いつか、あの光の中に 14話 「護るべき者」
彼が母国で文化勲章の候補になったとか。
韓流としての貢献度はもちろん、経済効果も考えれば、当然でしょう。
それにしても36歳での受賞という快挙。
日本なら、もし、同じような人が出てきても(出ては来ないだろうけど)
ありえないですよね。国民栄誉賞ならあるかも知れないけれど・・、
彼を愛して4年。ますます彼が好きになる。
昨日より、明日・・日々進化し、成長していく彼。
その足跡を、私はずっと見守っていきたいな。
さて、お話は遂に、ウエストサイド公演本番を迎えます。
緊張してる瞳ちゃん、大丈夫かな^^
そして、その夜・・
「さ、明日はいよいよ本番ね。あ~アタシがドキドキして
きたわ~~。ねぇ仁ちゃん、仕込みは終わったんでしょ?
明日、入りは何時なの?瞳ちゃん頑張ってね。緊張しないで!
はぁ~、瞳ちゃんのマリア楽しみだわ!
話題になってたからきっとマスコミもいっぱい来るわね。
そうだ!明日は休みにしよう。のんびり店やってる場合じゃない
もの。貸切にして、劇団のメンバー連れていらっしゃいな。
初日パーティーやりましょ。こんなとこでささやかだけど。
えーと、それからっと・・・・え?何?アタシ、何か言った?」
「・・何かもなにも、さっきから喋りっ放しだろ。
常さんが舞い上がってどうすんだ。瞳は初役だけど、俺は何回
もやってんだから、もう緊張しないさ。
でも、ほら、こいつがさ・・瞳?大丈夫か?おい、顔色悪いぞ。
気分悪いか?吐きそうか?トイレ行くか?
緊張も大概にしないとな。目が虚ろだぞ!
おい!しっかりしろ、ひ、と、み!」
俺が“バン!”と背中を叩くと、瞳は一言“ひっ”と声をあげ、
やっと正気に戻った。
「は、えっ?・・はぁ~・・どうしよう、仁さん。もう明日だよ。
ドキドキして心臓が3メートルくらい外に飛び出してるみたいなの。
常さん、さっきのゲネで私真っ白になっちゃって。
台詞全然出てこなかったの。ねぇ、何分くらい間があった?
1分?2分?いくら一目ぼれした場面だからって、そんなに間、
空けたらダメだよね。あぁ~~どうしよう、明日の本番。
私、本当にできるのかな」
「バカ、そんなに空いてるもんか。せいぜい5秒だ。
自然な間に見えたよ。俺にはわかったけどな。顔、強張って
たし。でも本番もあれじぁダメだぞ。よしおまじないだ。
出番前に袖でキスしてやるよ。お前が好きな・・」
「キャ~!わかった、わかりました!!それは遠慮します~」
「瞳。ドキドキ、治ったか」
「え?うん。あれ?ホント、平気だ・・・不思議。
仁さん魔法、使えるの?」
「ああ。お前限定の魔法使いさ。効いたろ?」
「ウオッホン!!アホくさ。お熱いことで・・
冷房入れようか?さっきから店内温度上がりっぱなしだもの。
仁ちゃん。どうせ泊まるんだから、いっそここに越して来ちゃ
えば?アタシもその方が嬉しいし。瞳ちゃんも安心だろうし。
仁ちゃんの部屋では、嫌なんでしょ?」
「あそこは。昔の俺のなんていうか・・あのベッドに瞳は」
「分かってるわよ。公演終わったら越してらっしゃいな。
瞳ちゃんよかったね。家賃、仁ちゃん持ちよ~」
「バカ言え。調子に乗るな・・常さん、ありがとう。
本当にそうしていいか?な、瞳もいいよな。あ、それから、
公演が終わったら静岡に行こう。ご両親に挨拶に行かなきゃ」
「えっ?どうして?」
「当たり前だろ。“お嬢さんを僕に下さい”って、あれさ。
ん?どうした」
「だってそれって・・・私、まだ、プロポーズされてない」
「仁ちゃん!あんたまさか今、初めて言ったの?
バカね、こんなとこで。しかもアタシもいるとこでだなんて。
あんたにはムードってもんがないの?あんなクサイ台詞言える
んだから、もっと場所と状況を選ばなきゃ!!
女の子ってのは、その時を夢見てるもんなのよ」
「だってこんなこと初めてでさ。慣れてないんだ・・
しょうがないだろ?」
「バカね。そんなの、慣れてるほうがおかしいわよ!
もう、瞳ちゃん、本当にこんな男でいいの?少し考え直した
ほうがいいかもよ。最近の仁ちゃん、へろへろだもの」
明日に公演初日を控え、あとは本番を待つばかりの夜。
俺たちは、MIYUKIで遅くまで話していた。
どさくさに紛れてプロポーズした俺。
瞳と恋人関係になってまだ20日余りだが、そんなことは
関係なかった。その瞬間から俺は決めていたし、他の誰に
も瞳を渡すつもりもなかったから。
しかも俺は、4年も待っていたんだ。
“公演が終わったら”
その約束を幾つ交わしただろう。
そう、この公演が終わったら、
俺たちはまた違った関係になるはずだった。
共に暮らし、
同じ名前になり、
子供を作り、
家族になる。
暮らしは決して楽ではないだろうが、
2人でなら出来ると思っていた。
今回の瞳のマリアは俺から見ても、出色の出来で、
おそらく公演が終われば、次のウチの看板になることは
誰の目にも明らかだった。
“次の看板”
俺は忘れていた。
いや、忘れようとしていたのかも知れない。
“今の看板”の存在を。
殆ど劇団に顔を出さないが、咲乃がまだ“今の看板”である
ことは紛れもない事実だった。
その頃週刊誌で、咲乃と妻子ある映画監督との不倫騒動が
大きく報じられていた。
「男はあなただけじゃないしね」
あの時そう言って、咲乃は去っていった。
“あぁ本当だったんだな”と、かえって俺は安心していた。
ワイドショーで咲乃が爆弾発言したこともあり、この騒動は
かなり長引いた。劇団に取材に来る雑誌もあったくらいだ。
恋多き女優の男性遍歴
当然俺の名前もその中にあったが、劇団内では周知の事実
だった事もあり、今更誰もその話題を口にする者はいなかった。
今の俺には瞳がいたから。
もう終わった話だった。
俺の中では、いやきっと咲乃の中でも。
あいつは物に執着するタイプじゃない。
あいつのプライドが許せないだろう。
たとえ体だけの関係だったとしても、
一番身近にいた俺にはよく分かる。
あの時の言葉が気にはなるが、男がいるのならそれは
平気だろうと思っていた。
そして、
“ウエストサイド”初日の幕は開いた。
緊張に酸欠になりそうになりながらも、瞳のマリアは、
よく声も通り、アンコールが5回も起こるまずまずの出だし
だった。
その咲乃が、公演初日の終演後、
貸切になったMIYUKIに現れた。
突然。
何の前触れもなく。
「咲乃?」
「初日おめでとう。凄いじゃない。客の入りもいいし、反響も
まずまず。今までの“ウエストサイド”のどれより良かったわ。
私の斜め後ろにいたぴあの記者、アンコールの間中、興奮しっ
放し。大慌てで編集部に電話してたわ。
来週号はきっとあなたの緊急特集が組まれてよ、瞳さん」
俺の方を見向きもせず、まっすぐ瞳の所へ歩いていった咲乃は、
その細い手を瞳に差し出した。
瞳は突然の握手に戸惑いながらも、笑顔で挨拶した。
「あ、ありがとうございます。見てくださったんですね。
私、あがってしまって、実はよく憶えていないんです。
気がついたらエンディングだった・・そんな感じで。
今回マリアをやらせて頂いて感謝しています。
これで最後だと思うので、楽まで精一杯務めさせていただきます」
「頑張って。そうね、これが最後だろうし・・ね?仁」
「何しに来た」
「ご挨拶ね。初日のお祝いに決まってるでしょ?
私だってまだ劇団員なのよ。しかもマリアの本役は私じゃない。
代役の瞳さんを慰労するのは当然だわ。ね?」
「瞳は代役じゃない。この舞台は瞳が本役だ。変なことを言うな」
「あら、マリアは私の役よ。これまでも、これからも。
それから・・仁もね。あなたに、仁は渡さない。
ねぇこんな娘のどこがいいの?仁。顔だって十人並みだし、
チビの上に舞台栄えもしやしない・・・
あぁ、体?仁好みに仕込んだってわけ?」
「咲乃!いいかげんにしろ!!俺を恨むのはいい。
だが、瞳を傷つけたら許さない。帰れよ。ここは俺たちの家だ」
「俺、たち?」
「ああ、“俺たち”だ。俺と瞳。
ウエストサイドが終わったら一緒になる」
「一緒って・・結婚するの?・・仁。あなたが、結婚?」
「ああ」
「フッ、ハハハ、信じられない!冗談でしょ?
そうよ、悪い冗談だわ・・・ねぇ瞳さん。仁はね、今まで女が
掃いて捨てるくらいいたの。仁の心は無かったけど、それでも
仁に抱かれたくて、女の方からあの部屋のドアを叩いてた。
・・知ってる?男ってね、好きでもない女も平気で抱けるのよ。
私だけなの!仁と4年も続いてたのは。
あなたとはまだ1ヶ月そこそこじゃない!そのうち捨てられるわ。
仁はそういう男よ。可哀想に、初めての男だったんでしょう?
・・・そうだ!ね、仁。私、最近面白い話を聞いたの。
話そうかどうしようか迷ったんだけど、
これは瞳さんにぜひ聞いて貰わないと。
瞳さん。この男はね。
自分の妹を、それも18歳の妹を弄んで殺したのよ。
いくら血が繋がらないからって、酷い話でしょ?
悪い事言わないわ、止めなさい、こんな男。
あなたは知らずに騙されてたんでしょうけど・・」
やはり、知っていたのか。
それを言うために、わざわざ瞳に逢いに来たのか。
俺が咲乃の胸倉を掴もうと手を伸ばした時、
瞳はそっとその手を包んだ。
「いいえ。知っていました。そしてその話が嘘だってことも。
私は仁さんの話だけを信じます。今までの事はもういいんです。
私は14も年下だし、35歳の仁さんがそれまで何も無かった訳ない
ですから。
今は私を愛してくれている。それだけでいいんです。
そして、私が仁さんを愛している・・それだけでいいんです」
俺は瞳を抱き締めた。
咲乃が見ていようが、そんなことはどうでもよかった。
俺を護ってくれた瞳が、たまらなく愛おしかった。
「ごめん、瞳。どう言い訳したって俺の過去は消せない。
お前に出逢う前の、いや、お前を愛していると自覚する前の
俺は、そんな男だった。俺を信じろ。今の俺にはお前だけだ・・
お前がいれば、俺はもう何もいらない」
「咲乃ちゃん・・お帰りなさいな。
悪いけど、この2人はもう引き離せないわよ。
あんたも分かってるんでしょ?色々あって意地になってるだけ
なのよね。それからよけいなお節介かも知れないけど、劇団、
辞めた方がいいんじゃない?マスコミで充分やってけるでしょう。
今回の舞台で、たぶん瞳ちゃんが本当の本役になるわよ。
それも自分で分かったんでしょ?だから、あんなに・・」
腕の中の瞳は、小さく震えていた。
だが、その顔は紅潮し、俺に笑顔さえ向けていた。
そんな瞳を、咲乃は遠い目をして見つめている。
「仁・・あなた、私のこと少しでも愛してた?
・・そんな時が、あった?」
「いや」
咲乃は帰っていった。
キッと前を向いて。
それが・・咲乃のプライド。
「ごめんなさい。咲乃さんにあんなこと言って、私・・」
「もういい。悪かった。俺が悪かった・・常さん、ごめん。
上がるよ、いいかな」
「ええ・・ええ」
その晩、俺はずっと瞳を抱き締めていた。
緊張と悲しみで、瞳は疲れ果てていた。
俺の腕の中で眠る瞳。
その愛しい存在がなぜか消えてしまうような、
そんな不安に駆られる。
俺が護る。
お前は、俺が・・・
無事に楽日を迎える事。
その時の俺は、ただそれだけを祈っていた。
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