鳳仙花が咲くまでに 6話 「幸福な朝」
今日は風が強かったですね~。
職場の往復にマスクを忘れただけで、もうぼろぼろ^^皆さんも御自愛を~~(笑)
さて、「鳳仙花・・」も、6話です。互いの心を確かめあったバーニーと操。
その翌日の朝ですね。基本的に・・甘い2人です^^
「先生。信先生・・起きて」
操がソファーの横に立ち、僕の耳元で囁く。
まだまどろんでいたいのに、その声はどことなく現実的で・・
僕は操を困らせたくて、その手を掴み、強引に引き寄せた。
「あ!起きてた。先生、狸寝入りだったの?」
「たぬき?僕はたぬきじゃないけど。いつの間にか寝ちゃって
たんだ。やっぱり夜の運動は効いたのかな。う、う~ん。
どっか行ってたの?今、ドアの音聞こえたけど」
「コンビニで朝ごはん買って来たんです。
パンがいいのか御飯がいいのか分らなかったから両方買って
来ちゃった。お湯沸かして、コーヒーも淹れますね」
ガサガサとビニール袋の音がする。
小さなテーブルの上におにぎりが2つ。
サンドウィッチが1つ、メロンパンが1つ。
野菜サラダとバナナ、カップスープとインスタント味噌汁。
サラダの中にトマトが入っているのを横目で確認し、
僕は大きく伸びをした。
まだ眠い目を擦り、テーブルの上の眼鏡を掛けた時、
操は慣れない電気ケトルと格闘していた。
「ああもうヤダ!先生、あの、これ、どこから開けるの?
それに、水。もしかしてここ、稽古場の水道まで行かなきゃ
いけないんですか?」
「貸して。ハハ、君、もしかして機械音痴?確かにこれは
アメリカ製だけど、所詮ケトルだよ。
ほら、ココにpushて書いてある。こんなの機械の内に入らない」
「普段使わないからです!だってこの部屋、本当に何にも無いん
だもの。ガス台も無いなんて・・いつも何食べてるんですか?
お湯ひとつ沸かすのに大騒ぎだわ」
「365日外食かコンビニ。あとはピザかな。この部屋は昔、仁が
使ってたんだ。代表に拾われて、ここに置いて貰ったんだって。
野良猫みたいに放り込まれたって言ってた。元は倉庫だったら
しいよ。だからここにはトイレもキッチンも無い。
でも階段上がれば稽古場だし、必要なものは揃ってる。
外食だったら昨日の店か、常さんの所。王将も安いし。
あ、時々仁の家にも行くね・・別に僕は不便じゃないけど」
「呆れた。3年もそんな生活だなんて、信じられない!
先生いつも、役者は体が商品だって言ってますよね。
自己管理の出来ない役者は最低だって。あれ、御自分は当ては
まらないんですか?それとも演出家は別なのかしら?」
「アッハハハ!!」
「何ですか?別に笑うところじゃないです」
「ハハ、昨日拓海が言ってた事、思い出したんだ。君らしいっ
て思って。やっぱり操はそうやって騒いでた方がいい。
もっとお節介焼いて、豪快に笑って。僕にも、もっと怒ってくれ」
「やだ。先生、まさか・・M?」
「アッハハハ、笑える・・アハハハ」
「もう!先生!!」
いつもと同じ時間。
いつもと同じ朝。
でも今日は違う。
操が僕の傍にいる。
昨日の今頃、僕は何をしていた?
昨日の朝は、何を食べた?
そんなもの、もうどうでもいい。
操の過去に何があったのか、知りたいとも思わない。
けれど昨夜、和食屋で僕たちの前に現れた女性は、
飛び出した操を追いかけようとした僕を引きとめ、
静かに笑いながらこう言った。
『そう・・操、“宇宙”に入ったの。やっぱり芝居から離れ
られなかったか。心配してたのよ、急に劇団辞めたから。
あれから2年経つのに連絡も無いし。ね、信先生って言った?
あんた、あの影山仁の兄弟?激似だわね。いい男だわ。
そう・・“宇宙”・・か』
『失礼。僕はあなたに話は無い。帰りますので。
マスター、ご馳走様』
会計を手早く済ませ、店から外に出た僕を彼女は追ってきた。
構わず行こうとする僕の腕を掴むと、彼女は僕の前に回りこみ、
自分勝手に話し始めた。
『ちょっと待ってよ。あたし、北島っていうの。あんた演出家
なの?宇宙って木島直人しか演出はいないのかと思ってたわ。
ウチの演出は野心家でね。スキャンダルと運だけで世界に出て
った木島にいい印象が無いの。もちろん影山仁にも。
・・そうか、あんた知らないんだ。
操が絡んでるって分ったらまた始めるわね、演出・・
あんた、操がキャバ嬢だったの知ってる?20歳の時よ。
あたしも同じ店だったんだ。アパート代にレッスン代。
お金も貯めたかったし、自分も磨きたかった。
あの店、基本的に、おさわりナシの店だったけど、それは建前。
みーんなやってた。チップは増えるし、拒む理由がないもん。
でも操はやんわりと断ってた。店長には随分嫌味言われたけど、
そんなのなくてもあの娘は売れっ子だったよ。
明るくて、姉御肌で優しくてさ。
太陽に受かった時にね、2人とも店辞めたの。
これからは芝居に打ち込んで、有名な女優になろうって。
バイトもまっとうな仕事に変えようって。
ところが最後の日。操の最後の客が、太陽の演出家だったの。
その翌日が研究所の入所式。
ウチの演出、寺田雅之。知ってる?
今、ウチの劇団、結構人気出てきたんだけど』
『・・いや』
『寺田、操が触らせないもんだから怒ってね。
大声出して店長ともトラブったの。その翌日に操が自分の
劇団に来たでしょう?もうスイッチ入っちゃって。
操、初めは嫌がってたよ、ストーカーみたいだったし。
でも寺田は頭が良かった。あの娘の優しさにつけこんで、
強引に操を落としたんだ。そして操を利用した・・
寺田は自分の才能に絶対の自信があったからね。
なかなかメジャーになれないのは、人脈と運がないからだって
いつもぼやいてたんだ。でも何だかんだ言ったって、操だっ
て今まで散々いい目見てきたのよ。
良い役が次々廻ってきて、主演舞台だって・・』
『もう結構だ。そんな話は聞きたくない。
よく分からないが、松原は迷惑そうだったし、あなたにも
逢いたくないようだった。
松原は宇宙の研究生で僕の生徒です。
もう構わないでいてくれますか。急ぎますから、失礼』
『ちょっとあんた、操の彼氏?
いいの?あの娘、寺田の・・』
聞く価値すらない話だった。
彼女はまだ何か叫んでいたが、構わずに僕は走り出した。
店に入ってきた彼女を見た時の操の顔。
あんな操は見た事が無かった。何かに脅えるように小さく
身体を震わせて、急に僕の目を避けた。
そして、彼女が“寺田”の名前を口にした瞬間、
操は店を飛び出して行った。
飛び出した操はどこに行ったのか。
駅前の混雑の中、
似た背中を見つけるたびに次々に声を掛ける。
もう電車に乗ってしまったのか。
入場券を買うのももどかしく、
渋谷行きのホームを隅から隅まで探した。
時刻表を確認すると、5分以内に出発した電車は無い。
ならば、まだ下北にいるはずだ。
改札を走り抜け、階段を4段抜かしで飛び降りると、
ガードを潜り劇団への坂を上る。
途中の公園に差し掛かった時、雨上がりのぬかるみに、
小さいスニーカーの足跡が残っていた。
そこはいつも操が練習をしている場所。
僕は確信を持って、足を踏み入れた。
操の名前を大声で叫ぶ。
すると、街灯の下で少しだけ影が動いた。
滑り台の下に操の姿を見つけた瞬間、僕の心臓はズキンと
痛んだ。そして膝を抱えたその姿に、僕の理性は簡単に
吹っ飛んだ。
何を謝ってる。
もういい。過去なんて、誰にでもある。
僕だって・・・僕こそ・・
ただ、愛しくて。
操の唇を強引に奪った。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
こんなに欲しいと思ったのも初めてだった。
操を滑り台の壁に押し付け、柔らかな胸に顔を埋める。
操も、僕に身体を委ねてきた。
少し荒くなった息、途切れ途切れの声。
操の声が甘くなる。
その声で名前を呼ばれ、操は僕を好きだと言った。
信じられないほどの幸福の瞬間、
突然、僕の耳に彼女のさっきの言葉が甦った。
『操、初めは嫌がってたよ
寺田は、強引に操を・・』
急に現実に引き戻された。
僕も今、その男と同じ様に自分の想いを
ぶつけているだけじゃないのか。
大切にしたい。
やっと手にした愛、絶対に手放したくない。
咄嗟に僕は、滑り台から飛び出した。
固く繋いだ手の隙間から、想いが零れない様に。
何度も何度も、その手を握り返した。
互いの心が此処にある事を確かめたくて。
何度も何度も、見つめあった。
深夜のバッティングセンター。
球速130kmに挑戦した無謀な僕。
何度も豪快に空振りする僕を、はしゃいで見ていた操。
楽しくて・・可笑しくて。
僕たちは一晩中笑っていた。
気がつけば終電が無くなり、夜中にまた降り出した雨を
避け、深夜営業のファーストフードで朝まで話し続けた。
そして始発が動き出し、
神泉に帰ると言う操を説き伏せて連れて来た、僕の部屋。
どうせ眠れないと思っていたのに、早朝の情報番組を見なが
らウトウトしたらしい。
1時間ちょっと寝ていたのか。
気がついたら、ソファーの上で丸くなっていた僕の上には、
操の薄いカーディガンが掛けられていた。
長い夜だった。
師弟から恋人になり、操が僕を呼ぶ声に甘い響きが加わる。
“先生は・・先生だから”と、
まだ名前では呼んでくれないけれど。
短い1日だった。
このドアの前に操が現れたのは、昨日の夕方の事だったのに。
今、操は僕が避けたサラダのトマトをぶつぶつ言いながら
食べている。
「食べないんなら、ドレッシングかけなければいいのに。
しかもこんな大量に・・」
と、僕がかけたサウザンアイランドをプラスチック容器の端
で取りながら。
その表情が可笑しくて、僕は飽きずに操を見ている。
「先生。今度、何が嫌いで何なら食べられるのか
書いといてくださいね。買い物だって2度手間にならないし、
その度にこれじゃ、困るもの・・
わ!もうすぐ早い子が来ちゃう。鉢合わせはマズイわ。
だから、あの時帰って着替えればよかったのに!
先生が拗ねるから」
「どうせまた来るんだ。同じじゃないか。それに操はあのまま
サヨナラできたの?冷たいなぁ、僕は離れたくなかったのに・・
稽古着なら僕のTシャツ貸すよ。夕方私服に着替える時に、
またここに戻ってくればいい。ね、もうその話は終わり。
8時前だ、まだ早いよ。ホラ、コーヒーいい匂いだ」
「意地悪だわ。さっきのは嘘。やっぱりSね」
「ハッハハハ!!光栄だ。
僕は“ice man”って呼ばれてたからね。
冷蔵庫にミネがある。出してくれる?」
コーヒーを大きなマグに注ぐ。
香ばしい香りが部屋中に広がっていく。
日課のジョギングを忘れていた事に気付いたのは、
その香りを嗅いだ瞬間。
マムの葬儀の日にも走った僕が、
それを完全に忘れていた事に、思わず苦笑した。
覚悟を決めた操は、部屋中を観察しだした。
本棚とPCとテーブル。そして、セミダブルのベッドが1つ。
殺風景なその部屋の中で、操は古い時計に目を止めた。
中央にマリア像が描かれた木製の時計。
装飾品がまるで無い室内で、
それは異質に映ったのかも知れない。
「これ。先生、この時計は?」
「あぁ、これ?NYから僕は何にも持たずに来たんだ。
仕事も車もアパートも全て向こうに捨てて来た。
でもこれだけはね。これだけは、バッグの底に。
それ、オルゴールも付いてるんだよ。聞いてみる?」
コーヒーを操に手渡し、代わりに時計を受け取ると、
その小さなネジをキリキリと巻いていく。
すると、懐かしい音が聞こえた。
ポートランドのアパートでいつも聞いていた音。
膝を丸めて、お腹を空かせて、いつもマムを感じていた音。
「この曲・・これ、トゥナイト?」
「あぁ。マムの形見だ。昨夜、話したよね。
僕が、いや僕たちがどう育ったか、僕は仁をどう思ってたか・・
そう、これはね・・因縁の曲なんだ。
仁がウエストサイドに出てるの知って、一層僕はあいつを憎んだ。
この曲のせいさ。馬鹿だったな、僕は・・
これ聞いたの、操が初めてなんだ。他は誰も触った事ないよ。
仁はいつも見て見ない振りをするんだ。視界に入るとすぐ話を
逸らす。ポートランドのアパートにあった時計だから、
もしかしたら憶えてるのかも知れない」
「先生、私、私はね・・」
「いいんだ。ゆっくりでいい。
僕達は始まったばかりだ。急ぐ必要はない」
操の手からマグを取り上げ、そっとテーブルの上に置く。
そのまま抱き締めると、
躊躇いがちに僕の背中に腕が廻された。
「・・コーヒー、冷めるから・・」
「構わない」
操の髪からは、僕のシャンプーの匂いがした。
早朝に帰って、稽古場のシャワーを使ったから。
先にシャワー室から出た僕が渡した、シャンプーとソープ。
操が使う水音をドアの外で僕が聞いていたのを
彼女はきっと知らない。
ティーンエイジャーの様に、その音に身体が奮えた。
そんな自分がおかしくて、何事も無かったかの様に部屋に
戻った。
顎に指を掛け、上に向かせると、操はすっと目を閉じる。
まだ震える瞼に口付けると、あとは歯止めが利かなくなった。
TV番組の朝の占いの声と、互いの舌が絡まり合う音。
時々操が漏らす声に、正直者が力を増す。
惜しむように終えた長いキスに、操の頬が赤く染まった。
僕の肩に頭を乗せて、少しまだ荒い息で操が言う。
「今日の授業・・エチュード、私からです」
「ああ、そうだった」
「課題・・何でしたっけ」
「また忘れた?“愛する人を見つけた瞬間”だよ」
「あぁ、そうでした。先生、途中で止めないで下さいね」
「どうして?」
「きっと完璧に出来ると思うの。今なら・・
今日はプランも何も立てずに、心だけで演じるから」
「僕の採点は辛い。知ってるよね」
「きっと通じる。今日は、影山信に勝つわ。見てて下さい」
操は悪戯っ子のように、ニヤっと笑った。
その顔があまりにも可愛くて、
僕はもう一度、その頬を両手で包んだ。
「口紅・・取れちゃう・・・か、ら・・」
その言葉は、僕の口づけでまた飲み込まれていった。
コラージュ、mike86
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