菜の花の記憶 11話 「雨の中で」
11話、「雨の中で」です。この回を書いていた時、確か、韓国MBCの原語版「太王
四神記」のタムドクの雨の立ち回りを見たすぐ後で^^凄く興奮して、ぜひあの雨の
中の顔を仁に・・と思って書いたんです。実際ポートランドは雨の街。1年の半分くら
いは雨なんだそうです。どんより暗い空。色とりどりの街の花々。そんな街で仁は・・
ポートランド国際空港。
俺と瞳、木島と常さん、
そして・・アル。
つい昨日まで、この場所に来る事になろうとは
想像もしていなかった。
クリスの報告を聞いて、俺はすぐに部屋を飛び出そうとした。
だが俺のその手を止めたのは、瞳だった。
「駄目よ!今倒れたばかりなのに。そんな体で何処に行こう
って言うの?そんな長旅、無理だわ!あなたは自分がいつも
丈夫だって思っているから、傍で見ていた私の気持ちが分から
ないのよ。それにバーニーがそこにいるって何故分かるの?
そんな遠くまで行って無駄足だったら・・・ね、お願い。
せめてあと1日安静にしてて」
「・・1日?1日中俺にここで寝てろって言うのか?
その間にもあいつに何かあるかも知れないのに?
瞳、信じてないだろ。今まで兄弟だと認めもせずに、お前との
仲まで嫉妬してた俺が、急にあいつを心配しだしたりしたから。
あぁ、俺にだってよく分からないんだ。何故、こんなにあいつ
の事が分かるのか。でも、聞こえるんだ。今は、聞こえるんだ。
あいつが俺を呼ぶ声が。
“エド”って、どこかで俺を呼んでる・・・
俺が思い出さなきゃ、今、あいつを探さなきゃいけないんだ。
心配かけてごめん。でも、俺は行く。
クリス!今からチケット取れるか?何時間くらいかかるんだろう。
ごめんな雑用ばかり押し付けて。木島、悪いが瞳を頼むよ。
相原にもよろしく言っといてくれ。それから」
「仁!お前、バカか?まったく、全然お前は成長してないな!
俺達はお前の何なんだ?何でも1人で片付けようとするな!
お前の家族はな、俺達の家族でもあるんだ!瞳だって、お前の
女房だろうが!瞳の想いまで無視するなよ。
だいいちお前、金無いだろ。どうやってそこまで行くんだ、あん?
・・・オレゴンは遠いぞ?
俺様の、この光り輝くウルトラゴールドカードがなかったら、
絶対オレゴンまでなんか行けるもんか。
クリス!チケットは3枚だ。いいな!」
「5枚よ、クリス」
「常さん?」
「仁ちゃん、あんな説明でこの子が納得すると思ってるの?
子供だと思って舐めたこと言ってんじゃないわよ!
アルは、あんたより立派に大人よ。自分でちゃんとカタを付け
られる。決着はアルに付けさせなさい。アタシはそれを見届けに
行くから。木島ちゃん!どうせならここまでやるのが、かっこいい
男ってものよ。そんなあんたに萌ちゃんはイ・チ・コ・ロ!」
「よーし!出発だ。皆、支度しろ!」
「そうそう。金持ちは単純じゃなくちゃ!」
NYは早くも夏の陽気だったが、ポートランドは未だ肌寒かった。
アメリカ大陸のちょうど正反対。
改めてこの国の大きさを思い知る。
空港から一歩外に出た俺は、何か不思議な感覚に囚われた。
まるでデジャブのような、目の前の風景。
見たことなどあるはずが無かった。
しかも、ここを出たのは5歳の時。
31年前とはきっと何もかもが変っているはずだ。
「おい、仁!何してる。タクシーこっちだぞ」
「あぁ、木島。この街はバスが便利なんだ。
市内に出るには、金もかからな・・・い」
「仁?」
「・・・・・・・瞳。荷物、持つよ」
窓の外を流れる景色。
灰色の空。
今にも雨が降り出しそうな、重く湿った空気。
バスは走り続ける。
窓枠に肘を突き、
31年前の自分の故郷であるはずの街を眺める。
「え~と、どれどれ~・・・オレゴン州ポートランドは、
日本の札幌と緯度が同じで、姉妹都市にもなっています。
冬季は雨が多く夏でも25度くらいまでにしかなりません。
春は花が多くバラの街とも言われています。
・・あら?この街ナイキの本社があるのね。へ~、ここには
消費税が無いんですって!あのティファニーだって税金かから
ないのよ~。ふふふ、5番街で悩んでたピアスがあったの。あれ、
ここにもあるかしら。いい所じゃない、あんたの故郷って!
こんなことでもなくちゃ来られなかったわ。ありがと仁ちゃん♪」
空港で日本人向けの観光ガイドをちゃっかり貰って来た
常さんは、バスの中でもハイテンションだ。
俺やアルが背負っている重苦しい空気が一気に軽くなる。
俺が苦笑いしていると、瞳は安心したように常さんと一緒に
明るく喋り出し、アルは、常さんに体をくすぐられてくすくす
笑い始め、遂には“キャハッハ!”とはしゃぎだした。
その楽しそうな声は、緊張している俺を癒してくれる。
空港で感じた感覚が段々強くなってきた。
思い出す・・というのとは少し違う、
頭で感じるのではなく、皮膚が呼吸し始めたような、
眠っていた細胞が、少しずつ目を覚ましていく・・そんな感覚。
「瞳」
「ん?何?」
「手、握っててくれないか。なんだか、冷たいんだ」
「うん。仁さん、私はここにいるわ。だから・・大丈夫」
「あぁ」
俺の震えが瞳に伝わっただろうか。
さっきから手が小刻みに震えている。
掌にはうっすら汗もかいている。
舞台の本番ですら緊張など殆どしたことのない俺が、
目の前の風景に動悸を抑えられない。
「仁。この辺だ、クリスが教えてくれた住所。
・・・・大丈夫か?降りるぞ」
ポートランドは、緑の街だった。
5月の風は、まだ初春の香りで、街中に赤や黄色の花が
色とりどりに咲き始めていた。
木島と常さんが、露店でオレンジを売っている老婆に
メモを見せ、道を尋ねている。もっとも、2人はオーバーアク
ションの身振り手振りで、会話しているのは冷静なアルだ。
瞳はずっと俺の手を握っていた。
そして時々下から俺の顔を覗き込み、にこっと笑いかける。
一体、今俺はどんな顔をしているんだろう。
小さく笑い返すと、瞳は手を強く握り返した。
「仁。こっちだ」
「やっぱな・・・そんな気がしてた」
街の真ん中を走る路面電車。
三叉路の交差点。
その一角の大きな花屋。
三軒先の古いベーカリー。
目の前の霧がほんの少しづつ、晴れていく。
ああ。そうだ・・・・あぁ。
そこの路地を入ると、教会があって・・・
隣は・・俺、の・・・・幼稚園。
「瞳。手、離すよ」
「仁さん」
「その道を左・・・大きな屋敷があって・・・
・・・犬がいたんだ、大きな犬。俺が怖がって、いつも遠回り
しようって・・・そうだ・・隣に・・隣にいたのは・・・・」
『バカだな。こわくなんかないよ。エドはすぐなくんだから』
『じゃあ、バーニー、さきにいってよ!
ぼく、うしろにかくれてるから』
『よし!せーので、いっきにかけぬけようぜ』
『ほら!やっぱりバーニーだってこわいんじゃないかー!』
『『いっせーの~・・・・わ~~~~!!』』
「結局いつも、全速力でアパートの前まで走るんだ。
どっちが早く階段を上れるか競争して・・
ドアを開けると・・グランマと・・・マム、が・・・
ハハ、ハ・・ハハもういいよ、木島。住所、見なくてもいい。
あの赤いレンガのアパート。ここだったんだな。
たまに夢に、出てくるんだ。赤い建物が。
周りはみんなぼやけてるのに、この赤だけは見えるんだ。
・・ここ、だったんだな」
「思い出したのか!仁」
「いや。まだ、ぼーっとしたぼやけた記憶だけだ。何しろ
31年前だぞ?お前だって31年前の事、はっきり覚えてるか?
・・あいつはあれからずっとここに住んでたのかな。
新聞社が把握してる住所ってことは、上京するまでここに
いたって事なのか?あいつ、大学は」
「ハーバードよ、仁ちゃん」
「げ・・マジかよ」
アパートの傍には、薄紫のスミレが咲いていた。
それこそ、あたり1面に・・
誰かが手を掛けているようには見えない、まさに雑草に
近かったが、それはとても美しかった。
俺は、その花から何故か目が離せなくなっていた。
一斉に俺の方を見て話しかけている様に感じた。
「あら?バーニー、まだいたの?
もうNYに戻ったんだと思ったのに」
「え?」
突然俺に話しかけてきた初老の女性。
驚いた俺の顔と、木島達の顔を怪訝そうに伺っている。
「急に来るからおばさんも驚いたけど、少しは街も見られた?
あなたがいた頃と、あまり変ってないでしょう?
あ、ローズテストガーデンは行ってみた?
もうバラの季節ね、ここまで香ってくるもの。
せっかく春になったっていうのに、また雨が降りそうよ。
本降りになる前に帰らなくちゃ・・バーニー?」
「やっぱり来たんですね。バーナードは、ここに」
「え?えぇ・・あんたバーニーじゃ、ない。じゃぁ、
え?もしかして・・・エ、ド?」
「ご存知なんですか?僕を」
「よく顔を見せてごらん!・・ああ、そうだ、エドだよ!
眉の上の、この傷。これはあたしの息子が喧嘩した時に
あんたにつけてしまった傷さ!憶えてないかい?あの子が
振り回した三角定規の角が当って血がいっぱい出てさ。
あんたの血を見て、今度はバーニーが息子を殴って。
・・・ああ・・あれから何年経つの?また会えるなんて!!」
「いつ来たんですか!」
「誰が?」
「バーナードです!来たんでしょう?ここに。
それは、いつですか?」
「あぁ、もう4、5日前よ。そうだ、確か木曜日だったわ。
工房に行く途中だったからよく憶えてるもの。
あの日は昼過ぎから大雨で風も強くて・・・
それよりあんた、日本に行ったんでしょう?
あんたたち仲が良かったから、バーニーはしばらく泣いてね。
アリスも人が変ったみたいになって・・アリスが亡くなった
のは知ってるんだろう?かわいそうな人だったね。
綺麗な人だったのに」
「バーナードを探しに来たんです。あいつ帰ってこなくて、
仕事に穴あけてしまって。あいつが行きそうな所知りませんか?
早く探さないと・・」
「あぁ、どこに行くのって聞いたんだ、あたしも。
そしたら笑って変な事言ってたよ。
“秘密基地を見に来たんだ”って」
ひみつ・・きち?
『エド・・マムにはないしょだぞ!』
『うん、ぼくたちの“ひみつきち”だね』
次の瞬間、俺は駆け出していた。
その場所を知っているのは俺だけのはずだ。
約束したから。
“内緒だ”って、約束したから。
「おい!仁!待てよ、どこ行くんだ?おい!!」
「待って、ねえ!」
「仁ちゃん!」
「ジン!!オレも行く!」
どこだ。
何処だ!
思い出せ・・・・
思い出せ!!
大通りまで戻ってきた俺の足は、
そこでパタリと止まってしまった。
もどかしい想いが、俺をイラつかせる。
「はぁはぁ・・おい!待てよ、仁。闇雲に探したって仕方が
無いだろ?第一、ワイズマンがそこにいるって保証は・・
怖えーな、睨むなよ・・分かったよ。そうだ、おい!何か
キーワードはないのか?子供が考えそうな事、子供が大人の目
を逃れて隠れられる場所・・子供の時は俺だって、庭の柿の木
の上に秘密基地を作ったよ。俺は一人っ子だったから誰も手伝っ
てくれなくて、結局ハンモックをくくり付けただだったけど。
でも柿の枝って弱くてさ。折れてすぐ下に落っこっちまった。
お手伝いさんにえらく怒られたっけ・・・そうだ、そうだよ!
大きな木とか、洞窟とか、何かの小屋とか」
ポツ・・・
ポツ・・・
雨が落ちてくる。
一粒・・
二粒・・・
そして、あっという間に土砂降りになった。
瞳たちは、ベーカリーの大きな軒先に走っていく。
「雨が、降ってる」
「仁さん!そんなところに居たら濡れちゃうわ!
早く、こっちに」
「雨が・・・・雨が、降ってる・・
雨・・・・・・雨・・」
『あめ・・やまないね。マム、しんぱいしてるかな』
『しんぱいなんかするもんか!
ぼくはわるくないのに、ぶつなんて』
『ごめんね。ぼくのせいでグランマにまでしかられて』
『エドのせいじゃない!さきにけがさせたのは、ジョンだぞ!
なぐったっていいんだ!』
『バーニー・・・』
・・・・雨!!
突然目の前に現れたフラッシュバックする映像。
"緑の森"
"小さな物置"
"大きな木"
"木々を濡らす雨"
向こうに見えるのは・・・・"バラの公園″
『あ、ローズテストガーデンには行ってみた?』
・・バーニー。
分かった。
今、行く。
待ってろ。
そこで、
待ってろ・・
コラージュ、mike86
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