浮上せず~一人だけの反省会
昨夜アップしたばかりの創作を、今朝になって、削除してしまった。
どうしても我慢できない内容だったからだ。
私は、ここ数ヶ月ずっとタムトク関連の創作ばかり書いていた。
ヨンジュンさんの新作が『太王四神記』だからという当初の動機は、もうどこか遠くに飛んでいってしまっていたかもしれない。
それほど、私は古代の高句麗王に心を奪われていた。
なのに、ここに来て、『現代物』の創作を書く必要に迫られた。
例によって、急遽サークルのバレンタイン企画に参加することになったからである。
内容をどうするか、あれこれと考えた。
①やっぱり、タムトクのバレンタインにする。タムトクの時代にチョコレートなどあるはずもなかったから、チョコレートではなく何かほかの献上品の珍味をチョコの代わりに使えばいいんじゃない?とは、あるお方のアイディアだった。
②ほかのキャラを主人公にする。
③参加を断念する。
まず、献上品の珍味として、アラビアから遠く運ばれたコーヒーを考えてみた。
ほら、「むかしアラブのえらいお坊さんが~♪」などという歌もあったではないか・・・。
ササン朝ペルシアとタムトクは時代的に重なるはずだから、それでオーケーじゃないかと考えて書き出してみた。
が、途中まできて、こんなんでええんかいな・・?という思いでいっぱいになった。
次に考えたのが、クリスマス企画のときと同じ、ドンヒョクとジニョンで書くというプランだった。バレンタインにこのテーマなら楽勝よ!なんて安易に考えて、すらすらと途中まで書いた。
だが、いかにも二匹目のドジョウだと思った。
クリスマスに続いて、このテーマでまた書いたりしたら、もうひとつの別のサークルに、いかに何でも義理がたたないではないかと思った。
じゃあ・・・、ということで、冬ソナのチュンサンはどうかと考えた。
ちょうどブログで途中まで書いたものもある。
そう、ユジンがホテルに、ミニョンさんを訪ねていく場面だ。
あれをチョコを渡しに行くってぇのはどうかと・・。
ほんの二行書いて、でもねぇ~と思った。
冬ソナをこんなふうに扱うのは、いかにも安易ではないか!
冬ソナには、みんな、すごい思い入れがあるのに・・・と。
結局、別の、オリジナルキャラで書くことに決め、以前から漠然と考えていた構想で書き始めた。
が、それはバレンタインの、つまり、アップの前日のことだった。とても間に合わなかった。
そうでなくても、心はず~っと大昔に行ってしまっている。
『そなた、私のそばにいよ、よいな。』などという言葉遣い、戦乱の世にいる女のかなしさ、思うままに恋もできない運命・・・、そんな世界にどっぷり漬かっていた私には、かなりきつい、しかも急激な方向転換だったのだ。
それでも、約束したからには・・、と思い、それなりに書いてみたのだが、できばえは何かの焼き直しのようで、やはり不満の残るものだった。
表現などあちこちを手直しして、どうにかこうにかアップしたが、それを読み直すたびに気持ち悪くなった。
内容がない、つまらない!そう思った。
ああ、どうしよう!
一晩悶々として朝になってのぞいてみれば、心のやさしい方がレスを入れてくださっていた。
が、どうしてもだめだった。
ここで目をつむっても、続き物にしてしまったから、この続きを書かなければならない。どう考えても、このあとが続けられそうになかった。
たとえば、タムトクの創作なら、少しばかり不調であってもまだ続けられたかもしれない。このところ、アクセス数もレスの数も減っているが、このお話を書くことがすごく楽しかったからだ。
(読んでくださっている方、ごめんなさい。)
それにひきかえ、これは・・、新しい創作の始まりだというのに、こんなに気のない書き方をすべきではないだろう・・・。
構想自体が不十分だから、内容に乏しいのだ・・・。
そして、私は、この創作を凍結することに決めてしまった。
アップしてから削除するまで6時間ちょっと・・・、そんな短い命だった。
その間に、レスしてくださった方もいる、このお話に目を留めてくださった方も・・・。
そう思いながら、ごめんなさいと、私は削除ボタンを押した。
当分の間、創作に関しては、水面下ふかく、ふか~くもぐっていようと思う。
本当に、ごめんなさい。
『永遠の抱擁』にタムトクを見た
イタリアのマントバ近郊で、5000年前の男女の遺骨が見つかって、ちょっとした話題になっているのをご存知ですか?
それは、その埋葬されたと見られる男女が、抱き合った姿で発見されたからなんです。
え?この写真、ただ、骸骨が二体向き合って並んでいるだけで、ちょっと不気味じゃないのって?
ま、まあ、そうかもしれないけど、それでも、5000年前の二人を取り巻く状況をいろいろ想像してみてくださいよ、ちょっとロマンチックな気分になりませんか?
以下、私の妄想です。(私の勝手なものなので、お許しを。)
①ふたりはどんな関係だったのか?
当然、恋人同士でしょう、それはやっぱり。
それも、運命のいたずらで、この世でふたりいっしょに生きることをまっとうできなかったのよ。
②ふたりはどんな人たちか?
男性は若い王、女性は姫だわね。きっぱり。
え?どうしてかって?そういうのが好きだからよ。
③ふたりはなぜいっしょに埋葬されたか?
これもすぐに答えられるわ。
悲恋に生きた二人に同情した、ふたりに近い人たちが、二人の死をいたんで、いっしょに眠らせることにしたのよ。
④じゃ、ふたりは同時に亡くなったのか?なぜか?
これは難しい。
でもね、きっと姫(女性:向かって左)のほうが先に亡くなったのね。
う~ん、たとえば、攻めてきた敵にやられちゃったとか?
王(男性:向かって右)のほうは、彼女を守って戦っていたんだけど、彼女が命を奪われたことにショックを受けて、自ら毒をあおいで、そして、まだあたたかい彼女の体を抱いて、ふたりいっしょに亡くなった、っていうのはどうかしら?
だって、彼が彼女をやさしく抱いているように見えるじゃない?
これって、まだ、彼の意識がはっきりしていたっていうことね。
で、彼女はっていうと・・・、ああ、そう、彼女もまだほんの少し息があった、それで、彼の腕のぬくもりを感じながら死の眠りについた・・・。
⑤それで、あなたは、なんでここでこんな話をしてるの?
あらあ~、うふふ・・・。
高句麗王タムトクは若くして亡くなったっていうでしょう?
私、その最期はどうだったのかなと、ず~っと考えていたんですよ。
たぶん、生涯ほとんど戦場にあった彼のことだから、敵との戦いの最中に亡くなったのだと思うんです。
でも、実際そうであっても、それじゃ、あまりにもさびしい。
せめて、かたわらには愛する人がいっしょだった、それも、彼女を守るために戦って、いっしょに命の最後の炎が消えるように、抱き合って亡くなったのだと思いたい。つまり、これは私のせつなる希望です。
⑥じゃ、なに?この右側が、タムトク、つまり彼だってこと?
あ、・・そ、それはですね・・、これは5000年前の恋人同士っていうわけで、私はそんなこと、言っていません、ええ、けっして・・・。
でもね、ふたりは運命の波にもてあそばれながらも愛し合った、
しかしながら、人生の半ばで、ともに亡くなった。
それでも、死してなお、愛が残った・・・。
タムトクもそうであってほしい、そう言いたいのです。
確か、聖徳太子は、愛妃と、ほとんど一日か二日違いで亡くなったんですよね。
ふたりとも病死じゃないかといわれているけど、それでも、古代からずっと変わらない永遠の愛の存在を感じます。
それじゃあ、タムトクもそんな最期だったんじゃないかって思うわけですか?
はい、もちろんです。
少なくとも、ヨンジュンさんの演じる高句麗王タムトクとは、ただの冷酷非情な大王なんかじゃなくて、人を愛することにも情熱を燃やすことのできる人だったと、私は思うのです。
亀裂~これってどうなのよ?
何をきっかけにそんなことになったのか、よくわからなかった。
ただ、気がついたときは、もう激しい言葉のやりとりが始まっていた。
「どうして、あんたはいつもそうなの?!」
「そんなふうに、ふつう言うかな~?
自分だって、好きなことやってるくせにさ!」
「私はいつも、ちゃんとご飯作って、お掃除して、仕事だってして・・・」
「だって、いつもパソコンあけてヨン様の写真見たりしてるじゃん!」
「あら、私だって、趣味のひとつくらいあったっていいでしょ!
あんたの場合はいつだって・・・・・」
そんな言葉の応酬が続いた後で、思わず、娘の右足が、壁に向かって繰り出され、
ドシンという大きな音とともに、安普請の自宅の壁には大きな穴が開いてしまっていたのだった。
あっ!
そう叫んだのは、私よりも娘のほうが早かった。
本当にそんなことになるとは思わなかったらしい。
そう、私も思わなかったのだ。
女の子なのに、そんなことで・・・、思わず出てしまいそうになった言葉を飲み込んだのは、私以上に彼女が動揺していたからだった。
「どうしよう・・・」
そんな言葉とともに、しゃがみこんで、彼女は『亀裂』に手を当てる。
厳冬のさなかである。
当然、そこからは冷たい風が・・・。
「どうしようっていったって、どうしようもないよね。
今夜は冷えそうだね・・・。」
元気なくうなずく娘の後ろから、なんだ?とのぞきこんだのは、夫である。
しかられるかと思ったのか、そちらにぼそりと、
「やっちゃったの・・・。」
夫は壁の穴を見てさすがに驚いたようだったが、すぐにかがみこんで『亀裂』の程度を調べる。
それから、すぐ近くにかかっていたままになっていた去年のカレンダーをはがして、その箇所に画鋲で止める。
「とりあえず、これでいい。な?」
にこりともしないで、すましてそんなことを言う。
ええっ!
それを、そういうふうに使うの?!
それって、どうなのよ?
穴の上にかぶせるようにかけられた去年のカレンダー、それは、私がどうしてもとりはずせなかった、憂いに満ちたインスが一面に大きく載っている大きなものだった。
あなたはいつも娘に甘いわね、そして、インスをそんなふうに使うのね・・・、そう思いながら、なんとなく言い出しにくい雰囲気がただよう。
まあ、住宅メーカー勤務の専門家のやることだから・・、とヘンなふうに自分を納得させようとする私。
「そ、そうね・・・。」
そして、もうひとこと、
「ヨンジュンさん、癒し系だからいいかもね・・・・。」
やっとの思いでそう続けた私。
クスリと思わず笑った娘は、私と目が合い、急いで神妙な顔にもどる。
それで、ひとまず小さないさかいは終了し、壁の『亀裂』には応急処置がほどこされ、家の中には平和が戻った。
だが、『亀裂』の上には、依然として、インスの憂いに満ちた顔がある。
娘との小さないさかいの末に生じた結構大きな『亀裂』、その修復に使われたインス。
冷たい風の上にかけられた、憂いに満ちたインスの顔。
胸の中には、依然として複雑な思いがいっぱい詰まっている。
これって、どうなのよ?
そう思いながら、私は、心の中でインスに手を合わせたのだった。
『太王四神記』とは?~王の証
ここに一枚の写真がある。
あるサイトでみつけたきた『太王四神記』の撮影風景のものである。
玉座のようなところに、王らしい人物がすわっているのだが、何の説明もないので、何がどうなっているのかまったくわからない。ともかく、わがタムドックではないことだけは確かなようだ・・・。
これに限らず、作品の内容はほとんど伝わってこない。
これだけ待たされたわけだし、ここまできたら公開されるときの楽しみっていうのもあるから、まあ、いいわ、そう思ってよしとしようと思う。
でも、やっぱりじれったい。ほんとに撮影は進んでいるの?ほんとに五月に放送されるの?と、気持ちは熱くつのるばかり・・・。
でも、だいじょうぶ、少ない情報の断片をつなぎあわせて、妄想の翼をほんの少し広げれば、ほら、この写真の玉座には、いつのまにか、ヨンジュンさん演じるタムトクが座っている・・・・。
というわけで、高句麗王タムトク、日本史の教科書では広開土王と呼ばれるこの人物を、ヨンジュンさんはどう演じるのか、私なりに考えてみた。
今回は【その1】として、タムトク即位にまつわることを書き留めてみた。
《西暦 374年、高句麗王の弟のところに男の子が生まれた。これがタムドックだ。
現国王には後継となる息子がいなかったから、王の死後、王位は弟である、ダムドックの父が継ぐことになった。.
タムドックが13歳になったとき、太子に立てられた。幼いころから抜きん出た資質を示したためだと思われる。
タムドックは太子時代に直接軍隊を率いて、百済などとの戦いに参加した。すでに10代のころから、その勇猛ぶりと知略は隣国にまでに鳴り響いていた。
391年、父王が隣国との戦いの最中に亡くなり、その後を継いで、タムドックが第19代の王となった。18歳のときのことである。》
タムドックは13歳で太子に立てられたとある。これは当時の高句麗でも異例の早さだったようだ。
タムドックが幼少のころから優れた資質があると認められていたためだといわれているが、それだけだろうか?
父である王は、前王の弟にあたり、兄に男の子がいなかったために、その死後王位についたという。
となると、ここにすでに王位をめぐる争いがあってもおかしくないような気がするのだ。
そして、父である王が隣国燕(中国地方)との戦いの最中に亡くなったという。
その死後、タムドックは王位につくことになるのだが、それ派簡単なものではなかったはずだ。
あちこちの史料で調べたところ、この父王の戦いはどちらかというと無謀なものだったようだ。大国に挑んで、戦死したというところだろうか?
どちらにしても、急な死であり、タムドックや家臣たちにとっては深い悲しみというだけでなく、大きな困惑だっただろう。
たぶん、即位の前には、『反タムトク派』のような抵抗勢力との戦いがあったように思う。
たとえば、タムドックよりも年上の男子王族(従兄とか、叔父とか)、国内の有力な大貴族、それから隣国百済王や燕王などが、高句麗の支配をねらってひそかに、またはおおっぴらに動いていたのではないだろうか。
考えてみれば、若くして一国の王位につくということは、並大抵のことではない。
なにしろ、現代の立憲君主制などとは全然違う。
朝鮮半島だけを見ても、三つの国とほかにも小国がいくつかあるという、戦乱の世、・・・もっといえば、国境もはっきりとはしていない頃のことなのだから。
そんな中にあって、18歳のタムドックは、「王たるものの証」を求められたに違いない。
ここで、抵抗勢力と戦う前に、いろいろなエピソードが考えられる。
父の家臣たちや国民たちを前に、何かの奇蹟を見せるとか・・・・。
どんな?
たとえば・・・・、
①マケドニアのアレキサンダーも、父の死を乗り越えて20歳で王位についた。(しかも、王妃、つまりアレキサンダーの母に暗殺されたという説もある)
②イングランドのアーサー王は、王位もままならないような戦乱の世にあって、巨石から剣を抜くという奇蹟を周囲に見せることによって、その王としての証をたてた。(映画『エクスカリバー』で有名。)
③古代エジプトのラムセス二世もしかりである。ヨンジュンさんの愛読書『ラムセス二世』の冒頭部分には、巨大なライオンと対決することによって、父王セティ一世にその後継者として証を立てている。
つまり、この新作ドラマにおいても、『王たるものの証』を証明してみせるシーンがいくつかあるのではないか。
それがどんなものになるのか(岩から剣を抜く、なんていうのでもいい・・・、彼には似合いそうだから。)、それはまだわからないが、これがドラマのひとつの核になって、ここに四神がからんで展開していくのではないかと私は思う。
『王たる証』を見せる・・・、その時、わがヨンジュンssiはどのようなオーラの輝きを見せてくれるのだろうか。
『冬のソナタ』に何を見たか~黄色いポロシャツ
『冬のソナタ』が民放地上波で放送され、ちょっとした話題になっている。
今までファンでもなんでもなかった人が、これを何気なく見て、遅ればせながら、DVDを貸して・・、と来るケースが結構あるのだとか。
実は、昨日ヨンジュンさん関係のちょっとした集まりがあり、例によってこのドラマがについて語り合った。やはり、みなさん、このドラマに対しては特別な思い入れがあるらしい、語らせたら、それはとどまることを知らないような熱いものになった。
ここで、その一部をご紹介したいと思う。
①友人や知人に薦められて何となく見始めたのに、気がついたらとりこになっていた。
②最初見始めたころ、ミニョン、チュンサン自体、それほどすてきだと思わなかった。だから、自分がこのドラマに肩入れするのは、ヒロインのユジンがすてきな女性だと思っているからだ、つまりこの女優さんが好きなのだ、そう思った。でも、実際は違っていた。
③このドラマを最後まで見て、それでも、ぺ・ヨンジュンという俳優が好きなのではない、自分が心引かれるのはドラマ『冬のソナタ』なのだと思った。
これらは、私が聞いた感想の一部である。
で、自分はどうだったかということを、ここで書いてみたいと思う。
なにしろ、熱く語るみなさんの中にあって、口下手の私は思いの半分も話せなかったと思うからだ。(誰だ?『え~!みんなそう思っているんじゃないの?』っていっている人は?)
私がこのドラマをはじめて見たのは、ご他聞にもれず、友人から薦められたからであった。ヨンジュン初来日の前年の年末のことである。
BSで二回目の放送中ということで、すでにこのドラマにはまっていた友人があれこれと話していたのに、なかなかその気にならず、結局最終回というその日、せめてここだけでも見てみて・・、そういわれて見たのだった。いわば、義理が絡んだ上でのこと、ほんのつき合いという程度のものだった。
最終回だけ見て、このドラマをいいと思えるはずもない。(中にはそういう方もいらっしゃるかもしれないが・・・。)
その波乱万丈、大逆転、不幸てんこもりの内容に、私の感想は、ふうん・・・、という程度のものだった。これが噂のどろどろね、と。
そんな中で印象に残ったのが、あの黄色いポロシャツ姿の彼だった。驚いた。
すてきだって思ったのかって?いいえ!テレビに出てくる俳優さんなのに、どうしてこんな服装しているのかと・・・。いくら目が見えないからといっても、これはないんじゃないかって・・・・。
そんな私が一話からちゃんとこのドラマに向き合ったのは、翌年の地上波での放送だった。
そして、なぜ、ヒロインは心が揺れ動いてしまったのか、なぜ、彼は他人の恋人を奪わざるをえなかったのか・・、そのあたりのことに自分なりに納得できるものを見つけたのだった。
で、『黄色いポロシャツ』はどうなったかって?
二度目のこのラストシーンに、これはすごい小道具だと思った。
あれこそが、チュンサンの持つピュアなものの象徴、薄暗い講堂に流れる『初めて』のピアノの旋律とともに、運命に操られたチュンサンという男性を語るときに欠かせないもの、私はそう感じたのである。
目が見えなくなってしまった彼の澄んだ瞳と透明な微笑み、そして、この黄色いポロシャツ・・・、あのシーンで彼は、人生のもつ不思議さ、運命に翻弄されながらもけなげに生きようとする姿勢を、静かに語りかけていたのだろうと今でも思う。
そして、それは、『チュンサン』を通して、ぺ・ヨンジュンという俳優さんの本質を、私が初めて見つけた瞬間だったような気がするのである。
でもね、そうは言っても、冬ソナについては、私も、③だったと思うのですね。
私がはっきり「落ちた」ことを自覚したのは、続いて見せられた『ホテリアー』の、刑務所に入っていくクールなドンヒョクに出会ったときだったのですから。
だから、私はやはり彼の外見からこの道に入ったのです、はい。
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