クリスマスの町へ -叫ぶ靴音のオマケ-
入院中に書いていたお話です。でもシャバで^^読み返したら色々直したくなって・・
クリスマスバージョンにも変更したからこんな時間になっちゃった。
早く寝なくちゃ(笑)
しかし、自分を瞳にするとは・・作者の特権だわね^^
その病棟のナースステーションに飛び込んで来た男は、
どこから走ってきたのか、大きく息を切らせていた。
面会時間のタイムリミット。
そのギリギリの時間にやって来た男の緊迫した様子に、
年若い看護師は、意識して笑顔を作り、応対に当たった。
「御家族の方ですか?面会カードはお持ちですか?」
「あ、すみません。ここに妻が入院しているって聞いて・・
影山 瞳です。病室は・・」
「あぁ、救急で入られた影山さんですね?御主人ですか?
413号室になります。分かりますか?このナースステーションを
右に曲がって突き当たりを・・・あらら、行っちゃった」
看護師の言葉を最後まで聞かずに、男は廊下を走って行った。
その後ろ姿を、カウンターから身を乗り出すように数名の
看護師が見送った。
「やっぱかっこいいわ。TVで見るより数段いい」
「ですよね!私、奥さんの顔見た時に気付いたんですよ。
じゃぁもうすぐ旦那さんも来るなって。弟さんもイケメンですけど」
「私の友達がデビュー当時からのファンなのよ。
前に舞台一緒に見に行ったんだけど、凄いのよねあの劇団。
群舞もいいけど、やっぱ影山 仁だわ。
あの人のタップ、感動ものよ」
「え?師長。あの御主人、有名人なんですか?」
「あんた知らないの?国際的なタップダンサーで俳優。
何年か前に渋谷であったでしょ?劇場の楽屋での刺傷事件。
413はその被害者」
「渋谷で?・・・分かった!思い出した。萩原 咲乃だ!」
「馬鹿ね。大きい声出さないの!患者さんの事、あれこれ詮索しちゃ
ダメでしょう?看護師の鉄則よ。まったくあんたって娘は・・
はい。さっさと仕事に戻る!」
「は~い・・・って言うか、最初に興奮してたの師長じゃない」
病室の前の「影山 瞳」という文字を、仁はしばらく見つめていた。
あの日。
意識なく生死の境を彷徨っていた瞳の姿が目に浮かぶ。
冷たい手。
呼び掛けても答えない眠ったままの瞳。
そして再び目を開けた時、瞳は声を失っていたのだ。
仁に向かってにっこり笑いながら。
ゆっくりと引き戸を開けると、奥のベッドに瞳は横たわっていた。
片手が点滴に繋がれているのか、ドアが開く音に軽く首だけを入り口
に向け、仁ににっこりと微笑んだ。
・・・まるであの日の様に。
「あ、仁。よかった。結構早かったね」
瞳の横からひょっこり顔を出したバーニーが先に仁に声を掛けた。
仁は表情を崩さぬまま、バーニーに軽く手を振った。
「あ、その顔・・仁さん、もしかして怒ってるの?
えへっ・・びっくりしたでしょう?」
「当たり前だ。心臓が止まるかと思ったぞ、いきなり入院なんて。
瞳。耳、そんなに悪かったのか?」
ベッドの横の椅子に座っていたバーニーがそっと立ち上がり、
仁に座るように促した。
そして携帯を取り出すと、「操に電話してくる」と言い、
ポンと仁の肩を叩いて病室を出て行った。
入れ替わりに座った仁は、瞳の頬に手を当てゆっくり指を滑らせる。
瞳は、仁の目を覗きこむように悪戯っぽく笑った。
「舞台が跳ねて楽屋にメッセージ。“弟さんに連絡して下さい”だ。
急いで電話してみりゃ、こいつは冷静にお前が入院したからここに
来いって言う。俺がどれだけ心配したと思ってる。
おい、何があったんだ?朝は大丈夫だっただろう?」
「うん。夕方から稽古場で来年の春公演の打ち合わせだったでしょう?
待望のバーニーの新作だもの。オリジナルは久しぶりだし、代表も
すごく乗ってるし。曲もね、いい感じに出来てきたのよ。
ピアノであいちゃんと合わせてたの。前からの耳鳴りが朝から酷かった
んだけど、その時すごいめまいがきて・・
倒れちゃったらしいわ。気がついたら救急車の中だった」
「聞こえ辛いって言ってたよな。耳鳴りの音で音程取れないって」
「一週間入院ですって。点滴治療でだいぶ改善されるはずだって先生が。
ふふ、稽古場は大騒ぎだったらしいわよ。
代表はいきなり救急車呼んじゃうし、先輩は慌てて仁さんに連絡しよう
としたんだけど、本番始まる時間だったからバーニーに止められたん
ですって。で、バーニーが手続き色々やってくれたの。
操ちゃんがパジャマとか用意してくれて、舞のお迎えには常さんが。
・・あっ」
ジャワーーッ・・
突然の大きな水音に仁は飛び上がった。
やがて、ガチャンと個室に備え付けのトイレのドアを開け、
悠然と出てきた男の姿を見ると、仁は大きく天を仰ぎ、
派手に溜息を吐いた。
仁のその姿に、瞳はくすくすと笑い出す。
「ご、ごめん仁さん。常さんが居るって言うのすっかり忘れてた」
「瞳。そういうのはだな、最初に言ってくれ。違う意味で心臓が止まる」
「まったく。出るタイミング考えちゃったわ。バーニーも気利かせて
勝手に出てっちゃうし。アタシがここに居るの、2人共忘れてたっての?
失礼しちゃうわ」
「ごめんなさい、常さん。そんなんじゃないのよ」
「いいわよいいわよ、どうせアタシなんか。
舞を保育園に迎えに行って、操ちゃんが入院の支度する間、
エドと舞の子守りして。ディナーの仕込みもそのままに着替え持って
飛んできたっていうのにさ、この扱いよ」
「あぁ、そりゃどうも。ありがとうと言っとくよ。
しかしトイレで夫婦の話を立ち聞きなんて、趣味が悪いぜ」
「あら~、何言ってんの?立ってなんかしてないわ。アタシそんなに
行儀悪くないもの。トイレはちゃんと座ってするわよ、便座に!」
「こいつ!人がせっかく・・おい、ふざけんなよな!!」
「キャハハ!おっかしい~。2人とも漫才じゃないんだから・・
あははお腹痛い・・仁さん、本気で怒ってる、可笑し過ぎ。
え?何?キャッ!痛いっ!針抜けちゃった・・」
「瞳!」
「瞳ちゃん!」
仁と洋介があわてて押したナースコールに、何故か看護師が3人も
飛んできた。その慌てた様子を病室に戻る途中で見たバーニーは、
もしや瞳に何があったのかと、看護師を追いかけ乱暴にドアを開ける。
1人は瞳の点滴の針を換え、1人はさっき測ったばかりの血圧を測り、
もう1人はただ闇雲にベッドのまくら位置を直している。
呆気に取られる仁たちに、中でも一番ベテランらしい看護師が
その言葉とは真逆の、にこやかな表情でこう言った。
「この病気は難しいものじゃありませんが、安静も必要なんです。
点滴、安静。先生も仰っていたでしょう?無理なさらないで下さいね。
ストレスや過労も原因の1つなんですよ。それに奥様は血管が細くて、
この針もやっと入ったところなんです。色白の奥様の傷をこれ以上
増やさないでください。分かりましたね!」
「「はい。申し訳ありません」」
「それと・・残念ですが面会時間が過ぎています。
私共、心を込めて奥様を看護いたしますので、今晩は安心して
お帰り下さい。では」
妙にぎこちない行動の3人の看護師は、にこやかな笑みを絶やさず
ドアを開けた。
傍に立っていたバーニーに軽い会釈をして、病室を後にする。
病室にいた仁と瞳とバーニーと洋介の4人は、お互いに目を見合わせ、
一拍おいて4人同時に噴き出した。
「アハハ、見た?あの人達の顔!あれ、どう見ても仁ちゃん見たさよね。
あの血圧測ってた子、見た?ちらちら仁ちゃんの顔ばっか見ちゃって」
「点滴の針刺してくれた人が看護師長さんだって。
あの人絶対仁さんのファン。私にだって分かっちゃった。
だって目がこーんなにハートになってるんだもん」
「呆れたな。あんなにジロジロ見られたのは初めてだ。
でもあそこまであからさまだと笑えるけどな」
「びっくりした。看護師が3人、大慌てでここに入って行くんだ。
また瞳が倒れたのかと思って。あはは、最後に僕に挨拶した人、顔が
引きつってたね。動作がなんだかコメディー映画みたいだったよ」
ふふふ、アハハハ・・・
「さ、みんなもういいから帰って。あとこれ1本終わったら寝るだけ
だもん。私は大丈夫だから」
「でも瞳・・」
「帰ろうか、仁ちゃん。たまには3人で店で飲まない?」
「明日も舞台だ。そうは飲めない」
「じゃ、少しだけ。お腹空いてるでしょう?アタシも急いで店閉めて
きちゃったからディナーの仕込みそのままなの。
悪いけど食べてくれない?ちょうどあんたの好きなタンシチューだし」
「へぇ・・それは懐かしいな」
それからたっぷり30分。
別れを惜しむ夫婦の姿に洋介は苦笑していた。
何度同じ事を言い、瞳の髪を撫でるのか、
何度「じゃあね」と言い、その頬に口付けるのか。
バーニーはそんな2人を静かに微笑んで見つめている。
「行こう、仁」
「おう」
静まり返った病棟に、仁のブーツの音がコツコツと響く。
時間外受付から外に出ると、中とは別世界のクリスマスムードの
街が仁達の目の前に現れた。
運転する仁を、後部座席から洋介は見ていた。
助手席のバーニーは、iPotを耳に当て手帳に何やらメモをしている。
多分、次回公演のナンバーを聞いているんだろう。
ジュッという小さな音が静かな車内に響く。
見ると仁が煙草に火をつけたところだった。
咥え煙草のまま片手でハンドルを握る仁。
少し眉間に皺を寄せたその表情に洋介は思わず微笑んだ。
「何だよ。気持ちわりーな」
「ん?ふふ、何でもないわ」
「なら笑うな。俺の顔に何か付いてるか」
「ううん。何でもない。お腹空いたね、早く帰ろう」
「ああ・・なぁ、常さん。あいつ、疲れてたのかな。
過労が原因って言ってただろ?舞の世話、劇団の公演、歌の仕事・・
俺が留守にする事も多いから、家の事も全部瞳に任せっぱなしで」
「そうね。むしろいい機会だったんじゃない?
あの子、頑張ってたもん。いい骨休めになると思えばいいのよ」
「・・色々ありがとな。これからもよろしく頼む」
「あはは~。台風でも来るんじゃない?
仁ちゃんがアタシに礼なんて」
「また・・チッ、人がせっかく」
「仁ちゃん、あんたの靴音・・」
「あ?」
「あんたの靴音よ。トイレの中から聞こえてきたわ。
病棟の廊下をこっちに向かって走って来たでしょう?
瞳ちゃんの事を想って必死で走ってた。帰り際に瞳ちゃんを想い
ながら歩いてる音もいい音だったわ。あんたの心の中が全部見える
ような、真っ直ぐで綺麗な音・・
ねぇ。あの夜のニューヨークニューヨーク。憶えてる?
アタシ、あの時の仁ちゃんの音に涙が出そうだった。苦しんでるあんたの
心がね、あのゆっくりしたメロディーに溢れてたの。
叫んでたわ、まだ自分が何なのか分からずに、どう踊っていいかも
分からずにね。素敵なダンスだった。
木島ちゃん、凄い拾い物したなってアタシ思ったんだもの」
「ふっ・・ダンサーとしてあの時期がピークだったって事か・」
「違うわよ。馬鹿ね、あの時の音は・・」
「ああ。分かってるさ。多分、俺が一番分かってる。
あの時があって今の俺がある。美雪の事も瞳の事も、バーニーと
再会した事も。全部が全部今の俺の血になってるんだ。
役者としてもダンサーとしても無駄だった事は何も無い。
・・そういう事だろ?」
「うん。そう、そうよ」
「なぁ、やっぱ飲もうぜ。あのシチューには美味い赤だな。
どうせMIYUKIのワインセラーには良い酒なんかないだろ?
どっかで買って行こう」
「馬鹿言わないで!とっときの出してあげるわ。
良い酒なら二日酔いしないんでしょう?
アタシのロマネ、開けてあげる」
「お、太っ腹だな。そういうのをいつも店に置いとけよ。
悪酔いする酒ばっかだ、あの店にあるのは」
「もう!今褒めた所なのに・・あ~もうやっぱり。
仁ちゃんってどうしてそう口が悪いの?」
「何言ってる、何だかんだ言って俺の事が好きなくせに」
「アタシはゲイじゃないって言ってるでしょーが!」
「アハハハ!」
ヘッドフォン越しに聞こえるそんな仁と洋介の会話に、
2人に気付かれぬようひっそりとバーニーが微笑んだ。
窓の外は、金色に煌くクリスマスイルミネーション。
・・・舞とエドはもう眠ったかな。
大笑いしながら仁がアクセルを強く踏み込む。
車は彼らの町に向かって、眩い光の中を走っていった。
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