タムドク、王の星を持つ者
タムドク様、
9話、拝見させていただきました。
わたくし、
何と申し上げていいかわかりません。
ひとことでは言い表せそうにない、
不可思議な気持ちでございました。
***********
小さな画面にあらわれた、
馬を駆けさせる精悍な鎧姿。
なびく赤い旗。
馬のいななき。
兵士たちの雄たけびの声。
切れ長の澄んだ目。
はらりと額にかかる前髪。
秀でた眉。
口元にかすかに浮かぶ笑み。
広い肩。
厚い胸。
宮中にあるときは、
すぐれた資質も激しい思いも奥深くとじこめ、
ひとり耐えて、何も語らず・・。
うつむいた孤独な横顔、
蝋燭の明かりほのかにかすかに揺れ、
黒々と陰を作る。
私は知っている。
あなたは、
確かに、王の星を持って生まれた方。
ひとたび城壁を飛び越えれば、
行き交う人々に親しくまじわり、
着飾った女たちをからかう。
酔いにまかせて吹く、澄んだ笛の音。
まなざしははるか遠くに、何を見つめている?
そう、まさに、
あなたは、
王の星を持って生まれた方。
けれども、いまだ、
王の道のけわしさを、
知らなかった方。
***********
9話、転換のとき。
危機に瀕したあなたは、若者たち数人を引き連れて、
援軍を求めて城にやってこられた。
城壁の上には、火矢で武装した兵士たち、
背後のうっそうとした林には、
ヨン・ホゲ率いる覆面軍団がうごめいている。
まさに挟み撃ちになりそうな、そんな危険な状況。
そして、タムドク様、
案の定、あなたは格好の標的となってしまわれた。
覆面軍団からがんがんと矢を射かけられ、
付き従う者たちはいとも簡単に倒されてしまった、
彼らの太子を守るために。
傷ついた仲間たちを助け起こしながら、
あなたは、
ああ・・、と、
そんな表情をされましたね。
それから、やおら、立ち上がり、
自分ひとりを殺せとばかりに
敵に向かって行かれた・・。
まさに正義感あふれる、勇気ある姿。
画面いっぱいに広がるすがすがしさ。
タムドク様、
そんなところ、大好きです。
でも、
わたくしは、大きな声で叫んでしまったのです。
何と、安易な!
おやめなさい!と。
結局、数人の若者が命を落としてしまいましたね、
彼らの太子を守ろうと・・。
そして、父王までも!
そう、
ただの父親の愛からというだけでなく、
星を持って生まれた息子を守るために!
息子の愛する人さえ、過酷な運命に巻き込んで・・・。
************
正義と勇気だけでは、人を守ることはできない、
王たる者は、何より自分自身の命の価値を知れ、
ひとつ間違えば、つき従う者たちが命を落とすこともある・・。
自らの命の重さ、
生きることの、
生きてあり続けることの価値、
それが、ひいては付き従う者たちを守ることになる・・、
そんなことを、あなたは思い知らされたことでしょう。
そう、文字通り、
身を切るような痛みとともに!
四神のひとつ玄武の目覚めも、
最後に見せた涙も、
そんな痛みの、当然の結末だったのだと。
9話。
まさに、分岐点。
タムドク様、
ここから、
あなたの高句麗王への道が始まるのですね。
ただのひとりのやさしい若者から、
王の星の元に生まれた者としての・・・。
愛と憎しみ。
別れと葛藤。
様々なものがないまぜになって、
あなたを『王』の座へと導いていくのでしょう。
その道程の険しさ、
流れる血の色のあざやかさ、
涙の深さ、
苦悩の重さ。
わたくしは、そのひとつひとつに
しっかり目をあてていこうと思います。
************
『スペシャル』で放送された中に、出陣前の兵士たちを前に、タムドクが檄をとばしているシーンがあったのを覚えていますか?
あのとき、彼は、居並ぶ兵士たちを前にこんな言葉を口にしていました。
「王として命じる、
誰も死んではならない!」
ひとりひとりを見据えたまなざしの強さ。
かけられた言葉の力。
まさに、王たる者でした。
それは、これまで目にしてきた愛すべき太子タムドクとは、
ちょっと違うように思えたのです。
タムドク、ソフトなカリスマ(大いにネタバレ)
毎日、タムドクのことばかり考えて生きています(笑)。
まあ、仕事や朝晩の献立のことくらいは考えますけど、そのほかのことはだいぶおざなりになっているなあ、なんて思っています。
その中のひとつに創作なんていうのもあるんですけど、どうも今書こうとしているのが、現代物であるため、長髪のタムトク様のお姿がぼっと出てくると、全然だめです。
そう、みんなおんなじですね。
そして、今いちばん頭の中がグルグルしているのは、『タムドク・キハはどうなってるの?』ということです。
たとえば、第一話の古代、ファヌンとカジンのときは別として、ちゃんと成人した姿を見せてくれた第四話から、もういきなり考え込んでしまうようなシーンを見せられてしまいました。
タムドクの部屋でのシーン、キハに火をつけさせて喜ぶタムドク、そして、ほめられてちょっとうれしそうなキハ・・。
そして、タムドクは、どきりとするようなことをさらりと口にします。
「僕は王子をやめる、だからキハも巫女をやめて、ふたりでいっしょに逃げよう。・・それで、キハが火をつける見世物をして、僕がお金を稼ぐ。」
まったく、そんな簡単なものじゃないのよ、世間っていうものは・・。
言われたほうの身にもなってほしいものです。
王宮内で互いに寄り添うように生きてきたキハは、彼のさびしさを知っているだけに、大いに心を揺り動かされたでしょう。
でも、またそんなことをおっしゃって、とも思ったでしょう。
なにしろ、相手は太子、そんな言葉に乗って二人で『逃亡者』になるなんてことはできないと。
それも、彼のために。
それと、キハにはもうひとつ理由があったのでしょうが、ここではそれはおいておきましょう、とりあえず。
さらに、王子様は、おやすみなさいと出ていこうとする彼女に、もう少しここに居てくれないか、話がしたい、なんて、自分の座っているベッドをぽんぽんとたたいて見せたりするんです。
彼に思いを寄せている彼女にしてみれば、まったくもう、人の気も知らないで、ということになるのかもしれません。
このあたり、王子、なかなか女の扱いになれてらっしゃいますな、むふふ・・という感じですね。
そして、今週放映されたばかりの第七話では、いよいよせつない場面が展開されて、ひょんなことからふたりは一夜をともにしてしまうのです。
貴族の子弟が誘拐されたと聞いて救出に向かったタムドクは、その夜、とある村で、食べる物もなく死んでしまう人々がいるのだと知ります。
その衝撃に、タムドクはキハにこんなことを口にします。
「僕は彼らのために何ができるだろうか。
家臣にも裏切られ、信じていた女性も他の者に心寄せているかもしれないと言うのに・・・。」
(これ、正確には違ったかもしれません。でも、だいたいこんな感じだったと思います。)
そう、その日、タムドクは、高句麗王家に忠実だった家臣から、国のために自決してほしいと言われてしまっていたのでした。
さらに、王宮内では唯一心を許していたキハも裏切っていたのだということまで!
小屋でふたりきりになって、タムドクはキハを見上げます。
その切れ長の目にはうっすらと涙が・・・。
まったく!
タムドク様、ずるいですわ。
そんな目で見られたら、キハが困るじゃありませんか!
そうでなくても、『ホゲ様に仕えている』などと例の家臣が言っていたけど、そのとき火天会長老に操られていたキハには、そんなことは全然記憶にないのですから!
そのこと自体、彼女自身、説明のつかないことなのですから!
でも、キハが愛しているのはタムトクただひとり、これだけは確かなこと。
いとおしいという気持ちを抑え切れなくて、彼女は彼を抱きしめます。
その姿は、恋人というだけでなく、姉のようでもあり、母のようでもあります。
このキハの抱擁には、私は大いに共感を覚えるのですが、いかがでしょうか・・。
その後、場面は変わり、二人が静かに寝ている場面が・・。
タムドクの胸が少しはだけているところと、起き上がったキハが赤い上衣を脱いでいたところから、視聴者の間に大論争が巻き起こったことはご存知かと思います。
私としてはやっぱりふたりは結ばれたと考えるのが自然だと思うんですけど、もしそうなら、少なくともタムトクの胸のはだけた部分をもう少し多めに(!)してほしかったですね(笑)。
なにしろ、鑑賞に十分堪えるお体でいらっしゃるんだから。
そのあと、キハは王を救うため城に戻るのですが、そのあたりの事情をタムドクに書き残します。
『・・・私は必ず帰ってきます、待っていてください』と。
それを読むタムドク。
そして、その傍らには綺麗に畳まれたタムドクの衣類が・・。
そこに残るキハのぬくもりに、タムドクは何かを決意したようでした。
ああ、次回が待ち遠しい、
まさに、目くるめくような待ち焦がれる思いとはこういうことを言うのですね。
たぶん、タムドクに心を寄せていたキハが彼の涙に打たれたように、私たちも彼にすっかり魅了されているのでしょう。
それは、単に、ぺ・ヨンジュンという俳優のファンだというだけでなく、高句麗王そのものになっている彼のソフトなカリスマに、魔法をかけられているのだと思います。
思えば金銀で、キムPDはおっしゃっていましたね。
『高句麗王タムドクだけが誰にもなしえないような事業を行った。彼だけが特別だったのは何か意味があるに違いない。・・タムドクが持っていた人を魅了するソフトなカリスマが、人を動かしたのではないかと・・。』
真摯に人を思いやる包容力が、北の雄と呼ばれた高句麗の大王タムドクの本質なのだと思います。
そして、同時にそれが、ぺ・ヨンジュンという俳優が、そのたくましい心とからだの中に秘めているものでもあるのだと思うのです。
チュンサンとタムドクに見るもの(一部ネタバレ?)
急に思いついて、『冬のソナタ』を観にひとり映画館に出かけた。
いつものようになじみの深い音楽、大スクリーンいっぱいに広がる雪景色と若い恋人たち。
すぐに引き込まれた。
同じように『ホテリアー』を大スクリーンで観たときの感動とはまったく違う種類のものが、むくむくと沸き起こった。
まるで、魂の底から揺さぶられているような気がした。
『僕のお父さんはだれ?』
ご存知、1話に出てくる、母ミヒへのチュンサンの問いかけである。
その真剣なまなざしに、若者らしい苦悩の深さが十分うかがえるのに、何もかもわかってるはずの母は、亡くなったのよ、としか答えようとしない。
父らしき人の姿を追い求める中で出会ったユジン。
思いがけなくも見つけた初恋。
それは、まだ運命の出会いなどと知るはずもない、あわいものではあったけれど、
彼の中にくっきりとあざやかなものを残す。
同じように、ユジンの中にも。
やがて訪れるいくつかの悲劇のあとで、ともかくもひとつの結論が出ることになるのだが、それはまだ遠い先のことだ。
冬景色の透明な空気の中で展開する、ふたりのしあわせな、思い出深い、いくつもの美しいシーン・・。
それでも、運命は不可思議な仕掛けを用意する。
その流れの中で、彼、チュンサンは問いかける。
『僕のお父さんはだれ?』と。
そして、それは、若い彼の、自分自身への問いかけでもある。
『僕は何者なのか?』という・・・。
チュンサンと同じ年頃のタムドクもまた、心の中に葛藤を抱えている。
チュンサンとは異なり、タムドクの側にいるのは王である父だ。
その父に、幼いころからかたく命じられていることが、彼にはある。
王たる証である出生の秘密も秀でた能力も、すべてを封印して弱き者としてふるまえ、と。
それは、息子の命を守るという愛情のためだけでなく、現王としての使命感から生まれたものである。
言い伝えの通り、この息子が選ばれた者であるなら、国のために何としてでも王位につけなければという・・・。
だが、この父には、息子の心の中のさびしさまで見て取る余裕はない。
父のこの言葉は、タムドクの手足を縛めるものでしかない。
だから、タムドクは微笑むしかない。
実は、彼にはわかっている。
この王宮には、自分の本当の姿を理解している人間がひとりもいないのだと。
たったひとりの友達だったホゲは、王位をめぐる争いから敵対する関係になってしまった。
幼いころから身近な存在だったキハは、なぜかはわからないが、消極的な反応しか見せない。
武道の師である将軍は、打ち解けて話をするという存在にはなりえない・・・。
自分のもって生まれた力を外に向かって示すことの許されない彼、タムドク。
孤独な王子は、城を抜け出して市井の人々に交わることで、さびしさを紛らわせるようになる。
猥雑で雑多な人々が行き交う場所、命のやりとりなど日常茶飯事な世界。
でも、少なくともそこには本音で生きている人々の暮らしが確かにある。
そして、そこで、運命に導かれるように、タムドクもまたスジニに出会う・・・。
その過程で、タムドクもまた、『自分とは何者か?』ということを繰り返し問いかけているのではないか。
今までも、これからも。
そして、チュンサンとは異なる方法で、見事、タムドクは彼らしい決着をつけるのだと思う。
父による縛めを自らの手で解き放ち、その向こう側に大王としてゆくという選択を・・・。
大スクリーンに映し出されたチュンサンの姿の中にタムドクを見たのは、『目がねなし』という点が共通で、その面差しが似ていたからにほかならない。
だから、たとえば、ウォンを、ドンヒョクを、チャヌを思い起こしてみれば、どの若者も自分が何者なのかということを繰り返し問いかけていたのだという気がする。
思えば、ぺ・ヨンジュンという俳優は、自分自身にもそんなことを問いかけながら、ずっとそれぞれのキャラを演じようとしているのかもしれない。
映画館を出てからふらりと立ち寄ったカフェで飲んだオレンジジュースは、果汁100パーセントだとのことだった。
最初から最後まで引き込まれるように観た映画のあとだったからか、または、チュンサンという若者のみずみずしい感性に触れたせいか、そのフレッシュな色も香も、まさしく混じりけのない南カリフォルニアの果実そのものだった。
たぶん、ぺ・ヨンジュンという俳優も・・・。
『太王四神記』その伝説のはじまり
☆みなさん、いかがでしたか。
私は、頭の中も、胸の内もぐるぐるとまわっています。
【最初の夜に~馬上のタムトク】
運よく、パソコンで最初の夜の番組を見ることができました。
待ち続けて二年、
やっと、姿を現してくださった、まず、そんなことを思いました。
冒頭部分、『太王四神記』のタイトルが出て、
突然、草原の向こうから馬で駆けてくる若者。
かげろうのようにゆっくりと、
突然の風のようにきまぐれに。
いかにも古代の伝説の中から突然生まれ出たようで、
なのに、くっきりと鮮やかで・・・。
長い髪が上に下にと揺れ、
じっとこちらを見つめているまなざしが
痛いほど感じられて、
ああ、本当にこんな方だったのだと、
私は、その姿をはっきりと見たように思いました。
戦陣に出向く兵士たちに、何か大声で檄を飛ばしている鎧姿の若い王。
りりしい、というだけではとても言葉が足りない、
百戦錬磨のおそろしげな兵士たちを、
いともたやすく持って生まれた力で指揮したのだと・・。
市場でスジニをからかうタムドク。
気さくなそのあたりにいそうな若者の姿。
悲しい目でじっとキハを見つめるタムドク。
愛するものに向けられるやさしい心の持ち主・・。
そのどれもが、まさしくタムドクそのものなのだと思いました。
なのに、かえって、彼:高句麗王タムドクを遠くに感じてしまったのは、私だけでしょうか。
言葉がわからないせいかもしれませんが、取り巻く人々を紹介しながら、
タムドクの周辺部分をさらりと語ってみせただけというふうに思えたのです。
そういう意味では、あの「金」と「銀」の構成に似ているのかもしれません。
高句麗王タムドクとはいったい何者なのか、
そんな疑問がいよいよ深くなったような気さえしました。
もしかしたら、それこそが、監督さんのねらいだったのかもしれませんが・・。
【幕開けに~ファヌンについて】
あるサイトで、鮮明に映った写真を一目見て、このお方はタダモノではないと思いました。
まるで、古代ギリシアかローマの神々を思わせるような美しさではありませんか!
それは、ぺ・ヨンジュンという俳優が本来もっている純粋さ、気高さを限界までに凝縮した姿でした。
このような気高さは、ユーラシア的というか、ヘレニズム的というか、ともかく、洋の東西を問わず普遍的なものだと思います。
神聖な冒しがたいもの、そんな印象さえ受けます。
その上、この神聖なる銀髪の神は、自ら愛する者を葬り去らねばならなかった時、涙を流して見せたりするわけです。
それも、静かに、そして、ふかく!
すべての感情をどこかに消し去ってしまったかのように。
静謐な中での、深いかなしみ、
神々しい姿を見つめながら、不遜にもそんなことを思ってしまいました。
『太王四神記』予告編を見て
☆おひさしぶりです。
「予告編」、ごらんになりましたか?
圧倒的な存在感で、ぐいぐいと迫ってくるものがありましたね。
はっきり言って、これは予想をはるかに上回った大王の登場という感じです。
だから、私はあっさりと兜を脱ぐことにしました。
そして、一年もタムトクの創作を勝手に書いてきた者として、ヨンジュンさん、あなたに言いたいのです。
ごめん、私の想像力のはるか上を行ってましたって・・。
★写真、入れ替えました。これ、今日公開された新しい予告編のタムドクです。
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いななく馬。
手綱を引き絞り、遠くを見はるかす伝説の王。
背後にひるがえる赤い旗。
神前に舞う、悲しいさだめの神女。
天に昇りゆく龍。
火の粉を飛び散らせる朱雀のはばたき。
暗躍する暗黒の者たち。
まがまがしい影を帯びた貴公子。
雄たけびを上げる武士(もののふ)たち。
『ひとつの映画を作っているようなもの。』
『ヨンサマは大王そのものだった。』
『見事なCG。』
『これまでのドラマとまったく違う。』
これまで言われてきたように。
いえ、それ以上に!
どんな言葉をもってしても、
なお足りないほどに!
これまであれこれと描いてきたもの、
それを、いともたやすく凌駕して、
あなたは、今、圧倒的な力を身につけて、
私の目の前にいる。
。。。。。。。。。。。
あなたはどんなタムドク王を見たいですか?
ひれ伏す民の前に君臨する威風堂々たる姿?
騎馬兵たちを率いて戦陣を駆け抜ける雄々しい姿?
それとも、かなわぬ想いに人知れず苦悩する姿?
さわやかな笑顔で草原を駆け抜ける若者らしい姿?
もう、やめよう、高句麗王タムドクについてあれこれと語るのは。
ただ、そのお方の登場を静かに待つことにしよう。
『太王四神記』韓国放映確定!
ついさっき、公式のニュースに、
韓国での放映が決まったと発表されました。
やっとここまで来ました。
日本での放送も、もうまもなく発表されるでしょう。
もうじき、
タムドク様、あなたにお会いできます。
私が頭の中で描いた、
それ以上のお姿を、
それ以上の夢を、
お待ちしています。
【創作】契丹の王子⑨
明日の夜には帰る、その言葉の通り、その日の深夜、タムトク様は屋敷にもどっていらっしゃいました。
「お帰りなさいませ。」
うきうきと出迎えた私に、タムトク様は、ああ、と無愛想にうなずきましたが、そのまま私の前を素通りして歩いて行ってしまいました。
ちょうど眠い目をこすりながら起きだしてきたワタルが、戸惑ったようにこちらを見たので、私もちょっとあわてました。
もしかしたら、母上様のことでお怒りなのかしら?
そんなことがちらりと頭をかすめましたけど、すぐに、もしかしたら・・と思いました。
ちょっと照れていらっしゃるのかもしれないと・・。
タムトク様を襲った少年が処刑を免れて軽い刑に処せられたと私が知ったのは、お帰りになる少し前のことでした。
様子を見に行かせた警護兵が、側近の方をつかまえて直接聞いてきたというのです。
『それがですね、タムトク様ご自身も処刑には反対だとおっしゃっていたとか。
いえいえ、なんでも、審議の始まった一昨日からずっと少年をかばわれていたとのことです。
契丹がらみとなるといつも厳しいお顔をされるのに、って、みなさん、不思議がっているようですよ。』
その話を聞いて、私はうれしさが体中に広がっていくような気持ちになりました。
でも、すぐに、はっとしました。
審議の始まった最初のときからその少年をかばっていたということは、
私があんなことを言ったために、タムトク様のお気持ちが変わったのではないということなのです。
そうなんです、最初から、タムトク様も私と同じことを考えていらしたのです。
いいえ、私なんかよりももっと深く広く、
ワタルやチャヌス様のことだけじゃなくて、
亡くなった母上様のこと、それからもちろんこの国のことや民のことなども・・・。
考えてみたら、タムトク様って、もともとそういう方ですもの。
大きくて、あたたかで、やさしくて・・・。
そして、亡くなられた母上様にまつわる『内なるトゲ』も抜けたということなのでしょう。
そう思ったら、本当にうれしくて、うれしくて・・・。
いいえ、
じゃあ、どうして昨日は恐ろしい顔であんなことをおっしゃったの?なんて思いませんでしたわ。
だって、男の方って、そういうところがあるでしょう?
これは内緒ですけどね、タムトク様も、そんな、ちょっとかわいらしいと思うようなところがありました。
それは、母上様が亡くなったのはご自分が幼かったせいだと、
そんなふうに思っていらしたことと関係があるかもしれません。
母上様を守るのはご自分の使命だと、幼いころから思っていらしたようなのです。
そして、王様となった今でも・・・。
そういえば、ワタルもタムトク様に似ているところがありますわ。
倭にいたころから、ワタルは、母親である私を守ろうと、せいいっぱい背伸びをしようとするところがありました。
そんな息子をもった母親がどう思うか、もうおわかりでしょう?
うれしい反面、いつもはらはらしてばかりでしたわ。
だから・・、
そんなワタルを見ている私にはわかります、
もしも、母上様が今のタムトク様をご覧になったら、
どんなにうれしく、そして誇らしく思われたかと!
そして、そんな、大きな魂とかわいらしい部分を併せ持っている男の方って、
私、好きですわ・・。
あら、話が横道にそれましたわね。
ともかく、そのときタムトク様は、私に対していかにもそっけないという態度をとっていらっしゃいました。
でも、私は平気でした。
タムトク様の中に刺さっていたトゲが抜けたのだと思うと、もうそれだけで、本当に私はうれしかったのです。
ちょっと心配そうなワタルに、困ったお父上ねと目を丸くして見せてから、
私は、前を歩いていくタムトク様のあとを小走りについていこうとしました。
と、タムトク様は、突然そこで立ち止まりました。
「タシラカ!」
そう、まっすぐ前を向いたまま、いきなり声をかけたのです。
「走ってはならぬ。」
さも重大なことのように、しかも、こちらの方など目もくれずに、そんなことをおっしゃるのです。
私は笑いをこらえて、はい、と答えました。
と、タシラカ・・、今度はため息をつくようにおっしゃって・・。
くるりとふり向いたタムトク様は、ちょっと恥ずかしそうな顔をしていました。
タムトク様は、そのお顔のまま、そばで見上げているワタルの頭を大きな手のひらでなでると、
私に向かっておっしゃいました。
「そなた、起きていてもよいのか?
こんな夜更けまで・・。
お腹の子に障るではないか?」
「はい。
さっきまで休んでいましたの。
お帰りになると聞きましたので、
あわてて起きだしてきたんです。」
そんなことを話しているうちに、私の「にっこり」は、つい大きくなってしまいました。
タムトク様は、まぶしそうな顔をされて、
「・・・無理をするな。」
ぶっきらぼうにそう言い捨てて、そのまま歩いて行ってしまおうとなさいました。
でも、その左手には、いつのまにか、ワタルの小さな右手がしっかりと握られていて・・。
私は、はい、と短く返事をしましたが、つい、その中にうきうきしたものが入ってしまったようでした。
タムトク様はぴたりと足を止めると、向こうを向いたまま、ちょっと硬い口調でおっしゃいました。
「タシラカ」
「はい。」
「あの少年のことだが・・、強制労働になった。」
「はい。」
「正当な審議の結果だ。
そなたのためではない。」
「はい。」
「ワタルもよいな?
仕返しなど、無用だ!」
仕返し?と、その言葉が、私の頭の中ではぐるぐると回りましたが、
そんな私になど関係ないとばかりに、ワタルは、急いでこくんとうなずきました。
何かしら?と思いつつ、私はまた別の思いで、その複雑な表情を見つめました。
数日前におこったこの事件について、ワタルはどのように思ったのでしょう。
あとで聞いた話では、ワタルは自分の父親が襲われたということを聞いて、一番にその場に駆けつけてきたというのです。
倭でもいろいろなことがありましたけど、そのたびごとに、
『母上、だいじょうぶ?けがはない?』
そんなことを、ワタルは何度も何度も口にしていたのです。
そんなワタルが、その事件のことを私にひとことも話そうとしないのは、
小さな身体で、大きすぎる衝撃を必死に受け止めようとしていたのかもしれません。
考えてみれば、まだ10歳なのです。
そうでなくても、高句麗王の息子としてお城の中ではいやおうなしに注目され、いろんなことがあるでしょうに。
母親である私が、知らないことだって・・・。
今回のことだって、そう・・・。
私はちょっと落ち着かない気持ちになりました。
ワタルは、これからどんな道を行くのだろうと・・。
タムトク様の母上様のお気持ちがほんの少しわかったような気がして・・・。
と、タムトク様が、再び私の方をふり返りました。
おいで・・、と差し出された右手に、私も右手を差し伸べました。
あたかかい大きな手のひらの感触、
私を見つめる切れ長の澄んだ瞳・・・。
その向こうに、ワタルの笑顔。
「ワタル、冬が来るころ、そなたに弟か妹ができる。」
「チャヌスみたいな?」
ワタルのけげんそうな顔。
「ああ、そうだ。
チャヌスみたいな赤子だ。
そなたは兄だ。
やさしくしてやるんだぞ。」
「はい!」
急に引き締まった顔になったワタルに、タムトク様はやさしい笑みを浮かべました。
「今夜は、三人で寝よう。」
まあ、三人で・・、と反射的ににっこりしてしまってから、だいじょうぶかしらと、私は後ろをふりかえりました。
侍女頭のウネがあわてて侍女たちに、夜具をあちらに運ぶよう小声で指示しているのが見えて・・・。
私はくすくすと笑いながら、タムトク様を見上げました。
「なんだ?」
「・・なんでもありませんわ。」
そう、なんでもないことです。
ふつうの、男と女の、ふつうのしあわせな生活。
うれしいこと、つらいこと、苦しいこと、
すべてのことを、
ふたりでわかちあっていくのだと・・・。
はい、その日の出来事は、これでおしまいですわ。
全部お話しましたもの。
え?
そのあとのことがあるでしょうって?
いいえ、ご想像のようなことは、その夜は何もございませんでした。
何よりも、ワタルがいっしょでしたもの。
それに、私の体調がまだ不安定なままでしたから、
やさしいタムトク様は、無理なことはなにひとつなさいませんでしたわ。
ただ、そうですわね、ひとつだけお話することがあるとしたら、
ワタルがぐっすり眠り込んだあとのことでございます。
タムトク様は、まだほとんどふくらんでいない私のお腹に手をあてられました。
「不思議だ・・・」
「そうですか?」
「そなたは何とも思わないのか?
・・・そなたと私の創り出した生命がここにあるのだぞ。」
「はい・・。
そこに眠り込んでいる命もありますわ。」
う~む、とタムトク様は、ワタルの無邪気な寝顔を見つめました。
「ふたりで命を創り出せるように・・、
そのように、タムトク様も、私も創られているのでしょう?」
「そうだな、タシラカ、
そなたと私は、そう創られているのだ、
そして、たぶん、それはずっと以前から決まっていたことなのだ。
そして、それを・・・・」
タムトク様はそのあとで、何か母上様のことを口にされたように思いました。
でも、その声はすごく小さくて・・。
ただ、私は・・・、
私は、タムトク様の、母上様への思いが、
そして、母上様の、タムトク様への思いが、
そのとき初めてはっきりとわかったような気がしたのです。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
できるだけそなたの側にいたいのだ、そんなことを言ったのにもかかわらず、それから1月後、
タムトクは異民族との戦いに出陣していった。
月満ちて、その年の冬、初雪の降る日に、タシラカは女の子を産んだ。
戦陣にあったタムトクが初めて娘をその腕に抱くことができたのは、それから10日の後のことだった。
ユナと名づけられた幼い女の子は、母譲りの大きな黒い瞳と、父に似た意志の強そうな口元を持っていた。
~~~~~~~~~~~~~~
☆『タムトクの恋』は一応ここで終了したいと思います。ここらで一区切りかなと思いますので。
ただ、また、むくむくとその気になったら、ゲリラ的に書くかもしれませんが、そのときはまた読んでくださいね。
☆このあと、『ホテリアー』に戻るようにしたいと思います。あちらはどうなってるんだという声をいただいているので・・。
☆少しの間だと思いますが、これから留守にします。
ちょっと大変な生活に突入しそうなので、その間、妄想にふけって新しいお話の準備をしたいと思います。
では、みなさん、時節柄、お体に気をつけてくださいね。
【創作】契丹の王子⑧
☆一週間に一度は・・、なんて書きましたが、思いのほか筆(?)が進みました。
思い切ってアップしますね。
~~~~~~~~~~~~~~~~
『王に危害を加えようとした罪は重大だが、若年ということを勘案して特に罪一等を許し、
強制労働3年に処することとする・・』
審議が終わり、採決がくだされたのは、あくる日の夜になってからだった。
サトは立ち上がって、王の方をふり返った。
満足する結果だったらしく、ほっとした顔をしている。
審議が紛糾したのは、例の契丹の少年に対し、厳罰でのぞむと思われていた王が意外にも寛容な姿勢を見せたからだった。
『契丹』がからんでくると暴走しかねない王を戒めなければならない、そう思っていたサトにも、ちょっとした驚きだった。
サトでさえそうなのだから、勝ち組にのろうと最初から少年を糾弾していた一派は腰砕け状態になった。
王がそうおっしゃるのなら、寛大なお心を見せるのも時にはよいかもしれませんな、
などと多くはこれに迎合する姿勢を見せたが、
法務官僚の筆頭ハン・スジムなどは、これに激しく反発した。
少年の行為は王に対する明確な反逆のあらわれであり、ひいてはわが高句麗に対する暴力行為である、これを放置しておけば・・・、
などと、ほとんどの者には理解不能な理屈を並べ立てた。
もっとも、スジムの言いたいことはわかっていた。
王の弱腰とも見えるような姿勢の裏には、寵愛する倭のタシラカの意思が働いているのではないかということだ。
すでに、前日の王と倭の側室との会話は、扉の外に立つ警護兵たちによってごく一部の者たちに伝えられていた。
『タシラカ様が王に何か嘆願をしたらしい、それはどうも今回の審議にかかわりのかることで、そのために、王がひどくお怒りになられたそうな。』
この不確かな情報は、城内の人々を少なからず動揺させた。
今回の審議について、王の態度がいつもと微妙に違うと思っていたら、
どうも、その裏には倭のお妃の意向があったらしい、というのである。
慈悲の心は歓迎すべきもので、タシラカ妃の言動が事実だとすると、これはある種の『美談』だということになるが、コトはそれほど単純ではなかった。
古来、女人が、特に王の妃が、政に口をさしはさむのを禁忌とする風潮があるのも、また事実なのであった。
現に、ハン家のスジムなどは、法をつかさどる王が寵妃のひとことによって刑の軽重を決定したとするならば、これは重大なことだといいたいのである。
実のところ、そこにはハン家の人々の思惑が大きく影響していたのだった。
前日の昼ごろ、タシラカの『ご懐妊』が発表されたからである。
せっかくハン家出身の正妃スヨンに正当な嫡子が生まれたというのに、
ここに来てまた倭のタシラカに大きく水をあけられては・・、というわけである。
『・・王のお胤ではないのでは?計算が合わぬ!』
『そうだ、王は、つい先ごろまでずっと戦陣におられたのだからな!』
そんな驚くようなカゲ口まで飛び出した。
が、すぐに、興味深い、だが、彼らにとって不都合な真実が次々に伝えられた。
ひとつは、あの時の子だな、と即座にタムトク王が自ら認めたということ、
それから、和平協定が結ばれるやいなや、王はわずかな手勢を率いて倭のお方の元にお帰りになられたのだという側近たちの話である。
となると、あとはタシラカとワタルの発言力が強まることへの危機感とやっかみもあって、
何でもいいから足を引っ張ってやれという空気になったのだった。
もちろん、足を引っ張る相手は王ではない、・・・そんな恐ろしいことは誰もできるはずもない。
そう、それは、明らかに側室、倭のタシラカである。
まるで、言いがかりだと、サトは思った。
それもこれも、正妃スヨンが気鬱のような状態のまま、はかばかしい回復を見せないからなのだ。
このままでは実質上の正妃は倭のタシラカということになり、
王の後継も、10歳という年齢ながら、その素質十分と目されるワタルに決まりそうな気配なのだった。
アカネなどは、当然よ、と大きな腹を抱えて歓声を上げそうだが、サトは少々複雑な気持ちだった。
ふつうの男として迎えに来てほしい・・、そう言って10年前別れを告げたタシラカ。
タムトクも、できればタシラカの願いをかなえてやりたいに違いなかった。
だが、高句麗王という立場からは、国のことをまず第一に考えなければならず、
となれば、当然、かの『龍のしるし』を持つワタルの力を埋もれさせたままにするわけにもいかなかった。
まあ、そのあたりが王のジレンマなのだと、サトは、文官の作成した書類を前に、王印を自ら手にしているタムトクをながめた。
やがてすべての手続きが終わったのか、タムトクが顔を上げてこちらをながめた。
サトと目が合い、にっこりと笑う。
それから、奥の間についてくるよう目配せを送ってきた。
このあたり、さすが長年仕えた主従ならではのタイミングである。
サトは少しばかり誇らしい気持ちで、王に従った。
「終わったぞ。」
はい、とサトがうなずく。
「では、すぐにでもお帰りに?・・・飛ぶように?」
「飛ぶように、帰りたいが・・。」
少しばかり歯切れが悪くなる。
サトは笑みを浮かべた。
「タシラカ様がお喜びでしょう。」
タムトクはひとつうなずいたが、唇を引き結ぶと、サト、と真剣な顔で言った。
「こたびの裁決は、タシラカには関係のないことだ。」
「はい。
わかっています。
王は一昨日審議が始まってから、ずっと同じ姿勢を貫いておられました。
年端もゆかない者を、激情にかられて処罰しても意味がないと・・。」
うなずいたタムトクに、サトは続けた。
「適切な、正しいご判断だと思いました。
ただ、とりわけ寛大なご判断となった理由を、お聞きしてもいいですか?」
ふふ・・、と、タムトクはうすい笑みを浮かべた。
「ワタルだ。」
ワタル様?とサトは反芻した。
『タシラカ様』ではないのかと・・。
「タシラカではない。
あのとき、・・あの事件の起こったときのことだ、
ワタルが真っ先に駆け寄ってきて、こう言ったのだ、
父上に何かあったら、俺が必ず仕返します!とな。」
タムトクはうつむいて続ける。
「あの目は・・、
ワタルの、あのまっすぐな目は、私には恐ろしかった。」
恐ろしかったという王の言葉に少なからず驚きながら、ああ、とサトも思った。
サトもあの事件のすぐあとに、その場に駆けつけたのだった。
警護兵たちにがんじがらめにされた少年、それから少し離れて立つ王、
周辺は側近たちや兵たちの怒号が飛び交い、かなり混乱した雰囲気だった。
だが、そんなことよりも、そこにすくっと立ちはだかっているワタルの小さな姿がひどく印象的だったのだ。
水のように落ち着きはらって何事もなかったかのようにふるまっている王と、
取り押さえられている少年を、鋭い眼光むき出しのままにらみつけているワタル。
そうか、あのとき、ワタル様が、そのようなことを王に・・。
「さすが、タムトク様のお子です、
頼もしいではありませんか!」
サトは笑って言ったが、タムトクは首を横に振った。
「あのときのワタルの目の輝き、あれはまさしく龍のしるしを思わせるものだった。
一触即発といったところだったな。
正直言うと、うれしくもあった。
その内側に同じものを持ち、おのれの意思を引き継いでくれる息子がそこにいる、
そう思うだけで、ああ、私も父親になったのだなと、そう思ったからだ。
が、喜んでばかりいられない。」
「・・・龍を制御する方法を学ばせねばならないと?
あなたのように?」
タムトクは静かにうなずいた。
「若い龍は、時によっては周囲の者たちにとって脅威となる。
・・・すべてのものを焼き尽くすこともある。」
タムトクの口調にほろ苦いものが入り混じる。
サトは、タムトクの言いたいことがよくわかった。
龍のしるし、
王たる者の力の証。
亡き父王がそのために身を滅ぼし、国を危うくし・・・、
また高句麗王となったタムトクも、この若さでありながら、思いのままに国を統率し、
民の敬愛を一身に集め、軍を率い、敵を打ち破り・・・、
そして、亡くなった母后のために、激情のままに殺戮をほしいままにし・・・。
母后、それから敵と見なした契丹王のことを、タムトクは何も語ろうとしない。
が、ほかの者はいざ知らず、そばに仕えているサトにはわかる、
それが、タムトクの内側のどこかにあるのだということを。
そう、奪われた母への思いとともに!
「それで、もはや禍根は残すまいと、そうお考えになられたのですね。
王としてだけでなく、父として・・?」
タムトクの口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
「そうだ、王としてだけでなく、父として!
あらゆる意味で、恨みをワタルに残してはならぬ。
・・私も、ふつうの父親だ。
ふん、『ふつう』とは、なにもタシラカだけの言葉ではないぞ。
私も、いろいろと思うことがあるのだ。」
タムトクは続ける。
「・・私はワタルをどう扱っていいのか、わからなくなることがあった。
いや、かわいくないわけではない、
私そっくりの、血を分けた息子だ。
だが、赤子のころからずっとその成長を見ているわけではない、
いきなり現れた不思議な何者かのように感じることもある。
それでも、
にこにこと、ちちうえ、ちちうえ、と慕ってくれる。」
タムトクは気恥ずかしそうに、ちらりとサトを見た。
「サト、いずれそなたもわかるだろうが、
女人と違って、男というものは一足飛びに親になれるわけではないのだと思う。
生まれ出た子の泣き顔も、笑顔も、しかめつらもこの目で見て、
やわらかな頬をつついたり、頭をなでたり、大声で叱ったり、
轡を並べて馬を駆けさせたり、
剣術の相手になってやったり、
小難しい論語をみてやったり、
いろいろなことをいっしょに考えながら、
少しずつ父親になるのだ、たぶん。
・・なのに、私とワタルには決定的に欠けている数年間があった。」
そうだろう?というように、サトに同意を求める。
「だからこそ、こたびのことで、
・・そうだ、あの少年のことで苦い思いを二人で共有したぶんだけ、
少しだけだが、本当の意味で、私もワタルの父親になれたような気がする。」
タムトクの率直な物言いに、サトは笑みを浮かべた。
「ならば、そのとき、タシラカ様にそのことを直接お伝えすればよかったのでは?
お子に対するおふたりの思いは同じように思えますが・・・。」
「ははは・・・・、
そのつもりだったのだ。
が、できなかった。
タシラカに先を越されたからな。
その話を、彼女に続けさせるわけにはいかなかった。
倭の妃が国の政に口をさしはさんだということになる。」
「確かに。」
そう、王ならば、そんなことは寵愛する側室に許してはならなかった。
なんであれ政に関することで、異国出身の寵妃の願いごとを聞き届けてやったなどということになれば、苦しい立場に立たされるのは王ではなく、当の妃の方だからだ。
「タシラカをここに連れてくるときに、私は約束したのだ、
そなたとワタルは、この私が必ず守ると・・・。
まして、今回のことは、いわば、私の弱さに端を発しているようなものだ。
このようなことで、愛する者たちを窮地に追いやってどうするのだ!」
サトはうなずいたが、勇気を出して、もう一歩進んでみることにした。
「それで、タシラカ様の嘆願をはねつけてお怒りになってみせたと、
そういうわけですね?」
タムトクはこちらに顔を向けると、ちょっと恥ずかしそうな、
それでいて憂いを含んだ笑みを浮かべた。
「それは、・・怒りにかられそうになった理由は、
厳密にいうとそうではない、サト。
そのようなりっぱなものばかりではないのだ。
あまり言いたくはないが・・・・。」
タムトクはためらうように言葉を切ってから、低い声で続けた。
「さっき、王としてでなく、父として・・などと私は言ったが、
実は、もうひとつあるのだ。
・・・幸い薄いひとりの女人の息子として、だ。」
「タムトク・・さま・・」
サトは、からからになった喉を振り絞るようにして、その名を呼んだ。
「何も言うな、サト。
わかっているのだ。
・・母上のことを、タシラカに言われて、胸がひどく痛かった。
とっさに、そなたに何がわかる、そう思ってしまった。
が、あのタシラカが必死になって訴えようとしたことだ、
私を傷つけようとしたのではない、
むしろ、私を救おうとしていたのだ。
・・・そうだ、そんなことはわかっているのだ、
夫婦だからな。」
タムトクは静かな、だが、熱いまなざしで言った。
「怒りにかられている場合ではない、
私も決着をつける時なのだ。」
【創作】契丹の王子⑦
用意された馬車で屋敷に帰った私は、周囲から言われるがままに、横になりました。
やっぱり、疲れていたようです。
すでに屋敷の者たちは、懐妊のことを知らされているらしく、誰もかれもが、おめでとうございます、などと、私ににこにこ笑いかける一方、何か食べたいものはあるか、気分は悪くないか、などと、あれこれと気遣っているようでした。
また、長老家をはじめ日頃懇意にしているひとたちや出入りの商人たちから、早くもお祝いと称して使者がやってきたりしましたので、その応対に、侍女たちは追われているようでした。
そんな気ぜわしい空気がただよう中で、お城から届いたという豪華な夜具にくるまれたまま、私はひとり考えていました。
あんなことをいわなければよかったと・・・。
いいえ、あの少年の命を助けてくださいとタムトク様にお願いしたことじゃありません。
母上様のことを口にしてしまったことでございます。
あの方の、母上様への思いは、十分わかっているつもりでいました。
母上様が契丹の国にとらわれたまま亡くなられたことも、そのためにタムトク様が幼い日々をどんな思いで過ごし、王となってからどんな形で復讐を果たされたかについても、直接あの方からお聞きしていましたから。
でも、それほど大きなものをあの方の中に残しているとは、正直いって思っていませんでした。
タムトク様は、強く大きく、いつも堂々としていて、この国の誰からも愛されていらっしゃいました。
そして、その広い胸で、周囲をあたたかく包んでくださる方でした。
そんな方が、内側に抱えていた痛み・・・。
王として堂々とふるまう中で、隠し通していた心のトゲ。
いいえ、それは違いますわね。
サト殿やジャン将軍ら、ごく近くに仕える方々にはわかっていたことでした。
そして私も、本当は気がついていたのでしょう、
ただ、ちゃんと見ようとしなかっただけ・・。
あの方のやさしさ、大きさに、いつまでも甘えていたかったのかもしれません。
たとえば、もうご存知でしょうけど、私は、倭にいたころ、幼いワタルと負傷したサト殿を守るためとはいえ、侵入してきた賊の一人の命を奪ってしまったことがありました。
それはあなたのせいではない、いたしかたないことだ、誰もがそう言いました。
でも、私は、血で汚れたこの手が恐ろしくて・・・。
タムトク様に再会したとき、私は穢れた自分があの方にはふさわしくないような気がしていました。
そんな私を、タムトク様はゆったりと受け止めてくださったのでした。
『自分と愛する者たちの命を守ることは罪でもなんでもない、
・・・そなたが罪だと感じているものなど、
私がいくらでも背負ってやる。
そなたの罪も、それからそなたも、すべて私のものだ。』
そんな言葉を耳にしたとき、この方はなんという方かと思いました。
そして、そんな方とめぐり会えたことに、私は素直に感謝しました。
タムトク様とは、確かにそれだけの広がり、大きさを持った方でした。
なのに、それだけの大きさを持った内なる部分に、突き刺さっていた小さなトゲ、ひそかに息づいていた痛み・・・。
そして、それに気がついていたはずなのに、小ざかしい言葉で、その傷口を広げてしまった私。
あの方の悲しみ、孤独、その深さをちゃんと見ようともしないままに・・。
そして、そのことは、直接あの少年の運命にかかわってくることになるのでした。
タムトク様は冷静で中立な方でしたが、あの冷ややかな、それでいて悲しい瞳の色から考えると、もしかしたらあの少年に厳しい処断を下されるかもしれない・・。
でも、それは、あの少年だけに向けられるものではないのです。
ワタルもチャヌス様もこの生まれてくるお子も、『そのこと』を引きずっていくことになるのですから。
そして、それでは、
なによりも、あの方の中に刺さっているトゲだって、
いつまでも痛いままなのに!
そんなふうに思い悩んでいたとき、部屋にやってきたのは、アカネ殿に代わって屋敷の中を切り盛りするようになった、長老家出身の侍女頭、ウネでした。
ウネは、『タムトク様からのお文』を手にしていました。
言い忘れましたが、私は高句麗に来てから漢という国の文字を学んでいました。
当時こちらでも、文字を自在に操ることのできるのは、お城の高等文官か一部の貴族の方々だけでした。
漢の文化を取り入れることに熱心な長老家は別として、ほとんどの女人は文字などまるで別世界のことでございました。
でも私は、それが、離れて生活することの多い私たちを結ぶものになりそうな気がしましたので、お城の中で、ワタルたちといっしょに教えていただくことにしたのです。
難しくはなかったかって?
それは、もちろんたいへんでしたわ。
ワタルにもすぐにおいていかれましたし・・。
私も必死に勉強したんですよ。
タムトク様も、折をみては、私の手習いを見てくださいましたし・・。
・・うふふ、それはとても楽しかったですわ。
あの方は留学した高等文官顔負けの知識を持っていらっしゃいましたから、私など赤子のようなものでしたでしょうけど、ひとつずつ、それは熱心に教えてくださいましたの。
『そなたは、見込みがあるようだ。』
そんなふうに、にこにことほめてくださって・・。
ええ、そうです、あの方が教えてくださったから、
私のような者でも、どうにかこうにか片言ながら漢の文字も読めるようになったんです。
でも、ワタルにはとてもかないませんでした。
若さというのは恐ろしいものですね。
あの水を吸い込むような吸収力に、わが子ながら、私はひそかに舌をまきました。
ワタルのことはいずれお話するとして・・、そうそう、タムトク様からの文のことです。
そこには、『愛』『慈』『体』『子』『誠』など、私の読めそうな漢の文字が並んでいました。
あの方のやさしい気持ちが痛いほど感じられて、私は涙ぐんでしまいました。
でも、あの少年のことは、ひとことも触れられていないようでしたけれど・・・。
長老家で教育を受けたウネは、興味深々と言った顔で言いました。
「・・・タムトク様、何と書いてこられたんです?」
「秘密です!」
私がすまして言いますと、にっと笑って、
「はいはい、秘密ですね、わかっておりますよ、
私だって、タムトク様のお文をあれこれと詮索したくはございません。
でもね、ちょっと気になる話を小耳にはさんだものですから。」
気になる話?
怪訝な顔の私に、ウネは、はい、と言って続けたのです。
「・・詳しいことは存じません。
ただ、タムトク様がお方様のことをひどくお怒りで、
そのために、こんなおめでたい日だというのに、お屋敷にお帰りにならないんだって・・。」
まあ!
なんといっていいかわからない私に、ウネは左手をひらひらさせて続けました。
「だから、私は、そんなことあるはずないって、そう言ったんですよ。
でも、出陣されているのならともかく、お城にいらっしゃるのにこちらにお見えにならないっていうのは、どうしてかしらってみな申しますので・・・。
何かおかしな噂でもたったら、また側室をお薦めしたらどうかなんて、
妙なことを企てる輩も出てくるかもしれないじゃないですか!
そんなことになってもつまらないと思いましたので、あとでお方様にお聞きしてみようかと・・・」
「・・タムトク様は、政務でお忙しいのよ。」
「お方さま、仕事が忙しいっていうのはですね、昔から殿方がよく使う手なんですよ。
いかにお忙しいって言ってもですねえ、こんな日は何があろうとも、
こちらにおいでになってお祝いのお膳を囲むっていうのがふつうなんでございますからね。」
私は思わず笑ってしまいました。
『ふつう』という言葉がおかしかったからです。
「タムトク様は、ふつうの方じゃないわ。残念ですけど・・・。」
「そ、そうではございますけど・・。」
タムトク様と私にとって『ふつう』という言葉は、特別の意味を持っているのです。
でも、そんなことを、彼女が知っているはずもありません。
それでも、ウネは私の手の中の文を見て、にっこり笑って言いました。
「でも、このような文をくださるなんて、私の取り越し苦労でしたわ。
お祝いのお膳は、明日でもようございましょう!
さっそく、お城に使いを出されて、お待ち申し上げておりますって、
タムトク様にお伝えしてはいかがですか?」
ウネはそこで勢いこんで、得意の長いお説教を始めました。
「お方様、いつも申しあげていますように、なんだかんだと言っても、殿方は素直でしおらしい女人がお好きなんですわ。
賢いお方よりも、むしろ少しぼ~っとしているくらいのほうが、時には好ましいと思うものなんです。
お城でタムトク様との間にどんなやりとりがあったのか存じませんけど、
せっかくタムトク様が文などくださったのですから、
ここは素直にお詫びを申し上げてですね、
お慕いしておりますと、そうおっしゃったほうが・・・」
【創作】契丹の王子⑥
考えてみれば、ジャン将軍とは、タムトク様と初めてお会いした百済王都以来のつき合いということになります。
サト殿と同じですわね。
最初のころは、タムトク様の前に突然現れた私を、冷ややかな目で見ていましたけど、だんだんやさしい言葉をかけてくれるようになりました。
とりわけ、ワタルに対しては、ヒマをみつけては騎馬や武術の手ほどきをしようとするほどの入れ込みようで、指導係のシギョンが気をもむほどでした。
だからというわけでもないのでしょうが、こういうときは、なぜかいつも一番に駆けつけてくるのです。
その日も、近くの草原で歩兵訓練を指揮していたとのことでした。
城の中庭で教練中のワタルにもまだ知らせていないうちのことでしたから、本当にどこからどう情報を仕入れるのでしょう。
そして、そんな将軍につられるように、あの若い側近や私がつれてきた侍女たち、それから警護兵たちやら近くにいた下働きの者たちまで20人ばかりが客間になだれこんできたのです。
それほど広くない部屋は、ちょっとしたお祭り騒ぎのようになってしまいました。
「いや、まったく、タシラカ様、お手柄でございましたな!」
「将軍、この手柄はタシラカだけのものではない、
私の手柄でもあるのだ。」
「ああ、それは失礼をば!
王のご協力なくしては、お子はできませんからな!」
タムトク様のぬけぬけとした言葉に、ジャン将軍が頭を下げ、その場にいた人たちがどっと笑いました。
タムトク様は、王というご身分でありながら、こんなときすっとその場の人々の輪に入ることのできる方でした。
でも、周囲の人々から見れば、『王』というと、何となく畏れ多い、遠慮のようなものがあったのも事実でしょう。
それを、ジャン将軍はそのきわどい話によって見事なまでに埋めてしまうのでした。
タムトク様も、そこに集まった人たちも、みな楽しそうにしていました。
でも、私は寝台の上に座ったまま、将軍の話をただ黙って聞いていました。
いいえ、きわどい冗談についていけなかったわけじゃありません。
高句麗に来てから、タムトク様配下の武将の方々が屋敷に出入りするようになっていましたので、私も、顔が赤くなるような会話も何となく聞き流せるようになっていました。
そなた、耳年増になったのではないかと、タムトク様が苦笑いするほどでしたわ。
でも、そのときは・・・。
それは、妊娠初期ということで、気分があまりよくなかったということもあったでしょう。
薬師の先生が薬草を煎じてくれたので、胸のむかむかした感じはおさまっていたのですけど、何となく身体がだるいようなふわふわしたものがまだ残っていたのです。
でも、それだけではありませんでした。
そうです、ひどく大切なことを忘れているような気がしてしかたがなかったからです・・・。
「いやあ~、正直言うと、このわしはちょっと心配しておったんですよ。
これだけ仲がいいのに、この10年間でワタル様おひとりで、その後お子ができないっていうのはどうしたものだろうかと・・・。」
「それは、ちょっとしたきっかけの問題だ、将軍。
私とタシラカが悪いわけではない・・・。」
再び、大きな笑い声。
私は、タムトク様と将軍のやりとりを聞くともなしに聞きながら、ひとり考え事をしていました。
ちょっとしたきっかけの問題・・・、
出会い、生まれ出る命・・、
ワタルもチャヌス様も、契丹の少年も、それから、タムトク様も・・。
だから・・・
いつのまにか、私はひとりまったく別のことを考えていたようでした。
依然としてジャン将軍の大きな声が続いていましたけど、話は別の方向に進んでいっていました。
「・・この間も、長老屋敷に出かけたときに、わしはジョフン相手にそんなグチをこぼしたんですわい。
しか~しながら、さすが、天下無敵の長老家のジョフン、
片目をこんなふうにつぶって笑って言いましたぞ、
それはタムトク様のせいだわよ、ご寵愛が過ぎるのもよくないって、わたしゃ、一度ご忠告しようと思っているんだわよぉ、なんてね。」
「ジョフンがそんなことを?」
はははは・・・・・、タムトク様の愉快そうな笑い声!
客間の中が笑い声に包まれましたけど、私はひとりぼんやりとしていたようです。
「タシラカ?」
タムトク様が私の顔を心配そうにのぞきこんでいました。
「気分が悪いのか?
顔色があまりよくないようだが・・。」
「いえ、だいじょうぶです。」
ジャン将軍がおろおろと落ち着かない顔になりました。
「こ、これは失礼をば!
うれしさのあまり、つい度が過ぎました、お許しを。」
「いえ、そういうことではありません・・・。」
私は急いでそう言いましたが、そんなことはまったく耳に入らないかのように、薬師の先生はしたり顔でうなずきました。
「やはり、その位にされたほうがいいでしょう。
お体にさわっては・・・。」
「まことに、そのとおりです!
もしも何かあったら、わしは死んでお詫びをせにゃならんところですわい。」
ジャン将軍が頭を下げ、タムトク様もうなずいておっしゃいました。
「屋敷に帰る馬車を用意させる。
・・いや、いつものあの馬車ではだめだ、
揺れの少ないものを選らばなければな。
用意ができるまで、そなたはここでゆっくり休め。
私は急ぎの合議があるゆえ、そろそろ行かねばならないが、
何も心配しなくてよい。
・・・・ああ、それから、タシラカ、今夜は帰れないが、
明日の夕餉には帰れると思う。」
タムトク様は立ち上がり、将軍たちといっしょに出て行こうとされました。
私ははっとしました。
帰れないほどの急ぎの合議・・・・?
それは、もしかしたら?
私は急いで早くも扉の外に出ていらしたタムトク様に声をかけました。
「お待ちください、タムトク様!」
ふり返ったあの方に、私はすがるように続けました。
「あの・・、お話したいことがあります・・。」
ああ、と、あの方は小さく首をかしげて笑みを浮かべました。
「タシラカ、明日の夜ではだめか?急ぎの審議があるのだ。」
明日の夜?・・・それでは遅すぎます、タムトク様、
ぜひとも、その『急ぎの審議』の前に聞いていただきたいことなんですもの・・、
そう思いながらも、私は何と言っていいかわかりませんでした。
と、ジャン将軍は片目をつぶって言いました。
「これは、タムトク王ともあろう方が!
タシラカ様のことで、家来どもをちょっとくらい待たせるなんてことは、
以前はどうってことなかったでしょうが!
サトがよくグチっていましたぞ。
その上、こたびは、めでたいことなんですからな!
大事なお妃の願いごとのひとつくらい、何をさておいても・・・」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「なんだ?
珍しいな、そなたがそのようなことを言うなんて・・」
タムトク様は寝台のところまで戻ってくると、私の手をとりました。
「ごめんなさい。」
そうは言ったものの、私はどう切り出していいかと途方にくれていました。
ただ、あの方のお顔を見つめていました。
タムトク様はふっと笑みを浮かべて、私の肩を抱き寄せて・・・、
「タシラカ、心細いのか?
何も心配することはない。
私がついている。
いつもいっしょだ。」
はい、と私はうなずきます。
タムトク様の手が髪をさらさらとなでるのが感じられて・・・、
その心地よさに、いつしか私はうっとりとなっていました。
と、低い声が耳に響いて・・、
「ワタルのときは、そばにいてやれなかった。
それがずっと気にかかっていた。
すまないと思っている。」
タムトク様・・。
私は涙がこぼれそうでした。
あのときは、それでよいと自分で決めたのですもの、
タムトク様、あなたのせいではないわ。
「・・こたびは違う。
北とも南とも、できるだけ面倒な戦にならないよう、ことを進めるつもりだ・・・。
お互いに、戦になどならずに済めばそのほうがいいのだ。
・・なにより、私はそなたの側にいたい。」
わかるな?というように、あの方の唇が額にあてられて、
はいと、私は答えて・・・・、
そうして、私はそのやわらかな感触のやさしさに励まされるように、そのことを口にしたのです。
「・・・お願いしたいことがございます。」
「なんだ?
何かほしいものでもあるのか?」
「いいえ、タムトク様・・、
・・・ワタルはもうすぐ10歳になります、・・・来年は11歳、
チャヌス様はまだ1歳ですけど、すぐに大きくなります。
・・・・これから生まれてくるこの子も・・・。」
「なんだ?
そなた、なにが言いたい?」
こちらを覗き込んだあの方は、早くもちょっと怖い顔をしていました。
「契丹の少年の話を聞きました、あなたを襲ったという・・・。」
そう言い終わったとたんでした、
タシラカ・・、タムトク様は私の肩を引き離すと立ち上がりました。
私は急いでおしまいまで話してしまおうと、あの方を見上げました。
「・・・ワタルとはたった5歳違いです、
まだ、子供ですわ、タムトク様。
私は・・、
私は恐ろしくてたまりません!
ワタルがもう少し大きくなって誰かを憎み、殺そうとしたら、
そう考えただけで!
どうか、あの子たちに憎しみを残さないでくださいませ。
お願いでございます、
どうぞ、あの少年の命をお助けください!」
タムトク様はこわばったお顔のまま、すぐには何も答えませんでした。
だからというわけではなかったのですけど、私はもうひとこと付け加えてしまったのです。
「きっと、・・・・・きっと、亡くなられたお母上様だって、そのように・・・」
「タシラカ!」
もう一度私の名を呼んだその口調は、それまでとはまったく違うものでした。
いいえ、こちらに向けられたその目の光も、私の知らないものでした・・。
「それ以上、話してはならぬ!」
そう低い声でうめくように私を封じたのは、確かに、タムトク様の中にいる何か別のものでした。
タムトク様!
私はどきどきしながら、目の前の見知らぬ方を見上げていました。
恐ろしさに震えて、それでも、私は・・と!
でも、次の瞬間、私は気がついてしまったのです、
その見知らぬ方の内側に刺さったままになっているトゲのようなもの、それが血を流しているのだと!
「タムトク様・・・」
と、あの方は何かをこらえるように、一瞬切れ長の両目をぎゅっとつぶり、それから、ふっといつもの皮肉な笑みを浮かべて、おっしゃったのでした。
「今の話は聞かなかったことにする、よいな。
そなたは何も心配しなくてよい、ゆっくり休め。
明日の夜には帰るゆえ。」
それは、確かにいつものタムトク様でしたが、
こちらに向けられたまなざしには、氷のように冷ややかな、それでいて、
何か悲しみとも寂しさともつかないものがあって・・・。
ぼうぜんとしている私に、もう一度かたい笑みを浮かべると、あの方はさっと身を翻して出て行ってしまったのでした。
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