2010/07/08 00:47
テーマ:【創】「夕凪」 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「夕凪」5最終回





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こんばんは^^


BYJシアターです。


ブロコリ祭は楽しかったですか?^^
いつか、土日に当たったら、私も行ってみたいと思います^^




本日は「夕凪」いよいよ最終回です。


【配役】

YJ(キム・ヤンジュ)・・・ペ・ヨンジュン(32歳・作家)
チョン・ヒス    ・・・(21歳の女優志望の女の子)
ヨンへ       ・・・イ・ヨンエ (恋人・女優)




こちらはフィクションです。出てくる医療行為は実際とは異なります。





では、これより本編。お楽しみ下さい。


~~~~~~~~~








『恋が、心が、止まることがあるの?

あなたは言った。
そうだと・・・。


でも私は信じない。

止まっているように見えても
その水面下では恋は確実に揺らめいていると。


あなたは今、夕凪の時間だと言った。


でも私は信じない。


あなたの胸が揺れているのがわかる。
あなたの目が輝いているのを知っている。



それは夕凪ではない・・・』











主演:ぺ・ヨンジュン

【夕凪】(ゆうなぎ)5 最終回



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今晩の見回りは婦長だった。

YJは昏睡状態から目覚めてから毎晩のように見る夢について、誰かに相談してみたい気がしていた。
それは、一番身近なヨンへには申し訳なくて言えない夢だった。


Y:婦長さん。ちょっとご相談があるんですけど。ここって、精神科もあるんですか?
婦:(笑って)なんですか? いったい。

Y:毎晩、見る夢があって、誰かに相談したくて・・・。まずは婦長さんに相談してもいいですか。
婦:・・そう・・・。でもここには精神科はないのよ。
Y:そうですか。でも話だけでも聞いてもらえませんか? 誰かに聞いてほしくて。それに僕はここから動けないから、ここでしか相談できないんです・・・。
婦:わかったわ。じゃあ、あとで。見回りの後、戻ってくるわ。それでいい?
Y:ええ。お願いします。





しばらくして、婦長が戻ってきた。


婦:お待たせ。さあ。ヤンジュさん、どうぞ、話して。他言はしませんよ。
Y:ええ。すみません。どこから話したらいいのかわからなくて。思いつくままでいいですか?
婦:ええ。

Y:う~ん・・・昏睡状態から目覚めてからしばらくして、ほとんど毎晩のように、同じような夢を見るんです。昼の時もありますが、だいたいは夜・・・。僕はいつも女の子と会っていて。彼女は20くらいの子で。僕のことを先生って呼ぶんです。そして、とても親しそうに話すんです。どうも僕たちは恋人みたいで・・・。(俯いて笑う)確かに前に会ったことのある子なんですが・・・。そんな深い関係の子じゃないんです。あまりよく知らないはずの子なのに。夢の中ではまるっきり恋人なんです。

婦:(笑って)その子が好きだったのかしら?

Y:さあ。(わからない)目が覚めて、彼女のことを考えると…、女優志望でダンスを練習していたこと、それから一度だけ夕飯を一緒に食べたことくらいしか思い浮かばないんです。そんな子に夢の中で僕は恋に落ちているんです。それに・・・恥ずかしいんですが、僕が夢中という感じなんです。(顔を赤くする)

婦:先生は作家だから、夢でストーリーを作ってるんじゃないですか? 若い女の子と恋に落ちるストーリーを。

Y:・・いや・・・。こんなに具体的に相手と話したり、抱擁した感触まで残ったことってないんです。頭が少し変なのかなあ。やっぱり寝たきりだったから、少しおかしくなってるのかな・・・。

婦:そんな・・。でも夢が毎日、ストーリーとして続くのはおもしろいですね。(微笑む)

Y:ええ。その子は・・・名前がヒスって言うんですけど。夢の中の二人にはいろいろ思い出があって・・・。ここの屋上で、二人で漢江を眺めたこともあって・・・。それもたびたび・・・。二人には思い出の場所なんです。・・・でも実際には僕は屋上になんか上がれないはずでしょ? でもはっきり鮮明に思い浮かぶんです。



婦長は不思議な思いに取り付かれた。なんと説明したらいいか、わからない。

ヒスとはあのヒスなのか。

先生が訪ねてくると言ったヒス。
他におかしなところはなかったのに、先生という幻覚に悩まされたヒス。



婦:他にその子の特徴は・・・? なぜ、その子が病院へ来たのかしら? ここの屋上で会ってるんでしょ? 先生のお見舞い?
Y:いえ・・・夢の中では・・・僕は彼女に「顔のキズが治ってよかったな」と言っているんです・・・。でも僕の知っている本当の彼女はキズなんてなかった・・・。一つも。でも夢の中の僕はその事情も知っているようなんです・・・。


婦長にはどう答えたらいいのか、わからなかった。



婦:少し考えさせてくれる? ここには精神科はないから、どこかを紹介することになると思うけど。ヤンジュさんは・・・どこも病んでいる感じがしないの。少し時間をちょうだい。私なりに考えるわ。
Y:すみません。こんな話、ヨンへには言えなくて。誰かに打ち明けたかったんです。

婦:いいのよ、それも婦長の仕事だし。また私のほうから声をかけてもいいかしら?
Y:ええ。お願いします。
婦:じゃあ、ゆっくりお休みなさい。夢ですもの・・・幸せな夢なら、楽しんでらっしゃい。
Y:あ、はい。


婦長はYJに布団をかけて、部屋を出ていった。





ナースステーションに戻り、座り込んでじっと考えを巡らせていた婦長が内線で電話をする。


婦:あ、ソクジュン先生? 婦長のキム・シオンです。お久しぶり。先生にご相談したいの・・・。例の関係の話なんだけど。一人患者さんで・・・・。


婦長が親しい医師に電話を入れた。








【第8章 生きるために】


翌日の午後は、ヨンへは仕事で来られず、YJはゆっくりと自分の時間を使っていた。
溜まっていた本を寝そべって読んでいる。

部屋のドアが開き、婦長が入ってきた。


婦:ヤンジュさん。
Y:あ、はい。


顔を上げると、婦長が60がらみの男と一緒に立っている。
一瞬、その男に懐かしさを覚えたが、それは瞬間的で、その男は初めて見る人だった。


婦:ヤンジュさん、突然でごめんなさい。この方ね、ソクジュン先生といってね、その道の大家なの。つまり、あなたの夢のお話ね。
Y:そうでしたか。どうぞ、お座りください。



ソクジュンはベッドの横のイスに腰掛けた。


婦:じゃあ、二人で話してみて。私は仕事があるから。
Y:ありがとうございます。


YJが頭を下げると、婦長は出ていった。



ソ:初めましてかな?(笑顔で見つめる)
Y:ええ。(真顔で答える)

ソ:私に何も感じなかったか?
Y:ええ。・・いえ、一瞬ですが、なんか懐かしさを覚えました・・・。
ソ:そうか・・・少しは感覚が残っているんだな。
Y:何のですか?(不思議そうに)

ソ:うう~ん。君と夢の中でまず話をしよう。そうすれば全てがわかる。私を信じられるかい?
Y:(じいっとソクジュンを見つめる)はい。
ソ:では寝てもらおう。



ソクジュンが催眠術をかけると、YJはオレンジ色の温かい空間の中へ落ちていった。

YJが目を開けると、病院の屋上のフェンスの前に立っていた。



ソ:久しぶりだな。



振り返ると、そこにあの時の先生が立っていた。


Y:先生! また会えるなんて。お元気でしたか? あの時は、どうもありがとうございました。お陰で体も元気になって、ヒスともまた会えるようになったし・・・。(うれしそうに言う)

ソ:そのことで君に話があるんだ。

Y:なんですか?

ソ:君は今どこにいる?
Y:僕ですか? 屋上で先生と話しています。

ソ:それは本当の君か? よく考えてみろ。(じっと見つめる)
Y:・・・まさか、死んだんですか、僕は・・・。
ソ:君は生きているさ。・・・ただ君が考えているのとは・・・違った形で生きている。
Y:違った形? また心が離れたんですか?
ソ:いや。(じっとYJを見つめる)今、私は君の夢の中にいるんだよ。よく考えてみろ。君が婦長に相談したことを・・・。
Y:婦長って・・・僕はまだ入院しているんですか?(思いを巡らす)

ソ:ああ。リハビリ中だ。
Y:リハビリ?
ソ:まだ歩く事さえできない・・・。
Y:歩く事ができない・・・。



YJの頭の中をいろいろなことが、断片的に走馬灯のように駆け巡る。
事故・ヒス・ヨンへ、そして、ソクジュン・・・そしてキズついたヒス、介抱するヨンへ。



Y:これは夢? 僕はまだ入院している。ヨンへがいつも世話をしていてくれて・・・ヒスはここにはいない。



YJはフェンスに寄りかかったまま、地面に座り込む。
YJの顔つきが、がらっと変わった。それは現実のYJの顔になった。



Y:ヒスはどうしているんです・・・。
ソ:たぶん、春川の実家で、精神科の医者に通っているんだろう。

Y:なぜ?

ソ:婦長から聞いたが、ヒス君が入院中、君が見舞いに来ると言って、皆に頭がおかしいと思われたんだ。それで、治療している・・・。

Y:・・・そうでした・・・。思い出しました。ヒスしか僕が見えなかった。それでお母さんが連れ帰ったんだった。


YJはヒスを思うと辛くなる。



Y:彼女を救う方法はないんですか?
ソ:本当の君が会いに行って、証明するしかないだろう。ヒス君の先生は実在していると。
Y:あ~あ。(頭を抱える)

ソ:まずは治療だよ。夢でヒス君に会っていると、体力を消耗する。治療の妨げになる。治るまで会うのはやめなさい。
Y:どうやって?


ソクジュンが精神を集中する。
屋上の扉が開いて、ヒスが入ってきた。



ヒ:ここにいたの? あ、ボイラーマンの先生も! うれしい! 皆で会えたのね。
Y:ヒス・・・。(ヒスを見つめる)



ヒスの笑顔が止まった。

YJの様子が違うのがわかる。

YJは同じ姿をしているが、ヒスを見つめる目がぜんぜん違う。
そこにはあの愛は感じられない。
いつもの恋人のYJではなく、そこにいたのは、「先生」だった。


ヒ:気がついたの?(YJを見つめる)恋人はもうおしまい?
Y:・・・。(首を捻る)
ヒ:もう現実の先生? 心の奥深くにある愛は、もう見えないの? そうなのね・・・。




YJにとって、もうヒスは恋人ではなかった。

ただの知り合いの女の子だった。
ヒスのケガも知っている。
見舞ったこともわかっている。
二人で病院内を探索したことも。
でも、ヒスは恋人ではない。
自分には、長年付き合ってきたヨンヘがいる。

現実のYJの感覚に戻ったYJの心が、ヒスへの愛を欠落させ、彼の記憶を塗り替えた。
YJの中にある大人としての分別が、もうヒスへの愛を見失わせていた。



本当に、心の奥深くにヒスはいたのか・・・。
こんなに若い女の子が? 
オレの愛する人として?


切なく揺れるヒスの様子を見て、ソクジュンがヒスの肩を抱いた。



ソ:ヒス君、ヤンジュはまず治療を優先させることだ。体を治すことだよ。こうやって会っていては体力を消耗する。いいね? しばらくは会わないこと。

ヒ:でも、そうしたら・・・心の目を閉じてしまったら、私を愛していたことを本当に忘れてしまうわ。(ソクジュンにすがる)頭の中で考えている今の恋人を、当たり前のように、愛していると思ってしまう。もう二度と会えないかもしれない・・・。

ソ:ヒス君。(抱きしめる)彼は今、現実と深層の世界の、二つを生きている。これでは彼の人格が分離していってしまう。まずは現実で体を治すことだ。そうすれば、だんだんに自分が見えてくる・・・。

ヒ:先生・・・。


ヒスはもう耐え切れず、泣き出した。
ソクジュンに抱かれながら、ヒスは泣いていたが、もうそこには、ヒスへの愛を大らかに語ったYJは存在していなかった。








YJが眠りから覚めた。横にいるソクジュンを見つめ、今までのことが事実だったことを確信する。


Y:先生・・・。
ソ:わかったね。もう夢は見ない。これからは治療に専念しなさい。いいね。
Y:はい・・・。ありがとうございました。ただ、ヒスは・・。
ソ:そのことは体が治ってくれば、考えもまとまってくるだろう。そして本当の感情も掴めるようになる。
Y:はい。



ソクジュンが去ったあと、今までのことを頭の中で整理した。

自分にはヨンへという恋人がありながら、若いヒスに思わせぶりをして、傷つけてしまった。

なんということだ。
・・・しかし、本当にそうなのか・・・。








一ヶ月が過ぎ、YJのリハビリも順調に進んできている。

少し前まであった昏睡状態の頃の記憶はだんだんに薄れてきている。
今はもう夢を見ない。
ヒスという女の子の記憶も遠いものとなり、ほとんど忘れた存在となった。
最近のYJは体力がついてきて、全身の筋力も戻り始めた。
それとともに、心も充実し始めた。





それは、少しずつ自分の足で歩けるようになったYJが、リハビリルームで、2本のポールの間をポールに捕まりながら、歩行訓練している時だった。


声:大丈夫? 痛い? ゆっくり行こう。先生、頑張って。


懐かしい声が頭の中でした。
それはやさしく、自分を包み込むような声だった。

誰の声だったろう。
こんなに温かい声・・・。





その声を聞いた日から、YJは少し妙な気分になっている。

思い出せない何か・・・大切な記憶が失われているような・・・思い出したくても思い出せない何か。

それはふわりと懐かしい香りをさせて、やさしい気分にさせる・・・。

なんだ!

思い出したくても、何か靄にかかったようでYJには思い出すことができなかった。








【第9章 帰るべきところ】


今日はヨンヘが仕事で見舞いに来られない。

病室と同じ3階にある広い談話室のほうへYJは松葉杖で歩いていく。
少し自分なりに足を使っていろいろ歩いてみる。
運動好きだった、ちょっとストイックな自分を思い出した。


談話室の窓から漢江が見える。

窓辺に立って、悠々と流れる川を眺めていると、懐かしい声が、そのイメージが、自分を包み込む。


女:いいでしょう、ここ。
Y:いい眺めだな。・・・いつ見つけたの?
女:入院して3日目。
Y:・・・泣いた?
女:・・・うん・・・。
Y:・・・飛び降りたいと思った?
女:・・・うん・・・。
Y::でもここにいる。・・よく頑張ったな・・。
女:なぜだか、わかる?
Y:・・なぜ?
女:先生が来る時間が近づいてたから。先生に会わなくちゃって。先生の顔見なくちゃ、しねないって思ったから・・・。
Y:・・・そうか。


自分と女との会話。せつなさがあって、その女を思いやっていた自分がいる。



女:先生の心は、今でも夕凪?・・・気づいてないの?
Y:何を?
女:先生、変わったわ。先生の目、輝いてるもん。
Y:そうか?・・・でも心は・・・。
女:波立ってない?
Y:ああ・・・。
女:うそ。今も目が輝いてるわ。心も波立ってる・・・。風だって吹いてる・・・。先生、私を見て。その目でわかるわ。
Y:・・何が?
女:先生は今・・・恋の中にいる。



熱いものが心を支配する。
女の泣き声も聞こえる。


女:いいのよ、先生。先生が死んでしまったら、全てが終わっちゃう・・・。もし、もう会えなくても生きててほしい・・・。 絶対、生きてて欲しいの!
Y:心を動かしてくれてありがとう。


誰だ・・・。
次にYJの頭の中に「恋人」という言葉がよぎる。



Y:恋人? 恋人は・・・おまえだろ?
女:・・・。本当はそう思ってるのね。
Y:・・・どうしたの? 変だよ、本当に変だよ。
女:先生の心の奥では、私が恋人なのね?
Y:えっ? 実際そうだろ。どうしたんだい?
女:ううん・・・。そうよね。私たちは熱愛カップルよね。二人で力を合わせて危機を乗り越えたんだもん!


YJの中にあふれ出てくる想い。
それはどんどん、彼の中で膨れ上がっていき、懐かしさに心が大きく揺れていく。


誰なんだ、君は。こんなに恋しいのに・・・。

相手の顔を探す。


誰だ。
・・・この懐かしさ。
君に会いたい、今すぐ! 
一分一秒も待てない。
どうしても会いたくて会いたくて仕方がないのに!

なのに、君は誰なんだ。

今すぐ、君を抱きしめたい!

誰だ。

オレは君に、君に抱きしめてもらいたい!

誰?

誰だ?

誰なんだ?



YJが頭の中で目を凝らす。

彼女が振り返り、はっきりと見えなかった顔がゆっくり、ゆっくりフォーカスされていく。

はっきりとした顔になった。



ヒス!









それから3週間後。
YJは退院の準備をしている。ヨンヘが洗い物をして帰ってきた。


ヨ:(病室の中を見渡して)さっ、これで全て完了ね。
Y:(振り返り)ありがとう、ヨンヘ。君に全て頼ってしまったね。
ヨ:いいのよ。これくらいはさせて。(笑顔をみせる)


二人はベッドとイスに腰掛ける。少しうつむきながら座っている。


Y:ごめん・・・。

ヨ:いいの・・謝らないで・・・。
Y:君の気持ちに添えなくて・・・。
ヨ:・・・。

Y:ごめんよ・・・。君を泣かせて、苦しませて、それで・・・去っていくなんて。ひどいやつだよね。
ヨ:ヤンジュ・・・。私、昨日の夜、あなたの言葉を考えたの。そして思ったわ。これは運命だって。(YJを見つめる)
Y:・・・。(ヨンヘの顔を見上げる)

ヨ:その女の子だって、知らない間にその運命に引きずり込まれてしまったのよ・・・。それまで見えなかったものが、あなたが見えて・・・あなたのために遠い距離を乗り越えてきて。・・・仕方ないわ。あなたを、手放す・・・。あなたはいい人だったもん・・・。誠実な人だった。(下を向く)ちょっとかわいくて、ちょっとストイックで・・・ステキな恋人だった・・・。
Y:ヨンヘ。君は・・・君はとってもヒスに似ている・・・なのに、なぜ、君じゃだめなのか、オレにもわからない。

ヨ:(笑う)あなたが交通事故に合わなければ、きっと私たち、運命の恋人のままだったわよね。・・・皮肉ね、私がその人に似ていただけなのよ・・・。(涙が滲む)

Y:・・・今までありがとう。こんなわがまま、聞いてくれて・・・。
ヨ:(涙を拭く)あなたをこの世に残してくれた人だもん。許す。うん・・・。あなたが生きていること、それが私の幸せだから・・・。(涙があふれてしまうが、笑顔を作る)



YJはヨンへを力強く抱き締めた。
ヨンへも最後の抱擁に力いっぱい、YJを抱き締めた。


彼女は彼を手放した。









【最終章 君を求めて】


YJは、春川にあるヒスの実家の前で編集者のハンの車から降りる。
杖を突きながら、ヒスの家を訪ねる。母親が中から出てきた。


Y:こちらはチョン・ヒスさんのお宅ですか?
母:はい。どちら様でしょうか?

Y:僕は・・・僕はキム・ヤンジュといいます。ヒスさんは僕のことを・・・先生と呼んでいますが・・・。

母:ヤンジュ先生・・・!(驚く)

Y:ええ。僕がその実在の人物です。ヒスさんの病院へ見舞いに行っていたのは僕です。

母:でも・・・でも、病院の人たちは、先生は来てなくて、いつもクマのぬいぐるみを連れて歩いていたと・・。

Y:ヒスさんに会えばわかります。・・・最後の日、僕が行くのが遅くなってしまって、会えなくて・・・。僕も交通事故に合って、こんな状態だったので、こちらを訪ねてくるのが遅くなってしまいました。ヒスさんに会いたいんです。

母:あの子は・・。(躊躇する)

Y:元気にしているんでしょうか。病院でこちらへ帰ってきた経緯を聞いて、胸が痛くて・・。どうしても会いたいんです・・・。彼女はどうしているんですか。

母:今は小さな事務所で事務見習いをしています。でも、先生が実在したなんて・・・。あの子、病院を退院する日、あんなに抵抗したのに、最後は急に放心状態になってしまって・・・。帰ってきてからは、ずうっと黙ったままで・・・最近やっと、普通の生活を始めて・・・先生に会わせていいものかどうか・・・。(悩む)やっと落ち着いてきたんです。

Y:会わせてください。彼女に、自分がまともであることを気づかせてあげたいんです。・・・お願いします。

母:まとも・・・。そうでした・・(涙が出てくる)狂ってなかったのね・・・かわいそうに。(泣き出してしまう)






YJはハンの車に乗って、母親に聞いたヒスの勤め先の住所を探す。
それらしい事務所の近くで、車を降りた。


ハ:先生。その辺を観光してきますよ。何かあったら携帯に電話してください。
Y:ありがとう。ハンさん。後で電話します。


YJは杖を突きながら、事務所のほうへゆっくり歩いていく。
近くへ来ると、中から人が出てきた。

ヒスである。

ヒスは青い事務服を着て、封筒の束を胸に抱いて出てきた。

暗い目をしている。
でも、YJから見た右側の横顔は美しいままだ。
通りを行こうとすると、中から中年の女が出てきた。


中:ヒスちゃん、待って。これもお願い。


ヒスが左側に振り向き、女から追加の封書を受け取った。



左耳から2センチほど内側に入ったあたりから、長い傷がまだ生々しく残っている。
ヒスは通りをまっすぐ歩き、郵便局に入る。
YJは、郵便局の少し手前に立ち止まって、ヒスが戻ってくるのを待った。




ヒスは帰り道もうつむき加減で歩いていたが、前方に杖を突いた人影を感じて、視線を上げた。

YJが立っている。

ヒスは驚いて、目を凝らす。
ゆっくり近づく。

本当のYJなのか。

二人はしばし見つめあう。YJが声をかけた。


Y:ヒス。会いに来たよ・・・。本物のオレだよ・・・。



ヒスの目が光を放った。

近寄り、YJを見つめる。
そして触れる。
腕を、胸を、首を、頬を・・・。

ヒスは目を見開いてYJをしっかり見つめている。



Y:やっとここまで来たよ・・・。ヒス。やっと・・・。
ヒ:治ったのね・・・。(胸がいっぱいになる)
Y:うん・・。

ヒ:生きててくれたのね・・・。
Y:ああ。おまえに会いたくて・・・。おまえが心をくれたから、おまえが愛をくれたから・・・。


ヒスはYJの頬に手を当てて、愛しそうにYJの顔を見た。

YJの瞳をじっと見つめる。
懐かしい輝きが、そこにあった。

あの愛を語った瞳。
ヒスの目に涙がこみ上げた。



ヒ:先生・・・。
Y:ここに来てよかったかい?(ヒスの顔を覗き込む)
ヒ:・・・。
Y:迷惑だった?


ヒスは首を横に振る。


ヒ:ありがとう! 先生!


ヒスはやさしくYJに抱きついた。



ヒ:私、先生に会いたかった。あの日からずっと・・・。でも、でも会いに行ってはいけないって心に誓ったの。もう会えないと思った。あの先生にはもう二度と会えないって。
Y:ヒス、おまえにすごく会いたかったよ・・・。ここへ会いにくるのに、本当に時間がかかってしまった、ごめんよ。(ヒスの顔を愛しそうに見つめる)

ヒ:(涙でいっぱいだ)・・・あの人は? もういいの?・・・先生の恋人・・・。

Y:うん・・・ちゃんと話をしてきたよ・・・ヒス、おまえを一番愛していることに気がついたから。これは運命だから。わかってくれるかい。いいかい? おまえと一緒にいても・・・。
ヒ:うん。(大きくうなずく)



二人は、お互いの頬を、肩を、腕を、やさしく触れ合って、お互いの存在を確認し合った。
そして


そして、笑顔で見つめ合った。










THE END




2010/07/06 01:32
テーマ:【創】「夕凪」 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「夕凪」4





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こんばんは^^


BYJシアターです。


本日は「夕凪」いよいよ後編です。


【配役】

YJ(キム・ヤンジュ)・・・ペ・ヨンジュン(32歳・作家)
チョン・ヒス    ・・・(21歳の女優志望の女の子)
ヨンへ       ・・・イ・ヨンエ (恋人・女優)




こちらはフィクションです。出てくる医療行為は実際とは異なります。





では、これより本編。お楽しみ下さい。


~~~~~~~~~








『恋が、心が、止まることがあるの?

あなたは言った。
そうだと・・・。


でも私は信じない。

止まっているように見えても
その水面下では恋は確実に揺らめいていると。


あなたは今、夕凪の時間だと言った。


でも私は信じない。


あなたの胸が揺れているのがわかる。
あなたの目が輝いているのを知っている。



それは夕凪ではない・・・』











主演:ぺ・ヨンジュン

【夕凪】(ゆうなぎ)4後編











【第6章 心の返還】


午後10時近く。
YJの病室にボイラーマンの先生とYJが揃って、ヒスが来るのを待っている。


先:遅いな。今日は来られないかもしれないな。昨日あんなにたくさんやつらと出くわしたから。
Y:明日に延ばせませんか? ヒスに会わずに去るわけにはいかないんです。
先:だめだ。あんたの命がもう危ないところまできてるんだ。延期はできない。
Y:・・・。


その時、病室のドアが開いた。ヒスが息せき切って入ってきた。


ヒ:ごめんなさい。遅れてしまって・・・。


ヒスの姿は半透明に透けていて、見た目にも安定しておらず、ところどころが欠けている。


先:どうした?
ヒ:母がお医者さんを呼んで、注射を打たれて、ずうっと眠らされているんです。心も体も重くて、たぶん薬のせいです。やっとここまでたどり着きました。


声もところどころ、欠けてしまう。


先:うむ・・・。ちょっと来てごらん。私の「気」を少し入れてやろう。


先生が、ヒスの両手を握った。


先:気持ちを集中させるんだ。何も考えない。無の境地だ。いいね。
ヒ:はい。


YJが心配そうに見守る中、二人はぎゅっと手を握り合う。ヒスの姿がだんだんに色づいて、鮮明なものになった。


先:これで、1時間は持つだろう。さあ、始めよう。いいね。ヤンジュ。
Y:はい。あっ、待って下さい。ヒスにさよならを言わせてください。
先:じゃあ、早くしなさい。ヒス君も長くはここにはいられないんだ。

Y:はい。(ヒスの前へ行く)ヒス。今までありがとう。こんな別れになってしまったけど。(見つめる)
ヒ:先生、いいのよ。きっと、いつかまた会えるわ。だって私たち、知り合いだったんだもん。こんなには親しくなかったけど。

Y:そうだね。きっとまた・・・。


YJがヒスに覆いかぶさるように、包み込むように、しっかりと抱き締めた。
ヒスは驚いたが、愛する先生にきつく抱き締められて、最後の別れをすることができた。


Y:心を動かしてくれてありがとう。ヒスがいなかったら、オレはもうとっくに死んでたよ。
ヒ:先生・・・。




いよいよ儀式が始まった。
ヒスは横たわるYJの枕元に座った。
YJは自分の足元に立つ。



先:いいか。ヤンジュ。心を集中させるんだ。ヒスが君を呼ぶから、君は横たわっている自分をイメージするんだ。今の君が聞くんじゃないぞ。横たわっている君の耳で聞くんだ。いいね。そして、私が「よし!」と言って君の背中を押したら、君は飛び込むんだ、自分の体に。いいね。それは一秒たりとも遅れてはいけない。その瞬間が大切だ。いいね。今の本当の君は終わろうとしているんだよ。だから、チャンスは今しかない。わかったね。この時に集中するんだ。ヒス君もだ。ここにはヤンジュは一人しかいない。このヤンジュは忘れろ。いいね。ベッドの上にしか彼は存在しない。いいね。

ヒ:はい。



YJとヒスはしっかりと見つめあった。
一瞬、ヒスは泣きそうになったが、今を乗り越えるためにも、心を固くした。



先:では始まる。いいな。精神を集中しろ。今を、この時を、最大限に生きるんだ。ヤンジュ、途中で怖がるな。とにかく前へ進むんだぞ。
Y:はい。

先:ではヒス君。ヤンジュを呼びなさい。
ヒ:はい。(ベッドの上のYJに心を集中する)先生、ヤンジュ先生。先生、先生。起きて。先生!私はここよ。



YJは目を閉じて、精神を集中する。
ヒスの声が遠くに聞こえる。
ヒスの声に集中していく。
ヒスがどんどん自分に近づいてくるのがわかる。

次の瞬間、ふっとYJは自分の体が浮いたような感じがして、気がつくと、彼はコスモス畑の真ん中にいた。
一面のコスモスの花が風に揺れている。
その情景の美しさに目を見張った。
すると、愛しいヒスの声がする。



ヒの声:先生。先生。起きて。私はここよ。早く、私の所へ来て。先生! お願い!


YJはヒスの声のするほうへコスモスを掻き分け、どんどん歩いていく。
ヒスの声がどんどん近づいてくる。
そして、ヒスの声が耳元で聞こえる。
ヒスが囁く。


ヒ:先生、早く早く来て!
Y:ヒス!


そう叫んだ瞬間、YJは強く背中を押されて、コスモス畑の中へ頭から倒れこんだ。

そして、暗い闇に飲み込まれ、深く深く落ちていく・・・。
目の前でオレンジの光がフラッシュした瞬間、YJは意識を失った。





先:終わったよ。


ヒスがYJから顔を上げ、ボイラーマンの先生を見た。

ヒ:先生は戻ったのね。
先:ああ、もう少ししたら、心が安定して目を覚ますだろう。その時には、もう君は見えない。
ヒ:・・・そう・・・。


ヒスは涙ぐみ、じっとベッドの上で眠るYJを見つめた。
そして、やさしく唇にキスをした。


先:さあ、私たちは消えよう。


ヒスは涙を流して、YJの姿を見つめるが、もう姿は透け出している。


先:ヒス君。最後に一つだけ教えてあげよう。彼が無意識の時には君を確認することができる。深い意識の底でね。いいかい。

ヒ:(消えそうな姿でとぎれとぎれの声で)寝ている時なら、会えるのね?
先:そうだ。さようなら、ヒス。


「ありがとう、先生」という声が残り、もうそこにはヒスの姿はなかった。









【第7章 恋人】


晴れた日に、川沿いの公園のベンチにYJとヒスの二人が座っている。
YJは、ヒスの左手に座り、両手を高く上げ、全身で伸びをする。


Y:あ~あ。いい天気だな・・・。あの時はもう、ヒスに会えなくなるんじゃないかって、ちょっと絶望的な気分になったけど。こうして二人でいられるなんて・・・夢みたいだよな。

ヒ:そうね・・・。前にここでダンスを見てもらったのよね、覚えてる?(顔を覗きこむ)
Y:そうだったね・・・あの時、恋に落ちたんだな、きっと。あの時、ヒスが愛しくなった。(ヒスの左頬をやさしく撫でて)キズもすっかりキレイになって元通りだし。・・・よかった・・・。これで、女優も続けられるな。(うれしそうに言う)

ヒ:・・・。もう女優は・・・できない。(ちょっと寂しそうな顔をする)でもいいの、こうやって先生に会えるから。
Y:なぜ?(不思議そうに見る)どうして女優を諦めるんだ。おまえの子どもの頃からの夢だろ? なぜ?

ヒ:・・・(胸が痛い)そうね。先生、あの人に会った?
Y:あの人って?
ヒ:遠くへ行っていた恋人。
Y:恋人? 誰? 今日は変なことばかり言うな。恋人は・・・おまえだろ?(笑顔でヒスの顔を見る)
ヒ:・・・。(見えないように少し横を向いて涙ぐむ)

Y:ノンキでいいなあ。こんな日は。(幸せそうに空を見る)

ヒ:・・・。本当はそう思ってるのね。(YJを見つめて涙がこぼれる)

Y:・・・どうしたの? 変だよ、本当に変だよ。

ヒ:先生の心の奥では、私が恋人なのね?
Y:えっ? 実際そうだろ。どうしたんだい?(笑いながらヒスを見る)
ヒ:ううん・・・。そうよね。私たちは熱愛カップルよね。二人で力を合わせて危機を乗り越えたんだもん!(そう言って立ち上がる)
Y:うん。そうだよ。(笑顔でヒスの後姿を見守る)



ヒスは、川沿いの柵まで歩いていく。
柵に寄りかかり、一人川の流れを見つめながら、泣いている。







ベッドの上で目を覚ましたYJにヨンへが気づく。
ヨンへは水を入れ替えた花瓶を持ってYJの枕元へ行き、サイドテーブルの上に置いた。


ヨ:目が覚めた?(顔を覗き込む)

Y:今日もいてくれたの? 仕事はいいの?(甘えた目で見る)
ヨ:うん。映画の仕事は、もう全て終わったわ。今はヤンジュに付いていたいの。ねえ、いい夢でも見てた?
Y:なんで?(きょとんとした顔をする)
ヨ:顔が幸せそうだった。(笑顔で言う)
Y:そう? 夢なんて覚えてないよ。
ヨ:最近のあなたの寝顔って本当に幸せそう・・・私、今もうれしくなって、涙が出ちゃった。(見つめる)


ベッドの横のイスに座る。


Y:ヨンへ、ありがとう。・・・君には辛い思いをさせちゃったね。ハンさんから聞いたよ。毎日、泣いてたって。
ヨ:そうよ。目が腫れちゃった。でも撮影の後半は泣いてばかりの役だったから、ヤンジュを思い出すとすぐ泣けちゃって。仕事はうまくいったわ・・・。
Y:ごめんな。(ヨンへの手をやさしく撫でる)
ヨ:もう酔っ払いはやめてよ。こんなに辛かったこと、なかったもの。(ヨンへもYJの手を撫でる)
Y:そうだね。(ヨンへの頬をやさしく撫でる)
ヨ:ヤンジュが昏睡状態から目覚めたのは奇跡に近いって、お医者様が言ってたわ。危ないところだったって。
Y:そうか。(切なそうに、すまなそうにヨンへを見つめる)



ナースが車椅子を押して入ってきた。


ナ:ヤンジュさ~ん、リハビリルームに行きますよ~。
Y:はい。


寝たきりだったYJは、まだ一人ではうまく体を移動させられない。
ナースとヨンへの手を借りてやっと車椅子に座る。
ヨンへが車椅子を押しながら病室を出てエレベーターホールに向かう。
廊下の前方に掃除のおばさんが立って、YJをずっと見ている。
すれ違い様にYJに声をかける。


掃:元気になってよかったね、先生。
Y:(咄嗟に口から出る)ありがとう、おばさん。(自分の自然さに驚いて、おばさんと見つめあう)


通り過ぎて、YJが振り返った。エレベーターホールで頭を捻る・・・。


Y:あの人を知ってたかな? なんで先生って呼んだんだろ。(不思議に思う)
ヨ:だって、先生じゃない。あなたの作品、知ってるんじゃないの。
Y:・・・そうかなあ・・・。


YJにはおばさんの声のかけ方がまるで知り合いのように思われた。







ヒスを腕に抱きながら、YJは夕暮れの道を散歩している。


Y:(晴れ晴れとした気分で)どこか遠くに旅行したいな。
ヒ:それ、いいな・・・。(YJにもたれる)

Y:おまえのご両親に挨拶して、どこか行かないか? ヒスが好きなところでいいよ。
ヒ:そうね・・・。そんな日が来るとうれしい・・・。
Y:どうした? オレはいつでも春川へ挨拶に行くよ。信じてないの?(顔を覗き込む)
ヒ:うううん。本当にそんな日が来たらステキ・・・。(ちょっと暗くなる)
Y:ヒス。(不思議そうに見る)今からでも行くかい?(笑顔でヒスを見る)
ヒ:・・・。

Y:(ヒスの両肩を掴んでうれしそうに)そうしよう!(顔を覗き込む)

ヒ:先生。ムリよ。・・・私たちにはできないの。
Y:なぜ?

ヒ:これは・・・現実じゃないから・・・。
Y;えっ?

ヒ:(決心してYJを見つめる)私たち、心と心で会ってるだけなの。これは現実じゃないのよ。

Y:何を言ってるの?(意味がわからない)

ヒ:先生を愛してるの。いつまでも一緒にいたいの。二人でいればいいわ。場所なんてどこでも。こうしていられれば。
Y:ヒス・・・。


YJがやさしくヒスを抱き締め、キスをした。







続く・・・





2010/07/03 23:50
テーマ:【創】「夕凪」 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「夕凪」3





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こんばんは。



BYJシアターです^^

本日は「夕凪」3です。

ところで、こちらは「夏バージョン」の映画なので、
3【中編】については、極端に怖がりの方は日のあるうちにお読みください。

基本的には恋のお話ですので、たぶん、大丈夫だと思います・・・。



【配役】

YJ(キム・ヤンジュ)・・・ペ・ヨンジュン(32歳・作家)
チョン・ヒス    ・・・(21歳の女優志望の女の子)

ヨンへ       ・・・イ・ヨンエ (恋人・女優)


では、これより本編。お楽しみ下さい。



~~~~~~~~~~~










『恋が、心が、止まることがあるの?

あなたは言った。
そうだと・・・。


でも私は信じない。

止まっているように見えても
その水面下では恋は確実に揺らめいていると。


あなたは今、夕凪の時間だと言った。


でも私は信じない。


あなたの胸が揺れているのがわかる。
あなたの目が輝いているのを知っている。



それは夕凪ではない・・・』









主演:ぺ・ヨンジュン

【夕凪】(ゆうなぎ)3【中編】












【第3章 運命の回転扉-①ヒス】


ヒスの母親が退院手続きをして、担当医と婦長の前に座り、話を聞いている。


医:顔の傷のほうは昨日抜糸も済みましたし、これからの経過を見て、必要に応じて、皮膚の形成を考えていきましょう。形成外科を施せば、傷はかなり目立たなくなっていくと思いますよ。しばらくは日焼けをしないようにキズのところには、必ずこちらでお出ししたキズ絆創膏を貼っていてくださいね。

母:わかりました。

医:それから・・・。婦長さん、入院中の普段の様子を・・・。(婦長を見る)

婦:はい。・・・お母さん。ヒスさん、とてもいいお嬢さんで。今では食事の配膳を手伝ってくれたり、周りの人の世話も見てくれて、とてもよくやってくれるんです。
母:そうですか。(うれしそうに)あの子はとってもやさしい子なんです。

婦:ただ・・・毎日、午後2時近くになると、先生が来ると言って・・・。
母:どういう方なんですか? その先生って?


担当医と婦長が顔を見合わせる。



婦:それが・・・(言いにくそうに)実は入院した次の日からなんですけど・・・。部屋で誰かと話をして泣いたり笑ったりしているんです・・・。たまたま、ナースが病室に行った時に先生が来てたみたいで、ヒスさんが楽しそうに笑っていたという報告を受けました。

母:どんな感じの方ですか? 何をやってる人なのかしら・・・いくつぐらいの人でしたか? どこで知り合ったのかしら?

婦:それが・・・そこには誰もいなかったというんです・・・。

母:(不思議そうに) えっ? なぜ?

婦:「先生が来てるの」と言って、その先生らしい人の手を引いて、廊下を歩きながら、ナースや他の患者さんに手を振ってくれるんですが、実は、(言いにくそうに)ヒスさんが手を引いているのは・・・・クマのぬいぐるみなんです・・・。それで、皆、ヒスさんが不憫で・・・彼女にはいつも皆、お世話になってるものだから、お返しに手を振るんですけど。
母:(愕然として)あの子がなぜそんなことを? まさか、あの子の頭がおかしくなったとでもいうんですか?
婦:・・・まあ・・・。(言いにくい)

母:いったいどういうことですか・・・。他に何をするんですか、あの子は。(気丈に質問するが涙ぐむ)
婦:他には何も。ただ、大好きな先生が訪ねてくるだけなんです・・・。
母:・・・。(口元を押さえて泣く)やはり、女優を諦めたことが、あの子の心を壊したのでしょうか・・・。

医:お母さん。ここには精神科がないので、春川の総合病院への紹介状を差し上げます。自宅療養しながら、ゆっくりされたほうがいいと思います。
母:(鼻をすすって)そうですね。わかりました。お手数をおかけしました。あちらの病院を訪ねてみます。本当にお世話になりました。これから連れて帰ります。



母親はなんとか立ち上がり、お辞儀をして、医局から出ていく。



かわいそうなヒス。
子どものころからの夢だった女優を諦めて・・・。
あんなにキレイな子だったのに・・・。
あんなにやさしい子なのに。

心まで病んでしまって・・・。



病室に戻り、娘の顔を見る。とても元気そうに見える。


・・・なのに、この子は。




母:支度はできたの? 忘れ物はないかしら。先生と婦長さんにはご挨拶してきたわ。

ヒ:そう、ありがとう。(時計を見る)今日急に退院することになったから、挨拶できてない人がいるのよ。2時にはいつも顔を出すから。ママ、あと30分、待って。いいでしょ? 今日は車だから、時間は気にしなくても平気よね?


母親はドキッとした。
娘がおかしくなる時間がやってくる。
・・・一刻も早くこの場を立ち去りたい。


母:ヒス。道が混むから、もう行きましょう。ね。
ヒ:だめよ。ちゃんと挨拶して行きたいの。だって、先生は・・・。知り合いの先生が来るんだけど、私をとっても励ましてくれたの。こんな顔になっちゃった私をここまで元気にしてくれたのよ。ママにもちゃんと会ってもらって、お礼を言ってほしいの。

母:ヒス、もう行きましょう。

ヒ:なんで? あと30分もないのよ。そんなに急がなくてもいいじゃない。待って、ねえ、待って。



荷物を持って部屋を出ていこうとする母親を、ヒスが引き止める。


ヒ:まだだめ。待って。待ってよ!(母の腕を引っ張る) もうすぐ先生が来る時間だもの。挨拶して行かなくちゃ。私が急に居なくなったら、先生が心配するわ、探すわ。ちゃんと挨拶していかないと。

母:ヒス、ヒス。(娘が不憫で)お願い。お母さんと一緒に帰りましょう。・・・先生には、ナースの方が声をかけてくれるわ。ヒス・・・ヒス。



娘は真剣に母親にその先生に会うように頼んでいる。
来るはずもない人を待っている。
母親は辛くなって、ヒスを振り切り、病室を出て、ナースを呼びに行く。ヒスも続いて部屋から出てきて、母親に懇願する。



ヒ:ねえ、ママ、待って。なんでそんなに急ぐの? (ナースが飛んでくるのが見える。変だ)どうしたの? 皆。先生が来るだけじゃない。おかしいわ。


ナースと母親がヒスを抑える。周りの患者たちが一斉にヒスを見る。彼女には今、何が起こっているのかよくわからないが、とにかく、必死で抵抗する。


ヒ:ちょっと待って。どういうこと? ねえ、ママ。どういうことなの? 何も言わないで先生と別れたくないだけよ。手を放して。(母の手を払おうとする)お願い。手を放して。(母親とナースが引っ張って行こうとする)ちょっと待って。もうすぐ来るの。待って。いつも2時には来るのよ。あと、20分でいいの。ママ、待って。ね! ね! 皆だって知ってるじゃない。先生が来るの。ママを説得して。ナースさん、お願い! ああ~あ。(母やナースの手を解こうと必死に抵抗する)あ~あ、いや。やだあ。お願い、お願いよ。



ヒスはだんだん狂ったようにもがき始めた。
ナースや母親が病院から連れ出そうとするのを全身で抵抗する。その様子を見て、ナースの一人が医師を呼びに行った。

ヒスは廊下で暴れて泣くが、ふと、隣の病室のネームプレートが目に入った。
次の瞬間、動きが止まり、顔をしかめて口をあけたまま、佇む。

急に動きが止まったので、母親やナースが手を緩めた。
ヒスはそのネームプレートを見つめたまま、母親とナースの手を振り切り、その前まで歩いて行く。

そして、じいっと見つめている。


母:ヒス? ヒス? どうしたの?


皆が見守る中、ヒスはその病室に入っていく。

カーテンを開けると、そこには、たくさんの管につながれた昏睡状態の男が横たわっていた。



ヒスはただ呆然と、彼を見つめた。








【運命の回転扉-②YJ】


いつも2時の約束なのに、今日のYJは胸が痛くて起き上がることができなかった。
やっと4時近くになって、起き上がれたが、ヒスとの約束の時間には大幅に遅れている。しかし、行かないわけにはいかない。

若い彼女がどんなに元気になったように見えても、長年の夢を諦めた今、その精神状態は、ほんの少しでもバランスを失えば、それは簡単にパラパラと崩れ去ってしまうだろう。

昨日、ヒスの自分に対する恋心を聞いた時、はっきりと彼女に答えてやることができなかった。本当に最近のオレは、自分の気持ちがはっきりと掴めないでいる。

恋心はともかく、ヒスとの約束。
一日も欠かさず、見舞う約束。これを忘れてはいけない・・・。



時々、痛む右足を少し引きずりながらも、YJが病院を訪れた。
病室を覗くと、ベッドはキレイに片付けられ、もうヒスの姿はない。

退院するとは聞いてなかったのに。
ナースステーションで聞いてみるか。

YJが病室を出ると、あの掃除婦のおばさんがいた。
YJの顔を見て、


掃:ヒスさんかい?
Y:ええ、退院したんですか?
掃:そうなのよ。今日、お母さんが見えてね、急に退院したのよ。先生を待つって泣いてたわよ。
Y:(胸が痛い・・)そうでしたか。(悪いことをした・・)ナースステーションで住所を聞いてみます。ありがとうございました。(頭を下げて行こうとする)

掃:先生!(呼び止める)

Y:何でしょう?

掃:こんなこと言いたくないんだけどね。(躊躇する)
Y:何ですか? (顔を覗き込む)
掃:ちょっとこっちへ来て。(手招きして、廊下の端に呼ぶ)


YJは何かとおばさんの横へ行く。


Y:何でしょうか?

掃:言いたくないんだけど・・・。あんたも早く退院できるように・・・頑張って。・・・そっちが先だよ・・。
Y:はっ? 僕ですか? 僕は患者じゃないですよ。(やさしく微笑む)

掃:なんていうかな・・・。じゃあ、こっちへおいで。



YJはおばさんのあとをついて行く。ヒスの隣部屋の前に立った。


Y:ここですか?
掃:うん。覗くとわかるんだけどね・・・。


YJは不審そうな顔をして、部屋のドアを開けた。



おばさんがカーテンを開ける。
一人の男が寝ている。体にはたくさんの管が繋がっている・・・。


掃:よおく、見てごらん。


YJは近づき、顔を見る。よおく見る・・・。




自分の顔だった。

そこには、意識不明の自分が寝ていた。
驚いて、繋げられたたくさんの管を見る。
わけがわからない・・・。


Y:これはいったい・・・。(理解できない)

掃:あんただよ・・・。ヒスちゃんしか、あんたが見えなくて・・・。それで、ヒスちゃんのここんとこ(頭を指す)がおかしくなったと思われて、家に引き取られていったんだよ。
Y:えっ?

掃:春川の実家で近くの精神科に通いながら、家でゆっくり静養させるらしいよ・・・。
Y:そんな・・・。

掃:本当はおかしくなんかないんだけどね・・。


YJは、寝ている男の足元に立つ。いったいどうなっているのか・・。


掃:一ヶ月前からここにいるよ。聞くところによると、酔っ払って、道に出たところを車に引かれたらしいよ。体の傷は、右足の骨折以外はほとんど治ったらしいけどね。・・・心が戻ってないんだ・・・。

Y:心が?

掃:そうだよ、おまえさんだよ・・・。おまえさんがこのまま、戻らないとあんたの命も終わるよ・・・。


YJがおばさんを見つめる。


Y:一ヶ月って、ヒスと出会ってちょうど一ヶ月半ですよ・・・それから、ずっと彼女に会ってるんです。



ああ。一週間会えなかった時があった。

とても体が重かった時期・・・。



掃:思い当たったかい? ヒスちゃんには、おまえさんが見舞いに来てた。でも他の人には見えてない・・・。

Y:なぜ、ヒスには見えてたんでしょう?

掃:さあ。(わからないというジェスチャーをして)でも、どうだい? あの子はあんたに生きるトキメキをくれなかったかい? あんたの心が止まりそうになったのを、動かしてくれなかったかい?

Y:(おばさんの顔を覗きこむ)・・・。

掃:心が閉じていくのを開いてくれたんだよ・・・。

Y:・・・夕凪なんかじゃなかった・・・もう終わろうとしてたんですか?


YJはおばさんをずっと見つめる。


Y:ヒス・・・。僕はいったいどうしたら・・・。

掃:まずは戻ることだよ、体に。・・・そこからしか始まらない。心だけでは遠くまで旅はできないよ。
Y:どうやって?
掃:さあ、私はあんたが見えるだけで、あとのことはよくわからない・・・。病院にはたくさんいるんだよ・・。お互い知らないだけでさ。・・・私はもうそろそろ行かないと。いつまでもここに居られないからね。仕事をサボってると思われちまう。誰かあんたにアドバイスできる人と出会えるといいね。・・・きっといるよ。ここの病院は古いし、広いから・・・。
Y:亡くなった人に会えということですか?

掃:まあね。彷徨ってるっていうか・・・。じゃあ。(手を挙げて、さよならをする)あんたはここで探したほうがいいよ。

Y:ええ・・。

掃:じゃあね。(出ていく)



YJは呆然として自分の姿を見ていた。
しばらくすると、病室に人が入ってきた。担当編集者のハンだった。



Y:ハンさん!(声をかける)

ハンは気づかない。しかし、寝ている横に座って、手を握った。


ハ:おい。先生よ、早く起きろよ。・・・ヨンへさんもすごく心配してるんだよ、日本で。撮影の時、目が腫れてて、監督から怒られるって言ってたぞ。


YJはヨンへのことを聞いて泣けてくる。

連絡も寄こさないのではなく、今の自分とは連絡がつかないのだ。
自分のことを忘れているのではなかった。
かわいそうなヨンヘ。


ハンが部屋から出ていく。
YJもついて行く。ハンが階段脇の通路に立って携帯で話している。


ハ:ああ、ヨンへさん。今日も相変わらずですよ。ここのところ、顔に表情が出てきたかもしれないと喜んでいたんですが。今日の昼は不整脈だったらしい・・・。えっ? 今ですか? 病状は安定してますから・・安心して。辛いけど、お仕事頑張って。先生のことは私に任せて。先生はこんなことでは死なないですよ。・・じゃあ。


電話を切って、ため息をつき、暗い顔をして歩く。担当医のところへ行く。


ハ:先生。遅くなりました。
担:いえ、大丈夫ですよ。
ハ:このままでしょうか・・・?
担:うう~ん、顔に表情が出てきたようにも思える時があるんだけどね・・・。心配なのは、ここのところ、心臓の具合が、よくないんだな。少し弱ってきてるのかな・・・。意識が回復するまでに・・・どうかな。


YJは胸が痛い。
自分はここにいる。

ちゃんとここにいるのに。

どうやったら戻れるのか・・・。


ヨンへを泣かせ、ヒスは心を動かしてくれたのに、そのせいで彼女自身が変だと思われてしまっている・・・。


探そう、この病院内をくまなく。

一人くらいは誰かいるだろう・・・彷徨っている人が・・・。










【第4章 トリップ】


春川の実家に帰ってからのヒスは、いつも疲れきった顔をしてただ静かに座っているだけだ。母親も仕事に出るわけにもいかず、ここのところ、娘の病気療養のため、長期休暇ということになっている。

春川に戻ってからすぐ、ヒスを連れて紹介された総合病院の心療内科を訪ねたが、ヒスには決定的な問題点が探し出せなかった。心理テストでは、まったく異常が認められない。

顔にキズを負ったことで、将来の夢を挫折してしまったヒスではあるが、それは青春期特有の憂鬱とも言えた。人は皆、ある時期、夢を諦めざるを得ない時がある。その多くは青春期にやって来る。

医師は、その挫折感が彼女に、「先生」という架空の人物を作り上げたのだろうと分析した。

そして、ヒス自身が、医師に、この心の重さに耐えかねて、それを乗り切るために自分で「先生」という人物を創作していたことを、告白した。

そして、ヒス曰く、それは、普通の人が神に祈るのと同じで、自分は「先生」に思いの丈をぶつけていたに過ぎず、その存在が架空のものであることは自分自身、はっきり認識しているということだった。

その告白により、ヒスが日常生活を営むには全く問題がないという結論に至った。

病院からは市内にある、個人の精神科の開業医を紹介された。そこは、自宅を開放し、患者がリラックスした気分で治療を受ける事ができるクリニックだった。

若い彼女の憂鬱を少しでも和らげるためにも、週に一度そこを訪ねることが良いというアドバイスに留まり、母親はヒスを通わせることにした。






ヒスは今、2階の自室の窓から外を眺めている。
確かに自分は先生と一緒の時を過ごした。

しかし、先生はあそこに横たわっていた。

きっと人に言っても信じてもらえないだろう。

今でも・・・というより、ソウルから春川に帰ってから・・・実は、毎日、先生の夢を見ている。夢というより現実に先生に会っていると言ったほうが正しかった。

しかし、これを親や医師に告げたら、きっと薬を飲まされて、先生とは永遠に引き離されてしまうだろう。

だから、本当のことは言えない・・・。

ヒスは密かに先生を愛していたし、先生の温もりもしっかり覚えているのだ。








毎夜、ヒスはあの病院の旧館にいる。
自分の入院していた部屋の隣室を訪ねる。そこには先生が入院していた。

先生は今日も窓辺に立っていた。


ヒ:先生!


YJが振り返り、ヒスを見る。
ヒスの顔は事故前のように少しも傷ついていない。
心だけのヒスは、美しいままだった。


Y:ヒス。今日も来てくれたんだね。今度はおまえがオレを訪ねる番になったね。
ヒ:うん。(寝ているYJの頭をやさしく撫でる)
Y:(自分の姿を見ながら)ここに寝ているのはまぎれもなく、オレなんだ。そして、オレは、心なんだ。心が体に戻らないとオレは死ぬらしい。
ヒ:・・いや。先生が死んじゃうなんて・・・。生きていてほしい・・・。

Y:・・・。

ヒ:これが現実の、先生の本当の姿なんだよね。
Y:うん。

ヒ:先生の心が私を助けに来てくれたんだよね・・・。
Y:・・・ヒス。オレの心は夕凪なんかじゃなかった。次の波を待っているんじゃなかった。もう終わろうとしてたんだ。

ヒ:先生・・・。

Y:でも、おまえがオレの心を揺さぶってくれた。起きろって。おまえがいたから、今でもこうしていられるんだ。
ヒ:先生をどうしても助けたい。どうしたらいいの? 先生には元気になってほしいもん。
Y:どうやって戻ったらいいのか、わからないんだ。ここの掃除のおばさんが、心を戻す方法を知っている人を捜せって言うんだ。

ヒ:・・・。

Y:この病院内を彷徨っている魂を捜せって。



ヒスは少し背筋がゾクッとした。
YJ自体も自分も同じ魂なわけだが、ちっとも怖くない。
が、しかし、他の魂に出会うのは、怖い気がする。


ヒ:・・・捜さなくちゃだめなのね?

Y:ああ・・・でも、昼も捜したんだけど、見つからないんだ。会えないんだ。掃除のおばさんが言うには、彷徨ってる魂同士はお互いの存在を見ることができないらしいんだ。それなのに、捜せって・・・。(ヒスを見る)

ヒ:・・・。(YJをじっと見る)



二人の間に直感が走った。ヒスは少し武者震いした。



Y:でも、ヒスを巻き込む事は出来ないよ。(心に不安が広がる)
ヒ:でも、そうしないと、先生が死んじゃうんでしょ?それはいや。・・・先生、いつも私のそばにいて・・・いつも手を握っていて。そうすれば、きっと勇気が湧くはず・・。きっとできる。





YJとヒスは、シ~ンと静まり返った旧館の中を歩く。
ヒスはYJの手をしっかり握り締めている。

ときどき、何か蠢くものが見える。
それは黒い影だったり灰色だったりするが、広がったり小さくなったり、まるで息をしているようだ。
しかし、それを目を凝らして見ることができない。

ヒスはYJの肩越しに恐る恐る見つめる。


Y:どうした? 何かいるのか?
ヒ:うん・・・でもきっと、もう人じゃない・・・ただの影が揺らめいているだけ。でも、声が・・・「う~う~」とか「あ~」とか言って・・・怖い。



YJがヒスの肩をぐっと引き寄せる。

そして二人は毎夜、病院の旧館の中を捜し回った・・・。








【第5章 そこにあるもの】


ある夜、2階のナースステーションの所まで来ると、一人の痩せた男がタバコをふかしていた。

ヒスたちはいったん通り過ぎたが、ヒスは頭を捻った。

こんな夜更けに、ナースステーションのカウンターでタバコを吸う・・・。

変だ。

あの人は人間じゃない、きっと。



ヒ:今のタバコ吸ってる人、見えた?
Y:・・? 居た? そんな人。

ヒ:やっぱり・・。先生、戻ろう。今、居たのよ、ナースステーションのカウンターの所に一人、痩せた男の人が。


ヒスが振り返ると、確かにいる。
しかし・・。
ヒスがぎゅっとYJの手を握り締める。
ヒスの手から汗が滲む。YJも呼吸が苦しくなる。


Y:どうした?(ヒスの顔を見る)

ヒ:(男を見ながら)頭が・・・頭が半分、ない・・・。
Y:・・! やめよう!(ヒスの手を引っ張って行こうとする)

ヒ:ううん・・・。声をかけてみるわ。(男を見つめている)




二人は今来たところを戻る。

煌々とライトが照らす中、男はおいしそうにタバコを吸っている。


ヒ:す、すみません。(息が途切れ途切れになる)ち、ちょっと話がしたいんですが。


YJは姿が見えぬ相手に話しかけるヒスの顔を心配そうに見つめた。


男:・・・。

ヒ:すみません。あのお・・・。
男:なんだい? あんた。(じろっと見る)


男の声は壊れた機械のような妙な声だ。
いろいろな音が混ざっているような、それも少し甲高い。


ヒ:私が見えるんですね?

男:まあな。(タバコを吸っている)

ヒ:ここに長いんですか?
男:ちょっと。あ、あんたこそ何もんだい? こ、ここのナースに気づかれないかい?(関わりたくない)
ヒ:たぶん、ナースさんたちには、私は見えないと思います。
男:そうかい。

ヒ:あの・・・私・・・体から心が離れてしまった人の心を戻す方法を探しているんですけど・・・。
男:ハハハ・・・。それはムリだな。オレもできなかった・・・といっても、オレの場合は(後ろを振り向く。欠けた後頭部を見せるので、ヒスはYJの腕をぎゅうっと掴み、目を閉じる)これだから、最初っからムリだったんだけどね。脳無しだから。ハハハ・・・。

ヒ:(YJの腕をもっと強く握り締めながら)で、でも、できた人もいるんでしょう?



YJがヒスの肩に手を回し、ぎゅっと抱き締める。


男:そりゃ、いたさ。しかし、そういうやつはもう元気に退院して、人間やってるからさ、ここにはいない。
ヒ:・・確かに。でもなんか手立てがあるはずです。
男:(ムッとした顔をして)さあ?(外人のようなジェスチャーをする)
ヒ:どうも・・。他を当たってみます。(お辞儀をする)



ヒスが諦めて、今来た道を戻ろうとすると、男がヒスを呼び止めた。


男:おい。あんた。あんた、いくつだ?
ヒ:もうすぐ22です・・・。

男:ふ~ん。そうか・・若いんだな。・・・う~ん、一人、知ってるおっさんがいるんだ。ここのボイラー室にね。たぶん、今もいると思うけど・・。

ヒ:ボイラー室にですか? どんな人ですか?

男:元医者らしいけどさ。オレたちが見えすぎて頭がおかしくなって、医者からボイラーマンになっちゃったおっさん。変わりもんさ。ここで、彷徨ってんのが話し相手ほしさにみ~んな、そのおっさんのとこへ行っちゃうのよ。おっさんも、それも人助けだって言って、ボイラーマンやってんのよ。

ヒ:じゃあ、その人は彷徨ってる人が全部見えるんですね? 話ができるのね?
男:ああ。あんたみたいに若い子が彷徨う魂を捜してるのは、ちょっとかわいそうだからな。行ってごらん。たぶん、寝泊りもしてると思うよ。

ヒ:ありがとうございます! 行ってみます。ありがとう!
男:じゃあな。



男はまた次のタバコに火をつけて、にこやかに手を振った。
ヒスも笑顔で男に手を振った。




ヒスは階段のほうにYJを引っ張って行った。


ヒ:見つけたわ。いたわ。ボイラー室に元医者で先生みたいな人が見える人がいるんだって。その人を訪ねるといいって。行ってみよう。ね。
Y:そうか。・・・恐い人だったのか? 今のやつ。
ヒ:ううん。ただ、頭の後ろのほうが無くて、怖かった・・・。


YJがヒスをぎゅっと抱き締める。


ヒ:この階段を降りると、ボイラー室があるほうよ。地下まで下りましょう。





二人は階段を下り始めるが、YJが右足を押さえる。

ヒ:どうしたの? 大丈夫? 痛い?
Y:うん。どうも骨折したらしくて、治ってきているみたいだけど、歩いてないからな。治りが悪いみたいなんだ。時々痛いんだ。
ヒ:そう・・・ゆっくり行こう。先生、頑張って。
Y:ああ。(微笑む)


YJの足を気遣いながら、ボイラー室に近い階段を二人はゆっくりと下りて行くが、一階に近い踊り場で、ヒスが下を覗く。


Y:どうした? 何かいるのか?

ヒ:うううん。でも、ここの一階って、薄気味悪い。なんか、靄がかかってるみたいに白くて、ヒンヤリした感じがする。一階の床が見えないの・・・。
Y:おい。(ヒスの手を引く)




恐る恐る階段を下りたヒスが、「キャ!」と言って階段の途中で尻もちをついた。
YJが驚いてヒスを後ろから抱き起こす。


Y:大丈夫か。何か見えるのか?
ヒ:見えるというか、何かが蠢いてる。白っぽいものがいっぱい・・・人が透けているようで人じゃないみたいで・・それがいっぱい。ニオイも、すごい・・(咳をする)・・すえたような、カビたような、息が・・・息ができない。(咳き込む)

Y:引き返そう。なんかやばいかもしれないぞ。(心配そうにヒスを見て、上へ引っ張り上げる)
ヒ:でも、先生。その人に会わないと。

Y:もういいよ、オレ一人で昼に来てみるから。オレには他の霊気がわからないし、その人にオレが見えるなら大丈夫さ。
ヒ:でも・・・。早くした方がいいでしょ。先生の命が・・・。



ヒスがYJのほうを向いて話している最中に、いきなり足をぎゅっと掴まれる。

ヒスが驚いて足元を見る。
透けた手がヒスの足首を掴んでいる。

「きゃあ~」ヒスが悲鳴を上げた。

YJが驚くと同時にヒスの足が引っ張られてヒスが前に倒れ掛かる。
慌てて、ヒスはYJに掴まった。


ヒ:先生、先生!


YJが必死にヒスを抱きかかえるように引っ張るが、強い力でヒスがどんどん引っ張られていく。
よく見ると、ヒスの下半身が見えない。


Y:ヒス! ヒス!
ヒ:(悲鳴を上げながら)ああ、助けて。苦しい、苦しい。息が、息ができない・・・。


二人はパニック状態になった。
いくら引っ張ってもどんどんヒスの体が下に引きこまれ、消えていく。
もう胸のあたりまで体が消えかかっている。




その時、ヒスの腰をぐっと強く掴んだ手があった。
ヒスは驚いたが、その手がヒスを引き上げ、その手の持ち主が後ろから声をかける。


男:静かにしろ。やつらに気づかれる。これ以上集まると危険だ。さあ、早く階段を登るんだ! 早く!


YJもヒスもよくわからないが、その声に反応して必死で階段を上がる。

ヒスの耳には、「うあ~」とか「あ~」といった声にもならない野獣のような、音のような声が追ってくるのが聞こえる。
二人はとにかく夢中で階段を上がり、4階まで来ると、後ろの男が、


男:屋上へ行く階段の方へ行こう。まずは屋上に上がるぞ。


と声をかける。YJとヒスは怖くて後ろを振り向けないが、二人が見えているということは、きっと後ろの男が「その人」であろうと、信じて言葉に従う。
重い屋上の扉を押し開けて、屋上へ逃げ込んだ。



YJもヒスも足が棒になって疲れ切り、二人は前かがみになって、大きく息を吐き、呼吸を整えた。そして、二人が見上げると、そこには作業着を着た大柄の太った60がらみの男が立っていた。


Y:あなたがボイラー室の先生なんですか?(息を吐きながら言う)
男:ああ。

ヒ:あなたにも、ヤンジュ先生が見えるんですね!(喜ぶ)
男:ああ、そうだ。さあ、フェンスのほうへ行こう。あっちで話を聞こうか。





3人は一番端のフェンスの近くに座りこんだ。


男:危ないところだったぞ。やつらには、生霊はいいメシになるからな。
Y:生霊?(それはいったい?)
男:お嬢ちゃん、あんたのことだよ。(ヒスを見る)
ヒ:メシってなんですか?
男:やつらは長くここにいる。もう行くところがないのさ。中にはもう人の形も留めないものもいて、そういうやつらには、あんたのような息のいい生霊は、いいメシになるんだ。それを食うと、あいつらが少し長らえるってわけさ。


ヒスとYJは顔を見合わせて、ぞっとする。



ヒ:2階のナースステーションにいた後頭部のない男の人があなたに会えっていったんです。
男:あいつか・・・。いいやつだが、お調子もんさ。半分は本気であんたたちの為に、半分は運任せで面白がって。それでそう言ったんだろうよ。



YJとヒスはぞうっとして、また顔を見合わせる。



Y:失礼ですが、あなたは元お医者さんなんですか?

男:ああ。しかし、手術中でもなんでもやつらがやって来るから、仕事にはならないし、どこへ行っても付いてくるから、医者を続けられなくなった。結局、これも人助けというわけでボイラー室に住み着くことになったんだ・・・。医者になる前はこんなことはなかった。ここはそういうところだし・・・これが運命かもしれないな。

Y:(大きくうなずいて)先生は、僕みたいに体から心が離れてしまった人間を元に戻す方法を知ってらっしゃるんですか?



YJとヒスが真剣な眼差しで男を見つめた。


男:う~ん。まずはあんたを診察してみないとな。


YJとヒスが見つめあう。


男:・・・つまり、オレが今まで診てきた臨床結果に基づいて分析していくわけだが・・・それによっては・・・。ちょっと胸を見せてみろ。


YJがシャツの胸を開けて男に見せる。男が心臓に手をやる。

男:う~ん。後ろ。


YJが背中を見せる。


男:う~ん。あと3日ってとこだな。早く出会えてよかった。このままいったら、終わっていたところだ。


YJとヒスが顔を見合わせる。



ヒ:先生、ヤンジュ先生は助かる? 助けてあげて。お願い。


男はヒスを見る。


男:うむ。その為に、あんたは生霊になってここへ来てるわけだね。ずいぶん、遠くから来ているんだな。どこからだ?
ヒ:春川。

男:前にもこうして出歩いたことがあるのかい?
ヒ:いいえ、これが初めてなんです、こういうの。ヤンジュ先生に出会ってから、知らないうちにこうなっちゃったんです。

男:そうか・・・。あんたの念の強さには驚くよ。生まれながらのものと・・・恋だな?(ヒスを見つめる)
ヒ:(しっかりとした顔つきで)・・・はい・・・。


YJがやさしい顔をしてヒスを見る。ヒスもしっかりYJを見る。


男:よし、わかった。頑張ってあんたを体に返してみよう。ただし、二人に言わなければならないことがある。
Y:なんですか?
男:今度、人として目が覚めた時には、あんたはこのことを覚えていない。心が離れていた時の記憶が無くなるんだ・・・つまり、このかわいいお嬢ちゃんと一緒に、こうして過ごしたことも忘れてしまうんだ。いいね?


YJが愛しそうにヒスを見た。


男:そして、お嬢ちゃん、あんたには生々しく記憶が残る。あんたはこの人を助ける為に、自分の意志でここへ来ているんだからね。それでもいいね?


ヒスの胸に込み上げてくるものがあったが、愛しているYJの命のほうが大切である。


ヒ:いいです。先生を助けてください!
Y:ヒス・・・。(切なそうに見つめる)
ヒ:(YJを見つめる)いいのよ、先生。先生が死んでしまったら、全てが終わっちゃう・・・。もし、もう会えなくても生きててほしい・・・。(涙がこぼれるが) 絶対、生きてて欲しいの!
Y:ヒス・・。(辛くなる)

男:そうだ。生きていればどうにかなるさ・・・。もう日が昇りそうだな。明日の晩、決行しよう。お嬢ちゃんも明日の晩、この人の病室へいらっしゃい。そこで落ちあう。いいね。わかったね。
Y・ヒ:はい。(お互い、しっかり見つめあう)




明日の晩、決行となった。





朝、目覚めたヒスは全身が重く起き上がることができなかった。
昨晩はたくさんの霊に出会ってしまったせいか、疲れ方が尋常ではない。

母親がなかなか起きてこないヒスを心配して、娘の部屋を覗いて驚く。


母:ヒス! どうしたの? あなた、大丈夫? 顔が真っ青よ。病院へ行きましょう。これではだめだわ。
ヒ:ママ、大丈夫よ。昨日寝付けなかっただけよ。もう少し寝させて。ゆっくりしていれば治るから。
母:今、薬を持ってくるわ。


薬・・・だめよ。
そんなものは飲まないわ。

今日はとても大切な日。

もし、今夜、先生に会いに行けなかったら、私は一生、先生と会うことが出来ないかもしれない。

先生との別れの日。

・・・でもいい。

心に誓うわ。

先生を救うこと。

それだけを考えるって。

先生が元気だった頃、私たちは知り合いだった。
今みたいに近い関係じゃなかったけど、助け合うやさしさもなかったけど・・・。
それでも、また会えば、きっと何か感じるはずよ。

でも、その前に先生が結婚してしまったら・・・。

私の初恋が終わるだけね・・・。

でも。
でも・・・。



母親が部屋に入ってきた。目を真っ赤にしている娘の様子に動揺した。


母:やっぱり、お医者さんを呼ぶわ、ヒス。私のかわいいヒス。


母親がヒスを抱き締める。
ベッドから出たヒスの足を見る。
両足首にまるく円を描くようにあざができている。
その上もその上もその上も・・・。


母:どうしたの、このあざ? ヒス、何をしたの? あなた。本当に大丈夫なの?


母親が目を見張って娘を見た。
やつれた顔。
泣き腫らした目。

そして、足のあざ。

わが子の変わり果てた姿。これは尋常ではない。

ヒスにも母の気持ちはよくわかるが、決戦の前だ。
催眠療法も薬も受け入れることはできない。


ヒ:ママ。今日はゆっくり眠らせて。女優の頃の夢を見ただけよ。大丈夫。お医者さんはいらないから。ぜんぜん大丈夫だから。ね。(気分を変えて明るく)それよりおいしいものを食べさせて。体力をつけたいの。元気になりたいの。



母親はやさしくヒスの髪を撫で、部屋を出て行った。




午後3時、母親が呼んだ医師の手によって、ヒスは深い眠りの中に落ちていった・・・。










4【後編】に続く・・・。


本当の心の葛藤・・・それはここから始まります・・・。

ではお楽しみに。




2010/07/02 22:54
テーマ:【創】「夕凪」 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「夕凪」2





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こんばんは。

BYJシアターです^^

遅くなりました。

「夕凪」の続きです。

これは2005年8月の作品ですが、
今の年頃のjoonがやるといいかもしれません^^


ブロコリでは、「生死」についての言葉が禁句でひっかかるみたいで
なかなかアップできず、すみませんでした。

では、続きをどうぞ・・・。











【配役】

YJ(キム・ヤンジュ)・・・ペ・ヨンジュン(32歳・作家)今の年頃もいいですね。
チョン・ヒス    ・・・(21歳の女優志望の女の子)
ヨンへ       ・・・イ・ヨンエ (恋人・女優)



では、これより本編。お楽しみください。





~~~~~~




ペ・ヨンジュン主演
「夕凪」2





【第2章 心のケガ】

いつものように、オレはぶらぶらとウォーキングに出かけた。
今日は風もなくてやけに蒸し暑い。夕方になってもこれだから、さぞ、昼は暑かっただろう。
最近は日暮れからしか行動しないから、夏の本当の暑さを忘れがちだが、今日は本当に蒸し蒸しとする。坂の下の方から、いつものヒスの場所を見る。

やっている。
あいつはまた、汗を流しながら踊っている。

秋の公演まであと一ヶ月ちょっと。
若い子の劇団を覗くのは少し恥ずかしい気もするが、ひとつ公演に顔を出してやるか。

ヒスの頑張りを見ていると、あの若さ・エネルギーが羨ましくなる。
・・・最近のオレはジジイみたいな心境だ。



ヒスがこっちを見た。オレも嬉しくなって手を振った。
次の瞬間、坂の上のほうから、バイクが暴走してくるのが見えた。


オレは大声で叫んだ。

Y:ヒス! 危ない! 下がれ、下がるんだ! バイクが来るぞ!


オレは大きく横に手を何度も振り、ヒスに端に寄るように指示した。
しかし、ヒスのところまでは、声が聞こえていなかった。
ヒスは頭を捻ってオレを見て、そして後ろを振り向いた。


時は遅かった。
ヒスのところにバイクが突っ込み、ヒスはバイクに押されて姿を隠した。
オレは必死になって、坂を上った。右足が痛んでくるのも気にせず、全速力でヒスのもとへ走っていった。


それは、バイクのブレーキの故障による事故だった。

バイクの青年は今、集中治療室にいる。

ヒスはふわりと飛んで体に大きなケガを負うことはなかった、ただし、一点を除いては・・・。






次の日、オレはヒスの入院している病院を訪ねた。

その大きな総合病院の旧館が、ヒスの入院している病棟だった。一歩建物に足を踏み込むと、そこにヒンヤリと冷たい風が通っていった。

高い天井と大理石の床、薄暗い照明に厚く大きい木のドア。どっしりとした造りが、その建物が長きに渡って、まるで呼吸をして生きてきたように、威厳というものを感じさせる。新しい建物には感じない重い空気が、そこにはあった。

ヒスのいる3階へエレベーターで上がると、そこは別世界で、近代的に改装され、照明が煌々とついていた。ヒスの部屋を探していると、掃除婦のおばさんがオレに声をかけてきた。



掃:どこ、探してるの?
Y:ヒスさんて女の子の部屋なんだけど・・・。
掃:ああ、そこだよ。312号室。
Y:すみません。




312号室の前に立つと、確かにチョン・ヒスと書いてある。
深呼吸して、ドアを開ける。
一人部屋にポツンと、ヒスがベッドの上に座っている。頭全体を包帯でグルグル巻きにしていて、入り口から見ると、顔までスッポリ包帯で覆っているようだ。


Y:ヒス?


ヒスが顔を入り口のほうへ向ける。辛うじて、右側の顔は包帯から出ている。ヒスが泣きそうな顔をして、大きく両手を開いて、YJを招く。


ヒ:先生!せんせ~い!(ベッドの上で開いた手の指先を招くように動かし、少しくもった声で呼ぶ)


なんとも悲しそうな姿。
YJがベッドのところまで行き、ヒスの横に座った。


Y:ヒス、大丈夫か? たいへんだったな。(顔の表情を確かめようと覗き込む)
ヒ:だめ! ぜんぜんだめ! (泣いてしまう)先生、ぜんぜんだめよう・・・。(震えて泣いている)


横に来たYJに抱きついて泣く。




ヒ:もうだめ。もうだめ。
Y:大丈夫だよ、ヒス。(抱き締める)生きててよかった。君がこうして話ができて・・・、よかった。
ヒ:でもだめよ・・・。もう顔がだめ・・・。もうだめ。女優は続けられない・・・。これからだったのに。これから始まるはずだったのに・・・。
Y:まだ結果は出てないんだ。(ヒスを見つめる)まだ諦めるのは早いよ。
ヒ:ああ~ん。(絶望感で泣き崩れる)




ヒスの絶望感が伝わってきて、オレはヒスを抱き締めて背中をさすった。


あの事故の瞬間。
坂を登るオレの目には、バイクがヒスに突っ込んでいくのがスローモーションのように見えた。
なぜかあの時も右足が痛くなって足がもつれそうになり、それでも走りに走って、ヒスのもとへ行った。

近くの住民がバイクのクラッシュした音に驚いて飛び出してきて、ヒスとバイクの青年のために救急車を呼んでいた。あの時、ヒスの左耳に近い頬がパックリと口を開けていた。

あの傷はそう簡単には治らないかもしれない。

でもそんな現実を今、彼女に突きつけてはいけない。
まずはケガを治すことだ・・・心のケガも含めて・・・。



Y:ヒス。大丈夫だよ。体のほうはどうなんだ? なんともなかったのか? 頭は? CTスキャンはとったの?
ヒ:・・・うん・・・。体は痛いけど、大丈夫。かすり傷やアザはいっぱいあるけど、骨も折れてないし、ヒビも入ってなかった。頭も大丈夫。でも、顔が・・・女優は顔が命だったのに。(泣き顔になる)

Y:少し様子をみよう。な。


ヒスがすがるように、オレを見た。助けを求めるように。

オレにできることはなんだ? 

夢を諦めなくてはいけないヒス。
その思いに押しつぶされそうになっている。


ヒ:先生。先生・・・私・・・。


ヒスが抱きついた。

もうオレに抱きついているのに、もっと、もっとと、ヒスが抱きつく。
オレも力の限り抱き締めるが、ヒスの悲しみを全て抱き留めることはできない。
心を癒しきれない。


ヒ:先生、いつもいつもそばにいて! 一人だと押し潰されそう。気がおかしくなりそう。一人だと、心が、心がだめになるよお・・・。(号泣する)


オレはヒスの背中をやさしくさすった。


Y:ああ、いいよ。毎日来てやるよ。おまえの顔を見に来てやる。それでいいだろ? 一人で悩むな。元気を出せよ。ヒス・・・一緒に乗り越えよう・・・いいな? それでいいな?(顔を覗き込む)
ヒ:うん・・・うん。


ヒスがまた、オレを力いっぱい抱き締めた。
何かにすがりたい気持ち。痛いほどわかった。


そして、オレは毎日のウォーキングのように、午後2時にヒスを見舞うことを日課とした。






次第に、顔の周りの包帯が少しずつ薄くなり、包帯から覗くヒスの顔の部分が多くなってきた。

それとともに、ヒスの表情もだんだんに明るくなってきたように思えた。



ヒ:ねえ、先生。(ブラシを渡して)後ろの髪を梳かして。お願い。自分じゃあ、うまくできないの。

Y:(仕方ない)よし。(梳かしながら)これでいいのか?

ヒ:(幸せそうな顔をして)いい気持ち・・・。ねえ、先生、女の人の髪を梳いたこと、あった?
Y:ううん・・・おまえみたいなわがままなやつとは、今まで付き合ったことがなかったからな。
ヒ:(うれしそうに笑う)そうなんだ。私だけね・・・先生がこんなことするの・・・。もっと毛先までちゃんと梳いて。

Y:ふう。わかったよ。(YJは几帳面にブラシをゆっくり動かし髪を梳く)





検温のナースが入ってきた。


ナ:ヒスちゃ~ん。

ヒ・Y:こんにちは。

ナ:検温して。(体温計を渡す)
ヒ:今、先生が来てるから、あとでもいい?
ナ:(呆れて)今、やって。時間が決まっているんだから。じゃあね。(病室を出ていく)

Y:愛想がないな。(呆れる)
ヒ:ホント、先生無視されたわね。(笑)
Y:美人なのに、あれじゃ勿体ないな。

ヒ:ええっ! 本当にそう思った?
Y:(笑って)いや。

ヒ:きっと羨ましかったんだわ。先生がいつも来てくれるから。・・・ねえ、もっとちゃんと梳かして。私は検温するわ。(体温計を脇の下に入れる)


YJはヒスの髪を梳かしながら、元気に話すヒスを見て、少し気持ちがラクになる。
ヒスが元気になってきた。
このまま、この気持ちが持続してくれるといいが。顔の傷の抜糸の日が近づいていた 。







抜糸があった日の午後も、ヒスは元気にしていた。
病室への昼食の配膳を手伝い、点滴を抱えながら移動する他の患者の手伝いをしたりと一生懸命に動き回っている。


少しでも仕事をしていることで、ヒスは自分の中に湧き上がる絶望感を払いのけようと、自分の弱い心と戦っていた。
ナースステーションで少し油を売っていると、病室へ入っていくYJの姿が見えた。

ヒスの顔が輝いた。



ヒ:先生が来たわ! じゃあ、皆様、失礼します!(敬礼しながら、うれしそうに言う)



ナースたちが顔を見合わせる。時計を見て、


ナ1:きっちり2時だわ。本当に正確ね。
ナ2:すごいですね・・・。



ヒスが自分の病室を覗き、YJを呼ぶ。



ヒ:先生! いいとこ、連れてってあげる。早く来て。(手招きして呼ぶ)






ヒスがYJの手を引いて廊下を歩いている。
ナースや他の患者たちが、二人ににこやかに手を振ったり挨拶したりする。
ヒスが手を振った。


Y:皆、様子がおかしいよ。なんで笑ってるの?
ヒ:私が子供の手を引いて歩いてるからよ・・。
Y:えっ?(驚く)


前を向いて笑顔で歩く彼女をYJが不安そうな顔で見つめた。

階段のところへ来て、YJがヒスに尋ねた。



Y:子どもの手ってなんだよ?

ヒ:先生は、私のかわいい人だから。皆に先生のかわいいところ、教えてあげてるの。皆が聞きたがるから。すぐ照れるとか、まつげが長くてかわいいとか・・・。
Y:おい、よせよ。もうここへ来られなくなるじゃないか。(赤い顔になる)

ヒ:(笑って)うそよ。バカみたい、先生って。ただ皆、うらやましいって。毎日来てくれるなんて、うらやましいって!


階段をヒスがYJの手を引いて、屋上まで上がっていく。
屋上への重い扉を押し開けて、二人は外へ出た。




病院の屋上。YJとヒスが屋上のフェンスに手をかけて、漢江を眺めている。
二人とも、景色を見ている。


ヒ:いいでしょう、ここ。
Y:いい眺めだな。・・・いつ見つけたの?

ヒ:入院して3日目。

Y:(やさしい声で)・・・泣いた?
ヒ:・・・うん・・・。

Y:・・・飛び降りたいと思った?
ヒ:・・・うん・・・。

Y::でもここにいる。・・よく頑張ったな・・。

ヒ:なぜだか、わかる?

Y:(ヒスのほうを見る)・・なぜ?

ヒ:(漢江を見つめながら)先生が来る時間が近づいてたから。先生に会わなくちゃって。先生の顔見なくちゃ、しねないって思ったから・・・。

Y:・・・そうか。


YJは愛しそうにヒスを見つめる。



ヒ:今日も抜糸だったけど・・・頑張った。先生がもうすぐ来るから泣いちゃいけないって。
Y:そうか・・・。

ヒ:それで・・・少し乗り越えられた・・・。
Y:・・・そうか。


YJがヒスの肩を抱いてやる。


ヒ:先生が助けてくれたんだ、ここまで。
Y:・・おまえが自分の心に勝ったんだよ。


ヒスがYJを見つめる。


ヒ:先生の心は、今でも夕凪?
Y:・・・。

ヒ:恋人が去ってから止まったまま?
Y:・・・たぶん、そうだな。
ヒ:違うわ。・・気づいてないの?(YJの腕に手をかけ、YJを睨む)

Y:何を?(ヒスを見る)

ヒ:先生、変わったわ。先生の目、輝いてるもん。鏡で見てわからない?

Y:そうか?・・・でも心は・・・。

ヒ:波立ってない?(顔を覗く)
Y:ああ・・・。

ヒ:うそ。今も目が輝いてるわ。心も波立ってる・・・。風だって吹いてる・・・。先生、私を見て。その目でわかるわ。

Y:・・何が?
ヒ:先生は今・・・恋の中にいる。



YJがヒスを見つめる。



ヒ:先生、気づいて。目覚めてよ。もう心も目も目覚めているのに。先生の頭が拒否してるだけよ。
Y:ヒス。・・それは勘違いだよ。
ヒ:違うわ。自分の胸に聞いてみて。


ヒスがYJの胸に手を当てる。


ヒ:ほら。ドキドキしてる。


YJは戸惑って言葉を探す。


ヒ:返事なんていらない。先生にただ教えてあげただけ。・・・先生は鈍感だから・・・。でも・・・私は先生が好きだから・・・。
Y:ヒス・・・。うれしいけど、君の気持ちには、応えられない・・・。(困惑してしまう)

ヒ:なぜ? 彼女がいるから? 心が夕凪だから? 私が子どもだから? 私がキライだから? 違うよ、先生はもう夕凪なんかじゃないわ!(睨みつける)



ヒスはそういい残して後ろを振り向き、YJを一人残して、そのまま扉のほうへ去っていった。




YJには自分の気持ちがよくわからなかった。

なぜかもやもやして・・・、ちゃんとした感触を・・・自分の心の動きを、はっきりと掴みとる事ができなかった・・・。









3へ続く・・・


ところで・・・

これは「お盆」に向けて書いたものだったので、
怖がりの方は、昼間読んでくださいね^^

書いたのは夜ですけどね^^v



2010/06/21 00:51
テーマ:【創】「夕凪」 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「夕凪」1

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こんばんは。


BYJシアターです^^


ご無沙汰しております。


皆さん、お元気ですか?

私は・・・自分の現実の生活に忙しくしております。

ペ・ヨンジュンも、自分の生活に忙しくしているのでしょうか。


しばらく・・・というか、
今後いつ俳優の彼を見られるチャンスがあるのか、わからないので、
思い出したように、演技者である彼の創作作品をUPします^^


これは、2005年8月の作品で、
これから封切られるだろう「4月」を待ちながら書いたものです。

当初は相手役にイェジンちゃんを考えていましたが、
今はもっとフレッシュな若い人がいいなあと思います。

joonの役は、このままでいいでしょう・・・。


ホントに時間が流れていますね。


これは、夏用に書いたお話です・・・。


ところで・・・

またまた、
本文に許可されていない文字が入っているということなので、
短めにアップしていきます・・・


ふ~~~!




【配役】

YJ(キム・ヤンジュ)・・・ペ・ヨンジュン(32歳・作家)
チョン・ヒス    ・・・(21歳の女優志望の女の子)
ヨンへ       ・・・イ・ヨンエ (恋人・女優)




この物語はフィクションであり、中に出てくる医療行為は実際とは異なります。





では、これより本編。
お楽しみください。






~~~~~~~~~~~~~









最近のオレはいったいどうしたことか、まったく元気がない。
恋人のヨンへが撮影のため、日本へ旅立ったのが2ヶ月前。彼女はこう言った。

ヨ:本当に寂しがり屋なんだから。いい子にしてなくちゃだめよ。たった3ヶ月よ。すぐ経っちゃうわよ。あなたが小説の書き出しを考えているうちに過ぎちゃうわよ。

空港でも少しすねていたオレを残して、彼女は笑顔で飛び立った。


あれから2ヶ月か。
最初の一ヶ月は結構楽しく暮らしたな。彼女がいると申し訳なくてできなかったこと。男同士で遊びまくった。

それがどうだ。
今まで記憶をなくすほど酒に飲まれたことがなかったオレが、まったく記憶をなくすという失態をしでかしてから、てんで元気がない。

新作の脱稿も済んで、ヨンへがいない間は遊びまくるぞと口走ってしまったものだから、担当編集者までご機嫌伺いの電話さえよこさない。

まったく、見放されちまったもんだ。

作家仲間の中には一年の半分をうつ病と戦っているやつがいるのだから、今まで健康そのものでやってこられただけでも奇跡的なことなのかもしれない。

とうとうオレにもそういう時が来たのかな・・・。


しかし、この虚脱感だけはなんとかしてほしい。
体を動かすのが面倒で、一日中ベッドから出たくない日もあるくらいだ。

今までのオレからは考えられない。
毎日、ジムに通う。ランニングをする。そんなちょっとストイックな暮らし方がオレのいいところだったというのに。

せめて、夕方のウォーキングだけでも続けていかないと・・・。
ストイックさも弾んだ心も恋心も失ったオレなんて、オレの辞書にはなかったはずなのに。


ジイさんになったわけではないが、このうつ病のような精神状態を打破するためにも、コツコツ歩くことから始めるか。




***********









それは一ヶ月半前のことだった。
夕方のウォーキングが日課だったオレは、いつものように、この坂の街を歩いていた。夕方といっても7月はまだ明るい。

坂の上で、女の子が踊っている。前へ少し進んではまた下がる。ムーンウォークか。
オレがその横を通る。女の子から声がかかった。


女:チワ! おじさん!


オレは驚いて振り返った。


女:いつも通ってるから、たまには声かけないとね。まるっきり知らない仲じゃないでしょ?


オレは、フンと笑った。


オ:まあな。しかしおじさんはないだろ。
女:そう?(目を凝らして見つめる) じゃあ、お兄さん?(首をかしげる) お兄さん、いくつ?
オ:えっ?
女:年よ。
オ:32。
女:ふ~ん、そうか・・。私は21。もうすぐ22になるけど・・・。(オレの不思議そうな視線を感じて)こんなことばっかりやってて、不思議?
オ:(女の子の全身を見て)う~ん、学生?
女:まあね。芝居やってるの。まだ研究生。
オ:そうか。じゃあ、オレは行くから。(立ち去ろうとする)
女:待って。(オレの顔を覗いて)名前、聞かせて。毎日会ってるんだし。・・・私はヒス。簡単でしょ?
オ:(名前なんか知ってどうする?)う~ん・・・オレはYJ。
ヒ:(ちょっといやな顔をするが)へえ~。じゃあ、ヤンジャンさん、いってらっしゃい!
Y:なんだい、それ?
ヒ:YJなんて味気ない名前、キライ。だから、私にとってはヤンジャンさん。
Y:(呆れて)まあいいよ。じゃあな。


オレはヒスに手を振って、さっさと道を歩き出す。彼女はまた、踊り出した。




それがオレたちの出会いだった。











『恋が、心が、止まることがあるの?


あなたは言った。
そうだと・・・。


でも私は信じない。

止まっているように見えても
その水面下では恋は確実に揺らめいていると。


あなたは今、夕凪の時間だと言った。


でも私は信じない。


あなたの胸が揺れているのがわかる。
あなたの目が輝いているのを知っている。



それは夕凪ではない・・・』









主演:ぺ・ヨンジュン

【夕凪】(ゆうなぎ)1











【第1章 ふたり】

それから数日後の夕方。スーパーマーケットの中。


ヒ:(後ろから大きな声で)ヤンジャンさ~ん、ヤンジャンさ~ん。(走ってくる)ねえったら!

女がオレの腕を掴んだ。振り返るとあの子だった。

ヒ:気がつかなかった? (あざ笑うように)自分の本当の名前じゃないから、わからなかった?
Y:(投げやりに)ああ。
ヒ:だから、正直に本当の名前、教えればよかったのよ。
Y:(面倒くさそうに)なあに? なんか用?
ヒ:買い物?
Y:ああ。
ヒ:夕飯の?
Y:ああ。
ヒ:(YJの顔を見ながら)・・・ならどっかで一緒に食べよ!
Y:なんで?(どうしてそんな必要があるの?)
ヒ:一人暮らしじゃないの? 結婚してるの?(皮肉っぽい顔をして) してないでしょ?
Y:なぜ?
ヒ:だって結婚してる人ってそんな感じじゃないもん・・。
Y:どんな?
ヒ:今は言えない。(笑う)ねえ、ひとりで食べるんでしょ? なら二人のほうが楽しいわよ。ね?
Y:(くどいので)フ~!(何なの、おまえ?)
ヒ:困る? でも顔は困ってないわよ。(ちょっと見つめて)かわいいなって思ってるわよ。・・・ねえ、あなたのうち、来られるのやでしょ? 私のうちもや! だからどっか、安いとこ、ねえ、一緒に食べに行こうよ、ね?
Y:金がないの?
ヒ:(トビキリの笑顔で)バレた? ・・ねえ、一食くらいおごってよ。いつもダンス、見てるでしょ? 未来の大女優のダンスを。
Y:(考える。仕方ない。しつこいやつだ・・・。)いいよ。
ヒ:やったあ~。(腕を掴んで引っ張る)安いとこでいいよ・・・普段、あなたが行かないようなところ・・・。
Y:なんか、おまえが言うと・・・普段、私が行かないような高い店って聞こえるよ。(笑う)
ヒ:そおお?(笑って)どこでもいいよ。本当にお腹すいてるんだ、今。
Y:(フンと鼻で笑って)じゃあ、そのへんで、安いもの食べよう・・・オレも金がないんだ。
ヒ:(意外という顔をして)へえ、いいよ。行こ!


彼女はいきなりオレと腕を組んだ。そして、笑顔でオレを見た。
オレたちはそこから歩いて4~5分の市場に近い安い定食屋に入り、夕飯を食べた。


ヒ:ねえ、本当にお金ないの? (麺をすすりながらYJを見る)
Y:ああ。(つまらなそうな顔でヒスを見る)
ヒ:そのわりにキレイにしてるわね。(YJの全身を見る)
Y:(チッ。呆れる)どうでもいいだろ?
ヒ:仕事がないの?
Y:ああ。
ヒ:なんで・・・。(首をかしげる)
Y:休んでたから。
ヒ:(解せない)なんで?
Y:(面倒くさそうに)おまえに関係ないだろ。
ヒ:(少し微笑んで)まあね。・・でも顔もしっかりしているし、服装もいいし。変な人には見えないけど。
Y:それでも仕事がない時はあるさ。
ヒ:そうなんだ・・・。大人ってよくわからないわ。
Y:食べたら、ちゃんと帰れよ。(真面目な顔で言う)
ヒ:はい! ちゃんとした大人ね・・・よかった。やっぱり思ったとおりだったわ。

ヒスが麺を啜る。YJが不思議そうに見つめる。

Y:どういう意味?
ヒ:だって、へんなこと考える大人が多いからさ。(麺を啜る)
Y:いつもたかってるの? (驚く)
ヒ:まさか・・・そうじゃなくてさ。たまに、劇団のチケット買ってやるって言って、そのあとを期待するのがいるのよ。
Y:(興味が湧く)そうなの? それでどうするの?
ヒ:えっ?(箸で麺をぐるぐるかき混ぜる) 私そういうことができないから・・・いつも端役。仕方ないね。
Y:・・・。(若いヒスを見つめる)
ヒ:もし、すごいプロデューサーが出てきたら、寝ないとだめかな。(ちょっと遠くを見る)悩むよね。(YJを見る)
Y:悩むなよ・・・そんなことしなくても実力があればきっとうまくいくよ。(しっかりとした目で見つめる)
ヒ:(うれしそうに)そうよね。大丈夫よね。あ~あ。いつか私にもチャンスが来ないかな。

YJが笑っている。

ヒ:おかしい?
Y:ううん。若いっていいなと思って。(まぶしそうに見つめる)
ヒ:(驚いて)若いじゃん。十分、若いよ。・・・ほら、あそこに座ってる酔っ払い。(ヒスの斜め前のテーブルを見る)あなたとどっちが年上?
Y:(その男の方を振り返って)あいつ。
ヒ:そうでしょう? まだ諦めるには早いわ。
Y:(じっと見る)大人の口きくな。
ヒ:リップサービス。(笑顔で)これ、ご馳走になったから。
Y::(フン、そうかい。)ありがとうよ。そろそろ、行くか。
ヒ:ご馳走様。(ティッシュで口を拭き、水を飲む)これで、3日は過ごせるわ。(お腹に手を当てる)

オレは驚いた。

Y:えっ?
ヒ:バカみたい。ウソよ。まあ、一日半は大丈夫。(笑う)



二人は店を出て夜風に吹かれながら、ゆっくり街を歩く。


Y:あの坂の近くに住んでるのか?
ヒ:そうよ、少し奥の小さなアパート。踊るとこがないんだ。
Y:そうか。(立ち止まって)・・・じゃあここで別れよう。
ヒ:今日はありがとうございました。助かったわ。ヤンジャンさん。
Y:じゃあまた。坂道で。
ヒ:OK! 毎日、あそこで踊ってるから。じゃあ、ご馳走様!(手を振ってにこやかに去っていく)


オレも手を振った。・・・7月の宵の風が気持ちよかったせいなのか、帰る時にはなぜか幸せな気分になっていた。






それにしても、今日は朝からすることがなくて、ずっとコーヒーを飲んでいる。
ここ一週間というもの、なんとなく体が重くて、なぜか仕事をする気力が湧いてこない。

時間を持て余して・・・。
ああ、世捨て人になった気がする。
仕事をしないということはこういうことか。恋人もいないというのはこんなに寂しいことか。

いや違う・・・。寂しいというより、「空っぽ」という感じだ。自分でもよくわからないが、本当に「空っぽ」という言葉がピッタリだ。

本当に冴えないや。







今日もヒスが坂道で踊っている。

Y:おい。(手を挙げる)
ヒ:やあ。(男の子のように言う。うれしそうに)待ってたんだ。
Y:また、腹が減ってるの? (笑う)
ヒ:違うよ。なんか、ヤンジャンさんに会いたくなるんだよね。顔が見たくなる。ここ一週間、来なかったでしょ。・・・なんか、ちょっと寂しかった・・・。毎日あるものがないと人は寂しくなるものなのかな。
Y:(本当にそうだ)また、大人の口きくんだな。
ヒ:(微笑む)ねえ、仕事してないんだから、時間あるでしょ?
Y:次は何の用?
ヒ:見てほしいんだ、ダンス。
Y:いつも見てるよ。
ヒ:そうじゃなくて、通しで見てほしいの。川沿いにある公園、知ってるでしょう? あそこまで一緒に来て。踊って見せるから。


ヒスがまたオレを引っ張った。仕方なく、彼女のCDのデッキをオレが持ち、二人並んで歩く。
いやいや歩いているわりには、結構気分はウキウキしている。
最近、人に会ってなかったせいかな。人恋しいのか。・・・困ったおじさんだ。


ヒ:(歩きながら)ねえ、本当はどんな仕事してるの? プー太郎には見えないよ。
Y:うん・・・ちょっと書く仕事。
ヒ:へえ・・・そうか。だから、ふつうの人と時間帯が違うのね。



公園に入り、ヒスが川沿いに並んでいるベンチの前に立つ。


ヒ:ねえ、ここに座って見て。いい、私は火の精なの。わかった? CDのスイッチもお願いね。待って。(立ち位置を決める)フー。(集中する)OK。(ポーズをとる)OK! スイッチON!


オレがCDのスイッチを入れると、ヒスがサッと向きを変え、オレのほうに向かって踊りだす。
時間にして、たぶん3分くらい・・・しかし、オレの目は釘付けになった。
ヒスの若い躍動感。揺らめく情念がオレをヒスの世界へ引っ張り込む。


ヒ:どうだった? 少し間違えそうになったけど、けっこううまく踊れた。・・・ねえ、ヤンジャンさん、どう?
Y:(少し胸が詰まるが)・・ああ、・・・たぶん、よかった・・・。
ヒ:たぶんって何?(顔をしかめる)
Y:う~ん、すごくよかった。
ヒ:なんかな・・・。(YJの顔を見る)よくなかったの?(ちょっと怒っているような、心配しているような)
Y:(まさか!)よかったよ! ただ、こっちも素人だから、技術的なことはわからないよ、ただよかった。
ヒ:そう。・・・ねえ、胸にぐっと迫るものはなかった? (YJの顔を真剣に見つめる)
Y:(ドギマギする)・・うん、そうだな・・・。


ヒスは歩いてきてオレの隣に座った。汗のニオイがする。コロンなどつけていないが、若い甘いニオイ。少し、オレの気持ちを引きつけた。

ヒ:フフ・・・。(タオルで汗を拭き、声を出さずに笑って、タオルで口元を押さえる)
Y:なんだよ? (変なやつだな)
ヒ:目がさ・・・目が気に入ったっていってるよ。(笑う)


オレは年甲斐もなく、顔を赤くした。10歳以上も年下の女におちょくられている。全く大人をバカにして・・・。


Y:バカなこと、言うなよ。(少しふて腐れる)
ヒ:あっ、私に興味あるって顔した。(うれしそうに)おかしいよ・・・なんで隠すの?
Y:隠してなんかいないさ。(なぜかヒスの顔が見られない)
ヒ:うそ。心が少し動いたわ。


ヒスにオレの心の動きが見えるのか。ヒスは満足げにオレの顔を覗く。


ヒ:年が離れていたって、感じる時は感じるでしょ?
Y:おい!
ヒ:作家なら作家らしく、白状しなさいよ!(笑う)
Y:おまえねえ、大人をからかうもんじゃないよ。(反撃に出てやっとヒスの顔が見られる)
ヒ:何言い訳してんの? 私ね、今の自分の感情っていうのを大切にして生きていたいの。そういう感覚って女優には大切。
「あっ、この気持ち」ってこうなんだって、掴んでおかなくちゃ。


ヨンへもいつもそう思ってやってきたのかな・・・。


Y:おまえは今、何か感じたの?(興味を持つ)
ヒ:(笑ってYJを見る)言わない・・・。ヤンジャンさんが言わないから私も言わない。
Y:なぜ? (見つめる)
ヒ:だってずるいじゃない? 人に告白させておくだけなんて。
Y:ふうん・・・ということは、オレに感じるとこがあるんだ。(顔を覗きこむ)
ヒ:・・・そうよ。いけない?
Y:(驚く)・・・そうなの? でも今のオレは・・・。(少し首をかしげ、遠くを見る)
ヒ:なあに?
Y:(吐き出すように)ここのところ、心が空虚なのさ。空っぽって感じなんだ。
ヒ:そうなの?・・・そうかな・・?
Y:・・・オレが育ったところはね、海の近くなんだけど、夕方になると、ピタッと風がなくなって、波が止まる。夕凪(ゆうなぎ)って言うんだ。知ってるか?
ヒ:夕凪?
Y:ある一定の時間、止まるんだ。
ヒ:へえ・・・それで?
Y:ここのところ、そんな気分なんだよ。今まで走り続けてきたのに・・・。急に止まった。夕凪みたいにね。心が止まった・・・。
ヒ:・・・。どうしてかな。失恋したの?(不思議そうに見る)
Y:・・・恋人はただ、ちょっと出かけてるだけだよ。
ヒ:なのに? 帰ってくるんでしょう?
Y:ああ、きっと。たぶん・・・。(遠くを見ている)
ヒ:不思議ね。大人って難しいのね・・・。(ベンチに両手をついて足をブラブラさせながら)ところで、先生。どんな本、書いてるの? 私、読んでみたいな。
Y:えっ?
ヒ:いいでしょ? 教えてよ。
Y:(ヒスの顔を見て)「深い森の中へ」とか・・・。
ヒ:それ、知ってる! 先生ってキム・ヤンジュなの? ベストセラーじゃない! それなのに、仕事がないとか休んでるとか、夕凪? 働きすぎだよ、きっと。(微笑む)
Y:(ちょっと微笑んで)そうかな・・・。
ヒ:あ~あ。(大きく伸びをして)成功しても夕凪。何も始まってなくてもロングバケーションだもんね。


ヒスは、川沿いの柵のところへ行き、柵にもたれて、漢江の流れを見ている。



一週間ぶりにヒスに会い、少しは心の穴にラップがかかったような気がしたが、やはり抜本的には解決していない。

ヨンへは忙しいのか、まったく電話を寄こさない。映画の撮影進行というものを知らないから、こちらから電話をかけるのは気が引ける。

それに最近、右足がときどきズキズキと痛む日がある。歩くのもつらい日がある。
心だけではない。足まで痛い。神経痛だろうか。

人間というものは不思議なものだ。一つ崩れると全部が調子が悪くなるようだ。







続く・・・





*ストーリーに禁句があるということなので、
調べながら、少しずつのアップとなります。




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