2009-07-05 01:06:44.0
テーマ:【創】愛しい人2部 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「愛しい人2部」4





BGMはこちらで^^




BYJシアターです。


本日は、「愛しい人2部」第4部です。

あのジュンスとテスのその後の、あるエピソードです。

「愛しい人」がまだの方はそちらからどうぞ。

そのほうが、おもしろいです。



これはフィクションであり、ここに出てくる事故、補償、医療行為は実際とは異なります。
また、人物、団体は実在しません。




ではここより本編。

お楽しみください。






ペ・ヨンジュン
キム・へス   主演

「愛しい人2部」第4部



二人が
愛し合うことは
当たり前


私たちは
家族になる


家族

それは複雑で

それは温かい・・・






【第4章 母】



ジュンス、だめじゃない! また、パクさん家の木に登ったわね。お母ちゃま、今日も注意されちゃった!


振り返ると、母が暗い家の奥からこちらに向かって歩いてきた。

年の頃では、今のテスと同じくらい。暗闇から出てきた母は、華やかで美しい。
ジュンスをじっと睨みつけている。

6歳のジュンスは縁側でおやつを頬張っていた。


ジ:・・・。(食べながら母を見る)
母:もう、あなたったら、本当に危ないことばかりして!


母は手に持っているタオルで、ジュンスの口の周りにボロボロついているおやつを拭きとった。



ジ:大丈夫だよ! 落ちたりしないから!
母:・・・。そんなこと、言って! よそのお宅の木から落ちてごらんなさい。たいへんな事になるわ。木に登ったりしちゃいけないの。わかった?
ジ:わかったあ~。


母は、怒っているようで、少し笑顔がこぼれる。


母:この次、登ったら承知しないから!
ジ:いいよ! 今度はチャンさん家の木に登るから!
母:こら!


母がジュンスの顔を覗きこんだ。

母はパクさんの家の木に登ったことを注意しながらも、腕白で逞しい息子の成長を楽しんでいるような風情である。


ジュンスは腕白でいたずらっ子のところがあるくせに、いつも母と手を繋いで夕食の買い物に付き合った。
買い物カゴをジュンスが一生懸命持って歩く。

それを見て、八百屋のおばさんが、「いい子だね、エライね」と言って、氷で冷やした、まくわ瓜やスイカを一切れ、小さなジュンスにくれた。

帰り道では、よく二人で歌を歌ったものだった。



台所に一緒に入って、惣菜を作るのを見たり手伝ったりしているのが、ジュンスは大好きだった。

しかし、そうしていると、必ず、父親の母親である姑が覗きにやってくる。



姑:男の子がいったいここで何をやってるんだい?
ジ:お母ちゃまのお手伝い。
姑:さっさとこっちへおいで。男の子がこんな所へ入るものじゃない。
ジ:やだ! お母ちゃまのお手伝いをする!



嫌がるジュンスを姑が引っ張っていく。


時に父親からも、ジュンスと母親は並んで叱られた。



父:男の子を女みたいに育ててどうする!
母:この子はとても活発です。それでやさしくて・・・そんな2つのいい面を持った子なんですよ。



そんな母の言葉に父は耳を貸さなかった。


ある時、父はジュンスの目前で、母を殴った。
その理由はもう記憶のかなただが、ジュンスがいつまでも乳離れできないでいると大声で怒鳴ったことだけは覚えている。





ある日、ジュンスが外遊びから帰ってくると、母親が寝室の中でボストンバッグの中に衣類を詰めていた。



ジ:お母ちゃま、何してるの?
母:ああ、ジュンス。ちょっとね、お母ちゃまは、ご用でお出かけするの。いい子で待っていられるわね?
ジ:・・・。
母:どうしたの?
ジ:僕もいく!
母:・・・。・・・。大切なご用なの・・・。
ジ:・・・。(じっと母を見る)
母:ジュンス、こっちへおいで・・・。



母がジュンスを抱き締める。顔を見て頭を撫でる。



母:お父ちゃまとおばあちゃまと仲良くお留守番しててね。
ジ:でも・・・。それじゃあ、つまんない・・・。おばあちゃまじゃ、いやだ。
母:そんなこと言わないの・・・。
ジ:だってえ・・・。いつもイジワルばっかり言う!
母:・・・。(頬を撫でる)ジュンスが好きだから・・・いろいろ注意するのよ。
ジ:でも、やだ。
母:・・・ジュンス、いい子だから・・・。

ジ:じゃあ、お土産買ってきて!
母:・・・・。買えるかな・・・。ジュンスの好きなもの、売ってるかな・・・。大人の街へ行くからね。
ジ:大人しかいないところ?
母:そうなの・・・。だから、大人のものしかないわ、きっと。
ジ:ふ~ん・・・。
母:いい子にしててね。
ジ:うん・・・。でも、早く帰ってきてよ!
母:・・・。
ジ:早く帰ってこないと、おばあちゃまに叱られるよ。
母:そうね・・・。叱られないようにしないとね・・・。
ジ:うん!



母がジュンスを膝に抱く。
髪を撫でて、顔をじっと見る・・・。



母:何かお話、読んであげようか?
ジ:お出かけするんでしょ?
母:・・・。まだ、時間があるから・・・。ジュンスの好きなお話を読んだら、お出かけするわ。ご本を持ってらっしゃい。
ジ:うん!


ジュンスは急いで子供部屋へ行って、大好きな童話を持ってくる。
両親の部屋へ入ると、母が涙を拭いていた。



ジ:どうしたの?
母:うん? ちょっとね。お目目が痛いの。どれ、これ読むの? いっつも同じね。(微笑む)
ジ:そうだよ!


ジュンスはどんと母の膝に乗る。



母:じゃあ、読もうねえ。


母のやさしい声がジュンスの耳元に響き、ジュンスは童話の世界へ入っていく。





ああ!

ジュンスが、目を覚ました。
スタジオのデスクで転寝をしていた。

今日は午後から実母の男が入院している病院近くの喫茶店へ行く。
そこで、母親と会う。入院費の残りを母親に渡す約束をした。


そうだ。


ジュンスと一緒に暮らしていた頃の母は、今のテスと同じくらいの年頃で、今思い出すと、とても美しい人だった。
しばらく、顔を忘れていた。

母の顔にはベールがかけられ、思い出そうとしても、思い出せない時期があった。



この間会った母は、実年齢より老けて見え、とても厚化粧で・・・安物の化粧品のニオイがした。

テジョンの母親と、5歳も違わないのに・・・。
姿だけでなく、その香りも老けていて、安っぽかった。


あの再会の時は、自分と目鼻立ちがよく似ていたので、その人が母親だとわかったが、昔の顔をやはり思い出すことはできなかった。


今の夢に出てきた母は、とても生き生きとしていて美しかった。

そうだ。そういう人だった・・・。
とても華やかでやさしいニオイがして、明るくて、よくジュンスを膝に乗せ、お話を読んでくれた。


そんなこともすっかり忘れていた・・・。

声さえ、変わったように思う・・・。昔もあんなにハスキーな声だったのだろうか。
自分の中で記憶を塗り替えているのか・・・。



あの人の人生に何があったのか。

あんなにまで、人は変わってしまうものなのか・・・。


ジュンスは今の転寝で知らない間に涙を流していた。



自分でも思いがけない夢に、今まで忘れかけていた、母への思いに気がついた。


長い間、自分の中で封印されてきた思い・・・。
そして、たった6歳だった頃の出来事をこんなに鮮明に覚えていた自分・・・。


自分の心の中を覗いて、ジュンスは呆然としてしまった。






テスが買い物から帰ってきた。

テ:ただいま~。ジュンス! これ、持っていって。果物。あんまり大げさなものはいけないでしょ。
ジ:ああ・・・。(立ち上がって、テスの買ってきた果物の包みを取りにいく)
テ:その相手の人に気づかれちゃいけないんでしょ?
ジ:うん・・・そう言ってたけど。どんな相手かわからないけどね・・・。
テ:これだったら、お母さんがちょっと買い物してきたみたいでしょ?
ジ:ああ・・・。(果物の包みを見る)

テ:ジュンス・・・。大丈夫? やっぱり一人で行くの?(顔を覗きこむ)
ジ:うん・・・そうするよ。
テ:そうね・・・そのほうがゆっくり話せるものね・・・。でも、次は私も一緒に行くわ。
ジ:・・・。そうだね・・・。

ジュンスは寂しそうな笑顔を作った。
テスがジュンスの腕に軽く握った。


テ:お昼、早めに食べていくでしょう。
ジ:うん。
テ:支度ができたら呼ぶわ。
ジ:うん・・・。



テスが買い物カゴを下げて、2階へ上がっていく。

ジュンスは、果物をバッグへ入れ、中に入っている袋を取り出す。

袋の中の金額を確認するように、覗き込み、考える。

そして、また袋を閉まって、財布を取り出してポケットへ入れる。



階段の下から、テスに声をかける。


ジ:おい、テス!
テ:なあに~?
ジ:ちょっと、タバコ買ってくるから! 下のドア、鍵をかけていくから!
テ:わかったあ~。ジュンス~。タバコ、いい加減にやめてよ~。
ジ:ふん。わかったよ。行ってくるよ。
テ:うん。行ってらっしゃ~い!



ジュンスは急いで、スタジオを出ていった。


2階ではテスが楽しそうに鼻歌まじりに、お湯を沸かして、昼食の支度をしている。

ジュンスは通りを渡り、銀行のキャッシュディスペンサーに入っていった。






母親の男が入院している大学病院は郊外にあったので、ジュンスは早めの昼食を済ますと、早速出掛けることにした。


テ:なんて病院だっけ?
ジ:S大付属病院。
テ:ああ、あそこか・・・。遠いね。
ジ:うん。
テ:車、気をつけてね。近くの喫茶店?
ジ:うん。大きな大学病院だから、前に軽食屋とか喫茶店とかいくつかあるんだ。この間、会った店。
テ:そう。コーヒー店?
ジ:うん。なんで?

テ:別に。ちょっと聞いてみたかっただけ。
ジ:じゃあ、行ってくるよ。
テ:うん。車、気をつけてよ。
ジ:さっきも言ったよ。
テ:そうだっけ? ボケた?(笑う)
ジ:気をつけるから、大丈夫。(微笑む)
テ:うん。


ジュンスがバッグを肩にかけ、スタジオを出ていった。



テスは2階へ上がって、ベッドに横たわったが、しばらく考えてまた起きる。

リビングにあるPCの前へ行って、S大付属病院へのアクセスを見る。

電車の時間を確認して、書き留める。そして、クローゼットへ行き、着替える。


部屋の中の戸締りを確認して、下へ降り、また戸締りを確認する。

スタジオの鍵をかけ、足早に地下鉄の駅へ向かって、歩いていった。






シンジャは、今日は仕事が休みで、朝、定期検診へ行ってきた。
もう引返せないところまで来ている。


一人で産むと決めて、ついこの間までは、それが最良な生き方だと信じていたのに。

ドンヒョンの告白を聞いてから、心がゆらゆらと揺らめいている。


あれから、眠ることができない。





きっと今が勝負時なのだということはわかっている。


ドンヒョンはまだ結婚していない。
私は彼を愛している。
彼も私をずっと好きだった。


子供を一人で産むと決めた時、自分はドンヒョンに対して高をくくっていた。
それがあの告白で気がついた。


ドンヒョンは浮き草のように女から女へ渡って、結婚して、他の女のものになることはないと思い込んでいたこと・・・。



そして、子供が大きくなって道に迷った時、父親と再会する。

これがあなたの子・・・こんなに大きくなって・・・この子が悩んでいるの・・・女の私だけじゃだめ・・・父親のあなたが相談にのってあげて・・・。


そんな甘い夢を見ていた・・・つまり、私はドンヒョンに対して絶対の自信があって、最後の最後に、最後の女であることを彼に知らしめる生き方・・・。


バカだった・・・甘かった・・・本気のシングルマザーに比べて甘かった・・・。


そんな幻想なんて、男の現実は簡単に打ち砕いてしまう。

でも、それはドンヒョンがいけないのではない・・・。彼は正直に自分の気持ちを語った。



大学を出る時に、私は彼を手ひどく振った。

あなたがいなくても生きられるって・・・。私は仕事をしたいのって・・・。

そして、今回も彼が「いいよね?」って、私に最後のチャンスをくれたのに、簡単にOKした。


バカね。
私は何のためにこんなことを繰り返すのかしら・・・。
つまらないプライドのため?

あなたのほうが私を愛しているでしょ?ってドンヒョンに知らしめるため?
そんなことをしてどうするのよ・・・。

結局、自分が幸せになれないだけじゃない・・・。


ドンヒョンは一歩踏み出した。
まだ間に合う?

私って、なんて度胸がないの!!





ド:じゃあ、明後日まで実家に帰るから・・・。まあ、特に問題ないよね?


スタジオの事務の女性がスケジュール表を見渡す。


事:そうですね。今、問題になってることはありませんし・・・私のほうも特にありません。カメラマンのユンソンさんの仕事が入ってるだけですから、先生はゆっくり休んでください。
ド:OK! じゃあなんかあったら、携帯に電話かメールして。
事:わかりました。先生? なんかいいことですか?
ド:なんで?
事:だってえ、実家になんか帰ったことなかったのに~。
ド:まあ、そんな気分の時もあるさ。(笑う)
事:へえ・・・。(笑う)楽しみにしています!
ド:何言ってるんだか。じゃあ、お先に!
事:失礼しま~す!




ドンヒョンはビルの外へ出た。
一歩踏み出した・・・。



意外と簡単に決めてしまったが、結婚というものはそういうものかもしれない・・・。
これが縁というものかもしれないな。



ドンヒョンが実家へ帰るのは、何年ぶりだろう・・・。
両親に結婚の承諾を得るために、今日、実家へ向かう。

こんな年になってやっと身を固める自分を両親はどう思うのか。

きっと喜んでくれるにちがいない。


ドンヒョンは澄み切った空のように、晴れ晴れした気分で車に乗り込んだ。






ドンヒョンの事務所で電話が鳴った。

事:もしもし、「ドンヒョン・フォト・スタジオ」です。あ、シンジャ先生。こんにちは!
シ:ドンヒョンは?
事:今、お帰りになって・・・。
シ:戻らないの?
事:ええ。今日はご実家へ向かわれたんです・・・先生、携帯にお電話したほうが確実ですよ。
シ:あ、そう・・・。戻りはいつ?
事:明後日までお休みを取られているので・・・月曜日にはいらっしゃいます。
シ:そう・・・じゃあ、その時でいいわ・・・急ぎじゃないから・・・。
事:そうですか? では失礼します!




ドンヒョンは実家へ帰った・・・。
事は動き出したのね・・・。

今、スタジオを出たばかりじゃない・・・まだソウルよ。

間に合うわよ・・・携帯に電話すれば・・・。



シンジャは携帯でドンヒョンの番号を開くが、指が押せない。

もし今、その彼女と一緒に実家へ向かっていたら、バカみたいじゃない・・・。

シンジャは携帯を閉じる。


そう、わかっている・・・。

バカなのは私・・・。

意気地なしも私・・・。

勇気がないのも私・・・。





ジュンスは車を広い大学病院の敷地内の駐車場へ入れると、溜息をついた。

まだ、時間がある。
車から出てタバコを吸う。


あの人に会ってどんな話をしたらいいのか・・・。


空を見上げると、晴れ渡って、一点の雲もない。
こんな気持ちで二人が向かい合えたら・・・。


ジュンスはタバコの火を消した。




テスは郊外へ行く特急に乗っている。

ジュンスと母親が落ち合う場所もわからないのに、ここまで来ずにはいられなかった。


ジュンスはどんな気持ちで母親に会うのだろう・・・。

この間は、24年ぶりに母親を見て、少し落胆して・・・話もろくにできずに帰ってきてしまったらしい。


彼の気持ちは少し解れたかしら・・・。





昨夜は眠れなかったのか、ジュンスは何度も寝返りを繰り返していた。


今のテスはお腹が大きいので、ジュンスをギュッと自分のほうへ引き寄せるようには抱き締めることができない。

寝ているジュンスの頭を胸のほうへ抱え込むように引き寄せて抱いた。

しばらくして、ジュンスは寝息を立てて眠ったように見えたが、本当に安心して寝ることができたのか・・・。



あと、30分で着く。

行き先はわからないけど・・・まずは行ってみる。

病院の前の喫茶店をいくつか当たればわかるはずだ。





ジュンスが先日会った喫茶店の窓際の席に座っていると、
病院のほうから、通りを渡って、母親がやってきた。

先日に比べ、化粧が薄いように見える。

母親がジュンスを見つけ、にこやかに入ってきた。



母:待たせたわね。
ジ:そんなでもないよ。
母:あの人のお昼を片付けて、ちょっと買い物へ行くって言って出てきたの。
ジ:そう・・・。まず忘れないうちに、これを渡しておくよ。


ジュンスが入院費の残りを渡す。



母:ありがとう・・・恩に着ます・・・。



母がテーブルに置かれた封筒を胸元で持ち、恭しく頭を下げた。
ジュンスは胸が痛くなったが、テスからの果物の袋も出した。




ジ:あと、果物。よかったら食べて。
母:ありがとう・・・。いろいろ悪いわね・・・。迷惑かけるわね・・・。


母が果物に目を落として、じっと見ている。


先日より化粧が薄く見えるのは、口紅のせいだ。
今日の化粧はとても品よくまとまっている。



ジ:口紅変えたの?
母:え? あ、そう・・・。ナースさんにね、「私のお化粧、濃い?」って聞いたら、「口紅を薄くすると今風になりますよ」って教えてくれたの。濃い色は、今の人は使わないのね・・・。そうか・・・ジュンスはカメラマンだから、女の人の化粧もよく見ているのね。
ジ:・・・ごめん・・・。
母:いいのよ、気がついてくれて、うれしいわ・・・。

ジ:もう、大分よくなったの?
母:ええ、この間、抜糸して来週後半には退院できるという話よ・・・。
ジ:そう・・・よかったね。
母:うん・・・。ホントに、ジュンスには迷惑かけたわ・・・。あなたに頼るなんて・・・最低の親だけど・・・もう他に手立てがなくて。
ジ:うん・・・。仕方ないよ・・・。その人とは、いつからなの?
母:もう6年かな・・・。私より10歳も若いんだけど・・・。うちのお客だったのよ、最初。それが上がり込んじゃって・・・6年。

ジ:仕事は?
母:うううん・・・。ああ、でも、店の掃除とか仕方なくやってる・・・。仕事がないから。
ジ:・・・。探せば、なんかあるでしょ? 土方だってなんだって・・・。
母:力仕事ができないの・・・。やくざだったから・・・。そういう力仕事ができないのよ。
ジ:・・・。でも・・・足は洗ったんでしょ?
母:うん・・・。私、最初、知らなかったんだけど・・・務所帰りだったのよ、あの人・・・。
ジ:・・・・。・・・・。(言葉がない)
母:兄貴の代わりに入ったって言ってたけど・・・。あまりよくわからない・・・。
ジ:わからないって・・・。へんなことにはならないの!(驚く)
母:たぶん・・・ホントは弱虫で、気のいい人よ・・・。この間、抜糸する時にね。若い先生に、あ、ジュンスくらいの年頃の先生なの、ここの主治医が。その先生に、「痛い」って言ったら、「彫り物のほうがよっぽど痛かったでしょ?」って言われちゃったのよ。(笑う)
ジ:そう・・・。(笑えない)
母:そういえば・・・あなた、足を少し引き摺るのね・・・。(心配そうに言う)
ジ:ああ、これ、去年交通事故に遭ってね・・・。
母:そうだったの・・・。たいへんだったわね。まだ痛いの?
ジ:たまにね。一年過ぎると、痛みが取れるって。だから・・・そうしたら、足は引き摺らなくなると思う・・・。
母:そう・・・。


ジ:ところで、聞きたいんだ。
母:ええ、何を?
ジ:家を出た時の「人」はどうしたの?
母:・・・あの人は・・・。
ジ:どうしたの?
母:半年一緒にいて、別れたわ。

ジ:なぜ? その人のために・・・オレを捨てたんでしょ?(睨むようにじっと見つめる)
母:・・・。(言葉が見つからない)
ジ:そんな簡単にその男と別れたの? 家庭まで捨てたのに・・・。
母:・・・ごめんなさい・・・。
ジ:その男より・・・オレたちのほうが・・・軽かったってわけなの?

母:・・・。ごめんなさい・・・。ジュンス・・・。
ジ:何かあるなら言ってよ。もう親父も死んだし、おばあちゃんも死んだよ・・・。
母:・・・そうだったの・・・。
ジ:どうして家を出たの?・・・あなたには・・・何が一番大切だったの?



母親はしばらく沈黙した。

そして、ジュンスの顔を見て語り出した。



母:あなたに苦労をかけてしまったことは、謝ります・・・。あなたを不幸にしてしまったこと、本当にごめんなさい・・・。そして、成功しているあなたの前へ生き恥をさらけ出すように、現れた私をあなたがどう思っているかと思うと、とても辛いの・・・。でも、そうしなければならなかったのは事実です。首を括るか、息子に恥をさらすか・・・私は恥を選びました・・・。だって、こんなことで、終わってしまいたくなかったから・・・。
ジ:・・・。
母:それでも、あなたが会ってくれたこと。この間は、言葉は少なかったけど、あなたが封筒を差し出してくれた時、私、あなたにすがって泣きたいくらいだった・・・。
ジ:・・・。
母:そして、今日、約束通りに来てくれて、とてもうれしい・・・。あなたの大人になった姿をこの目で見られて、こうして一緒にいられるなんて夢みたい・・・。


ジ:なぜ、家を出たの? 幸せじゃなかったの?
母:・・・・。
ジ:おばあちゃんとはうまくいってなかったと思ったけど・・・。親父ともうまくいってなかったの?

母:私・・・。学校を出て・・・お父さんとお見合いして結婚したの。少し神経質だけど、お父さんはいい人だった・・・。でも、あなたが生まれてから、家の中が変わっていった・・・。跡取りのあなたを立派な男に仕上げることが責務で・・・おばあちゃんからは、毎日のように、お父さんをどうやって立派に育てたか聞かされたわ・・・。そんな重圧があって・・・。でも、あなたがかわいかった・・・。だけど、お父さんはいつもおばあちゃんの味方をして、とうとう、あなたの前でも手をあげるようになってしまって・・・。今思うと、お父さんだって、あのおばあちゃんの重圧に屈して辛かったのよね。それで、私を殴った。でも、あの頃は自分が苦しくて、そのことがわからなかった・・・。
ジ:それで、家庭を捨てたの?


母:ある日・・・おじいちゃんのお墓を掃除に行ったら、近くのお墓の前に、あの人が座っていた。お母さんを亡くして辛いって・・・泣いてて・・・。それで、ちょっと話をして・・・別れたの。祥月命日にお墓を掃除に行くとあの人がいた・・・。私も自分の話をして・・・二人、世間に捨てられたような気持ちだったのが、心があったかくなって・・・気がついたら、あの人の部屋で私はくつろぐことを覚えて・・・。
ジ:それで、面倒臭い現実を捨てたわけだ・・・。
母:・・・・。そうね。


ジ:それで、その人と一瞬でも幸せになれたの?
母:ほんの一カ月だけ、幸せだったのは。実際暮らしてみると、彼はまだ25歳だったから、暮らしていけなくて・・・。結局ケンカばかりして・・・だめになったわ・・・。それからは生活のために水商売に入って、どんどん落ちて・・・。

ジ:実家には行かなかったの? 助けてもらえばよかった。
母:実家も勘当されちゃったのよ・・・。おばあちゃんが怒鳴り込んできたから・・・。

母:それでもなんとか生きてきたわ・・・。なんにも知らないお嬢さんから、世間知らずの奥さんになって・・・一歩間違えて、こんなになっちゃった・・・。
ジ:これからも、今の人と生きていくわけね?
母:きっとね・・・。10年後はわからないけど・・・。
ジ:そう・・・。子供はオレの他にいないの?
母:うん・・・。あなたを産む時、あなたのへその緒が首に絡まってることがわかったから、帝王切開で産んだの・・・。でも、やぶ医者で、もう産めない体になっちゃった・・・。(寂しく笑う)



テスと同じ道を辿ったのに・・・。なんという落差だ・・・。



母:ジュンス、ごめんなさい・・・。あなたを不幸にしたこと、謝って済むことじゃないけど・・・ごめんなさい・・・。
ジ:オレは不幸じゃなかったよ。次に来たお袋はとてもやさしくて、自分の子供よりオレをかわいがるような人だったからね・・・。明るくて、親父やおばあちゃんの言うことも笑って聞ける人だよ。
母:そうだったの・・・。よかった・・・。



自分の性格はこのお袋によく似ているのかもしれない・・・。
うまく立ち回れないところなんて、そっくりだ。



母:もうそろそろ行かなくちゃ。あの人に気づかれるとマズイわ。あなたのことは言ってないの・・・。あなたをカモにされたくないから・・・。
ジ:そうだったの・・・。
母:もう行くわね。
ジ:送るよ、病院の入り口まで。


ジュンスと母親は並んで、喫茶店を出た。



テスはやっと病院の前についたが、どこの店へ入ったらいいのか、迷っていた。


すると、一つの喫茶店から、ジュンスが小柄で痩せた女性と出てきた。

テスは見えないように、木陰に隠れながら二人の様子を見る。


その人は、聞いていた年頃より老けていたが、ジュンスに面持ちがよく似ていて、ジュンスが母親似だということがわかった。


通りを渡って、病院に向かいながら、母は空を見た。



母:今日は、晴れていて、気持ちがいいわねえ。こんな空の下であなたに会えて、私の人生も満更でもなかったような気にさせてくれるわ・・・。


ジ:実は、今度子供が生まれるんだ・・・。
母:そう?(喜んでジュンスを見る)そうなの? そう・・・結婚してたのね・・・。うん・・・・。(幸せそうに顔を見る)
ジ:その果物は妻が買ってきたんだ・・・。
母:そう・・・そうだったの・・・。



母は、幸せそうに遠くを見た。



母:子供はいいわ・・・。家の中が明るくなって・・・活気があって・・・夢があって・・・愛にあふれていて・・・。子供は楽しいわよ! かわいいわよお・・・。


そう言って、ジュンスを見上げた。そして、はっとする。


母:ごめんなさい! それなのに、それなのに、あなたを捨ててしまって・・・。私といるより、置いてきたほうが、幸せになれると思ったのよ。(涙が出てしまう)
ジ:・・・。不幸じゃなかったよ・・・。オレは・・・。幸せだったよ・・・。ただ、ちょっと・・・寂しかっただけだよ・・・・。


ジュンスと母親は見つめ合った。



母:ここでいいわ・・・。今回のことは一生恩に着ます。(じっと見る)
ジ:・・・。いいんだよ。このくらいのことはさせて・・・。
母:あなたに会えて、うれしかったわ。


ジ:お母さん・・・。これも、持っていって。これはお母さんだけのために使って・・・。



ジュンスがもう一つの封筒を差し出す。



母:・・・。いけないわ、こんな・・・。もう十分もらったわ・・・。
ジ:これはお母さんにあげたいんだ。


母親は差し出された封筒をじっと見つめていたが、ゆっくりと手を伸ばし、受け取った。




ジュンスは母親と別れ、ぐったりとした気分で、駐車場の自分の車の前へ来た。

ちょっと溜息をついて、ドアのキーを開ける。


テ:ジュンス!


声のするほうを見ると、テスが歩いてくる。


ジ:どうしたの?
テ:家で待っていられなかったの・・・。


テスがジュンスの前に立った。



テ:大丈夫だった? ちゃんと話ができた?


ジュンスは、じっとテスを見つめていたが、テスを引き寄せて抱き締めた。



テ:ジュンス・・・?



ジュンスは堪えていた涙が次から次へとあふれ出てきた。


母と、最後、打ち解けて話をして、母がジュンスを愛していてくれたことがわかったのに・・・。



お金の封筒を差し出すことはできても、母親を抱き締めてやれなかった自分がいた。


様々な思いがあふれて、テスの顔を見たら、全てをさらけ出して泣きたい衝動にかられた。


テスもジュンスを抱き締めて、ジュンスの思いに涙した。






週が開けて火曜日。

B出版社へ打ち合わせにやってきたジュンスは、高層部行きのエレベーターに乗り込む。

最近の出版社は建物が高層になってきて、ここも20階建てだ。
下の部分には、テナントが入っており、出版社本体は10階からだ。


ジュンスは14階を押す。


いったんドアが閉まりかけたが、また開いて男が入ってきた。



ド:すみません。(中の人を見ずに乗り込む)
ジ:・・・先生。
ド:ジュンス。(17階を押して、奥へ入る)元気だったか?
ジ:ええ・・・。(少し睨みつける)
ド:体もすっかりよくなったんだな・・・。(ジュンスの様子を見る)・・・よかった。
ジ:ありがとうございます。
ド:・・・結婚したんだよな。
ジ:ええ。
ド:おめでとう・・・。
ジ:もうすぐ子供が生まれます。(ぶっきら棒に言う)
ド:・・・そうか・・・。それはよかったな・・・うん・・・。



二人は、ドアの上を見上げて、エレベーターの行方を見つめている。

1~9階まではこのエレベーターを止まらず直行する。



ド:(ぽつんと)・・・オレも結婚するんだ。
ジ:(意外そうに)そうですか・・・。(確認する)シンジャ先輩?
ド:いや・・・違う・・・。知り合いの紹介・・・。まあ、年貢の納め時というやつだ。
ジ:・・・そうですか・・・。



そう言って、二人はまた黙りこんだ。

14階に着いた。



ジ:ではお先に。(軽く頭を下げる)
ド:またな・・・。



ジュンスはスッとエレベーターを降りるが、ふっと立ち止まって、エレベーターの前のボタンを押す。

閉まりかけた、エレベーターのドアがまた開いた。


ジュンスが、エレベーターの奥の壁にもたれているドンヒョンをじっと見つめた。



ド:どうした?
ジ:どうするんですか? 先生。シンジャ先輩のお腹の赤ちゃん・・・。父無し子にするんですか?
ド:え?


ジュンスが手を放し、エレベーターのドアがゆっくり閉まった。


中に、少し顔を歪ませて、ジュンスを見つめるドンヒョンがいた。





第5部へ続く





人と人の相性もある・・・。


しかし、

人生で
何を選び取るかは

神はその個人に任せている・・・。





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