【タムトクの恋・番外編】海の向こうに帰る人~その4の1
☆これは、サークルにアップしていたお話の続きです。
この場をお借りして、書かせていただきます。
なお、【高句麗王の恋】とは別のバージョンの続きですヨン。
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「あんたの言う通りだ。こんなところでぐずぐずしていても始まらねえ・・・。
とっとと、けじめをつけに行くとするぜ!」
そんな捨て台詞をタムトクに残し、それからタシラカには「あばよ」と言う言葉を投げかけて、
あくる日の朝早く、キビノナカツヒコはヤマトへと発っていった。
吉備の兵の大半が出発して、朝からざわついていた屋敷の中は、少し静かになったように思われた。
が、それもほんの一時のことだった。
タムトクがすぐに行動を開始したからだった。
それは、彼女の決意をひっくり返す可能性のある要素は、すべて取り除いておこうとでもするかのようなすばやいものだった。
「そなたの一族は、今どうしているのだ?」
いかにもさりげない口調で言う。
「身内と呼べる者は、このあたりには誰もおりません。
・・・・もうご存知でしょう?
祖父がヤマトに対する反乱に加担して敗れて以来、
私の親族はこのあたりに住むことを許されなくなりました。
私が吉備で育てられたのは、乳母がナカツヒコ様の親族だったためです。」
答えるうちに、顔がこわばるのがわかった。
タムトクは、やわらかくタシラカの手を握って言った。
「タシラカ・・・、そんなことを言うつもりではなかったのだ。」
「わかっていますわ、ここの領地と屋敷のことでしょう?」
そう、確かに彼の言うとおりだった。
彼といっしょに高句麗に行くと決めたからには、後を引き継ぐ者をきちんと決める必要があった。
数十年前、手白香の祖父が加担した、ヤマト大王家に対する反乱(注)のために、王族の身でありながら一族は朝廷を追われ、領地の大半を奪われたのだった。
その一部である北の国がタシラカの所領となったのは、彼女が身重の身体で高句麗から帰ってきたときのことだった。
そのために奔走してくれたのが、朝廷で大将軍の地位にあったナカツヒコだったのである。
タシラカの考えはすでに決まっていた。
「ここは、隣国の吉備にまかせるのが一番よいと思います。
ナカツヒコ様は私がここを領有するように取り計らってくれた人ですし、
ナカツヒコ様の人柄は、ここの領民もよくわかっていますし、
それに、ナカツヒコ様の親族には私の乳母もいますし・・・・。」
「そう何度もナカツヒコ、ナカツヒコと言うな。
・・・よい、ヤツがヤマトから首尾よい返事を持って帰ったら、その話をしよう。」
「それから、ここの屋敷の者たちのことですが・・・、私といっしょに行きたいと言っている者もいます。できれば、そのような者たちは・・・・」
最後まで聞かずに、タムトクは言った。
「よい、船が沈まぬ限り連れて行くことにしよう。そなたも心強いだろう。」
満足そうな笑み・・・。
ひとつ片付いたぞ、彼は、そんなふうに思っているらしかった。
だが、タシラカは、自分の中に小さなしこりがあるのを感じていた。
そうなのだ、どうしてももう一度彼に確かめたいことがあるのだ・・・。
明け方、まどろみの中で愛し合ったあとで、彼はささやいたのだった。
『タシラカ・・・、そなたを正妃にはできない・・・。』
厚い胸の下から響いてくるやわらかな低い声だった。
タシラカは、目を上げる勇気がなかった。
彼がどんな顔をしていても、自分は悲しいのに決まっているのだ。
『はい』
そう、短く答える・・・。
背中にまわした彼の大きなてのひら・・・。
そのいとおしむような手のあたたかさ・・・。
『・・・時には、むこうへ行かねばならない。』
はい・・、そう言おうとして、タシラカはその言葉を飲み込んだ。
『・・・それでも、私は、すべてそなたのものだ。』
はい・・・、信じています、タムトクさま・・・。
口に出す事もできないまま、タシラカは彼の胸に唇をあてた・・・。
彼が正妃を迎えたということが問題なのではない。
かつて、彼は彼女に誠実であろうとしたのに、ともに生きることから逃げ出したのだから。
今さら彼を責める資格など、何もない。
だが、何か、うっとりした時の流れのなかで、『そのこと』をいとも簡単にかわされたような気がしたのだ・・・。
「領地や屋敷の話は、そなたから屋敷の者たちに説明すべきだ。
早いほうがよい。
すぐにでも、主だった者たちを集めよ。・・・タシラカ、よいな?」
どこかぼんやりしているタシラカに、彼はてきぱきと指示をすると、
乗馬の練習をしているワタルの様子を見てくるなどと言いながら、外に出て行こうとした。
その広い背中に、タシラカは声をかけた。
「あの・・・、タムトク様・・・」
彼は足を止めた。
くるりとふり返る。
なんでもない顔で、ひとこと言った。
「なんだ?」
やっぱり・・、タシラカは確信した。
タムトク様、あなた・・・。
「お話があります。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
彼はちょっとの間黙っていた。
タシラカも・・・・。
沈黙の中でのやりとり。
やがて、彼は思い切ったようすで切り出した。
「スヨンのことだな?」
まっすぐに彼女の目を見つめる。
「もう、話した。あれがすべてだ。
だが、そなたの気が済むまで話してもよいぞ。」
すっとしたまなざし。
何の疑念も感じさせない瞳の色。
タシラカは何と答えていいかわからなかった。
激しい言葉を思い切りぶつけてしまいそうで、自分がこわかった。
彼は、領地の話でもするかのように、さらりと話しだした。
「今朝も話したとおりだ、
そなたを正妃にはできない、正妃はスヨンだ。
が、私にとっては、女人は、そなたただひとりだ。」
うん、と生真面目な顔でうなずく。
それから、急に恥ずかしくなったのか、彼は口元に照れたような笑みを浮かべた。
「おかしいと思うのなら、笑ってもいいぞ。
・・・・そんなことは信じられないと思うのなら、それでもいい。私の正直な気持ちだ。」
タムトク様、そんなステキなお顔をされてもだめですわ・・・。
タシラカの目にうっすらと涙が浮かぶ。
無理やり怒った顔を作ると、そっけない口調で言ってみる。
「・・・ほかの方にも、同じようなことをおっしゃったんでしょう?」
「タシラカ!」
せつない目!
「私が、そんなことをすると思うか?」
まいったな・・・というふうに首を振る。
「・・・ごめんなさい。ちょっと言ってみたかっただけなの・・・・・。」
思わず涙がこぼれる・・・・。
彼の腕がすっと伸びて、あっと思うまもなく、タシラカは抱き寄せられていた。
彼の匂い・・・、タシラカの好きな匂い・・・。
「タシラカ・・・・、彼女・・・スヨンには、最初に正妃の話が持ち上がったときに、ちゃんと伝えたのだ、私の心は別の女人にあると。」
ええっ!
広い腕と胸の作る空間で、タシラカは身じろぎする。
「スヨンは、驚いたようだった。
そなたかと聞かれたので、そうだと答えた。
そして、彼女は私の申し出を受け入れてくれた。」
「そんな・・・!」
思わず顔をあげると、彼を見つめる。
「いけないか?
彼女は彼女なりに、傾きかかったハン家のことを考えたのだと思う。
そして、結論を出したのだ。」
ひどいことを・・・と、タシラカは思った。
理屈抜きで悲しかった。
彼女とは、高句麗の城内ですれちがった時に、二言三言言葉を交わしただけだった。
まだ若い、気負いの感じられるような姫だったという印象しか残っていない。
だが、彼女は、今かつてのタシラカと同じような境遇にいるということになる。
ヤマトの大王の妃にと望まれ、これを断ったタシラカに対して、
スヨンは、愛しているのは他の女などといわれながらも、これを受け入れたというのだ。
「ひどいわ!スヨン様がお気の毒です!」
彼はちょっと戸惑ったように言った。
「タシラカ、私は・・・、
私は、そなたがつらいだろうと思ったのに・・・・・。」
「それとこれとは、別です!」
タシラカは強い口調で言った。
彼は小さなため息をついた。
「そなた、スヨンにはやさしくて、私には手厳しいのだな?
そうだ、私は、ひどいことを言った。
だが、言い訳かもしれないが、スヨンはそなたとは違う、
王の妃となるべく育てられてきた娘だ。
彼女は、そなたとは違う論理で生きている。」
「あの方が傷ついていないとでもおっしゃるんですか?
そんなことを言われても、それでもタムトク様の正妃になりたいと・・・・?」
「タシラカ、みながみな、そなたと同じではない。
だが・・・・、そうか、なるほどな、そなたはそう考えるのか。
・・・・そなたの言うとおり、私はひどい男かもしれない。
だが、王である以前に、私は私だ。
王として『形』を優先させねばならないのなら、
せめてそこにかかわる人間には筋を通しておきたかったのだ、
そなたに対しても、スヨンに対しても。」
彼は叱られた子供のような顔になった。
まあ、なんてさびしそうな・・・、
まっすぐな・・・・。
やっぱり、この方を放ってはおけないとタシラカは思った。
「タムトク様・・・、許してさしあげますわ。
・・・・ごめんなさい、あなたを困らせたりして。
私のためにせいいっぱいやってくださっているのに・・・・。
元々は、私が悪いんですもの、だから、私には何も言う資格がないのに・・・。
それに・・、それに・・・・・・、一番ひどいのは、私かもしれないわ。
心の奥の奥のほうでは、あなたが私を愛してくださってるとわかって、
私、すごくうれしいんですもの・・・・。」
「タシラカ・・・、何度でも言う、愛してるよ。」
「私も・・・・・。」
「ひどい男でも愛していると言ってくれるのだな?
よかった♪
そなた、やさしいのだな?それに、他の妃にヤキモチも妬かない・・・。
私も、これからは余計な気遣いはしないことにする。
で、これからは、妃の二、三人、許してもらえそうだな?」
「それは・・・、だめです・・・、タムトク様、だめですわ!」
焦がれる心の奥底で
チェジュ島でのイベントに参加されると言う、
私は行けないけど・・・・。
写真展での斬新なお姿、なかなか魅力的、
私は落ち着かない気持ちだったけど・・・。
クラシックのCD、
同じ曲を同じ気持ちで耳にしているのだと思えば、それもいいわ・・・。
ミニョンさんのフィギュア、
ドラマの中の彼そのままで・・・、それもいいかも・・・・。
どれも、作品を待つ間の通過点として見るならば、確実に彼の足跡をたどることができるから・・・・。
ふわふわしたテレビ画面から流れる情報だけでは、いかにも頼りないから・・。
でも、それでも・・・、
じりじりと焦がれる心の底の底にあるのは、やはりひとつの思い。
作品が見たい!
タムトクに会いたい!
ただの名もない一人の王子が草原の中を走っていく姿が見たい!
スジニの手をとり玉座へといざなう姿が見たい!
愛馬の手綱を操りながら、馬上でりりしく行進する姿が見たい!
幾千もの兵たちの先頭に立って、突き進む姿が見たい!
草原の王はだれをも恐れさせる軍神の姿かたちをして、
硬い鎧に実をかためながらも、
やさしげな風貌の持ち主。
あたたかく深い懐で、
敵味方、すべての男たちをひきつけ
女たちの歓声を集める・・・。
そんな姿を、私は見たい!
ごめん、
私はどうしてもそう思ってしまいます!
おしのび
☆ちょっと噂を小耳に挟みまして、もうそわそわと落ち着かない日々を過ごしています。
それで、去年だったかな?『トウキョウの休日』っていうお話を書いたことを思い出しました。そうしたら、数日後、極秘来日っていうニュースがとびこんできて、それはもうびっくりしたものでした。
で、ここにその一部に新しく書き加えたものを追加して、アップしたってわけです。
そわそわしている方、よろしかったらおつきあいください。
なお、お断りしておきますが、これはフィクションです。
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チェジュ発の便が成田に着いた時、背の高いその人物に目を向けるものはほとんどいなかった。
カジュアルというよりむしろくたびれたという表現に近いブルージーンズの上下、
穴が開いているのが目を引く真っ白いTシャツ、
帽子からはみだしたくしゃくしゃの長い髪、あごの辺りの無精ひげ・・・。
学生か、またはあやしい人物・・・、ともするとテロリストに間違えられてもおかしくない様子だ。
後ろを行く連れの男性は、さっきから笑いをかみ殺していた。
さすが、俳優だよな・・・、彼はそう思った。
ともかく、そんなちょっとあやしい感じで『彼』は日本に潜入した。
やがて『彼』は、入国手続きカウンターに歩み寄ると、パスポートを差し出した。
担当の係官は、この道20年のベテランだ。
あやしい人物でも、彼は臆することなく無表情のまま目の前の人物をじろりと見た。
何となくひっかかるものを感じた彼は、パスポートに目をやる。
そこに書かれたハングルと英語表記のサイン、それから添付してある写真をたっぷり1分ほど見てから、顔を上げた。
目の前のあやしい男性をじっと見る。
冗談だろう?もう少しましなウソをついてくれよ・・・。
彼はそう思ったが、もう一度パスポートの写真と目の前の顔を見比べた。
と、目の前にいるあやしい『彼』はにっこり笑う。
それから右手の人差し指を唇にあてた。
シー・・・・。
一瞬係官はあっけにとられた。が、彼もプロだ、ベテランだ。
元の表情に戻ると、なかなかの発音の英語で言った。
「疑うわけじゃないが、ちょっとここにサインをしてみてください。」
ぺらぺらの白い紙とペンを差し出す。
それから、さらに続けていう。
今度は、少し口ごもるのを抑えられなかった。
「・・・あ、サインのあとに、『ミチコさんへ』って書いてね・・・。
つまり、私の妻なんだけど・・。あ、よかったら、でいいから・・・。」
その言葉を聞いて『彼』はうなずくと、後ろをふり返った。
連れの男性に何事か話しながら、手を差し出す。
相手の男性も心得た表情でうなずくと、手に持ったビジネスバッグの中から色紙らしいものを取り出し、
そのあやしい『彼』に渡した。
ラッキー♪ 色紙、もってるのね♪
係官は、ついうれしそうな顔をしてしまった。
その顔に、『彼』はにっこりと笑いかけると、日本語で言う。
「ナイショですよ・・・。」
さらさらというペンを走らせる音・・・・。
もう疑う余地もなかった。
ああ、ミチコが喜ぶだろうな、・・・あいつに、なんて言おう・・・。
係官はわくわくする気持ちを抑えて、いつもの顔を必死で作っていた・・・。
やがて「入国審査」が終わり、係官は規定どおりの書類と、それから色紙を受け取った。
思わずにんまりとしてしまう。
今朝ちょっとまずいことになったが、これであいつの機嫌が直るな・・・。
それにしても、最後に「ナイショですよ」なんて・・。
係官はくすくす笑う。
隣の国の王子様なのよ、普通の人じゃないの・・、なんてあいつが騒いでいるわりには、
ぶっちゃけた、シャレのわかるおもしろい男じゃないか・・・。
まあ、これで当分の間、あいつに対して大きな顔ができるってもんだ・・。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「だから~、本物だったんだってば~。
君はそんなこと言うけどさ、これでも必死だったんだよ。
ミチコのためだって思ったからさ~。」
ヒロシは鼻の頭に汗を浮かべてそう言った。
「ふうん・・・、ほんとっぽいけど、でもうそくさいわ。
あなた、今朝の仕返しをしようとしてるんでしょう?」
「そんなんじゃないって!」
「確かに、今朝は私もわるかったって思ってるわ。
でもさ、うっかり寝坊して、朝ごはん作る時間がなかったくらいで、あんなに怒ることないじゃない・・・。
私だって、わるいな~って、ちょびっと思っていたのにさ。
それを根に持って、こんな手のこんだ仕返し考え付くなんて、インケン!」
「そんなんじゃないって・・・。
今朝は少しいいすぎたかもしれないと思っていたんだ、俺も。
そしたらさ、目の前に立っていたのが、ミチコの好きな『彼』だったから・・・・。」
ヒロシは鼻の頭の汗をぬぐった。
「ほんとは仕事中にそんなことしちゃ、いけないんだけど、でもミチコのためだって思ったからさ・・・。」
「でも、『彼』は今撮影中なんだよ。
やっぱり、あなたの勘違いじゃないの?
だいたい、あなた、思い込みの激しいところがあるからさ。」
「そんなんじゃないって・・。
ちゃんとパスポートで確認したって言っただろう?
そこに名前がちゃんとハングルと英語で書いてあったんだから・・・。」
最後のほうはだんだん小さな声になる。
もしかしたら、あれはにせものだったのかな?
いやいや、あれは本物だった!
「だから、それは同姓同名ってやつじゃないの?」
そこまで言われて、ヒロシもむかっときた。
「じゃ、なんで、サインしてみてっていったら、こんなふうにサインしてくれるわけ?」
「そこがあやしいんじゃない、いかにも本物らしく見せようとして、『ミチコさんへ』なんて書いちゃって・・・。
でも、残念だけど、本物の彼なら、『お元気で』とかなんとか書きそえてくれるものなのよ、あなたは知らないだろうけど・・・。」
そんなこと知っててたまるかよ、そう思いながら、だんだん自信がなくなってきたヒロシは、半分やけになって言い放ったのだった。
「いいよ、君がそういうことを言うのなら、兄貴んとこのミチコにあげるからさ。」
「あ、あら・・、ちょっと待ってよ。お兄さんとこのミチコちゃんは、『彼』の大ファンだけど、まだ幼稚園生じゃない!
・ ・あの、これ、ご近所のサエコさんに見せてみるからさ。
あの人、三年もカジョクやってるから、すぐにわかると思うのよね。」
その言葉に、ヒロシはキレてしまったのだった。
10年連れ添った夫よりも、近所のファン歴三年のオバサンのほうを信用するのかよ、と。
「もういい!ぜったいに、兄貴んとこのミチコにやることに決めた!」
「ええっ!そんなこと言わないでよ。
・ ・・私、一度も言ってないよ、偽者だなんてさ、
かもしれないって言っただけじゃないよ~。」
「いいや、言った!もう、やめた!だいたい、これは俺がもらってきたんだからな。
俺のプロとしてのメンツにかけて、本物だって思ったから、だから君のために頼んだんじゃないか!それを君は・・・・。」
「なによ!泣かなくったっていいでしょ!
いいわよ!そんなもの、私だっていらないわ!
幼稚園通ってるミチコちゃんなら、彼のよ、って言えば、喜ぶでしょうよ!
たとえ、にせものでも!」
おまえは~!
もう、知らないぞ、あとでぎゃーぎゃー言うなよな!
ヒロシは、妻に絶対に教えてやらないと思ったのだった。
『彼』がくしゃくしゃの長い髪をしていたとか、
くたびれたジーンズの上下に、インナーは穴あきの白いTシャツだったとか、
にっこりと笑った笑顔が「とびきりステキ」だったとか、
『ナイショですよ』と、シーっと口元に指をあてたとか・・・・。
それにしても、とヒロシは思った。
兄貴んとこのミチコにも、ほんものじゃないわよ、おじちゃん、なんて言われちゃったりして・・。
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☆このときのお話では、『彼』は、空港を出た後、「テツコさん」に会いに行くのですが、今回はどうなのでしょう?
海翔ける~高句麗王の恋 ②月見の宴(その2)
倭の手白香(タシラカ)は、じっと相手の顔を見つめたまま、百済王から聞かされた言葉を胸の中で思い出していた。
『高句麗は山国じゃ、文化のかけらもない野蛮な所じゃよ。・・・・
高句麗王タムトクとはの、それはもう乱暴で残虐で女好きで・・・・、まだ若いからの、
まあ、見かけは少しばかり様子がいいもんじゃから、女などすぐにころりとだまされるがの・・・。
いやいや、それがどうしてどうして、これがなかなかの食わせものでの・・・、
そなたも知っての通り、わが息子もヤツの手にかかり、あえない最期を遂げたのじゃ・・・。
いや、まこと、不憫じゃった。
・・・妃になるべく倭から渡ってきたそなたの顔も見ずに逝ってしもうた・・・。まこと口惜しかったじゃろう。
それを思えば、そなたをヤツに引き渡したくはない・・・。
じゃが、国を守るためには、心を鬼にして決断せねばならぬこともあるのじゃ。』
『・・・なに、そなたほどの美貌じゃ、ヤツとて悪いようにはすまいて・・・。
先ほどから言うておるように、ヤツは無類の女好きじゃ、
おとなしくしておれば、命までとろうとはすまい・・・・。
うまくいけば、そば近くに侍る女の一人とするやもしれぬ・・・。
そうなれば、そなたにとっては亡き夫であるわが息子のカタキを討つこともできるというものじゃ・・・・。』
カタキを討つ・・、百済王に言われるまでそんなことは考えてもみなかった。
だが、相手はごく当然のようにさらりと言った。
回りの侍女たちの話によれば、戦死した親族のあだ討ちは百済王家の美徳のひとつだとか・・・。
『姫様、こう申してはなんですが、
百済王は、その・・どちらかといえば武張ったことのお嫌いな、そのう・・・、
おやさしい、・・・そうそう、おやさしい方です・・・、
すでに高齢であらせられ、アテにはなりませぬ。
・・・となれば、亡き王子の恨みを晴らすのは、妻となられるはずだった姫様こそふさわしいかと・・・・・。』
戦死した、顔も知らない夫のあだ討ちをする、しかも相手は百戦錬磨の高句麗王・・・、
それは理不尽な話のように思えた。
が、それならそれでいいと彼女は思った。
一通りの武術はこころえているつもりだった。
たとえそれが自分の身をまもるための若い女の手習いでしかなくても、
たとえ返り討ちにされて命を落とすことがあっても、
私にはもう何も残されていないのだから・・。
どちらにしても、二度と故国になど帰ることなどないだろうと心に決めてきたのだから。
だが・・・・。
最初に百済王都で出会ったときから、高句麗王タムトクはいやな感じでは決してなかった。
むしろ百済王から聞いていた印象とはだいぶ違うと思った。
端正な容貌といい、物静かなたたずまいといい・・・・。
それに・・・、
『安心してよい、どんないきさつがあろうと、ここに来たからには、そなたの命は私があずかる。
そなたは私が守る。』
切れ長のすっとした目で見つめられ、そんな言葉さえかけられた。
なにかふわりと抱きとめられたようで、思わず涙ぐみそうになってしまった。
だが、人質の身であることに変わりはない。
窓も何もないみすぼらしい馬車に三人の侍女たちといっしょに押し込められ、
高句麗王都に連行される間、手白香は苦痛と心細さと屈辱に耐えなければならなかった。
やさしそうな顔をしていても、所詮は勝利に驕った敵王、
力のままに思い通りに支配しようとするのだと・・・。
高句麗王都に着いてから、風邪をこじらせてくずれるように病床についたのも、
そんなことがあったからかもしれない。
高熱と体中に走る痛みの中で、手白香は百済王の言葉を心の中でくりかえしていた。
高句麗王タムトクとは残虐で野蛮で女好きで、
そして、手白香を生かすも殺すも自在の男なのだと・・。
そう、たとえ、心魅かれるような男であっても・・・。
そんな彼女が身を寄せていた長老一族の屋敷に、『女好きで野蛮な』高句麗王は、
王室付きの薬師(くすし)を派遣してきた。
それは、彼女の固くなった心の一部をちょっとばかり揺り動かしたが、
そんなうわべのやさしさなどに惑わされまいと、彼女は思ったのだった。
そして、月見の宴に来るように声をかけられ、
王があんなことをおっしゃるなんてめずらしいのよ、などとジョフンに言いくるめられて、
城にやってくる途中、彼女は考えたのだった。
もう、このあたりで終止符を打とうと・・・・。
顔も見た事のない夫のカタキとしてでも、彼女を意のままにしようとする男としてでも、
もう何でもよいのだ。
あれこれと思い悩むのは、もうやめよう・・・。
そして、彼女は決行し・・・、すぐにそれは失敗に終わった。
かえってほっとした思いだった。
高句麗王の激しい怒りと刃が今にもその身にふりかかってくる、
そう思って覚悟を決めたのだった。
なのに・・・。
手白香は戸惑っていた。
「・・命令ではない。・・・そなたと話がしたい。
もう少しここにいてくれないか?」
手白香は耳を疑った。
慣れない高句麗の言葉を聞き間違えたのかと思った。
だが、王の目の中にあるのはせつない光だ。
「私を意のままになさろうとするのでは・・・?」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
その瞬間、彼は意外な表情になった。
「意のままにしてもよいと・・・?」
苦い笑みを浮かべる。
「そうだな・・・。そのようにそなたに思われても仕方がない。
私の本音は、そうかもしれない。」
やっぱり!
どきりとして身構えると、彼はなだめるように言った。
「そんな顔をしないでくれ。
なんて言ったらいいのか、私もよくわからない。
ただ、そなたと話がしたいのだ、
そなたの顔を見ていたいのだ、
・・・そなたといっしょにいたいのだ。」
最後のほうは真剣な顔になる。
「私は・・・、私は虜囚の身です。
王がそのように言われるなら、私は・・・」
「虜囚の身だなどと・・、
そのようにそなたのことを考えたことはない!
そなたが私の顔なぞ見たくもないというのなら、このままジョフンのところに留まればよい。
戦死した夫のカタキを討ちたいというのなら、それもよい、いつでも相手になる・・・、もっとも私はまだ死ぬわけにはいかないから、おとなしく討たれるつもりはないが・・・。」
長い腕がすっと伸びて、彼女の肩に置かれる。
「百済で最初に会ったときのそなたが好きだ。
凛として、まっすぐ私に目を向けていたではないか。
ふわりと笑ってくれたではないか。
姫、そなたには、虜囚の身だなどと恥じて、私の前にいてほしくない。」
「タム・・トクさま・・」
私も・・・。
あの時あなたにお会いして、やさしく包んでくださったような、そんな気がして・・・。
そう言おうとしたが、うまく言葉にならなかった。
涙があふれてきそうで、手白香はただうなずくだけだった。
タムトクはすっと手を伸ばすと、彼女の前髪にそっと触れる。
それから頬に手のひらをあてた。
と、そのとき、部屋のほうから侍女の呼ぶ声が聞こえた。
「タシラカ様、・・・どちらですか?・・・ジョフン様がお帰りですよ・・・」
はっとしたように、二人ともそちらをふり返った。
「帰るのか・・・?そうだな、今夜はうるさい目も光っているようだ。」
彼は口元に笑みを浮かべた。
「今夜は楽しかった。・・・少しでも話ができてよかった。」
ええ、つられるように、彼女は笑みを浮かべる。
「それで、姫、いや、タシラカと呼んでいいか?
明日の朝早く、迎えに行ってもよいか?
いっしょに朝駆けに行きたい!」
朝駆け?と手白香は目を見開く。
それは馬で、ということでしょう、タムトク様・・・。
くすくす笑いながら、手白香は言った。
「私、馬に乗れません。お供はできませんわ、タムトク様。」
思わず名前を言ってしまって、はっとなる。
私ったら、さっきはこの方に刃を向けたばかりなのに・・・。
そう思うとひどく恥ずかしくなる。
そして、もうこの方のことが何もかもわかったような気がしていると・・。
そんな手白香を、彼はまぶしそうにみつめて言った。
「では、朝駆けの帰りに、長老屋敷のそなたのところに立ち寄ってもよいか?」
「ええ・・、でも、ジョフン様は・・・?なんとおっしゃるでしょうか?」
「ああ、ジョフンなら心配ない。私はあの屋敷で育てられたようなものだ。
・・・では、姫、約束だ。明日の朝、そなたのところに行く、必ずだ。」
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☆画像加工は sakabou 様です。
海翔ける~高句麗王の恋 ②月見の宴(その1)
「今日は祭りの宴のこともありますので、政務はすべて日の沈む前に完了の予定です。」
事務的な顔で淡々とサトが説明する。
タムトクはその冷淡な顔にひとつうなずいてから、まったく別のことを口にした。
「・・声をかけたのは、誤りであっただろうか?」
側近のサトが顔を上げる。
王は珍しく弱気な顔をしている。
「月見の祭りは、誰もが待ち望んでいた祭りです。
虜囚の身であっても、祭りを楽しむくらい、さしつかえはないかと思います。」
「そのようなことを申しているわけではない。」
いらだたしげに、タムトクは言った。
顔が幾分赤くなっている。
サトは、ふうん・・という顔になった。
が、そこはさすがにタムトク王の一の側近だ。
返す言葉は的を射ている。
「では、どのような?
王に声をかけられたあの姫が不快に思ったのではないか、とか?
または、あの姫が、周囲の者どもに王の思い人の一人とでも思われたのではないか、とか?」
タムトクは苦笑いした。
「そなた、嫌なヤツだな、そのように言いにくいことをずけずけと・・・。
そんなことではない。ただ、気になるのだ、あの姫のことが。
ここにとどまるのが嫌だろうかとか、
夫となるべき男を死に至らしめた男を、憎んでいるのではないかとか、
・・私の治めるこの国がきらいだろうかとか・・・。」
タムトクの目にせつないものが宿る。
それを見て取った側近サトは、釘を打っておかないといけないと思ったらしい。
「それは、そうでしょう。
が、それほどお気に召したのなら、今夜の祭りの宴になどといわず、
お側にお呼びになればよろしいと思いますが・・・。」
「・・私は、そんなことを望んでいるのではない。」
『では、どんな?』といいかけて、サトは言葉を飲み込んだ。
ここはもう一本釘だ。
「高句麗王なれば、お側にはべらせることはできましょう。
ですが、高句麗王なれば、倭の姫を正妃にはできません。
半年後にはスジニ様が正妃となられます。」
「そんなことは考えていない!」
「それならよろしゅうございます。
百済の王都攻撃のとき指揮をとられたように、私に一言命じればよいではないですか。
王のご命令とあれば、あの姫を宴に引きずり出してまいります。」
タムトクは薄く笑っていった。
「もうよい。今の話は忘れてくれ。
王としてではなく、友人として聞いてみたかっただけだ。」
それでその時は終わりだった。
すべてを飲み込んで、サトは深ぶかと頭を下げた。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
少し飲みすぎたかな?
そう思って、タムトクは騒々しい部屋をひとりで出た。
いつものことだが、祭りの宴のときは、最初は王を意識してかたくなっているのに、時間がたつにつれて、大変な騒ぎになってしまう。
山岳の多い辺境の北の国で、稲をはじめとして農作物の収穫は十分とはいえない。
半分は狩猟に頼る生活だ。
今は半島では北の王者と言われているが、もとは遊牧を生業をする騎馬民族である。
常に質素と緊張を強いられる生活だったから、時折の祭典で羽目を外すのは仕方のない事であった。
風にあたりたい、そう思い、タムトクは中庭に足を踏み入れた。
酔った部下たちの陽気な顔を思い浮かべる。
思いを寄せる女のことで部下たちからからかわれていたサトを思い出す。
思わずくすくす笑ってしまう。
いつもしたり顔でいるのに・・、
誰にもばれていないと思っていたんだろう。
だが、考えてみれば自分はなにも知らなかったのだと気がつく。
ちょっとさびしさを感じ、タムトクの顔から笑みが消える。
こちらは友人と思っていても、相手は高句麗王と見る、気安く好きな女の話などしない・・・。
だが、まあ、いい、それが私の役割なのだろう・・・。
そういえば、やはりあの姫は来なかったと、タムトクは思った。
少しだけでも、顔を見たかった。
王の命令だと称して、宴席にひきずりだせばよかったか・・・。
タムトクが、そんなことを思ったときだった。
背後にひっそりとした足音が聞こえた。
サトかと思ったが、それはもっと軽い足取りだった。
タムトクは背後に神経を集中させたまま、ゆっくりと歩く。
中庭の真ん中にある椿の木の下に来たときだった。
さっと何かが肩越しに飛んできた・・・・。
月の光を浴びて、先のとがったものが光る。
それを避けながら、タムトクは差し出されたものを右手でつかんで、ねじりあげた。
痛みに耐えかねたのか、小さな悲鳴が聞こえ、頭を覆った布がはずれ長い黒髪がこぼれる。
タムトクは、唇の端に薄い笑みを浮かべて言った。
「・・これが、倭人の挨拶なのか、姫?」
姫と呼ばれた相手は何も答えない。
「私が憎いだろうな?私の命がほしいのであろう?
そなたのような身なら、そう思っても無理のないことかもしれぬ。」
タムトクは言い終わると、彼女の持っていた銀色の刃をいとも簡単にもぎとった。
「だが、私はまだ死ぬわけにはいかない。」
左手を彼女の顎の下にあてて、顔を上向かせる。
額にふりかかる黒い前髪をかきわけると、さえざえとした美貌があらわになった。
まなじりからすっと涙が一筋流れ落ちる。
が、一文字に結ばれた唇は、一言も発しようとしない。
その美しい唇から何かの声を聞きたいような気がして、タムトクは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「今夜は、そなたのほうから飛び込んできたのだ・・・・。」
だから・・・・、と続けたかった言葉をかろうじて抑える。
彼女は敗北者の姫なのだ・・・。
つんとした痛みが胸をさす。
なのに、彼の意思とはかかわりなく、二つの腕は別の生き物のように動いた。
細い肩を抱き寄せるとそのまま自分の胸に・・・・。
まるで、そうしないではいられないかのように。
そのとき・・・、
「タムトク様、何か、ございましたか?」
サトの押し殺したような声が聞こえた。
少し遅い、いや、早いというべきか・・、タムトクは苦笑いをした。
「なんでもない。下がってよい、いや、他の者を遠ざけよ。」
「しかし、それは・・。」
言いよどむサトの声。
およそのことを察しているらしい。
「ここは大事ない。これは命令だ。よいな。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
女の扱い方など、一応心得ているつもりだった。
酔いにまかせて抱いてしまおうかとも思った。
あの後、サトは引き下がったのか、気配すら感じられなかった。
それに、今夜は彼女のほうから飛び込んできたのだ、抱いてしまっても、それは道理であろう・・・、
そうする事によって、初めて会ったときから気にかかっていたことが、ひとつ片付くかもしれないと・・・。
だが・・、自分の胸の中でうつむいたまま震えている細い肩を見ていると、心が痛んだ。
抱きたい、だが、抱けない・・・。
この娘に対して、簡単にそんなことをしてはならないような気がした。
彼女の肩に両手を置くと、ぐいと彼女の身体を自分の胸から引き離す。
「もう、よい。」
彼女の顔が意外そうなものに変わるのがわかった。
何に対するものかわからなかったが、燃えるような怒りがこみあげてきて、くるりと背を向けた。
そんな顔をしないでくれ!タムトクは心の中でうめいた。
「・・・ジョフンといっしょに来たのか?・・・今頃、そなたを探しているかもしれないな。」
いかにもさりげなくそんなことを言いながら、すぐに後悔する。
これでは、すぐにここから立ち去れと言っているようなものではないかと・・。
ふりかえると急いで付け加えた。
「・・・もう少し、ここにいてくれないか?手荒なことはしない、王として約束する。」
まじめな顔でうなずくと、それがおかしかったのか、クスリと彼女が笑った。
ついさっき刃を向けられたことも忘れてしまうような、きれいな笑みだ。
「そなたと話をしたいだけだ。」
その瞬間、彼女は驚いたような顔になる。
「・・・それはご命令ですか?」
すずやかな声がその唇から漏れた。
思いがけず、はっきりした高句麗の言葉だった。
じっと彼女の瞳を見つめたまま言った。
「・・・いや、命令ではない、・・・私からそなたに頼んでいるのだ。」
彼女はゆっくりうなずいた。
濡れたままの大きな瞳がそこにあった。
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★画像は sakabou 様です。
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