創作の部屋~朝月夜~<43話>
なぜ、ひと言・・・声をかけてやることができなかったのだろう。
乱暴なことをして悪かった・・・と。
まるで武勇伝を語るように、女たちとの情事を話す奴等をいつも冷めた目で見ていたじゃないか。
力づくで女と関係を持った男たちを軽蔑していたはずじゃなかったのか。
女々しいと罵られ、「日本人」と言う言葉にうろたえて我を失った。
いや・・・そんなことは言い訳に過ぎない。
男の勝手な言い分でしかない。
僕は何かに衝き動かされるように、拒絶の言葉を叫び続けるマリーを力づくで押さえ込んだ。
そして、愛情のない卑劣な行為に及んだ。
最低の男だ・・・。
二の腕と肩に残された爪痕。
熱い湯が刃となって、突き刺さる。
シャワーの飛沫を浴びながら、自分の犯した罪の深さを思った。
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シャワー室を出ると、携帯電話が鳴っていた。
「キム監督ですか?オフの日に電話してすみません」
電話の相手は、後輩のジェウォンだった。
「申し訳ないんですが・・・。今からこちらに来ていただけません
か?」
ジェウォンは、本当に申し訳なさそうに言った。
「現場か?トラブったのか?」
「いえ・・・そうじゃなくて・・・。生まれそうなんです・・・」
「生まれそう・・・って?子供か・・・?」
ジェウォンには、臨月の妻がいたことを思い出した。
「はい・・・もうすぐ・・・」
「早く行けよ!今すぐそっちに向かうから」
「すみません、よろしくお願いします」
「元気な子が生まれるように祈ってるよ」
すみません・・・と、電話の向こうで何度も頭を下げるジェウォ
ンの姿が浮かんだ。
子供か・・・。
あの時の子が順調に育っていたら、自分も今頃、父親になっ
ていたはずだ。
ユキは、どうしているだろうか・・・?
今もひとりでいるだろうか・・・。
それとも、最後の電話で語っていた「父の側で、一緒に畑を守
ってくれる人」とめぐり会っているだろうか。
日本中を死に物狂いで探せば、再び会えたかもしれないの
に。
拒まれることが怖くて・・・探すこともしなかった。
だからと言って、忘れたわけではない。
僕以外の男と幸せを築いて・・・と、願う余裕もなく、今も変わら
ず、心はユキを求めて彷徨っている。
女々しいと言われて当然の男なのだ・・・。
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3日後、僕はマリーの店に行った。
どうしてもひと言、謝りたいと思ったからだ。
しかし、店の中を見回してもマリーの姿はどこにもなかった。
「あんた、あの晩の人・・・だよね?」
カウンター越しに中年の男に話しかけられた。
「マリーはいないよ。もう3日も来てない。こんなことは初めて
だ」
男は、僕の反応を窺う口ぶりで言った。
「心が風邪をひいたんだとさ・・・何を言ってるんだか」
男はグラスを磨く手を止め、「あの晩、何かあったのかい?」
と、僕に聞いた。
男の問いかけには答えず、僕は店を出た。
「謝りたい」という思いは、「謝らねば」と言う思いに変わってい
た。
マリーは部屋にいるだろうか・・・。
恐る恐るチャイムを鳴らすと、化粧っ気のないマリーが顔を出
した。
「何?何の用?もう二度と会いたくないって言ったはずよ」
「ひと言謝りたくて・・・」
僕は、マリーが閉めようとしたドアを押さえた。
「何の真似?大声出すわよ!」
「申し訳ないことをした・・・」
「申し訳ない・・・?一応、自覚はあるんだ?」
「だから、こうして謝りに来た」
「誰のために?」
「誰の・・・って・・・」
「自分のためでしょ?自分を慰めるために・・・最低!」
「すまなかった・・・悪いことをしたと思っている」
「許すと言ったら、気が済む?なら・・・言ってあげる。何もなか
った・・・これでいい?」
僕は返す言葉がなかった。
マリーは勢いよくドアを閉めると鍵を降ろした。
閉ざされたドアを見つめたまま、僕はその場にしばらくの間、
立ち尽くしていた。
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謝罪することで、罪の意識が少しでも軽くなることを望んでい
た・・・?
確かにそうかもしれない。
謝罪の言葉を口にして、己を満足させたかったのだ・・・と、マ
リーに指摘されて気付いた。
僕がマリーにしたことは、許されるはずのないことなのだ。
それなのに、わずかな期待を抱いてここに来たことが、恥ずか
しい。
階段を下りたところで、天を仰いだ。
数個の星が冬の夜空で、静かに瞬いていた。
コンクリートの廊下を走る細いヒールの靴音。
その音が階段を下り、僕の背後で止まった。
誰だ・・・?
振り返る間もなく、音の主は僕を背後から抱きしめた。
「忘れると言って・・・。終わった恋は、もう忘れると約束し
て・・・」
腰に回されたマリーの腕は、さらに強く僕を抱き寄せ、高鳴る
胸の鼓動が、僕の背中で響いていた。
創作の部屋~朝月夜~<42話>
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小さな物音と、微かに漂うコーヒーの香りで目が覚めた。
「あら、もう起きたの?」
「もう・・・って、8時過ぎてる」
「夕べいつまでもPCに向かって仕事してたから、今朝は朝寝
坊だろうと思ったの」
「知ってたのか?」
「うん・・・。遅くに帰って来て、そのままPCに向かったでしょ
う?」
「寝てたんじゃないのか。なら・・・起きて来ればよかったのに」
「キーボードを叩く音がリズミカルじゃなかったから・・・。近づか
ない方がいいかな・・・って」
そう言って、マリーは小さく笑った。
「レストラン、予約しておいたわ。その前に映画でも観る?」
「レストラン?」
「1周年だからどこかで食事しようって、約束したじゃない」
「ああ・・・そうだったね。もう、1年か・・・」
僕は、壁のカレンダーをしばらくぼんやりと眺めていた。
「どうしたの?コーヒー冷めるよ」
マリーと出会ってから、今日までのことを思うと、長かったよう
な気もするし、短かったような気もする。
「そうか・・・1年になるのか・・・」
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1年前の僕は、酒浸りの日々を送っていた。
ユキとの別れ。
スジョンの死。
重い十字架を背負った様な気持ちで、僕はがむしゃらに仕事
をこなし、毎晩、大量の酒を飲んだ。
あの夜も・・・ふらつく足取りで、マリーの店にたどり着いたのだ
った。
なぜ、マリーの店に行ったのか、それさえも憶えていない。
気がついた時、僕は見慣れない部屋のベッドの中にいた。
ワンルームしかない狭い部屋・・・ここはどこだ?
飛び起きて、見回すと女の姿が目に入った。
「誰・・・?」
「はあ?誰ってことないでしょ!人に迷惑かけて」
女は、両手を腰にあてて、怒った顔で僕を見下ろした。
「その様子じゃ、何にも憶えてないみたいね。呆れた」
女の言うとおり、僕の記憶は店のカウンター席に腰掛けたあ
たりから、完全に途絶えていた。
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「突然店に現れて、勝手に飲んで、勝手に喋って。挙句の果て
にはカウンターで眠っちゃって。マスターからは、お前の客だろ
う何とかしろって言われるし、大迷惑!」
女・・・マリーの声が頭の芯にびんびんと響く。
「べろんべろんに酔っちゃって、家はどこって聞いても、まったく
答えられないし。おかげで私は床に寝る羽目になったわ」
「悪いが、水を一杯くれないか?」
「勝手に飲んで。とにかく、そのお酒の匂い・・・何とかしてよ」
マリーは口と鼻を押さえると、顔をしかめた。
「洗面所の鏡の前に、新しい歯ブラシがあるから、それ使っ
て」
マリーは、部屋中の窓を開け放ち、ベットのシーツを剥がして
洗濯機に放り込んだ。
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「何だこれ?」
テーブルに置かれた皿の中味を見て僕は聞いた。
「トマトスープ。2日酔いにいいんだって。店に来るお客がそう
言ってた」
スプーンですくって一口飲むと、トマトの酸っぱさが胃に沁みた。
「おいしい?」
「う・・・ん」
「何?その言い方。おじさんのために作ったのに」
「おじさん・・・?その言い方、気にいらないなあ」
「だって、名前聞いてないもん」
「いつもこうなのか?」
「え・・・?」
マリーが、スプーンを持つ手を止めて僕を見た。
「酔ったお客を部屋に泊めて、翌朝、スープを作ってやるのは
よくあること?」
「あんたって最低!」
「おじさんの次は、あんたか・・・」
「何なのよ!私を怒らせたいの?」
怒らせたいわけではなかった。
ただ、単純にちょっとからかってやりたかった・・・そんな気分で
言った言葉だった。
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「あんたみたいに手のかかる客を相手にしたのは初めて。もち
ろん、客をこの部屋に泊めたのも、スープを作ったのも初め
て。言葉に気をつけた方がいいんじゃない?だから、女にもふ
られるのよ」
「何だって?」
「奥さんがいる身で、他の女に手を出した。本気で好きだった
って?要するに不倫でしょ?結局、奥さんには死なれて、女に
はふられた。夕べ、散々愚痴ってたじゃない。そう言うの日本
語で女々しいって言うのよ」
「日本語・・・?日本人なのか?」
「だったら、何だって言うの?この国の女はどうだか知らない
けど、日本の女はね、別れた女に未練を残して、いつまでも
女々しいこと言ってる男は大嫌いなの!」
僕は、いきなりマリーの腕を掴むと、ベッドのところまで引きず
って行って、乱暴に押し倒した。
「何するの!」
日本語で叫ぶマリーの口を唇でふさいで、全身でマリーを押さ
え込んだ。
激しく抵抗するマリーを強引に抱きながら、僕の頭の中には、
先ほどマリーから浴びせられた言葉が渦巻いていた。
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「名前くらい言ったら?」
身支度をする僕の背中に向かって、マリーが言った。
ベッドに横たわるマリーを見下ろして「キム・インス」と、僕は答
えた。
「インス・・・。キム・インス・・・。絶対に忘れない。出て行って。
もう、二度と会いたくない・・・」
そう言うと、マリーは頭から毛布を被って、僕に背を向けた。
Special Thanks ~最上級のありがとう~
悲観的にならずに。
希望を失わずに。
奇跡を信じて。
過ごした9ヶ月間でした。
ブログに立ち寄ってくださる多くの方を。
欺いているような後ろめたさ。
心苦しさ・・・。
言ってしまったら、今より楽になるだろうか・・・と、思った日々。
それでも、言わずに我慢したのは。
言ってしまった瞬間から、張り詰めている糸が切れて。
一気に崩れてしまいそうだったから。
・・・そんな私の気持ちを察して。
ここでは、一言も触れずに。
同じ「時」を過ごしてくれた全ての人にありがとう。
影ならが、支え続けてくれた全ての人にありがとう。
ぺ・ヨンジュンとの出会いは。
同時に、素晴らしい友人たちとの出会いでもありました。
全ての友人たちに。
そして、ヨンジュンに。
最上級の「ありがとう!」を伝えたいと思います。
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