2010/11/10 22:25
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-7.空

Photo


    

      

  

 

collage & music by tomtommama

 

story by kurumi













 



「ソ支配人」
フロントの前で見かけたジニョンにフランクが声を掛けた時、
彼女は見るからに顔面蒼白だった。

「何かあったのか?・・」 
彼は慌てて彼女に駆け寄ると、思わずその腕を掴んでいた。
ジニョンは他のスタッフの自分達を見る視線が気になり、
急いで彼から離れた。

「あ、いいえお客様・・ご心配には及びません・・
 それより何か急ぎのご用でしょうか・・・」

ジニョンは努めて平静を装ったが、周りのスタッフの様子からも
只ならぬ問題が起こっていることは事実のようだった。

「いや・・いい・・」
フランクは彼女の邪魔にならないようその場から少し離れたものの
彼の神経はソ・ジニョンに向かって研ぎ澄まされた。

「ソ支配人・・何処にも見つかりません」
「外には出ていないはずよ・・もっと探して」


「ソ支配人!」
そこへひとりの男が血相を変えやって来たかと思うと、
ジニョンを激しく怒鳴った。

「あれほど頼んだのに・・どうしてくれるんだ!」

「申し訳ございません・・」 ジニョンは男に深く頭を下げていた。

男が怒りをぶつけながら、勢い余って彼女の腕を掴んだ瞬間
フランクはとっさにふたりに駆け寄ってその男の腕をねじ伏せ、一喝した。
「彼女に何をする」 

「何だ!あんたは・・」 男は一旦フランクから逃れて、彼に身構えた。

「申し訳ございません・・・・お客様・・こちらへ・・」 
ジニョンは慌てて、今にもその男を殴らんばかりのフランクを
急いでその場から引き離し、フロントの袖に彼を連れて行った。

「フランク、余計なことは止めて!・・
 事情もわからないのに乱暴するなんて・・
 あのお客様には私に怒る権利があるの
 あなたには関係ないことだわ」 
ジニョンは小声ではあるが、強い口調で彼を嗜めた。

「しかし・・あいつ・・君を・・」

「私は仕事中なのよ・・フランク・・
 あの方のお子様がお部屋からいなくなってしまって・・
 あの方がお出掛けの間、お世話を頼まれていたの
 私の責任なの!」

「子供?」

「ええ・・長期滞在中の女の子・・
 この前あなたも私と一緒のところ見かけたでしょ?」

「・・・・ああ・・」 
フランクは先日エレベーター前で見かけた女の子を思い出した。
「だからと言って・・」 
フランクはまたカウンターに視線を移して男を睨んだ。

「止めて・・お願い」 ジニョンはフランクに懇願するように言った。

その時、フロントには総支配人のハン・テジュンが現れ、その客を宥め、
スタッフ総動員で娘を探していることと、警察にも連絡を取ったことなど
卒のない対応をしていた。

「・・今はどうかお部屋に・・お客様。」
ジニョンはフランクに釘を刺すような視線を残して、フロントに戻り
総支配人と共にその客の男に再度頭を下げた。

フランクはその光景に思わず目を背けていた。
ジニョンの窮地を救うのが自分ではなく、別の男だという事実に。
そして彼はそれ以上は係らずその場を離れ、彼女が言うように
自分の部屋へときびすを返した。


彼がサファイアヴィラに近づくと、玄関の前に子供を連れた
若い女性の姿が見えた。≪あれは・・・≫

フランクは彼女に向かって声を掛けた。

「ユンヒssi」 その女性はキム会長の娘、ユンヒだった。
彼女は今実家を出て、このホテルに滞在していると聞いていた。

そしてその横で彼女に手を引かれているのは、今本館で探している
その女の子に違いなかった。

ユンヒはフランクに振り向いて、会釈をした。

その女の子はというと、彼に対して可愛くないほどに仏頂面だった。

「どちらへ?」 フランクはユンヒに行った。

「今、お訪ねしようかと」

「僕の部屋へ?」

「ええ・・・」

「この子は・・・君の隠し子?」 フランクはわざと真顔でそう言った。

「ふふ・・そんな真面目なお顔して・・・私が10歳の時に生んだ子ですと
 言った方がいいですか?」 ユンヒは返した。

「君でも冗談を言うんですね」 
フランクはユンヒに対して初めて素直な笑顔を向けた。

「・・・・・」 

「どうしたの?」 
フランクはユンヒが驚いたような顔で彼を見つめていたので訊ねた。

「初めて笑ってもらったかも・・あなたに・・」

「そうかな」 
「そうです」

≪確かに彼女と会う時はいつも、僕の方こそ仏頂面だったかもしれない≫
フランクは思い出したように笑って、ユンヒの笑顔と向き合った。

「ところで、その子はたった今・・支配人達が血相を変えて探して・・」
フランクがそう言いかけた瞬間、その女の子がユンヒの後ろに
素早く隠れた。

「えっ?そうなの?スジナ・・ホテルの人に話して来たんじゃ・・」

「嘘をついたのかい?お姉さんに・・」
フランクは少し身を屈めて、その子に言った。

「困ったわ・・じゃ、帰らなきゃ・・」

「いやよ!・・わたし帰らない!」 
スジンはユンヒにしがみついて離れようとしなかった。

「僕の部屋へはどうして?」

「ええ・・実は・・・」 ユンヒは女の子を見下ろしながら言いかけた。 
彼女の様子から少し混み入った話のようだったので、フランクは
「中で話そう・・フロントには安心するように電話を入れておけばいい」
そう言って、彼女達を部屋の中へ招き入れた。


「わぁ~・・この前来た時と同じお空・・」
部屋に入ると、スジンはさっきまでの仏頂面から一変して
子供らしい声を立ててはしゃいだ。

≪空?≫


「ソ支配人を・・」 フランクはフロントに電話を入れた。
『ソ支配人は只今、手が離せませんので・・』 

「とにかく、何を置いても部屋へ来なさい、今直ぐに。そう伝えて。」 
フランクは文切り調に言って、スジンのことには触れず受話器を置いた。

「いいんですか?」 
フランクの電話の内容を聞いて、ユンヒは不安な眼差しを彼に向けた。

「君達の話を聞く間位はいいでしょう・・・さあ、聞かせてくれるかな?」
フランクはスジンの視線まで身を屈めて言った。

「お父さん・・君を探していたよ」

「お父さんなんて、きらい!」 スジンは目にいっぱい涙を溜めていた。
フランクは事の次第を訊ねようと、ユンヒに視線を移した。

「この子、父親の仕事に付いて、今ホテル暮らしなんだそうです
 つい最近お母さんを病気で亡くしたばかりだそうですが
 父親はこの子の面倒を見ながら、仕事をしているのだとか・・・
 そのせいで彼女はいつもひとりぼっちで・・・」
ユンヒはそう言いながら、スジンを悲しそうに見つめた。

きっと自分に置き換えて彼女を見ているのだろうと、フランクは思った。

「それで・・どうしてこの部屋に?」

「ええ・・彼女の母親が健在中に何度かこのホテルに
 泊まったことがあって・・・
 そんな時はいつもこのお部屋だったそうなんです・・
 この子にとって思い出の部屋なんですって・・・
 この子・・ソウルホテルに泊まると聞いてこの部屋に泊まれると思って
 喜んでいたそうなのですが・・・」

「先客があったわけだ」

「ええ・・・それに、ここは離れになっているので
 子供ひとりでは置いていけないと、本館を選んだのだと
 父親が言っていたそうです
 この子とは何度かロビーで会ったことがあって、
 よくおしゃべりしていたんです
 そしたらさっきひとりでこっちに向かっているこの子を見かけて・・・
 聞いたら、今日もお父さんがお仕事中でひとりだって・・
 話を聞いて、私がつい、知っている人がこの部屋に泊まっていると・・・
 ごめんなさい・・・勝手に・・・ご迷惑でしたよね・・・」

「いいや・・・そんなことはないよ」 フランクは優しげに言った。

「本当に?」 ユンヒはホッとしたように微笑んだ。

「少し、ここで遊んでいくといい」 フランクはスジンの顔を覗いて言った。

「いいの?」

「ああ・・もう少しで怖いお姉さんが迎えに来るから・・
 それまでならね」

「うん!おじさん・・ベランダに出てもいい?
 あそこからお母さんとお空見てたんだ~~」
スジンは潤んだ瞳はそのままにフランクに向かって無邪気に笑った。

「旅行に来ても、お母さん体が弱くて、このお部屋から
 あまり外へは出られなかったんですって」 
ユンヒがそっと教えてくれた。

≪だから・・空なのか≫


10分ほどしてジニョンが呼び鈴も鳴らさず部屋に駆け込んで来た。
以外に早かったことにフランクは驚いた。

ジニョンは部屋へ入るなり、スジンを見つけて腰が抜けたように
座り込んだ。
そして次の瞬間、慌ててスジンに駆け寄り、彼女の腕を掴むと
彼女を強く抱きしめた。「スジナ!・・心配したでしょ!もう!」 
それだけ言うと、ジニョンは大きな瞳から涙をぽろぽろと零した。
そして小さく呟いた。「・・・良かった・・・何もなくて・・・」
スジンはそんなジニョンの姿に彼女の真意を汲んだのか
同じように泣きながら「ごめんなさい」と繰り返した。


「母親の匂いを見つけたかったのよ・・・」
ユンヒがフランクの傍らでポツリと言った。

「母親の匂い?」 フランクはユンヒを見た。

「お母さんがいなくなってしまったことはわかってる・・・
 父親が仕事で忙しいのもわかってる・・・
 でも・・・自分の家ではないホテルに置いておかれて
 ひとりぼっちで・・・寂しくて・・・
 そんな時、この部屋を思い出したんだわ・・・
 お母さんの匂いが欲しくて・・・
 そして無意識にこの部屋に向かって歩いていたのよ
 決して・・・お父さんが嫌いなわけじゃ・・・ないの・・・」
そう言ったユンヒの表情は寂しげだった。

フランクにはユンヒのその言葉がスジンのことではなく、
自分自身のことを言っているように聞こえた。


ジニョンがフロントに連絡した後、少しだけスジンが部屋で
寛ぐ時間を待って一緒に部屋を出て行った。


「それじゃ、私も・・・失礼します・・・」 ユンヒが言った。

「ああ・・お茶も出さなかったね」

「ふふ・・今度は出していただけますか?」

「そうしよう」

「・・・・ありがとうございました」

「礼を言われることしてないけど」

「いいえ・・・あの子の心を受け入れて下さった」

「・・・・・」

「子供にはわかるんです」

「君も子供なのかな?」

「あなたにあんな風に優しくされるなら・・・
 子供でもいいかも・・・」 

「僕はそんなに優しくないですか?」

「ええ・・・凄く怖いです」

「はは・・・」

ユンヒはフランクを今までにない柔らかい眼差しで見つめていた。


≪母さんの匂い・・・か・・・≫
フランクはユンヒが言った言葉を振り返っていた。

   母の匂いなど・・・とうに忘れてしまった

   しかし・・・僕も探していたような気がする


   あの子くらいの時はまだ、母さんと一緒にいて・・・

   丁度ドンヒが生まれて・・・

   母さんを独り占めできなくなって・・・

   そうだ・・・

   母さんに抱かれているドンヒにやきもち妬いてた

フランクはその時の自分の感情を遠い記憶の箱から引き出して
寂しく笑った


   遠くこの国を離れた後も・・・

   死んでしまったとわかっている母さんが恋しかった

   母さんの匂いが・・・恋しかった・・・

フランクはベランダの椅子に腰掛けてそこから空を仰いだ

≪このお空をお母さんと一緒に見てたの≫

   
   僕が・・・母さんと一緒に見上げた空は・・・

   ・・・どんな色をしていただろう・・・





一時間ほどして、今度は呼び鈴を鳴らしてジニョンが現れた。

「先程は・・・ありがとうございました」 
そして彼女は支配人然としてフランクに頭を下げた。

「何も伝えなかったのに、良くわかったね・・あの子がいると」

「あなたが、私のあの状況を知っていたのに、
 “何を置いても来い”なんて・・・
 あの子と関係がなければ言うはずないもの・・・」

「僕は我侭な客なんでしょ?」

「ええ・・我侭で・・困ったお客様だわ・・・
 本当のことを言ってくだされば、ここに来るまでの時間
 ドキドキしなくて済んだのに・・・意地悪だわ」
ジニョンは微笑みながら彼を睨んだ。

「君への意地悪は得意だから」

「ふふ・・・そうだったわね・・・」

「・・・・・」 「・・・・・」
ほんの少しの間ふたりは互いの心に寄り添うように見詰め合っていた。
しかし、ジニョンはそれを振り切るように、彼の心から離れた。

「あ・・・あの・・・あの子の父親に説明しました・・
 彼女がどうしてここへ来たがったのか・・・
 お客様が・・・
 あの子の父親があなたにお礼を申し上げて欲しいと」

「礼なら僕じゃなくて・・・」

「彼女?・・・ユンヒさんでしたっけ?・・・
 パールヴィラにお泊りのお客様・・・」

「ああ」

「知り合い?・・ですか?」 

「んー・・・見合い相手」

「え?」 ジニョンは一瞬顔を強ばらせた。

「・・・・・・・気になる?」 フランクはジニョンの顔を覗いて言った。

「い・・いいえ・・・」

「それは残念。」 

「・・・・・」

「嘘だよ・・見合いなんてしてない」
フランクは言葉を交わしながら、少しずつ彼女に近づいていた。

「何も・・聞いてないわ・・私・・」
ジニョンは近づいてくる彼に戸惑いながら、一歩ずつ後ろへ下がった。

「その目が聞いてる」

「わかったように言わないでって・・言ったでしょ?」

「そうだったね・・・」

「あなたが・・誰と付き合おうと・・・」

「関係ない?・・・」

「・・・・ええ。」
後ずさりしていたジニョンがとうとう、背中を壁にぶつけて止まった。

ふたりの距離はフランクが緩く差し伸べた手が簡単に彼女に届くほどだった。
彼が彼女の結い上げた髪のほつれ毛を人差し指で受けて彼女の耳に
そっと掛けてあげると、彼女はピクリと体を堅くして声を漏らした。「あ・・・」

「我を忘れて、あの子を探し回っていたんだね」

「お・・可笑しい?」 
ジニョンは俯きながら慌てたように自分で髪を整えるような仕草をした。

「いいや・・・綺麗だ・・・」

「・・・・・」 「・・・・・」

フランクは彼女を見つめたまま、心のままに自分の唇を彼女に近づけた。
彼女は金縛りにあったようにただ彼を見つめたままだった。

「あ・・あなたを・・・許したわけじゃ・・ないわ・・・」
それが彼女の精一杯の拒絶の言葉だった。

「わかってる・・・」

ふたりの唇がもう直ぐで触れそうになったその時、それは音を立てた。
彼女の右手に握られた無線機から、ハン・テジュンの声が轟いた。

『ソ支配人・・応答して下さい』

「・・・・・」「・・・・・」 ふたりは互いの唇の熱を間近に感じたまま
息を呑んで一瞬固まった。

「・・・ふっ・・・彼、君がここにいることを知ってるね」
フランクは仕方なく彼女から離れて、抑揚なく言った。

「そ・・そんなこと・・」 

「・・・出れば?」 
フランクは不機嫌そうに言った。

「・・・・・・・・はい・・ソ・ジニョン・・」 
ジニョンは一度小さく深呼吸をして無線に応答した。

『至急フロントへ』 ハン・テジュンの言葉は短かった。

「了解しました」

「ほらね」 

「何が?」

「どこにいるのか聞かなかった」 

「・・・・・」

「帰るの?」 

「仕事中ですので」 彼女はそれだけを言って、ごくりと息を飲み込んだ。

「じゃあ、終わったらここへ戻って来てくれる?」 

フランクは請うように彼女を見たが彼女は少し間を置いて首を横に振った。
「・・・・・いいえ。」 

ジニョンはその時にはもう、さっきまでの夢見心地の様子は微塵もなく
憎らしいほどに毅然としていた。

フランクはただ寂しげに笑うと俯き、小さく呟いた。


    ・・・「・・・わかった・・・」・・・










































2010/11/10 09:14
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-6.執着

Photo


   

      

  

 

collage & music by tomtommama

 

story by kurumi

 





「駄目・・・」
「どうして?」
「できない」
「僕を許せないから?」
「・・・・・・」
「待ってる・・・」


ジニョンはしばらく、その場で動くことができず、呆然としていた。
本当は今、そのドアを開けて、≪彼を追いかければ≫
何もかも上手く行くのかもしれない。≪でも・・・≫
ジニョンは10年前、自分を黙って置きざりにしたフランクへのわだかまりを
自分の心からどうしても拭い去ることができなかった。
≪必ず迎えに来てくれる、そう信じていたのに・・・待ってた私を、
 ずっとずっとひとりにしたくせに・・・
 あなたなんかに“待ってる”なんて言って欲しくない≫



急に奥の部屋の明かりが点いてジニョンは驚いた。
居間を覗くと、ジェニーとテジュンがソファーに腰掛け座っていた。
テーブルには蝋燭を立てたデコレーションケーキが置かれ
ふたりが誰を待っていたのか、想像するのは容易かった。


「あ・・・」

ジェニーが睨みつけるような顔をジニョンに向けていた。

「あ・・すまん・・・驚かせたな
 ジェニーがお前の誕生日を祝おうと準備してくれていたんだ。
 それで俺も呼ばれて・・その・・待ってた
 玄関で・・あー・・音がしたんで・・その・・・
 ジェニーが驚かそうと・・電気消して・・
 悪気じゃなかったんだ・・許せ・・・」

たった今しがたの、フランクと自分とのやりとりを目撃していた事実を、
テジュンの言葉のよどみが証明していた。

「・・・・・」

「誕生祝いって雰囲気でもないな・・じゃあ、俺は帰るよ」

テジュンが罰の悪そうな顔をして、立ち上がった。

「あ・・待って、テジュンssi」

ジニョンは逃げるように玄関を出て行ったテジュンを追いかけた。

「待って・・・」
エントランスの出口でジニョンはやっとテジュンに追いついた。

「言い訳はいらない」 テジュンはジニョンを振り向かないまま言った。

「言い訳はしないわ」

「言い訳・・しろよ」 
テジュンがくるりと振り向いて、ジニョンを情けないような表情で見つめた。

「どっちよ」 ジニョンは呆れたように彼を見て言った。

「するだろう・・普通」

「言い訳して欲しいの?」

「いや・・」

「あの人は・・」

「いや・・いい」

「言い訳しろって言ったじゃない」

「誕生日おめでとう・・・」 そう言って、テジュンが小さな包みを出した。

「何?」

「いいから・・受け取れ・・」

そう言った後にテジュンの目にジニョンの首にネックレスが見えた。

「プレゼントか」

「あ・・ええ」

「高そうだな」

「ええ・・でも、外すわ・・・」
ジニョンはテジュンからのプレゼントの箱からネックレスを取り出しながら
そう言った。

「こっちの方が私に合ってそう」
「安物って意味か」
「ええ」
「悪かったな」
ふたりは何も言わず照れくさそうに笑った。

そして、テジュンは「やっぱり帰るよ」とジニョンに手を振った。
ジニョンは複雑な笑顔のまま彼を見送った。





 

≪外ではもう会わない≫ フランクにそう宣言した。

彼もまたそれを聞き入れたかのように思われた。
しかし、その後もフランクの積極的な行動は止まらなかった。
ホテル内のレストラン、カクテルバーなど彼はあらゆる場所に
頻繁に姿を現し、ジニョンと遭遇する機会を狙った。


ハウスキーパー達との朝礼の場所に顔を覗かせることもしばしばで
そんな時も彼は明らかにジニョンに向かって満面の笑みを向けた。
ジニョンは他の従業員達の手前、彼を嗜めるしかなかった。

「こんなところで何をなさってるんですか?」
「ジョギングの途中です」
「お客様、申し訳ございませんが
 ここは走るところではありません」
「クールダウン中だよ・・走ってはいない」 
そう言って彼はわざと空を仰いでジニョンの視線を避けた。
「・・・・・!」

従業員を介してジニョンをカサブランカに呼びつけたこともあった。
「お客様・・・お呼びでございますか?」
「もう仕事は終わりでしょ?一緒にいかがです?支配人」
「御用は何でしょう」
「用・・・んー・・・」
「御用が無いのでしたら・・・」
「逢いたかった」
「・・・・・!」
「それだけでは駄目?」
「・・・・・・」
「だって、外では逢えないのでしょう?」

「ソ支配人に頼みたいことがあるのですが」
そう言って、フロントに電話を掛けてくることもしばしばだった。
「ソ支配人は只今手が離せませんので、代わりのものが・・」
「いや結構。・・・それともソ支配人はふたりいるのですか?」
フランクはホテル従業員に対しても露骨だった。

フランクとジニョンの昔の関係を知らないホテルの人間達の間では、
ひとりの客が、ソ・ジニョンという従業員に入れ込んで、
言い寄っているという噂が駆け巡っていた。
そしてジニョンもまた、プレゼントされた300本の薔薇に逆上せ上がり
ホテリアーの品位を失墜しているという噂を実しやかに広める者もいた。



ジニョンは意を決してフランクの部屋に向かった。

「御用は何でしょう・・ソ支配人」 
フランクは彼女の表情にその真意を読んで、敢えて白々しく言った。

「フランク・・」

「僕はお客様じゃないの?」

「私にいったいどうしろと言うの?」

「どうしろって?」

「私はここで仕事をしているのよ・・生活をしているの
 あなた、私の生活を乱して面白がってるとしか思えない」

「それは心外だな」

「お願いだから・・」

「・・・・・」

「お願いだから・・・私を放っておいて」

「・・・・・」 
彼女の言葉に無言のまま視線を落とした彼を見て、ジニョンは
少し言い過ぎたかと、それ以上彼を責め立てることができなかった。 


しかし彼の彼女への執着は諦めを知らなかった。


「キャッ!」

水温チェックの為にプールを訪れていたジニョンを見つけたフランクが、
そうっと彼女の方に近づき、水面からプールサイドへと飛び上がって
彼女を驚かせた。
「あー驚いた」 ジニョンはその場にしゃがみこんで胸に手を当てた。

「ごめん・・驚かせるつもりはなかった」

「何をなさってるんですか?」

フランクは水からさっと出て、タオルを取った。
「・・・・・見てわからない?」 そう言ってフランクは自分の格好を目で示した。

「・・・・・」 ジニョンは彼の素肌に赤面して俯いた。

「最初に言っておくけど・・待ち伏せたわけじゃないよ」

「そうかしら」 ジニョンは呆れた顔をして、ツンと横を向いた。

「あっ疑ってるね?君が水温チェックに来るなんて情報、
 どうやって掴むの?僕はもう1500は泳いでる」

「ふふ」 フランクの言い様にジニョンは思わず笑ってしまった。

「そうやって笑っている方が可愛い」 フランクも笑顔だった。

「悪かったわね・・いつもは可愛くできなくて・・」
「怒っている顔も好きだけど」

「・・・・・・・困るわ・・本当に・・噂が広まって・・」

「僕が行くところに君が来てるのかもしれない」

「・・・・・!」 ジニョンは彼を横目に睨んで見せた。

「冗談だよ・・・ごめん・・・
 でも、ホテルの外で会えないなら
 仕方ないでしょ?・・しかし・・
 ホテルには色んな遊び場があって良かった」

ジニョンは彼のこれまでの行動に呆れ果てながらも
それが彼が自分と会うために懸命に努力している結果だと思うと
心をくすぐられないわけではなかった。
しかし、それはホテリアーとして決して好ましいこととは言えない。

「誤解を受けるわ」 ジニョンは少し後ずさりしながら言った。

「誤解じゃない」 フランクは彼女の目を射るように見つめて言った。

「困るの」

「僕は困らない」

「・・・・・」 ジニョンはフーと溜息を吐いた

「NYに行かないか」

「・・・・・」

「あの家に・・・」

「えっ?・・だって・・」≪あの家はもう売られたはず≫

「レイモンドが、戻してくれた」

「レイ・・・」
ジニョンは、レイモンドの顔を思い浮かべて懐かしそうに彼の名を口にした。

「レイとは親交が?」

「ああ・・・彼の仕事を請け負っている」

「そう」

「行こう・・・一緒に」

「駄目よ・・行けないわ」 
ジニョンはフランクの目の力に圧倒されて、更に後ずさりしていた。

「どうして?」

「どう・・し・・キャー」
突然ジニョンがプールサイドに躓いて、バランスを崩し、
フランクが慌てて駆け寄り彼女の体を抱えるのと同時に
ふたりの体は宙を舞い、プールの水面へとダイブした。

フランクは先に水上へと浮上し、周りを見渡したが、
ジニョンの姿がなく、一瞬慌てた。
しかし直ぐに水中でもがいているジニョンの姿を見つけて
ホッとしながら、彼女を救い上げた。

「まだ、泳げなかったのかい?」

「ごほっ・・ごほっ・・おお・・きな・・お世話・・」
彼女は水を飲んだようで、咳き込んで、少々パニックを起こしていた。
その後、フランクの声が聞こえなくなった。

ジニョンがやっと落ち着きを取り戻して、状況を把握すると、
自分がしっかりとフランクにしがみついていて、彼は自分の体を
黙ったまま強く抱きしめていることがわかった。

「あ・・あの・・離して・・・」 ジニョンは彼の腕の中でもがきながら言った。

「・・・・・・離すの?」 彼の声が彼女の耳の直ぐそばで聞こえた。

「離して・・ください」 彼女は混乱していた。

「ここで?」 そこはどうもジニョンの足では届かない深さのようだった。

「あ・・・離さないで」 彼女は彼の首に回した手に力を込めた。

「いいよ・・離さない」 
彼はその言葉が自分の本心だと彼女にわからせるように想いを込めて
彼女を更に強く抱きしめた。

「・・・・・」 「・・・・・」

「あの・・プールサイドへ連れて行って」

「もう少しこのまま・・」
フランクはジニョンの体を包み込んだまま動かなかった

「フランク!」 
ジニョンは我に帰ると、この状態から早く脱しなければ、と思った。

「わかったよ・・」
フランクはやっとジニョンの言うことを聞いてくれ、彼女を抱いて動き出した。

プールサイドに辿り着いて、フランクはまず自分が上がり、
ジニョンに手を差し伸べた。
ジニョンは少し躊躇って、それでも彼の手を取った。

ジニョンがプールサイドに上がった時、騒ぎを聞きつけて
テジュンがそこへ現れた。

「従業員がご迷惑をお掛けしましたようで・・
 申し訳ございませんでした・・お客様」

テジュンはフランクに向かって、穏やかさを装ってそう言った。

「いいえ」 フランクも静かに答えた。

「ソ支配人・・・着替えに行きなさい」 
頭の先からずぶぬれのジニョンを見てテジュンは事務的に言った。
「あ・・はい」
ジニョンもまた、自分を取り繕うように、きびすを返した。

テジュンはフランクに一礼した後、ジニョンの腕を取り、
プールサイドを出て行った。

フランクはふたりの後姿を見送った後、
濡れたジニョンを拭こうと手に取っていたタオルを乱暴にイスに放ると、
再度勢い良くプールの中へとダイブして消えた。




「まるで濡れネズミだな」

「失礼ね」

「どうしてあんなことに?」

「つまずいて落ちちゃったの」

「奴も?」

「奴って・・お客様よ」

「お客様も?」 テジュンは嫌味ったらしく誇張して言った。

「彼は助けようとして・・私を」

「そうか」

「それだけのことよ」

「そうだろうな」 

「じゃ」

ジニョンは女子更衣室へと消えて行った。

テジュンはひとつ溜息をついた。
誕生日の一件以来、ジニョンとの進展は特になかった。
真面目な話をしようとすると、冗談で交わされる。

その間、サファイアの客、シン・ドンヒョクという男が、
ジニョンに近づいていることを、ホテルの仲間の口から聞かされた。

ジニョンがあいつとの関係を話そうとしたあの日、思わず、
聞かない選択をしてしまった。

気にならないわけじゃなかった。
≪しかし・・・聞いたところで、どうする・・・≫
ジニョンさえ、自分の元にいてくれるなら、あいつのことなど
気になるわけじゃない。

ただ、一時はあの男を拒絶しているように見えたジニョンがこの所、
彼に対する態度を軟化させたように思えて、胸が騒いだ。



 

フランクは全速力で二往復泳いだ後にやっとプールサイドに上がった。
そしておもむろにイスに腰掛けると、まぶたを閉じ体を横たえた。

さっきこの手に・・・この胸に抱きしめたジニョンの感触が
いつまでも消えてくれなかった。

   あの時・・・
   プールの中で、言葉も無く彼女を抱いていたのは・・・
   声を掛けてしまったら・・・
   現実に戻ってしまったら・・・
   この腕の中から彼女が消えてしまいそうな・・・
   そんな気がしたからだ

   本当は・・・

   離したくなかった・・・本当に・・・



       ・・・離したくなかった・・・



 

 

 














 


 


[1]

TODAY 82
TOTAL 597027
カレンダー

2010年11月

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
スポンサードサーチ
ブロコリblog