、元気だった?・・アニョ・・
 何だか、わざとらしいわね・・どうしてここへ?フランク・・・
 駄目よ・・彼はお客様、そうよ、お客様・・」
ジニョンはもう10分も前から、この場所でそうしていた。

≪何をやってるの・・・やっと会おうと決めたんじゃない
 彼はお客様なの・・・私のお客様なの・・・≫
彼女は大きく深呼吸をして、もう一度だけドアが開いた瞬間の
自分の台詞を声に出した。

「ようこそ!・・ソウルホテルへ・・」
「ありがとう」
「キャッ!」 後ろから突然声を掛けたフランクに必要以上に驚いた彼女が
大きく飛び上がって後ろを振り向き、ふたりは互いに目を見開いたまま
一瞬時が止まったかのように向かい合った。

「・・・・・・・」「・・・・・・・」

そして我に帰ったふたりは共に苦笑いを浮かべ、十年ぶりの対面を
辛うじて緊張することなく迎えた。

ばつの悪そうな顔と少し悲しそうな顔が入り混じった表情の彼女は
少し大人の女の憂いを偲ばせながらも昔のままだった。

10年の時を重ねていても変わることなく、愛らしく、更に美しさを増した。
≪愛しいジニョンが目の前にいた≫

フランクは酷く息苦しかった。
今まで閉じ込めていた彼女への思慕が激流のごとく込み上げて来て
今にも涙が零れ落ちそうになるのを寸前のところで堪えようと
胸の奥で深く呼吸をした。

しかしフランクの心は既に彼女の手を掴み引き寄せて

泣きたいほどに逢いたかったその人を・・・
死ぬほどに焦がれたその人を・・・

思い切り抱きしめていた。


沈黙がどれだけ続いていたのか、ふたりはわからなかった。
言葉を出そうとしても、何を言えばいいのか、一向に出て来ない。

そして、彼女の方が先に複雑な表情を儀礼的な笑顔に変えることに成功した。


「お久しぶり・・ですね・・Mr.フランク」 彼女は特に取り乱す風でもなく
静かに英語で言った。

「あ・・ああ・・久しぶり・・ジニョン・・ssi」 フランクは韓国語で応じた。

「こちらへは・・お仕事で?」

「ええ」

フランクは情けなかった。彼女に再会したら、言うべき言葉が
もっと何かあったはずだった。
しかし、正直今は、彼女の前に立っていることがやっとだった。

「こんな遅くにどちらへ?」
彼女のその言葉で、フランクはやっと閊えた胸の何かが取れたように、
薄く笑顔を作ることができた。

「あー・・・誰かを待って・・・ずっと飲んでいました」

「あ・・ごめんなさい・・メモを受け取ったのが遅くて・・・
 明日にしようかと思ったんですが」 ジニョンは申し訳なさそうに微笑んだ。
しかし、ジニョンがメモを受け取っていたのは一時間も前のことだった。

「いえ・・・いいんです・・・あの・・
 良かったら、部屋で話を・・・」

「いいえ、今日はもう遅いですから」 ジニョンはきっぱりと言った。

「ああ、そうですね・・・明日もお仕事ですか?・・」

「ええ」

「それじゃ、明日・・・お目に掛かれますか」

「ええ、お客様のお部屋は私の担当ですので・・
 ご用命がございましたら、何なりとお申し付け下さい」

「それは・・ありがとう・・・」

フランクとジニョンは、自分達の間を交差する余所余所しい言葉の響きを
まるで他人事のように耳で捕らえていた。


「それではまた明日・・・」 フランクがそう言って手を差し伸べると、
ジニョンは少し躊躇いがちに彼の手を取った。
ふたりは互いの温もりが互いの体中に熱く絡み合う感覚に
囚われていた。
しかしフランクはあの日離してしまった手をこうして掴んでいても
彼女の心は遥か遠くにあるのだと自分に言い聞かせていた。それは・・・


「はい・・・明日お伺い致します・・お客様」

彼女の言葉と瞳の中に互いの間を遮るように作った厚く高い壁が
冷たく立ちはだかっていたからだった。

  ・・・お客様・・・

ジニョンはその言葉を最後に、サファイアヴィラの坂を下りた。
フランクは一度も振り返ることの無い彼女の後姿に強い意思を感じていた。

≪君の心にはもう僕はいない・・・そういうこと?≫
 
ジニョンが坂下の角をやはりこちらを見ることなく曲がって消えた後を
フランクは長い間彼女の残像を追うかのように見つめ立ち尽くした。

≪・・・いつもそうだった・・・君の方がいつも・・・
  大人だったね・・ジニョン・・・≫




≪・・・フランク・・・≫先刻その名前をメモに見つけて、ジニョンが
酷く動揺したことは言うまでもない・・・

ここに足を運んでくるまでに裕に一時間は悶々と考えあぐねていた。
≪今更・・どんな顔をして会えばいいの?≫

彼との突然の対面に、自分の心がどれほどの衝撃に耐えられるのか。
≪彼の名前が書かれたメモを持つ手さえ
  こんなにも震えているというのに≫

いつかこんな日が来る・・・

そんな期待を抱いていたのは何年前までだったろう

もうとっくに諦めていた ≪・・・それなのに・・・≫

目の前に現れた彼の人はジニョンに十年の時を一瞬にして越えさせた。
しかし、その動揺を彼に悟られるわけにはいかない。
ジニョンはその為にここへ、彼の元へ重い足と心を引きずって来た。

≪上手くいった?・・ジニョン・・・≫

彼女は自分自身に問いかけながら、もう溢れる涙に逆らわなかった。

≪大丈夫、もう角を曲がったもの・・・≫彼女は知っていた。

例え見えていなくても彼ならば、≪私の背中に涙が見えてしまう≫

だから、坂を下りきるまで歯を食いしばって堪えていた。

いつの間にか涙が止め処なく頬を伝い胸を強く締め付け
ジニョンを打ちのめした。

顎から零れ落ちる雫を手の甲で乱暴に拭い、“もう出て来るな”と
目の淵に強く力を入れた。

≪どうして!・・・言うことを聞かないの!≫

足が震えて歩くのもおぼつかなかった。

≪フランク・・・フランク・・・フランク・・・≫

ジニョンの頭に彼の名前が充満して今にも破裂しそうだった。そして
とうとう彼女の足が膝からガクンと落ちて、その場にしゃがみこんでしまった。

≪今だけよ・・・今だけ・・・≫

彼女は自分にそう言い聞かせて、そのまま両手で顔を覆い
声を上げて泣いた。

忘れえなかったその人の名を心で呼びながら・・・。



       ・・・フランク・・・


       


    




             


  


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