mirage-儚い夢-47.誰よりも・・・
ソニーはフランク達が囚われている室内への侵入に成功すると、まずフランクに近づき、 「ライアンにきな臭い動きがあると・・情報が・・ 「ジニョンという女は何処だ!」 「急いで。ライアンです・・彼に捕まると厄介だ」 「・・・・・」 「僕があいつらをここで引き止める。その隙に向こうの窓から出ろ。 「嫌よ・・フランクと一緒でなきゃ・・」 「いいから!言うことを聞け!・・・このままだとふたりとも捕まってしまう 「レイを?」 「ああ・・ソニーが言ってた・・彼は今ここへ向かってる。もう直ぐ着くはずだ。 「でも・・」 とにかく今は・・・ 事が起こってからでは取り返しはつかない 奴らはお前を見くびってる ジニョンに何かあったからといって・・いや・・ そのジニョンに手を掛けたら最後 お前という男が決して言いなりになることはない 却って己の命までも危ぶまれるということに だから決して・・ジニョンを渡すな》 フランクはジニョンが出口に近づくを待ったように力尽きて、ドアが奴らによって蹴破られた。 「触るな・・・」 「止めて・・」 「彼女に・・触るな!」 既に手傷を負っていたフランクは力を振り絞ってジニョンを男から奪い取った。 「ごめん・・もう駄目みたいだ・・ そう言ってフランクはジニョンの上で気を失いかけていた。 「女を始末しろ!」 そこにサイレンの音がが鳴り響き、次第にここへと近づいて来ていた。 フランクは薄らぎ行く意識の中で、おぼろげに見えた人影がレイモンドであることを確認すると、 ジニョンは自分の上で意識を無くしてしまったフランクを力の限り揺すりながら、 ジニョンにはそこに響き渡るサイレンの音も、男達の慌てふためく騒動も 「フランク!しっかりしろ!」
「止めて!」 ジニョンはレイモンドの腕に抱えられたフランクを、まるで奪い取るかのように 「ジニョン!離しなさい・・救急車に乗せるんだ!」 「いや!・・いや・・連れて行かないで・・ 「怪我をしてるんだ!離しなさい!」 その時ジニョンは錯乱していた。 そして・・・
フランクがドアの反対側に位置した窓の外に視線をやると、そこに映っていた
人影の慌しい動きに気がついた。
この部屋に入った時からそこには見張りらしき男がふたりいたことは知っていた。
そのふたつの影が次々に見えなくなったかと思うと、ひとつの影の主がその窓を
音もなく静かに開けた・・・ソニーだった。
彼の手に小型の刃物をひとつ握らせた。
そして自分はジニョンを縛り付けていた綱にナイフの刃を入れた。
「急いで。・・ここを出ます」
タイムリミットは外で伸された輩を他の仲間が見つけるほんの数分間、
ソニーが早口でそう伝えた。
「レイモンドを待つんじゃなかったんですか」
できるだけ早くここを出た方がいいと判断しました
若は今こちらに向かっています、直に到着するはずです」
フランクもソニーも敵に感づかれないように気遣いながら手を早めた。
しばらくしてドアの向こうから、新たに入って来た男の声がした。
ふたりを縛り付けた綱がやっと解かれて、ソニーはまずフランクに向かって
先に窓の外へ出るよう合図した。
フランクは音を立てぬよう、少し高めに設えられた窓枠によじ登り、部屋の反対側へと
注意深く脱出した。
そしてソニーが持ち上げたジニョンの小脇に両手を差し入れると、彼女をしっかり抱きとめて
自分の腕の中に受け取った。
その瞬間、反対側のドアが開けられ、奴らの叫び声が部屋に轟いた。
「おい!・・何してる!
逃げるぞ!・・捕まえろ!」
「逃げろ!フランク・・これを!」
その時ソニーはまだ部屋の中だった。
彼は自分の拳銃をフランクに手渡し、素手で奴らと格闘していた。
「ソニー!」
「いいから!急げ!」
フランクは仕方なくソニーを部屋に残したまま、ジニョンの手を取り急いでその場を離れた。
その瞬間部屋の中から、騒々しい物音に混じって銃声が聞こえた。
フランクは懸命にその場を走り抜けながら、思わず目を閉じた。
その時ジニョンが怯えたようにフランクの手を握り返していた。
「あの人は・・・大丈夫・・・ジニョン・・・大丈夫だ・・・」
フランクは自分自身に言い聞かせるように、そう呟いた。
広い建物の中をフランクはジニョンの手を引き、懸命に走った。
今は逃げるしか、手立ては無い。
最初入って来た入り口を出ようとそこへ向かったが、丁度そこに辿り着いた時、
かなりの手合いがなだれ込んで来ていた。
そしてきっとあの場所からの無線の指示に従っているらしい男達がそこを塞いでいたため
フランクは他の出口を探して逆を走るしかなかった。
しかし、出口を探せないまま、その内に追っ手が視界に入って来てしまった。
フランクはとっさにひとつのドアを開けた。その部屋は体育館のような大きさの倉庫だった。
フランクはその中に逃げ込むと、急いでドアを閉め、そのドアに背中を押し付けた。
そして、ジニョンの肩に手を掛け彼女を自分に振り向かせると、彼女の目を見て
言い聞かせるように話した。
「ジニョン・・いいかい?よくお聞き?」
ここを出て何処かの物陰にしばらく隠れてるんだ。」
ひとりだけなら・・何とかなる
君はここを出て、レイモンドを待つんだ」
彼ならきっと君を守ってくれる・・いいね!」
「ジニョン・・これを・・」
フランクはジニョンの手にソニーから渡された拳銃を握らせた。
「フランク・・」
「もしも・・危なくなったら・・使え。使い方は・・」
フランクはそう言いながら、彼女の手に拳銃を握らせ、発射の方法だけを教えた。
ジニョンをここから逃がさなければならない
レイモンドの声がフランクの脳裏に蘇ってきた。
《ジニョンだけは奴らの手に渡すな!
奴らは気がついていないんだ
レイモンドの言葉の意味を、フランクはやっと今理解した。
ドアの外が騒々しくなってきた。
フランクは奴らが騒ぎ立てているドアを背中で力の限り押し返したまま
ジニョンを突き放した。
「時間がない!急げ!」
ジニョンの表情は不安で張り詰め、目に涙を一杯溜めていた。
それでもフランクの言うことを聞いて、反対側の窓辺に向かった。
「逃げろ!」
フランクの叫び声が広い空間にこだました。
ジニョンはフランクが気になって何度も何度も振り返った。
もう少しで出口に辿り着こうとしていた時、フランクが激しく攻撃されているのが
ジニョンの目に入った。
その時だった。
「止めて!」
銃声が広い空間に鳴り響いた。
ジニョンの手に握られた拳銃の銃口から白い煙が緩く吹いた。
そしてジニョンは自分の行為に怯えたようにそのものを地面に投げつけると
フランクの元へ駆け戻って来た。
「ジニョン!来るな!」
しかし、ジニョンは迷わなかった。
彼女はフランクの体を庇うように被い彼らの前に立ちはだかった。
その時、男達の群れを分けるようにして、ひとりの男が前に出た。
「流石・・レイモンドが惚れただけのことはある
勇気のある・・お嬢さんだ・・
しかしお嬢さん・・心配要らないよ・・
彼は我々にとって大事な人間だからね
これ以上・・傷つけたりはしない・・
しかし・・あんたは違う・・・
あんたはどうも・・レイモンドにとって大切な人らしい・・・奴にね・・
あんたを無傷で返すと約束したんだ・・
しかし・・俺は考えた・・
それじゃあ、あまりに面白くないとね・・・
あいつも馬鹿だよな・・
俺がどれほど自分のことを嫌っているか
知らないらしい・・・」
男はそう言って薄笑いを浮かべながらジニョンに近づいた。
ソニーが言っていた・・ライアン・・・その男だった。
そして走れるだけ走るとフランクは突然倒れるようにして彼女の上に覆いかぶさった。
「ジニョン・・」
フランクは腕の中に彼女を抱いたまま意識が遠のいていくのを感じていた。
彼はジニョンの耳元で途切れ途切れに囁いた。
このまま・・動くな・・ジニョン・・動くな・・
僕は・・君を離さない・・・決して・・離さない・・
もう直ぐ助けが来る・・彼が来る・・きっと来る・・
だから・・・僕の・・腕の中で・・・動く・・な・・・」
ライアンの指示で男達がフランクの体をジニョンから離そうとしたが
フランクの体はジニョンを包み込んだまま堅く閉ざし、彼らの手に負えなかった。
「無理です!こいつ・・離れません」
触るな・・・ジニョンに・・・触・・るな・・・
ジニョン・・・僕の・・・命・・・
誰よりも・・・誰よりも・・・
愛しい・・・僕の・・・いの・・ち・・・・・・・
ライアンはとっさに、自分の懐から拳銃を取り出すと迷わず、フランクとジニョンに
銃口を向けた。
その瞬間、ライアンの拳銃がその手からはじかれ飛んだ。
「無傷で返す・・そう約束しなかったか!
ライアン!」
男達が慌てた様子でその場を散り始めていたが、次々にFBIの手によって
取り押さえられていた。
ホッとしたようにジニョンを腕の中に抱いたまま薄く微笑んでうな垂れた。
「フランク・・フランク・・いやよ・・
私をひとりにしないで・・フランク・・いやーフランクー」
大声で泣き叫んでいた。
彼らが四方八方で警察の手に拘束されている様子さえも何も目に入らず、
何も耳にも届かなかった。
その時、その瞬間、彼女の中に存在したのは愛するフランクただひとりだった。
レイモンドが慌ててふたりに駆け寄り、声を掛けた。
そしてやっとの思いで、ジニョンを力の限り抱きしめたまま意識を失っていたフランクを
彼女から離した。
彼を抱きしめ離さなかった。
フランク・・フランク・・・私の・・フランク・・」
ジニョンにはそこにいるのがレイモンドだということすらもわかっていなかった。
彼女の頭の中には自分達を攻撃していた男達から、フランクを守ることしかなかった。
ジニョンもまたフランクを抱きしめたまま
フッと、精神が遠のくようにレイモンドの腕の中で気を失ってしまった。
「ジニョン!しっかりしろ!」
・・・ジニョン!・・・
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mirageside-Reymond-21
「レイ・・」
義母は不安げに私の顔を覗いていた。
私と判り合えた矢先に、自分の息子であるライアンが、私を・・そしてフランクを
追い詰めている。
たった今、フランクとソニーが部屋から走り去っていく姿を、彼女がどんな思いで見送ったか。
しかし今は私とてフランクと同じだった。
義母の思いにまで心を掛ける余裕など微塵も無かった。
「今は何も聞かないで下さい。あなたはここで待っていて欲しい。
心配するなとは言いません。ただ、私を信じてくれるなら、ここにいてください。」
私がそう言うと、義母は黙って頷いた。
私はホテルの非常出口を使って階下へ降りると誰にも尾行されないように
他の車を使って裏口から外へ出た。
ジニョンを助ける前に、あの書類を奴らに奪われるわけにはいかない。
「Mr.レオナルド・パク?レイモンド・パーキンです
フランクから連絡が入りましたか?・・」
「はい・・」
「では私が告げる場所まで・・その書類を」
「承知しました」
「ライアンを出せ」
私はレオナルド・パクと連絡を取った後でライアンに電話を掛けた。
「何のようだ・・・」
ライアンは少しだけ気を持たせるように私を待たせて、やっと電話に出てきた。
「取引をしないか」
「取引?」
「ああ・・今から私は例の書類を手に入れる」
「例の書類?何のことだ?」
「とぼけるな・・・私はお前に組織を譲る。
あの書類もだ・・
しかし・・この首謀者がお前でないとしたら」
「俺でないとしたら?」
「お前に渡す必要も無いだろう・・・予定通りFBIに渡す」
「FBI?お前・・それがどういうことか・・」
「ああ・・わかってるさ・・」
「お前・・最初からそのつもりで?組織を潰す気でいたのか?」
「そうだと言ったら?」
「そんなことが許されるとでも思ってるのか!」
「私が許した。」
「ふざけるな!・・あの女はどうなってもいいんだな」
「ふっ・・やはりお前の仕業か」≪馬鹿な奴≫
「・・・・」
「だったら・・話は早い・・本当言うと、そんなことはどうでもいいんだ
組織がはびころうが・・潰れようが・・私にはもう関係ない」
「どういうことだ」
「この前・・お前が言っただろ?この私がたかが女に手を焼いている、と・・
組織よりもそのたかが女の方が大事になった・・・
だから・・・このNYとももうさよならだ。
いいか・・
しかし本当に、彼女と引き換えでなければこの取引は成立しない。
お前の子分達にようく言い聞かせておけ
彼女にほんのわずかでも危害を加えることがあったら・・
組織も・・何もかも・・全滅だと・・」
「・・そんなことができるわけ・・」
「できないとでも?・・」
「・・・・」
「取引・・成立だな。」
「わかった・・書類と引き換えにあの女を無傷でお前に返えすと約束しよう
親父が組織の参謀にと望んだフランクはこっちがいただく」
「好きにしろ。」
ライアンにとって、私という存在は邪魔でしかない。
きっと彼は私を亡き者にしようと考えているだろう。
書類を持ってアジトへ出向いたとたん、彼の手の者に刃を向けられる
それは覚悟の上だった。
しかし、たった今彼と交わした取引が形の上だけでも成立した以上
ジニョンの安否は保障される可能性が高くなった。
少なくとも私がその場に到着するまでは・・・
ソニーにはフランクとジニョンに危害が及ばない限り、私が到着するまで待てと伝えた。
何としてもあのふたりだけは助け出さなければならない。
ソニーも同じ思いを抱いているはず。
旧友ソ・ヨンスの愛娘であるジニョンを救い出すこと、きっとそれだけを考えているだろう。
それだけに・・・
フランクと共に行かせるべきではなかったかもしれない。
ソニーという男は私に忠誠を誓いながらも、決して私の言いなりになる男ではない。
私は一刻でも早く彼らの元へ辿り着こうと
思い切りアクセルを吹かせた・・・
どうか・・・神よ・・・
もう二度と・・・
私の大切なものたちを・・・
・・・奪いたもうな・・・
mirage-儚い夢-46.永遠の微笑み
フランクはレイモンドに促がされてソニーの後に続き、部屋を出ようとした。 「フランク・・」 「どうか・・・許して下さい・・・」 しかし今のフランクには彼女のその思いを慮れる余裕など無かった。 「・・・・」 ソニーに連れて来られた場所はもう長い間使われなくなって久しいと思われる 「・・・・」 「私はしばらく外で様子を伺います・・・ いいですか?あなたは私が必ず・・お守りします 「本当に・・・」 「はい?」 「本当にレイモンドはここへ? 「信じられませんか?若を・・・だとしたら・・たった今あなたが・・ ソニーは正面を見据えたまま、静かにそう言った。 「・・・・」 「しかし・・・例え、あなたがそうなさったとしても若は必ずあれを手に入れる。 「・・・・」 「あなたが逆のお立場でもそうなさいませんか?」 「・・・・」 「今ジニョンさんの命が掛かっているとしたら・・・」 ソニーはそう言いながら、フランクに向かって温かな視線を向けた。 《よくご存知なんですね・・中の様子》 《フッ・・・人に知られたくない時に使うには・・・ 《あなたや・・レイモンドも・・こんなことを?》 部屋に入っていくと、そこには数人の男達が待ち構えていた。 「ジニョンは何処だ」 フランクは待ち受けていた男達の顔を確認するより先にそれを問うた。 「お待ちしていました・・・Mr.フランク」 「ジニョンは何処だと言ってる」 「あちらの部屋で寛いでいただいています・・ご安心を・・・」 「ふざけるな・・直ぐにジニョンを」 男達はこの部屋に六人いた。中央に腰掛けた兄貴分らしい男・・・ 「それはできません・・大事なものが届くまでは・・・」 「僕だけがここに残ればいい話じゃないのか?頼む。ジニョンは帰してくれ」 「それも無理な話です・・・わかりませんか? 「レイモンドは必ず持ってくる。」 レイモンドは必ず来る・・・ 僕は自分の口からその言葉が発せられた後で 「だったら・・僕をジニョンのそばに」 「・・・まあ・・いいでしょう・・・」 話をしていた男が周りの男達に目で合図をすると、男達はフランクの手を後ろ手に縛った。 ドアが開いた瞬間、椅子に縛り付けられ目隠しをされたジニョンの姿が目に入った。 「フランク?」 「ジニョン・・大丈夫か?」 「あぁ・・フランク・・やっぱりフランクだったのね フランクの両脇にはふたりの男がそれぞれに彼の腕を掴んでいた。 「フランク・・・」 「私は大丈夫・・・そう言ったでしょ?」 「酷いこと?・・こうして縛られてるけど・・十分・・酷いことだわ!」 ジニョンは口を尖らせて見せた。 「フッ・・君って・・・」 この非常時にきっと強がって見せているだろう君に救われる思いがした でも・・・ 「・・怖かっただろ?・・」 「・・・怖かったわ・・さっきまで・・・でも・・あなたの声が聞こえたとたん 「ごめんよ・・こんな思いをさせて」 「いや・・僕のせいだ・・」 「ごめんなさい・・・フランク・・・あなたがひとりで出歩いちゃ駄目だって・・ 「ごめん・・理由を言えなくて・・」 「でも・・レイが・・・あの人たちのボスなの?」 「いいや・・違うよ」 「違うの?」 「うん・・違う」 しかし今のジニョンにそう言いたくはなかった きっと捕まっている間 僕の言葉に少しばかり胸を撫で下ろす彼女が伺えた 大丈夫・・・ジニョン・・・ 「逢いたかった・・」 「僕も・・・」 「嘘・・」 「嘘?どうして?」 「ちっとも連絡くれなかった」 「ごめん」 「フランク・・・」 「ん?・・」 「あなたの・・顔が見たい」 「ちょっと待ってて・・」 フランクは少し離れた場所に置かれた椅子を少しずつ体で動かしながら 「ジニョン・・ここまでが限界だ・・少し左に顔を倒してみて?」 「うん・・こう?」 フランクはジニョンの目隠しに何んとか口を近づけ銜えると、彼女の頭から抜くように 辛うじて目隠しが取れたジニョンがフランクを見て、顔をほころばせた。 「髪の毛・・ボサボサじゃない?・・ふふ・・手・・これじゃあ、直せない・・」 フランクにずっと見つめられていたジニョンが我に帰って照れたように俯いた。 「綺麗だよ・・とても・・」 「また~フランク・・嘘つき・・」 「本当だよ・・だから・・お願い・・僕から目を逸らさないで」 自分達が置かれた普通ではない境遇に対しては諦めざる得ないことに、 「どうなるの?私たち・・」 「大丈夫・・君だけはきっと助けるから」 「君だけは?・・・駄目よ、フランク・・助かるのはあなたと一緒でなきゃ」 ジニョンは少し怒ったように目に力を入れて強い口調で言った。 「絶対よ」 ジニョンは今度はまるで哀願するようにフランクを見ていた。 「うん・・」 「フランク・・・」 「ん?」 「私に届く?」 「?・・・」 「キスして」 ジニョンはフランクに向かって、いつものくったくない笑顔を見せた。 ジニョンの笑顔を守りたいと言った、レイモンドの顔が浮かんだ 《あの子の笑顔は・・・ いいや・・・あなた以上にそう思ってる・・・ その笑顔のままで・・・ 僕に勇気を与えて ・・・永遠でありますように・・・
その時、パーキン夫人が申し訳なさそうな顔つきでフランクに声を掛けた。
この数分の時間の中で、夫人はきっと多くのことを把握しただろう。
そして、自分の血を分けた息子ライアンがたった今まで自分が頼りとしていたフランクと
その大事なひとを陥れようとしているらしいことも・・・。
結局彼女を振り向くこともせず沈黙のまま彼は急ぎ部屋を後にした。
「あそこです・・・」
何かの工場のような建物だった。
ソニーはそこから少し離れた所で車を止めフランクを見た。
「さあ・・行って下さい・・・ここから二つ目の建物です」
そしてあなた方の様子が伺える場所を探します
もちろん・・ジニョンさんもです
できれば若の到着を待ってあなた方を逃がす手段を講じたい・・
その方が危険が少ないかと。・・・若もその考えです
それまで決してご無理をなさらないように・・・」
本当のところ、僕達がどうなろうが・・彼には関係ないんじゃないか?
彼は今なら・・あの書類を手に入れて・・・そのままFBIへ向かうことができる
やっとここまで漕ぎ着けたんだ
自分の思惑通りに・・・事を進められるチャンスだ」
レオナルド・パクに伝えれば済むことだ。
まだ間に合いますよ・・
レイモンド・パーキンに決して書類を渡すなと・・・」
どんな手を使っても・・そう・・
例えレオナルド・パクに危害を加えてでも・・・」
そして彼はフランクに部屋の場所を教えると車を先に降りそこから離れた。
フランクはひとりで指定された場所へ向かい、入り口の前で一度目を閉じ深呼吸をすると
覚悟を決めてそこに足を踏み入れた。
《中へ入ったら・・右手に階段があります・・
そこを上がってください》
絶好の場所ですから・・》
《・・・・・必要があれば・・・》
フランクはソニーに指示されたように上階へと続く階段を上った。
指定された部屋までは二つの階段を上る必要があった。
静かな屋内にフランクが階段を上る足音だけが高く響いていた。
上階で待つ奴らはきっと、今近づいている足音が彼のものだと察しているだろう。
しかし彼は敢えて足音を忍ばせることをしなかった。
その両脇には二人の男が構えて立っていた。
彼女がいなければ・・レイモンド様が書類を持ってくる保証が無い」
自分自身もまた彼を信じていることに気がついた
「さあ・・それはどうでしょうか・・・とにかく・・彼女は書類と引き換えです」
そして一枚のドアで仕切られたもうひとつの部屋へフランクの肩を押しながら連れ立った。
「ジニョン!」
でも・・駄目よ・・フランク・・直ぐに逃げて・・」
目隠しで多分何も見えていないジニョンがフランクに向かって小声でそう言った。
僕は思わず苦笑してしまった
「フッ・・ジニョン・・・逃げられそうもないよ・・・」
「・・・そうなの?」
「おい! これじゃあ、逃げようにも逃げられないだろ!?
この仏頂面の奴ら・・部屋から出せよ!」
フランクはドアの向こうの兄貴分らしい男に向かって大声を張り上げた。
フランクの両脇にいた男達は部屋の向こうにいる男の指示で、彼をジニョンと同じように
椅子に括り付けた。
そうして・・・
奴らは僕を睨み返しながらしぶしぶ部屋を出て行った
「ジニョン・・・」
「・・良かった・・君が無事で・・・」
「奴らに酷いことはされなかったかい?」
何だか・・不思議に勇気が沸いてきた」
「あなたのせいじゃないわ・・・」
あんなに言ってたのに・・
ジョルジュにも・・レイにも・・言われてたのに・・
ごめんなさい・・ごめんなさい・・ 」
厳密に言えば・・・
あの男達のボスはレイモンドに他ならない
奴らの会話の中にレイモンドの名前が出ていることを
ジニョンがどれほど心配していたか・・・
レイモンドは君が思っているような男に・・・違いないよ・・・
ジニョンの近くへと移動させた。
それを引っ張った。
フランクもまた、彼女の瞳に逢えて胸が熱くなるのを感じていた。
ふたりはしばらく声も出さず、見つめ合ったまま苦笑いを浮かべていた。
互いに溜息をつきながらそれでも、今ここにふたりでいることに安堵を覚えていた。
「・・・そうだね・・」
ジニョン・・・君って人は・・・
何としても守らなきゃならない》
そう思っているのは僕も同じだ
《その笑顔の先には君が必ずいなければならない・・
それを忘れるなよ・・》
忘れるものか・・・
ジニョン・・・どうか・・・
フランクはさっき彼女の目隠しを取った時のように体を伸ばし、やっと届いた
ジニョンのまぶたに祈りを込めてそっとくちづけた。
君のこの笑顔が・・・
必ず僕の前に・・・
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mirageside-Reymond-20
mirage sidestory-Reymond-20
彼に殴られでもしたら・・・少しは心が軽くなっただろうか・・・
君達を利用した
ジニョンを・・・利用した・・・
君達に会うまでは本当にそれだけのものだった
そうなんだ・・・
最後までそうだったなら、どんなにか良かっただろう
「結果的に・・・君がソウルホテルを救ったことになる・・
だとしたら・・ジニョンの父上も文句はあるまい」
そんなこと・・・
君が望むはずもないこともわかっている
君という男が・・・
幼い頃に受けた大人の仕打ちに対して
どれほどの嫌悪を抱えているだろうこと・・・
誰にも負けまいと・・・
虚勢を張って生きてきただろうこと・・・
この私には痛いほどに理解できる
しかし
こうして私が君をわかった風に論じることも
きっと君は恥辱と感じるのだろう・・・
そんな君が愛おしい・・・
そう言ったら・・・余計に怒るか?・・・フランク・・・
しかし・・・これは・・・
どうしても君には飲んでもらわねばならない
君の・・愛するジニョンの為にも・・・
「若!大変です・・ジニョンさんが・・」
連打される部屋のチャイムと同時にソニーからの携帯電話から聞こえた彼の緊迫した声に
実際の私はかなり動揺していた。
しかし、フランクの尋常でない様子を前に、私は冷静にならざる得なかった。
私までもがうろたえるわけにはいかなかった。
私が・・・
彼らを必ず守りきらなければ・・・
「いいか・・決して逆上するな。これは大事なことだ・・よく聞け。」
君は決して手を血で染めてはいけない
それを恐れるほど、彼の目が怒りに震えていた。
頼む・・フランク・・
ジニョンの為にも冷静になれ・・・
あの子の笑顔は何としても守らなきゃならない
わかるな・・
その笑顔の先には君が必ずいなければならない・・
それを忘れるなよ・・
フランク・・忘れるな・・・
あの子の笑顔は君しか見ていないということを・・・
決して忘れるな・・・
いいな・・・
君はただジニョンを守れ
そして何があっても
ジニョンだけは逃がせ・・いいか!
「一人残らずお前達の息の根を止める・・
覚えておけ・・・
奴らだけじゃない・・・あんたもだ・・・
あんたも・・・決して・・・許さない・・・
何処へ逃げようが・・・必ず・・・」
ああ・・フランク・・そうしよう・・・
何処にも逃げはしない・・・
ジニョンにもしものことがあったなら・・・
その時は・・・
私は必ず君の手で・・・
・・・この世から姿を消そう・・・
mirage-儚い夢-45.狂気
レイモンドはフランクに対して今までの非礼を詫びた上で、自分の堅い決心について 今回のソウルホテルの買収に関しては飽くまでもフランクを奮い立たせることが目的であったこと。 「君が怒るのも無理はないな・・・ 「ふざけたことを!・・人を馬鹿にしてる」 「・・・・」 「君達への詫びと言ってもいい。私は自分の思惑の為に、君達を利用した」 「利用?・・ジニョンも?」 「ああ・・ジニョンも利用した」 「!・・・」 フランクは突然彼に殴りかかりそうになって直ぐにその拳を戻した。 「殴らないのか・・・」 「・・・・・」 そこへ、部屋のチャイムがけたたましく鳴り響いた。 電話の主もチャイムの主も、部屋のドアの前で待機していたレイモンドの側近ソニーだった。 「たった今・・連絡が・・・」 「それでジニョンは!」 「何やってる!見張っていろとあれほど!」 レイモンドが横から彼を怒鳴りつけた。 「申し訳ございません!若い者が目を離した隙に・・ その瞬間、フランクの顔面が蒼白になっていた。 「いえ・・まだです・・しかしきっと・・直ぐに・・」 フランクが彼らの話もそこそこに部屋を出ようとした。 「探しに行く。」 「何にもならなくても!こうしていられない!」 「落ち着け!君らしくないぞ!もう少し待て・・奴らの目的は 「どうしてそんなことがわかる!これも・・お前のせいだ! ・・・そうなんだ・・・ 自分が欲するものの為ならば・・・ フランク・シンという男が 愛するジニョンを奪われたが最後・・・ だから余計にジニョンが・・・危ない・・・ その時・・フランクの携帯電話の着信が鳴った。 ジニョンの声はそれきり何かで封じられたかのように聞こえなくなった。 「誰だ!」 「状況は既におわかりのようですね 「ジニョンに何かあったら・・」 「それはそれは・・」 「冗談だと思うなよ・・どんなことをしても・・ 「・・・・」 「レイモンド様・・お話が出来て光栄です・・・ 「ジニョンは無事だな・・もう一度彼女の声を聞かせろ」 「ライアン様はこの件に関しては関係ございません」 「高みの見物か・・ライアンに伝えろ。覚悟をして待っていろと」 「レイモンド様・・ここにいる女性、あなたにとってもいい人なのだとか・・ 「わかった。・・・かならず差し出す。その代わり、ジニョンに指一本触れるな。 「さて・・まずどうすればいい」 「・・・・・・あ・・フランク・シンに・・・まずこちらへ来ていただきます 「ふたつと言わなかったか?」 「申し訳ございません・・・これが一番重要なことでした 「わかった。」 電話の趣旨はそばで聞き耳を立てていたフランクにも通じていた。 「フランク・・場所はソニーが案内する・・一緒に行け
具体的に話をした。
結果的に自分が押さえたソウルホテルの債券はフランクの言い値で彼に譲る用意があることを告げた。
「・・・・・」
その間、フランクは口を閉ざしたまま、レイモンドを睨みつけていた。
しかし結果的に・・・君がソウルホテルを救ったことになる・・
だとしたら・・ジニョンの父上も文句はあるまい」
レイモンドの言い方は至って淡々としていた。
正直彼への憤りを抑えることはできなかった
しかしどうしたというのだろう・・・
さっきまで目の前で繰り広げられていた彼と夫人の愛憎劇が
僕の怒りを鎮めていくような錯覚を覚えていた
それでも・・・
「勝手なことを言うな。・・・僕にはそんな小細工など・・必要ない」
「そうこだわるな・・」
「こだわり?」 彼のひと言ひと言が癇に障った。
「そうか・・しかし困ったな・・・私はあの債券は君にしか譲らない
君が受けなければ・・結果として
ソウルホテルは人手に渡るぞ・・いいのか」
レイモンドの理不尽極まりない発言にフランクは思わず声を荒げた。
「してない。」
彼の僕を見る目には一点の濁りもないことを僕自身、認めざる得なかった。
利用した・・・
そう迷わず言ったはずの彼の目が、決してそうではなかったことを如実に物語っていたからだ。
「殴りたい・・・」
「そうしろ」
彼は本当にそうして欲しいという目で僕の目を見据えていた。
しかし僕は、決して彼の望みを叶えなかった。
僕はわざとらしく乱暴に音を立てソファーに腰を下ろした。
そうやってまるで・・・
絆されそうになる彼の目から逃れでもするかのように・・・
「・・・・・」
「とにかく・・今はあの資料を一刻も早く・・FBIに・・その後のことは後で話し合おう」
それと同時にレイモンドの携帯電話も鳴った。
電話を受けるや否やレイモンドが慌てたように、部屋のドアに向かった。
そして彼はドアを開けるが早いか、ソニーに向かって怒鳴りつけた。
「どういうことだ!」
彼らふたりの表情が緊迫した様を呈していた。
レイモンドの口から「ジニョン」の名前が出ると、今度はフランクが矢のように素早く駆け寄り、
ソニーの首根っこを締め上げた。
「ジニョンに何があった!」
ソニーはそれを振り払うでもなく、言葉を続けた。
「連れ去られました」
ライアンの手のものです」
彼らのやり取りが次第に遠くに聞こえてきた。
頭の中が真っ白で、何かが僕の思考回路の邪魔をした。
「それで・・何か言って来たか・・」
「何処へ行く!フランク・・」
レイモンドはフランクの腕を掴み、彼の動きを制した。
「待て!何処を探す!当てもなく探して何になる」
あの書類と君だ・・
その二つが揃わない限りジニョンは無事だ」
お前さえ・・」
フランクはレイモンドに詰め寄り胸倉を掴んだ。
「わかってる・・とにかく待ってくれ
ジニョンは必ず無事で君の元へ返す。必ずだ・・私を信じてくれ・・」
レイモンドはフランクを落ち着かせることに努めた。
正直言ってレイモンド自身、現在の状況下の中で、ジニョンに何事も起こらない保障は
どこにもないことを懸念していた。
認めたく無いマフィアの実態がレイモンドの脳裏をかすめていた。
マフィアというものは
相手を恐怖に陥れることで、いいなりになることを
余儀なくさせる
しかし・・・
決して彼らの思い通りにならない男だということを
彼らは余りに知らなさ過ぎる
フランクは・・・
奴らのいいなりになるどころか
全てを破壊しかねないことを・・・
彼がマフィアの定義に外れた男だということを・・・
彼らは知らなさ過ぎる・・・
フランクはそれでも、レイモンドの言うように今動くことが得策でないことを理解するしかなかった。
「フランク!」 ジニョンの声だった。
「ジニョン!」
そして、突如聞きなれない男の声が耳に届いた。
「フランク・シンさんですね」
ご安心ください・・彼女は大切にお預かりしています」
「・・・・」
「もしもジニョンに何かあったら・・・覚悟しろ。
係った人間一人残らず・・・」
生涯を掛けて・・何処までも追いかける」
興奮を抑え淡々としたフランクの言葉と声色はそばにいたレイモンドやソニーまでもが
背筋が凍るほどだった。
フランクは見るからに常軌を逸していた。
「フランク・・代われ」
レイモンドがフランクの電話を急いで取り上げた。
「レイモンドだ・・条件を言え」
条件は二つ
それは言わなくともおわかりですね」
「フランク・・・私は大丈夫・・」
ジニョンの小さな声が届いた瞬間、レイモンドの胸が締め付けられた。
「もういいでしょう?」
「彼女に危害は加えていないな」
「もちろんです・・・大切なお預かりものですから」
「ライアンは何処にいる」
その為にも・・
フランクと書類を差し出して頂きましょう」
もしも彼女に何かあったら・・・」
「彼女に何かあったら・・・あなたが黙っていませんか?」
「フッ・・・私を甘く見てるのか?・・・
しかし・・残念だな・・きっと恐ろしいのはこの私じゃない
覚えているか?・・・さっき彼が言っていた・・・
冗談だと思わない方がいいぞ。奴なら必ず・・・
一人残らずお前達の息の根を止める・・
その為なら・・・恐らく地の果てまで探しぬくぞ・・私が保証しよう。」
レイモンドは相手の男に覚悟して待っていろ、と言わんばかりに凄みを利かせていた。
「・・・・・」
そしてあなたがその後で・・書類を手にご足労ください
彼女と引き換えに・・・それで如何でしょう・・・それからもうひとつ・・・」
あなたには組織から退いて頂きたい」
「えっ?」
「わかったと言ったんだ・・・容易いことだ。」
しかしフランクは一向に口を開こうとしなかった。
いいか・・決して逆上するなよ
これは大事なことだ・・聞け
君は決して余計なことをするな
必要とあればそれはソニーがやる
あの子の笑顔は何としても守らなきゃならない
わかるな・・
その笑顔の先には君が必ずいなければならない・・
それを忘れるなよ・・
ひとつだけ、言っておこう
奴らの目的は君だ。
君に手を掛けることはない・・しかし・・
奴らにとってジニョンの存在は重要じゃない
どういう意味かわかるな・・・それだけは認識しておけ
いいな・・・私が行く前にもしも
ソニーがチャンスを作ったらふたりで逃げろ。
君はただジニョンを守れ
そしてもしも・・・上手くふたりで逃げられなかったら・・・
それでも・・・何があってもジニョンだけは逃がせ。
いいか!」
フランクは呆然としていた。レイモンドの言葉をまるで理性の外で聞いていた。
今のフランクは誰が見ても、決して冷静な精神状態とは言えなかった。
レイモンドはそれを懸念したようにフランクの目を食い入るように覗いて念を押した。
「いいか、お前は何も行動を起こすな。ただジニョンを守れ、いいな。」
しばらく口を閉ざしていたフランクがやっと口を開きレイモンドに向かって静かに呟いた。
「・・・さっき・・奴らに言ったな・・・」
「?・・・・・」
「“冗談だと思わない方がいい。一人残らずお前達の息の根を止める”
・・・そう言った・・・」
「ああ・・言った・・」
「覚えておけ。奴らだけじゃない・・・あんたもだ・・・
その時は・・・あんたも・・・決して・・・許さない。」
フランクの目は激しい怒りに燃えていた。
ジニョンにもしものことがあったなら・・・
ひとり残らず息の根を止める
例え、何処へ逃げようとも・・・
誰ひとり逃がさない
誰ひとり・・・
・・・許さない・・・
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