2009/03/14 01:08
テーマ:鳳仙花が咲くまでに カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

鳳仙花が咲くまでに 5話 「Kiss」

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初めてのデート。打ち解けてきた2人の前に、操の以前の劇団の親友が・・


今日は、創作文の後にお知らせがあります♪読んでくださいね^^

 


昼間の雨の名残で、公園全体が濡れていた。


息を切らせて駆け込んだ私は、

公園の真ん中の滑り台の下に潜り込んだ。

 

大きな蛸が足を広げた滑稽な姿の滑り台。

そのお腹には、ぽっかりと穴が開いていて、

昼間は子供達が中で遊んでいる。

 

授業が早く終わった日、私はバイトまでの時間を

この公園でタップの練習をして過ごしている。

顔見知りの子供達も出来て、私がやって来ると、

「みさおちゃ~ん」と駆け寄って来てくれる。

簡単なタップのステップを教えたり、逆に今流行のお笑い

のギャグを教わったり。

つい時間を忘れて、あやうく遅刻しそうになった事もあった。

 

そんないつもの公園は、夜10時を過ぎた今、誰の姿も無い。

街灯の周りには、無数のカゲロウが明かりに群がっていた。

 

蛸のお腹の中にレッスンバッグを放り投げ、膝を曲げ体を

丸める。6月の湿った生暖かい風が頬に当たり、

お尻の下のコンクリートの感触が妙に冷たかった。

 

以前所属していた劇団太陽は、

小さいながら最近人気が出てきた劇団だ。

その劇団で、そこそこの役に付き、1度は主演の舞台も踏んだ。


太陽を辞めて2年。芝居を辞めずにいる以上、

いつかは誰かに会ってしまうと思っていた。


下北をホームグランドにしている“宇宙”。

今まで誰にも会わずにいたのは、ラッキー以外の何物でもない。

 

 

2年前。

あのまま田舎に帰れば、よかったのかも知れない。

傷つき絶望した私は、3ヶ月間アパートに篭っていた。


住所も携帯番号も変えた私を心配した母が寄越した拓海。

乱暴にドアを叩いて強引に入ってきた拓海は、

見違えるほどに痩せた私を見て、声を無くしていた。


何もやる気が起きず、ただ生きているだけの日々。

拓海が締め切った部屋のカーテンを大きく開け放した時、

私はめまいを起こしベッドに倒れこんだ。

 

拓海は何も言わなかった。

ただ怒った顔で、黙々と散らかった部屋の中を片付けた。

そして1時間程外出し、戻ってくると、

私の目の前におにぎりを突きつけた。

 

『食えよ』


『拓ちゃん?』


『食え!そんな操、見たくない。食え!』


『大丈夫よ・・ちゃんと、食べてる」


『これは普通のおにぎりじゃない。常さんのおにぎりだ!

俺達は、これで何回もパワーを貰った。魔法の食い物だ。

だから食え!食ったら俺に付き合え。操に見せたいものがある』

 


初めての街じゃなかった。

何回も芝居を見に来た街。


拓海に腕を掴まれ、半ば転げ落ちるように駅の階段を降り、

ガードをくぐって、坂を上った。


辺りは夕闇が迫っていた。

住宅街の中にあるその稽古場は、まだ灯りが点いていない。

 

『拓ちゃん。ここ、あんたの劇団?』

 

拓海は黙ったまま私の手を引っ張り、

稽古場の中が見える廊下に立たせた。

 

『中、見てみろ』


『だって・・』


『いいから、見ろ!』

 

恐る恐る覗いた初めての稽古場。

そこにいたのは、影山仁だった。

 

『仁!おい、少し休め。もう7時間以上踊りっぱなしだ』


『まだだ。もう少し・・・・俺が一番遅れてる』


『そりゃ、お前。今日NYから戻ったばかりだ、仕方ないさ。

まだ公演には2週間近くある。もう振りは入ってるんだから』


『当たり前だ。俺が振り付けたんだぞ。

木島、お前は帰れ。萌が待ってるだろ』


『代表。仁さん、自分が納得しなきゃ止めないですよ。

舞は仁さんの実家にお泊りなんです。最近夜泣きが凄くって・・

久しぶりの帰国だから、帰ってきた日くらい夫婦水入らずで、って

お義母さんが。ね、私がいますから、代表』


『 2人きりにしてあげるから、ゆっくり新婚気分を味わいなさい

だとさ。お袋、さっき空港から電話したら超ハイテンションでさ。

親父が舞をあやしてる声が後ろで聞こえてた。息子夫婦のために

って顔して、本当は俺達抜きで舞を甘やかしたいだけなんだ。

・・って訳だから、お前はさっさと帰れ。

俺もお前のツラ見て踊るより、瞳の顔見て踊りたい』


『ったく。分かったよ。だが瞳、くれぐれも怪我だけはさせるな。

こいつが出ると出ないじゃ、公演の意味まで変わってきちまう。

頼んだぞ!・・あ、明かり点けろ。怪我の元だ』

 

稽古場の端のスイッチを、木村瞳が入れる。

途端に明るくなった稽古場。

その大鏡に、影山仁の全身が映った。

 

大きく肩で息をして、髪に巻いているバンダナを巻き直し、

タップシューズの紐を締め直すと、

『音』

と、一言呟く。


『さっきの3幕の続き?それとも1幕に戻る?』


『3幕さらって、それから全幕通す。変な所あったら言ってくれ。

・・俺の言う意味、分かるよな』


『うん。今まであなたのいない稽古やってたもの。

いつも空いた立ち位置にあなたのダンスをイメージしてた。

今度はその逆でしょ?大丈夫、全部見えてるわ』


『頼もしい奥さんだ。よし、3幕頭から』

 

まもなく音楽が鳴り、影山仁は踊り出した。

 

初めて間近で見るそのダンスに、私は息をするのを忘れていた。

そして、この夫婦の作る独特の空気に私は感動していた。

 

『操』


『影山仁・・この人・・凄い、私、初めて見た』


『今や海外からもオファーがかかる、ウチの看板俳優にして

ダンサー。俺が心から尊敬する先輩だ。

それに俺の大事な瞳を掻っ攫った男。惜しい事したよ。

あいつ、俺に惚れてたんだぜ。一生の不覚』


『ねぇ、あの人が木村瞳でしょ?あの萩原咲乃事件の』


『ああ。喉を刺されて失血死寸前だった。それに、命は助かっ

たけど、事件のショックでしばらく声が出なかったんだ』


『あの人は何故こんな笑顔なの?

それに影山仁・・今日NYからって」


『去年俺達がNYに行った時、新作として上演されてた舞台。

ダンスと歌だけのブロードウェイミュージカル。すごく好評で、

あれからロングランが続いてたんだ。

今年新たに全キャストオーディションがあって、それに仁さん

が受かった。主役3人の中の1人で唯一の日本人。

一般新聞にも載ったんだけど、知らなかっただろ?


先週までその舞台に立ってたんだ。

3ヶ月の契約が切れて、契約更新せずに帰ってきた。

仁さんは、更新してまた何ヶ月も向こうにいるより、

劇団の新作に出たかったんだろうな。宇宙の舞台があの人は

大好きだから。それに、瞳と離れてるのも限界だったろうし。


昼頃かな劇団に着いたの。瞳が迎えに行って、空港から真っ直ぐ

稽古場に来たんだ。皆の稽古見てたら、いきなりタップシューズ

履きだして。それから今まで踊りっぱなし。

別に驚く事じゃない。仁さんの稽古は、いつもこんなもん。

・・行こうか』

 

駅までの道をどう歩いたのか思い出せない。

拓海の話を聞きながら、私はただ黙って頷いていた。


一時はマスコミを騒がせた殺人未遂事件の当事者達。

その舞台を、そのダンスを、直接見もせずに、

スキャンダルを踏み台にしてスターになった人だと、

私はそれまで誤解していた。そう聞かされていたし、

実際演劇界にそんなやっかみは存在する。

 

その努力。

地味な稽古の積み重ね。


あの笑顔。

夫を見守るあの澄んだ目。

 

『拓ちゃん、ありがとう。

あの日、拓ちゃんがいなかったら、私・・』


『そんな事気にしてたのか?俺は操の弟みたいなもんだろ、

もっと頼れ。操が倒れてるの見て、血の気が引いたんだぞ。

残念だったけどあれでよかったんだ。

・・あの男、今度俺の前に現れたらブッ殺してやる!

芝居、辞めないよな?あの時、約束しただろ?生きるって。

新しくやり直すって!・・駅、着いたよ。俺はここまでだ。

後は自分で考えろ』

 

 

拓海のおかげで私は生き返った。

影山さんのダンスを見て、体中の血が沸き立った。

自分がこんなに芝居が好きだという事が、宇宙の舞台を見て

改めて分った。


入団して・・信先生に出逢って。


もう男性を信じまいとしていた私の心に、いつの間にか

先生が住み着いていた。辛い思い出は消えないけれど、

人をまた信じてみようって、そう思った。

 

夢みたいだった。

私の事が好きだって。


信じられなかった。

でも先生の目は真剣だった。

 

どうしよう。

きっと今頃私の事を、私の昔を聞いている。

 

どうしよう。もう嫌われてるかも知れない。

どうしよう・・それでも私。

先生に、逢いたい。

 

逢いたいよ。

 

狭い滑り台の穴の中で、私は膝を抱えうずくまった。

 


「松原!松原・・どこだ!」

 

・・え?

 

息を切らせて、先生が私の名前を呼ぶ。

公園中に響く声で、私の名前を叫ぶ。

あの深い声で。

 


「松原、いるんだろ?出て来てくれ、話がしたい。

・・松原!操!・・出席番号26番、松原操!!」


「はい!えっと、いえ」


「見つけた。かくれんぼは終わりだ。

へえ~、秘密基地みたいだな」

 

蛸のお腹の入り口に大きな手をかけ、先生は面白そうな顔で

私を見ている。つい返事をしてしまったけれど、

私は先生の顔を真っ直ぐに見られない。


逃げ場を求めてお尻伝いにさらに穴の奥に進む。でもその奥は

昼間の雨が吹き込んでいて、大きく水が溜まっていた。

 

「狭いよ。僕の頭、着きそうだ。奥まで行けないね、濡れるよ。

ホラ、もっとこっち」

 

大きな体を丸めて強引に穴の中に入ってきた先生は、

いきなり私の腕を掴み、素早く肩を抱き寄せた。

 

・・ヤメテクダサイ

     ・・心臓が、痛い。

 

「何故逃げる。彼女が言った事?

僕が、彼女に何か聞いたって?」

 

どうして?話したくないのに、だって・・


私はしばらく声が出なかった。

先生は私の答えをじっと待っている。


そのまま何分経ったんだろう。

もうどう思われてもいい・・やっと私は話し始めた。

 

「聞きましたよね、私の事。彼女、前の劇団の同期だったんです。

あの娘、話したはずだわ。私が誰と付き合ってたか。

私がどんな・・」


「話の途中で飛び出したからね、君は。僕は何にも聞いてない。

あぁ、水商売してたのは聞いたよ。でもそんなの皆やってる。

劇団の禁止事項でもない」


「そんなんじゃない!私、女優になりたくて、

いい役が欲しくて・・それで」


「待った!操、こっち向いて。違う、僕の顔見て」

 

突然私の両頬は大きな手で包まれ、力強く向きを変えられた。

先生の顔が、気付いたらほんの目の前。


少し怒ったように眉間に皺を寄せ、言葉を選びながら、

静かに、でも毅然とした声で先生は私に言った。

 

「君は僕をどんな男だと思ってた?

僕は女性にVirginityを求めたりしない。

僕は今の君を好きになったんだよ。君の過去は問題じゃない。


稽古場での君、皆と大声で笑ってる君。

誰より優しくて、逞しくて・・僕は君の笑顔に癒された。

演出家として女優としての君の才能にも惹かれてる。


もっと言おうか?まだ足りない?

僕だってアメリカ時代には人に言えない過去もある。

アジアの若造がNYで1人、這い上がる為には何でもしたからね。

聞きたいかい?・・それこそ幻滅されるけど」


「ごめんなさい!先生にもっと早く逢えばよかった。

あの人に逢う前に。もっと若くて・・何も知らない時に逢えば

よかった・・ごめ」

 

私の言葉は、いきなり熱い唇で塞がれた。

そのキスは、今まで私が経験したものとはまるで違っていた。


それは激しくて、優しくて、切なくて。


かつて愛されていると思っていた人でさえ、

こんなキスはくれなかった。

 

頬を両手で包み、

首の後ろを強く支えられ、

髪を撫でられて。

 

時々そっと唇を離し・・じっと私を見つめ、また重ねられる。


数え切れない短いキス。

そして、息が続かないほどの長いキス。

 

私はいったいどこにいるんだろう。

背中をコンクリートの壁に押し付けられ、

身動きすら取れない。


絡められた舌先に思考が停止する。

引き寄せられた腰に身体が反応する。


やがて、首筋に濡れた唇が這わされた時、

私は耐えられず小さく喘いでいた。

 

「っ・・せんせ・・い」


「もう忘れた?さっき教えたよ。僕の名前は?」

 

強く腰を引き寄せ、

私の薄いカットソーの胸元で先生の唇が動く。

 

「ぁ・・バー、ニー・・・」


「いい響きだ。もう1つ君は忘れてる。

まだ聞いてなかったね、返事。

今、ここで聞きたい。君は僕が好きですか?」

 

狭い滑り台の穴の中で、身動きとれずに抱き締められている

私に、先生は問う。息があがり身体が反応している私は、

“NO”などと、とても言えない。

 

「質問が聞こえなかった?答えは、YES?NO?」


「・・ずるい、です・・こん、な」


「松原。答えは?」


「イ・・イエ、ス」

 

深い、ゆっくりとした大きな溜息。

しばらくその体勢のまま、先生は動かなかった。

そしてもう一度力強く抱き締めなおすと、

私の耳元で先生は静かに言った。


「Sorry,・・ありがとう。それが聞きたかったんだ」

 


突然、先生は私の手を引いて蛸のお腹から飛び出し、

大きく息を吐くと、夜空に向かって大声で叫んだ。


「Wao!・・あ~~!!!」


「先生」


「ダメだ。これ以上いたら君を抱いてしまう。

ごめん、僕が焦った」


「せ・・バーニー、さん?」


「焦らなくてもいい。君の気持ちは確認した。僕もそうだ。

勢いで、したくないんだ。もっと大切にしたい。

本当は我慢してるけどね。ハハ、今日はこれが精一杯。

・・そうだ。君、野球好き?」


「野球、ですか?」


「うん、Baseball。やった事ある?

バッティングセンター行こうよ。煩悩を振り払うには、

あれが一番なんだ。このままじゃ眠れないし、ね?」

 

公園の街灯の下。

その時の先生の笑顔を、きっと私は一生忘れない。

 


恋人繋ぎって言うらしい。

手の指と指を絡ませあって握る事を。


考えたら私は今まで、デートなどというものをした事が無い。

20才の時、思いもかけずに知り合ってしまった相手。

6年続いた関係は、お日様の下で手を繋ぎ歩く関係では

無かったから。


不倫ではなかったけれど、それは普通の恋愛ではなかった。

愛されていると一時は思ったけれど、

それは本当の愛ではなかった。

 

小田急線で新宿に出た私達は、雑踏の中、指を絡ませて歩いた。

互いの指から伝わる熱が心を熱くする。

時々手を握り直し、その度に微笑み合う。

 

歌舞伎町の繁華街。

深夜のバッティングセンター。


少年に戻った彼と、無邪気でお転婆な私。

 


私たちはその夜。


・・・ずっと笑っていた。

 



コラージュ、mike86




いつもえべべやにお越しくださって、ありがとうございます!ブログ開設から半年。

今日にも10万人目のお客様をお迎え出来そうです!記念と言ってはなんですが・・

10万ヒット記念で、何か書いてみようかと思っています。

そこで皆さんのリクエストでお題を決めて頂きたいんです!いかがでしょうか?

「こんなシュチュエーションのJOONを書いて欲しい」とか、

「あのドラマの裏話のこんなシーンの創作を・・」とか、何でも結構です(書けるのか?私^^)


良い機会なのでコメント欄にご意見もお待ちしています。どうぞよろしくー!


2009/03/07 00:38
テーマ:鳳仙花が咲くまでに カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

鳳仙花が咲くまでに 4話 「雨上がりの初デート」

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土曜日の定期便。今回は4話です。

思いも寄らない展開で、MIYUKIを追い出されたバーニーと操。


2人の初めてのデートです。今回は殆ど2人の会話。どんな夜になるのでしょうか・・
 

 




今年の梅雨は、例年に無く雨が少ないらしい。


天気予報のキャスターはTVで毎日“空梅雨、空梅雨”と言って

いるけれど、僕には初め何の事だかよく分からなかった。


日常会話は、もうなんの問題もない。

最初はまず英語で考え、頭の中で軽く翻訳してから言葉にして

いたのも、今ではダイレクトで日本語が頭に入ってくる。


でも日々生活していく中でのこまごまとした決まり事や、

こういう日本語特有な表現に出くわすと、まだまだ理解が足り

ないのだと痛感する。


しかしそれは新鮮な発見の連続で、

その驚きまでが今の僕には愛しかった。

 
その空梅雨の中、昨日から今日の昼過ぎまで珍しく降り続いた

雨は、僕がMIYUKIに行く頃にはすっかり上がってはいたけれど、

商店街のアスファルトには、まだところどころ大きな水溜りが

出来ていた。

 

意に反してMIYUKIを追い出された僕達は、

お互いに話すきっかけが掴めずに、闇雲にただ歩いていた。

 

操は俯いたまま、まだ何かを考えている。

そして時々歩調を乱しては、水溜りを飛び越すために

肩に掛けた大きなバッグを重そうに抱え直す。

僕は、小さな肩からその大きすぎるレッスンバッグを

取り上げた。

 

「持つよ」


「大丈夫です。持てますから・・あ」


「ダンス、今日レッスンだったの?」


「ええタップの・・

さっきはシューズ忘れちゃって取りに行ったんです」

 

所詮小さな街だ。

目的も無く歩いていた僕達は、

気付いたらまた駅前まで戻っていた。

 

「お腹、空いたよね。ごめん、気が利かなくて。

まさか今日、こんな事になるとは思ってなかったから、

実は僕も混乱してる。

いつかは言おうと思ってた。

でも、日々の忙しさで自分を誤魔化してたんだ。

とにかくどこか入ろう。松原は、何が食べたい?」


「あの、先生、私」


「言いたい事、あるよね、当然だ。一方的に僕の想いばかり

話したから。少しばかり頭に血が上った。

ハハ、拓海の芝居が上手かったせいだな。

でも言ってよかった。僕は後悔してないよ。

まさか、まだ冗談だと思ってないよね」


「・・・」


「ここでいい?常さんの飯食べるつもりだったから、僕は

和食の気分なんだ。ここね、仁のお気に入り。

酒もいいのが揃ってる。かなり旨いよ」


「あの、先生。私、やっぱり帰ります」


「僕はまだ帰したくない。それに、今夜きちんと話さないと

いけない気がする。早く入って。もうすぐ8時過ぎる。

ここソワレが終わると急に混んじゃうから」

 

その店は本当に仁のお気に入りで、僕が日本に来てまず連れ

て来られた店だった。(もちろんMIYUKIは別として)

旨い料理と旨い酒があり、和食といっても堅苦しい感じのない

家庭料理が中心。


肉じゃがのイモは煮崩れて溶けかかっているし、締めは自家製

麺の塩ラーメンと、根菜カレーが定番。

デートのカップルは殆どいない、男の隠れ家みたいな店だった。

それでも芝居が跳ねた後は、各劇場からのチラシを持った人達

ですぐに満席になる。


ここのマスターは必要以上の事はまるで話さない。

(常さんとは真逆)

引き戸を開けた僕の顔を見て「いらっしゃい」と笑顔でカウンター

から軽く会釈するだけだ。そして、「いつものお席へどうぞ」と、

また静かに厨房へと戻っていく。


僕は、奥まったその席に操をエスコートした。

 

「ここは僕ら兄弟の指定席。仁は顔、知られてるだろ?

落ち着くんだってさ。仁はね、ああ見えてバターたっぷりのフレ

ンチや、香辛料の効いた料理がダメなんだ。世界中飛び回ってる

くせに、米が無いと生きていけない男なんだよ。

仁に言わせると、仕事が忙しくて凝った料理を作らなかった母の

せいらしいけどね。どうする?強いんだよね。

さっきビール飲んでたから冷酒にする?」


「とんでもない!拓海の言う事、全部信じないで下さい!

もう・・飲みません」


「ハハ、そう?ここは料理も酒もいいけど、ご飯が旨いんだ。

適当に頼んでいい?嫌いな物あったら言って。

僕も結構好き嫌いあるから」


「あの」


「昼飯がコーヒーとコンビニのサンドウィッチだけだったから、

腹ぺこなんだ。話は飯食ってからにしよう・・

フラれる前だって食事する権利はあるだろ?」

 

操はやっとクスっと笑うと、小さく首を縦に振った。


一通りオーダーしてしまうと、今度は料理が来るまでが気まず

かった。操はメニューや、壁に掛かった芝居のポスターを見る

ともなく眺めている。

僕は、今日やけに本数の多い煙草にまた手を伸ばした。

 

「信先生は、」


「ん?あ、ごめん。煙草だめだった?」


「いえ、大丈夫です。でも少し意外・・

先生、煙草吸われるんですね。私、初めて見ました。

稽古場や事務所じゃ吸ってらっしゃらないでしょう?」


「あ、ああ・・仕事中や、気が張ってる時は別に吸わなくて

いいんだ。僕がこれを必要なのは、精神的に不安定な時かな。

1人で酒を飲む時とか、考え事する時。

そうだね、今日のこの煙草は・・・ん~・・君のせい」


「私?」


「夕方、僕の部屋の前に来たよね。廊下で足音がして、ドアを

開けたら、君がいた。いきなり君が現れて正直僕はうろたえた。

まさか君が僕のテリトリーに飛び込んで来るとは思わなかった

から。部屋の窓から走って帰る君を見送って・・

その姿が見えなくなってもそこを動けなかった。

月間ミュージカルの原稿の締め切りが迫ってるのに、PCに向か

う気にもならなかった。


だからMIYUKIに行ったんだ。心が落ち着かなくて。

だからさっきからこれが手放せない・・

今、僕のここには君の事しかないよ」

 

僕は胸を拳で叩くと、正面から彼女を真っ直ぐ見つめた。

すると操は、やっと僕の顔をまともに見返した。


そういえば、こんなに間近で操を見たのは初めてだ。

タップの帰りだといっていたその顔は、シャワーを浴びた後だ

からか、ほとんど素肌に近かった。

素肌に透明なリップが艶やかに光っている。

 

突然衝動的に、僕はその唇に触れたくなった。

それは、どう表していいのかも分からない感情。

胸を襲う強烈な痛みと、甘いときめき。


自然に操の頬に指が掛かる。

親指が唇に・・軽く触れる。


操は、突然の僕の行動に動けずにいた。

そして唇に指が掛かった瞬間、びくっと慌てて顔を伏せた。

 

その僕達の微妙な空気を破ったのは、運ばれてきた料理の香り。

色気のない事に、その柔らかい香りに僕の腹は堪らずにグ~っ

と鳴った。


顔を伏せたままだった操は、とうとうクスクス笑い出した。

体に裏切られた僕は、「アー!」と声を出し、ひとつ息を吐く。

 

チキンサラダと、揚げ出し豆腐、出汁巻き卵。

さつまいもの天ぷらに、金目鯛の煮付け。

そして・・豚汁と白いご飯。

テーブルに載った料理は、何の変哲も無い家庭料理。

 

「まいったなあ、今日は散々だ。あ、まだ笑ってる・・

こら、笑い過ぎだ。こうなったらとにかく食べてからだ。

口説くのはそれからにする。

適当に選んじゃったけどよかったかな。嫌いな物あった?」

 

「いえ。でも先生のイメージ変りそうです。

今の顔、可笑しかった・・でもこの匂い。本当、いい匂いだわ。

お腹鳴るのも無理ないですよ」

 

「まだそんな事言うんだな。一体どんなイメージだったんだ?

僕は、こんな奴ですが」

 

「ふふ、ごめんなさい。私もお腹空きました。いただいていい

ですか?わ~、どれもおいしそう・・何だか懐かしいな、こんな

家庭料理久しぶり。私、料理大好きなんですけど、こういうのっ

て1人暮らしだとあんまり作らないから。特に天ぷらはね。

1人分揚げるのって手間なんだもの。あ、おいし・・」

 

「よかった。味覚ってさ、結構重要だよ。

自分がおいしいと思う物を、一緒においしいと思ってくれるって、

嬉しいものだよね。

松原は本当に旨そうに食べるね、気持ちがいい。


ホラ、このサラダも食べて、旨いよ・・ね?

この店はあっさりした味の物が多いけど、このチキンだけは、

かなりスパイシーなんだ。こういう味は、僕が懐かしい味だな。

NYにこういうチキンの店があるんだよ。

・・さっき僕がアメリカ人だって聞いて驚いてたね。

僕と仁は、日本とアメリカのクォーターなんだ。5才の時、事故

で仁は記憶を無くした。事情があって仁は日本に僕はアメリカに。

つい3年前まで別々に暮らしてたんだ」


「・・あ、だから初めて逢った時。

3年前、大切なもの見つけたって」


「憶えててくれたんだ・・うん。仁が僕を思い出してやっと僕は

僕になれた。それまでの僕は、自分の境遇や仁への理不尽な

憎しみで歪んでいたから。仁や、瞳や、皆に出逢って、僕はやっ

と心から笑えたんだ・・嬉しかったよ」

 

 

 


先生の話し言葉には少し、独特の訛りがあるなとは思っていた。

初めて逢った入団試験の朝。


コンタクトを落とした私に声を掛けてくれた先生。

少し微笑みながら、私の前に立っていた。


あの時。

試験で興奮してたから、お礼もろくに言えなかった。


一緒に探した何10分か。

試験が迫っていたせいで、異常にテンションが高かった私の話を

優しく聞いてくれた先生。

時々大笑いしながら、目と指は地面を這っていたあの時間。

 

「じゃ・・」

去って行く先生がサングラスを外した瞬間、

私は悲鳴をあげていた。

 

だって、“影山 仁”だと思ったんだもの。

あまりにも、そっくりだったんだもの。

 

数時間後の試験会場。

その代表席に先生が座っていた時の私の驚き。


先生は冷静な声で、「どうしました?」って私に聞いた。


どうしたかって?

どうしてそんな落ち着いた声で聞くの?

こんなに胸がドキドキしているのに。

その灰色の瞳に、魅せられてしまっているのに。


芝居だけを支えに生きようって決めた、私。

裏切られ、男性を信じられなくなっていた、私。

 

この人は、“影山 信”・・演出家で、劇団副代表。


的確な分析、冷静な演技評価。

上演中の様々な舞台の核心をついた批評。


先生の授業はいつも新鮮で、少し芝居が出来るつもりになって

いた私に改めて自分の力の無さを痛感させてくれた。


先生に褒めて欲しくて。

先生に認めて欲しくて。


今の私は、それだけのために生きていた。


先生の目だけを見つめていられればよかった。

先生が私を呼ぶ声を聞いていられるだけでよかった。


もう傷つきたくない。

だから私だけの片想いでいい。


なのに、どうしてそんな真っ直ぐな瞳で私を見つめるの?

どうして私なんかを「好き」と言うの?

 

この人は信じられる?

この人の目は真実?

 

寂しそうに過去を話すこの人を、抱き締めてあげたい。

不器用に笑うこの人を、包んであげたい。

 

信じていい?

・・この人は、しんじて・・いいの?

 


「松原?・・松原!どうした」


「あ、いえ。ごめんなさい・・何でしたっけ?」


「1人暮らしの話だよ。あぁ、やっぱり聞いてなかったな?

君は、時々授業中もそんな顔する時あるぞ。

今度そんな顔したら、居残りだな。

・・寝不足?バイト、遅くまでなの?」


「そうですね。早くはないです。終わるの12時頃なので」


「12時?遅いな。家は神泉だったよね。バイトはどこで?」


「渋谷ですけど・・あの・・

どうして家が神泉だってご存知なんですか?」


「劇団副代表の特権。職権乱用」


「信じられない!先生ってそういう人?考え変えます」


「ハハ、調べたのは君だけだよ。他の奴らは自宅かアパートか

も知らない。興味の問題さ。そうだ、1人暮らし。どう?

やっぱり、寂しい?」


「う~ん、そうですね、初めは。もう慣れましたけど」


「寂しさってね、麻痺するんだよ。自分では慣れたつもりでも、

心は悲鳴あげてたりする・・僕も1人だった。

11歳からたった1人で生きてきた。マムが入院してしまって、

他には誰もいなかった。いつも腹を空かせてたし、その日食べる

事だけで必死だったから、手料理なんか大人になるまで食べた事

もなかった。

だからとても偏食でね。食べられない物がとても多い。

日本に来てから、瞳や常さんが色々世話焼いてくれて、少し克服

したけどね。炊き立ての白いご飯も、焼き立ての魚も、カレーだっ

てここで初めて食べたんだ。

ね、僕がこっちに来て、一番感激した料理。何だと思う?」


「クイズですか?そうですね・・日本料理ですよね。

何だろう、お寿司とか?」


「残念。正解はね、卵かけご飯」


「ぷっ!卵ご飯?そんなの」


「おかしいだろ?でも生で食べてるの見たのは、アメリカじゃ

ロッキーくらいだ。第一そんな食べ方があるなんて知らなかった

し。でね、仁の家で初めて食べたんだ。

旨かったなあ・・世の中にこんな旨い物があるって感動したよ」

 

信先生が笑う。

少し恥ずかしそうに、でも真っ直ぐに私を見て。

 

「好きな人がいるの?」


「え?」


「考えたら君の事、何も知らないんだ。

ただ“僕が好きだ”ってだけで。でも僕の正直な気持ちだよ、

僕は嘘はつかない。僕は君に苦しんで欲しくない。君の悲しそう

な顔も見たくない。だから好きな人が他にいるなら、はっきり

そう言ってくれていい。僕は諦めないけど」


「先生、矛盾してるわ。それに、それじゃ、断れないです」


「じゃ、断らなければいい」


「先生!・・あの・・1つだけ、聞いていいですか」


「どうぞ」


「私を“好き”だって言いましたよね」


「YES」


「私の事、何も知らないのに?」


「詳しくはね。君も、僕を知らないでしょ」


「私の事、詳しく知ったらきっと幻滅します」


「そんな日本語は知らない」


「先生!」


「名前で呼んで欲しいな。僕は、バーニーだ。

バーナード・シン・ワイズマン。稽古場以外ではそう呼んで。

影山の名前はあくまでもビジネスネームだから。

実際僕をそう呼ぶのは家族と親しい友人だけだ。

僕は、君にもそう呼ばれたい」


「せん・・」


「バーニーだよ。言ってみて」


「・・バー・・ニー」


「いい響きだ。綺麗だったんだね、僕の名前。

僕は自分の名前が初めて好きになった」


「せ・・」

 

「あぁ~!やっぱり操だ~久しぶり!元気そうじゃない!

あれ?ねえ、あんた操よね?」


「・・・・え?」

 

 

聞きなれたその声は、すぐ後ろから聞こえてきた。


ゆっくり振り向いた私の顔は、どんな顔をしてただろう。

 


まだ逢いたくなかった以前の劇団の同期。


かつての親友だった。




コラージュ、背景 mike86


2009/02/28 00:21
テーマ:鳳仙花が咲くまでに カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

鳳仙花が咲くまでに 3話 「告白の夜」

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この冬、初めての本格的な雪が降りました。寒かったです!今日で2月も終わり。

早いですね。
土曜日の連載も3話目になりました。前回、MIYUKIで偶然に操に会っ

たバーニー。彼女の待ち合わせの
相手は、劇団一のプレイボーイ、拓海でした。

拓海と操の関係は?では3話です・・

 

 


 「そうか、操も30か・・研究生のやり直し。

どうだよウチの空気は。あそこと宇宙じゃ、芝居の作り方

全然違うだろ?ウチは役者の感情重視だからさ、台本だって

稽古でどんどん変ってくんだ。今、代表いないけど、あの人

の演出凄いんだぜ。俺のトニーだってオリジナルと全然違う

しさ。あれはまさしく“俺のトニー”なんだよ。


ところで。ダンス、大丈夫か?

今年の研究生は結構レベル高いって聞いたけど。

大体お前は生意気だからな。芝居は上手いんだけどさ。

理屈っぽいんだよ、操は」

 

「はあ~。拓ちゃんにそんな事言われるとはね。でも確かに

新鮮な気分よ。同期生は皆、高卒や20代前半じゃない?

私ね、逆に自分の芝居が今までどれだけ型に囚われた芝居

だったか分かったの。彼らから得るものがいっぱいあってね。


それと・・信先生。拓ちゃんは信先生の生徒じゃないから

分からないかも知れないね。

あの人、凄い・・あの人の目、何も誤魔化せない。

心の中全部覗かれてるみたいで。計算とか技術とか、そんな

ものまったく通用しないんだ。

ちゃんと自分で感じて、ちゃんと心で芝居しないとね、あの人

は許してくれない。


私ね、あの人に認められたい。

劇団に残れなくたって、ここで役者人生終わったってちっとも

構わないの。あの人にさえ認めてもらえたら、誰に何言われた

ってもう、それだけでいい。

あ・・やだ、ねえ、拓ちゃんどうしよう。

先生、またこっち見てる」


「操、ちょうどいい機会だ。バーニーさんがお前をどう思って

るか。カマかけてみようぜ」


「何バカな事言ってんのよ!先生と私は、何にも!」


「ハッハ~、バカはお前だよ。お前の顔見てりゃ誰だって分か

るって!おい、ジョシコーセーじゃないんだぞ。お互いいい年

した大人だろうが。俺が今付き合ってるお前のクラスの女から

聞いたけど、どうやらお前の片想いって訳でもなさそうじゃな

いか。“信先生は操ちゃんをいつも見てる”って言ってたぞ?

さっき入って来た時、一緒にいるの見て、てっきりそうなった

のかって期待したのに。

なあ、操が臆病になるのは分かるけどさ・・

な、もういいよ。もう充分だ。

男は皆、あんな奴ばっかじゃない。

バーニーさんは紳士だ。あんな男とは違う」

 

 

6時半を廻ると、客が入り始めた。

サラリーマン風の男達。

学生の見るからに演劇サークルの団体客。


大学生らしいアルバイトがオーダーを取り、

常さんが手際よくそれをさばいていく。

常連らしい初老の男性が、カウンターの真ん中に座り夕刊を広げ

ると、まだ何も言わないのに、常さんはすっと彼の前に水割りを

置いた。

 


僕の目はずっと2人を見ていた。

何の話をしているのか、カウンターの左端にいる彼らの声は、

店内のざわめきでほとんど聞き取れない。

 

拓海の手。

 

操の肩にさりげなく回された手。

少し体重を掛け、彼女にもたれる様に。

そして・・その手が操の腰を引き寄せた。


僕はカウンターの右端から、その手だけを見つめていた。

 

「・・やだ。拓ちゃん!止めてよ」


「黙ってろ。あのインテリにはこのくらいの刺激が必要なの!」

 


小声で話し始めた2人。

操は拓海を小突いたり、叩いたり。

拓海は操を更に強く抱き直す。

 

僕は、また煙草に火を点けた。

 

「バーニー?」


僕の微妙な表情に気が付いたのか、オーダーが一段落した常さ

んは、カウンターを抜けて、そっと僕の隣に座った。

 

「ふーん。初めて見たわ。あんたのそんな顔」

 

常さんは自分の分の梅酒サワーを片手に、

2人に聞こえないように僕に小声で話しかけた。

 

「嬉しいわね。あんたのそんな顔が、この店で見られるなんて。

あんたは恋が出来ないんじゃないかって、アタシ実は心配して

たんだから。昔の傷いつまでも引きずってたら、お爺ちゃんに

なっちゃうもの」


「・・やっぱり知ってたんですか。

時々そうじゃないかとは思っていたんです。

軽蔑しますか?何のコネも後ろ盾もないアジアの顔の若造が

NYでのし上がるまでには、色んな事があるんですよ・・

本当に色々な・・ね・・・・思い出したくもないですけど」


「そうなんでしょうね。最初にあんたを調べたのはアタシなの。

そこであんたの色んな噂聞いたわ。アタシがこんなだから油断し

て喋る人もいてね。ん?あぁ・・・仁ちゃんには言ってないわ。

いくらアタシだからってそこまでおしゃべりじゃないもの。

今のあんた見てれば望んでそうなった訳じゃないのは分かるし。


仁ちゃん心配してたわよ。

自分が幸せなだけに、あんたの事が気になるのね。

バーニーを癒してあげられる女がいればいいのにって、いつも

言ってる。あの兄貴も瞳ちゃんに逢うまではどうしようもない男

だったからね・・聞いてるでしょ?」


「ええ」


「やっと見つけたのね。

そうか・・あの娘があんたの“菜の花”なのね」


「菜の花?ハハ、常さんまで僕がマザコンだって言うんですか?

そうだな。彼女は菜の花とは少し違うイメージですね。

例えたら・・ふっ・・何だろうな」


「バーニー、もういいのよ。

もうあんただけの幸せを見つけなさい。耐え難い程の孤独は仲間

が癒してくれるけど、自分の幸せは自分で掴まなきゃ。

あんたは元々狙ったものは逃がさないってタイプじゃなかった?

NYのパーティーで初めて逢った時のあの目、アタシ忘れないわ、

今でも・・

拓海のあの手が気になる? 聞いてみればいいじゃないの。

案外、答えは簡単なものよ」

 

「常さん?」

 

拓海の手をじっと見ていた僕は、

常さんの言葉に思わず顔を上げた。

気がつけば、指に挟んだ煙草は根元まで燃え尽きていた。


常さんは軽く僕に向かってウインクすると、

“早く”と操の方を顎でしゃくる。

 


常さんの言う通りだ。

僕は今まで、狙った獲物を逃がした事はない。

それが心を伴わない、打算的な行為であっても。

どんなに僕のプライドをズタズタに切り裂く、

屈辱的なゲームであっても。

 

拓海は操の長い髪を指で弄ぶ。

そして、僕に向かってニヤッと笑った。

 

Just a minute!


目の前でこんな風にされては、もう耐えられない。

 

僕は立ち上がり、2人の傍に近づいていく。

急に横に立った僕を、拓海は挑戦的な目で見返し、

操は驚いたように目を見張った。

 

「信、先生?」


「・・拓海。ちょっといいかな。僕はアメリカ人だ。

日本人の様に回りくどい事は苦手なのではっきり聞くよ。

僕は、松原が好きだ。君は、松原の“恋人”なのか?」

 

突然の僕の告白に操の目は更に大きくなり、

信じられないものでも見る様に首を横に降った。

それを見ていた拓海は表情を急に崩し、

その切れ長の目をいきなり細め微笑んだ。

 

「ホラ、な?掛かった。俺がコイツの恋人かって?

俺達見て妬きましたか?バーニーさん、あなたは操の事・・

やっぱりそうなんですね?おい、操。

何固まってるんだよ!な?聞いたろ、バーニーさんが」


「ごめんなさい!信先生。

拓ちゃん、ちょっとふざけてただけなんです。

この人、何か勘違いしてて・・・ハハ、先生もからかわない

でください。冗談でも誤解するわ」


「からかってなんかない。冗談でもないよ。

僕は君が好きだ」


「バーニーさん。いいんですか?こいつ、うるさいですよ。

女のくせに酒は底なしだし大飯喰らいだし、平気で大口開け

て笑うし、いびきかいて寝るし、超お節介だし」


「知ってるよ。僕はずっと見てきたから。

でもさすがに・・いびきは知らないけど」


「先生!やだ・・拓ちゃん!

私、いびきなんてかかないわよ!」


「でもいい奴です。女にしとくのは勿体無いくらい、

いい奴なんだ。俺はね、こいつには誰よりも幸せになって

もらいたいんです」


「拓ちゃん、止めて」


「従姉弟なんですよ、操は俺の」


「い、とこ?」


「あぁそうか、分からないか・・親同士が兄弟なのがいとこ。

要するにfamily。俺のお袋と操のお袋が姉妹なんです。

2つしか違わないのに、こいつ姉貴ぶっていつも俺を子分みた

いに扱って・・痛てっ!そうだったろ!いつだって俺がパシリ

でさ~。中学の時に俺がグレかけた時、今みたいに俺を殴って

操、言ったじゃないか。

“拓はこれから叔母さんを楽させなきゃいけないのに、何バカ

な事やってるの!”って。俺も親父がいなかったんだ。

バーニーさんなら、分かりますよね。俺にとって操は大切な

姉貴なんです。芝居始めたのだって操の影響で、操に俺・・

芝居、教えてもらった。前の劇団に居られなくなって、何も

出来ずにいた操を“宇宙”に誘ったのは俺です。


バーニーさん。本気ですよね?

ただ遊びで操と付き合うんなら、俺は許しませんよ。

例え、あなたでも。

・・女にだらしない俺が言うセリフじゃないですけど」

 


“本気なのか”


そう拓海に問われて、僕は正直戸惑った。

何故なら、今まで本気になった事などなかったから。

 

マム、グランマ・・仁、瞳、舞、劇団のメンバー。

僕の39年間の人生で、僕が愛したのは彼らだけだった。

彼らは皆、僕の“家族”だ。

 

そこに現れた、操。


彼女のどこに惹かれたのか。

そもそも、いつ好きになったのか、それすら分らない。


ただ、傍にいてほしい。

単純にそれだけを思った。


彼女を見つめる時の僕はとても幸せで、

彼女を想うと、胸が痛んだ。


彼女の笑顔さえあれば、僕はきっと毎日笑って暮らせる。


痛いほどの切望だった。

彼女が・・欲しかった。

 

それが“本気”という事なのだろうか。

男女の愛を知らない僕には、すぐに答えが出なかった。

 

「拓海。僕は今まで人を愛した事がない。

昔の僕を少し君は知ってるよね。僕には君の言う“本気”

という事がよく分からない。でもこれだけは言える。

I need you・・僕には松原が必要だ」

 

「信先生。どうして急にそんな事言うんですか?私は・・」


「急に?僕の気持ち、少しは知っていたでしょう?

僕は君だけをずっと見てたよ。

多分・・初めて逢った、あの朝から」


「しっ、知ってましたって言うか。クラスの皆にいつも

からかわれてます。信先生は操ちゃんばかり見てるって。

この間だってそれで一気させられて・・

先生。私は、先生が思ってる様な女じゃないんです。

拓ちゃんが言った私は昔の私。もう・・今の私じゃない」


「操!!止めろ。もう忘れろって言ったろ!」


「先生!私、私は・・」


「バーニーお~じちゃん!」


「Wao!アタッ・・痛いよ、舞・・ハハ、おかえり。

ひとりでおりてきたのかい?」


「いま、ママくるよ。まいね~、はしっておりてきたの」


「お、舞ちゃん。拓海ちゃんにもハグは?」


「だめ~~!バーニーおじちゃんだけなの~。

たくみちゃんは、ほかのおねえさんがいっぱいいるでしょ!」

 

店のカウベルを大きく鳴らして、舞が飛び込んできた。

保育園から帰ってお風呂に入ったのか、

湿り気の残る髪からシャンプーの香りがする。

 

「んもう!舞。1人で降りたらあぶないって言ったでしょう?

待ってって言ったのに・・常さん。舞ったら、ちっともじっと

してないのよ。バーニーが来てるって聞いたら、早く来たくっ

て髪も拭かせてくれないんだもの・・あれ?先輩も来てたの?」

 

大振りのバスタオルを片手に、すっぴんの瞳がやってきた。

今や劇団の顔になっている舞台女優も、この姿はただの母親だ。

 

「“も”はないだろ!“も”は。

・・はぁ~まったく、この親にしてこの子ありだな。

まったくどういう教育してるんだ?影山家は。

ハイハイ、邪魔者は消えますよ。あ~、舞ちゃんにも瞳にも嫌わ

れて・・可哀相な俺は、温かな女の中にでも安らぎを求めに行く

か。常さん、ごちそう様!

バーニーさん。操、置いてくんでよろしくです」


「ちょっと、拓ちゃん!」

 

ピースサインを頭の上で2度振って、拓海は帰っていった。

ドアが閉まる瞬間、僕に向かって彼は小さく頭を下げた。

 

操は急に拓海が帰ってしまった事で、気まずそうに僕に微笑

んだ。僕も言葉を捜すけれど、何を話していいのかよく分か

らない。

 

僕達の微妙な空気を察した常さんは、瞳に何やら耳打ちをする

と、舞を抱き上げ、カウンターの中に入れてしまった。

 

「舞、バーニーおじちゃん、これからお出かけなんですって。

このお姉ちゃんとお仕事なのよ。だから今日はバイバイね」


「やだ~おじちゃんとごはんたべるの~!」


「常さん、別に僕は」
「あの・・」


僕と操の言葉を完全に無視し、常さんは続ける。

 

「舞はさ~、もう色々お手伝いできるもんね。これからディナー

の時間でしょ?今日は忙しくなりそうなんだ~。

常ちゃんのお手伝いしてくれないかな?“いらっしゃいませ~”

できるよね~。それに、今日のバイトは舞の好きなソン君よ」


「あ!ほんとだ!おっぱ~、あにょはせよ~」

 

舞はバイトのイケメン青年を見つけると、大きな声で手を

振った。ソン君というバイト青年もニコニコと舞に手を振って

いる。

 

「2才にしてイケメン好きなのよ、この子。まぁ親父と叔父が

この顔じゃ、並の男じゃ満足できないのは当然だけどね~。

ウチのバイト君の中でも彼がお気に入りなの。韓国からの留学

生でね、東大法学部のエリートよ。いい男でしょ?

最近じゃ彼目当てのお客もいるくらいなのよ。

さ、これでいいわね。行ってらっしゃい」


「「え?」」


「はい、さっさと行く!言ったでしょ?今日は忙しいって。

あんた達の世話なんかしてられないのよ。悪いけど場所変え

てね。瞳ちゃん、早くこの2人追い出して!」

 

口を挟む暇も与えず、常さんはカウンターから僕達を追い立

てる。すると本当に次々に客が入り出し、あっという間に狭

い店内は満席になった。


瞳は初めこそ驚いたようだったが、

すぐにクスクス笑い出した。


「ふふふ、本当に忙しくなっちゃった。

バーニー、常さんに聞いたわ。頑張って!

・・今度ちゃんと紹介してね」

 

瞳に促され、僕と操はMIYUKIを後にした。

ドアを出てふ~っと溜息をついた僕の横で

操はまだ戸惑っている。

 

雨上がりの夜、商店街の明かりが眩しかった。

人々は所々に出来た水溜りを器用に飛び越していく。

 

僕たちの長い夜は、ここから始まった。

 


コラージュ、mike86


2009/02/21 00:15
テーマ:鳳仙花が咲くまでに カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

鳳仙花が咲くまでに 2話  「恋」

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第2話です。ある朝、偶然出逢ったバーニーと操。

遂に操のオーディションが始まります。
木島、仁、常さん、そして・・・

物語が動き出します

 


 
「おはようございます。劇団副代表の、影山信です。

本日は“劇団宇宙”のauditionにご応募していただき、ありが

とうございます。劇団代表 木島直人は、仕事で韓国へ行って

いますので、今日は私が全権を任されています。

どうぞ、よろしくお願いします。さっそく始めましょう。

名前、自己アピール、課題のセリフの順でおねがいします。

一巡したら歌、ダンスへと進んでください。

あ、それから今日のダンス審査は、影山仁が担当いたします。

では・・1番の方からどうぞ」

 


「えっ?“影山仁”?」
「うそ!彼が審査員なの?」
「どうしよう・・私、心の準備してないよ」
「あの人、影山仁の弟なんだって」
「影山に俺のタップが通じるかな・・」
「ああ・・神様!」

 


仁の名前を出した途端に、

張り詰めていた稽古場がざわざわと騒がしくなった。

さすが、というべきだ。これがスターの力。

僕が事務所のスタッフに教えてもらって丸暗記した挨拶なん

かより、仁の名前1つ出しただけで受験者の士気がこんなにも

上がる。

 

オーディションは予定通り順調に進んだ。


劇団の知名度が上がるたび、毎年受験者が増えていく。

全くの素人から、大学の演劇科、他の劇団を経て来ている者。

経歴も経験も様々。

今日この中から30人残して、1年後の卒公で3人に絞る。

 

代表から言い付かっている今年の選考基準は、


なるべく他所の芝居の癖が付いていない者。

真っ白な素材、しかもダンスと歌の才能のある者。

要するに新鮮な若手が欲しい、ということだ。

 


試験開始から30分。

順調に進む試験の中、一瞬僕の目の前の空気が変った様な

気がした。ふっと書類から目を上げるとそこには、


・・・朝の彼女が立っていた。

 


「44番、松原 操です。よろしくお願いします」


「はい。では自己アピール。課題のマリアのセリフ、

お願いします」


「あ!・・・は、い」


「どうしました?」


「いえ・・・松原 操。29歳です・・特技は・・」

 


 

 


「・・以上です」


「おう!よし、分かった。この30人で決定なんだな」


「はい」

 

オーディションから3日後。

木島代表が韓国から帰国した。


ここ数年の韓国は、空前のミュージカルブーム。

海外で評判の作品の輸入と、自国の作品の発展。

アジアのラテン系と言われる国民性にミュージカルが合って

いるのか、役者も観客も非常にテンションが高い。


僕もNY時代、何度か視察に来た韓国のPDを紹介された。

その時は、なんと言って挨拶したのかもあまり憶えていないが、

多分当時の僕は、同じアジア人の顔を持った客を大切に扱いは

しなかっただろう。あの頃の僕には、それはコンプレックスの

対象でしかなかったのだから。

 

今回、代表は演出家として招聘され、様々な取材と記者会見を

終えての帰国。3ヵ月後の公演に向けて、2週間後には本格的に

渡韓。そしてこれから約半年間、代表は劇団を留守にする。

 

「そうか。お前がそう言うのなら俺には何の異存もない。

早速事務所に行って、合格通知発送してもらってくれ」


「代表」


「ん?」


「いいんですか?」


「何が」


「僕の決定を全部受け入れていいんですか?代表の意見は?

それに・・最後の1人、反対しないんですか?」


「この44番?」


「はい」


「らしくないな。仁、言ってなかったか?

自分の趣味で女を決める俺より、お前の方を信頼するって。

・・あ?やっぱり言ってやがったか、あの野郎・・まあいい。

バーニー。自信家の劇評家は何処行ったんだ?

NY時代のお前なら、人の意見なんか聞かなかっただろうが。

44番がどんなに変な女だろうが、調べて何が出てこようが、

お前の目に留まった奴なら、俺もお前を信じるさ」


「彼女、もうすぐ30歳です」


「ん、そのようだな」


「2年前まで劇団太陽の女優だった」


「だから?」


「選考基準に当てはまらない。

劇団は新人を育てたいんですよね?新進劇団で主役を演った事

もあるくらいです、芝居は抜群にうまい。

口跡もいいし、歌も悪くない。でもダンスはまったくの素人だ。

体も固い方だし、リズム感は今1つ。

演技基礎の一環としてバレエはかじってたんでしょうが、

タップは基本ステップすら踏めてない。

仁は、彼女には無理じゃないかって。

1年やればそれなりになるだろうけど、宇宙の舞台に立てるまで

上達するには、時間が掛かるだろうって」


「・・バーニー。お前が俺に弟子入りした時、

俺が何て言ったか憶えてるか?」


「はい。“僕の理想の舞台を作れ”」


「そうだ。研究所はもうお前に任せた。

しかも今年、俺は半年間留守にする。はっきり言って俺は、

近い将来劇団本体も、お前に譲っていいとさえ思ってるんだ」


「代表!!」


「バーニー。お前、日本語うまくなったな。3年前、NYで初めて

逢った時、お前の日本語はまだ片言の幼児語だった。

切なくなるくらいかわいい言葉だったよ。だけど今じゃどうだ。

誰だってお前が外人だとすら思わない。

それは、お前が人一倍努力したからだ。ま、ウチのバカな連中

教えるくだらない日本語から覚えたのには、正直笑えたけどな。


なぁ・・お前が36で始めたことが、30の彼女に出来ないって?

それが出来る役者だと思ったから、彼女を選んだんじゃないの

か?そうなんだろう?

お前の感性は本物だ。芝居を見る目も、人を見る目も。

この3年、正直俺の方が教わる事ばかりだった。もう弟子は卒業

だ。ま、俺は端からお前を弟子にした憶えはないがな。

バーニー。ここは俺が作った劇団だが、もうお前のものでもある

んだぞ。誰が言った正論よりも、

バーナード・ワイズマンの目を信じるよ、俺は」


「代表・・」


「何年前だっけか?どっかの兄貴も“この娘を入れるべきだ!”

って俺に向かってゴリ押ししたよな。まったく兄弟揃って・・

さ、この話は終わりだ。通知の発送、早く頼め」

 


事務処理を全て終え、部屋に帰った瞬間、携帯が着信を告げた。


「仁?」


双子だな、と感じるのはこういう時だ。

不思議に、話したいと思った時に何故かメールか電話が掛かる。

31年離れていたのが嘘のようだ。

でももしかしたら、自分達が分かっていなかっただけで、

今までも日本とNYで呼び合っていたのかも知れないけど。

 


「どうだった?木島、OKだって?」


「うん。無事、代表審査通過」


「お、そりゃおめでとさん。なあ、気にするなよ」


「何が?」


「俺がこの間言った事。お前気にしてたからさ」


「いや・・正直、僕も少し迷ってた。仁の言う事も当然だし。

さっき代表に言われたんだ。

“誰の言葉より、僕の目を信じる”って」


「あいつ、かっこつけやがって。

きっと劇団の雑務をお前に代わってもらってホッとしてるんだぜ。

いいように使われるなよ。あいつは所詮お坊ちゃんなんだから」


「ハハ・・でも僕、代表好きだよ」


「あぁ。悔しいがあいつはいい奴だよ。俺もつい騙されてここま

で来ちまった。ちゃらんぽらんな男だが、信用できる奴だ。

迷惑かけるが、頼むな」


「うん。ありがとう、仁」


「お前もさ、もっと自信持て。今年はお前が代表代行だろ?

木島は留守なんだ。奴の顔色見る必要ないしさ。

お前の思いのままじゃないか!

“伝説の劇評家バーナード・シン・ワイズマン復活”と行けよ!

お前のあの、触れば血が流れそうな切れ味鋭い劇評を演出に

生かせ。本当に今年の研究生は運がいいよ・・

うん、羨ましい限りだ」

 

あぁ、仁。

自信がない訳じゃないんだ。

遠慮してる訳でもない。


ただ、僕はまだ自分が“異邦人”だという感じがしていた。

日本語を話して、劇団の仲間と笑いあって。

楽しくて、毎日が充実していて。


それなのに、

嫌な思い出しかなかったあの国を、ふっと思い出す瞬間がある。

 

来日して3年。

僕は心のどこかでまだ“バーナード・シン・ワイズマン”だった

自分を捨てられずにいた。

 


4月。

劇団の全てが、僕に委ねられた。


仁は、例の絢也氏のボレロの舞台に掛かりっきりで、

殆ど劇団に顔を出せない。

瞳も夏に出す子守唄のCDのレコーディングで、この所忙しい。


冬の本公演の稽古まで、

劇団主要メンバーは個人のスケジュールで一杯だ。

 

劇団運営の責任者。マスコミ関係の取材、木島代表の代わりに

書く演劇誌への連載原稿。そして研究生の演技基礎の授業。

 

“影山信”という名前が、一人歩きしていく。


充実しているけれど、緊張の糸を張りっぱなしの日々。

そんな日々が3ヶ月程過ぎたある夕方。

僕の部屋の前に・・・彼女が現れた。

 

その瞬間、僕の胸がどれ程高鳴っていたのか、

彼女は知らないだろう。

 

“バン!”


「痛っ!!」


「あ、ごめん。大丈夫?怪我しなかった?」


「うっわっ!すみません!!あ、信先生。すみません・・

私ここがどこか分からなくて。ここ、信先生のお部屋だったん

ですか?私、忘れ物を取りに・・えっと・・帰ります。

あの・・お疲れ様でした~!」


「あ、松原!明日の課題のエチュード、君からだからな。

あぁ、お疲れ・・・・・操」

 

何となく気になっていた。


あのオーディションの朝の出逢い。

芝居の上手さや才能もそうだが、

彼女を入団させなければ・・と何故か猛烈に感じた。


いつも明るく、自分より10歳近く年下の同期生に慕われている

彼女。時には母のように彼女は彼らに向き合い、その少し低めの

アルトは人を安心させ、豪快な笑い声は人の悩みを吹き飛ばす。

 

僕の授業は常に最前列。

問題を出せばすぐにその手が上がり、逆に鋭い質問を返された。

そしてその正確で独創的な演技分析には、僕も時々舌を巻いた。

 

いつの間にか、目で追っていた。

稽古場で彼女だけが光って見えた。

他の研究生と分け隔てなく接そうとすればするほど、

僕の心がざわついた。

 

それが“恋”だと気付いた時には、

彼女の笑顔は僕の全てになっていた。

 

アメリカでの僕。

初体験は15歳。ハイスクールでも大学でも不自由しなかった。

仕事を始めてからは、男を武器にも使っていた。

経験とテクニックだけは人並み以上に積んできたが、

それは所詮・・・それだけの事。


心から愛した女性はいなかった。

 

仁に言わせれば、僕は究極の“マザコン”って奴らしい。

自分だって威張れた事はしてきてない癖に、

そう言って僕をからかう。

第一、マムのためにだけ生きてきた僕の青春を、

仁には笑う資格がない。

 

その夜。

僕は久しぶりにMIYUKIに出かけた。


思えば最近劇団の雑務が忙しく、夜はPCに向かいながらピザや

コンビニ弁当で済ましていた。元々酒は強い方じゃないし、

普段あまり飲みたいとも思わないのだけど、舞にも会いたかっ

たし、常さんのご飯も食べたかった。


そして何より・・

思わず高ぶった気持ちを、久しぶりの酒で静めたかった。


酒を飲むときだけ吸う煙草を自販機で買って、

MIYUKIの重いドアを開ける。

 

午後6時。

夕食の買出しで、隣接する漬物コーナーは主婦が列を成して

いたが、店内はまだ時間が早かったせいか、空いていた。


窓際の席には、テーブルの上で手を絡ませ合うカップルが1組。

奥の4人掛けには大学生らしい男性が2人、

どんぶり飯と格闘していた。

 


「こんばんは。常さん、いいかな?」


「あら?バーニー。久しぶりじゃない!ちっとも顔出さないで・・

ちゃんとご飯食べてたの~?忙しいからって、またピザ生活だっ

たんでしょ。遅くてもいいからウチで食べなさいって言ってるのに。

あんたね、いくらアメリカ人だからって、40間近になってそんな

食生活してたらすぐにメタボまっしぐらなんだから!

少しは気を使いなさいな」


「敵わないな、常さんには。はい、なるべく来るようにします。

後で食べるけど今日は少し飲みたいんだ。作ってくれますか?」

 

カウンターの右端。いつもの僕の指定席。

僕が腰掛けると、常さんはすぐにドライマティーニを作り始めた。


ゆっくり煙草に火を点けた僕の顔を、

常さんはマティーニを置きながら覗き込む。

 

「何かあったわね?その顔は。

アタシに隠し事なんて100年早いのよ。

こりゃ、帰るまでに白状させなきゃ!」


「何もありませんよ。そうですね、その手の取材なら

事務所通してください。ハハ・・仁はどうですか?順調なのかな。

あ、瞳のレコーディング、終わりましたか?」


「ええ、今日終わったみたい。

さっき舞と保育園から帰ってきたわ。呼ぼうか?」


「うん、逢いたいですね。舞は・・」


「ちょっとゴメンね。いらっしゃいませ~。あら、こんばんは。

今日は1人?また“宇宙”の連中と?それとも・・」

 

劇団の名前を出した常さんの声に振り向いた僕は、

息が止まるかと思う程、驚いた。

 

まだカウベルが鳴り終わらないドアの前に、

操が立っていたから。

さっき僕の部屋の前で見た時と同じ、大きなバッグを抱えて。

 

「こんばんは、後からもう1人来ます。あ!・・信先生・・

さっきはすみませんでした。ここの常連さんだったんですか?」


「ん?ああ・・うん」


「あなた、この間いい飲みっぷりだったわね。楽しかったわ~。

バーニー、この間ここで研究生達が飲み会やってね。

この娘、男の子達に煽られて一気させられて。

アタシいつもはそんな飲み方、絶対させないんだけど、皆が

“まあ見てろ”っていうもんだから。

・・ふふ、凄いのよ、この娘。何杯飲んでもケロッとしてるの。

陽気でいいお酒だったわ。ね?」


「あの時はすみませんでした。うるさかったですよね。

みっともないとこお見せしました。私、常さんには昔1度助けて

頂いた事があるんですよ・・ご存知ないでしょうけど。

ところで、信先生。質問してもいいですか?

あの時も話題になったんですけど、どうして“バーニー”って

呼ばれてるんですか?変ったあだ名ですよね」


「あれは僕の名前。影山 信の方が芸名なんだ。

本名は、バーナード・シン・ワイズマン。僕はアメリカ人だから」


「アメリカ人?」


「操!ごめん。遅くなった。待った?」

 

その時、MIYUKIの重いドアが勢いよく開けられた。

彼女を呼び捨てで呼んだその声の主は、僕の友人だった。

 

「あれ?バーニーさん!来てたんすか。お疲れ様ーっす」

 


劇団一のプレイボーイ。

緒方拓海。

 

奴は当然のように、操の肩に手を回した。

 



コラージュ、mike86


2009/02/14 00:35
テーマ:鳳仙花が咲くまでに カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

鳳仙花が咲くまでに  1話  「彼女」

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今週から「鳳仙花が咲くまでに」を毎土曜日連載いたします。

バーニーと運命の女性、操。
劇団メンバーも健在です。

「いつか、あの光の中に」の第3シリーズ。感想など頂けると励みになります^^

 



 ― 昔、美しい女神が罪を犯したと疑いをかけられました。

やがてそれは意地悪な神様の悪戯と分かって、女神の疑いは

晴れましたが、女神はそんな自分が許せませんでした。

暫くして女神は・・1つの花になりました ―

 

 




ひと夏の幸せが、私を臆病にする。

彼の声を思い出す度、体が震える。


どうして私はここにいるのだろう。

心はあの坂の上に置いてきたのに。

 

ごめんなさい。

私はどうしても護りたかった。


あなたと、


あなたに愛された証しを・・

 

 

 



僕が彼女と初めて逢ったのは、

早朝の下北沢駅のキオスク前だった。


その朝。

僕はいつもの時間に起き、

劇団前から日課のジョギングに出掛けた。

 

早朝の下北の街は、前夜の芝居の余韻や学生達の合コンの

跡やらで、およそ爽やかな朝とは程遠い風景だ。


道端には芝居のチラシやら、飲み捨てた酎ハイの空き缶が

散乱しているし、最近では商店街の壁一面にカラースプレーの

らくがきが、所狭しと画かれている。

 

NYにいた頃から毎日自分に課していた日課。


その頃の僕は、走る事で、自分の体を苛める事で、

かろうじて精神を保っていたのかも知れない。


“もう踊れない”


医者に言われたその言葉は僕に絶望をもたらした。

働けないマムのために6才から働き、

いい成績を取って、奨学金も手にした。


その僕にとって踊る事は、マムの笑顔を得るための

唯一の手段だったのに。

 

激しい運動は無理だと決め付けた医者の鼻を明かすように、

僕は毎日走り続けた。例え、足首は動かなくとも。

どんなにフォームが可笑しかろうとも。

 

11才でマムが入院し、

1人、ポートランドのアパートで膝を抱えていた頃。


孤独に耐えながら、海の向こうの仁を想う日々。

恋しさを憎しみに変える事で、僕の体は動いていた。

 

仁と瞳が僕の心を開放してくれた時、僕は初めて心から笑えた。

そして舞が生まれた時、

初めて心から愛しい存在がある事を知った。

 

今の僕には、仲間と家族がいる。

かけがえのない存在の片割れがいる。

 

止まっていた時の針が再び動き出した時、

僕は本当の自分に戻っていた。

39歳になった今、

僕はやっと人間になれたような気がしていた。

 

その朝。


僕はいつものジョギングコースを走り終えた後、

仁の家に寄ろうと駅前のガードをくぐり、

南口商店街に入った。


一昨日から舞が熱を出し心配だったのと、3時間後に行われる

今年度の入団試験の事で仁に話があったからだ。


駅前のキオスクで、舞の好きなポカリと自分用のミネを買い、

走って3分のMIYUKIに向かおうと走り出した時、

その声が僕の足を止めた。

 

「キャー!!すみません!歩かないで。踏まないで!

止まって、止まって下さい~!!」

 

その破壊的な悲鳴に振り向き駅に戻ると、顔面蒼白で地面に

這いつくばる女性が、両手を大きく振り回して通行人を止めて

いた。


大袈裟なその行動の理由はすぐに想像がついた。


「 Contact lens?」


掌をパーに広げ、慎重に目を階段にくっ付けるようにして探り、

近くに人が通りかかると、


「ごめんなさい!下見てくださいね。そーっと通って~~!」と、


大声をあげている。


その間も目は階段に集中したままで、

時々「ああ~~!!もう~!!」と天を仰いだりしている。

 

まだ7時前だし、日曜日だった事もあって乗降客も少なく、

皆、彼女の必死の願いを聞き入れ、階段の端を静かに歩いて

いた。

 

気が動転していたからか、初め裸眼で探していた彼女は、

急に“ハッ”とした顔をしたかと思うと、巨大なバッグの中から

メガネを取り出し(今度はブラシやポーチが派手に散乱した)

やっとのことでそれを掛けると、また地面にしゃがみこんだ。

 

僕は何分そこで彼女を見ていたのか。


その一連の動作が、あまりにも可愛くて、面白くて・・

ただじっと見入ってしまっていたのだ。


僕が我に返ったのは、

僕の足元に霧吹きの様なボトルが転がってきたからだった。

 

「寝癖直し?プッ・・あの、これ、落としましたよ」


「あ、すみません。ありがとう・・・・・ね、あなた、暇なの?

誰だか知らないけど、そこに突っ立ってるんだったら手伝って。

この状況、見て分かるでしょ?

他の人にとっちゃ、たかがコンタクト1つかもしれないけど、

今日、あのレンズには間違いなく私の一生が掛かってるのよ」

 

彼女は僕の顔も見ずに、目は地面を追ったまま、僕に命令した。

 

「一生ですか?これは大きく出ましたね、それは大変だ。

どこから落としたんですか?僕、探し物得意です。

実は3年前にも大切だったもの、やっと見つけたんです。

31年ぶりだったんですよ。ちょっと凄いでしょう?」


「31年?無くしてからそんなに経ってから出てきたの?

それは見つけたのが凄いんじゃなくて、それまで探さなかったの

がいけなかったんじゃない?横着者の極みね」


「あ、そうか。そうですね。もっと早く探せばよかったんだ。

逢いたいなら、逢いに行けばよかったんだ・・

あは、気付くの遅いよね。

・・ところで、あの・・横着者ってどういう意味ですか?」

 

それから30分程、僕と彼女は下を向き、

手は地面を這いながら話していた。

初対面の、どう見ても10才は年下の女性に説教されながら。

 

驚くくらいに彼女の話題は豊富だった。


“まもなく始まるかもしれない消費税10%時代問題”

“地下深くに閉じ込められた作業員の安否と家族愛”

“田舎のお母さんが韓国の俳優に夢中!

去年だけで5回も渡韓!”

 

彼女は手を動かしながら、口も休む事なく喋り続けた。


「・・・ね、笑っちゃうでしょう?

父はPCをすっかり母に占領されて拗ねちゃって。

だって、あんなにお金掛けてスクール通って習ってた父より、

見よう見まねでいじってる母の方が断然使いこなしてるんだもの。

私なんてPCどころか機械と名がつく物、全部ダメなのに。

母を変えたのはね、、たった一人の韓国人俳優なの。

その人のドラマを、母は両手を組んで祈るようにして見ているの。

同じDVDを何回も何回も。時には涙でぐしゃぐしゃになって・・

そしてね、ネットで知り合ったお友達と意気揚々と遊びに行くの。

気持ちまで若返った母を見てたら私、何か感動しちゃったのよ。

母をそうさせたその人って凄い人だなって。

だって何万人もの人達を虜にしてるのよ?

役者ってこんな事も出来るんだなって。

国境なんか平気で越えちゃうんだなって。


・・ねぇ、そういえば、あなたどこの出身?東京じゃないわね。

私、芝居なんかやってるから訛りには敏感なの。

大体の出身県は分かるんだけど。そうだ、訛りっていうより・・

あなた。もしかして、日本人じゃないの?」

 

そこまで話して、彼女はやっと僕の顔を覗き込んだ。

 

上下のトレーニングウェアに黒のサングラス。

黒髪に黄色い肌は見た目には日本人に見えたはずだ。

ただ、サングラスを外せば、

僕の目が灰色なのが分かっただろうけど。

 

「ん~その質問、答えが難しいですね。

それに初対面の方に話すには、少し複雑かな。

・・あ!ありましたよ。これじゃないですか?」

 

その探し物は、階段下のキオスクの新聞立ての傍に落ちていた。

少しグリーンがかったそのレンズは

コンクリートの上で小さく光っていた。

 

「キャ~!!これよ、これ!!ありがとう。助かった~!

これがなかったら今日のオーディション、

受ける前から落ちたも同然だもの」


「Audition?ですか?」


「ええ。あ、下北の人なら知ってるわよね。

今日、“劇団宇宙(そら)”の試験なの。

こんな年で研究生試験なんてちょっと不安なんだけど、

やっぱり芝居が好きだから。実は私、芝居辞めようと思ってたの。

色々思い出したくない事があって・・でもね、従姉弟に叱られた。

お前にとって芝居はそんなに簡単に捨てられるものなのかって。


私、影山仁が好きで、舞台もDVDもこの2年、何本も何本も見て・・

ふふ、私も母と同じかも。“宇宙”に運命変えられちゃったのね。

私、もうすぐ30なの。だから決心したのよ。

本当にこれを最後の挑戦にしようと思って」


「そうですか、受かるといいですね。あそこは年齢制限なんか

してませんよ。本当に見つかってよかった。

それにあんな所に落ちてて踏まれなかったなんて奇跡ですね

きっといい事あります・・まだ2時間半あるね。

じゃ、Audition、がんばって」


「え?あ。お礼!」


「いいですよ。“暇”でしたから・・・・・すぐまた逢えるし」


「あ、あなた、どっかで」


「“宇宙”への道、分かりますか?このガードを超えて本多の前を

真っ直ぐ行ったら左です。途中急坂があってその突き当たり。

すぐ分かります。じゃ!」

 

僕はサングラスを外し、彼女に会釈をするとまた走り出した。


きっかり10秒後。


さっきの悲鳴に勝るとも劣らない大音量の彼女の声が背後から

聞こえると、僕は振り向かずに走りながら、大声で笑い出した。


「・・・くっくくく・・・ハハハハハ!!!」


彼女の悲鳴はまだ聞こえる。

 

「きゃ~~!!やだ!か、げ・・影山 仁??

やだ!!私、なんて事・・どうしょ~~!!」

 

 


「ククク・・・ハハハハハ」


玄関に入るなり思い出し笑いをする僕を、

瞳が怪訝そうな顔で出迎えた。


「おはよう。朝から何?バーニーが思い出し笑いなんて。

何か楽しそう。いい事でもあったの?」


「くっくっ・・ごめん。ちょっとね、仁の顔少し借りたんだ。

あいつ、スターだから」


「彼の顔?どういうこと?」


「ん、何でもない。ね、舞の熱下がった?ポカリ買ってきた。

仁は、まだ寝てるの?あ、そうか!昨夜例の舞台の」


「うん、顔合わせを兼ねてあちらのバレエ団の方と会食だったの。

このお話、光栄なお話だけど自分にはどうかって悩んでたでしょ?

返事を延ばしてたら、楠さんが直接彼に逢いにきてくださって。

“今回の役のイメージは影山さんなんです。この間ロンドンで一緒

に踊った時、もう僕の頭の中にはセンターで踊る影山さんが見え

ていた。あなたでなきゃ駄目なんだ。僕に任せてもらえませんか。

面白い舞台にしましょう”って。あの絢也さんにそこまで言われた

ら、お断りなんて出来ないじゃない?最後は私が返事しちゃった。

“分かりました。演らせていただきます!”って」


「ハハハ、さすが、瞳だ。今回絢也氏は、振り付けと総合演出なん

だろう?あの舞台に仁を選ぶなんて。あの人のセンス、凄いや。

只者じゃないよ。だって、瞳・・・“ボレロ”だよ!

まさか、仁に・・なんて考えもしないじゃないか。

仁のタップでボレロ。

しかも群舞は絢也氏率いる超一流バレエカンパニー。

あぁ、これは絶対稽古、見学させて貰わなきゃ」

 

「バーニーおじちゃん。おはよ!」


「あ、舞。おきてだいじょうぶ?おねつは?ん、こっちおいで」

 

まだ眠い目を擦りながら、起きて来た舞。


この世の中に、こんなに可愛い存在があったなんて

僕は今まで知らなかった。


仁と瞳の娘。

僕の、“姪”

 

瞳は僕が舞を甘やかしすぎるとよく怒るけれど、

生憎と僕は親じゃない。

無責任に可愛がることが出来るのが、叔父の特権だ。

(難しい日本語は木島代表の受け売り)

実際、家を空けがちな仁より僕の方に舞は懐いている・・

と思う。(思いたい)


それに驚いた事に、これを“隔世遺伝”というんだそうだが、

舞は死んだ僕たちのマムにとてもよく似ていた。

8分の1だけしかアメリカの血は入っていないのに、

僕たち兄弟よりその血は濃そうだった。

仁にその事を言うと、おぼろげにしかマムの顔を憶えてない

あいつは、複雑な顔をする。

 

「バーニーおじちゃん!まい、おねつさがったよ」


「よかったね。でもまだ静かにしてなきゃだめだよ」


「いいの~!バーニーおじちゃんとあしょぶの!」


「う~ん、おじちゃんね。今日はおしごとなんだ。

新しい劇団の人の試験なんだよ。今日は木島のおじちゃんが

いないから、僕が責任者だからね」


「しぇきにんしゃって、なに?」


「舞。今日だけバーニーおじちゃんは

“一番えらいひと”なんだ」


「あ、仁。起きたのか?

朝からごめん、ちょっと仁に話があって」

 

寝起きの仁が長い髪をかきあげながら、リビングに入ってきた。


上半身裸で白いスウェットを腰で穿き、大股で部屋を横切ると、

冷蔵庫から出したミネを僕に放り投げる。そして自分は、

2リットルボトルの烏龍茶の封を乱暴に切り、テーブルに浅く

腰掛けながら、大きなボトルごとゴクゴクと飲みだした。

 

・・つくづく絵になる男だと、自分の兄ながら思う。

こんな姿でさえ、仁の体からはオーラが漂っている。

 

「お前、責任者って立場が気になってるのか?

いいじゃないか、実際お前は劇団副代表だ。

木島はお前に任せるって言ったんだろう?ならお前の好きに

やればいいんだよ。いくら近いからって韓国から口出しできゃ

しないんだから」


「いいのかな、僕の判断で」


「これはこれは、“ice man”さんのセリフとは思えないね。

お前の判断はいつも冷静で間違いがない。ハッキリ言って木島

より信頼できるね。あいつ、時々女を自分の趣味だけで取るか

らな。伝説の劇評家、バーナード・シン・ワイズマンのオーディ

ションを受けられるなんざ、今年の奴らは運がいいのさ」


「ありがとう、仁。

ところでお前、今日のダンス審査大丈夫だろ?」


「おう!やりますよ~。だから早起きしたんだから。

飯、まだだろ?食ってけ。瞳!バーニーの分も頼むよ」


「は~い!もう舞がその気でいるわ。

ママのお手伝いしてくれるのよね?」


「はい。おじちゃん、じゅーすのんで。とまともたべてね」


「ハハ、まいったな・・」

 

 


「では、これより第18期“劇団宇宙”研究所入所試験を

開始いたします。受験者の皆さん、試験番号順にお並び下さい。

始めに劇団副代表、影山 信より挨拶がございます」

 

募集人数30人。受験者444人。

Auditionは始まった。

 


そして、僕は。


稽古場から溢れんばかりに並んだその群衆の中に、

朝の彼女の顔を見つけていた。


何百人もいるその空間で、

 

彼女のいるスペースだけ、不思議に僕には輝いて見えた。

 


コラージュ mike86


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