「朝月夜」(アサヅクヨ)⑱・・・こちらは戯言創作の部屋
【今までのあらすじ】
照明監督のインスと通訳のユキは、日本での仕事を通して、知り合います。
コンサート、打ち上げの日、熱を出して苦しむインスを病院に搬送したことから、ユキの看病が始まります。
退院の日、ユキと離れがたいインスは、ユキを会津に誘います。
会津に着くなり、今度はユキが風邪をひいて寝込んでしまいます。
自分のせいだと思ったインスは、心を込めてユキの世話をします。
そんな二人の間に特別な感情が芽生えて・・・。
☆なんと、3ヶ月ぶりにやっと続きを書きました。
今回は、「R」的描写も含まれていますので、「四雪」のインスのイメージを壊したくない方・・・または、その手のお話しは苦手だわ・・・と言う方は、ここで引き返してください。
「インスさんが・・・」と、言いかけたユキの唇を僕が塞がなかったら・・・。
ユキは、僕を好きだと言ってくれただろうか。
僕たちは、おかしいくらい幼い・・・ただ触れるだけのキスを交わした。
年がいもなく羞恥心を感じ、離れてからもユキと視線を合わせることができなかった。
ユキが無邪気に「これ、おいしそう」と言ってくれなかったら、僕は、ぎこちなさを解くために、もう一度ユキを抱き寄せていただろう。
僕が買ってきたコンビニのプリンをひと口食べると、ユキはまた同じ言葉を繰り返した。
「おいしい・・・インスさんも食べて・・・」
明らかに、数時間前とは違った空気が流れているホテルのこの部屋で、ユキもまた、ぎこちなさを解こうと必死になっていたのだった。
テーブルの上には、コンビニの袋に入ったサンドイッチ、ヨーグルト、チョコレート。
およそロマンチックな雰囲気とはかけ離れたその様子に、僕は、改めて自分の立場を突きつけられた思いがした。
ユキが言ってくれたかもしれない「好き・・・」と言う言葉。
その言葉を聞く資格は、まだ僕にはないのだと思った。
妻が離婚を申し立て、自分もそれに従う決心をした。
心は決まっていても、まだ、事実上、僕は妻帯者・・・と言う立場にいるのだった。
ユキに対する恋心が、本来なすべきことより先行していることに気が付いた。
「ユキさんに話したいことがあります」
ソファの隣に座っているユキを見ずに、僕は言った。
何でしょうか?・・・そう聞いてくれたら、スムーズに会話がすすんでいたかもしれない。
しかし、ユキは「私も・・・」とだけ言った。
またしても、沈黙が僕たち二人を包んだ。
ユキは突然、「サンドイッチには、コーヒーが必要よね。私買って来ます」と言って、立ち上がると部屋を出て行った。
ドアが閉まると同時に、僕は大きなため息をつき、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、一気に飲んだ。
空腹にビールの冷たさが染みた。
目の前のフルーツサンドをひと口食べて、またビールを飲んだ。
フルーツの甘さと、ビールの苦さが混じって、妙な味が口の中に広がった。
それを消すためにまたビールを飲んだ。
2本目の缶ビールを手にした時、ユキが戻って来た。
「コインが1枚しかなくて・・・1000円札が使えなくて・・・」
ユキは、コーヒーが1本しか買えなかったと僕に詫びた。
そして、「あら・・・ビール・・・?」と言ってクスッと笑った。
その笑顔がたまらなく愛しくて・・・。
僕は、ユキの腕を掴んで思い切り引き寄せた。
「ビール臭い・・・」
そう言いながらもユキは僕の腕の中でじっとしていた。
柑橘系のシャンプーの香りと、ほのかに漂う香水の匂いに僕の臭覚は刺激されて、もっと強く、ユキを抱きしめた。
「結婚してるんだ・・・」
ユキの耳元で僕は言った。
俯いていたユキが、僕を見上げた。
「解ってます・・・だから・・・?」
「だから・・・」
僕は、ユキが言った言葉を反芻した。
「好きになってはいけない・・・?それは私が決めることよね」
囁くように小さな声だったけれども、ユキは僕の目を見てそう言った。
つい先ほど、妻とのことが決着するまで、乗り越えてはいけないと積み上げたはずの壁が、脆くも崩れる音が聞こえた。
僕は、両手でユキの顔を包み込むと、さっきのような幼いくちづけではなく、渾身の思いを込めてユキと唇を重ねた。
理性も倫理観も姿を消し、ただ、ユキを離したくないと言う思いだけが僕を支配していた。
たった1本の缶ビールが、僕を性急な男に変えたとも思えないので、これが自分の本来の姿なのだと、僕は思った。
心の奥に潜んでいた熱情が、噴出す「時」を待っていたのだと思った。
ソファに座ったまま、僕たちは、長いキスを繰り返した。
お互いの思いが一致していると解った時、僕はいったんユキを離し、立ち上がった。
ベッドルームに続くドアのノブに手をかけて、後を振り向くと、僕をじっと見つめるユキがいた。
人を好きになると言うことは、時間を必要としないのか・・・。
長い間連れ添った妻よりも、今は、こんなにもユキが愛しい。
大切にしたいと言う殊勝な気持ちよりも、ユキを我が手に抱きしめたい衝動が抗えないほど膨らんでいた。
ソファから、ベッドルームに移動する間のわずかな時間さえもどかしく、僕は、再びユキを抱き寄せると、その体を横たえて、唇を重ねた。
僕の唇は、ユキの唇から、首筋へ・・・その行方が乳房の先端に行き着いた時、初めて、ユキの口から、声が漏れた。
残った衣類をユキの体から離し、僕も全てを脱ぎ捨てて、ユキに体を重ねた。
「罪」と言う文字が、ちらりと脳裏をかすめたが、すぐに欲望の渦の中に消えた。
まだ、「愛している」と言える段階ではないことなど忘れて、深く・・・深く、ユキと繋がるためにその言葉を繰り返した。
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