2009/06/21 21:37
テーマ:【創】A.April Snow カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】Another April Snow3









 
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BYJシアターです。



本日は「Another April Snow」3最終回。

2回に分けようと思ったのですが、
続いていたほうが緊張感があっていいので・・・。


インスとユナの二人がたどり着く先は・・・。

ではここより本編。
お楽しみください^^







二人はうきうきとした気分で水族館へ向かった。
平日の水族館はがらがらだった。二人はのんびりと手をつなぎ合って歩く。


「空いてるねえ」
「やっぱり、平日にこんなところに来る人はいないのかな」
「(笑う)あ、うまそうな魚が泳いでいるよ。ほら、見てごらん」
「やあねえ」
「今日は刺身が食べたいなあ」
「もうお!」


二人は肩を寄せ合って歩く。
  

水族館の中の小さな映画室。


「へえ。『海の不思議』だって。見る?」
「どっちでも」
「ええと、上映時間は・・・ああ、もうすぐ始まるね。入ってみようか」
「いいわよ」

  
水族館の映画室には客が誰もいなかった。インスとユナの二人はど真ん中に座った。


「がらがらだね・・・」
「ホントに・・・」



短編映画が始まると、インスの手がどんとユナの手の上に乗った。そして、手を握る。ユナがインスの横顔を見ると、イタズラ小僧のような顔をして、横目で、ユナを見た。


「ねえ、見て、うつぼよ」
「そうだね」


そう言いながらも、二人はお互いを見ている。インスがユナのほうへ首を伸ばして、即効でキスをした。


「あん・・・」


ユナはちょっと引き気味になって、顎を引いたが、インスはユナの顎を掴んで、積極的に迫ってくる。ユナもインスに押されて、インスのTシャツをしっかりと掴んだ。
顔を離すと、インスは幸せそうに微笑んだ。ユナも彼に寄りかかるように座り直し、しばし映画室の暗闇の中で二人だけの時に身を任せた。  

30分ほどの映画が終わり、二人は外へ出た。
インスが映画室のほうを振りかえり、笑った。


「ここが一番よかったな」
「・・・」
「一番の観光名所だよね、サムチョクの」
「・・・もう・・・」


ユナがインスの肩を叩いた。二人は幸せそうに笑った。






【Another April Snow】3 最終回
主演:ペ・ヨンジュン/石田ゆり子






ここの水族館は小さいながらも、変わった仕掛けがあって楽しめる。


「ここ、なあに? なんで吊橋なの?」
「なんでだろ? 水族館で探検?」

「やだ、ずいぶん揺れるのねえ」
「うん」

「もう・・・あなたが揺らしてるのね!」
「わかった?」


インスが楽しそうに笑った。

「バカ・・・」


揺れた吊橋の上で、ユナはインスのジャケットを掴んで、怒ったふりをした。そんなユナの態度もかわいくて、インスはうれしそうにユナの肩を抱いて歩く。


  



二人が展示を見て回っていると、インスの携帯が鳴った。


「ごめん・・・。電話だ。ちょっと待ってて。もしもし? 何かありましたか?」


電話といえば、だいたいが病院からだ。ユナは少し離れたところから、心配そうな顔でインスの電話を聞いている。インスの声が震えた。

「それは・・・。意識が戻ったということですか・・・?」


ユナは、インスの顔が一瞬強ばり、そして安堵に表情が緩んで、瞳が潤んでいくのを見逃さなかった。









インスは、妻のもとへ戻ってしまった・・・。
ユナは海岸の見えるコーヒーショップに座って、一人静かに海を見つめた。

インスの妻が目を覚ました。まだ、はっきりとはしていないが、これから徐々に意識が戻ってくるだろうと言うことだった。
インスは病院へと急ぎ、ユナは一人、海に残った・・・。


あの電話の数秒前、二人は幸せな恋人同士だった・・・。そして、数秒後、その幻想は消えた。


今日は6時まで時間を作っていた。水族館を見て、二人で海をそぞろ歩く予定だった。
でも、今はもう一人だ・・・。
妻の意識が戻ったのならば、彼はこれから、つきっきりで看病するだろう・・・。

しばらく会えないかもしれない・・・。


さっきの彼の顔を見たか。
一瞬、私を意識して強張り、そして、妻を思って安堵して目を潤ませた。昨日、あの人は私が恋しいと言った。誰よりも愛しいと言った。私の部屋を訪ねずにはいられないと言った・・・。そして、私を抱いた。そして、私の胸で幸せそうに寝息を立てた。

あれは、ただの寂しさからだったのだろうか・・・。

昨日、彼が酔わずにはいられなかったのは、私への愛に悩んだからに違いない。義理の父親に背徳の姿を隠さなければならない自分を責めて、私を切り捨てようとしたけれど、結局私と離れることができなかったからだ・・・。
  
でも・・・。

もう、そのことで心を悩ませる必要はない。結論など出さなくても、妻の目覚めで、自ずと答えが出てしまったのではないか。終わるしか・・・ないのだと・・・。

どうなるのだろう・・・私たちは・・・。

ついさっきまで、二人はまるで本当の恋人同士のようだった。本当の。本当ではないのかしら・・・。本当では駄目・・・?
今の私にとって、インスは・・・。







ユナはインスのことが気になって、病院へ帰った。
そして、インスのいる病室が覗ける病院内のスロープに立った。


妻の世話をするインスが見えた。彼は甲斐甲斐しく妻の世話をしていた。重湯だろうか、インスはスプーンにすくうと自分の口で、フーフーと冷まして、妻の口に運ぶ。やさしい手つきで、タオルで口を拭ってやる・・・。

彼の目がやさしい・・・。

  
そんな目をしないで・・・。
そんなにやさしくしないで! そんなにやさしく見ては駄目よ。
あなたを裏切った人よ。あなたを不幸にした人よ。

私のことは忘れたの?
一人海に残った私のことはどうでもいいの・・・?


うそつき!

  
ユナは頭の中が混乱し、それ以上、彼を見つめ続けることができなかった。
  





インスは帰っていった。彼の現実の生活に。
でも、自分はどうだろう。髪の白くなった夫はかわいそうに思えるが、そこにはもう大きな悲しみを感じない。それより今は、インスが突然自分の世界から消えてしまいそうな恐怖で、胸が痛くて苦しくて、息をするのもやっとだ。
  
この胸苦しさ、このざわめき・・・。




ユナはその苦しさから逃げるように、夫の待つ病室へ戻った。しかし、そこで待っていたのは、もの言わぬ夫の存在だ。まるで、空調が止まって、空気が止まってしまったような閉塞感。

なんという狭い部屋! 
なんというニオイ! 
なんという息苦しさ!

ここの空気は淀んでいる!

いったい、私はどこへいけばいいと言うの?
私には、ここしかないのに・・・。
好きでも嫌いでも・・・ここしかないのに。

  
ユナは、病室の洗面台の前に立った。

顔が、まるで般若のようだ。


駄目駄目! まだ絶望しちゃ駄目・・・。
インスが答えを出したわけではないもの・・・私が勝手に考えているだけだもん・・・。
あの人だって、きっと苦しくて仕方がないはずだわ。
私を忘れるはずがない、私を捨てるはずがない・・・。







インスは今日の成り行きをユナに説明しなくてはと思っていた。一人海に残ると言ったユナはどうしただろう。
彼女のことが気掛かりだった。

でも、まずは、スジンの世話だ。彼女を寝かしつけたら、ユナの様子を見にいこう。

インスはそんなことを考えながら、スジンを見つめた。今ここにいる妻には、生き生きと元気だったころの面影はない。目は虚ろで、心が空っぽの抜けがらだ。昔の彼女は戻ってくるのだろうか。自分は、彼女が戻る日を待ちわびているのだろうか・・・。
  
これがあんな事故ではなかったらどうだろう。
長い眠りから覚めた妻を、もっと大きな喜びで向かい入れられたのではないか。

人の心の移ろいというものはなんて浅ましいものだろう。

スジン、君は最愛の妻だったのに・・・。君が事故に遭ったと聞いた時、代わってあげられたらと何度思っただろう。
あの時の感情を、君への一途な愛を、もう一度取り戻すことができるのだろうか。

  





ユナのいる病室は病棟の2階の屋上から覗けるので、インスは屋上からちょっと覗いてみようと思った。
妻のスジンを寝かしつけると、インスは2階屋上からユナの様子を覗いた。彼女は夫の手を握って、眠っていた・・・。インスは諦めてそのまま、病室へ戻っていった。

  


妻のスジンが意識を取り戻してからは、インスが付き添い、泊まり込む時間が増えてきた。付き添い婦は長くスジンの面倒をみてきてくれたが、スジンにとっては初めての人である。できるだけ、夫の自分が付き添って、スジンの心が混乱しないようにしてあげたいと思った。
  

ユナには携帯で、「今は妻の看病に専念したい」とメールを送った。
ユナからは、「それが一番ね」というメールが返ってきた。


本当はもっと話したい感情があるのだが、この先、ユナとの関係をどう続けていったらよいのだろうか。彼女の夫も直に意識を取り戻すだろう。そうなったら、二人の関係はどうなる。

ユナは・・・彼女は、とても…愛しいけれど・・・。




スジンが目覚めてから、ユナとインスは、顔を合わせることがなくなった。








二人が逢わなくなってから半月ほど経って、ユナは、担当医に呼び出されて、今後の方針を決めることになった。ギョンホの意識は今だ戻らないままだ。ここのところで、内臓の働きが低下してきていると言うのだ。このまま、意識が戻らないと最悪な事態になりかねないという。もし、病院を移すのなら、これがラストチャンスだと、医者は言った。よければ、ソウルの大学病院を紹介するので移らないかと医者は言う。このままでは奥さんの付き添いにかかる費用だけでもバカにならないだろうと。


「あのう、一緒に事故に遭われた方はどうされるのでしょうか。もう、意識が戻られたんですよね?」
「ええ。あちらは順調に回復されていて、今月中にソウルの病院へ移ります。ご主人もお仕事がおありだし、そのほうがいいだろうと」


インスがソウルへ帰る?
そんなことは聞いていなかった・・・。

  
ユナは呆然とした。
ユナの中では、インスとの仲は終わっていなかった。まだ、二人の心はつながっていると信じていた。


なのに、あの人の中ではもう終わっていたのだ!
私は日に何回も、あの人を思っているというのに!
今は看護で忙しくて逢えないのかもしれないと、あの人を心配していたというのに!

  
私にさよならの一つも残さないで去っていこうとしている。
もう、お払い箱? 
やっぱり・・・?
ただ寂しかっただけなの? 
もう私には用がないの? もういらないの?

  
インスたちがここを去ると聞いて、ユナのショックは大きかった。彼はそのことを報告してこなかった。

私には知らせるべきでしょ?





  
病院のスロープを降りていくと、インスが下からゆっくり上がってきた。そして、ユナと目が合って、彼は驚いたような顔をした。

やはり、彼の心は終わっていた。


「こんにちは。お久しぶり。奥さまの意識が戻られて順調に回復しているようで、よかったですね」
「・・・」
「ソウルに戻られるんですって? ホントによかったわ。では失礼!」
「・・・ユナ・・・」

インスはユナの肩に手をかけようとしたが、ここは病院内なので、憚られた。ユナは事務的な口調でそれだけ言うと、インスにぶつかるようにして、さっさと行ってしまった。インスの一瞬の気後れで、彼女に不愉快な思いをさせてしまった。でも、彼女とはちゃんと話をしなければいけないとインスは思った。

  









そのことがあってから、2日ほどして、ユナの部屋のチャイムが鳴り、インスのドアをノックする音がした。


「何かご用?」

ドアを開けたユナが乾いた声で言った。

「ちゃんと話をしよう」
「話すことなんて、何もないでしょ?」
「・・・・」
「あなたの奥さんの意識が戻って、あなたはそちらの介護で忙しくなった。奥さんの体調もよくなったので、そろそろソウルへ帰ることにした。それで終わりでしょう?」
「・・・ユナ」
「それとも・・・。寂しい気分をもう紛わす必要がなくなったので、君とは別れますって言うの?」
「とにかく、ちゃんと話をしよう」
「もっと話す機会はあったはずだわ・・・。でも、あなたは来なかった・・・。メールさえ、送ってくれなかった・・・。私はあなたのことを心配して、メールも控えていたのに・・・。あなたの中ではもう終わったのでしょう?」
「・・・」
「帰ってちょうだい」
「ユナ!」



少し離れた部屋のドアから女が顔を出した。

「ちょっと静かにしてくれない?」
「あ、すみません」
「・・・」







インスが車で話そうと言うので、ユナはポーチに携帯と財布を入れて、インスの後に続いた。


「少し走ろうか」
「いいわよ・・・」
「海のほうでも行こうか」
「・・・・」


海は二人にとって特別な場所だ。初めて心が触れ合って、初めてキスをした。

  
インスは車の中で話そうといったのに、無言で運転している。ユナは、インスに裏切られた想いがしていたのに、こうして隣に座っている・・・。彼の隣・・・それは、今一番ユナがいたいところでもある。なのに、彼女はインスのほうを見ず、自分の窓から見える景色ばかり眺めていた。

海が近づいてきたが、インスは海へ向かわずに左へ逸れて、坂を上った。その先にあるのは、あのホテルだ。


「・・・」
「さあ、降りて」
「・・・」
「降りて」
「・・・」
  

インスが恐い顔をして、ユナを睨んだ。


「前回の部屋」の一つ上の階で、眺めがとてもよい部屋だ・・・。



「いい部屋ね」
「・・・」
「ねえ、話し合いをするんでしょ? 違ったの?」
「・・・そうだね」
「そうだねって? その言い方はなあに?」
「・・・」


インスはただユナを見つめている。


「私がどれだけ苦しいかわかる? あなたは奥さんと元のさやに納まってよかったけど」
「・・・」
「黙ってないで、なんか言ってよ・・・」
「・・・」
「私から逃げるように、ソウルに帰ろうとしてたくせに・・・」


そういうと、ユナは涙がこみ上げた。


「ごめんよ、ユナ・・・君に言わなければならなかった・・・。だけど、言葉にならないんだ」
「・・・」
「君から逃げたくて、ソウルに行くわけじゃない・・・。でも・・・今の状態を思うと」
「・・・でも、結局はそうでしょう」  
「なんと言ったらいいのか・・・自分でも気持ちをまとめることができない・・・。でも・・・」
「・・・でも?」
「君を失ってしまうことが、怖いのは、確か」
「・・・」
「いろんな言い訳を考えた。でも・・・どれも違う」
  
「愛してる? 私を」
「・・・」
「それすら、わからないの?」
  
「・・・ただ、君がいなくて生きていけるだろうかって」
「・・・」
「自分よがりなのは、よくわかってるんだ・・・。君にこんなことを言いながら、妻の介護を続けている。でも、それがホントの気持ち・・・」
「・・・」


ユナは返す言葉を失った。なんと彼に言ったらいいのだろう。ただ、「愛している」と連呼されたほうがマシだった。
彼の中の困惑は、自分の中にあるものと同じだ・・・。そして、それには答えが出せない。



  
ユナはむなしさに溜め息をついて、窓の外を眺めた。


夕日が沈もうとしている。
迫りくる闇は私たちの愛を許してくれるのだろうか。
私たちにこの先、道はあるのだろうか。


インスがユナを後ろからぎゅっと抱きしめた。そして、ユナの顔に自分の顔をくっつけた。


「あなたは、私に全てを委ねるの・・・?」
「・・・」
「私を不幸にして、あなたは幸せ?」
「・・・」
「インス・・・」


ユナはインスのほうへ向き直って、彼の顔を両手で挟んだ。


「・・・インス・・・私に何を選べと言うの?」


ユナの目からは涙が落ちてきたが、インスはユナの涙を拭おうともせず、ベッドへ押し倒した。



あなたは私なしには生きられない。
私もあなたなしには生きられないだろう・・・。

でも、これが最後ね? 

あなたとキスすることも。
あなたが私の胸に触ることも。
あなたが私の中にいることも・・・。

もう、全てが最後ね? 

触れ合う胸も足も手も指も、この息づかいも・・・この肩も、この背中も、この涙も・・・。

これで終わりにするのね?

それなのに、私がいないと生きられないと言うのね?
それなのに、こんなにきつく抱きしめるのね?

私の心がこんなに張り裂けそうなのに・・・それを知っていて、あなたは私を抱くのね・・・?
  

ユナは涙で目を潤ませながらも、インスの目をしっかり見つめた。








夜明けにユナの携帯が鳴った。それは最初とても小さな音で気づかなかった。
ユナはインスの胸の中で眠っていた。眠りの中にいるユナが感じられることと言ったら、インスと自分のことだけだ。
  
携帯の音はだんだん大きくなり、ユナを現実に引き戻した。ユナが起き上がった。こんな時間にかかってくる電話はただ一つだけ。やはり、病院からである。


「もしもし!」
「あ、チョ・ギョンホさんの奥様ですね?」
「はい」
「先ほど、危篤状態になられました。急いで来て下さい」
「き、危篤って」
「奥さん、もう予断を許しません。とにかく、来て下さい」
「は、はい。あのう、30分くらいで行けると思います」
「とにかく、急いで来てください。ICUです」
「はい」


ベッドの上で、ユナは呆然となった。ギョンホが死にかけている・・・。


「どうしたの?」
「危篤だって・・・」

ユナはぼんやりと座り込んでいる。


「急ごう」
「うん・・・」

  
ユナは呆然としたまま、服を着た。
ユナの心が均衡を失った。
足が縺れそうになりながら、歩く。
インスが手を取って、心配そうにユナを見つめた。


「大丈夫だよ、大丈夫だよ、きっと」
「うん・・・」
  




インスの車は、まだ夜が明けたばかりの海岸線を走っていく・・・。
インスとの思い出の全てがまるで本のページを閉じるように、ユナの目の前を通り過ぎ、音を立てながら封印されていく・・・。


今まで考えないようにしてきた夫の死が近づいている・・・。


車は、病院の前で停まった。


「大丈夫だよ」
「うん・・・ありがとう」
  


ユナは車を降り、ICUに向かって走った。
ICUの前に着いて、中を覗く。主治医がユナに気づいて出てきた。



「奥さん・・・」
「先生」
「たった今ですね、2分ほど前にお亡くなりになりました」
「・・・」
「中へどうぞ」

ユナは足がガクンとした。やっとの思いで脚を運び、ギョンホのベッドまできた。ICUの端のベッドに、ギョンホは寝ていた。まだ、白い布もかかっておらず、静かに寝ている。
病院に入院してから、もしかしたら、今までで一番元気だった頃のギョンホに似ているかもしれない、ギョンホらしい寝顔だ。顔が穏やかで、今にも起きてきそうだ・・・。ここ数か月、意識のなかった彼の中で、最も意識を持った面持ちだ・・・。



「先生・・・この人・・・」
「どうしたんですか?」
「生きてるみたい・・・。今、なんか言いたげです・・・」
「・・・ゆっくり、別れを惜しんでください」


医者はユナを残し、ICUを出ていった。


「あなた・・・。あなた、ごめんね…間に合わなくて・・・」


ユナはじっと夫を見つめた。もう亡き人になってしまった夫が愛おしかった。触ると、夫の手はまだ温かかった。ユナは彼の手を握った。


「まだ、あったかいね・・・。ごめんね、ごめんね・・・一人ぼっちで逝かせて・・・」





事故の前日、彼は軽く「一泊二日で、出張に出てくる」と言った。

「着替えはいいのお?」
「いいよ、下着1枚あれば足りるよ」
「そうお? もう寒いんだから、風邪引かないようにしてよ」

それが二人の最後の会話だった。





ここ数か月の苦しさも、夫への恨みもインスへの想いも、今全てがご破算になった。
夫は死を持って、ユナに許しを乞うた。
夫を失うこと・・・それは、新しい恋も同時に失うことだ。ユナに残されたものは、これからは一人で生きていくということだけだ。もう夫の庇護のもとにはいない。夫を失った今、インスにすがることもできない・・・。彼女は本当に一人になった。


ユナはベッドサイドに用意された白い布を夫の顔にかけた。



  
ユナが長いトンネルを抜け出したのか、まだその中に留まっているのか、わからない。でも、ここ、サムチョクでのやることは終わった。夫を葬儀屋に頼んで、ソウルへ遺体を送る手筈は済ませた。あとは、自分のホテルの
部屋を片付けてここを出ていくだけだ。それ以上ここに留まる理由はない・・・。

ユナは部屋の整理をして荷物を宅配便で送った。軽いボストンバッグだけ持って、部屋を後にした。インスの部屋をノックしようとしたが、これ以上彼に迷惑をかけたくなかったので、そっとホテルを出た。外は日が長くなっていて、午後5時だというのに、まだ明るかった。

バスの時間までまだ間があるので、ホテルの前のカフェバーで時間を潰すことにした。
出されたコーヒーをゆっくりと味わう。ここで、インスとよくお茶をした。そして、酒を飲んで、彼に絡んだこともあった。
この地での思い出は全てがインスにつながっていく。

窓の外を眺めていると、インスがコンビニの買い物袋を下げてホテルに戻ってきた。
インスの姿がとても懐かしい。遠い昔の恋人のように・・・。
ついこの間、辛い別れを経験したばかりだというのに・・・。

  


彼はホテルの中へ入っていった。
ユナはインスの部屋の窓をじっと見つめた。しばらくすると、インスの姿が見えた。彼は窓際のイスに座った。


懐かしい肩・・・。愛しい横顔。


配偶者を亡くした今のユナにとっては、インスはより遠い人になった。彼はこれから妻と人生をやり直すだろう。夫を失ったユナなど人生の重荷でしかない。もうフィフティ・フィフティの関係は築けない。


ユナはインスに最後のメールを送った。

【夫が亡くなって、全てが終わりました。今、ソウルに向かうバスの中にいます。これからソウルでの葬儀の準備などありますが、サムチョクでの全てが長い夢の中のことのようです。ただ、あなたは現実だったと信じたい。これから、私がどのように生きていこうと、あなたと出会えたことは決して忘れません。さようなら。ユナ】

  
ユナはインスの後姿を見つめた。彼は携帯を見ているのだろうか。じっと座って動かない。
そして、立ち上がって窓から消えた・・・。

ユナは涙を拭いて立ち上がった。
本当にバスに乗って旅立たなければ。明日へ。夫もあの人もいない明日へ・・・。
  
ユナは力を振り絞るようにドアを開けて、足早にカフェバーを後にした。





  

ユナは行ってしまった。インスが心の整理をする前に、別れは突然やってきた。

君なしでは生きていけそうもない・・・それは本当だ。もちろん、これからも妻の世話をして、仕事をしていくだろう。
でも、今、ぽっかり空いた心の穴は、彼女でなくては埋められないような気がする・・・いや、埋められない。でも、それが孤独というものかもしれない。そして、それは誰もが持っている穴なのかもしれない。でも・・・。自分はそれを埋める術を知っている・・・。知っていたのに。 今は手放すしかないのだ。








インスはギョンホの葬儀にも列席したが、会葬者が多い葬式の中では、ただユナを見つめるだけで、二人で話をする時間など持つことは許されなかった。









その後、インスの妻の体調もよくなってきて、ある日、妻のスジンがインスに尋ねた。


「インスさんは何も聞かないのね・・・。どうしてかって」
「・・・スジン。君に言わなくちゃならないことがあるんだ」
「なあに?」
「あの人は・・・亡くなったよ・・・」
「・・・・」


妻は声を立てて泣き始めた。

きっと、彼女のぽっかり空いた穴は、ギョンホにしか埋められなかったのかもしれない・・・。


インスは病室の外で、妻が悲しみにくれて泣く声を聞きながら、やがて、自分たちの生活にもピリオドをつける時が近づいていることを悟った。

  



妻のスジンが全快してまもなく、インスは妻と別れた。妻を恨んで別れたわけではない。それぞれの心の穴を埋める相手が違っていたことに気づいたからだ。あの事故がなければ、自分たち夫婦は仲の良い夫婦のままだっただろう。たとえ、妻が外に男を作っていたとしても、インスには最良の妻だった。でも、運命というものは、そう簡単には人に幸せを与えてはくれないらしい。秘密は明るみに出て、もう心は、元には戻ることはできなかった。



インスは一人になって、新しいアパートに移った。ユナが「大切にしてね」と言ったグリーンと一緒に。





インスはユナにメールを送った。

【結局一人になりました。あの時は君をどう思っているのか、ちゃんと言えなかった。ただ、僕がわかったことは、人には自分という深い孤独があって、そこにただ一つ温かい影が差すとしたら、それが君だったということ・・・。今頃ですが、それがわかりました。インス】

  

ユナはそれを読んで泣いた。すぐにでもインスのもとへ走っていって、彼を抱きしめたかった。
しかし、ユナはそれをしなかった。


ユナは夫のギョンホの画廊をギョンホの友人に譲り渡した。それが一番だと思ったから。ユナは家庭のことに追われ、彼の仕事を理解していなかった。いや、ギョンホは妻には彼の世界を見せなかった。家庭から一歩出たら、家庭というものを自分の世界から切り離して考えていた。それでも、ギョンホも、最後には誰か自分の世界を共有できる人がほしかったのかもしれない。
それがスジンだった。

ユナは美術も芝居も歌も好きだった。もし、ギョンホがユナにもっと心を開け放していたら、ユナはギョンホとともに共感し合い、家庭だけで収まることなく、もっと大きな世界を見て暮らしていけたのかもしれない。そして、彼とともに、素敵な画廊を経営していたかもしれない。


結局、人は一人では生きられない・・・。
そんなことに気づくのに、なんという代償を払ったことか。


ユナは、ギョンホの友人に画廊を譲る代わりに、彼女に合った仕事を世話してもらうことができた。



ユナは新しい仕事が軌道に乗ってから、インスにメールを送った。

【お久しぶり。やっと自分の仕事と言えるものに出会いました。絵本の編集をしているのよ。少しずつだけれど自分の世界が広がっていく気がするわ。今度あなたに会う時には、しっかりと自分の足で立っている女でありたいと思います。ユナ】

  







あの事故から一年経った3月のある日、ユナは勤める出版社の近くにある大学の掲示板にコンサートのチラシが貼ってあるのを見つけた。それは、最近ユナが気に入っているシンガーのコンサートだったので、シンガーの写真に引かれて、そのチラシを覗きこんだのだった。そのコンサートは4月に、ここの大学の野外ホールで開かれるとあった。
  
何気なく覗きこんだチラシであったが、ユナは、スタッフの名前の中にインスを発見した。
照明監督:キム・インス・・・。

胸がざわざわとざわめいた。

インスという文字が、彼女を胸苦しくし、そして、懐かしさと恋しさで彼女をいっぱいにした。




車で、コンサートの打ち合わせでやって来たインスは、大学の掲示板を見入っている女性を見て驚いた。
まぎれもなく、彼女だ。

ユナを見間違うことはない。たとえ、どんなに逢わなくても、彼女の姿を顔を忘れることはない。



インスは懐かしさに顔が綻んだ。彼女は一年前とちっとも変わっていなかった。今飛んでいけば、彼女と再会できる・・・。

懐かしさで、インスは車のドアを開けて飛び出したが、彼女はもう掲示板の前にはいなかった。
  
ふと気がつくと、自分の目から涙が落ちて、インスは自分自身に驚いた。


掲示板を覗いてみると、自分の参加するコンサートのチラシが貼ってあった。

ユナも自分を思い出してくれただろうか。
いや、きっと、彼女はいつも思っていてくれたに違いない。オレがいつも君と一緒にいるように。








ユナは、今プレイガイドに来ている。

「こちらのS席が今取れるお席では一番見やすいですね」
「あのう、照明係りってどこに座れば見えますか?」
「照明係りですか?」
「そう。歌手よりそっちが見たいの」
「さあ・・・ちょっとお待ちください・・・」

係りの女の子が奥へ消えた。


ユナは自分でも変なことを聞いているのはわかっているが、今見つめたいのはインスだ。


「お待たせしました。照明係りのブースはこの辺りだそうです。そうしますと、見やすいお席は・・・斜めに3段程上がっていただいて、この辺・・・いかがですか?」
「そうね・・・そこにするわ」
「かしこまりました。こちらは・・・A席になります・・・」
「ありがとう」

ユナはコンサートのチケットを手に入れた。

  







コンサート当日。ユナはコンサート会場に早めに入場した。
そして、仕事をするインスを眺めた。彼は若い照明係りを指導しながら、テキパキと仕事を進めていた。彼の仕事をしている姿を見るのはこれが初めてだ・・・。ユナが今まで知っていた彼はどこか混沌としていて、どこか寂しくどこか甘さがあった。今日の彼は、凛としていて、その目つきは鋭く、男臭かった。


インスの目は、時折仕事とは関係ない方向に動いていた・・・。でも、その先にある席は最後まで客で埋まることはなかった。

まだ携帯に残してあったユナのアドレスに、先日、メールを送った。今度のコンサートへ来ないかと。チケットは受付に預けておくから、ぜひ来てほしいと。でも、彼女からの返事はなく、彼女は来なかった。


アンコール曲が終わり、コンサートはとうとう全て終わってしまった。熱気でごった返した会場も、観客たちが出ていくとともにその熱も少しずつ醒め、元の静けさを取り戻そうとしている。



「先輩。お疲れ様です」
「お疲れ、あ、ありがとう」

後輩がポットからコーヒーを入れた。インスたちは、身の周りの機材の電源を切って、コーヒーを飲みながら一息つき、客が帰るのを待った。


「監督!」
「ああ、どうも」

コンサートの責任者がやってきた。


「いい舞台だったよ、ありがとう」
「どうもありがとうございます」


インスは軽く頭を下げてから、後輩に言った。


「さあ、あと、もうひと頑張りだな」
「ええ」


まだ照明器具を撤去する作業が残っている。インスはコーヒーを飲みながら、あの席を見つめた。コンサートは成功に終わったが、心に敗北感が残った。それがあの席だ・・・。
淡い期待を持って送ったメール。でも、彼女はやって来なかった。自分を嫌いになったわけではないだろう。ユナはこのコンサートのチラシを見入っていたではないか。
でも、お互いの複雑な関係を彼女は断ち切りたかったのかもしれない・・・。
つまり・・・もう終わったんだ・・・。



客が帰り、清掃員たちが入ってきた。インスはタメ息をついて、イスから立ち上がった。
そして、何気なく見た左手前方に、ユナが座っていた。
  
ユナはじっとインスの方を見つめていた。

驚いて、彼はユナの席のほうへ駆け寄った。



「どうしたの・・・」
「どうしたって・・・コンサート、見にきたのよ」
「だって・・・」
「ああ・・・。チケット、ありがとう・・・。でも、もう自分で買っちゃった後だったから・・・」


インスは頭に手をやって、自分の取った席のほうを見た。

「でも、あっちの席のほうが・・・」
「私、今日は歌手より見たいものがあったから・・・」


インスが振り返って、ユナを見た。


「いいでしょう? 別に歌手を見なくても」


インスは再び振り返って、照明係りのブースを見た。ここの席から丸見えだ。

「・・・」
「なんか、言ってよ」
「・・・君は・・・」

「・・・それだけ?」
「・・・バカだな」
「・・・」


ユナがインスの顔を見ると、彼の目には涙があふれていた。


「やだ・・・。逢いたかった・・・」


ユナがそう言うと、インスはユナの手を引っ張って抱き寄せた。


「・・・」
「・・・・なんか言って・・・。逢いたかったって」
「・・・。ずっと逢いたかった・・・。君をこうして抱きしめたかったよ」

「・・・・私も・・・。私も、あなたをこうして抱きしめたかった」


ユナも力いっぱいインスを抱きしめた。
インスがユナの顎を上げて顔を覗き込んだ。


「ユナ・・・来てくれたんだね、僕のところへ」
  

そう言うと、インスはユナの唇を見つめ、ユナは目を閉じた。
すると、ユナの唇にポツンと白いものが落ちてきた。


「冷たい」


ユナが目を開ける。


「雪だわ・・・」

「雪だね・・・」



二人は抱き合ったまま、空を見上げた。
白い雪が二人の上に降り注ぐ。


「ああ・・・雪・・・」
  

二人は笑顔で見つめ合い、その季節外れの雪をじっと見上げた。

雪は、やさしく、温かく、二人の上に降り注いだ。










THE END








いかがでしたか?

これは短編なので、スジンのほうを追いかけていないので、その辺にも触れてほしい方もいたでしょう・・・ミアネ・・・。












2009/06/20 18:50
テーマ:【創】A.April Snow カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】Another April Snow2









 
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BYJシアターです^^


本日は「Another April Snow」2です^^




ではここより本編です。
お楽しみください^^






二人はホテルに戻ってきても、車から降りる気にはなれなかった。
海でのキスとあの安らぎは束の間のものなのか、それとも今まで探し求めてきたものなのか・・・。その感情を確かめたい。

  

「どうする・・・。もう少し走ろうか・・・」
「うん・・・」


インスは、また車を走らせた。

どこまで走ればいいのか・・・いつ、二人はこの車から降りたらいいのか・・・。わかっていることは、今は離れがたくて、もっと近くにこの人を感じたいということだ。


「行ってもいいわよ・・・」
「・・・」
「まだ、あなたといたいから」


そういって、ユナは車のドアに寄りかかり、窓の外を眺めた。インスもユナを見て、心を決めたように車を走らせる。二人を乗せた車は、海沿いのホテルへと着いた。






【Another April Snow2】
主演:ペ・ヨンジュン/石田ゆり子







心を決めて、チェックインした二人だったが、今の状況はまさに不倫だ・・・。二人の間には、重い空気が流れている。


「帰る?」
「うううん・・・」



インスがユナを引き寄せ、抱きしめた。


「・・・」


今、お互いに抱擁している相手は、自分のパートナーの身代りなのだろうか・・・。それとも、遅れてきた恋の相手なのだろうか・・・。


ベッドの上に座り、お互いを見つめ合う。インスが勇気を出して、ユナにキスをした。ユナもそれに応えるように、キスをする。インスの手がユナのカットソーを持ち上げて脱がせ、ブラジャーに手をかけた。


「待って・・・」
「・・・。嫌ならやめるよ・・・」
「うううん、そうじゃないの・・・」
「・・・」

「私、もう若くないから・・・」
「・・・」
「奥さんに比べたら・・・若くないでしょ・・・あなたをがっかりさせるわ・・・」
「・・・」



インスは無言のまま、ユナをやさしくベッドに倒した。そして、子供でも撫でるように、ユナの髪を撫でた。



「君は君だよ・・・」
「・・・うん・・・」



ユナは自分からブラジャーを外して彼を見上げた。インスがにっこりと笑った。
二人の心は一つになった・・・。







翌朝、ホテルの自室で朝シャンを済ませて、バスルームから出てきたユナは、鏡に映った自分の姿をゆっくりと見渡した。昨日とどこが変わったというわけではいないが、心なしか表情も肌の輝きも違うように思える。

鏡に映った晴れやかな表情の自分は、不実な女なのだろうか。

ゴミ箱の中をビールの空き缶でいっぱいにしていた自分に比べ、心も体も、誠実に、そして、正しく機能し始めたように思えるのに・・・。

髪を乾かす手を止めて、ユナは窓の外を眺めた。これから病院へ行くのが楽しみになりそうだ。今までは意識のない夫に会うのが辛くて、何度行くのをやめようかと思ったかしれない。でも、今は、彼がいる。

フランス映画で見た未亡人は、愛人の体重の軽さに、亡き夫を思って、「なんて軽いの」と笑って泣いた。それに比べ、なんて自分は不実なのか・・・。夫のことなどあの瞬間、全く思い出しもしなかった。彼の腕の中で安らぎを感じて、久しぶりにゆっくり眠ることはできた。なんということか。

自分自身も夫と同じように、社会の規範から外れてしまった・・・。

でも・・・。

今、この時期を乗り切れることができるのであれば、私は人から後ろ指を指されてもいい・・・。不安と猜疑心に飲み込まれそうだった心が、今また穏やかになり、救われている。それだけでもいい・・・。それだけでも・・・。










「何を読んでいるんだい?」


インスが、ベッドの上で寝ころぶユナに覆いかぶさった。
今日はインスの部屋で二人は寛いでいる。病院を離れると、逗留するホテルのこの部屋が、二人のやすらぎの場だ。別段、抱き合わなくてもいい。二人で見つめ合えば、心が満たされていくのである。


「雑誌よ」


そういって、ユナは女性雑誌を見ている。


「ふ~ん」
「今日ね、病院の購買会で見つけたの。考えてみたら、こんな雑誌さえ読むことを忘れていたわ・・・」
「・・・」
「なあに?」
「ホントにそうだなと思って」
「あなたもなんか読んだら?」
「うん・・・。ねえ・・・」
「なあに?」


ユナがインスのほうを向いた。


「うん・・・君、ご主人の携帯、見た?」
「携帯?」
「うん・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「あの事故で壊れちゃったからそのまま」
「そうか」
「あなたは見たの?」
「うん?少し・・・・」
「そう・・・」


たぶん・・・夫と彼の妻の情事のメールが入っていたのだろう・・・。


「ねえ、あの、デジカメになんか写ってた?」
「ああ、あれね。風景ね、海岸線とか」
「そうか・・・。あいつはカメラマンなのに、カメラを持っていなかったのが、考えたら、ちょっと変だなと思って・・・」
「そうねえ・・・。でも、わざと持ってこなかったのかもしれないし」
「・・・」

「なんか、二人の写真でも見たいの?」
「というわけでもないけど・・・」


インスは、携帯のメール同様に、何か浮気の証拠でも探したいのか・・・。


「いずれにせよ、カメラにはそういったものは残ってなかったわ」
「・・・」
「考えてみて。そんな証拠写真なんて残せるはずないじゃない」
「そうか」
「気になる?」
「・・・それならいいんだ・・・」
「・・・・奥さんのことが、気がかりなのね」
「そうじゃなくて・・・君が何か見ていたら、ショックかなと思って」
「・・・・」
「そうだろう?」
「そうね・・・」


きっとインスは携帯でショックなものを見つけたのだ。それで、私の気持ちを心配している。


「ねえ、インス。さっき買ったりんご、食べない?」
「ああ、そうだね。よし、オレが剥いてあげよう」


インスが起き上がって、りんごを取りにいく。


「まあ、それはどうも。上手に剥けるの?」
「え~え?  これから練習しなくちゃね」
「練習ね」(笑う)


ユナも笑って起き上がった。





インスがりんごと悪戦苦闘している。


「ねえ、代わろうか」
「いや、自分で剥いてみるよ」


インスが不器用そうにりんごを剥く。ユナはその手つきを楽しそうに見つめている。


「色が変わらないうちに食べさせてね」
「僕もそう願いたいけど・・・」(笑う)


ユナは皿に落ちた厚く剥けたりんごの皮を拾って、口に入れた。


「うん、おいしい! このりんご、おいしいね」
「なんだあ・・・」


インスががっかりした顔をした。


「いいわよ、あなたは剥いてて。私はこのジューシーなほどに、ぶ厚いやつを食べてるから」


ユナが笑った。そして、ひとかけら、インスの口に入れた。


「どうお?」
「おいしい。ああ、もうやめた。バカみたいだ」
「ふふん。(笑う)貸して! 剥いてあげるわ」


ユナがインスの続きを剥き、インスはぶ厚いのりんごの皮を口に入れて笑った。


「ねえ、今度水族館へ行ってみようか」
「それもいいわねえ」
「うまそうな魚がいっぱい泳いでいるらしいから」
「ふふふ、全く」


二人が笑っていると、部屋のチャイムが鳴った。


「誰だろう・・・今ごろ」


インスは立ち上がってドアのところへ行き、「はい!」と返事をした。彼の妻の父親だった。
二人は顔を見あわせて、インスは急いでユナをバスルームに匿った。
インスがドアを開け、父親を招いた。


父親はザッと部屋の中を見回して、「どうだ、様子は」と聞いた。インスは「夕飯はもう召し上がりましたか?僕はまだなので、よかったら外へ出ましょう」と、父親を部屋から誘い出した。ドアの閉まる音はしたが、どのタイミングで出ていったらよいのか、ユナが迷っていると、またドアの開く音がして、ユナは一人緊張した。バスルームのドアが開いて、インスが覗き込んだ。



「ああ、びっくりした・・・」
「ごめん。大丈夫?」
「うん・・・大丈夫よ。お父さん、待ってるんでしょう? 早く行ってあげて」
「・・・」
「さあ・・・」
「うん・・・」


インスがじっとユナを見つめている。


「私も出るわ」


ユナがバスルームを出ようとすると、インスがユナを抱きしめた。


「ごめんよ・・・君を隠したりして・・・」
「・・・」


二人だけでいると、何も悪いことなどしていない気がする。気が合って、一緒に笑い合うだけだ。時に、悲しみや辛さが襲ってくると、それを相手がやさしく抱き止めてくれる・・・。何も悪いことなどしていないじゃないか。

でも・・・。

一歩、外に出てみれば、二人は不倫の関係だ。

インスの抱擁はやさしくて、そこにはちっとも薄汚い感情なんてないように思えるのに、人から見えれば、すっかり不倫に溺れて、関係を続ける男と女だ。

あの人の奥さんに責められる立場になった・・・。
私が生死を彷徨っている間に人の亭主を寝取るなんてと・・・。

ユナはそんなことを考えたが、それでもインスへの感情を抑えることができなかった。夫が彼の妻と不倫をしていたことに最初は腹を立て、まるでこの世の終わりのように、毎日苦しい思いで過ごしてきたというのに、なんと人は、自分に都合よく考えるものなのか。自分たちの関係だけは、まるで純愛のように思えてくる・・・。

最初は苦しさから逃れたくて、安らぎがほしくて、インスを愛した・・・。彼は現実から逃避するための手段だったかもしれない。でも・・・今は彼が心の多くを占めている。逃避というより、彼への愛で、今、自分は生かされているような気がする。


インスはどう思っているのだろう・・・。

私は、まだただの借り物なのだろうか・・・。











夜になって、ユナの部屋のチャイムが鳴った。

ユナはもう寝る用意をしていて、風呂に入り、パジャマに着替えていた。チャイムの後に、トントン!とノックする音がした。その音で誰が訪ねてきたか、わかった。


「どうしたの?」
「ただいま」


ユナが開けたかすかな隙間からインスの笑顔が覗いた。


「・・・」
「入れて」

「酔ってるでしょ。帰って寝たら?」
「・・・」


ユナがドアを閉めようとすると、インスはドアに足を挟んでいて、ドアが閉まらない。彼は力いっぱいドアを引っ張って開け、中へ入ってきた。


「お父さんは帰ったの?」
「うん・・・バス停まで送って、バスに乗るのを見送ってきた・・・」
「それで、酔って帰ってきたの? あなた、酔っ払って車を運転したの?」
「いや・・・。帰ってから、そこで飲んでた」
「・・・」


「君に会わずに部屋に戻りたいと思って帰ってきて・・・。そして飲んだくれて・・・結局、君を訪ねた」


インスが酔った目をして、ユナを見た。


「ふん」


インスが自嘲するように笑った。


「なんでこんなに逢いたくなるのかな・・・。なんで君のドアを素通りして自分の部屋に入れないのか・・・」


インスがユナを睨んで近づいてくる・・・。


「なんでだろう・・・」
「酔ってるわ。帰りなさい。また明日話しましょう」
「君は年上で、妻を寝取った、憎い男の妻でもあるはずなのに・・・。そして、オレをとんでもない不倫の道に陥れている張本人なのに・・・」
「・・・インス・・・」

「親父から隠さなくちゃいけない関係なのに・・・」
「・・・インス」

「今まで、人に後ろ指を指されるようなことなんて、してこなかったのに・・・」
「・・・インス?」

「なんでなんだろう・・・」


インスがユナに迫って、ユナは押されるようにベッドに座り込んだ。インスが圧し掛かるようにして、ユナを押し倒した。



「なんで?」


ユナの顔を睨みつけている。


「やめて」


ユナが逆らおうとすると、インスの手が彼女の両手を掴んで頭の上で押さえつけた。


「痛いわ」
「どうして・・・」


インスの体重がユナの上に圧し掛かる。


「重いわ・・・」
「なんで、恋しいんだ、君が!」
「・・・」
「なんでこんなに君が恋しいんだ!」
「・・・」


インスの唇がユナの唇に重なった。

「・・・お酒臭いわ・・・」
「・・・」
「・・・こんなの嫌よ・・・」
「・・・」


インスの目が切なそうに翳った。彼は、押さえつけていたユナの手を放し、起き上がった。


「インス・・・」

「・・・悪かった」


インスがユナを見つめて、寂しそうに玄関へ向かう。


「インス・・・待って。インス・・・行かないで」


ユナは起き上がってインスの後を追う。 玄関に向かうインスの背中に抱きついた。


「行かないで。ここにいてちょうだい」


インスは振り返って、ユナの目を見た。


「お願い、ここにいて・・・」



インスは酔っていたせいもあったが、ユナと目が合った瞬間、なぜか自分自身の心の均衡を保つことができなくなった。ユナに抱きつくと、崩れるように座り込んだ。

ユナはそんなインスが胸に顔を埋めると、彼への愛おしさがあふれてきて、まるで、子供を抱くように、その胸にきつく抱かずにはいられなかった。








翌朝、ホテルの自室のベッドで目覚めたユナは、胸に抱いたインスの髪をやさしく撫でた。
  
愛しい彼・・・。
なんてかわいい人・・・。

ユナは彼の髪を撫でていたが、そろそろ起きようとして、インスの体からそっと体を離そうとすると、インスの声がした。


「今、何時?」
「うん? 6時半」
「もう少し寝よう・・・」
「寝てて・・・私は・・・」
「君も一緒に、もう少し寝よう・・・」
「・・・わかったわ・・・」

  
インスがもう一度ユナを抱き直し、ユナの胸で深呼吸をした。ユナもインスも何も身につけていなかったので、インスの呼吸がユナの胸にふわっとかかり、彼女の胸はチクチクと痛んだ。忘れていた恋の痛み・・・。ユナは、よりインスの呼吸を肌に感じるように、抱きしめた。

この息づかい。
この温もり・・・。

彼から離れるなんて・・・・できない。









午後になって、病室で、ユナが夫の手の指の爪を切っていると、付き添いのおばさんがやってきた。


「こんにちは」
「こんにちは。どうかされました? なんか晴れやかですね」

「そうかしら? 今ね、爪を切ってたの」
「そうですか」
「結構速く伸びるのよね」
「意識はなくても、爪は伸びるし、髭も伸びる。床ずれもするし・・・生きてるって難儀ですよね」
「・・・」
「あ、ごめんなさい。旦那さんには助かってほしいですよ」
「わかってます。・・・髪もこんなに白くなっちゃって・・・髪質も痩せちゃったわ・・・。前は、髪が太くて黒いのが自慢だったのに・・・」


ユナが夫の顔をじっと見入っている。


「さあ、奥さん、選手交代。代わりますよ」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと出てきますね」

「奥さんも一日中、病室に詰めているだけじゃあ、身が持ちませんからね。少しリフレッシュされるといいですよ」
「そうね・・・ありがとう。じゃあ、行ってきますね。6時前には戻れると思うけれど・・・。何かあったら携帯に電話してくださいね」
「わかりました」

  
ユナは病室を出て、約束のバス停へ向かった。

バス停のベンチの横に立って、ユナはインスの車が来るのを待っている。腕時計で時間を確認すると、ユナは手持ち無沙汰のように、コートに両手を突っ込んで、周りを見回した。


インスの車がやってきた。


「お待たせ。待った? ごめんよ。さあ、乗って」
「どうしたの? 病人さんに何かあったの?」
「いや。おばさんが遅れてきたものだから」
「そうお」


「水族館でいいよね?」
「ええ」
「ずっと立って待ってたの?」
「なんで?」
「座ってればいいのに。疲れちゃうだろ?」

「でも、座ってたら、あなたの車から見えにくいでしょ?」
「ふん」
「どうしたの? 何、笑ってるの?」
「君って親切だよね」
「そうお?」
「いつも気遣いがある」
「そうかしら」
「うん」

「やあだあ。何にも出ないわよお」
「ふん。(笑う)いいよ、別に」


「でもね」
「・・・」
「僕は、君が座っていても、遠くからでも、すぐに君がわかるよ。見間違えない。すぐに見つけるよ」
「・・・うん・・・」


二人はちょっと見つめ合って、恥ずかしそうに笑った。







続く・・・・。









2009/06/19 01:31
テーマ:【創】A.April Snow カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】Another April Snow1

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BYJシアターです^^


こちらは昨年の春に書いたものです。

「四月の雪」を題材にした「Another April Snow」をお送りします。


先日の「四月」で懐かしくなりました・・・。

私のサークルでは2部で書きましたが、
それでは長すぎるので、こちらでは3部に分けてお送りします。


こちらは、四月のエピソードを取り入れながら、進みますが、
大きく違うのは、インスと出会う女性です。


彼女は年上で・・・名前をユナといいます。
同じ名前だと混同してしまうので・・・・。

(前回、「恋の病2」をブログでアップしたので名前がダブりますね。
すみません・・・)


二人の夫と妻の名は変わらず、ギョンホとスジンです。
インスの人格は変わりません。たぶん・・・。
でも、相手が変わると、同じエピソードも微妙に変化していきます・・・。


(ここのところ、ブログでは
年上の女が続きますが、そればかり書いているわけではありません^^;)

では、
インスとユナのストーリーをお楽しみください!








「Another April Snow」1



「こちらが・・・ご主人のチョ・ギョンホさんと・・・こちらの奥さんのソン・スジンさんが交通事故に遭われた現場の写真です」


ソウルから離れたサムチョクという小さな町の警察で、私たちは、交通事故に遭った現場の生々しい写真を見せられた。



私たち・・・昨日の事故がなければ知り合うはずのなかった二人。
私たち・・・夫に裏切られた女と妻に裏切られた男。

  

二人のパートナーが同乗した車が事故を起こしたのだ。二人の乗った車は対向車線を乗り越えて、前から来た車と正面衝突した・・・。相手の車は大破し、運転していた男は即死状態で亡くなった。若干26歳。初めての子供が生まれたばかりだと言う。




「まだ、お二人のどちらが運転していたかは、わかってないんです。二人とも車の外へ放り出されていましたからね・・・・。事情聴取をしたくても、お二人とも重体ではね」


若い警官が事故現場の写真を見せながら言った。


「あのう・・・先ほどから、何度か飲酒運転っておっしゃっていますが、うちのは酒を飲んで運転なんてしたりしません」

男は少し怒ったように眉間に皺を寄せて抗議した。

「どうでしょうか。奥さんにもアルコール反応は出ていますよ」

「・・・」

「まあ、これからの捜査でどちらが運転していたかはわかるでしょう・・・。さて!お二人には、車の中に残されていた所持品をお引き取り願いたいんです。こちらへどうぞ」




二人が警官についていくと、目の前のテーブルの上に、ボンと籠が置かれた。


「それぞれのお宅の品はわかるでしょう? お二人でよく見て分けてください」


警官は持ち場に戻っていった。
私は夫の財布や携帯を取り、男は妻の化粧ポウチやハンカチを取る。


コンドームがあった・・・。


私が黙って見つめていると、男は、それをサッと袋に入れて立ち上がった。


籠には、小さなデジカメだけが残った。私がそれを見ていると、男は私を見下ろすと、ぶっきら棒に聞いてきた。


「お宅の?」
「・・・かもしれません・・・」

私はそれを掴んで袋にしまった。



それがあの人との出会いだった。







【Another April Snow】1
主演:ペ・ヨンジュン/石田ゆり子








つい昨日まで、私も彼も自分たちのパートナーに裏切られていることに気づきもしなかった。
自分たちは平凡な幸せなカップルだと信じ切っていた・・・。でも、その裏で、相手は私たちを裏切り続けていた。


夫はその日、出張だと言った。
そして、あの彼の妻も仕事でこの地を訪れたのだと言う。彼はその事に固執するように、私を見つめて言った・・・。

「妻は仕事でこちらへ来たんです。そのことは忘れないでください」


私に釘を刺した。


でもね・・・。奥さんは、私の夫とアバンチュールを楽しむためにここへ来たのよ・・・。じゃなくちゃ、お酒なんか飲んで運転などしないわ・・・。

きっとあの人は、この事態をキレイ事に収めたいと思っているんだわ・・・そんな感じ・・・。


見栄? 
世間体?
それとも、私の夫のほうが彼の妻より15歳も年上で、中年で、見た目だって、彼より劣るから?
そんな冴えない男とアバンチュールを楽しんでいたのよ、あなたの奥さんは。







ユナは先日来、警察から持ち帰ったデジカメのことが気になっていた・・・。いったい、何が写っているのか・・・。

勇気を出して、スイッチを入れた。

写真は海岸線の風景が多かった。この写真の構図からして、夫のものではなさそうだ。 ユナは、デジカメのダイヤルをグルグルっと回した。突如、女のけたたましい笑い声が聞こえてきた。見ると、デジカメの画面に動画が映っている。


女の笑い声が響く中、夫が、ベッドから起き上がった・・・。


「撮るなよ」
「いいじゃない!(笑う)」
「よせよ・・・」

夫が寝ようとすると、

「ねえ、キスしようか!」
「やめろよ」
「いいじゃない!」

カメラの画面が天井を映した。ゆらゆらと揺れながら、天井を映し、衣ずれの音がして、「う~ん・・・」という声がする。再びカメラを女が持って、抱き合う二人を映し出す。

至近距離でキスする構図・・・。

それは、とても長い時間に思われた。二人の顔が離れて、女が笑ってレンズのほうを見て、スイッチを切った・・・。

ユナは心臓に楔を打ち込まれたような気がした。こんなことを・・・夫のギョンホがするなんて・・・。まさに浮気の現場だ。ほとんど裸の夫が女と戯れている・・・。

ユナはもう一度スイッチを入れて見ようとしたが、気分が悪くなって、繰り返し見ることができなかった。それでも、そのシーンは頭の中で繰り返されて、その夜は、てんてんとして眠りにつくことができなかった。

  





翌日、ユナは同じICUのベッドに寝ているあの女の顔を見にいった。しかし、彼女は無残にも顔に包帯を巻きつけて、間から見える顔も赤く腫れていた。ユナは、冷ややかな目をして睨みつけた。


「何ですか?」
「・・・」

男がやってきた。


「何かご用ですか?」
「・・・」


ユナは返事もせず、夫のベッドに戻った。男が夫のベッドにやってきた。そして、夫の顔を一瞥すると、ユナを睨んで帰っていった。男の夫を軽蔑しきった目つき・・・。ユナはこのスカした男に、あのデジカメを見せてやりたかった。

あなたの奥さん、見せてあげましょうか?

翌日、ユナはカメラを持って病院へ行ったが、男にそれを渡すことができなかった・・・。あの男も一緒に地獄へ陥れたかったのに、彼女にはそれができなかった。 あの映像に悩まされ、来る日も来る日も眠れない夜が続いたユナは、ほんの束の間、夫のベッドサイドで舟を漕いで寝るのが、彼女の日課となった。そんな映像を憎い女の夫だからと言って、ユナはとても見せる気にはなれなかった。








それから3日経った土曜の夜、ユナは逗留しているサムチョク・ホテルの前にあるカフェ・バーで、あの男を見かけた。


「ちょっとあなた・・・」


カウンターで一人、酒を飲んでいるその男に声をかけた。

「・・・なんでしょう?」


男がカウンターのイスを回して、ユナのほうを向いた。


「一人なら、一緒に飲まない?」


ユナは少し酔っているようだ。彼は眉間に皺を寄せた。


「・・・」
「ヨッパイの相手はしたくないって顔ね・・・」
「いや・・・あなたとは・・・」
「敵同士ってわけ?」
「・・・」

「ダメ?」
「あなたは・・・なんとも思わないんですか?」
「思うわよ・・・。とっても。でもね・・・」


ユナはそう言いながら、彼の隣に座った。


「あ、バーボンお代わりちょうだい!」


マスターに酒をオーダーする。


「お酒、好きなんですか?」
「うううん、別に・・・。でもねえ・・・。こっちへ来てからは私、毎晩、飲んだくれてるの・・・。あ、ありがとう」


ユナは目の前に出されたバーボンを飲もうとして、グラスを持ち上げて、中の液体をじっと見た。


「そうだわ! 乾杯しましょ!」
「・・・」
「う~ん・・・。とにかく乾杯」


自分のグラスを男のグラスに当てると、ユナはバーボンを勢いよく、飲み込んだ。


「・・・何か食べなくて、大丈夫?」


男が心配そうに、いや、呆れたように言った。


「ああ・・・忘れてた。そう、食べるね、食べる。そう・・・そういうことも、昔はしてたわね・・・ふ~ん」
「・・・」
「人間は食べる葦である・・・。ふん。私・・・今までどうやって生きてきたのかしらね・・・」


ユナはそういって、小皿に入っているピーナッツを口に入れた。


「これが、今晩の夕飯・・・」


ユナにはついこの前までの生活が頭に浮かばない。専業主婦のユナには、夫のためだけに日々の暮らしはあった・・・。毎日、夫の好む食事を作って食べさせて・・・それで? それが何だったと言うの? そんなに夫のために、時間を割いたって、あの人の頭の中には、違う女もいたのよ。

そして、今のユナの暮らしといったら、病院と安ホテルを行き来しているだけ。
食の楽しみも忘れた・・・。



「出ましょう」


男が睨みつけるようにユナを見た。


「でも、これ、今来たばかりよ。まだ、飲み終わってないわ」
「出ましょう。さあ」


彼はユナの腕を引っ張ってカウンターのイスから、ユナを引きずり落ろした。


「あ~ん、待って。マスター、ごちそうさま~」



男に引っ張られて出た外は、春めいてきたといっても、まだまだ気温は低く、風が冷たい。


「ああ~風が冷たい」
「寒い? 大丈夫ですか?」
「うん? 大丈夫。少し酔いを醒ましたほうがいいわね。あなたも迷惑よね、酔っ払いの相手は。 ああ~!(大きな声を立てる) ああ、なんか空気が冷たくて気持ちいいわ、シャキッとしてくる」

「そうお?」
「ええ。・・・それで?」
「・・・?」
「外へ出てどうするの?」
「何か食べましょう」
「食べるねえ・・・。ふ~ん・・・」
「一人じゃろくな物が食べられないから・・・。せっかく、ご一緒したんですから、一緒に食事しましょうよ」
「わかった。いいわよ」



ユナと彼は、まだ寒い夜のサムチョクの町を並んで歩く。


「ねえ・・・まずは名前を教えて。私は、ハン・ユナ」
「キム・インスです」
「そう、よろしく。ねえ、あなたっていくつ?」
「え?」
「私にずいぶん敬語で話すから」
「ふん。(笑う)35歳です」
「ああ・・・。そう・・・だと・・・うん・・・やっぱり、敬語か・・・」
「失礼ですけど・・・」
「私は40」
「ふ~ん・・・」
「ふ~んって何?」
「いや・・・若く見えますよ」
「そうお? でも、敬語だ・・・」
「でも、そういう仲でしょ?」
「まあね」
「それに・・・あの人が・・・かなり年上だったから」
「そっか・・・。あの人ね・・・。夫は私より7つ上。傷ついた?」
「・・・」
「あなたみたいにかっこいいダンナ様がいるのに、そんな年寄りと浮気してたなんて」
「・・・」
「私は・・・傷ついたわ。これでも彼よりは十分若いつもりだったから・・・。なのに、もっと若い女に手を出すなんて・・・」
「・・・」
「男の人は複雑なのかもね。女の私より・・・」

「さあ・・・。あ、あそこだけど、いいですか?」
「ええ」
「さしみがうまいらしいです」
「そう!」



二人は新鮮な海鮮が売り物の店へ入り、水槽の見える窓側のテーブルに着いた。


「さしみの盛り合わせだから、『山』でいいかな。いいですか?」
「ええ。ねえ、普通に話して。友達みたいに」
「・・・」
「友達は無理か・・・。でも、もっとクダけてくれる? じゃないと・・・なんか、息苦しいの。あなたに責められているみたいで・・・」
「・・・わかりました」
「・・・」
「わかった」(笑う)
「うん」





「人生って単純には生きられないものね」

ユナがさしみを突きながら、インスを見上げた。


「事故の前日まで、私は夫を信じていたの。あの人が外で働くなっていうから・・・うちのことだけに専念して・・・。おまえは最高の女房だって言うから、それを信じて・・・でも・・・これよ」
「・・・」
「なんか・・・全てがうそのように思えてくる・・・。私に向けてた笑顔って・・・あれって、何だったのかしら・・・」

「・・・お子さんは?」
「いないの。正確に言えば、彼の先妻さんには男の子がいるの・・・。それでもう子供はいらないって」
「・・・」
「略奪したわけじゃないのよ。夫は学生時代に一度結婚したものだから・・・。それで25で離婚して、私と知り合うまで長く一人でいたの」
「ふ~ん・・・」
「あなたは? 子供はいないの?」
「ええ、まだ」
「そう・・・」


インスは「まだ」と言った・・・。


「あなたの結婚生活はこれからも揺るぎがないのかしら・・・?」
「・・・。さあ・・・。まだと言ったのは、いつもの癖で・・・」

「復讐したい? 奥さんに?」
「う~ん・・・復讐ね。復讐ってなんだろうか・・・」
「私たちも浮気してみるといいかも・・・。やつらの気持ちがわかる」


そういって、ユナが笑った。


「・・・・」


インスは一瞬真剣な目をしたが、そのあと、俯いて寂しそうに笑った。


「あなたには無理ね、真面目だもん・・・」


ユナは酒を自分のおちょこに注ぐ。


「そうかな」
「そうよ。それに、相手が私じゃだめでしょ? もっと若い子じゃないと」


そういって、おちょこに入れたお酒をぐいっと飲み干した。


「そんな・・・。あなたは十分魅力的だと思うけど」
「お世辞。でも、ダメでしょ?」
「・・・酔ってる?」
「かもね・・・」


「復讐のために、あなたを抱くなんて・・・あなたに失礼だ」
「・・・」

「そんなこと、考えちゃいけないよ」
「そうね・・・ごめん、変なこと言ったわ」
「・・・」
「もう、忘れて。ね。忘れて」


ユナがインスに笑いかけると、インスはちょっと躊躇ってから笑った。

この人にはわからない・・・。あのデジカメで見た男と女の現場。それが、自分のパートナーだということがどれほど苦しいことか。でも、あえて、ユナはあの二人のことを話さなかった。それが何故なのか、自分でもよくわからないが、彼にそのことを告げる気にはなれなかった。

ユナには、インスの笑顔が自分への憐みのようにも見えた。40代になるまで専業主婦できた女が、仕えていた夫に裏切られる・・・。彼は、自分の妻のほうがまだ少し自由だっただけマシだと思っているのだろうか・・・。

インスは、先ほど笑ったユナの笑顔に少しまごついていた。彼女は自分に対して少しの恨み事も言わないで、笑顔を返してきたから・・・。彼の気持ちまでも包み込むような笑顔で・・・。ふと、インスは、今の自分の苦しみを一番理解できるのは、この人だけかもしれないと思った。
妻の携帯で目にした情事のメール・・・。その時のやりきれない絶望感、妻の裏切りに対する憤り。そんな、人には言い表せない感情を、ただ一言「苦しい」と言えば、全てをわかってもらえるような気がした。



「ねえ。楽しい話をしましょう! 少しは元気になりたいじゃない」
「いいよ」
「あなた、大学時代は何してたの? 野球の選手かなんか?」
「え? なんで、野球なの?」(笑う)
「この間、雪を丸めて壁打ちしてたでしょ? 見ちゃった。コントロールよかったもん」(笑う)
「見てたの? まあ、草野球はたまにやるけどね」
「肩が強そう」
「肩?(笑う)普段、重い荷物を持ち歩いているせいかな」
「仕事は何してるの? まさか行商か何か?」(笑う)
「ハハハ、舞台の照明係」
「へえ・・・舞台って演劇とかコンサートとか?」
「主にコンサート」
「へえ、そうなんだ・・・。ふ~ん・・・」


ユナはインスの仕事の話に頷いて、少し考えて静かに言った。


「夫はね・・・。画廊をしているの。最近は絵だけじゃなくて、写真にも凝ってて・・・」
「・・・」

「ごめん・・・。あなたの奥さんの仕事、知ってた・・・カメラマンだったわね」
「ああ・・・」
「今、ふとね・・・。ふと・・・。あの人たちの事を思った・・・。きっと、気が合ったんだろうなって」
「・・・」
「ごめんなさい・・・」
「・・・」



インスは、窓の外を見た。風が吹いて、水槽の上のテントをガタガタと揺らしている。

彼は黙って、手尺でまた酒を飲んだ。


「あなたはやさしそうに見えて、いい人なのか・・・悪魔なのか・・・わからないな」
「・・・悪魔だなんて・・・」
「一番辛いところに切り込むような事を言う・・・」
「・・・」
「でも、それが、もしかしたら、本当のことかもって僕が悩んでいることを知ってるみたいに」
「・・・」
「僕は、芸術に携わっているようで、技術屋だからね・・・。彼女の本質を理解できていなかったのかもしれない」
「そんなことはないわよ。そんなことはないわ・・・。それに、あなたはとてもいい人よ」
「・・・」
「私は、心が和むもの・・・」


「・・・出ようか」
「ええ・・・」



二人の距離は近くなって、そして、また遠ざかった。二人の間に流れる川は深くて当たり前だ。お互いに仲良くなって和気藹々になるということは難しいのかもしれない。
それでも、酔いながらフラフラ歩くユナを見捨てることができなくて、インスは、黙って肩を貸した。








それから、しばらくして、二人の病人はICUを出てそれぞれの病室に移った。ユナは殺風景な個室に何か飾ろうと思い、病院前の花屋へ行った。ちょうど手ごろな観葉植物があり、それを2つ買った・・・。



トントン!


「はい」


インスが妻スジンの病室のドアを開けた。


「こんにちは」
「どうも・・・」
「これ、よかったら・・・。ここの個室ってなんか殺風景でしょう。よかったら飾って」
「・・・」
「うちのと同じだけど・・・いい?」
「・・・。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ」

「あの・・・」
「なあに?」
「昼でも一緒に食いましょう」
「いいけど・・」
「じゃあ、後ほど」






二人は、病院の中庭のベンチに並んだ。



「食べる?」
「ありがとう」


ユナが購買会で買ってきた菓子パンと缶コーヒーを袋から出した。
二人は食べながら、まだ花をつけない桜の木を見ている。



「この間はすいません」
「何が?」
「いやあ・・・あなたに悪魔なんて言っちゃって・・・」
「いいのよ・・・。ホントに私の心には悪魔がいるから」
「・・・」
「人が嫌がることを言いたくなるの。自分だけ苦しいなんて嫌だから・・・ひどいやつでしょ?」
「・・・」
「あなたに嫌な思いをさせたわ・・・ごめんなさい」
「・・・」
「でも、あの時はそう感じたの」
「・・・それはその通りだったのかもしれない・・・」
「・・・」
「あなたに言われて、傷ついたけど・・・。後で考えたらね・・・そのほうがマシかなと思って」
「マシ?」
「・・・。体だけの関係だったなんて思いたくない・・・。あいつがオレを愛してなかったと考えるのも嫌だけど、ただ、体だけの付き合いで、男に走ったというのも嫌だ・・・。矛盾してるけど・・・」
「・・・そうね・・・。その辺が辛いよね・・・」


ユナは菓子パンをじっと見て、切なそうな目をした。


「夫は新しい恋をして・・・それを楽しんで・・・こんな結果になっちゃって・・・。でも、それって、まんざら、悪いことばかりじゃないでしょ? 人生を楽しんだのよ・・・彼なりに。でも、私はどうお? 妻だというだけで、その後始末をさせられて、こんなマズイ物ばかり食べさせられて・・・胸が苦しくて、お酒を飲んでも毎晩眠れないなんて・・・すごく不公平・・・」
「・・・」
「あの桜の木みたい・・・。私にはもう何にも残ってなくて、裸ん坊」

「・・・。いつか、オレたちも甦るのかなあ・・・桜みたいに」
「・・・」

「なんか誘ってかえって、悲しくさせちゃいましたね。すいません」
「うううん・・・大丈夫。(インスを見る)あなただって、同じ気持ちでしょう・・・。辛いのは一緒よ」
「・・・」

「なんか、パアってしたいわね。病人の世話ばかりじゃ辛くなっちゃう」
「そうだね・・・せっかく海の近くに来てるんだから、海でも見にいってみますか?」
「そうね。行ってみようか?」


二人は、少し気分転換をして笑い合った。









翌日、二人は介護を付き添い婦に頼んで、昼の海へ出かけた。



「ああ、気持ちいいわねえ・・・」
「ずいぶん、あったかくなったよね」
「うん・・・。波が穏やか・・・」
「ここへ来た時は雪が降ってたのに」
「知らない間に季節が変わろうとしているのね。部屋に閉じこもってちゃダメね。時に置いてきぼりにされちゃう」


ユナが笑って、砂浜にしゃがみ込んだ。インスも黙って彼女の隣に座った。


「こんなふうに穏やかな気分になったのって、久しぶり・・・」



この解放感・・・。そして、身も心もやさしく解すような安堵感・・・。


インスは隣に座っているユナの横顔を見た。髪が風に吹かれてやさしく揺れている。髪の間から見えるはっきりとした鼻筋が美しい。ユナがインスのほうを見て微笑んだ。ユナの髪が目にかかった・・・。インスは自然な手つきでユナの髪を直した・・・。ユナの見つめる目が・・・とてもやさしくて・・・愛おしいものに感じられる。


二人は黙ったまま、波を見つめた。


「春だねえ・・・」
「ホント・・・」


近くでは老人会の人々が砂浜を走る競争をしている。


「ねえ、私たちも走ってみようか?」
「走る?」
「おもしろそうよ! 行こうよ! 行ってみよう!」
「ええ?」
「私は行くわよ!」


ユナはジーンズのお尻の砂を叩き落としながら、老人会の徒競争に向かって走っていった。
インスはそんな威勢の良い彼女の姿をじっと見つめた。




ユナが老人たちに交わり、生き生きと走って、笑っている。老女の手を引いて笑い、ゴールするお爺さんを、手を叩いて労った。束の間の幸せが彼女を包んでいるようだ。

本当のあの人は、きっとあんな風に元気いっぱいの人なのだろう・・・。

遠くから手を振る彼女に応えて、インスも笑顔で手を振った。





「あ~あ、疲れた!」


彼女が戻ってきた。


「よく走ったね」
「うん。久しぶりに走ったわ」


彼女は幸せそうに微笑んだ。


「もう砂だらけよ。見てこれ!」
「ホントだ」



インスも笑いながら、ユナの砂を叩いた・・・。そんな仕草の中で、二人の目が合った。
インスはユナの手を引っ張り、自分の横に座らせた・・・。そして、じっと目を見つめて、やさしく口づけをした。それは、あまりにも当たり前のキスのようで・・・ユナも自然に受け入れた。二人の気持ちはもうとっくに結ばれているような不思議さえ感じて・・・。

キスをして顔を離すと、ゆっくりとユナが目を開けた。


「・・・」

「・・・ごめん・・・」

「うううん・・・」


ユナが首を振って俯くと、彼女の目から涙が落ちた。成り行きとはいえ、簡単にキスをしてしまったインスが我に返った。


「ごめん・・・」
「うううん・・・なんだろうねえ・・・。いい歳して泣いちゃって・・・。バカみたいね」
「・・・・」


ユナは涙を拭って笑った。


「・・・」
「なんだろ・・・。今ね、ふっと気分が楽になった・・・。なんでかな」
「・・・」
「ごめんね、泣いたりして」



ユナには本当はわかっていた・・・。
ここのところ感じていた焦燥感・・・。それは、もう人には愛されることはないかもしれないという感情だ。夫は自分より若い女と浮気に走った。いや、恋に落ちたのかもしれない。夫にとって、自分はもう魅力のない人間になってしまったのか。ユナは夫だけの世界に生きてきた。それなのに、その夫に去られたら、自分というものの価値さえ見い出せない。まだ40だというのに、この出口なしの感情・・・。そして、喪失感。


でも、今のキスは、ユナに生きる希望を与えてくれた。まだ、人生は終わっていないのだと教えてくれた。


インスがユナの肩を抱いた。


「人って、何でもなくても、涙が出ることがあるよ・・・僕もそんな時がある・・・」
「・・・」



ユナは、インスの方を向いて、彼の目をじっと見つめると、にっこりと笑った。







続く・・・。







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