2010/11/15 08:47
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-9.半身への涙

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「レオ・・・ドンヒを探してくれないか」
「妹か・・・しかし韓国を離れたのが二歳じゃな・・・
 だがやってみよう」
「頼む・・・」

 あれは僕がまだ11歳の誕生日を迎える少し前のことだった
 その頃僕には養子縁組という言葉の意味すらわからなくて
 施設の先生が優しく丁寧にしてくれた説明をただ黙って聞いていた
 結局その時僕に理解できたことは、この僕が
 韓国から離れて・・・
 家族から離れて・・・
 ひとりきりで知らない遠い国へ行く、そのことだけだった

 そのことを知った日から僕は毎日、
 施設の門の前で日が暮れるまでいつまでも立っていた

 もしかしたら・・・父さんが突然気が変わって
 慌てて僕を迎えに来てくれるかもしれない・・・
 そう思ったからだ

 汗をかきながら走って来る父さんの姿が
 僕の目の前に何度も何度も浮かんでは消えた 
 でも結局・・・父さんは現れなかった

 施設はもう直ぐやってくるクリスマスに賑わっていた
 空から舞い降りる雪が
 園庭の茶色の地面や木々の緑の枝を白くふんわりと飾り
 屋内に置かれた僕ほどの高さのツリーは
 質素ながらも子供達には煌びやかに見えた

 子供達も大人達も楽しそうに笑っていた 
 そんな中僕は、不思議と冷静で、少しの涙も流すことなく
 ひとり心の中で父さんを諦めた

 そしてとうとう僕がアメリカに渡る日がやってきた
 その当日の朝、
 僕は施設の先生に黙ってドンヒに会いに行った

 彼女と別れて半年が経っていた
 僕にとって、今となっては唯一の家族だったドンヒ・・・
 最後に一度だけ、彼女にどうしても会いたくて・・・
 僕は早朝の施設の門をよじ登った

 彼女はまだ本当に小さくて、僕のことなどとうに忘れていた
 僕がドンヒを抱きしめると、彼女が急に泣き出してしまって
 あの時僕は本当に慌ててしまった・・・
 彼女はきっと何もわからず、ただびっくりして
 泣いていたのだろう
 でもその時の僕には、彼女が僕と同じ気持ちで・・・
 僕と別れることが悲しくて泣いているように思えた

 そしてその時僕は彼女を強く抱きしめてこう言った
 ≪ドンヒいいかい?・・・
  いつか必ず父さんが君を迎えに来てくれる
  その時まで泣かずに待っておいで・・・いいね、ドンヒ≫

 あんなに小さかったあの子を・・・
 あんなに泣きじゃくっていたあの子を・・・

 子供だった僕はなすすべもなく置き去りにした
  
 どうして僕は・・・探さなかったんだろう
 もっと早くに・・・あの子を探さなかったんだろう・・・

 ドンヒ・・・君はあれから・・・幸せに暮らしたかい?
 今も・・・あの日のように、泣いてないかい?

 ごめんよ・・・
 君を置いて来てしまった僕を・・

 許して・・・ドンヒ・・・


フランクの奥深くに沸き上がった燃え滾る父への怒りが・・・
いつしか自分自身のそれへと変わっていた。




  

≪韓国へ来て、初めて君を待っていたのはここだった≫
フランクはジニョンを想いながら、スターダストの二階の席を
ひとり陣取っていた。

「どこなの?」 
ジニョンの声が下から届いて、フランクはにやりと笑った。

「いないじゃない」 
先刻従業員に向かって、睨みを効かせた成果がやって来て
下で自分を探していることに、フランクは言い知れぬ喜びを
感じていた。
そして彼は手摺りにもたれながら微笑み、彼女の姿を追った。

 ≪ああ・・・やっぱり君は・・・僕の・・・≫

「あ・・・」
フランクにやっと気が付いたジニョンが、困惑の表情の中に
隠した喜びを瞳に偲ばせながら、二階へと上がって来た。
フランクはそれを確認すると、ゆっくりと席に着いた。

「呑みすぎではありませんか?お客様」
そう言ったジニョンの言葉は決して尖ってはいなかった。

「やっと逢えましたね・・・」 
フランクは彼女のその声に安堵して、彼女を見上げた。

「えっ?」

「ずっと避けられてたから・・」

「そんなこと・・・」 

「あったでしょ?」 
彼は彼女を悪戯っぽい目で下から覗き込んで言った。

「・・・・・」 ジニョンは言葉に詰まっていた。

彼に逢う度に切なく揺れてしまう自分の心を持て余して、
彼を避けていた。それは事実だった。
でも・・・本当は・・・
≪逢いたかった・・・凄く・・・逢いたかった・・・≫

「一緒に呑みませんか」

「それはできないこと、おわかりですよね、お客様
 それにもうここは終了しました・・・従業員が困ってます」

それでもジニョンはホテリアーとしての務めを果たそうと
懸命に毅然とした態度を取った。

「そう・・・じゃあ、仕方ない・・・外に出ましょう」
そう言って彼は席を立ち上がると、そのまま階段を下りた。

ジニョンは慌てて彼が置き忘れた上着を手に取った。

「ありがとう・・・迷惑掛けたね」
彼は下で待っていた従業員に侘びを入れると外へ出た。

ジニョンも彼の後に続いて、小走りに追いかけた。

「寒くないですか?」 
ジニョンは手にした上着を示して彼に言った。

「ああ・・忘れていた・・」 
彼は上着を彼女の手から受け取ろうとした。

彼女は少し照れた表情で、その上着を彼が袖を通せるように
その場で広げた。
彼は嬉しさを口元に小さく現して、彼女のその行為を受け入れた。
「・・・ありがとう」

ジニョンは彼の肩に上着を掛けながら、彼の背中を見ていた。
急に何かが胸に込み上げてきて、涙が出そうだった。

≪この背中に素直に頬を寄せられたら・・・≫
そんなことを思ってしまった自分の気持ちを打ち消すかのように
彼女は彼の後ろで首を横に振った。

そして彼の横に並んで、努めて明るく言った。
「酔ってらっしゃいますね・・大丈夫ですか?お客様」

足元がふらついたように見えたフランクの体をジニョンは
軽く支えた。

「ええ、酔っています・・・そうでもしないと
 避けられている人を呼び出す勇気が持てなかった」

「また、そんなことを・・」

「はは・・ごめん・・・酔うと愚痴っぽくなる・・・
 ちょっと飲み過ぎたかな・・・」
フランクはそう言いながら星空を見上げた。

本当は少しも飲み過ぎてなどいなかった。
「あー・・これじゃ部屋まで戻れそうも無いな・・・
 送っていただけますか?ソ支配人」

「ええ・・・お客様」 
ジニョンはとてもにこやかに彼に接していた。

「良かった・・」 
フランクは久しぶりに見た彼女の穏やかな笑顔に
心からそう言った。

その時ジニョンの持つ無線機が鳴った。
「またか・・・」 フランクはフッっと小さく笑って呟いた。

「はい・・ソ・ジニョン・・あ・・はい・・
 今、ダイヤモンドヴィラの見回りに向かっている所です・・
 あ、はい・・おやすみなさい」

無線はやはりハン・テジュンからのもののようだった。

ジニョンはテジュンにとっさに嘘をついてしまった。
その後ろめたさに唇を結んだ。

「ダイヤモンドヴィラ?・・」
「ええ、当ホテルでVIPをお泊めする施設です」
「見学はできるの?」
「え・・ええ・・・お客様がお望みなら」
「それじゃあ、案内をお願いしてもいいかな」
「あ・・・は・・い」



ダイヤモンドヴィラ・・・
そこは漢江を見下ろす高台に面し、悠然と構えていた。
夜には美しくライトアップされ、輝きを増していた。


「素敵なところだね」
「はい・・当ホテル自慢の場所です・・・
 VIPの宿泊や大きな会議、パーティーなどに使われます」

「なるほど・・僕もここに泊まりたかったな」
フランクは建物を眺めながらそう言った。

「えっ・・・」

「いや、冗談だよ・・・仕事はあそこで十分」

「そうですよ」

「中へは入れるの?」

「えっ?あ・・中は・・」 ジニョンは少し困ったような顔をした。

「また・・規則?」

「ふふ・・どうしてもご覧になりたいですか?」

「うん・・どうしても」 フランクは悪戯っぽい瞳をジニョンに向けた。

ジニョンは「じゃ」とひと言だけ言うと、ポケットから鍵の束を出して、
自分の顔の横でそれを揺らして微笑んで見せた。


そこはドアも含めて一面ガラス張りでできていて、開放感に優れていた。
中に入ると、目の前に大きなシャンデリア・靴の踵が沈みそうなほどの
ふかふかのシックな絨毯が一面の床・階段のステップすべてを覆い尽くし、
その豪華さを誇っていた。

ジニョンがホテル支配人らしく、マニュアル通りに建物について
説明を始めていたが、フランクには支配人としての彼女の声など
届いてはいなかった。

「今日・・・」 フランクが突然口を開いた。

「えっ?」

「今日、海へ行って来ました」

「オモ・・海へ?お仕事で?」

「いや」

「お仕事じゃないなら・・・」

「僕が生まれた場所に・・・」 
フランクはジニョンの目をしっかりと見つめて言った。

「・・・・」 ジニョンもまた、彼を見つめていた。
さっきまで支配人然としていた彼女の目が、突然女の目に変わった。
ふたりの間を時間が止まりそうなほどにゆっくりと動いていた。

「花を・・・どうして?」 フランクは唐突に言った。

「・・・・何のこと?」 

「10年前の或る日を境に毎月
 母の墓に花を手向けてくれる若い娘がいると聞いた」

「それが?」 ジニョンは白を切ろうとしていた。

「どうして?」 

しかしジニョンは彼の一歩も引かないという眼差しに押され、
仕方なく観念したかのように口を開いた。

「・・・・・誰からも愛されたことがない・・・
 あなたがそう言っていた」

「だから?」

「そんなはずはない・・・そう思ってた
 それも・・あなたの間違い・・
 ・・・そう思った」

「それで?」

「そしていつの日かあなたに・・・
 あなたの間違いを突きつけたかった
 自分ひとりで勝手に考えて・・
 勝手に消えた・・・
 あなたの犯した間違いのすべてを・・・
 突きつけたかった・・・でも・・・」

「でも?」

「そこには・・・
 あなたの小さな歴史があって・・・
 あなたがあの町の・・そこにもあそこにも・・・いて・・・
 私に笑顔を振り撒いていて・・・
 帰ろうとする私の手を引っ張るの・・・
 振り切っても振り切っても・・私の手を離さないの・・・」

「・・・・・」

「そしてまたあの町のあなたが私を呼んだわ
 その次も・・またその次も・・・
 いつまでも私を・・・離してくれなかった・・・」

ジニョンはそこまで話すと瞳に涙をいっぱい溜めていた。
「・・・・・」

「あなたは必ず・・・ここへ来ると思ってた
 私の元へ来る・・・そう信じてた・・
 そして・・あなたが私の前に現れたら・・・」
「・・・・・」

ジニョンは高揚する感情を抑えようと小さく深呼吸した。

「そうしたら・・・今度は私が捨ててやる・・・そう思ってた・・・
 ずっと・・そう思ってた」

「だったら・・・そうして・・・」

「卑怯ね・・・あの日・・・
 あなたが私を置いて消えたあの日・・・
 気づかなかったとでも思ったの?
 あなたがそこにいたこと・・・
 気づかなかったとでも思ったの!
 ・・・また・・私が泣いて・・行かないでって
 そう言うと思ってる」

「・・・・・思ってない」
「思ってるわ!」

「思ってない・・・」

ジニョンはもう一度今度は大きく息を吸って、長く吐いた。
そして彼女は小さな声で呟くように言った。 
「・・・・・配信シン・ドンヒョク・・・受信ソ・ジニョンssi・・・」

「・・・・・」

「さっきのメールは・・・海からだったのね」
「・・・ああ・・」

「件名・・・僕の半身へ・・・」
「・・・・・」

「内容は・・・・・・」 ジニョンはその後に打たれていた言葉を
二時間ほど前に届いたフランクからのメールに見つけて、
心を震わせていた。

「内容は・・・愛してる・・」 ジニョンの後をフランクが続けた。

「信じないわ」

「信じなくてもいい・・でも伝えたかった」 
フランクは一歩だけ彼女に近づいた。

「うそつき・・」 ジニョンは身構えて、彼が近づいた一歩を
後ずさりして距離を保つと、彼を睨み付けた。
「うそじゃない」

「私が・・・どんなに苦しんだか・・知らないくせに!」

「ごめん・・・」

「私がどんなに泣いたか・・知らないくせに・・・」

「ごめん・・・」

「あなたなんか、これっぽっちも・・・
 これっぽっちも会いたく無かったんだから!」

「ああ」

「あなたなんか!・・もうとっくに・・愛してない!」

「ああ」

「あなたなんか・・・」 
ジニョンは溢れ出る涙を堪えきれなかった。

「君に・・・逢いたくて・・・気が狂いそうだった」

「聞きたくない・・」

「君のいない世界は・・・まるで地獄のようだった」
フランクは次第にジニョンとの距離を縮めていた。

「聞きたくない!」 
ジニョンは両耳に手を宛がってその声を遮断しようとした。

「聞け!」 
フランクは彼女の手を彼女の耳から強く引き剥がした。
その瞬間、ジニョンは彼を突き放すように彼から離れた。

「お願いだ・・聞いてくれ・・・ジニョン・・」

「・・・・・」 
ジニョンは大きな瞳を涙で曇らせたままずっとフランクを
睨みつけていた。
しかしフランクはそれにたじろぎはしなかった。

「ジニョン・・ssi・・・」

「・・・・・」

「あなたを愛しています・・・」

「・・・・・」

「どうか・・・愚かだった僕を許して下さい
 僕は・・・僕はあなたがいないと・・・
 生きていけません」

「・・・・・」

「だから・・・僕の半身を・・・・」

「・・・・・」

「・・・迎えに来ました・・・」

「・・・・・」

フランクはジニョンを見つめてそう言ったまま、しばらく動かなかった。
彼の目には涙が浮かび、その一筋が頬を伝って落ちた。

彼女もまた動けなかった。震える自分の鼓動を数えながら、
吐くべき息と吸うべき息を間違えないようにすることに必死だった。


フランクは刹那にジニョンの呼吸を救おうと彼女に手を差し伸べた。

ジニョンは遠い日に愛し過ぎたその人をたった今まで睨みつけていた。
それなのにいつの間にかまるで光に吸い込まれるように
彼に近づくと、救いを求め歩み寄っていた。
気が付くと愛しくてたまらなかったその指に自分の指を重ねていた。

そしてフランクはその瞬間に、まだ躊躇いを拭い去れない
彼女の体を強引に引き寄せ抱いた。
そして彼女の混乱した呼吸を救った。

ジニョンの胸はフランクの腕の中でまだ大きなうねりのごとく
高鳴っていた。

「ああ・・フランク・・・い・・いいえ・・・お客様・・・」
ホテリアーとしての自制心と必死に戦っていたジニョンは首を
横に振りその熱い坩堝から懸命に逃れようとした。

しかし、フランクは強い力で彼女を離さなかった。

「ドンヒョク・・・」 フランクがジニョンの耳元で静かに言った。

「えっ?・・・」

「僕の本当の名は・・・ドンヒョク・・・
 前にそう教えたこと・・・覚えてる?」

「・・・え・・ええ」

「今日僕が・・・ドンヒョクだった時を歩いて来た」

「・・・・・」

「僕がずっと封印してきた名前だ」

「・・・・・」

「あの時・・・君に・・・
 そう呼んで欲しくて・・・告白した」

「ええ・・・」

彼は彼女を更に強く抱きしめて、宙を仰ぎ見るようにして
そう言った。
ジニョンもまたその日のことを思い出していた。
あの日、こうして彼に抱かれながら、彼の悲しい告白を
聞いた日のことを。

「でも君は・・・どうしても“フランク”だったね
 僕はやはりドンヒョクには戻れなかったみたいだ・・・」

「あ・・違うわ・・・私・・・」 ≪私がフランクと呼ぶのは・・・≫
 
「なに?・・・」

「・・・いいえ・・・何でもないわ・・・あの・・・
 もう・・・離して・・・ください・・・」

「離したくない・・・」

「・・・・・」

「もう少し・・・こうしていて・・・
 今だけ・・・僕を抱いていて・・・
 このままもう少し・・君と・・・揺られていたい」

「・・でも・・・」

フランクは彼女が身動きできないほどに強くその体を抱きしめていた。
彼女は躊躇いの言葉を口にしながらも、その心はとうに彼にあった。
そしてとうとう彼女は彼の肩に静かに涙を落とした。


「こうしたかった・・・」


   ここへ来てから・・・

   君に逢ってから・・・

   いいや・・・ここへ来るずっと前から・・・



       ・・・「・・・こうしたかった・・・」・・・























2010/11/11 09:26
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-8.赤い道標

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  あなたを・・・許したわけじゃないわ・・・


以来ジニョンはサファイアヴィラに顔を出してくれなくなった。
フランクが用事を頼んでも、代わりの人間がそれに対応した。
彼もまた、それに対して敢えて苦情を申し立てはしなかった。
≪待つよ・・・ジニョン・・・≫


「ボス・・・探していた人が見つかったぞ」
一枚の紙を手に、レオが神妙な顔付きで近づいて来た。

「ん?」

手渡されたその紙には少し草臥れた男の写真が写っていた。

「仕事はどうする?」

「・・・・キャンセルしてくれ」

フランクはこの日が来るのを待っていた
この人に会う日を・・・いいや・・・

21年前、自分を捨てた男の成れの果てを
見定めるその日を・・・

 


フランクはレオの運転で車を走らせ、東海を訪れた。
21年ぶりに足を踏み入れたその町は、何もかもフランクの記憶の奥深くに
仕舞い込まれ、捨て去られたかのように・・・
≪僕の胸にたったひとつの感傷も蘇らせてはくれなかった≫

この小さな町でその男が住むアパートを探すのは
簡単なことだったがそこに辿り着く前に、フランクは既に
ここへ来たことを後悔していた。

アパートを訪ねると男は留守だった。

「どうする?ボス・・・またの機会にするか」

「いや、もういい」 
フランクは彼が留守だったことにホッとしていた。

「おい・・そう言うな・・せっかく見つかったんだ・・・
 な、食事でもしていかないか」
フランクが直ぐにもここから去ろうとしていることを察したレオは、
慌ててアパート近くの食堂を指差した。

「こんな場所で?」

「まあ、いいじゃないか」
レオは気が乗らないフランクの背中を押しやって、食堂の扉を開けた。

「おばさん、食事を頼む」
レオが声を掛けると、暖簾の奥から五十絡みの女が出て来て
客用の愛想を振り撒いた。

「あら、お客さん、いらっしゃい!刺身はどうだい?
 鍋はサービスするよ」

「それを頼む」

「酒はいいのかい?」

「ああ、酒はいい・・車なんでな・・」

レオがそう言いながら、フランクを見て“お前は?”と目で
問いかけ、フランクは首を横に振ってそれに答えた。
小さくうらぶれたその店は閑散としていて、客はフランク達だけだった。

「この店はどれくらい前からやってるんだい?」 
レオが店主に聞いた。

「そうだね、20年位になるかね・・どうしてだい?お客さん・・」

「いや・・そこのアパートに住んでるシンのおじさん知ってるだろ?」

「あんた達・・まさか借金取りかい?」

「いや、違う違う、昔の知り合いなんだ」

「そうかい・・・知ってるよ、うちにも良く来る・・
 実は迷惑なんだけどね」

「オンマ・・そんなこと言わないで」
暖簾の奥から二十歳位の娘が、会釈をしながらやって来ると、
フランクのテーブルに料理を並べながら、母親を嗜めた。

「何言ってんだい・・お前が甘やかすから、
 いつも来るんじゃないか」

「おじさんは可哀想な人よ・・」 

「可哀想なもんかい!いつも呑んだくれて、
 お前が悪いんだよ
 ただ飯食わしたりするもんだから、調子に乗ってるんだ、あの親父」

「そんなこと言うもんじゃないわ・・オンマ・・
 それにおじさんは小さい頃から私を可愛がってくれたわ」

「そりゃあ、捨てちまった娘のことを思い出してるのさ」

「娘?」 
フランクが鋭い目を店主に向けると、彼女はビクリと体を堅くした。

「あ・・そういやあ、シンのおじさんには息子がいただろ?」
レオがとっさに取り繕うように店主に言った。

「息子もとっくにアメリカに養子に出しちまったんだよ、
 まったく、ギャンブルに狂って、呑んだくれて・・
 自分の子供を売っちまったんだ・・
 ろくな生き方をしてないね!あの男は」

「オンマ!止めてったら」 娘は母の腕を引いた。

「娘さんも養子に出したのかい?」 レオは再度訊ねた。

「ああ、二歳にもならないうちにね」

店主の歯に絹着せぬ言い様が全てを真実だと物語っていて、
フランクは俯いたまま言いようのない怒りに体を震わせていた。

その時急に外が騒がしくなったかと思うと、ひとりの男が店に駆け込んで来た。

「大変だ!警察を呼んでくれ!」
「どうしたんだい?」 店主が言った。
「シンのおじさんが・・家の前でやくざに絡まれてる」 
男はひどく慌てていた。

その時、その言葉を聞くや否や、フランクが店を飛び出した。

フランクがその場所に走って向かうと、さっき訪ねたアパートの前で数人の
見るからに素性がわかる男達が、ひとりの老人に殴る蹴るの暴力を振るっていた。
フランクは駆けつけて瞬時に男達の腕を掴み、無言で彼らに立ち回った。
そして男達は彼によって簡単に地面に叩きつけられた。

「何しやがる!
 俺達はこいつに金を返してもらいに来ただけだぞ!」
「金?」
「ああ!こいつが借金を返さねえんだよ!」
「いくらだ」 フランクは男の腕を後ろ手にひねり上げたまま言った。
「1万ウォン」
「1万?」 
フランクは彼らを睨みつけた後、後から追いかけて来たレオに向かって
顎をしゃくった。

レオは財布から金を数枚出すと、その男にくれてやりながら、
「もう二度とシンに近づくな。」と凄みを利かせた。

男達は過分に渡された紙幣に対して、急にぺこぺこと頭を垂れながら、
その場から逃げるように立ち去った。
老人は殴られたからなのか、酔っていたからなのか、地面に座り込んだまま、
正体を失っていた。

突然フランクはその老人の襟元を掴むと、乱暴に彼をその場に立たせた。

「1万?たったの1万?・・そんなはした金のために・・・
 あんたは・・あんたはいったい何をやってるんだ!」

フランクは言いようの無い怒りがふつふつと沸いてくる自分と戦っていた。

≪あの男達と同じように・・・
 この男を死ぬほど打ちのめすことができたなら・・・≫

「離せー、俺を誰だと思ってるんだ。俺にはなー金持ちの息子がいるんだぞ~
 金なんか、いつだって返してやるよ~」
老人が突然、フランクの腕を払って、喚き散らした。

「息子なんていないだろ?本当にもう、何やってんだか・・
 ほら!しっかりしなよ」

「おじさん・・しっかりして・・大丈夫?」

老人の両脇に、さっきの店の親子が駆けつけていた。

「うるさい!息子はいるんだよ!俺の息子はな!アメリカで成功して、
 金持ちになってんだ・・」

「そうかいそうかい」
店主が聞き飽きたという顔でそう言った。老人は尚も続けた。

「俺がそうしてやったんだよ・・
 俺があいつらがちゃんと食べて、ちゃんと勉強できるようにな・・
 俺が手放してやったんだ~
 あいつを幸せにしたのは俺なんだぞ~」

「幸せ?」 フランクが小さく呟いた。
「・・・・・」 老人はフランクの声に、怪訝な顔をして、無言のまま彼を見上げた。

「あんたに・・・何がわかる・・・」 フランクはまたも呟いた。
そして老人の胸倉を再度激しく掴んで言葉をぶつけた。

「あんたに何がわかる!
 自分を捨てた親を一生恨み続けることしかできない子供の気持ちが!
 どんなに断ち切ろうとしても、断ち切ることも出来なくて。
 死に物狂いで勉強して、仕事で成功しても・・
 余るほどのお金を手にしても!
 いつまでも拘って拘って・・誰にも心が開けない!
 幸せなんて一度も!たったの一度も感じたことがない!
 そんな情けない気持ちが!あんたにわかるのか!」

フランクは今にも泣いてしまいそうな自分を怒りで堪えた。

老人はフランクの叫びに一気に酔いを醒ましたかのように目の前の若い男を見た。
そして、男のその瞳の中に、彼の子供の時の姿を見つけて、目を大きく見開いた。

「お・・お前は・・・」 

「あなたが・・・どんな生き方をしているのか・・・
 一度見てみたかった・・・」
そしてフランクは心の涙をごくりと飲み込んで、言葉を繋げた。

「これで本当に終わりです。もう二度と・・・
 会うことはないでしょう。」
フランクは止め処ない怒りを胸深くに押し込めて、努めて淡々と言い放つと
老人の胸倉からその手を乱暴に離した。

そして、自分の内ポケットから、白い封筒を出し、老人の胸に押しやるように
叩きつけた。
その封筒は呆然と立ち尽くす老人の胸から滑り落ちて、地面にひらりと舞い落ちた。

それからフランクは、傍にいた店の娘の方に向き直って、彼女に一枚の小切手を
差し出した。

「食事の支払いです・・・それから・・・色々とありがとう」
フランクは厳しい顔も厳しい声も変えられぬまま、娘にそう言った。

娘は少したじろいだが、彼から手に押し込まれた一枚の紙を黙って受け取って、
それを見た。
食事の代金にしては余りに高額だった。

「あの・・」と娘が声を出した時には既に、フランクは車へ戻り、
レオに向かって怒鳴っていた。「車を出せ!」

「待ってくれ・・話を聞いてくれ」
老人はやっと我に帰って、フランクの後を追った。

レオは無言で運転席に戻ったが、しばしエンジンを掛けるのを躊躇っていた。

「いいから!出せ!」 
フランクは、車のドアで老人との間を遮断すると、前だけを見据えて再度怒鳴った。

レオは、仕方なくエンジンを掛けた。

「待ってくれ・・話を・・話を・・」
走り出した車に老人は追いすがったが、フランクは決して、老人を振り返らなかった。


「ね、凄いお金だよ・・億だよ・・億!」
さっきの封筒を拾った店主が慌てて、老人に駆け寄った。

老人は差し出されたその封筒を、言葉にできない悲しみと
自分自身への怒りに任せて、宙に放り投げた。


フランクは締め付けられる胸の奥で≪これで終わりだ≫と繰り返していた。

しかし、自分のその言葉に打ちのめされたように、予期せぬ涙が頬を伝った。
≪泣いてなんかいない≫
更にそう自分に言いきかせて、その涙を信じようとしなかった。
それなのに、それが自分の意に反して止め処なく流れると口の中に入り、
その苦さを教える。
フランクはとうとう、眼鏡を外し、手でその涙を押さえ、
堪えきれない嗚咽を我慢するのを止めた。




フランクが落ち着くのを待ってレオが声を掛けた。

「もう一度戻るか」

「どうして」

「・・・そうしたいんじゃないかと思ってな」

「余計なことを言うな」

「お前が成功したこと・・・親父さん、知っていたな」

「・・・・」

「親父さん、あんな風に言ってたがな、
 本当に喜んでいたそうだ・・お前の成功を・・」

「どうしてお前がそんなことを?」 
フランクは怪訝な目でレオを見た。

「おふくろさんの墓に寄るか?」

「いや・・今日はいい」 
≪こんな自分を母には見せられない・・・≫フランクはそう思った。

「毎月な・・・墓に花が添えられるそうだ」

「・・・?」

「若い女の人が来ていると、さっきの店の娘が言ってた」

「娘?・・お前、初めてじゃなかったのか」
≪そう言えば、あの娘はレオを見て会釈したようだった≫

「ああ・・お前を連れてくる前に一度訪ねた・・・
 時々親父さんと墓参りに行くんだそうだ、あの娘・・
 それで何度か綺麗な花を見かけて・・誰がこんなことをって
 親父さんと一緒に待ってたんだそうだ
 親父さんはな、最初・・もしかしたら、お前か・・娘か・・・
 そう思っていたらしい・・・」

「ドンヒじゃなかったのか?」

「違ったそうだ・・・」

「誰だったんだ?」

「誰だろうな」 
レオの言い方は決して知らない、とは言ってなかった。

「わかってるんだろ?」 フランクもまた同じだった。

「・・・・お前にも・・・もう・・わかるだろ?」

「・・・・・・」




赤い灯台の前を通ると、急に懐かしさが込み上げて、フランクはレオに
停車を促がした。

 ここは幼い頃、父に連れられてよく魚釣りに来ていた・・・
 その時の父はとても優しくて、餌をつけて僕に竿を握らせた

   ≪いいか、ドンヒョク・・しっかり握ってるんだぞ・・
     魚がえさに食いつくのをこうやってな・・
     静かに待つんだ・・≫

   ≪父さん!引っ張られるよ!≫

   ≪よ~し、そのまま踏ん張って竿を上げてみろ
    上手いぞ~その調子だ≫

   
フランクは突然走馬灯のように浮かんだ父の笑顔を思いながら、
フゥと大きく溜息をついた。

   「どうして今頃・・・あの人の笑顔なんか・・・
    思い出すんだろう・・・」

そう呟いてフランクは寂しく笑った。


   あの人を許せない僕と・・・

   君から許されない僕・・・

   どちらも・・・罪深い・・・

   そうだろ?・・・ジニョン・・・

    
そしてフランクはポケットから携帯電話を出すと、メールを打った。


   受信ソ・ジニョンssi・・・


      ・・・配信シン・ドンヒョク・・・


















 


2010/11/10 22:25
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passion-7.空

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「ソ支配人」
フロントの前で見かけたジニョンにフランクが声を掛けた時、
彼女は見るからに顔面蒼白だった。

「何かあったのか?・・」 
彼は慌てて彼女に駆け寄ると、思わずその腕を掴んでいた。
ジニョンは他のスタッフの自分達を見る視線が気になり、
急いで彼から離れた。

「あ、いいえお客様・・ご心配には及びません・・
 それより何か急ぎのご用でしょうか・・・」

ジニョンは努めて平静を装ったが、周りのスタッフの様子からも
只ならぬ問題が起こっていることは事実のようだった。

「いや・・いい・・」
フランクは彼女の邪魔にならないようその場から少し離れたものの
彼の神経はソ・ジニョンに向かって研ぎ澄まされた。

「ソ支配人・・何処にも見つかりません」
「外には出ていないはずよ・・もっと探して」


「ソ支配人!」
そこへひとりの男が血相を変えやって来たかと思うと、
ジニョンを激しく怒鳴った。

「あれほど頼んだのに・・どうしてくれるんだ!」

「申し訳ございません・・」 ジニョンは男に深く頭を下げていた。

男が怒りをぶつけながら、勢い余って彼女の腕を掴んだ瞬間
フランクはとっさにふたりに駆け寄ってその男の腕をねじ伏せ、一喝した。
「彼女に何をする」 

「何だ!あんたは・・」 男は一旦フランクから逃れて、彼に身構えた。

「申し訳ございません・・・・お客様・・こちらへ・・」 
ジニョンは慌てて、今にもその男を殴らんばかりのフランクを
急いでその場から引き離し、フロントの袖に彼を連れて行った。

「フランク、余計なことは止めて!・・
 事情もわからないのに乱暴するなんて・・
 あのお客様には私に怒る権利があるの
 あなたには関係ないことだわ」 
ジニョンは小声ではあるが、強い口調で彼を嗜めた。

「しかし・・あいつ・・君を・・」

「私は仕事中なのよ・・フランク・・
 あの方のお子様がお部屋からいなくなってしまって・・
 あの方がお出掛けの間、お世話を頼まれていたの
 私の責任なの!」

「子供?」

「ええ・・長期滞在中の女の子・・
 この前あなたも私と一緒のところ見かけたでしょ?」

「・・・・ああ・・」 
フランクは先日エレベーター前で見かけた女の子を思い出した。
「だからと言って・・」 
フランクはまたカウンターに視線を移して男を睨んだ。

「止めて・・お願い」 ジニョンはフランクに懇願するように言った。

その時、フロントには総支配人のハン・テジュンが現れ、その客を宥め、
スタッフ総動員で娘を探していることと、警察にも連絡を取ったことなど
卒のない対応をしていた。

「・・今はどうかお部屋に・・お客様。」
ジニョンはフランクに釘を刺すような視線を残して、フロントに戻り
総支配人と共にその客の男に再度頭を下げた。

フランクはその光景に思わず目を背けていた。
ジニョンの窮地を救うのが自分ではなく、別の男だという事実に。
そして彼はそれ以上は係らずその場を離れ、彼女が言うように
自分の部屋へときびすを返した。


彼がサファイアヴィラに近づくと、玄関の前に子供を連れた
若い女性の姿が見えた。≪あれは・・・≫

フランクは彼女に向かって声を掛けた。

「ユンヒssi」 その女性はキム会長の娘、ユンヒだった。
彼女は今実家を出て、このホテルに滞在していると聞いていた。

そしてその横で彼女に手を引かれているのは、今本館で探している
その女の子に違いなかった。

ユンヒはフランクに振り向いて、会釈をした。

その女の子はというと、彼に対して可愛くないほどに仏頂面だった。

「どちらへ?」 フランクはユンヒに行った。

「今、お訪ねしようかと」

「僕の部屋へ?」

「ええ・・・」

「この子は・・・君の隠し子?」 フランクはわざと真顔でそう言った。

「ふふ・・そんな真面目なお顔して・・・私が10歳の時に生んだ子ですと
 言った方がいいですか?」 ユンヒは返した。

「君でも冗談を言うんですね」 
フランクはユンヒに対して初めて素直な笑顔を向けた。

「・・・・・」 

「どうしたの?」 
フランクはユンヒが驚いたような顔で彼を見つめていたので訊ねた。

「初めて笑ってもらったかも・・あなたに・・」

「そうかな」 
「そうです」

≪確かに彼女と会う時はいつも、僕の方こそ仏頂面だったかもしれない≫
フランクは思い出したように笑って、ユンヒの笑顔と向き合った。

「ところで、その子はたった今・・支配人達が血相を変えて探して・・」
フランクがそう言いかけた瞬間、その女の子がユンヒの後ろに
素早く隠れた。

「えっ?そうなの?スジナ・・ホテルの人に話して来たんじゃ・・」

「嘘をついたのかい?お姉さんに・・」
フランクは少し身を屈めて、その子に言った。

「困ったわ・・じゃ、帰らなきゃ・・」

「いやよ!・・わたし帰らない!」 
スジンはユンヒにしがみついて離れようとしなかった。

「僕の部屋へはどうして?」

「ええ・・実は・・・」 ユンヒは女の子を見下ろしながら言いかけた。 
彼女の様子から少し混み入った話のようだったので、フランクは
「中で話そう・・フロントには安心するように電話を入れておけばいい」
そう言って、彼女達を部屋の中へ招き入れた。


「わぁ~・・この前来た時と同じお空・・」
部屋に入ると、スジンはさっきまでの仏頂面から一変して
子供らしい声を立ててはしゃいだ。

≪空?≫


「ソ支配人を・・」 フランクはフロントに電話を入れた。
『ソ支配人は只今、手が離せませんので・・』 

「とにかく、何を置いても部屋へ来なさい、今直ぐに。そう伝えて。」 
フランクは文切り調に言って、スジンのことには触れず受話器を置いた。

「いいんですか?」 
フランクの電話の内容を聞いて、ユンヒは不安な眼差しを彼に向けた。

「君達の話を聞く間位はいいでしょう・・・さあ、聞かせてくれるかな?」
フランクはスジンの視線まで身を屈めて言った。

「お父さん・・君を探していたよ」

「お父さんなんて、きらい!」 スジンは目にいっぱい涙を溜めていた。
フランクは事の次第を訊ねようと、ユンヒに視線を移した。

「この子、父親の仕事に付いて、今ホテル暮らしなんだそうです
 つい最近お母さんを病気で亡くしたばかりだそうですが
 父親はこの子の面倒を見ながら、仕事をしているのだとか・・・
 そのせいで彼女はいつもひとりぼっちで・・・」
ユンヒはそう言いながら、スジンを悲しそうに見つめた。

きっと自分に置き換えて彼女を見ているのだろうと、フランクは思った。

「それで・・どうしてこの部屋に?」

「ええ・・彼女の母親が健在中に何度かこのホテルに
 泊まったことがあって・・・
 そんな時はいつもこのお部屋だったそうなんです・・
 この子にとって思い出の部屋なんですって・・・
 この子・・ソウルホテルに泊まると聞いてこの部屋に泊まれると思って
 喜んでいたそうなのですが・・・」

「先客があったわけだ」

「ええ・・・それに、ここは離れになっているので
 子供ひとりでは置いていけないと、本館を選んだのだと
 父親が言っていたそうです
 この子とは何度かロビーで会ったことがあって、
 よくおしゃべりしていたんです
 そしたらさっきひとりでこっちに向かっているこの子を見かけて・・・
 聞いたら、今日もお父さんがお仕事中でひとりだって・・
 話を聞いて、私がつい、知っている人がこの部屋に泊まっていると・・・
 ごめんなさい・・・勝手に・・・ご迷惑でしたよね・・・」

「いいや・・・そんなことはないよ」 フランクは優しげに言った。

「本当に?」 ユンヒはホッとしたように微笑んだ。

「少し、ここで遊んでいくといい」 フランクはスジンの顔を覗いて言った。

「いいの?」

「ああ・・もう少しで怖いお姉さんが迎えに来るから・・
 それまでならね」

「うん!おじさん・・ベランダに出てもいい?
 あそこからお母さんとお空見てたんだ~~」
スジンは潤んだ瞳はそのままにフランクに向かって無邪気に笑った。

「旅行に来ても、お母さん体が弱くて、このお部屋から
 あまり外へは出られなかったんですって」 
ユンヒがそっと教えてくれた。

≪だから・・空なのか≫


10分ほどしてジニョンが呼び鈴も鳴らさず部屋に駆け込んで来た。
以外に早かったことにフランクは驚いた。

ジニョンは部屋へ入るなり、スジンを見つけて腰が抜けたように
座り込んだ。
そして次の瞬間、慌ててスジンに駆け寄り、彼女の腕を掴むと
彼女を強く抱きしめた。「スジナ!・・心配したでしょ!もう!」 
それだけ言うと、ジニョンは大きな瞳から涙をぽろぽろと零した。
そして小さく呟いた。「・・・良かった・・・何もなくて・・・」
スジンはそんなジニョンの姿に彼女の真意を汲んだのか
同じように泣きながら「ごめんなさい」と繰り返した。


「母親の匂いを見つけたかったのよ・・・」
ユンヒがフランクの傍らでポツリと言った。

「母親の匂い?」 フランクはユンヒを見た。

「お母さんがいなくなってしまったことはわかってる・・・
 父親が仕事で忙しいのもわかってる・・・
 でも・・・自分の家ではないホテルに置いておかれて
 ひとりぼっちで・・・寂しくて・・・
 そんな時、この部屋を思い出したんだわ・・・
 お母さんの匂いが欲しくて・・・
 そして無意識にこの部屋に向かって歩いていたのよ
 決して・・・お父さんが嫌いなわけじゃ・・・ないの・・・」
そう言ったユンヒの表情は寂しげだった。

フランクにはユンヒのその言葉がスジンのことではなく、
自分自身のことを言っているように聞こえた。


ジニョンがフロントに連絡した後、少しだけスジンが部屋で
寛ぐ時間を待って一緒に部屋を出て行った。


「それじゃ、私も・・・失礼します・・・」 ユンヒが言った。

「ああ・・お茶も出さなかったね」

「ふふ・・今度は出していただけますか?」

「そうしよう」

「・・・・ありがとうございました」

「礼を言われることしてないけど」

「いいえ・・・あの子の心を受け入れて下さった」

「・・・・・」

「子供にはわかるんです」

「君も子供なのかな?」

「あなたにあんな風に優しくされるなら・・・
 子供でもいいかも・・・」 

「僕はそんなに優しくないですか?」

「ええ・・・凄く怖いです」

「はは・・・」

ユンヒはフランクを今までにない柔らかい眼差しで見つめていた。


≪母さんの匂い・・・か・・・≫
フランクはユンヒが言った言葉を振り返っていた。

   母の匂いなど・・・とうに忘れてしまった

   しかし・・・僕も探していたような気がする


   あの子くらいの時はまだ、母さんと一緒にいて・・・

   丁度ドンヒが生まれて・・・

   母さんを独り占めできなくなって・・・

   そうだ・・・

   母さんに抱かれているドンヒにやきもち妬いてた

フランクはその時の自分の感情を遠い記憶の箱から引き出して
寂しく笑った


   遠くこの国を離れた後も・・・

   死んでしまったとわかっている母さんが恋しかった

   母さんの匂いが・・・恋しかった・・・

フランクはベランダの椅子に腰掛けてそこから空を仰いだ

≪このお空をお母さんと一緒に見てたの≫

   
   僕が・・・母さんと一緒に見上げた空は・・・

   ・・・どんな色をしていただろう・・・





一時間ほどして、今度は呼び鈴を鳴らしてジニョンが現れた。

「先程は・・・ありがとうございました」 
そして彼女は支配人然としてフランクに頭を下げた。

「何も伝えなかったのに、良くわかったね・・あの子がいると」

「あなたが、私のあの状況を知っていたのに、
 “何を置いても来い”なんて・・・
 あの子と関係がなければ言うはずないもの・・・」

「僕は我侭な客なんでしょ?」

「ええ・・我侭で・・困ったお客様だわ・・・
 本当のことを言ってくだされば、ここに来るまでの時間
 ドキドキしなくて済んだのに・・・意地悪だわ」
ジニョンは微笑みながら彼を睨んだ。

「君への意地悪は得意だから」

「ふふ・・・そうだったわね・・・」

「・・・・・」 「・・・・・」
ほんの少しの間ふたりは互いの心に寄り添うように見詰め合っていた。
しかし、ジニョンはそれを振り切るように、彼の心から離れた。

「あ・・・あの・・・あの子の父親に説明しました・・
 彼女がどうしてここへ来たがったのか・・・
 お客様が・・・
 あの子の父親があなたにお礼を申し上げて欲しいと」

「礼なら僕じゃなくて・・・」

「彼女?・・・ユンヒさんでしたっけ?・・・
 パールヴィラにお泊りのお客様・・・」

「ああ」

「知り合い?・・ですか?」 

「んー・・・見合い相手」

「え?」 ジニョンは一瞬顔を強ばらせた。

「・・・・・・・気になる?」 フランクはジニョンの顔を覗いて言った。

「い・・いいえ・・・」

「それは残念。」 

「・・・・・」

「嘘だよ・・見合いなんてしてない」
フランクは言葉を交わしながら、少しずつ彼女に近づいていた。

「何も・・聞いてないわ・・私・・」
ジニョンは近づいてくる彼に戸惑いながら、一歩ずつ後ろへ下がった。

「その目が聞いてる」

「わかったように言わないでって・・言ったでしょ?」

「そうだったね・・・」

「あなたが・・誰と付き合おうと・・・」

「関係ない?・・・」

「・・・・ええ。」
後ずさりしていたジニョンがとうとう、背中を壁にぶつけて止まった。

ふたりの距離はフランクが緩く差し伸べた手が簡単に彼女に届くほどだった。
彼が彼女の結い上げた髪のほつれ毛を人差し指で受けて彼女の耳に
そっと掛けてあげると、彼女はピクリと体を堅くして声を漏らした。「あ・・・」

「我を忘れて、あの子を探し回っていたんだね」

「お・・可笑しい?」 
ジニョンは俯きながら慌てたように自分で髪を整えるような仕草をした。

「いいや・・・綺麗だ・・・」

「・・・・・」 「・・・・・」

フランクは彼女を見つめたまま、心のままに自分の唇を彼女に近づけた。
彼女は金縛りにあったようにただ彼を見つめたままだった。

「あ・・あなたを・・・許したわけじゃ・・ないわ・・・」
それが彼女の精一杯の拒絶の言葉だった。

「わかってる・・・」

ふたりの唇がもう直ぐで触れそうになったその時、それは音を立てた。
彼女の右手に握られた無線機から、ハン・テジュンの声が轟いた。

『ソ支配人・・応答して下さい』

「・・・・・」「・・・・・」 ふたりは互いの唇の熱を間近に感じたまま
息を呑んで一瞬固まった。

「・・・ふっ・・・彼、君がここにいることを知ってるね」
フランクは仕方なく彼女から離れて、抑揚なく言った。

「そ・・そんなこと・・」 

「・・・出れば?」 
フランクは不機嫌そうに言った。

「・・・・・・・・はい・・ソ・ジニョン・・」 
ジニョンは一度小さく深呼吸をして無線に応答した。

『至急フロントへ』 ハン・テジュンの言葉は短かった。

「了解しました」

「ほらね」 

「何が?」

「どこにいるのか聞かなかった」 

「・・・・・」

「帰るの?」 

「仕事中ですので」 彼女はそれだけを言って、ごくりと息を飲み込んだ。

「じゃあ、終わったらここへ戻って来てくれる?」 

フランクは請うように彼女を見たが彼女は少し間を置いて首を横に振った。
「・・・・・いいえ。」 

ジニョンはその時にはもう、さっきまでの夢見心地の様子は微塵もなく
憎らしいほどに毅然としていた。

フランクはただ寂しげに笑うと俯き、小さく呟いた。


    ・・・「・・・わかった・・・」・・・










































2010/11/10 09:14
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-6.執着

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「駄目・・・」
「どうして?」
「できない」
「僕を許せないから?」
「・・・・・・」
「待ってる・・・」


ジニョンはしばらく、その場で動くことができず、呆然としていた。
本当は今、そのドアを開けて、≪彼を追いかければ≫
何もかも上手く行くのかもしれない。≪でも・・・≫
ジニョンは10年前、自分を黙って置きざりにしたフランクへのわだかまりを
自分の心からどうしても拭い去ることができなかった。
≪必ず迎えに来てくれる、そう信じていたのに・・・待ってた私を、
 ずっとずっとひとりにしたくせに・・・
 あなたなんかに“待ってる”なんて言って欲しくない≫



急に奥の部屋の明かりが点いてジニョンは驚いた。
居間を覗くと、ジェニーとテジュンがソファーに腰掛け座っていた。
テーブルには蝋燭を立てたデコレーションケーキが置かれ
ふたりが誰を待っていたのか、想像するのは容易かった。


「あ・・・」

ジェニーが睨みつけるような顔をジニョンに向けていた。

「あ・・すまん・・・驚かせたな
 ジェニーがお前の誕生日を祝おうと準備してくれていたんだ。
 それで俺も呼ばれて・・その・・待ってた
 玄関で・・あー・・音がしたんで・・その・・・
 ジェニーが驚かそうと・・電気消して・・
 悪気じゃなかったんだ・・許せ・・・」

たった今しがたの、フランクと自分とのやりとりを目撃していた事実を、
テジュンの言葉のよどみが証明していた。

「・・・・・」

「誕生祝いって雰囲気でもないな・・じゃあ、俺は帰るよ」

テジュンが罰の悪そうな顔をして、立ち上がった。

「あ・・待って、テジュンssi」

ジニョンは逃げるように玄関を出て行ったテジュンを追いかけた。

「待って・・・」
エントランスの出口でジニョンはやっとテジュンに追いついた。

「言い訳はいらない」 テジュンはジニョンを振り向かないまま言った。

「言い訳はしないわ」

「言い訳・・しろよ」 
テジュンがくるりと振り向いて、ジニョンを情けないような表情で見つめた。

「どっちよ」 ジニョンは呆れたように彼を見て言った。

「するだろう・・普通」

「言い訳して欲しいの?」

「いや・・」

「あの人は・・」

「いや・・いい」

「言い訳しろって言ったじゃない」

「誕生日おめでとう・・・」 そう言って、テジュンが小さな包みを出した。

「何?」

「いいから・・受け取れ・・」

そう言った後にテジュンの目にジニョンの首にネックレスが見えた。

「プレゼントか」

「あ・・ええ」

「高そうだな」

「ええ・・でも、外すわ・・・」
ジニョンはテジュンからのプレゼントの箱からネックレスを取り出しながら
そう言った。

「こっちの方が私に合ってそう」
「安物って意味か」
「ええ」
「悪かったな」
ふたりは何も言わず照れくさそうに笑った。

そして、テジュンは「やっぱり帰るよ」とジニョンに手を振った。
ジニョンは複雑な笑顔のまま彼を見送った。





 

≪外ではもう会わない≫ フランクにそう宣言した。

彼もまたそれを聞き入れたかのように思われた。
しかし、その後もフランクの積極的な行動は止まらなかった。
ホテル内のレストラン、カクテルバーなど彼はあらゆる場所に
頻繁に姿を現し、ジニョンと遭遇する機会を狙った。


ハウスキーパー達との朝礼の場所に顔を覗かせることもしばしばで
そんな時も彼は明らかにジニョンに向かって満面の笑みを向けた。
ジニョンは他の従業員達の手前、彼を嗜めるしかなかった。

「こんなところで何をなさってるんですか?」
「ジョギングの途中です」
「お客様、申し訳ございませんが
 ここは走るところではありません」
「クールダウン中だよ・・走ってはいない」 
そう言って彼はわざと空を仰いでジニョンの視線を避けた。
「・・・・・!」

従業員を介してジニョンをカサブランカに呼びつけたこともあった。
「お客様・・・お呼びでございますか?」
「もう仕事は終わりでしょ?一緒にいかがです?支配人」
「御用は何でしょう」
「用・・・んー・・・」
「御用が無いのでしたら・・・」
「逢いたかった」
「・・・・・!」
「それだけでは駄目?」
「・・・・・・」
「だって、外では逢えないのでしょう?」

「ソ支配人に頼みたいことがあるのですが」
そう言って、フロントに電話を掛けてくることもしばしばだった。
「ソ支配人は只今手が離せませんので、代わりのものが・・」
「いや結構。・・・それともソ支配人はふたりいるのですか?」
フランクはホテル従業員に対しても露骨だった。

フランクとジニョンの昔の関係を知らないホテルの人間達の間では、
ひとりの客が、ソ・ジニョンという従業員に入れ込んで、
言い寄っているという噂が駆け巡っていた。
そしてジニョンもまた、プレゼントされた300本の薔薇に逆上せ上がり
ホテリアーの品位を失墜しているという噂を実しやかに広める者もいた。



ジニョンは意を決してフランクの部屋に向かった。

「御用は何でしょう・・ソ支配人」 
フランクは彼女の表情にその真意を読んで、敢えて白々しく言った。

「フランク・・」

「僕はお客様じゃないの?」

「私にいったいどうしろと言うの?」

「どうしろって?」

「私はここで仕事をしているのよ・・生活をしているの
 あなた、私の生活を乱して面白がってるとしか思えない」

「それは心外だな」

「お願いだから・・」

「・・・・・」

「お願いだから・・・私を放っておいて」

「・・・・・」 
彼女の言葉に無言のまま視線を落とした彼を見て、ジニョンは
少し言い過ぎたかと、それ以上彼を責め立てることができなかった。 


しかし彼の彼女への執着は諦めを知らなかった。


「キャッ!」

水温チェックの為にプールを訪れていたジニョンを見つけたフランクが、
そうっと彼女の方に近づき、水面からプールサイドへと飛び上がって
彼女を驚かせた。
「あー驚いた」 ジニョンはその場にしゃがみこんで胸に手を当てた。

「ごめん・・驚かせるつもりはなかった」

「何をなさってるんですか?」

フランクは水からさっと出て、タオルを取った。
「・・・・・見てわからない?」 そう言ってフランクは自分の格好を目で示した。

「・・・・・」 ジニョンは彼の素肌に赤面して俯いた。

「最初に言っておくけど・・待ち伏せたわけじゃないよ」

「そうかしら」 ジニョンは呆れた顔をして、ツンと横を向いた。

「あっ疑ってるね?君が水温チェックに来るなんて情報、
 どうやって掴むの?僕はもう1500は泳いでる」

「ふふ」 フランクの言い様にジニョンは思わず笑ってしまった。

「そうやって笑っている方が可愛い」 フランクも笑顔だった。

「悪かったわね・・いつもは可愛くできなくて・・」
「怒っている顔も好きだけど」

「・・・・・・・困るわ・・本当に・・噂が広まって・・」

「僕が行くところに君が来てるのかもしれない」

「・・・・・!」 ジニョンは彼を横目に睨んで見せた。

「冗談だよ・・・ごめん・・・
 でも、ホテルの外で会えないなら
 仕方ないでしょ?・・しかし・・
 ホテルには色んな遊び場があって良かった」

ジニョンは彼のこれまでの行動に呆れ果てながらも
それが彼が自分と会うために懸命に努力している結果だと思うと
心をくすぐられないわけではなかった。
しかし、それはホテリアーとして決して好ましいこととは言えない。

「誤解を受けるわ」 ジニョンは少し後ずさりしながら言った。

「誤解じゃない」 フランクは彼女の目を射るように見つめて言った。

「困るの」

「僕は困らない」

「・・・・・」 ジニョンはフーと溜息を吐いた

「NYに行かないか」

「・・・・・」

「あの家に・・・」

「えっ?・・だって・・」≪あの家はもう売られたはず≫

「レイモンドが、戻してくれた」

「レイ・・・」
ジニョンは、レイモンドの顔を思い浮かべて懐かしそうに彼の名を口にした。

「レイとは親交が?」

「ああ・・・彼の仕事を請け負っている」

「そう」

「行こう・・・一緒に」

「駄目よ・・行けないわ」 
ジニョンはフランクの目の力に圧倒されて、更に後ずさりしていた。

「どうして?」

「どう・・し・・キャー」
突然ジニョンがプールサイドに躓いて、バランスを崩し、
フランクが慌てて駆け寄り彼女の体を抱えるのと同時に
ふたりの体は宙を舞い、プールの水面へとダイブした。

フランクは先に水上へと浮上し、周りを見渡したが、
ジニョンの姿がなく、一瞬慌てた。
しかし直ぐに水中でもがいているジニョンの姿を見つけて
ホッとしながら、彼女を救い上げた。

「まだ、泳げなかったのかい?」

「ごほっ・・ごほっ・・おお・・きな・・お世話・・」
彼女は水を飲んだようで、咳き込んで、少々パニックを起こしていた。
その後、フランクの声が聞こえなくなった。

ジニョンがやっと落ち着きを取り戻して、状況を把握すると、
自分がしっかりとフランクにしがみついていて、彼は自分の体を
黙ったまま強く抱きしめていることがわかった。

「あ・・あの・・離して・・・」 ジニョンは彼の腕の中でもがきながら言った。

「・・・・・・離すの?」 彼の声が彼女の耳の直ぐそばで聞こえた。

「離して・・ください」 彼女は混乱していた。

「ここで?」 そこはどうもジニョンの足では届かない深さのようだった。

「あ・・・離さないで」 彼女は彼の首に回した手に力を込めた。

「いいよ・・離さない」 
彼はその言葉が自分の本心だと彼女にわからせるように想いを込めて
彼女を更に強く抱きしめた。

「・・・・・」 「・・・・・」

「あの・・プールサイドへ連れて行って」

「もう少しこのまま・・」
フランクはジニョンの体を包み込んだまま動かなかった

「フランク!」 
ジニョンは我に帰ると、この状態から早く脱しなければ、と思った。

「わかったよ・・」
フランクはやっとジニョンの言うことを聞いてくれ、彼女を抱いて動き出した。

プールサイドに辿り着いて、フランクはまず自分が上がり、
ジニョンに手を差し伸べた。
ジニョンは少し躊躇って、それでも彼の手を取った。

ジニョンがプールサイドに上がった時、騒ぎを聞きつけて
テジュンがそこへ現れた。

「従業員がご迷惑をお掛けしましたようで・・
 申し訳ございませんでした・・お客様」

テジュンはフランクに向かって、穏やかさを装ってそう言った。

「いいえ」 フランクも静かに答えた。

「ソ支配人・・・着替えに行きなさい」 
頭の先からずぶぬれのジニョンを見てテジュンは事務的に言った。
「あ・・はい」
ジニョンもまた、自分を取り繕うように、きびすを返した。

テジュンはフランクに一礼した後、ジニョンの腕を取り、
プールサイドを出て行った。

フランクはふたりの後姿を見送った後、
濡れたジニョンを拭こうと手に取っていたタオルを乱暴にイスに放ると、
再度勢い良くプールの中へとダイブして消えた。




「まるで濡れネズミだな」

「失礼ね」

「どうしてあんなことに?」

「つまずいて落ちちゃったの」

「奴も?」

「奴って・・お客様よ」

「お客様も?」 テジュンは嫌味ったらしく誇張して言った。

「彼は助けようとして・・私を」

「そうか」

「それだけのことよ」

「そうだろうな」 

「じゃ」

ジニョンは女子更衣室へと消えて行った。

テジュンはひとつ溜息をついた。
誕生日の一件以来、ジニョンとの進展は特になかった。
真面目な話をしようとすると、冗談で交わされる。

その間、サファイアの客、シン・ドンヒョクという男が、
ジニョンに近づいていることを、ホテルの仲間の口から聞かされた。

ジニョンがあいつとの関係を話そうとしたあの日、思わず、
聞かない選択をしてしまった。

気にならないわけじゃなかった。
≪しかし・・・聞いたところで、どうする・・・≫
ジニョンさえ、自分の元にいてくれるなら、あいつのことなど
気になるわけじゃない。

ただ、一時はあの男を拒絶しているように見えたジニョンがこの所、
彼に対する態度を軟化させたように思えて、胸が騒いだ。



 

フランクは全速力で二往復泳いだ後にやっとプールサイドに上がった。
そしておもむろにイスに腰掛けると、まぶたを閉じ体を横たえた。

さっきこの手に・・・この胸に抱きしめたジニョンの感触が
いつまでも消えてくれなかった。

   あの時・・・
   プールの中で、言葉も無く彼女を抱いていたのは・・・
   声を掛けてしまったら・・・
   現実に戻ってしまったら・・・
   この腕の中から彼女が消えてしまいそうな・・・
   そんな気がしたからだ

   本当は・・・

   離したくなかった・・・本当に・・・



       ・・・離したくなかった・・・



 

 

 














 


 


2010/11/09 20:16
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-5.薔薇の決意

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フランクはいつもの朝と同じように、ロードワークで汗を流していた。
こうして風に吹かれていると≪しばし心の騒ぎに休息をくれる≫


フランクは決意していた。
もう一度、彼女を取り戻すことを。

それが彼女が望まないことだとしても、もう自分の心に嘘はつけない。
昨夜自分自身が起こした事実に正直になると決めた。




ジニョンは今朝もまた、アラームが鳴る前に目覚めた。
フランクが目の前に現れてからというもの、いつもそうだった。
でも今朝はいつもとまた違っていた。
昨夜はなかなか寝付けなくて、さっき眠ったばかりだと思ったのに
気がつくと東には既に朝日が昇っていた。

≪離さない≫ 
フランクのあの声が何度も何度も繰り返しジニョンの胸に響いていた。

≪あれはどういうこと?あなたは何のつもりで、あんなことを?≫
ジニョンは、フランクの理解しがたい行動に対して、
困惑と憤りとそしてあろうことか甘い疼きを感じている自分の心に
苛立っていた。




ジニョンがホテルに出勤すると、オフィスに人だかりができていた。

「どうしたの?何かあったの?」
ジニョンが尋ねると、その人だかりが一斉にジニョンに振り返って
彼女は一瞬後ずさりした。

「ジニョン!」 スンジョンがその輪の中から飛び出て来て、
ジニョンの鼻先に自分の鼻先をつけんばかりに近づいた。

「な・・何ですか・・・先輩・・」 ジニョンは更に後ろへ下がるしかなかった。

「あなた、花屋の御曹司とでもお付き合い始めたの?」
スジョンが一大事でも起きたかのように目を見開いて、そう言った。

「えっ?」≪何のこと?≫

「これ」 
彼女が差した指の先に、今までに決して目にしたことがないような、
それは大きな花束がジニョンの机を占領していた。

「まあ・・すごい・・・」 
花束のあまりの美しさと豪華さにジニョンの笑顔が花開いた。

「薔薇の花!」 スンジョンは腕組して言った。

「見ればわかるわ」 ジニョンはさらりと答えた。

「300本だって!」 スンジョンの声が次第に強くなってい
た。

周りの空気を察したジニョンが自分を指差して“私に?”と目で尋ねた。
スンジョンは口を尖らせながら黙って頷いた。

「いったい・・誰が・・こんな」 ジニョンはちょっと困ったように苦笑しながら、
中に差し込まれたカードを抜き取った。

それはフランクからだった。ジニョンは目を閉じて溜息をついた。

「あ・・これね・・お礼にって、お客様が・・」
ジニョンは自分の反応をそばでじっと待っていたスンジョンに
弁解するように言った。

「お客様?何で、お客様がこんなことを?
 これって、行き過ぎじゃない?
 あなた、いったい、お客様に何してあげたのよ!
 あ・・まさか・・・・・・」 スンジョンはよからぬことに想像を巡らせ
ジニョンを疑いの眼差しで見た。

「スンジョン先輩!まさかって・・って、何よ!」 



ジニョンは急いで、フランクの部屋に電話を入れたが、あいにく彼は留守だった。
しかし、行き過ぎた贈り物をこのままにしておくわけにはいかないと、彼女は
ホテルの中にいるという彼を必死に探した。



「ここにいらしたんですね」

フランクはホテル内に常設されているビリヤード場にいた。

「よくわかりましたね、ここが」
フランクはナインボールに興じながら、ジニョンに柔らかい視線を送った。

「お客様がホテルにいらっしゃる間は、どちらにいらしても把握できます
 ・・・ホテリアーですから。」 ジニョンは少し自慢げに言った。

「ほう・・それは感心だ」 
フランクは笈の先にチョークを塗りつけながら言った。

「それで・・あの・・お花・・」 
≪早く本題を・・≫そう思ってジニョンは切り出した。

「ああ、届きましたか?ルームサービス」 

「あんなことをされては困ります、お客様。」

「どうして?昨日のお礼です、そう書いてあったでしょう?
 受け取って下さい、遠慮なさらずに」 
フランクはさらりと答えた。

「オフィスの人間が驚きます」
≪ここで引き下がるわけにはいかない≫ジニョンはフランクを見据えた。

「それじゃあ、今度からご自宅に届けましょう」

「あの!そうではなくて・・・
 私はお客様から、プレゼントを頂く理由がありません
 ・・だから・・」

「だから?」 フランクはジニョンとの会話の間も笈の動きを止めなかった。

「だから・・・あんなことはなさらないで頂きたいんです」

「んー・・・僕はそうしたい。・・・優秀なホテリアーは
 客の望みは聞いてくれるんじゃなかったかな」
フランクがそう言っている間に、彼が放った笈の先は俊敏にボールに当たり、
そのボールがまた別のボールを潔い音ではじかせた。

「でも」
「でも?」

「わからないわ」

ジニョンのその言葉を聞いて、フランクは初めて手を休めて、笈を自分の前に立てた。

「わからない?・・何がわからない?
 あの花が何の花なのか?それとも・・・
 僕が単なる客なのか・・君の男なのか?」

「嫌な言い方。」 ジニョンは彼を睨みつけるように言った。

この時既にジニョンは、ホテリアーとしての仮面を脱ぎ捨て、遠い昔
フランクを知るジニョンとして、その彼を睨みつけていた。
フランクは彼女のそんな変化に気がついて、俯き口元だけで笑った。
≪ジニョンだ・・・≫

「嫌な言い方・・・結構。
 しかし僕は戻りたい・・・君の男に。」

「何言ってるの?ふざけないで!」 

「ふざけてなどいない」

「そんなに面白いの?私をからかって・・
 わかってるわ、あなたは!・・・・」

「あなたは・・・何?」

「あなたは・・・昔自分を好きだった女が
 他の男に心を動かされているのを見て
 気分が悪くなったのよ・・そうよ
 あなた、自分のプライドが許さなかったんだわ」

「君は他の男に心など動いていない」

「どういうこと?」

「僕を愛している」 フランクは彼女を見据えたまま、力強くそう言った。

「はっ・・何言ってるの?・・ふざけないで!」
ジニョンは怒りでカーと熱くなる自分を感じていた。

これ以上ここにいると、自分がとんでもないことを言いそうな気がして、
急いでその場を離れようとした。

「ソ・ジニョン!」
ジニョンはフランクのその声に驚いてぴたりと足を止めた。
フランクは持っていた笈を床に立てたまま、ジニョンを見据えていた。

「どうして韓国へ来たのか・・・そう聞いたね」

「・・・そんなことどうでもいいわ。」

「君に逢いに来た」

「・・・うそつき。」
「うそじゃない・・」

「信じないわ!」

「君も・・・僕を待っていた」

「勝手なこと言わないで!」 ジニョンは彼に激しく言葉を投げつけた。
そして、逃げるようにその部屋を出て行った。


フランクはわかっていた。こんなやり方に彼女が酷く怒ることも。

しかし彼は敢えてそうした。
今、彼女に怒って欲しかったから。
自分に対する怒りを思い切りぶつけて欲しかったから。

だから彼は、強引に彼女に向かって行くと決めたのだった。


≪ジニョン・・・もっと怒れ・・・
 もっと・・・僕にその怒りをぶつけるんだ≫

彼女が心の奥深くに彼に対する怒りを押し込めている以上、
≪彼女を取り戻すことなどできない≫
フランクはそう思っていた。



「何言ってるの!何言ってるの!・・
 ふざけないで!、私はあなたなんか・・・
 あなたなんか!待ってない、愛してない!」
ジニョンは屋上に上がり、漢江に向かって怒鳴り散らした。

しかし、怒鳴った瞬間に虚脱していく自分の体を支えられなくて、
彼女はその場にしゃがみこんでしまった。

≪愛してなんか・・・ない・・あなたなんか・・・

  あなたなんか・・・あなた・・なんか・・・≫





夜勤明けの次の朝、ジニョンは鳴り響く電話の音で眠りを妨げられた。

「はい・・ソ・ジニョン・・・」 電話の主はフランクだった。

ジニョンは慌てて飛び起きて、電話の向こうの声が言うままにベランダから下を覗くと、
携帯電話を耳に当てたフランクが上を見上げて、こちらを伺っていた。

「どうして携帯の電源を切ってるの?」

「あなたが何度も電話してくるからでしょ!」

あの薔薇の事件があってからというもの、フランクはことあるごとにジニョンを追い
挙句にはホテル内のみならず、彼女の携帯にまで電話をよこすようになっていた。

「しかし苦労したよ・・自宅の電話番号調べるの・・」
フランクはジニョンが迷惑だと言っている言葉を全く無視していた。

「・・・・・!」

その直後、玄関のベルが鳴り、デパートの配達人が持ちきれないほどの
届け物を抱えて部屋に入って来た。それがすべて、フランクの仕業だとわかって、
ジニョンは頭を抱えた。


しばらくして、ジニョンが両手いっぱいに箱と袋を抱えて、エントランスを出て来た。

「どうして?」フランクは不満そうに言った。

「あなたこそ・・どうしてこんなことを?」

「今日、君の誕生日だから」

「えっ?・・」
ジニョンは自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。

「今まで君の誕生日、祝ったことがなかったから・・・
 10年分のお祝い・・・」
そう言って、フランクは満面の笑みをジニョンに向けた。

「とにかく・・あなたに祝っていただく義理はないわ・・
 これはお返しします」

「返されても困るよ・・僕が持ってても仕方ないし」

「でも、受け取れないわ・・お店に返してください」
ジニョンは決して引き下がらなかった。

「わかったよ・・・その代わり、食事は一緒に行ってくれる?
 もう・・予約してあるんだ」

「・・・・・・・」 
ジニョンは呆れて怒った顔のまま、それでも溜息混じりに頷いた。




フランクが予約していたのは、最近韓国にできた
“three handredroses”だった。

「覚えてる?」

「ええ・・あ・・だから・・・」

「そう・・300本の薔薇・・」

「・・・・・」

「君がどうしても行きたいって、あの時そう言った・・・
 あの頃僕はちょっとばかり稼いだ全財産を叩いて
 家を買ったばかりで余りお金を持ってなかった。
 だから君にも余りおしゃれをさせて上げられなくて・・・」

「そんなの必要なかったわ」

「あの頃もそう言っていた・・・」

「・・・・・」

「でも今はどんな贅沢もさせてあげられる」

「だから?」

「だから・・・」

「あの時も・・・今も!私はそんなこと
 ひとつも望んでいなかったし・・・望んでいない」

「わかってる」

「わかってないわ・・・
 高い物を贈ればいいってことないの
 私が欲しかったのは・・・」

「欲しかったのは?・・・」
フランクはその先の言葉が聞きたい、というように、彼女の目をみつめた。

「・・・・わ・・私は。・・・
 韓国に戻ってから、自分の望みを叶えるために
 必死になって勉強して、今、小さい頃の夢を叶えたの。」

「君の夢は僕だったはずだ」

「そうじゃなくしたのはあなたでしょ!」 

つい声が大きくなってしまって、ジニョンは周りを気にして、左右を見た。 

「もう一度、君の夢になりたい」 
フランクはジニョンのその怒りに決して怯まなかった。

「無理よ。」 ジニョンは今度は静かに、無表情に言った。

「どうして」

「フランク・・・」 
ジニョンは呆れたような溜息と一緒にその名前を口にした。

「やっと名前を呼んでくれたね」 
それでもフランクはそのことを素直に喜んだ。

「・・・・・・」 彼の輝くような笑顔と対照的に彼女は黙り込んだ。

「待ってたんだ・・・君が僕の名前を呼んでくれるのを」

「いったいどうしたって言うの?急に・・・おかしいわ
 あなた、ホテルに初めて来た時も・・あんなに落ち着いて
 私とだって、ホテルの客と従業員として
 冷静に対応してくれていたじゃない
 だから私も、ホテリアーとして精一杯あなたに・・
 可笑しいわ・・急にこんなこと・・・」

「気持ちを抑えられなくなった・・それじゃ、答えにならない?」

「この前会ったでしょ?彼なの・・・
 私の方からプロポーズした人って・・
 彼も・・受け入れてくれてる・・・私達、婚約してるの」

「君は“違う”と言った」 フランクは冷ややかな表情でそう言った。

「言ってないわ」

「言った。・・・それが君の本心だ」

「わかったように言わないで!」 
小声を意識しながらもジニョンの語調は強かった。

「わかってる。」

「何が?私の何をわかってるの?」

ジニョンの瞳が堪えた涙で潤むのを見て、
フランクは自分も胸を詰まらせているのを実感していた。

「止めましょう・・・こんなところで・・・
 これ以上話しても・・・帰るわ」
ジニョンは席を立ちかけて言った。

「ごめん・・気分を悪くしたなら謝る・・・
 でも帰らないで・・・少しでいい・・・
 君の誕生日に・・・もう少し、ここにいて・・」

ジニョンは動揺を抑えるように胸に手を宛がって、小さく深呼吸をした。

「いいわ・・・でも、もうホテルの外では逢ったりしない。」

ジニョンは、それが自分の本心と、断固とした口調で彼を見た。
 
「・・・外で会うことは望まない・・しばらくの間。」
フランクは、今のこの場に彼女を留めて置くために、そう言った。

「しばらくじゃないわ・・プレゼントももう止めて・・」
 
「わかった・・・ルームサービスももう止めよう・・・
 その代わり・・・」

そう言いながらドンヒョクはジニョンの後ろに回った。

「その代わり・・・これだけは受け取って」
フランクはジニョンの首にネックレスを掛けた。

「困るわ・・こんな高そうなもの」

「やっぱり似合ってる・・・」 そう言いながらフランクは目を細めた。

「高いんでしょ?」

「領収書見せる?」 
そう言ったフランクの笑顔が昔と少しも変わらなくて、ジニョンは
胸を締め付けられるように動揺した。

「・・・いつだって強引・・・」 ジニョンは怒りの表情を崩さなかった。
それでもいつしか自分の声が柔らかくなっているのを、彼女は感じた。

≪いつもそうだった・・・
 喧嘩をして、私がどんなに怒っても、
 いつの間にかフランクのペースに巻き込まれて
 いつの間にか・・私は気持ちを落ち着かせている・・・
 でも・・・昔とは違うのよ、フランク・・・
 もう私は、昔のような子供じゃないの≫

「誕生日・・・おめでとう」 フランクはグラスを差し出した。

彼が差し出したグラスに、ジニョンは自分のグラスをそっと添えて、
泣き笑いのような顔で答えた。「ありがとう・・・」




レストランを後にして、フランクはまたジニョンが固辞するのも聞かず
強引に彼女をアパートまで送った。

「ありがとう・・・君の誕生日を一緒に過ごさせてくれて」

「・・・あ・・ありがとうございます・・それじゃ・・」
ジニョンが車を出ようとすると、フランクは急いで車を降りて
助手席へ回り、ドアを開けて彼女の手を取った。

「部屋の前まで送らせて」 フランクのその言葉に、ジニョンは
返事こそしなかったが、瞳は拒んではいなかった。
フランクは彼女の後を付いて、階段を上り始め、彼女の横に並んだ。

ジニョンは自分が可笑しかった。
フランクと、まるでまた新たな出逢いをしているような錯覚を
覚えている自分を見ていた。


「あ・・ありがとう・・ここなの・・それじゃ」

「こんな時・・・お茶でもって誘わない?」

「フランク!・・調子に乗らないで」

「ごめん」

それでも少し動揺してしまったジニョンがバックから取り出そうとした鍵を
落としてしまい、同時に拾おうとしたふたりの指が触れ合った。

「あ・・」

フランクはジニョンににっこり微笑んで、その鍵を拾うと、
彼女の部屋のドアを自分が開けてあげた。
「さあ・・入って?・・・」 そして、彼女に入るように促がした。

「え・・ええ・・」

部屋に入ろうとしたジニョンが、後ろに聞こえた音に振り返ると
フランクが鍵の束を彼女の目の前で揺らしてからかうように笑っていた。
そして、手を差し出したジニョンの掌にそっとその鍵を落とすと
それまで鍵を握っていたフランクの手が、ジニョンの掌を被って
彼女の手首を掴むと、彼は真剣な面持ちで彼女を見つめながら
ジニョンと共に部屋へと入った。

彼の自分を見つめる眼差しに圧倒されて、彼女はまるで
金縛りにでもあったようだった。


  彼の手が自分の髪に触れる優しさを忘れてはいない

  彼の唇が自分の唇に触れる柔らかさを忘れてはいない

  そうよ・・・いつも恋しくて・・・恋しくて・・・待っていた

  ≪でも・・・≫ 裏切られた悲しみは、もっと忘れてはいない

ジニョンは自分に近づく彼の唇の前で俯き顔を伏せ、拒絶した。

「駄目・・・」

「どうして?」

「できない。」

「僕を許せないから?」

「・・・・・・」

「・・・待ってる・・・」

「・・・・・・」

「おやすみ・・・」


  待っている・・・

  君が僕に心ゆくまで怒りをぶつけてくれるまで・・・

  その怒りが涙となって・・・

  綺麗に洗い流され・・・



      君が・・・僕に戻るまで・・・





 



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