いつか、あの光の中に 13話 「幸せの重み」
遂に結ばれた2人。仁が嬉しそうで、私も嬉しい(笑)
9話から12話は、たった1日の出来事なんです。
そして13話は、その翌日。
これから・・彼女が動き出します・・
「よし!今日はまず一回ダンスと歌、通しで見せてくれ。
ウォームアップできてるか?気合が入ってなかったら容赦
なく外すぞ!その後、抜きで稽古だ。いいか?
昨日のトニーとマリアの所もいくからな。あれだけやって
“出来ません”は聞かないぞ。木村!いいか?
仁!オープニングのジェットとシャークからだ。曲!!」
ウエストサイドの群舞といえばコレ。
ベルナルドが両手を広げ、肩まで高く足を上げた映画の
ワンシーンはあまりにも有名。
ニューヨークのウエストサイドの不良少年達。
男性20人の群舞のセンターで、仁さんが踊る。
プエルトリコの移民。
差別に苦しんで、アメリカを憎んでいるベルナルド。
仁さんの当たり役。オープニングの見せ場だ。
見慣れている稽古。今まで何度も何度も繰り返した場面。
オープニングが決まらないと、この芝居自体動き出さない。
そんないつもの群舞なのに、今日の私の目には仁さんだけ
しか映らない。仁さんの小さな仕草の1つ1つが、私の心
を掴んでいく。
世間を舐めてかかっているような眼も、
ジェットの男達を挑発するように高く吹く口笛も、
道行く女達に色気たっぷりに魅せるウインクも。
今まで私は何を想ってこの稽古を見ていたのかな。
どうしたんだろう。何も思い出せない。
今日はこんなにも胸が苦しいのに。
稽古場の隅で見ていたそんな私の横に、
いつの間にか拓海先輩が座っていた。
「瞳。昨夜は」
「先輩すみません。私の気持ちは、昨夜言った通りです」
「瞳」
「やっと分かったんです、私。
バカですね。あの瞬間まで自分の気持ちに気付かなかった。
ごめんなさい。皮肉じゃないんです。でも先輩のおかげで、
あれから私達・・いえ、あれからじゃない。きっともうずっと
前から。何か今、変な気分なんです。昨夜からまだ1日も経って
ないなんて思えなくて。もう、ずっと前の出来事みたいで・・
後で稽古、よろしくお願いします」
「瞳。昨夜はゴメン。悪かった、どうかしてたんだ。
さっきからお前見てて分かったよ。本気なんだな。
そうか、仁さんも・・あれから俺、考えたんだ。
なんで今までお前に手、出さなかったんだろうって。
“男女間に友情は成立しない”それが俺の持論だったのに、
お前だけは何だか特別で。
お前を女として見てなかった訳じゃないんだ。
俺はただ・・お前が可愛かった。そうだな。自業自得だ。
俺が今何かすれば、もう“不倫”なんてもんになっちまうんだ。
お前を大事に思ってるなら、そんなこと出来るわけ無いのに。
なのに自分の事、棚にあげて俺はお前が仁さんに惹かれていく
のが嫌だった。いつまでも俺だけを見ていて欲しかったんだ。
嫌な男だろ?まるで子供だ。
・・・・仁さんは、お前を待っていたよ。
俺は知ってた。もうずっと、あの人がお前だけを見ていたこと。
何も言わず、何も求めず、ただお前が輝くように見つめていた。
そうだよ、昨夜だって・・
俺の事でお前が傷ついてた時も、あの人はずっとお前の傍に
いた。俺だったらそんなチャンス、迷わず押し倒してるさ。
あんな愛もあるんだな・・大人だよ。敵わねえや・・
あの人は謎が多い人だけど、いい人だよ。俺は尊敬してる。
あぁ。ベルナルド、今日、いいな。
仁さんは凄いよ。
誰もあんなに高く飛べない。誰もあんなに早くタップを刻めない。
何よりあの人のダンスにはハートがあるよ。
俺でさえ胸が痛くなる時あるもんな。タイミングが合わなかった
んだな、俺達。ゴメン。忘れてくれ。俺も忘れるから」
私達は、お互いに顔を見ることもなく、
話しながらも目は稽古を追っていた。
6年間想い続けた私の初恋の終わりは、あまりにもあっけなく、
そしてその幕を引いたのは、私自身だった。
その声を聞いても心は震えず、何の動揺もない事に私は驚いた。
“私って薄情なのかな。何も感じなかった。
あんなに好きだったのに。あんなに苦しんだのに。
ううん、きっともうずっと前から私には仁さんだけだったんだ。
いつも傍に居てくれるのが当たり前で、あの大きな手に護られ
てるのが心地よくて。
恋愛感情じゃないって思おうとしてたんだ。14も年下だから”
「ほれ、瞳、出番だよ。何?ボーっとして、考え事?
・・ん?待った!何だか今日のあんた違うね。何が違うんだ?
こら、あんた昨夜何かあったね」
「えっ?!」
・・鋭いです。相原さん。
ダンスパーティーの場面。
トニーとマリアが出逢い、ひと目で恋に落ちる。
ジェット団とシャーク団との確執を表す群舞の中、
恋をした2人が踊る。
トニーとマリアはスローなバラード。
周囲の群舞は、タップ、タップ、タップ!
バラードが激しいダンスに変る時、2人はリフとベルナルドに
強引に引き離される。
パン!パン! 木島代表が叩く手の音が、稽古を止めた。
「ちょっと止めるぞー!拓海!!どうした。キレがないぞ!
思いがけない恋に心も体も爆発寸前なんだ。
もう新婚ボケの時期は終わったろ?もっとパワフルに踊れ!
あと・・木村!どうした?うん、いいぞ!
その目だ。やれば出来るじゃないか。良くなった!
よーし、木村が調子いいからそのまま“トゥナイト”いくか。
拓海!シャキッとしろ!」
ロミジュリでいうところの、“バルコニーの場面”
突然の運命の恋に心を振るわせるトニーとマリア。
いつもの様に歌い出した時、
]
演出席に声楽の山口先生が現れた。
代表と何か話した後、しばらく聞いていたかと思うと、
驚いたように私を見て、ニヤっと笑い稽古場を出て行く。
あれ?代表も同じ顔・・何?
「よし、30分休憩。休憩後に“AMERICA”いくぞ!準備しとけ。
・・俺はその間犯人追及だ!アッハッハッ!!」
終わったとたん笑い出した木島代表。
私は訳がわからず、あいちゃんに駆け寄った。
「ねぇ何?私、変だった?音、外れてた?いつもより声出てたと
思うけど・・・・何?みんな、変」
「あんた分かりやすいわ。そうなるとは聞いたことあるけど、
実際感じたのは初めてだ。私にも何となく分かったよ。
誰?正直に言いなさい。あぁそうか、あんたってばやっと・・
仁さんだね?」
「えっ?!!ちょっと、あの・・えっ!!何なの?」
「声だよ。女になると微妙に変るんだって。響きに艶っていうか
何かが変わるらしい。そんな変化、専門家じゃなきゃ普通わかん
ないらしいけど、あんたはさ・・しかも普段色気の無いあんたが、
目の中に、お星様浮かべて歌ってんだもん、びっくりするって。
ほら、見てみ。代表、もう仁さんを尋問してるよ」
稽古場の反対隅にいた仁さんの頭を、木島さんが小突いている。
「やめろよ」
そう言う仁さんは、あの優しい微笑みの仁さんで。
そして、私の方を向いて小さく何度も頷いた。
稽古場はもう騒然!そして大爆笑!!
えーっ!やだ・・どうしよう・・恥ずかしい
「この娘ってば、影山 仁をあんな顔にさせて・・
やだ、いつものクールな仁さんよりずっと素敵じゃない。
あ、また笑った。ありゃメロメロだわ。
やっと気付いたか。あたしに言わせりゃ1年遅かったよ。
卒公の段階でくっつくかと思ってたのに、あんた達ったら。
瞳。よかったね~」
突然ギューっとあいちゃんに抱き締められて、
身動きが取れない。
「あいちゃん、く、苦しいです」
小さな劇団の中の恋愛は沢山あるけれど、
私達を見る皆の目はとても優しくて。
その日の稽古場は終日、ほんわかした空気で満たされていた。
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「・・バレちゃい、ましたね」
「嫌だったか?」
「ううん、違うの。恥ずかしかったけど嬉しかった。でも」
「でも?」
「仁さんが今まで付き合ってきた人。まだ劇団にいるんでしょ?」
「あぁ、そうだな。あいつと、あいつと・・」
「え。ウソ」
「ハハ!ウソだ。バカだな、もういないさ。
別れたとたん皆、辞めたよ。“あなたは私を見ていない”って。
あ!待てよ・・あれ?まだいたかな?」
「・・・・・・」
「お前、案外焼きもち妬きなんだな。嬉しいね。ゴメン、ウソだよ。
そうだ!瞳、もうすぐ誕生日だな。何欲しい?去年は、買ってやり
たくても出来なかったから。リストあげてくれよ。2年分だ。
そんなにいっぱいはムリだけど」
「そんなものでご機嫌取ってもだめですよ。誕生日の好きなもの
リスト?いいんですか?へへ・・じゃ、遠慮なく。
え~と、ポンデリング、キャラメルマキアート、雪見大福・・」
「おいおい、安上がりな奴だな。しかも甘いもんばっかだ。
そうじゃなくてもっと形のあるもんだよ。喰いモン以外で
何かないのか」
「いいんです。本当に欲しいものは、もう仁さんに貰ったから」
「ん?」
「そんな気がするんです。
もう欲しいものなんて、ないかなって」
「ん?あぁ・・・・・・コレか?」
「えっ、わっ!やだ!違います!んもう!仁さん!!
・・性格変りましたね」
「アッハッハ、ごめん、ごめん。痛い、叩くな。
俺は元々こういう奴なんだ。そうか、瞳はもういらないのか?
分かっただろ?俺はまた欲しいんだけどな」
「バカ!やだ、仁さん・・っ・・」
仁さんの大きな腕の中。
そう。これが、私の欲しかったもの。
ここは、ここは・・・こんなにも暖かい。
彼はもう私の弱点を探り当て、唇で愛撫を繰り返す。
私は何も考えられなくなって、!
ただ、彼の背中に腕をまわした。
不思議・・
私が今まで抱えていたものは何だったんだろう。
私は今、こんなに簡単に自分をさらけ出してる。
私の心と体、すべてを丸ごと包み込む仁さん。
今まで知っていたと思っていた仁さんは、
ほんの、ほんの一面でしかなかったんだ。
ただ彼を信じて愛していればいい。
この背中にずっとついていけばいい。
そして大きな波が私を包み込み、
幸せな彼の重みを全身で感じた。
「瞳。愛してる」
「私・・も・・」
幸せだった。
こんな2人だけの時間が永遠に続くと思っていた。
まもなくやって来る、
あんな事件も知らずに。
「もしもし、私。そう・・仁とあの娘・・
分かったわ。ありがとう」
公演まで、
あと25日・・
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