2010/10/17 16:07
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

mirage-儚い夢-49.もうひとつの愛

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翌日の朝、その人は訪れた。ソ・ヨンス・・・ジニョンの父・・・

ヨンスはフランクの病室に入ると、まずソフィアの存在に気がついた。
「あなたは・・・確か・・・
 ジニョンの大学のご友人ではなかったのかな?」

「友人です・・・彼女も・・・」
彼はソフィアに薄い笑みを浮かべて、改めてフランクに視線を移した。
     

「君が・・・フランクさんですね」

「はい・・・」

フランクはベッドの上で姿勢を正そうと無理に起き上がろうとした。
「そのままで・・」ヨンスがフランクの腕に触れてそう言った。

昨日の夜ジョルジュが病室に現れて、ジニョンの父がフランクに会いたがっていると言った。

フランクは彼女の父との対面前に自分なりの青写真を描いていた。
ソウルホテルを守り、自分自身の過去をも払拭するような仕事の成功と富を得ること。

    ソウルホテルは結果的に守ることが出来た

    仕事は成功の途を辿っている

    それに伴い、いくらかの富も得るだろう・・・

しかし・・・フランクの胸の内は暗かった。

それは彼女の父親の心がまるで鏡に映したように、フランクの心に映し出されていた
からかもしれない。

「そのままで結構・・楽にしてください」

「すみません・・」

「いや、まだ回復されていないのに、私が無理を申し上げたんですから」
「いいえ・・こちらから伺うべきところでした」

「・・・・」  「・・・・・」
ふたりは挨拶を済ませた後、しばし沈黙を保っていた。

「ご挨拶が遅れて申し訳・・」    
「いや・・改まった挨拶はいい・・ふたりで・・・話せますか?」
フランクが先に口を開きかけた時、ヨンスが遮ってそう言うと、彼はソフィアに視線を向けた。

「彼女は・・大丈夫です・・聞かれて困ることもありません」 フランクはそう答えた。

「随分と・・信頼なさってるんですな・・・」
そして、ヨンスの言葉の棘をフランクは敢えて無視した。

フランクが何故、ソフィアをこの席に同席させたのか・・・
それは彼自身がジニョンの父の前で、どれほど冷静でいられるのか
想像ができなかったからだ。

フランクは自分が、ジニョンのことになると自制が聞かないことを知っていた。
もしも自分が取り乱したり、理性を無くした場合、ソフィアなら必ず自分を食い止めてくれる、
そう思っていた。

ジニョンの父親の話がどんなものなのかは想像に難くはない。
フランクはそれでもふたりの為に、それを切り返さなければならない
そう決心していた。

「ジニョンを・・助けてくださったそうですね・・・」

「いえ・・元はといえば・・僕が・・・」

「・・ソウルホテルも救って下さったとか」

「いいえ・・あれは・・」

「ありがとう・・・私にとっても大事なホテルです。改めて深く・・・感謝します」

「あの・・・ジニョン・・ジニョンさんは・・」  フランクが聞きたいことはそれしかなかった。

「ジニョンは・・明後日韓国へ連れて帰ります」 ヨンスは冷たい表情でそう言った。

「明後日・・ですか・・」

「体の方は特に悪いところがないそうですから」

「・・・・・」

「私はね、フランクさん・・・ジニョンには平凡な幸せを送って欲しいと願ってます・・
 健やかに・・楽な気持ちで生きていける・・・普通の幸せを送ってもらいたい・・・」

「普通の・・幸せ・・・」 フランクはヨンスの言葉を呟くように繰り返した。

「あなたは幼い頃・・親御さんの元を離れて育ったとか・・」  
「・・・・・」
「随分と苦労をなさったんでしょうね・・きっと一生懸命努力して来られた・・・
 そして・・今のあなたがある・・・

 あなたはこのアメリカで成功しようとしている
 いや・・もう既に成功しているのかもしれない。あなたのような・・いや・・」
ヨンスはそこまで言うと、言葉を淀ませた。

 
「はっきりおっしゃってください・・・構いません・・
 “あなたのような親に捨てられた子は・・”そうおっしゃりたいのでしょう?」

次第にフランクはヨンスが言わんとすることが理解できていた。

「そんなことを言ってるんじゃない・・
 いや・・そうだね・・・こんな時に詭弁は止めましょう・・・
 恥ずかしいことだがきっと・・私が言おうとしていることはそういうことなんだろう・・・
 どうか・・・・私を蔑んでくれて構わない・・・
 私とて・・人間として、そういう差別は好まない。そう思っていた・・・
 一生懸命努力して成功を収めた男。きっとあなたはそういう生き方をするでしょう

 娘と関係なくあなたのような人と出会ったら、きっと私も手放しで褒め称える。
 しかしね・・フランクさん・・・親というものは馬鹿なものです・・・
 自分の子供に対しては別なんです・・・ 
 自分の子供に対してだけは・・・定規で推し量れない感情が生まれてしまう

 あの子には普通に育った男と・・普通に出会って・・
 普通の幸せを掴んで欲しいと思ってしまう

 生まれた時から今まで愛しんで育てた娘です
 その娘に平凡な幸せをと望むことが罪とは、どうか・・・言わないで欲しい。

 私は・・・少なくとも決して・・・こんな事件に巻き込まれるような
 人の恨みや、妬みを買うような男のそばには・・・娘を・・・置けない・・・」

ヨンスは言葉を選びながら、それでも自分の思いの丈をフランクにぶつけた。

「・・ジニョンの気持ちは・・」

「君のような男のそばで・・這い上がって生きることを強いられた男のそばで・・・
 これから先も果たしてジニョンは・・安穏と暮らしていけるのだろうか・・・・」    

「・・・・・」
ヨンスの訴えるような言葉にフランクは返す言葉を探せなかった。

「あなたにはその確信がお有か?」

「・・・・・」

「いつかきっとあの子にもわかる。」

「・・・・そうでしょうか」 フランクがやっと口を開いたが、ヨンスは構わず続けた。

「君も・・ジニョンを愛しているのなら・・・わかって欲しい・・親としてのこの気持ちを・・
 君もきっと・・人の親になったらわかる時が来る」

「人の・・・親に・・・ですか・・・」

「ああ・・」

「親というものは・・・子供の幸せを願うもの・・・
 以前ジニョンも・・僕に・・同じことを言いました
 きっとジニョンは・・あなた方に愛されて・・愛されて・育ってきたんですね・・・
 でも残念ながら僕には・・親の愛というものの実感が何ひとつない・・・」

「・・・・・」

「人の親になったらわかる・・・それなら・・・
 それなら僕は・・・親というものにはなりません。」
そう言いながら、フランクはヨンスを睨み付けた。

「・・・・・」

「僕は・・・自分の都合で簡単に子供を捨てたり・・・
 子供の意志に反して・・自分の思い通りの幸せを押し付ける
 それが・・親と言うものなら・・・僕は!・・親にはならない。」

「親のエゴ・・・そうおっしゃりたいのかな。・・・しかし・・
 私はどう思ってもらおうと構わない。」

「・・・・・」

「君に理解してもらえるとも思っていません」

「・・・・・」

「ただ・・・私の気持ちを聞いていただいただけです」

「・・・・ジニョンさんに・・一度会わせてもらっていいですか」

「・・・あの子は今・・・誰と会っても話すらしない」 

「・・・・!・・どういう・・」
フランクは言葉を詰まらせ、壁際に佇んでいたソフィアを睨みつけた。
 

「大きなショックに因るものらしいが・・・・どんなショックを受けたのでしょうね。」

ヨンスはその原因がフランクにあることを強調するように語気を強めた。

「・・・・・」

「しかし・・心配は要りません。一過性のものらしいので・・
 時間が経てば、元に戻ります」

「・・・・・」

「ですから一刻も早く、韓国に連れ帰って治療する予定です
 生まれ育った場所でならきっと・・」

「会わせてください!・・お願いします。」
フランクはヨンスの言葉が頭に入っていないかのように、彼の言葉に被せて言った。




ヨンスが病室を出て行った後、フランクはベッドに座ったまま、しばらく呆然としていた。

「ごめんなさい・・・」

「・・・・・」

「言えなかったの・・・」
ソフィアはフランクのベットの傍らに近づいてそう言ったが、フランクはただ正面を
見据えているだけだった。

「・・・・・」

「フランク・・・」

「僕を・・・待ってるんだ・・・」
フランクは一筋の涙と一緒にポツリとそう呟いた。


      
フランクが病室に入るとジニョンは静かに眠っていた。
ヨンスの話では、意識を取り戻してから四日間何も食べず、水さえも飲まず
起きている時でも、目を開けているだけで誰とも話さないという
周りの人間が声を掛けても、まるで誰も見えていないかのように
起きている間天井を見つめ、そして眠りに付くその繰り返しだと・・・

 

   《私は・・・あの子に普通に育った男と・・普通の出会いをして・・
    平凡な幸せを送ってもらいたい

    少なくとも決して・・・こんな事件に巻き込まれるような
    人の恨みや、妬みを買うような男のそばには置けない・・・

    君のような男のそばで・・・這い上がって生きることを強いられた男のそばで・・・
    これから先も果たしてジニョンは・・安穏と暮らしていけるのだろうか・・・》

 
ベッドの中の彼女の顔には少し傷が残っていた。
その傷をそっと指で撫でながら、彼女の少しやつれた姿を見つめていると
ヨンスが言った言葉がフランクの脳裏に繰り返し繰り返し蘇った。

      
「ジニョン・・ごめんよ・・・ジニョン・・・ジニョン・・・」

フランクは眠ったままのジニョンの顔を両手で挟み、彼女の額に自分の額を
押し当てて念じるように彼女を呼んだ。

   ・・・ジニョン・・・

彼の目から滴り落ちた涙がまるで彼女が流した涙のように、彼女の目尻から滑り落ちていく。

その時、その涙に反応してジニョンが薄く目を開けた。

「ん・・?・・・・」

「・・・ジニョン?・・・」

はっきりと目覚めたジニョンはフランクの顔を確認すると、大きく目を輝かせて
突然彼の首に抱きついた。

「フランク!」

この時、ジニョンは意識を回復してから初めて声を発していた。

「ジニョン・・・話せるのかい?僕がわかるの?」

「フランク・・・ああ・・逢いたかった・・どこへ行っていたの?探していたのよ」

「遅くなってごめん・・」 

「いいの・・・逢えたもの・・・やっと逢えたもの・・ずっとね・・夢を見ていたの・・
 夢の中で何度も目を覚ましてるのに・・どうしてだか
 いつもそこにあなたがいないの・・

 来る日も来る日も・・今日こそはって目を開けるのにあなたがまたいないの・・・
 怖くて・・怖くて・・だからずっと目を閉じてた・・
 あなたの声が聞こえるまで・・ずっと目を閉じてた・・・」

ジニョンは愛しいものを抱くようにフランクの頭をしっかりと抱いていた。

「ごめんよ・・こんな思いをさせて・・ごめん・・ごめん・・ごめん・・ごめん・・」

フランクは彼女の体を思い切り抱きしめて、泣きながら謝り続けた。


フランクは涙が止まらなくてどうしようもなかった。
ジニョンもまたそんなフランクを見ていると涙が込み上げて来て、一緒に泣きながら
彼の頭を撫でていた。

「フランク・・・どうして泣くの?泣かないで・・ね・・泣かないで・・・お願い・・」

     このままずっと・・・君を・・・

     抱きしめらていられたら・・・

 

「フランク・・・ここはどこなの?」 

「・・病院だよ・・」 

「病院?私・・どうしたの?」

「怪我をしたんだ」

「怪我?どうして?・・あ・・あなたも・・・ひどい・・大丈夫?フランク・・」
ジニョンはフランクの外傷を改めて確認するように彼を見回した。

「僕は大丈夫・・・」

「ね・・フランク・・帰りましょう・・私達の家へ・・・」

ジニョンが突然深刻な顔をしてフランクを見上げた。

「何だか怖いの・・・ね・・帰りましょう?・・早く帰らないと・・」

「・・・・?」

「早く帰らないと・・・胸騒ぎがする・・・」 そう言いながら、ジニョンは顔を曇らせた 。

「ああ・・そうだね・・・」

彼女の言葉にフランクは彼女を再び強く抱きしめてそう言った。

「フランク・・・どうかしたの?」

彼女はフランクの顔を覗きこんで、彼の心を探っていた。

 

「何でもないよ」

「嘘・・・フランク・・ねぇ・・こっちを見て・・私を見て・・・何か隠してる?」

「馬鹿だな、ジニョン・・僕が・・何を隠してると言うの?
 明日・・そう・・明日帰ろう?・・・

 君はここで待ってて・・・明日・・必ず迎えに来るから・・・」

「いやよ・・明日なんていや・・今すぐ・・一緒に連れてって・・」

「困らせないで・・ジニョン・・・僕もほら・・怪我してる
 まだ退院の許可出てないんだ」     

「明日には・・出るの?」   

「ああ・・」

「ホント?」

「ああ・・」

「待ってれば・・いいの?」

「ん・・」

「ほんとね?・・」 ジニョンはフランクの顔を覗いて、何度も何度も確認するように言った。

「ん・・」

「約束よ」

「ん・・」

 

そこへドアの外で待っていたヨンスとジョルジュがジニョンの声に気がついて
慌てて病室に入って来た。

「この人たちは・・誰?フランク・・」

ジニョンはフランクの腕の中でふたりに向かって、怯えたような顔を向けた。
しかし、ヨンスにとっては、ついさっきまで誰とも話すらしていなかったジニョンの
変化の方が喜びだった。

「ジニョン・・話せるのかい?」

ヨンスはジニョンに駆け寄って彼女をフランクから奪い取り抱きしめた。

「・・きゃっ!何!」 一瞬ジニョンはヨンスに驚いて、彼を突き放した。

「パパだよ・・・心配したんだよ・・ジニョン・・ジニョン・・」

「パパ?・・・・・・・!・・・・パ・・パ・・?」

ジニョンはやっとヨンスの存在を思い出した。
そして彼女は一瞬にして、今自分が置かれている状況を把握することが出来た。

「ジニョン・・思い出してくれたんだね・・」

ヨンスの肩越しにフランクを見たジニョンの目が大きく見開いた。
それは全てを思い出したことへの喜びとは程遠く、思い出してしまったことへの
恐怖の眼差しのようだった。

    フランク?・・・


その先にあったフランクの目が余りに悲しげで彼女の不安を煽った。

ジニョンは思わずヨンスの腕を振りほどきフランクに手を差し伸べた。

「フランク?・・」

しかしフランクはそのまま彼女に背中を向けて、病室を出てしまった。

「フランク!・・」

ジニョンは慌てたようにベッドから滑り降りたが足がもつれて床に倒れてしまった。
それでも何んとか立ち上がろうとしたが、この数日間の彼女の容態はその力すら
奪ってしまっていた。
ヨンスはそんな彼女を捕まえるように離さなかった。

「パパ・・離して!・・行かないと・・行かないと・・行かないと・・フランクが・・

 フランクが・・・」

   

 

フランクが自分の病室に戻ると、レイモンドがベッドの横に座っていた

「動けるようになったのか」

「頼みがあります」

「?・・・・・」

「一生の頼みです」

 

      ・・・「聞こう・・・」・・・

 



 

   
        


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