走る男 -今年の誕生日ー (2007年)
これは2007年の誕生日記念です。済州でのロケ中に35才の誕生日を迎えた
ジュン。そのジュンがあるニュースを知って・・・金版、銀版のDVDの彼がイメージで
す。白いトレーニングウエアの彼を思い出しながら読んでくださいね^^
「父さん!待てよ。ね、父さんってば!!」
今、僕の目の前を全力疾走で走っている男。
世間では、この男を“微笑の貴公子”と呼ぶ。
この韓国を代表する、超有名俳優だ。
本来ならこんな公道を変装もせず、ボディーガードも付けずに
走るなんて、とても考えられない無謀な事なんだけれど、
この男には今、それよりも何よりも大切な事がある。
鋼の意思を持ち、常に自らを律し、真摯に仕事に邁進し、
誰に対しても微笑みを絶やさず、周囲の人々に気を使う。
そんな完璧に見えるこの男には、唯一弱点がある。
それは、この男の最愛の“家族”
彼は、僕の父だ。
このところ父さんは、一昨年からかかりっきりの大型時代劇
ドラマの最後の追い込みで、連日家を空けている。
本来なら今年の春には撮影も済んで、夏休みには新潟のお爺ちゃん
の家に家族で遊びに行く筈だったんだけど・・
何だか色々あったみたいで、撮影は延びに延びた。
その結果、“世界一の家庭人”を自負する父さんは、
家族に思うように逢えないこの状況に、少なからずイライラしている
訳で。
人前でそんな顔、絶対に見せない父さんの焦りの矛先は・・
息子の僕に向けられる。
もちろん父さんは、僕を本当の息子のように愛してくれるし、
僕らは同時に親友でもある。
ただね。
その愛し方は、僕にとっては・・ほんの少し迷惑だ。
そして時々、僕はその愛の深さに面食らう。
今、母さんは、担当している新作映画のプロモーションで
日本へ行っている。
会社が今、日本進出に力を入れている事もあって、
通訳も兼ねている母さんは出張も多い。
そんな母さんが、今日の芸能ニュースの映像で、
主役の役者さんの後ろに控えめに映っていたんだ。
大学は夏休み、今日はバイトも休みだった僕は、
家でユキの世話をしながら、そのニュースを見ていた。
ユキはおもちゃが散乱するサークルの中、つかまり立ちでご機嫌だ。
別にTVに母さんが映ってたって言うのは、何の問題もないんだ。
問題は。
その役者さんが母さんを熱い眼差しで見つめているのが、
僕にも判ったほど、はっきり映っていた事。
その人は、映画に関する司会者の質問を、母さんの目を見ながら
うっとりと聞き、その答えを、“母さんに”優しく微笑んで返していた。
他には誰もいないかのように。
昔、日陰の身(わざと母さんはそう言ったりした)だった母さんが、
よく焼きもちを妬いて喧嘩になっていた。
お互いに愛し合っているのに、言葉だけが溢れ出し、相手を傷つける。
そんな壮絶な夫婦喧嘩を(結婚前もだけど)僕は何回も目撃した。
今、ユキが生まれて、妻として世間に認められて。
自信がついたのかな、息子の僕から見ても母さんはものすごく、その・・
“綺麗に”なったんだ。
父さんは、そんな母さんにまた惚れ直しちゃったらしくて。
早い話が形勢逆転、今、母さんが心配でならないんだ。
・・・やばいな。
父さん見てなきゃいいけど・・・
僕はその映像を見ながら、一人気をもんでいたんだ。
そしたら・・
案の定、と言うか、思ったよりずっと早く父さんから電話が入った。
「レウォン?いたのか。今日バイトは?ユキは元気か?
・・そうか・・・・おい。お前だから単刀直入に聞くが・・・
パク・ジュンギって役者、どんな奴だ」
・・ホラ、ね?予想的中。
「父さんの方が知ってるんじゃないの?同じ業界にいるんじゃないか」
「この世界ってさ、案外狭いようで裾野は広いんだ。
共演者、事務所の付き合い、友人の紹介・・そんなことでもなきゃ
知り合いになんかならないさ。お前、知ってるだろ?
今、人気あるらしいし。ミナちゃんなんか好きそうじゃないか」
「妬いてんだ」
「何?」
「ニュースだよ。見たんだろ?ミナの名前まで出して・・」
「いいから答えろよ。どんな奴なんだ?」
「新進気鋭!女より美しいと言われ、その演技力は高く評価されて
いる。年は・・26歳?父さん。母さんに直接聞けばいいだろ?
携帯あるじゃないか」
「・・・5歳のお前を初めて見た時さ。正直言って俺は少し驚いた」
「はあ??何で今、その話になるんだよ!」
「俺は笑に惚れてたし、年上なんて気にしてなかった。
ただ笑と一緒にいたかった・・」
「だ、か、ら、何?!」
「結婚歴がある、子供がいる・・
驚いたけど、そんな事は何の障害にもならなかったんだ。
笑に対する気持ちはそんなもんじゃ消えなかった。
それに・・お前の事も俺は愛した」
「・・父、さん」
「今思うとさ。お前は恋の障害どころか、お前の存在こそが、
俺をますます笑に向かわせたんじゃないかと思うんだ。
お前と遊んで、お前と笑って、喧嘩して。
親父になろうなんて大それた事じゃなく、ただ俺はお前が好きだった。
お前とも俺は、“家族”になりたかったんだ」
「・・・分かってたよ。
僕にとっても“ヒョン”は特別な存在だったからね」
「俺には、あの男が笑に惹かれたのが分かるんだ。
笑の表面的な美しさだけじゃなく、笑の中にある大きな包み込むような
暖かさを、きっとあいつは感じ取った。あの時の俺の様に・・
あいつも結構な年下だがそんな事は関係ない。俺は・・笑を失えないんだ」
「父さん。そうだった。父さんにとって母さんは、失えないすべて
なんだよね。そこまで1人の人を愛せるって、息子ながら感動するよ。
仕事にしても何にしても、いつも全力でさ、自分の体と心、全部を
使っちゃうだろ?父さんのそんな姿が、きっと“かぞく”の人達の
胸を打つんだね・・・からかって悪かったよ。
親が愛し合ってるってのは、嬉しい反面、照れくさくもあるんだ。
父さんが僕の親父になってくれてよかった、よ・・・・・あ!ああ~!!」
「どうした?何だよいきなり!レウォン?!」
「よし、来い。いいぞ・・・もう少し・・・・やった!すごいぞユキ!!」
「レウォン!おい、レウォン!!」
「ハッハハ、父さん!やったよ。ユキが歩いた」
「ぇ・・」
「ね、これ携帯から掛けてるの?今、動画送るよ」
「ぉぃ、レウォン」
僕は右手に電話、左手に携帯を持ち、
いきなりサークルの中で歩き出したユキの姿を撮り、父さんに送った。
ユキはにこにこ笑っていて、例えようのないくらい可愛かった。
「行った?父さん・・・父さん?」
おいおい、今1人なの?父さん。
そんなに泣いたら、誰かが飛んでくるんじゃないの?
いつも真っ直ぐで、直球勝負。
溢れる愛を隠そうともしない。
僕は、僕が撮った動画を見ながら泣いている父さんの声を
ずっと聞いていた。
その声は、幸せをかみしめる、素敵な泣き声だった。
あのニュースが流れてから3日。今日は母さんが帰ってくる日。
しかも明日は父さんの誕生日だ。
「今年は何があっても家族で誕生日を祝う!」
ここ数年、父さんの誕生日は仕事が入っていて、
(かぞくの人達にとってもこの日は特別な日だからね)
ゆっくり家で過ごしたことがない。
日本に発つ前、母さんはそれだけを約束して出掛けていった。
父さんは、まだ済州から動けないかも知れないけれど、
その時は僕らが向こうに行けばいいんだし。
ところが、夜になっても帰ってこなかった母さんから、
とんでもないメールが入ったんだ。
それは深夜に、僕の所だけでなく済州の父さんの所にも送られていた。
いつも父さんの仕事の妨げになることは絶対しない母さんなのに。
『ジュン、レウォン、ごめんなさい。
ジュンの誕生日までに帰国出来なくなりそうです。
実は初来日で緊張していたジュンギ君が、高熱で入院してしまったの。
今、熱も下がって快方に向かいつつあるんだけど、私に傍に居てほしいと
言っているの。病人を放って帰る訳にもいかなくて・・
何とか日付が変わる前に帰れるといいんだけど。
ジュン。直接済州に行くわ。今あなたにすごく逢いたい・・サランヘヨ』
僕にまで同じ文面で来たメール。
母さんの焦っている顔が浮かんで、僕は急に落ち着かなくなった。
と同時にコレを読んだ父さんの顔も浮かんできた。
早朝僕は堪らず、まずユキのシッターさんとバイト先に断りの電話を掛け、
ミナにメールで事の詳細を説明し、一緒に来てくれるように頼んだ。
ユキはこんな時にも兄孝行だ。
すやすや眠っていて、愚図りもせずおとなしくベビーカーに乗ってくれた。
空港までミナの車で急ぐと、僕らは済州に飛んだ。
空港には、連絡しておいた父さんのマネージャーさんが迎えに来ていた。
ヤンさんはもうずっと父さんに付いてくれている人で、
我が家にもよくやって来る。
僕達を見ると、何故か可笑しそうに笑いだした。
「何?何か変ですか?」
「いや、レウォンも大きくなったと思ってさ。
ミナちゃんとユキちゃんとの3ショットは、若い親子にも見えたよ。
ハハ・・そしたらヒョンはお爺ちゃんか?あの年で?
それこそ世間がぶったまげるな」
「もう!冗談言ってる場合じゃないですよ。
父さんは?大丈夫、ですよね」
「さすが息子だ。よく分かってるな。ヒョンね・・・今、監禁中!
あの様子じゃ、今にも日本行きの飛行機に飛び乗りかねないからね。
ユキちゃんの顔見れば少し落ち着くんじゃないか?
ヒョン、今とてもナーバスになってるから。
奥さんが帰らないって言うのより、ジュンギの看病してるってのが・・ね。
ヒョンはジュンギをよく知らないから、余計気になるんだろ?
上の空で、ころころ表情変って。面白いよ」
「呑気ですね。でも父さんが本気出したら、きっと誰も敵わないですよ。
ユキ連れてきて正解だったな・・・
ホテル、前と違うんですよね。どこですか?」
父さんは、本当に監禁されていた。
部屋の前には屈強なガードマンが2人。部屋の中にも数人の関係者。
それは“父さんを守る”為ではなくて、“父さんの逃亡防止”だとは、
他の人にはきっと分からないだろうな。
「父さん」
「レウォン、来たのか。まさかお前まで俺が逃げると思ってるのか?
大丈夫なのに・・何を皆、気にしてるんだか・・
やぁ、ミナちゃん久しぶり!ちょっと見ない間にまた綺麗になったね。
ホント、こいつには勿体無いなぁ・・・・ユキ。おいで」
父さんがこの前ユキを抱いたのは、2ヶ月くらい前だったかな?
大きな手のひらに包まれて、小さなユキはご機嫌だ。
父さんの長い髪を引っ張り、父さんの指輪をいじっている。
そして今度は父さんの帽子を取ろうと手を伸ばす。
父さんとユキがじゃれあっている時、
TVのニュースが今度はこんな映像を流した。
『速報が入ってきました!日本での新作映画のプロモーションを終えた
俳優パク・ジュンギssiが、只今より帰国の途に着きます。
これは先ほどの成田の映像です。今回来日中に体調を崩し、入院。
まだ本調子ではない様ですが、笑顔でファンに手を振るジュンギssi。
初来日は成功と言えるでしょう!
今後の海外での活躍も楽しみですね!』
一瞬、部屋全体が静まり返った。
だってその映像には、ジュンギssiが乗る車椅子を押す
母さんが映っていたから。
顔が映らないように下を向いてはいたが、あれは紛れもなく母さんだ。
「何時の便?」
「父、さん?」
「笑はこっちに来ると言ってた。彼女は俺に嘘は付かない」
「きっと笑は俺を待ってる。俺が迎えてあげなきゃ」
「えっ?!」
父さんはユキをミナに預けると、ユキの手を握った。
ユキの小さな手が父さんの指をしっかり握っている。
父さんが放そうとしても、その小さな指はなかなか放れない。
こういう時の赤ん坊の力って結構強いんだ。
父さんはフッと笑うと、ユキの頬にキスをして、あっという間に
部屋を出て行った。
外ではボディーガードが“逃がした”と大騒ぎだ。
・・だから言ったじゃないか。
本気出した父さんに敵う奴なんていないって・・
その場をミナにまかせ、僕は父さんの後を追った。
行き先は決まってる・・済州空港だ!
追跡は物凄く簡単だった。
なにせ素顔のヨンジュンが、たった1人で出待ちの“
かぞく”の前に現れたんだ、
全速力で走っていたけど、ちゃんと“かぞく”の人達に笑顔で手は
振って行ったらしい。興奮したアジュンマ達を見れば、
父さんの行った方角は一目瞭然だった。
飛行機が何時に着くかも分からないのに、まったく無謀な事をする。
この後空港がどんな混乱になるのか・・僕は想像もしたくない。
でも。
行くんだろうな。
自分の立場も、肩書きも関係なく、ただ
“妻を迎えに空港に行く”夫。
今の父さんには、きっとこれが唯一の真実なんだ。
ホテルから空港までは約2キロ。
見晴らしのいい一本道は、前を走る父さんがよく見える。
足は、僕の方が速いはずだ。
自慢じゃないが、高校の時に駅伝で区間新を取った。
この距離なら僕の方が断然有利。
その僕が追いつかない。距離がなかなか縮まらない。
あの毎日のトレーニングには長距離走のメニューも入ってたの?JP!
それでもやっと、白い上下のトレーニングスーツはもう目の前だ。
「父さん!待てよ、ねえ、父さんってば!」
その時、僕らの頭上を一機の飛行機が通り過ぎる。
僕らはスピードを落とし、しばらくその飛行機を見つめていた。
やがて立ち止まった父さんは、近づいてきた僕を見ずにこう言った。
「きっと、もう空港には包囲網が張られてるんだろうな。
あいつは手配しただろうし。でもなレウォン・・俺、行きたいんだ。
あそこで笑を迎えてやりたい。いつも迎えてもらってばかりの俺が、
笑に“お帰り”を言ってやりたいんだ。
・・バカな嫉妬だよ。分かってるんだ。
それが色んな人に迷惑を掛けてしまうってことも」
「だったら」
「笑うなよ・・夢、見たんだ」
「夢?」
「あぁ、昨夜。
広い真っ白な部屋の中で、笑が彼を看病してるんだ。
笑いながら彼に歌を歌ってる・・
そして、優しい声で彼をこう呼ぶんだよ・・“ジュン”って」
「父さん」
「バカだろ?自分でも情けないよ・・でも嫌なんだ。
・・笑には俺以外を “ジュン”とは呼ばせない」
「あのね」
「分かったらもう行け!これから世紀のラブシーンを
演じてくるさ。ハハ、明日のニュースは俺がトップだ!
アジア中に流れるぞ・・・舐められて堪るか!」
「父さん!!」
父さんはまた走り出した。
その背中はとても楽しそうだ。
足取りは軽く、振り向いて僕に投げキッスなんかしたりして。
・・何だかな。ハハハ!!可笑しいや・・
走り去るその男は、きっと今笑っている。
驚く妻の顔を思い浮かべて、にこやかに笑っている。
「スゴイ誕生日だ・・今年は」
35歳の少年が愛に向かって走って行く。
きっと母さんは、驚いて泣き出すかもしれない。
「明日の芸能ニュースは、我が家の家宝だな」
僕は空港に背を向けて歩きながら、
空を見上げ、1人ほくそ笑んだ。
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