いつか、あの光の中に 5話 「君が居る時間」
この回。このシリーズの名物キャラ^^常さんが初登場。
実は書いてるうちに自然に出てきたキャラでして・・(笑)
仁の次に人気のある常さん。こんな個性的な人物です。
そして・・瞳役の → ソン・ヘギョちゃんです。
その夜の舞台は、俺にとって特別な舞台になった。
“ただ、1人の人のためだけの舞台”
そんな経験は初めてだった。
暗い客席の中の一筋の光。
瞳の顔は舞台の上からでも輝いて見えた。
瞳のためだけに歌い、
瞳のためだけに踊った。
そして心の中で俺は叫んでいた。
「愛している」と。
初めてはっきり自覚した瞳への想い。
その想いを、ただ踊りにぶつけた。
終演後。
知り合いの演劇雑誌の記者が、楽屋の俺を訪ねてこう言った。
「お疲れ様です仁さん。今日のダンス、超色っぽかったです。
いつもセクシーだけど今日のはハートにきましたね。
男の俺だって惚れちゃいそうでしたから。
来月号で書かせてもらいます。今度ぜひ特集も組ませて下さい。
たまには逃げないでお願いしますよ!
“今注目の、色気のある男”
決まったらさっそく連絡させてもらいますからー」
なぁ、瞳。お前はこの舞台、どう見た?
もう大丈夫だろ?
そうだ。お前はこれでまた歩き出せる。
今頃どこかでタップを踏んでるか?
それとも1人、カラオケボックスで発声練習しているか?
許せ。
お前にあの役をふったのは、俺だ。
7時間前。
卒公オーディションが終わり審査に入った。
研究生30人、残酷だが順位を付け公演の配役を決定する。
この中から劇団員として残すのは3人。
上位は柴田アキラ、相原 萌。
現時点で、瞳は5番目。
俺は審査員として客観的に点数を付けたが、実際の決定権は
代表である木島が持っている。その木島は配役の段階になって、
瞳に“ハーミア”を当てようとした。
主役の1人、“ハーミア”
ライサンダーを恋する小柄で活発な女の子。
柄からいって適役かもしれない。しかも大きな役だ。
だが・・ハーミアでは瞳は残れない。
今のあいつにはセリフが多すぎる。
男女混みで残すのは3人。他の者に喰われてしまう。
俺は決定権がないのを承知で、木島に配役変更を申し出た。
「頼みがある・・木村は、妖精の1人にしてくれ」
「仁、どういうことだ。順位からいって妥当な配役だろう?」
「あいつの歌とタップを生かしたいんだ。1場にパックとの
かけあいがあるだろ?
相原と木村なら、きっといいシーンができる。
振り付け、俺がやるよ。
ダンスシーンは俺に任せてくれないか・・頼む、木島」
「ほ~・・わかった。好きにしろ。そこまで言うんだ。
勝算はありってとこか?見せてもらうか。“お前の瞳”を」
「木島!違うんだ。そんなんじゃなくて」
「仁・・・驚いた。本気なんだな・・そうか、やっとお前・・
ああ。俺もあの子には順位以上の何かがあると思ってる。
やってみろよ。あと2人、あの役で抜いてみろ!
・・言っとくが、俺は裏取引はしないぞ」
「すまない。こんな事、頼める立場じゃないんだが」
「仁。お前・・今自分がどんな顔して喋ってるか分かるか?
そうか。やっとお前も、卒業したんだな。待ってたよ、俺は」
・・ちっ・・木島の奴。
俺がどんな顔してるっていうんだ?
さてどうしようか、相原と瞳のシーン。
妖精達が遊ぶ森。
悪戯パックと女王のお付きの妖精の言葉遊び。
二人とも中性的な雰囲気で、タップはもっと軽快でパワフルに・・
そうだ!この間いい曲があったな。あれを・・
「仁」
その時。
考え事をしながら劇場を出た俺に、
声をかけてきたのは咲乃だった。
「ねえ、無視することないじゃない。
何考えてたか当ててみましょうか・・あの娘のことでしょ。
ふふ、あなた結構正直ね。顔がそうだって言ってる。
今夜の舞台びっくりしたわ。
あなた、あんなダンスも踊れるのね」
「・・何が言いたい」
「別に。帰るんでしょ?今夜は泊めてね」
「言ったはずだ、咲乃。もう、止めよう」
「言ったはずだわ。私は退かないって。まさか本気なの?
あの娘といくつ違うと思ってるの?いつ会見を開いても
いいのよ。私とあなたなら世間は納得するわ」
「主演映画が決まった女優と、未だに芝居で喰えない役者とか?
お前の台詞とは思えないな。俺達はそんな関係じゃなかっただろ」
「どんな関係?ただの大人の関係だって言いたいわけ?
そうよね。あなたにはそんな感情はないんだって思ってた。
私もそれが心地良かったし。でも仁は変わった。原因はあの娘」
「俺が変わった?あぁ、そうかも知れない。
だから俺にもう構うな。そんなことしても、お前の為にならない」
「仁。今日は帰るわ。でも憶えておいて。
私は愛してるの、あなたを。あの娘には渡さない」
咲乃は、くるりと踵をかえすと、
ヒールの音を響かせて駐車場に向かった。
同期入団だった咲乃。
いつからそうなったのか、それすら正確に思い出せない。
ただ時々ベッドを共にするだけ。
咲乃の都合がいい時に、俺の部屋に来る。
ただそれだけの関係。
何年続こうと、咲乃に心を開いた事すらなかった。
お互いにそれで満足していた。
そう思っていたのに。
1人、部屋へ帰る道。
坂の途中の暗い公園に、砂利の音が響いている。
「瞳?」
瞳は公園の街灯の下で、黙々とタップを踏んでいた。
小さくメロディーを口ずさみながら踊る、瞳。
俺はタバコに火をつけ、小さく胸の痛みを感じながら、
その明かりに近づいていった。
「あ!影山さん。お疲れ様です!今日の舞台、素敵でした。
私、さっきの影山さんのダンスが頭から離れなくて。
なんか、自然にここで踊ってたんです。
私、本当は卒公の配役のこととかで落ち込んでたんですけど、
“私は私なりに、頑張ろう”って、さっきの舞台を見て感じた
っていうか。残るとか、落ちるとか、そんなんじゃなくて」
「・・瞳。飲みに行かないか。奢ってやる」
「え?」
返事も聞かずに歩きだすと、瞳は慌ててついて来た。
ただ、何も話さずに歩く。
俺の歩調に合わせるような、その靴音までが愛おしい。
「あの、いいんですか?」
「何が」
「私・・私みたいな研究生と」
「こんなオヤジとじゃ嫌か。たまには付き合え」
「やだ!オヤジだなんて。影山さん分かってませんね。
うちのクラスじゃ人気抜群なんですから。
残念ながら1番じゃありませんけど・・」
「ほう?興味深いランキングだな。
参考までに、1番人気は誰なんだ?」
「・・緒方・・さん・・です」
「拓海か。最近は飛ぶ鳥を落とす勢いだな。
芝居にしても女にしても」
「えっ?」
「ここだ。入れ。
ここは劇団の人間は来ない・・俺の隠れ家」
“MI・YU・KI”
重い扉のその店は、静かな大人のパブ。
しかし、そこには超個性的なマスターがいる・・
「あ~ら、仁ちゃん。お、か、え、りー!お疲れ。
・・あれ?仁ちゃん、お連れさん?しかもこんな若い娘と?
ふふ、こんな事、初めてだわ~。ねぇ♪ねぇ♪劇団の娘?」
「瞳、このうるさいのがマスター。無視していいから。
ほっといても、一人で喋ってるし。
常さん、邪魔するなよ。これから俺が口説くんだから」
「影山さん?!!」
「へぇ~~。アンタが女の子に冗談言うなんて。
お嬢さん。この人いつも仏頂面してるでしょ?こーんな顔して。
でも結構冗談言ったりするのよ。
真顔で言うからコレが、アタシのツボなんだわ!」
「あ~、もういい。うるさいな。お前・・未成年じゃないよな。
何にする?腹減ってるか?ここな、こんな店だけどうまいぞ」
「こんな店って、ねぇ。お嬢さん、何飲む?
カクテルのほうがいいのかな?」
「実はあまり飲んだ事ないんです。たまに劇団の友達や先輩に
連れて行ってもらうんですけど。
じゃあ、カシスソーダください。いいですか?」
「OK!ちょっと待っててね」
「ああ先輩って・・拓海か」
「はい。静岡の高校の2年先輩なんです。
ご存知だったんですか?拓海先輩は演劇部の部長で。
私、発声から教えてもらったんです。そもそも私が演劇部に
入ったのも、新入生歓迎公演で拓海先輩を見たからなんですよ。
その時何やったと思います?・・ロミジュリのロミオなんです。
あれで、1年生何人入ったんだっけ?
やさしくて、かっこよくて。
まさかここにいるなんて、私びっくりしちゃって。
あ・・すみません。私、おしゃべりですね」
「いや」
「そうだマスター!今日の影山さんのダンス、凄かったんですよ。
色っぽいっていうか。体が熱くなるっていうか・・あのダンス
見たら、何だか帰って寝るのがもったいなくなっちゃって。
今回の演目。あ、“モンマルトルの恋人”って言うんですけど、
主役の若い恋人達より、影山さん演じるジゴロが切ないんです。
本当は愛しているのに、自分の心を隠してあくまでも“仕事”と
して愛人に接するんですよ。その時のナンバーが泣けるんです・・
あ・・すみません、またおしゃべりで」
「いいのよ。仁ちゃんはいつもこう。こーんなうるさい店で、
黙って人の話聞いてるのが好きなんだから。
いつもそこのカウンターの端でバーボン飲みながら。キザでしょ?
ふふ、でもこの人。シメは、けんちん汁とぬか漬けとおにぎりなの
よね。もう典型的な日本人。こんな顔して、おかしいでしょ?」
「あのな。だいたいこんな店で、旨い和食があるってのがおかしい
んだ。自家製のぬか漬けだって飲み屋で出すレベルじゃないし。
ああ、そんな事はどうでもいいんだった。
瞳、言ったろ?この男の話は無視していいって。
こんな男、いちいち相手してたら、キリがない」
「ふふ、仲良しなんですね。マスター、聞いていいですか?。
影山さんって、どんな方なんですか?私、研究生なんです。
色々教えて頂いてるんですけど、実はよく知らなくて。
舞台の影山さんは、影のある殺人者とか、NYの不良少年とか、
そういう役が多いでしょう?
あ!あの時代劇も私好きでした。ウチじゃ珍しいですよね。
高校の時、田舎で見たんです。沖田総司。
そう、“新撰組、その愛”。
あの舞台が私がウチに入ろうと思ったきっかけなんですよ。
死を自覚した総司が一人踊るナンバー。影山さんのラストの
ソロです。ご存知ですか?」
「おい、瞳。頼む。話したいのは分かったからこの人に振るな。
常さんの語りは喋り出したら終わらないんだ」
「何言ってんの、待ってました!仁ちゃん、ダメよ。
質問されたんだから、アタシには答える義務ってのがあるの!
なんたって、アタシが仁ちゃんのファン第1号だもの。
お嬢さん。仁ちゃんとアタシはもう10年の付き合いなの。
ある日フラッと夜中にここに入って来たのよ。
“チラシ置かせてください”って。
劇団入ったばっかの頃よね。あの頃、ヒゲ生やしてたっけ?
最近はそうでもないけど、その頃のこの人、表情がなくてね。
目ばっかギラギラしてて・・アタシ、引っ張りこんだのよ。
興味があったから」
「おい!変な言い方するな。俺はその趣味はない」
「あら、アタシはノンケよ。仁ちゃん知ってるくせに。
アタシ、実家が浅草の置屋だったの。いつも綺麗な芸者さんが
家にいてね。しかも年の離れた姉2人が上にいるのよ。
ダメなのよね。どうしてもこんな喋り方になっちゃうの。
でもアタシ。好きなのは女の人よ。カミサンだっていたんだから」
「え~?そうなんですか~?あ!す、すみません」
「ふふふ、面白い娘ね。この娘か、仁ちゃんを変えた娘は」
「おい!瞳、全部真に受けるな。
常さんの話は、どこまで本当か分からないからな」
「あら失礼ね。瞳ちゃんっていうのね。アタシ、常さんでいいわ。
皆、そう呼んでくれるから。もう私達、お友達よね。
何かあったら、いつでもいらっしゃい。仁ちゃん抜きで」
「ふふ、はい。分かりました。私、木村 瞳です
今度、卒公があるんです。
・・チラシ置かせてもらえますか?」
「はい。喜んで。うふふ、やっぱり若い娘はいいわね~
当然アタシも見にいくわよ。芝居を見る目は肥えてるわ。
残れるように頑張んなさいな」
「はい!頑張ります!」
瞳がここにいる。
俺が大切にしている場所で、今、瞳が笑っている。
俺は信じられない想いで、瞳を見ていた。
・・今、この時間が止まればいい。
この瞬間が永遠であればいい。
お前が拓海のことを頬を染めて話す時、
俺の胸はギリッと痛む。
それでも。
お前が他の男を好きなのだとしても。
今ここにお前がいる瞬間が俺には大切だ。
この瞬間が永遠に続くように。
それでも、瞳の終電を気にしている俺がそこにいた。
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