2009-01-14 00:28:40.0
テーマ:「KA・ZO・KU 」シリーズ カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

KA・ZO・KU   ― もうひとつの家族 ―

Photo

やっと私達が知っている頃のジュンです^^あの頃の彼からこんな妄想が・・


ジュンは例のイベントの後、こんな行動を?(笑)




2005年 晩夏。


ヒョンは3度目の公式来日を果たした。

ヒョンの映画第2作のプロモーション、


日本の“かぞく”たちとの、大イベント。

ヒョンの行動は連日報道され、行く先々でものすごい歓迎を受けた。


“韓流ブームも下火?”などと言われていたが、

フタを開けてみれば、この大声援。

ヒョンの別格ぶりが新たになった瞬間だった。

 

その頃、ソウルの僕と母さんはとても緊張していたんだ。

なぜなら、日本に発つ前、ヒョンが僕達にこう言ったから・・

 

「10月の半ば頃に、休みが取れるよ。

僕はアメリカに行くけど、その後一緒に日本へ行こう!

笑の御両親のところへ。

二人とも、準備しておいて。じゃ、行って来ます」

 


ヒョンの準備は、完璧だった。

気づいたときには、母さんの会社への根回しもすっかり済んでいた。


母さんは呆れると同時に、

17年ぶりに帰る事になる日本へ想いを馳せていた。

 

20歳で日本を出てから一度も帰っていない、母さん。

 

「まだ、学生だから」

「相手が韓国人だから」

「妊娠なんて・・とんでもない!」

 

母さんが日本を出た時、母さんのお腹にはすでに僕がいた。

思いがけない妊娠に、20歳の母さんはとまどったが、

父さん(シン・ジウォン、実父)は迷わず結婚を申し込んだ。

 

新潟の母さんの実家は、地元では有数の豪農で、

世間体を重んじた祖父は、訪れた二人をろくに話もせず追い返したらしい。

その後も何度となく連絡を取ったが、帰ってきた言葉は、


「勘当する」


それだけだったそうだ。

 

 

見知らぬ異国で、肩を寄せ合う若い夫婦。

やがて僕が生まれ、つかの間の幸福な日々。


そして7ヶ月。

夫は事故で帰らぬ人に・・

と、自分の半生を、か、な、り、美化して

母さんは僕に話してくれていた。

 

「はぁ~・・ジュンったら、こんな大事なこと勝手に決めて。

あの人の今の立場で、こんな事できるわけ無いのに。

私達のことだって、いつマスコミに知れるか。

こういうとこ、度胸据わってんのよね。あの人。」


「そりゃそうだよ。

ヒョンは、“いつバレてもいい”って言ってるもん。

隠してるのはヒョンの意思じゃないしね。

それに、今回の日本行き、随分計画練ってたみたいだよ。

“イベントの打ち合わせより真剣なんだ・・”って、

社長嘆いてたから。」


「・・・はぁ~。ジュンは父を知らないから。

あの時だって、ほとんど逢おうともしてくれなかったわ。

いくら年取ったって言っても、人間そう変わるもんじゃないのよ。

しかも今度はあの人だし。ねぇ・・どんな田舎の人だって、

“微笑の貴公子”は知ってるわよね。」


「母さん、いいかげん観念しなよ。

ヒョン、ずーっと言ってたよ。

“早く、日本のご両親にご挨拶に行かなけりゃ”って。

ソウルのおじいちゃん達をあんなに大切にしているヒョンのこと

だもん、当然だよ。ソウルのおじいちゃん達は、なにも聞かずに

僕達を受け入れてくれたじゃない。大丈夫、うまくいくさ!」


「はあ~~、そうならいいんだけど・・」

 

新潟のおじいちゃんって人は、昔気質の昭和ひとけたで、

(母さんの表現だけど、イマイチわかんないよな)

頑固で、自分の価値観を決して曲げないんだそうだ。


“それって・・ある意味、ヒョンじゃん・・”


と僕は思ったが、また母さんに何か言われそうだったので、

今はとりあえず、黙っていた。

 

今回の日本行き。

僕は母さんの想いとは別に、楽しみにしていることがある。

 

僕は以前、中学で同級生だったキム・ミナと逢う約束をしていた。

ミナと僕とは中1の1学期間だけしか、同じ学校に通ってなかった

けれど、文通(今じゃ、死語?)からメル友になり、

今でも頻繁に連絡を取り合っていたんだ。

 

メールや電話では色々話してきたけど、逢うのは4年ぶり。

・・果たして、僕がわかるか?(ちょっと、不安だったりして)

 

ミナは父親の転勤で、今は日本に住んでいる。

あれから両親を説得し、音大受験の準備に今、忙しい。


『ピアノ、声楽、音楽理論』 忙しい毎日だがとても幸せだと、

一番新しいメールで伝えてきた。

 


変わったかな?

髪はまだ長いかな? 

僕のことは・・・どう思っているのかな?

 

はぁ~~、僕も母さんと変わらないな。

ああー!!緊張してきた!!

 

僕達のそんな想いとは裏腹に、ヒョンの過密スケジュールも

なんとか落ち着き、ヒョンはアメリカへ・・


その後僕達は、約束の日本のホテルで落ち合った。

 


「また、ずいぶん髭伸ばしたんだね、ヒョン。心境の変化?」


「まあね、久しぶりのまとまったオフだからな。でも、笑の家に

伺うときは、剃るよ。キチンとして行かなけりゃ」

 

「いいわよ、そのままで。素敵よ・・惚れ直した」


「・・笑・・」


「ストップ!ヒョン!ここじゃ・・マズイでしょ」

 


その部屋にはまだヒョンと一緒にやってきたトレーナーや、

社長、関係者数人もいて、普段見慣れてる僕はともかく、

少なからずあてられちゃったみたい。


普段は気を引き締めてる分、海外に出るとハジケちゃったりするね、

この二人は・・


あわてて挨拶をする母さん。ヒョンも、満面の笑顔で紹介してる。

 

・・紹介?

そういえば・・


僕達の事を知ってるスタッフ、増えてない?

見覚えの無い人も多いし。

 

・・ヒョン。


これってもしかして、ヒョンなりの決意の表れなの?


もうすぐなの?そうなの?

 

待ってればいいんだよね。母さんと僕は。

母さんは気づいてないみたいだけど。

 

ヒョンがどんな決断をするにせよ、

僕は、ヒョンを信じてるよ。

 

そんな時、僕の携帯が鳴った。

 

「レウォン君?私。今、ロビーに着いたの」

 

 

ミナがいた。

ロビーの真ん中の、大きなオブジェの前に。

キリッと、短い髪を少し茶色に染め、耳には小さなピアス。

僕に気づいて恥ずかしそうに、ふっと笑った。

 

「変わってないね」


「ううん、変わったでしょ・・私」


「いや・・・ミナはそのまんまだ」

 


ホテルを出て少し歩き、

近くの駅から“ゆりかもめ”という名前の乗り物に乗った。

静かに進む車内。僕達は向かい合ったまま、ただ黙っていた。


ミナは“お台場に行こう”と言って、海の見える公園に僕を案内した。

 

「お台場海浜公園」


自由の女神があって、きれいな橋が見える。

 

「ハハ!面白いな。なんで、ここに、自由の女神?

NYの本物は前にヒョンと見たけど」

 

「ふふっ、そうよね。変でしょう?ねぇ、漢江公園思い出すね。

あの時、レウォン君に教えてもらった歌、覚えてる。

嬉しかったな・・くだらない事で悩んでた自分が、ちっぽけに感じた。

レウォン君のお父さんも一緒なんでしょ?

でも、びっくりしたなー。

あの“微笑の貴公子”が、お父さんだなんて。

あんまりスゴイ秘密だから、さすがに誰にも言ってないよ。

私を信じて話してくれたんだよね・・・光栄です」

 

あの日と同じような海の見える公園(漢江は、川だけど)

なんか、夢みたいだ。この気持ちって、何だろう・・・

 

「どうしてかな。ミナには知ってて欲しかったんだ。

僕と、母さんと、ヒョンの事。今までの事も、これからのことも。

ハハ・・あんなに、逢いたい、逢いたいと思ってたのに、

いざ逢ったら、たいした事、話さなくてもいいんだな。

・・・しばらく、ここにいていい?海を見ていたいよ」

 

僕はミナと、手を繋いだ。

そして二人で長いこと、海を見ていた。

 


次の日。


とうとう、僕達家族は、母さんの実家に向かった。

そこで・・・驚くことが待ってたんだ。

 

   

初めての母さんの故郷。


僕自身、ここに来る日がくるとは思ってなかった。


僕が生まれた時に母さんは、

おばあちゃんと叔父さんには連絡を取っていた。

おじいちゃんに内緒で、僕の写真も送っていたらしい。


ヒョンの事も、おじいちゃん以外は知っている。

いや、おじいちゃんも知ってるはずだ。


だって、叔父さんの奥さんって人は、

生粋の“ジュンかぞく”だったんだ!!

 

「お帰りなさい、笑さん。疲れたでしょ?まあ、あなたが

レウォン君ね?大きいわね~、身長どのくらいあるの?

まぁ、そんな所にいないで、早く上がってっ・・・・

キャ~~~~~~!!!!!!!」

 

悲鳴の原因はもちろん、

僕の後から、ヒョンが顔を出したからだ。


ヒョンは丁寧に挨拶し、

靴をきちんと揃えて上がり、

おじいちゃんのところへやってきた。

 

初めて逢うおじいちゃんは、白髪をオールバックにして、

着物で客間に座っていた。

腕を組んで、ヒョンを睨んでいる。

 

ヒョンは静かに前に出ると、

韓国式のきれいなクンジョルをやった。

背筋をピンと伸ばして、堂々と。


僕は少し照れてしまったので、日本式にお辞儀をした。


半分は日本人だもの、いいよね。

 

「お父さん。こちらへ伺うのがこんなに遅くなってしまって

申し訳ありません。僕が笑さんと、結婚させて頂いた

“ぺ・ヨンジュン”と申します。

籍を入れてもうすぐ5年になります。

もちろんレウォンも、僕の息子になりました。

ご存知かもしれませんが、僕は俳優をやっています。

・・お父さん。かならず、笑さんとレウォンを幸せにします。

僕達の結婚を、許して頂けますでしょうか」

 

驚いたことに、ヒョンはこれを日本語で言った。

一言も間違えず、心をこめて。


・・これが、社長の言ってた“イベントより、真剣な練習”か。


おじいちゃんは、ヒョンと僕、母さんを順番にみて、こう言った。

 

「わざわざ、こんな田舎まで足を運ばせて悪かったな。

しかも、あなたはただの人じゃない。私も正直驚いた。

あなたのことは少なからず知ってたんでね。

でもそれと、結婚の許しとなると、話は別だ。

ご存知だと思うが、こいつの父親の時も私は許していない。

それは相手があなたでも同じことだ。申し訳ないがお帰りください」

 

おじいちゃんの日本語を、僕は韓国語でヒョンに伝えた。


「それは、僕が韓国人だからですか?それとも、

相手が僕だから、ですか?」

 

静かな低い声でヒョンが話す韓国語を、僕は日本語に訳した。

 

「はっきり言わせて貰えば、その両方だ。

私は韓国人が好きではないし、君は普通の人ではない。

私には両方、相容れないものだからね。

笑と暮らしたいと言うなら、別に止めはしない。笑だって大人だ。

だが、許せと言われればそれは出来ないと答えるまでだ。

それにその必要はないよ。

私は笑を勘当している・・好きにすればいい。」

 

「僕の人生で最高の幸運は、笑さんに出逢えたことでした。

そして僕の人生の最高の幸福は、笑さんとレウォンと

家族になれたことです。・・すみません、これは笑さんと人生を

共に生きようと決意した時に、僕が演じた主人公のセリフです。

確かにお許しを得なくとも結婚はできます。

でも、僕は欲張りな人間で・・

お父さんや、お母さん、皆さんとも家族になりたい。

日本と韓国に離れていても、僕やレウォンをいつも感じていて欲しい。

・・お父さん、もう一度言います。

僕は、笑さんとレウォンを必ず幸せにします。

この出逢いを、大切にしたい・・・」

 

「一期一会ですね。」


「えっ?」


「“一期一会”。ヨンジュンssi、いつもおっしゃってますよね。

お好きな言葉だって。」

 

叔父さんの奥さん、かおる叔母さんが突然話し出した。


「お父さん。差し出がましいようですが言わせてください。

・・もういいじゃないですか。

ジウォンさんが亡くなられて、笑さんがどれ程苦労なさったか。

その笑さんをヨンジュンさんが、支えてくださったんです。

初めて逢われてからもう、そろそろ12年ですよね。

それに、こうして来てくださったんですから・・

それにお父さん、本当はとっくにお許しになってるじゃないですか。

知っていますよ!私のDVD・・ご覧になってるでしょう?

お父さんは、“愛群”お好きでしたよね。

最終回、泣けましたね・・ジェホ。」

 

「ああ、あれはいいドラマだった・・・ウォッホン!!何を!!

はぁ・・まいったな・・もういいかな?

ハハハッ、ヨンジュン君、こっちに来てみなさい」

 

僕達は客間を離れ、奥のリビングに案内された。

そこは、信じられない光景だった。

 

ヒョン、ヒョン、ヒョン・・・

一面のヒョンの顔。


リビングのありとあらゆる所に、

“カレンダー”“映画のポスター”“ドラマのDVD”・・


デビューしてから今までの、すべてのヒョンがそこにいた。

 

「こ、れ、は・・」


「お父さん、これって?」


「とうとう、バレたか。できれば威厳ある父として追い返し

たかったんだが・・ヨンジュン君、君が笑と付き合い始めたと

母さんから聞いて、正直不安だった。

君は俳優という華やかな世界にいるし、それに笑より年下だ。

夫を亡くした笑には、2度目の別れは辛すぎる。


初めの結婚は、確かに韓国人というだけで反対した。

しかも、笑はまだ20歳だった。

腹にレウォンがいたことも、頭にきた。

仲の良い夫婦だったらしいが、彼は事故死。

・・私も、笑も頑固でね。今までお互いに、意地を張りすぎた。


便利な世の中になったものだ。

私は“娘の恋人”をネットで検索できる。

調べたよ、君のことは。そこいらの芸能記者にも負けやしない。

それに、かおるさんは、心底君の“かぞく”だ。

・・・笑えるぞ?この間の“埼玉”。

母さんとかおるさん、行ったんだ。普通に応募して。

感動して帰ってきたよ。

“あなた、ウチのジュンさんは最高よ”って。


正直信じられなかったんだ。

君みたいな人が笑と、しかも、血の繋がらないレウォンまで・・

・・ほんとに、笑でいいのか?君は本当に笑と?」

 


母さんが泣いている。

ヒョンの胸に顔を埋めて、泣いている。

ヒョンは母さんの背中をトントンしながら、

嬉しそうに目をくじら型に細めた。

 

僕は全部をヒョンに訳して伝えられた訳じゃない。

だって、僕自身ちょっと感動しちゃってさ。  


でも、ヒョンには分かったみたい。

とびっきりの・・本当にとびっきりの笑顔で、こう言った。

 

「さっき、笑さんを幸せにすると言ったのは、

少し違うかもしれません。

笑は僕といることで、傷つくこともあるかもしれない。

でも、僕は笑を離しません。

確実に言えるのは、ぼ・く・は、幸せだということです。

きっと、世界中の誰よりも。

お父さん。笑さんを僕にください。生涯かけて僕が護ります」

 

「笑と孫を頼みます。君も、私の息子だよ。

私もジュンと呼んでいいかな?」


「ありがとうございます・・お父さん」

 

ね、母さん・・僕が言ったろ? 

“大丈夫、うまくいく”って。

 

やっぱりすごいや、ヒョンは。

ヒョンはみんなを幸せにしちゃうね。


ほら、みんな笑顔だもん。

母さんは泣き笑いだけどさ・・

 

それからもっと、信じられない事が起こったんだ。

 

「今度いつ逢えるか分からないから」


と、おじいちゃんが急に結婚式が見たいと言い出した。

 

5日後。


近くの神社で、家族だけの結婚式が行われた。


おじいちゃん、おばあちゃん、伸一叔父さん、かおる叔母さん、

急遽飛んできた、ソウルのおじいちゃん、おばあちゃん。

・・そして僕。

 

アジアの“微笑の貴公子”の結婚式は、

新潟の田舎の小さな神社で行われた。

(ヒョンはクリスチャンだけどね)

 

文金高島田の母さんと、

絵から抜け出てきたみたいな紋付き袴のヒョン。


自分の親だけど、本当に綺麗だった。

 

厳かに、でもとても暖かい、いい式だった。

 

はぁ、まいったな。


不覚・・・・

涙出てきたよ。

 

もうひとつの家族が僕達に出来た。


こうして、家族の記念日って増えていくんだな。

 

日本の秋の、ある一日。



“家族”の顔は、全員笑顔だった。



[コメント]

1.Re:KA・ZO・KU   ― もうひとつの家族 ―

2009-01-14 09:37:13.0 pandaru

ebeちゃん おはよう!

ハ~ 朝から感動の涙...
ヨンジュンさんが私たち妙齢の家族の心をつかんで離さないんだものど
んな頑固な父親だって彼の真心は絶対理解してもらえると思います。

建前や威厳を重視する男親は心にもないことを言って娘を泣かせてきた
みたいですね。

ヨンジュンさんみたいな素敵な方だったら私は二つ返事でOKします。
家にも婚期すれすれの娘がいます。
早くいい人を連れてきてほしいものです。

2005年秋、福島空港にお忍びで降り立ったヨンジュンさんはそんな大
切な御用で来日されていたってことですね。なるほど.....

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2.Re:KA・ZO・KU   ― もうひとつの家族 ―

2009-01-14 10:39:29.0 ツインズ母

おはようございます。
不覚にも、読み終わったら目に涙を浮かべていた^^
お髭って…極秘で長期来日していたワイルド・ヨンジュン?ゴルフ来日の
福島?^^
それにしても、笑さんのお父さん、頑固オヤジかと思ったら^^結構素直
ね~^^ジュンカジョクのお嫁さんの存在も大きいのでしょうか。
良かったね~^^
追伸:I Love NewYorkの時、私レウォンくんを叱ってしまいましたが。
本音を言えば…ebeさんに、そんなやり方は彼には出来ないはず…っ
て言いたかったの^^(ゴメンね^^なんか違和感を覚えて、どうしてかな~っ
てずっと考えてたんだ)
私子供の頃に交通事故にあって、外傷はたいしたことなかったんだけど
気を失って救急車で運ばれて、その後も脳波とか知能の検査をしたか
ら…(そういえば額を怪我してた)頭を打っていたのかもね。
母親から事故の知らせを受けた時の心境を聞かされて育ったから、私
がレウォン君の立場だったら、その計画はあり得ないと思ったの^^

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3.Re:KA・ZO・KU   ― もうひとつの家族 ―

2009-01-14 15:05:59.0 yukitanpoo

ebeちゃん、こんにちは^^

笑のお父さん、最高!!
壁一面のポスターにカレンダー、ネットで調べた記事に
雑誌のスクラップ・・・ (まるでウチのようだわ)

そんなカジョクのお家は日本中にきっとたぁ~くさんあるよね!

意地の張りすぎは良くないもの・・・よくぞ折れてくださいました
って感じ。

これで3人がとっても幸せになれるね。結婚式か~
joonの紋付、袴なんて・・・妄想が・・・・・見てみたい!!

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4.pandaruちゃん、こんにちは♪

2009-01-14 17:24:25.0 ebe

朝からヨンでくれてありがとう!

実は、日本のお爺ちゃん、笑パパのモデルは私の父なの^^
頑固で融通の利かない昭和一桁♪
私の結婚もなかなか許してくれなかった・・(爆)
でも今は丸くなっちゃって^^

後日upする「帰ろう・・」で、笑パパまた登場します。
覚えておいてくださいね。

そうそう。あの福島空港のお忍びJOON!
あの姿を思い出しながら読んでくださいね。
私、あのくらい小汚い(失礼!)彼が好きなのよ~~。




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5.ツインズママ、こんにちはー。

2009-01-14 18:17:35.0 ebe

いつもありがとう!

お忍びの時、彼が何をしていたのか・・
こんな事考えてたらこんな話になりました^^
あの髭面・・好きなのよ~。

うんうん。ママの言う意味、分りますよ。
お母様の気持ちも分るし・・実際その通りだと思う。

私の考える笑ちゃんって人は、レウォンに実の父の事故の話は
詳しくしてない気がするの。父親の事は話しても、ふざけて美化
して話すような・・異国でシングルマザーが子供を育てていく。
しかも日本人が韓国で。強くならなきゃやってられない・・

母の性格を熟知しているレウォンだから立てた作戦。
でもレウォンが考えるよりきっと、笑にとってそれは辛いニュース
だったはずよね・・

しっかりしていてもやっぱり子供。子供って良かれと思ってする事
が結構残酷だったりする事、あるでしょう?
12歳の少年の危うい無邪気さを書きたかったんだけどね~。
私の書き込みの足りなさだわあ~。


ここまで深く読んでくれて嬉しいです!
これからも、よろしくね。

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6.pooちゃん、こんばんはー!

2009-01-14 18:31:29.0 ebe

・・書いてるうちに、こんばんはになっちゃった^^

笑パパ、いいキャラよね。
きっと愛群、泣きながら見てたんだよ(笑)

>意地の張りすぎは良くないもの

そうだそうだ!
私も父に1年、口聞いて貰えなかった^^

JOONの紋付き袴、きっとかっこいいよね~。
タムヘヤーで見たいなあ。
きっと皆、倒れるぞー!

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7.Re:KA・ZO・KU   ― もうひとつの家族 ―

2009-01-19 20:56:56.0 joontokei

怒らないでね。

わたしは悔しくて、読めないのです。この話。

どんな創作を読んでも、もちろん、ヨンジュンさんを思い浮かべて読むの
です。それで楽しめるのです。

でも、これはダメ、妬けて読めないのです。くやしい。。。

ほんとにほんとにヨンジュンに思えてしまうの。馬鹿でしょ。

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8. joontokei さん、ありがとう。

2009-01-19 22:18:38.0 ebe

怒るなんて・・とんでもない!!

感想はそれぞれ違って当たり前。
私の話ってよく現実と創作の区別が付かないって言われるから、
そう思われる方がいても当然だと思います。

私の方こそ、ごめんなさいね。
他にも不快な想いされた方、いらっしゃったら本当にすみません・・

これに懲りずに他のお話、読んでくださると嬉しいです。

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