IHクッキングヒーター
後期高齢者医療制度がはじまりましたが、なんだか混乱をしています。年金からの天引きがうまくいかなかったり、送付されてきた保険証が誤って捨てられてしまっていたとか、制度がわかりにくいとかetc.。これは高齢社会となった日本で膨大になった医療費をなんとかしなければとはじまった改革の一つでした。国民医療費は年間で31兆円とか。その負担を誰が担うかということなんですが、老人医療費の1割負担、被保険者の3割負担ときて今回の制度なんですね。自己や保険負担が増えたり、介護保険がはじまったこともあってか、ここ数年31兆円から増加しなくなってきたようです。そのことを無駄遣いがなくなったと単純に考えていいのかわかりませんけど・・・。
先日、介護ロボットの開発のニュースを見ました。寝たきりの方を持ち上げるのに手助けしてくれるとか、食事の介助をしてくれるとかいうロボットが出ていたと思います。介護する人の負担を軽減するための開発であると確か説明していたと思います。また、次世代ロボットの開発には産学と文科省も協力していて、その研究費は10億円ということをネットで読みました。高齢化社会や少子化による労働力不足問題を解決するための策ということなのでしょう。
確かに病に倒れたり、年齢が高くなって独りで生活するのが大変になっている方たちは増えていると思います。また、寝たきりの家族を抱えていると昼夜の世話が必要で介護している方が疲労して健康を害することもあります。身体が壊れないまでも精神的な負担も大きいと思います。
実は反対に、ロボット開発によって18年後には350万人が失業する恐れがあるというニュースもありました。日本の2007年2月の完全失業率は3.9%とか。完全失業率というのは「働く意志は持っているが所得が伴わない状況の人の割合」ということで〔完全失業者数÷労働力人口〕で算出しているそうです。年代別にみると15~24歳が7.7%と最も多く、次が25~34歳で4.9%となっているようです。これは【総務省統計局 労働力調査】で知ることができます。面白くないかもしれませんが、興味があったら下記ページをどうぞ。
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.htm
若い方の失業率が高いのは何十年も前からで、理由は働く意欲云々ということだけではないと分析されています。失業率と産業構造を合わせて研究した論文によると、建設業、卸売り・小売・飲食店業、サービス業といった業種の多い地域で若者の失業率が高く、製造業が多いと失業率が低いのだそうです。前者は臨時雇用が多いからということでした。下記ページの『若者失業問題と地域の産業構造』に書かれています。
http://www-cres.senda.hiroshima-u.ac.jp/publications/bulletin/kiyo/vol16/abstract16.html
私が何を考えたかというと、介護ロボットを作るよりも介護する人を増やすシステムがうまく機能するところにお金がかけられたらいいなあと思ったのです。人が人を支えて生きるというのは物を提供するってことではないような気がします。体温の伝わる手や言葉や心を直接人に提供できないものでしょうか。介護ロボットではなく、自立した生活を支援するロボットの開発は賛成できます。でも、介護する人の代わりロボットに多額をかけるのなら、介護する人を増やすということにお金をかけたらどうだろうって思ってしまった私です。
日本人はロボットが好きなんですかね。文部科学省の「平成12年版科学技術白書 第1部 21世紀を迎えるにあたって」の〈21世紀の科学技術―夢と希望を語ろう〉に寄せられた意見に下記のようなものがありました。
「未来理想図」 黒田 (高等学校2年)
人類は科学技術の発達によって、宇宙開発、インターネットなど多くの空想を現実のものとしたが、「ロボット」はまだつかみきっていない。各種工場ではロボットは結構な量が活躍中だが、地雷の撤去など人間にとって危険すぎる作業にロボットパワーを推薦する。簡単ラジコンの「お遣いロボット」で、自宅のテレビの前で買い物を楽しめるようになるだろう。安心して介護の受けられる、年齢、性別を自由に選べる「介護ロボット」はどうだろう。少子化問題も解決するかもしれない。そんなロボット社会の未来は明るい反面、人は運動不足で肥満化し,失業率は増加し、人々は働く喜びを失ったり、友達ロボットによって他人とのコミュニケーションがとれない子供が多くなるといった問題が起こらないか。新しいものには必ず問題が伴う。私は、技術の変化についていくのではなく、科学技術を地球の生態系にうまく適応させていく社会を期待する。何が進歩で何が退歩か見極める目を、私達が持つことが重要である。
すばらしい視点をもっています。当時高校2年生だった彼女、もう大学を卒業して社会に出ているでしょうか。きっと人を大切にする人になっているんじゃないかなあと思います。
|
今日の写真は我が家のキッチンのIHです。我が家は亡くなった父の考えでオール電化になりました。ガスは消し忘れると危険だからということです。そういえば、年をとった母はガスコンロで鍋を焦がしたり、エプロンを焼いたりしていました。 |
【追記】母は孫もこれなら危なくなく使えると言ってました。でもそれは“火”の使い方を間違えると危ないんだということを子供に教えられないということになってしまう。安全は進歩なのか退歩なのか。
桜満開・・・ふう(桜によせて追記)
「いつにする?」「早くしないとね」
何かというと、この時期ですから“お花見”のことに決まってます。例年より1週間は早いでしょうか。日に日に桜花が増えて、街は華やかな色合いになっています。
今日、ちょっと公園を通る機会があったので撮影。職場の皆に現在の桜の様子を見せようと思って・・・。結局、天気が良かったため撮影を楽しんでいたということかな。
上のアングルがお気に入りです。す~~~っごくたくさん咲いているようでしょ。レンズをズームにして遠くのものを近くに引き寄せるようにしました。そうしたら花が重なるように写って、満開のようです。
同じ場所で広角にすると↓のようです。
結構咲いてはいますが、まだ満開ではありません。花見スポットの桜の木が密集している場所ではなく、公園出口にある1本の桜です。他にもこんな風に↓写してみました。
夜桜で一杯やりたくなってきましたね。ただ、公園の花見スポットに“コンロ等火気使用禁止”という看板があったのが気に入らなかったです。夜は寒いのだから、温かな食べ物、飲み物を用意するのは当たり前じゃないですか。どういうことなんだ!(;`O´)o
わが職場の花見は来週かな?火が使えないなら、別の場所をさがすか・・・。昨年はインフルエンザかかって泣いたので、今年は絶対に参加するぞと力の入っている私でした。
《追記》
父の日記がありました。その昨年の4月4日、「〇△(私のこと)インフルエンザで出勤禁止」、4月5日「〇△熱出る」とありました。ヾ(´ε`*)ゝ まさに、私が花見をあきらめたその日の日記です。
毎日ほんの数行、天気しか書いてない日もあるのですが、ほとんど毎日書かれていてびっくりです。出てきたのは1983年のものと1995年前後、それからここ数年分です。亡くなる2週間前まで書いてありました。
仕事の内容であったり、「洗車した」とか「TV見た」とか「庭の手入れ」とか「夏本番」とか「甲子園決勝戦」とか日常まで様々。その日の中で印象に残ったことを書いてあるようです。中には「〇△(私のこと)機嫌悪い」とかもあって、ε=ε=ε=ε=ヾ(;◎_◎)ノ
父の生きてきた歴史が写真ではなく、生で残っているような感覚に襲われました。
ところでこの歌が好きです。
さくら さくら 今、咲き誇る
刹那に散りゆく運命と知って
さらば友よ 旅立ちの刻
変わらないその想いを 今… 【森山直太郎 「さくら」より】
先日、宮城県第三女子高等学校の卒業式を直太郎さんが訪れてこれを歌った映像が、NHKの番組内にありました。「さくら」は独唱バージョンと合唱バージョンがあり、合唱バージョンに参加しているのが前記高校の音楽部とか。卒業式に皆で歌ったら涙が出てしまうであろう素敵な歌です。
↓はその時の番組ではありませんが、4分頃から合唱バージョンが観れます。
http://youtube.com/watch?v=CG90UYrAwaY&feature=related
早咲きの桜
暖かくなりました。花粉症の方々は大変な時期に入ってきたのでしょうね。お大事に・・・。
暖かな陽射しを浴びて外出すると、ついカフェで一息着きたくなるのがコーヒー中毒の私です。平日の日中のお店は空いています。私の寄ったカフェは役所の横にあるので、帰りにちょっと寄ってお話をしていると思える年配の方が数人いらっしゃるだけでした。
今回、私はわざわざ日の当たる席を選んで座ってみました。まぶしいくらいの陽が宝物のように思えたのです。そしたら・・・暑いε-(´o`;A アチィ。髪の毛が焼けそうなくらいでした。それを見たお兄さんがわざわざブラインドを下ろしに来てくれました。ありがとう。
窓から差し込んだ光はテーブルに影をつくっていました。それが左の写真です。ガラスに書いてあるカフェのメニューがテーブルに映っています。 子供のころ日光写真というものを造ったのを思い出しました。学研の「科学」の付録によく付いていました。確か感光紙に影を写すんじゃなかったかなあ。なんだかやってみたいですねえ。 |
学研の「科学」は大好きで定期購読していました。雑誌本体よりもなんたって付録です。いろんな実験セットがあって、毎回楽しみにしていたと思います。虫眼鏡で紙を焼いたり、果汁であぶり出しをしたり、注射器みたいなもの(虫を何かしたのかな?)があったり・・・。危なげな怪しげなものもあったかな。
現在「大人の科学」とかいうのがあるようですね。きっと私のように昭和40~50年代に「科学」を購入していた人たちが面白がっているのじゃないでしょうか。小学生の頃に戻って遊んでみるのもいいかもしれません。きっとすごく夢中になっちゃうかも。
上の写真は3月6日に見つけた桜です。近所の小学校の校庭に咲いていました。桜の花弁で太陽の光をさえぎった角度での撮影です。花弁に影が写り立体的できれいだ・・・と自画自賛です。
写真を撮影する時に写すものの配置や構図を考えますが。光や影をどう使うかもちゃんと考えなくちゃいけないなあと思います。難しいんですけど・・・。
もうすぐ小中学校は卒業式の季節ですね。
コンデジ
新しいコンパクトデジカメを手に入れましたヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ“IXY DIGITAL 910IS”です。すっきりIXY10も惹かれましたが、手振れ補正と広角は捨てられなかった~。画素数は800万だし、日常風景の撮影には十分な機能です。うーん贅沢。
今度のはファインダーがありません。その分、液晶モニターが大きく広がっています。だいたい、コンデジでファインダーを覗いたのは、晴天の日、太陽光が強くて画面がうまく見えなかった時だけですから、いらないなって思いました。それに、ファインダーと液晶モニターの視差があったし、ピントがあっているのかどうかわからないし、信じられなかったですからね。ただ、液晶が大きいって事はバッテリーの消耗は激しいってことでしょうか。
進化していろいろな撮影設定ができます。さすがデジタルですね。 面白いなと思ったのは一つの色を指定して、それだけカラーにする“ワンポイントカラー”というものです。左のようになります。こういうことは撮影した後でも様々な画像編集ソフトを使えばできるものなんでしょうね。 それよりも普通にマニュアル撮影がうまくできるよう早く操作を覚えなくちゃ。 |
とりあえず試し撮り。歴代のMy Cameraを並べて撮影してみました。扱い方が粗いためかどのカメラも傷だらけです。すまないねえ。
一番手前が壊れた“IXY50”で、後ろは一眼レフたち。IXYのすぐ次にあるのが、時々出動する“EOS Kiss DIGITAL”。その後ろがフィルム用の“EOS Kiss”。パノラマ撮影(上下を切るってやつ)のスイッチがついていて、時代を感じます。もちろんまだ使えます。一番後ろが“EOS700QD”で、フィルムの巻上げの爪が磨耗してすべるので、もう使っていません。
そういえば液晶の壊れたIXY50ですが、ファインダーを覗いて撮影したら使えましたね。右の写真、新しい910ISを50で撮影してみました。どんな設定になっているのかは撮影結果を見て初めてわかるのですが・・・。 |
|
こりゃ捨てられないね≧(´▽`)≦アハハハ
夜の道路
大変です!Σ(T▽T;) コンパクトデジカメが壊れてしまいました。いつもバックの中にあり、残したい風景に出会うとさっとシャッターを切ることができた私の大事なお供“IXY DIGITAL 50”。2005年の春に購入してから約3年間、よく働いてくれました。
昨年から少し不具合があったんです。ズームレバーを動かしてもズームがうまく作動しないとか、動画と静止画のスイッチが甘くなってしまったとか・・・。そして、とうとう液晶がダメになってしまいました。昨日スイッチをいれたら真黒に数本の線しか映らないのです。バックの中で何かと液晶がぶつかってしまったのかしら?カバーをつけていなかったからなと反省。
これが初めてのデジカメでした。もともと一眼レフを使っていた私。デジカメなるものに抵抗感があり、ちょっと敬遠していました。でも、元来写真を撮ることが好きですから、小さくて携帯が便利なコンパクトデジカメは魅力的でした。パソコンを買い換えて画像編集が容易にできるようになったこともあり、コンデジが1台あってもいいのではと購入を決意したのです。
購入時はすでに“IXY DIGITAL 55”が発売されていましたが、画素数が100万少ない(50が400万、55は500万)ことと、液晶が小さいことくらいだったので、安い旧モデルにしました。それでも不具合はなく、十分でした。
この写真は昨年の9月、京都へセミナーに出かけた時に撮影したものです。こんな風にいつも持ち歩き、通勤の途中、宴会でワイワイしている時、街をブラブラしている時・・・本当にどこでも活躍していました。これからどうしましょう(~ヘ~;)ウーン。携帯電話のカメラ機能も性能がよくなって、結構使えるのだと思います。デジタル一眼レフも買っちゃったし、コンデジを新しく購入すべきかどうするか・・・。なんてことは悩みませんでした。購入するんです!!しない選択は私にはありません。しかも、またCanonのIXYを。その理由は、デジタル一眼レフが同じCanonのEOSなのでインターフェイスのケーブルもソフトも同じものでいいからなんです。もちろん、IXYの操作に慣れているからっていうことあります。
悩みは何を購入するかってことです。機種としてどれにするか。これまでと同種の“IXY DIGITAL 10”か上位機種の“IXY DIGITAL 910IS”で悩んでいます。一眼レフをもっているのだから、高度な機能を搭載したコンデジはいらないのではないか・・・。
“IXY 10”は“50”とほとんど変わらないのでこれまでと同じように使うことができます。実はやや性能が上でスリムで軽いのです。しかも、付属品のバッテリーパック&充電器が“50”と一緒ですから、無駄なく使えます。
上位の“910IS”の魅力は広角28mmが撮影できるっていうことと、光学手ブレ補正がついているということです。広い視野の風景写真や宴会などの狭い室内での集合写真には28mmが便利です。また、自転車に乗っての通勤途中、夕暮れや夜に風景を撮影したくなることがあり、そんな時に手ブレ補正は発揮するでしょうね。それから、画素数が“10”より100万ほど上で、値段は1万円くらい高いですぅ。
実はIXYシリーズはもう一つ上位の“2000IS”というのがあるのですが、そこまではいらないかなあって思っています。
上の写真は以前撮ったものです。仕事帰り、満月が出ていたのでそれ撮影したかったのです。上の方の白い光の塊が満月だったのですが、うまく撮れず・・・。それよりも道路を走る車のライトが線になってきれいです(ぜひクリックして大きく伸ばしてみてください)。記録された撮影情報によると、シャッタースピードは1秒です。手振れ防止のために電信柱の横の箱のような台の上にカメラを載せ、セルフタイマーを使いました。
これまでもブログで“IXY50”の写真はたくさん使ってきました。掲載していないもので一番すきなのは下記の写真です。車のフロントガラスについた霜を写しました。後ろは富士山です。2005年の12月、温泉に遊びに行った時に撮りました。
さて、私はどちらのコンデジを買うでしょうか。
[1] [2] [3] [4] [5] |