mirage side-Reymond-24
フランクはかなりの怪我を負っていたため、実際のところ動くこともままならなかった。
ソフィアさんの話では、彼にはまだジニョンの状態を告げていないということだった。
ところが、ジニョンの父親がジョルジュに事の次第を詰め寄ることが多くなり、
ジョルジュはフランクの存在を父親に話さなければならない状況に陥っているという。
「レイ・・・いったいどうしたらいいんでしょう・・・俺・・わかるんです・・・
おじさんのことは良く知ってる・・・おじさんは決してふたりを認めない」
ジョルジュが私の所へ来て、考え込んでいた。
しかしこれ以上、父親にもそしてフランクにも嘘をつくことはできない
私はヨンスに真実を話すしかないと、ジョルジュに告げた。
そしてジョルジュはジニョンの父に全てを打ち明けた。
その後父親は長い時間考えた末、フランクに会うことを、ジョルジュに求めて来た。
フランクはもちろん彼女の父に会うことに同意した。
彼としてもその時が避けて通れないことも承知していただろう。
そして・・・翌日、父親はフランクの病室を訪ねた。
彼らふたりの間にどんな会話があったのか・・・それはわからない・・・
そして事件から5日目にして、フランクはやっと・・・ジニョンに会うことが叶った。
それは本来喜ぶべきことだったはず
互いにどんなにか求め・・探していたのか
この私とて・・・
彼らが抱きあうことを願っていた
しかし・・・
「動けるようになったのか」
彼の病室で待っていた私を見つけた彼は私の問いかけにも答えもせず、
窓辺に向かい外に視線を送りながら言った。
「頼みがあります」
君の頼みごとなら・・・
私はどんなことであろうと聞かねばならない・・・
「一生の頼みです」
それならば・・・尚更だ・・・
しかし・・よせ・・・・・
私の横で遠くをみつめるフランクの・・・
とうに全てを結論づけたかのような表情に私は珍しく動揺していた。
フランク・・・君は・・・今何を考えている?・・・
どうか・・・私の想像を
裏切ってくれないか・・・
「あなたに礼を言っていませんでした」
「何の礼だ」
「ジニョンを救ってくださった」
「救ったのは君だ」
「僕は結局・・あそこまででした・・
あのまま・・あなたが現れなかったら、僕は彼女を守りきれなかった」
その後悔が君を苦しめるのか?
「私がいなかったら・・・
君達があの場所にいることもなかった。それが真実だろ?」
「フッ・・・確かにそうだ」
私さえ・・君達の前に現れなければ・・・
私の後悔は救ってくれないのか・・・
「ここから・・あの赤い薔薇がよく見えるんだな」
「ええ・・・とても・・・美しい薔薇です」
フランク・・・その薔薇は・・・
ちょっと頑固で・・気難しいのを知っているか?
どんなに求めても・・・
自分がこうと決めたことは決して曲げない
そんな強い意志を持っていることを・・・
知っているか・・・
きっと・・・その花は・・・
この世でたったひとりの
誰かのそばでしか咲くことは無い
そうだろ?
咲かない花は・・・哀れで悲し過ぎる・・・
だから・・・フランク・・・止めてくれ
その先の言葉を・・・
私に・・・
・・・聞かせるな・・・
mirage-儚い夢-49.もうひとつの愛
翌日の朝、その人は訪れた。ソ・ヨンス・・・ジニョンの父・・・ 「君が・・・フランクさんですね」 「はい・・・」 フランクはベッドの上で姿勢を正そうと無理に起き上がろうとした。 昨日の夜ジョルジュが病室に現れて、ジニョンの父がフランクに会いたがっていると言った。 フランクは彼女の父との対面前に自分なりの青写真を描いていた。 ソウルホテルは結果的に守ることが出来た 仕事は成功の途を辿っている それに伴い、いくらかの富も得るだろう・・・ しかし・・・フランクの胸の内は暗かった。 それは彼女の父親の心がまるで鏡に映したように、フランクの心に映し出されていた 「そのままで結構・・楽にしてください」 「すみません・・」 「いや、まだ回復されていないのに、私が無理を申し上げたんですから」 「ご挨拶が遅れて申し訳・・」 「いえ・・元はといえば・・僕が・・・」 「・・ソウルホテルも救って下さったとか」 「いいえ・・あれは・・」 「ありがとう・・・私にとっても大事なホテルです。改めて深く・・・感謝します」 「あの・・・ジニョン・・ジニョンさんは・・」 フランクが聞きたいことはそれしかなかった。 「ジニョンは・・明後日韓国へ連れて帰ります」 ヨンスは冷たい表情でそう言った。 「明後日・・ですか・・」 「体の方は特に悪いところがないそうですから」 「・・・・・」 「私はね、フランクさん・・・ジニョンには平凡な幸せを送って欲しいと願ってます・・ 「普通の・・幸せ・・・」 フランクはヨンスの言葉を呟くように繰り返した。 「あなたは幼い頃・・親御さんの元を離れて育ったとか・・」 あなたはこのアメリカで成功しようとしている 次第にフランクはヨンスが言わんとすることが理解できていた。 「そんなことを言ってるんじゃない・・ 娘と関係なくあなたのような人と出会ったら、きっと私も手放しで褒め称える。 あの子には普通に育った男と・・普通に出会って・・ 生まれた時から今まで愛しんで育てた娘です 私は・・・少なくとも決して・・・こんな事件に巻き込まれるような 「・・ジニョンの気持ちは・・」 「君のような男のそばで・・這い上がって生きることを強いられた男のそばで・・・ 「・・・・・」 「・・・・・」 「いつかきっとあの子にもわかる。」 「・・・・そうでしょうか」 フランクがやっと口を開いたが、ヨンスは構わず続けた。 「君も・・ジニョンを愛しているのなら・・・わかって欲しい・・親としてのこの気持ちを・・ 「人の・・・親に・・・ですか・・・」 「ああ・・」 「親というものは・・・子供の幸せを願うもの・・・ 「・・・・・」 「人の親になったらわかる・・・それなら・・・ 「・・・・・」 「僕は・・・自分の都合で簡単に子供を捨てたり・・・ 「親のエゴ・・・そうおっしゃりたいのかな。・・・しかし・・ 「・・・・・」 「君に理解してもらえるとも思っていません」 「・・・・・」 「ただ・・・私の気持ちを聞いていただいただけです」 「・・・・ジニョンさんに・・一度会わせてもらっていいですか」 「・・・あの子は今・・・誰と会っても話すらしない」 「・・・・!・・どういう・・」 「大きなショックに因るものらしいが・・・・どんなショックを受けたのでしょうね。」 ヨンスはその原因がフランクにあることを強調するように語気を強めた。 「・・・・・」 「しかし・・心配は要りません。一過性のものらしいので・・ 「・・・・・」 「ですから一刻も早く、韓国に連れ帰って治療する予定です 「会わせてください!・・お願いします。」 《私は・・・あの子に普通に育った男と・・普通の出会いをして・・ 少なくとも決して・・・こんな事件に巻き込まれるような 君のような男のそばで・・・這い上がって生きることを強いられた男のそばで・・・ フランクは眠ったままのジニョンの顔を両手で挟み、彼女の額に自分の額を ・・・ジニョン・・・ その時、その涙に反応してジニョンが薄く目を開けた。 「ん・・?・・・・」 「・・・ジニョン?・・・」 はっきりと目覚めたジニョンはフランクの顔を確認すると、大きく目を輝かせて 「フランク!」 この時、ジニョンは意識を回復してから初めて声を発していた。 「ジニョン・・・話せるのかい?僕がわかるの?」 「フランク・・・ああ・・逢いたかった・・どこへ行っていたの?探していたのよ」 「遅くなってごめん・・」 「いいの・・・逢えたもの・・・やっと逢えたもの・・ずっとね・・夢を見ていたの・・ 来る日も来る日も・・今日こそはって目を開けるのにあなたがまたいないの・・・ ジニョンは愛しいものを抱くようにフランクの頭をしっかりと抱いていた。 「ごめんよ・・こんな思いをさせて・・ごめん・・ごめん・・ごめん・・ごめん・・」 フランクは彼女の体を思い切り抱きしめて、泣きながら謝り続けた。 「フランク・・・どうして泣くの?泣かないで・・ね・・泣かないで・・・お願い・・」 このままずっと・・・君を・・・ 抱きしめらていられたら・・・ 「フランク・・・ここはどこなの?」 「・・病院だよ・・」 「病院?私・・どうしたの?」 「怪我をしたんだ」 「怪我?どうして?・・あ・・あなたも・・・ひどい・・大丈夫?フランク・・」 「ね・・フランク・・帰りましょう・・私達の家へ・・・」 ジニョンが突然深刻な顔をしてフランクを見上げた。 「何だか怖いの・・・ね・・帰りましょう?・・早く帰らないと・・」 「・・・・?」 「早く帰らないと・・・胸騒ぎがする・・・」 そう言いながら、ジニョンは顔を曇らせた 。 「ああ・・そうだね・・・」 彼女の言葉にフランクは彼女を再び強く抱きしめてそう言った。 「フランク・・・どうかしたの?」 彼女はフランクの顔を覗きこんで、彼の心を探っていた。 「何でもないよ」 「嘘・・・フランク・・ねぇ・・こっちを見て・・私を見て・・・何か隠してる?」 「馬鹿だな、ジニョン・・僕が・・何を隠してると言うの? 君はここで待ってて・・・明日・・必ず迎えに来るから・・・」 「いやよ・・明日なんていや・・今すぐ・・一緒に連れてって・・」 「困らせないで・・ジニョン・・・僕もほら・・怪我してる 「明日には・・出るの?」 「ああ・・」 「ホント?」 「ああ・・」 「待ってれば・・いいの?」 「ん・・」 「ほんとね?・・」 ジニョンはフランクの顔を覗いて、何度も何度も確認するように言った。 「ん・・」 「約束よ」 「ん・・」 そこへドアの外で待っていたヨンスとジョルジュがジニョンの声に気がついて 「この人たちは・・誰?フランク・・」 ジニョンはフランクの腕の中でふたりに向かって、怯えたような顔を向けた。 「ジニョン・・話せるのかい?」 ヨンスはジニョンに駆け寄って彼女をフランクから奪い取り抱きしめた。 「・・きゃっ!何!」
一瞬ジニョンはヨンスに驚いて、彼を突き放した。 ジニョンはやっとヨンスの存在を思い出した。 「ジニョン・・思い出してくれたんだね・・」 ヨンスの肩越しにフランクを見たジニョンの目が大きく見開いた。 ジニョンは思わずヨンスの腕を振りほどきフランクに手を差し伸べた。 「フランク?・・」 しかしフランクはそのまま彼女に背中を向けて、病室を出てしまった。 「フランク!・・」 ジニョンは慌てたようにベッドから滑り降りたが足がもつれて床に倒れてしまった。 「パパ・・離して!・・行かないと・・行かないと・・行かないと・・フランクが・・ フランクが・・・」 「動けるようになったのか」 「頼みがあります」 「?・・・・・」 「一生の頼みです」
私は、例の書類をユイ捜査官に渡し、組織の全てを彼に委ねた。 「ジョルジュ・・・すまない・・・ジニョンをこんなことに巻き込んでしまった 「レイ・・・話は先日の電話で大体理解しました 「しかし・・フランクは君達のソウルホテルを救おうと私に向かっていたんだ・・・ 「レイ・・・もう止めましょう・・・俺はあんたが好きだ・・・ ジニョンには軽い傷以外に身体的な異常は全く見られなかった。
ジョルジュは悩んでいた。ジニョンの身に起きた様々なことが、余りに多すぎて そして、ソウルホテルを救ったのも実は彼であったことも・・・。 ヨンスはジョルジュの言葉を静かに聞いていた。 「それで・・・彼は?」 「この病院の、別棟にいます・・・ 《フランク・シンという男に・・会えるか・・・》 その声に深い決意が感じられてソフィアは不安にかられた。
神はそれをわざと引き裂いて・・・この世に遣わしたの 引き裂かれたそのふたつの体は何とかひとつの体に戻りたくて 神はそれをわざと引き裂いて 引き裂かれたそのふたつの体は
「若!・・ライアンが直接動き出しました」 ライアンの元に進入させた配下の者から、私とソニーそれぞれに連絡が入っていた。 「一時間もすればそっちへ到着する」 「しかし・・」 「・・・わかった・・動け。」 そして私はソニーに彼らふたりの運命を託した。 私が現場に到着するとほぼ同時に、上空からヘリコプターが降り立った。 「どういうことだ」 私はモーガンに向かって怪訝に問うた。 「若・・」 「どうして・・」 「話は後で・・まずはライアンを食い止めましょう」 私は疑問をさておき、モーガンの言葉に従いフランクたちの元へと急いだ。 私が入り口に出向いた時には既に、先に到着していたモーガンの手のものと その時だった。私達が建物の中に入った瞬間、奥の方から一発の銃声が轟いた。 そして、やっと彼らの元に辿り着いた時、そこにはフランクとジニョンを狙い 私は迷わず胸ポケットから銃を取り出し、ライアンのその手に狙いを定めた。 私に右手を打ち抜かれたライアンが、私を睨みつけながらFBIに捕らえられた。 「止めて!」 ジニョンはうな垂れたまま私の腕に抱えられたフランクを、まるで奪い取るかのように 「ジニョン!離しなさい・・救急車に乗せるんだ!」 「怪我をしてるんだ!離しなさい!」 ジニョンは尋常ではない出来事を目の当たりにして、間違いなく錯乱していた。 「ソニーは・・」 「大丈夫です・・打たれていますが・・命に別状はありません」 「?・・・母さん・・・ですか・・・」 「ああ・・」 「しかし・・それは私がお預かりしましょう 「ボスが・・いえ・・ 「はい。これが・・最後の命令だと・・・ 「それで・・どうしてFBIに?・・・」 「あなたが望まれていたことですから。・・・そうではなかったですかな?」 「・・・そうだったな・・・」 「・・・・」 「モーガン・・・・」 「はい」 「どうか・・許してくれ・・ 「ああ・・必ず・・・私は・・・ 「はい」 ・・・無駄にはしません・・・
ヨンスはフランクの病室に入ると、まずソフィアの存在に気がついた。
「あなたは・・・確か・・・
ジニョンの大学のご友人ではなかったのかな?」
「友人です・・・彼女も・・・」
彼はソフィアに薄い笑みを浮かべて、改めてフランクに視線を移した。
「そのままで・・」ヨンスがフランクの腕に触れてそう言った。
ソウルホテルを守り、自分自身の過去をも払拭するような仕事の成功と富を得ること。
からかもしれない。
「いいえ・・こちらから伺うべきところでした」
「・・・・」
「・・・・・」
ふたりは挨拶を済ませた後、しばし沈黙を保っていた。
「いや・・改まった挨拶はいい・・ふたりで・・・話せますか?」
フランクが先に口を開きかけた時、ヨンスが遮ってそう言うと、彼はソフィアに視線を向けた。
「彼女は・・大丈夫です・・聞かれて困ることもありません」 フランクはそう答えた。
「随分と・・信頼なさってるんですな・・・」
そして、ヨンスの言葉の棘をフランクは敢えて無視した。
フランクが何故、ソフィアをこの席に同席させたのか・・・
それは彼自身がジニョンの父の前で、どれほど冷静でいられるのか
想像ができなかったからだ。
フランクは自分が、ジニョンのことになると自制が聞かないことを知っていた。
もしも自分が取り乱したり、理性を無くした場合、ソフィアなら必ず自分を食い止めてくれる、
そう思っていた。
ジニョンの父親の話がどんなものなのかは想像に難くはない。
フランクはそれでもふたりの為に、それを切り返さなければならない
そう決心していた。
「ジニョンを・・助けてくださったそうですね・・・」
健やかに・・楽な気持ちで生きていける・・・普通の幸せを送ってもらいたい・・・」
「・・・・・」
「随分と苦労をなさったんでしょうね・・きっと一生懸命努力して来られた・・・
そして・・今のあなたがある・・・
いや・・もう既に成功しているのかもしれない。あなたのような・・いや・・」
ヨンスはそこまで言うと、言葉を淀ませた。
「はっきりおっしゃってください・・・構いません・・
“あなたのような親に捨てられた子は・・”そうおっしゃりたいのでしょう?」
いや・・そうだね・・・こんな時に詭弁は止めましょう・・・
恥ずかしいことだがきっと・・私が言おうとしていることはそういうことなんだろう・・・
どうか・・・・私を蔑んでくれて構わない・・・
私とて・・人間として、そういう差別は好まない。そう思っていた・・・
一生懸命努力して成功を収めた男。きっとあなたはそういう生き方をするでしょう
しかしね・・フランクさん・・・親というものは馬鹿なものです・・・
自分の子供に対しては別なんです・・・
自分の子供に対してだけは・・・定規で推し量れない感情が生まれてしまう
普通の幸せを掴んで欲しいと思ってしまう
その娘に平凡な幸せをと望むことが罪とは、どうか・・・言わないで欲しい。
人の恨みや、妬みを買うような男のそばには・・・娘を・・・置けない・・・」
ヨンスは言葉を選びながら、それでも自分の思いの丈をフランクにぶつけた。
これから先も果たしてジニョンは・・安穏と暮らしていけるのだろうか・・・・」
ヨンスの訴えるような言葉にフランクは返す言葉を探せなかった。
「あなたにはその確信がお有か?」
君もきっと・・人の親になったらわかる時が来る」
以前ジニョンも・・僕に・・同じことを言いました
きっとジニョンは・・あなた方に愛されて・・愛されて・育ってきたんですね・・・
でも残念ながら僕には・・親の愛というものの実感が何ひとつない・・・」
それなら僕は・・・親というものにはなりません。」
そう言いながら、フランクはヨンスを睨み付けた。
子供の意志に反して・・自分の思い通りの幸せを押し付ける
それが・・親と言うものなら・・・僕は!・・親にはならない。」
私はどう思ってもらおうと構わない。」
フランクは言葉を詰まらせ、壁際に佇んでいたソフィアを睨みつけた。
時間が経てば、元に戻ります」
生まれ育った場所でならきっと・・」
フランクはヨンスの言葉が頭に入っていないかのように、彼の言葉に被せて言った。
ヨンスが病室を出て行った後、フランクはベッドに座ったまま、しばらく呆然としていた。
「ごめんなさい・・・」
「・・・・・」
「言えなかったの・・・」
ソフィアはフランクのベットの傍らに近づいてそう言ったが、フランクはただ正面を
見据えているだけだった。
「・・・・・」
「フランク・・・」
「僕を・・・待ってるんだ・・・」
フランクは一筋の涙と一緒にポツリとそう呟いた。
フランクが病室に入るとジニョンは静かに眠っていた。
ヨンスの話では、意識を取り戻してから四日間何も食べず、水さえも飲まず
起きている時でも、目を開けているだけで誰とも話さないという
周りの人間が声を掛けても、まるで誰も見えていないかのように
起きている間天井を見つめ、そして眠りに付くその繰り返しだと・・・
平凡な幸せを送ってもらいたい
人の恨みや、妬みを買うような男のそばには置けない・・・
これから先も果たしてジニョンは・・安穏と暮らしていけるのだろうか・・・》
ベッドの中の彼女の顔には少し傷が残っていた。
その傷をそっと指で撫でながら、彼女の少しやつれた姿を見つめていると
ヨンスが言った言葉がフランクの脳裏に繰り返し繰り返し蘇った。
「ジニョン・・ごめんよ・・・ジニョン・・・ジニョン・・・」
押し当てて念じるように彼女を呼んだ。
彼の目から滴り落ちた涙がまるで彼女が流した涙のように、彼女の目尻から滑り落ちていく。
突然彼の首に抱きついた。
夢の中で何度も目を覚ましてるのに・・どうしてだか
いつもそこにあなたがいないの・・
怖くて・・怖くて・・だからずっと目を閉じてた・・
あなたの声が聞こえるまで・・ずっと目を閉じてた・・・」
フランクは涙が止まらなくてどうしようもなかった。
ジニョンもまたそんなフランクを見ていると涙が込み上げて来て、一緒に泣きながら
彼の頭を撫でていた。
ジニョンはフランクの外傷を改めて確認するように彼を見回した。
「僕は大丈夫・・・」
明日・・そう・・明日帰ろう?・・・
まだ退院の許可出てないんだ」
慌てて病室に入って来た。
しかし、ヨンスにとっては、ついさっきまで誰とも話すらしていなかったジニョンの
変化の方が喜びだった。
「パパだよ・・・心配したんだよ・・ジニョン・・ジニョン・・」
「パパ?・・・・・・・!・・・・パ・・パ・・?」
そして彼女は一瞬にして、今自分が置かれている状況を把握することが出来た。
それは全てを思い出したことへの喜びとは程遠く、思い出してしまったことへの
恐怖の眼差しのようだった。
フランク?・・・
その先にあったフランクの目が余りに悲しげで彼女の不安を煽った。
それでも何んとか立ち上がろうとしたが、この数日間の彼女の容態はその力すら
奪ってしまっていた。
ヨンスはそんな彼女を捕まえるように離さなかった。
フランクが自分の病室に戻ると、レイモンドがベッドの横に座っていた
・・・「聞こう・・・」・・・
mirage side -Reymond-23
このことが引き金となって間違いなく、我が父を初めモーガンや組織の者達の多くに
捜査の手が及ぶことになるだろう。
もちろんこの私にも多くの責任がある。しかし可笑しなことに・・・
組織を壊滅させる重要な材料を提供した私にはその手は及ばない。
その代わり、私にはやらなければならないことがある。
パーキン家という永く暗黒街に蔓延った組織を壊滅させ、そこで生きていた者たちを
再生させる責任がある。
それはモーガンが言う通り決して簡単なことではないだろう。
どれ程の人間が私の敷いたレールに乗って光差す途へと軌道修正できるのか。
予測することすら難しかった。
しかしもう既にその火蓋は切られた。
これから私は力の限り、彼らの行く途に転がる石を取り除いていく。
それがこの私に課せられた刑とも言えよう。
そして今は・・・その私の目的の為に、巻き込んでしまった愛しい者たちを
この手で救わなければならない。
FBIの事情聴取を受けながらも、私の心はここに無かった。
ジニョンの元へ・・・
フランクの元へ・・・
ソニーの元へ・・・
私の心は飛んでいた。
彼らの容態に関する報告は随時受けていたものの、この目で確認するまでは
安心できるものではなかった。
しかも、ジニョンの深刻な様子を知った時は、少しでも早く飛んで行きたい衝動に駆られた。
私が彼らが運ばれた病院に向かうことが出来た時には、既に二日を経過していた。
ジニョンのそばには連絡をしておいたジョルジュが、ジニョンの父親を伴って付き添っていた。
ジニョンの父上にも・・陳謝したい・・そして・・君の父上にも・・・」
しかし・・今は・・・ジニョンの父親にその事実は伝えたくはありません
フランク・シンの存在も・・今はまだ・・」
ソウルホテルと・・・ジニョンを救うこと・・彼はそれだけのために動いていた
私は・・・」
しかし・・ジニョンがあんな目に遭ったのがあんたのせいだとしたら・・・俺は・・・
あんたを簡単に許すことができない
しばらく・・俺たちをそっとしておいてもらえませんか」
ジョルジュはそう言うと、私から視線を逸らし背中を向けた。
しかし、不思議なことに、目覚めていても周囲にいる父親やジョルジュの姿さえ、
目に入らない状況だという。
医学的にはその原因すら見出せず、三日が過ぎた。
私は来る日も来る日も、彼女の病室の前で彼女の回復を待った。
ジニョン・・・
きっと君は・・・
彼を待っているんだね・・・
私は彼らの入院手続きを代理の者に依頼していた。
その時ジョルジュの意向もあって、敢えてフランクの病室をジニョンの病室から離すことを
病院に願い出ていた。
私がここへ訪れた時には既にフランクの病室は別棟へと移されていたが
ジョルジュは決して、フランクをジニョンから遠ざけようとしていたのではなかった。
ふたりのことをジニョンの父親に素直に認めてもらうには、余りにタイミングが悪過ぎると
ジョルジュは思っていたようだった。
「時間が必要です・・・おじさんは頑固な人ですから・・・
今は・・何も話さない方が・・・」
今は仕方の無いこと・・・私もそう思っていた。
しかし・・・例えそうであったとしても、ふたりが哀れでならなかった。
きっとフランクを待っているだろうジニョンが不憫でならなかった。
ジニョンの父は目覚めぬジニョンのそばを離れようとせず、たったの一度も
病室を出て来ることはなかった。
ジョルジュが時折、病室を出入りしていたが、病室の前で待つ私とは視線すら
合わせてはくれなかった。
無論ジニョンに会うことなど到底叶うところではない、そのことは重々わかっていながら
私は待つことしかできなかった。
ある時、フランクに付き添っているというソフィアという女が、ジニョンの病室の前に
大きな花瓶に生けた赤い薔薇を持って現れた。
彼女はジニョンの部屋をノックすると中から出てきたジョルジュにこう言った。
「この花を・・・病室の窓辺に飾ってください」
「窓辺に?」
「ええ・・窓辺に・・・外からよく見えるように・・・」
外からよく見えるように・・・
フランクの病室からよく見えるように・・・
私にはそう聞こえた。
ジョルジュにもきっとそう聞こえていたのだろう。
彼はまぶたをゆっくりと閉じて彼女に応えていた。
彼女がその花瓶をジョルジュに手渡した時だった。
「ちょっと・・待って」
彼女が急に振り返って、私の前に進み出ると手を差し出して唐突に言った。
「あなたのそのお花を・・・」
「・・・・・・?」
「一緒に・・・」
そう言って彼女は、私の手の中から私の赤い薔薇を奪うように取り上げ、
ジョルジュの手に渡った花瓶にその薔薇を入れ、彼女の薔薇と馴染ませるように生けた。
「これだけあると豪華ね」
そして彼女は、私に振り返るとにっこりと微笑んだ。
受け取ったジョルジュもまた、今までの私へのわだかまりの全てを解くかのように
私に向かって柔らかく頷いた。
もしかしたら、彼女は私が毎日こうして花を抱えここに座っているのを
見ていたのかもしれない。
そしていつも・・・
それを渡すことすら叶わず、そのまま持ち帰ってしまっていることも・・・
知っていたのかもしれない。
フッ・・・きっとそうだ・・・
彼女が用意した花束にはあの花瓶は少し大き過ぎた。
多くを語らずとも・・・
フランクとジニョン・・ふたりの行く末を案ずる者同士
祈る心がここにあった
通じ合う・・・
・・・心がここにあった・・・
mirage-儚い夢-48.覚めぬ夢
ジニョン!・・・ジニョン?・・・ジニョ・・
フランク・・フランク・・・・フランク・・・
夢を見ていた・・・
暗い闇に包まれた中に聞こえていたのは
ジニョンの名を必死に叫ぶ自分の声と
遠くから届く彼女の僕の名前を呼ぶ声だけだった
彼女の声に向かって走るのに・・
僕はいつまで経っても彼女に辿り着くことができなくて
常軌を逸したように焦り狂っていた・・・
どんなに走っても・・・どんなに大声で叫んでも・・・
彼女の姿が何処にも見えない・・・
僕は暗闇の中で狂ったように
ただただ・・・彼女の名を叫び続けていた
「ジニョン!」
「フランク・・・しっかりして・・・」
僕の額に触れていた細い指をジニョンだと思い、掴んだ瞬間に目が覚めた。
その手の主がソフィアだとわかった時、今自分のいる場所が何処かが理解できた。
「・・ジニョンは?・・・どこ?・・彼女は・・」
「ジニョンさんは大丈夫よ・・・安心なさい・・」
「本当に?・・何処にいるの?・・逢わせて・・」
「今は無理よ・・・あなたはまだ動けないわ
でも彼女は大丈夫・・怪我も軽いし・・ただ・・」
「ただ?」
「今・・彼女には彼女のお父様が付き添ってらっしゃるの・・
わかるわね・・・だから・・もう少し待ちなさい・・・」
ジニョンのお父さんが・・・
「・・どうしても・・逢いたい・・・」
「・・・・・情け無い顔しないの・・・」
「・・・ジニョンが僕を呼んでるんだ・・・きっと待ってる・・・僕を・・・」
「今は・・・無理よ。」 ソフィアは少し強い口調でそう言った。
「・・・・・」
「私が様子を見てくるから・・・我慢して」
そして彼女は、まるで子供に言い聞かせるように、彼の頭をなでた。
「怪我は何でもないんだね・・・」
「ええ」
「良かった・・・」 それだけでもフランクはホッとしたようだった。
「そうね・・・」
「怖い思いをさせてしまったんだ」
「・・・・・・」
「泣いてなかった?」
「大丈夫よ・・・あの子・・気丈だから・・」
「・・・・・・」
ソフィアとの会話の中でフランクは夢の中と違い、次第に安堵していく自分を感じていた。
「今は・・あなたは自分の体のことだけを考えて・・・早く元気になるのよ
仕事の方はレオさんが進めてくださってるし
私もあなたの復帰までレオさんに協力させていただく」
「ごめん・・・」
「それから・・・ソウルホテルの一件も解決したわ・・・」
「そう・・良かった」
「さあ・・・だから・・・安心して・・目を閉じて・・・
今度は・・・彼女と逢う夢を見ていなさい・・・」
レイモンドの言う通り、ソウルホテルは危機を脱することができた。
安心したフランクは、ソフィアに促がされてゆっくりと目を閉じた。
そしてまた深い眠りについた。
それでもフランクは目覚める度に、ジニョンの名を口にして会いたがった。
その都度ソフィアは彼に、辛抱するよう言って聞かせた。
次第に彼も落ち着きを取り戻し、今の状況を理解したらしく、翌日からは
ジニョンの名を口にしなかった。
その代わり・・・
「今日は何日?」 目覚めると彼はまずそう尋ねた。
「30日・・・」 さっきも同じことを聞いた・・・
・・・今日は何日?・・・今何時?・・・
時は・・・
思うように過ぎてくれないわね・・・フランク・・・
フランクの行き場の無い不安が、ソフィアの胸を痛めた。
「フランク・・・・・・・ちょっと待ってて・・・」
そう言ってソフィアは立ち上がると、壁に掛かっていた鏡を手にしてベッドサイドに戻った。
そしてそれをフランクの顔に近づけると角度を変えて向きを調節していた。
「・・・・これでいいわね・・フランク・・少し上を見てご覧なさい・・・
向かいの建物を見て?・・・赤い薔薇が見える窓があるでしょ?どう?見える?」
「うん・・」
「さっきね・・あなたが眠っている間に彼女のお見舞いに行って来たの・・・
あの部屋にいるのよ・・・彼女・・とても元気だったわ
でも・・今はまだここに来れないの・・わかってあげて・・・」
「・・・・・・」
フランクは鏡に映ったその窓をしみじみと見つめていた。
「何か言ってた?」
「ええ・・あなたに早く逢いたいって・・・」
「そう・・・」
「心配してたわ・・あなたのこと・・・」
「そう・・・」
ソフィアは嘘をついていた。
いつまでこうして、ジニョンが元気でいると嘘をつかなければならないのか
ソフィアはフランクを見る度に胸が潰れるようだった。
「目を覚ましてから・・もう三日も経つというのに・・
どうしたと言うんだ・・ジニョン・・・パパだよ・・ジニョン・・答えておくれ・・・」
「・・・・」
「おじさん・・おじさんも少し休んだ方がいい・・今日は俺がここにいますから」
彼女は確かに大きな怪我を負っていたわけではない。
しかし聞くところに拠ると病院に搬送されてから丸一日目を覚まさず
そして目覚めた後もまるで夢の中を泳いでいるような目をしているという。
自分の父親や身近な人の姿も視界に入っていないかのように、目を開けていても、
誰とも話しすらしないのだと・・・。
医者の見解は極度のショックに因る一過性の症状だろうと・・・
彼女の父親と一緒に付き添っているイ・ジョルジュが教えてくれた。
ジョルジュはフランクとジニョンの良き理解者のようだった。
そしてソフィアは、一昨日病室に訪れたレイモンド・パーキンという男からも、
詳しい事の次第を聞かされた。
ジニョンの父親にはまだふたりのことを話していないとのことだった。
ソフィアはフランクが彼女の父親に自分を認めてもらうべく、この仕事に
力を入れていたことを知っていた。
今のこの状況はフランクの心証を害するだろうと判断したジョルジュとレイモンドが
ジニョンと隣り合わせだったフランクの病室を、ジニョンの父が到着する前に別棟へと
移動したこともソフィアも納得の上のことだった。
「ジョルジュ・・・いったい何があったんだ・・この子に・・いったい何が・・・」
ジニョンの父が嘆いた面持ちでジョルジュにそう聞いたが、ジョルジュは口を噤んだ。
「・・・・」
「お前も本当のことを話してくれないのか・・・」
彼女の父親に全てを打ち明けることを今まで躊躇していた。
しかしもうこれ以上隠しておくことはできないと彼は覚悟した。
考えた末にやっとジョルジュはフランク・シンの存在をジニョンの父に語り始めた。
彼とジニョンの出会いと、ふたりの関係と、ここまでの経緯を彼の知る限りのことを
話して聞かせた。
かなりの怪我を負いました・・ジニョンを守るため・・そう聞いています・・・・」
「そうか・・・」
「おじさん・・あのふたりは本当に愛し合っているんです」
ジョルジュのこの言葉は本心からだった。
今でも彼のジニョンを愛する気持ちに変わりは無い。しかしジニョンの気持ちは
とっくに自分に無いことを認めないわけにはいかなかった。
「・・・・・・」
「ジニョンの気持ちを・・汲んでやってください」
ジョルジュはヨンスに心からそう言った。
「・・・・ジョルジュ・・・お前はいいのか」
「・・・俺は・・・ジニョンの兄貴ですから・・・」
ここ数ヶ月の娘の変化に気がつかなかったわけではない。
ヨンスはジョルジュの話を聞きながら、ひとつひとつ納得していく自分の心を
冷静に受け止めることもできた。
その時からヨンスは丸一日考え込んでいた・・・そして・・・
「彼に・・・会えるか?」
「えっ?」
「フランク・シンという男に・・会えるか・・・」
「あ・・・今は・・まだ・・怪我を」
「話もできないのか」
「いいえ・・そんなことは・・・確認してきます。少し待っててください」
ソフィアは今まで幾度となくジニョンの病室を訪ねたが、家族以外は面会謝絶ということで
一度も会わせてもらうことができなかった。
ごめんなさい・・・フランク・・・
あの薔薇は・・・
彼女の部屋の窓辺に置いてもらえるよう
お願いして来たの・・・
あなたにはまだ・・・彼女のことは・・・伝えられない・・・
ソフィアはフランクが眠りに就いたことを確認するとジニョンの病室を再度訪ねた。
病室のドアをノックしようとした時、ジニョンの父親らしい声が聞こえてきた。
「お願いします・・・少しでいいんです。彼女に会わせていただけませんか?」
「ソフィアさんでしたかな?・・・確か昨日もいらしてくださった・・・
ジニョンの大学のお友達の・・・」
「あ・・はい・・」
「どうぞ・・会ってやって下さい・・きっと刺激になるかもしれません・・
今丁度起きています・・・
私も久しぶりに外の空気を吸って来ましょう」
ソフィアが病室に入るとジニョンはベッドの上で座っていた。
ソフィアがベッドの傍らにいたジョルジュを黙って見つめると、彼は彼女の胸の内を
察したかのように何も言わず部屋を出て行った。
「ジニョンさん・・・」
しかし、ソフィアの声にジニョンは何の反応も示さず、無言で目の前の白い壁を見つめていた。
「ジニョンさん・・ジニョン?・・・目を覚ましなさい・・・
聞こえる?ジニョン・・・私よ・・ソフィアよ・・・」
「・・・・・・」
ジニョンの表情はソフィアの言葉に反応する様子すらなかった。
しかしソフィアはジニョンの手を取り、彼女の耳元で話し続けた。
「早く・・目を覚ましなさい・・・ジニョン・・
このままだと・・・・・あなたたちは・・・・・・
お願いよ・・・ジニョン・・・
フランクの声が聞こえないの?彼の声が届かないの?
夢の中でずっとあなたを呼んでるのよ」
「・・・・・・」
すると、無表情のままのジニョンの目から一筋の涙が流れた。
「ジニョン?・・・聞こえているの?・・・
フランクの声が・・聞こえているの?・・聞こえてるのね・・・」
ソフィアはジニョンの頭を撫でながら、涙が込み上げてきて仕方なかった。
「安心なさい、ジニョン・・・フランクともうすぐ・・・逢えるわ・・・
だから待ってるのよ・・・待ってるのよ、ジニョン・・・」
そしてソフィアはジニョンの頭を抱きしめて優しく語り始めた。
「ジニョン?私が前に話したこと・・・覚えてる?
男と女は・・・
神様に生を受ける前はひとつの体だったというお話・・・
もうひとつの体を無意識に・・・懸命に探すの・・・
そして・・・惹き合い・・・愛し合う・・・
それが・・・半身というものなのよ・・・
ジニョン・・・あなた達は・・・半身同士よね・・・
そうでしょ?あなたが・・・あなたのフランクへの愛が・・・
私に・・・そう認めさせたでしょ?
だから・・どんなことがあっても・・・
もしも神様がまた・・・ちょっとだけ悪戯をしても・・・・
決して負けてはだめよ・・・
わかったわね・・・
何があっても・・・信じていられるわね・・・
フランクを・・・待てるわね・・・ジニョン・・・」
ソフィアが彼女を抱いている間、ジニョンが正気を取り戻すことはなかった。
それでもジニョンがソフィアの肩に自分の頭を乗せるようにもたれかかった姿は、
まるで彼女の言葉に応えているように見えた。
男と女は・・・
神様に生を受ける前はひとつの体だったの
この世に遣わすという意地悪をなさった
何んとかひとつの体に戻ろうと
もうひとつの体を懸命に探すの・・・
そしていつの日にか・・・
彼らは自分の意志と関係なく
惹き合い・・・出逢って・・・
必ず・・・
・・・愛し合うのよ・・・
mirageside-Reymond-22
電話口のソニーの声は、現場でなければわからないだろう緊迫を伝えた。
そして機内から数人の男達が降りたかと思うと、その内の二人が私の車へと向かって来た。
身構えた私に向かっていたのは私と手を組んでいたFBI捜査官ユイ・コールドと
モーガンだった。
FBI捜査官らがライアンの配下たちを取り押さえていた。
私は胸騒ぎを押さえながらその音の発信源に向かって必死に走っていた。
銃を構えていたライアンが見えた。
「無傷で返す!
そういう約束じゃなかったか!ライアン!」
その傍らにいたフランクとジニョンが横たわり身動きしていなかった。
私は急いでふたりに駆け寄ると堅くジニョンを抱きしめていたフランクを彼女から
やっとの思いで離すことができた。
彼を抱きしめ離さなかった。
「いや・・いや・・連れて行かないで・・ランク・・フランク・・・私の・・フランク・・」
「ジニョン!しっかりしろ!」
君を・・・こんな目に遭わせてしまった私を・・・
許してくれ・・・ジニョン・・・
フランクは・・君の・・フランクは・・・
もう大丈夫だ・・だから・・・大丈夫だから・・
しっかりしろ・・・ジニョン・・・
お願いだ・・・・しっかりしてくれ、ジニョン・・・
そしてジニョンもまた、私の腕の中でフランクを抱いたまま、気を失ってしまった。
私はジニョンの髪に祈るようにくちづけた。
どうか・・・これ以上傷つかないでくれ・・・
ジニョン・・・私の・・・・・・
彼女の脈を取った救急隊員が、私に向かって“大丈夫”だと頷いて見せた。
私は脱力していく自分を辛うじて持ち堪えていた。
もうひとつの気掛かりをモーガンのその言葉に救われて、私は再度胸を撫で下ろした。
「若・・・決して銃を持たない・・あなたの信念はどうされました?」
モーガンが笑みを浮かべながら、私が今しがた、とっさに使った銃の出先を問うた。
私はそんな信念など、人に話したことなど一度も無かった。
「知っていたのか」 それでもモーガンは知っていた。
「ええ・・とっくに・・いつも胸ポケットに入れている振りをなさっていたことも・・・」
「フッ・・・・あれは・・母さんのだ・・・」
モーガンは、今現在レイモンドが母と呼べる人を想像して、ただ頷いた。
あなたがそういうものを持っていてはいけません」
そう言ってモーガンは手を差し出し、私の手から銃を受け取った。
「それより・・モーガン・・どうして・・ここへ?」
予測していなかった彼の出現を、レイモンドはやっと問うた。
あなたのお父上が私に命令を下されました」
「父が?」
レイモンドの思うように・・・レイモンドの指示に従えと・・・
・・ですから・・ずっと、我々はあなたの動きを追っておりました」
あれほど・・大義名分を掲げながら・・
お前達の意に反して・・・お前達を窮地に追い込むことなどに
何の迷いも無かった私が・・・
最後は・・・
たったひとつのものを救うことしか考えていなかった・・・
結局私は・・・それだけの男・・・
もしかしたら・・・
全てをライアンに奪われていたかもしれない・・」
事実そうなっていたかも知れない。
もしかしたら、その愛しいものさえ、失っていたかも知れない。
「いいえ大丈夫です・・・あなたはそんなことはなさらない。
たとえ・・一時的にそのようなことが起きたとしても・・・
必ず・・あなた自身の信念に立ち返る・・・あなたは・・そんなお方だ・・・
私は・・父上と同様に・・罪を償いましょう・・」
モーガンは潔い表情をまっすぐにレイモンドに向けた。
「モーガン・・・」
「そしていつしか許されるなら・・また・・あなたの元で・・・」
お前達が生きていける場所を必ず・・・築いてみせる」
モーガンの表情は清々しかった。
レイモンドの意に沿うということが、どのような結果をもたらすか、その全てを覚悟した
そんな顔だった。
父さん・・・
最後は・・・あなたが下したんですね
28年前・・・
本当はあなたがそうしたかったことを・・・
結局あなたが決断を下された
父さん・・・笑ってください・・・僕は・・・
たったひとりの愛しいもののために・・・
危うく信念すら曲げようとしていた・・・
あなたの決断がなかったら・・・
あなたの勇気がなかったら・・・
しかし、私は愛しいものを一に考える
そんな男でありたかった
それだけなんです
父さん・・・礼を言います
そして・・・力を貸してくださった
あなたの思い・・・決して・・・
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