2009/08/22 00:25
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」7最終回





 
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BYJシアターにようこそ。


本日は、【さよならは言わないで】第7部最終回です。


こちらは、私の初期の作品なので、ちょっと硬いですが・・・
最後までお付き合いください。

それと・・・初期のものには、主題歌や挿入歌も入っておりまして・・・
適当に間引いておりますが、最終回は、その部分もそのまま入っています^^



これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。
ここに出てくる事件も存在しませんし、医療行為も実際とは異なります。

そして、ここで書いていることは、ジヒョンが感じたことであり、
その人生観は正しいかどうかはわかりません・・・。





これより本編最終回。
では、お楽しみください!





~~~~~~



恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう


たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・


そして
それがあなたに命を吹き込むことがある





主演:ぺ・ヨンジュン/キム・ヘス

【さよならは言わないで】7 最終回



【第20章 迫り来るもの】


翌日の午後、いつもの公園の茶屋でジスと待ち合わせをした。

外は雨だ。

小さな茶屋の中で雨宿りをしながら、ベンチに、二人は並んで座り、外の景色を見ている。


ジス:辛かったな・・・。大丈夫か。(ちらっとジヒョンを見る)

ジ:ええ。(ちらっとジスを見て微笑む)ヨンスの元気になった顔も見られたし。退院してしまえば、私たちの好きなようにできるわ。・・・ヨンスの代理に来た医者って、医者になって2年目なんだって。整形外科しか見られないって、ウンニさんがこぼしてたわ。そんなもんなのかな・・・。

ジス:・・・。

ジ:先輩。リュ・ソンジンの事、調べが進みましたか?

ジス:う~ん。噂はいろいろあってね・・・。まず大病院の息子だ。次男坊。長男が家を継いでいて、三男が、おまえが言ってたやつだ。家業をキラって違う仕事についたんだ。どうもこいつが一番いいやつみたいだよ。(笑う)ソンジンは2年浪人して今の大学に入った。その同期に同じ高校の剣道部時代の後輩のヨンスがいたというわけだ。家が権力志向みたいで、彼も野心家になったのだろう。自分より年下のヨンスが先に出世しそうになって慌てたんだな。

ジ:(ジスを見て)年下って言っても、同期なんでしょ? なら優秀なほうが出世するのは当たり前じゃない。
ジス:人の気持ちはそうはいかないだろ?
ジ:(ため息をつく)ふ~ん・・・。

ジス:あの日、おまえが考えたように、ソンジンは出勤してたよ。やっぱり、ソンジンがやったのかもしれない。本当に患者に死なれるのが恐くなって口から管を抜いたんだろうな。
ジ:じゃあ・・・。
ジス:でもこれは推理だ・・・。物的証拠がないんだよ。


二人はため息をつく。ジスが口を開いた。


ジス:それから、これは・・・。
ジ:なあに?

ジス:やつと、おまえの妹がどうも付き合っていたようなんだ。
ジ:えっ?

ジス:弟が恋人で・・・どういうわけか、兄貴と付き合っていた・・・。そしてその兄貴が同僚のヨンスに女を紹介する・・・。
ジ:(深いため息をつく)ソンジンという人間の考え方からすると、ヨンスには、捨てた女をあてがったのね。

ジス:それじゃ、二人ともかわいそうな言い方じゃないか。
ジ:でも本当でしょう? きっと。 あの子も上昇志向が強いから、一流大学出のソンジンやヨンスがよかったんでしょうね。


二人は、ため息をつく。
ジヒョンが顔を上げて、ジスを見た。


ジ:それじゃあ、地下鉄事件も怪しいの?  そのソンジンって。


二人は、顔を見合わせた。



ジ:ジウォンが毎晩うなされているって母が言ってたわ。なんか理由があるはずだわ、うなされる。
ジス:でもすべて、心証だろ? 物的な証拠はないよ。まずは地下鉄事件はおいておこう。ヨンス君のほうが大切だろ。

ジ:先輩もでしょ? 地下鉄は記事にはならないわ。(ジスを見る)

ジス:ちょっと行き詰ったな。でもどこかに答えはあるはずだ。

ジ:本当のことをジウォンから聞きたいわ。・・・聞いてみようかな・・・。
ジス:できるのか?

ジ:・・・嫌でも恥でも死ぬよりはマシよね? 先輩。

ジス:プライドも捨てるか・・・。

ジ:うん・・・。まずはソンジュに会ってみるわ。もうジウォンが嫌な女だって知らせたっていいじゃない。

ジス:目には目をか。

ジ:そんな。(ジスを睨む)あんなのと同じ次元になんかしないでください。ただヨンスの為よ。あいつに思い知らせてやりたいの、ソンジンに。



ジスは思いのほか、ジヒョンが凹んでいないのが救いだった。
彼女は信じている。ヨンスの愛を。今は敵の手にあっても、いずれは必ず、自分のところへ来ると信じている。

二人は雨の公園を感慨深げに眺めた。







同じ頃、ヨンスの病室。ジウォンとヨンスの二人である。


ジウ:ねえ、結婚式は10月のままでいいわよ。その頃にはもうちゃんと歩けるもん。
ヨ:・・・。(聞いてない)

ジウ:ねえ、どうしちゃったの? 私のこと、愛してるって言ったじゃない。お姉ちゃんなんかより私のほうがいいでしょ? 8歳も若いのよ。(ヨンスの顔を覗きこむ)

ヨ:ジウォン。もうお芝居は終わりにして。・・・君は僕を愛してないじゃない。他の男と親密に付き合ってるじゃない。そっちの人でいいだろう? お互いに自分に合った人と一緒になろうよ。

ジウ:なんでそんなこと言うの? 私はあなたを愛しているのよ。・・・最初はよくわからなかった。でもお姉ちゃんとヨンスが変だとわかってから、気がついたの。あなたを愛しているって。

ヨ:ただお姉さんに対抗してそう思ったんじゃないか?

ジウ:今ははっきりわかる。・・・あなたを愛してるって。(ヨンスの唇に顔を寄せる)

ヨ:やめてくれ・・・。君は僕の何がそんなに気に入ったの? 医者だから。でももう君が考えるような医者じゃなくなってるんだよ、わかるね? 

ジウ:最初はそのこともあったけど・・・今はヨンスが好きなの!


ヨンスとジウォンが見つめあう。


ヨ:ねえ、君と先輩ってどんな関係だったの? 最近、そこが不思議に思えてきたんだ。二人がどうして知り合いなのか。

ジウ:(黙ってヨンスを見ていたが)誰の入れ知恵?

ヨ:えっ?(どういうこと?)

ジウ:あの白髪のジャーナリストくずれ? あいつ?

ヨ:・・・誰?(わからない)

ジウ:(フン!)あら、知らなかったの? あいつの元の職業。 恋人に死なれてから、二度と勤めていた新聞社に行けなくなっちゃった、かわいそうな、あの白髪の女よ。

ヨ:(ジヒョン!)・・・。

ジウ:あなたに言ってないんだ。ちゃんと自分のこと。元の恋人が・・・。

ヨ:航空機事故で死んだんだろ。そして一ヶ月で白髪になった。飛行機に乗れない・・・。そしてその彼は・・・僕によく似ている・・・。

ジウ:!!!

ヨ:他に何がいいたいんだ?

ジウ:あの女、そこまで言ったの? ・・・なら言ってあげる。ヨンスの3月の事件を私は知ってるわ。あなたを愛してるから、(甘えた顔をする)将来のダンナ様の汚名を回復したかったの。(かわいい振りをする)だから、あの女に入れ知恵したのよ。(笑顔で)今の姉なら、できるわ。その仕事。ヨンス、あなただって頼みたいでしょ? (ヨンスの顔に顔を近づける)あの女のいいところは、思い込んだら向こう見ずに進んでいけるところよ。(ヨンスをしっかり見る)

ヨ:(胸が痛くなる)どうしてそんな危険なことを頼んだんだ。

ジウ:あら、勝手に自分で動いてくれるはずよ。頼んでなんかいないわ。あの女は勝手に愛の力を使うはずだわ。



ジウォンはヨンスがジヒョンを思って悲しげな顔をしたことに腹をたてた。

私が事故に合った時、病院に一度しか見舞いに来なかったくせに! 
あいつのためなら、泣けるの?



ジウ:もうすぐ、楽しいことが起こると思うの。だって、ある人にあの女のこと、チクっちゃったから。あまりにあなたがつれないから。かわいさ余ってって言うでしょう?

ヨ:誰?(睨む)

ジウ:言ったらつまらないでしょ?(大輪の花のような笑顔で笑う)

ヨ:・・ジウォン、もうここにいなくていいよ。僕も元気になったし。君もそこまで元気になったし・・・もう婚約は解消しよう。


ジウォンがものすごい形相でヨンスを睨みついた。そして、ヨンスのベッドに座り、顔を近づけた。



ジウ:そんな簡単にはお父さんは許してくれないわよ。(脅す)私、あなたとお姉ちゃんのことで、自殺未遂しちゃったの。わかる?(笑顔) あなたは不貞な婚約者よ。だから、簡単になんか許してもらえない。

ヨ:(驚くが引かない)でも僕と君はそういう関係になったことはないじゃない。それをお父さんに話すよ。君のそういう関係の相手は違う人ですって。


母が静かに、ジウォンの後ろに立っていた。悲しげに辛そうに二人を見つめた。





ヨンスは体力を消耗しているものの、医局まで歩いて行き、担当医を捜した。
そして、緊急に退院を願い出た。医者も、患者も医者なので、今の体の状況をよくわかっているということで、しぶしぶ許した。
ヨンスはジウォンたち家族が食事に出ている間に荷物をまとめ、病院を後にした。荷物はジヒョンのソウルの住所に送り、身軽な服装で午後5時のKTXに乗り込む。


ジヒョンが心配だ。

わざと新聞記者だったことを隠したのは僕が心配するからだ。
ジウォンは、きっとソンジンだと思うが、何をチクったというのか。
ジヒョンが危険な目にあわなければいいのだが。





同じ頃、母がレストランのトイレから、ジヒョンの携帯にメールを送った。

【ジヒョン。
よくわからないけど、
ジウォンがヨンスさんにジヒョンのことを誰かにチクったと言ってヨンスさんを脅してた。
気をつけて。
あなたが心配。
ヨンスさんも心配してたわ。母】




ジヒョンはマンションから夕食の買い物に出て、アーケード街で、携帯にメールを受け取った。
携帯の文面を睨む。苦しい顔をするが、覚悟する。
そして、ジスに電話を入れた。



ジ:もしもし。先輩。敵が動くかもしれない。物的証拠、作れるかもしれないわ。
ジス:早まるな、一人で動くな。今どこにいる? 待て、今行く! おい、待てよ。

ジ:先輩。やるわ、私、あいつらになんか負けない。

ジス:証拠を掴むには一人じゃだめだ。待て。今行く。待て。1時間待て。

ジ:先輩。大丈夫。待ちますよ。1時間くらい・・・。でも1時間を過ぎたらだめよ。

ジス:(少しほっとするが、)今行くから。






ジヒョンが通りのコーヒーショップに入る。ここで1時間過ごすことにした。



どうか私に勇気を下さい。
あっちから私のほうに罠をかけてくるはずです。
どうかうまくやれますように。
弱虫の私を取り除いてください。


今、何を考えればいい? 
対決の仕方? 
相手は卑怯な男よ。どうする・・・。
落ち着いて、頑張るのよ。

そうよ。ヨンスを思い浮かべるのよ。

ヨンス、ヨンス・・・。
きっとやり通せるわ。
きっと愛があれば・・・。



ジヒョンの携帯が鳴る。ジヒョンが見ると知らない番号だ。
これか・・・。出てみる。


ジ:もしもし。
ヨ:ジヒョン?
ジ:(ああ、ヨンス!!)そうよ、どうしたの?

ヨ:退院して、今KTXに乗ってる。特急のブースから電話してる。

ジ:勝手に退院したの?
ヨ:違うよ。ただ君の家族に黙って逃げてきた。(笑う)それより、ジウォンがへんなことを言い出したんだ。あいつに君のことをチクったって。

ジ:それで退院してきたの・・・ごめんね。大丈夫よ、なんとかやり通すわ。あいつの物的証拠が掴めそうなの。
ヨ:おとりになんかなるな。一人じゃだめだ。やめろ。

ジ:ヨンス、敵はいつ牙を出してくるかわからないわ。その時にちゃんと行動しなくちゃ。
ヨ:(真剣に)僕が行くまでどこかに隠れていて。お願いだよ。

ジ:ヨンス、大丈夫。(笑う)私、一人じゃないの。実は、私が前に勤めていた新聞社の先輩にも頼んでいるの、「デイリー朝焼け」の社会部の部長で、チョン・ジス先輩よ、チョヌの友達。

ヨ:ジヒョン、今書き取るよ。電話番号も教えて。

ジ:えっと、新聞社が******。先輩の携帯が******。ヨンスは携帯がないのね・・。でも大丈夫よ。あと、40分くらいしたら先輩と会うから。

ヨ:気をつけて!




電話を切ると、前に人影を感じて、見上げると間接的に知っている顔の男が立っていた・・・。






【第21章 聖戦】


ジスがもう一人の男とジヒョンと待ち合わせたコーヒーショップに入っていくが、ジヒョンがいない。
もう一人の男と顔を合わせる。


ジ:どうしたんだろ。ユン刑事、あんたが遅いから!
ユ:すぐ来たじゃないか。


ウェーターが通りかかる。ユンが警察手帳をみせて訪ねた。


ユ:すみません。ここに髪の長い30くらいの女性が来ていたと思うんだが。
ジ:背は165くらいで、中肉中背。美人だよ。(ユンがジスを睨む)今日は黒のノースリーブのタートルネックに、ベージュの薄い色のズボンをはいていた。


ウェーターは、少し考えて答えた。


ウ:ああ、男の人が入ってきて、一緒に出ていきましたよ。
ジ:(ポケットから写真を出す-盗み撮りした写真だ)この人ですか?
ウ:ああ、そうです。


ジスとユンが顔を見合わせる。敵のほうが先に行動を開始した。ジヒョンの携帯に電話してみる。


【この電話は只今電波が通らないところか・・】



店の外に出て途方にくれる。外は雨が降りしきっている。近くにいても見つけることができない。

いったいジヒョンはどこへ行ったのか。
ジスの携帯が鳴る。慌てて出る。


ジス:もしもし!
ヨ:あのう、デイリー朝焼けの、ジスさんですか?
ジス:(緊張して)はい!

ヨ:キム・ヨンスといいます。初めまして。
ジス:あなたでしたか。

ヨ:今日これからジヒョンが会うと言っていたので。ところで、ジヒョンの携帯がつながらないんです。
ジス:実は私もジヒョンを捜しているんです。

ヨ:えっ!






ジヒョンは今、男の車の中にいる。それはアーケード街のすぐ近くの通りに面した路上の駐車スペースに停まっている。
男は自己紹介をした。


ソ:改めて。初めまして。ジヒョンさん。リュ・ソンジンです。あなたの活躍はいろいろなところから聞こえてきましたよ。

ジ:誰からですか?

ソ:う~ん。たとえば、ヘギョン。彼女、心配してましてね。ヨンス君から養育費がもらえなくなるんじゃないかって。

ジ:そんなもの、あなたからもらえばいいじゃない。出し惜しみしないで払ってあげなさいよ。

ソ:気が強い人だな。ジウォンとその点は共通してるな。

ジ:弟の女に手を出したの?

ソ:ハハハ。違いますよ。あちらがね、僕と付き合いたいって。やっぱり医者のほうがステキって。

ジ:フン。バカな女の考えることね。それで、付き合った・・・。なぜ、捨てたの?

ソ:捨・て・た? 違うでしょう、いい男を紹介したじゃないか。

ジ:さんざん遊んでね。捨てる先を見つけてくれたってわけね・・・。

ソ:お姉さんは辛口だな。ジウォンとはずいぶん違うな。

ジ:今日はなんの用でしょう。こんなところに連れ出して。ご用件は?

ソ:(イライラしてくる)あんた、なんの目的でオレを嗅ぎまわってるんだ。

ジ:何のこと? わからないわ。

ソ:ヘギョンに、あの事件のことを聞きに行ったね?

ジ:ええ。それがあなたになんの関係があるの? あなたはあの子の父親というだけじゃないのね?

ソ:(怒りが顔に出ている)おもしろい女だな。おまえの妹からも電話をもらったよ。おまえがオレを怪しがっているって。

ジ:(ソンジンを睨む)まだ付き合ってるの?(ここで言ってみるか・・)殺し損ねた女と。

ソ:(真っ赤になる)何を言うんだ。

ジ:あなたの秘密を知ってるあの子を殺したかったんでしょ? 寝物語であの事件のことでも話したのかしら? 

ソ:!!!

ジ:そうね! ヨンスに譲っておきながら、関係してたのね。あの子はあなたの弟とも関係してたのよ。わかる? あなたは遊ばれてただけなのよ。

ソ:何を!

ジ:真剣に考えていたの? 遊びよ! あなたなんかちっとも好きじゃなかった。そう言ってたわ。キライだけど、医者だから付き合ってたって。なんで、別れたの?

ソ:・・・僕も結婚するんです。

ジ:そう、きっといいお相手なのね。でも捨ててくれて、ありがとう。おかげで妹は本当に愛せる人に出会えたわ。(微笑む)

ソ:!!!

ジ:あなたって、本当には愛されない人なのね。ヘギョンもジウォンもヨンスが好きで・・・。

ソ:おまえは何をしたいんだ。

ジ:ジウォンから聞いてないの? あなたの記事は明日、「デイリー朝焼け」に載るのよ。3月18日に起きた事件の主犯としてね。ヘギョンはナースだもの。挿管した管を抜くことができない・・・大学関係者が極秘にあなたを内偵してたの、知らなかった? あなた、あの大手新聞に告発されたのよ!



ソンジンははらわたが煮えくり返った。

この女を殺っても明日の新聞に出てしまう・・・。
オレの輝ける未来はどうなる? 
この女はどうしてそんなことを知っているのか? 

ガセか・・・?


ソ:カマを吹っかけたってだめさ。オレはそんなことでは動じない。
ジ:いいわよ。明日になれば、わかるわ。


二人は睨みあう。ジヒョンはここで引けない。

もう物的証拠は取れない。
でもこの卑怯な男を野放しになんかできないわ。
ヨンスのために。


ソンジンが笑った。


ソ:そうだ、ジウォンに聞いたが、お姉さんはヨンスの愛人でしたね。(笑う)愛人はでしゃばっちゃだめだ。静かにしていればよかったのに。


そういうと、左側に隠し持っていたメスを出した。


ソ:静かにしててくださいよ。あなたが騒がなければ、周りは丸く収まっていたのに。

ジ:ヨンスを犠牲にしてね。(ジヒョンはドアのロックを静かに外した。右手を車のドアの取っ手にかけている)あんたの悪事が知れたら大学だって放っておかないわ! それだけじゃない、もう医師としての資格も剥奪されるわ!明日の新聞を見ればわかるわ!

ソ:何を!(メスを振りかざした)


ジヒョンはドアを押し開け、外へ飛び出す。

雨で先が見えないが、地下鉄の入り口が見えた。夢中で走る。ソンジンは、もう見境がなくなっていて、プライドが傷つき、ジヒョンのことしか、目に入らなかった。ジヒョンを追いかけていく。

ジヒョンが地下鉄に降りる階段に着いた時、後ろから彼女を捕まえた。


そうだ。このまま、突き落とせばいい。
ジウォンの時のように。
これだけの階段だ。



ソンジンがジヒョンを突き落とそうとした時、ジヒョンも振り返り、ソンジンのネクタイを掴んでいた。
二人は地下鉄の階段を真っ逆さまに落ちていった。





【第22章 祭りの後で】


ジヒョンは病院のベッドの上で目覚めた。

横で、ヨンスが転寝をしていた。

自分はどうなったのか。ソンジンのネクタイを必死で掴んだのは覚えている。
しかし、それからの記憶がない。体の節々が痛い。


ジ:ヨンス。(声をかけてみる)


ヨンスが目を覚ました。彼だって、病み上がりなのに。


ヨ:ジヒョン。(泣きそうな顔をしている)なんであんな危ないマネを。

ジ:向こうが来ちゃったのよ。私がジスを待っているところへ。私をつけてたのね、きっと。でも、何にも結果は出せなかったわ。・・・ごめんね。

ヨ:ジヒョン。彼は自分の持っていたメスで転がる時に、足を刺したんだ。ジヒョンがメスを持ってるはずはないだろ? 

ジ:じゃあ、逮捕されるわね?

ヨ:たぶんね。ジスさんが連れてきたユン刑事が担当だから、いろいろ調べられると思うよ。本当に君は・・・。


ヨンスがジヒョンの頭を撫でた。ヨンスは涙を流しながら、笑顔をみせた。ジヒョンも涙でいっぱいになった。


ヨ:もうこんなマネはしないで。
ジ:うん・・・。




結局は刑事事件としては、ジヒョンの件しか立証できなかった。しかし、彼がメスを持って、ジヒョンを追ったことで、大学のほうはクビとなった。

ジスの新聞で、スジンの事件を告発しているが、これはまだまだ時間がかかるだろう。

ジウォンとの婚約も解消した。

ジウォンの本当の気持ちはわからないままだ。

でもジヒョンにはもう関係ない。彼女にはもう家族はいないのだ。






そして、ヨンスも新しい職場に赴任することになった。

ジヒョンも一緒に来て欲しいと言われたが、ジヒョンにはどうしても行くことができない。
ジヒョンには、まだ乗り越えなければならない壁があった・・・。



そして、季節は二人を隔て、冬を迎えた。








【第23章 乗り越える力】


早朝5時。まだ日の出前。
ヨンスがシカゴの地下鉄の階段を駆け上がる。せっかく走ったが、一歩違いで地下鉄には乗り遅れる。
ここは地下鉄の地上駅「シカゴ・カウンティ・ホスピタル前」。


今回の事件が明るみに出て、大学医学部の講師職は見直されたが、一度道から外れたものには、敗者復活という選択はなかった。次々に現れる優秀な人材。一度離れてしまえば、また元に戻ることはない。
大学病院にポストを持つことができなかったヨンスを不憫に思った恩師の教授が、ヨンスを国からの研究員として、このシカゴ大学付属病院のERへ派遣してくれたのだ。
実際には彼はアメリカでの医師免許を持っていないので、臨床で治療することはできないが、もともと韓国の最先端のERでその最前線にいたヨンスは、その医師としての価値は高く、ここアメリカでその先端医療を学ぶべく、ERと大学の研究室で研究スタッフとして働いている。


疲れた重い体と妙に冴え冴えする頭を抱えて、ヨンスがホームのベンチに座わった。この12月の冷え冷えとする朝の空気がヨンスの心をより研ぎ澄ます。


ふと、向かい側のホームを見ると、アジア系のナースが長い髪を揺らしながら、足踏みをしてこの寒さから身を守っている。
髪の間から覗く顔を見て、ヨンスは驚いた。
ジヒョンだ。
そんなはずはないと、もう一度目を凝らす。中国系の若いナースだった。


ジヒョン、ジヒョン。
君は今、何をしているのだろうか。

いつものように、あのマンションから高校へ通い・・・今頃、学校が終わって帰る頃だろうか。
そしてこれから、一人寂しく食事をするのだろうか・・・。

それとも、
次の恋が見つかったのかい?

僕のせいで、父も母も妹も失ってしまった君。
一人ぼっちの君。
そんな君を置き去りにしてきてしまった。
あんなに僕を愛してくれたのに。愛していたのに・・・。


ジヒョン、ジヒョン。
君はここに来てくれるだろうか。
あのつらい思い出の飛行機に乗って・・・。

僕が呼んだら、来てくれる?

僕が呼んだら・・・。

僕が呼んだら、
僕が呼んだら、来てくれる?


ヨンスは降り出した雪に手をかざし、雪を眺めている。





昼の出勤前。いつも通るビルに、ヨンスは勇気を出して入っていく。
ショーウィンドーに「ようこそ韓国へ! 毎日往復2便・直行便で行く癒しの韓国。 韓国航空」と書かれた看板が出ている。


少し大きめの封書を投函し、キツイ顔つきで物思いに耽りながら、ヨンスがシカゴの街を歩いていく。




(挿入歌が流れ、ヨンスがシカゴの街を歩き、病院へ出勤していく。そしてソウルのジヒョンの姿へ)


【挿入歌1】「君を待とう」

♪♪~~
緑の季節を過ぎて、今は白く凍るこの街で
一人佇み、君を待っている


好きだと言ったあの日から、君の返事を待っている
二人の間にあることは
いつか
季節とともに変わるはず


必ずもう一度やり直す 約束をして別れたね
二人の間にあることは
きっと
季節とともに変わるはず


君に話したいことがいっぱいあるんだ
近くにいれば、なにげないおしゃべりも
遠くの君には
あまり意味のないことばかり


君を待とう、君を待とう
いくつもの季節を見送って


君を待とう、君を待とう
この愛だけは逃さぬように

~~♪♪







夕方、紺の地味なコートを着たジヒョンが、キャメル色の、カシミアのマフラーの中に首を埋め、高校から出て、駅へと歩いていく。

空を見上げる。
この冷たい空気。今日は雪が降るかもしれない・・・。


マンションの郵便受け。ジヒョンが中味を取り出した。
少し大きめのエアメール。差出人はヨンスである。









冬の明るい日差しが入るコーヒーショップ。
ジヒョンとジスが斜向かいに座っている。
ジヒョンは鎮痛な面持ちで、下を向いている。


ジス:何を拘ってるんだ。(ジヒョンの顔を覗く)うん? 彼がおまえを必要としてるんだろ? おまえも彼を好きなんだろ?

ジ:先輩・・・。(涙ぐむ)

ジス:おまえの人生なんてまだまだ半分もきてやしないじゃないか・・・。オレはおまえが好きだった。オレが強引にプロポーズしてたら、今頃おまえはオレのノンキな女房だったかもしれない。

ジ:・・・(ジスの顔を見上げる)

ジス:でも、おまえにはチョヌが似合いだと思ったんだよ。どうだ? 不幸だったか? 幸せだったろ?

ジ:・・・(涙がこみ上げて、嗚咽する。口元を手で押さえる)

ジス:本当に好きになれたやつだったろ? おまえが死んでしまいたいくらい愛せた男だったろ?・・・ジヒョン、ヨンス君だっておまえは愛してるんだろ? あれだけの思いを貫いて彼のために戦ったじゃないか。その気持ちを大切にしろよ。・・・妹の気持ちや家族の気持ちを思いやっても、きっとしこりは残っていくさ。今だっておまえは一人じゃないか・・・。自分の幸せを考えろよ。



ジヒョンは涙を流して、手元のヨンスが送ってきた航空券を見つめる。心が痛くなる。



ジス:(顔を覗きこむように)ジヒョン、飛んでみろよ。大丈夫さ。・・・幸せになるには多少のリスクはつきものだよ。超えてみろ。おまえは妹を犠牲にして行くんだから、命をかけてみろよ、な。



そうだ。幸せになることに恐がってはいけない。

足がすくんでいる場合じゃない。
逃してはいけない。
心が一つになれる人がいるのだ。

妹を犠牲にしたのだ。
父や母の気持ちを踏みにじったのだ。
飛行機を恐がってどうする。命をかけて乗るだけの価値はある。




ジ:先輩。(涙を拭いて強い意志を持った目をする)・・・行きます。死んでも行きます。



ジスが笑った。そして、強くうなずき、ジヒョンを愛しそうに見つめた。




ジスが言ってくれた言葉・・彼が私を好きだった。
それが本当かどうかは今やわからない。でも、彼が私に最善を尽くしてくれたことは確かだ。私のため、チョヌのため、ヨンスのために。その心を裏切ってはいけない。私に勇気をくれた人を裏切ってはいけない。








【最終章 雄飛する時】



ジヒョンはソウルの仁川国際空港の出発ロビーにいる。シカゴ行きの直行便を待っている。
顔面は蒼白だ。
ここまで来たけれど、このゲートを進むことができるだろうか。飛行機に乗り込めるだろうか。



昨夜、ジヒョンは母に電話を入れた。

ジ:お母さん。ごめんなさい。私、ヨンスの所へ行きます。明日、アメリカへ発ちます。

母:・・・そう。ジヒョン、あなたが決めたことなら貫きなさい。ジウォンやお父さんの気持ちを考えると、あなたを応援できないの。・・・でも、一つだけ覚えていてほしいの。・・・これからはあなたが一家の中心になっていくのよ。あなたが皆に幸せを分けていく番よ。ジヒョン、幸せは向こうからはやってこないわ。あなたが一つ一つ小さな幸せを発見していくの。そうすれば、きっとあなたのこれからが、家族の皆が、豊かになっていくわ。わかったわね。・・・お母さんはいつもそうしてきたのよ。

ジ:(胸が詰まってしまう)ありがとう、お母さん。私もそうやって生きてみます。精一杯やってみます。・・・今までありがとう。10年前の私のことがあって、ジウォンのことがあって・・・今度の私のことがあって、本当に、本当にお母さんに苦労させちゃって。(泣いてしまう)親不孝で、ごめんなさい。

母:(とてもやさしい声で)・・・ジヒョン。・・・ジヒョンもジウォンもお母さんの自慢の娘なの。それは昔も今も変わらないわ。あなたたちのことを心配するのも、お母さんの楽しみなのよ。ジヒョン、あなたが今まで頑張ってきたこと、お母さんは誇りに思ってるのよ。

ジ:(涙でいっぱいだ)ありがとう、お母さん。行ってきます!






シカゴ行きの搭乗アナウンスが流れた。いよいよだ。
ジヒョンはゲートの前に佇んで、搭乗していく人々を見送っている。

ここまで来ていながら、足が、あと一歩を踏み出すことができない。

ほとんどの人が乗り込み、あとはジヒョンを残すばかりだ。
ジヒョンは情けなくて目を閉じる。
勇気のない自分。ここまで来ているのに・・・。



すると、耳元で小さな声がする。

『おい、ジヒョン。何してるんだ。
オレがついてるんだぞ。
オレの空だよ。
おまえを死なせるわけがないだろ。
ちゃんとヨンスのもとまで送ってやるよ』



ジヒョンはハッとして目を開ける。
周りを見回した。
誰もいない。

でも、でも、あれは確かにチョヌの声だった。



そうだ、チョヌの空だ。あの人が見守っている。

私は飛ばなくては。
あの人を信じて、私は飛ぼう。


ジヒョンは搭乗口へと歩き出した。






シカゴ・オヘア空港。
国際線の出口。無事に着いたジヒョンがカートを押しながら出てきた。


ヨンスは感無量で彼女を見つめる。
ジヒョンがやってきた・・・。


あの事件以来、飛行機に乗ることのできなかったジヒョンが自分のもとへやってきたのだ。
どんな思いでこのフライトを乗り越えてきたのだろう。


少し青ざめて見えるジヒョンがヨンスを見つけた。
出迎えの人々より少し離れたところに、ダウンを羽織って、ジーンズ姿のヨンスが立っている。

初めて島に着いた日もそうだった。ヨンスは皆から少し離れて立っていた。
あれから半年。
私は今、シカゴのあなたのもとへやってきた。


彼はじっと動かず、ジヒョンを見つめている。
ジヒョンは彼に吸い込まれるように、ゆっくりと、カートを押しながら、彼のもとへ歩いていく。






【挿入歌2】「再会の時、もしも・・・」

♪♪~~
もし、あの人が私から目をそらしたら、この恋はやめよう
もし、私があの人を見つめることができずにいたら、この恋はやめよう

もし、あの人が私を少しでもつらそうに見つめたら、この恋はやめよう
もし、私があの人に少しでも心が軋んだら、この恋はやめよう


もし、あの人が私を見て、少しでも微笑んだら、この恋を続けよう
もし、私があの人に微笑むことができたら、この恋を続けよう

もし、私があの人を見て、涙でいっぱいになったら、この恋を続けよう
もし、あの人が私を力いっぱい抱きしめたら、


この恋は成就する・・・

~~♪♪






ジヒョンがヨンスのもとへやってきた。
しばし二人は見つめあったが、何も言わず、ヨンスは当たり前のようにジヒョンのカートを引き受け、押して歩いていく。
ジヒョンは彼の横顔を見つめながら隣を歩く。
空港の出口近くになって、ヨンスが立ち止まり、ジヒョンを見つめた。


ヨンスの目には涙が滲んでいた。
ジヒョンは胸がいっぱいになり、彼の胸に飛び込んだ。


ヨ:よく来てくれたね。本当によく来てくれたね、僕のもとへ・・・。(愛しそうに見つめ直して)よく来てくれた。(涙を落として微笑む)


二人は見つめあい、抱きあって、今の幸せを噛みしめた。









【エンディング・テーマ】「時が二人を分かつまで」


♪♪~~
このオレンジ色の朝焼けを
心に刻んで生きて行こう


二人で見たあの夕日を
忘れずに進んで行こう


たとえ、
二人を隔てるその日が来ても
幸せでいたことを
胸を張って生きられるように


今愛していることに
すべてを懸けて

今二人でいることに
胸躍らせて

生きてみよう
明日もまた、新しい日を

これからもずっと
愛し、思いやれる二人でいることを


今日の朝焼けを心に刻んで
終わる事のない恋に生きてみよう


~~♪♪






神様は私に二つの試練を与えた。
チョヌの死を。ジウォンの事故を。

でもそれは私がヨンスを強く愛するための試練だったのかもしれない。
そして、今度は自分の力で、その愛をその男を守れという教えだったかもしれない。
チョヌを失って、人の運命というものは無差別にやってくるということを、私は悟った。

神様が与える試練。それはある日突然やってくる。
そして、人を愛せと突然、恋を与える。
そんな、見えない力によって、恋を授けられても、これほどあふれる思いで愛せるのだ。
この愛を貫こう。

アブラハムのように100歳を超えてすべてを奪われたとしても、
また神が私に新しい試練を与えたとしても、
私は挫けない。


この愛を握りしめているから。
命が無くなるその日まで、いくらだって、戦ってやる。



そして、私の頭の中にあったあの暗いイメージもいつしか姿を変えていた。

音のない暗い海を漂っているのは私ではなく、ヨンスでもなく、
あの黒い犬のぬいぐるみだ・・・。


私は生きていく。

もう振り返らない。



だって、
私にはこの強い愛があるのだから!











THE END







最後まで読んでくださってありがとうございました^^



2009/08/21 01:46
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」6





 
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BYJシアターにようこそ。


本日は、【さよならは言わないで】第6部です。

最終回のはずでしたが、長すぎて字数が入りませんでしたvv

ということで、こちらは、7部まで続きます。


これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。
ここに出てくる事件も存在しませんし、医療行為も実際とは異なります。




台風が迫る中、島へ行き、
ジヒョンとヨンスはお互いの過去を語る。

そして、
ヨンスの事件に二人で立ち向かうことを約束し、
永遠の愛を誓った二人。

しかし、運命は厳しく
ケガした漁師を救出に行ったヨンスは波に飲まれる。

ヨンスの命の火は。
ジヒョンの愛はどこへ行くのか。





これより本編最終回前編。
では、お楽しみください!





~~~~~~



恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう


たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・


そして
それがあなたに命を吹き込むことがある



主演:ぺ・ヨンジュン/キム・ヘス

【さよならは言わないで】6 




【第19章 祈り】


ジヒョンは夢の中にいるようだ。

本土からのレスキュー隊が船からなだれ込むように降りてきて、ジヒョンはヨンスから引き離された。
医者が容態を診て、太い注射をヨンスの胸に刺す。そして、ヨンスは担架で船に運ばれていった。

組合長のソンがジヒョンの肩を抱いて、何か言っている。ジヒョンには彼が口を動かしているのはわかるが、何を言っているのか、わからない。音のなくなった世界で、周りがどんどん動いていく。よくわからないまま、ソンに肩を抱かれて、一緒に船に乗り込んだ。

彼女の心はもう、周りの速度についていくことができなかった。





木浦(モッポ)の古めかしい総合病院の廊下の長いベンチにジヒョンが座っている。

ここは、朝鮮戦争での破壊が極めて少なかった街で、古い建物が立ち並んでいる。本土から島に行く時はここから、連絡船に乗っていくのである。

精神安定剤を打ったジヒョンは力なく、やつれたように座っている。
玄関のほうから、マホとウンニがやってきた。


ウ:ジヒョンさん、ジヒョン!


ジヒョンは顔を上げて、声のする方を見る。二人の姿が見えた。
ウンニが飛んできて、なにも言わず、ベンチの横に座り、ジヒョンを抱き締めた。ジヒョンは心の扉が開いたように、ウンニにすがって泣いた。


ウ:たいへんだったわね。・・・大丈夫よ、きっと大丈夫よ。
ジ:(うなずく)


マホがジヒョンの反対側に座った。


マ:組合長のソンさんがね、ジヒョンさんがエラかったって言ってたわよ。ジヒョンが先生を救ったって。レスキュー隊の人たちがそう言ってたって。(ジヒョンの手を握る)
ジ:マホさん、ありがとう。車も借りっぱなしで。
マ:いいのよ。もうお父さんが家に乗って帰ったから、心配しないで。


マホとウンニがジヒョンの顔を見る。
今までより美しいが、すっかりやつれたような表情をしている。
二人は両側からジヒョンを抱き締める。ジヒョンに温かい心が伝わってくる。ジヒョンは瞳を閉じた。


ウ:先生とジヒョンの着替え、持ってきたわよ。ジヒョンの荷物も。必要でしょ? ここで看病するんでしょ?
ジ:うん。(力なくうなずく)
ウ:元気出しなよ。・・・島まで先生に会いに来たんでしょ? その勇気があれば、大丈夫だよ。ジヒョン、元気出して。あなたが元気がなかったら、誰が先生の世話をするの?
マ:そうよ。ここはしっかり先生の世話をしなくちゃ。



二人が笑顔でジヒョンを見つめる。

しかし、ヨンスはまだ集中治療室だ。

マホがお弁当を差し出した。



マ:これ食べて体力つけて、ね!
ジ:・・・ありがとう。(涙ぐむ)


島からの友人の訪問で、少し心が軽くなったジヒョンだった。
二人が帰ったあと、重い仕事が残っていた。バッグから携帯を取り出し、番号を睨み、まず一人目に電話する。



ジ:そうなの、先輩。うん、だから当分こっちにいるわ。でも調査は続けて。私一人になってもやるわ。

ジス:落ち着け。事件のほうはそんなに慌てる必要はないだろ。まずはヨンス君が元気になることが大切だ。わかったね。
ジ:・・・はい。
ジス:妹さんや家に連絡しないとマズイだろう?
ジ:(苦しそうな顔で)これからします。・・・いざという時に連絡していなかったら、困りますから。
ジス:つらいな・・・。でも心を決めろ。ヨンス君の心がおまえにあるのなら、胸を張れよ。
ジ:先輩。(泣いてしまう)

ジス:・・・おい、大丈夫か?
ジ:ええ、自分のした事です。責めも受けるつもりです。
ジス:また連絡してくれ。こっちも進展があったら、電話するよ。
ジ:お願いします。


ジスの電話を切り、重い気もちを引き下げて、実家に電話した。

どうか、お母さんが出ますように。


ジ:もしもし。あっ、お母さん。(ほっとして泣きそうになる)実は・・・。







13時ソウル発KTX(韓国高速鉄道)、木浦行きに、パク家の3人が座っている。父もジウォンもきつい顔で黙ったままだ。母は一人、この窮屈な雰囲気の中、これから始まる修羅場を案じている。

普段着に着替えたジヒョンは6時半には両親と妹が来るというので、気を揉みながら待っている。皆のために宿を予約した。そして、自分の分も。
ここから追い出されるかもしれない。
ヨンスは妹の婚約者であり、自分はそれを寝取った女だ。

ただ、ヨンスが目を覚ました時、ヨンスのそばにいたい・・・。それも叶わぬことか・・・。

ジヒョンは早めに食事をした。もうこれから食事など、食べる気になどならないだろう。ウンニとマホの友情を思い出すと、胸が熱くなる。二人はジヒョンの立場がわかっていて、応援してくれている。

時計は6時18分を指した。

救急の入り口から慌しく歩いてくる音がする。
靴とパンプスと、杖。




いよいよだ。ジヒョンは深く息を吐いた。

遠くからジヒョンを見つけた父の声がした。



父:ジヒョン!(睨みつけている)


後ろにものすごい形相の妹が杖をつきながら歩いてくる。その後ろに心配そうにしている母がいた。


父:ジヒョン、どういうことなんだ。
ジ:お父さん。(駆け寄る)ヨンスさんが、台風の中、船と岩に挟まれて負傷した漁師さんを助けにいって・・・。
父:それはわかった。しかし、なぜ、おまえがここにいるんだ。(強い視線でジヒョンを見る)
ジ:・・・。(見返す)
父:おまえが・・。(苦虫を潰したような顔をする)そんなことをするやつだったとは。
ジ:・・・なんのことですか。


父がジヒョンをじっと見ている。



父:自分の胸に聞いてみろ。妹の婚約者に手を出しておいて。なんのことですかとは、なんだ。


ジヒョンは驚くが、いったいだれがそんなことを言い出したのか。



ジ:どういうことですか? ・・・私にはよくわかりません。(白を切る)
父:ジウォンから聞いたぞ。島でおまえがヨンス君を誘惑したと。 
ジ:お父さん。・・・今日は、島で友達になった人のところを訪ねていただけです。・・・私は、島で頑張ってやってきました。家のことも、診療所のことも、私なりに頑張って・・・。
父:この場に及んでもまだそんなことを。言い逃れするつもりか。



父がジヒョンの肩を掴んだ。


父:じゃあ、なぜ、ジウォンが睡眠薬を飲んだ? なぜだ? えっ、答えろ。ジヒョン!
ジ:お父さん!(ジウォンのことは初めて知って驚いたが、白を切るしかない)勘違いよ。私はヨンスさんとなんでもありません。お父さん、信じて、信じて。



父が軽蔑した顔をした。後ろでジウォンが「ざまあ見ろ」という顔をした。
二人を見ていて、バカバカしくなった。



何のために、私はウソをつかなければならないのか。
家族を守るため? 
でも彼らはもう私との間を壊しているではないか。

私とヨンスは愛し合っている。
それをなぜ胸を張って言えない。
婚約という契約したほうが勝ちだというのか。
すべての勝負はついたというのか。
ヨンスの気持ちも関係ないのか。


今朝のあの苦しさを、辛さを、この人たちはわかるだろうか。

愛する人を亡くしてしまうかもしれないという辛い局面を、この人たちはどれだけ認識しているのだ。
こうしている今だって、ヨンスは戦っている。


本当は手を握って励ましていたいのに。
寝ている彼を抱き締めて、頬擦りしていたいのに・・・。




ジ:(父をじっと見つめる)お父さん、今ヨンスさんは死と戦っているんです。まず彼が今を乗り切れるかどうか、それを祈りましょうよ。
父:わかった。あとはジウォンと私たちで見る。おまえは帰りなさい。わかったね。


ジヒョンは父の仕打ちに驚いた。この人はすっかりジウォンに操られている。
ジウォンがあざ笑った。


婚約者が死と戦っているというのに。

これはあなたと私の戦いなの? 
私が敗者になるのがうれしいだけなの? 
ジウォン、あなたにとって、ヨンスって何? 
あなたの愛って何?


たぶん、薬を飲んだといっても狂言だろう。
あんなに元気じゃないか。

ジヒョンは行き場がなかった。

しかし、母がいる。すべては母に託そう。あの人はいつもリベラルだ。

でも去る前に父と話そう。



ジ:お父さん。お父さんはどんな気持ちで私をヨンスさんの所へやったんですか? 年頃の娘を送って、何かあってはいけないと思わなかったんですか?・・・私が老婆のように白い髪をして、世捨て人のような風貌だったから、安心だったんですか? ジウォンの結婚のことしか頭になくて、行き遅れの娘のことなんか、考えも及ばなかったの? 私があんなに躊躇して行きたくないと言ったのに、送り出しておいて・・。本当に皆勝手だわ・・・。そんなに娘婿になる人が心配なら、私を送り出すべきじゃなかった。娘も信じられないんですね。一方的な話しか信じないのね?


父はジヒョンを見つめる。今のジヒョンは昔のように魅力たっぷりの風貌をしているが、確かに送り出した時は、自分の頭の中では、もう人生を半ば諦めた女に見えた。


ジ:勝手に想像してください。私はもうあの家には帰りません。お父さんやジウォンの都合だけで生きているわけじゃないんです。・・・失礼します。


肩に置かれた父の手を払いのけ、ジヒョンは帰っていく。

本当は一時もこの場を離れたくないのに!

母がジヒョンを心配して追いかけた。父が母の背に声をかける。


父:ほっとけ。勝手に行かせろ。(捨て台詞のように言う)
母:(父を見て)バカなことを言わないで! 私の大切な娘よ!

母:(娘の背中に)ジヒョン! 待って! ジヒョン!


母が呼んでも、ジヒョンが振り返ることはなかった。・・・泣き顔をみせたくなかった・・・。





ジヒョンは病院の近くの安宿に泊まっていた。いつまで続くかわからなかったので、料金の一番安い宿をとった。両親やジウォンには、中堅の居心地のよさそうなホテルを予約しておいた。
ジヒョンにとっては、雨露が凌げればよかった。ただヨンスの近くにいたいだけなのだ。




二日が経って、ヨンスの安否がわからぬまま、この木浦から立ち去ることもできなくて、最後の頼みの綱である母の携帯に、ジヒョンはメールを送った。


【お母さん、ごめんなさい。一度だけでいいです。ヨンスに会わせて下さい。
彼が元気になればいいのです。元気になった顔を見たら諦めてソウルに帰ります。
どうぞ一生のお願いです。二度とご迷惑はおかけしません。
この木浦で待機しています。ジヒョン】




夜、ホテルの一室で、母の携帯が鳴る。母が携帯を開いて見る。切ない顔になるが、すぐに消去して閉じる。父親が咎めるように母を見た。


父:誰からだ?
母:(顔を見ず)友達。ランチに行かないかってお誘い。
父:おまえの友達はノンキだな。


父がズボンを脱ぎながら、バスルームに向かった。父親がいなくなると、母はあまりに辛くて泣いてしまう。





それから、一日経って、母から携帯に電話が入った。


母:ジヒョン。もうすぐ、ジウォンとお父さんが食事に出かけるわ。・・・いらっしゃい。ヨンスさんは一昨日、目覚めたわよ。
ジ:本当?(よかった・・・)いいの・・・?
母:仕方ないじゃない。ヨンスさんも口には出さないけど、あなたに会いたいでしょうから。
ジ:お母さん!(泣けてしまう)

母:お母さんは早く体を治して欲しいの。その代わり、これっきりよ。わかったわね、いいわね?
ジ:・・ありがとう。(きっぱりと)お母さん、約束は守ります。



ジヒョンは急いで宿を飛び出し、病院に向かった。病室の前に母は立っていた。

母に抱きつきたい衝動にかられたが、もうそこまで心を許してくれないかもしれない。
ジヒョンは母にお辞儀をした。


ジ:お母さん、ありがとうございます。(甘えたい気持ちを抑えて言う)
母:(不憫に思うが、つれなく)さあ、早くなさい。10分でいいわね。10分よ。
ジ:わかりました。(母の顔を見ずに言う)



ジヒョンは、ここに入院してから、初めて意識のあるヨンスに会うことになった。高鳴る胸を押さえて、ドアを開けた。


ジ:ヨンス!
ヨ:ジヒョン!



母はその二人の声に、胸が痛くなった。
こちらが本当のカップルなのだと思い知った。ジヒョンのやさしい声はともかく、ヨンスのちょっと甘えたような柔らかい声を聞いたのは、これが初めてだった。母は胸がいっぱいになった。

二人とも好きなのだ・・・。

それに雰囲気もどう見てもこの二人のほうがしっくりいく。やるせない思いに、病室の前のベンチに倒れ込むように座り込んだ。




ヨンスがベッドの横に来たジヒョンの頬を撫でた。切なそうにジヒョンを見つめた。ジヒョンはできるだけ明るく振舞いたいと思った。


ジ:よかった。元気になって・・・。お母さんがちゃんと面倒見てくれるでしょ?(目はヨンスに釘づけである)
ヨ:うん。やさしくしてくれるよ。・・・目覚めた時、君がいなくて、ジウォンやお父さんやお母さんがいたのには驚いたけど・・・きっと君が悲しい思いをして帰っていったんだろうと思って、胸が痛くなったよ・・・。痩せたね・・・。

ジ:(涙をこらえる)・・・大丈夫よ。あなたが元気になってくれれば、それでいいの。母がくれた時間は10分なの。短い時間だけど、いっぱい話したいの。
ヨ:うん。昨日、ウンニさんが来てくれたんだ。それで、あの時のジヒョンの話をしてくれたよ。ジヒョンが僕を救ってくれたって。ありがとう・・・。

ジ:だって、ヨンスがいなくなったら・・・・(涙が出てしまう)生きていけないじゃない・・・。

ヨ:(ジヒョンが不憫で)ごめんよ、僕はいつも君をつらくする。(気分を変えて)でもジヒョンは僕の守護天使だね。いつも僕を救ってくれる。(涙は滲むが、笑顔で見る)

ジ:(笑顔を返す)愛があるからよ。・・・ヨンス、私、もうここへは来られないの。今回だけの約束なの。だから、あなたも回復してきたようだし、ソウルへ帰るわ。いいわね?
ヨ:僕も退院したら、ソウルの君のところへ行くよ。連絡する。

ジ:うん。・・・それで、ヨンス。私はあの事件のことを引き続き調べるつもり。
ヨ:ジヒョン。危ないまねはしないで。

ジ:ヨンス、こっちがそう言いたいわ。(笑顔で微笑む)私、・・・あの、あなたのモノをやたら欲しがるあの人をなんとか追い詰めたいの。
ヨ:ジヒョン!(とても心配になる)

ジ:大丈夫。うまくやるわ。あなたのへギョンを奪って、あなたの仕事を奪った人よ・・・。ヨンス、この間はヘギョンをちょっと悪く言っちゃったけど、彼女は彼に騙されたのよ。あなたが釜山の病院へアルバイトに行った時期があったでしょ?

ヨ:ああ、研修医の時、一ヶ月まとめてバイトに行ったんだ。

ジ:その時にソンジンが言い寄って、ヘギョンを自分のものにしたのよ。その時にできた子供なの。彼女はふだん生理不順で、子供ができたことに気づかなかった・・・。あなたを騙したくないから、別れたと言ったわ。・・・でも今回は、あなたを陥れたわ。お金がほしかったのね、きっと・・・。そんな汚いまねなんてしなくてもよかったのに・・・。

ヨ:ジヒョン・・・。あれでも高校時代からの先輩であり友人だった・・・。

ジ:危ないことはしない。あなたが元気になるまで待つわ。二人で戦いましょう。ね!
ヨ:うん。僕がソウルへ行くまで待つんだよ。だめだよ、単独で動いちゃ。(厳しい顔になる)
ジ:ええ。ああ、もう時間ね。ジウォンたちが帰ってくる前に消えるわ。ヨンス、私、もう家とは縁を切ったの・・・。
ヨ:ジヒョン!(かわいそうで仕方がない。ジヒョンの顔を撫でる)そんなつらい思いをさせて・・・。

ジ:ヨンス。行く前に、一つ教えて。
ヨ:何?
ジ:患者の口に挿管した管ってナースでも外せるの?
ヨ:向きによって喉を傷つけるから、医者が外すんだ。

ジ:ナースはしないのね?(睨みつけるように言う)

ヨ:ジヒョン! だめだよ。僕が退院するのを待って。

ジ:待つわ。でもありがとう。よくわかったわ。もう行くわ。早く元気になってね。じゃあ。



ジヒョンが行こうとすると、ヨンスがその手を引っ張った。切ない目をして見つめている。


ヨ:来て・・・。(ジヒョンを引っ張る)しばらく会えないだろ?


ジヒョンは壁の時計を見る。でも、ヨンスは手を放さない。

ジヒョンは観念して、ヨンスの上に覆いかぶさって、ヨンスにキスをした。長いキスをした。

すると、今まで我慢していた涙が止めどなくあふれてきてしまう。ヨンスが驚いて、ジヒョンを抱き締めた。

でも、ジヒョンは、心を強くして、ヨンスを見つめた。



ジ:もう行くわ。あなたに迷惑をかけたくないの。・・・愛してるわ。


逃げるように部屋から出ていく。ヨンスは見送りながら、思わず涙が出てしまう。



母は時間など計っていなかった。
かわいそうな、不憫な娘を思ってただ涙していただけだ。


ジウォンだって他に男がいた。あの男は・・・、ジヒョンはソンジュと話したことを教えてくれなかったけど、たぶん、ヨンスより深い仲の男だろう・・・。
しかし、この事を夫に言ったらどうなるのか。あんなにヨンスに拘っている夫に・・・。一流の医者に娘を嫁がせたい彼は一生懸命だ。ジヒョンだって、娘なのに・・・。



母は辛かった。
ジヒョンが出てきた。真っ赤な目をしている。


ジ:(母の方は見ているが、目は合わせない)お母さん、ありがとうございました。・・・もうソウルに帰ります。ここへは来ません。そして、お父さんに約束したように、家にも二度と行きません。お母さん、お元気で。


お辞儀をして、ジヒョンが去っていく。母は胸がいっぱいになって、ジヒョンの後を追いかけた。


母:ジヒョン! ジヒョン!(病院の廊下を走る)


ジヒョンが振り返った。母が苦しそうな顔で走ってくる。母のほうへ駆け寄った。


ジ:お母さん!(大丈夫?)

母:ジヒョン。短気を起こさないで。お父さんはああ言ったけど、私はあなたが心配でしょうがないの。いつも苦しい選択ばかりして。ジヒョン、本当の気持ちを話して。10年経って、やっと帰ってきたのに・・・。また去っていってしまうなんて。お母さんは・・お母さんは・・。


母が泣き出した。
ジヒョンが抱き締める。やっと母を抱くことができた。
私も抱かれたかった・・・。



ジ:心配かけてごめんなさい。でも苦しい選択じゃないのよ。(母の髪を撫でる)10年前に家を出たのだって、自分の力で生きなくちゃ、もう二度と立ち直れないと思ったからよ。お母さんを捨てた訳じゃないのよ。(母を抱き締める)今だって、そうよ。私は私の道を行くしかないの。ヨンスをお願いね。・・・確かに10年の不在は長かった。・・・うちには、子供はジウォンしかいないのかと思えることもあったわ。どんなに白い髪をしていても、まだ本当の大人に成りきれてなかった私なのに・・・。

母:ごめんなさいね・・・ごめんなさい。(ジヒョンの髪を愛しそうに撫でる)

ジ:お母さん。(抱き締めて)元気でね、元気でいてね。(手を放し)さようなら。



ジヒョンは、振り返らず、どんどん歩いていく。母は独立していく娘を見守るしかなかった。





ジヒョンにはソウルでやらなければならない事があった。
リュ・ソンジンの悪事の証拠を探さなければならなかった。







続く・・・・。






2009/08/20 01:20
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」5





 
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BYJシアターにようこそ。


本日は、【さよならは言わないで】第5部です。


これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。
ここに出てくる事件も存在しません。






近づく台風とともに、ジヒョンはヨンスに会いに行く。

まるで、ジニョンが嵐を連れて
彼を訪ねたかのように。


ジヒョンはヨンスを見失わず
愛し続けることができるだろうか。






これより本編。
では、ハンカチ、タオルを用意して、お楽しみください!^^



~~~~~





恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう


たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・


そして
それがあなたに命を吹き込むことがある




主演:ぺ・ヨンジュン/キム・へス
【さよならは言わないで】5






【第16章 告白】


ジヒョンが島へやってきた。
つり用の雨具を着たヨンスがタラップを降りたジヒョンの前に立った。
激しい雨の中、二人は言葉もなく、見つめ合ったが、

ヨ:さあ早く、車に乗って。

ジヒョンはヨンスに促されるままに軽トラックに乗り込んだ。車の中も雨のニオイがする。
二人はビショビショに濡れたまま、無言で診療所に向かった。視界が閉ざされ、真っ白な滝の中にいるようだ。
彼らを追いかけるように、台風がその猛威を奮ってついて来る。
早く建物の中へ非難しなくては。


車を診療所に横付けにして、二人は雨に濡れることなど気にせず、傘も差さずに、雨の中を歩いて診療所に入った。



玄関先にヨンスが用意しておいたバスタオルがある。ヨンスが一枚、ジヒョンに渡す。
ジヒョンはびしょぬれで纏わりつくコートを脱ぎ捨て、サマーセーターを脱いで、下着のまま、頭から順に体を拭く。

上下の雨具を脱いだTシャツ姿のヨンスは自分の頭を拭いていたが、濡れた髪を揺らしながら体を拭いているジヒョンを見て、ジヒョンの髪をやさしく拭き始めた。
ジヒョンは顔を起こし、髪を拭くヨンスの顔を見る。ヨンスはジヒョンの視線など気にせず、ジヒョンの髪を拭き、首を拭き、肩を拭き、腕を拭く。
ジヒョンはヨンスの姿に胸が痛くなるが、タオルを持つヨンスに身を任せて、彼が順にジヒョンの体を拭いていくのを見ている。ヨンスが綿のスカートがぴったり貼りついたジヒョンの足を拭く。ジヒョンはかがんだ彼の頭が見ながら涙ぐんでしまうが、我慢して、身を任せている。

ヨンスがジヒョンを見上げた。愛しそうに見上げ、ゆっくりと立ち上がり、ジヒョンを見下ろした。


ヨ:どうしたの?今日は。何かあったの? 何か話があったの? (やさしく見つめる)


ヨンスの雨で冷たくなった手がジヒョンの頬を撫でた。バスタオルを捨て、両手でジヒョンの顔を包む。冷たく冷えきった手、そして少し震えている。

ジヒョンはヨンスをしっかり見つめる。


ジ:会いに来たのよ。・・・おバカさんのあなたに。一人じゃ、ぜんぜんだめなあなたに。どうしようもないあなたに。根性なしのあなたに・・・。(胸が詰まる)意気地なしのあなたに。救いようのないあなたに。無防備なあなたに・・・憎めないあなたに。


ヨンスはじっとジヒョンを見つめている。ジヒョンは涙でいっぱいだ。



ジ:そして、大好きなあなたに。捨てられないあなたに。(泣いてしまう)私の心を奪ったあなたに。・・・ヨンス、ヨンス。やっぱり・・・愛してるのよ。


ヨンスは胸がいっぱいになり、ジヒョンを抱き締める。顔を寄せてキスをするが、ジヒョンの体が冷たい。さっきは自分の手が冷たくて、ジヒョンが冷えきっていることに気づかなかった。


ヨ:お風呂を入れるよ。温まったほうがいい。
ジ:ヨンス。私・・・。
ヨ:時間はたくさんあるよ。体を温めて。医者の言うことは聞くものだよ。(笑顔で見つめる)
ジ:(こっくりとうなずき)・・・わかったわ。



ヨンスが風呂のお湯を入れにいく。ジヒョンは1ヶ月ぶりに診療所の住まいに入った。遠い昔に暮らしたような気もするし、つい昨日もここにいたような気がする。


ただヨンスに会ってみると、こんなに長く離れていたというのに、まるで昨日も一緒に寝ていたといってもおかしくないほど、とても身近に感じるのだ。
今日はヨンスに話したいこと、話さなければいけないことがたくさんあって、胸が張り裂けそうなくらい追い込まれて、ここまで来たのに。


ヨンスに会ったら、まるで憑き物が落ちたように心が平安になってしまう。
ヨンスという男はいったいなんなのか。ジヒョンの尖った心をやさしくしてしまう。

今は戦わなければいけないのに・・・。


ヨ:ジヒョン。お湯が入ったよ。お風呂で温まっておいで。僕は台風に備えて、ラジオや懐中電灯やろうそくを用意しておくから。
ジ:ありがとう。
ヨ:それから、車といっしょに、マホさんが夕食も用意してくれたよ。
ジ:ええっ。(マホに対して胸がいっぱいになる)
ヨ:ジヒョンさんの料理では心配だって言ってね。(目が笑っている)
ジ:ええ~。(ジヒョンが泣き笑いの顔になる)
ヨ:(笑顔で見つめ)入っておいで。
ジ:うん。



ジヒョンが風呂に入っている間、ヨンスが台風の準備をする。村内放送が入るスピーカーのボリュームをあげる。窓などの戸締りの様子も確認する。

ヨンスが窓の外を覗いた。
ますます雨が激しくなり、風が荒れ狂っている。中庭で物干しが倒された。


6畳間にラジオや懐中電灯、ろうそくを置き、診療所に予備のバスタオルを取りにいく。

住まいのドアを開けた途端、停電になった。
一瞬、空気が止まったように静かになる。


風呂場からジヒョンが叫ぶ声がする。


ジ:ヨンス、ヨンス! 早く来て。お願い!早く!


パニックでも起こしたように叫んでいる。ヨンスは慌てて、ジヒョンの方へ行く。脱衣所のほうを覗いた。



ヨ:ジヒョン、どうしたの?
ジ:ヨンス、ヨンス。早く来て。私、暗闇が恐いの、早く。


ヨンスが風呂場の戸を少し開けた。


ヨ:大丈夫かい?
ジ:ヨンス、そこにいて。お願い。
ヨ:懐中電灯をとりに行くよ。
ジ:だめ、そこにいて。暗闇で一人、狭い湯船にいることができないの。ごめんなさい。一人でいると、苦しくて溺れそうになってしまうの。手を貸して、ちょっと手を握って、お願い! ヨンス、ヨンス!


ヨンスが風呂場に手を伸ばす。ジヒョンは、やっとの思いでその手をぐっと握りしめる・・・。
風呂場の中は真っ暗というわけではなく、曇りガラスの窓から外の明かりが入ってくる。が、極めて弱い明かりなので、まるで、モノクロの世界だ。


ヨ:ジヒョン・・・ここにいるよ。大丈夫だよ、ここにいるよ。
ジ:ありがとう。(手を放す)でもそこにいてね。
ヨ:うん。


風呂場の戸を少し開け、ヨンスが外に座っている。


ジヒョンが上がって、ヨンスが風呂に入ったが、部屋の中の暗闇ではジヒョンはいつものように落ち着いていた。今までの島の暮らしであんなにパニックになったことはなかった。

風呂場・・・水の中がだめなのか。



ヨンスが風呂を出て、部屋に入ってくると、ジヒョンがろうそくを、机の上やちゃぶ台の上とキレイにレイアウトして並べ、部屋の中はキャンドルライトでまるで異次元のようだ。
その中に輝いたジヒョンがいた。

ジ:上がったの? ビールでも一杯飲む?
ヨ:そうだね。(ジヒョンの様子を気にしている)


ジヒョンが缶ビールを持ってくる。


ジ:きっと今が一番おいしいわよ。電気が止まってだんだんぬるくなっちゃうから。
ヨ:そうだね。(缶ビールを持って近づいて来るジヒョンを見つめる)


ろうそくの光で見るジヒョンは今までに増して美しい。今日診療所に入ってきた時もそう思ったのだが、島で暮らしていた時よりソウルで会った時のほうが、そして今が一番美しかった。


ヨ:ジヒョン。君はどんどんキレイになっていくね・・・。(ヨンスがジヒョンを見入る)
ジ:ヨンス・・・。(見つめ返す)


ジヒョンは言いたかった。
それはあなたを愛し始めたから。
今、私の中は、ヨンス、あなたでいっぱいなの。
島で会ってから、気がつけば、私はあなたのことしかしていないの・・・
あなたは知らないけど。ソウルでの暮らしもすべてあなたのことだけなのよ・・・。


ジヒョンがちゃぶ台の反対側に行き、向かい合って座った。


ジ:ヨンス、私、自己紹介するわ。あなたの知っている私はまだ一部なの。あなたに私のすべてを知ってほしいの。
ヨ:ジヒョン?(何をしたいのか、よくわからない)
ジ:聞いて。


ろうそくの明かりの中で、ジヒョンはヨンスを見つめた。その目はヨンスが知っているいつものジヒョンの眼差しより深いもののように思えた。


ジ:私はパク・ジヒョン。あなたのフィアンセの姉で、35歳。そして高校教師。飛行機に乗れなくて、暗い水の中が恐い・・・。それがあなたの知っている私。そうでしょう?・・・初めて会った時、あなたも本当は驚いたはずだわ。35歳の姉がくると言ったのに、髪の白い女が来て・・・。
ヨ:ジヒョン、そんな・・・。(哀しい話はしないで)

ジ:すべて話させて。すべての訳を・・・。
ヨ:苦しければいいんだよ。(ジヒョンが心配でならない)今のジヒョンを好きなんだから。訳なんて・・・。

ジ:ううん。ヨンス、私もあなたが好きなの。・・・だからあなたに話したいの。だって、あなたが私を苦しみから解放してくれたから。
ヨ:ジヒョン・・・。



外の嵐は激しく、すべての存在が打ち消されて、この地上に存在するのは自分たち二人だけなのかと思うほどだ。
聖書にノアの箱舟という話があるが、まるで今、この地上で選ばれたカップルは、ヨンスとジヒョンだけで、二人は安息の地に着くまで、この嵐の中をこの部屋という箱舟に揺られて旅をしているようにも思われる。


ジヒョンが自分を語り出した。


ジ:ヨンス。私が初めて恋に落ちたのは24歳の時。職場の先輩の紹介で知り合ったの。5歳年上の彼はとても・・理知的で精悍で、・・・いつも私を熱い心にしてくれる人だった。だけど、その彼は、婚約指輪を買いに行く約束をした日に、急な海外出張に出かけて・・・・(ジヒョンは少し休む。そして、一気に話す)その飛行機が墜落したの。それで帰らぬ人になったの。・・・その事で私は、たった一ヶ月で真っ白な髪の女になってしまったの。自分がそこまで、彼を愛していたのかと・・・そのあとの10年間は私にとっては、ただ生きているだけの時間だった。胸に空いてしまった穴を埋めることができなかった。(涙が滲んでくる)そう、ヨンス、あなたが不思議に思ったように、私は高校時代、交換留学生としてアメリカで一年間を過ごし、今は英語の教師よ。でも、彼が死んでから、もう飛行機に乗ることができない・・・。そして、一人で暗闇の中でお湯に浸かることができない・・。それはね、私の心の中にあるイメージのせいなの。私はいつも暗い海の中を静かに漂っている。それは終わることなく、ずう~と、ずう~と漂っていて、私は音のない暗闇の中にいる。・・・変でしょ? 沈んだのは私ではなく、彼なのに・・・。



ヨンスがジヒョンの横に来て、ジヒョンの手を握りしめた。
近くで見ると、ジヒョンの目には涙があふれている。ヨンスはもう見つめていることができなくて、ジヒョンが不憫で、愛しくて、抱き締めずにはいられない。
ヨンスはジヒョンを引き寄せて、彼の手で涙を拭いてやり、髪を撫で、愛しそうに見つめる。


ヨ:もういいよ、ジヒョン。そんな、自分を苦しくさせる話をしなくても・・。


ヨンスに抱かれながらも、ジヒョンは強い視線で、ヨンスを睨み、話を続けた。



ジ:だめ。ここで終われないの。あなたに知り合ったから。ここから話さなくちゃだめなの。ヨンス。私は初め、ここへ来るのがいやだった・・・。あんな、チャラチャラした妹が婚約した相手なんてろくでもないって。(泣きながら話す) だから、父が頼んでも最初は断ったの。でも父もジウォンもあなたと結婚したくて、あなたを手放すことにならないように、私をお世話係りに送ったのよ。初めて会った日、私はあなたに懐かしさを感じたわ。それに、あなたは私が想像していた男とは違っていた。ジウォンの相手とは思えないほど、まともで、私の心の中へ入りこんできたのよ。そして、ヨンス、あなたは(言わなくてはならない) ・・・昔の彼と、鼻筋がそっくり・・・。でもね、性格も何もかもあなたとは違うの。だから、私はあなたを見間違えることはないわ。ちゃんと、あなたを見ているわ。 ヨンス、私は35歳だけど、私の知っている男は、チョヌとあなただけ。それでもとっても幸せなの。あなたに巡り会えたこと、たとえ、(言葉につまるが続ける)妹のフィアンセとしてでも・・・。あなたに会えてよかった。ヨンス、あなたに会えて、私はまた、人としての輝きを取り戻せたのよ。



そう話すジヒョンは、光り輝いて美しい。ヨンスはジヒョンの美しさが内面から放っていることを改めて悟る。

ヨンスには、ジヒョンの告白は苦しいだけではない、美しいセレナーデのようにも聞こえた。

それに引きかえ、自分は。





【第17章 真相】


ジヒョンを見つめて、ヨンスが言う。


ヨ:ジヒョン。僕が今愛している人、それは君だよ、パク・ジヒョン。他の人など入り込る隙間がないほど愛しているんだ。でも、僕はいろいろと失敗を繰り返していて・・・。どこから話したらいいのだろう。

ジ:ジウォン。(ヨンスを見つめる)

ヨ:そうだね。君の妹だ。・・・彼女を知ったのは、昨年の11月だった。高校時代の先輩で、大学が同期の友人から紹介されて、僕たちは出会ったんだ。

ジ:なんていう人?

ヨ:リュ・ソンジン。彼が「いい子がいるから、会ってみないか」と言ったんだ。そのころは・・・というより、2年前にERが発足して以来、24時間体制になっていて、ローテーションがかなり厳しかった。それはまた、いつどんな病気の、どんなケガの患者が来るかわからないのを待つという激務でもあったんだ。外科にいた頃は、午前外来、午後から手術と決まった生活をしていたからね。でも、そのERのおかげで、ここでは、どんな患者でも気にせず診てあげられるんだけどね。そんなERの、慌しい仕事の日々で、頑張ってはいても、なんか心が寂しく感じている時期だった。そんな時、ジウォンと出会って・・・。(ジヒョンの顔を見る。言葉に詰まる)

ジ:私を気にしないで話して。どんな話でも聞くわ。(そう、聞かなくちゃ。恐がらずに)

ヨ:(ジヒョンの顔が見られずに、ジヒョンから離れる)彼女はいつもやさしく僕に笑いかけてくれた。あの美しい笑顔で。・・・いつも僕に合わせてくれて、夜勤明けの時は、早朝でも会ってくれた。こんなキレイでやさしい子と結婚できたらステキだなと思って、プロポーズしたんだ。そうしたら、すぐにYESと言ってくれて、ものすごくうれしかった。

ジ:(静かな声で)愛していたのね・・・。

ヨ:(顔を見て)・・・ごめんよ・・・。

ジ:(下を向いて)謝らないで。・・・私と出会う前のことよ・・・。



ジヒョンは立ち上がって、ガラス戸を少し開けて外を見る。
台風は激しく、雨が縁側を越えて、ジヒョンの顔にもかかる。



ジ:ヨンス。本当のことを教えて。
ヨ:本当のこと?

ジ:たとえば、こういうこと。つまり・・・ものすごく愛している人がいて、その人がものすごいケガをしていたら、心が痛んで、他の人と恋なんかしていられないわよね。・・・そうでしょう? それに普通はこの人と決めたら次にどんなにステキな人が出てきても、その都度、心変わりはしないわ・・・そうでしょう? (振り返り、ヨンスを見る)あなたは違うの? この次、ここへ違う人が来たらまた恋に落ちてしまうの? 私のことなど、忘れてしまうの?


ヨンスは苦しい。
でも、ジヒョンに真実を話さなければ、彼女にはもう愛してもらえないだろう。



ヨ:ジヒョン。君には話しにくいことなんだけど。

ジ:(ヨンスの方を睨む)恐がらないで話して。なんでも聞くわ。(つらくても聞くわ)

ヨ:あの日。ジウォンが事故にあった日。僕は大学から呼び出しを受けていて、朝からソウルに来ていた。大学でいやな思いをした帰りにジウォンと会ったんだけど、あの美しい笑顔に僕は心が癒された。彼女は自分も早く島へ行きたいって言ってくれたんだよ。(ジヒョンの気持ちが気になるが)ソウルホテルで結婚式の打ち合わせをして、前にも言ったけど、僕は連絡船の時間があったから、彼女と4時半に別れたんだ。でも、その後、僕の父親代わりの叔父がジウォンと会いたいと言っていたのを思い出したんだよ。それで、彼女にそれを知らせたくて、すぐに引き返したんだ。だけど・・・・だけど、そこに彼女は他の男といたんだよ。今、別れたばかりだというのに・・・それも肩を組んで・・・。(少し涙ぐむ)僕は初めて彼女の実態を知ったんだ。そして、二人を追った。二人が行った先はホテルだったよ・・・。(肩をすぼめて呆れるように)それもうれしそうに彼女は入っていったんだ。



ジヒョンはあることに気がついた。

今まで、ヨンスへの思いに溺れていて、彼がどの程度、ジウォンを愛していたかなど、よく考えたことがなかったのだ。
ただ、ヨンスが自分に惹かれたのには、二人の間に何か亀裂があったのだろうとは思っていたけれど。
ヨンスが他の男とジウォンの話をするときのつらそうな表情を見ていると、そこにジウォンへの愛を感じずにはいらない・・・。



ジ:ヨンス、あなた、今でもジウォンを愛しているの?・・・思い出すとつらくなるくらい・・・愛しているのね。

ヨ:そうじゃない・・・今は君だけだよ、愛しているのは。それは間違いないよ・・・。
・・・あの日、僕がその男に強い嫉妬を感じたのは確かだよ・・・。(苦笑する)でも僕は現場に乗り込まなかったし、そのまま帰ったんだ、島へ。・・・君にこのことを言うのが、とてもつらかった。ジウォンの男に強い嫉妬を感じたなんて君には言いたくなかったんだ。でもこれを言わなければ、君がいつも言うように辻褄が合わないんだよ。僕がジウォンを捨てて、婚約を解消しようと考え出したことの理由がなくなってしまうんだよ。
あの男に対するジウォンの目つきや顔つき、その態度も、僕の知っていたジウォンとは180度違っていた。いったい僕の信じていたものは、僕のジウォンはどこへ行ってしまったのかと。そんな考えが心の中に広がって、苦しい思いで、診療所へ帰ってきた時、君のお母さんから電話があった。ジウォンが地下鉄で突き落とされたと。僕は混乱したし、ジウォンとのことを整理するにも、彼女のケガが治るまでと、しばらく置いておくしかなかったんだ。


ジヒョンがつらそうにヨンスを見つめる。



ヨ;ジヒョン。今愛しているのは君なんだよ。嫉妬したこともすべて昔のことだよ。もうジウォンのことは許して。(懇願するようにジヒョンを見る)君がここへ来た時には、もうほとんど僕の気持ちは決まっていた・・・。ジウォンのケガが治ったら別れようと。でも、君が来るのを止めることはできなかった。それをしたら、僕の心の綻びが見えてしまうから。君が来た時は、僕は絶望の中にいたんだ。愛した女は、本当には存在していなかったことを知ってね・・・。ジヒョン。でもこれは運命だったのかもしれない。(立ち上がってジヒョンのそばに行く。ヨンスもガラス戸の外を見る) 君に出会うための。そうでなければ、こんなに愛せる人に一生出会えなかったのかもしれない・・・。



ヨンスがジヒョンを引き寄せて抱き締め、ジヒョンにキスをする。二人は見つめあった。




ジヒョンはもう一つの重い話題を切り出さなければならない。


ジ:ヨンス。大学病院でのあの出来事について話して。

ヨ:あの出来事?

ジ:あの事件・・・スジンの事件。

ヨ:(顔が凍りつく)なぜ、君はそれを・・・。

ジ:話して、ヨンス。(彼の腕の中から離れて、文机の横に座る)それを解決しなければ、私たちに未来はないわ。

ヨ:ジヒョン!(ジヒョンの前に座る)

ジ:(机の上のろうそくの周りを指でなぞりながら)これを解決しなければ、あなたはいつまでも、無防備で、意気地なしで、お人よしで、おバカさんのままよ。(ヨンスを見る)さあ、私に話して。あなたには私がいるわ。あなたを助けてあげる。


ヨンスはこのジヒョンという女は何者なのかと思う。
初めて見るジヒョンの表情。
それはいつもの甘さを持っていない・・・それは先日見た白日夢のジヒョンによく似ている。そして、自分より強力な力を持った、磁気のような目をしている。


ヨ:誰に聞いたの?

ジ:ジウォンよ。

ヨ:ジウォン? なぜ、彼女が知っているの?(驚く)

ジ:ヨンス、何も知らないのはきっとあなただけよ。きっと複雑なからくりがあるのよ。だから、私が力を貸してあげる。あなたを絶望へ陥れた事件の真相を一緒に解決してあげるわ。


ヨンスは、不思議な気分になるが、ジヒョンにすべて話すことにする。


ヨ:事件は今年の3月18日午後2時50分に起きた。僕は非番だった。その一ヶ月前に交通事故に合ってERに運ばれた15歳のスジンは意識不明の状態のまま、大学病院の一人部屋に入院していた。彼女にはいろいろな管が通され、呼吸も自分ではしていなかった。僕はスジンについては特別の思いを抱いていたわけではない。ただ、ERの時の担当医が僕だったということだ。それが、あの日、検温に回ったナースがスジンの変化に気づいた。つながっているはずの生命維持装置のスイッチは切られ、スジンの口に挿管された管ははずされていた。慌てて医師を呼び、事件は発覚した。結局、一人のナースがスイッチを切っていたことがわかったんだ。

ジ:それが・・・。

ヨ:コ・へギョンだ。彼女は僕のチームで、彼女は僕に頼まれたと証言したんだ。そして、その責任を取って、僕はここへ来た。無期限の島の診療所の医師として・・・。そう、ふつうは一年交代だが、僕は大学が許してくれるまで、ここから出て行けない。

ジ:なぜ? 好きなところへ行けばいいじゃない?

ヨ:あのことがついて来る。僕には行く先がないんだよ・・・。

ジ:私のおバカさん。なぜそうなる前に戦わなかったの? あなたは無実でしょう? お金をもらったの?何かマズイことがあったの? そうでなければ、一緒に罪をかぶるのはおかしいわ。そんなこと、子供でもわかるわ。それになんのためにスジンにそんなことをしたのかしら。親からお金をもらって殺すつもりなら、ただスイッチを切るだけでよかったのに。スジンが自発呼吸をしやすいように、口に詰まったものを取り除いている・・・本当には殺すつもりはなかったのよ、そうでしょう? ナースの検温って時間が決まっているんでしょう。わざと15分で気がつくようにしたのはなぜ? ねえ、なぜ?

ヨ:・・・。(ジヒョンを見つめる)

ジ:バカ(手で胸をたたく)・・・意気地なし。なんで戦わなかったのよ? そんな責任とる必要なんてなかったのよ。医者としてプライドのために、なんで力いっぱい戦わなかったのよ。(ジヒョンが両手でヨンスの胸を押す)お人よしよ・・・だから、嵌められるのよ。

ヨ:嵌められる?

ジ:その女は何者? あなたが庇わなければならなかったナース。

ヨ:彼女は・・・僕の元恋人だよ・・・。
ジ:何年前の? 今の?

ヨ:研修医時代の。二人とも新人で、助け合った・・。
ジ:楽しかった? 愛してた?

ヨ:(ジヒョンを見る)どうしてそんなふうに聞くの?

ジ:本当のことを言って。好きだったんでしょう? なぜ、別れたの? あなたが嫌いになって別れたの?
ヨ:いや。(ジヒョンの質問にたじたじだ)

ジ:じゃあなぜ?
ヨ:ジヒョン、もう終わったことなんだよ。7年前に。だから・・・。

ジ:終わってなかったんでしょう。だから、彼女の証言をはっきり拒否できなかったのよ。あいまいに答えているから、事件に巻き込まれるのよ。

ヨ:彼女には・・・子供が、子供がいたんだよ。
ジ:それが?

ヨ:僕と別れて一人で生んだ。それを3月18日の事件の後まで僕は知らなかった・・・。7年近くも。最低だよ・・・。その彼女にお父さんのためにお金を作りたかったと言われたんだ。だからやったと。そして、一人では耐え切れなくて、僕の名前を出したと。・・・お金が必要なら、事件の前に言ってほしかった。僕だってなんとか金策をしたのに・・・。

ジ:それで、あなたは連帯責任をとったのね。おかしいと思わない? ヘギョン一人の仕業でだってよかったじゃない。なんであなたの名前が必要だったの? そうでしょう。

ヨ:ああ。・・・ジヒョン、がっかりしただろう、僕が最低な人間で。君が来た時、ジウォンのこともあったし、へギョンの子供の存在もわかって・・・その上、僕はここの診療所の囚われ者だし・・・。生きていること自体、いやになっていたんだ。でも、君は初めてのところに来て、慣れない家事を必死でやっていて、いつも僕を中心に考えてくれた。そして、いつも変わらず誰にでもやさしく、笑顔だった。僕はそんな君に心が救われたんだ。僕に生きていく勇気をくれたんだ。・・・ここでも自分の信じる医療を続けていこうって、小さな世界でも自分の生きる場所として、頑張ろうって。ジヒョン、僕は今まで大きな組織の中にいて、その最先端の分野にいた。そういう自負があったんだ。だから、ここへ初めて来た時は本当に絶望してたんだ。でも、ここで、君に会えた・・・そのためにここへ来たのかもしれないね。



ジヒョンはヨンスを抱き締めたくなった。

こんなにいい人なのに。

周りに振り回されて。彼はただの医者なのだ。強すぎる野心もない。自分の好きな職業の中で最先端にいることを喜んでいただけだ。野心家ではない。権力が好きな訳でもない。でも、優秀だった。それが彼の仇となっただけだ。


ジ:ヨンス。そのへギョンの子供はどうするの? あなたの子なんでしょ? 彼女と結婚しなくていいの?

ヨ:・・・なんとか養育費は・・・でも今はヘギョンを愛していないんだ。あの頃は愛していたけど。

ジ:ヨンス。どんなに若くても愛し合っている二人なら、二人で子供を育てようと思うんじゃない? まして、あなたをよく知っている彼女なら、あなたが子供のことでいやな顔をするとは思わないわ。

ヨ:何がいいたいの?

ジ:ヨンス、とってもおかしいでしょう。なぜ、彼女が別れたのか、その頃も追及しなかったのね? あなた、子供がいることがわかって、その子供に会った?
ヨ:いや・・・。

ジ:変じゃない。なぜ会わないの?

ヨ:彼女がそっとしておいてほしいって。そういうんだ。でもいつか会わないと・・・。

ジ:そうね、早く会ったほうがいいわ。(決心して言う)私は会ってきたわよ。

ヨ:ジヒョン!なぜ、君が?

ジ:(ヨンスをしっかり見て)かわいい男の子だったわ。お父さんにそっくりの。

ヨ:ジヒョン。(泣きそうに苦しい)

ジ:そう、あの子のお父さんにそっくりの顔。リュ・ソンジンのミニチュアだったわ。



ヨンスはジヒョンを見つめる。

じっと見つめる。



ヨ:(静かに)それが言いたくて、ここへ来たの?

ジ:(見つめ返す)それだけじゃない・・・一番はあなたに会いに。ものすごくおバカさんの、お人よしのあなたに会いに。でも、とっても愛しているあなたに会いに。あなたがこの罠に落ちていくのが見ていられなくて。ソウルに戻ってからの私は、ジウォンが口にしたこの事件が、とてもあなたが関わっているとは思えなかった。だから、どうしても真実が知りたかった。愛している人が本当はどんな人なのか。

ヨ:それでどう思った? 信じてくれるの?
ジ:ええ。



ジヒョンはヨンスが座っているところへ行き、彼に覆いかぶさるように抱きつき、彼を押し倒した。



ジ:信じるわ、あなたを。・・・怒ってる? ヨンス。

ヨ:(ジヒョンの下敷きになっているヨンスの目に涙が浮かぶ)ううん。ありがとう、ジヒョン。本当にバカでお人よしだね・・・僕は。(涙が目尻から流れ落ちる)

ジ:私がいないとだめでしょ? そうでしょう?

ヨ:そうだね。そうなんだよ、本当に。君が近くに居てくれなくちゃ。

ジ:ヨンス、私もあなたがいないとだめ。あなたが近くにいてくれなきゃ。(ヨンスの顔にジヒョンの涙がポタポタ落ちる)

ヨ:ここで一緒に暮らそう。

ジ:だめ。まだ、戦いは始まったばかりよ。ここで甘んじちゃだめ。敵を倒すまで私は進むわ。ヨンス、私が一緒だもの。戦うわね?

ヨ:・・・ああ・・・そうするよ。(ジヒョンの心の強さが心強い)

ジ:ヨンス。愛してるわ、とっても。




ジヒョンはヨンスの唇に顔を近づけた。ヨンスがくるりと身をかわして、ジヒョンがヨンスの下になった。



ヨ:いつまでも愛し合っていこう。二人ならできるよね。



ジヒョンはうなずいた。


外は台風が猛威を奮っている。
診療所という箱舟の中の二人は、キャンドルライトの中、永遠に続いて行きそうなこの幸せの中に身を委ね、外の雨のように激しく雨音を立て、お互いを確認していった。






【第18章 嵐】


翌朝、温かい気持ちで目覚めたジヒョンは隣へ手を伸ばす。ヨンスの体がない。
見ると、隣に寝ていたはずのヨンスがいない。

起き上がり、ショーツしかはいていないジヒョンは、昨日枕元に用意したヨンスのパジャマの上着を引っ掛けて、部屋の中を見る。そして柱の時計を見ると、まだ6時前だ。
曇りガラスの戸を少し開け、外の様子を見る。日は出てくるが、雨はザアザアと降り続き、まだ台風はたち去っていないらしい。何げなく見た診察室の窓にヨンスが映ったような気がした。

ジヒョンは診察室に向かう。

この天気でも月曜日だから診療はやるのかしら。



診察室の扉を開けたジヒョンはヨンスの様子を見て胸騒ぎがする。

パジャマのパンツをはいて上半身裸のヨンスが防水の緊急治療用のバッグに必要なものを詰め込んでいる。


ジ:ヨンス?

ヨ:あっ、起きたの? もっと寝てていいのに。君はゆっくりしてていいんだよ・・・。
ジ:なんの準備しているの?
ヨ:座礁してしまった船があってね、それを回避しようとして、船底を擦りながら、行った先で大きな岩にぶつかってしまったんだ。放り出された漁師の一人が船とその岩の間に挟まれている。

ジ:(顔は凍りついている)それで・・・。

ヨ:壊れた船の一部が体に刺さっている。

ジ:それで。

ヨ:それでそこから動かせないんだ、医者じゃないと助けられない・・・。



淡々とそういいながら、準備に余念がない。

ジヒョンは一瞬、この光景を前にも見たことがあるような気がした。

きっと彼は次にこう言うだろう。「ジヒョン、心配しないで、大丈夫だから」
こうも言うだろう。「ちゃんと帰ってくるよ、心配性だな」

それも笑顔で。



準備ができたヨンスが振り返った。ヨンスは笑顔でジヒョンの腰を引き寄せた。


ヨ:ジヒョン。行ってくるよ。
ジ:こんな嵐の中を?(少し責めるように)

ヨ:もう風は収まってきている。だから、船も出せるんだ。
ジ:船に乗っていくの?(驚く)
ヨ:もちろんだよ。レスキュー隊だからね、僕たちは。

ジ:(だめよ・・)行かないで。

ヨ:(顔を覗きこんで)ジヒョン、仕事だよ。心配しないで。大丈夫だから。ちゃんと帰ってくるよ。

ジ:(ヨンスを押しのける)うそ!・・・お願い、行かないで。

ヨ:(ジヒョンの肩を撫でる)ジヒョン・・・。大丈夫だよ。

ジ:仕事、仕事って。あなたが頑張っても、神様は見捨てる時は見捨てるのよ。・・・お願い、行かないで。

ヨ:(じいっとジヒョンを見ている。そして冷静に)ジヒョン、僕はチョヌさんじゃないよ。きっと帰ってくるよ。



ヨンスは着替えるために、診察室を出て母屋のほうへ歩いていく。ジヒョンはその後を追う。



ジ:あなたまで失ったら、私は・・・私はもう生きていけない! ヨンス、ヨンス、お願い。



ヨンスは、Tシャツの上に釣り用の雨具を着て武装する。
厳しい表情をしたヨンスが着々と準備をしていく。パジャマ姿のジヒョンはどうすることも出来ずに彼を見守っている。

ジヒョンの頭に一つ閃いて、自分のバッグを開く。キーホルダーにしている黒い犬のぬいぐるみを取り出した。



ジ:ヨンス、これも連れてって。私の代わりに。

ヨ:(手渡されたぬいぐるみを見る)ジヒョン、本当に大丈夫だよ。ムリはしない・・・だけど、これが僕の仕事なんだよ。(ぬいぐるみを上着のポケットに入れる)




ジヒョンは全身の力が抜けて、もう抜け殻になりそうだ。
ヨンスはその痛々しいジヒョンを見つめるが、どうすることもできない。

行かないという選択はないのだ。

呼び鈴がなった。



ヨ:ジヒョン、じゃあ行くよ。(しっかりと見つめて)何かあったら、船着場の近くの漁業組合に連絡が入るから。それから、僕の釣り用の雨具はもう1セット、洋服ダンスに入っているからね・・・。じゃあ。



ヨンスは思いを振り切り、診療所へ続く扉を開ける。
ジヒョンは呆然としていたが、彼のあとを追っていく。

診療所の廊下を振り向かず、ヨンスが進む。
ジヒョンが後に続く。

玄関には迎えの漁師が待っていた。



ヨ:(ちょっと頭を下げて)お待たせしました。
漁:先生、行きましょう。


ヨンスが長靴を履き、重いカバンを肩にかけた。

パジャマの上着一枚にショーツ姿のジヒョンが待合室に佇んでいる。漁師がジヒョンを見るが、その哀しげな姿に目を背け、先に車のほうへ出ていった。ヨンスがジヒョンのほうを振り返り、言う。


ヨ:行ってくるよ。(見つめる)

ジ:・・・いってらっしゃい・・・。


ヨンスが扉に手を掛けた。


ジ:(ヨンスの背中に)絶対、帰ってきて!


ヨンスは振り向かず、診療所を出ていった。






部屋の中に座り込み、呆然としているジヒョンがいる。

いつもの、海の中に浮かぶ自分のイメージが・・・暗い海の中に浮かぶ男に代わっている。よおく頭の中で目を凝らす。浮いているのは・・・チョヌではなく・・・ヨンスだ。

ジヒョンは「あ~」と頭を抱える。


このために私はここへ来たのか・・・。ヨンスを見送るために・・・。
チョヌの時のように、最期を見送る人間に選ばれたのだろうか。


だめだ、そう考えてはいけない。

ヨンスは「帰ってくる」と言った。

「僕はチョヌさんじゃない」と言った。

彼は生きて帰る。生きて帰ってくるはず! 

たくさんの命を救ってきたんだもの・・・。



神様、まだ奪わないで。
彼はまだまだたくさんの命を救える人です。
助けてくれたら、一生かかってこの恩返しをします。
一生医学に携わって、あなたの手伝いをします! 

だから、助けて! 守って!


そうじゃないわ。今度こそ、私の手で救わなくちゃ。

何かあった時、私はすぐそこにいなくちゃ。

チョヌの時のようにただ外で見ているだけなんていや。






ヨンスが言い残したように、ジヒョンは立ち上がり、出かける準備をする。洋服ダンスからつり用の雨具を出し、Tシャツ姿の上に着た。

地図で漁業組合の場所を確認する。

机の上にあるマホのご主人の軽トラックのカギを持つ。


ヨンス、私は泣いて、あなたを待ちはしない。
ちゃんと台風の進路を知って、あなたの仕事の状態を把握しながら冷静に待つ。

もう泣かない。
いつでもすぐにあなたのところへ行けるように、ちゃんと待機するわ。

それでいいんでしょう?



ジヒョンはリュックに自分の荷物を入れ背負う。診療所の廊下を歩いていく。ヨンスの予備の長靴を手に持って、履いてきた雨用の靴を履いた。


診療所の外は激しい雨だ。しかし、ヨンスが言った通り、風は止んだ。
ジヒョンがマホの軽トラックに乗り込む。

エンジンをかけた。


何年ぶりの運転だろう。ワイパーを動かしても雨はひっきりなしにフロントグラスに打ち続けている。



いざ発進。

ヨンス、あなたのもとへ行くわ!


ジヒョンが車を出した。



白む景色の中、船着場が見えてくる。確か、地図では左側のほうに・・・。

あれだ。

少し島から張り出したように、海沿いに建っている。


ジヒョンの車が進む。
漁業組合の建物に着き、一階の駐車場に車を止めた。少し大きいが、ヨンスの長靴に履き替えて、二階の組合へ向かった。



扉を開けると、皆が一斉にジヒョンを見た。漁師たちが集まっていた。

ジヒョンが軽く会釈すると、皆も会釈した。ジヒョンは知らなかったが、ここにいる皆はジヒョンをよく知っていた。

彼女はある意味、有名人だった。
皆はよく知っていた。
ジヒョンがヨンスの姉ではなく、ヨンスのいい人であることを。


出産を手伝った漁師がジヒョンのほうへやってきた。


漁1:ジヒョンさん、あの時はありがとうございます。
ジ:いえ・・・。
漁1:中へどうぞ。座ってください。
ジ:すみません。


ジヒョンは彼と一緒に中へ進み、窓際の応接セットまで進んだ。


漁1:ここで待機してください。
ジ:ありがとうございます。(ジヒョンは座ろうと思ったが心配で腰かけることができず、窓の外を眺める)

事務員や漁師たちが顔を見合わせ、ジヒョンの後ろ姿を見ている。
ジヒョンは哀しげだが、その後ろ姿はしっかりとしていて、ジヒョンを前に見たことのある者が驚くくらい凛として美しいのだ。それは不思議なほどだった。







ヨンスたちが乗った漁業組合の船「大漁丸」が現場に近づいた。

ホ:あれだな。

副組合長であり、今回の隊長のホが言った。
ヨンスも隣で目を凝らした。船が大きな岩に食い込んでいるように見える。

座礁した船の横に大漁丸を固定し、雨の降りしきる中、ヨンスやスタッフが船を乗り移る。

船と岩の間に漁師ジュンフンが挟ませている。腹の一部に船の引き裂かれた胴体の木材がつき刺さっている。ヨンスが近づき、触診で確かめていく。


ヨ:大丈夫。急所は外れているよ。ただ、今これを抜くのは危険だ。ホさん、この周りを切り落とせますか?


ホ隊長が見た。


ホ:できそうだ。(他の漁師のスタッフたちに)おい、ここを切り落としてくれ!


ヨンスは座礁した船の上で、点滴の用意をし、挟まれているジュンフンの体に針を刺す。ヨンスの補助をしている若い漁師に、


ヨ:これをこの辺の高さで持っていてください。僕はもう少し体を診ますから。


点滴のパックを渡す。ヨンスは前屈みになって、海に浸かっているジュンフンに他にケガがないか、海の中へ腕を伸ばして調べていく。



男を固定していたものが切り落とされた。
ずぶ濡れになったジュンフンは引き上げられ、傷口の周りを注意深く固定し、船に運ばれる。若い漁師がヨンスのバッグをかかえ、点滴の袋をかざしながら、座礁した船の上を歩く。ヨンスは骨折している足を注意深く持ち、一番最後に大漁丸へ向かう。

あと、ヨンスが乗れば、このレスキューは完全だった。




ヨンスが大漁丸に乗り移ろうとした時、大きな波が押し寄せた。

皆の前からヨンスが消えた。






水中を、ジヒョンの黒い犬のぬいぐるみがゆっくり漂いながら下へ落ちていく・・・。




組合の無線が激しく何かを言っている。
組合長のソンが出た。


ソ:どうした?
ホ:ジュンフンは救出完了・・・。ヨンス先生が波に飲み込まれて・・・。



ジヒョンは青冷めた顔で無線の近くへ走る。

いったいヨンスは!




船が戻ってきた。
雨が小雨になってきた。
若い漁師がヨンスのバッグを肩にかけて、ジュンフンの点滴を持って降りてくる。



あんなに薬や医療用具を持っていったのに、それを使える人がいない。

ケガ人の手当てをしてあげた彼を手当てしてくれる人がいないなんて。

ジヒョンは胸がつぶれそうだ。



ジュンフンが運び出され、次にヨンスが運び出された。
ホが組合長のソンに、ヨンスの様子を話している。


ホ:水は吐かせて、いったんは意識が戻ったんですが、体温が下がってきてしまって・・・。


ジヒョンが走り寄った。

ヨンスはビニールシートに包まれ、顔を少し出していた。ジヒョンがシートを開けると、毛布に包まり、その上から仲間の雨具がかけられている。


ジ:ヨンス、ヨンス。しっかりして!


ジヒョンにはもう泣いている余裕はなかった。

小雨が降りしきる中、ヨンスの毛布をはぎ、胸を開ける。
皆、ジヒョンの様子を、固唾を呑んで見守っている。



ジヒョンが胸の音を聞く。よ~く耳をすませて聞く。


ジ:ヨンス、ヨンス!(顔を覗きこみ、頬をたたいて、大きな声で呼ぶ)起きて、ヨンス!


ジヒョンは、両手を握り合わせて大きくヨンスの胸に降り下ろした。

周りが驚いた。

ジヒョンはまた胸に耳を当てる。


ジヒョンは大きく深呼吸をして、ヨンスの頭を下げ、気道を確保すると、息を吸い込み、人工呼吸を始めた。



あなたを逝かせない!

絶対にこのまま逝かせない! 

私が守ってあげる!


今、あなたを失うことはできない!

ヨンス、ここに留まって!




何度も何度も繰り返す。




本土からのレスキュー隊の船がやっとそこまでやって来た・・・。









続く。





永遠の愛を誓い合った二人。

幸せな朝のはずが・・・。

ヨンスは。
ジヒョンは。

彼女の思いは通じるのだろうか・・・。



次回は最終回です・・・。








2009/08/19 00:18
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」4





 
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BYJシアターにようこそ。

本日は、【さよならは言わないで】第4部です。

3部が長くてすみません・・・vv
各章に題がついているので、適当なところで切って読んでくださいね^^


これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。ここに出てくる事件も存在しません。


今回の展開は見逃せません。
どうかジヒョンと一緒に最終章までたどり着いてくださいね!




ジウォンが語るヨンスという男。

それはまったくジヒョンの考えも及ばない姿だった。


彼の真実とはなにか。


ジヒョンはもう引き返すことはできない。

その目ですべてを確認するまでは。

この思いに決着をつけるまでは!





これより。本編。
では、覚悟して、お楽しみください!



~~~~~~~



恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか

人は意図せずとも
恋に落ちてしまう

たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・


そして
それがあなたに命を吹き込むことがある



主演:ぺ・ヨンジュン/キム・ヘス
【さよならは言わないで】4





【第13章 自負と偏見、または哀れなジヒョンと私】


あの見る影もなかった哀れなジヒョンが、7割かた再生して帰ってきたのには驚いた。客間を開けて入ってきた姉の顔の輝きは、ふつうではなかった。

失脚したはずの女だったのに・・・。また私の目の前に光を持って現れる。

あの女。

私よりブスのくせに、その人気たるや、語るもいやになる。全盛期の頃といったら、親戚中、いや家の周りの人たちがジヒョン、ジヒョンと言って、バカみたいに持て囃して・・・。

私のほうが千倍は美人よ。それがわかるのは男だけ。皆、あの女の笑顔に騙されている。

高校生の頃まではあの女の君臨が一生続くのかと、内心、冷や冷やしたけれど、あっけなく、たった一人の男のために、あの女は見る影もなくなり、一瞬にして老婆のようになってしまった。
それは哀れとしか言いようがなかった。



チョヌお兄さんが亡くなってから、引きこもりがちだった姉を連れ出して、母が散歩に出かけるようになったのは、あの事件から3ヶ月してからだった。

いつも母と姉の二人で出かけたが、あの日は、高校の中間試験後で、早めに帰った私を母が誘った。
体力がなく、外へ出かけるのを恐がる姉といっしょに一歩一歩、ゆっくり歩く。

髪の真っ白な痩せこけた老女のような女。それが姉だった。
何を見ているのかわからないうつろな目をして、静かに淡々と姉は歩いている。
少し前まで、いつも走り回っていた姉。
歩いているのなど見たことがなかったのに。今の姉はうつろに歩くことしかできない。

40分ほど歩いて、ある家の塀の脇を通った時、道端のアスファルトを押しのけて、元気よくタンポポが咲いていた。私が見つけ、母と姉に、

ジウ:あっ、タンポポだ。

と叫んだ。
それはなにげない光景に思えた。

しかし、それは、姉にとっては大きな出来事だった。


姉のジヒョンは、その無力な瞳をゆっくりとタンポポのほうへ向けた。まるでスローモーションのような表情で、じいっと見ている。
そして何を思ったのか、急にその場にしゃがみ込んで、声を立てて泣き出した。大きな声で、ああ~ああ~と。


私は驚いて姉を見つめた。姉の気がおかしくなってしまったのかと。

ところが、母の反応はまったく違っていた。なぜか笑顔で、姉を抱き締めたのだ。姉は母の胸の中で延々と声を立てて泣いていた。

あの時、母には何が見えたのだろう。


それからしばらくして、姉は一人家を出て行った。
チョヌお兄さんが姉の名義にして残していったマンションへ。そこで、一人暮らしを始めた。高校教師の職を見つけ、見た目はまったく普通の人のように。ただ髪が白いだけの普通の人のように、暮らし始めた。


しかし、なぜチョヌお兄さんは、自分が買ったマンションの名義を姉にしていたのだろう。あのような日がいつか来ると思ったのだろうか。それとも姉に家を贈るという愛の証をしたかったのか、今では謎だ。

そして、姉は、見た目には元気に生きていたが、内面は死んだように静かに、10年という歳月を過ごしてきた。





ジウォンには自負があった。自分に傅かない男はいないと。
今までの人生で、自分という超一級品の美女に従わない男など一人もいなかった。

そんなジウォンではあったが、一つ、身近で目の上のたんこぶといえば、姉のジヒョンであった。男からも女からも好かれる姉。しかし、姉はたった25歳にして、その最強の立場からあっさりと身を引いてしまった。


その後は、ジウォンには恐いものはなく、そして、男たちは簡単に傅いた。
ジウォンは一言言えばよかった。

ジウ:バーキンがほしいの。


その一千万ウォン(百万円)は下らないバッグだって、何人かの男は簡単にプレゼントしてくれた。
もっと安い身近なものであれば、ジウォンがタイミングよく囁けば、それでOKだった。ジウォンのクローゼットの中はその戦利品でいっぱいだ。


ただし、唯一、そのプレゼントができない男がいた。

それがヨンスだった。
彼にはそんなお金もなかったが、そのものも知らなかったし、その価値もよくわからなかった。
彼にできたのは、たった0.3カラットのダイヤが入った婚約指輪を贈ることだけだった。

それでも、ジウォンは構わなかった。彼という存在がほしかったから。

初恋の、あの姉の恋人、チョヌによく似た男。
あの姉がどんなに望んでも手に入らなかった男と同じ熱を発する男。
ジウォンにとっては千に一遇のタイミングで現れた、広い鉱山でたった一粒のダイヤを見つけたのと同じ重さを持つ男だった。


初め、自分は本当にヨンスを愛しているのか、ほしかった姉の持ち物を自分が先に見つけ、手に入れたかっただけなのか、よくわからなかった。

しかし、あの姉のジヒョンが、「ヨンスをちょうだい」と言った時に、心の底から沸き上がった激しい嫉妬の渦は、確実に自分がヨンスを愛していたことを知らしめるものだった。


お姉ちゃんは、ヨンスと寝たのかしら・・・。


ジウォンには他に寝た男などいくらでもいたのに、ヨンスとはそういう関係になっていなかった。
当時はまだヨンスへの強い愛にも気づかず、ヨンスより他の男との付き合いを密にしていた。





ERに勤めるヨンスの勤務時間は不規則で、夜勤があったりと、なかなかデートしにくい状況だったが、ジウォンにとってはそれはかえって好都合だった。


ある夜、ジウォンがソンジュの部屋で、いつものようにじゃれ合っていると、携帯がなった。

ヨンスからだった。


ジウ:ソンジュ、待ってて。友達からだわ。(体を離して立ち上がる)
ソ:後でいいじゃない。(ジウォンの手を引く)
ジウ:だめよ。いい子にしてて。(ちょっとセクシーに睨む)


携帯を持って、マンションのベランダに出た。


ジウ:もしもし、ヨンス? 仕事中でしょ?
ヨ:今、休憩なんだ。病院の屋上からかけてる。


白衣のヨンスが夜の病院の屋上でフェンスにもたれ、携帯でジウォンに電話をかけている。その顔はうれしそうだ。


ヨ:ジウォンの声が聞きたくてさ。ここのところ、忙しくて会えないから。君に寂しい思いをさせててごめんよ。(やさしい声で言う)
ジウ:ううん、大丈夫よ。(顔は無表情だが、声だけはやさしい)友達がね、変わりばんこに誘ってくれるの。ジウォンの彼が忙しくてかわいそうだって・・・。
ヨ:そうか・・・。(感心してうれしそうに目を落とす)ありがたいな。今日は夜勤だから。明日の朝は遅くても7時には上がれる。(ジウォンに甘えるように)明日、デートできる?

ジウ:(考える)ねえ、8時にあなたのマンションの近くのファミレスに行っていい? 早く会いたいのよ。(甘い声で)いいでしょ? それとも少しは仮眠を取りたい?
ヨ:(うれしくなる)そんなに早くいいの? 支度がたいへんだろ?
ジウ:いいのよ。タクシーを飛ばして会いに行くわ。
ヨ:ありがとう。あっ、急患だ。(腰につけたポケットべルを見る)それじゃ明日ね。・・・愛してるよ。
ジウ:私も。


ジウォンはツンとした顔で携帯を切った。そして、ソンジュのもとへ行く。


ジウ:今日は泊まるわ。
ソ:いいの? お父さんに怒られない?
ジウ:いい口実が浮かんだの。朝一番に帰れば大丈夫。
ソ:やった!(うれしそうだ)


フンと笑って、ジウォンは、寝そべっているソンジュの上に覆いかぶさった。



父はヨンスのような男を手に入れるためなら、外泊など大目に見てくれるだろう。
結婚してしまえば、この時間を誰と過ごしていたかなんか構いやしないわ。




そうやって、ヨンスを一番都合のいいように扱った。
そのためか、ヨンスとは軽いキスしかしたことがなかった。


それを姉は簡単にヨンスを手に入れたというの・・・?

ふざけないで!
ヨンスは私のものよ。

お姉ちゃん、あんたのプライドなんて、ズタズタにしてやるわ。

ヨンスは私のものだもの。


あんたになんかあげない。
大キライなあんたになんか、あげるわけないじゃないの!

それに・・・私に従わない男なんて、ありえない・・・。

簡単には渡さない・・・泣けばいいのよ、たくさん・・・チョヌお兄さんの時のように。

私を見くびったら、ケガをすることを覚えておくことね。



でもね、お姉ちゃん。

今はあんたが必要・・・。

あんたには、私にない才能がある。

愛する人のために、動ける力がある。頭脳がある。
私はそういうのが苦手だから・・・。

本当は、あんたなんかに頼みたくない・・・。
でも、悔しいけど、あんたの力を借りるしかない。


お姉ちゃん、あんたの輝いた顔を見た時、決心したの。
あんたに頼むって。


今のあんたならできるわ、お姉ちゃん。


ヨンスのプライドを回復するには、あんたが必要。

ヨンスの汚名を返上するには、あんたが必要なのよ。

お姉ちゃん、あんたしかいないのよ、私にも、ヨンスにも。






【第14章 信じる力】


ジスに調査を依頼したものの、ジヒョンも家で手を拱いているわけにはいかない。
自分でできることはやりたい。ただ一人、このマンションの一室で、じっと待っているなど、今のジヒョンにはできなかった。

昔のジヒョンのように、胸の奥から込み上げてくる大きなうねりが今の彼女にはある。
あの頃のように。

人を愛さずにはいられない、心のざわめき、一途さ。
一心不乱に何かに飛び込みたい気持ち。そして、それを持続していこうとする力。

こんな感覚はここ何年も味わったことがなかった。


ジヒョンは部屋にひっそりとなんてしていられない。
街へ出ていく。
夏の午後の日差し。ムッとする人ごみの中を行き、街の空気を吸う。

こんなに淀んでいる。
あの島での透き通った空と、胸いっぱい吸い込んだ新鮮な空気。

でも今のジヒョンにはここのほうが合っているのかもしれない。
この混沌とした気持ち。そして妙に研ぎ澄まされた頭。

前向きに進んでいこうとする気持ちとは裏腹に、信じていると言い聞かせても、ジウォンの放った毒はジヒョンを知らず知らずに腐食していく。
いつのまにか、自分さえ、汚いただのガラクタになったような気がする。




大通りのビルの一角に大きなテレビ画面がある。
人気者の若いシンガーが歌い、コンサートチケットの発売日を知らせている。
電話受付は○月○日○AMから、TEL NO.*******

ジヒョンはボーっと見上げていたが、ハッと気づく。そして、周りを見渡し、本屋のほうへ走っていく。

本屋の中を走るように歩き、旅コーナーに来る。
時刻表を手にする。
急いで、特急の時刻を調べた。



木浦(モッポ)行きのKTX(韓国高速鉄道)。
これが最短所要時間で行ける方法だ。バスでは5時間かかってしまう。

ソウル発 1日8本。これで、3時間3分。

ヨンスが、デートしたあとに乗るとして、平日、土日と違うのは、日中の時間だけだから関係ない。

17:25、18:20、19:30、21:00
このいずれかだ。

飛行機は一日1便。所要時間は一時間と短いが、13:00発だから乗れない。



木浦からのヨンスの島への連絡船の時刻を引く。

平日・土日とも、
8:00、12:00、17:30、21:45 の4便。
島からは、
6:00、10:30、14:30、20:00 の4便である。

所要時間1時間5分。


ということはヨンスがあの日、島へ戻ったとしたら、連絡船の21:45発に間に合わなければならない。
つまり、ソウル駅を17:25か18:20のKTXに乗らないかぎり、島へ戻ることはできない。




ジヒョンは急いで携帯で実家に電話を入れる。出ない。
母の携帯に電話を入れる。出ない・・・。何度もかけるが、出ない。
携帯の電池まで不足してくる。


苛立つ気持ち。待ちきれず、近くのホテルに飛び込み、公衆電話をかける。


今は午後3時半だ。イライラしながら、受話器のケーブルを指に巻く。


ジ:あっ、もしもし。
ヨ:もしもし、診療所です。
ジ:ヨンス!
ヨ:(驚いて)どうしたの? 今診療中だよ・・・。
ジ:ねえ、1分ちょうだい。

ヨ:ああ、待って。(患者に)すみません、少し待ってください。すぐ診ますから。ウンニさん、先に血圧を測って。(ジヒョンのほうに)・・・どうぞ。

ジ:ごめんね、仕事中に。(早口で言う)すぐ済ませるから。ねえ、あのジウォンが事故にあった日。何時にジウォンに会ったの?
ヨ:なぜ?
ジ:とにかく答えて。(ぴしゃりと言う)あなたも忙しいんでしょ?
ヨ:大学病院に呼び出されてそれが終わったのが1時。そのあと、ジウォンと会ったのが、午後1時半くらいだったかな。
ジ:どこへ行ったの?
ヨ:えっ?
ジ:(たたみかけるように)どこへ行ったの?
ヨ:言うの?
ジ:(有無を言わさない)そうよ、ウソはだめ。どこ?
ヨ:ホテル・・・。
ジ:(目頭が熱くなり、泣き顔になるが、引かない)ど、どこの・・・。(少し声が震えている)
ヨ:ソウルホテル。結婚式の打ち合わせがあったんだ・・・。(ごめんよ)
ジ:(上を向いて涙をおさえるが、ほっとして)それで何時まで会ったの?
ヨ:4時半。・・・ジヒョン、君に話さなければならないことがあるんだ。実は・・・。(言えない)
ジ:また、ゆっくり話して。それで、何時の連絡船で帰ったの?
ヨ:9時45分だよ。
ジ:確かね?
ヨ:ああ、これが最終便なんだ。それに乗らないと次の日の診療に間に合わないから。その日は大学病院へ行って休みにしたから、次の日は休みにできなくて。

ジ:本当ね?
ヨ:なぜ?

ジ:わかった。・・ジウォンの事故を知ったのはいつ?

ヨ:お母さんからこっちに電話が入ったんだ。
ジ:何時?
ヨ:11時半頃かな。診療所へ帰ってきてすぐだったから。
ジ:この電話ね?
ヨ:ジヒョン、どうしたの。
ジ:ヨンス、ありがとう。また電話するわ。(急にやさしく)・・・愛してるわ。
ヨ:ジヒョン。僕もだよ。(人に聞かれないように、うつむいて言う)




ジヒョンは電話を切ったあと、安堵から涙が一筋流れた。
ホテルを出てまた歩き始める。コンビニで携帯の電池のバックアップを買った。
歩いていると、携帯が鳴った。見ると実家からだ。


ジ:もしもし。
母:電話もらったみたいね。携帯に何回も入っていたから。
ジ:うん。

母:今日ね、携帯持って出かけるの、忘れちゃったのよ。どうしたの? 急ぎの用だった?
ジ:今一人?
母:そうよ。今日はお父さんがジウォンを温泉のリハビリセンターに連れていく日なのよ、もうすぐ帰ると思うけど。

ジ:そう・・・。お母さん。あのジウォンの事故の日、事故の連絡は何時ごろ入ったの?
母:そうね、事故が午後10時でしょ。うちに電話が入ったのが10時半頃だったと思うわ。それから、あなたにも電話したでしょ。
ジ:ええ、ヨンスさんには何時頃?
母:ええっと。ああ、電話番号がわからなくて。ジウォンのところへ駆けつけてから、あの子の電話帳で調べて電話したのよ。11時にかけていなかったから、何度か続けてかけて、つながったのが、11時半近くになってたかしらね。
ジ:そう、何番か、電話番号、わかる?

母:何を調べてるの?
ジ:ちょっと聞きたいだけよ。
母:ええっと。書き写してあるのよ、待ってね。これだわ。*******。
ジ:(診療所のだわ)ありがとう。お母さん。

母:ねえ、遊びにいらっしゃい。
ジ:そのうちにね。じゃあ・・・あっ、お母さん、もう一ついい?
母:なあに?
ジ:ジウォンにヨンスさんを紹介した人って誰だか知ってる?
母:なぜ?
ジ:えっ、(言葉に詰まる)ただ、ジウォンにはいい知り合いがいるなと思って・・・。

母:そうね。(ジヒョンが不憫になる)たしかリュ・・何とかさん。ヨンスさんと大学病院で一緒だった人よ。
ジ:そう・・・。

母:ジヒョン・・・。(やさしく)あなたは本当にいい子よ。きっとあなたならいい縁があるわよ。
ジ:お母さん、ありがとう。この事、ジウォンには言わないでね。お姉ちゃんはまだ諦めてないのって言われそうだから。
母:大丈夫、内緒ね。じゃあね。
ジ:またね、お母さん。



電話を切ってホッとする。
少なくとも、ヨンスはあの事故には関係なかった。



ジウォンにヨンスを紹介した人・・・同じ大学病院のリュ。・・・ソンジュと同じ苗字ね・・・。
やっぱり一度、実家に行かなくちゃ。






翌日の昼下がり。ジヒョンはジスと先日の公園の橋で待ち合わせをした。
気持ちが逸るジヒョンは早めに待ち合わせの橋まで来て佇んでいた。

どう手をつけたらいいのかわからない事件。
本当はヨンスに会って、はっきり真相を聞ければいいのだが。
一度会いに行くべきなのか。


こうして泥沼に足を突っ込んだようでも、なぜかヨンスを思い浮かべると、心が和む。
先日ヨンスが訪ねてきた時は心が動揺してしまったが、落ち着いて思い返すと、どうしてもヨンスが悪人とは思えないのだ。


あのヨンスが植物状態の女の子をどんなにかわいそうだと思っても、殺すようなまねをするだろうか。



私の知っているヨンス。
島でおじいちゃんが指を切り落としてしまった時も、あんな小さな指先を懸命につなぎ合わせたではないか。
外科医だから? 得意分野だから? そうではない。

あんな年寄りの指先なんて、ムリでしたと言ってしまったって、家族は納得したはずだ。
小さな子供でも前途のある若者でも働き盛りの大人でもない。まして、あの島の、あの診療所だもの。ここではできないと言ってしまっても、たぶん許されたのではないか。それを、リスクを負ってわざわざ挑戦したヨンス。ヨンスじゃない医者だったらどうだったろうか。


彼は根っからの医者で、一時的な感情や、お金なんかで動かないように思える。
違うのだろうか。
私の目は狂っているのだろうか。


最後の夜、彼は私とあんな抱擁をして涙ぐんでいたのに、たった一回の診療所の呼び鈴で、医者の顔に戻った。医者として、ただ感情に流されていくなんて、考えられない。





橋の欄干にもられ、難しい顔をして佇んでいるジヒョンの横に、ジスが来て、ジヒョンを見つめている。


ジス:どうした?
ジ:(ハッとして)あっ、来てたんですか。 声をかけてくださいよ。やだなあもう。
ジス:元気になったな・・。
ジ:ええ。
ジス:どうした? 何を考えていた?
ジ:ヨンスの医師としての資質についてです。
ジス:うん・・・。あそこの茶屋で少し話そうか。
ジ:ええ。



彼らは公園の茶屋まで歩く。ジュースやカキ氷くらいしかない簡単な茶屋だ。
表のベンチに座り、缶のアイスコーヒーを飲みながら話す。


ジス:・・・そうか。おまえの知っているヨンスはそういう男か。(景色を眺めながら)きっとそういう男なんだろうな。病院での評判もブレたところがあんまりないんだよ・・・。
まずその15歳の女の子だが、スジンという名前だ。・・・今でも病院にいるよ。交通事故に合って、意識不明のままだ。今も寝たきりだ。生命維持装置のスイッチを切られた後、発見されるまでの15分間、彼女は自発呼吸ができて、おかげでそのまま、生き長らえることができたんだ。

ジ:待って・・・。(ジヒョンが分析する)ということは、犯人は、そのスジンの口の中から、呼吸用の、あのマウスピースみたいのを外しておいたということですよね、自発呼吸ができるように。本当に殺すつもりじゃなかったのかしら?

ジス:犯人の意図がよくわからないな。(考え込む)・・・それから、そのクビになったヘギョンというナースは・・。

ジ:ナースは?(ジスの顔を覗き込む)
ジス:うん・・・ヨンスの元恋人なんだ・・・。
ジ:えっ?(首をかしげてジスの顔を見入る)

ジス:しかし、恋人と言っても昔の話だけど、ヨンスが外科の研修医として大学病院に来た時、同じように新人で入ってきたのがヘギョンで、その頃のことなんだ。1年ほど付き合っていたらしい。そのあと、ヘギョンは家庭の事情で一年間、長期休暇を取っているんだ。それから復職して整形外科に移り、それぞれ別々の道を来たわけだが、2年前にERを設立してからは、また一緒になったというわけだ。ここ2年、周りの人間が見たところでは、まったく二人とも付き合っている様子はなかったというんだ。それが3月18日の事件で、へギョンはヨンスに頼まれてやったと証言したらしい。

ジ:ヨンスが直接手を下したんじゃないのね?

ジス:ああ、(ジヒョンを見る)よかったか、それだけでも・・・。
ジ:・・ええ・・・。(下を見る)
ジス:この女の証言があやしいんだな。


ジ:ジウォンは患者の親からお金が流れたように話していたけど。
ジス:うん。ヨンスにはもらった形跡がないんだ・・・。
ジ:へギョンは?
ジス:(ジヒョンを見る)ある・・・。父親を有料の老人介護施設に入れているんだ。(ジヒョンを見つめる)
ジ:(ジスを見つめる)ヨンスが彼女のために、その仕事をその親から請け負ったとでも言うの?


二人は苦しい表情で見つめあう。ジスが目を外した。ジヒョンが燃えるような目で遠くを眺める。



ジス:それが彼女の言い分さ。

ジ:ヨンスは?
ジス:何も知らなかったと。ただ同じチームの班長として責任は感じていると。しかし、疑わしい人間は、病院では排除するからな。

ジ:その親は? 何て言ってるの?
ジス:そこがまだわからない・・・。なにしろ、このスジンを引き受ける病院がなくて、今でも大学病院にいるんだ。病院からは口止めされているのかもしれない・・・。
ジ:もう少し待たなくちゃだめね・・・。先輩、ところで、ヨンスがなるかもしれなかった講師って、ERのなんですか?
ジス:いや、ERというのはまだ大学のほうにはなくて、外科の講師だな。
ジ:ふ~ん。それで、今回、なんていう人がなったんですか。
ジス:(メモ帳を出す)リュ・ソンジン・・・。ヨンスの高校時代の2年先輩で、大学で同期のやつだよ。

ジ:リュ・ソンジン?(聞き覚えがある。考える)

ジス:どうした? 知っているのか?

ジ:似た名前の人を知っているんです・・・。ジウォンがヨンスと同時進行で付き合っていた男、彼がリュ・ソンジュ。28歳で自動車のディーラー。それから、母から聞いたんですけど、ヨンスをジウォンに紹介した人って、同じ医局のリュという人らしいの。


ジヒョンとジスが見つめあう。何かありそうだ。


ジス:そいつを調べてみよう。
ジ:よろしくお願いします。

ジス:ジヒョン・・・。あと一つ。(言いにくそうな様子だが)そのヘギョンだが・・。
ジ:なんですか?

ジス:・・・未婚の母で今年7歳になる子がいるんだ・・・。
ジ:えっ?(驚く)

ジス:うん・・・。ちょうど別れた後に生まれた子なんだ・・・。
ジ:・・・。(ジスを呆然と見つめる)



ジスが立ち上がって歩いていく。
ジヒョンは見送るが、決意した顔で、走って追いかける。



ジ:先輩!(追いつく)住所を教えてください、そのヘギョンの。

ジス:どうするんだ。
ジ:会いに行くに決まってるでしょ。(ジスを睨みつける)
ジス:おい!(おまえ!)

ジ:先輩、考えてみて。私は今何も持っていないのよ。婚約者でもないし、彼の子供もいない。これから何を知っても立場は変わらないかもしれない・・・。(少し涙ぐむ)先輩、私にできることってなあに?・・・きっと、彼の真実を探すことよ、それだけよ!


ジスがジヒョンを見て少しつらくなり、目を逸らした。ジヒョンがジスの腕を掴んで頼む。


ジ:行かせて、先輩。ヨンスが、私の信じている通りの人だってことを探し出すだけでもいいの。証明するだけでいいの。教えて、そのへギョンの住所。お父さんの施設。自分の目で確かめます。(しっかりした顔でジスを見る。一筋涙が落ちてくる)

ジス:・・・。ジヒョン。(胸がつまる)







8月の夕暮れ。虫の音の中を、ジヒョンは今、ソウル郊外の町の坂を一生懸命上っている。
住所的にはここで正しいと思うのだが・・・。

小さな雑貨屋がある。そこに入り、訪ねる家の場所を確認する。
もう一度、道を反対側に進み、角を曲がる。コ・へギョンの住まいがあった。


昔ながらの佇まい。借家のようだ。

ジヒョンはその門をじっと見つめているが、思い切って門の扉を押し開き、中へ入っていく。







【第15章 心の彷徨】


湯上りのジヒョンがトランプを切っている。時々、ヨンスをチラッチラッと見る。そして笑う。


ジ:ヨンス。あなた、心理作戦に弱いわよ。必ずしも私のほうがいいカードを持っているわけじゃないのよ。でもね、心理的には私のほうが勝っているわ。・・・ねえ、フェイクと真実の違いってどこかわかる? どこかに絶対辻褄の合わない綻びがあるのよ。それを見つけるためには前から後ろから見るだけじゃなくて、横から斜めから上から下からも見なくちゃ。本物とウソの違い。きっと見つかるわ。


ヨンスはうつむき加減でジヒョンの話をじっと聞いていたが、顔を上げてジヒョンを見入る。


ジ:ねえ、私ってちょっとお姉さんっぽい?(微笑む)
ヨ:うん。すごく、お姉さんぽいよ!(笑う)


ジヒョンがうれしそうに、ちょっと胸を張ってみせた。



ヨンスが目を開けた。今日の仕事を終え、診察室のイスでしばし、まどろんでいた。懐かしいジヒョンを思い出し、ほんの一瞬ではあるが、彼女の温もりとそのやさしい香りがしたような気がした。


この間のふいの電話から、また封印していた思いがヨンスの中からあふれ出した。

あの時のジヒョンは、今までにないほど、ハキハキとした声で話していた。でも途中で、僕の返事を聞いて涙ぐんだ君の顔が見えるようだった。


なぜ、あんなに急いでいたの? どうしたの?


君は「ウソはだめ」と言ったけど・・・君にウソは言っていないけど・・・話したいことがあったんだ。
本当は今の気持ちをすべて話したかった。



今、無性にジヒョンに会いたくなった。
彼女の腕の中で、今の心の痛みを聞いてほしいヨンスだった。



早く打ち明ければよかった。
きっとジヒョンなら答えを探し出せたかもしれない・・・。

でも本当の気持ちを言うのが恐かった。
今愛しているジヒョンを傷つけてしまうかもしれない・・・。


あんなにやさしいジヒョン。

いつも僕の心を抱き締めるように、僕を抱いてくれた人。
君しかいないのに・・・。
君に打ち明けることができない。

それなのに、とっても会いたいんだ。

君は僕を救ってくれた。
君が僕のそばにいなくちゃ、また元へ戻っていきそうなんだ・・・。





ヨンスが立ち上がって、診察室から中庭を見る。

8月のまだ明るい夕暮れ。
そこにジヒョンが洗濯物をかかえて立っているような気がする。



ジの声:ヨンス。あなたがなぜ負けちゃうか、わかる? あなたはいつも私に負けるはずがないって思い込んでいるからよ。相手を見間違えているわ。あなたは私が女だから、自分のほうが少し頭がいいから、なんて思ってない? あなたはもともと私には勝てないのよ。私はトランプのプロよ。あなたになんか負けないわ。・・・ほら、そんな顔して。あなたはすぐ騙される。(笑う)


ヨンスは中庭から話しかけるジヒョンの姿を見入る。
ジヒョンがしっかりとヨンスの目を見据えている。


ジの声:ほら。また誘導された(笑う)。だめよ、騙されちゃ。・・・ヨンス、あいつを勝てない相手なんて思っちゃだめ。本当はあなたのほうが強いのよ。あんなやつ、あなたなんかよりずっと弱いわ。ヨンス、勢いに騙されちゃだめ・・・。本質を見極めるのよ!


ジヒョンがヨンスをぐっと睨みつけた。驚いて、目を凝らす。

空から雨が降ってきた。



そこにはジヒョンはいない。








日曜日の午後。
ジヒョンは木浦(モッポ)行きの特急KTXに乗っている。
外の雨はだんだん強くなってきた。

携帯から、ジスに電話をする。


雨の中、少年サッカーの試合を、傘を差して真剣に見守るジスがいる。
胸のポケットに入れた携帯が震えている。ジスが電話に出た。


ジス:もしもし。どうした?
ジ:これからヨンスに会いに行くわ。
ジス:この雨の中をか・・・。連絡船は出るのか?
ジ:とにかく行かずにはいられないの。ねえ、先輩のほう、なんかすごくうるさい。


ジスの傘に降りかかる雨の音が激しい。
そして、そんな雨の中、応援する親の声が響く。


ジス:今、息子のサッカーの試合を見に来ているんだ。あ~!(子供たちのほうを見ている)
ジ:しばらくソウルを離れるけど、先輩、あとはよろしく。島では携帯は使えないから。診療所に電話して。診療所の番号、わかってますよね?

ジス:(試合を見ながら)お~! えっ? ジヒョン、何て言った?

ジ:先輩、またね。



ジヒョンは携帯を切り、窓の外を眺めた。
特急の窓に流れる雨粒の量がますます激しくなってきた。







ヨンスは6畳間の文机に向かいながら、窓の外を見ている。

台風が近づいている。

今日は日曜日だが、もし明日上陸するようなら、月曜日といえど、診療所は休診になるだろう。
ここの診療所は台風が来ても大丈夫だと聞いているが、本当にこんなに浜に近くて、大丈夫なのか・・・。


診療所の電話がなる。急患だろうか。
ヨンスが走って診察室に行き、電話を取った。


ヨ:もしもし。診療所です。
ジ:ヨンス。ジヒョンよ。これからそっちへ向かうわ。
ヨ:(驚いて)ジヒョン。会いたいけど、今の天候では危ないよ。また日を変えて・・・。
ジ:だめ。連絡船のチケットをもう買っちゃったの。船は出るそうよ。これから乗るわ。
今日、会いたいのよ。


ジヒョンのせっぱ詰まった気持ちが伝わってくる。


ヨ:わかった。船着場まで迎えに行くよ。でもジヒョン、絶対にムリはしないで。君が船に乗っていなくても、僕は怒らないから。気をつけて。絶対に危険なことはしないで。わかったね。
ジ:ええ。でも行くわ。あなたに会わずにはいられないの。5時半の便よ。ヨンス。もう行くわ。今から乗るわ。



ジヒョンがやってくる。
嵐とともに。

ヨンスは空を見る。

雨はより激しくなってきた。


ヨンスの心は今大きく揺れている。


ジヒョンの無事を願う心がある。

そして、あのジヒョンが、今の自分の心のすべてを支配している、あのジヒョンがやってくるのだ。

もう逃げられないだろう。



午後6時半近く。
マホのご主人に借りた軽トラックの中、ヨンスは土砂降りの船着場でジヒョンを待つ。
ワイパーを動かし、連絡船が入ってくるのを待つ。


15分遅れ。
船が入ってきた。

あの中にジヒョンがいる。


ヨンスは今の激しい雨のように、心を震わせて、彼女を待つ。

レインコートに身を包み、ジヒョンがタラップを降りてきた。



ヨンスは車から傘を差し出して、ジヒョンのもとへ歩いていった。







続く・・・・。


嵐の中を会いに行かずにはいられないジヒョン。
心を震わせながら待つヨンス。

二人に何が待っているのか。




ジヒョンがやってくる。


ヨンスの心の中に、

ジヒョンがやってくる。





2009/08/18 00:26
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」3





 
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BYJシアターです^^

本日は、【さよならは言わないで】第3部です。

この第3部は、かなり精神的にヘビーになっています。
ここを乗り切ってください。

そして、どうか最終章まで一緒にたどり着いてください。



【配役】(3部から)

リュ・ソンジュ・・ホテリアのヨンジュ(28歳 自動車のディーラー)

パク姉妹の両親・・愛群のシニョンの両親(同じくホテリアの社長夫妻役。ともに同じカップルです)

チョン・ジス・・・キム・スンウ(30~41歳 「デイリー朝焼け」現社会部・部長)




これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。
ここに出てくる事件も存在しません。





ソウルに戻ったジヒョン。
ここは現実の世界。


苦悩は、ここから始まる。




これより本編。
では、覚悟して、お楽しみください!^^v



~~~~~~~~~



恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か


それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう


たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・

そして
それがあなたに命を吹き込むことがある





主演:ぺ・ヨンジュン/キム・ヘス
【さよならは言わないで】3




【第9章 帰京】


ソウルには帰ってきたジヒョンだが、その足で実家に帰る気にはなれなかった。
妹のジウォンとヨンスの話をするには、気持ちの整理が必要だ。
うまくとぼけて話せるかしら。

午後7時過ぎ、ジヒョンの部屋の電話が鳴った。


ジ:もしもし。ああ、お母さん。
母:どうしたの? 帰ったんだったら電話ちょうだいよ。あなたが今日来ると思ってご馳走作って待ってたのよ。
ジ:(母にすまなくて)お母さん、ごめんなさい。なんだか疲れちゃって。実は昨日の夜はほとんど寝てなかったから。
母:(心配そうに)なにがあったの?
ジ:うん。破水した妊婦さんが運ばれてね、それが逆子で、緊急オペになって。人手が足りないから、私も少し簡単なことを手伝ったの。それに、ヨンスさんやスタッフや患者さんの朝ご飯も作らなくちゃならなかったし。
母:まあ、それはたいへんだったわね。(心配そうに)ジヒョンの体のほうは大丈夫ね?
ジ:(少し笑って)大丈夫よ、お母さん。ただの睡眠不足よ。明日行くわ。
母:そう? ジウォンもあなたと話をしたくて待ってたから。お母さんから話しておくわね。

ジ:ジウォンの具合はどう? もう歩けるようになったの?
母:ええ、なんとかね。杖はついているけど。リハビリも頑張っているし。あの子、カッコいいのが好きでしょう。だから、早くすっきり歩けるようになりたいって、ものすごく頑張っているの。
ジ:・・・よかったわ。(ほっとする)
母:(つらそうに)ただ・・。
ジ:(何か私のこと?)なあに?
母:毎晩、うなされているよね、かわいそうなくらい。あの時の恐怖から抜け出るのが難しいらしくて・・・。ジヒョンなら、わかってくれるでしょう?
ジ:(胸が痛い)ええ・・・。
母:(気分を変えて)じゃあ、明日の昼には来られるわね。
ジ:うん。大丈夫よ。
母:待ってるわね。


ジヒョンは電話を切った。ウソは一つもついていないのに、なぜか後ろめたい気分。
実家の皆は今の私の状況など知る由もない。


妹の男を寝取った女。それが今の私だ。
そして、できればヨンスとは別れたくない。
それが本当の気持ちだ。


ジヒョンはボストンバッグの中から、写真を取り出した。ヨンスと二人で診療所の前で笑っている写真だ。島へ行って3日目に撮った写真。二人の距離はまだ遠く、ジヒョンも診療所になじんでいない様子だ。
まだ料理もまともにできなかった。できたことといえば、トランプぐらい。





また電話が鳴った。母からだと思って、サイドボードの上の電話をとる。

ジ:もしもし? お母さん?
ヨ:ジヒョン・・・。


ジヒョンは心臓が止まりそうになった。ジヒョンの心が電話の中へ吸い込まれそうだ。
ジヒョンは耳をすます。ヨンスの息の一つも聞き逃さないように。


ジ:(やさしい声で)ヨンス?
ヨ:(少し甘えたソフトな声で)うん。無事に着いたんだね。君からの電話を待ってたけど、診療時間にはきっとかけにくいと思って。マホさんのご主人の前で君を抱き締めてしまったから。
ジ:うん・・。(そういいながらもあのことが遠い昔のようにも思える)
ヨ:ここに一人でいると、ジヒョンに会いたくて。たった半日しか離れていないのに、寂しくて。ジヒョンはどう?
ジ:うん。(胸が熱い)・・・本当はね、今日、実家に行く約束だったけど、疲れているって言ってやめちゃったの。・・・ジウォンに合わせる顔がないわ・・・。
ヨ:ごめん。僕のせいだね。

ジ:違うわ。同罪よ。(少し微笑む)

ヨ:ジヒョン、君が納得いくまで待つよ。だから僕たちのこと、諦めないで。
ジ:(つらい気持ちになって、額に手をかざす)ヨンス、私にはまだ覚悟ができてないの。家族を捨てるということの。
ヨ:待つよ。・・・また一人で眠るのは寂しいな。ジヒョンの温もりがほしいよ。・・・恋しいよ。
ジ:ヨンス。(急に涙が出てくる)ヨンス。
ヨ:どうしたの? 声が変だよ。・・・泣いているの?

ジ:(ヨンスのやさしい声の響きがジヒョンを悩ます)ヨンス・・あなた、ずるいわ・・・。
ヨ:なんで?

ジ:近くにいないくせに・・・。(声が震えてしまう)やさしい声なんか出さないで。
ヨ:そんな・・・ジヒョンの声を聞いているだけでも、僕は胸が熱くなる。
ジ:(泣いてしまう)ずるいわ。そんなこと言うの・・・ここにいないくせに。(ジヒョンは空いている手で口元を押さえ、座り込んでしまう)
ヨ:ジヒョン? ジヒョン?(心配そうな声で言う)
ジ:(鼻をすすって)大丈夫よ。あなたが・・・(片手で胸の痛さを押さえながら)恋しいだけ。
ヨ:ジヒョン。

二人は会えない寂しさを抱きながら、会話の中に相手の思いを確認するしかなかった。



電話のあと、ヨンスは診察室の窓から母屋のほうを覗いた。
部屋の照明はついているものの、そこにはジヒョンはいない・・・。






翌日の昼、覚悟を決めて、ジヒョンは実家へ向かった。妹のジウォンには明るい報告をしなければならない。
何を話そう。

ヨンスは元気よ、とっても。私といたから。愛している私と一緒にいたから・・・。



実家の玄関を開け、声をかけた。


ジ:(玄関から)こんにちは。お母さん、いる?
母:(ダイニングから)ジヒョン? 今、お昼の準備をしてるのよ。客間のジウォンのところで休んでいて!
ジ:うん。わかった! あっ、お土産はダイニングテーブルの上に置いておくね。
母:ありがとう。


1階の客間は今、足を悪くしている妹ジウォンの部屋になっている。ジヒョンは緊張する心を抑え、ポーカーフェイスで客間に入っていく。妹のジウォンが2人掛けのソファに足をのばし、横になって雑誌を見ながら、CDを聞いていた。


ジ:ジウォン、こんにちは。(ちょっとぎこちなく微笑みかける)
ジウ:ああ、お姉ちゃん、お帰り。(横になった体勢から座りなおす)
ジ:そのままでいいわよ。気を遣わないで。(近くの机のイスを持ってきて座る)

ジウ:(ジヒョンを見つめる)島はどうだった?
ジ:うん。前に電話でも話したけど、診療所が海沿いでね。とてもキレイなところ。休暇には最高だった。いい骨休みになったわ。(思い出したように)あっ、あなたの荷物届いた? 送り返したやつ。洋服の入ったの。あんなにたくさん。持っていきすぎよ。部屋に入りきらないわ。(微笑む)

ジウ:(笑顔を作らない)整理してくれてありがとう。・・・ヨンスは元気?
ジ:うん。真面目によく仕事をやってるわよ。ナースのウンニさんも楽しい気さくな人だし、受付のマホさんも親切なやさしい人だし。チームワークも抜群だった。安心して。
ジウ:(強い視線で姉を見る)お姉ちゃんもいいチームワークだったんでしょ?
ジ:(一瞬、ヨンスと自分のことがよぎったが)えっ、そうね。皆で頑張ったわ。

ジウ:そう。・・・髪、染めたの?(じっと見ている)
ジ:うん。島の床屋のおかみさんがね、私の髪が気になるって染めてくれたの。
ジウ:(ちょっと皮肉のように)人気者ね・・。
ジ:(困って)・・そういうわけじゃないけど。

ジウ:(ちょっと下を向いて)キレイになったわよ。(またジヒョンの顔をぐっと強く見て)お姉ちゃん、本当にキレイになったわ。・・・この部屋に入ってきた時、驚いたわ。輝いてて・・・。
ジ:(内心びくびくしているが)そう? やっぱり人間、休暇を取るって大事よね。リフレッシュするもん。
ジウ:そうね・・・。(少し首をかしげて)でも、その輝きって、少し違うような気がする・・・。(はき捨てるように)休暇くらいで、内側から女の色気が滲み出るかしら・・。


なぜか二人は対峙したように見つめあう。そこへ母がやってきた。




母:準備ができたわ。さあ、お昼食べましょう。お父さんは会社だけど、この3人で食事なんて何年ぶり。ジヒョン、うれしいわ、お母さん。さあ、行きましょう。


ジウォンが立ち上がり、横にあった杖をついて歩く。ジヒョンが手を貸そうとすると、きびしい顔でジヒョンを見た。


ジウ:一人で大丈夫。


ジヒョンはジウォンの気持ちが大きく揺れていることに、気がついた。



昼食の間は母が元気に話し、ジヒョンが島の様子を語った。妹のジウォンはそんなことはどうでもいいといった様子で、ジヒョンに強い視線を投げかけている。
ジヒョンは母に笑顔を作りながらもなぜか呼吸が苦しい。深呼吸さえ許さないジウォンの目に耐えるしかなかった。


皆でお茶を飲んだあと、母が買い物に出かけるという。ジヒョンには、久しぶりに父にも顔を見せて、夕飯を食べていくようにと、母が念を押した。

玄関口で、母はジヒョンに、

母:(小さな声で)そうだ。ジウォンの洋服、送り返してくれてありがとう。なんであんないっぱい、送っちゃったのかしら。ドレスなんていらないのに・・・。(普通の声で)ジウォンにヨンスさんの話を聞かせてあげて。あの子もそれを一番知りたいだろうから。
ジ:(笑顔を作って)うん、わかったわ。いってらっしゃい。


母を送り出し、深呼吸してから、客間へいく。ジウォンがコーヒーを前にソファに座っていて、部屋に入ってきた姉を見据えている・・・。


ジウ:ところで、お姉ちゃん。ヨンスの感想、聞かせて。
ジ:えっ?(机のイスに腰かけながら)すごく真面目でやさしくて、いい人よね。

ジウ:(フンと鼻を鳴らして、冷たく)そんなことを聞いてないわよ。彼を見て何を思ったかよ。(強い視線で姉を支配する)
ジ:ヨンスさんを見て?

ジウ:(笑って)まさか、なんにも感じなかったなんて言わないでしょうね。彼の顔を見てどう思った?
ジ:(胸が苦しい)ヨンスさんの顔を見て・・?
ジウ:(少し嘲笑するように)言えないの? じゃあ、私が言ってあげるわ。・・・友達にヨンスを紹介された時、私、とっても懐かしい感じがしたの。
ジ:(同じ気持ちだった)・・・。

ジウ:それですぐにOKって言って、つきあい出したの。ある日、ヨンスがメガネを拭いたの。その時、気がついたわ。この人は、チョヌお兄さんに似てたんだって。鼻筋なんかそっくり。
ジ:(胸が痛い)・・・。
ジウ:うちによくお兄さんが遊びに来てたでしょ。あの時、高校生の私の勉強を見てくれた。英語や数学を教えてくれたわよね。私のすぐ横に座って。やさしくて、いつも辛抱強くて・・。その時に感じたお兄さんの温もり。それをヨンスも持っていたのよ。・・・(強く)お姉ちゃんが気づかないはずがないわ。
ジ:(我慢しながら)そうね・・・でもぜんぜん違う人よ。私にはわかる。
ジウ:(少しバカにしたように)それは当たり前よ。(強い視線で)でも私にはそれは大きなことだった。だってお兄さんは私の初恋の人だもの。
ジ:(もう呼吸が苦しい)・・・。


ジウ:それで結婚を決めたの。婚約式だって、お姉ちゃんの学校の卒業式の日をわざわざ選んだ。あの時期はなかなかホテルが空いていないの。それをムリに・・・すごく探したわ。
ジ:(息ができない)・・・。

ジウ:(姉の顔を覗きこんで)そんなムリする必要なんてなかったのかしら?
(ちょっと首をかしげて)そこまでヨンスを守る必要はなかったのかしら、お姉ちゃんから。(どうお?)


ジヒョンはジウォンの視線が耐えられない。勝ち誇ったような目。


ここで私は何を言えばいいの?


ジウ:(ニヒルに笑って)お姉ちゃん、ありがとう。ヨンスの世話をしてくれて。結婚したら二人で何かお礼をするわ。
ジ:(返す言葉が見つからない)・・失礼するわ。(立ち上がる)


ジヒョンはもうこれ以上そこにはいられなくて、部屋を出た。

涙がこみ上げてきた・・・妹の仕打ち。

リビングに置かれたバッグを取って、小走りに玄関に向かった。




妹に心の全てを見透かされたような思い。

そう、その通り!

この敗北感。
妹はまだ、ヨンスの婚約者なのだ。








【第10章 罠】


それから2週間経った日曜日の午後、母から電話が入った。


ジ:もしもし、あっ、お母さん。
母:ジヒョン、すぐに来てほしいの。ちょっと助けてほしいの。
ジ:何?
母:ジウォンのところに男の人は尋ねてきてるの。ちょっとおかしな雰囲気なの。来て。急いで。タクシーで来てね。
ジ:うん、わかった・・・。


よくわからないが、母が困惑している様子なので、タクシーを飛ばして駆けつけた。


15分後、玄関から入り、リビングで母を見つけた。


ジ:どうしたの? お母さん?
母:あっ、ジヒョン。変なの。なんていうか、今来てる男の人とジウォンが・・・。

話している途中で男が玄関のほうへ出て行く。母がそれに気がついた。


母:お帰りですか・・・?


母が飛んでいくので、ジヒョンもその後へ続いた。



母:ソンジュさん? ソンジュさん。
ソ:お邪魔しました。(頭を下げて玄関を出ていく)

母:(ジヒョンに)ねえ、追いかけて話を聞いて。
ジ:えっ? なんて・・・。
母:なんでもいいから・・ジウォンとどんなお付き合いか。どんな関係の人か・・お願い!
ジ:わ、わかったわ。




ジヒョンは実家を訪れたばかりで、バッグも提げていたので、そのまま、靴を履いて、男を追いかけた。

男はもう100mくらい先を歩いている。ジヒョンが走っていく。



ジ:ソンジュさ~ん! ソンジュさ~ん!(走りながら叫ぶ)


男はジヒョンの声に気がついて立ち止まり、振り返って彼女がやってくるのを待った。息を切らしながらジヒョンがやってきた。



ジ:すみません。(息を整える)はあ~。すみません。ソンジュさんですね?(若い男を見る)
ソ:ええ。(この人は?)

ジ:ジウォンの姉のパク・ジヒョンです。初めまして。すみません。少しお話をさせていただけませんか。ジウォンのことで。
ソ:ええ・・・。
ジ:あなたのことはまったく存じ上げないけど、ジウォンとどういう関係か、私たち家族も知っておく必要があると思うんです。
ソ:・・・。

ジ:あなたが家まで訪ねてくるということは、あなたを知ってほしいということでしょう?
ソ:(ジヒョンの顔を見る)わかりました。お話します。
ジ:駅の近くに喫茶店があります。そちらで聞かせてください。





駅の近くの音楽喫茶。
テーブルごとに低い壁で仕切られている。コーヒーを前に二人は向かい合って座った。



ジ:ところで、あなたも、ジウォンの結婚が決まっていることはご存知でしょう。それをわざわざ訪ねていらっしゃるには訳があるんでしょう?
ソ:ええ。・・・・(心を決めたように)僕たち・・ああ、僕はリュ・ソンジュといいます。ジウォンより一つ年上です。自動車のディーラーをしています。・・・僕たち、付き合い出してから一年半になります。その間、ほとんど一緒に過ごしてきました。
ジ:えっ・・・。(ジウォンには男がいた・・・)

ソ:今回の事故を知らなかったんです。昨日、共通の友人から聞いて、初めて知って・・・。心配で心配で、ここまで来てしまいました。
ジ:・・・2ヶ月も知らなかったの?
ソ:ええ。あの日。ジウォンが事故にあった日。僕たちは別れ話をしてたんです。その後にあんな事故にあったらしくて。だから、知らなかった・・・。知っていたらすぐにでも駆けつけました。


ソンジュはジウォンより一つ年上だといった。28歳か。ちょっと遊び人ふうなニオイはするが、端整な顔立ちをした彼はどことなく品もあって、ジヒョンはその人柄に好感が持てた。



ジ:聞いてもいい? なぜ二人の仲がだめになったの?
ソ:(ジヒョンを見つめる)お姉さんは知らないんですか。あいつが医者と見合いして、そっちを選んだからですよ。・・僕には婚約するまで一言も言わなかった・・・。毎日一緒にいたのに。あいつが泊まっていく日だってあったのに・・。


ジヒョンはソンジュから悔しさが滲み出ているのがよくわかる。
この人は本当にジウォンを愛しているのだ。


ジ:そう・・・知りませんでした。私、ここ10年、離れて暮らしているので、あの子の様子がわからなくて。・・・あの子を今でも愛しているのね・・。
ソ:それをあいつ・・。今日は本当に、あいつのことが心配でやってきたのに。(苦しそうな顔で)あいつはオレが突き落としたと思ってる・・・。(涙がこみ上げる)

ジ:(驚く)・・・どうして?

ソ:オレがあいつに、「そんな結婚、許さない」って言ったから。・・でも、好きな女を突き落とすことなんてできないよ。そうでしょう? まだ時間はあるんだ。取り戻す方法はいくらでもあるのに。そんな、そんな汚い手なんて使わない・・。(涙ぐむ)
ジ:・・・。本当に愛してるのね。・・・わかったわ。ジウォンにはよく話してみます。でも結婚のことは力になってあげられないけど。地下鉄事故については話すわ。


ソンジュはジヒョンを見つめた。


ソ:お願いします。・・・お姉さんはジウォンとぜんぜん違うんですね・・・。ぜんぜん似てないんですね。
ジ:えっ?
ソ:いや。姉妹だから同じ考え方なのかなと思ったらぜんぜん・・・雰囲気もまるで違うから。
ジ:そう?
ソ:ええ。まあ、二人とも美人だけど。うん。鼻の形は似てる。それだけですね。
ジ:えっ?(思わず笑う)


ソンジュも微笑んだ。
彼のためにやってあげられることと言えば、事故の誤解を解くくらいだ。
私だって、あの二人を結婚させたくない。
まして、ヨンスの他に男がいたのだったらなおさら。
それも深い仲の男なんて、許せない。




ソンジュと別れ、実家に戻る道すがら、ジウォンの真意を考える。
ヨンスを本当に好きになったらその時点でソンジュと別れるのが筋ではないか。
それを引きずりながら、婚約までいくということは、ソンジュのことも愛しているのではないか。

ジウォンは、本当はどっちを愛しているのだ。



実家に帰ると母が心配そうにジヒョンを見つめるが、ジヒョンは何も言わず、客間にいるジウォンのもとへ急いだ。客間に入るなり、ジヒョンはジウォンを睨みつけた。


ジ:ジウォン。今、ソンジュさんと話してきたわ。彼とつきあってたのね。


ソファに座って考え事をしていた様子のジウォンが顔を上げた。


ジウ:(姉を見て)・・・それがどうしたの?(開き直る)


ジヒョンはジウォンの本当の気持ちが知りたい。
ジヒョンは腰かけもせず、ジウォンの前に立って話す。


ジ:ソンジュさんと1年半も付き合っていて、それでヨンスさんと婚約したの? そんな・・・ジウォン、あなたは、本当は誰を愛しているの?
ジオ:わからないわ。(そっほを向く)どっちかしら。でもどっちだっていいのよ。結婚するのはヨンスって決めてるんだもの。(姉を無視して杖を持って立ち上がる)
ジ:(不思議そうに)どうして?

ジウ:(歩きながら、あざ笑うように)当たり前でしょ。ソンジュはただのセールスマンよ。それに・・・。

ジ:本当にソンジュさんが突き落としたと思っているの? 彼がそんな悪人には見えないのよ、私には。あなたのことを聞いて、心配で飛んでやってきた。あなたのことを話してくれたソンジュさんはそんなことできるような人じゃなかったもん。あの人は純粋にあなたが好きなだけよ。




妹は二人の男を手中に収めている。
一人は愛の力で。一人は婚約という名のもとに。

ヨンスは、ジウォンのケガが完治するまでかわいそうで婚約解消はできないと言ったけど、この子は違う男とも関係していた。
ジヒョンはヨンスが不憫でならない。彼は私を愛していると言った。
私が、「あなたと一緒になることは家族を捨てることだ」と彼に告げた時、とても悲しそうだった。
もし、ジウォンから婚約を解消してくれれば、そんな心配などせず、彼と結ばれることができるのに・・・。



ジ:(妹を見つめて)ねえ、本当はどっちを愛してるの? 答えて。
ジウ:(姉の顔を見て、ちょっと目を右上のほうに向けて)う~ん、たぶん・・・ソンジュ。


妹は悪気もなく言い放ち、窓辺へ行って外を眺めた。


ジヒョンは悔しくてならない。あまりにつらくなってジウォンに問いただした。


ジ:ヨンスが初恋の人に似ているって、この間言ったじゃない?
ジウ:(窓の外を見ながら冷静に)それとは別よ。ソンジュと私はもっと親密だもの。


ジヒョンは苦しい。
胸だけでなく、心も。
私のヨンスをそんなに簡単に扱うなんて、許せない!



ジ:(低い声で)・・・ジウォン、ヨンスを手放して。・・・ヨンスを私にちょうだい・・・。



ジウォンは姉の言葉に驚いて、振り返った。



ジウ:(首をかしげて)そういう仲だったの? お姉ちゃんたち・・・。フン(鼻で笑う)。いつもキレイな顔して、聖母みたいなフリして、お姉ちゃんって人の男を隠れて取るような真似をするのね。


ジウォンはジヒョンをじぃっと見つめている。そして、ニヒルな笑いを浮かべた。


ジウ:お姉ちゃんは、あの人の何を知ってるの? 1ヶ月一緒に暮らしたっていったって、私は彼をもっと長い間、見てきているのよ。・・・どこが好きなの? 彼の優しさ? 誠実さ?・・・彼に抱かれたの?

ジ:(言葉を選びながら)ヨンスは真面目で誠実な人よ。だから、苦しめないで。
ジウ:ハハハハ・・・。お姉ちゃん!(ジウォンの目がギラギラ光っている)騙されてるのよ。あいつはそんないい人間じゃないわ。なんで、彼があんな島に勤務しているのか、わかってるの?
ジ:(ふいを狙われ)・・・それは大学病院のERから一年交代で勤務するって。

ジオ:(さらに鋭い視線を投げつけ)信じてるの? そんなこと。そう、確かに若い人はね。(もっと食い入るようにジヒョンを見る) でもね、彼みたいに優秀で、もうすぐ講師になるような人はそんな所へなんか行かないのよ!
ジ:・・・!!


ジヒョンはジウォンの不気味なまでの目の輝きに震えそうだ。


ヨンスに何があるというのだ。
彼は、私の知っている彼は、誠実な人だ。
最後の日、私を追って船着場に来た彼は子供のように私に抱きついた、別れたくないと。
あんな純粋な人に何があるというの?




ジウ:お姉ちゃん、私が毎晩うなされているのは、ソンジュが私を突き落としたからだと、私が思い込んでいるからだと思う? それで悪夢にうなされていると思う? ・・・違うわ。・・・ソンジュは遊び人だけど、そんな恐ろしいことなんてできない人よ。(ゆっくりと)私が恐がっているのは、ヨンスよ。

ジ:!!!(どういうこと?)

ジウ:ヨンスはあの日、ソウルにいたのよ。私とデートしてたんですもの。それは確か。そのあと、私はソンジュに別れを言いに行ったのよ。
ジ:・・・。

ジウ:彼が大学病院で何をしたか、知ってる? 15歳の女の子を殺しかけたのよ! 生命維持装置のスイッチを切った・・・。それが明るみに出そうになって、島流しよ。・・・お姉ちゃんが考えているみたいにいい人じゃないわ。患者の家族からお金を貰ってスイッチを切った男よ。


ジヒョンは恐怖で動けない。
ジウォンの言葉が心に突き刺さる。
本当の彼はいったいどんな人間なのだ。


ジウ:そういう人よ。私の浮気を見て、ホームから突き落とすくらい簡単なことよ。
ジ:そこまでしなくても別れればいいことでしょ?
ジウ:お姉ちゃん、彼はプライドの高い人よ。・・・婚約解消ができないのも彼が恐いから。今まで挫折なんて知らない人よ。・・・島ではいい人に見えても彼の本性は変わらないわ。


ジヒョンはもう聞いていることができなかった。
頭の中が混乱し、何を信じていいのかわからない。



少し、落ち着いて分析しなくては・・・。
彼を信じたい。そのためにも真実を探さなくちゃ。



ジ:(やっとの思いで言う)帰るわ。少し考えたいの。


ジヒョンが客間を出ようとすると、ジウォンが呼び止めた。


ジウ:お姉ちゃん、とにかく、気をつけることね。・・・彼は危険よ。


そういいながら、姉の背中に強い視線を投げかけた。
ジヒョンは一瞬立ち止まるが、最後の力を振り絞って部屋を出ていく。


この胸苦しさ。
この後味の悪さ。


ジウォンから出された毒がジヒョンの体の中をぐるぐると回る。



客間から、玄関に向かうジヒョン。
母がリビングから顔を出した。


母:ジヒョン、どうしたの? (様子がおかしい)どうしたの、ジヒョン?


ジヒョンは母の顔を見た。能面のように張り詰めたジヒョンの顔を見て母親は驚いた。


母:ジヒョン、どうしたの? あなた、顔が真っ青よ。具合が悪いの?
ジ:お母さん、今日は帰るわ。お父さんによろしく言っておいて。
母:ジヒョン、あなた、大丈夫なの? ジウォンと何かあったの? 何を話したの?


母が後ろからついてくるが、ジヒョンは心の動揺を知られたくなくて、後ろを振り向かず、玄関まで突き進んだ。しかし、玄関のドアを開ける前に振り返った。


ジ:お母さん、心配しないで。また来るわ。じゃあね。




やっとのことで、実家をあとにした。
胸が苦しくて、呼吸することも歩くこともままならない。

客間の窓のレースのカーテンが少し開き、ジウォンが燃えるような目をして、ジヒョンの後ろ姿を見つめている。ジヒョンが見えなくなると、カーテンはヒステリックにぴっしゃっと閉まった。



真夏の強い日差しがジウォンの毒をより煮詰めていくようだ。
とても地下鉄の駅まで歩けそうにない。

通りに出て、タクシーを拾う。
タクシーの窓から街を眺めながらもジヒョンは思いをめぐらす。



私はいったいどこへ行けばいいのか・・・。

今まで私を支えてきたヨンスの愛。
それは真実なのか。
さっき聞いた大学病院での事件は本当なのか。
調べなくては。
検証しなければいけない。
誰か、誰か、中立な見解が出せる人。
極秘で確かな捜査ができる人。
それはいつ起きた事件なのか。
公にはならなかったのか。
誰を頼ったらいいの・・・。

一番信頼できる人物・・・。

今、私がしなければならないこと。
それは、愛する人の事件を間違えなく、検証すること・・・。







ジヒョンはマンションから50mほど手前で、タクシーを降りて、風に当たりながら、マンションまで歩いていく。
7月の終わりの空は、なぜかどんよりしていて、ジヒョンの心を映すようだ。

マンションのエントランス前、花壇の淵に、人影がある。

近づくと、それはヨンスだった。

ジヒョンは驚いて足を止めた。ヨンスが笑顔でジヒョンを見ている。ジヒョンは凍りつく心をぐっと押し隠して、笑顔を作り、そして近づいた。


ジ:どうしたの?
ヨ:君に会いたくて・・・それで来られればいいけど(笑う)。出張でね。大学病院まできたんだ。(まぶしそうな目をしてジヒョンを見る)


あのことで来たのかしら・・・。


ジ:ジウォンの所へは寄らなかったの?(実家の帰りだということは隠して言う)
ヨ:(ジヒョンの顔を覗きこむように)時間が限られているだろう。まず君に会いたかったから。
ジ:そう。部屋に寄っていくでしょう? (ヨンスに手を差し出す)



ジヒョンはヨンスの手を引いて、マンションのエントランスの階段を一段一段ゆっくりと上がっていく。

ヨンスはジヒョンが部屋のカギを開けるのを見て笑った。



ヨ:カギに随分大きなぬいぐるみがつけているんだね。(楽しげに言う)
ジ:これ? 友達の日本のお土産なの。黒ラブ。顔が大きくて面白いでしょ? バッグの中からカギが見つかりやすいようにつけてるの。すぐわかるでしょ?


ジヒョンは、体長7~8cmはある、顔がやけに大きい犬のぬいぐるみのついたカギを目の前で振ってみせた。



部屋に入ると、ジヒョンはまず、リビング・ダイニングにある高さ90cmほどのサイドボードの上に置かれた丸いかごの中へカギをポンと入れた。その横には小さな観葉植物や写真立てが並んでいる。


ヨンスは初めてジヒョンの部屋に入ったが、すっきりしていて暖かいジヒョンの人柄を表すようなその部屋の空気に懐かしさを感じた。
ジヒョンが島にいた頃、住まいを満たしていたジヒョンの空気だ。
リビングの壁には、大きく引き伸ばされた島の写真がかかっている。アンティークの机の上には、ヨンスとジヒョンのツーショットの写真が置かれていて、それを見たヨンスがジヒョンのほうを振り返って微笑んだ。
今のジヒョンは心の整理がつかず、ヨンスの笑顔に応えることができない。


ジ:コーヒー、いれるわね。



そういって後ろを向いた。ヨンスをまともに見ていられない。キッチンにいってやかんに水を入れる。

ヨンスはサイドボードの上に飾られた写真立ての写真を一つ一つ見ていく。その中に、ジヒョンがアメリカの高校で卒業式に出ている写真を見つけた。17歳のジヒョンは卒業式の服装をして、手には卒業証書を持って笑っている。



ヨ:(キッチンにいるジヒョンに聞こえるように)ねえ、ジヒョンはアメリカに留学してたの?
ジ:えっ?(ちょっと上の空だった)ええ、そうよ。
ヨ:ふ~ん。(不思議そうに)島で初めて会った時、飛行機に乗れないって言ってたよね?
ジ:あっ。(困ったように)そうなの・・・大人になってから、なんか恐くなっちゃって・・・。
ヨ:ふ~ん。語学が堪能なのにもったいないね。(キッチンのジヒョンのほうを向く)
ジ:・・・。




ジヒョンがガスレンジの上のやかんを見つめ、気持ちを整理していると、後ろからヨンスが腰に手を回し、抱き締めた。ジヒョンは驚き、胸が痛くなって張り裂けそうだ。島の最後の夜と同じだ。


この人を信じていいの?


ヨンスがジヒョンの右側の髪をといて、首筋に顔を持ってくる。ジヒョンの首にヨンスの息がかかった。


ヨ:(やさしく甘い声で)すごく会いたかった。君がいないと寂しくて・・・。ジヒョンは寂しくなかった?


ジヒョンは息を長く漏らす。胸が張り裂けそうだ。


ヨンス、ヨンス、私のヨンス・・・。



もう我慢ができなくて、後ろを振り向き、ヨンスの顔を両手で包みこみ、彼の顔を見つめた。
ヨンスはジヒョンが涙ぐんでいるのを見て、自分と同じ気持ちなのだとうれしくなり、笑顔になる。






二人はソファに座っている。ヨンスの胸にジヒョンは頭を預け、前を向いている。
彼女は言葉を選んで話す・・・。


ジ:ヨンス。島にいた時、私、家族を捨てられないと言ったでしょう。でもね。ソウルに帰ってきて一人になってわかったの。あなたがいないと私には何もないんだって。私の胸に大きな穴が開いてしまうの。・・・やっと気がついたの。あなたが一番大切だって。私、親もきょうだいも何にもいらない。あなただけでいい。(ヨンスのほうに顔を向いて)ねえ、ジウォンと別れて私のヨンスになってくれるわね。私、覚悟がついたのよ。

ヨ:ありがとう。そうしよう。(ジヒョンの顔を覗き込み)でも、まずはジウォンのケガが治ってからだね。今、婚約解消するのはジウォンがかわいそう過ぎるから。



ジヒョンにはそれがはっきりとした確約には聞こえなかった。
ヨンスが今動かないことだけは確かだ。
ヨンスが大学病院で何をしたのか、知りたい。
しかし、この場では聞き出せないに決まっている・・・。



ジ:ヨンス。教えて。(ヨンスの顔を食い入るように覗きこんで)あなた、私があなたを救ったって言ったでしょう。あの言葉の意味は何? 教えて。


ヨンスは、話そうとしながらも、なぜか、躊躇っている・・・。


ヨ:また今度ゆっくり話すよ。時間のある時に話したいんだ。(腕時計を見て)もう行かないと連絡船を逃すわけには行かないから。


ヨンスが立ち上がった。ジヒョンも立ち上がり、思わずヨンスに抱きついた。
ヨンスは少しの間、抱き締めていたが、さっと体を離した。


ヨ:ジヒョン。時間だよ。(やさしく)今日は君に会えてよかった。僕たちの気持ちが変わってないことがわかってうれしかった。またゆっくり君に会いにくる。今日はもう行かなくちゃ。


ジヒョンの今日の気持ちを収めるだけの収穫はなかった。


こんな気持ちで別れてしまうなんて・・・。
ヨンス、私を愛していてくれるわよね?



ヨンスが表通りでタクシーを拾うところまで、ジヒョンは見送った。






【第11章 知られざる過去】


「デイリー朝焼け」の社会部の応接セットに、ジヒョンが真剣な顔つきで座っている。
ごった返したデスクの奥から、チョン・ジスがやってきた。


ジス:待たせたね。ここはうるさいから、近くの喫茶店へ行こう。


ジヒョンは促されるように、立ち上がり、彼と一緒に社会部を出て行く。本当に近くに行くのかと思っていると、ジスはどんどん通りを歩いて行く。ジヒョンは彼の後ろをついていく。10分ほど歩いて、大きな公園に着いた。

そこの池にかかった橋の欄干にもたれて、ジスが口を開いた。


ジス:歩かせて悪かった。・・・でも、おまえの電話の話だとあの近くで話すのはちょっとまずい。人に聞かれてはいけない話だ。
ジ:ご迷惑おかけます。

ジス:いいんだよ。おまえのためだったら何でもするよ。頼ってくれてうれしい。(懐かしそうにジヒョンを見つめる)チョヌのことでは、おまえには負い目があるんだ。あいつをおまえに紹介して、婚約寸前というところまでいかせておきながら、あんな事故であいつを死なせちまったから。

ジ:先輩のせいじゃないわ。(ジスの顔を見ていられず、池のほうを見て)彼が乗った飛行機が落ちただけよ。先輩は彼にチケットを譲っただけ。(足元に目を落として)それが運命だったのよ・・・。

ジス:おまえが新聞社をやめて、教職について何年になる?
ジ:もう10年。チョヌとのことも10年前のことよ・・・。(ジスを見て寂しく微笑む)


二人はしんみり、橋の欄干から池の鯉を眺めている。


ジス:ところで、そのヨンスという医者のことだけど、今、内偵している途中なんだが、本人の評判はすこぶるいいんだ。温厚で腕のいい外科医らしい。本来だったら、今期に講師になるはずだったらしいんだ・・・。それから、ヨンスのチームのへギョンというナースが退職している。実質的にはクビになったといううわさだ。そのへんがあやしいかもしれないな。学内の権力争いも絡んでいるかもしれない。そのナースがクビになったのが、ヨンスが講師に内定する直前の話らしいんだ。そのあと、島流しだからな・・・。
自分の状況をわかっているやつが、あえてその時期に危険を冒してそんなことをするだろうか。



ジヒョンがうなずいて真剣に聞いている。
その顔はジスがおなじみの、あのジャーナリストのジヒョンの顔だ。



ジス:もっとよく調べないとなんともいえないが・・・。ところで、おまえさんの妹はその話を誰から聞いたんだろう。
ジ:(ジスを睨むように見て)わからないわ。でも、もう妹とはその話をしたくないんです。それに彼は今でも妹の婚約者だし・・・。
ジス:(うなずいて)そうか。・・・もうしばらく時間をくれ。間違いのないレポートをしたいんだ。おまえには本当に幸せになってほしい。間違いのない幸せを掴んでほしいんだ。
ジ:(うなずく)・・・。


ジス:もし、彼が事件に関与していなかった場合はスクープにしていいね。(厳しい顔でジヒョンを覗き込む)
ジ:(ジスをぐっと睨むように見て)ええ、もちろん。徒労はさせません。

ジス:(やさしい目で)彼を信じているんだね。
ジ:(ジスを見つめる)信じたいんです。だから、これに懸けているんです。

ジス:(ジヒョンをじっと見て)やっぱりおまえはブンヤのままがよかったんじゃないか? 
牙を持っているおまえのほうがいいよ。そのほうがステキだ。
ジ:(少し笑顔で)元気づけてくれてありがとう。わかったことがあったら、その都度教えてください。私も私なりに動いてみますから。

ジス:(真剣な目つきで)無理をするな。今のおまえは当事者だし、ふつうの人なんだから、危ないことはよせよ。わかったね。
ジ:はい。(うなずく)



帰っていくジヒョンに、後ろからジスが叫んだ。


ジス:パク・ジヒョン! おまえは動くな。忠告を聞けよ!



しかし、ジヒョンは振り返らず、右手を高く上げ、大きく振って、去っていった。






とうとう賽は投げられた。

ヨンスと自分の運命はジスの手に預けられた。

11年前、ジスが自分の親友をジヒョンに紹介した時のように。
そして、あの航空機事故の犠牲者がすり替わったことへの贖罪を彼は今しようとしている。





もうジスに会っても心が痛くない。

10年前、チョヌを突然失って、私は絶望の淵へ落とされた。彼と過ごした新聞社へは、翌日から足を運ぶことができなかった。建物の前で足がすくんでしまって入ることさえできなかった。
葬式以来、ジスの顔を見ることもなかった。彼の電話に出ることさえできなかったのだ。

あれからの年月。私は何度繰り返し考えただろう。

あの日の自分にできたことはなかったかと。チョヌを引き止めることはできなかったのかと。
そして、自分の生き方や行いが悪くて、彼が死に追いやられたのではないかと。自分の中にある原罪とは何かと。


でも、ある時気がついた。

人生はまるでコンピュータゲームのように、誰かがアトランダムというボタンを押せば、その人が人生を真剣に生きていようと、人のために尽くしていようと、その順番が廻ってきてしまうのだ。

チョヌは人のために尽くした。自分の持っていた時間をどれだけ報道のために費やしたか。
最後の瞬間だって、人々のために出かけていったではないか。彼に落ち度などないのだ。

人はそれを寿命というだろう。運命というだろう。なんということか。


私がこの考えに到達して、父や母に告げた時、二人はやっと気がついたのかという顔をして喜んだ。

もうそんなことは、だれでも当たり前にわかっていることだというように。
私が悩み、苦しみ、もがいた7年の歳月がまるで無駄だったというように。

人はその答えを知っていた。

残りの3年は、その答えを持って暮らしたものの、なぜか無機質な日々。
答えなどあっても、人は虚しいものだ。


しかし、今、私の痛みもなんとか癒されようとしている。
それは父や母、妹、友人たちの手助けだけではムリだった。ここまで立ち直れなかった。
そこにヨンスの愛があったから、私は本当に再生しようとしている。


そうだ。

今はひたすら、ヨンスのために動こう。
愛するヨンスのために。

たとえ。
たとえ、彼に何かあっても、ここを乗り越えなければ、私とヨンスには未来はないのだ。





【第12章 追憶の恋】


ジスは去っていくジヒョンの後ろ姿に見て、あの頃を思い出す。


11年前の5月。

午後6時を回ったところで、ジスが社会部へ戻ってくると、ジヒョンがきつい顔つきで原稿を読んでいる。

ジス:おい。ジヒョン。今日はもう上がるぞ。
ジ:えっ、何でですか? まだヒジンが取材から戻ってないんです。この原稿の書き直しもさせなくちゃならないし。
ジス:もういいよ、おまえは。
ジ:先輩。ヒジンの教育係にしたのは先輩ですよ。

まだ入社3年目で若いジヒョンが、先輩のジスに噛みついた。ジヒョンは3年目に入り、やっと仕事がわかり出しておもしろくて仕方がない。
だから、徹夜だってなんだってやる。今はしっかり仕事を覚える時だ。


ジス:おまえ、仕事にのめり込むのはいいが、もう少し態度を改めろよ。
ジ:??(何が?)
ジス:この前、若い記者たちがおまえのこと、男おんなって言ってたぞ。
ジ:(笑ってしまう)バッカみたい。先輩、そんなこと気にしてるんですか?
ジス:まあいい。今日は特別ミッションがあるんだ。もうここはいい。行くぞ。
ジ:でも、ヒジンが・・・。
ジス:ヒジンは後でオレが戻ってから、直々に見るからいいよ。とにかく、ついて来い。


そういって行こうとするが振り返って、ジヒョンの服装を見る。
柔らかめの水色のワイシャツの袖をクルクルっと巻き上げ、ヒップボーンではいた紺の膝丈のスカートに黒のパンプス。
髪は後ろで1本に縛ってある。まったく飾り気がない。


ジス:今日はその服装で来たのか?
ジ:そうですよ。いつもこんなもんでしょう。
ジス:(ジヒョンを見ながら何回かうなずいて)まあいい。口紅くらいつけろ。持ってるんだろ?
ジ:(むっとして)持ってますよ。


そういって、後ろを向き、口紅を塗る。


ジス:う~ん。髪をほどいてみろ。・・・まあいい。いつものおまえを知ることも大切か。行くぞ。


ジスがどんどん歩いていくので、髪をほどいたジヒョンは、サラサラの長い黒髪を揺らして、ジャケットをイスから引きはがし、大きなショルダーバッグを掴んで、小走りに後をついて行く。
ジスはエレベーターでなく、階段に進んだ。



ジ:先輩。階段ですか。4階ですよ。
ジス:特別なミッションだと言っただろ。話しながら行くぞ。


ジヒョンは階段を下りながら、ジャケットを腕にかけて、ワイシャツの袖口のボタンを留める。2階の踊り場まで来ると、ジスが立ち止まって振り返った。


ジス:おまえは少し男と付き合って、世の中を知ったほうがいい。これから最高の男を紹介する。オレの親友だ。
ジ:えっ。

と言って、ジヒョンが驚き、少しビビって赤くなる。ジスがそれを見て笑った。


ジス:本当にウブだな、おまえは。むこうっ気ばかり強くても、男も知らないで世の中は渡れないぞ。恋ぐらいしろ。とにかくいいやつだ。会ってみろ。おまえの大学の先輩だし、優秀だぞ。それに背が高くていい男だ。

ジ:条件が良すぎませんか。私でいいんですか。

ジス:(ジヒョンをじっと見て)まあ、おまえも美人ではある。(笑う)

ジ:か、考えさせてください・・・。断ったら先輩にも悪いし。
ジス:そんな心配はいらないよ。断られるとしたら、おまえの方だから。とにかく忙しいやつなんだよ。時間があいた日に会わないと。今日がチャンスなんだ。
ジ:(気後れして)今日じゃなくても。
ジス:だめだ。今日はあいつの29歳の誕生日なんだ。最高のプレゼントをしてやる約束になっている。
ジ:やだ。貢物みたい。

ジス:そうさ。しかし、おまえのほうが得をする最高の貢物だぞ。さあ、来い。怖がり屋さん!




ジスがどんどん階段を下りていってしまうので、仕方なくジヒョンはついて行く。まだ男の人と付き合う心の準備なんてできていない。とにかく、こういうのが苦手で恥ずかしく、ジヒョンはドキドキである。

正面玄関ロビーに出ると、ジスが叫んだ。


ジ:チョヌ!


出口の所に立っていた長身の男がゆっくり振り返った。



ジヒョンはその男を見た瞬間に、目が釘付けになった。

背の高いその男は、少し長めの髪をして、その顔は端整で知的で精悍そのものだ。体はとても引き締まっていて、足も長い。グレーのワイシャツを着て細めのネクタイをしている。長袖の袖口を少したくし上げていて、片手をパンツのポケットに入れ、片手にはジャケットを無造作に持っていた。

彼が微笑んだ。

ジヒョンは緊張感が高まって足がもつれそうになり、やっとの思いでジスのあとを歩き、彼に近づいていった。


ジス:待たせたな。こいつがこの間話した、うちのじゃじゃ馬さんだ。パク・ジヒョンだ。
ジ:初めまして・・・。パク・ジヒョンです。


ジヒョンが真っ赤な顔をして目も合わせられず、お辞儀をした。チョヌは、じゃじゃ馬と聞いてはいたが、実際会ってみると、美人で気が強そうなのに、ちょっとウブで不器用そうなジヒョンが一目で気に入った。


ジス:こっちがオレの同期で親友の、政治部のハン・チョヌだ。
チ:初めまして。(やさしく笑っている)


ジスは大人のチョヌがとにかくうれしそうにしている様子や、生意気なジヒョンがはずかしそうにいるのを見て、いい感触を得た。


ジス:じゃあ、チョヌ。後はよろしく。こいつはじゃじゃ馬だが、奥手らしい。ちゃんとエスコートしろよ。


ジヒョンはまだ、まともにチョヌの顔が見ることができない。チョヌは楽しそうに笑った。


チ:じゃあ、お借りするよ。ジヒョンさん、行きましょう。



チョヌがエスコートして、二人は社をあとにした。

そして、すぐに二人は恋に落ちた。





とにかく、家事なんて何にも興味がなかったジヒョンが、料理班の席に行って、新しい料理のレシピを見せてもらい、コツはあるかとメモしているのには、ジスは驚いた。

また、ある時は、ジヒョンが真剣に読んでいる新聞の記事を後ろから覗き込むと、「ワイシャツのアイロンがけの手順とコツ」だった。
ジスにはジヒョンの思いが手に取るようにわかった。


しかも、ジヒョンは前にも増して仕事も精力的にこなしていった。仕事の仕方も変わり、丁寧にそして綿密になっていった。
何よりチョヌに夢中で、彼を尊敬していたので、彼からのアドバイスには忠実で、仕事の姿勢も学んでいた。
そして、深く愛していた。




付き合い出して1年近くが経ち、婚約式まで数えるばかりになった3月の頭、東京での緊急取材に出かけたチョヌを襲ったのがあの悲劇だった。



その朝、チョヌと同じタクシーに乗り、社の前で別れたジヒョンは朝から昼まで資料室にこもり調べ物をし、資料を抱えて、社会部へ戻ってきた。
部内に緊張感が漂っている。
テレビの音は大きく響き渡り、ジスはテレビの前に立ち尽くしていた。
ジヒョンは事態がわからず、ジスの横に並んで立ち、特別報道番組を眺めた。
航空機の墜落事故だった。
チョヌの乗った便名が告げられ、生存者なしとキャスターが哀悼の意を表している。

ジヒョンは体中から血の気が引いていく感じがして、目の前が暗くなり胸が苦しくなって、腕に抱えていた資料をドスンと落としてしまう。もう一人で立っていることができなかった。

横にいたジスが気がついて慌てて支えるが、ジヒョンは声もなく、寄りかかる。初め、ジヒョンは呼吸をやめてしまったのかと思うほど静かで、ジスが心配して顔を覗き込むと、ジヒョンはジスを食い入るように見つめて、ジスの背広の襟をすがるように、そして強く引っ張り、苦しそうに息を吐きながら、ジスに食い下がった。


ジ:間違いでしょ? 間違いでしょ? 先輩。チョヌはまだ乗っていないわよね? 違う便よね? あの人が乗っているはずがないわ。あの人が乗っているはずがない。・・・死んでしまうはずがないもん。


と涙ながらに繰り返す。ジスは胸が痛くなるが、ジヒョンの肩を両手でしっかり押さえながら、悲しそうに見つめて横に首を振った。
ジヒョンは崩れ落ちるように座り込み、ジスの胸に顔を埋めて、悲しみを搾り出すように号泣した。
その叫ぶような泣き声は社会部の部屋全体に響き渡り、周りの人間も耳を覆いたくなるほど、悲しみに満ちていた。
そして、誰もジヒョンを正視することができなかった。

ジスには、ただただジヒョンを抱きしめ、悲しみを分かち合うことしかできなかった。



今、ジスはジヒョンを見送って、あのジヒョンが幸せになるために、そして親友だったチョヌの弔いのためにも、この事件の真相を最後まで明らかにしなければならないと、心に誓うのだった。







第4部へ続く・・・。



ソウルに戻り、
ジウォンと対峙したジヒョン。
彼女が差し出したのは、毒入りのワインだった。

ジヒョンを蝕む毒。


でもジヒョンは負けることはできない。
そこには深い傷を癒してくれたヨンスの愛があるから。


彼のために。
たとえ、何が待っていても。


心と事件の検証を・・・。


この戦いに
ジヒョンは全力で
立ち向かう。




2009/08/17 01:54
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」2





 
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BYJシアターです。

本日は、【さよならは言わないで】第2部です。



これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。
ここに出てくる事件も存在しません。


2部は物語の構成上、長くなりますが、読みやすく叙情的な章が多いので、
お付き合いください!


これより本編。
ではお楽しみください!



~~~~






恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう


たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・




そして
それがあなたに命を吹き込むことがある





主演:ぺ・ヨンジュン/キム・へス
【さよならは言わないで】2





【第4章 月明かりの夜】


今日は夕方から島の青年団の集まりがあり、ヨンスも呼ばれていた。

ジヒョンは一人の夕食を軽く済ませ、本を読んだりして過ごすが、時間が余って仕方がない。いつもはヨンスと二人、たわいもない話をしたり、トランプをして過ごしているせいか、一人だとなんとなく寂しい。

ついこの間まで10年間も、一人で暮らしてきたのに。
一人の時間をうまく使えたはずなのに。

ここのところ、ジヒョンは、ヨンスの存在に頼ってばかりいる自分に気づく。


風に当たりに縁側に出ると、東南の空に大きな満月が出ている。
その美しさ。
こんな夜は浜辺に寝そべって月を楽しむのもいいかもしれない。ジヒョンはジーンズにブラウスを着ていたが、その上に薄手のセーターを羽織り、一人用のゴザを脇に抱えて、中庭から浜辺のほうへ出て行く。


一方、ヨンスは青年団の集まりを早めに切り上げて、往診用の自転車で診療所に戻ってきた。少しお酒は入っているものの意識はしっかりしている。ジヒョンへの気遣いもあったが、酔っ払った姿を彼女には見せたくなかった。

部屋に戻ってくると、電気はついているのに、ジヒョンがいない。風呂に入っている様子もない。縁側から庭のほうを見ると、浜辺で、ジヒョンが寝転んでいるのが見える。
今夜の月は明るく、ジヒョンの姿をくっきりと映し出している。



ジヒョンはゴザを敷いて、あおむけに寝転び腕枕をして、波の音を静かに聞いている。
ヨンスが黙って近づき、ジヒョンの横に座った。
ジヒョンが気がついて、彼を見上げると、月影で、ヨンスの顔が逆光に当たったようにシルエットになって見える。まさにチョヌにそっくりなその横顔。チョヌがサングラスをかけているように見える。ジヒョンは一瞬、心を掴まれて、懐かしさに心が大きく揺れたが、気を取り直して微笑んで言った。


ジ:今帰ったの?
ヨ:うん。
ジ:ねえ、今夜の月、すごいと思わない? まん丸で、大きいというより巨大よね。
ヨ:(月を見ながら微笑んで)本当だ。

ヨンスは自分の体がジヒョンから月を隠していることに気づき、彼女が月を見られるように彼女の横に寝転ぼうとした。ジヒョンはゴザの上を自分の寝そべっている位置からちょっとずれて、ヨンスの場所を作る。ヨンスがジヒョンの横に並んで寝転び、二人は月を眺めた。


ヨ:本当に大きいね。月が大きく見えるのは目の錯覚だという人がいるけれど、確かに今日の月は大きいよ(笑う)。それに、まぶしいくらいに明るい。
ジ:(月を見つめたまま)でしょう。本当にキレイ。うさぎの居場所も探せそうよね。(笑う)・・・・こんな月夜に浜辺に寝転んでいるなんて、すごく贅沢。・・(静かな口調で)・・・ここへ来る前はね、正直、ちょっと気が重かった・・・。妹の婚約者の所へ、代わりに世話しに来るなんて、ちょっと気が重かった。だって、家事も得意なわけじゃないし。まったく知らない所だし。まったく知らない人の所だし・・・。


ジヒョンの言葉に、ヨンスは彼女のほうに体を向き直して、頬杖をつき、彼女の顔をじっと見た。


ジ:でも、来てよかった。あなたも、ウンニさんも、マホさんも、島の人も皆いい人だし。ここの自然はすばらしいし。来てよかったわ。(ヨンスをちょっと見て)ヨンスさん、ありがと。あなたがチャンスをくれたんだわ。いい休暇になった。・・・なんかとっても幸せな気分なの。


月に照らし出されたジヒョンの顔は若々しく輝いて美しい。普段は目立つ白い髪もまったく気にならない。そこには生き生きとしたジヒョンがいた。

ヨンスがまた寝転んで、片腕をジヒョンの頭の下へ伸ばした。ジヒョンは少し戸惑うが、ヨンスがするままに彼に腕枕して、月を見る。ヨンスが静かな声で囁いた。


ヨ:ありがとう、来てくれて。君が来てくれて、うれしいよ、ジヒョン。


ジヒョンは彼が「ジヒョン」と呼び捨てにしたのに反応して、ヨンスを見るが、彼はじっと目を閉じている。ヨンスと触れ合っている体の部分から、ヨンスの体の熱がジヒョンに伝わってくる。特に太股の部分がぴったりと触れているので、じんわりと熱っぽくヨンスの体温が伝わってくる。その温もりが、彼の言葉が、心の奥まで入り込んだ。


恋人でもなく、きょうだいでもなく、友達?よりは親密で心が許せる人。


ジ:(思い切って呼び捨てにして)ヨンス、私、まだここにいてもいいわよね? あなたの邪魔になってないわよね?
ヨ:(目を閉じたまま)なぜ?
ジ:だって。(少し躊躇するが)私はあなたの本当の相手じゃないのに、あなたに頼りきってる自分がいて、あなたに負担をかけているんじゃないかって、時々心配になるの。
ヨ:(目を閉じている)ジヒョン、本当に君が来てくれてうれしかったんだ。君がそばにいてくれて・・・あまりうまく言えないけど・・・君とこうしていると、心が安らぐ・・・。君が僕を救ってくれたんだよ。
ジ:救う?(ヨンスの顔を見る)


ヨンスはジヒョンの問いかけには答えず、目を開けて、ジヒョンのほうを見た。少し起き上がって、ジヒョンの上に覆いかぶさるようにして、ジヒョンの唇にやさしくキスをした。

せつなく甘いキス。

ジヒョンは彼の唇の感触に体が解ける思いだが、妹の彼とこんなことをしていていいのかと良心が痛んだ。
やっぱり、気持ちが割り切れなくて、ジヒョンはヨンスの体を押しのけて、立ち上がった。ヨンスがそれを追うように立ち上がって、ジヒョンの腕を引き寄せて抱きしめた。


ジ:(ヨンスの顔を見つめ)ヨンス、やっぱり、あなたとこんなことしちゃ・・・。
ヨ:(ジヒョンに有無を言わさず、より強く抱き締める)今は君を抱かせて。今はこうして君を抱きしめていたいんだ。


ヨンスの言葉に、ジヒョンは目を閉じて彼の抱擁に身を任せるが、立ったままの抱擁で、ジヒョンは妙な気分になる。たぶん、チョヌのほうが少しだけ背が高かったと思うのだが、ヨンスの抱擁は、チョヌとそっくりなのだ。ジヒョンの体を包み込み、心まで包み込むように抱く。まるでチョヌに抱かれているような錯覚に陥る。懐かしさが心を揺さぶった。


あなたは誰? ヨンス? チョヌ? 今、私は誰に抱かれているの?


ジ:ヨンス?
ヨ:なに?
ジ:ヨンスよね?
ヨ:ジヒョン。
ジ:ヨンス。


ヨンスはジヒョンが尋ねていることの意味がわからなくて、ジヒョンの顔を覗きこんだ。すると、ジヒョンの目には涙があふれていて、その表情が愛しくて、ヨンスはジヒョンを見入ると、さっきより思いをこめてジヒョンに口づけするのだった。

潮風に吹かれ、波の音を聞きながら、お互いの温もりを感じている。二人は吐息を漏らし、固く抱き合った。
月は美しく、二人の姿をやさしく照らし出していた。





【第5章 恋の予感】


ジヒョンが朝起きると、ヨンスが慌しく出かける支度をしている。

ジ:おはよう。どうしたの? こんなに早く。
ヨ:急な出張ができて、東京へ行かなくちゃならないんだ。
ジ:東京?
ヨ:うん。

ヨンスはめずらしくスーツを着ている。バッグの中味を確認して、スーツの内ポケットにパスポートをしまい、いざ出かけようと立ち上がった。ジヒョンには事の成り行きがわからず、なぜ今、日本にヨンスが旅立つのかわからない。パジャマ姿のまま、ヨンスの後ろをうろうろしながら、ジヒョンはヨンスに尋ねた。


ジ:ねえ、なぜ急に東京なの? 昨日はなんにも言ってなかったじゃない?
ヨ:だから急用だよ。(いつもの笑顔で)ジヒョンは心配しなくていいよ。
ジ:でも飛行機のチケットはあるの?
ヨ:ああ、大丈夫。今日、空港でジスから受け取ることになっているんだ。
ジ:ジス?


ジヒョンは金縛りにあった感じだ。なぜ、あのジスを知っているのだ。


ジ:なんでジスを知ってるの?
ヨ:なんでって、僕の親友じゃないか。ジヒョン、おかしいよ。もう行くよ、連絡船の時間があるから。乗り遅れると飛行機に間に合わないよ。
ジ:ヨンス、ヨンス。(ジヒョンがヨンスの後ろを追いながら)ジスはあなたの親友じゃないわ・・・。ねえ、行けないで。お願い、行かないで。


ジヒョンは泣きそうな気持ちを抑えながら、彼の後を追っていくが、ヨンスは荷物を持ってドンドン診療所の廊下を歩いていく。ジヒョンはパジャマ姿のまま、どうしていいかわからず、後を追う。


ジ:ヨンス、ヨンス。今回は私の言うことを聞いて。行かないで。行かないで。ジスのチケットをもらっちゃだめよ。ジスのチケットをもらわないで、お願い! ヨンス!


ジヒョンが呼び止めても呼び止めても、ヨンスは振り向かず、診療所の出口に向かい、扉を開く。
ジヒョンは胸が張り裂けそうになり、泣きながらヨンスの名前を叫けんだ。


ジ:ヨンス、行かないで! 行かないで! ヨンス!






ヨ:ジヒョン! ジヒョン! ジヒョン!

ジヒョンを呼ぶ声がして・・・ジヒョンがはっとすると、ヨンスが心配そうにジヒョンの顔を覗き込んでいる。


ヨ:大丈夫? うなされてたよ。悪い夢でも見たのかい。


布団の中で、汗をいっぱいにかいて、涙を流しているジヒョンがいる。ジヒョンは呆然とした表情で、ヨンスを見上げた。

ジ:夢? ヨンス、あなた、ここにいるのね。
ヨ:どうしたの?
ジ:あなたが出ていく夢を見たの。・・・とてもつらい夢。
ヨ:僕はここにいるよ。


ジヒョンは静かに涙をぬぐった。


ヨ:おいで。僕の布団で一緒に寝よう。僕はここにいるから。


ジヒョンは涙をためたまま、ヨンスの布団に移り、ヨンスに抱かれて、彼の腕枕で眠る。ヨンスは少し心配そうな顔をして、ジヒョンを見るが、ジヒョンは目を閉じている。
ジヒョンの動揺は完全には収まっていなかったが、ヨンスの確実な存在感を肌で感じて、抱擁の中、静かに眠りについた。





翌日の午後、買い物かごを下げたジヒョンは町へ行く途中の海岸線で、一人座り込んで海を眺めている。
いやな夢を見た。ここ数年見ていなかった夢だ。
相手はチョヌではなくて、昨日はヨンスに変わっていた。



10年前のあの日。ジヒョンより5歳年上のチョヌは、二人の新居になるはずだったあのマンションで、出張の準備をしていた。長身のチョヌは髪を長めにしていて、ほっそりとした顔は精悍で端整でとても知的だ。こげ茶のタートルネックに茶のコーディロイのジャケットがとてもよく似合っている。24歳のジヒョンは美しく、真っ黒な長い髪の間から覗く顔は、どこか勝気さも感じるほど生き生きとして、キャリアウーマンの風情である。支度をするチョヌを腕組みして見ている。


ジ:なんでこんな日に行くかなあ。(少しふくれっ面である)
チ:(支度をしながら)ごめんな、急な取材が入っちゃって。
ジ:ふ~ん。じゃあ、婚約指輪はまた次回ってわけね。
チ:本当に悪いと思ってるよ。帰ってきたらすぐ買いにいくよ。
ジ:この次は待たないからね。もうすっぽかしはなしよ。今度買えなかったら・・・結婚してあげないから。

ジヒョンがちょっと怒ったような目でチョヌを見た。チョヌがジヒョンの所へ来て、彼女の腰をぐっと引き寄せて抱きしめ、顔を覗き込んだ。

チ:次は必ず! ジヒョンを逃したら、オレ、生きていけないよ。
ジ:本気でしょうね?!(ちょっと睨んで見る)
チ:わかってるくせに。(少し甘えた目をする)


二人は見つめ合って笑った。
いよいよ出かける準備ができて、ジヒョンはチョヌの後をついて、玄関への廊下を歩いていく。


ジ:ねえ、チケットは? 間に合ったの?
チ:ジスがちょうど持っててね、譲ってくれるって。空港で受け取る約束になってるんだ。あいつは明日の便でも間に合うらしくて。
ジ:ふ~ん。ジス先輩はなんでもあなたに譲ってくれるんだ。でも、先輩の最高の仕事はあなたに私を紹介したことよ。
チ:そうだな。(靴を履きながら、そんなことはわかっているよという顔をしてジヒョンを見る)じゃあ、行くよ。おまえも社に出るだろ。
ジ:うん。途中までタクシーに乗せてってよね。
チ:わかってるよ。さあ、行こう。


二人は仲良くマンションの部屋を出た。





あんな別れが待っているなんて、思いもしなかった。

昨日の夢は、チョヌとヨンスが似ているからなのか、それとも自分の気持ちがチョヌからヨンスに移りつつあるからなのか・・・。
あるいは、また叶わぬ恋をしようとしていることへの警告なのか。恋を失うことへの恐怖からなのか。


それにしてもあんな夢はもう見たくない。



チョヌは最高の男だった。ただの恋人では終わらないほどの。恋だけでなく、仕事の姿勢もきびしく教えてくれた。彼はすべてに勝っていた。

チョヌ、あなたを忘れたわけじゃない。あなたの精悍な顔も、長身でいつも私を包み込むように抱きしめてくれたことも。その腕も温もりも力強さも。全部覚えている。じゃじゃ馬だった私に正面から付き合ってくれた、生意気だった私を全部受け止めてくれた。普段はそっけない顔のくせに激しく愛してくれたことも。全部覚えている。


「ジヒョンを逃したら、生きていけない」と言いながら、一人では生きていけない私を簡単に一人ぼっちにしたことも。あなたが去った後、私は、たった1ヶ月で老婆になってしまった。

それだけ愛していたのよ。忘れられるはずがない。

ジヒョンは海を見つめ、あの時の心の痛みを思い出し、一人風に吹かれて、じっと痛みに耐えている。






【第6章 恋】


その日の夕食後、ヨンスは縁側で柱に寄りかかって座っている。ジヒョンも片付けが終わって、ヨンスの横に行く。

ジ:お茶でも入れようか?
ヨ:それより一緒に座らない?
ジ:うん。

ジヒョンはヨンスがいつもよりしっとりした雰囲気なので、ちょっと緊張しながら近くに座ってヨンスを見た。


ヨ:(ジヒョンを見て)もっとこっちへ来て。昨日みたいに一緒に座ろうよ。


ジヒョンはヨンスを見つめたまま、隣に移動する。ヨンスが月を見ている。


ヨ:ほら、今日も月が明るいよ。


ジヒョンは隣に座りながら、月を見た。ヨンスが隣に来たジヒョンの肩を引き寄せて抱く。ジヒョンはまた複雑な気持ちになる。ヨンスに寄りかかりたい自分と、義姉である自分。いったいどっちを優先させたらいいのか・・・。


ジ:(ヨンスの顔を見て)ヨンス、私・・・。


ヨンスがじっとジヒョンの顔を覗き込むように見つめるので、ジヒョンはドキドキしてしまい、ヨンスの気持ちを言葉で確かめられない。


ジ:そんな目をしないで。お願い・・・。


ヨンスにはジヒョンの言葉など耳に入らないようで、ジヒョンを抱いていないほうの手がジヒョンの頬に伸びてきた。ジヒョンは彼にされるがままになるが、


ジ:ヨンス、私・・・。
ヨ:何も言わないで、ジヒョン。


ヨンスがじっと見つめている。その視線に、ジヒョンも彼を感じ始めている。
もうこのままでいい。
ジヒョンは目を閉じた。
ジヒョンの唇にヨンスが唇を重ねた。

ヨンスがぐっと力を入れてジヒョンを抱きしめた。ジヒョンもそれに応えるようにヨンスを抱きしめた。

私はこの人をここまで愛し始めているのかしら・・・。
放したくない、この腕を。この人の胸の中にずっといたい。


ジヒョンはもう心の中の矛盾など捨てて、今はヨンスを選ぼうと思う。


今私は彼がほしい。先のことなど今の私にはいらない。
どんなステキな恋だって一生に一度の恋だと思っていても、とんでもない落とし穴があったじゃないか・・・。
先のことなど心配してもしょうがない。
ならば、今に賭けよう。この人は今、私をほしいのだ。
それでいいじゃない。それでいい。それでいいわ。


ジヒョンはヨンスを見つめ直す。ヨンスは覗き込むように、懇願するように、ジヒョンを見つめた。


ヨ:ジヒョン、僕を愛してくれる? 今の僕は君でいっぱいなんだ。君しかいない。君しか見えないんだ。
ジ:(うなずき)いいわ。私もあなたが好きよ、ヨンス。


二人は部屋に入り、ガラス戸を閉めた。



ジヒョンが布団を1枚敷き、ヨンスが明かりを消したが、曇りガラスの戸が月明かりを通す。二人ははっきりとお互いの顔を見つめて抱きあう。ヨンスがジヒョンを強く抱きしめて、「愛してる」とささやいた。

月明かりの照らす部屋の中、二人の吐息が漏れる。ヨンスがやさしくジヒョンを抱く。メガネをはずしたヨンスは、月明かりでよりチョヌに似ていたが、チョヌの持つ力強さや激しさとは違って、ヨンスはしっとりとした暖かな雰囲気でジヒョンを包み込んだ。


ヨンスだわ。
もう私は間違えない。
私は今、ヨンスに抱かれている。
今私が心から愛せる男。それがヨンス。



ジヒョンは自分の上にいるヨンスに微笑みかけた。ヨンスも月明かりに照らされた美しいジヒョンを愛しそうに見つめている。

ジヒョンの心に久しぶりに平安が戻ってきた。
愛しい男と同じ時を過ごしている。
ジヒョンは心も体もヨンスで満ちあふれ、しばらく起き上がることもできなかった。






翌朝。
二人は黙って、ちゃぶ台で向かい合い、朝食をとっている。ジヒョンの横に置かれたトースターからパンが飛び出した。


ジ:バターつける? ジャムは?
ヨ:(驚いて顔を上げてジヒョンを見る)ジヒョン、僕は子供じゃないよ。(笑顔で見つめる)
ジ:そうよね。ごめんなさい。どこまでやってあげていいのか、よくわからなくて。
ヨ:(じっと見て)やってくれてもいいけど。(にこやかに)ジヒョン、ふつうにしてよ。そうでないと、僕まで緊張しちゃうから。
ジ:(ヨンスを見て)そうよね。(赤くなってうつむく)・・・本当ね。変ね、私。


そういいながら、トーストをヨンスの皿に置こうとするが、やはり自分でバターを塗って彼の皿に載せる。ヨンスの顔を見て微笑む。ヨンスもジヒョンを見つめて、ゆっくりと微笑んだ。






今朝のジヒョンは幸せに満ち溢れていたが、辛さも残った。
昨夜のことが頭から離れない。後悔しないと誓ったのに・・・。
ステキな夜を過ごしたのに。それだけに、それだけでは・・・。
二人の間はとても近いものになったが、今だ彼は妹の婚約者だ。

これ以上何を望みたいの。バカね、私って・・・。






午後2時。
町まで買い物に行く。この前の床屋の前を通り過ぎると、後ろから、床屋のおかみさんが呼んでいる。

お:お姉さん! 先生のお姉さん!

ジヒョンは振り返り、「ああ」と会釈する。おかみさんが飛んできて、

お:お姉さんにお礼が言いたくて。本当に、じいちゃんのこと、ありがとうございました。お姉さんにお礼がしたいんだけど、いいですか?
ジ:えっ、お礼なんて・・・。
お:私にできることですよ。それに前から気になっていたから。どうぞ、中へ入って。さあ、さあ、どうぞ。

ジヒョンは勧められるままに床屋の中へ入った。親父さんが、

親:ああ、先生のお姉さん、どうぞ。カミさんがね、やりたがっているもんだから、付き合ってやってくださいよ。


ジヒョンは案内されるままに、床屋のイスに座った。おかみさんがケープをかけた。


ジ:髪を切るんですか?(ちょっと不安そうに聞く)
お:(張り切って)染めるんですよ。お姉さん、すごい美人さんなのに、その髪じゃあ損してますよ。私がキレイに染めてあげます。お姉さんは派手じゃなくて、自然で濃い栗色が似合いますよ。いいでしょ?
ジ:え? ええ、お願いします。


おかみさんはうれしそうに仕事にかかった。ジヒョンもわくわくした気持ちでおかみさんの仕事を見守った。





4時半近く。
診療所に戻ったジヒョンは中庭で洗濯物を取り込もうとしている。
診察室のウンニが何気なく窓の外を見て、中庭に髪を染めたジヒョンを発見した。

ウ:先生、見て。ジヒョンさん、キレイ。


ヨンスが立ち上がって、中庭のジヒョンを見た。若々しく輝いたジヒョンの顔が愛らしい。患者の漁師のおじさんも立ち上がり、一緒にジヒョンを見る。


漁:先生のお姉さんはベッピンさんだねえ。


ジヒョンも診察室の様子に気がついて、にこやかに手を振った。ウンニ、おじさんが手を振る。ヨンスは見とれて、ボーとした感じで一拍遅れて、ゆっくり手を振った。




患者が途切れると、ウンニが中庭に出て、ジヒョンのほうへ近づいた。


ウ:どうしたの? 髪。ステキよ。(まぶしそうにジヒョンを見る)
ジ:ありがとう。床屋のおかみさんがね、この間のお礼にって染めてくれたの。
ウ:そう、すごくいい。まるで魔法が解けたお姫様よ。もともと顔がツルツルだから、すごく若返ったわよ。先生も気に入って、見とれてたもん。


そういって、診察室のほうを見ると、ヨンスがこっちをじぃっと見ている。ジヒョンとウンニが笑いながら、ヨンスを見た。また一歩、ヨンスの心の奥にジヒョンが入り込んだ。





ヨンスにとっては、もうジヒョンは姉でもなく、心を温めてくれるだけの人でもない。
迷いなく最愛の人になっていた。


そして、二つの部屋ははっきりとした意味を持った。
一つはリビング・ダイニングであり、もう一つは寝室となった。






次の日曜日、島の中心にある通称「いただき山」へヨンスとジヒョンはサイクリングに出かけることにした。そんなに高い山ではないが、島のてっぺんから大海原を見下ろせることで、この島へ来たら一度は行ってみるべしという島民が愛してやまない観光スポットだ。といっても、観光に来る人などあまりいないのだが。

診療所からふもとまで自転車で約20分。そこからサイクリングロードに入り、40分ほど緩やかな道を行くと、簡単な展望台に着く。
マホがその計画を聞いて、電動自転車を貸してくれるという。


ヨ:それはずるいな。僕のは5段ギアだけど。まいったな。(笑いながら言う)
ジ:(見つめてちょっと意地悪そうに)いいのよ、あなたは。男だもん。頑張ってね。(やさしく微笑んだ)



その日の朝早く、マホがご主人の運転する軽トラックに自転車を載せてやってきた。診療所の前に自転車を下ろして、

マ:楽しんできてね。 あとこれ。お弁当。これから作ろうと思ったでしょ。
ジ:(うれしそうに)ありがとう。なんか、何から何までお世話になっちゃって。
マ:いいのよ。それより、ジヒョンさんが作るお弁当のことを考えるとそのほうが心配だから。(笑ってる)
ジ:(笑顔で)やだ。少しはまともになってきたんですよ、これでも。でもすごくうれしい。助かります。
マ:じゃあね。

マホが軽トラに乗り込んだ。

マ:すばらしい景色だから。一生忘れられなくなるわよ。
ジ:ありがとう!(去っていく車に大きく手を振る)



「いただき山」のサイクリングロードは、見た目は緩やかそうだが、ヨンスの顔を見ていると、かなりきついらしい。ジヒョンは涼やかにらくらく登っていく。
展望台に着いたジヒョンはその目の前に広がるパノラマに圧倒された。


ジ:ヨンス! ヨンス! 早く、早く来て! すごいわ、すごいわ!


ヨンスがへとへとになって登りきる。ジヒョンの横に立って、二人はその景色に臨む。
眼下に広がる緑の大地。その下に広がる大海原。そこはまさに楽園を呈している。
言葉などいらない。ただ見つめていればいい。

この空。
この大地。
この海。
静かで暖かく、豊かで。

ここに存在するすべての自然が二人を包み込む。その中に溶け込んでいく二人。


ヨ:すごいな・・・。来てよかったね。(笑顔で景色を眺める)
ジ:うん。もう少し歩いて登ってみようよ。


二人は自転車にキーをかけ、緑の山を登っていく。周りには何もない。だれもいない。ただ二人きり。


「わあ~!」と言って、二人は大の字になって寝転ぶ。
空は真っ青だ。
なんという晴れやかな日。


ヨンスが立ち上がって、海に向かって叫ぶ。

ヨ:僕はジヒョンを愛してる~!

ジヒョンは胸がいっぱいだ。なんという感動。世界中に愛を宣言しているようだ。
この清々しさ。

ヨ:ジヒョンも言ってごらんよ。
ジ:(元気に)うん!

ジヒョンは立ち上がって、ヨンスの隣に並び、同じように海に向かう。
力いっぱい叫ぼうとする。
両手を下に伸ばして全身で叫ぼうとするが、声が出ない。
何度も何度も叫ぼうとするが声が出ない。

ヨンスが横で見ていて、気づく。ジヒョンの両手は何度も何度もこぶしを握り直している。
ジヒョンの思いが痛いほど、伝わってくる。

ヨンスがそっと近づき、横からジヒョンの腰に手を回した。

ヨ:(顔を覗きこんで)言ってごらん。小さな声で、僕に。愛してるって、僕にだけ。
ジ:(間近にせまったヨンスの顔を見つめて)愛してる。私は誰よりもヨンスを愛してる。(胸がつまり)・・・ごめんね。ヨンス、ごめんね。
ヨ:いいんだよ。君の気持ちはわかってるんだ。


ヨンスがやさしくジヒョンを抱き、二人は大海原を眺めた。







【第7章 絆】


いよいよ明後日は、ジヒョンがソウルに帰らなければならない。高校の休暇はまだまだ残っているが、一ヶ月の滞在というのがジウォンや両親との約束である。もともと島には来たくなかったジヒョンを両親やジウォンが泣きついて、ヨンスのもとへ送り込んだのだ。
一ヶ月だけ、荷物の整理とヨンスの世話を引き受けたのだ。
それを、今はここが楽しくて、ヨンスを愛しているから、ずっといさせてくれなどと、だれにも言えるはずがない。
自宅では事故で足をケガしてリハビリに励む妹がいる。
ヨンスの愛を信じてリハビリに努めているにちがいない。
それを「あなたの男と楽しくやっているから」と言ったら、家庭は崩壊してしまう。


夕食をとってから、ジヒョンは荷造りの続きをする。ヨンスが壁に寄りかかり、ジヒョンを見ている。昨日、彼は「もう少しいてほしい」と言った。
しかし、それはムリな話だ。
また、うまくすればここに遊びに来ることができるかもしれない。しかし、この島の人たちだって、「お姉さん」がそんなに遊びに来るなんて不思議に思うだろう。
やはり、これが最後なのか。ジヒョンはヨンスのことを考えないようにする。彼について考え始めたら一歩も進めない。心の中を覗いたら彼の腕の中から離れられない。


ヨ:もう荷造りはほとんど終わったの?
ジ:(ヨンスの顔は見ない)うん。あとは着替えや洗面道具を入れれば終わり。
ヨ:ジヒョン。こっちへ来て。話をしよう。
ジ:・・・。
ヨ:今ちゃんと、二人のこれからのことを話し合わなくちゃいけないだろ。僕はこれで終わりなんて、できないんだよ。


ジヒョンが顔を上げて、ヨンスを見つめた。ヨンスが心を決めたように言った。



ヨ:やっぱり、僕たちのことをちゃんとご両親に話そう。もちろん、ジウォンの足が治ってからだけど。婚約を解消して、僕たちのことを許してもらおうよ、ね、ジヒョン。


ジヒョンは泣きそうになるが、それは・・・ムリだ。


ジ:ヨンス。あなたが好き。それはわかってくれてるでしょ? でも、そんなこと口にしたら、私は親もきょうだいも失ってしまう。ジウォンはあなたを信じて、あなたと結婚する日を夢見て、私のことも信じているだろうし。
ヨ:ジヒョン、一番大事なのはお互いが愛し合っているということだろう?
ジ:ヨンス。あなたは今、ジウォンと私を混同しているだけかもしれないのよ。一人で寂しくて・・・そこへ私がやって来て、あなたを慰めているだけかもしれない・・・。
ヨ:・・・・・・。なんで急にそんなことを言うの? 君とジウォンとではまったく違うよ。
ジ:どんな風に?


ヨンスは答えない。一人縁側に出ていった。今のジヒョンはヨンスを選べない。彼が純粋に自分を好きでいてくれるのか、わからない。・・・いや、わかっているのだ。
しかし・・・ジヒョン自身が初め、チョヌの面影からヨンスを好きになったように、彼もジヒョンの中にジウォンを見ているのかもしれないのだ。そして、ジウォンは妹だ。

ヨンスの答えがほしい。ジウォンと私では何が違うのか。

でも彼は答えてくれなかった。
残された時をぎごちなく二人は過ごす。隣の布団で寝ながら相手の様子を感じている。彼は眠ったのか。
もう触れることはできないのか。ジヒョンは言葉でヨンスを拒否していながらヨンスの温もりを求めている・・・。




最後の日は忙しかった。ジヒョンのもとへ床屋のおかみさんが土産物を持って現れた。おじいちゃんの指がしっかりついたと報告し、「元気でね」とジヒョンにお礼を言って帰った。診療所のお得意さんがジヒョンのところに代わる代わる挨拶に来てくれる。
中にはジヒョンがヨンスの本当の姉だと思っている人も少なからずいて、やはりヨンスのところへデート気分で遊びにくることは、はばかられるだろう。


最後の食事はマホが届けてくれて、「一緒に過ごせて楽しかった」と言ってくれた。ウンニも「ジヒョンにはずっといてほしかった」と泣いた。
ジヒョンも一ヶ月も一緒にいたので、情が移り、二人と挨拶するだけで涙がこぼれた。





ヨンスとの最後の夜。

二人はずっと押し黙っていた。ヨンスのいいたいこともわかるし、ジヒョンのいいたいこともわかる。・・・でもジヒョンはこれが最後の最後でも、彼に抱いてほしかった、それが本音だ。
ここのところ、二人はただ向かい合っているだけで抱き合うことはなかった。それはジヒョンがヨンスより家族を選ぶという決断にヨンスが納得していなかったからだ。

最後の最後になって、ヨンスが、洗面台の前で歯を磨き終わったジヒョンを後ろから抱き締め、鏡の中のジヒョンを見つめた。ジヒョンの顔が歪んだ。ヨンスはジヒョンの顔に顔を近づけ、首筋にキスをした。ジヒョンは堪えきれず、振り返ってヨンスに抱きついた。


ヨ:(じっとジヒョンを見つめて)やっぱり別れられないよ、ジヒョン。なんでも君の言う通りにするから、どんなに時間がかかっても一緒になろう。
ジ:・・・。ヨンス。(涙があふれ出る)本当に愛してる? 本当に私が好きよね? 
ヨ:君が好きなんだ。君を愛しているんだ・・・君が僕を救ってくれたって、前に話したよね。 君が僕に勇気を・・・。



診療所の呼び鈴がなった。

戸をたたく音がする。ヨンスが診療所のほうを向いて医者の顔になる。


ヨ:またあとで話そう。


ヨンスは診療所の電気をつけながら、玄関に進む。ジヒョンも涙を拭いてあとに続いた。

扉を開けると、妊婦を抱えた漁師が入ってきた。


漁:先生、すみません。破水したらしいんです。本土の病院に明日、入院する予定だったんですけど。
ヨ:何週ですか。
妊:34週です。
ヨ:(うなずく)とにかく、中へ。ベッドに寝かせてください。ジヒョン! ウンニさんに電話して!
ジ:はい。


ジヒョンは診察室からウンニの家に電話を入れる。12歳の娘ウンジュが出た。


ジ:お母さんは?
娘:今日はジヒョンさんとお別れだってお酒飲んで寝ちゃったの。
ジ:緊急なの。妊婦さんが来てお産が始まるのよ。ウンニさんを起こして、酔いを醒まさせて! ウンニさんが必要なの!
娘:たいへん! すぐに起こします。

ヨ:(処置室から)ウンニさんは?
ジ:(処置室のほうに向かって)酔って寝たらしいの。今起こしてもらってる。
ヨ:(少し考えて)・・・。じゃあ、マホさん呼んで。それから、ソンさん家のお婆ちゃん、呼んで。
ジ:お婆ちゃん?
ヨ:今はやってないけど、お産婆さんなんだ。



ジヒョンはマホに電話を入れ、早く来てくれるように頼む。お湯を沸かし、ヨンスが言う通り、保育器を用意した。


ジ:すぐ始まるの?
ヨ:まだ。とりあえず、菌に感染しないようには処置したけど。逆子なんだ。帝王切開になると思う。お婆ちゃんの意見も聞きたいし。とにかく人手が足りないから、赤ちゃんを扱えるお婆ちゃんが必要なんだ。
ジ:そうね。ウンニさんが早く来てくれないと、手術ができないわね。
ヨ:マホさんが来たら、ジヒョンがお婆ちゃんを迎えにいってほしいんだ。お婆ちゃんは一人暮らしでいつもバスを使っているし。足も悪いから一人で、ここまで来られないんだよ。
ジ:うん。わかった。


ジヒョンはヨンスに習って、妊婦の腰を擦る。


ジ:大丈夫だから。安心して。大丈夫だからね。


マホが飛んできた。マホは出産経験もあるので、妊婦の世話を頼んだ。
ジヒョンはマホの電動自転車を借りて、お婆ちゃんの家まで走る。



真っ暗な島の夜。
ジヒョンの乗る自転車のライトだけが海岸線に光っている。






【第8章 別れの日】


婆、ウンニと役者がそろった。婆の触診でもこの逆子は直せないということがわかり、結局、帝王切開しかない。ジヒョンはヨンスとウンニに濃いコーヒーを出した。ヨンスが考え込んでいたが、

ヨ:ウンニさんの補助として、ジヒョンさんに手伝ってもらいましょう。
ジ:えっ!(驚く)
ウ:仕方ないのよ。手伝って。お酒が完全に抜け切れてない感じがするの。万が一ってことがあるでしょ。マホさんは血が見られないし。もうあなたしかいないのよ。ジヒョンさんなら大丈夫。おじいちゃんの指先を素手で掴めたんだもの。できるわよ。補助でいいの。私が気持ち悪くならなければいるだけでいいのよ。


ジヒョンが緊張した面持ちでヨンスを見た。ヨンスもうなずいた。
確かにここには他に人がいない。
婆は年寄りでひざが悪いので、立ち仕事ができない。


ヨ:じゃあ決まったね。手術は僕とウンニさん。生まれた赤ちゃんはお婆ちゃんに見てもらいます。そしてジヒョンさんは補助。いいね。


ジヒョンも手術用の白衣に着替えて、ウンニの横に並んだ。


ヨ:じゃあ、これより始めます。皆さん、よろしく。(リラックスした声で言う)


局部麻酔をした妊婦が横になっている。


ウ:大丈夫よ。目を瞑っていると眠くなってくるから、寝ててね。生まれたら起こしてあげる。局部麻酔だから、すぐ目は覚めるから、ね。


妊婦がうなずいた。


ヨ:ジヒョンさん、時間を計って。始めるよ。
ジ:はい。午前1時50分30秒。
ヨ:始めよう。


手術は始まった。
ヨンスの仕事ぶりを見ながら、ウンニの手元を見る。ジヒョンは緊張していたせいか、あるいは集中していたせいか、少しも気分が悪くなることなく、最後まで付き合えた。

ヨンスが赤ちゃんを取り上げたのを見た時は、胸がいっぱいになった。
ウンニが赤ちゃんを拭いて、お母さんに見せる。母親が涙ぐむ。
感動的な場面だ。

赤ちゃんは新生児の台に載せられ、そこから先は、婆の仕事になり、聴診器を当て、体の様子を診て「大丈夫」という。そして、産湯につかる。
ヨンスが手際よくお腹を閉じていく。
手術は無事終わり、赤ちゃんも保育器に入らずに済んだ。母親はたった一つある入院用のベッドに寝かされ、その横に赤ちゃんも寝かされた。夫の漁師は待合室の板の間で寝てもよかったが、一緒にいたいと、待合室のイスを3つほど病室に持ち込んで並べ、仮眠した。

婆には処置室で寝てもらう。ウンニが当直を申し出てくれた。

ヨンスとジヒョンは一応母屋に戻ったが、ヨンスは小一時間ほど仮眠を取って、引き続き、母親の様子を確認しにいった。



ジヒョンは、こうして最後の夜を過ごした。



さっき、ジヒョンを抱きながら、ヨンスが言いたかったことはなんだろう。
私がヨンスを救ったというのはどういうことなのか。

はっきりとした別れの儀式もできずに別れの朝がやってきた。

ジヒョンは部屋でヨンスを待っていたが、知らぬ間にぐっすり眠ってしまった。
ヨンスは一度、部屋に戻ってきたが、疲れきって眠るジヒョンの顔を愛しそうに見つめ、そっと撫でただけで声をかけずに診察室に戻っていった。


朝方、ジヒョンは朦朧とした意識の中で、朝ご飯の準備をしなくてはと思うのだが、起き上がることができなかった。
6時過ぎになって、勝手口から、マホの声が聞こえた。


マ:ジヒョンさん、起きてる?
ジ:あ、はい。(やっとなんとか起き上がる)あ、おはようございます。
マ:昨日は大変だったわね。私は先に失礼したからよかったけど。朝ご飯持ってきたわよ。先生とウンニとお婆ちゃんも必要でしょ。それに赤ちゃんのお母さんとお父さん。
ジ:あ、本当ですね。(しまったという顔をして)私、寝てしまって・・・本当、気がつかなくて。
マ:おかずは作ってきたから、ご飯だけ炊いて。そうすれば皆で食べられるでしょう。
ジ:マホさん、本当にありがとう。(気遣いに頭が下がる)
マ:あと患者さんはご飯よりおかゆのほうがいいわよ。
ジ:そうですね。


マホに少し手伝ってもらって、朝食の準備をする。帰るという日になって、本当の診療所のたいへんさを味わって、皆に頭が下がる思いだ。

でも、最後にヨンスの仕事姿をこの目でしっかり見ることができてよかった。
今までの、恋愛感情だけでなく、今は彼を尊敬できるし、誇りに思える。



朝食の準備ができて、診療所に向かった。診察室にヨンスとウンニがいた。ヨンスはカルテを書いているようだ。


ジ:ヨンスさん、ウンニさん、朝ご飯、食べて。


ヨンスが顔を上げて、ジヒョンをじっと見つめた。


ヨ:(やさしい声で)用意してくれたの? ありがとう。
ジ:マホさんに手伝ってもらったの。患者さんやお婆ちゃんたちは、もう少し寝かせておいていいわよね。こっちは先に食べましょう。


ヨンスは病室を覗いてから、母屋のほうへウンニとやってきた。


ウ:ジヒョンさん、帰る日なのにたいへんなことになっちゃったわね。ごめんね。私がお酒なんか飲んじゃったから。
ジ:ううん。(うれしそうな顔で)最後に手術室で二人の仕事ぶりが見られてよかった。本当に尊敬できる人たちと一緒にいられて幸せでした。(思わず涙ぐむ)


ウンニもその言葉に泣けてしまう。ヨンスはじっとジヒョンを見つめる。ジヒョンも涙目で、ヨンスを見つめ返した。



慌しく時間が過ぎて、いよいよ本当の別れの時がやってきた。
診療時間が始まっていたので、ヨンスやウンニ、マホには簡単に声をかけて出ていくしかない。船着場まではマホのご主人が軽トラックで送ってくれることになっている。

ジヒョンは診察室を覗いた。


ジ:じゃあ、行きます。
ヨ:(ちょっと見つめて)うん・・・。
ウ:元気でね。

ジヒョンは礼をして、診療所を出て行った。


10時半の連絡船でジヒョンは島を離れる。ヨンスが時計を見た。10時を過ぎている。
ウンニは思い切ってヨンスに声をかけた。


ウ:先生、急病の患者さんもいないし、行ってきたら。ジヒョンさんとしばらく会えないでしょう。


ヨンスは一瞬躊躇したが、やはりジヒョンの顔が見たくて、


ヨ:そうだね・・・すぐ戻るよ。


そういって、すばやく白衣を脱ぎ捨て、Tシャツ姿で、診療所の玄関のほうへ走っていく。
患者たちは皆驚いて、ヨンスの後ろ姿を見送った。
後からウンニが出てくると、皆は不思議そうな顔をした。


患:どうしたんですか? 急患ですか?
ウ:ええ、先生が急患ですので、少しお待ちください。


元村長のソンさんが

ソ:ウンニさん、あんた国語をやり直したほうがいい。先生が急患じゃなくて、先生は急患だよ。
ウ:(胸を張って)いいえ。先生が、急患なんです!


ソンは、ウンニの態度に驚いた。




ヨンスは海岸線を一生懸命自転車で走っていく。

ジヒョンはそのころ、マホのご主人にお礼を言って、連絡船の時間を待っていた。遠くから「ジヒョン!」と呼ぶ声がする。周りを見回した。


ヨ:ジヒョン!


ヨンスがやってきた。自転車を乗り捨て、ジヒョンのもとへ走ってくる。そして近くにくるなり、

ヨ:ジヒョン!

彼はジヒョンを抱き締めた。横でマホのご主人が驚いて静かに席を外した。船着場の近くにいた漁師たちも驚いた。なぜならジヒョンがヨンスの本当の姉だと思っていた者もいたし、ヨンスが「ジヒョン」と呼び捨てにして、抱き締めたからだ。
二人の関係が明らかになった。


ジ:(困惑して小さな声で)ヨンス。だめよ、こんな所で・・・。
ヨ:いいよ、最後じゃないか・・・もういいんだよ。(皆に知られたって)
ジ:でも。(心配そうに周りを見る)
ヨ:ジヒョン、君と別れるなんて、つらすぎて。君を諦めることなんてできない。これで終わりだなんて。君にさよならを言うなんて・・・。
ジ:(ヨンスの顔をじっと見つめて)さよならなんて言わないで。あなたにさよならなんて言いたくないの。いつまでもあなたの私でいたいから。でもね・・・ヨンス。私は家族を捨てることができない・・・。でもあなたにもさよならが言えないのよ・・・。(涙ぐんでしまう)
ヨ:ジヒョン!


ヨンスが力の限り抱き締める。連絡船の出発前の汽笛が聞こえる。


ジ:もう行かなくちゃ、ヨンス。ありがとう。忘れない、あなたを忘れないわ。



ジヒョンはヨンスを振り切り、連絡船に乗り込む。ヨンスの目がジヒョンを追っている。
船が汽笛を鳴らし、出航した。



ジヒョンはデッキに出てヨンスを見つめている。
お互い、姿が見えなくなるまで、見つめ続けていた。









第3部へ続く・・・。



島でのゆったりと愛に満ちた日々。
最後に皆の前で愛を明らかにしたヨンス。


いよいよ舞台はソウルに移ります。
ここは人生の本拠地。
愛憎が渦巻く都会・・・。


愛も裏切りも・・・
それは
まるでゲームのように
人の心を
弄ぶ。

真実さえも
霞んでしまう。


野心が黒い牙を隠し、
虎視眈々と機会を狙っている・・・。


さあ、あなたもジヒョンとともに
ソウルへ向かいましょう・・・・。


いよいよジヒョンの乗ったトロッコは急カーブの前に差しかかります。
あなたも一緒に乗り込んでください。

どうぞ、最終部までお付き合いくださいね。



2009/08/16 13:07
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」1

Photo



 
BGMはここをクリック!







BYJシアターです^^

本日はとても初期に書いた作品ですが、
(ペ・ヨンジュンも若く・・・シアターの看板も下手です^^)

夏にふさわしいお話で、海風や島の気候なんかも肌で感じてもらえると思いますので、
アップしてみようと思います。

まだ稚拙なところも多い作品ですが、大好きなお話です^^

全6回でお送りします。



こちらは、ペ・ヨンジュン二役です。

書いた当時はこんな配役で書いてました^^
といっても、相手役は後に変更して、キム・ヘスさんとなりました^^

初回だけ、配役を載せます^^(追加の登場人物はその時に^^)
皆さんはご自由に読んでください^^


【配役】
今回は登場人物が多いのですが、まず1部では人物紹介は4人に留め、また随時、他の役柄の紹介をしたいと思います。

キム・ヨンス・・・ぺ・ヨンジュン(32歳・医師 メガネをかけている・いつものやさしいヨンジュナを参考に)
ハン・チョヌ・・・ぺ・ヨンジュン(29歳 メガネなし・100 daysやスキャンダルのメーキングに出てくる、髪の長めの素のヨンジュナを参考に)

パク・ジヒョン・・・キム・ヘス(24~現35歳)
パク・ジウォン・・キム・テヒ (27歳 ジヒョンの妹 超美人でインパクトが強い)


ではあなたのお好きな方でどうぞ。



これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。ここに出てくる事件も存在しません。


(1部は診療所など説明部分が長いですが、あなたも暮らす場所ですので、じっくり見ていってくださいね)



これより本編。
お楽しみください^^


~~~~~~~





恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう

たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・


そして
それがあなたに命を吹き込むことがある





主演:ぺ・ヨンジュン/キム・ヘス
【さよならは言わないで】1




コーヒーショップの奥の席で、少し遊び人風の男が苛立ちを見せながら、髪の長い女の前に座っている。

男:なぜなんだ。俺とは毎晩一緒にいて、結婚するのは医者かよ。・・・どういうことなんだよ。ふざけんなよ、おまえ。・・・よく二股かけて・・・。そんな、そんなよく知りもしない男となんか結婚するなよ。なんで好きな男と結婚しないんだよ。

後ろ姿の女が「さよなら」と立ち上がる。

男:(未練でつらそうに)待てよ。オレは許さないからな。そんなこと、許されるはずないよ。



午後10時。地下鉄のホーム。
トレンチコートのベルトをキュッと締めて、髪の長い若い女が電車を待っている。平日の夜なので、ホームには人がまばらである。彼女は考え事をしているのか、上を見たり下を見たり。右へ行ったり左へ行ったり。落ち着かない様子である。
立ち止まって、電車が来る方向へ彼女が顔を向けた瞬間、後ろから強く押される。
「キャアー!」
地下鉄のホームいっぱいに女の叫び声が響く・・・。






【第1章 島へ】


ジヒョンは6月の暖かい風を全身に受け、サラサラの長い髪を風になびかせて、連絡船のデッキに立っている。その髪はコシはあるが、かなり白髪まじりで、人は彼女が何歳なのか、わからない・・・。


空は一点の雲もなく、快晴だ。




【主題歌】「さよならは言わないで」

♪♪~~

さよならは言わないで
初めからわかっていたこと
私の手には入らない人だから
恋してもしかたないのに


さよならは言わないで
少しだけ望みを残しておいて
もし、もし奇跡が起きたら
もし、もし運命が変わったら
次の世もないかもしれない
その次も、その次も
それでもいいの


交わらないはずの線が
結ばれる その時に・・・


さよならは言わないで
私には返事ができないから
仕方のないこと・・・
答えのないこと・・・
それでもいいわ
それでもいいの
あなただから許す
あなたなら許すわ


さよならは言わないで
思い出なんかになりたくないから
いつもでもあなたの私でいたい
だから、さよならは言わないで

~~♪♪






連絡船が島の船着場に着く。ジヒョンは船から降りながら、出迎えの人々に目を凝らす。写真で見たメガネをかけた背の高い男が少し離れた所に立っているのを確認する。彼もジヒョンがわかったようで、大きく手を振って、こちらの方へ歩いてくる。顔いっぱいの笑顔である。温厚そうな人柄が出ている。


彼:パク・ジヒョンさんですね?
ジ:ええ。キム・ヨンスさん?
ヨ:ええ。初めまして。わざわざ遠くまでありがとうございます。お疲れになったでしょう。
ジ:いいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。あの、荷物はもう届きましたか?
ヨ:ええ。まずは車のほうへ。

ヨンスに促され、彼が乗ってきた軽トラックのほうへ行き、乗り込む。ヨンスがジヒョンの荷物を荷台に載せて運転席に乗り込む。
ジヒョンは彼が隣にくると、彼の発する熱に、言い知れぬ懐かしさを覚える。とても初めて会った人には思えないほど、なぜか彼に親しみを感じている。彼の持つ空気がジヒョンを包み込んでいるような・・・そんな気さえする。

ヨ:(にこやかに)こんな車ですみません。これは借り物なんですよ。ここから20分ほどで着きます。

ジヒョンが微笑み、車は発進する。島の海岸線を走る。


ジ:ねえ、窓を開けてもいいかしら?(風に吹かれながら)う~ん、風がいい気持ち。空気がおいしいわ。・・・ところで、婚約式の日は失礼してごめんなさい。学校の方が卒業式だったの。3年の担任だったから抜けられなくて。
ヨ:(運転しながら)いいんですよ、気にしないで下さい。その代わりにここまで来ていただいてるんですから。ジウォンの具合はどうですか?
ジ:順調に回復していますよ。この夏の終わりには来られるといいんだけど。本当にあんなことになってしまって・・・。左腕の骨折はともかく、左足の複雑骨折がね。リハビリの時間がかなり必要で。
あなたには本当に悪いんだけど・・。でも、生きててくれてよかった。駅員さんが近くを通りかかって本当によかった。地下鉄で突き落とされるなんて、考えただけでもぞっとする。恐かったでしょうに。
犯人もまだ捕まってないのよ。ヨンスさん、あなたも心配でしょうけど・・・。
ヨ:・・・・。(前を見て運転している)
ジ:ところで、診療所はどう? もう慣れました?
ヨ:ええ、順調な滑り出しです。ただまだ住まいのほうが片付かなくて。お姉さんに来ていただけてよかったです。(笑って)ジウォンの荷物のダンボール箱が山積みで。
でもなんだか悪いな。せっかくの長期休暇なんでしょう?
ジ:ええ、でもいいのよ。他にすることもなくて。5月は飽きるほど休んだし。(笑う)それに私、飛行機に乗れないものだから、海外旅行も行けないのよ・・・。
(晴れやかに)こんな気持ちのいいところなら、1ヶ月以上いてもよさそうね。
ヨ:(笑って)そうですか? 高校の研修休暇ですか?
ジ:ええ。勤続10年のお祝い休暇なの。3ヶ月休めて、そのまま夏休みに突入しちゃうの。ラッキーでしょ?
ヨ:(笑顔で)本当だ。高校では何を教えてらっしゃるんですか?
ジ:英語。ヨンスさん。そんなに敬語使わなくてもいいのよ。ヨンスさんとは3つしか違わないんだし、私、あなたに敬語を使われると恥ずかしいわ。友達みたいな年頃なんだし。ね!(ちがう?)それに、堅苦しいことが苦手なの、私。
この髪で敬語だと、他の人に本当のお婆さんだと思われちゃうわ。
ヨ:(にこやかに)そんなことはないですよ。今日は日曜日だけど、診療所のスタッフも来てくれているので、紹介しますね。


車は町へ入っていく。小さなメインストリート。車をゆっくり走らせる。


ヨ:ここが島の中心のメインストリート。買い物はここでするといいです。診療所からだと歩きで30分近くかかるかな。自転車を使うといいですよ。
ジ:ええ。


ジヒョンは背の低い小さな店が立ち並ぶ商店街を見る。その昔、自分が小さな頃に見たような、懐かしい町並み。
短いメインストリートを過ぎて、また海岸沿いに少し走ると、小さな診療所があった。


ヨ:さあ、着きましたよ。

ヨンスが車の荷台からジヒョンの荷物を降ろす。ジヒョンはその平屋建ての診療所を眺め、そしてその前に広がる美しい海を見た。

ジ:キレイなところね。
ヨ:(笑って)ロケーションはね。中は相当古いですよ。

ジヒョンもヨンスの言葉にふきだし、一緒になって笑った。診療所の中から二人の女性が出てくる。

ヨ:あ、紹介しますよ。こちらがナースのウンニさん。こちらが受付を手伝ってくれているマホさん。こちらがパク・ジヒョンさん。僕のフィアンセのお姉さんです。

三人がそろって頭を下げて挨拶をする。ジヒョンが見るところでは、ちょっと小太りのマホが50くらい、色黒で長身のウンニが40代前半といったところか。


ジ:よろしくお願いします。(笑顔で二人を見つめる)
ヨ:マホさんはね、家が近くでいつも僕の食事の世話もしてくれてるんです。
ジ:そうでしたか。お世話になります。私がいる間は私がします。・・・といっても下手なんですけど。(ちょっと照れて笑う)
マ:(笑顔で)わかりました。でも今日は、歓迎会をしますからね。お料理は私に任せて。それから2~3日分の材料は冷蔵庫に入れておきましたよ。買い物も最初は困ると思って。
ジ:あっ、ご親切にありがとうございます。助かります。
マ:じゃあ、私はこれで。(微笑んで)歓迎会の準備をしなくちゃならないから。あとでまた、お料理を運んでくるわ。
ジ:ありがとうございます。
ヨ:お世話になります、マホさん。ジヒョンさん、ウン二さんと中を見てて。この車、マホさんのご主人に借りたから、マホさんを送りがてら、車を返してきます。(そういいながら、診療所の自転車を車の荷台に載せる)ウンニさん、あとはよろしく。
ウ:任せておいて。さあ、ジヒョンさん、中へ入りましょう。案内するわ。

二人は診療所に入っていく。

ウ:さあ、どうぞ。ここでスリッパに履き替えて。(スリッパを出す)
ジ:あ、ありがとう。(中を見回す)
ウ:どうお? 古いでしょ? でも掃除だけはちゃんとしてるでしょ。

診療所は入ると、すぐに待合室があり、右側にソファとイスが並んでいるが、左手には、3畳ほどの高い板の間があり、そこはオンドルになっているらしい。その隣にトイレと洗面台がある。

ウ:(高い板の間の前で)ここね、ちょっと具合が悪い人とか足が悪い人には、とってもいいの。なあんて、いつもはお爺ちゃんやお婆ちゃんの溜まり場だけど。(笑う)

右手に受付がある。建物の中心に廊下が通っていて、右手は受付、診察室となっている。診察室にはベッドが2つ並んでいた。

ウ:婦人科なんかも診ることがあるのよ。その時はね、こっち。

廊下の反対側の手前に処置室。その隣が病室。そして手術室、レントゲン室となっている。

ウ:入院する人ってほとんどいないんだけどね。簡単な手術のあと、ここの病室で休んでもらうことにしているの。じゃあ、奥の住まいのほうへいく?

ジヒョンが玄関先においた荷物を取りにいこうとする。

ウ:ジヒョンさん、後で先生が運んでくれるわよ。ああ見えて、結構力持ちなのよ。なんでも頼めるわよ。さあ、来て。


診療所と住まいは、一枚の扉で区切られている。扉を開けて入っていく。
意外に狭く、ジヒョンはここで他人が二人で暮らすのかと思うと、ちょっと息苦しい。


ウ:ここで、スリッパ脱いで。ここは素足でね。(廊下の左手を指して)ここがトイレとお風呂。(脱衣所に入る)洗面台。あっ、ここで診療所の洗濯物も洗ってるの。洗濯機が一つしかないから。ジヒョンさんにその仕事頼んでもいい?
ジ:ええ、仕事があったら、遠慮なく言ってくださいね。
ウ:そうお? 助かっちゃうな。じゃあ、こっちへ来て。


廊下の反対側に続き間で、二部屋ある。


ウ:めずらしいでしょ? 続いてる部屋って。ふすまはあるけど。昔は、ここで寄り合いとかいろいろやったみたいよ。

6畳間と8畳間になっている。診療所に近い8畳にダンボールが積み上げてある。

ウ:妹さんの荷物ね。
ジ:(あまりの多さに驚く)何を持ってきたのかしら。たくさんありますね。(ちょっと恥ずかしい)
ウ:ねえ、縁側に出てみて。いい眺めなんだ。


ジヒョンはウンニについて、縁側に出る。この建物はどうも「くの字」形になっていて、診察室の窓が見える。
そして中庭は芝生になっていて、建物沿いに花が植えられている。中庭に物干しがある。


ジ:おもしろい形の建物ですね。
ウ:でしょ? なんで曲がってるのかしらね。設計した人が診察室の様子を見たかったのかな。(笑ってジヒョンを見る)ねえ、海を見て。


中庭の向こうは、もうすぐ浜辺で、海がキラキラと美しく輝いている。


ウ:この庭の左手に階段があるの。そこを下りると、海に出られるわ。やっぱり設計した人が海で遊びたかったのかな。(また笑顔でジヒョンを見る)
ジ:海がキレイですね。(景色を見入る)
ウ:ねえ。ジヒョンさんって、いくつ? ごめんね。へんなこと聞いて。友達になりたいのよ。
私、ここでは患者さんとマホさんぐらいしか、相手がいないでしょ。話し相手がいないの。(ジヒョンの顔をよく見て)
妹さんが27歳でしょ? それで、お顔はつるつるで・・・。
ジ:髪が白い?(ウンニを見つめて笑顔を作る)いいのよ。本当のことだから。私、35歳です。そう見えますか?
ウ:ふ~ん。そうか。そう言われてみると・・・。私は42歳。出戻り。12歳の娘あり。この島で育って、ソウルの病院に勤めて、結婚して、戻ってきたの。
ジ:そうですか。私は高校教師です。今は休暇中なんです。
ウ:(うれしそうに)よろしくね。
ジ:こちらこそ。(笑顔で応える)
ウ:じゃあ、台所、見る?


建物の終わりが台所。廊下の正面になる。


ウ:昔は土間だったの。台所だけ壁で仕切られていてね。5年前に直して、壁を取っぱらって、床を張って、新しいキッチンを入れたのよ。それまでは給湯もなかったの。今の時代、お湯が出ないなんてね。

台所は元土間だけあって、一段低くなっており、左手奥に食器棚と冷蔵庫があった。右手に勝手口があり、ここから洗濯物を干しに出られるらしい。


そうこうしているうちに、ヨンスが玄関先にあったジヒョンの荷物を持って入ってきた。

ヨ:どう? 説明は終わった?
ジ:(振り返り)ええ。あっ、ごめんなさい、荷物。
ヨ:えっ? ああ、いいんですよ。ところで、ジヒョンさん。こんな所ですけど、ここに泊まってもらっていいんですか。民宿が遠いんです。僕が病室で寝てもいいですよ。
ジ:そんな・・・。(ちょっと考えてさっと移動する)じゃあ、私はこっちの部屋をとるわ。(8畳間にポンと立つ)
ヨ:えっ? 陣地とり? じゃあ、僕はこっちか。


ウンニが安心して笑っている。初め、ジヒョンの白い髪に圧倒されたが、なかなか付き合いやすそうな人物のようだ。


ヨ:こっちの6畳間でいつも食事してるんです。だから、ここは普段はリビングだと思って。
ジ:わかったわ。
ウ:ジヒョンさん、布団も干してあるから、気持ちいいわよ。
ジ:ありがとう。
ヨ:じゃあ、6時から中庭で、バーベキューだって。マホさん一家が材料を来るらしいよ。ウンニさんもウンジュちゃん、連れてくるでしょ?
ウ:ええ、じゃあ、ひとまず帰るわ・・・。またあとでね。ジヒョンさん。(手をあげて帰っていく)
ジ:(改めて)ヨンスさん、よろしく! あっ、電話貸して。無事に着いたって家に電話入れておかないと・・・。あなたも出るでしょ? ジウォンと話したいでしょ?
ヨ:・・ええ。電話は診療所しかないんだけど。さあ、こっちです。(二人、診療所へ向かう)




今日は歓迎会だ。
料理は作らなくていい。ラッキーだ。


初日はなんとか切り抜けた。

明日から、本当の生活が始まる。ジヒョンは布団の中で覚悟を決めた。






【第2章 新生活】


翌朝。
ヨンスの朝は早い。ヨンスの使っている部屋で朝食をとるので、早めに起きて布団を片付けないと、一日が始まらない。
洗面所で顔を洗って、部屋に戻ってくると、ジヒョンがちゃぶ台を出して、朝食の準備に取り掛かっていた。

ヨ:(にこやかに)おはようございます。
ジ:あ、おはよう・・・。

と、ジヒョンはちゃぶ台を拭く手を休め、顔を上げて言葉に詰まる。メガネをかけていないヨンスが、部屋の入り口に立っている。ジヒョンはちょっとドキンとして固まるが、相手に気づかれないようににこやかに、

ジ:今、朝食の用意するわね。・・・ねえ、新聞はどこにくるのかしら?
ヨ:ああ、僕が取ってきますよ。診療所の郵便受けに入れてくれるんです。

と言って取りにいった。
ジヒョンは心の動揺を抑えながら、台所へ行く。


メガネをかけていないヨンスが昔の恋人によく似ているのだ。
昨日は気がつかなかった。メガネをかけていると、ちょっと感じが違うので気がつかなかったのか。
その面影のせいで、初めて会った彼に言い知れぬ懐かしさを覚えたのか。
たしかにチョヌのほうが細面で精悍な感じではあったが、鼻筋がそっくりだ。あの高くてキレイなラインを描く鼻。それはジヒョンのお気に入りで、抱かれるとよく彼の鼻を撫でて笑われたものだ。それによく見ると口元も。目の感じも似ている。全体の雰囲気はヨンスのほうが穏やかなでやさしい。現在32歳のヨンスと、当時29歳だったチョヌ。年頃が近いせいもあるが、本当によく似ている。


もしこのまま、ヨンスがメガネをかけずに私の前に座ったら、食事など、とても喉を通らない。


ヨンスが戻ってきた。6畳の文机の上にあったメガネをかけて、机の前に座って新聞を読み出す。ジヒョンは台所からその様子を見て、少しほっとして、ちゃぶ台に料理を並べた。


朝と晩、ヨンスがメガネを外す時間。それは、ジヒョンにとってしばらくの間、試練の時間となった。そうでなくても、顔を見るたびに、面影を探してしまうのは言うまでもない・・・。




ジヒョンの朝は、診療所の洗濯物も引き受けていたので、まずは洗濯から始まった。たくさんの洗濯物を干し終わって、ジヒョンは、さっさと部屋の掃除をすませ、妹ジウォンの荷を解いた。

ジウォンの声:お姉ちゃん、洋服は私のを着てよ。お世話になるんだし、どんどん着て構わないからね。わざわざ重いものを持っていく必要はないわよ。

ジヒョンはジウォンの洋服を一つずつ取り出して眺めるが、どれもジヒョンとは好みが違う・・・というより、ジウォンのワードローブはかなり派手でしかも高級ブランド品ばかりなので、とてもジヒョンには着られそうにない。その中で着られるものと言ったら、ラルフローレンの普段着ぐらいである。ジヒョンは苦笑する。

あの子ったら、本当にこの島で暮らすつもりがあるのかしら。これをどこで着るつもり?

ちょっと首をかしげる。とりあえず、自分が着られそうなものだけをとり分けて、あとはジウォンの嫁入りダンスにしまっていく。最後に自分の分を取り出しやすい段に入れる。

あ、そうだ。ヨンスさんの服の場所も作らないといけない。

また、引き出しを組みなおす。
とにかく、少しずつではあるが、ジヒョンの部屋に積まれた、妹ジウォンの送ってきたダンボール箱が減っていく。
それにしてもその多くは洋服で、これだけの服がここで必要なのか、ジヒョンにはよくわからない。所帯道具にはもっと必要なものがあるはずなのだが・・・。
半分は送り返してもいいかもしれない・・・。



とりあえず、今日の仕事が一段落ついて、夕飯の支度である。朝、昼と、昨日マホがくれたお惣菜で賄えたが、いよいよ夕飯は作らなければならない。
まだ3時過ぎだというのに、ジヒョンは台所に立つ。一時は料理に凝って研究に研究を重ねたこともあったが、ここ10年は実家を出てマンションでの一人暮らしで、適当なものを食べて過ごすくせがついてしまったので、満足な料理ができない。
まずメニューが浮んでこない。料理の本も何冊か持ってきたが、そもそもそれを献立として組み合わせる能力が今のジヒョンには欠けている。
でも、あんなに熱心に頑張った時代もあるのだから、本気でやればできるはずだ。しかし、もう味付けの塩梅というものが鈍っていて、勘を頼りに料理を作れなくなっている。



診察室のウンニや受付のマホは、ジヒョンのことが気になって仕方がない。
カルテを出してウンニに渡すたびにマホが囁く。

マ:ジヒョンさん、大丈夫かしら。あんなに時間をかけて何を作っているのかしら。

と心配そうに言う。ウンニもちょっと顔をしかめる。

ウ:中庭の洗濯物も干したままで、取り込みに出てこないしね。

と、診察室の中から見える中庭の様子を話しているけれど、ヨンス一人が何も気づかずにせっせと診察を続けている。


午後6時になって最後の診察が終わり、ヨンスが後片付けをしていると、女性陣は診療所のことよりジヒョンが気になって住まいのほうへ出向いた。

ウンニとマホが台所を覗く。

ウ・マ:ジヒョンさん? 大丈夫?
ジ:・・・・。

ジヒョンが流しの前で何か考え事をしている。ウンニとマホが顔を見合わせてジヒョンの横から覗き込む。まな板の上には魚が一匹置いてある。

ウ:ジヒョンさん?
マ:どうしたの?
ジ:(はっと気がついて)あっ、どうしたんですか? お揃いで。
ウ:洗濯物も取り込まないで台所にずっといるから、心配してきたのよ。この魚、どうしたいの?
ジ:ああ。(顔が赤くなって)ヨンスさんが魚のチゲが好きだって言ってたから、作ろうと思ったんですけど、鍋にする場合、どう下ろしたらいいのかわからなくて・・・。
マ:他の材料は?
ジ:もう切って用意しました。これです。(ジヒョンは指を折りながら)あと、ご飯も炊いたし。ナムルも作ったし。他に何かいると思いますか?

マホが小松菜のナムルをちょっとつまんで口に入れ、ウンニの顔を見て、鼻にしわを寄せ、首を横に振る。マホとウンニが顔を見合わせてうなずいた。
マホが魚の下ろし方を教え、ジヒョンと一緒にチゲを作り始めると、ウンニが野菜のお惣菜を何点か作り直す。ヨンスが診察室でぐずぐずしているうちにすべてが終わった。

ウ:多めにお惣菜は作っておいたから、明日も使えるわよ。
ジ:お二人ともありがとうございます。(頭を下げる。赤い顔をしながら)ここ何年もまともにお料理してなかったんで、手順がわからないし、味付けも・・・。(元気に)明日からしっかりやります。


そこへヨンスが戻ってきた。

ヨ:あれ、皆ここにいたの?
ジ:(振り返って)お料理を手伝ってくれたの。私が下手っぴだから。
ヨ:そう。すみませんでした。僕のせいだよね。皆、適当にやってくださいね。毎日のことだから。僕はあまり料理に拘らないし、なんでも食べますから。
ウ:ジヒョンさん、何も種明かししなくてもいいのに。
ジ:でも、一人じゃあこんなに上手にできないから・・・。(明るい声で)でもねえ、ヨンスさん。おかげで、魚のチゲは上手に作れるようになったのよ。大丈夫、一品はもうちゃんとモノにしたから。


ウンニもマホもヨンスも、ジヒョンが意外に楽天的であけっぴろげな性格だったのがわかって、顔を見合わせて笑った。そんなジヒョンを、ウンニもマホも、なんだかとてもかわいくて好きになった。




それからは、ヨンスが昼休みに家に戻ったときに、何かヨンスにできることがあれば、ジヒョンを手伝うようにしている。野菜の皮むきとか、そんな些細なことでもヨンスは自分から積極的に手伝ってくれる。ジヒョンは申し訳ないような気もするが、一人ではうまくいかないし、ヨンスの妻でもなく、荷物の整理に来ているのだから、ありがたく手伝ってもらう。たまに朝食に目玉焼きなども作ってくれる。
ヨンスは意外にもこんな時間が楽しいのか、いつもにこやかでうれしそうである。



夜になると、ヨンス、ジヒョンの順で風呂に入ることになっていた。風呂のお湯はいつも張られていたが、ヨンスは他人である義理の姉の前に入ってお湯を汚すのに気を遣って、お湯を汲んで使うだけで実際には湯船には入らなかった。
ジヒョンもまた、他人であり男のヨンスのあとでは、湯船には浸かる気にはなれず、毎日、誰も入らない湯船のお湯が入れ替えられ、それは次の日、洗濯用の水になるだけだった。しかし、二人とも遠慮していたので、そのことについて語ることはなかった。


他人同士の長い夜は、気詰まりがしそうなものだが、ヨンスがトランプを用意していて、久しぶりにやって見るとおもしろく、二人はトランプの世界に嵌まっていった。

一見、ヨンスのほうが強そうなのだが、実際には、断然ジヒョンのほうが勝負事には強くて、ヨンスが勝つことはほとんどなかった。優しそうに見えるジヒョンだが、心理作戦ではヨンスを圧勝していて、いつも「まいった」というのはヨンスだった。とくにポーカーのカードをきる時は、ヨンスをちらっと見つめるジヒョンの目がキラッと光るので、いつのまにかゲームの最中は「勝負師ジヒョン」とヨンスが呼ぶようになっていた。

トランプはいつも日課のようにやっていて、ゲームをしながら、二人は、なにげない会話を繰り返した。
夕食後、だいたいが風呂上りの時間帯で、ヨンスはいつもTシャツタイプのパジャマ姿、ジヒョンは簡単なインド綿のワンピースに着替えていて、パジャマ姿になることはなかった。

ジヒョンの服装は露出度は少ないものの、ヨンスの目から見ると、風呂上りのジヒョンは日中より断然セクシーだった。濡れた髪を髪留めでぐっと後ろで束ねていたが、少し落ちた後れ毛がステキだったし、ジヒョンの素顔はつるんとした幼顔でとても中高で美しい。

それに、ヨンスが一番気になっていたのは、ジヒョンの首から胸の辺りだ。日中もブラウスを第2ボタンあたりまで外しているが、風呂上りは、独特のしめっとした感じがなんともいえない。
その上、そこから、まるで匂い立つように、内面から発散される女の色気のようなものがあふれ出ていて、ヨンスはときめく。

たぶん、ジヒョン自体は気づいていない。ヨンスもなるべく気づかないフリをしたり、目をそらそうとしているのだが、やはり風呂上りのよい香りとともに、静かに着実にヨンスの心の中に忍び込んでいった。

そんなところにも、ヨンスの敗因のひとつが、あったのかもしれない・・・。





【第3章 ある日の出来事】


ジヒョンが島に来て、2週間が過ぎた。最初はぎごちなかった料理も次第に手馴れてきて、生活のリズムもできてきた。
ジヒョンはこの島に来てからなんだか楽しくて仕方がない。
毎日、同じことの繰り返しで別に変わったことはないのだが、それでもなんだか幸せな気分でいっぱいだ。
もちろん、ヨンスがチョヌに似ていることも少なからずある。顔を見てチョヌの面影を見つけると、初めのうちは胸が痛んだが、今は返って、チョヌに会いたい時に目の前にいるので、幸せな気分になれる。
それにヨンスには嫌味なところが少しもなくて、異性なのに、女のジヒョンが一緒にいても気疲れしたり息苦しくなるところがほとんどない。いつもジヒョンをリラックスした気分にさせてくれるので、いっしょにいて少しも肩が凝らなかった。



ある日の午後。
午後の診療前のひとときを裏の縁側でヨンスが過ごしている。
診察室の窓から、ウンニとマホが見ている。


ウ:(前で腕を組んで)どう思う? まだかな。
マ:まだって?(ウンニの流し目に噴きだして) やだ・・・。真面目な人たちだもん。そんなことはしないわよ。
ウ:そう?(横目で) だってあんな狭い所に男と女が二人で住んでいるのよ。
マ:あら。(呆れて)皆が皆、ウンニみたいには考えないわよ。でも、ものすごく仲がいいわよね。気が合ってて。きょうだいでも恋人でもなくて、不思議な関係ね。
ウ:先生がマイってるのはわかってるんだ。
マ:(横目でウンニを見て)そうなんだ。
ウ:うん。だって、ジヒョンさんが中庭で洗濯物干したり、お花に水遣りしていると、診察の合間でもぼうっと眺めているのよねえ。

二人は見合ってニタリと笑う。やっぱりという顔をする。


縁側でおやつを食べてお茶を飲むヨンスの横に、ジヒョンがインゲンの入った袋とザルを持ってきてすわり、二人は楽しげに顔を見合わせる。ジヒョンがインゲンの筋を取り出すと、ヨンスも手伝って一緒に筋を取る。和やかな風景だ。


マ:ジヒョンさんはどう思っているのかしら。なんか奥手な感じがする。先生の奥さんがジヒョンさんだったら、似たもの同士よね。なんか、ほわんとした感じで。(笑う)
ウ:う~ん。ピッタリだもんね。息が合ってるもん。あ、ほら、二人で笑ってる。(二人の様子にときめく)絵になるよね。・・・妹さんもあんな感じの人なのかしらね。
マ:姉妹だから似ているのかな。まあ、先生が好きになった人だから、きっといい人なんだろうけど。 やっぱり妹のダンナになる人は奪えないんじゃない? ジヒョンさんには下心はないと思うよ。そんな感じの人じゃないもん。それに先生の方が年下だし。
ウ:何よ、3つくらい。(マホをキッと横目で睨む)私の元亭主なんか、5歳下だもん。私は、ジヒョンさんが好き。一押し。先生に合ってる。
マ:私もジヒョンさんがいいわ。
婆:わしもジヒョンさんがええ!


ウンニとマホは驚いて振り返り、

ウ・マ:おばあちゃん!
マ:いつからそこにいるの?
婆:(ただ笑っている。そして)あんたらの考えてることはお見通しさ。
マ・ウ:やだ。

マホとウンニが顔を見合わせるが、また、婆と一緒に縁側の二人の様子を眺める。




午後の診察が始まって、一番に婆が入ってくる。ヨンスはいつものようにやさしい笑顔で迎えるが、ウンニは婆を見てドキドキである。婆にきつい視線を浴びせた。

ヨ:(触診しながら)う~ん。ひざの痛みも取れてきたでしょう。腫れが引いてきましたね。また薬は出しておきますから、3日したら見せに来てくださいね。お大事に。
婆:ありがとうございます。(立ち上がりながら)あ、先生。お幸せに。(にこやかに頭を下げる)

ヨンスは意味がわからなくて、「はあ?」と言う感じでちょっと首をかしげる。
ウンニが慌てて婆に先制攻撃を与えた。

ウ:お、お、おばあちゃん。(婆にしかめっ面をして)大丈夫? なんか勘違いしてない?

婆:わしゃあ、ボケとらんよ!

と言って睨み、さっさと出て行く。ヨンスは狐につままれたような表情をしている。





ジヒョンは夕飯の準備に取り掛かろうとするが、足りない食材があるのに気がつく。まだ午後の診療は始まったばかりだし、天気もよいので、通りの八百屋まで30分、歩いて買い物にいくことにする。


小さな町のメインストリートを、白いブラウスにベージュのスカートで、買い物かごを下げてブラブラ歩く。
こういう晴れた日は、潮の香りのするこの町がなんとも言えず心地いい。

角の床屋の脇を通ると、床屋のおじいちゃんが角材にカンナをかけている。おじいちゃんは大工だ。
ここのところ、アルツハイマーが進み、仕事には出られないが、毎日日課として、角材にカンナをかけている。そして、診療所には週に1回やってくる。

ジ:おじいちゃん、こんにちは。
爺:ああ、奥さん、こんにちは。

ジヒョンは「奥さん」には参ったが、相手が相手なだけに気にせず、にこやかに会釈する。通りすぎようとして、おじいちゃんの手元を見ると、左手の親指が第一関節から先、指先がない。

えっ? そうだっけ? おじいちゃんはそうだっけ?

よく見てみる。
角材のカンナくずの所に血がぽたっぽたっと落ちてくる。でも、おじいちゃんは気がつかず、カンナをかけている。
ジヒョンはびっくりして、

ジ:おじいちゃん、おじいちゃん。手を見せて。左手を見せて。

おじいちゃんは笑いながら、ジヒョンに左手を差し出す。やはり切り落としている。
ジヒョンはスカートのポケットからハンカチを取り出して、おじいちゃんの指に巻きつける。

思い出せ。課外研修でやったじゃない。止血の方法。どこを押さえるんだっけ。思い出せ!

ジ:おじいちゃん、ここの所を押さえて、指を高くして。そう、そうよ。そのまま、待ってて。すぐに戻ってくるから。


ジヒョンは急いで、床屋に駆け込んだ。

ジ:おじさん! たいへん! おじいちゃんがカンナで指を切り落としちゃってる。すぐに診療所に連れて行って。タオルと氷ください! 早く! 早くして! おかみさん、このこと、早く先生に電話して! 皆、早くして!

床屋の中は大騒ぎになる。しばらくして、おかみさんがタオルと氷を持って外へ飛び出してくる。親父さんが車に乗り込んでエンジンをかける。ジヒョンが応急手当をして、床屋の皆が車に乗り込み、発進する。

ジヒョンはほっとして車を見送った。そして、次の瞬間、

ジ:親指!

ジヒョンはそのおが屑の中を必死になって指先を探す。ジヒョンの体におが屑が絡みついてくる。それでも懸命に探し続ける。

ジ:あった!

ジヒョンが探し当てた、小さな指先。
床屋の客や近所の人たちが唖然とした様子で見ている。
近くの駄菓子屋のおばさんが、

あ:お姉さん、氷とビニール袋。

と渡してくれる。酒屋のお兄ちゃんが、

兄:先生のお姉さん、早く乗って!

とバイクを出す。ジヒョンはヘルメットをかぶり、氷と指先を入れたビニール袋を買い物かごに入れて、後ろの席に座る。そして、駄菓子屋のおばさんに、

ジ:診療所に指先が見つかったって電話してください。すぐに持っていくからって。

と叫んだ。

おばさんが「あいよ!」と言って、バイクが走り出した。


診療所に着くと、ジヒョンはなだれ込むように中へ入っていく。靴を脱ぎ捨て、素足で診察室を覗き、ヨンスを捜して、手術室に入ってきた。

ジ:指。指があったわ。

とウンニに差し出した。ウンニがジヒョンからビニール袋を受け取ると、おじいちゃんの指の状態を見ていたヨンスが顔を上げて、ジヒョンの姿を見て驚くが、

ヨ:ありがとう。外へ出て待ってて。こっちは任せて。

ジヒョンはうなずいて、部屋を出た。手術室のランプがともった。
廊下に出ると、床屋の夫婦やほかの患者たちが、じいっとジヒョンを見つめている。受付からマホが出てきた。

マ:ジヒョンさん、着替えたほうがいいですよ。

という。
言われて気がつけば、ジヒョンのブラウスもスカートも血だらけで、それに頭から体中、おが屑がこびりついている。ジヒョンは皆に軽く会釈をして、奥の住まいのほうへ入っていった。住まいのドアを開けて入ると、ジヒョンは放心状態で座り込んだ。



しばらくしてからジヒョンは立ち上がり、服をビニール袋に入れて始末し、風呂に入ってひと心地した。
自分一人だったら夕飯抜きでもよかったが、ヨンスがいるので、そういうわけにもいかず、重い腰を上げて、夕飯の支度にとりかかった。
しかし、今日は魚を下ろす気にはなれなくて、カレーライスとサラダにしてしまった。


さっきのおじいちゃん、どうなったかしら。


時計を見ると、7時半になっている。様子が知りたくて、ジヒョンが診療所に出ていくと、すべてが終わっていて、ウンニとマホが帰り支度をしていた。
診察室に入ると、ヨンスがカルテを片付けていた。


ジ:どうだった、さっきのおじいちゃん。


ヨンスが振り返る。なんともいえない顔をして、ジヒョンを見つめているが、

ヨ:たぶん、大丈夫。手術は成功したよ。
ジ:よかった・・・。(ほっとした顔をして)あのね。今日はカレーにしちゃった。ごめんなさい、簡単なものになっちゃって。昼言ってたのと違うけど・・・。
ヨ:(にこやかに)いいですよ。カレーも好きだし。今日はたいへんだったのに・・・。(やさしく)ありがとう。


という。ウンニとマホが出てきた。

ウ:えらいわ。こんな日にもちゃんと作って。
マ:本当の奥さんだって、そんなにやりませんよ。カレーで十分ですよ。先生を甘やかしちゃいけませんよ。

という。ヨンスも笑ってうなずいた。





夕食をとりながら、ヨンスはジヒョンをちらっちらっと見ている。ジヒョンが顔を上げると、ヨンスが微笑んだ。

ヨ:今日は本当にありがとう。あんなことがあったのに夕飯も作ってくれて。ここは外食ができないから、ジヒョンさんには苦労かけちゃうね。・・・ジヒョンさんがいなかったら、あのおじいちゃんもどうなっていたことか。(思い出して)あっ、床屋のご夫婦が、お姉さんによろしく言ってくださいって言ってたよ。さっきは動揺しててお礼を言いそびれたって。
ジ:そう。でもよかったわ。

ヨ:ジヒョンさんは、いざとなると強いんだね。本当に勝負師なんだ。(感心したようにうなずいて)ちゃんとおじいちゃんの手当てをして、指も探して。(ジヒョンをじいっと見つめる)
ジ:・・・ただ必死だっただけよ。それに気がつかなかったけど、私、ものすごい格好だったわよね。


とジヒョンがにこやかに言う。ヨンスもうなずいて微笑んだ。そして、ヨンスはじっと見つめ続ける。



そう、ものすごい格好だった。
初めは驚いて・・・本当の君はとても芯が強くてしっかりものなんだね・・・。
ジヒョン、あの君は凄まじくて、そして真摯で、愛しかったよ。
もしあの時、すぐに君のところへ行けたら、きっと抱きしめていた・・・。




ジヒョンが流しで食後の洗い物をしている後ろ姿を、ヨンスがじっと見つめている。
婚約者の姉であるはずの人にどんどん惹かれていく自分がわかる。
気持ちを切り替えるように、ヨンスが立ち上がった。

ヨ:ちょっと電話してくるよ。おじいちゃんの様子を聞かないと。
ジ:(洗い物をしながら)うん、そうね、電話したほうがいいわね。



ヨンスは診察室から床屋に電話をして、熱が出ていないかを確認し、痛み止めと抗生物質は必ず飲むようにいって、また明日来るように伝えた。
電話を切って、そのまま部屋に戻ろうと住まいのドアの前まで来るが、ジヒョンへの気持ちの整理がつかず、タバコを吸いに外へ出かけて行く。


ジヒョンは片付けが終わってヨンスを待っているが、なかなか戻ってこない。縁側から診察室のほうを見ると、もう明かりは消えていて、人の気配がない。なにげなく見た浜辺のほうで、タバコの火がポーっと灯るのが目に入った。しばらくヨンスのほうを見ていたが、


今日はお疲れ様。
こんな日は、一人の時間がほしいわよね。
私がいつも一緒にいるから、疲れていても気が休まらなくて、ごめんね。


ジヒョンはヨンスが自分の空間を持てるよう、ヨンスの部屋に布団を敷き、パジャマを枕元に用意して、自分は奥の部屋に入り、ふすまを閉めた。











2部へ続く・・・。





ジヒョンの島での暮らしが始まりました。


そして、ヨンスが自分の心の変化に気づき始めました。
いよいよ二人の関係が変化していきます・・・。




次回をお楽しみに。



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