叫ぶ靴音 4
・・憶えてますか?(笑)続きをUPするのにずいぶん掛かっちゃいました。
「叫ぶ靴音」やっと完結です。
そして、これのオマケの様な作品をもう1つクリスマス用に書きました^^
こちらは仁とバーニーの誕生日(笑)23日にUPしますね~♪
one ,two , three・・・Ready or not , here I
come!
Daddy?Bernie?・・・どこ?
幼稚園、俺がやるから
だから母さんはおじちゃんと結婚しろよ
お兄ちゃん・・美雪と遊ぼ!
愛してる、仁・・
「美雪!」
・・・・ぁ
「仁ちゃん、仁ちゃん。大丈夫?」
いつのまに眠ってしまったのか。
気がつくと仁は、MIYUKIの店内のベンチシートの上で丸くなっていた。
カウンターの中から洋介が仁を呼んでいる。
店内には、珈琲の良い香りが漂っていた。
「うなされてたわ。夢見てたのね。その・・妹さんの夢?」
「・・何時?」
「まだ4時半。もうすぐ夜が明けるけど。30分くらい寝てたかしら?
ごめんなさい。アタシが色々聞いたから・・思い出させちゃったわね」
仁は、重い頭を引き剥がすようにべンチシートから起き上がり、
大きく足を広げて座ると、脱力したように後ろの壁に頭を
もたせかけた。やがてテーブルの上の煙草を1本咥えると、
紫煙と共に大きく息を吐き出した。
「目、覚めた?今、珈琲淹れてるから」
「変な夢見た・・久しぶりに深酒したからだな。
・・なぁ。さっき言った事、忘れてくれ。俺も二度とここへは
来ないから」
「最後は、仁ちゃんの腕の中だったんでしょう?妹さん。
幸せだったんじゃないのかしら、若すぎたけれど」
「幸せ?馬鹿言うな。あいつは18だったんだぞ!
・・俺が、あいつを殺したんだ」
「でも、愛し合ってたんなら」
「あんたに何が分かる」
「仁ちゃん!!」
「帰る。シチュー美味かった」
「待って。仁ちゃん!」
仁は急に立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。
履いたままだったタップシューズが、パンパンと音を立てる。
「アタシ、まだ聞いてないわ。仁ちゃんの靴音」
「靴?何だそれ」
「アタシ昨夜電話で言ったわよね。タップシューズ持って来てって。
ここで踊って見せてくれない?音楽掛けるから」
振り向いた仁は、カウンターの中の洋介を睨み付けた。
昨夜は、不覚にもこの男の前で美雪との事を話してしまった。
木島といい洋介といい、これ以上自分の弱みを握る人間を作りたくない。
仁は、ことさら冷たく洋介に言い放った。
「悪いが御免だ。昨夜は俺がどうかしてた。
もういいだろう。だけどあんたも、どうして俺なんかに拘るんだ」
「初めは単なるアタシの好奇心。どんなダンスを踊るのか見たかったの。
でも今は少し気が変わったわ。そうね・・あんたのためよ。
あんたは充分苦しんだ。もういいでしょう?少し楽になりなさい」
「楽?ふっ、何言ってる・・あんた、俺に説教しようってのか」
「ううん・・愛する人と死に別れる辛さはアタシにも分るの。
泣きたい時に泣けばいい。泣けないなら、それをエネルギーに変える事よ。
ね、見せてくれない?このフロア、少し直したのよ。
引っ掛けて怪我するって、この間、仁ちゃん言ってたでしょう?
この一画だけ大理石張ったの。音も出るはずだから」
そう言うと洋介は、1枚のレコードを年代物のプレーヤーに乗せ、
静かに針を置いた。
スタンダードジャズが、流れ出す。
仁は洋介の顔をじっと見つめた。
昨夜飲みながら外した蝶ネクタイを、緩めた襟にぶら下げた洋介は、
朝になってつけたのか、赤と黄色のド派手なバンダナで髪を
包んでいた。カウンターから仁を見つめているそのアンバランスな
姿に、仁は呆れたように溜息を吐いた。
「・・変な奴だな。あんた、よく見りゃいい男なのに。
そんな格好や女言葉で人を安心させて騙してんのか?
良い趣味じゃないぜ」
「騙す?人聞き悪いわね。アタシはアタシよ、このまんま。
“自分を隠して生きるな”って昔ある人に言われたの。
それからアタシは楽になれたわ。仁ちゃんも、ここで一歩踏み
出さなきゃ。代表が拾ってきた特別待遇の研究生・・
あんたは試験結果とは関係なく劇団に残れるんでしょう?
中途半端な芝居なんかしたら、真剣に上を目指してる同期生が
かわいそうだわ」
「何だと!」
「踊って。次の曲は“ニューヨークニューヨーク”よ。
フレッドアステアとはいかなくても、そこまで大口叩いてるんだから、
それなりのダンスなんでしょうね」
「くっ・・・・みてろ」
洋介から目を離す事なく、仁はその板の上に立った。
1度かがんで靴紐を縛り直すと、パン!と大きく爪先を鳴らす。
やがて・・
曲が変わった。
Start spreadin' the news,
I'm leavin' today
I want to be a part of it New York, New York
薄暗い明け方の狭い店内。
その小さな板の上で、曲に乗せ、仁が踊り出す。
低いシナトラの声と、乾いたタップチップの音。
ゆっくりとした曲に乗せ、仁の靴がステップを刻む。
タップについてはまるで素人だが、その音を聞き、踊る仁の姿を見た
洋介は、やがて「ほぉ・・」と深い息を吐いた。
・・・やだ、何?これ。
こんな色っぽいダンス、初めて見た・・想像以上だわ。
タップってもっと軽いダンスかと思ってたけど、これは・・
うわっ・・ちょっとこれ、事件かも知れない。
木島さんって人、もしかしてすごいもの拾っちゃったんじゃない?
ゆっくりとしたそのメロディーに体を委ねながら、
仁は何故か、不思議な感覚に囚われていた。
デジャブーのようなどこか懐かしい響き。
仁の細胞の中の何かが呼び覚まされるような、苦しく切ない感情。
よく知っているスタンダードナンバーなのに、
踊る仁に新しい何かを教えるようなメロディー・・
・・・何だ?この曲。シナトラ、だよな。
ラジオ?・・あぁ・・これ、ラジオから流れてた・・
ラジオ・・・ラジオ?・・・・・・どこで?
突然踊るのを止めた仁は、しばらく放心したように立ちすくんでいた。
その目は何を見ているのか。
どこかに意識が飛んでしまったようなその姿に、
洋介が慌てて声を掛ける。
「仁ちゃん?どうしたの?」
今度は洋介が止める間もなかった。
仁は急に我に帰ると、そのままドアに向かって猛然と走り出した。
「ちょっと!待って、仁ちゃん!!」
昨夜の雪は夜半に雨に変わったのだろう。
早朝の商店街の道路は、融けかけた雪でぐちゃぐちゃになっていた。
滑るタップシューズに何度も転びそうになりながら劇団まで走って戻った
仁は、その勢いのまま稽古場に飛び込んだ。
まだ薄暗い稽古場の大鏡に自分の姿が映っている。
肩で息をして、真っ直ぐ自分を見返しているその姿。
そこにいる男は、困惑した顔をしていた。
頭の中が混乱し、知らないうちに涙が頬を伝っている。
・・胸が苦しい
・・・これは、この想いは何だ?
仁は深く息を吐くと、
大鏡に映る自分の姿に向かって大きく拳を突き出した。
「うわぁーー!!」
「仁!止せ、何するんだ!」
後ろから仁の腰を抱え、大きく振り上げたその腕を掴んだ男は、
自分より大きな仁を全身で押さえ込んだ。
「・・木島っ・・離せ!!」
「馬鹿ヤロウ!怪我したいのか!仁。お前、今まで何処行ってた。
待ってたんだぞ、お前、携帯持ってないから連絡できないし」
「離せ!関係ないだろ、お前には」
「関係ないだと?ふざけるな!お前を拾っちまった時に俺は決めたんだ。
お前と運命共にしようってな。いつまで切れた携帯に縛られてんだ!
いくら充電したって、あれにはもう新しいメッセージは来ないんだぞ!
早く前を向いてくれよ。俺はお前に宇宙の未来を賭けたんだ!!」
「拾ってくれなんて、俺は頼んでない」
「仁!!」
「離せ、木島!殴られたいのか!」
「嫌だね。お前の馬鹿力で殴られたら、
俺様のハンサムな顔が歪んじまう」
「馬鹿言うな。よく鏡見ろ」
「その鏡をお前は割ろうとしてるんだ。
これ、特注なんだぞ。100万はしたな。お前に弁償出来んのか?」
「・・ぁ。はぁ・・お前。うあっ!くそっ」
仁の体から力が抜けたのを確認した木島は、
そっと掴んでいた腕を離した。
フロアの真ん中で、睨み合う仁と木島。
仁はまだ肩で息をしていたが、やがて脱力したように
そのままフロアの真ん中に大の字に倒れこんだ。
「仁・・心配したんだぞ。お前は俺の友達だろうが」
「憶えてたのか。今日が命日だって」
「ん?あぁ。事務所でな、劇団の今年の日程を調べてたんだ。
カレンダーをめくろうとしたら、今日の日付にマルが付いてた。
お前に出会った時に書いたんだよ。で、思い出したのさ」
「こんな夜中に?また夫婦喧嘩か」
「放っとけ。なぁ、仁よ。お前・・」
「木島」
両足を大きく振り上げ、
パン!という音を立てて腹筋だけで起き上がった仁は、
不安げな顔をした木島に向かって、もう1度名を呼んだ。
「木島。俺って何だ」
「ん?どういう意味だ」
「お前を信じていいのか?俺は・・本当に舞台に立てるか?」
「どうした、急に」
「・・ある人に言われたんだ。中途半端な芝居は同期生に悪いって。
で、タップを踊った。シナトラが懐かしくて、苦しくて。
何故か頭がモヤモヤするんだ。ここでまた踊れば答えが出るかと思った
けど、鏡の中の俺が赦せなくて、それで」
「支離滅裂だな。それで解れっていうのか?何があったんだ」
「俺にも解らない。ただ・・」
「ただ?」
「踊りたいんだ。ただ、踊りたい。自分でも分からないんだ。
あいつの・・美雪の声が聞こえて、俺に踊れって言うんだ。
懐かしい歌が、俺にスポットライトの光を見せるんだ。
でも大鏡に映る俺は、いつもの俺で。
お前の期待や、歓声に応えられるような男じゃない。
俺は・・どうしたらいい」
「仁、暴れろよ。そして叫べ。
お前の音に、お前のダンスに俺は惚れたんだ。
お前と創りたいんだよ。宇宙の新しいミュージカルを。
いいんだ、今のお前のままで。
これから俺達の本当の幕が上がるんだからな」
仁達の卒業公演は、その夜から20日後。
下北沢駅の傍のスズナリという小劇場で行われた。
まだ無名の小さなミュージカル劇団。
その研究所の卒業公演。
そんな舞台に劇場のキャパを超える人数が、狭い階段下に並んでいた。
「おい。どうしたんだよ、これ」
「あ、代表」
「すげーじゃないか。今年のチケット、こんなに売れてたのか?」
受付を担当している事務所スタッフが、観客の対応に追われながら
背後に現れた木島に向かって笑顔で答えた。
「いえ。ノルマが達成出来なかった研究生がほとんどなんですけど・・
これ、多分影山君のだと思います。
この前事務所に、“影山 仁のチケット50枚ちょうだい”って買いに
来た人がいたんですよ。うふっ、ちょっと変わった面白い人でしたよ」
「ほう?あいつ、いつそんなパトロンが出来たんだ?」
小さな舞台にスポットライトが当たった。
木島 直人 演出の「ウエストサイドストーリー」
そのオープニングの音楽が流れ出す。
同期生と共に袖を跳びだした仁は、
眩しい光の中、初舞台の板を踏みしめた。
それはダンサーとして、俳優としての、仁のスタートラインだった。
この年の春、仁は劇団宇宙の正式な団員となる。
仁が加入した事で、劇団はタップミュージカル劇団として活躍を始め、
若手人気劇団として演劇界に旋風を巻き起こして行った。
美雪への愛が仁の中で思い出になるには、まだ多くの時間が必要だった。
あのドアを叩く女達や、劇団同期の咲乃との偽りの関係は、
仁の心を閉ざしていくばかりだったから。
仁が自分の本当の姿を取戻したのは、それから9年後。
それは、
運命の人、木村 瞳に出逢い、
彼女を護りたいと思った、その瞬間だった。
コラージュ、明音
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