2009/08/17 01:54
テーマ:【創】さよならは言わないで カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

【BYJシアター】「さよならは言わないで」2





 
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BYJシアターです。

本日は、【さよならは言わないで】第2部です。



これはすべてフィクションです。
出てくる団体・会社・病院・島は実際には存在しません。
ここに出てくる事件も存在しません。


2部は物語の構成上、長くなりますが、読みやすく叙情的な章が多いので、
お付き合いください!


これより本編。
ではお楽しみください!



~~~~






恋の始まりは、
偶然か
あるいは必然か

それは許される恋なのか


人は意図せずとも
恋に落ちてしまう


たとえ、
それが叶わぬ恋だとしても・・・




そして
それがあなたに命を吹き込むことがある





主演:ぺ・ヨンジュン/キム・へス
【さよならは言わないで】2





【第4章 月明かりの夜】


今日は夕方から島の青年団の集まりがあり、ヨンスも呼ばれていた。

ジヒョンは一人の夕食を軽く済ませ、本を読んだりして過ごすが、時間が余って仕方がない。いつもはヨンスと二人、たわいもない話をしたり、トランプをして過ごしているせいか、一人だとなんとなく寂しい。

ついこの間まで10年間も、一人で暮らしてきたのに。
一人の時間をうまく使えたはずなのに。

ここのところ、ジヒョンは、ヨンスの存在に頼ってばかりいる自分に気づく。


風に当たりに縁側に出ると、東南の空に大きな満月が出ている。
その美しさ。
こんな夜は浜辺に寝そべって月を楽しむのもいいかもしれない。ジヒョンはジーンズにブラウスを着ていたが、その上に薄手のセーターを羽織り、一人用のゴザを脇に抱えて、中庭から浜辺のほうへ出て行く。


一方、ヨンスは青年団の集まりを早めに切り上げて、往診用の自転車で診療所に戻ってきた。少しお酒は入っているものの意識はしっかりしている。ジヒョンへの気遣いもあったが、酔っ払った姿を彼女には見せたくなかった。

部屋に戻ってくると、電気はついているのに、ジヒョンがいない。風呂に入っている様子もない。縁側から庭のほうを見ると、浜辺で、ジヒョンが寝転んでいるのが見える。
今夜の月は明るく、ジヒョンの姿をくっきりと映し出している。



ジヒョンはゴザを敷いて、あおむけに寝転び腕枕をして、波の音を静かに聞いている。
ヨンスが黙って近づき、ジヒョンの横に座った。
ジヒョンが気がついて、彼を見上げると、月影で、ヨンスの顔が逆光に当たったようにシルエットになって見える。まさにチョヌにそっくりなその横顔。チョヌがサングラスをかけているように見える。ジヒョンは一瞬、心を掴まれて、懐かしさに心が大きく揺れたが、気を取り直して微笑んで言った。


ジ:今帰ったの?
ヨ:うん。
ジ:ねえ、今夜の月、すごいと思わない? まん丸で、大きいというより巨大よね。
ヨ:(月を見ながら微笑んで)本当だ。

ヨンスは自分の体がジヒョンから月を隠していることに気づき、彼女が月を見られるように彼女の横に寝転ぼうとした。ジヒョンはゴザの上を自分の寝そべっている位置からちょっとずれて、ヨンスの場所を作る。ヨンスがジヒョンの横に並んで寝転び、二人は月を眺めた。


ヨ:本当に大きいね。月が大きく見えるのは目の錯覚だという人がいるけれど、確かに今日の月は大きいよ(笑う)。それに、まぶしいくらいに明るい。
ジ:(月を見つめたまま)でしょう。本当にキレイ。うさぎの居場所も探せそうよね。(笑う)・・・・こんな月夜に浜辺に寝転んでいるなんて、すごく贅沢。・・(静かな口調で)・・・ここへ来る前はね、正直、ちょっと気が重かった・・・。妹の婚約者の所へ、代わりに世話しに来るなんて、ちょっと気が重かった。だって、家事も得意なわけじゃないし。まったく知らない所だし。まったく知らない人の所だし・・・。


ジヒョンの言葉に、ヨンスは彼女のほうに体を向き直して、頬杖をつき、彼女の顔をじっと見た。


ジ:でも、来てよかった。あなたも、ウンニさんも、マホさんも、島の人も皆いい人だし。ここの自然はすばらしいし。来てよかったわ。(ヨンスをちょっと見て)ヨンスさん、ありがと。あなたがチャンスをくれたんだわ。いい休暇になった。・・・なんかとっても幸せな気分なの。


月に照らし出されたジヒョンの顔は若々しく輝いて美しい。普段は目立つ白い髪もまったく気にならない。そこには生き生きとしたジヒョンがいた。

ヨンスがまた寝転んで、片腕をジヒョンの頭の下へ伸ばした。ジヒョンは少し戸惑うが、ヨンスがするままに彼に腕枕して、月を見る。ヨンスが静かな声で囁いた。


ヨ:ありがとう、来てくれて。君が来てくれて、うれしいよ、ジヒョン。


ジヒョンは彼が「ジヒョン」と呼び捨てにしたのに反応して、ヨンスを見るが、彼はじっと目を閉じている。ヨンスと触れ合っている体の部分から、ヨンスの体の熱がジヒョンに伝わってくる。特に太股の部分がぴったりと触れているので、じんわりと熱っぽくヨンスの体温が伝わってくる。その温もりが、彼の言葉が、心の奥まで入り込んだ。


恋人でもなく、きょうだいでもなく、友達?よりは親密で心が許せる人。


ジ:(思い切って呼び捨てにして)ヨンス、私、まだここにいてもいいわよね? あなたの邪魔になってないわよね?
ヨ:(目を閉じたまま)なぜ?
ジ:だって。(少し躊躇するが)私はあなたの本当の相手じゃないのに、あなたに頼りきってる自分がいて、あなたに負担をかけているんじゃないかって、時々心配になるの。
ヨ:(目を閉じている)ジヒョン、本当に君が来てくれてうれしかったんだ。君がそばにいてくれて・・・あまりうまく言えないけど・・・君とこうしていると、心が安らぐ・・・。君が僕を救ってくれたんだよ。
ジ:救う?(ヨンスの顔を見る)


ヨンスはジヒョンの問いかけには答えず、目を開けて、ジヒョンのほうを見た。少し起き上がって、ジヒョンの上に覆いかぶさるようにして、ジヒョンの唇にやさしくキスをした。

せつなく甘いキス。

ジヒョンは彼の唇の感触に体が解ける思いだが、妹の彼とこんなことをしていていいのかと良心が痛んだ。
やっぱり、気持ちが割り切れなくて、ジヒョンはヨンスの体を押しのけて、立ち上がった。ヨンスがそれを追うように立ち上がって、ジヒョンの腕を引き寄せて抱きしめた。


ジ:(ヨンスの顔を見つめ)ヨンス、やっぱり、あなたとこんなことしちゃ・・・。
ヨ:(ジヒョンに有無を言わさず、より強く抱き締める)今は君を抱かせて。今はこうして君を抱きしめていたいんだ。


ヨンスの言葉に、ジヒョンは目を閉じて彼の抱擁に身を任せるが、立ったままの抱擁で、ジヒョンは妙な気分になる。たぶん、チョヌのほうが少しだけ背が高かったと思うのだが、ヨンスの抱擁は、チョヌとそっくりなのだ。ジヒョンの体を包み込み、心まで包み込むように抱く。まるでチョヌに抱かれているような錯覚に陥る。懐かしさが心を揺さぶった。


あなたは誰? ヨンス? チョヌ? 今、私は誰に抱かれているの?


ジ:ヨンス?
ヨ:なに?
ジ:ヨンスよね?
ヨ:ジヒョン。
ジ:ヨンス。


ヨンスはジヒョンが尋ねていることの意味がわからなくて、ジヒョンの顔を覗きこんだ。すると、ジヒョンの目には涙があふれていて、その表情が愛しくて、ヨンスはジヒョンを見入ると、さっきより思いをこめてジヒョンに口づけするのだった。

潮風に吹かれ、波の音を聞きながら、お互いの温もりを感じている。二人は吐息を漏らし、固く抱き合った。
月は美しく、二人の姿をやさしく照らし出していた。





【第5章 恋の予感】


ジヒョンが朝起きると、ヨンスが慌しく出かける支度をしている。

ジ:おはよう。どうしたの? こんなに早く。
ヨ:急な出張ができて、東京へ行かなくちゃならないんだ。
ジ:東京?
ヨ:うん。

ヨンスはめずらしくスーツを着ている。バッグの中味を確認して、スーツの内ポケットにパスポートをしまい、いざ出かけようと立ち上がった。ジヒョンには事の成り行きがわからず、なぜ今、日本にヨンスが旅立つのかわからない。パジャマ姿のまま、ヨンスの後ろをうろうろしながら、ジヒョンはヨンスに尋ねた。


ジ:ねえ、なぜ急に東京なの? 昨日はなんにも言ってなかったじゃない?
ヨ:だから急用だよ。(いつもの笑顔で)ジヒョンは心配しなくていいよ。
ジ:でも飛行機のチケットはあるの?
ヨ:ああ、大丈夫。今日、空港でジスから受け取ることになっているんだ。
ジ:ジス?


ジヒョンは金縛りにあった感じだ。なぜ、あのジスを知っているのだ。


ジ:なんでジスを知ってるの?
ヨ:なんでって、僕の親友じゃないか。ジヒョン、おかしいよ。もう行くよ、連絡船の時間があるから。乗り遅れると飛行機に間に合わないよ。
ジ:ヨンス、ヨンス。(ジヒョンがヨンスの後ろを追いながら)ジスはあなたの親友じゃないわ・・・。ねえ、行けないで。お願い、行かないで。


ジヒョンは泣きそうな気持ちを抑えながら、彼の後を追っていくが、ヨンスは荷物を持ってドンドン診療所の廊下を歩いていく。ジヒョンはパジャマ姿のまま、どうしていいかわからず、後を追う。


ジ:ヨンス、ヨンス。今回は私の言うことを聞いて。行かないで。行かないで。ジスのチケットをもらっちゃだめよ。ジスのチケットをもらわないで、お願い! ヨンス!


ジヒョンが呼び止めても呼び止めても、ヨンスは振り向かず、診療所の出口に向かい、扉を開く。
ジヒョンは胸が張り裂けそうになり、泣きながらヨンスの名前を叫けんだ。


ジ:ヨンス、行かないで! 行かないで! ヨンス!






ヨ:ジヒョン! ジヒョン! ジヒョン!

ジヒョンを呼ぶ声がして・・・ジヒョンがはっとすると、ヨンスが心配そうにジヒョンの顔を覗き込んでいる。


ヨ:大丈夫? うなされてたよ。悪い夢でも見たのかい。


布団の中で、汗をいっぱいにかいて、涙を流しているジヒョンがいる。ジヒョンは呆然とした表情で、ヨンスを見上げた。

ジ:夢? ヨンス、あなた、ここにいるのね。
ヨ:どうしたの?
ジ:あなたが出ていく夢を見たの。・・・とてもつらい夢。
ヨ:僕はここにいるよ。


ジヒョンは静かに涙をぬぐった。


ヨ:おいで。僕の布団で一緒に寝よう。僕はここにいるから。


ジヒョンは涙をためたまま、ヨンスの布団に移り、ヨンスに抱かれて、彼の腕枕で眠る。ヨンスは少し心配そうな顔をして、ジヒョンを見るが、ジヒョンは目を閉じている。
ジヒョンの動揺は完全には収まっていなかったが、ヨンスの確実な存在感を肌で感じて、抱擁の中、静かに眠りについた。





翌日の午後、買い物かごを下げたジヒョンは町へ行く途中の海岸線で、一人座り込んで海を眺めている。
いやな夢を見た。ここ数年見ていなかった夢だ。
相手はチョヌではなくて、昨日はヨンスに変わっていた。



10年前のあの日。ジヒョンより5歳年上のチョヌは、二人の新居になるはずだったあのマンションで、出張の準備をしていた。長身のチョヌは髪を長めにしていて、ほっそりとした顔は精悍で端整でとても知的だ。こげ茶のタートルネックに茶のコーディロイのジャケットがとてもよく似合っている。24歳のジヒョンは美しく、真っ黒な長い髪の間から覗く顔は、どこか勝気さも感じるほど生き生きとして、キャリアウーマンの風情である。支度をするチョヌを腕組みして見ている。


ジ:なんでこんな日に行くかなあ。(少しふくれっ面である)
チ:(支度をしながら)ごめんな、急な取材が入っちゃって。
ジ:ふ~ん。じゃあ、婚約指輪はまた次回ってわけね。
チ:本当に悪いと思ってるよ。帰ってきたらすぐ買いにいくよ。
ジ:この次は待たないからね。もうすっぽかしはなしよ。今度買えなかったら・・・結婚してあげないから。

ジヒョンがちょっと怒ったような目でチョヌを見た。チョヌがジヒョンの所へ来て、彼女の腰をぐっと引き寄せて抱きしめ、顔を覗き込んだ。

チ:次は必ず! ジヒョンを逃したら、オレ、生きていけないよ。
ジ:本気でしょうね?!(ちょっと睨んで見る)
チ:わかってるくせに。(少し甘えた目をする)


二人は見つめ合って笑った。
いよいよ出かける準備ができて、ジヒョンはチョヌの後をついて、玄関への廊下を歩いていく。


ジ:ねえ、チケットは? 間に合ったの?
チ:ジスがちょうど持っててね、譲ってくれるって。空港で受け取る約束になってるんだ。あいつは明日の便でも間に合うらしくて。
ジ:ふ~ん。ジス先輩はなんでもあなたに譲ってくれるんだ。でも、先輩の最高の仕事はあなたに私を紹介したことよ。
チ:そうだな。(靴を履きながら、そんなことはわかっているよという顔をしてジヒョンを見る)じゃあ、行くよ。おまえも社に出るだろ。
ジ:うん。途中までタクシーに乗せてってよね。
チ:わかってるよ。さあ、行こう。


二人は仲良くマンションの部屋を出た。





あんな別れが待っているなんて、思いもしなかった。

昨日の夢は、チョヌとヨンスが似ているからなのか、それとも自分の気持ちがチョヌからヨンスに移りつつあるからなのか・・・。
あるいは、また叶わぬ恋をしようとしていることへの警告なのか。恋を失うことへの恐怖からなのか。


それにしてもあんな夢はもう見たくない。



チョヌは最高の男だった。ただの恋人では終わらないほどの。恋だけでなく、仕事の姿勢もきびしく教えてくれた。彼はすべてに勝っていた。

チョヌ、あなたを忘れたわけじゃない。あなたの精悍な顔も、長身でいつも私を包み込むように抱きしめてくれたことも。その腕も温もりも力強さも。全部覚えている。じゃじゃ馬だった私に正面から付き合ってくれた、生意気だった私を全部受け止めてくれた。普段はそっけない顔のくせに激しく愛してくれたことも。全部覚えている。


「ジヒョンを逃したら、生きていけない」と言いながら、一人では生きていけない私を簡単に一人ぼっちにしたことも。あなたが去った後、私は、たった1ヶ月で老婆になってしまった。

それだけ愛していたのよ。忘れられるはずがない。

ジヒョンは海を見つめ、あの時の心の痛みを思い出し、一人風に吹かれて、じっと痛みに耐えている。






【第6章 恋】


その日の夕食後、ヨンスは縁側で柱に寄りかかって座っている。ジヒョンも片付けが終わって、ヨンスの横に行く。

ジ:お茶でも入れようか?
ヨ:それより一緒に座らない?
ジ:うん。

ジヒョンはヨンスがいつもよりしっとりした雰囲気なので、ちょっと緊張しながら近くに座ってヨンスを見た。


ヨ:(ジヒョンを見て)もっとこっちへ来て。昨日みたいに一緒に座ろうよ。


ジヒョンはヨンスを見つめたまま、隣に移動する。ヨンスが月を見ている。


ヨ:ほら、今日も月が明るいよ。


ジヒョンは隣に座りながら、月を見た。ヨンスが隣に来たジヒョンの肩を引き寄せて抱く。ジヒョンはまた複雑な気持ちになる。ヨンスに寄りかかりたい自分と、義姉である自分。いったいどっちを優先させたらいいのか・・・。


ジ:(ヨンスの顔を見て)ヨンス、私・・・。


ヨンスがじっとジヒョンの顔を覗き込むように見つめるので、ジヒョンはドキドキしてしまい、ヨンスの気持ちを言葉で確かめられない。


ジ:そんな目をしないで。お願い・・・。


ヨンスにはジヒョンの言葉など耳に入らないようで、ジヒョンを抱いていないほうの手がジヒョンの頬に伸びてきた。ジヒョンは彼にされるがままになるが、


ジ:ヨンス、私・・・。
ヨ:何も言わないで、ジヒョン。


ヨンスがじっと見つめている。その視線に、ジヒョンも彼を感じ始めている。
もうこのままでいい。
ジヒョンは目を閉じた。
ジヒョンの唇にヨンスが唇を重ねた。

ヨンスがぐっと力を入れてジヒョンを抱きしめた。ジヒョンもそれに応えるようにヨンスを抱きしめた。

私はこの人をここまで愛し始めているのかしら・・・。
放したくない、この腕を。この人の胸の中にずっといたい。


ジヒョンはもう心の中の矛盾など捨てて、今はヨンスを選ぼうと思う。


今私は彼がほしい。先のことなど今の私にはいらない。
どんなステキな恋だって一生に一度の恋だと思っていても、とんでもない落とし穴があったじゃないか・・・。
先のことなど心配してもしょうがない。
ならば、今に賭けよう。この人は今、私をほしいのだ。
それでいいじゃない。それでいい。それでいいわ。


ジヒョンはヨンスを見つめ直す。ヨンスは覗き込むように、懇願するように、ジヒョンを見つめた。


ヨ:ジヒョン、僕を愛してくれる? 今の僕は君でいっぱいなんだ。君しかいない。君しか見えないんだ。
ジ:(うなずき)いいわ。私もあなたが好きよ、ヨンス。


二人は部屋に入り、ガラス戸を閉めた。



ジヒョンが布団を1枚敷き、ヨンスが明かりを消したが、曇りガラスの戸が月明かりを通す。二人ははっきりとお互いの顔を見つめて抱きあう。ヨンスがジヒョンを強く抱きしめて、「愛してる」とささやいた。

月明かりの照らす部屋の中、二人の吐息が漏れる。ヨンスがやさしくジヒョンを抱く。メガネをはずしたヨンスは、月明かりでよりチョヌに似ていたが、チョヌの持つ力強さや激しさとは違って、ヨンスはしっとりとした暖かな雰囲気でジヒョンを包み込んだ。


ヨンスだわ。
もう私は間違えない。
私は今、ヨンスに抱かれている。
今私が心から愛せる男。それがヨンス。



ジヒョンは自分の上にいるヨンスに微笑みかけた。ヨンスも月明かりに照らされた美しいジヒョンを愛しそうに見つめている。

ジヒョンの心に久しぶりに平安が戻ってきた。
愛しい男と同じ時を過ごしている。
ジヒョンは心も体もヨンスで満ちあふれ、しばらく起き上がることもできなかった。






翌朝。
二人は黙って、ちゃぶ台で向かい合い、朝食をとっている。ジヒョンの横に置かれたトースターからパンが飛び出した。


ジ:バターつける? ジャムは?
ヨ:(驚いて顔を上げてジヒョンを見る)ジヒョン、僕は子供じゃないよ。(笑顔で見つめる)
ジ:そうよね。ごめんなさい。どこまでやってあげていいのか、よくわからなくて。
ヨ:(じっと見て)やってくれてもいいけど。(にこやかに)ジヒョン、ふつうにしてよ。そうでないと、僕まで緊張しちゃうから。
ジ:(ヨンスを見て)そうよね。(赤くなってうつむく)・・・本当ね。変ね、私。


そういいながら、トーストをヨンスの皿に置こうとするが、やはり自分でバターを塗って彼の皿に載せる。ヨンスの顔を見て微笑む。ヨンスもジヒョンを見つめて、ゆっくりと微笑んだ。






今朝のジヒョンは幸せに満ち溢れていたが、辛さも残った。
昨夜のことが頭から離れない。後悔しないと誓ったのに・・・。
ステキな夜を過ごしたのに。それだけに、それだけでは・・・。
二人の間はとても近いものになったが、今だ彼は妹の婚約者だ。

これ以上何を望みたいの。バカね、私って・・・。






午後2時。
町まで買い物に行く。この前の床屋の前を通り過ぎると、後ろから、床屋のおかみさんが呼んでいる。

お:お姉さん! 先生のお姉さん!

ジヒョンは振り返り、「ああ」と会釈する。おかみさんが飛んできて、

お:お姉さんにお礼が言いたくて。本当に、じいちゃんのこと、ありがとうございました。お姉さんにお礼がしたいんだけど、いいですか?
ジ:えっ、お礼なんて・・・。
お:私にできることですよ。それに前から気になっていたから。どうぞ、中へ入って。さあ、さあ、どうぞ。

ジヒョンは勧められるままに床屋の中へ入った。親父さんが、

親:ああ、先生のお姉さん、どうぞ。カミさんがね、やりたがっているもんだから、付き合ってやってくださいよ。


ジヒョンは案内されるままに、床屋のイスに座った。おかみさんがケープをかけた。


ジ:髪を切るんですか?(ちょっと不安そうに聞く)
お:(張り切って)染めるんですよ。お姉さん、すごい美人さんなのに、その髪じゃあ損してますよ。私がキレイに染めてあげます。お姉さんは派手じゃなくて、自然で濃い栗色が似合いますよ。いいでしょ?
ジ:え? ええ、お願いします。


おかみさんはうれしそうに仕事にかかった。ジヒョンもわくわくした気持ちでおかみさんの仕事を見守った。





4時半近く。
診療所に戻ったジヒョンは中庭で洗濯物を取り込もうとしている。
診察室のウンニが何気なく窓の外を見て、中庭に髪を染めたジヒョンを発見した。

ウ:先生、見て。ジヒョンさん、キレイ。


ヨンスが立ち上がって、中庭のジヒョンを見た。若々しく輝いたジヒョンの顔が愛らしい。患者の漁師のおじさんも立ち上がり、一緒にジヒョンを見る。


漁:先生のお姉さんはベッピンさんだねえ。


ジヒョンも診察室の様子に気がついて、にこやかに手を振った。ウンニ、おじさんが手を振る。ヨンスは見とれて、ボーとした感じで一拍遅れて、ゆっくり手を振った。




患者が途切れると、ウンニが中庭に出て、ジヒョンのほうへ近づいた。


ウ:どうしたの? 髪。ステキよ。(まぶしそうにジヒョンを見る)
ジ:ありがとう。床屋のおかみさんがね、この間のお礼にって染めてくれたの。
ウ:そう、すごくいい。まるで魔法が解けたお姫様よ。もともと顔がツルツルだから、すごく若返ったわよ。先生も気に入って、見とれてたもん。


そういって、診察室のほうを見ると、ヨンスがこっちをじぃっと見ている。ジヒョンとウンニが笑いながら、ヨンスを見た。また一歩、ヨンスの心の奥にジヒョンが入り込んだ。





ヨンスにとっては、もうジヒョンは姉でもなく、心を温めてくれるだけの人でもない。
迷いなく最愛の人になっていた。


そして、二つの部屋ははっきりとした意味を持った。
一つはリビング・ダイニングであり、もう一つは寝室となった。






次の日曜日、島の中心にある通称「いただき山」へヨンスとジヒョンはサイクリングに出かけることにした。そんなに高い山ではないが、島のてっぺんから大海原を見下ろせることで、この島へ来たら一度は行ってみるべしという島民が愛してやまない観光スポットだ。といっても、観光に来る人などあまりいないのだが。

診療所からふもとまで自転車で約20分。そこからサイクリングロードに入り、40分ほど緩やかな道を行くと、簡単な展望台に着く。
マホがその計画を聞いて、電動自転車を貸してくれるという。


ヨ:それはずるいな。僕のは5段ギアだけど。まいったな。(笑いながら言う)
ジ:(見つめてちょっと意地悪そうに)いいのよ、あなたは。男だもん。頑張ってね。(やさしく微笑んだ)



その日の朝早く、マホがご主人の運転する軽トラックに自転車を載せてやってきた。診療所の前に自転車を下ろして、

マ:楽しんできてね。 あとこれ。お弁当。これから作ろうと思ったでしょ。
ジ:(うれしそうに)ありがとう。なんか、何から何までお世話になっちゃって。
マ:いいのよ。それより、ジヒョンさんが作るお弁当のことを考えるとそのほうが心配だから。(笑ってる)
ジ:(笑顔で)やだ。少しはまともになってきたんですよ、これでも。でもすごくうれしい。助かります。
マ:じゃあね。

マホが軽トラに乗り込んだ。

マ:すばらしい景色だから。一生忘れられなくなるわよ。
ジ:ありがとう!(去っていく車に大きく手を振る)



「いただき山」のサイクリングロードは、見た目は緩やかそうだが、ヨンスの顔を見ていると、かなりきついらしい。ジヒョンは涼やかにらくらく登っていく。
展望台に着いたジヒョンはその目の前に広がるパノラマに圧倒された。


ジ:ヨンス! ヨンス! 早く、早く来て! すごいわ、すごいわ!


ヨンスがへとへとになって登りきる。ジヒョンの横に立って、二人はその景色に臨む。
眼下に広がる緑の大地。その下に広がる大海原。そこはまさに楽園を呈している。
言葉などいらない。ただ見つめていればいい。

この空。
この大地。
この海。
静かで暖かく、豊かで。

ここに存在するすべての自然が二人を包み込む。その中に溶け込んでいく二人。


ヨ:すごいな・・・。来てよかったね。(笑顔で景色を眺める)
ジ:うん。もう少し歩いて登ってみようよ。


二人は自転車にキーをかけ、緑の山を登っていく。周りには何もない。だれもいない。ただ二人きり。


「わあ~!」と言って、二人は大の字になって寝転ぶ。
空は真っ青だ。
なんという晴れやかな日。


ヨンスが立ち上がって、海に向かって叫ぶ。

ヨ:僕はジヒョンを愛してる~!

ジヒョンは胸がいっぱいだ。なんという感動。世界中に愛を宣言しているようだ。
この清々しさ。

ヨ:ジヒョンも言ってごらんよ。
ジ:(元気に)うん!

ジヒョンは立ち上がって、ヨンスの隣に並び、同じように海に向かう。
力いっぱい叫ぼうとする。
両手を下に伸ばして全身で叫ぼうとするが、声が出ない。
何度も何度も叫ぼうとするが声が出ない。

ヨンスが横で見ていて、気づく。ジヒョンの両手は何度も何度もこぶしを握り直している。
ジヒョンの思いが痛いほど、伝わってくる。

ヨンスがそっと近づき、横からジヒョンの腰に手を回した。

ヨ:(顔を覗きこんで)言ってごらん。小さな声で、僕に。愛してるって、僕にだけ。
ジ:(間近にせまったヨンスの顔を見つめて)愛してる。私は誰よりもヨンスを愛してる。(胸がつまり)・・・ごめんね。ヨンス、ごめんね。
ヨ:いいんだよ。君の気持ちはわかってるんだ。


ヨンスがやさしくジヒョンを抱き、二人は大海原を眺めた。







【第7章 絆】


いよいよ明後日は、ジヒョンがソウルに帰らなければならない。高校の休暇はまだまだ残っているが、一ヶ月の滞在というのがジウォンや両親との約束である。もともと島には来たくなかったジヒョンを両親やジウォンが泣きついて、ヨンスのもとへ送り込んだのだ。
一ヶ月だけ、荷物の整理とヨンスの世話を引き受けたのだ。
それを、今はここが楽しくて、ヨンスを愛しているから、ずっといさせてくれなどと、だれにも言えるはずがない。
自宅では事故で足をケガしてリハビリに励む妹がいる。
ヨンスの愛を信じてリハビリに努めているにちがいない。
それを「あなたの男と楽しくやっているから」と言ったら、家庭は崩壊してしまう。


夕食をとってから、ジヒョンは荷造りの続きをする。ヨンスが壁に寄りかかり、ジヒョンを見ている。昨日、彼は「もう少しいてほしい」と言った。
しかし、それはムリな話だ。
また、うまくすればここに遊びに来ることができるかもしれない。しかし、この島の人たちだって、「お姉さん」がそんなに遊びに来るなんて不思議に思うだろう。
やはり、これが最後なのか。ジヒョンはヨンスのことを考えないようにする。彼について考え始めたら一歩も進めない。心の中を覗いたら彼の腕の中から離れられない。


ヨ:もう荷造りはほとんど終わったの?
ジ:(ヨンスの顔は見ない)うん。あとは着替えや洗面道具を入れれば終わり。
ヨ:ジヒョン。こっちへ来て。話をしよう。
ジ:・・・。
ヨ:今ちゃんと、二人のこれからのことを話し合わなくちゃいけないだろ。僕はこれで終わりなんて、できないんだよ。


ジヒョンが顔を上げて、ヨンスを見つめた。ヨンスが心を決めたように言った。



ヨ:やっぱり、僕たちのことをちゃんとご両親に話そう。もちろん、ジウォンの足が治ってからだけど。婚約を解消して、僕たちのことを許してもらおうよ、ね、ジヒョン。


ジヒョンは泣きそうになるが、それは・・・ムリだ。


ジ:ヨンス。あなたが好き。それはわかってくれてるでしょ? でも、そんなこと口にしたら、私は親もきょうだいも失ってしまう。ジウォンはあなたを信じて、あなたと結婚する日を夢見て、私のことも信じているだろうし。
ヨ:ジヒョン、一番大事なのはお互いが愛し合っているということだろう?
ジ:ヨンス。あなたは今、ジウォンと私を混同しているだけかもしれないのよ。一人で寂しくて・・・そこへ私がやって来て、あなたを慰めているだけかもしれない・・・。
ヨ:・・・・・・。なんで急にそんなことを言うの? 君とジウォンとではまったく違うよ。
ジ:どんな風に?


ヨンスは答えない。一人縁側に出ていった。今のジヒョンはヨンスを選べない。彼が純粋に自分を好きでいてくれるのか、わからない。・・・いや、わかっているのだ。
しかし・・・ジヒョン自身が初め、チョヌの面影からヨンスを好きになったように、彼もジヒョンの中にジウォンを見ているのかもしれないのだ。そして、ジウォンは妹だ。

ヨンスの答えがほしい。ジウォンと私では何が違うのか。

でも彼は答えてくれなかった。
残された時をぎごちなく二人は過ごす。隣の布団で寝ながら相手の様子を感じている。彼は眠ったのか。
もう触れることはできないのか。ジヒョンは言葉でヨンスを拒否していながらヨンスの温もりを求めている・・・。




最後の日は忙しかった。ジヒョンのもとへ床屋のおかみさんが土産物を持って現れた。おじいちゃんの指がしっかりついたと報告し、「元気でね」とジヒョンにお礼を言って帰った。診療所のお得意さんがジヒョンのところに代わる代わる挨拶に来てくれる。
中にはジヒョンがヨンスの本当の姉だと思っている人も少なからずいて、やはりヨンスのところへデート気分で遊びにくることは、はばかられるだろう。


最後の食事はマホが届けてくれて、「一緒に過ごせて楽しかった」と言ってくれた。ウンニも「ジヒョンにはずっといてほしかった」と泣いた。
ジヒョンも一ヶ月も一緒にいたので、情が移り、二人と挨拶するだけで涙がこぼれた。





ヨンスとの最後の夜。

二人はずっと押し黙っていた。ヨンスのいいたいこともわかるし、ジヒョンのいいたいこともわかる。・・・でもジヒョンはこれが最後の最後でも、彼に抱いてほしかった、それが本音だ。
ここのところ、二人はただ向かい合っているだけで抱き合うことはなかった。それはジヒョンがヨンスより家族を選ぶという決断にヨンスが納得していなかったからだ。

最後の最後になって、ヨンスが、洗面台の前で歯を磨き終わったジヒョンを後ろから抱き締め、鏡の中のジヒョンを見つめた。ジヒョンの顔が歪んだ。ヨンスはジヒョンの顔に顔を近づけ、首筋にキスをした。ジヒョンは堪えきれず、振り返ってヨンスに抱きついた。


ヨ:(じっとジヒョンを見つめて)やっぱり別れられないよ、ジヒョン。なんでも君の言う通りにするから、どんなに時間がかかっても一緒になろう。
ジ:・・・。ヨンス。(涙があふれ出る)本当に愛してる? 本当に私が好きよね? 
ヨ:君が好きなんだ。君を愛しているんだ・・・君が僕を救ってくれたって、前に話したよね。 君が僕に勇気を・・・。



診療所の呼び鈴がなった。

戸をたたく音がする。ヨンスが診療所のほうを向いて医者の顔になる。


ヨ:またあとで話そう。


ヨンスは診療所の電気をつけながら、玄関に進む。ジヒョンも涙を拭いてあとに続いた。

扉を開けると、妊婦を抱えた漁師が入ってきた。


漁:先生、すみません。破水したらしいんです。本土の病院に明日、入院する予定だったんですけど。
ヨ:何週ですか。
妊:34週です。
ヨ:(うなずく)とにかく、中へ。ベッドに寝かせてください。ジヒョン! ウンニさんに電話して!
ジ:はい。


ジヒョンは診察室からウンニの家に電話を入れる。12歳の娘ウンジュが出た。


ジ:お母さんは?
娘:今日はジヒョンさんとお別れだってお酒飲んで寝ちゃったの。
ジ:緊急なの。妊婦さんが来てお産が始まるのよ。ウンニさんを起こして、酔いを醒まさせて! ウンニさんが必要なの!
娘:たいへん! すぐに起こします。

ヨ:(処置室から)ウンニさんは?
ジ:(処置室のほうに向かって)酔って寝たらしいの。今起こしてもらってる。
ヨ:(少し考えて)・・・。じゃあ、マホさん呼んで。それから、ソンさん家のお婆ちゃん、呼んで。
ジ:お婆ちゃん?
ヨ:今はやってないけど、お産婆さんなんだ。



ジヒョンはマホに電話を入れ、早く来てくれるように頼む。お湯を沸かし、ヨンスが言う通り、保育器を用意した。


ジ:すぐ始まるの?
ヨ:まだ。とりあえず、菌に感染しないようには処置したけど。逆子なんだ。帝王切開になると思う。お婆ちゃんの意見も聞きたいし。とにかく人手が足りないから、赤ちゃんを扱えるお婆ちゃんが必要なんだ。
ジ:そうね。ウンニさんが早く来てくれないと、手術ができないわね。
ヨ:マホさんが来たら、ジヒョンがお婆ちゃんを迎えにいってほしいんだ。お婆ちゃんは一人暮らしでいつもバスを使っているし。足も悪いから一人で、ここまで来られないんだよ。
ジ:うん。わかった。


ジヒョンはヨンスに習って、妊婦の腰を擦る。


ジ:大丈夫だから。安心して。大丈夫だからね。


マホが飛んできた。マホは出産経験もあるので、妊婦の世話を頼んだ。
ジヒョンはマホの電動自転車を借りて、お婆ちゃんの家まで走る。



真っ暗な島の夜。
ジヒョンの乗る自転車のライトだけが海岸線に光っている。






【第8章 別れの日】


婆、ウンニと役者がそろった。婆の触診でもこの逆子は直せないということがわかり、結局、帝王切開しかない。ジヒョンはヨンスとウンニに濃いコーヒーを出した。ヨンスが考え込んでいたが、

ヨ:ウンニさんの補助として、ジヒョンさんに手伝ってもらいましょう。
ジ:えっ!(驚く)
ウ:仕方ないのよ。手伝って。お酒が完全に抜け切れてない感じがするの。万が一ってことがあるでしょ。マホさんは血が見られないし。もうあなたしかいないのよ。ジヒョンさんなら大丈夫。おじいちゃんの指先を素手で掴めたんだもの。できるわよ。補助でいいの。私が気持ち悪くならなければいるだけでいいのよ。


ジヒョンが緊張した面持ちでヨンスを見た。ヨンスもうなずいた。
確かにここには他に人がいない。
婆は年寄りでひざが悪いので、立ち仕事ができない。


ヨ:じゃあ決まったね。手術は僕とウンニさん。生まれた赤ちゃんはお婆ちゃんに見てもらいます。そしてジヒョンさんは補助。いいね。


ジヒョンも手術用の白衣に着替えて、ウンニの横に並んだ。


ヨ:じゃあ、これより始めます。皆さん、よろしく。(リラックスした声で言う)


局部麻酔をした妊婦が横になっている。


ウ:大丈夫よ。目を瞑っていると眠くなってくるから、寝ててね。生まれたら起こしてあげる。局部麻酔だから、すぐ目は覚めるから、ね。


妊婦がうなずいた。


ヨ:ジヒョンさん、時間を計って。始めるよ。
ジ:はい。午前1時50分30秒。
ヨ:始めよう。


手術は始まった。
ヨンスの仕事ぶりを見ながら、ウンニの手元を見る。ジヒョンは緊張していたせいか、あるいは集中していたせいか、少しも気分が悪くなることなく、最後まで付き合えた。

ヨンスが赤ちゃんを取り上げたのを見た時は、胸がいっぱいになった。
ウンニが赤ちゃんを拭いて、お母さんに見せる。母親が涙ぐむ。
感動的な場面だ。

赤ちゃんは新生児の台に載せられ、そこから先は、婆の仕事になり、聴診器を当て、体の様子を診て「大丈夫」という。そして、産湯につかる。
ヨンスが手際よくお腹を閉じていく。
手術は無事終わり、赤ちゃんも保育器に入らずに済んだ。母親はたった一つある入院用のベッドに寝かされ、その横に赤ちゃんも寝かされた。夫の漁師は待合室の板の間で寝てもよかったが、一緒にいたいと、待合室のイスを3つほど病室に持ち込んで並べ、仮眠した。

婆には処置室で寝てもらう。ウンニが当直を申し出てくれた。

ヨンスとジヒョンは一応母屋に戻ったが、ヨンスは小一時間ほど仮眠を取って、引き続き、母親の様子を確認しにいった。



ジヒョンは、こうして最後の夜を過ごした。



さっき、ジヒョンを抱きながら、ヨンスが言いたかったことはなんだろう。
私がヨンスを救ったというのはどういうことなのか。

はっきりとした別れの儀式もできずに別れの朝がやってきた。

ジヒョンは部屋でヨンスを待っていたが、知らぬ間にぐっすり眠ってしまった。
ヨンスは一度、部屋に戻ってきたが、疲れきって眠るジヒョンの顔を愛しそうに見つめ、そっと撫でただけで声をかけずに診察室に戻っていった。


朝方、ジヒョンは朦朧とした意識の中で、朝ご飯の準備をしなくてはと思うのだが、起き上がることができなかった。
6時過ぎになって、勝手口から、マホの声が聞こえた。


マ:ジヒョンさん、起きてる?
ジ:あ、はい。(やっとなんとか起き上がる)あ、おはようございます。
マ:昨日は大変だったわね。私は先に失礼したからよかったけど。朝ご飯持ってきたわよ。先生とウンニとお婆ちゃんも必要でしょ。それに赤ちゃんのお母さんとお父さん。
ジ:あ、本当ですね。(しまったという顔をして)私、寝てしまって・・・本当、気がつかなくて。
マ:おかずは作ってきたから、ご飯だけ炊いて。そうすれば皆で食べられるでしょう。
ジ:マホさん、本当にありがとう。(気遣いに頭が下がる)
マ:あと患者さんはご飯よりおかゆのほうがいいわよ。
ジ:そうですね。


マホに少し手伝ってもらって、朝食の準備をする。帰るという日になって、本当の診療所のたいへんさを味わって、皆に頭が下がる思いだ。

でも、最後にヨンスの仕事姿をこの目でしっかり見ることができてよかった。
今までの、恋愛感情だけでなく、今は彼を尊敬できるし、誇りに思える。



朝食の準備ができて、診療所に向かった。診察室にヨンスとウンニがいた。ヨンスはカルテを書いているようだ。


ジ:ヨンスさん、ウンニさん、朝ご飯、食べて。


ヨンスが顔を上げて、ジヒョンをじっと見つめた。


ヨ:(やさしい声で)用意してくれたの? ありがとう。
ジ:マホさんに手伝ってもらったの。患者さんやお婆ちゃんたちは、もう少し寝かせておいていいわよね。こっちは先に食べましょう。


ヨンスは病室を覗いてから、母屋のほうへウンニとやってきた。


ウ:ジヒョンさん、帰る日なのにたいへんなことになっちゃったわね。ごめんね。私がお酒なんか飲んじゃったから。
ジ:ううん。(うれしそうな顔で)最後に手術室で二人の仕事ぶりが見られてよかった。本当に尊敬できる人たちと一緒にいられて幸せでした。(思わず涙ぐむ)


ウンニもその言葉に泣けてしまう。ヨンスはじっとジヒョンを見つめる。ジヒョンも涙目で、ヨンスを見つめ返した。



慌しく時間が過ぎて、いよいよ本当の別れの時がやってきた。
診療時間が始まっていたので、ヨンスやウンニ、マホには簡単に声をかけて出ていくしかない。船着場まではマホのご主人が軽トラックで送ってくれることになっている。

ジヒョンは診察室を覗いた。


ジ:じゃあ、行きます。
ヨ:(ちょっと見つめて)うん・・・。
ウ:元気でね。

ジヒョンは礼をして、診療所を出て行った。


10時半の連絡船でジヒョンは島を離れる。ヨンスが時計を見た。10時を過ぎている。
ウンニは思い切ってヨンスに声をかけた。


ウ:先生、急病の患者さんもいないし、行ってきたら。ジヒョンさんとしばらく会えないでしょう。


ヨンスは一瞬躊躇したが、やはりジヒョンの顔が見たくて、


ヨ:そうだね・・・すぐ戻るよ。


そういって、すばやく白衣を脱ぎ捨て、Tシャツ姿で、診療所の玄関のほうへ走っていく。
患者たちは皆驚いて、ヨンスの後ろ姿を見送った。
後からウンニが出てくると、皆は不思議そうな顔をした。


患:どうしたんですか? 急患ですか?
ウ:ええ、先生が急患ですので、少しお待ちください。


元村長のソンさんが

ソ:ウンニさん、あんた国語をやり直したほうがいい。先生が急患じゃなくて、先生は急患だよ。
ウ:(胸を張って)いいえ。先生が、急患なんです!


ソンは、ウンニの態度に驚いた。




ヨンスは海岸線を一生懸命自転車で走っていく。

ジヒョンはそのころ、マホのご主人にお礼を言って、連絡船の時間を待っていた。遠くから「ジヒョン!」と呼ぶ声がする。周りを見回した。


ヨ:ジヒョン!


ヨンスがやってきた。自転車を乗り捨て、ジヒョンのもとへ走ってくる。そして近くにくるなり、

ヨ:ジヒョン!

彼はジヒョンを抱き締めた。横でマホのご主人が驚いて静かに席を外した。船着場の近くにいた漁師たちも驚いた。なぜならジヒョンがヨンスの本当の姉だと思っていた者もいたし、ヨンスが「ジヒョン」と呼び捨てにして、抱き締めたからだ。
二人の関係が明らかになった。


ジ:(困惑して小さな声で)ヨンス。だめよ、こんな所で・・・。
ヨ:いいよ、最後じゃないか・・・もういいんだよ。(皆に知られたって)
ジ:でも。(心配そうに周りを見る)
ヨ:ジヒョン、君と別れるなんて、つらすぎて。君を諦めることなんてできない。これで終わりだなんて。君にさよならを言うなんて・・・。
ジ:(ヨンスの顔をじっと見つめて)さよならなんて言わないで。あなたにさよならなんて言いたくないの。いつまでもあなたの私でいたいから。でもね・・・ヨンス。私は家族を捨てることができない・・・。でもあなたにもさよならが言えないのよ・・・。(涙ぐんでしまう)
ヨ:ジヒョン!


ヨンスが力の限り抱き締める。連絡船の出発前の汽笛が聞こえる。


ジ:もう行かなくちゃ、ヨンス。ありがとう。忘れない、あなたを忘れないわ。



ジヒョンはヨンスを振り切り、連絡船に乗り込む。ヨンスの目がジヒョンを追っている。
船が汽笛を鳴らし、出航した。



ジヒョンはデッキに出てヨンスを見つめている。
お互い、姿が見えなくなるまで、見つめ続けていた。









第3部へ続く・・・。



島でのゆったりと愛に満ちた日々。
最後に皆の前で愛を明らかにしたヨンス。


いよいよ舞台はソウルに移ります。
ここは人生の本拠地。
愛憎が渦巻く都会・・・。


愛も裏切りも・・・
それは
まるでゲームのように
人の心を
弄ぶ。

真実さえも
霞んでしまう。


野心が黒い牙を隠し、
虎視眈々と機会を狙っている・・・。


さあ、あなたもジヒョンとともに
ソウルへ向かいましょう・・・・。


いよいよジヒョンの乗ったトロッコは急カーブの前に差しかかります。
あなたも一緒に乗り込んでください。

どうぞ、最終部までお付き合いくださいね。



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