「朝月夜」(アサヅクヨ)⑫・・・こちらは戯言創作の部屋。
「何もしませんから・・・」と言う彼の言葉に「当然です!」と言い返しながらも、動揺している自分を彼に悟られたくなくて、私は早足で、観光案内所を出た。
彼とひとつの部屋に宿泊することに対して、そんな場面は、微塵も思い浮かばなかった。
私は、ただ、病室で感じた気詰まりを、また、ホテルで彼も感じるだろうと思って、「どうしますか?」と聞いたのだ。
何もしませんから・・・?そんなこと、あえて口にする必要があるのかしら、と私は思った。
今まで意識していなかったことを、意識せざるを得なくなって、私は早くも彼との宿泊を決めたことを後悔し始めていた。
そんな気持ちが顔つきに表れたのだろうか。
彼は、ハイヤーに乗り込むと、「先ほどは、失礼なことを言いました」と言った。
私は、なんと言ったらいいのか、解らずに黙っていた。
「宿は取れましたか?」と、運転手に聞かれた。
私が、「はい」と短く答えると、「そりゃあ、良かった。この時期、野宿ってわけにもいかないもんなあ~」と言って、大きな声で笑った。
私たちは、運転手の勧めで、七日町の郷土料理店で、昼食をとることにした。
囲炉裏がある部屋で、会津の郷土料理を食べた。
「鰊の山椒漬」「棒だらの煮物」などの魚料理は、韓国人の彼の口に合うかと、心配したが、彼は、おいしいと言って食べていた。
和洋折衷の調和の取れた個室は、落ち着いた佇まいで、塵ひとつ落ちていない床は、黒光りするほどに磨きこまれていた。
客を迎え入れるため、心地よい空間を提供しようと言う店主の心遣いが感じられた。
郷土料理店を後にした私達は、老舗のろうそく店に立ち寄り、職人の熟練した技に、しばし目を奪われた。
「やってみてはいかがですか?」と言う、女性店員の言葉に、私たちは、乳白色のろうそくに、思い思いの絵付けをした。
出来上がったところで、彼が「交換しましょう」と提案した。
彼が差し出したろうそくには、ピンクの花びらを散らせている桜が描かれていた。
散る間際の、いっそう美しい桜を連想させる彼のろうそくを見たら、自分のろうそくがひどく幼稚に思えて、絵柄を隠すように私はろうそくを握り締めた。
彼は、私の手からろうそくを抜き取ると、「かわいい・・」と言って笑った。
ピンクの手袋をして、頬を赤く染めているろうそくの中の「雪だるま」は、今の私そのものだった。
「次は、有名な酒蔵へ行きますか?」
運転手に促されて、私たちはろうそく店を出た。
良い米、良い水、そして会津の冬の厳しさは、酒造りにもっとも適していると言われているそうだ。
酒蔵の中を見学する為には、事前に予約が必要だった。
見学はあきらめて、「きき酒コーナー」で、地酒を試飲することにした。
久し振りのアルコールに彼は感動したようで、薦められるがままに何杯かのお酒を飲み、そのうちの一本を購入した。
私は、匂いをかいだだけで、酔いそうなので、試飲も丁寧に辞退した。
その後、武家屋敷に向かい、そこを出た時には、辺りは薄暗くなりかけていた。
「ちょうどいい時間だと思いますよ」と、運転手は、鶴ヶ城に向けて車を走らせた。
鶴ヶ城に着いた頃には、薄闇の中、すでに何本かのろうそくに明かりが灯され、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
夕方になったせいか、寒さが増したような気がした。
私は、コートの襟を立て、肩を抱いた。
そんな私の様子を見て、彼は「寒いですか?」と言いながら、首に巻いていたマフラーを取ると、私の首に巻いてくれた。
「いいです・・・大丈夫です」と言いながら、巻いてくれたマフラーを取ろうとした私の手を制して、「風邪を引いたら、僕のせいになる・・・」と、言ってもう一度巻き直してくれた。
彼の顔があまりに近くて、視線を合わせているのが照れくさくて・・・、私は慌てて横を向いた。
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