2008/10/09 00:55
テーマ:創作 いつか、あの光の中に カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

いつか、あの光の中に 14話 「護るべき者」

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彼が母国で文化勲章の候補になったとか。
韓流としての貢献度はもちろん、経済効果も考えれば、当然でしょう。
それにしても36歳での受賞という快挙。
日本なら、もし、同じような人が出てきても(出ては来ないだろうけど)
ありえないですよね。国民栄誉賞ならあるかも知れないけれど・・、

彼を愛して4年。ますます彼が好きになる。
昨日より、明日・・日々進化し、成長していく彼。
その足跡を、私はずっと見守っていきたいな。

 

さて、お話は遂に、ウエストサイド公演本番を迎えます。
緊張してる瞳ちゃん、大丈夫かな^^
そして、その夜・・

 

 

 

 
「さ、明日はいよいよ本番ね。あ~アタシがドキドキして

きたわ~~。ねぇ仁ちゃん、仕込みは終わったんでしょ?

明日、入りは何時なの?瞳ちゃん頑張ってね。緊張しないで!

はぁ~、瞳ちゃんのマリア楽しみだわ!

話題になってたからきっとマスコミもいっぱい来るわね。

そうだ!明日は休みにしよう。のんびり店やってる場合じゃない

もの。貸切にして、劇団のメンバー連れていらっしゃいな。

初日パーティーやりましょ。こんなとこでささやかだけど。

えーと、それからっと・・・・え?何?アタシ、何か言った?」


「・・何かもなにも、さっきから喋りっ放しだろ。

常さんが舞い上がってどうすんだ。瞳は初役だけど、俺は何回

もやってんだから、もう緊張しないさ。

でも、ほら、こいつがさ・・瞳?大丈夫か?おい、顔色悪いぞ。

気分悪いか?吐きそうか?トイレ行くか?

緊張も大概にしないとな。目が虚ろだぞ!

おい!しっかりしろ、ひ、と、み!」

 

俺が“バン!”と背中を叩くと、瞳は一言“ひっ”と声をあげ、

やっと正気に戻った。

 

「は、えっ?・・はぁ~・・どうしよう、仁さん。もう明日だよ。

ドキドキして心臓が3メートルくらい外に飛び出してるみたいなの。

常さん、さっきのゲネで私真っ白になっちゃって。

台詞全然出てこなかったの。ねぇ、何分くらい間があった?

1分?2分?いくら一目ぼれした場面だからって、そんなに間、

空けたらダメだよね。あぁ~~どうしよう、明日の本番。

私、本当にできるのかな」


「バカ、そんなに空いてるもんか。せいぜい5秒だ。

自然な間に見えたよ。俺にはわかったけどな。顔、強張って

たし。でも本番もあれじぁダメだぞ。よしおまじないだ。

出番前に袖でキスしてやるよ。お前が好きな・・」


「キャ~!わかった、わかりました!!それは遠慮します~」


「瞳。ドキドキ、治ったか」


「え?うん。あれ?ホント、平気だ・・・不思議。

仁さん魔法、使えるの?」


「ああ。お前限定の魔法使いさ。効いたろ?」


「ウオッホン!!アホくさ。お熱いことで・・

冷房入れようか?さっきから店内温度上がりっぱなしだもの。

仁ちゃん。どうせ泊まるんだから、いっそここに越して来ちゃ

えば?アタシもその方が嬉しいし。瞳ちゃんも安心だろうし。

仁ちゃんの部屋では、嫌なんでしょ?」


「あそこは。昔の俺のなんていうか・・あのベッドに瞳は」


「分かってるわよ。公演終わったら越してらっしゃいな。

瞳ちゃんよかったね。家賃、仁ちゃん持ちよ~」


「バカ言え。調子に乗るな・・常さん、ありがとう。

本当にそうしていいか?な、瞳もいいよな。あ、それから、

公演が終わったら静岡に行こう。ご両親に挨拶に行かなきゃ」


「えっ?どうして?」


「当たり前だろ。“お嬢さんを僕に下さい”って、あれさ。

ん?どうした」


「だってそれって・・・私、まだ、プロポーズされてない」


「仁ちゃん!あんたまさか今、初めて言ったの?

バカね、こんなとこで。しかもアタシもいるとこでだなんて。

あんたにはムードってもんがないの?あんなクサイ台詞言える

んだから、もっと場所と状況を選ばなきゃ!!

女の子ってのは、その時を夢見てるもんなのよ」


「だってこんなこと初めてでさ。慣れてないんだ・・

しょうがないだろ?」


「バカね。そんなの、慣れてるほうがおかしいわよ!

もう、瞳ちゃん、本当にこんな男でいいの?少し考え直した

ほうがいいかもよ。最近の仁ちゃん、へろへろだもの」

 


明日に公演初日を控え、あとは本番を待つばかりの夜。

俺たちは、MIYUKIで遅くまで話していた。

どさくさに紛れてプロポーズした俺。

 

瞳と恋人関係になってまだ20日余りだが、そんなことは

関係なかった。その瞬間から俺は決めていたし、他の誰に

も瞳を渡すつもりもなかったから。

しかも俺は、4年も待っていたんだ。

 

“公演が終わったら”


その約束を幾つ交わしただろう。


そう、この公演が終わったら、

俺たちはまた違った関係になるはずだった。

 

共に暮らし、

同じ名前になり、

子供を作り、

家族になる。


暮らしは決して楽ではないだろうが、

2人でなら出来ると思っていた。

 

今回の瞳のマリアは俺から見ても、出色の出来で、

おそらく公演が終われば、次のウチの看板になることは

誰の目にも明らかだった。

 

“次の看板”

 

俺は忘れていた。

いや、忘れようとしていたのかも知れない。

 

“今の看板”の存在を。

 

殆ど劇団に顔を出さないが、咲乃がまだ“今の看板”である

ことは紛れもない事実だった。

 


その頃週刊誌で、咲乃と妻子ある映画監督との不倫騒動が

大きく報じられていた。


「男はあなただけじゃないしね」


あの時そう言って、咲乃は去っていった。


“あぁ本当だったんだな”と、かえって俺は安心していた。

 

ワイドショーで咲乃が爆弾発言したこともあり、この騒動は

かなり長引いた。劇団に取材に来る雑誌もあったくらいだ。

 

恋多き女優の男性遍歴

 

当然俺の名前もその中にあったが、劇団内では周知の事実

だった事もあり、今更誰もその話題を口にする者はいなかった。

 

今の俺には瞳がいたから。

 

もう終わった話だった。

俺の中では、いやきっと咲乃の中でも。


あいつは物に執着するタイプじゃない。

あいつのプライドが許せないだろう。


たとえ体だけの関係だったとしても、

一番身近にいた俺にはよく分かる。


あの時の言葉が気にはなるが、男がいるのならそれは

平気だろうと思っていた。

 

 


そして、


“ウエストサイド”初日の幕は開いた。

 

緊張に酸欠になりそうになりながらも、瞳のマリアは、

よく声も通り、アンコールが5回も起こるまずまずの出だし

だった。

 

 

その咲乃が、公演初日の終演後、

貸切になったMIYUKIに現れた。

 

突然。

何の前触れもなく。

 


「咲乃?」


「初日おめでとう。凄いじゃない。客の入りもいいし、反響も

まずまず。今までの“ウエストサイド”のどれより良かったわ。

私の斜め後ろにいたぴあの記者、アンコールの間中、興奮しっ

放し。大慌てで編集部に電話してたわ。

来週号はきっとあなたの緊急特集が組まれてよ、瞳さん」

 

俺の方を見向きもせず、まっすぐ瞳の所へ歩いていった咲乃は、

その細い手を瞳に差し出した。

瞳は突然の握手に戸惑いながらも、笑顔で挨拶した。

 

「あ、ありがとうございます。見てくださったんですね。

私、あがってしまって、実はよく憶えていないんです。

気がついたらエンディングだった・・そんな感じで。

今回マリアをやらせて頂いて感謝しています。

これで最後だと思うので、楽まで精一杯務めさせていただきます」


「頑張って。そうね、これが最後だろうし・・ね?仁」


「何しに来た」


「ご挨拶ね。初日のお祝いに決まってるでしょ?

私だってまだ劇団員なのよ。しかもマリアの本役は私じゃない。

代役の瞳さんを慰労するのは当然だわ。ね?」


「瞳は代役じゃない。この舞台は瞳が本役だ。変なことを言うな」


「あら、マリアは私の役よ。これまでも、これからも。

それから・・仁もね。あなたに、仁は渡さない。

ねぇこんな娘のどこがいいの?仁。顔だって十人並みだし、

チビの上に舞台栄えもしやしない・・・

あぁ、体?仁好みに仕込んだってわけ?」


「咲乃!いいかげんにしろ!!俺を恨むのはいい。

だが、瞳を傷つけたら許さない。帰れよ。ここは俺たちの家だ」


「俺、たち?」


「ああ、“俺たち”だ。俺と瞳。

ウエストサイドが終わったら一緒になる」


「一緒って・・結婚するの?・・仁。あなたが、結婚?」


「ああ」


「フッ、ハハハ、信じられない!冗談でしょ?

そうよ、悪い冗談だわ・・・ねぇ瞳さん。仁はね、今まで女が

掃いて捨てるくらいいたの。仁の心は無かったけど、それでも

仁に抱かれたくて、女の方からあの部屋のドアを叩いてた。

・・知ってる?男ってね、好きでもない女も平気で抱けるのよ。

私だけなの!仁と4年も続いてたのは。

あなたとはまだ1ヶ月そこそこじゃない!そのうち捨てられるわ。

仁はそういう男よ。可哀想に、初めての男だったんでしょう?

・・・そうだ!ね、仁。私、最近面白い話を聞いたの。


話そうかどうしようか迷ったんだけど、

これは瞳さんにぜひ聞いて貰わないと。


瞳さん。この男はね。

自分の妹を、それも18歳の妹を弄んで殺したのよ。

いくら血が繋がらないからって、酷い話でしょ?

悪い事言わないわ、止めなさい、こんな男。

あなたは知らずに騙されてたんでしょうけど・・」

 


やはり、知っていたのか。

それを言うために、わざわざ瞳に逢いに来たのか。


俺が咲乃の胸倉を掴もうと手を伸ばした時、

瞳はそっとその手を包んだ。

 

「いいえ。知っていました。そしてその話が嘘だってことも。

私は仁さんの話だけを信じます。今までの事はもういいんです。

私は14も年下だし、35歳の仁さんがそれまで何も無かった訳ない

ですから。


今は私を愛してくれている。それだけでいいんです。

そして、私が仁さんを愛している・・それだけでいいんです」

 


俺は瞳を抱き締めた。

咲乃が見ていようが、そんなことはどうでもよかった。

俺を護ってくれた瞳が、たまらなく愛おしかった。

 

「ごめん、瞳。どう言い訳したって俺の過去は消せない。

お前に出逢う前の、いや、お前を愛していると自覚する前の

俺は、そんな男だった。俺を信じろ。今の俺にはお前だけだ・・

お前がいれば、俺はもう何もいらない」

 

「咲乃ちゃん・・お帰りなさいな。

悪いけど、この2人はもう引き離せないわよ。

あんたも分かってるんでしょ?色々あって意地になってるだけ

なのよね。それからよけいなお節介かも知れないけど、劇団、

辞めた方がいいんじゃない?マスコミで充分やってけるでしょう。

今回の舞台で、たぶん瞳ちゃんが本当の本役になるわよ。

それも自分で分かったんでしょ?だから、あんなに・・」

 


腕の中の瞳は、小さく震えていた。

だが、その顔は紅潮し、俺に笑顔さえ向けていた。

そんな瞳を、咲乃は遠い目をして見つめている。

 


「仁・・あなた、私のこと少しでも愛してた?

  ・・そんな時が、あった?」

 

「いや」

 


咲乃は帰っていった。

キッと前を向いて。

それが・・咲乃のプライド。

 

「ごめんなさい。咲乃さんにあんなこと言って、私・・」


「もういい。悪かった。俺が悪かった・・常さん、ごめん。

上がるよ、いいかな」


「ええ・・ええ」

 

 

その晩、俺はずっと瞳を抱き締めていた。

緊張と悲しみで、瞳は疲れ果てていた。

 

俺の腕の中で眠る瞳。

その愛しい存在がなぜか消えてしまうような、

そんな不安に駆られる。

 


俺が護る。

お前は、俺が・・・

 

 

無事に楽日を迎える事。

 

 

その時の俺は、ただそれだけを祈っていた。



2008/10/08 01:05
テーマ:創作 いつか、あの光の中に カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

いつか、あの光の中に 13話 「幸せの重み」

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遂に結ばれた2人。仁が嬉しそうで、私も嬉しい(笑)
9話から12話は、たった1日の出来事なんです。
そして13話は、その翌日。
これから・・彼女が動き出します・・


 

 



「よし!今日はまず一回ダンスと歌、通しで見せてくれ。

ウォームアップできてるか?気合が入ってなかったら容赦

なく外すぞ!その後、抜きで稽古だ。いいか?

昨日のトニーとマリアの所もいくからな。あれだけやって

“出来ません”は聞かないぞ。木村!いいか?

仁!オープニングのジェットとシャークからだ。曲!!」

 


ウエストサイドの群舞といえばコレ。

ベルナルドが両手を広げ、肩まで高く足を上げた映画の

ワンシーンはあまりにも有名。


ニューヨークのウエストサイドの不良少年達。

男性20人の群舞のセンターで、仁さんが踊る。


プエルトリコの移民。

差別に苦しんで、アメリカを憎んでいるベルナルド。

仁さんの当たり役。オープニングの見せ場だ。

 


見慣れている稽古。今まで何度も何度も繰り返した場面。

オープニングが決まらないと、この芝居自体動き出さない。

 

そんないつもの群舞なのに、今日の私の目には仁さんだけ

しか映らない。仁さんの小さな仕草の1つ1つが、私の心

を掴んでいく。

 

世間を舐めてかかっているような眼も、

ジェットの男達を挑発するように高く吹く口笛も、

道行く女達に色気たっぷりに魅せるウインクも。

 

今まで私は何を想ってこの稽古を見ていたのかな。

どうしたんだろう。何も思い出せない。


今日はこんなにも胸が苦しいのに。

 


稽古場の隅で見ていたそんな私の横に、

いつの間にか拓海先輩が座っていた。

 

「瞳。昨夜は」


「先輩すみません。私の気持ちは、昨夜言った通りです」


「瞳」


「やっと分かったんです、私。

バカですね。あの瞬間まで自分の気持ちに気付かなかった。

ごめんなさい。皮肉じゃないんです。でも先輩のおかげで、

あれから私達・・いえ、あれからじゃない。きっともうずっと

前から。何か今、変な気分なんです。昨夜からまだ1日も経って

ないなんて思えなくて。もう、ずっと前の出来事みたいで・・

後で稽古、よろしくお願いします」


「瞳。昨夜はゴメン。悪かった、どうかしてたんだ。

さっきからお前見てて分かったよ。本気なんだな。

そうか、仁さんも・・あれから俺、考えたんだ。

なんで今までお前に手、出さなかったんだろうって。

“男女間に友情は成立しない”それが俺の持論だったのに、

お前だけは何だか特別で。

お前を女として見てなかった訳じゃないんだ。

俺はただ・・お前が可愛かった。そうだな。自業自得だ。

俺が今何かすれば、もう“不倫”なんてもんになっちまうんだ。

お前を大事に思ってるなら、そんなこと出来るわけ無いのに。

なのに自分の事、棚にあげて俺はお前が仁さんに惹かれていく

のが嫌だった。いつまでも俺だけを見ていて欲しかったんだ。

嫌な男だろ?まるで子供だ。


・・・・仁さんは、お前を待っていたよ。

俺は知ってた。もうずっと、あの人がお前だけを見ていたこと。

何も言わず、何も求めず、ただお前が輝くように見つめていた。

そうだよ、昨夜だって・・

俺の事でお前が傷ついてた時も、あの人はずっとお前の傍に

いた。俺だったらそんなチャンス、迷わず押し倒してるさ。

あんな愛もあるんだな・・大人だよ。敵わねえや・・

あの人は謎が多い人だけど、いい人だよ。俺は尊敬してる。

 

あぁ。ベルナルド、今日、いいな。

仁さんは凄いよ。

誰もあんなに高く飛べない。誰もあんなに早くタップを刻めない。

何よりあの人のダンスにはハートがあるよ。

俺でさえ胸が痛くなる時あるもんな。タイミングが合わなかった

んだな、俺達。ゴメン。忘れてくれ。俺も忘れるから」

 

私達は、お互いに顔を見ることもなく、

話しながらも目は稽古を追っていた。

 

6年間想い続けた私の初恋の終わりは、あまりにもあっけなく、

そしてその幕を引いたのは、私自身だった。

その声を聞いても心は震えず、何の動揺もない事に私は驚いた。


“私って薄情なのかな。何も感じなかった。

あんなに好きだったのに。あんなに苦しんだのに。

ううん、きっともうずっと前から私には仁さんだけだったんだ。

いつも傍に居てくれるのが当たり前で、あの大きな手に護られ

てるのが心地よくて。

恋愛感情じゃないって思おうとしてたんだ。14も年下だから”

 


「ほれ、瞳、出番だよ。何?ボーっとして、考え事?

・・ん?待った!何だか今日のあんた違うね。何が違うんだ?

こら、あんた昨夜何かあったね」


「えっ?!」


・・鋭いです。相原さん。

 


ダンスパーティーの場面。

トニーとマリアが出逢い、ひと目で恋に落ちる。

ジェット団とシャーク団との確執を表す群舞の中、

恋をした2人が踊る。

トニーとマリアはスローなバラード。

周囲の群舞は、タップ、タップ、タップ!


バラードが激しいダンスに変る時、2人はリフとベルナルドに

強引に引き離される。

 

パン!パン! 木島代表が叩く手の音が、稽古を止めた。

 

「ちょっと止めるぞー!拓海!!どうした。キレがないぞ!

思いがけない恋に心も体も爆発寸前なんだ。

もう新婚ボケの時期は終わったろ?もっとパワフルに踊れ!

あと・・木村!どうした?うん、いいぞ!

その目だ。やれば出来るじゃないか。良くなった!

よーし、木村が調子いいからそのまま“トゥナイト”いくか。

拓海!シャキッとしろ!」

 

ロミジュリでいうところの、“バルコニーの場面”

突然の運命の恋に心を振るわせるトニーとマリア。


いつもの様に歌い出した時、
]
演出席に声楽の山口先生が現れた。


代表と何か話した後、しばらく聞いていたかと思うと、

驚いたように私を見て、ニヤっと笑い稽古場を出て行く。

あれ?代表も同じ顔・・何?

 

「よし、30分休憩。休憩後に“AMERICA”いくぞ!準備しとけ。

・・俺はその間犯人追及だ!アッハッハッ!!」


終わったとたん笑い出した木島代表。


私は訳がわからず、あいちゃんに駆け寄った。


「ねぇ何?私、変だった?音、外れてた?いつもより声出てたと

思うけど・・・・何?みんな、変」


「あんた分かりやすいわ。そうなるとは聞いたことあるけど、

実際感じたのは初めてだ。私にも何となく分かったよ。

誰?正直に言いなさい。あぁそうか、あんたってばやっと・・

仁さんだね?」


「えっ?!!ちょっと、あの・・えっ!!何なの?」


「声だよ。女になると微妙に変るんだって。響きに艶っていうか

何かが変わるらしい。そんな変化、専門家じゃなきゃ普通わかん

ないらしいけど、あんたはさ・・しかも普段色気の無いあんたが、

目の中に、お星様浮かべて歌ってんだもん、びっくりするって。

ほら、見てみ。代表、もう仁さんを尋問してるよ」

 


稽古場の反対隅にいた仁さんの頭を、木島さんが小突いている。


「やめろよ」

 
そう言う仁さんは、あの優しい微笑みの仁さんで。

そして、私の方を向いて小さく何度も頷いた。

 

稽古場はもう騒然!そして大爆笑!!

 

えーっ!やだ・・どうしよう・・恥ずかしい

 

「この娘ってば、影山 仁をあんな顔にさせて・・

やだ、いつものクールな仁さんよりずっと素敵じゃない。

あ、また笑った。ありゃメロメロだわ。

やっと気付いたか。あたしに言わせりゃ1年遅かったよ。

卒公の段階でくっつくかと思ってたのに、あんた達ったら。

瞳。よかったね~」

 

突然ギューっとあいちゃんに抱き締められて、

身動きが取れない。


「あいちゃん、く、苦しいです」

 


小さな劇団の中の恋愛は沢山あるけれど、

私達を見る皆の目はとても優しくて。


その日の稽古場は終日、ほんわかした空気で満たされていた。

 

 

 
----
 

 


「・・バレちゃい、ましたね」


「嫌だったか?」


「ううん、違うの。恥ずかしかったけど嬉しかった。でも」


「でも?」


「仁さんが今まで付き合ってきた人。まだ劇団にいるんでしょ?」


「あぁ、そうだな。あいつと、あいつと・・」


「え。ウソ」


「ハハ!ウソだ。バカだな、もういないさ。

別れたとたん皆、辞めたよ。“あなたは私を見ていない”って。

あ!待てよ・・あれ?まだいたかな?」


「・・・・・・」


「お前、案外焼きもち妬きなんだな。嬉しいね。ゴメン、ウソだよ。

そうだ!瞳、もうすぐ誕生日だな。何欲しい?去年は、買ってやり

たくても出来なかったから。リストあげてくれよ。2年分だ。

そんなにいっぱいはムリだけど」


「そんなものでご機嫌取ってもだめですよ。誕生日の好きなもの

リスト?いいんですか?へへ・・じゃ、遠慮なく。

え~と、ポンデリング、キャラメルマキアート、雪見大福・・」


「おいおい、安上がりな奴だな。しかも甘いもんばっかだ。

そうじゃなくてもっと形のあるもんだよ。喰いモン以外で

何かないのか」


「いいんです。本当に欲しいものは、もう仁さんに貰ったから」


「ん?」


「そんな気がするんです。

もう欲しいものなんて、ないかなって」


「ん?あぁ・・・・・・コレか?」


「えっ、わっ!やだ!違います!んもう!仁さん!!

・・性格変りましたね」


「アッハッハ、ごめん、ごめん。痛い、叩くな。

俺は元々こういう奴なんだ。そうか、瞳はもういらないのか?

分かっただろ?俺はまた欲しいんだけどな」


「バカ!やだ、仁さん・・っ・・」

 

 

仁さんの大きな腕の中。

そう。これが、私の欲しかったもの。

ここは、ここは・・・こんなにも暖かい。

 

彼はもう私の弱点を探り当て、唇で愛撫を繰り返す。

私は何も考えられなくなって、!

ただ、彼の背中に腕をまわした。

 

不思議・・

私が今まで抱えていたものは何だったんだろう。

私は今、こんなに簡単に自分をさらけ出してる。

 

私の心と体、すべてを丸ごと包み込む仁さん。

今まで知っていたと思っていた仁さんは、

ほんの、ほんの一面でしかなかったんだ。

 


ただ彼を信じて愛していればいい。

この背中にずっとついていけばいい。

 

そして大きな波が私を包み込み、

幸せな彼の重みを全身で感じた。

 


「瞳。愛してる」


「私・・も・・」

 


幸せだった。

 

こんな2人だけの時間が永遠に続くと思っていた。

 


まもなくやって来る、

 

あんな事件も知らずに。

 

 

 

 

 

 


「もしもし、私。そう・・仁とあの娘・・

分かったわ。ありがとう」

 

 


公演まで、

 

 

あと25日・・


 


2008/10/07 01:04
テーマ:創作 いつか、あの光の中に カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

いつか、あの光の中に 12話 「2人の朝」

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え~・・今回のお話は、瞳の“初めて”になります。
想いを確認し合った仁の部屋からMIYUKIまでの道。
そして、2人で迎える初めての朝。
幸せな朝の光が伝わるでしょうか・・
連載時「俺、梅と鮭~!」に笑ってもらえました。
懐かしいです^^

 


 

 「あぁ、遅くなったな、2時半だ。もうMIYUKIも閉まってる。

・・おい、鍵持ってるのか?裏から入るんだろ?」


「持ってます。でもまだ常さんいるんじゃないですか?

今まで私が遅くなっても待っててくれましたから。

どうせ近くだし、家に帰っても1人だからって」


「あ?あぁ、うん・・今日は・・きっといないと思うよ。

どっちにしろ俺が送って行くって言っておいたから」


「どっちにしろ?」


「・・あぁ・・うん・・」

 

今夜。

私と仁さんの関係は、昨日までとは大きく変った。


MIYUKIへのいつもの帰り道。

下北の街は何も変らないのに、私達2人の間には

いつもとは違う空気が流れている。

 

今の私達。

道行く人達には“恋人同士”に見えるのかな。

 

春の夜風が柔らかく私達を包んでいた。

深夜の街に私の靴音だけが高く響く。

 

仁さんと目線を合わせられず、きょろきょろしていた私は、

思い切りマンホールの蓋に躓いた。

 

「ちゃんと前向いて歩け」

 

前のめりにコケそうな私を大きな手で支えてくれる。

その手の感触は、私にさっきのキスを思い出させた。

自分から抱き付いておいて、今更ながら顔から火が出そうだ。

 

「静かだな。さっきまでの勢いはどうした?」


「私は元々静かなんです!知らなかったんですか?」

 

あぁ、どうしよう。仁さんの顔がまともに見られない。

いつも着くまでおしゃべりが止まらないのに、

今は何の話題も見つからない。


やば・・

ホント・・・私・・マジ、ピンチ・・・

 


自然に足は遅れ、仁さんの3メートルほど後ろを歩く。

 

駅前まで来ると、居酒屋から出てきた酔っ払いに絡まれた。

私の声に慌てて振り返り、強引に肩を抱き歩き出す仁さん。


「バカ。俺から離れるからだ」

 

左の肩が熱い。

仁さんの手があるそこだけ熱があるみたいだ。

私の頭が仁さんの胸に当たっている。(肩には届かない)

大きくて厚い胸。

仁さんの香りがして、ドキドキが止まらない。

 

あぁ、あと数分でMIYUKIに着いてしまう。

でもまだ着いてほしくない。いつまでもこのまま一緒にいたい。

私は仁さんのシャツの端をしっかり握っていた。

 

「瞳?どうした・・またその目か。俺だって普通の男だからな。

惚れた女のその目には弱い。おい、お前って結構残酷だぞ。

特に、今夜は・・・着いたぞ。もう遅いから寝ろ。

じゃ、明日稽古場で・・・・お、い」

 

いったい私のどこにこんな勇気があったんだろう。

 

ううん。

仁さんの部屋に行った時から、もう気持ちは決まっていたんだ。

先輩の腕をすり抜けた時から、もう分かっていたことなんだ。


私は帰ろうとする仁さんの手を握り締めた。


「帰らないで・・下さい」


「瞳。無理するなってさっき言ったろ?俺は待つって。

まぁ実際、俺は無理しているが、本心でもあるしな。

ハハ、そうだ、お前は知らないだろうが、俺はもう4年も」


「無理・・してない。してません。

私はここにいる。私はどこにも行かない。仁さんが嫌だと言う

まで傍にいます。だから・・それが今夜じゃ駄目ですか?

今夜、マリアになっちゃ駄目ですか」


「・・本気なのか?戻れないぞ。俺は走り出したら止まる自信は

もう無い。俺が本気なのは分かってるだろ? 俺はお前のものだ。

お前の好きにしていい。でもな、初めては1度だけだ。

後戻り出来ないんだぞ」

 


私は・・・静かに頷いた。

 

 

 


・・・大きな手が裸の私の胸を包み込んでいる。

その手は、優しく確かめるように私の身体の上を辿っていく。


心臓は鼓動を早め、今にも口から飛び出してしまいそう。

体が自分のものでないように反応するのに驚きながら、

なぜかものすごく冷静な自分が頭の隅にいる。

 

“あ。キスって気持ちがあるのとないのじゃ、全然違うんだ・・

仁さんのキスって・・・身体全部もっていかれそう・・

頭もボーっとなっちゃうし。わっ、考えたら私・・今とんでもない

格好してない?これを仁さん見てるんだよね。やだ、恥ずかしい・・

えっ?そんなこ、と・・・


「んっ、ぁっっ」


今の声、私?・・うそ!どこからあんな声”

 

「瞳。別の事考えてるだろ。

こんな時まで役者じゃなくていい。俺が凹む」


そう言いながらも、仁さんの手と唇はその動きを止めない。


「あ、ごめんなさい。なんか信じられなくて。自分の状、況が

その・・あ、の・・」


「してるってこと?」


「仁さん!そんな・・・・露骨に」


「そう。今、してるよ。そうだよな。役者が初めて経験する

ものは、たとえ心があってもそうなっちゃうもんさ。悲しい

職業病だ。もう1人の自分が別の所から観察してるんだろ?

妙に冷静に・・いいよそれでも。この経験は絶対お前を大きく

する。お前の初めてになれて光栄だ。これを生かせ。

女優だろ?憶えておけ。いいか?

この時の感情、この時の・・感覚・・ごめんっ・・悪い。

俺、説教してる場合じゃないや。やっぱ我慢しすぎてたみた

いだ。優しくしてやれないかも知れない」


「仁さ・・ っ・・」

 


初めての痛みも恥ずかしさも、仁さんの手の中で全部溶けて

いった。私を見つめるその目だけが、この世界のすべてに想えた

夜。何も纏わないただの素の私を、ただの1人の男として愛して

くれた時間。

私の閉じた瞼から流れたものは、熱い幸せの証だった。

 

 


・・・あれは、何の音だろう。

あ。分かった、電車の音だ・・もう、朝?


ん、今何時だろ・・昨夜寝るの遅かったから・・・・

昨夜・・ゆ、う、べ??

 


目を覚ますと、もう窓から日が差していて、

いつもの私の狭いベッドには、うつ伏せた仁さんの寝顔があった。

その距離のあまりの近さと現実を思い出した私が、慌ててベッド

から降りようとすると、後ろから大きな手に力強く引き戻された。

 

「どこ行くんだ?」

「え?・・あぁ・・っと、コーヒーでも淹れようかなって」

「その格好で」

「・・です、ね」

「憶えたか」

「えっと。ど、どうだろう。私そんなつもりでその、そうしたんじゃ

ないし。これを生かせるかっていったら、わかんないですけど。

・・仁さん?」


「結構冷静にあの最中に人の話聞いてんだな・・なんか悔しいな。

おい、俺が許したのはあれだけだからな。今度は許さないぞ、

心ここにあらずは。それに、もう昨夜とは違うだろ?」

 

啄むようなキスが目眩を起こすくらいの深いキスになり、

あくまでも優しかった昨夜と違い、激しく仁さんは私を求めた。

昨夜の痛みが消え、新たな感覚が私を包み込む・・

 

自分が女になったことを改めて自覚した朝。

そして、こんなに人を無条件で好きになれることを、

肌で思い知った日。

 

そうか・・もう私。

・・なんか変な感じだな。

 

 

結局、私の部屋にはインスタントコーヒーしかなかったので、

私達は開店前の階下のMIYUKIに降りていった。

 


「サイフォンで淹れてやるよ。案外上手いんだぞ・・腹減ったな。

おー!ぬか漬け発見!よし、握り飯作るか。お前の食生活、問題

あったから実は心配してたんだ。ココに来てから、だいぶマシ

になったろ?な、具、何がいい?俺、梅と鮭~~」


「コーヒーとおにぎりとぬか漬け?

仁さんが作ってくれるの?わ!嬉しい!私も、梅と鮭~」

 

キッチンに立つ、いつもよりかなりテンションの高い仁さん。

・・・何だか可愛い。

14も年上に“可愛い”は変かな。

 


2人で食べる初めての朝食は楽しくて、ちょっと恥ずかしくて。

他に誰も居ない店内で私達は、目が合うたび微笑み合った。

 


誰も居ない店内で・・誰も、居ない・・・?

 

 

「あのさ。そこの2人。ココ、アタシの店なんだけど?」


「ブッハッ!・・常さん!!     いつから?」 
「キャーッ!・・常さん!!     いつから?」
                


同時にハデにコーヒーを噴出し、

一気に3メートル程飛び跳ねた私と仁さんは、

隅の席で静かに新聞を読んでいた常さんに、今頃気付いた。

 

「ん~そうね。“俺、梅と鮭~~!”のあたりから?

そうか、そうね。そういうことね。この時間に仁ちゃんが居る

ってことは・・あ~そう、そうなんだ。心配してたのよ。昨夜

なかなか帰ってこなかったから。瞳ちゃん、おいで」


常さんはそう言うと、いきなり私を抱きしめた。


「おい!!何してんだ!」


「お黙んなさい!これきりよ。あとはあんたに返してあげるわ。

・・瞳ちゃん、ありがとう。仁ちゃんを受け入れてくれて。

こんな仁ちゃんの顔見られるなんてね。聞いたでしょ?美雪ちゃん

のこと。バカでしょ?10年もかかったのよ。こう見えて器用じゃ

ないのよね。あんたには少し重いかもしれないわね、仁ちゃんの

想いは。この2年、悶々としてたこの人をアタシは見てきたからさ。

あんたも罪作りだわ。35の男がよ・・あん!もういいわ。とにかく

よかった!何?コーヒーなの?祝杯でしょ、こういう時は!」


「稽古あるんだ。朝から酒なんか飲めるか。本当に大袈裟だな。

おい。もういいだろ?離れろ!・・・俺のもんだ」


「じ、仁さん、やだ。恥ずかしい」


常さんはからかうように、かえって私を強く抱きしめるから、

仁さんの怒りモードはMAXで・・


やっと常さんの腕から私を取り返すと、

子供みたいに両手で逃がさないように胸に抱え込んだ。

 

「やっと捕まえたんだ。簡単に逃がしてたまるか!

・・ありがとう、常さん。感謝してる・・

本当は、俺から告白したんじゃないんだ。全部瞳が言ってくれた。

俺のほうが大人だと思ってたのに、ザマないぜ」

 

 

私はこの朝を一生忘れない。


包み込んでくれる大きな温もりを背中に感じながら、

こんな幸せがあることを知った朝。


そして、仁さんのいままで見たことのない無防備な顔。

 

 

 


美雪さん。

 

逢ったことのないあなただけど、

今の私のお兄さんを想う気持ちは、きっとあなたにも

負けないと思う。

 

あなたがやりたかったこと。

あなたが欲しかったもの。

 

ごめんなさい。

私に叶えさせて・・

 


いつか私と一緒に、


仁さんと一緒に、

 

あの舞台に立とうよ。

 


  


・・・あの、眩しい光の中に・・・・


 



2008/10/06 00:43
テーマ:創作 いつか、あの光の中に カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

いつか、あの光の中に 11話 「一行のメール」

Photo

BSノーカット吹き替え版。始まりましたね~。
今まで夜中にやっていたためか、見終わって時計を見てまだ10時過ぎなのに素直に驚いちゃいましたー^^

視聴率はどうだったんでしょうね。篤姫がすぐ始まったのにも驚き
ましたが(笑)1人でも多くの人に見ていただきたいですね♪

さて。お話は、仁の過去話。
彼が臆病になっていたのには、こんな理由が・・

 



 

 血が繋がっていなくとも、

親子兄妹関係はうまくいっていたと思う。

 
義父と俺は本が好きで、

休日は2人で本屋巡りをするのが常だった。


義父は真面目な人間だったが面白い男で、歴史小説と

少年マンガの話題で、俺達は何時間も議論を闘わせた。

 

子供が好きで両親を尊敬していた俺は、

家業の幼稚園を継ぐ事に何の疑問も持たず、

地元で子供達の保育に携わっていこうと思っていた。

 

大学で保育を専攻し、大多数が女子のキャンパスで、そこそこ

モテていた俺は、ありきたりに彼女らと付き合い、ありきたり

に合コンやサークル活動もこなし、仲間と歌い騒ぐのが大好き

な、ごく普通の大学生だった。

 


美雪は小さな時から、バレエを習っていた。

飛び抜けた才能があったわけじゃなかったし、喘息の持病も

持っていたから、プロのバレリーナになるのは諦めていたが、

踊る事への情熱は誰にも負けなかった。

 

わがままで、甘えん坊で、頑固で、笑い上戸で・・


いつの頃からだったろう。

俺は、そんな美雪を密かに愛していた。

 

日々のおどけた冗談や、笑顔に隠して。

決して誰にも悟られないように。


美雪にも、


まして、両親には・・

 

 

それは、俺が23歳。美雪が18歳の時だった。

 

俺は大学卒業後、そのまま家の幼稚園で働いていた。

肩書きは“副園長”

実態は一番年下の肉体労働担当教諭だったが。

 


『この町で、子供達にバレエを教えていきたいなぁ。

お兄ちゃんは幼稚園継ぐんでしょ?

お兄ちゃんが園長先生で、美雪が園でバレエを教えるの。

いいと思わない?それなら美雪も毎日踊っていられるし、

夫婦でやればこの園も、もっと大きくできるし。

ね!一石二鳥。こんないい案ないよ』


『バカ言え。俺達は兄妹だぞ。お前、俺をからかって

楽しんでるな?・・コラ、冗談も大概にしろ』


『血は繋がってない!籍さえ抜けば、結婚できる。

お兄ちゃん、美雪のこと好きでしょ?』


『ああ好きだよ。妹としてな』


『嘘!どうしてそんな事言うの?いつも美雪の事、見てる

でしょう?いつからかお兄ちゃんの視線を感じてた。

目が合うと笑ってすぐ逸らしちゃうけど。世間体を気にして

るの?パパに気を使ってるの?そんなの愛しあってれば』

 
『ハハ、バカだな。お前は妹だ。俺の大事な妹・・そうだろ?

俺は親父から頼まれてるんだ。最近はこの辺も物騒になった

からな。優しい兄貴としては、お前を見守っているワケ。

美雪は稲垣家のお姫様だから。ちょっと待て。今、何て言っ

た?園でバレエを教えるって?バカ言うな、踊ってる最中に

発作がきたらどうするんだ!バレエを続ける事、諦めたんじゃ

なかったのか?知ってるぞ。お前、この間も吸入器使ってすぐ

踊ってたろ。あれは心臓に負担が大きいんだ。あんな踊り方、

絶対にしちゃいけない。次は発作だけじゃすまなくなるぞ!


・・なぁ、美雪。俺には責任がある。

跡を継ぐ事、園を守る事。そうだな、お前の言うように世間体

が大事なんだ。仮に、仮にだ。俺達が結婚したら、ここはきっと

続けられなくなる。園児が来なければ、園は存続できないだろ?

・・分からないか?人の口は厄介だ。兄妹で愛し合ったなんて、

どんな話が広まるか。そんな幼稚園に大事な子供、預ける親は

いないよ。お前の事は好きだ。でも妹としてだ。分かってくれ。

俺には出来ないんだ。親父たちに迷惑はかけられない』

 

『臆病だね・・知ってたよ。お兄ちゃんと私の気持ちは一緒だ

って。同じ想いなんだって!美雪はずっとお兄ちゃんだけを

見てきた。お兄ちゃんのお嫁さんになる事だけを夢見てきた。

バレエを諦めた時も、お兄ちゃんがいたから乗り越えられた。

ここが駄目なら家を出よう!資格はあるんだもん、どこでだっ

て幼稚園の先生は出来るでしょ?誰も私達の事、知らない所

でなら結婚できる。


パパの事なんか気にしなくていいよ。私達が本気だって分かれ

ば、きっとそんなのどうにかしてくれる。

ね?お兄ちゃん、旧姓に戻ってよ。稲垣から影山に戻ればいい。

元々お兄ちゃんは影山の跡継ぎなんだし。

美雪は“影山”にお嫁にいくの。そして影山 美雪になる。

もう決めたの。嫌だなんて言わないでね。美雪は本気よ』

 

 

兄妹として育った俺達。

いつしか、お互いを異性として感じるようになっていた。

だからこそ。

美雪の気持ちを分かっていたからこそ、

俺は兄妹として接しようと努力していた。

 

そして美雪を想う気持ちと同じくらいに、

いやそれ以上に、俺は両親が好きだった。


理想の夫婦だと自他共に認める2人が、

うろたえる姿を見たくはなかった。


自分の気持ちさえ押し殺すことが出来れば、

それは容易いことに思えた。

 

 

「そんな男だったんだよ俺は。23歳の“稲垣 仁”って男は。

変なところに昔気質で、融通が利かなくて。

そんな自分が嫌なもんだから、いつも冗談言っては笑ってた。

・・・臆病者ってのは今も変ってないけどな」

 

「仁さんは臆病者なんかじゃないです。いつも強くて優しい。

私、知ってます。仁さんが本当は、笑い上戸だってこと。

笑顔がとても素敵だってことも。

・・だから“MIYUKI”なんですね。あの店に行った訳。

常さんに当時の仁さんの事聞いて、なんであの店だったんだ

ろうって思ってたんです。

常さんは“アタシ達の運命なの~!”って笑ってましたけど」


「あぁ、あの店の名前見て気づいたらチラシ持って入ってた。

駅前の店はもう同期生が行った後だったし。

あの時はまだ、あれから1年ちょっとしか経ってなかったから。


常さんには全部話したんだ。あの調子で誘導尋問に引っかかっ

ちまった。俺も、誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。

あの場所は俺にとって、特別な場所なんだ。

常さんに言われたよ。お前には俺からちゃんと話すようにって。


瞳・・美雪はな、自分の誕生日に死んだんだ。18の誕生日に」


「えっ?そんな!」

 

 


早生れの美雪の誕生日は3月1日。

その日は高校の卒業式でもあり、美雪は朝からはしゃいでいた。


前日遅くから雪が降り続き、その日はとても寒い日だった。

母屋の庭も別棟の幼稚園の園庭も、雪で一面覆われていた。


冷たい空気が発作を引き起こす美雪の喘息は、

その“しんとした空気”を胸いっぱい吸うことは許されない。

もっとも、このシーズンに深い呼吸など元々できないが。

 


卒業式のその日、マスク姿で外にでなければならない事を、

美雪は断固拒否した。

 

『高校最後の日なの。卒業式なのよ!しかも私の18の誕生日じゃ

ない。進路だって、短大の保育科にした。バレエも諦めた。

明日からまたおとなしくするから。

今日はマスクしなくていい?。あんな格好じゃ、友達と何処へも

行けないもん!ね?今日1日だけでいいの。ママお願い!

この所、調子いいのよ。発作も大きいのはやってないし、薬と

吸入器だけで済んでるでしょ?もうお兄ちゃんに担がれて病院に

駆け込むこともなくなったし・・大丈夫よ、心配症だなぁ。

やっぱり本当の親子だよね。ママ、お兄ちゃんに似てる』

 

俺はその会話を、

自分の部屋からリビングに降りる階段の踊り場で聞いていた。

 


・・・俺は。

俺は本当は、どうしたいんだ。

 

元気に登校していく美雪の声を聞きながら、階段を降り、

親父にいつもと変らぬ挨拶をする。

 

美雪をすぐにでも自分のものにしてしまいたい気持ちと、

それを完全に否定する気持ち。

 
両親や世間体を気にする自分と、

自由奔放に生きたい自分。

 

 

その日の俺は、朝からイラついていたのかも知れない。

翌日は家の幼稚園も卒園式だったから、美雪の卒業式で

不在の園長(母)に代わって準備に追われ、疲れていたのも

事実だった。

 


卒業式の後、友達と夜遊びをし、夜遅く瞳をキラキラさせて

帰ってきた美雪を、帰ってくるなり俺は玄関で怒鳴りつけた。

 

『美雪!!こんな時間まで。いくら卒業で浮かれてるからって、

非常識だろ!それに、この雪の日に制服のままマスクもしない

なんて。お前、何考えてんだ!

今夜、発作起きたらどうするんだ。薬は飲んだのか?

お袋もお袋だ。一緒に引っ張って帰ってくればいいのに』


『ママに頼んだのは美雪よ。今日は特別って許してくれたわ。

お兄ちゃんは心配症なんだよ。ううん、過干渉!

美雪は大人だもの』


『大人はもっと自分を大切にするもんだ。お前まだ18だろ!』


『もう18!大人だわ。そして20歳になったら堂々と結婚できる。
 
・・・何を怖がってるの?美雪がパパ達に何か言うか心配?』


『大きな声出すな。親父に聞こえるだろ。

話がある。俺の部屋に来い』


『嫌。また“俺には出来ない”でしょ。聞き飽きたよ。

それとも決心してくれたの?ココを離れてよそへ行く事。

ね?2人で暮らそう。それ以外の話は聞きたくない。

どいて、着替えるから。これからレッスンするの』


『待てよ、おい!美雪!!』

 

 

俺が美雪の声を聞いたのは、それが最後だった。

 


深夜、園のホールにはいつまでも明かりが点いていた。

美雪がバレエを始めてから1日も欠かした事のないレッスン。


1時を過ぎても消えない明かりにおかしいと気づき、

ホールに走ったそこには、胸を押さえた美雪が倒れていた。

 

『美雪?・・・美雪!!おい!!!何やってんだよ。美雪!!

あ・・バカ、お前、吸入器使って踊ったのか?

あれほどあぶないって言ったのに・・

美雪。目、覚ませよ!美雪!!・・・親父!誰か、救急車!!

ごめん。悪かった。俺が臆病だった。お前が好きだ、愛してる。

ほら言ったぞ?いつも言わないからって怒ってたろ?

親父にも話す!お袋にも言うから!!

おい、息しろよ!目あけてくれよ・・・・美雪!!』

 


心臓発作だった。

俺が行ったときには、もう息もしていなかった。

 

美雪に初めてキスをしたのは、その時。

もうムダだと分かっていたけど、唇はまだ温かかったんだ。

 

俺の叫び声を聞いて、親父が呼んだ救急車に美雪が乗せられる

時、美雪の手から携帯がコトッと落ちた・・俺の手の中に。


そこには俺宛のメールがあって。

あとは送信するばかりになっていた。

 

 


「何て、書いてあったんですか?」


「ん?あぁ、一行だけだったよ。


“仁。愛してる”って。

 


俺が追い詰めたんだ。

そんなになるまで、あいつを俺が追い込んだ。

あいつは1人で何を想って死んでいったのか・・


俺が殺したんだ。

美雪が死んで、やっと自分がどれだけあいつを愛してたのか

を思い知った。


俺はそれから笑えなくなった。携帯も持てなくなった。

そして・・何も出来なくなった。生きて行く最低限の事以外は。

抜け殻の俺は、もう以前の俺じゃなかった。


両親と話し合い、籍を抜け旧姓に戻った。

今は戸籍上も“影山 仁”だ。親父が俺を自由にしてくれたんだ。

変な噂が広まっていたし、美雪が沢山の日記を残していたから。


俺が歩き始める時、ただひとつ心に浮かんだのは、

“踊る事”だった。

命を削ってまで踊った、その時の美雪の気持ちに近づきたくて。

バレエは無理でも、俺にも踊れるものがあるんじゃないか。

倒れるまで踊ったら・・・あいつに逢える様な気がした。

タップと出合ったのはその一月後だ。これは運命だって思った。

夢中で踊って・・踊って・・


木島に出逢ってからは話した事あるだろ?

 

俺は今まで、自分の心に自分で鍵を掛けてたんだな。

誰にも入らせず、深く付き合わなければ踏み込まれる事もない。


お前に出逢って、お前を知る度に・・・俺は怖くなった。

心に何重にも掛けていたはずの鍵が、お前の笑顔を見るたびに

簡単に外れていく。


お前が歌う声。

“仁さん”と呼んでくれる声・・・心が震えた。


1人の妹も護れなかった俺に、お前は信頼して笑いかけてくれる。

・・・失いたくなかったんだ。愛しているから。

だからこそ臆病になった。

お前が幸せならそれでいいと。お前を傍で見つめるだけでいいと。

無意識に、また鍵を掛け始めてた。


バカだな・・俺はまた同じ事を繰り返すところだったんだ。

愛しているなら、“俺が”扉を開けなきゃいけないのに。

後悔してからじゃ遅いんだってことを、知っていたはずなのに。

 

お前は俺に、もう1度人を愛する辛さと素晴らしさを教えてくれた。

捻くれていた俺を、お前は本当の俺に戻してくれた。

そして・・・


お前は俺が、ただの男なんだと気付かせてくれた。

ありがとう・・・瞳。


・・・・ひと、み?」

 

 


突然だった。

瞳が俺を抱きしめていた。

俺の胸に顔を埋めて、“瞳が俺を”抱いていた。

 


30cmの身長差と14歳の年の差をすべて包み込む瞳の抱擁。

 

精一杯つま先立ちした瞳の肩を、俺は静かに抱き寄せた。

 


2度目のキスは・・・

 

 

涙の味がした。



2008/10/05 01:21
テーマ:創作 いつか、あの光の中に カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

いつか、あの光の中に 10話 「告白」

Photo

「太王四神記スペシャル、ロングバージョン」
前回は録画できず、今夜は仕事が入っていたので、娘に
録画を頼んだ私。
帰ってきた私を見るなり、娘がいきなり謝ってきた。
「お母さん!最初の5分、撮り損ねた。ごめん!」
・・最初の5分?結構新しい画像なかったっけ?
ちょっと残念!でも明日はBSでのノーカット放送開始。
職場で広報活動してるけど、皆、見てくれるかなあ・・^^

ってな事を呟きつつの、10話でございます・・ 

 




「そう・・咲乃ちゃん知ってたんだ。でもどこから?

調べたのかしらね。あの女王様ならやるかも知れない。

仁ちゃんに捨てられてキレちゃったんじゃない?

あら、嘘じゃないでしょ? あんた、オンナゴゴロって奴に

疎いから。いつもいつもあんな別れ方してたら、そのうち

刺されるなって思ってたのよ、アタシ。

・・ね、いい機会だわ。告白なさい。今更だけどはっきり

なさい。あの娘、仁ちゃんのこと好きよ。まだ気付いてない

のよ、自分の気持ちに。今までの事があるでしょう?

仁ちゃんに甘えてるみたいで、素直になれないんだと思う。


瞳ちゃん、毎日アタシとここで何の話してると思う?

芝居の話はもちろんだけど、あとは全部、仁ちゃんの話。

全部よ!全部。あんたの研究生時代の話、初舞台の話、

付き合ってた女の話・・

ふん、睨みなさんな。煮え切らない仁ちゃんが悪いのよ。

相手のことばっか考えて、自分の気持ちは二の次にして・・

瞳ちゃんに出逢う前の仁ちゃんには考えられないことよ。

変ったんじゃないのよ、それが、仁ちゃんなの。

ううん、瞳ちゃんが戻してくれたのね。本来のあんたにさ。


仁ちゃん!護ってるだけじゃ手に入らないのよ!愛してるん

でしょう?ちゃんと口に出さなきゃ鈍感なあの娘には伝わら

ないわよ!とにかく咲乃ちゃんにある事ない事話されるより

自分で言ったほうがいいわ。あんたの口から本当の気持ちを。

あんたがどれだけ美雪ちゃんを愛してたのか。

・・それも話してあげなさい」

 


さっき見た光景が頭から離れない。

稽古場の隅で、笑っていた瞳。

肩を抱く拓海。

すべてを知っている顔をして、去っていく咲乃。

 

今頃稽古場では、マリアとトニー、2人の抜き稽古をやって

いる筈だ。木島は2人だけを残して、他は帰るよう命じた。

部屋に戻ろうとした俺にも、「外出して来い」と目配せして

外に追いやった。

 


夜12時半。

瞳はまだ戻らない。

 

俺は、カウンターから立ち上がった。

 

「分かった、常さん・・・行くよ」


「ええ・・・行ってらっしゃい」

 

 

戻ると、稽古場にはまだ明かりが点いていた。


木島は帰ったのだろうか、

そこには、瞳と拓海だけがいた。


さっきと同じ場面の稽古。

2人は互いの頬に手を添え、見つめ合っている。

 


“・・あなたが兄さんを殺した?・・嘘でしょ?

ね、何かの間違いよね。どうして?何があったの?

あなたは決闘を止めにいってくれたんじゃなかったの?”


“なにがどうなったのか、僕にもよく思い出せないんだ。

気がつくとリフが刺されていて、僕は・・君の兄さんを・・

・・ごめん、本当に憶えてない、どうかしてたんだ。

このままじゃいられない。僕は行くよ。

店のオヤジさんに金を借りて、遠くの町へ行く。

さようなら・・愛してた。君と一緒に生きたかった。

君を・・愛してた”


“愛してた?今は?今はもう愛していないの?

あなたは兄を殺した。憎まなきゃいけないのに、私はあなた

を憎めない。愛してるの・・愛してる。なにがあっても私の

気持ちは変らない。1人で行ってしまうの?私は、連れて行っ

てはくれないの?・・まだ時間があるわ、朝までは。

私も行くわ。私も一緒に!だから、今夜はあなたといたい”


“愛してる。何度でも言うよ、愛してる・・一緒に逃げよう!

君は僕のものだ。そうだ・・まだ朝には時間がある”

 

 

「瞳」


言いようの無い嫉妬が心の中で渦巻いていた。

改めて“これは稽古だ。あれはマリアだ”と自分に言い聞かせる。


その時、稽古場に背を向けた俺の耳に台詞では無い瞳の声が、

 

瞳の悲鳴が・・聞こえた。

 

「イ、ヤ!!せん、ぱい・・やめて。んっ・・や、め」


「瞳、ごめん。俺を怒ってるか?でもどうしようもなかった。

子供に罪はないから・・知ってるだろ?俺には親父がいない。

俺がまた俺を作るわけにはいかなかったんだ。

俺はお前が大切だった。だから今まで、お前にだけは何も

できなかった・・好きだよ・・お前も俺を好き・・だろう?」


「せ、んぱ、い」


「お前のマリアに足りないもの、分かるよな。代表が言ってた

意味も。こんな言い方で口説きたくなかったけど、今の瞳には

必要な事だと思う。瞳、お前を抱きたいんだ。お前が欲しい・・」

 

拓海が瞳をきつく抱きしめる。

瞳は抵抗したが、拓海が瞳の手首を掴み、稽古場の大鏡に

その身体を押し付けると、除々にその力が消えていった。


うつむく瞳。

瞳からは俺の姿は見えない。が・・拓海は気付いた。

鏡に映っていたんだろう。

初めこそ驚いた顔をしていたが、瞳を抱く手に力を込めながら、

鏡越しの俺を見る目は挑戦的だった。


二人の顔が近づいてゆく。

 

握った拳に力が込もる。

だが、なぜか俺の足は心に反してそこから遠ざかっていた。

 


部屋に戻ると、暗い室内に点けっ放しになっていたパソコンの

スクリーンセーバーが能天気に瞬いていた。


パソコンの明かりだけの暗闇で窓辺に立ち、

タバコに火を点ける。

 


拓海のあの目。

瞳は・・まだあの男が好きなのか。

 

【いいのか、仁。お前はそれで、いいのか】

【お前が護るんじゃなかったのか】

【お前の愛は・・そんなものなのか】

 


バカだな・・俺は。初めから分かっていたことなのに。

瞳の気持ちがどうこうじゃない。


俺が・・・

俺自身が・・・瞳を失えないのに

 


急いで稽古場に戻ろうと、ドアノブに手を掛けたその時、

反対側から凄い力でドアが開かれた。

 

「瞳?」

 

そこには息を切らせた瞳が立っていた


暗闇の中、真っ直ぐ俺を見て目を潤ませて。

 

「どうしてここに・・拓海は」

 

「私。今、気付きました。やっと分ったんです。

私、バカで、子供で、鈍感で・・

自分の気持ちも全然分かってなかった。

ずっと待ってたはずなのに。

拓海先輩を好きだったはずなのに。

先輩が結婚して、辛くて・・でも思い切れなくて・・

それでもいいと思ってた。

私の気持ちは変ってないって思ってた。


抱きしめられて。

キスされて。


“お前を抱きたい”って言われた時、やっと分かった。


自分の心が悲鳴をあげたの。

違うんだって。

待っていたのは、この腕じゃないんだって。


私が抱きしめて欲しいのは、

私がキスして欲しいのは、

私が抱いて欲しいのは、先輩じゃない。


仁さんなんだって・・


私、ひどい女ですよね。ずるいですよね。

いつも仁さんに甘えてばかりで、今頃になってこんなこと。


“仁さんが好きです”


ごめんなさい。それだけ言いたくて。仁さ・・」

 

瞳の台詞はそれ以上続かなかった。

それは、俺が瞳を胸に閉じ込めたから。

 

小さな体は俺の腕の中ですっぽりと隠れてしまう。


瞳は泣いた。

そして、小さく震えていた。

 

俺はその時どんな顔をしていただろう。

きっと情けない、およそ影山 仁らしくない

顔だったに違いない。

 

欲しくても欲しくても、手を伸ばせなかったその肩。

夢の中で何度も抱いたその身体を、固く抱きしめる

 

「もう話すな。それは俺の台詞だ。人の台詞取りやがって・・

俺が告白しようと思ってた。今夜こそはと決心してきたんだぞ。

だがお前は拓海と・・ごめん、そうだ。俺が悪かった。

俺も今、やっと分かったんだ。理性なんて何の役にも立たない。

俺の心も、もう限界だった。

今だって、お前を拓海から奪いに行こうって・・

あぁ・・やばい。マズイな。また常さんに笑われる」


「じゃ、仁さんから告られたことにしときます?」

 

涙でグシャグシャになった顔で、いつもの憎まれ口を言う瞳。

 

「ああ。そう願いたいな。これ以上からかわれたら堪らない」

 


小さなその体を抱きしめ、唇を寄せる。

初めてそっと触れるその唇は、信じられないほど柔らかく、

微かに震えていた。

 


昔、誰だったか“キスは甘い”と言った奴がいた。

その時の俺は笑い飛ばしていたが

それは本当だったんだと今、初めて分かった。

 

ただ重ねるだけだったくちづけは、俺の今までの想いが溢れ

出し、すぐに深いくちづけに変っていった。

その瞬間、瞳は俺の腕を強く掴み、ビクっと身体を震わせ、

一歩後ずさった。


静かに唇を離した俺を、瞳は不思議そうに見上げる。

 

「・・仁、さん?」


「無理するな。怖いのか?

俺は確かにお前が欲しい、今すぐにでも。

・・・待つよ。今まで待ったんだ。

あんな事はいつでも出来る。あんな事は、重要なことじゃない。

お前がここに居る・・俺の傍に居る。それだけで俺はいい」


「仁さん、私・・」

 

瞳の髪に触れ、いつもの様にくしゃくしゃにすると、

震えていた体から、ふっと力が抜けた。


もう一度静かにその体を抱きしめる。

 

 

・・・愛しさに胸が痛い。


その顔を見つめていた俺の目の奥も熱くなっていた。

 

 

緊張が解けたんだろう。

今まで見えてなかった部屋の中を、瞳は改めて見渡した。

 

「仁さん・・パソコンやるんですか?」


「あ。そうか暗いな。ちょっと待て」


そっとその体を離し、部屋の明かりを点ける。


明るい中で改めて目が合うと、瞳は恥ずかしそうに目を伏せた。


「ん?あぁ。アレか?俺の仕事道具だ」


「そうだ!仁さんもアルバイトしてるって・・

何やってるんですか?今まで聞いた事なかったですよね」

 

今まであんなに震えていたのに、もういつもの瞳に戻っている。

ころころ変るその顔を見ていると、自然に口元が緩んでくる。

 

「ああ、聞かれなかったからな。

この稽古場、一応俺が責任者なんだが、管理人ってのは名目

だけなんだ。本当のことは木島と常さんしか知らないよ。

劇団内では“エロ小説書いてる”ってことにしてあるんだ。

2、3作書いて男共の楽屋に放り込んどくと、皆、信じるぞ」


「えー?ふふっ、でもそれ嘘なんでしょ?本当は何なんですか?」


「笑わないか?俺には、そっちの方が恥ずかしくないんだが」


「笑いませんから!・・そんなに変なことしてるんですか?」


「MIYUKIの常連に雑誌の編集長がいてな。常さんが紹介してくれ

たんだ・・子育て雑誌に、不定期にコラム載せてる。

結構人気コーナーなんだぞ。絵本の紹介とか、子育て相談とか・・

ほらみろ、笑ったじゃないか」


「子育て雑誌って、“TAMAGO倶楽部”とかってアレですか~

うふふ・・・ごめんなさい。だって・・仁さん、前に子供は

うるさいからキライだって、言ってなかったですか?

ファミレス入っても、走ったりしてる子、怒りますよね」


「バカ。愛情表現だ。親が叱らないから俺が叱ってるだけだよ。

近頃の親は、“ホラ、あの怖いおじちゃんに怒られるから止めな

さい!”だからな。嫌になるよ。幼稚園教諭の資格持ってるんだ。

・・・また笑う。愛を確認した記念すべき日だってのに、ムード

もへったくれもないな、お前は!」


「はぁはぁ・・お腹痛い・・幼稚園って、先生にでもなるつもり

だったんですか?仁さんが?ふふ・・」


「ああ。そうだ。そのつもりだった。

そのことでお前に聞いて欲しいことがある。

お前には話しておきたいんだ。聞いてくれるか?

俺の・・妹の事を」


「妹さん?」


「あぁ・・妹だ。その妹を俺は愛した。ひとりの女として。

俺が愛した唯一の女だった。そして・・その美雪を俺が死なせた」


「えっ?」


「俺が死なせたんだ。いや、殺したようなものだ。

俺のせいで美雪は死んだんだから」


「仁さん・・」


「咲乃がどこかで調べたらしい。当時、地元で色々言われた

から。病死だったが、夜中に俺が叫んだ声と救急車で、近所は

かなりの騒ぎだった・・・田舎だからな。在ること無い事、噂

って奴は広まるもんでさ。俺が、美雪の首を絞めただの、兄妹

で愛し合って美雪が妊娠、それを悲観しての自殺だとか・・・

もうまるで、韓ドラ、火サスの世界さ。警察も一時不審死扱い

で俺も任意で事情を聞かれた・・・誰かが咲乃に昔の噂を吹き

込んだのかも知れない。この間のあいつの顔が気になるんだ。

咲乃と俺のことは、知ってるか?」

 

瞳は小さく、こくんと頷いた。

 

「今から俺が話すことが本当のことだ。俺を信じろ。

もし、咲乃がお前に何か言って来ても、俺だけを信じてくれ」

 

俺は静かに話し出した。

瞳には俺の口から話さなければ。

 

俺が美雪を愛していた日々を。

何より大切に護りたいと思っていたその想いを。

 

 

 

「あれは、12年前。俺が23歳の時だ・・・」



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