創作 叫ぶ靴音 3
いや~・・間に合わないかと思いましたよ。今回は^^
書きあがったのが30分前。誤字あるんじゃないかなあ。
今回は常さんがメインですね。この男、話し出すと長いんだ・・(爆)
深夜1時半。
終電が行ってしまった下北沢駅には、
まだコンパ帰りの学生がたむろしていた。
降り続ける雪を避けるように駅の階段に腰を下ろしていた
集団のひとりが、突然ギターで古い昭和演歌を弾き出した。
周りの仲間の大爆笑の中、
その物悲しいメロディーが駅前に流れる。
仁はその横をタップシューズのまま走りぬけて行った。
積もりかけた雪で湿った道路に、
パンパンパンという靴音が響いていく。
ギターの音をかき消されたのを不満に思った集団の数人が、
走り去る仁の後ろ姿を追いかけ、ロータリーに飛び出した。
「おい、止めとけよ」
ギターの青年が静かに友人を止めた。
路地を抜けた仁を見失った彼らは、
「何だ?今の」と言いながら、雪宿りの階段へと戻っていった。
殆どの店が閉まった商店街。
細い路地の奥にあるMIYUKIの店内からは、
淡い光が射している。
その重いドアを仁は、坂の上から走ってきた勢いのまま
乱暴に開けた。
外の雪と風が、仁と一緒に店内に入って来る。
傘も差さずに走ってきた仁からは、雪の匂いがした。
急激な寒さとカウベルの大きな音に、
店内に居た全員が振り向いた。
カウンターの中に洋介。
席にはジャンパー姿の中年男性が1人。
奥のテーブル席には客とのアフターなのか、
高い声で甘えるキャバ嬢と、仕立てのいいスーツを着た
商社マン風な男の2人連れ。
ドアの正面。
先日自分が倒した花瓶が置いてあった棚の下に、
卒公のチラシが貼ってあるのを見た仁は、息を切らせたまま、
カウンターの中にいた洋介に視線を走らせた。
「あら、仁ちゃんじゃない。どうしたの?
あんたを呼び出したのは明日よ・・って、ちょっと、仁ちゃん!
あんたまさかこの雪の中、傘も差さずに来たの?」
「・・え?あ、あぁ・・」
そういえば、何故自分はここに来たんだろう。
美雪への想いに押し潰されそうになり、タップを踏む足が急に止まった。
雪が降りしきる中、擦り切れたトレーナーとタップシューズの格好のまま
全力疾走で坂を下り、まっすぐここまで走ってきた。
・・・何故?
そうだ。何故、俺は今・・ここにいる?
木島と出逢い、誘われるままに宇宙に入って1年近く。
踊る事に夢中で、他の事は何の興味も無かった。
研究生として当然芝居の稽古はしていたが、自分を曝け出し、
声を張って台詞を喋り、感情のまま歌う事にまだ抵抗があった。
そんな自分が、何かを求めてここにいる。
思い切りドアを開けて・・
自分は一体、どうしようと思っていたのか。
仁は突然の自分の行動に戸惑い、慌てて踵を返した。
「・・あ。違う・・悪かった。帰るよ」
「ちょっと待って、仁ちゃんいいのよ!別に今日だろうと
明日だろうと関係ないの!アタシがあんたに逢いたかったのよ。
来てくれて嬉しいわ!それより仁ちゃん、あんた濡れてるわ。
しかもそんな靴のまんまで・・待ってて。タオル持ってくるから」
「いや、大丈夫だ・・」
「何言ってんの!もうすぐ卒公でしょう?
風邪なんかひかせられないわ。どうせ今日はろくな客が来ない
からそろそろ看板にしようかな、って思ってたのよ。
ね、徳ちゃん。あんたもう帰るってさっき言ってたわよね」
「おいおい常さん。俺もそのろくでもない客だってのかい?
大体、急になんだよ。話が盛り上がってたところじゃないか。
ついさっきまで飲み明かそうって言ってただろう?」
「さっきはさっき、今は今よ。
アタシはね、いい男と飲みたいの!」
「まったく、これだよ。これだけ毎日通って来てやってるって
いうのに、客を客とも思ってやしねえ。
不思議だよな、この店もさ。
店主がこんなんで、よく常連客が離れないもんだよ」
「あら?嫌なら来なくてもいいのよ。
アタシは、自分が食ってける分だけ稼げればいいんだから。
でもこんだけの材料使って、この値段で出してる店なんか
最近の下北でお目にかかった事ないけどね。
・・そうだ、徳ちゃん。聞いたわよ。アンタんとこの肉。
最近、また質落としたんだって?肉正の旦那がこの間怒ってたわ。
あんな商売続けてたら、あの店も先が見えてるってね。
奥さんによく言っとく事ね。見えない口コミほど怖い物ないんだから」
「おっと、まずい。お鉢が回ってきちまった。じゃ、お先~」
ジャンパー男はへらへら笑いながら席を立つと、
仁の顔を見上げながら、肩をすくめておどけてみせた。
そして奥のキャバ嬢に片手を小さく上げて、
「おやすみ、アケミちゃん」と言うと、
両手でドアを開け、大きな傘を差し帰っていった。
「まったく。若い後添えもらってから変なのよ、あの男。
あの店、味だけは良かったのに。今じゃメニューの名前ばっかり
凝っちゃって・・ほら、仁ちゃん。カウンター空いたわ、座って。
そうだ・・ちょっと、アケミちゃん!タクシー呼んであげるから、
そのスケベ男押し込んで帰しなさい。今日はもう看板なの」
「え~?常さん、まだ1時半だよ~。
閉店まで30分あるじゃない」
「ごめんね。たった今、用事が出来たの。
外は雪よ、タッ君も待ってるわ。早く帰んなさい。
ねえ、お兄さん。あんた、この頃よく来るけど、アケミちゃん狙い
ならお店だけにしてあげて頂戴な。この子、こんな事言ってるけど、
本当は早く帰りたいのよ。子供預けてるからね。
この若さでシングルマザーだけど、真面目な良い子なの。
それに、残念だけどいくら待ってもこの子、お客とは寝ないわよ」
「常さんっ!!」
「それともお客としてじゃなくこの子と向き合ってくれるの?
あんたにその覚悟があるって言うなら、アタシも態度変えるけど」
「分った、帰る帰る。雪に埋もれて帰れなくなっちゃうもんね。
常さん、タクシーは私が拾うから大丈夫よ。
私、今日チップいっぱい貰っちゃったの・・山下さん、ゴメンネ。
今度またサービスするから。
じゃね。常さん、オヤスミ!また明日~」
「ん。ほらこれ、おにぎり。朝、タッくんに食べさせてあげて」
「・・・常さん。いつもありがと」
「うん、いいから。いい事?
駅前であの男、タクシーに放り込むのよ!
じゃあね。気をつけて。ありがとうございました~~!!」
洋介はドアを半分開けっ放しにし、2人の姿が見えなく
なるまで見送った。月が変わったとはいえ、3月1日の未明。
外の雪はまだしんしんと降り続いている。
薄いYシャツにベストを引っ掛けただけの洋介を、
仁はただ見つめていた。
「ゴメンね。お待たせ!ヤダ、仁ちゃん。あんたまだそんな所に
立ってたの?座ってたらいいのに。そうだ、ついでだから悪いけど
ドアの外にClose出して来てくれない?今夜はあんたに付き合うわよ。
何なら明日は店、休んじゃっても構わないから」
洋介はそう言うと、仁に向かってニコッとウインクすると、
ドアを顎でしゃくった。
有無を言わせぬその口調に仁はしぶしぶドアを開け、
そこに掛かっていたパネルをCloseの方に裏返した。
さっきよりまた雪が強くなったようだ。
仁は空を見上げ、ほぉっと息を吐くと、
ゆっくりとドアを閉じた。
「ありがと。寒かったでしょう?ね、ここ来て。
今、ストーブ点けたから。ほら、タオル。早く拭きなさい。
やっぱりアタシはエアコンより、こうしてストーブ囲んでる方が
好きだわ。お湯も沸くし、鍋だってかけられるし。
それに暖かいのよ、2人ならよけいにそう」
「・・マスター、俺は」
「あらやだ。アハハ・・アタシの事マスターなんて言う人、
居ないわよ。さっき聞いてたでしょう?常さんでいいわ。
下北の人は皆、そう呼んでるから」
「常さん?」
「アタシの名前は常松 洋介。二枚目な名前でしょ?
仁ちゃん、アタシがこんなだからオカマだって思ってるわよね。
でも、生憎とアタシはノンケなの。女、大好きだし。
でもいい男は目の保養になるわ。あんた、いい顔してるもの」
「オカマのノンケ?聞いた事ないぜ」
「アッハッハ、ま、いいわ。これで挨拶は終わり。
アタシ達、もう友達でしょう?そうよね!」
洋介はそう言うと、カウンターから小さめの寸胴鍋を持って来た。
そしてストーブにかけると、蓋を開け、中身を覗き込む。
「もう、仁ちゃん急に来るから。昼から煮てたから、結構軟らかいとは
思うんだけどね。明日食べさせようと思ってタンシチュー煮込んでたのよ。
ちょうど良いタンが入ったから・・うーん、まだ早いかなあ」
「どうして」
「ん?」
ストーブの上の鍋をへらでゆっくりかき混ぜながら、
洋介は仁の顔を覗きこんだ。
長い足を大きく広げて椅子に座っている仁は、
ただじっとストーブの火を見つめている。
「どうして俺のチケットなんか・・
40枚って言ったら、11万以上だぞ」
「あ!そうだ、忘れてたわ。チケット代!」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃ」
洋介は慌ててカウンターの隅のレジから封筒を取ってきた。
そして“影山 仁 様”と書かれたその封筒を、仁の手に握らせる。
「はい。11万2千円。大丈夫よ、変な連中に売ってないわ。
アタシ、これでも顔は広いの。下北劇場関係者にも常連がいるし。
きっと皆、チケット無駄にしないで行ってくれるわよ。
後でアタシに感想聞かれて答えられなかったりするのが怖いから」
「だからどうして」
「アタシ・・あれからずっと仁ちゃんのこと考えてたわ。
何でこんなに気になるんだろうって不思議だった・・
下北は芝居関係の人が多いし、アタシも色んな役者知ってるけど。
仁ちゃんがあのドアから入ってきた時にね。
アタシ、感じちゃったのよ。
“この男には何かがある”。“将来きっと大化けする”ってね」
「とんだ見当違いだ。俺は・・そんな人間じゃない」
「あら?そうかしら。アタシの目って結構本物は見分けるのよ。
仁ちゃんの目。そんな風にしてるけど全然濁ってないもの。
さっき息切らせて入ってきた姿。まるで5歳の少年みたいだったわ。
飼ってた犬が居なくなっちゃったって、ママに教えに来た子供みたい。
・・ふふ、例えが変?」
あぁ・・そうか。
やっと分った。
俺は、この人に逢いにきたんだ。
無意識に足がここに向いたのも、
この人と、話がしたかったからなんだ。
この夜を他人と一緒に過ごしたくなくて。
でも、誰かに傍に居て欲しくて。
どうしてだろう。
こんなに無遠慮な男なのに、
いつの間にかそれを受け入れてる自分が居る。
・・・不思議な男だな。
初めて間近に洋介の顔を見た仁は、
その横顔が、驚くほど端整な事に気がついた。
そして、ただ細いと思っていた腕には、しっかりと鍛えた
筋肉がついていた。
Yシャツに蝶ネクタイ。黒のベストに細身のジーンズ。
それが嫌味なくらいに似合っている。
「さ、出来た。仁ちゃん、そこの棚からお皿持ってきて。
何驚いた顔してんの?アタシの顔に何か付いてる?」
去年はひとりで浴びるほど酒を飲んだ夜を、
今年は知り合ったばかりの男と過ごそうとしている。
・・・お前が呼んだのか?
言われるままに棚から皿を出しながら、
仁は、ふっと口元を緩めていた。
コラージュ、 明音
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