いつか、あの光の中に 12話 「2人の朝」
え~・・今回のお話は、瞳の“初めて”になります。
想いを確認し合った仁の部屋からMIYUKIまでの道。
そして、2人で迎える初めての朝。
幸せな朝の光が伝わるでしょうか・・
連載時「俺、梅と鮭~!」に笑ってもらえました。
懐かしいです^^
「あぁ、遅くなったな、2時半だ。もうMIYUKIも閉まってる。
・・おい、鍵持ってるのか?裏から入るんだろ?」
「持ってます。でもまだ常さんいるんじゃないですか?
今まで私が遅くなっても待っててくれましたから。
どうせ近くだし、家に帰っても1人だからって」
「あ?あぁ、うん・・今日は・・きっといないと思うよ。
どっちにしろ俺が送って行くって言っておいたから」
「どっちにしろ?」
「・・あぁ・・うん・・」
今夜。
私と仁さんの関係は、昨日までとは大きく変った。
MIYUKIへのいつもの帰り道。
下北の街は何も変らないのに、私達2人の間には
いつもとは違う空気が流れている。
今の私達。
道行く人達には“恋人同士”に見えるのかな。
春の夜風が柔らかく私達を包んでいた。
深夜の街に私の靴音だけが高く響く。
仁さんと目線を合わせられず、きょろきょろしていた私は、
思い切りマンホールの蓋に躓いた。
「ちゃんと前向いて歩け」
前のめりにコケそうな私を大きな手で支えてくれる。
その手の感触は、私にさっきのキスを思い出させた。
自分から抱き付いておいて、今更ながら顔から火が出そうだ。
「静かだな。さっきまでの勢いはどうした?」
「私は元々静かなんです!知らなかったんですか?」
あぁ、どうしよう。仁さんの顔がまともに見られない。
いつも着くまでおしゃべりが止まらないのに、
今は何の話題も見つからない。
やば・・
ホント・・・私・・マジ、ピンチ・・・
自然に足は遅れ、仁さんの3メートルほど後ろを歩く。
駅前まで来ると、居酒屋から出てきた酔っ払いに絡まれた。
私の声に慌てて振り返り、強引に肩を抱き歩き出す仁さん。
「バカ。俺から離れるからだ」
左の肩が熱い。
仁さんの手があるそこだけ熱があるみたいだ。
私の頭が仁さんの胸に当たっている。(肩には届かない)
大きくて厚い胸。
仁さんの香りがして、ドキドキが止まらない。
あぁ、あと数分でMIYUKIに着いてしまう。
でもまだ着いてほしくない。いつまでもこのまま一緒にいたい。
私は仁さんのシャツの端をしっかり握っていた。
「瞳?どうした・・またその目か。俺だって普通の男だからな。
惚れた女のその目には弱い。おい、お前って結構残酷だぞ。
特に、今夜は・・・着いたぞ。もう遅いから寝ろ。
じゃ、明日稽古場で・・・・お、い」
いったい私のどこにこんな勇気があったんだろう。
ううん。
仁さんの部屋に行った時から、もう気持ちは決まっていたんだ。
先輩の腕をすり抜けた時から、もう分かっていたことなんだ。
私は帰ろうとする仁さんの手を握り締めた。
「帰らないで・・下さい」
「瞳。無理するなってさっき言ったろ?俺は待つって。
まぁ実際、俺は無理しているが、本心でもあるしな。
ハハ、そうだ、お前は知らないだろうが、俺はもう4年も」
「無理・・してない。してません。
私はここにいる。私はどこにも行かない。仁さんが嫌だと言う
まで傍にいます。だから・・それが今夜じゃ駄目ですか?
今夜、マリアになっちゃ駄目ですか」
「・・本気なのか?戻れないぞ。俺は走り出したら止まる自信は
もう無い。俺が本気なのは分かってるだろ? 俺はお前のものだ。
お前の好きにしていい。でもな、初めては1度だけだ。
後戻り出来ないんだぞ」
私は・・・静かに頷いた。
・・・大きな手が裸の私の胸を包み込んでいる。
その手は、優しく確かめるように私の身体の上を辿っていく。
心臓は鼓動を早め、今にも口から飛び出してしまいそう。
体が自分のものでないように反応するのに驚きながら、
なぜかものすごく冷静な自分が頭の隅にいる。
“あ。キスって気持ちがあるのとないのじゃ、全然違うんだ・・
仁さんのキスって・・・身体全部もっていかれそう・・
頭もボーっとなっちゃうし。わっ、考えたら私・・今とんでもない
格好してない?これを仁さん見てるんだよね。やだ、恥ずかしい・・
えっ?そんなこ、と・・・
「んっ、ぁっっ」
今の声、私?・・うそ!どこからあんな声”
「瞳。別の事考えてるだろ。
こんな時まで役者じゃなくていい。俺が凹む」
そう言いながらも、仁さんの手と唇はその動きを止めない。
「あ、ごめんなさい。なんか信じられなくて。自分の状、況が
その・・あ、の・・」
「してるってこと?」
「仁さん!そんな・・・・露骨に」
「そう。今、してるよ。そうだよな。役者が初めて経験する
ものは、たとえ心があってもそうなっちゃうもんさ。悲しい
職業病だ。もう1人の自分が別の所から観察してるんだろ?
妙に冷静に・・いいよそれでも。この経験は絶対お前を大きく
する。お前の初めてになれて光栄だ。これを生かせ。
女優だろ?憶えておけ。いいか?
この時の感情、この時の・・感覚・・ごめんっ・・悪い。
俺、説教してる場合じゃないや。やっぱ我慢しすぎてたみた
いだ。優しくしてやれないかも知れない」
「仁さ・・ っ・・」
初めての痛みも恥ずかしさも、仁さんの手の中で全部溶けて
いった。私を見つめるその目だけが、この世界のすべてに想えた
夜。何も纏わないただの素の私を、ただの1人の男として愛して
くれた時間。
私の閉じた瞼から流れたものは、熱い幸せの証だった。
・・・あれは、何の音だろう。
あ。分かった、電車の音だ・・もう、朝?
ん、今何時だろ・・昨夜寝るの遅かったから・・・・
昨夜・・ゆ、う、べ??
目を覚ますと、もう窓から日が差していて、
いつもの私の狭いベッドには、うつ伏せた仁さんの寝顔があった。
その距離のあまりの近さと現実を思い出した私が、慌ててベッド
から降りようとすると、後ろから大きな手に力強く引き戻された。
「どこ行くんだ?」
「え?・・あぁ・・っと、コーヒーでも淹れようかなって」
「その格好で」
「・・です、ね」
「憶えたか」
「えっと。ど、どうだろう。私そんなつもりでその、そうしたんじゃ
ないし。これを生かせるかっていったら、わかんないですけど。
・・仁さん?」
「結構冷静にあの最中に人の話聞いてんだな・・なんか悔しいな。
おい、俺が許したのはあれだけだからな。今度は許さないぞ、
心ここにあらずは。それに、もう昨夜とは違うだろ?」
啄むようなキスが目眩を起こすくらいの深いキスになり、
あくまでも優しかった昨夜と違い、激しく仁さんは私を求めた。
昨夜の痛みが消え、新たな感覚が私を包み込む・・
自分が女になったことを改めて自覚した朝。
そして、こんなに人を無条件で好きになれることを、
肌で思い知った日。
そうか・・もう私。
・・なんか変な感じだな。
結局、私の部屋にはインスタントコーヒーしかなかったので、
私達は開店前の階下のMIYUKIに降りていった。
「サイフォンで淹れてやるよ。案外上手いんだぞ・・腹減ったな。
おー!ぬか漬け発見!よし、握り飯作るか。お前の食生活、問題
あったから実は心配してたんだ。ココに来てから、だいぶマシ
になったろ?な、具、何がいい?俺、梅と鮭~~」
「コーヒーとおにぎりとぬか漬け?
仁さんが作ってくれるの?わ!嬉しい!私も、梅と鮭~」
キッチンに立つ、いつもよりかなりテンションの高い仁さん。
・・・何だか可愛い。
14も年上に“可愛い”は変かな。
2人で食べる初めての朝食は楽しくて、ちょっと恥ずかしくて。
他に誰も居ない店内で私達は、目が合うたび微笑み合った。
誰も居ない店内で・・誰も、居ない・・・?
「あのさ。そこの2人。ココ、アタシの店なんだけど?」
「ブッハッ!・・常さん!! いつから?」
「キャーッ!・・常さん!! いつから?」
同時にハデにコーヒーを噴出し、
一気に3メートル程飛び跳ねた私と仁さんは、
隅の席で静かに新聞を読んでいた常さんに、今頃気付いた。
「ん~そうね。“俺、梅と鮭~~!”のあたりから?
そうか、そうね。そういうことね。この時間に仁ちゃんが居る
ってことは・・あ~そう、そうなんだ。心配してたのよ。昨夜
なかなか帰ってこなかったから。瞳ちゃん、おいで」
常さんはそう言うと、いきなり私を抱きしめた。
「おい!!何してんだ!」
「お黙んなさい!これきりよ。あとはあんたに返してあげるわ。
・・瞳ちゃん、ありがとう。仁ちゃんを受け入れてくれて。
こんな仁ちゃんの顔見られるなんてね。聞いたでしょ?美雪ちゃん
のこと。バカでしょ?10年もかかったのよ。こう見えて器用じゃ
ないのよね。あんたには少し重いかもしれないわね、仁ちゃんの
想いは。この2年、悶々としてたこの人をアタシは見てきたからさ。
あんたも罪作りだわ。35の男がよ・・あん!もういいわ。とにかく
よかった!何?コーヒーなの?祝杯でしょ、こういう時は!」
「稽古あるんだ。朝から酒なんか飲めるか。本当に大袈裟だな。
おい。もういいだろ?離れろ!・・・俺のもんだ」
「じ、仁さん、やだ。恥ずかしい」
常さんはからかうように、かえって私を強く抱きしめるから、
仁さんの怒りモードはMAXで・・
やっと常さんの腕から私を取り返すと、
子供みたいに両手で逃がさないように胸に抱え込んだ。
「やっと捕まえたんだ。簡単に逃がしてたまるか!
・・ありがとう、常さん。感謝してる・・
本当は、俺から告白したんじゃないんだ。全部瞳が言ってくれた。
俺のほうが大人だと思ってたのに、ザマないぜ」
私はこの朝を一生忘れない。
包み込んでくれる大きな温もりを背中に感じながら、
こんな幸せがあることを知った朝。
そして、仁さんのいままで見たことのない無防備な顔。
美雪さん。
逢ったことのないあなただけど、
今の私のお兄さんを想う気持ちは、きっとあなたにも
負けないと思う。
あなたがやりたかったこと。
あなたが欲しかったもの。
ごめんなさい。
私に叶えさせて・・
いつか私と一緒に、
仁さんと一緒に、
あの舞台に立とうよ。
・・・あの、眩しい光の中に・・・・
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