金色の鳥篭 -蒼穹の光-
お友達のサークルが2周年のアニバーサリーを迎えたって事で、
何かお祝いを・・と書いた短編です。
久しぶりの金色の鳥篭。思い入ればかりが先行して時間かかっちゃい
ました^^
待って!!
どこにいるの?
待って・・・待って。
・・・オンニ!!
姫が泣きながらカンミ城主に抱き抱えられるように
して城へ帰って来たのは、空がとても澄んだ初夏の
昼下がり。
普段静かな城主の大声にびっくりして、ついアタシも
大きな声で姫の名を叫んで、おろおろしている供を叱っ
てしまったんだけど、聞けば姫が供の目を盗んで森の
大木によじ登り、自分から足を滑らせたんだそうで。
幸い怪我は軽くて、足に擦り傷が何か所か出来た程度。
アタシは訳も聞かずに叱った供に謝って、大きく溜息を
ついてしまった。
もっとも、助けを呼ぶ声を城主が聞きつけてくれなかっ
たら、木から落ちてもっと大きな怪我をしてただろう
し、もしかしたら命だって危なかったかも知れない。
王様の留守の間、大事に至らなくて本当によかった
って、アタシは胸を撫で下ろしたんだ。
泣き疲れたのか、安心して気が緩んだのか。
無邪気な顔をして姫は寝てしまった。
アタシは思わず柔らかな姫の頬を指でなぞった。
「オモニ!オモニ!」
「アジク?」
「姫は?怪我したってたった今、聞いて」
扉を開けるのももどかしそうに、アジクが部屋に飛び
込んできた。どこから走ってきたんだろう。
大きく肩で息をしている。
「しーっ!寝てるわ。さっきまで兄さまを呼んでたん
だけど。きっと泣き疲れたのね。今は静かだけど帰って
きた時はもう大騒ぎだったのよ」
「怪我はどこ?城の屋根から落ちたって聞いたけど!」
「誰がそんなバカな事言ったの?嘘よ。からかわれた
のね。青将軍の庵のそばの木。それも落ちる前に助けて
もらったの。だから下りる時に少し足を擦りむいただけ。
そういえばあの木、あなたもスファンとよく遊んでたよね」
「あ!あぁ・・そうか、よかった。
何だか変だと思ったんだ。チョロ兄さんは笑ってるのに、
チュムチは僕に身振り手振りで、さも大怪我したみたいに
屋根から落ちた様子を教えてくれて。
・・クソっ!嘘ついたな」
「え?チュムチが帰ってるの?」
「うん今、外で。さっき着いたって言ってたよ」
「そう」
妹思いのアジクは、さっそく姫の寝顔を覗いている。
姫はそんな気配を察したのか、ほんの少し鼻をむずむず
させると、クシャン!と1つ、小さなくしゃみをした。
「アハハ、大丈夫みたいだね。よかった」
「うん・・ね、アジクごめん。ちょっと見ててくれる?
目を覚ましたら、お願いね」
「はい」
王様と行動を共にしているチュムチが帰って来た。
それも、予定より一月以上も早く。
何かあったんだろうか。王様は?
もしかして、王様の身に何か・・
嫌な予感がアタシの体中を駆け巡る。
アタシは一刻も早くチュムチに会おうと、
城内を走り始めた。
「チュムチ!!」
中庭で談笑している城主とチュムチを見つけた時、
アタシは思わず走り出し、外に飛び出した。
びっくりした2人の将軍は、前のめりになり今にも
転びそうなアタシを大慌てで支えた。
「おっと、危ねぇじゃねぇか!おいおい、お后様。
いくら天下にその名が轟くチュムチ様が帰って来た
からってそんな大袈裟な歓迎振りは感心しねえな」
「チュムチ!ね、どうしたの?どうしてこんなに早く
帰ってきたの?何かあったの?王様は?
軍はどうしたの?話し合いは上手くいったんでしょう?
それとも援軍を頼まないといけないような事に?
まさか王様の身に何かあったんじゃ・・」
「待てや、こら!暴れるな。落ち着けって!まったく
何年経っても変わんねえな。おめえは一国の母だろうが、
スジニ!」
「チュムチ!ちょっと、どうなの?
早く答えなさいよ!」
「姫も5つ。アジクだって14、そろそろ初陣だ。
最近ちったぁ后らしい姿になってきたと思ったのによ。
もういい加減その早とちり、どうにかしろって。
しかも俺には相変わらずこの態度。
な、このチュムチ様はもうただの傭兵じゃねえんだぞ!
高句麗の白将軍っていやあ、敵が恐れおののいて・・」
「んもう!じれったいなぁ。アタシの質問に答えてよ。
王様は大丈夫なの?どうなの?ちょっとチュムチ!!」
「なぁ青将軍、おめえも黙ってねえで何とか言って
くれよ、このバカに。俺がいかに・・」
「今回も、ヒョヌ将軍の出番は無かったそうだ」
「え?」
静かな城主の言葉に、アタシは思わす振り向いた。
腕を組み少し微笑んだ城主は、小さく頷いている。
「1本の矢も放たずに、友好的に兄弟国にされたそうだ。
民衆もタムドク王を歓迎している。私も今、報告を受けた」
「それじゃ」
「呆れた后だな。せっかく俺様が知らせてやろうと勇んで
帰って来たってのに。もしかしたら木から落ちたのは姫じゃ
なくて、お后さん。あんたの方じゃねえのか?」
「え?あ、えっと・・ごめん、チュムチ」
まったく、アタシってまるで成長していない。
いつまで経ってもこんな后じゃ、オンニだって安心できない
よね。
アタシに王様とアジクを託して天に昇ったオンニ。
きっとこの空のずっと高い所で、こんなアタシを見て笑って
いるに違いない。
本当にアタシなんかで良かったのかな、この国の后は。
王様はアタシがそんな事を言うと「馬鹿だな」といつも
笑うけれど、最近アタシはちょっと自信を失ってる。
アジクと姫の母。
王様の・・妻。
それだけじゃいけないんだよね、后ってさ。
逢いたいな。
何だか無性にオンニに逢いたい。
どこにいるの?オンニ。
オンニからアタシは見えるの?
そこは・・寂しくないの?
「・・ら、がね」
「ん?何?」
「お空が近かったの。こうやって、手をのばしたら
さわれそうだったのよ。お兄さま知ってた?」
部屋に戻ると、姫がアジクにお話をしていた。
大好きな兄に自慢したくて、大きな目を輝かせている。
姫のその幼い笑顔は、オンニによく似ていた。
「あの木は大きいよね。僕も前によく登ったよ」
「ねぇお兄さま。こうやって大きく手を広げてみて!
ね?まるで大きな鳥になってお空をとんでるみたいでしょ?
今日はお天気がよかったから、とってもいい気持ちだった
の。それにさっき、真っ赤な鳥も飛んでたのよ」
「真っ赤な鳥?」
「うん。前にお兄さまや、スファンオッパが話してくれた
でしょう?ずーっと見たかった鳥が飛んできたの。
もっと近くで見たくて背伸びしたら、落ちちゃって・・
ね、お兄さま。まだあの赤い鳥、いるかもしれない。
見せてあげる。いっしょに行こう!」
「こら、今日はダメだよ。大人しくしてなきゃ」
「だいじょうぶ。ね!ハヌルがおしえてあげるわ。
きっとお兄さまが見たのよりきれいな鳥よ。
あ、オンマ。ね、オンマも見たいでしょう?
すご~くきれいな」
「・・ハヌル。どこで見たの?その鳥」
「チョロおじちゃまのおうちのそばよ。
じゃ、お兄さま。こんどスファンオッパと一緒ならいい?
スファンオッパは、お兄さまよりずっと背が高いから、
抱っこしてくれるとすごーく高いのよ」
「僕だって、あいつとそんなに変わらないよ」
赤い鳥・・・
オンニ。
城主の庵の傍。
仲の良い兄妹の笑い声を背に、
アタシは迷わず城を後にした。
蒼い空。
緑の森。
水の調べ。
眩しい光。
森に向かって馬を走らせたアタシは、ハヌルが見たという
赤い鳥が居ないかと馬上から目を凝らした。
庵の傍の新緑の森。
木々の間から蒼穹の光が、
アタシの足元に差し込んでくる。
「オンニ」
アタシの姿が見える?声が聞こえる?
お願い。姿を見せて。
・・スジニ
声が、聞こえた気がした。
・・スジニ
「オンニ!どこ?」
頭上に大きな影を感じ、空を見上げた瞬間。
アタシは気を失った。
「オンニ!!」
「スジニ。おい、スジニ!!」
「・・・・あ・・あぁ」
見慣れた天井。ここはいつもの部屋。
アタシは目を覚ました。
どうやら侍医が脈を測り、侍女が唇を水で湿らせて
くれているらしい。
そして、王様が傍にいた。
大きな掌が、アタシの頬に当てられる。
そのあまりの気持ち良さに、アタシはまた
静かに目を閉じた。
「スジニ」
王様の声。
耳慣れたその優しい響きに、アタシは深く息を吐く。
お帰りになられたのですね。
お話し合いは上手くいったんでしょう?
また弓1つ引かずに兄弟国を作られたと、先に戻った
チュムチから聞いていました。
「私が分かるか、スジニ。
私の声が聞こえるか?」
・・はい、王様。
まだ思うように出ない声の代わりに、
アタシは小さく頷いた。
王様が人払いしたのだろう。
部屋にはもう誰の気配もない。
「もう大丈夫だ。意識さえ戻ればと侍医が言っていた。
まったくこのお転婆め。姫も姫だが、そなたは后だぞ。
こんなに王を心配させる后がどこにいる。
スジニ、分かるか?お前は落馬して頭を打ち、
3日もの間、眠り続けていたのだ」
・・3日?
あれからもう、3日も?
「静かな寝顔だった。あまりにも穏やかで、本当に
息をしているのか、何度も私はお前の呼吸を確かめた。
こんな事で死ぬお前ではないと分かってはいたがな。
・・夢を見ていたのか?スジニ。昨夜は少しうなされて
いた。どうだ、辛いか?まだどこか痛むか?」
いえ、王様。
アタシは大丈夫。
そんな顔でアタシを見ないで。
王様を心配させるつもりなんてなかった。
本当よ、ごめんなさい。
「喉が渇いただろう?唇がまだ白いな。
そうだ、何か食べられるのなら・・」
立ち上がり、侍女を呼ぼうとする王様の着物の裾を
アタシはそっと掴んだ。
「大丈夫、もう平気。
だからここに居て・・王様」
喉がかすれて小さな声しか出なかった。
でも、その言葉に王様は黙って頷き、
今度はアタシの床に並んで横になった。
「・・誰かに見られるわ」
「ここは私の宮だぞ。寵妃の床に王が居て何が悪い」
「それはそうだけど」
「いいから。久しぶりだ、こんな近くでお前の声を
聞くのは・・おいで」
王様の大きな胸。
逞しいその腕に抱かれて、アタシはもう一度息を吐いた。
「草原の匂いがする」
「草原?」
「王様の匂い。王様の・・あなたの匂い」
夢を見ていたの。
夢?
そう。アタシは撃毬の試合に出ていた、王様と一緒に。
黒軍が優勢で王様が次々に点数を入れて。アタシも
相手の毬を奪って一目散に馬を走らせてた。
「そこよ、スジニ!!」
観客席からアタシを応援する大きな声がしたの。
その声に圧される様に、アタシの毬が敵陣に突き刺さった。
王様はすごく喜んで、アタシの頭を撫でてくれた・・
あの時と一緒だな。
「やった~!すごいわ、スジニ!」
大観衆の歓声の中で、アタシにはその声だけが聞こえるの。
嬉しさに振り向くと、真っ白い神官の服を着たオンニが
飛び上がりながら手を叩いていたんだ・・満面の笑顔で。
キハ・・
あの時ね。
赤い鳥を追いかけて森に入った時、ハヌルやアジクには
見えるっていう鳥が、アタシには見えなかった。
そこに大きな影が見えるのに、姿が見えないの。
だから焦って馬から落ちたんだと思う。
アタシが落馬するなんて、おかしいと思ったでしょう?
もう、アタシには見えないのかな。
もう、オンニには逢えないのかな。
逢いたいのに・・逢いたいのにさ・・
王様がアタシを抱きしめる。
強く。とても強く。
その力強さと、背中に感じる手の暖かさに涙が溢れた。
そして、アタシの心は次第に落ち着いてきたんだ。
きっともう逢えないんだね、アタシ。
そしてそれは、アタシの事はもう心配してないっていう事。
アタシは、アタシらしく王様の傍にいればいい。
そうなんでしょう?オンニ。
これからは子供達を見守ってくれるんだね、きっと。
あの森の奥で、アジクとハヌルを。
忘れないよ。
アタシ、あの光を忘れない。
抜けるような初夏の空。
蒼穹の・・・・あの光を。
コメント作成するにはログインが必要になります。