2008/02/02 14:29
テーマ:日常 カテゴリ:趣味・特技(その他)

コンデジ

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新しいコンパクトデジカメを手に入れましたヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ“IXY DIGITAL 910IS”です。すっきりIXY10も惹かれましたが、手振れ補正と広角は捨てられなかった~。画素数は800万だし、日常風景の撮影には十分な機能です。うーん贅沢。

今度のはファインダーがありません。その分、液晶モニターが大きく広がっています。だいたい、コンデジでファインダーを覗いたのは、晴天の日、太陽光が強くて画面がうまく見えなかった時だけですから、いらないなって思いました。それに、ファインダーと液晶モニターの視差があったし、ピントがあっているのかどうかわからないし、信じられなかったですからね。ただ、液晶が大きいって事はバッテリーの消耗は激しいってことでしょうか。

進化していろいろな撮影設定ができます。さすがデジタルですね。

面白いなと思ったのは一つの色を指定して、それだけカラーにする“ワンポイントカラー”というものです。左のようになります。こういうことは撮影した後でも様々な画像編集ソフトを使えばできるものなんでしょうね。

それよりも普通にマニュアル撮影がうまくできるよう早く操作を覚えなくちゃ。

とりあえず試し撮り。歴代のMy Cameraを並べて撮影してみました。扱い方が粗いためかどのカメラも傷だらけです。すまないねえ。

一番手前が壊れた“IXY50”で、後ろは一眼レフたち。IXYのすぐ次にあるのが、時々出動する“EOS Kiss DIGITAL”。その後ろがフィルム用の“EOS Kiss”。パノラマ撮影(上下を切るってやつ)のスイッチがついていて、時代を感じます。もちろんまだ使えます。一番後ろが“EOS700QD”で、フィルムの巻上げの爪が磨耗してすべるので、もう使っていません。

そういえば液晶の壊れたIXY50ですが、ファインダーを覗いて撮影したら使えましたね。右の写真、新しい910ISを50で撮影してみました。どんな設定になっているのかは撮影結果を見て初めてわかるのですが・・・。

 

こりゃ捨てられないね≧(´▽`)≦アハハハ


2008/01/27 10:47
テーマ:太王四神記 カテゴリ:趣味・特技(その他)

乗鞍の空

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昨日、「太王四神記オリジナルサウンドトラックvol.2」が届きました。vol.1がコンサートのような雰囲気だったのに比べ、こちらはどっぷりOSTって感じですね。それだけにドラマのシーンが頭をよぎります。

vol.1&2にある5つの♪運命♪を並べて聴いてみました。ドラマのテーマが運命なのか、久石氏がドラマを観て浮かんだテーマが運命なのかわかりませんけど、この曲が様々なアレンジで登場するわけですね。実は『四神記 第7話』を見てから、運命ってなんだろうって考えていたんです。

 

“運命”という言葉をいつものように広辞苑で調べると・・・

人間の意志にかかわりなく、身の上にめぐって来る吉凶禍福。それをもたらす人間の力を超えた作用。

人生は天の命(めい)によって支配されているという思想に基づく。

めぐりあわせ。

転じて、将来のなりゆき。

英語だと【fate】【fortune】【destiny】などのようです。

 

私なりに現世的な言葉でいうと、人生の中で自分の意思ではないものに左右されてしまうもののことなのかなあ。ちょうど『四神記 第7話』はタムドク、キハ、ホゲが大人たちの思いというか策略で変化させられていくところでした。

タムドクはヤン王と神官に「おまえはチュシンの王だ」と言われたのに、護衛に「高句麗のために自害してください」と言われ、信じていたキハが朱雀の守護神であったこと、そのキハがホゲをチュシンの王だと言ったということを知ります。また、二人の王候補がいることで高句麗に争いが起きようとしています。辛い立場の3人を見て、チュシンの王ってそんなに大事なんか~~(`□´)!ってなぜか怒ってしまった私です。

タムドクより一歩大人のキハは好きなタムドクと共にその運命に逆らおうと行動を起こしました。でも、火天会の大長老にそれを砕かれちゃうんですね。運命には逆らえないのですか?

 

私ってあんまり占いとか信じないほうなんです。そりゃ、高校生のころは星座占いとか血液型うらないの雑誌を買って、友達とワイワイ騒いでました。20歳くらいのころ、運命は決まっているものだからと言われたことがあるんです。その言葉にカチンときてしまってから、占いを読むこともしなくなりました。

私、決まっている人生なんておかしいと思うんです。何かにぶち当たったときどうしたらよいか考えて選択できる力を持っているのが人間だって思います。決めるのは天じゃないと思うし、運命だから決まっているなんておかしくないですか?人は変化していくものなんだから、努力したことが報われる人生があるし、その反対もあるって思うんです。そうでなければ、一生懸命に生きる意味がなくなってしまいます。

だから、生まれた時から天が決めた運命によって人生は決まってしまうんじゃないと思います。もし運命というものがあるのなら、生きているその環境に適応するために受容していかなくてはならないことをいうのだと思います。困った時の神頼みは自分ではどうしようもないことを受け入れるための方法かもしれません。つまり、しょうがないよとか、そうするしかないよとか、これでいいんだよとか・・・現実に納得することなんだと思います。

 

今週には父は退院できるはずです。今朝、犬の散歩途中、川にかかる橋の上で、「父が家でTVを見て過ごす時間がありますように(-m-)” パンパン」と空に向って神頼みをしてしまいました。

 

今日の上の写真は秋の乗鞍岳で、ちょうど初雪が降った時でした。この写真、10年以上前のプリントをスキャナしたので傷がいっぱいです。下の方から沸いて流れていく雲が池に映って幻想的だったので撮影。人の力ではどうしようもないものとは時間とともに繰り返し変化する自然なのかなあとも思います。

下の写真はその時にお会いし、目が合った雷鳥さんです。すごい速さでハエマツの間を駆け抜け、すぐに見えなくなってしまいました。夏の茶の羽から冬の白い羽に変わりつつあるところのようです。足まで羽毛に覆われているのねえ。

  

そういえば、占いといえばなんですけど・・・、高校卒業したばかりのころ、怪しげな喫茶店で1回だけ手相占いというのをやってもらいました。その時に言われたことはほとんど覚えていないのですが、そのおじさんに「あなたは私のような仕事が向いている」と言われたことだけ印象に残っています。なんじゃ?占い師?結局今の仕事はそれとはずいぶん遠いけどさ~。


2008/01/24 05:23
テーマ:家族 カテゴリ:趣味・特技(その他)

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父の病状が悪くなりつつあります。お正月は家で静に過ごすことができました。七草を過ぎたころ、お風呂場で倒れました。たぶん貧血だったのだと思います。検査の結果、腹腔内に出血をしていましたから・・・。肝臓の腫瘍が破裂したんです。

入院です。血管を閉塞させて出血はとりあえず止まりました。でも、肝不全が進み、腹水が増え、お腹はいパンパンです。お臍が伸び切って、皮膚もツルツル。「お腹が張って苦しい」と言ってます。幸い肝性脳症という意識が無くなる状態にはなっていません。いや、むしろ少し意識がボーッとしていたほうが、苦しくなくていいのかもしれませんけど・・・。

 

今回入院した当初は、治療をしてもらってから腹痛がなくなり、すぐに退院できるかなと思っていました。でも、しばらく熱が続き、炎症の数字も高くなってしまいました。せっかく入院したから家で点滴ができるように管を入れてもらおうと、主治医にお願いしていましたが、熱が出たことで延期になってしまったのです。( ̄へ ̄|||) ウーム、手術を考えずに退院にしてもらえばよかったかなあと思うくらい、2週間のうちに父は衰弱しました。

実は食事が全く喉を通らなくなったのです。貧血に加えて黄疸もみられ、顔色は土色になってきました。食べれませんから、肉が落ちて随分と痩せました。トイレまではがんばって歩いていますが、時々ふらついています。転ばなきゃいいなあドキドキします。

 

入院中、父の入浴を何回か手伝っています。一人で入るのは危ないので。こんなことでもなければ父の背中を流すなんてなかったかもなあ・・・なんておもってしまいました。風呂好きの父、知らなかったんですけど、長湯なんですよね。しかも熱い風呂に入る( ̄д ̄) 。これじゃあ、湯上りに倒れるわけですよ。

 

母と早く家に連れて来たいねと夕べ話をしました。病院にいても回復する見込みはありませんから。なんとか今週末はと願います。自分の身体が思うようにならなくて、苦しく辛い父も帰りたいって思っているでしょう。命の終わりを自覚して、不安でいるかもしれません。でも、そういうことは言いませんから・・・。

 

本日の写真は旬の苺です。入院当初、それでも果物系はよく食べていた父。苺、みかん、りんご・・・。夕べは「何も持ってくるな」と言われてしまいました。水分は入るようなので、今日は野菜ジュースでも持っていこうかな。

正月に帰省していて北国に戻ったばかりの妹に、また戻ってきてもらわなくちゃ。

 


2008/01/21 05:17
テーマ:太王四神記 カテゴリ:趣味・特技(その他)

子供

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今夜は『太王四神記』の第7話の放送日。ストーリーが進む前に思っていることを記しておきたいと思いました。先を知ると別のことを考えてしまいそうなので・・・。

 

子タムドクが子キハに「一生懸命戦い方を学べばよい王になれるのか?」と話した場面があります。その時キハは「私はただ 王子様にもっと強く俊敏になってほしいです。もし危険な状況に直面してもケガをせず逃げてほしいのです。」と言います(思います)。

キハはタムドクを見守る母のような存在だなあと思いました。タムドクの母は彼が生まれた時に亡くなってしまったのでしょ。彼は母がいなくて寂しくはなかったのでしょうか。父や周囲の人々が彼を慈しんで養育したから大丈夫だったのかな。また、母子関係で築かれる大事な心の成長がとてもうまくいったんだなと、勤勉でがんばりやで素直なタムドクから感じます。

タムドクは5つ年上のキハにはやさしい母性を感じるのではないでしょうか?上記の場面の最後にタムドクは「いつも振り向けば見えるところにいてほしい」ということを言っています。タムドクにとってのアニマがキハなのかなと思います。男らしくなるということは自身の中のアニマを排除して他に求めていくことです。また、大人になった時にそのアニマに似た人を異性として意識していきます。母に似た女性を好きになるということですが、それはユングの普遍的無意識の一つです。運命という言葉がそういうことなのかもしれません。

  

 

人は生涯にわたって心と身体は変化していく存在であり、その変化を発達と言うそうです。発達の節目にはその時期に応じた課題があり、達成させながら自己(self)を統合させていくのだそうです。

タムドクがキハに「一生懸命戦い方を学べば・・・」と言った時期は、様々なことを学んで喜びを得ていく、現在でいう小学生くらいでしょうか。仲間と共に社会にある法則を学んで能力を獲得し、その力によって何かを成し遂げていけるようになります。それは、自らの力でがんばって成功する(承認される)と有能感を得られるということです。もしできなかったりすると劣等感をもつとのこと。つまり、喜びには忍耐や苦痛も伴うことを学ぶ時期のようです。養育者が達成可能で価値観をもてるような課題を与えて評価・承認していくことが大切になるようです。社会における自己価値を大きく決めることになるからです。

キハに「いつもそばにいてほしい」の意味はタムドクにとって失敗しても支えてほしいという意味なのじゃないでしょうか。何をやっても駄目な人間だと自分が思わないように・・・。成長したキハはそういう存在になっていましたね。ホゲの母のことで少し劣等感をもったタムドクをも理解して見守っています。

 

  

 

第6話はタムドク、キハ、ホゲが自分は何者かを少しずつ認識していくところでした。自分の思っている自分と社会の求める自分を一致させていく時期になりました。自分が自分であることを確信することを“アイデンティティ”といいます。つまり、「本当の自分とは何か」「自分は何をやりたいのか」「自分は何になりたいのか」を知るということです。

これは2つの側面から感覚していくということでした。一つは社会性から認める感覚で、他者との関係の中で他者との共通性と自分の独自性を感じることであるとか。もう一つは歴史的感覚で、自分はどのように育ち、現在の自分に繋がっているのかを感じることで、そこから未来はどうなるのかをイメーシできるようになるとか。

 

アイデンティティができると自身の人生の選択が可能になります。何かを決断しなくてはならないとき、しっかりと自分で決定できるようになるということです。しかし、このアイデンティティを確立するということは、実は可能性を捨てることでもあるということでした。子供のころのたくさんの夢を捨てて、一つの道を切り開くというか・・・。切り開くというとカッコイイのですが、実はとても辛い作業です。

『四神記、第6話』でキハはその辛い作業をしていましたね。火天会に属するものとして、朱雀である自分を自分として認め、タムドクとのことを捨てようとしていました。タムドクの母性的存在にあったがため、かなり苦しい選択なんだと思います。

 

じゃあ、タムドクは?ヤン王がチュシンの王として彼の存在を明らかにしようとしている反面、タムドクはキハに「神官をやめろ。自分も太子をやめて宮殿を出る。」と言って行動しようとしています。大まかなストーリーを知っているだけに、これは大人になりたくない、アイデンティティ確立からの逃避であると考えてしまいます。キハを母性とすると、それに守られて生きていきたいということです。このようにアイデンティティ確立を先延ばしにすることを“モラトリアム”というそうです。

第7話ではタムドクが自分の歴史を認識したり、周囲の人々と対立したりするようです。これはタムドク自身の心の葛藤も相当なものであると想像できますね。もまれて大人になるタムドクが楽しみです。

 

アイデンティティ確立は青年期におきるとされていますが、現代社会はその時間が長い、もしくは生涯がモラトリアムである人もいるとか。「自分がわからない」などと言っている私も実はそうだったりして・・・。

アイデンティティがうまく確立できないとどうなるか・・・。自分が何者であるのかわからなくて不安定で、人生の選択が自分でできなくなります。アイドル、宗教、群衆、政治などに過剰に自己を同一化し、反社会的行動に繋がる否定的アイデンティティとなることがあるそうです。現代社会の問題なのかもしれませんねえ。

 

なんとか第7話が放送される前に私の頭の中を記事にすることができました。ε=(・o・*) フゥ

上記の写真は日比谷公園で遊ぶ子供たちです。遊ぶことは仲間とのコミュニケーションであり、社会のルールを学ぶことであり、身体の動かし方を学ぶことであり、何か科学的なものも見つけられるかもしれない機会です。

シーソーに乗っているのは私の妹と母親べったりの甥。

それから渋谷ハチ公前交差点。世の中にはたくさんの人がいて、それぞれの人生を社会の中で歩んでいるよってことで・・・。

 

 


2008/01/20 17:20
テーマ:日常 カテゴリ:趣味・特技(その他)

夜の道路

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大変です!Σ(T▽T;)  コンパクトデジカメが壊れてしまいました。いつもバックの中にあり、残したい風景に出会うとさっとシャッターを切ることができた私の大事なお供“IXY DIGITAL 50”。2005年の春に購入してから約3年間、よく働いてくれました。

昨年から少し不具合があったんです。ズームレバーを動かしてもズームがうまく作動しないとか、動画と静止画のスイッチが甘くなってしまったとか・・・。そして、とうとう液晶がダメになってしまいました。昨日スイッチをいれたら真黒に数本の線しか映らないのです。バックの中で何かと液晶がぶつかってしまったのかしら?カバーをつけていなかったからなと反省。

 

これが初めてのデジカメでした。もともと一眼レフを使っていた私。デジカメなるものに抵抗感があり、ちょっと敬遠していました。でも、元来写真を撮ることが好きですから、小さくて携帯が便利なコンパクトデジカメは魅力的でした。パソコンを買い換えて画像編集が容易にできるようになったこともあり、コンデジが1台あってもいいのではと購入を決意したのです。

購入時はすでに“IXY DIGITAL 55”が発売されていましたが、画素数が100万少ない(50が400万、55は500万)ことと、液晶が小さいことくらいだったので、安い旧モデルにしました。それでも不具合はなく、十分でした。

この写真は昨年の9月、京都へセミナーに出かけた時に撮影したものです。こんな風にいつも持ち歩き、通勤の途中、宴会でワイワイしている時、街をブラブラしている時・・・本当にどこでも活躍していました。これからどうしましょう(~ヘ~;)ウーン。携帯電話のカメラ機能も性能がよくなって、結構使えるのだと思います。デジタル一眼レフも買っちゃったし、コンデジを新しく購入すべきかどうするか・・・。なんてことは悩みませんでした。購入するんです!!しない選択は私にはありません。しかも、またCanonのIXYを。その理由は、デジタル一眼レフが同じCanonのEOSなのでインターフェイスのケーブルもソフトも同じものでいいからなんです。もちろん、IXYの操作に慣れているからっていうことあります。

 

悩みは何を購入するかってことです。機種としてどれにするか。これまでと同種の“IXY DIGITAL 10”か上位機種の“IXY DIGITAL 910IS”で悩んでいます。一眼レフをもっているのだから、高度な機能を搭載したコンデジはいらないのではないか・・・。

“IXY 10”は“50”とほとんど変わらないのでこれまでと同じように使うことができます。実はやや性能が上でスリムで軽いのです。しかも、付属品のバッテリーパック&充電器が“50”と一緒ですから、無駄なく使えます。

上位の“910IS”の魅力は広角28mmが撮影できるっていうことと、光学手ブレ補正がついているということです。広い視野の風景写真や宴会などの狭い室内での集合写真には28mmが便利です。また、自転車に乗っての通勤途中、夕暮れや夜に風景を撮影したくなることがあり、そんな時に手ブレ補正は発揮するでしょうね。それから、画素数が“10”より100万ほど上で、値段は1万円くらい高いですぅ。

実はIXYシリーズはもう一つ上位の“2000IS”というのがあるのですが、そこまではいらないかなあって思っています。

 

上の写真は以前撮ったものです。仕事帰り、満月が出ていたのでそれ撮影したかったのです。上の方の白い光の塊が満月だったのですが、うまく撮れず・・・。それよりも道路を走る車のライトが線になってきれいです(ぜひクリックして大きく伸ばしてみてください)。記録された撮影情報によると、シャッタースピードは1秒です。手振れ防止のために電信柱の横の箱のような台の上にカメラを載せ、セルフタイマーを使いました。

これまでもブログで“IXY50”の写真はたくさん使ってきました。掲載していないもので一番すきなのは下記の写真です。車のフロントガラスについた霜を写しました。後ろは富士山です。2005年の12月、温泉に遊びに行った時に撮りました。

さて、私はどちらのコンデジを買うでしょうか。

 


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