いつか、あの光の中に 11話 「一行のメール」
BSノーカット吹き替え版。始まりましたね~。
今まで夜中にやっていたためか、見終わって時計を見てまだ10時過ぎなのに素直に驚いちゃいましたー^^
視聴率はどうだったんでしょうね。篤姫がすぐ始まったのにも驚き
ましたが(笑)1人でも多くの人に見ていただきたいですね♪
さて。お話は、仁の過去話。
彼が臆病になっていたのには、こんな理由が・・
血が繋がっていなくとも、
親子兄妹関係はうまくいっていたと思う。
義父と俺は本が好きで、
休日は2人で本屋巡りをするのが常だった。
義父は真面目な人間だったが面白い男で、歴史小説と
少年マンガの話題で、俺達は何時間も議論を闘わせた。
子供が好きで両親を尊敬していた俺は、
家業の幼稚園を継ぐ事に何の疑問も持たず、
地元で子供達の保育に携わっていこうと思っていた。
大学で保育を専攻し、大多数が女子のキャンパスで、そこそこ
モテていた俺は、ありきたりに彼女らと付き合い、ありきたり
に合コンやサークル活動もこなし、仲間と歌い騒ぐのが大好き
な、ごく普通の大学生だった。
美雪は小さな時から、バレエを習っていた。
飛び抜けた才能があったわけじゃなかったし、喘息の持病も
持っていたから、プロのバレリーナになるのは諦めていたが、
踊る事への情熱は誰にも負けなかった。
わがままで、甘えん坊で、頑固で、笑い上戸で・・
いつの頃からだったろう。
俺は、そんな美雪を密かに愛していた。
日々のおどけた冗談や、笑顔に隠して。
決して誰にも悟られないように。
美雪にも、
まして、両親には・・
それは、俺が23歳。美雪が18歳の時だった。
俺は大学卒業後、そのまま家の幼稚園で働いていた。
肩書きは“副園長”
実態は一番年下の肉体労働担当教諭だったが。
『この町で、子供達にバレエを教えていきたいなぁ。
お兄ちゃんは幼稚園継ぐんでしょ?
お兄ちゃんが園長先生で、美雪が園でバレエを教えるの。
いいと思わない?それなら美雪も毎日踊っていられるし、
夫婦でやればこの園も、もっと大きくできるし。
ね!一石二鳥。こんないい案ないよ』
『バカ言え。俺達は兄妹だぞ。お前、俺をからかって
楽しんでるな?・・コラ、冗談も大概にしろ』
『血は繋がってない!籍さえ抜けば、結婚できる。
お兄ちゃん、美雪のこと好きでしょ?』
『ああ好きだよ。妹としてな』
『嘘!どうしてそんな事言うの?いつも美雪の事、見てる
でしょう?いつからかお兄ちゃんの視線を感じてた。
目が合うと笑ってすぐ逸らしちゃうけど。世間体を気にして
るの?パパに気を使ってるの?そんなの愛しあってれば』
『ハハ、バカだな。お前は妹だ。俺の大事な妹・・そうだろ?
俺は親父から頼まれてるんだ。最近はこの辺も物騒になった
からな。優しい兄貴としては、お前を見守っているワケ。
美雪は稲垣家のお姫様だから。ちょっと待て。今、何て言っ
た?園でバレエを教えるって?バカ言うな、踊ってる最中に
発作がきたらどうするんだ!バレエを続ける事、諦めたんじゃ
なかったのか?知ってるぞ。お前、この間も吸入器使ってすぐ
踊ってたろ。あれは心臓に負担が大きいんだ。あんな踊り方、
絶対にしちゃいけない。次は発作だけじゃすまなくなるぞ!
・・なぁ、美雪。俺には責任がある。
跡を継ぐ事、園を守る事。そうだな、お前の言うように世間体
が大事なんだ。仮に、仮にだ。俺達が結婚したら、ここはきっと
続けられなくなる。園児が来なければ、園は存続できないだろ?
・・分からないか?人の口は厄介だ。兄妹で愛し合ったなんて、
どんな話が広まるか。そんな幼稚園に大事な子供、預ける親は
いないよ。お前の事は好きだ。でも妹としてだ。分かってくれ。
俺には出来ないんだ。親父たちに迷惑はかけられない』
『臆病だね・・知ってたよ。お兄ちゃんと私の気持ちは一緒だ
って。同じ想いなんだって!美雪はずっとお兄ちゃんだけを
見てきた。お兄ちゃんのお嫁さんになる事だけを夢見てきた。
バレエを諦めた時も、お兄ちゃんがいたから乗り越えられた。
ここが駄目なら家を出よう!資格はあるんだもん、どこでだっ
て幼稚園の先生は出来るでしょ?誰も私達の事、知らない所
でなら結婚できる。
パパの事なんか気にしなくていいよ。私達が本気だって分かれ
ば、きっとそんなのどうにかしてくれる。
ね?お兄ちゃん、旧姓に戻ってよ。稲垣から影山に戻ればいい。
元々お兄ちゃんは影山の跡継ぎなんだし。
美雪は“影山”にお嫁にいくの。そして影山 美雪になる。
もう決めたの。嫌だなんて言わないでね。美雪は本気よ』
兄妹として育った俺達。
いつしか、お互いを異性として感じるようになっていた。
だからこそ。
美雪の気持ちを分かっていたからこそ、
俺は兄妹として接しようと努力していた。
そして美雪を想う気持ちと同じくらいに、
いやそれ以上に、俺は両親が好きだった。
理想の夫婦だと自他共に認める2人が、
うろたえる姿を見たくはなかった。
自分の気持ちさえ押し殺すことが出来れば、
それは容易いことに思えた。
「そんな男だったんだよ俺は。23歳の“稲垣 仁”って男は。
変なところに昔気質で、融通が利かなくて。
そんな自分が嫌なもんだから、いつも冗談言っては笑ってた。
・・・臆病者ってのは今も変ってないけどな」
「仁さんは臆病者なんかじゃないです。いつも強くて優しい。
私、知ってます。仁さんが本当は、笑い上戸だってこと。
笑顔がとても素敵だってことも。
・・だから“MIYUKI”なんですね。あの店に行った訳。
常さんに当時の仁さんの事聞いて、なんであの店だったんだ
ろうって思ってたんです。
常さんは“アタシ達の運命なの~!”って笑ってましたけど」
「あぁ、あの店の名前見て気づいたらチラシ持って入ってた。
駅前の店はもう同期生が行った後だったし。
あの時はまだ、あれから1年ちょっとしか経ってなかったから。
常さんには全部話したんだ。あの調子で誘導尋問に引っかかっ
ちまった。俺も、誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。
あの場所は俺にとって、特別な場所なんだ。
常さんに言われたよ。お前には俺からちゃんと話すようにって。
瞳・・美雪はな、自分の誕生日に死んだんだ。18の誕生日に」
「えっ?そんな!」
早生れの美雪の誕生日は3月1日。
その日は高校の卒業式でもあり、美雪は朝からはしゃいでいた。
前日遅くから雪が降り続き、その日はとても寒い日だった。
母屋の庭も別棟の幼稚園の園庭も、雪で一面覆われていた。
冷たい空気が発作を引き起こす美雪の喘息は、
その“しんとした空気”を胸いっぱい吸うことは許されない。
もっとも、このシーズンに深い呼吸など元々できないが。
卒業式のその日、マスク姿で外にでなければならない事を、
美雪は断固拒否した。
『高校最後の日なの。卒業式なのよ!しかも私の18の誕生日じゃ
ない。進路だって、短大の保育科にした。バレエも諦めた。
明日からまたおとなしくするから。
今日はマスクしなくていい?。あんな格好じゃ、友達と何処へも
行けないもん!ね?今日1日だけでいいの。ママお願い!
この所、調子いいのよ。発作も大きいのはやってないし、薬と
吸入器だけで済んでるでしょ?もうお兄ちゃんに担がれて病院に
駆け込むこともなくなったし・・大丈夫よ、心配症だなぁ。
やっぱり本当の親子だよね。ママ、お兄ちゃんに似てる』
俺はその会話を、
自分の部屋からリビングに降りる階段の踊り場で聞いていた。
・・・俺は。
俺は本当は、どうしたいんだ。
元気に登校していく美雪の声を聞きながら、階段を降り、
親父にいつもと変らぬ挨拶をする。
美雪をすぐにでも自分のものにしてしまいたい気持ちと、
それを完全に否定する気持ち。
両親や世間体を気にする自分と、
自由奔放に生きたい自分。
その日の俺は、朝からイラついていたのかも知れない。
翌日は家の幼稚園も卒園式だったから、美雪の卒業式で
不在の園長(母)に代わって準備に追われ、疲れていたのも
事実だった。
卒業式の後、友達と夜遊びをし、夜遅く瞳をキラキラさせて
帰ってきた美雪を、帰ってくるなり俺は玄関で怒鳴りつけた。
『美雪!!こんな時間まで。いくら卒業で浮かれてるからって、
非常識だろ!それに、この雪の日に制服のままマスクもしない
なんて。お前、何考えてんだ!
今夜、発作起きたらどうするんだ。薬は飲んだのか?
お袋もお袋だ。一緒に引っ張って帰ってくればいいのに』
『ママに頼んだのは美雪よ。今日は特別って許してくれたわ。
お兄ちゃんは心配症なんだよ。ううん、過干渉!
美雪は大人だもの』
『大人はもっと自分を大切にするもんだ。お前まだ18だろ!』
『もう18!大人だわ。そして20歳になったら堂々と結婚できる。
・・・何を怖がってるの?美雪がパパ達に何か言うか心配?』
『大きな声出すな。親父に聞こえるだろ。
話がある。俺の部屋に来い』
『嫌。また“俺には出来ない”でしょ。聞き飽きたよ。
それとも決心してくれたの?ココを離れてよそへ行く事。
ね?2人で暮らそう。それ以外の話は聞きたくない。
どいて、着替えるから。これからレッスンするの』
『待てよ、おい!美雪!!』
俺が美雪の声を聞いたのは、それが最後だった。
深夜、園のホールにはいつまでも明かりが点いていた。
美雪がバレエを始めてから1日も欠かした事のないレッスン。
1時を過ぎても消えない明かりにおかしいと気づき、
ホールに走ったそこには、胸を押さえた美雪が倒れていた。
『美雪?・・・美雪!!おい!!!何やってんだよ。美雪!!
あ・・バカ、お前、吸入器使って踊ったのか?
あれほどあぶないって言ったのに・・
美雪。目、覚ませよ!美雪!!・・・親父!誰か、救急車!!
ごめん。悪かった。俺が臆病だった。お前が好きだ、愛してる。
ほら言ったぞ?いつも言わないからって怒ってたろ?
親父にも話す!お袋にも言うから!!
おい、息しろよ!目あけてくれよ・・・・美雪!!』
心臓発作だった。
俺が行ったときには、もう息もしていなかった。
美雪に初めてキスをしたのは、その時。
もうムダだと分かっていたけど、唇はまだ温かかったんだ。
俺の叫び声を聞いて、親父が呼んだ救急車に美雪が乗せられる
時、美雪の手から携帯がコトッと落ちた・・俺の手の中に。
そこには俺宛のメールがあって。
あとは送信するばかりになっていた。
「何て、書いてあったんですか?」
「ん?あぁ、一行だけだったよ。
“仁。愛してる”って。
俺が追い詰めたんだ。
そんなになるまで、あいつを俺が追い込んだ。
あいつは1人で何を想って死んでいったのか・・
俺が殺したんだ。
美雪が死んで、やっと自分がどれだけあいつを愛してたのか
を思い知った。
俺はそれから笑えなくなった。携帯も持てなくなった。
そして・・何も出来なくなった。生きて行く最低限の事以外は。
抜け殻の俺は、もう以前の俺じゃなかった。
両親と話し合い、籍を抜け旧姓に戻った。
今は戸籍上も“影山 仁”だ。親父が俺を自由にしてくれたんだ。
変な噂が広まっていたし、美雪が沢山の日記を残していたから。
俺が歩き始める時、ただひとつ心に浮かんだのは、
“踊る事”だった。
命を削ってまで踊った、その時の美雪の気持ちに近づきたくて。
バレエは無理でも、俺にも踊れるものがあるんじゃないか。
倒れるまで踊ったら・・・あいつに逢える様な気がした。
タップと出合ったのはその一月後だ。これは運命だって思った。
夢中で踊って・・踊って・・
木島に出逢ってからは話した事あるだろ?
俺は今まで、自分の心に自分で鍵を掛けてたんだな。
誰にも入らせず、深く付き合わなければ踏み込まれる事もない。
お前に出逢って、お前を知る度に・・・俺は怖くなった。
心に何重にも掛けていたはずの鍵が、お前の笑顔を見るたびに
簡単に外れていく。
お前が歌う声。
“仁さん”と呼んでくれる声・・・心が震えた。
1人の妹も護れなかった俺に、お前は信頼して笑いかけてくれる。
・・・失いたくなかったんだ。愛しているから。
だからこそ臆病になった。
お前が幸せならそれでいいと。お前を傍で見つめるだけでいいと。
無意識に、また鍵を掛け始めてた。
バカだな・・俺はまた同じ事を繰り返すところだったんだ。
愛しているなら、“俺が”扉を開けなきゃいけないのに。
後悔してからじゃ遅いんだってことを、知っていたはずなのに。
お前は俺に、もう1度人を愛する辛さと素晴らしさを教えてくれた。
捻くれていた俺を、お前は本当の俺に戻してくれた。
そして・・・
お前は俺が、ただの男なんだと気付かせてくれた。
ありがとう・・・瞳。
・・・・ひと、み?」
突然だった。
瞳が俺を抱きしめていた。
俺の胸に顔を埋めて、“瞳が俺を”抱いていた。
30cmの身長差と14歳の年の差をすべて包み込む瞳の抱擁。
精一杯つま先立ちした瞳の肩を、俺は静かに抱き寄せた。
2度目のキスは・・・
涙の味がした。
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