2015/09/27 19:36
テーマ:創作 同じ空の下で カテゴリ:日記(今日の出来事)

同じ空の下で 5











「悪かった、今日は。遅くなっちゃったな。

家、大丈夫か?電話したか?」



「ん?…あ、うん大丈夫」



「驚いたろ、オレん家、あんなんでさ。

お袋なんか、ガサツでやんなるってか。あれで昔はうちの女優

だったんだってさ。ほんと、辞めて正解だろ?」



「お母さんは素敵な人だったよ。私の想像以上。

料理も美味しかったし、お話も楽しかった。

私が驚いたのはエドの事だよ。分かってるでしょう?」



「オレ?」



「そ。何だか頭の中グチャグチャでさ。まだ考えがまとまらないの。

色々考えないようにしようと思って、夕飯に没頭したけどやっぱりダメ。

ね、気がついてる?ここにいるエドは私が知ってるエドとは全然違う。

何だか別の人みたいだよ」



「オレが?オレは…オレだよ」











つい2時間前。


エドは稽古場で踊っていた。




仁が文哉に振付けたという振りは確かに難しく、


エドは何度もステップを外し、ジャンプのタイミングを失敗した。




上手くいかない苛立ちでチッと舌打ちをし、タップシューズを


パン!と鳴らすと、「エド」という静かな声と共にバーニーの瞳が


静かに光る。


その視線を感じて正面の大鏡に目を移すと、


そこには舞とアルがにこやかに並んでいる姿が映っていた。





何故か体中の血がカッと熱くなる。


冷静になろうとタップシューズの紐を不必要に締め直すと、


目の前に仁が立っていた。





「ナオト」



「あぁ、おじさん」



「ナオト。ここは稽古場だ」



「あ、ごめ…すみません仁さん。久しぶりだからちょっと。

でもこれ難しくね?文哉さんとオレじゃ体格だって違うし、柄だって違うし。

アハ…ってか、どうしてオレ?智さんとか、カズさんとか、他にもいっぱい

いるじゃん、踊れる人」





焦る気持ちを誤魔化すように、エドは少し大袈裟な笑顔で


仁に言い訳をした。そのエドの軽い口調に、


稽古場の空気がピン!と張り詰める。


仁はその空気を背中で感じつつ、低く響く声でエドに向かった。





「振り写して20分。まさかギブアップか」



「ちが…そうじゃないよ。面白い振りだな、と思っただけ」



「なら踊れ」



「だから踊るよ?でも、何でオレなのかな~って。

本番までの代役だからって、オレじゃなくたっていいじゃん。

オレなんかただの」



「ただの何だ。ナオト、部活だとか受験だとか。

お前が稽古に出なくなって久しいが、毎晩遅くまでここで踊ってるのは

知ってるんだぞ、俺もバーニーも」



「そんなん…あれはただの、そう!気分転換っていうか」



「気分転換で踊るのか、お前は。俺は何度も見てるが、

あれが気分転換の踊りか?近頃何に迷ってるのか知らないが、

お前もダンサーだろ。操の話じゃ、お前の成績ならわざわざ受験しなく

ても推薦が十分取れたそうじゃないか。なのに」



「だから、さ。遊びだよ、遊び。受験生ってのは、色々あるでしょ」



「ナオト、何言ってんだ?お前」



「…仁さん。じゃ、オレでいいの?

本当にオレは、踊って、いいの?」



「もういい。仁、踊りたくない者に無理に踊れとは言えないさ。

自信が無い者は尚更だ。エド、外れろ。代わりに智、入って。

振りは入ってるね。途中のジャンプは、君のタイミングで。

文哉の様な力強いダンスじゃなくていい。

しなやかな、君のダンスでいいから」



「バーニー!!」





体中が熱かった。


本気じゃないのに、稽古に出られた嬉しさに舞い上がり


つい仁に軽口を叩いた。


稽古中のバーニーに冗談は通じない。


そんなの、昔から分かっていたのに。





もっと踊りたかった。ちゃんと自分のダンスになるまで。


もう少しで出来る、そう思っていた。





自分で招いた事とはいえ、バーニーの冷静な言葉に


その場から動けない。


仁がバーニーに何か言っているが、その声も耳に入って来なかった。





「ごめんダディー、ちが…」








高1の夏。


夜中、リビングで見た1本のDVD。





溢れてくる涙と、体の震え。


井の中の蛙だった自分。


根拠の無い幼い自信が、ガラガラと崩れ落ちる。





やがて稽古場から聞こえてきた仁とバーニーの会話。


慌てて身を隠して聞いたその内容に耳を疑った。





混乱した。


そこに当然あった道が、目の前から消えていく。


頭の中が、真っ白になった。


父の言葉が頭から離れない。





やがて誘われて入った部活にのめり込み、


忙しさを理由に、稽古場から足を遠ざけた。





本当は自分でも分かっていた。


これは、ただ逃げているだけだって事。





なのに、心の声に蓋をするように毎日クタクタになるまで泳ぎ、


ただ泥のように眠った。


そして、深夜誰も居なくなった稽古場で1人、大鏡に向かう。







さっき拓海が呼びに来た時、


本当は飛び上がりたいくらい嬉しかった。


助かった、と思った。





これで、やっと変な意地を張らずに済む。


稽古場へ帰れる、と。





ちゃんと踊れると思っていた。


振り写しは得意だし、すぐに踊れると。





しかも、今日はその元凶が自分を見ている。


なのにこの場で、エドは稽古から外された。





「エド。悪いな」





智がエドの肩をポンポンと叩いて、センターの位置につく。


まだバーニーに抗議していた仁の声が、


再び掛かった音楽に、かき消された。





「エド、どいてくれ。邪魔だ。悪いけど」



「…えっ?」





誰かの声で我に返ったエドは、慌てて稽古場の隅に移動した。


稽古が再開され、さっき自分が踊っていたセンターで智が踊っている。


しなやかで伸びのある柔らかな智の踊り。


周りは一糸乱れぬ宇宙の群舞。


エドは呆然と、再開した稽古を見つめていた。





「エド」



そんなエドに声を掛けたのは、可奈子だった。


小さい可奈子が自分の方を向き、微笑んでいる。


エドはその笑顔に釣られるように、片頬で不器用に笑った。





ふと目を上げると、向い側に舞が立っている。


そしてその横には、自分をじっと凝視している車椅子のアルの姿。





「行こう」


強引に可奈子の手を引いて、その2人の横を通り過ぎると、


背後からアルの声が響いた。





「エドワード」





思わず足が止まった。





「エドワード」





もう一度、アルが名前を呼ぶ。


エドはその言葉を振り切り、可奈子の手を掴んで走り出した。






「バカね、あの子」



「ん?」



「バカよ、バカ。大バカ。

本当にどうしたんだろ。最近のあの子、本当に変なの」



「マイ、さん?」





走っていくエド達の後姿を目で追いながら、


舞はアルに向かって小さな声で話し出した。


どうせアルには意味は分からない。


そう思ったが、思わず言葉が口から溢れ出す。





「前はね、あんなじゃなかったの。

赤ちゃんの頃から稽古場に居たんだもの。

あの子が初めて歩いたのも、初めて歌を歌ったのも、ここだったのよ。

やがてエドの才能に気付いたパパは本気で教えてたわ。

バーニーおじちゃんも、あの時は嬉しそうだった。

私や弟達と遊ぶより稽古が大好きだったの。あんな冗談とか、稽古場では

絶対言わない子だったのに…高校生になってしばらくしてからかな。

何故か急に稽古に来なくなったの。水泳部に入ったり、サッカーやったり。

夏休みに1ヶ月間、家出みたいに友達の家を泊まり歩いた事もあったっけ。

…わざと逃げてるみたいだった。人が変わったみたいになって。

どうするのかな、エド。また意地張らなきゃ良いけど」











稽古場を離れたエドと可奈子は、


その足で操の店「OREGON」に向かった。


可奈子に歩調を合わそうともせずに、エドはずんずん歩き出す。


可奈子は少し後ろから、少し小走りにエドの背中を見つめながらついて行った。





15分ほど歩いて着いたOREGONは、相変わらず混んでいた。


エドがドアを開けると、正面に座っていた数人の女性客が小さく


息を飲み込んで固まったのが可奈子にも分かった。





そんな空気を完全に無視して、エドは真っ直ぐキッチンに向かう。


デザートのアップルパイにホイップを絞っていた操に、



「友達連れてきたから飯食わせて」


と言い、自然に操の手からホイップの絞り機を取り上げた。





その声に操が顔を上げると、そこにはさっきの女性客たちの熱視線を


逆に食らった可奈子が、入り口で顔を引きつらせていた。





稽古場でのいきさつを何も知らない操は、急にエドが可奈子を連れて来た


ことに驚きながらも陽気に2人を迎え入れ、


可奈子をキッチンが見えるカウンター席に座らせた。





鼻先にふわ~んと甘い香りが漂う。


奥の席の家族連れが美味しそうにチキンを頬張っている。


可奈子はまだ背中に感じる視線にビビりながらも、


ぐるりと店内を眺めると、キッチンの中まで興味深く覗き込んだ。





「私、ここにずっと来たかったんです。

雑誌とかに載ってたから前から知ってたんですけど、エドの家だって

知ってから余計に来たくて…すご~い!このキッチン、オール電化なんですね。

しかもこんなにコンパクトなのに、使い易そう!」



「あら?よく分かるのね。初めは居抜きで買ったから普通のキッチン

だったんだけど、この狭さでしょう?私が何度も火傷するもんだから、

先生が心配して強引にリフォームしちゃったの。

もしかして可奈子ちゃん、お料理に興味があるの?」



「いえ、そうじゃなくて…うち、父さんが大工なんです。

どっちかっていうと私、設計とかインテリアとかに興味があって。

エドの家の…あ、御自宅のキッチンもすごく素敵でした。

ウッドベースのキッチンに、タイルがカントリー調のアクセントで」



「お前、あの短い間にそんなとこ見てたのか」



「そうだよ。そこにエドが腕まくりしてエプロン姿で立った

もんだからもう…」



「もう?」



「え、あ、えっと…もうそろそろお腹空いたなぁって」



「あ。アハハ、はいはい。可奈子ちゃんチキン好き?

うちの名物は“OREGONチキン”っていうフライドチキンなんだけど」



「うわ~!噂のOREGONチキンですね?マーマレード味の!

はい。いっぱい頂きます。もうお腹ぺこぺこで」



「アハハ、エド、面白い子ね。この子」





言葉通りに、可奈子はチキンを4ピースとクラブハウスサンドを


平らげ、呆れるエドが淹れたコーヒーを3杯もおかわりした。


食べながら可奈子が話す学校での豊富な話題は面白く、


操はキッチンの中で笑いが止まらない。


その豪快な笑顔にエドは苦笑し、「代わるよ」とエプロンをつけ、


操と交代してキッチンに入った。











そして、今。


2人は商店街を駅に向かって歩いている。





可奈子の手には、操に渡されたお土産のカップケーキ。



可奈子はエドと少し距離を取り、手に持った箱を小さく


振りながらゆっくりゆっくり歩いていた。





「そ、オレはオレ。これから受験もあるし、忙しいしさ。

おじさん達の気まぐれについてけないってか、いかないってかそんな感じ。

アハハ、おい、部活の連中には内緒にしてくれよ。

あいつらオレがダンスするなんて知ったら色々うるさいからさ」



「ねぇ。あのままでいいの?エド。

私、ああいう世界はよく分かんないけど、エドは踊りたいんでしょ?

あんな顔のエド、見たの初めてだもん」



「バーカ。いきなりマジかよ…くだらな」



「くだらなくなんかないよ。素敵だったよ、エドのダンス。

エドが一番上手かった!エドが一番輝いてた!」



「お前、何も知らないくせに。余計な事言うな」



「知らなくなんかないよ。私、エドの事なら何でも分かるもん!」



「さっきお前が知ってるオレとは違うって言ったじゃないか。

別の人みたいだって。だろ?知らなかっただろ?嘘つくなよ」





閉店後の店舗が並ぶ閑散とした商店街に、エドの声が響く。


可奈子は大きく深呼吸すると、言いたくなかった一言を


搾り出すような声で言った。





「…分かるもん。分かっちゃったよ、私」



「何が分かるってんだ。お前、もう帰れ」



「分かったよ、私。エドの気持ち。私には分かる。

エドは踊りたい。そしてそれを舞さんに見せたいの。

…エドは、舞さんが好きなんだね。エドの目、ずっと舞さんを追ってたよ。

踊ってる間もずっと舞さんだけを見てた。

あのシーン、報われない恋に苦しむ青年が想いを打ち明ける場面よね。

エドは舞さんのことを想って踊ってたんでしょ?違う?」



「可奈子」



「学校中の誰が告っても、私がどんなに想っても振り向いて

くれないはずだよね。あんな綺麗で…あんな素敵な人。

ね、エドはずっと好きだったの?舞さんは知らないのに?」



「可奈子!」



「でも舞さんも酷いよ。いくら知らないからってエドの前で

あのアルって人とベタベタしちゃって。

舞さん、私にエドをよろしく!とか言ってたんだからね」



「…黙れ」



「口惜しくないの?エド。外人さんに取られててもいいの?

確かにあの人、背が高くてかっこいいけど、オジさんじゃない。

エドの方がずっと」





まだ話そうとする可奈子の腕をエドが掴んだ。


驚く可奈子の肩に手を掛け、首の後ろを支えたエドは、


その唇に自分の唇を強く押し付けた。





「…っ…、に…」





急な口づけに驚き、抵抗した可奈子が思わず声を上げる。


その隙に、もっと深く口づけようとエドが力を込め、角度を変えた。





「っや!エド…嫌っ!」





口づけを交わしたまま、可奈子が抵抗する。


ようやく大きく両手を振ってエドを引き離した可奈子は、


ワナワナと唇を震わせていた。


その瞳から、大粒の涙がポタポタ零れ落ちる。





「…ど、して?…何で?」



「…キスしたかったからに、決まってる。

お前。オレの事、分かってるんだろ?」





エドの頬で、可奈子の掌が大きく音を立てる。


2人は凍りついたように立ちつくした。





「うそ。うそだよエド。こんなの嘘…

違う、違うよエド……最低」








やがて、可奈子の走り去る靴音が遠くに聞こえた。


エドの足元には、崩れたカップケーキ。








片膝をついてそれを拾ったエドは、


空を仰ぎ、大きく息を吐いた。








「…嘘?

…なら、何が正しいんだよ。オレは、オレは…」












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