鳳仙花が咲くまでに 15話 「胸に秘めた決意」
ネットでの寺田の劇団攻撃の書き込みを見てしまった操。
その文面に目を疑った操は・・
「お前から呼び出しなんて、嬉しいね。
やっぱり俺に逢いたくなったか。おい、1人でこんなに
空けたのか?いい加減やめとけ。いくらお前でも酒臭い
女を抱くのは好みじゃない」
「いつからなの」
「何の話だ。前によく行ったホテル、あそこでいいだろう?
さっきネットで取っといた」
「それよ、そのネット。さっき見たの・・あれ、演出よね、
そうでしょう?劇団のHP、影山さんのファンクラブ、
芸術協会と、あと、何とかって言う書き込みサイト。
ねぇ、いつからあんな事?演出の文章はすぐ分るわ、
特徴があるもの」
「驚いたな。お前がPC?
ワイズマンにでも見せてもらったのか」
「どういうつもりなの!あんな、あんな酷い・・
演出が木島代表をよく思ってなかったのは知ってる。
私にもそう話してたし。でも、それが全部偏見だった事、
嘘だった事、宇宙に入ってよく分かったの。
代表はそんな器の小さな人じゃなかった。
もっと大きくて、皆をずっと見守ってくれる・・
宇宙は、皆が代表を慕って代表を信頼している、代表を
愛する人達の劇団なのよ!」
クリックするたびに様々な所から出てきた、
劇団への悪意ある書き込み。
私は動揺していた。
『これも、これも、あぁこれも!嘘、嘘だ!
代表はそんな卑怯な事しない。影山さんだって!!
違う・・咲乃さん事件、瞳さんはそんな人じゃない。
影山さんの実力?NYだって、ロンドンだって、世界中
から認められてるじゃない!』
何なのこれ・・誰が、何のために?・・あ。
あぁ。そうだ。きっとそうだ。
この文は、あの人だ。
「それで。あれが俺ならお前はどうするんだ」
深夜のワインバー。
震える手で打った、寺田のメールアドレス。
あの日私の携帯に入力する寺田を見て、
無駄な事を、と思っていたのに。
「撤回して。あんな根も葉もない話。
全部嘘だったって謝罪して!
そして代表に謝って。影山さんにも、先生にも」
「もう少し頭がいい女だと思ってたがな。アメリカ男にイカ
レておかしくなったか?謝罪だ?そんな事出来るか。
今は根も葉もない話でもな、書き続けていれば樹が育ち、
花も咲くんだよ。それがネット社会だ。
そうか、お前、読んだのか。そりゃ話が早い。
お前の男の経歴、なかなか面白いな。単純な色男じゃなかっ
たって訳だ。華やかな過去じゃないか」
何故こんな風に笑っていられるの?
薄ら笑いは止めて。
何を考えてるか分らないこの表情。
私は寺田の、この目が恐かったんだ。
「私のせい?こんな事するのは。
私が先生の所にいるから?」
「お前の?アハッ、そうだな。半分正解で半分不正解だ。
俺がネットに書き出したのは、もう何年も前からだ。
木島だって仁だってとっくに知っている。
だが、今回のはお前のせいかも知れないな。
あのワイズマンも気に入らない。皆、俺を馬鹿にしてる」
「本公演までもうすぐなの。今までに無い新作で、先生の
初演出で。影山さんのタップ、萌さんの演技、瞳さんのソロ。
大切な舞台なの。お願い、もう止めて!」
「たかが研究生のお前が、劇団を救う気でいるのか?
あの男のために?馬鹿げてるぜ」
「どうすればいいの!どうすれば止めてくれるの?
私が頼んでも駄目なの?」
バッグの中の携帯が鳴っている。
このメロディーは先生だ。
夜中に突然消えた私を心配したのに違いない。
「ワイズマンか。
ベッドの中にお前が居なくて泣いてるのかな?」
「・・・」
「あの時と同じさ、操。あの時、俺の頼みをお前は無視した。
俺は大恥を掻いたよ。たかが女1人のせいで、俺はまたメジャー
になり損ねた。お前、知ってるよな。
俺は“同じ失敗は2度としない”って」
バッグの中で先生が私を呼んでいる。
“どこにいるんだ”と叫んでいる。
長いコールが止んだ。留守電になったのだろう。
先生の声は突然聞こえなくなった。
慌てて立ち上がる私に寺田の手が掛かる。
その目を、私は正面から見つめ返した。
「話そうや。あんな事はすぐ止められる。
公演を成功させたいって?大切な舞台なんだろ?
これからは俺も忙しくなる。やっと俺の時代が来るんだ。
それにはお前の力が必要なんだよ。
・・・・な。簡単だろ?信じられないくらいの妥協案だ。
俺も大人になったからな」
終電の下北沢駅は、
降りる人より乗って来る人の方が多かった。
芝居の香りとコンパの興奮を纏わりつかせた若者達が、
次々に乗り込んで来る。
出発のベルが鳴っても、
ドア付近に立っていた私の足は動かなかった。
やがて、ベルが鳴り終わる。
その瞬間、私の体は強い力でホームに引っ張られた。
背後でドアが閉まり、そして・・終電が行く。
人々が居なくなった静かなホーム。
私は、大きな腕の中に包まれていた。
「先生」
「何故降りない。終電だよ」
「どうしてここにいるの?」
「捜したんだ。君が居なかったから。
街中捜してここに来た。どこに行ってた?」
「何処にも行かないわ。帰って来たでしょう?」
「操?」
「今日は嬉しい事があったから・・代表が、稽古日誌褒めて
くれたし、四神記の稽古に参加してもいいって言ってくれたし。
ちょっと、飲みたくなったの。知り合いがいるワインバーが
渋谷にあってね。そこで飲んで来ました~~
・・・へへ、酔っ払いです」
「泣いてるのか?」
「やだ、どうしたんだろ、何か勝手に出てきたみたい。
泣いてなんかいないわよ。泣くなんて・・理由がないじゃない。
ちょっと飲みすぎたのかな。気分が良くて、ワインが・・
すごく美味しくて・・」
「飲みに行くなら僕に言ってからにしてくれよ。
いきなり消えたら心配する」
「ごめんなさい」
先生に肩を抱かれながら改札を抜け、
長い階段を下りていく。
既にシャッターの下りたキオスクが、
目の前に見えて来た。
あの朝。
初めて逢った劇団オーディションの日。
どうしてあの朝、出逢ってしまったんだろう。
あの朝ここで出逢わなければ、
ただの演出家と研究生でいられたのかも知れないのに。
「ねえ、まだMIYUKI開いてるかな。少し飲んでく?」
「寒くなってきた。その格好じゃ風邪ひくよ。帰ろう」
「・・うん」
優しい先生。
この腕につかまって、ずっとずっと一緒に生きていたかった。
深夜の本多劇場の前に、私達の足音だけが響いている。
ライトアップされた階段を、私は思わず駆け上がった。
「ワァ~~~!!」
「こら!危ないよ。足、ふらついてるじゃないか」
「大丈夫。このくらいのお酒、飲んだうちに入りません。
ねぇ、先生・・私も頑張ったら、萌さんみたいな女優に
なれるかな」
大階段の上で大きく手を広げ、黒朱雀になったキハになる私。
先生はクスリと笑いながら、天弓を引くタムドクになった。
「萌?女優としては近いキャラだけど、
ダンサーとしては、どうかな。
第一、君はあんなに色っぽくないだろ?」
「失礼ね、私の方が年上よ。
ホラ、こんなに大人の色香が漂ってるじゃない」
「ハハ、操。色気ってのはそうやって無理に出すもの
じゃないよ。君はそのままでいいんだ。
僕にとっては世界一色っぽい」
「ずっと目標にしてたの。
宇宙を知って、今までの全部の舞台を見たわ。
ウエストサイドのアニタ、新撰組のお梅、
そして、四神記のキハ・・」
「君は芝居、上手いよ。あんまり褒めるのも変だけど。
でもまず、そのためには来年の卒公試験に受からなきゃ。
萌に追いつくのも追い越すのも、それからだ」
来年?
そうか、卒公試験。
その時に私はもうここにいない。
あと3週間。
私に残された時間は、たったそれだけ。
「・・抱いて」
「え?」
「抱いて欲しいの。飲み過ぎちゃって・・
大声で叫びたかったり、泣きたかったり。
今夜の私、変なの・・先生が抱いてくれなかったら、
他の男、呼んじゃうかも」
「操、笑えないジョークだ」
「どうしたのかな、今日の私・・先生が欲しい。
ねぇ、いっぱい抱いて」
「操?」
部屋のドアを閉めると、
私は後ろから先生を抱き締めた。
肩からジャケットを落とし、私の方を向かせる。
そして、シャツのボタンを震える手で外すと、
その厚い胸に唇を寄せた。
驚く先生の顔を見つめ、その頬を両手で挟み、
唇も私が奪っていく。
「どうした。何があった?」
「私がこんな事したら嫌?
お願い。今夜は好きにさせて」
いつの間にか私の目から涙が溢れてくる。
泣きたくないのに。
先生に泣き顔を見せたくないのに。
寺田が話す先生の過去も、私には理解出来た。
先生が時々うなされて呼ぶLizという人との関係も、
話したがらない無名時代も。
そこには懸命に頂上に駆け上る先生の姿だけが
見えた。
このままでは、寺田の攻撃はより激しくなる。
もしかしたらネットだけでなく、
先生にもあの拳が振るわれるかも知れない。
私の体にあの夜の痛みが甦る。
血溜りの中で、今度は先生が倒れている。
そんな光景が、私の頭から離れない。
「もういいよ」
先生はそう言って私を抱き上げ、ベッドに横たえた。
「積極的な君は嬉しいけど。
でもこれじゃ、君の顔が見れないからヤだな」
そして、優しく私の望みを叶えてくれた。
あと3週間。
笑って先生の元を去れるようにしなければ。
涙を流すのは、これが最後だ。
準備をしようと先生がベッドサイドに手を伸ばす。
私はその手を引き止めた。
「今日は、いい」
「操?」
「お願い。今日は・・あなたを感じたい」
先生に一生恨まれてもいい。
私は、証が欲しかった。
先生に愛された、証が欲しかった。
それだけで、
それだけで、きっと生きていける。
神様。
どうか、私の願いを叶えてください・・
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「オーライオーライ!!そこ、もっと下手寄りだ!バカ!
かみしもの区別も出来ないのか、お前は!」
「ピンスポ下さい。はい、次ここで~す。
4幕、ラストの群舞のタムドク。ここでいいですか?
四神の立ち位置、確認お願いします。
代表!・・じゃない、副代表!ここでいいですか?」
朝早くから、劇団員のテンションはピークに達していた。
今夜、“太王四神記”の幕が開く。
昨日大道具の搬入、照明の吊りこみを済ませたが、
何せ今回は大掛かりな舞台。初日の朝まで作業は終わらず、
今やっと舞台の形が完成しつつあった。
この後、10時からゲネプロ、本番は夜6時半からだ。
木島は相変わらず、客席中央で舞台を見つめている。
その横で、バーニーが台本から目を上げずに控えている。
この数日、稽古場で俺が感じた妙な感覚。
どこからか感じる熱い眼差し。
初めは「俺に気がある女がいるのか」と冗談めかして
思っていたが、それは間違いだとすぐに気付いた。
その視線は、俺にではなかった。
俺の体を通り越して、演出席のバーニーに向かっていた。
視線の主はすぐに分った。何の事はない、操だ。
でもあの表情、あれは?
バーニーは、気付いてないのか。
彼女がこんな表情でお前を見つめている事に。
婚約中で幸せなはずの弟達の小さな影。
それがどこか、俺の心の隅に引っかかっていた。
本番1時間前。
研究生たちが揃って初日挨拶にやってきた。
「おはようございます。初日、おめでとうございます!」
「「おめでとうございます!」」
楽屋の廊下に並んだ30人の研究生。
大声で挨拶するその一番後ろに、操の姿があった。
いつも四神記の稽古に参加しているとはいえ、
彼女はやはり研究生。
分をわきまえ目立たぬ様に、静かに立っている。
「おう、ご苦労様。これから見てくれるんだろう?」
「「はい!」」
「この演目はこれからウチの看板になるぞ。
よく見ておけよ。客席に代表と副代表がいる。
こっちはいいから、挨拶して来い。お疲れさん!」
「「お疲れ様です!!」」
ぞろぞろと移動する研究生達。
伏し目がちに通り過ぎようとする操を、俺は呼び止めた。
「松原。今日は本番中、袖にいてくれ。早着替えにまだ
慣れてないんだ。手が足りない。手伝ってくれ」
「・・はい」
「それと」
俺は、操の耳に小声でささやいた。
「何かあったんだね。バーニーに言えない事?」
操が大きく目を見開いた。しかし、それはほんの一瞬。
すぐに優しく微笑むと、静かにこう言った。
「影山さんには・・影山さんにだけ、お話して行きます。
先生に内緒にしてくださると約束していただけるなら」
「それは、どういう」
「袖で。後で伺います」
研究生達の列を小走りに追いかける操。
だがすぐに走るのを止め、早足で歩き出した。
・・俺にだけ話して、行く?
どういう事だ・・
珍しく俺は緊張していた。
話題のドラマの舞台化。そして、バーニーの初演出。
自分の評価など、俺にはどうでもよかった。
ヨンジュンと比べるなら比べればいい。
彼がカリスマの王なら、俺は戦う王だ。
愛に戦い、孤独と戦う、そんなタムドクを踊りきってやる。
1ベルが、鳴る。
板付きのセオの瞳とカジンの萌は、舞台の両端で互いに目で
合図した。虎族と熊族の群舞達は、小さくハイタッチしなが
ら、テンションを上げていく。
バーニーは客席後ろで見ているのか。
それとも照明ブースにでも上がってしまったか。
バーニー。
お前が生んだ四神記は、間違いなく今夜、歴史になる。
“劇団宇宙タップミュージカル”の新たな代表作に
きっとなる。
俺はお前に、今まで兄らしい事を何ひとつ出来なかった。
だから、今日のダンスを捧げるよ。
お前が命を吹き込んだ、この舞台。
俺が、いや・・俺達が、
“演出家 影山信”の誕生を心から祝ってやる。
本ベルが鳴り、劇場に闇が生まれる。
緞帳がゆっくりと上がり、
オープニングの曲が流れてくる。
「来たね」
「・・はい」
「待機しててくれ。行って来る」
銀色の髪の神、ファヌン。
俺の靴音が、劇場内に響き渡った。
コラージュ、mike86
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