2008/11/27 00:26
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  9話 「バーナードとエドワード」

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遂に、仁とバーニーの直接対決!カフェでの3人、重い空気みたいですね。

向かい合う冷静なドンヒョク顔と、睨みつけるヨンジュン顔^^妄想すると・・おいしい

かも(爆)

 




カラン

     カラン・・・

 

グラスの中のオレンジジュース。

私は、意味もなくストローを動かしている。

 

カラン

     カラン・・・

 

予想以上に大きな音が出ると、

3人ともピクっと体を震わせる。誰も、何も話さない。

 

 

・・気まずいな。


これってもしかしたら、とてつもなくヤバイ状況って、奴?

バーニーは31年間、憎しみにも似た仁さんへの想いをずっと

抱き続けてきたんだし。

仁さんは、いきなり聞かされた兄弟だっていう事実や、

バーニーの劇評の事があるし、それに・・

たぶん今、私の勘だと(あんたの勘は当てにならないって

あいちゃんは言うけど)仁さんは私にも怒っているみたい。

もしかしたらバーニーとの事、疑ってる?

あの顔は仁さんがMAXで怒ってる顔よね。

バーニーもさっきまであんなに笑ってたのに、

今は完全に無表情だし。

 

ここは私が、明るく話しかけてみるべき?

 

「今日はいい天気ね!」とか、

「好きな食べ物はなんですか?」とか?


でもこの空気は、そんな軽い会話じゃ持ちそうにないんだけど。

 

2人の顔色を伺っていたそんな時、

さっきまで晴れていた空から、急に大雨が降ってきた。

張り出したテラス席の屋根にバラバラと大粒の雨が落ちていく。


やった!

これなら天気の話題は・・できそう?

 

仁さんとバーニーは互いの顔を見ずに、

そんな風景をただ、見るともなく眺めていた。

 

長い・・・長い沈黙。


よく見ると、長い足を組み、窓枠に頬杖をつくスタイルや、

時々唇を弄りながら考え込む表情まで、2人はよく似ていた。

仁さんもバーニーも、気付いてはいないだろうけれど。

 

遂に耐えられなくなった私が口を開こうとした瞬間、

仁さんはその体勢のまま英語で話し出した。

 


「何故だ」


「何がですか」


「何故、瞳と一緒に居る」


「何故?何故でしょう・・偶然の成り行きですよ。

僕には何もやましい所はありません。

それより英語、上手ですね。発音もまあまあです。

結構調べたつもりだったけど、これは知らなかったな。

習ったんですか?それとも・・思い出したとか?」


「話を逸らすなよ。何故瞳に近づいた。俺への当て付けか?

しかも何故、俺に向かってそんな口調なんだ。

ぶった話し方はよせ」


「変ですか?別に意識してる訳じゃありません。

僕はあくまでも劇評家ですから。お客様とも言える俳優に

敬意を払うのは当然です。僕が誰に近づいたって?心外だな。

僕はあなたの“奥様”から声を掛けられたんだ。

そんなに心配なら鎖にでも繋いでおけばいい・・

しかしあなたは随分と “何故”の多い人だな。

もう質問は終わりですか?じゃ、僕はこれで」

 

「え?バーニー!帰るの?

ごめんなさい。折角送ってくれたのに」

 

「いや、きょうはたのしかったよ、ひとみ。

エヴァのスコーンもうまかったね。エヴァはああいったけど、

あのことは、そんなになやまなくてもいいとおもうよ。

ひとみがおもうほど、わるくない。

それに、きっともうひとみのなかに、エヴァたちは“たね”を

まいたはずだしね。あとは、ちょっとしたきっかけさ。

だいじょぶ、ぼくはひとみならできるとしんじてるから。


では“影山さん”失礼します。仕事があるので。

これから取材なんですよ。実は来週から新作のミュージカル

が5本上演されるんです。完全オリジナル作品が2本、ロンドン

ミュージカルのリメイクが2本。後の1本はセリフのない歌と

ダンスだけの作品です。このオーディション、覗かせてもらった

んですが、凄かったですよ。あれだけ踊れるダンサーが揃うのは

滅多にない。無名の新人も多かったけど、これは期待大ですね。

初日までに特集記事を組む予定なんです。

劇評家の仕事は、タダで芝居見てお気楽に感想を書いてるだけと

思っていませんか?事前のリサーチ、キャストの情報、材料は

多いに越した事はない・・忙しいんですよ。

僕はあなたみたいに暇じゃないんです」

 

「ずいぶんと瞳に、馴れ馴れしい口を聞くんだな。

いつからそんな関係になったんだ。鎖に繋いどけだと?

ふざけるな!お前こそ日本語話せるんじゃないか。

それに俺は好きで暇になった訳じゃない・・原因はお前だろ」


「皮肉に聞こえましたか。それは失礼。

僕自身は意識してないんですが、僕の批評はどうも辛口らしくて。

付いたニックネームが“ice man”。名誉な事です」


「やめて!もしかして2人とも、喧嘩してるのね?」

 

言葉の意味は分からなくても、2人の表情と仁さんの口調で、

ただの会話じゃないのは伝わってきた。

バーニーの仁さんを見る目が、笑顔なのに怖い。

 

「喧嘩なんかしてないさ。

いや、まだその段階までも行ってない。

瞳、帰ってろ。俺はこいつと話さなきゃならない」


「エド」


「誰の事だ?俺はそんな名前じゃない!」


「事実は事実だ!

君の名前は、“エドワード・ジン・ワイズマン”

そして残念だが僕の兄だ!

父は“影山 慎一”、母は“アリス・L・ワイズマン”

僕らの中には、4分の3の日本の血と、4分の1のアメリカの血が

流れてる。君は5才の時、記憶を無くした。事故に遭ってね。

そして日本へ行ったんだ。

僕は忘れなかったさ。君の事を忘れた事なんかなかった。

・・ずっと。そうだ、僕と話したいのならエド・・思い出せよ」


「待て!!まだ話は終わってない!

おい、ワイズマン!!!」

 


キッと仁さんを睨み、カフェのドアを乱暴に開け出て行った

バーニーは、雨の中、目の前に止めてあった車に乗り込んだ。

 

10秒・・・20秒・・

 

ハンドルに手を置き、暫く微動だにせずに前を向いている。

そしてチラッと窓側の私達を見ると、

次の瞬間アクセルを強く踏み込み、NY市街に消えていった。

 


「仁さん、あのね」


「・・やめてくれ」


「えっ?」


「どうして俺に黙ってた。瞳」


「違うの、本当に初めは偶然だったの。偶然入った教会に

バーニーがいてね・・彼、もう何年もあそこに通ってて、

シスターに紹介してくれたの。仁さんが心配するような事は

何もないよ。確かに送り迎えはしてくれてたけど・・

それに、ホラ!私、英語話せないから通訳してくれて」

 

「分かった、もういい。明日からは俺が一緒に行く。

通訳なら俺でいいだろ?だから、もう、あいつに逢うな」

 

「違うわ!仁さん、勘違いしてる。そんなんじゃない!

バーニーは悪い人じゃないの。私はあの記事でさえ、彼の本心

じゃないって思ってる。

片割れだった仁さんを、急に引き離された5歳のバーニー。

仁さんだけを想っているお母様に、自分は愛されてなかった

って・・確かにあなたの事を憎んでるのかも知れない。

でもそれはきっと、あなたへの大きな愛情の裏返しなのよ。

私、この3日間バーニーと話してそれが分かったの」

 

「バーニー、バーニー!!それがあいつの愛称なのか?

やけに親しげに呼ぶんだな、あいつの事を。

夫の俺の事はまだ“さん”づけなのに?

私には分かるだと?たった3日であいつの何が分かるんだ!!

・・瞳、あいつをかばうな。俺の前で親しげにしないでくれ。

お前とあいつを見た時、心臓が潰れるかと思った。

思わずあいつを殴り倒しそうになった。

・・これでも・・抑えたんだ」

 

「仁さん」

 

「この何日か、理由の分からない不安がずっと心の奥にあった。

漠然とした、形のない不安・・舞台の事、ダンスの事、俺なりに

答えを出した。なのに・・夜中に目覚めて隣を見ると、お前は

俺の腕の中で眠っている。眠ってるお前を抱き締めてその不安を

打ち消してたんだ。

あいつの目だ。あの目がずっと俺の頭の中にあったんだ。

・・あいつが、弟?

確かに似てるし、あいつの想いも感じるさ、でも・・

俺には記憶がない。兄弟だった事、ここで育った思い出がない。

あいつがその事で苦しんでいようが、俺にはどうする事も出来ない

んだ・・ごめん、少し時間くれないか。このままじゃ帰れない。

過去をはっきりさせなきゃ、俺もあいつも行き違ったままなんだ。

ごめん、先に帰っててくれ、少し遅くなる」


「仁さん!」

 

いきなり立ち上がり、ドアの方に向かう彼の腕を

私は咄嗟につかんだ。


何て言ったらいいか分からなかった。

ただ、彼をこのまま行かせてしまいたくなかった。


彼はゆっくり振り向くと、私を見つめ大きく息を吐いた。

そしておずおずと私の頬に片手を添え、不器用に微笑んだ。

 


「・・怒鳴って悪かった。

だがお前も悪いんだ・・分かってるか?」


「うん・・ごめん・・黙ってて・・・・ごめん」


「クリスに会って来るよ。今まで避けてきたんだ、現実と

向き合いたくなくて。自分が何者なのか。俺は何を忘れて

しまったのか。そしてあいつの事・・調べたいんだ。

クリスは何か知ってるかもしれないから。

・・ごめん。愛してる、瞳」

 

両手で私の頬を包み、大きな背中を丸めるようにして、

彼は私にキスをする。

カフェの通路のど真ん中で。


彼が時々こういう大胆な愛情表現をするのは、

彼の中に流れている、4分の1のアメリカの血なのかもしれない。

自分では自覚すらしていないだろうけれど。


カフェを出た彼は、店の前でタクシーに乗り込んだ。

私に小さく手を振ると、ドライバーに行き先を告げ、

車は市街に向かう。

 

仁さんとバーニー。

ちゃんと向き合わなければいけない時期に来ているんだ。

そうしなければきっと、バーニーの少年期は終わらない。

仁さんとの、空白の31年間も埋まらない。

 

 

私は、その夜。

一本の電話を掛けた。

 

 


「驚いた・・これが昨日と同じヒトミ?

一晩でこんなに変るなんて。やっぱり彼が魔法掛けたか?

ん?ハハハ!愛の力だわ、こりゃ」


「エヴァ」


「うん。それでいいの。想いが声に溢れてるよ。

分かる?声、今すごく出てるのが」


「私にはあまり分からないけど」


「ね、どう?そこで聞いてた彼!

前のヒトミと違うでしょう?」


「驚いてるんです・・あんな声、この小さい体のどこから

出てくるんですか?それに、こんな短期間に声って出るよう

になるものなんですか?」


「元々持ってたのよ、この子は。

私達はちょこっと、その宝箱を突っついただけ。

声ってね、心と体のバランスがとても大事なの。

技術だけじゃ歌えないのよ。昨日までのヒトミはね・・

早くあなたに成果を見せたくて焦ってたのね。

私達がこんなでしょ?楽器がでかけりゃ、大きな音が出て

当たり前なのよ。今日のヒトミは、あなたに認めてもらいたい

って想いより、あなたに愛されてるって想いを実感したんじゃ

ないかしら。それとあなたへの愛もね。そうね、2人でゆっくり話す

時間があったとか、とっても素敵なmake loveをしたとか。

あら?大事な事よ。これこそ、心と体の名バランス!

あなたよ、ヒトミに声を出させたのは。これが愛じゃなくて何?

ああ、羨ましい!


さて。これなら大劇場でもマイクなしで大丈夫ね。

お宅の劇団はマイク無しなんですって?気に入ったわ!

聞いた事あるけど、日本って、ピンマイク平気で付けてるんです

ってね。昔は、ブロードウェイじゃありえなかったけど、今は

ここでも結構見かけるの。あたしアレ、キライなのよね。

生声でやってこその舞台でしょう?まして口パクなんて詐欺

だわよ。ところで・・・彼氏。あなた何者?

あの“ice man”とどういう関係?

あ!これはプライバシーに関わるわね。

ヘへ、またシスターテレサに怒られちゃう」


「彼は弟です。子供の頃、僕は日本に行きましたが」


「ふ~ん。やっぱりね。同じオーラだもん、貴方達。

ただ、バーナードの心には、あなたみたいな暖かな“核”が

ないの。どっかに置いてきちゃったのよね、きっと少年期に。

ね、知ってた?あ、またこんな事喋ると怒られそうだけど・・

バーナードってね、本当はダンサーを目指してたのよ。

御両親みたいな」


「えっ?」


「お母様の希望だったみたいよ。でもハイスクールの頃、駅の

階段から落ちそうになった子供を助けて怪我したらしいわ。

彼の右の足首、よく動かないのよ。その事故でね。

日常生活は平気みたいだけど、医者に言われたんですって。

ダンスは無理だって。彼って、ほんの少し歩き方変でしょう?

ああん!またやっちゃった・・今度は懺悔だわ~」


「ね、仁さん。何?」


驚いて固まっていた仁さんは私の問いに慌てて答えた。


気がつかなかった・・あ、そういえば少し。

立ち姿の体重の掛け方に癖があるなとは感じてた。

その立ち方が、バーニーをより傲慢そうに見せてもいたから。


バーニーがダンサー志望だったなんて・・・

 

 

 


「♪なのはーなばたけに・・いりーひうすれ

   みわたーすやまのーは・・かすーみ・・ふかし・・」

 

マム、エドだよ。

マムの・・エドが来た。

 


僕はどうすればいいんだ?


僕の今までの想いは、どうすればよかった?


やっと・・やっとそのチャンスが来て、


やっと、実現、したのに・・

 

何故かな。


エドを見ていると、涙が出てくるんだ。


思わず・・・抱き締めたくなるんだ。

 

憎んでるのに。

殺したいほど、憎んでたのに。

 

ね、答えてくれ、マム。

・・・・答えて、くれよ」

 

 

その時、バーニーはNYにはいなかった。

 

取材のアポをドタキャンして。


沢山の仕事を放り出して。

 

 

あの・・


あの場所に、来ていた。

 




コラージュ、mike86


2008/11/26 00:59
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  8話  「蕾」

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31年間、離れ離れだった双子の兄弟。瞳に出逢って、初めて穏やかな笑顔を見せ

るバーニー。31年の彼の想いは・・





「ヒトミ!声、作っちゃダメよ。今あなた、意識して発声

変えたでしょ?いいの。そんな事しなくても、あなたなら

出来るから。ボールみたいに“ポーン”と声を向こうに投げ

てごらん!あぁ、今更言う事じゃないわね、そんな事。

ね、あなたの良い所が全部消えちゃってるの。私達の真似

なんかしなくていいの!あなたはプロシンガーなのよ!

しっかりしなさい。ヒトミ!」

 

教会に通い始めて、3日目。

 

エヴァや皆の圧倒的な声の前に、私は普通にさえ声が出せなく

なってしまっていた。一度意識し出したら、かえって力が入っ

てしまい、つまらぬ技巧に走ったりする。抜け出そうとすれば

するほど悪循環。もう完全にスランプだった。

 

「ヒトミ、ちょっといらっしゃい」

 

痺れを切らしたエヴァは、私を外に連れ出した。

 

「教えないから、自分で感じなさい」と言ってくれていた

エヴァが、初めて私にダメだしをした。今までは口を出さず、

ただ私の歌を聴いてくれていただけだったのだけれど、通い

始めて3日目、遂に耐え切れなくなったらしい。

 


その教会の庭には、小さな花壇と小さなテーブル。

数人が寛げる可愛いベンチがあった。

小さく可憐な花々が無造作に植え込まれたその花壇は、

作りこんだ花壇よりかえって心が落ち着く気がした。

 

エヴァは私をそこに座らせると、一旦教会内に戻り、

ティーセットとスコーンを載せたトレーを重そうに抱えて

きた。

 

「悪いわね。やっぱり3人分は重かったわ。こんな体型でも

一応乙女ですからね、力は無いのよ。ええ、そこに置いといて

くれる?・・私の母は、イギリス人なの。イギリス人にとって

ティータイムはとても重要なものなのよ。私も若い時には、随分

母に反抗したりしたけど、この年になるとね。やっぱり幼い時から

の習慣は大切にしたいわ。さ、このスコーン、私が焼いたのよ。

ヒトミの口に合うかしら?」

 

「・・・エヴァ、私」

 

「ヒトミ、あなた少し焦ってない?早く成果を出さなきゃって。

ここに来ている以上、自分の歌を変えなくちゃって。

あぁ、そういえばあなたの事、私、何も聞いてなかったわ。

日本から公演で来た、ミュージカルシンガーだって事だけ。

はぁ~この人、詳しい事何も話さないから・・・

ねぇ、本当にちゃんと訳してるの?余計な事まで訳さなくても

いいのよ。さっき、シスターテレサに私が怒られてた時、あなた

ヒトミに訳してたでしょ・・バーナード」

 

「事実は包み隠さずですよ。僕はいつもその精神で仕事してます

からね・・エヴァ、僕の事は気にしないで下さい。空気みたいな

ものだから。居ないつもりで、どうぞ、続けて」

 

「あら、空気がタバコ吸ったり、美味しそうに紅茶飲んだりする

のかしら?私に頼みごとなんかした事のないあなたが、いきなり

彼女を連れてきた。驚いたのよ、あなたの顔があんまり優しかっ

たから。てっきりあなたの想い人だと思ったのに・・

“ice man”にも 遂に春が来たのかってね。」


「僕の、ですか?残念ですが、ハズレです。

そうだったらよかったんですけどね。瞳はとても魅力的だし。

・・すみません。僕の事はいいんです。続けてください」

 

「あなたって相変わらず複雑な人ね、バーナード。

ヒトミ。何故今のヒトミが上手く歌えないか、分かってる?」

 


それが分かれば、苦労はしない。

今の私は、3日前まで自分がどんな風に声を出していたのかさえ

完全に忘れている。

私には時間がないのに。ここにいる時間はもうあまりないのに・・

 

「そうよ、今のヒトミの顔そのまんま。あなた焦ってるわ。

早く結果を出さなきゃ、何かを掴まなきゃ!って。

そしてすぐ喉を締めちゃう。歌っていうのはね、心の声なの。

心が荒れてる時には、声も荒れる。

幸せな時には、声にも想いが溢れ出るのよ。

この間、ヒトミが歌ってくれた日本の歌。あれ、すごくよかった。

純粋で優しくて、愛に溢れてた。誰かを思い浮かべてたんでしょ?

その人の為に歌ったのよね?・・あなたの恋人?」

 

私は思わず、傍らのバーニーを見つめた。

バーニーは、咄嗟に私の目を見ないように

スコーンを食べ始める。

 


この3日間。

ホテルから150メートル程離れたアイスクリームショップの前で

バーニーは私を待っていた。

 

初日、びっくりする私に、


「おとこがひとりでこういうみせにはいるのは、はずかしい

です。つきあってください」


と、強引に私を店内に押し込んだ。

 

「こどものとき、freezerにいつもおおきなアイスがはいってる

ともだちのうちがうらやましかった。ぼくはマムに“かって”と

いえない、こどもらしくないこどもだったからね。

・・あ、これ、おいしそうだな」


そう言って、少し頬を染めた笑顔で私にチョコチップアイスを

手渡してくれたバーニー。

 


今、エヴァの言葉を静かにバーニーは訳してくれる。

特に感情を入れるわけでなく、ただ意味だけを正確に。

 

「あ、はい・・主人なんです。私の、私の一番大切な人。

彼がいたから、彼が支えてくれたから、私は今、ココにいら

れるんです。

彼がいなかったら、きっと今頃田舎に帰って、何の目的もなく

生きてたかも知れない。歌もタップも中途半端のままで・・

彼、役者でタップダンサーなんですけど、その彼のダンス、

NYに来てから一層大きくなったんです。あんなひどい記事が

出て一時は悩んでたのに、それを吹っ切って前よりパワフルに

踊るようになっ・・あ!ごめんなさい」

 

「いや、いいよ。

・・そう・・エドのダンス、かわったんだ」

 

この3日間、私達の会話に仁さんは出て来なかった。

その名前が出そうになると、バーニーはわざとらしく

話を逸らせた。

 

「えぇ。変ったって言うか・・今の仁さん、とても楽しそう

なんです。常に笑顔で踊ってるんですよ。

ダンスが好き、踊りたい、身体からその想いが溢れてるの。

改めて気付いたって言ってました。自分がどれだけダンスを

愛してるかが、やっと分かったって。

ふふ・・今、彼に触ったらリズムが飛び出してきそうなくらい

ですよ。他のダンサーと冗談言って笑いながら、ヒップホップ

なんかも踊ったりして・・

バーニー、一度スタジオに見に来て下さい。

きっとこの間の劇評が間違いだったって分かるわ!仁さんは」

 

「ジン・・そうなんだよね。エドはもう、エドじゃない。

ごめん。エドのはなし、いまはしたくない・・したくないんだ」


「バーニー」

 

 

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「やっぱり血なのかなぁ、お前のリズム感。信じられねえよ。

アル、お前、本当に見ただけで覚えたのか?今までの全部?」


「うん、そうだよ。新作が始まる時にはリハも入れて1ヵ月以上

同じ演目だろ?ロングランになったらそれこそもっとだ。

覚えないほうがおかしいよ。かっこいいダンスを見るとさ、真似

したくなるんだ。もちろん仕事があるから全幕は見られないけど、

親方の目盗んで3階席の後ろから、こそっとね」


「真似か。いいんだよ、初めは皆、誰かの真似さ。それでいい。

よし次はタップだ。さすがに見ただけじゃこれは踏めないからな。

滅茶苦茶でいいからタップの真似もしてみろよ。

見た事あるだろ?」


「うん。えーと・・じゃ、こんな感じ?」

 


アルを預かって3日目。

2日間は、仕事に行くアルを見送り、夜は劇場まで迎えに行く

だけだったが、アルが上演中のミュージカルのナンバーを

口ずさみ、そのダンスを見ただけで細かいステップまで憶えて

いる事に気付いた俺は、ホテルの裏庭にアルを引っ張り出した。

 

ダンスはセンスだ。

 

同じようにステップを踏んでも、同じようにターンを廻っても、

センスのない奴の踊りは、うまく決まらない。


客へのアピールとか、オーバーなアクションとかそんなもの

じゃなく、身体の中にどれ程そのセンスを抱いているか。

それこそが、ダンサーの命だ。


俺の唯一の生徒である瞳は、運動神経こそ人並み以下だが、

リズム感と、絶対音感、踊るための独特のセンスを持った女優

だった。決して速くリズムを刻めるわけではなかったが、その

タップは初めから自分の音を持っていた。それを見つけた時の

俺の悦びは、きっと他人には分からないだろう。

 

アルは、まさに踊るために生まれてきた少年だった。


父親はミュージカルダンサーだったらしいし、母方の祖父母は

ダンススタジオを経営していたそうだ。今では母親以外全員亡く

なってしまったそうだが、これはやはりDNAなんだろう。

それと、ソウルフルな黒人が持っている“血”。

 


「ハハ・・そうだ、いいぞ、雰囲気つかんでるよ。

いいか、まず、基本中の基本だ。これが“スラップステップ”

トウから足を前に投げ出すように・・タタ。

な?音鳴るだろ?こうだ・・・タタ!タタ!!

そしてこれを連続・・タタ、タタ、タタタ、タタタ・・・

おい、どうしてそんなにすぐ音出るんだよ。俺なんかこれ出来る

のに2週間かかったんだぜ。はぁ~何か凹むな。

じゃあ、これは?“シャッフルステップ”だ。

タタン、タタン。な?ひざ曲げてバランス取れ!・・そうだ。

そして連続・・タタンタ、タタンタ、タタタ・・・・・

おいおいおい、待てよ。参ったな、何で出来るんだよ!

本当に今、初めてなのか?・・アル、俺をおちょくってるだろ」


「ハハハ、何だって?仁、やられてるのか?

アル、お前もいい度胸だな。こいつを凹ませるなんざ、そんな

勇気のある奴はいないぜ・・あ、すまん。瞳がいたか」

 

俺の大声を聞きつけたのか、タバコをくわえた木島が

へらへらやってきた。

非常階段に腰掛け、大袈裟に笑い、完全に日和見体勢だ。

 

「いいぞ!仁先生。未来のミュージカルスター発掘だな?」


「おい、冗談じゃないぜ木島!コイツ、踊れるぞ」

 

「あっ!仁さん居た!・・探しましたよ、ここだったんですね」

 

その時、俺を探して裏庭に走りこんできた奴がいた。

どこから走ってきたのか、かなり息があがっている。

 

「お前が俺に用事なんて珍しいな。金なら無いぞ、アキラ」


「違いますよ!あの・・実はこの前から言おうかどうしようか

迷ってたんですけど。今また見かけたんで、やっぱり仁さんに

言っておこうと思って。拓海さんには口止めされてるんですが」

 

「おい、穏やかじゃないな。拓海も絡んでるのか?分かった!

クリスのターゲットが仁から拓海に移ったっていうんだろ。

仁が邪険にするもんだから今度は拓海に乗り換えたか?」


「違いますよ!代表。ふざけてる場合じゃないんです。

仁さん・・瞳ちゃんが」


「瞳?瞳がどうした」


「この所、毎日同じ男と会ってるんです。僕、3回見ました。

1回目はタクシーから2人で降りてくるところ、

昨日はアイスクリーム屋の前、そしてさっき、カフェに2人で」


「ハハハ、男と会ってるって?瞳が?バーカ、あいつが浮気

なんかするわけないだろ。お前の見間違いじゃないのか?

確か、あいつはゴスペル習いに教会に行ってるんだろ?な、仁。

お前、そう言ってたよな」

 

「アキラ・・・どんな奴だった、そいつ」


「それが」


「いた~!仁ちゃん!仁ちゃん、仁ちゃ~~ん!!

ちょっと大変よ~~。アタシ見ちゃったの!瞳ちゃんてば

“もどき”と一緒にお茶してるのよ~。

ホラ、あの向かいのカフェで~」

 

 

常さんが乱入してくる前から、俺には答えが分かっていた。

この間から微かに感じていた心のざわつき。

根拠は何もないのに、それは何故か確信に近かった。


初めて会った時の、眼鏡の奥の冷たい目。

そして瞳にぶつかり、優しく抱き起こしたというあの後ろ姿。


瞳を疑う気はまるで無かったが、

俺はその瞬間、一気に頭に血が上った。

 


「・・ワイズマン」


「おい、仁!!」

 


気がついた時には、俺は駆け出していた。

裏庭から、ホテルのロビーを突っ切り、表通りに走る。

道路を片手で車を止めながら強引に渡りきると、

向かいのカフェのドアを乱暴に押し開けた。

そして俺は窓側の奥の席に、その2人を見つけた。

 

 

「どうしよう・・あのまま歌えなくなっちゃったら」

 

「おおげさだよ、ひとみ。さっきだって、ちゃんとうたえてた。

ぼくのみみをしんじなよ。そうだな・・ただすこし、じしんを

なくしてるだけさ。あの3にんは、ひとなみはずれておおごえが

でるんだ。あんなのとくらべてたら、だれもうたえない。

あれ?もしかして・・エドのかおみないと、うたえないの?」

 

「んもう!ふざけないで下さい。こっちは真剣なんですよ!」

 

「ハハ、おこったかお、かわいいね。ひとみ」

 

「バーニーってば!!ホントに怒る・・・・あ、仁さん!」

 


その言葉に、瞳と向かい合い、俺に背を向けて座っていた男が

静かに立ち上がる。

振り向いたその男は、人差し指で眼鏡のフレームの真ん中をつい

っと持ち上げ、正面から俺を見据えた。

 


「・・瞳、帰るぞ」

 

「エド」

 

瞳の腕を掴み、歩き出す俺の背中に向かって、

奴はそう呼びかけた。

 


「・・What?」

 

「エド・・きみのことだよ。

・・エドワード」

 

 


その時、

 

テーブルのグラスの中の氷が1つ、


カランと大きな音をたてた。

 




コラージュ、mike86


2008/11/25 01:11
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  7話 「片言の日本語」

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7話は、教会での瞳とバーナードです。5話、6話、7話は時間が平行して流れていき

ます。ですから、この7話のラストで帰って来た瞳が、6話で仁達の居るレストランに

現れた事になります・・ややこしくてすみません。(汗っ・・)






「Hitomi・・」


その朝、バーナード・ワイズマン氏は

偶然会った教会で私の名前を呼んだ。


あの記事が出てから1週間ちょっと。

彼は驚きに目を見張り、咄嗟に私の目を少し避けるように

顔を伏せた。


そしてフッと前を向きなおすと、左の口の端を少し上げて

私に向かって不器用に微笑んだ。

 


それは。

少し照れた時の仁さんの癖にすごく似ていた。


やっぱりこの人は彼の兄弟だ。

 

ミサが終わった静かな教会の中。

私達は一番後ろの席に並んで座った。

 

正面には優しい顔のマリア像。

私達が話し出すのをじっと待っている様だ。

 

ワイズマン氏は、ただ黙って前を向き、

時々目を伏せて、居心地悪そうに私を気にしている。

 

私は聞きたい事が沢山あった。言いたい事も沢山あった。

沢山ありすぎて、何から話していいのか分からない。

 

“仁さんと、兄弟だという事実”

“何故、兄弟が別れてしまったのか”

“何故、仁さんは、このことをまるで憶えていないのか”


そして・・


あの記事は、あなたの本心?

 


思い切って話し出そうとした私は大事な事を思い出した。

 

しまった・・忘れてた!

私ってば、英語話せないじゃない!!

 

「あ、あの・・Nice to meet you,Mr Waizuman・・

はぁ、駄目。これ以上は無理だわ。すみません、ごめんなさい。

私、英語まるでダメなんです。学校の成績も悪かったけど、

こっちに来てから、さらに英語恐怖症になっちゃって・・

あなたに逢ったら聞きたいことがいっぱいあったんですけど

早口で話しかけられると、もうアウトなんです。

頭は真っ白になっちゃうし、心拍数上がっちゃっうし。

この間なんか、道端で倒れそうになったんですよ。いつもは、

仁さんが一緒にいてくれるから大丈夫なんですけど、って・・

日本語で謝ったって分からないわよね。参ったな、どうしよう」

 

「・・・だいじょぶ、いいよ。OK、ゆっくりなら・・

たぶん、わかる」


「えっ?」

 

突然日本語で話されて、私は正直驚いた。

思わず勢いよく顔を覗き込んだ私に、少し困ったような顔をした

彼は、それからゆっくりとした日本語で話し始めた。

 

「5さいまでぼくは、いえでは“にほんご”だった。ともだちとは、

えいごだったし、セサミストリートやスパイダーマンみてたけど」


「5歳って・・・仁さんが日本に行った時?」


「なんでしってるの?“エド”は、そのことおぼえてないでしょ?

それとも、おもいだしたの?」


「え、ど?」


「エドワード・ジン・ワイズマン。My brother」

 


私は余程ポカンとした顔をしていたらしい。

しばらく動く事もできなかった。

だって、仁さんの英語名なんて、考えたこともなかったもの。


【バーナード・シン・ワイズマン】と【エドワード・ジン・ワイズマン】


双子の兄弟。

 
その人は、私の顔を覗き込むと、初めて大声で笑った。

 

「ぷっ!あっははは!!」

 

「あの!何が可笑しいんですか?ちょっと驚いただけです!

仁さんから話は聞いてました。あなたが双子の弟だって事。

もっとも彼がそれを知ったのは、ついこの間の公演初日の夜

だったんですけど。彼、36年間何も知らずに生きてきたんです。

動揺してたわ、とても。でも名前の事は言ってなかった。

多分・・まだ彼も知らないんだと思う」

 

「ごめんよ。おどろいたかおがとても、かわいいかったから。

あの、もすこしゆっくりはなしてくれる?ちょっと、わかんない

とこある・・マムはエドを、にほんにいかせたくなかったんだ。

マムは、ぼくより・・エドをあいしてたから」

 


ポツポツ話すその日本語は、まるで子供の言葉の様だった。

質の良いスーツを着こなした36歳の男性の口から出る幼い表現。

それは、どこか切ない、少し悲しい響きだった。

 

「エドワード・・彼の名前なんですね、5歳までの。

何故、仁さんは何もかも忘れちゃったのかしら?

あなたは憶えてるんですよね。

兄弟だった事も、何故彼が日本に行ったかって事も」

 

「Yes。うん、おぼえてるぜんぶ。にほんごもわすれないように、

ひとりになるとしゃべってた。エドとわかれてさみしかったし、

エドとはなしもしたかった。でもいまはわすれたいんだ。

ぼくはアメリカンなんだから、にほんごはいらない・・

それなのに、みみが“にほんご”をひろってくるんだよ。

アキラクロサワ、マツイ、イチロー、ミヤザキアニメ・・

しってる。わかるんだ。こころが、おぼえてるのかな」

 

「ワイズマンさん・・」

 

「バーナードだ、ぼくは。そうよんでくれるかな。

そうだ、ひとみは、とくべつ“バーニー”でいい。

もういまでは、ぼくをそうよぶひとだれもいないけど。

ね、ここにはどうして?なにしにきたの?」

 

「偶然なんです。散歩してたら凄い声が聞こえて、その声を

辿ってたらここに・・バー、ナードさんはさっき熱心に祈って

らっしゃいましたね。何を祈っていたんですか?」

 

「バーニーだよ」

 

「あ、はい・・じゃ、“バーニー”」

 

「ここはおちつくんだ。ぼくの“ひひょう”がきびしいっていう

のはしってる?ハハ、ひとみはもう“ひがいしゃ”だったね。

ぼくはうそがかけないし、、ぶたいにかんぺきをもとめてしまう。

ぼくのきじはしんようされてるけど、やっぱりいろいろある。

こころがくるしくなることもね。そんなとき、ここをみつけた。

ちいさなきょうかいだけど、あったかいんだ。

ここのゴスペルもいいでしょ?さっきのシスターエヴァのこえは

ブロードウェイのスタークラスだよ」

 

「さっき、お母様の事話されてましたよね。

仁さんとあなたのお母様が」

 

「マムのこと?それともエドとのこと?そんなにおもしろいはなし

じゃない。あぁ、ちょっとつかれたよ。

だって“にほんご”はなすの、おひさしびりだし」

 

「“おひさしびり”?“おひさしぶり”です、それを言うなら。

正確には“お”もいらないんですけどね・・ふふ」

 

「あっ、そう?まちがえちゃった」

 


あ・・笑った時の目、仁さんに似てる。


声は、仁さんより少し高いかな。

鼻は?頬は?眉は?

ふ~ん、こんな所にほくろがあるんだ。

そうだ、確か仁さんはこの眉の上に傷があった・・

 

笑いながら私の目は、

彼との相違点を知らず知らずに探していた。

 

「そんなににてる?ぼくは、エドに」


「ええ、似てます。雰囲気は全然違うけど。

だって当たり前ですよね。双子なんだもの」


「そう、かな。いくら双子でもべつべつにくらして、

べつべつものをたべて、べつべつにいきてきたのに?

かぞくってそんなじゃないだろう?!


・・忘れたくせに!エドは僕の事も、マムの事も・・

僕は忘れなかった。本当は忘れたかったのに。

エドの事なんか・・エドなんか・・とっくに、忘れて・・

おとなしく子供と遊んでればよかったんだ。

あそこで真面目に先生やってれば。

よりによって何でDancerなんだよ!!どうしてActorなんだ!!


あ、Sorry、ごめん。ぼくらしくないな・・

そうか、ゴスペルききにきたの?ここはちいさいだけど、

ゴスペルはいいよ。そうだ、ここでうたわせてもらえばいい。

べんきょになるから」

 


英語での突然の激昂。

溢れてくる仁さんへの想い。

途中は何を言ってるのか殆ど分からなかったけど、


この人は・・


仁さんを愛している。

 


私はその後、バーニーにシスター・テレサとシスター・エヴァを

紹介してもらった。彼は熱心に「彼女はミュージカルシンガーで、

才能がある」と力説してくれ(多分、そう言ってたと、思う)

おかげで、押しかけ生徒は、なんとか受け入れてもらえた。


エヴァは私を見るなり、「こんな小さな子に歌が歌えるの?」と、

(多分、そう言ってたと、思う)驚いた。


ん?小さな子って・・いったい私を幾つだと思ったのかしら?

 


「OK、ヒトミ。ちょっと声出してみて」


エヴァは私をオルガンの前に連れて行った。


「さて、何を歌う?」


「えっ?」

 

まさか、今、歌う事になるなんて思いもしなかった私は、

いきなり歌えと言われてマジに焦った。

劇団のミュージカルナンバー?

それともクラッシックなイタリア歌曲の方がいいの?

 

迷ったあげく私が歌い出した歌は、

仁さんがよく口ずさむ歌だった。


結婚して(一緒に暮らしだして)すぐの頃、

声の出ない私に歌ってくれた童謡。

 


『やば、歌い出し高すぎた!ファルセットになっちまう。

瞳。お前の声で歌ってくれよ・・お前の歌が聞きたいよ』

 

彼はよくそう言って私を抱きしめてくれたっけ。

 


♪ 菜の花畑に、入日薄れ、

   見渡す山の端、霞ふかし

 春風そよ吹く、空を見れば、

   夕月、かかりて、にほひ淡し♪

 


ガターン!!

 

その時、席で聞いていたバーニーが物凄い勢いで立ち上がった。

前の座席を握り締めたその指が、明らかに震えている。

 

「・・・・ひとみ。

その、うた・・なに?」

 

「朧月夜?」

 

「おも、ろ?」

 

「お・ぼ・ろ月夜。童謡です、日本の。知ってるんですか?」

 

「・・・・NO、NO・・・いや、いや・・しらない」

 

「バーニー?」

 

「シスターテレサ、エヴァ!もう今日はいいよね?

明日から、ひとみを頼みます。ひとみ。おくるよ。

かえらなきゃ、しんぱいするよ。エドが」

 

「あ、もうこんな時間。そうなんです、あの人心配性で・・

私が出かけようとすると、“誰と一緒か”“何処に行くのか”

いちいち聞くんですよ。

あんなことがあったから、気持ちは分かるんだけど。

よく知ってるんですね。仁さんが心配性だって」

 

「・・・・」

 

教会を出た私は、バーニーと一緒で助かったと心底思った。

完全にホテルへの帰り道が分からなくなっていたから。

はぁ・・これじゃ、仁さんが心配するのも当然だわ。

 

「メインストリートにでたら、タクシーのろう。

すこしあるくよ」

 

「ありがとうございます、助かりました。やさしいんですね」

 

「ぼくがやさしい?やさしいのはエドのほうだ。

やさしくて、しんじやすくて。ともだちにからかわれたり、

ぼくにだまされたり。カードをやっても、かくれんぼしても、

かつのはいつもぼく。

“バーニーはつよいなぁ”っていつもわらってた。

あのときだって、グランマのあんなうそ、エドはしんじたんだ・・・

ひとみ。あなたってふしぎなひとだね。

あなたのそばだと、よけいなことまではなしちゃいそうだ。

なんか。マムに、にてるな」

 

「私が?」

 

「マムもちいさなひとだった。わらったかおがかわいかった。

エドはおぼえてないだろうけど、ひとみをえらんだのは、

あいつもこころがおぼえてたのかもしれない。

エドは・・マムがだいすきだったから」

 

 

 


「おい、おい。代表と仁さんにもうバレてるよ」


「当たり前ですよ、拓海さん。こういう情報はすぐ漏れる

もんです。ま、昨夜アレだけ騒いだら、バレたも何もないと

思いますけど・・

拓海さん、俺、常々思ってたんですけど、拓海さんって妻子持ち

の匂いしませんよね。生活感ないし、相変わらずお盛んだし。

いいんですか?奥さん、怖くないんですか?」

 

「あ?あぁ、女房ね。もういないんだ」

 

「は?」

 

「めんどくさいから誰にも言ってないんだ。3ヶ月くらい前に子供

連れて出てった。実家から離婚届送りつけてきて、判押せってさ。

紙切れ一枚で俺はバツイチ。哀れだろ?」

 

「僕は奥さんの方に同情しますよ。結婚して少しは大人しくなるか

と思ったら。妬き疲れたんですね、きっと。

よくこれまで持ったというべきか。・・あれ?瞳ちゃんだ」

 

「瞳?そういえばさっきいなかったな」

 

「向かい側のカフェの前です。タクシーから。

あ、拓海さん!男と一緒です」

 

「男だぁ?誰だ?しっ、アキラ・・仁さん見てないよな」

 

「大丈夫です。今、背中向いてます。拓海さん、あの男」

 

「ああ、間違いない。劇団の仇、ワイズマンだ。

・・でもなんで、瞳と?」

 

 


タクシーでのバーニーは、それまでと打って変わって

一言も喋らなかった。ただ何かを考えながら、窓に肘をつき、

外をずっと見つめていた。

 

タクシーを降りると、

(ちゃんと回り込んで私にドアを開けてくれた)

バーニーは大きく手を広げて、優しく私にハグをした。

あまりの早業に拒否も出来なかった私は、

されるがままに抱き締められてしまう。

 

「あした。いくでしょう?きょうかい」

 

「え?・・あ、はい」

 

バーニーは、私の耳元でこう囁いた。

 

「むかえにいきます。ひとめにつかないところで、まってる・・

エドには、このこと・・いう?」

 


この事?・・この事って?


まだハグされていた腕を慌てて振りほどくと、

バーニーは私を見つめ、にこっと微笑んだ。

 


「じゃ、あした」

 

 

その場面を、先輩とアキラ君に見られていたとは知らずに、

差し出された手を握り返し、バーニーと別れた。

 

私がホテルに入るのを見届けるからと、

道路を渡りきるまで腕を組み立っているバーニー。

 

私は、ぺこりと頭を下げた。

 

ここはアメリカだもの、あのハグは、

あれは、ただの挨拶・・よね。

 


レストランで仁さんの顔を見つけた時、

私は無意識のうちにただ微笑んでいた。

 


仁さんに内緒にしたかった訳じゃない。

 

ただ、

なんとなく、言ってはいけない・・

 


そんな気が、したから。





コラージュ、mike86


2008/11/24 00:49
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  6話 「Sunday Morning」

Photo

瞳とバーナードが教会で出逢った同じ朝。仁は隣に瞳が居ない事に気づきます。

そして・・この回のサブタイトルが決まらなくて悩んだのを思い出しました^^結局、

私には珍しい横文字のタイトルに(爆)





・・いつも、いつだって、君は僕の大事なものを

持っていってしまうんだね。

 マムの愛も・・・ダンスの才能も。 


だから・・だからさ。

 君の大事なもの・・今度は、僕にくれるよね?

・・・ホラ、ここに・・いる

 

 

 




「止めろ!!」




・・夢?

夢だったのか?

 


やけにリアルなその夢。

まだその声が耳に残っている。

顔の見えない男。

あれは・・誰だ。

 

妙な汗をかいて思わず飛び起きた俺は、

隣に眠っているはずの瞳が居ないことに気がついた。

 

「瞳!」


大声で呼んでみても、返事はない。

ぽっかり空いたベッドのスペースには、

もう温もりさえなかった。

 

素肌にローブを引っ掛け、ベッドを抜け出した俺は、

テーブルの上の小さなメモに気付いた。

そこには、


「少し、街の空気を吸ってきます」


と、瞳の字で書かれている。

 

・・あいつが、1人で出かけた?

 


初日のパーティーで大勢の人に囲まれ、機関銃のように

英語で話しかけられてから英語恐怖症になったらしい瞳は、

あれから1人で行動したことがない。

近くのドラッグストアに行く時でさえ、

俺や相原の手を引っ張っていく。


俺は慌ててGパンを穿き、シャツを手に部屋を飛び出した。

 

「あのバカ、1人でどうするんだ!しかも方向音痴の癖に」

 

いったいどの道を行ったんだろう。


午前7時。


ホテル前のカフェを覗き、瞳が好きなベーグルサンドの屋台

まで走ると、もうこの時間に開いている瞳のテリトリーは無い。


メインストリートから路地の奥まで、俺は瞳を捜して走っていく。

 

日曜の早朝。

 

どう見てもジョギングではない俺に、通行人の視線が痛い。

なかなか見つからない苛立ちで、瞳と同じ水色のジャケットの

女性に後ろから声を掛け、逆ナンパされた時には正直キレそうに

なった。


そんな何本目かの路地の奥。

聞きなれたボーイソプラノが俺を呼び止めた。

 


「ジン!どうしたのー?」


「アル?」

 

2日目に芝居を見に来てくれたが、翌日に公演は打ち切り。

その後、母親の具合がよくないとかで、

ここ暫くアルは顔を見せていなかった。

 

「アル、お前の家、この辺なのか?」

「うん、そこのアパート。ジンこそどうしたの?

こんな朝早く。ヒトミは?」

 

アルが指差したその部屋は、古いアパートの地下にあった。


赤く錆びた鉄骨の骨組みが剥き出しになった外壁。

雨水と道路のごみが直接流れ込んでくる階段下。

その玄関の前にはおびただしい数の酒瓶が転がっている。

キッチンだろうか、小さな窓枠にも酒瓶がびっしりと置かれて

いるのが、外からでも充分見て分かる。


どう見てもいい環境と思えないその住まいに、俺は絶句した。

 

夫の死が受け入れられず、母が酒びたりになっているとは、

アルから以前聞いていた。

病院、更正施設などを出たり入ったりしていると。

そしてアルは学校も行かずに昼夜働き、

その母と家計を支えている。

 

そんな母を見てきたアルが、その原因を作ったワイズマンを

憎んだとしても、決して不思議ではない。

 

「ジン、マムね。病院に入っちゃった。またダメなんだよ。

出てきたときはもうお酒は止めた!って言うんだけど。

今度はどのくらいだろ・・もう慣れたけどさ。

ねぇ、ジン。ワイズマンに会ったんでしょう?どんな奴だった?

オレにも会わせてくれよ。会って、あいつの目を見て言ってやり

たいんだ。“ダディーを返せ!”ってさ。

オレ、もうあんなマム、見たくないんだ」

 

こんなひどい状況なのに、アルは俺に笑顔で話している。


・・・アル。

お前が憎んでるその男は、俺の弟だ。


久しぶりに会った嬉しさで俺に纏わりついて話すアルに、

俺はその言葉が言えなかった。

 

アルと俺。

ワイズマンと瞳。


その朝、偶然にも同時刻に出逢っていた。

 

 

「ジン。ね、ジン?どうしたの?」

 

「あ・・いや、何でもない。そうか、お前1人なのか。

そうだ!俺のホテルに来いよ。俺達はあと3週間くらいしか

いないが、その間にはママ帰ってくるんじゃないか?

ベッド1つ俺たちの部屋に入れてもらえばいいんだし。

な、そうしろ」

 

「いいの?ホントに?サンキュー、ジン!

あ・・でも、ジンの部屋はダメだ」

 

「どうして」

 

「だって。ヒトミいるだろ?」

 

「そりゃいるさ」

 

「オレ子供じゃないからね。

新婚さんのベッドの横じゃ寝られないよ」

 

「お前!!生意気言いやがって。

お前いくつだよ、立派にまだ子供だろうが」

 

「ジン、ココはアメリカだよ、忘れてない?

しかもオレ、大人の中で仕事してるんだぜ。オレだってあと

3年もしたらオトナになるさ。周りはいいオンナばっかなんだし。

あぁ、でもそっちには行ってもいい?

誰か独り者の寂しい奴もいるだろ?」

 

 


「・・・・で?それでア、タ、シの部屋な訳?

この生意気な子と一緒に寝ろっての?」

 

「頼むよ、常さん。1人部屋は常さんの所しかないんだ」

 


アルを連れてホテルに戻ると、俺達がいないと常さんが大騒ぎ

している所だった。そこへひょっこり子供を連れて俺が戻って

きたもんだから、何がどうなってるんだとまた大騒ぎ。

俺の説明を聞いた常さんは、大袈裟に腕を組んでアルを品定め

している。アルはニヤっと笑うと、悪びれもせずに俺に向かって

「腹が減った」と、のたまった。

 

常さんがまた何か喚く前にとにかく朝飯・・と言う事で、

ホテルのレストランに、俺、アル、常さん、木島、相原が

やってきた。

 

店内では拓海とアキラが、窓際の席で欠伸をかみ殺しながら

クラブハウスサンドにかぶり付いていた。

昨夜は何を見てきたのか。芝居が跳ねた後、拓海が興奮して

部屋で奇声を上げていたのを劇団員全員が知っている。

(うるさい!と文句を言いに行った常さんが2人にうまく飲ま

され更に騒ぎが大きくなったのは、とんだおまけだったが)


木島がアキラの頭を小突いてその横を通り過ぎると、まだ半分

眠っていた2人は、飛び上がるほど驚き、サンドイッチ片手に

ソースを垂らしながら、直立不動になった。

 

「だ、代表!仁さん・・お、おはようございますっ!」

 

「おう。聞いたぞ。昨夜はご機嫌だったな。何かえらく稼いで

るらしいじゃないか。もう日本に帰りたくないんじゃないか?

隠れた才能の開花って奴だな。いいぞ、それならトニーとチノ

のオーディションやり直すし。いつでも言って来い」

 

「「代表・・そりゃないっすよ」」

 

「アハハハ!!」

 


その後、店内の中央に陣取った俺たちは、アルの旺盛な食欲に

目をむいていた。


アルは、オレンジジュース、シリアル2杯、トースト3枚、

ベーコンエッグ両目に、フライドポテト大盛りをペロっと食べ

終わると、傍に来たウェイトレスを捕まえて、今度はパンケーキと

コーラを追加した。

 

「おいおい、大丈夫かよ」


「ん、まだ入る」


もしかしたらコイツは、もう何日もまともに食べていなかった

のかも知れない。

 

「オレ、このおじさんの部屋なの?この人知ってるよ。

初日のパーティーにもいたし、翌日もギャーギャー泣いてた人

だろ?この人どう見ても役者でもダンサーでもないよね。

一体何者?」

 

大きな口を開けて、シロップをこれでもかと染み込ませたパン

ケーキを頬張っているアルは、俺が残したベーコンを狙っている。

喰っていいぞと目で合図すると、横からフォークで2枚一緒に突き

刺し、パンケーキがまだ残っている口の中に一気に放り込んだ。

 

「よく噛みなさい!いいこと?あと30回噛んでから飲み込むの!

さっきからあんた見てたらロクに噛んでないじゃないの。

そんな軟らかい物ばっか食べてると、歯にも体にもよくないのよ!

まったく躾がなってないったら・・アタシが何者かですって?

あ、の、ね、坊や。アタシはジンちゃんの家族なの!

下北の生き字引って言われてるし、芝居にも詳しいわ。

そうね・・強いて言えば“劇団宇宙の顧問”ってとこかしら。

ね、木島ちゃん、そうよね?

ちょっとジンちゃん!ちゃんと訳した?」

 

「顧問?・・ハハ、まあ、そんなところですかね。

なあ、仁。この子、どうするつもりだ?いくら親が入院中だって

いってもお前とは何の関係もないんだ。

手元に置いとくのは難しいんじゃないか?」

 

「ああ。一応大家と、アルの親方には俺のところでしばらく預かる

とは言って来た。大家はある意味コイツが厄介者だったから

“どうぞどうぞ”ってなもんだったよ。親方はコイツが俺の話を

してたらしくて、“お世話になります”って頭下げられた。

木島、悪いが・・頼む。何か、放っとけなくて」

 

ふと見ると、コーラをお替りしようとしたアルを、常さんが

たしなめている。アルは抵抗して、アッカンベーだ。

 

「アル!!コーラばっかり飲んでると、骨が溶けるわよ!

ミルクになさい!きっといつもジャンクフードばっかなんでしょ?

こら!待ちなさい!アタシの言う事聞きなさいってばー!」

 

日本語でまくし立てる常さんと、早口の英語で応戦するアル。

話が通じている訳でもないのに、妙に噛み合っていて、

2人とも何だか楽しそうだ。

 


「やっぱり先生なんだな、お前は。不幸な子供を放っておけない

んだろ?お前が責任持つって言うなら、俺は構わないさ。

それにアイツ面白そうだしな。

ところで、瞳は?まだ連絡つかないのか?」

 

「携帯の電源、切ってるんだ。探したけど、見つからない。

あいつ、英語話せないのに。いくら朝だって、ここはアメリカだ。

何かあってからじゃおそ・・・・瞳」          

 


瞳は入り口できょろきょろと俺達を探していた。

その瞳を先に見つけ、アルはその胸に飛びつく。

 

瞳は突然現れたアルに驚きながらも、その頭を撫で、楽しそうに

笑っている。アルが耳打ちするように俺達の場所を教えたらしい。

(殆ど身振り手振りで)、俺達を見つけ、弾ける様に微笑むと

まっすぐ俺の横にやってきた。

 


「ああー!皆で美味しい物食べてたのね?いい匂い・・

お腹空いた~!ね、あいちゃんの何?私も同じのにしようかな。

・・・・何?皆・・・どうしたの?」

 

「バカ瞳!仁さんがどれだけ心配したと思ってんの?

さっきまであんたを探しに走り回ってたんだよ!何にも言わずに

出かけるなんて。もう!あんたって娘は!」

 

「あ・・ごめんなさい。少し散歩してくるつもりだったの。

朝の街の空気に触れたら、私も仁さんみたいに何か掴めるかな

って。でも行ってよかった。仁さん。明日から私、あの教会に

通うことにする。だからダンススタジオは今日で最後。いい?」

 

「教会?」

 

「うん。ここから1時間くらい歩いた所にね、小さな教会が

あって、日曜ミサをやってたの。そこから聞こえる声に引き

寄せられるように、気付いたらドアを開けてた・・

そこで、ゴスペルを聞いたの。

深くて透明で・・あれこそ“女神の声”よ!

体の奥から響いてくるの、その声。あぁ、あんな歌が歌えたら・・

あの、代表。お聞きしたい事があるんです。

今の私の歌に足りない物は何ですか?」

 

「お前にも、答えは分かってるんだろ?“声量”それに尽きる。

あともう少しボリュームが欲しいな。ウチはマイク付けないん

だから」

 

「はい。分かってました。手術の後から特に、ですよね。

音域は広がったし、表現力も付いてきたと思うんです、

自分なりに。でも何か違う・・

仁さん。私、歌いたい。体の底から声を出したいの。

その教会でね、シスターに紹介してくれる人がいて。

一緒に歌っていいって言って下さったの。

教える事は出来ないけど、一緒に歌う事であなた自身が

感じなさいって」

 

「紹介してくれる人?

地元の人と知り合いになったのか?話せないのに」

 

「え?・・あ、う、うん。そうなの。

日系の人が、いてね・・・あ~またトマト残してる。

仁さんってば、こんなに小さく切ってあるのに器用に残す

んだから、もう!」

 

「それにしても方向音痴で英語が苦手な瞳が、よくその教会

から真っ直ぐ帰って来れたわね。あんたタクシーだって1人で

乗ったことないでしょう?」

 

「え?・・あぁ、その人がね、タクシーにも乗せて下さったの。

若い娘が1人で物騒だからって。

若い娘ったって、私もうミセスなのにね。ハハッ・・」

 

俺の残したサラダをつつきながら、ウェイトレスにクリーム

チーズベーグルを注文し、アルの口に付いたシロップを拭いて

やっている瞳。

 


さっき一瞬俺の目を避けるようにしたのは思い過ごしだろうか。

瞳が今まで俺に見せたことのない、微妙な表情。

 

教会。ゴスペル。日曜ミサ。

 


俺の心の端に浮かんだほんの少しの疑問。

何故か、胸の奥がざわついた。

 

 

・・キミノダイジナモノ・・

コンドハ、ボクニクレル?

 

 

ホテルの向かい側のカフェ。


そのオープンテラスで長い足を組み、新聞を広げ、

静かに優しい眼差しで瞳を見つめている男がいた。


瞳をタクシーでここまで送り、シスターに瞳を紹介した男。

ワイズマンは小さく溜息をつくと、席を立った。

 

 

瞳は、おいしそうにベーグルを頬張っている。

そして俺と目が合うと、目を細めて微笑んだ。

 

その笑顔は、

 

俺の心のざわつきを一気に消していった。

 



コラージュ、mike86


2008/11/23 00:37
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  5話 「踏み出したステップ」

Photo

バーナードの書いた記事で、劇団の演目はあっという間に打ち切りに。

さぞや落ち込んでいると思いきや・・宇宙の連中はやっぱり逞しかったようです(笑)

 


 



あの記事が新聞に載って、あっという間に

劇場との契約は打ち切りになった。

3週間公演のはずが、たった2日間・・

 

追い立てられるように装置の撤去を終え、衣装で

溢れかえる楽屋を明け渡した私達は、まるでいらなく

なった玩具の様に、ポイッとNYの街に放り出された。

 

クリスは責任を感じ、再上演できる劇場を探しに動き出した。

他の仕事も抱えているのに、私達の為に彼は走り回っている。

その姿に私達は恐縮し、手伝おうと申し出たが、

クリスは笑ってこう答えた。

 

「僕の仕事ですよ。僕が好きでやっているんです。

もう1度、皆さんの舞台が見たい1ファンのわがままです。

僕にやらせてください。皆さんはこの機会を無駄にしないで。

1つでも多く舞台を見て、1つでも多く“芸の肥し”にして下さい。

・・日本語、これで合ってますよね、“ゲイのこやし”でしょ?」

 

ニコニコとオヤジギャグを言うクリス。

時々変な日本語を使っては、私達を笑わせてくれる。

クリスはその明るい性格で、すっかり私達の仲間になっていた。

 

「クリスって日本語上手だよね。いったいどこで覚えたの?」


「ハイ、昔の恋人が教えてくれたんです。彼は日系のマッチョで

ステキな男性でした。言語の習得には恋人を作るのが一番です」

 

はぁ・・そうでございましたか。

そうだよね~。クリスってソッチの人だったっけ。

でも惜しいなあ、金髪の超イケメンなのに女の子がダメなんて。

 


そうだ。クリスの言う通り!

私達もこのまま帰国なんか出来ない。

こんな中途半端なまま納得なんか出来ない。

 
ここはブロードウェイ。

1つでも多くの何かを、吸収しなくちゃ・・

だって、私達が目差す全てのものがここにあるんだから。

 


その日から劇団の皆は、

それぞれブロードウェイの街に散っていった。

 

代表とあいちゃんは、毎日ミュージカルの舞台を見に行っている。

大劇場のロングラン公演から、オフ、オフオフの舞台まで。

舞台を分析し、激論をホテルに帰ってから戦わせている2人の姿

は、どう見ても、頼もしい劇団代表夫婦。

ただ、いつもその激論は、あいちゃんの勝利で終わる所が

御愛嬌なんだけど。

 

驚いたことに、拓海先輩とアキラ君達、数人の男性団員は

ユニットを組み、NYの街中に飛び出して、ストリートダンス

を踊り出していた。


劇団のオリジナルミュージカルをベースに脚色した創作

エチュードや、パントマイム。

タップを基本にしたストリートダンス。


笑える場面も満載で、言葉が通じなくても何だか結構受けて

いるみたい。その売り上げで相当数の舞台を見ているって話

だから結構稼いでいるのかな。あのメンバーにそんな才覚が

あったなんて、正直本当にびっくりした。

 


仁さんと私は、翌日からホテルの近くのダンススタジオに

レッスンに通っていた。あの記事が気になっているのか、

彼は物凄く真剣な生徒だ。

時間の都合がつく限りのレッスンを全部取っている。


36歳の長身の東洋人男性が、長髪をなびかせて激しく踊る姿に、

フロアの女性ダンサー達の溜息が段々深くなる。


そのうち彼の容貌だけでなく、そのダンスを見るために、

他のクラスからの見学者が日に日に増えていった。

 
“影山 仁のタップ”は、やっぱり本物だった。

 
本場のダンサーが彼のステップや、その高いジャンプに驚き、

技を盗もうとやってくる。

早口の英語で何やら難しい質問をしては、彼と一緒に踊りだす。

でも・・そのうちにあの劇評の噂が立ち始めた。


噂が広まるのに時間は掛からなかった。仁さんがその本人だと

知ると、今度は興味本位や冷やかし半分で見学に来る人達が

増えてしまった。ところが、彼のダンスはそんな人達を逆に

魅了してしまったらしい。

 

私は嬉しかった。

彼らが仁さんのダンスを認めてくれたからじゃない。

 

仁さんがとても・・楽しそうだったから。

 

楽しそうに彼らの中で笑いながら踊っている仁さん。

いつも稽古中はストイックで、私でさえ近寄りがたい空気を

纏っている彼が、大声で彼らのジョークに笑い、普段はあまり

踊らないヒップホップやレゲエのリズムをその身体に刻み込ん

でいる姿に、私は胸が熱くなった。

 

これが、彼の本当の顔。

その笑顔は私と一緒の時の彼。


苦しみから逃れるために、自分を追い込むために、

そして・・美雪さんの想いに近づこうと始めたダンス。


NYに来て、あの劇評があって。

自分のダンスを見つめ直すために来たレッスンで、

彼は何か掴んだのかも知れない。

 

ある日、タップクラスの先生に仁さんが呼ばれた。

何やら真剣に話していた2人。やがて仁さんは私の方を見て、

「妻と一緒になら」と答えた。

(このくらいの英語なら何とか分かるけど。いったい何?)

 

戻ってきた仁さんは、私に一言、


「トニーとマリアのナンバー、ん~そうだな・・ダンパがいい。

一緒に踊るぞ。準備しろ」と言った。

 

私の返事も聞かず、もうバッグからMDを探している彼。

 

「えっ?ちょっ、ちょっと待って!私も踊るの?」


「当たり前だ。ソロで一曲通しで踊ってくれって言うから、

“お前と一緒なら”って言ったんだ。早く支度しろ」


「仁さん、仁さん、仁さん!!ねぇ、さっき“トニーとマリアの

ダンパ”って言わなかった?」


「そうだ。ベルナルドとマリア2人のシーンなんてないからな」


「そうだけど・・・ね、・・踊れるの?」


「コラ、馬鹿にするな。今の振りは俺が付けたんだ。

何ならお前のも踊ってやろうか?

昔、お前にマリアのナンバー教えたのが誰だか忘れたのか?」


「あ。」


「分かったら、ほら、スタンバれ」

 


仁さんは、有無を言わさず私をフロアのセンターに引っ張り

出した。見学者がまた増えた。フロアの壁際はビッシリだし、

入れなかった人が廊下から沢山覗いている。

 

“どうしよう・・仁さんはともかく私のタップなんて全然ダメだよ。

参ったなぁ、何か分かんない間にこんな事になっちゃって・・”

 

仁さんがMDをセットする。

そして焦っている私の方を向いて、

左の口角を少し上げクスッと笑った。

 

“え~い!こうなったらどうにでもなれ!だわ”

 

うつむいた姿勢からのスタートのマリア。

曲が始まり、静かに顔を上げると、

そこには柔らかく優しい表情のトニーがいた。

 


・・・驚いた。

本当に、驚いた。

 

なんて・・なんて踊りやすいの?


私がステップを踏み込むほんの、ほんの僅か先を、

確実に仁さんはリードしてくれる。

まるで私の身体と彼の身体が最初から1つだったかのように。


意識して合わそうとなんかしてない。

ただ目を見ているだけで、相手の動きが分かる・・

 


おずおずとマリアに手を差し出すトニー。

恋の始まり、一目で恋に落ちる若い2人。


その初々しさも、情熱を込めた熱い瞳も、

それはベルナルドではなく、紛れもなく仁さんのトニー。

 

踊りながら、私はトニーに恋をしていた。

ここがどこかも忘れるくらいに。

 

見えない群舞に引き裂かれ、遠ざかる2人。

フロアの両隅から2人が伸ばした腕は、曲が終わっても

互いを求めていた。

 


「「ウワァ~オ」」


「「ブラボー!!」」

 


大きな歓声に、私はハッと我に返った。

自分が今どこにいるのか、一瞬何も分からない。


鳴り止まない拍手の中、仁さんが真っ直ぐ私の方にやって来る。

そして私の頭をくしゃくしゃとその大きな手で撫でると、

これ以上ないくらいの飛びっきりの笑顔で、私の額に小さく音を

立ててキスをし、その逞しい腕で力強く抱き締めた。

 

「ありがとう。これで自信がもてた。

俺は俺のタップを踊るよ。誰が何を言ってももう大丈夫だ。

実は少しあの記事、気にしてた。確かに俺のタップは、殆ど自己流

だし・・瞳、この間から考えてたんだけど、帰国したらマスコミの

仕事、断っていいかな?俺、やっぱり踊りたい。舞台が好きなんだ。

今、お前と踊っててそれが痛いほど分かった。

もっと踊りたい、もっと、もっとって・・

木島から研究所のダンス講師、ずっと前から頼まれてたんだ。

これまではそんな気持ちにもならなかった。俺が人を教えるなんて。

・・やってみるよ。俺に出来るかは分からないけど、働かないとな。

でも舞台とタップからは離れられない。我がまま言ってごめん。

ギャラは減っちゃうけど、それでいいかな?奥様」

 

 

うん。仁さん。

うん・・・うん。

 

そうよ。

踊っているあなたが、一番好き。

舞台の上のあなたは、誰よりもかっこいい。

 

私があなたに何かしてあげられるとは思わないけれど、

いつも私が見ているから。

 

あなたが、どこの誰でも。

あなたの過去に何があっても。

あなたの心が何かを叫んでいても。

私は傍で笑っていればいい。


・・ね、そうなんでしょう?

 


そうだ、次は私の番。


あの記事には書いてなかったけれど、あれから私は考えていた。


私は、“私の歌”を歌っていたのか、と。


私にしか歌えない、

“木村 瞳”の歌。

 

タップもお芝居も皆にはとても敵わない。

でも歌を、私の声を褒めてくれる人がいる。

 

神様は、あの怪我の後も私から声を奪っていかなかった。

“もっと歌え!”と言われているんだと、声が戻った時そう感じた。

 

私にも何か掴めるだろうか。

漠然と、“こんな歌が歌いたい!”という

イメージだけはあるのだけれど。

 


翌日の朝。

私は、早くにホテルを出て、1人街を歩いていた。

 

早朝の街は、色々な音が溢れていた。

昨夜の喧騒の後も其処かしこに見られるけれど、小鳥の囁きも

よく聞こえる。実はNYはとても緑の多い街だ。

 

少し路地に入ると、大通りとは違った生活音がある。

その生活音でさえも、どこか弾けたリズムを刻んでいるようで。

私は、そんな住宅地をジョギングの人達に混ざって

のんびりと歩いていた。

 

その時、どこか遠くから歌声が聞こえて来た。

微かに・・でもとてもしっかりした音。


・・何処?何処から聞こえるの?

その声が私を呼んでいるようで、私はキョロキョロと辺りを探した。


声に誘われるように、足は自然に前に進む。

2ブロック先に見つけた其処は、教会だった。


「あ・・今日は、日曜日?」


段々大きくなるその歌声。それは・・・ゴスペル。


階段を上がり、そっとその重い扉を開けてみた私の耳に、

その歌声はダイレクトに飛び込んできた。

 

 


言葉が出ない。

胸が痛い。

これは、歌?

それとも魂の叫び?

 

祭壇の上には大きな体の(ゆうに私の3倍はありそうな)女性が3人。

たった3人の声が、2ブロック先のあの路地までこんな重い扉を通し

て聞こえていたなんて。

その声量と深く響く声に私は圧倒され、動く事も出来ない。

 


・・・・どのくらい時間が経ったんだろう。

気がついた時には、すっかりミサは終わっていて、

あんなに大勢いた人達の姿はもうどこにも無かった。

私は呆然とただ立ち尽くしていたらしい。

 

その時、最前列に男性がまだ1人残っているのに気がついた。

スーツ姿のその人は、人々が帰った後も何かを熱心に祈っている。

大きな背中は少し猫背で、前に組んだ両手は固く握って。


やがて祈りが終わったその人は立ち上がり、私の方に振り向いた。

                                                                                                               

「「あっ・・」」

 


同時に叫んだその人は、私の知っている人だった。


初日の夜、劇場で私とぶつかった人。

 


“バーナード・シン・ワイズマン”


彼の・・・弟。

 

 

その頬には、


    涙の跡があった。

 


コラージュ、mike86


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