金色の鳥篭 ― スジニの愛 ― 最終話
いつの間にか風が止んでいた。
辺りは妙な静寂に包まれている。
正面には、対峙するオンニと王様。
オンニは剣を振りかざし、今にも王様に飛び掛らんとしている。
王様はその姿を、ただ強い目で見つめていた。
アジクを抱くアタシの肩を、カンミ城主が大きな手で掴んだ。
その手の温かさに、アタシはようやく息を吐く。
「オンニ」
「おいスジニ。あれは大神官だろう?
火天会に君臨してるっていう、お前の本当の姉」
「チュムチ、違う。あれはオンニだけど、火天会の大長老なの。
オンニは自分から大長老と同化したの。自分の命と引き換えにして。
そして自分ごとあのバケモノを倒せ・・そう王様に言ってるの」
「何だって?!」
アタシの声に反応したのか、
オンニの指から、またあの黒い霧が現れた。
「どうした?タムドク。やはりキハの姿の私は殺せぬか」
「・・・」
「命懸けの愛というものは滑稽なものだな。
自分から私を吸収したくせに、あの女は私の力に勝てず表に
出てくる事さえ出来ぬ。おかげで私はまた息を吹き返した。
今だ。今こそ我らは、世界を我が物にするのだ。
2000年待ったお前の心臓と、4つの神器が揃っているのだからな」
王様は顔色ひとつ変えなかった。
やがて、1歩、また1歩とオンニの姿をした大長老の傍に
近づいて行った。
「キハ。私は今、やっと分った。天が私に与えた使命が。
未熟だった私には、何故私がチュシンの王として生まれたのか、
それが分らなかった。
天は私に、人間としての可能性を問うていたのだ。
どんな事があっても、人を信じられるか。
どんな事があっても、想いを貫けるか。
これは、天が私に下した審判だったのだ。
お前を信じ切れなかった私に、
“ここで選べ”
天はそう問うているのだ。
そして、その罪を一生背負って生きろ・・そう伝えているのだ。
キハ、私はお前に詫びねばならない。
お前を信じ切れなかった事、
お前にひとりで子を産ませてしまった事を。
だが、私はここで選ばねばならない。
私には、護らなければならないものがあるから」
大長老の瞼が、ほんの一瞬閉じた。
それは昔、火天会に襲われたタルグ達を治療してくれた時の、
あの時のオンニの微笑みの様だった。
「キハ。お前を忘れない。その目は・・お前だろう?」
「終わりだ!!タムドク!」
大長老が、王様目掛けて飛び掛ってくる。
「「王様!」」
「「陛下!」」
「タムドク様!!」
「アボジー!!」
チュシンの王を護る四神と、1人の従者。
そして、天の血を受け継いだ息子。
そこにいる誰もが、王様を愛していた。
そこにいる誰もが、王様を誇りに思っていた。
そこにいた誰もが・・・王様に全てを捧げた。
王様の持つ天弓が金色に光り出す。
すると4つの神器は空に舞い上がり、
それぞれの守り主の下へと帰って行った。
お師匠様の杖。
チュムチの鉄の塊。
カンミ城主の青龍の鱗。
そしてアタシの朱雀の心臓。
皆、ただ祈った。
王のために。
アタシ達の・・・チュシンの王のために。
王様が静かに天弓を引き絞る。
アタシ達が持つ4つの神器からの光が、
金色に輝く矢じりの先に集っていく。
「キハ・・・・また、逢えるな」
金色の光が空一面に輝き、4つの神器が皆の手の中から消えた。
放たれた矢を心臓に受けた笑顔のオンニの姿が、目の前から消えた瞬間。
アタシは・・気を失った。
「ちがうよ。足の運びが逆だろ?
こないだ習ったばっかじゃないか。もう忘れちゃったの?」
「忘れてなんかないよ、もう!
スファンがうるさいからうまく出来ないだけ!」
「この頃、書庫なんかに篭って本ばっか読んでるからだよ。
あんな難しい本、何が面白いの?俺の方が力だって強いしさ。
アジクは王様になるんだから、もっと強くなんなきゃ」
「本は面白いよ。スファンも少し勉強しなくちゃ。
それにぼく、王様にならないから」
「どうしてさ。アジクはペーハーの子供だろ?
大きくなったら王様になるんだよ」
「この間聞いたんだ。ぼくが王様になる時は、
アボジが死ぬ時なんだって」
「え?そうなの?」
「うん。アボジが死んじゃうなんていやだ。
だからぼく、いつまでも王子でいいんだ」
「そうか。俺もペーハー好きだ。それ、イヤだな」
「でしょ?スファンもそう思うよね!」
「お前達、何バカな事言ってんだ?
あのうるさい妃に知られたら、また怒られるぞ」
「「あ、チュムチ~!」」
寝殿脇の中庭。
そこはアジクとスファンのお気に入りの場所。
コ将軍や、カンミ城主に習っている剣術や槍術の稽古をしたり、
大声ではしゃいで遊んだり。
そんな2人を、国内城の大人達は微笑ましく見守っている。
アブルランサの対決から半年。
高句麗は何事も無かったかのように平和な日々が続いてる。
コムルの人達は皆いなくなってしまったけれど、
お師匠様が国内城で育てた若い人達が実力をつけ、
今では立派な右腕として働いている。
お師匠様はもう何百人もの“先生”だ。
カンミ城主は、国内城の外に小さな庵を構えた。
森の中にあるそこは、とても落ち着く場所らしい。
時々アジクが遊びに行って、そのまま泊まったりする事もあるけれど、
あの無口な彼とアジクがどんな話をしているのかが、とても不思議。
アジクはチョロ兄ちゃんに習う槍術が好きらしく、
厳しいコ将軍の剣術の稽古をサボりがちだ。
そうそう。
チュムチの家には双子が生まれた。
元気な男の子。
難産だったタルビオンニを心配して、おろおろしていたチュムチだったけど、
元気な産声が続いて聞こえた時には、王様に盛大に自慢していたっけ。
まったく、あんなチュムチには勿体無い奥さんだよ。
あの時のタルビオンニ、すごく綺麗だった。
あ、ヒョヌはね。
今や精鋭部隊の弓隊の隊長。
アタシがこんな事になって、王様が大袈裟に心配するもんだから、
仕方なくアタシがヒョヌに後を頼んだんだ。
でも、さすがにあのカンミ城で隊長をしていただけあって、
ヒョヌの腕は確か。アブルランサ前での攻防は、今でも語り草になる
くらい凄かったらしいし、誰もこの人選に文句は出なかった。
今は平和な高句麗だけど、いつ敵が攻めて来ないとも限らない。
この半年で、大きく領土も広がった。
また戦が始まるのかもしれない。
本当はアタシも一緒に戦いたいんだけど・・
「何を見ている?あぁ、アジク達か」
「王様」
寝殿の窓からアジク達を見ていたアタシの後ろに、
いつの間にか、王様が立っていた。
窓から吹き込む風に、長い髪をなびかせて。
「昔。私もああやって従兄弟と遊んだものだ。
彼は聡明で優しく、いつもおどけて私を笑わせていた・・・
スジニ。風が冷たくなってきた。窓を閉めたほうがいい」
「大丈夫。皆が心配していっぱい着せてくれてるの。
ほらこんなに。寒いどころか暑いくらいよ」
「用心に越した事は無い。しかもお前はすぐに走ったりするからな。
周りの者にもよく言い聞かせてはあるんだか」
「王様。あんまりアタシを過保護にすると、自分で鍵を開けちゃうかも」
「鍵?・・この窓のか?」
「あは・・だから、もう危ない時期は過ぎたから心配いらないって。
病気じゃないんだし、アタシは元気なの!
本当は弓隊の訓練や、アジクの剣術だってみてあげたい・・」
「妃」
「・・はい」
あ。
まずい、怒らせちゃったかな。
目が笑ってない・・・言い過ぎた。
「スジニ」
「あ」
やってきたのは小言ではなく、大きな胸だった。
温かいその胸。
王様はアタシを包み込むように抱くと、ふぅ、と溜息を吐いた。
「なぁ。お前が子を産む時に、私は国内城に居られるだろうか」
「王様?」
「心配の種が尽きぬ。
今は平和だが、いつ戦が起こっても不思議でない状況だ。
チュムチやチョロは自分達に任せておけと言うが、私は王だぞ。
そうはいかない」
「そんな事を考えてたの?」
「当たり前だ。チュムチの所の難産の様子を見ているのに、
お前は怖くないのか?タルビは命懸けだったんだぞ」
「ブッ!あっははは!」
「何が可笑しい」
「王様ったら、真剣な顔。あははは!」
「スジニ、私は真剣だ」
怖い?
出産が?
ううん。全然怖くなんかないよ。
アタシは、見てきたもの。
苦しみの後の、タルビオンニの幸せそうな顔を。
そして・・
オンニがアジクを産んだ、あの瞬間を。
あの時。
自分の意識も朦朧としてる中で、
オンニはアジクを産もうと、必死に唇を噛み締めていた。
そして、アタシに手を伸ばしたんだ。
あの手の感触。
アタシは絶対に忘れない。
あれが、オンニの真実だったんだよね。
柵(しがらみ)も、憎しみも、全部取っ払ったオンニの真実。
だから、アタシは何も怖くないよ。
むしろその瞬間、またオンニに逢えるような気がしてるんだ。
今度はオンニがアタシの手を握っていてくれる・・・
そんな気がしてるんだ。
「あ」
「どうした」
「動いた・・ね、王様、触ってみて。ほら、ココ」
「こら!こんな所で腹を出す奴があるか」
「どうしたの?何?アタシ達しかいないよ」
「お前は昔も平気で男の前で肌を見せた。独り者の男のからかいにも
すぐ乗った・・私の妃となった今でもそれは変わらないのか」
「肌?いつの事言ってるの?アタシは王様の事しか好きじゃないよ。
他の男の人は、ただの友達」
「簡単に着物をめくったり、意味無く男に笑い掛けたりするな。
まったく・・王にこんな心配をさせる妃がどこにいるんだ」
「そんな事言ったって」
「そこら辺にしといてやれよ、王様。
王様だってスジニに言えない事の1つや2つあるんじゃないのか?
何しろ8年だからな」
「うわっ!!いつからいたの?チュムチ」
「夫婦の話に立ち聞きとは、感心せんな」
気がつけば、開け放した窓からチュムチとアジクとスファンが顔を出していた。
アタシ達の言い合いに、遊びを止めて聞いていたらしい。
チュムチは、にやにや笑って王様の顔を覗いている。
「考えてもみろ、スジニ。
見目麗しい独り身の王が1人・・眠れぬ夜を過ごしてる訳だ。
縁組にも側室にも首を縦に振らない王。
周りもヤキモキするわな。で、せめて世継ぎだけでも、とお膳立てだ。
王と何があったのか。
夜な夜な泣きながら宮を出て行く女達を見た奴が、いるとかいないとか・・
そんな噂、流れた時もあったよなぁ?王様も男だからな。しかも8年だ。
俺だったら我慢出来ねえが・・
ま、あくまでも噂。想像だ。真実は分らねえよ、俺にもな」
「チュムチ。意味深な言い方をするな」
「なあ、スジニが信じるように丁寧に語ってやってもいいぜ、王様。
ただし俺は傭兵、しかもこの件は戦とは別件だ。多少高くつくかも知れねえが」
「何が言いたい」
「いや、近頃我が家も色々物入りでなぁ。しかもこれは結構面白いネタだし」
「怒るぞ」
「ぶっわっはっは・・・スジニ。こいつ、笑える」
「王を脅す家臣がどこにいる。友達じゃなかったら打ち首だぞ」
「がははは、おもしれえ・・飽きねえよな、この男。大好きだぜ」
「何だ?」
「大好きだと言ったんだ。国中の連中があんたを好きさ。
だから長生きしてもらわなきゃ困る。俺達も働き甲斐があるってもんだ。
おい、跡継ぎ。強くなれよ。
お前の父親は偉大だ。お前はそのあとを継ぐんだからな」
「イヤだ!ぼく王様になんかならないよ。アボジが死んじゃうんでしょう?」
「アジク。誰がお前にそんな事を言ったんだ?」
王様はアジクの顔を見て、優しくそう聞いた。
怒られると思ったのか、王様の顔を伺っていたアジクは、
王様の微笑みにやっと小さな声で答えた。
「・・飴売りのじいちゃん」
「まったく!おじさんってば、余計な事しか言わないんだから!」
同じ事を思ったのか、王様もアハハと笑った。
そしてアタシに此処にいろと目で合図すると、
部屋の戸を開け中庭に降りていく。
「アジク、それは違うぞ。
私が死ぬから、お前が王になるんじゃない」
「そうなの?」
「お前は生まれた瞬間からすでに王なのだ。
今は自分で分らぬかも知れぬが、いつか必ずお前が目覚める時が来る。
その時が来たら、私はすぐにお前に王位を譲ろう。
だからお前は勉学に励み、鍛錬を積まねばならない。
苦しいだろうが、それが王の務めだ。母もそれを望んでいるのだぞ」
「ね、オンマ。それ本当?」
「うん。アジクになら出来ると、アタシは思うんだけどな」
「こら、スジニ!外に出る奴があるか」
後を追いかけ、庭に出ていたアタシを王様は少し睨んだ。
いくら言っても言う事を聞かない妻に呆れている顔だ。
「アタシだけ仲間はずれなんて嫌よ。風だって気持ちいいし。ね?」
「どこまで呆れたお妃様だ」
「褒め言葉よね、それ」
「あは・・」
透き通るような青空だった。
少し冷たい風が、頬を撫でていく。
王様はアタシの肩を抱き、優しく腕をさすった。
「あ!!オンマ、アボジ、見て~。赤い鳥が飛んでる!」
「本当だ、あんな真っ赤な鳥、見た事ないぞ」
「チョロ兄ちゃんの庵の方に行ったよ。スファン!
アボジ、オンマ。ぼく、行って来る~~」
「綺麗な鳥だな。俺もタルビに見せてやろう。王様、じゃあな」
赤い鳥?
あ・・あれは・・・
大きな赤い鳥が一羽、
ゆっくりと大空を飛んでいた。
その姿を見つめていた王様は、やがてアタシを抱く手に力を込めた。
アタシは、大きなその手に自分の指を重ねた。
・・・ありがとう・・
赤い鳥は、大きくアタシ達の上空を旋回すると、
光り輝く太陽の向こうに、真っ直ぐ舞い上がっていった。
やがて、金色の光の中にその姿が消えた時、
高く透き通る鳴き声がひとつ、国内城に響き渡った。
完
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